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12月早々に宮古島から与那国島の方へ行くことになっている。 (与那国町HPより)恩師の歌碑建立の運びとなり、発起人の一人に選ばれた。(ちょっと怪しいホッキニンではあるが)それで、除幕式に参加のために宮古島へ行き、その後、石垣島や与那国島へ行く予定になっている。この恩師から、与那国に行く前に、与那国町史を読んでおくようにとのお達しがあった。そこで、長距離電話もいいとこで、電話で注文した。そしたら、着払いで行きますから、、、と言って、送ってもらうことになった。何日か経ったある日、郵便局から電話が私の所へ。「着払いで宅急便が来ていますが、今から届けていいですか。大丈夫ですか?」との電話が入った。代金を訪ねると、「8,750円です」という。そして、また「大丈夫ですか?」って。私はよほど、貧乏に思われているらしいなあ。でも、私に届いたものだもの、「いや、不要です」とは言えない。そこで、「はい、お願いします」(当然のこと!!)と答えた。(かなり見栄を張ってしまったろうか)到着して驚いた。日本の最西端の地、与那国町からの町史が届いたのだった。開けてびっくり。包んであった新聞は、琉球新聞。うあっ、これって、ほんとに琉球エリアなんだ。ずいぶん、遠くから届いたなあ。このみちのく宮城県までというと、ずいぶん時間をかけて到着したことになる。感激でしたね。(何に感激したのでしょうね)でも、面白かったのは、届けてくれた郵便局のお兄ちゃんの言葉!!「えー、与那国島にも郵便局があるんだねえ。」って。ウワー、大丈夫なのかね。だから、郵便局の民営化が反対されているのではないですか?郵便局はどんな所にもあるから、国民の役に立っているのではなかったでしょうか?ね。早速、琉球新聞を広げて見た。(決して、与那国町史から先に見たのではないのです)コラムに、泡盛のことが書いてあった。やっぱ、向うは、なんて言ったって、アワモリなんだね。東北とはやはり違うね。あったかい国の、あったかい新聞をまた、見ようかな。
2003年11月30日
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昨日より孫が泊まりに来ている。再会と思っていたが、久しぶりに聞いたチビの語彙の豊富さにはオドロキだ。おしゃまな話方とその返事。車の中でのこと。「お母さんは、いつも帰りが遅いんだよ」「おばあちゃん、でもね。」しばらく黙っていて、というより私からの返事がないからか。(私は運転をしているので、そんなに全てに返事ができない)「いつもは、早いんだよ」「お勉強のある時だけ、遅いの。お仕事の時には、速いんだよ」って、独り言のようにフォローしていた。それから、彼女は、寝言が多い。たった三歳の子供が、寝言をたくさん言うのは、銅かなと思うけど、悔しいことがあったりすると多くなるらしい。彼女の寝言は、すごいんだよ。まるで、喧嘩をしているよな寝言がつづく。そうでなければ、不満の言葉なんかも。私も不満をいっぱい友人たちに話すから、似たのかな。隔世遺伝という奴かもしれない。ああ、今日も、友人に愚痴ってしまった。私って、嫌な奴だね。
2003年11月29日
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独り言も言葉の羅列!!でも、その言葉の羅列が、何を言っているのか不明の場合、そして、それが独り言ではなく、相手に向けられた時のこと!!今朝から、今回のシンポについて「よかった。素晴らしかったよ」「すごいね。あのようにできて、とても勉強になったよ」と言ってくれる方々の多い中で、なんだ、何を言いたいの?と、奥歯にものの挟まった話し方をする人が一人いた。なんなのよ。はっきり言いなさいよ!!好かったなら、よかったでいいじゃないの。それなのに「全体としては、素晴らしかったと言えるでしょう!!」「でもね、まあ、いいか。 よかった、よかった。 あのね、まあ、いいか」って。男のくせにはっきりしろよね。なにか、難癖をつけたいのなら、そういえばいいじゃないの。
2003年11月28日
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どうなのかな?と思う人って、一人がいい!!なんて、結構言う人がいるよね。どちらかというと私もそちらの方だ。でも、隣のおばあちゃんなんかを見ていると、どうも淋しそうで、見ていられない感じがある。年を取っているからかな。若い人だったら、一人でもいいのかな。私なんかも一人で、なんとなく口から言葉がこぼれていることが多々ある。それから、金魚に、「きれいだね。」「今日は寒いね。」なんて、言ってしまったり。野良猫が寄ってくると、要らぬことを口走って、あれっ、私はどうして野良猫に声をかけているのかな?なんて思うことがしばしば。だから、ついつい独り言が多くなったりしているのに気がつくと、一人で苦笑いしてしまったりして。人は、話さないではいられないよね。独り言が多くなって、病気というのなら、どうかと思うけども。普通の人間は、自分の独り言に気がついたら、すごく侘しいというか、淋しくなってしまうと思うな。みんな、互いにお話をして、傷つけないような会話の時間が必要だよね。そうすれば、なんだか事件も少なくなるような気がするけれども。なんだか今日はすごく変なことを書いてしまったかな?
2003年11月27日
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今回の探訪会や反省会で、すごく目について嫌だったことがある。それは、ある男のおしゃべり。過ぎたるはなんとかというが、まったくその通り。例えば、今回のバスの中には、他県からお出での方がたくさん居られた。初めての場所もたくさんあったようだ。それなのに、後の方で声高くおしゃべりをして、解説をしてくれている人の声が通らなくなっている。それがお客様なら、致し方がないと思うのだが、地元の人にそうされては、まったく立つ瀬がない感じ。もう、頭にきたのなんのって、私はすごくいらいらした。ところが、それが終ってからも、夜の反省会でのこと。その人が、相変わらず大声でおしゃべりをしている。何のための反省会、慰労会なのか分らなくなってくる。第一、その人が、先頭に立って受付やお世話をしたのでもない。他の女性たちの、受付をした人や、お世話係りだった人を差し置いてのおしゃべりに、私は、「まったくどうして、こうなの?他の人のことをねぎらってやってよ」心の中で叫んでしまった。もう家に帰った時には、どうしようもなくて。夜遅くその本人から電話が来たが、まったく無視してしまった。いくら、ベルがなっても出ないで、布団にもぐっていた。もう、絶対口をきいてやらないから。と、思ってね。少し、イカリが醒めれば、お話ができるかなと自分に言い聞かせてね。その人には、しばらく会わないようにしようと思っている。やっぱり、不言実行の男がすきだなあ。まあ、自分勝手なのかもしれないけどね。男も女も、おしゃべりは、いただけない。
2003年11月26日
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さすがに三日間も緊張が続いて、今日は、いくら寝ても眠い。本を読んでいても、眠くて眠くて。それなのに、電話をしてくる人がいるんだよね。とっても邪魔くさい心境。相手は、私の都合なんか関係ないものね。仕方がないかな。どうも疲れもあるけど、雨の性もあるのかな。瞼がすぐ仲良くなってしまって、今日は仕事をするのが辛くて、3:00から、二人も来てくれたけど、立っているのがとっても辛かった。でも、やらねば。夜もがんばらなくてはね。「おうー、yukiさん、がんばれよ。」大丈夫かな。
2003年11月25日
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今朝はとっても冷えた。でも、朝の8:00集合で、地名探訪会があった。うー、寒いし起きるのが大変。どうしよう。行かないわけにはいかないなあ。待ち合わせ時間に来ない人が一人いて、向かいのホテルまで、探しに行ったりして、出発したのは、8:50最初は松島の雄島。ここに重要文化財の頼賢という和尚さんの修行をたたえた石碑があるそれを見せてもらうことになっていた。普段は絶対に見られない石碑だったけど、特別な町の配慮によって、拝見させてもらった。でも、こんなみちのくの外れの、小さな島で一人修行するって、どんな心境なのかな。わたしだったら、とっても続かない。逃げて帰ってしまうだろうなあ。時間とともにだんだんあったかくなってきて、多賀城へ向かった頃には、日がさしてきた。やっぱ、普段の行いがいいと違うよなんて、勝手に喜んでバスに揺られた。多賀城でも廃寺や多賀城碑、政庁跡を見て、みんなで、満足、満足。七ヶ浜では、鼻節神社へ行き、ああでもない、こうでもない、ああだ、こうだ、なんてみんなで、話あいながら海の方を眺めて来た。とつぜん、いなくなる人もいたりしたが、まあ、いい探訪会だったといえそう。みんな、お疲れ様でした。という私は、帰って来て、ぱたん、キューでした。足が痛くて、途中で何度も目が醒めたけれども、今朝は、ひさしぶりに遅くまで寝ていた。
2003年11月24日
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とうとう、今日の日が来た朝は寝てられなくて、4:30頃に起きてしまった。集合時間が7:30なので、それまで、弁当券を作ったりしていたら、あっという間に時間になってしまって。ところが今朝の冷えはものすごい。車のフロントガラスが真っ白になっていた。暖気運転なんて、待ってられないのに、、、うー、時間が惜しいけど、どうしようもなくて。やっと会場について、打合せ。なんとか、準備して、お客様を待つことになった。すごく神経が疲れてしまって。体が持たなくなりそうになったが、誰かが、栄養剤を持ってきてくれて、少し息をつく。夜は懇親会だから、家へも帰れず、こたこたに疲れてしまった。結局、3次会まで、して、家へ帰ったのは11:00体がもつのかなあ。明日もあるのに。
2003年11月23日
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今日は大好きな先生が東京からお出でになる。先ずこちらを10:00ごろ出かけて、仙台駅で12:00ごろお出迎え。それから、食事をして、、、、、仙台から石巻へ行きます。石巻の文化センターで、毛利総七楼の集めた「毛利コレクション」の展示があります。その中でも「アイヌ関係」の資料が大変貴重なものだそうで、それを見学に行ってきます。それから、松島へ戻って、夕食をホテルで、とります。という今日の予定ですが、どのようになるか。でも、大好きな先生とご一緒できるので、昨夜から、心うきうきです。今日は、あまり寒くならないといいなあ。お日様、照ってくださいね。お願いします。
2003年11月22日
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今日はほんのちょっと時間を作って美容院へ行って来た。いつものお店はオーナーと言うのかな、先生というのかな。とにかく、その位置の人は男性だ。必ずその先生が私の髪をカットしてくれる。ちょうど、我が娘と同じ年で、出身地もすぐ隣の町なものだから、なんとなく気安い。今日行ったら、新しい人が入っていた。しかも男性、というより若者だった。このお店では全て私服で、自分たちのおしゃれ度をアピールしている。先生もなかなか、の服装。ところがこの若者も結構おしゃれだった。まあー、美容師も芸術家の部にはいるのかな。どちらかというと、画家のような服装をしている。けっこう若いのだそうだが、落ち着いて見えた。いろんな美容師がいて、お客の我々も、楽しみなところがあるね。お話も、結構乗ってくれるし。私の息抜きの場の一つになってしまったかな。
2003年11月21日
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いつもは自分がいただく招待状を今日は私が作った。間違ってばかり。悲しい。背景にラベンダーの花束をちらし、全体を紫系統の色で仕上げてみた。いいような気がするが、どうだろう。プリントしてみたよ。素敵なような気がするが、いただく方の気持はどうだろうか。少し心配。
2003年11月20日
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シンポのレジメができてきた。淡いオレンジの表紙に、紺色のタイトル文字うーん、なかなかいいねえ。自分でデザインして、満足してれば、世話がないがほんとによくできてうれしい。今夜を他の資料とともに袋詰をした。すっかり疲れてしまった。でも、今日の昼のことだけど、久しぶりに踏査に行って来た。ほんのちょっとだけどね。やっぱり踏査はいいですね。体も心もリフレッシュできる。まだ少し残っている紅葉を見ながら、あっち、こっちと聞き取りをして廻る生き返った気がした。うーん、いい!!
2003年11月19日
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今はもうお亡くなりになったけれども。月に一度か二度はお邪魔させていただいていた。その際には、必ず、先生の本棚をあさってくるのが楽しみの一つだった。ご存命中は、100冊以上の出版物がある。東北の歴史と文化を守りたい東北の人たちの心を伝えたい東北の祖先の息吹と心意気を語りたいなんて、思われていたのでは、と今でも思っている。したがって、我々のようなチョコザイナ弟子にも一生懸命に目をかけてくれた。まあ、おかげで、今の私があるのだけれどね。そんな、先生の本棚は、私のとっての「玉手箱」どこの、どの本を手にしても、欲しい、読みたい、そんな思いのするものばかり。亡くなられてからは、知らなかった場所の本棚まで、家族の方の了解のもとに、読み漁っている。ときどき、資料になるものをお借りしてきたりして。「人が本を読まなくなるとだめだねえ。」なんて、よくおっしゃって。私も本の虫だから、とにかく、先生の本棚は、今でも、先生がそこにお出でになるのでは、という感じをさせてくれる、先生にまた、お会いできる場所のだ。ああー、この頃、行ってないなあ。今年は忙しくって、どこにも行けなかったけど。また、あの、本棚の前に立ちたいなあ。先生のお声が聞えてきそうな、あの本棚。今の私にとって、岩手は、ちと、遠い。淋しいね。
2003年11月18日
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これって、紙一重かな。昨日、役員会があった。いろいろ相談して、先ずは、本番へと会を〆た。と、そこまでは、よかった。落ち着いて一息入れたところで、一人が、「○○はどうするのですか?」って。それって、今決まったばかりでしょう。また、質問「△△はどうするんでしたっけ?」それも、今、決まったばかりでしょう!!もう、あったまに来る。そしたら、今朝、またまた同一人から電話が来た。「やっぱり、これを私をさせて下さい。 お金は自分で出しますから。 そう、しますから」もう、どうしようもない。これって、むしかえし以外の何者でもない。どうしてみんと相談している時に言わないのよね。こんなの身勝手としか思えない。自己主張でもないし、協調性でもないよね。自分が目立ちたいだけでしょう。もう、全部、任せるから、始めっから、自分でやってくれよ。いままでの経過が水の泡になった日だった。
2003年11月17日
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いつも思う。なんで、アイツがって。そんなことが結構ありますね。でも、私は私だし、アイツはアイツだしね。でも、なんだか悔しいなあって思うことが度々、自分がうまく立ち回れないっていくとで、失敗につながったり、しくじったことになったり。なんで???って、疑問に思いながらも、月日は勝手に過ぎていく。こんな、人生??もう、いいや。って、思ったりしたこともあったなあ。でも、何かをするために、自分に与えられた、何かがあるはずと信じて、これまで、生きてきた。というより、生かされて来たと思っている。うまく立ち回れない自分を、もう少し、可愛がって。あと、何年の生命時間なのかは不明だけど。一生懸命生きるより仕方がない。そう思う、今日この頃です。
2003年11月16日
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子供の頃のことだった。我が家には叔父や叔母がたくさんいて、母は小姑たちの意地悪や難題に、いつも気をつかっていた。でも、私にとっては血筋になる人たちで、特別、意地悪や嫌がらせは無かったと思う。どちらかというと可愛がってもらったように覚えている。その中でも、一番下の叔父は当時東京農業大学の学生だった。また、その叔父の二人上の叔母は、当時の女学校を卒業し、ちょっと、インテリだった。この二人の部屋には、ずいぶん面白い本がたくさんあって。私は、彼らの留守中に、よく忍び込んでは、本棚をあさっていた。だから、小学生の時から、結構難しい本を読んでいたように思う。何と言っても印象にあるのが、叔母の持っていた「モンテクリスト伯」だった。叔母は当時の本をたくさん蔵書していたので、私のとっては宝の部屋だった。(ほんとはいけないんだよね。でも、もう時候でしょう!!とか、言ってね)ちっこいくせに、人並みに感動して、それいらい、本の虫になったと記憶している。それからは、叔父の本棚の本を全部読んだ。叔父は叔母ほど本が好きではなかったらしく、雑書が多かったと思う。でも、叔父の本棚で一番私をひきつけたのは「ゴッホ」の画集だった。私が今でもゴッホが好きな理由はそこにある。何年か前、東京の美術館でゴッホを見たとき、うれしくうれしくて。だから、ついついゴッホの小さな絵を(ただし、贋物)買ったり、カレンダーを買ったり、はがきやレターセットなど、私の目はすぐ、ゴッホに行ってしまう。なによりも中学生の美術の教科書に掲載されていた、「跳ね橋」は心にぐさっと来たし、自画像もすごく印象に残っている。本棚は、心を拡大し、自分の夢がいっぱい膨らむ場所だ。だから、今でも、他所のお宅の本棚は大変興味がある。そして、古本屋が大好きだ。古本屋を廻っていると、幸せになれる。という、簡単な人間ということかもしれないが。暫くぶりで、叔父や叔母の若かりし日を思い出した。私も、当時の幼い日に戻れるようだ。
2003年11月15日
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11月23日のシンポまで、あと一週間。もう、頭の中は、運動会。一人で、勝手にてんてこ舞いしている毎日だ。今日も、早朝(では、ないかもしれないが)?、から、車で吹っ飛んで多賀城へ先ずは、いとしのカワイコチャンの家へ。そこで、美味しいおやつとお茶をいただいて。ああでもない、こうでもないと愚痴をたんまりこぼした。これで、すっきりさわやかという感じ。それから、埋蔵文化財センターへ行って、いろいろと交渉やら、チラシを貰って、それから、昼食。偶然いた、埋文の先生に、ちゃっかりご馳走になってしまった。メニューは、ランチだったけど、海鮮ピラフ。これが、美味しいの。ご馳走になるとは思わなかったから、やすい、ランチにしたのだったけどね。それから、公民館の方へ行って、当日使うリーフレットを貰い。論文集の予約チラシのアドバイスをもらって。それから、図書館へ。ここでは、案内用に調べることがあって。そうそうそれから、地名の確認のためにmapをコピーしたりして。それから、丁度会議をしていた、メンバーの中に割り込んでね、ベチャクチャおしゃべりをして。お菓子をいただいて、ふー、満足。それから、歴史博物館へ行っていろいろ打ち合わせをしたり、おしゃべりをして、それから、それから、帰って来たのです。一日かかったなあ。でも、残りわずかになってきたから、手落ちのないように、なんて、考えているのですが。これから、何が起こるか、怪しいのですよ。なんせ、おっちょこちょいなものだから、いろいろ忘れている可能性がある。自信がいっぱい。(忘れることにね)
2003年11月14日
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すっかり時期外れになってしまった南瓜。いただいていたのを忘れてしまって、急いで炊こうと思って包丁を入れた。うあー、ダメダメ。すっかり痛んでいた。どうしよう、お鍋には、もう、炊く準備をして、調味料も入れてしまった。ああー、大変だ。というより、もったいない感じ。だめですね。作った人に、大変申し訳ないことをしてしまった。それでは、味付けの準備をしたお鍋はどうなるの!!仕方がないから、その辺にあったお野菜とスープの素をたんまりと入れて、煮込んで見ることにした。なんせ、南瓜の味付けだから、そう美味しいものができるとは思えないけどね。ちょうど、お肉もあったし、他の材料も、いっしょにぶちこんでみることにした。ただいま、ストーブの上で、コトコトと音がしてきて、なにやら、美味しいような、怪しいような、へんてこな匂いが(香りかな?)してきた。結果はどうなるでしょうか?自分でも不明。おうー、出来上がるのが、大変、怖いことであるぞよ。
2003年11月13日
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昨日、役場まで、ちょっと、用足しに行って来た。そのときには気がつかなかったんだよね。そういえば、朝から、花火が鳴って、なんで? 売り出しでもあるのかな?ぐらいにしか思っていなかった。月曜日から、毎朝花火があがっていたんだよね。今日になって、やっと気がついた。(アホですなあ)この三日間、秋の互市(たがいち)があったんだ。すっかり忘れていて、それほど、忙しかったということかな。と、自分に言い訳をしていますが。今朝、そうだね、8:30頃かな、チャイムがなって、「お赤飯たいたから!!」と、友人が漬物と一緒に、お赤飯を届けてくれた。それで、やっと、町のにぎやかな理由が解けた。さあ、このままいられましょうか?いや、絶対に居られない。早速、郵便局への用事を作って、すたこら歩いて、街へ向かいました。いやー、楽しいねえ。久しぶりに、子供に帰ったような気分。特別何も買わなくても、人ごみの中を歩いているだけで、チョー、満足。友人宅でお茶をして、また、店の並んでいる通りを歩いて。またまた、喫茶店で、お茶をして。うーん、しばらくぶりに息抜きをした気分。帰りに、お焼とズンダ餅(宮城の独特の餅)を買って帰って来た。あー、いらいらが取れました。
2003年11月12日
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今回の選挙!何なんだろうね。あんなに勢力が落ち込んで見えた自民党追いかけていた他の党。結局は二代政党になってしまった。他の小さな党は、これから、どうなるのか。あんまり政治に関心があるわけではないが、このところの在り方は、ちょっと目にあまるように思えた。またまた戦争が認められる日本にはなってほしくないといつも思っている。例えば、時間が、戦争を忘れさせると考えている人がいるとすれば、それは大きな間違いだと思っている。一つの戦争が引きずった傷跡が大きい筈。時間が過ぎてもそのために人生が狂った、狂わされた人はたくさんいる。もっと、日本を大切にしてほしいなあ。といつも思っているが、だからといって、何もできないのが。
2003年11月11日
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人って、とっても我儘だと思う。いつも誰かに、自分をフォローしてもらっていることを忘れてしまう人がたくさんいる。それでいて、自分では、絶対に人をフォローできない人。守ってもらってばかりいることに気づかないのかもしれないが。私は気づいて欲しいと思っている。だって気づくべきでしょう!1なぜ、自分がそれほど守られているのか?なぜ、自分は、フォローしてもらっているのか。誰だって、大切にしたい人がいるのですよね。それは、必ずしも恋人や家族だけではない筈。友人の時もあれば、知人のときもあれば、仲間の時もある。それなのに、人は勝手すぎる。後ろ足で砂をかけていることに気づかない人もたくさんいる。気づいて欲しい。あなたが、守られている分、他の人を守ってあげて欲しいし、大切にして欲しい。そのためには、ちいさな心遣いが大切なのだと。お互いに、元気になれるように。自然や宇宙だけでなはく、自分というものの価値を、認めてくれる人のためにも、利口になって欲しい。物がたくさんあるから、よいのではない。お金持ちだから、幸せなのでもない。心が豊でないものは、とっても淋しい。
2003年11月10日
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チラシを作るために、国土地理院の地図をスキャンしたいと考えた。方法としては、一枚の中に、「要害」という地名が最低ニケ所以上入っていることだった。でも、撮りたい地名が同じエリアに入っている所は少ない。どうしよう!!困ったなあ。コピーしてから、やるのもいいかな。でも、もともと地名の記されていない所は、どうしよう。コピーをして、少し小さくして、そこへ印字したものを挿入したら、なんて、考えているが、どうだろうか?それから、ちらしに書く言葉や、キャッチフレーズを、そして、図案を考えないとならない。だいぶ大変だねえ。うまく作れるかな、心配になって来た。どうしようかな?
2003年11月09日
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今日は出ずっぱりで、日記を書き込むのがすっかり遅くなってしまった。今朝は、早い電車で、仙台の南、岩沼という所へ出かけた。あちらの人と約束していた西口へ出るべきところを東口へ出札してしまって、まずは、今日、最初の失敗!!(テヘヘヘ)それで、駅の人に、お願いして、もう一度西口へ。そしたら、相手の人が探してくれていて、まあ、なんとか、会えてほっとした。それから、朝日山公園という所へ行き、次に金蛇水神社へ。ここは牡丹の花が有名で、たくさんの株があるらしい。でも、シーズンオフだから、そちらへは行かず、先ずは参拝。けっこう立派な神社だった。ここで、ちょっと一休みして、お店でお団子を食べる。だって、そうでもしないと喉が渇いているのを癒すことができなかった。相手は、間食しない主義とかで、私が水分をほしいなどお構いなし。私は喉がからからだったので、お茶をいただいて、団子を食べて(ほんとは、朝が早かったので、お腹も空いていた)それから、神社の奥の院があったという所へ、またまた車で走る。すると、途中にたくさんの池があった。沢にそって、溜池?かな、神様のための池かもしれないが。とにかく、ずらっと続いている。さらにその奥が、禊殿という建物があった地だった。昔の人は、いろんな意味を持って、神様をお祀りしたようだ。それから、えーと、ちょっと怪しい。そうそう、千貫神社という所へ連れていかれた。ここには、社だけがあって、誰もいない。でも、その向かい側に古墳があって、東北、特に多賀城政庁に関連があった。藤原朝カリさんの葬られた古墳という伝承をもっているという。でも彼は、ここで死んだという記録は無かったはずだ。それから、またまた、車に乗って、銅谷(どうや)という地や大師という地へ連れていってもらう。ここは私が頼んで連れて行ってもらった。なぜなら、銅谷は、伊達藩時代の製鉄地を示す地名、それに近くには大日向という地名もある。これも関係がありそうだった。てなわけで、一日、私はノッツォをこいできた。「ノッツォをこいできた」というのは、別の言い方をすると、「あちこち、ふらふらと油を売って来た」という、つまり、遊び歩いて来たという意味になる。という今日一日の私の行動の報告。でも、昼食には、荒浜という所でとれた鮭とイクラを使った「はらこめし」をご馳走になって来た。なんせ、連れて行ってくれた人の奥さんが、生きのいい鮭を使用して作ったという、ほっぺが落ちるような料理で、うーん、「代は満足じゃ」というところでしょうか。岩沼という所は、私には未開の地だったので、けっこう興奮しながら歩いて来た。いい日だったと思うよ。
2003年11月08日
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今日は、というより、このところ、小鳥が庭の木の実を食べにしきりとやってくる。私も、夏の間は、小鳥のさえずりで目を覚ましていたけど、この頃はなかなか起きられない。でも、今日のような小春日和には、小鳥の声が聞えてくるとホッとして、うれしい。我が家は森の中というほどではないが、街の近くでも、わりと山っぽい環境にある。だから、季節に応じて、いろんな小鳥がやってくる。今も、ヒヨドリとスズメ(これはいつもいるかな?)他にもたくさん来るけど、名前が分らない。さえずる声と姿とが私の目で、一致するといいなあ、小鳥の名前を覚えたいなどと、いつも思っているが、そんな余裕が無くて。というより、身近に知っている人がいない。淋しいように思うが、自然が身近にのある現在の環境を喜んでいるので、無理に名前を覚えなくて、楽しめばいいかな、と、負け惜しみを言って、自分を慰めている状態。またまた、ヒヨドリが、さえずっている。かわいいね。おーい、何を話しているのー??
2003年11月07日
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今日は涌谷へ行って来た。11月23日のシンポジウムの会場に展示したら、と、知人が、韓国はプヨ(古代の百済?)から出土したという金の香炉のレプリカを貸してくれるという。でも、大変高価なもの。会場に無防備には展示できないし、遠くから来てくれる人、あるいは研究者には見せてあげたい!!でも、やっぱり、盗難にあったり、傷をつけられたりしては大変だ。本人は、「盗まれたら、盗まれたで、いいよ。 大切にしてくれれば、いいから!!」なんて、簡単におっしゃる。でも、やっぱり、お断りして来た。すると、レプリカのさらにミニチアをくれるという。これは、ありがとう!!と、心安くいただいて来てしまった。韓国のなんとかいう博物館に行かないと買えないのだそうだ。遺跡からの出土品で、国宝287号と韓国語で書いてある。でも、いただいてよかったかな。でも、折角の好意だしね。(ほんとは、とってもうれしい!!)きっと大切にしますから、と、気持ちよくいただいて来た。とっても、うれしい!!
2003年11月06日
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たいしたことないことで、お騒がせいたしました。昨日のテレビ取材ですが。「古事記」の講座の人たちが揃ったのが、定刻2分ぐらい前!それからまもなくプロデューサーがやってきて、ちょっと、打ち合わせ。それによると、皆さんが勉強しているところを少し撮影して、それから、勉強が終ったら打ち合わせ、そして、収録という手順で。ということらしい。なんだか、あの光の束がちょっと熱いのよね。私のデンビ(ひたい=こちらの方言です)にバンバン反射して、それでも、知らん振りして講義をしていたら、カチャカチャとカメラをまわしているのが聞えてくる。ちょうど、ヤマトタケルのところなもんで、製鉄関係の地名の講釈をしたり、タギタギシイなんて、言葉から生まれた地名、なんてことを話していたら、あとは、すっと居なくなってしまった。講義を終えて、みんなは食事だったけれども、私は下に降りて行って、打ち合わせ。(この時、私は、おなかが空いていて、グーとなるのが聞えるのではないかと心配だったのですが)朝の番組の、質問コーナーで、視聴者からの質問に回答をするというものだった。質問は、「大字とは?小字とは?字とはなんでしょうか?」というもの。なかなか、プロデューサーの頭の中では、理解できなくて、すったもんだで、なんとか、わかるかな?というところで、カメラが廻る。プロデューサーが、一つずつ質問をしながら進めてもらうことにして、なんとか、終った。最後の方では、ちょっと、「地名の字の部分が一番大切なものですよ。なんて、よけいなことを言ってしまったりしてね。写したのが全部テレビで放映されるわけではないのだけれども、少しは地名に関心を持ってもらえる時間を作ってもらったのが、とてもうれしかった。わたしのようなものに、声をかけてくれたプロデューサーにも、とても感謝している。ありがとう。放映は、今週の金曜日。恥ずかしくって、とても見られない。私のようなブスが、見ている人の気持を汚すのではないかと心配したりして。お土産に可愛いタオルとファイルをもらった。これは、とってもうれしかった。気にいってしまいました。
2003年11月05日
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なんだか、どきどきしているかな。今日は、テレビ局が取材に来る。なんせ、どんなものやら!!まいったなあ。友人は、きちんとカメラを見て話すんだよ!!なんて、忠告してくれた。でも、きっと、ゴヤゴヤ、ドンチャン、ドギマギで、終ってしまいそう。質問の内容はメールで届いているので、そんなにたいしたことではないのだけどね。また、あとで、報告しまーす。
2003年11月04日
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今日は文化の日?古川では「古川まつり」をしていた。偶然、大名行列に出会った。 なんだか懐かしい。高校生の頃、クラス対抗の仮装行列があった。そのとき、みんなで大名行列をした。当時はまだ現在のように裕福でない時代だった。だから、みんなで裃を手作りしたり、奴の服装を作ったり、結構クラス全体がまとまって、楽しかったなあ。ずいぶん遠い昔だ。今日の祭りは、旧中里村の人たちが中心になっているらしい。途中、何箇所かで、奴が見栄を切り、毛槍を廻し、パフォーマンスをする。それが、なかなかカッコイイ。だいぶ、力が必要そうだった。まっかな顔をして、踏ん張っているようだった。きっと、毛槍は重いのでしょうね。それから、ほら貝もとても上手で、音階を変えながら葺いている。みんな、神妙な顔をしてかっこつけながら、みんなの前を歩いて。たまには、いいねえ。このような時代を錯誤した行列を見るというのも。テレビと違った、感覚で。ある、大人が、奴の歩き方を、「なんだろうね、変な歩き方をしてるよ」だって、そういう人が多い時代になったのだと痛感して来た。
2003年11月03日
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彼が活動している拠点の名前が「オフィスむささび小屋」いつも森の中を歩いては、自然の異常を見つけたり、木々の異常を見つけたり、木を植えては、森の復活をはかったり、草木の習性や動物の習性を勉強しては、森に集まり、一緒にたむろして活動する。彼らは気のいい奴ばかり。なんとなく、世間から疎んじられるような感じを持っている人もいるけれども、素直に自然が大好きな人たちだ。彼らと知り合って、私もたくさんのことを得た。ある時は、沢づたいに山へ入り、人知れず生きている木々や小動物、そして草や沢の流れを体に生気を貰いながら接してきたことがある。森の中の、木立の中に陣どって、カップを廻しながら、食事をし、持ち寄りのつまみで、話に花を咲かせた。もう一度、彼らと会いたい。これからの寒さに向かって、山へ行くのは、大変だけれども、ほんとに、時々会いたくなる。彼らはいつも地道な活動をして、失われた自然を復活させたいと願っている。彼らは、決して、報酬を望まない。でも、とっても気のいい奴らだ。今頃、どうしいるかな。11月23日、久しぶりに彼らの一人に会える。とっても楽しみだ。
2003年11月02日
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久しぶりに休みらしい休日を過した。というのも、久方ぶりにオチビちゃんが遊びに来てくれたので、まあ、いいか、と言う感じで休んでしまった。仕事の押し詰まっているのは、あとから挽回しようか、なんて、あまく考えてね。先ずは、米山町へ車を走らす。ところが、ギッチョン道を間違えてしまって!!娘が曰く、「まちがたって、いいよ。 ゆっくり、田舎を楽しむから・・・」なんて、泣かせるねえ。というわけで、すったもんだして着いた所は、アルパイン牧場/風のシェーブルという所。家族で、山羊や馬を飼い、りんごや野菜を育てて、それを加工して販売したり、りんごは、品種が豊富で、試食はもちろん、とってもおいしい。山羊のお乳は、チーズにしたり、加工してミルクとして販売もあり、それから、美味しかったのはアイスクリームまあ、とろけそうな美味しさだった。ブランコや水車を楽しみ、山羊やポニーと遊んで、オチビちゃんも、もう満足。もちろん大人も満足。そうそう、そこで珍しい物を見て来た。グァバというパッションフルーツを始めて見た。手に持つと、とってもいい香りで、ハウスの中がその香りでいっぱい。グァバ茶が体にいいそうで、加工して販売していた。まだ香りが手に残っているような気がする。初めて見た南国の果物そういうのを育てているなんてちっとも知らなかった。小さな町だけど、いろいろとやっている町なんだと再認識みんな、がんばっているんだね。久しぶりに楽しかったね。このような時間をくれた神様に感謝、感謝。ブランコから見た、雲ひとつない青空と、静かな時間と意気のいい美味しいもの。なんとも表現がたりないけれども、すごく、満足して帰って来た。
2003年11月01日
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