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2010年08月30日
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一つ前は これ

紹介した書籍もそうですし、塾でやってる「神との対話」講読なんかもそう。
かぶれると結局・・・と自分の体験でも思います。
案外「変換」を読んだ人もいらっしゃるようで、ブログ見つけたりします。
で、いろいろ思います。(苦笑)

余談というか前置き長いですが、あたしは 空仙さんの日記 を拝読して、バランス取ってると自分で観じています。ありがたいことです。(^^

さて「うばう」

3次元的というか、この世的にまず考えると「所有」という概念からの展開になります。
自分以外の誰かのものを、譲渡されずに自分の所有にしてしまうのが「うばう」です。
譲渡・・・無理やりなら「うばう」に等しいです。戦国時代の領土なんかがまさにこれです。

もう少し展開すると、「うばう」⇔「与える」と考えることも出来ます。
また、譲渡から展開すると「支払うべき対価を支払わない」ということもあるでしょう。

こう考えると、一般的に我々は、「うばう」行為はしないはずです。
なぜならそれをやったら犯罪だから。(笑)

ということで、ここで問題になるのは、「うばう」に等しい(と自分が感じる)行為です。

「支払うべき対価を支払わない」をかなり掘り下げると観えてくるものもあるかと。

何度も引用していますが、空仙さんの 「こどものころにうえつけられた。。。」 に書かれていることは、「うばう」行為の原因のヒントだと思います。

受取に条件はない
条件があると思っていれば、それを満たしていなければ、うばったことになります。

受取は交換ではない
交換だと思っていれば、交換が成立していなければ、うばったことになります。

それを観ているのはすべて自分です。
つまり、「うばう」行為をしたという判定は自分自身がしていると。

結局、精神世界的になってしまいますが・・・

自分のものは何もない

全ては既に与えられている

ということを否定する思考が「うばう」に繋がるように思います。

そして、その思考を支えているのは、やっぱり【不安】(不足)だと観じました。


書いてみようと思ったのはいいけど、時期尚早だったか・・・少々骨が折れます。(苦笑)





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最終更新日  2010年08月30日 15時09分59秒
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