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おそらく当時地上に降り注いだ太陽光線の激烈さによってそのような色になったものと思われる。
この偉大な民族は宇宙人であった。
そして彼らが地球上の体験を得ながら過ごしていたあいだ、彼らは自身を“全体”から分離させなかった。
彼らは現代人がやっているような地球の元素を研究したが、元素の現象化の原因を理解していた。
彼らは物質の知識を得るためにこの太陽系へ派遣されて来て、“因なる英知”の指導のもとにこれをなしとげたのである。
彼らにとってこれをなすのは容易なことであった。
あらゆる活動を支配する自然の法則を知っていたからであり、また悪用することなしに自らの知識を応用できるほどに賢明であったからである。
“親和の法則”はこの人々に何らの神秘感をも起こさせなかった。
そして諸元素は完全に彼らの命令に従ったのである。
地上はエデン的な美の完全な表現であった。
トリテリア人は現代に行われているような宗教を持たなかった。
彼らは科学者の民族であった。
想像や神話でなく事実に基づいて活動したからである。
彼らは神々をもたず、“全英知なる力”を認めて、自身をその表現者とみなした。
また彼らは原因と結果を理解していたために肉体の心が創造主をさばくような誤りをおかすことはしなかった。
自分たちと宇宙の意識のあいだに分裂感を起こすこともなかった。
彼らは自由と成就の確信とをもって活動したのである。
それゆえ生活は平安で調和に満ちていた。
彼らは神々や悪魔に縛られることもなかった。
彼らの唯一の知覚の状態は宇宙の意識と一体化した知覚状態だったからである。
創造における二元性の必要性を認めたが、その力を善と悪に分けることはしなかった。
生命力にたいする摩擦や抵抗がなかったために彼らの肉体は常に若さを保ち、われわれが知っているような死は存在しなかった。
地球のこの“修士”たちのあいだにはどん欲や利己主義はなかった。(今日の言葉でいえば、彼らはあらゆる部門において修士の学位を得ていたといえるだろう)
彼らは宇宙の物質は制限がなく破壊もできないこと、だからあらゆる必要を満たすには常にじゅうぶんであることを知っていた。
物質的な富の蓄積にふける者もいなかった。
現在トリテリア人の子孫はいない。
というわけで、彼らはこの地球上で一定の期間奉仕した後、他の太陽系へ宇宙船で運ばれたからである。
これは聖書時代に先立って地上に住んだ種族である。」

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