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「俺も、年収、2000万超えたけどよぉ~、金じゃないんだよね~」また、隣には、アホな初老の疲れた男が、久本雅美を美人にしたような女に話しかけていた。「え、エスプレッソって何?」頑張って田舎から息子の働くレストランに出てきて、息子からいろいろ伝授される微笑ましい老夫婦。(この老夫婦に道端で声をかけられた。インターネットのHPをカラーでプリントアウトしたものを持ってうろうろしていた。「あはは、私も行きますからご一緒しましょう」と気のいい私であった)「こちらが彼氏なの」とカップルで来ていた若い男女が、レストランの従業員に話していた。言葉遣いから、どうやら兄貴らしい。 英語では、何と言うか、人に紹介する時に、男兄弟(ブラザー)、女姉妹(シスター)であり、あまり、兄(エルダーブラザー)だの妹(ヤンガーシスター)だのいわないのは何故か。もとより、固有名詞の名前が重要である。日本は、肩書きが重要だ。社長、部長、棟梁、シェフ、キャプテン・・・昔からそうなんだな。聖徳太子、光源氏、紫式部・・・本名ではなく役職である。逆に、身分の低いものは、本名で呼ばれている。飛躍するが、その辺が日本の無責任性があるんだろうか。「部下が勝手にやったことだ」「それについては聞いてなかった」「そういうことは知らなかった」・・・そういうものか・・・そういうもので、昼食は終了。その後、ジグマーポルケ展に。網点ドットによる絵画、カンヴァスの代わりにプリント布地や透明な支持体に描いた絵画など、つぎつぎと実験的な手法を開拓してきた1人である。まだ生きている。横には、科学博物館のようなものがある。宇宙食販売。たこやき、4つで500円。見るだけなら無料である。プラネタリウム・・・何を隠そう、私は、日本の中心線と勝手に豪語している東経135度を通る明石市にある明石天文博物館に、そりゃもう小学校の時は遠足を含め10回は行っている。まあ、事実、細長い日本の時間はこの線で決められているそうだ。 そんな訳で、30年ぶり程度のプロレタリウム、ア違う、プラネタリウムである。ソファがぐぐーっと下がり、何と、後ろに座っているミニスカートの水商売らしいおねえさんが足を組んでいて、その靴先が、私の耳元に来るのである。奇しくも、私は、靴フェチではなかったので(正直、全くないとはいえないが)、ドギマギすることはなかったが、靴から発せられる臭いが私を狂わせた・・・訳ではなく、私は、鼻が悪いので、全然臭わなかった。鼻が悪くて良かったと思ったプラネタリウムの夜であった。シャブを食い、抱きついた・・・ 帰りにマッサージに寄ったが、時間がなかったので、今年初めて缶ジュースを飲んだ。
2006.04.30
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大阪環状線は、約40分かけて、1周するのであるが、考えれば、もしかすると、この「寺田駅」だけは利用したことがなかったような気がした。そういう訳なので行ったのではないが、天王寺と鶴橋桃谷という大阪ディーププレイスに挟まれた駅であり、その評価は私も知らない。駅の表口となる北口は国道25号に面し、裏口となる南口周辺は小規模な住宅や商店が建ち並ぶ閑静な街並みである。休日と深夜を除き、駐輪中の自転車が非常に多い。ザ・ワイドでもこのことが採り上げられたことがある。大阪市によると、1995年は1500台だったが、隣の桃谷駅に約1200台収容の駐輪場ができるなど、周辺の駅が整備され、放置自転車が急増した。大規模な駐輪場がないのが最大の理由だが、市は「有料化に伴い、利用駅を寺田町駅に変えた人もいるのではないか」と話す。19ある大阪環状線の駅で、寺田町駅は放置自転車が最も多い。わずか300分の無料駐輪場があるだけ。2200台が駅前の車道や歩道に放置されることになるそうである。 そういう情報を得て、環状線寺唾液を、ノー、寺田町駅を出発する。四天王寺に辿りつく。寺田町駅の外側が生野区で、内側は天王寺区である。臭う、いや、仁王像を越える。 古本市開催中である。以前にも来たことがある。100度参りマニ車変形バージョン老眼鏡を屋台で売っている特異さ。一心寺に入る。 おどりゃー 通天閣を通り過ぎる。終着電車の駅。大阪にも1両電車はある。 ・・・散歩中、感想文:去年、小泉自民党が圧勝したが、ニートやフリーターの多くが自民党に入れたという。その理由に多かったのが、「自分の1票を死に票にしたくない」「勝つほうに入れたい」といのが「何となくなんとかしてくれそう」などを含めて過半数であったとのことだ。信じられない投票方法と数字である。小泉は弱いものをどんどん切り捨てていく政策を推し進めていくのにである。ヤケクソなのだろうか、自分たちが弱者ということが分かっていないのだろうか。いっそのこと何もかもぶっこわしたいのか、何も考えていないのか。まあ、民主党に入れても果たして弱者に優しい政策をしてくれるのかは疑問ではあるが、これで、普段、自民党に入れているおじさんたちは、票の取りすぎで、ファシズムを感じ不安になるのも仕方ないことだろう。ほんと、何と言うか、判断力がないというか、モラルがないというか・・・良い、悪いは分かっているんだろうけど、分かっているのは、小さい時からの習慣だからなんだろうな。
2006.04.29
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1992年、大阪花の博覧会が終わって撤収に入った頃、ネパール館の前の川に入っていた硬貨を持って帰ろうとしたネパール側と、主催者でもめていた。ネパール人にしてみれば、凄いお金であった。来訪者が寄付してくれたんだという主張であった。花博の想い出はそれぐらいか。2、3年前にも用事があったついでに寄って、博覧会で唯一壊されなかった「咲くやこのはな館」を見学したので、今回はパスだ、というより、歩く時間がなくなったのであった。 金剛寺を越えて、北側より大阪市数少ない広大な元ゴミ処理場であった公園に潜入する。鶴見区は、地下鉄鶴見緑地線が来るまで、市内の陸の孤島であった。 当時の出展国後が国際庭園と名をうってゆっくり沈んでゆく。子供達が、楽しそうに遊んでいる。最近の子供達は切れやすくなったというが、そうなんだろうか。大人の鏡である子供が切れやすくなったと言うことは、大人がてんぱっているのか。しかし、単純に外に対して切れるというのは、昔からあったような気がする。「ガンとばしやがった」「むかつくの~」というのは、昔の「名誉を傷つけられた」「侮辱された、決闘だ!」と同じようなものなのかも知れない。子供や、若者は反抗してこそ、子供であり若者である。ただの従順で大人しいだけは、若くないのである。しかし、私は、昔を知らないが、そういう若さの反抗や苛立ちに対して、大人も若者も子供も寛容だったのかも知れない。今、怖いのは、「やってやるぜ!」といった外への反抗ではなく、「このままではやられてしまう!」といった不安が転じて暴走することではないか。やられるかも知れないからやる、それには手加減もない。「俺は怒られているのではないか」「俺の悪口をいっているのではないか」「俺を完全無視しているのではないか」と。それも、大人、国家の鏡なんだろうか。アメリカを代表して、不必要な戦争紛争が横行している。「やられるかもしれないからやる!」と国民を煽るのである。韓国館、フランス館、ノルウエー館、中国館、イタリア、スペイン、ジンバブエ、日本、カナダ・・・ 以前に女性の前で豆乳の話をしているつもりで、全く気がつかずにすっと、乳頭乳頭を繰り返し、一通り話し終えた後、大変シャープに「トイモイハン・・・・」と辛辣でペンギンが喜ぶぐらいの凍った視線を与えてくれたのであるが、今日も数人の前で、意見を言っているときに、だんだん皆の顔が吹き出していくのが分かった。私は懸命に「ここの素材の色は、半透明の乳白色のものがいいなあ、後ろからライトアップもして・・」といっているつもりであったが、ずっと、乳頭色と言っていたようだった。・・・確かに、乳白色は1色だが、乳頭色は千差万別・・・あ、そんなことではないか。つい苦し紛れに「ボクは、結構、これがすきなんです」といってしまい、ラフィングノーズされちまったよ。 まあ、子供はいいとして、なかなか背広着たシブイ中年は歩いてないんだよな。
2006.04.28
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昨日、某みなと銀行で、ヤボなことから、新しく通帳を作った。知らなかったのであるが、オレオレキザやマネロン防止の為に、通帳ひとつ作るにも案外厳しくなっているようだ。窓口のあどけない若い女の子は、多分、この銀行が身売りに身売りを重ねてきた頃にはいなかったのだろうなあと思いながらも、彼女は親切に対応してくれた。何故、口座を開くのですか、勤務先とその住所電話もお願いします、当行に他に口座をお持ちですかとか、数々の質問があった。傲慢そうな昔の男性行員が対応していたら切れていたかも知れない。 ふとそのときに休眠状態口座があることを思い出した。名前を告げたが、口座の該当はないとのことであった。 昨晩に家中を探し出して出てきた兵庫銀行(兵庫銀行が潰れ、みどり銀行になり、みどり銀行が潰れ、今のみなと銀行になった)の通帳とキャッシュカードが出てきた。印鑑と暗証番号は不明状態であった。 そんな訳で、本日、もう一度、銀行に行き、昨日の女性光陰じゃないや、女性行員に「家中探したら通帳ありました。8,400円入ってマスねえ」ということで、再度調査し、解約を行った。この低金利時代に、10年間で何と66円の金利がういていたのであった。 ジョンレノンを殺害したチャップマンは1982年に20年の刑を受けたんだけど、じゃあ、出所?と思いきや出所は延期、延期されているらしい。 学生の頃、学内の喫茶店によくいったが、そこで店にいろんなリクエストが出来る用紙が備えてあった。「チャイを置いて下さい」とか「私はフラワーチルドレンです、店中花を飾って下さい」とリクエストした。真面目に返事をくれる店の姿勢が微笑ましかった。「いつもご利用アリガトウゴザイマス。予算の都合上、云々・・・」 先程、ヤフーオークションで、ムック本18冊を落とそうと、5分前に1610円で最高入札者になった。パソコンに向かうことあと5分。どうも競り合っている人間は7,8人いるようだ。結構、ドキドキするんだなあ。3分、2分、1分、どうだ、どうだ、と思いきや、1710円が入ってきた。急いで、1810円だああ、と入札ボタン!押したら、「終了しました」であった。10秒前に入れられてしまったのであった。ヤラレタア・・・ 何年か前に日経新聞を読んでいたが、今はニュースはネットか、テレビみたいなところで、新聞をとっていなかったが、新聞勧誘員が来て、新聞読まないからとは思ったものの、ちょうど、チラシを見たいと思っていたので半年だけとることにしたのが、半月前。予想通り、ほとんど読んでいない。チラシはチェックしている。2ヶ月ただで、5,000円の商品券にビール1ダース。それでも、何だか、全然お得感を感じない状態だ。 ニュースは例によってグーグルニュースが良い。著作権の問題があるので、リンクさせてあり、クリックすると、朝日なり読売の記事に飛ぶようになっているのである。どの新聞がどう書いているか海外のメディアも含め同時に読めるのが凄い感じである。しかし、各新聞社が考えた記事の重要度というのは無視されるのであった。チューリップは、分かりやすい花である。チューリップといえば、オランダか?勿論、私のオランダのイメージは違う。発祥はトルコとかヒンズークシとかパミール高原とかであり、確かイランの国花だったような気がする。違うわ、イランの国花はバラだな。イングランドと同じだ。そういえば、昔、オランダでチューリップ球根バブルというのがあって、1個で家が買えるぐらいのものまであったという。はじけて、皆が馬鹿馬鹿しさに気がついた。数百年後、昔、日本で土地なんかでバブルというのがあったなんて笑い話になるのであろうなあ。それにしても、オランダで原色のチューリップを見ると、すんごくボヨーンボヨーンとするんだよなあ・・・
2006.04.27
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北米でトヨタがある車の凄い売上を上げた時、日本のテレビCM業界にまことしなやかに噂された。我々も危ないのではないか。北米でテレビCMしないで、ネット上の広告だけであそこまで売り上げたというのである。 近年、何を探すにも、まず、インターネットにアクセスしてしまうし、勿論、アドレスをそのまま入力することはほとんどなく、キーワードで検索していく。 以前の日記で勝手にグーグル特集をしたが、グーグルの主な収入源はアドセンスとアドワーズである。売上は現在1500億円を突破している。アドセンスというのは、個人などのホームページやブログに、こいつを貼り付けるだけだ。そうすると、1,2行の広告だ出てくるのをご存知であろう。これをクリックすると収入になるのである。どんなのであろうと、私も登録してみたが、楽天には貼り付けできないようだ。(それか、私のやり方がまずいか)。個人のブログ程度で、それも1,2行の広告なんかで、クリック数が上がったり、売上が上がったりはなはだ疑問であるが、それは、機械的にブログの内容に合わせて広告を出してくるので、そのブログに興味のある人が押しやすい広告がでてくるのである。さしずめ、私のところに貼り付けることができるとすれば、旅行や鬼畜や魑魅魍魎関連の広告が貼り付けられると考えられる。まあ、そうはいっても収入はしれているが、実は、これで生活をしている人間がいるということらしい。それは、世界を相手にしているからであろう。おそらくその収入は2、3万円かも知れないが、英語を結構普通に話せるフィリピンに住むフィリピン人あたりのブログ開設者で英語で書かれ、英米やオーストラリアからのアクセスがある人なら、2、3万の月収でもやっていけるのである。 アドワーズも、まさにロングテールである。いわゆるパレートの法則、別名8対2の法則であるが、大方の世の中に商品も2割の商品がその業界の8割のシェアを占めると言う奴で、広告はたいていそこを狙ってきたのであるが、アドワーズは主に、残り8割の商品サービス群にスポットを当てているのである。簡単にいえば、ヤフーオークションのようなものか。ほとんどの人間に必要のないマニアック商品も世界中から見たら欲しがる人は数人はいる。そういえば、先日の私が出展したタイシルクのジムトンプソンのネクタイ、購入750バーツ(2300円弱程度)であったが、買っていただいた人の過去の購入履歴を見ると、ジムトンプソンのネクタイを買いまくっていたジムトンプソンフリークだったのだ。生身の人間でそのような知り合いはいないが、日本のどこかにいっぱいそういう人はおられるのである。例えば、考えようによっては、クリック価格を見て(最低1クリック7円だったかな)、私が買ったマンションを貸したい場合、「賃貸します。」とアドセンスに登録すれば、誰かが、「神戸市垂水区 マンション」と垂水区限定で賃貸を探そうという人がググってみれば、(トップにはこないだろうけど)上位に出てくるかも知れないのである。かけではあるが、5万円以内のクリックで納まったら儲けものなのである。必要な方だけに宣伝すればいいのである。地域密着型である。新聞や折込の3行広告は危機に瀕するのかもしれない。しかし、こいつは如実に費用対効果が出てしまう。テレビCMで無茶苦茶に宣伝して、果たしてそれだけの効果があったのかどうか不透明な部分が削除されてしまい、CM代の下落や逆に高騰がはっきりしてくるのかも知れないなあ。まあ、そこまで大規模な広告なら複合的な媒体に触れているかも知れないけど。 それにしても、権力をもったグーグル、ちょっと怖いよね。そう、グーグルにはサクサク動く便利な地図機能がついているが、これは衛星写真をも見ることが出来る。先日、沖縄に行って、詳しく地図を見ていたのだが、フト、そうだ衛星写真で米軍基地をみてやろうと思い、切り替えてみた、ら、見ることができないようになっている。これは、恣意的である。韓国やタイやイギリスでは、軍事関連からこの衛星サービスに猛反発しているのに、それを無視しているグーグルなのに、である。まずいよね。思わず、一昨年ぐらいに見たマイノリティレポートを思い出した。一番印象的なシーンは駅構内で、乗り降りする人々全ての目にカメラがバイオメトリックスで、個人認識するのである。個人がGPSされており、行動を把握されているのである。それに合わせて、ある車好きの人が広告の前を歩くと、広告が浮かび上がり、「このお車はいかがですか」と勧めてくるのであった。あー、やだやだ。関係ないけど、私は、ETCカード持たないぞ。あれは、高速道路の出入りを監視されている。といっても既にNシステムで監視されてるか。そういえば、シンガポールで背中が寒かったわ。シンガポール空港までは高速道路を使うのだが、料金所がないのだ。ただではない。GPSの搭載が義務つけられていて、後から決済されるのだ。あーやだやだ。 ラッフルズ
2006.04.26
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鳥居近所品川 佐賀城佐賀城内民家 ストップザシンナー
2006.04.25
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10時に友達の母の弟の工務店の方と今度買ったマンションの見積もり依頼で待ち合わせというのに、昨晩の映画鑑賞と読書がたたって5時に寝たものだから、起床は、9時20分であった。こいつはまずいと、愛車を転がし、高速道路を例によって140キロで向かったのだが、8分の遅刻であった。 最低仕様のフローリング張替えなど依頼事項を申し、採寸されている間は、新聞を読んでいた。その後11時30分、時速40キロぐらいで、近くの不動産屋さんに飛び込む。家賃相場など確認し、その後、依頼したい旨を伝える。 その後、11時50分には、新たに発見した古本屋に入り、本を物色し7冊購入。昨日、新書を7冊購入したことを思い出し、どこに読む時間があるのか悩む。 その後、12時30分には、近くのサティに車を止め、日本酒を購入。 母校である中学校の脇を瞬時にすり抜ける。中学校の前にあるのは神戸市民の3分の1の人が運転免許を取りに行くというJ自動車学院。まだ健在であった。 その後、12時50分には、実家に入り、酒を置いて、13時に出て行く。 その後、13時25分には、何となく、兵庫港に行く。ぽかぽかしているので、本を開いてチェックする。そうして家に戻ってきてからは、日常生活という悪魔が待っており、掃除したフリをし、1週間分の洗濯をし、料理の用意をしなければならないなどと焦りつつ、缶ビールを飲んでいたりなんかしながら、不動産のチェックや、ヤフーオークションのチェックや、アイロンかけの用意や、カビが生えてきそうな台所の洗物をそろそろしなければならないとボヤボヤしてくすぶっていたりなんかしている訳だ。(6品オークション中、4品が無事売れた。新品未使用一澤帆布は1万円の利益がでた。これで1週間の食費になることが判明) 先週は7本程度の映画を観たのだが、昨日のマザーテレサは、その題目だけで、いい映画なんだろうなあという感じであった。あらかじめ決められた感動。 そういえば、1989年だったかな、「いっぱいのかけそば」という詐欺師の書いた物語が大ブレイクしたことがあった。今や、ほとんど内容は覚えていない。秀逸した「一杯のかけそば」という題目だけが残った。・・・ネットで内容をひっぱってきた。大晦日の晩、札幌のおそば屋さん「北海亭」に二人の子供を連れた貧しそうな女性が現れる。そして申し訳なさそうに「あの・・かけそば・・一人前なのですが・・よろしいでしょうか?」それを見て、こっそり1.5人前のそばをゆでるそば屋の主人。そして親子3人で出された一杯のかけそばを分け合って食べたのでした。この親子、交通事故で父親を亡くし、年に一回だけ大晦日に父親の好きだった北海亭のかけそばを食べに来ることだけが贅沢だったのです。そして、次の年の大晦日も・・・その次の年も。かけそば一人前を頼む親子。いつしか北海亭の夫婦は、大晦日にかけそばを注文する親子の来店を楽しみにするようになり、毎年大晦日は親子の座る2番テーブルを予約席にするようになったのでした。しかしある年からパタッと来なくなるかけそば親子。それでも親子のために予約席をとって待ち続けた北海亭の夫婦。そして十数年後のある日、すっかり大きくなった親子三人が再び「北海亭」に現れる、子供達は銀行員と医者になって就職してすっかり立派な大人となり親子三人で「かけそば」を三丁頼むのでした。主人は涙で頬を濡らしながら・・・「あいよっ!かけ三丁!」。1972年北海道の物語である。各テレビ局はこぞって感動を垂れ流し、詐欺師と分かるとこぞって、シーンとなった。あれを感動するかどうかの境目の世代は私はいたような気がする。高度成長を肌で感じて、どんどん上昇志向でやってきた世代と、停滞の中で暮らしてきた世代。前年より豊かになっていくという感覚、一方、かけそば3杯くらい金がなくても食えるよ、という冷めた感覚。銀行員や医者の地位がぐっと落ちてそんなのどこがえらいの?という感覚。1989年といえば、皆が揃って豊かになっていく最後の時期。バブルで勢いあまって90年代の分まで先食いしてしまった時代であった。バブル経済は貧乏人(ほとんどの人間のこと)の最後のカーニバルだったのだろう。 考えてみれば、この頃から、端にも棒にもかからない若者が消費社会に組み込まれていったような気がする。いや、この10年ぐらい前からか。それまでは、収入あるものが消費する人々であったような気がする。学生がクリスマスに彼女とフレンチを食ってホテルに泊まろうなんていいだしたのはいつだ。義理チョコから本格的チョコからバレンタインバレンタインいいだしたのはいつだ。ミッキーマウス好きだけでなく、ディズニーランドがここまでの集客力を誇るようになったにはいつだ。ウォルトさんの脳みその中の妄想はお好きですかあ~。 考えてみれば、ニートにも同情の一面はあるのかも知れない。あの頃までは、三流大学でも中高卒でもそれなりの就職口があり、それなりの生活が出来たわけなのだが、焼肉定食ならぬ弱肉強食の社会では格差が広まっただけでなく、チャンスも少なくなってきているような気がする。就職口がない。働いていない若者を消費社会に引き込んでおいて、今はポイである。「近頃の若者は!」まあ、これは古代エジプトから言われてきたことである。
2006.04.24
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いのししの出没及びいのししからの危害の防止に関する条例がある。神戸の人間は兵庫県民と思っていない。神戸人と京都人は、大阪人と同じ「関西人」にされることを非常に嫌う。 大阪人をけなすときにだけ京都人と結託する。プラスチックのことをプラッチックと発音する。 有馬温泉が神戸市だと知らない人が多い。うんこのことをババというので、(神戸特有ではないか?)馬場君は可哀想であった。ちなみに黒い50CCのカブのことを「ババタン」と言ってた。「早く返せ」のこと「はやかやせやー」というとった。「そうだけど」を「そやけんど」ともいうとった。「タッチする」ことを「デンする」というとった。昭和30年代、今は東京に本社を置く三菱重工業・川崎重工業・石川島播磨重工業・商船三井など船関係の一流大企業の殆どが神戸本社だった。過去の栄光にすがり付いている模様。 「燃えないゴミ」を「あらごみ」という。「神戸=イメージがよい」などと勝手に思い込み、 神戸ワインとか神戸コロッケとか何もかんでも地元名産品に 「神戸」という名前を付けたがる。ポートアイランドを「ポーアイ」、六甲アイランドを「六アイ」と略す。 タクシーに乗って北側に行くときは「上の方に」南側に行くときは「下の方に」と言う。 方向音痴は、いつも山側か海側でしか判断できないためか。やくざと在日朝鮮人・支那人・ベトナム人・インド人、その他アジア、ヨーロッパの国の人種の坩堝。特に北野には日本人率が低い。女子高生のスカートが長いし、 女子中学生はスカートの下に学校指定のジャージをはく。 関西起源の大企業や地場中小企業の経営者には甲南卒が非常にい。小学生用の神戸市ノートというものが存在する。 コクヨやジャポニカを持っていると非国民扱い。 そもそも塾通い以外で使う人はほぼ皆無。テレビCMを見るたびに、こんなの買う人いるのかと思う。 地下街ランキング1 大阪 長堀地下街 8.2万米22 東京 八重洲地下街 7.3万米3 川崎 川崎駅東口広場地下街 5.7万米 4 名古屋 セントラルバーク 5.6万米5 横浜 横浜駅東口地下街 3.9万米 6 横浜 ダイヤモンド地下街 3.9万米7 東京 新宿サブナード 3.8万米 8 大阪 虹のまち 3.6万米9 福岡 天神地下街 3.5万米(拡張中4.6万米) 10 札幌 大通地下街オーロラタウン 3.3万米11 京都 御池地下街 3.2万米12 東京 新宿駅西口地下街 3.0万米 13 名古屋 新幹線地下街エスカ 2.9万米 14 大阪 ホワィティーうめだ 2.8万米15 名古屋 ユニモール 2.7万米 16 広島 紙屋町地下街シャレオ (建設中2.5万米) 17 京都 京都駅北口広場地下街 2.4万米 18 岡山 一番街 2.3万米 ・・・・・・あれ、神戸は? さんちかは?小学校の遠足で、六甲山牧場で羊に襲われたやつが学年にひとりは必ずいる。弁当を食われた奴もいる。 冬が近づくと毎年必ず、六甲山小学校のストーブに火を入れたニュースが神戸新聞に載る。 神戸市の農業生産額は兵庫県で第一位。又、政令指定都市でも第一位の記録を更新している。結構田舎。神戸まつりは結局何月に行われるのかイライラしている。 とにかく坂が多いので、自転車が少ない。乗っているのは小学生男子ぐらい。大阪に行くと自転車の多さにおびえる。 自転車に傘がついているのを見て更に怯える。やたら「KOBE」とローマ字で書きたがる。 三宮での待ち合わせ場所の基本は、阪急の551前。土・日・祝日には必ず何かしらの待ち人・待ち団体がいる。 阪急西口と、東口北側の広場も。震災前は「三宮の阪急会館」が基本だった。 神戸の名産品は?と聞かれ一瞬考え込む。 とりあえず洋菓子と答えておくか瓦せんべいかゴーフルと答える。 いかなごとは言いたくない。 いかなごの釘煮には「自分の家の味」があり、他府県の知り合いに宅急便で送る習慣がある。(クロネコヤマトの釘煮宅急便) 単位はキログラム。 この時期に郵便局にゆうパックの集荷を頼むと、「いかなごですか?」と訊かれる。 そしてキロ単位で送られた他府県の知り合いがまたご近所に配り歩く(この時点で100グラム単位)。こうしていかなごは全国に広まる。 各家庭がキロ単位で作り、近所・親戚・職場・知り合い中にばら撒く。毎日いかなごを食べているため、もらってくると家族に嫌な顔をされる。そしてその余りものがまたばら撒かれる。 6月頃、冷蔵庫の中で忘れ去られた分に白い物が浮かび始める。 パンの年間購入額は全国一。自店で焼いてるこだわりパン屋が異常に多い。行きつけのパン屋がなく、コンビニやスーパーでパンを買っていると味音痴、あるいはもっと露骨に低級と思われる。 紅茶派が多いというか業務用のリーフ缶を普通に一般家庭でも買って使う。消費量日本一。洋菓子・和菓子の名店(かならずしも神戸発祥ではない)にやたら詳しい。人に贈るときはアンリあたりが無難だと思っている。他県人が聞いたことのないような店のお菓子を持ってくると、一家で「これどこのん?」「おいしないわー」などとけなす。 実はモロゾフとコスモポリタンはお家騒動の結果分かれた店。 神戸牛を食べたことがない。 南京町(中華街)は観光客が行く所で神戸人は滅多に行かない。むしろ南京町に有るシュークリーム屋目当てに行く。 (知り合いの店です) 神戸市内ではタクシーの数よりベンツの数の方が圧倒的に多い。外車率がかなり他都市よりも高い。約20台に1台は何かしら外車。ベンツ>ビーエム>フォルクスワーゲン(セカンドカー多し)>ジャガー>アルファロメオ>プジョー>その他…か? 神戸ナンバーの車は他府県ナンバーの車が嫌い。特に姫路ナンバー。(姫路は兵庫県ですが…) 明石市や淡路島全体、三木市、小野市などが神戸ナンバーなのが納得いかない。 テレビでも言われてしまうぐらい、市バスとタクシーのドライバーの柄が悪い。 やたらとバイクが多い。 川崎重工(生産工場は明石)と六甲山のお膝元のため。 坂が多くてスクーターの利用が多いのも一因。 本物がお膝元で目を光らせているので、いわゆる暴走族はあまり居ない。 三宮から大阪に行く電車には阪急>JR>阪神と格付けがされている。 しかし、格が高いはずの阪急神戸線は、逆によくイノシシと衝突して止まる。JRや阪神ではまず聞かない。 阪急電車は小学生から大学生まで電車通学客の比率が高い。 大阪に行くのに、三宮からなら何故だか阪急を使う人が多い。兵庫駅から出るJR和田岬線は三菱のためにある。朝夕の通勤時だけの運転で日中は全く走っていないが、JR西日本屈指の黒字路線とか。 だんじり川" Align="left">もうすぐ、家の前をだんじりが通る季節ですわ。
2006.04.23
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限定品限定品限定げんていひんやね明日終了
2006.04.22
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写真に写っているのは、後輩だが、別名奴隷2号でもある。軽く飲むのも悪くない。悪くないといいながら、やっぱなかなか利害関係少しもなく飲めるのは、寂しいかな、会社以前の人間だけなのであるなあ。20年ぶりぐらい電気ブランにを飲んだ。まずかった。 昔、浅草で、電気ブランを迎え酒で飲んで、そのまま成田空港に行ったなあ。もうべろんべろんに寄って、トルコ航空に乗ったら、何と、隣の席に知り合いが・・・在日韓国人にして親が重度障害者の後輩。彼女はわたしのことをえらく慕ってくれていて、何だか申し訳なかったのであった。その後、彼女は、この世の中の不条理をうらみかどうか知らないけれど、バグアン教徒となり、インドのプーナに入り浸っていってしまったんだよな。その前に、翌年ぐらいに、彼女と、彼女の友達と飲みに行き、西洋人とレイシズムにおいて喧嘩をして、すっちゃかめっちゃかになったんだよな。その後、車で酔っ払い運転で警察に捕まり、結構厄介だったんだよな。もー、優しすぎるんだから。
2006.04.22
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昨日、テレビをつけると、「午後2時10分頃、尼崎市平左衛門町の武庫川の岸壁で、散歩中の会社員が、川の消波ブロックの間に人の身体のようなものが浮いているのをみつけ、110番通報しました。警察が調べたところ、・・・」というニュースが流れた。 それって、サボリ?それとも私のような仕事人?一瞬、ドキリとしたのは、トップシークレットである。 拉致、殺人を命令するのが得意、いつも女性をはべらせている、それも好みは基本的にロングヘアー。乗っているものは違うが、いつもどこでも(海外でも)運ばせるお気に入りの白いソファと黒塗りのベンツ。アサハラとキンショウジツはおそらく親戚なのであろう。テレビ出演もあの白いソファにあぐらをかいていたなあ。チヅル君。自分は、飛行機恐怖症で、ゆっくりロシアに行くのに、ナンバーナシのいかつい黒塗りベンツリムジンは飛行機で運ばせるのだなあ。ジュンイル君。 電車に乗っている時に座っている人の頭がバーコードであった。バーコードは変だ、と誰もが分かっているはずなのに、本人も分かっている筈なのに、何故バーコードなのだ。そうか・・・多分、やっぱり本人は気がついていないんだ。我々は、急にその人を見るから、変に見えるだけで、その人は、毎日自分の髪を見ているから、少しずつの変化に気がつかないんだ。 この日記を書き始めた頃に、思いついたことを思い出した。侍にハゲはいない。チョンマゲである。かっこいいのである。 本を整理しようとして、同じような本を集めようとしたが、15分で敢え無く撃沈。神戸でも、有名な廃墟は麻耶観光ホテルだ。アールデコ調の天皇も泊まった高級ホテルで、摩耶山中腹に建つ。建築を手がけたのは、御影公会堂と同じ人物である。昭和6年より、戦中を除き、昭和42年まで営業していた。 実は、私は、学生の頃、泊まりコンパで泊まったことがある。ホテル閉鎖後、管理人さんの体調が崩れるまでの平成6年まで摩耶学生センターとして存在していたのである。暴れたなあ。勿論、食糧の配給は無く、持込であった。昭和60年に公開された映画「You Get a Chance」(吉川晃司主演)のロケにも使われたそうだが、私は見ていない。私が、ここ2日間で見たのは、「9SONGS」と「バス174」であり、10年ぶりぐらいに見直したのが「バグジー」である。土居団地建て替えです。
2006.04.21
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バンコクのチャイナタウン、ヤワラートの、麗しきクソ日本人の溜まり場「ジュライホテル」が無くなって今尚、楽宮ホテルは健在である。その下にある、北京飯店は、すっかり今は寂れながらも、汁人ぞ知るレストランである。谷恒生の本でも有名であるが、おそらく、今も私の書斎の(家中が書斎なので探しようが無い)どこかに眠っていることであろう。内容は賛否両論であったが、その場所は、まさしく、そんな奴らの集まりであった。インド帰りの若者、半年働いては半年ブラブラしている者、何のためかパイパンの女を買うだけに棲息し続けるハゲ親父に混じり、私も、ひたすらご飯粒がついて固まったり、汁がこぼれてシミになったボロボロの雑誌や漫画を読むのであった。日本語活字というヤクがキレ、中毒症状をおこしつつあったのだった。当時、経済的旅行者で日本食を食べさせてくれる有名な店はここぐらいしかなかったのである。(日本人会館もあったけど。そこではゴルゴ13が全巻揃っており、もう何日通い詰めたことか)「ボクは、夢食う旅人ですよ」と目をつぶっていうプータローには、危うく目を突くところであった。でも本当は同じ穴のムジナだったのだろう。 昔、バンコクのドンムアン空港で、日本から飛んできた親父が読んでいる新聞を発見し、隣に座り、読み終えて借りようと、ひたすら、もの欲しそうな目をしていたことがある。ふと反対側横を見ると、私と同じような、どこかから飛んできて、しばらく日本に帰っていない若者が、活字を虎視眈々と狙っているのを発見し、目が合い、苦笑したこともあった。 スワニーさんは、当時、日本に初めて行って、その発展振りにびびったそうである。それで、「うちに来るのは貧乏たれの汚ればかりだ。これが日本人だと思っていたよ、もう東京にはびっくりしたわよ」といっていたものである。 確かに、インド帰りには、ついつい日本食を食べに寄ってしまうところであった。なあ。いかんイカン、懐かし病になってきた。涙は優しいあるよ。 バンコクで待ち合わせをしたカラチで知り合ったケンタローは、ジュライホテルの掲示板に置手紙を貼っていた。「今日待ち合わせだったけど、飛行機の関係で今日、カルカッタに飛びます。泊まってた部屋そのままとってもらっているから。また池袋で会おう」と。「部屋をとっていてくれているそうだが」とフロントに行くと、「ないよ」と言われた。マイペンライ。
2006.04.20
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仕事を15分だけ抜けて、不動産決済の為、銀行に行った。銀行で、CD機からお金を下ろした。設定しない限り、1日にCD機から下ろすことに出来る金額は200万円である。そういうことを事前にキャッチしていた用意周到かつ冷静な私は、昨日にも下ろしていたのであった。窓口で下ろせばいいという意見もちらほら聞かれるが、どの印鑑が銀行印か分からないので、窓口から下ろすことができないのが、私の整理の良さでもある。 そんな訳で、銀行に現れたのは、売主さん、こちら側の仲介業者A、相手方の仲介業者B、私の知り合いの司法書士(を使わせてもらうことで、10万円の値上げに応じた。そんな訳で、司法書士さんには申し訳ないが実費のみでお願いしたので商売にならない)、金融機関から委託された債権回収業者、その他不明の人が一同に集まったのであった。 残金決裁の作業は着々と進む。債権抹消の手続きのため、売主さんが署名捺印を繰り返す。売主さんは、一言で言えば、破産された訳で、何だか、私はハエアナのようであるが、売主さん以外全員がハエアナのようにも見えてくるから不思議だ。おまけに、近年は金融機関も吸収合併を繰り返し、債権譲渡の繰り返しで、債権者が誰のどこかなのかも、何だか、よく分からないという感じで、司法書士さんも、登記簿謄本に記載されている債権者(金融機関)はもう存在しないので、少し難儀だったようである。 粛々と進み、私は胸ポケットから先ほど下ろした残金を出し、滞りなく終了したのであった。暗い残金決裁である。 金融機関から委託された債権回収業者が帰り、司法書士さんが法務局に行ってくれる為に去り、固定資産税と管理費積立金の日割り及び仲介手数料を支払い、業者Bに事前にお願いされていたお金も出した。何をお願いされていたかというと、「債権回収業者には、残金から30万円を引いたものを渡してもらえませんか、その人が帰った後で、30万円出してもらえますか」というものであった。 Bは袋の中に入った30万円を確認もせず、袋ごと、売主に「はい、引越し代」と30万円をそのまま渡した。その上に、Bは、懐から固定資産税分延滞分のお金と管理費積立金延滞分のお金を出し、「これちゃんと振り込んどいてな」と売主に言った。売主はうつむき加減に頷いた。 売主は私に向かっていった。「集合郵便受けの番号は○○です」と。私は前回、鍵を開けに来てくれた時にもお会いしたにも関わらず、初めて売主と会話を交わした。顔はいかつい方であったが、顔に似合わずかわいい高い声であった。 そして、売主は加えた。「静かでいいところですよ。入居者も五月蝿い人いませんから。私の家族が一番うるさかったですよ」私が何かいおうとすると、Bが口を挟んだ。「この人住まないから。賃貸するの」売主は一瞬落胆の表情を見せ、「そうなんですか」と呟いた。私は、もう何も言えなかった。桜は散った。
2006.04.19
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先週のことであった。自慢ではないが、私の家のテレビは、電波障害の為、ほとんど見ることができないのであるが、(マンションがケーブルテレビになったのだが、私は、面倒なので変更工事を無視したためこうなったに過ぎないが)一応、ニュースなどを見るために、スイッチを入れたりなんかもする。 先週のことであった。テレビをつけて、ニュースを見ると、何だか京都で行列ができる店が映されていた。一澤帆布お家騒動である。思わず誰だっけ、君島ブランドのことを思い出した。お家騒動のことはまあ、どうでもいいとして、近江商人より大阪商人、大阪商人により華僑、華僑よりインド商人、インド商人よりアラブ商人、アラブ商人より、ユダヤ商人、ユダヤ商人よりトイモイ聖人といわれた筈もない商人触手がびびっと働いたのであった。 急いで、素人ながら、ヤフーオークションを見ると、売れてるいけてる、そりゃ大変だあ、と、これは今月の家計の足しにしなければならない、1万円の大商いをしなければならない、京都知恩院にいかなければならない、と脳内出血したのであった。生粋の商人ド根性である。 さて、京都では行列ができており、大通りから裏道まで並んでいる。そんなことでいいのか、そんなことでいいのかもしれないが、私は、すかさず読書開始である。勿論、本が途中で切れると、禁断症状がでるので、2冊目も抜かりなく用意している。「一組3点までです」なんかというアナウンスまであり、2人組以上で来られた方々は、いきなり一時的に友達をやめる様子も見受けられた。アホな行列を撮るブロガー達の餌食になる情けないブロガーであった。ミイラ取りがミイラである。 店舗内は狭く、一列であり、戻って列を乱すことは死刑の雰囲気でもある。手に取ったがギリギリに買わない人はレジの横に置いておくシステムで、置かれた商品はまた店員が元の陳列場所に戻すというシステムであった。 そんな訳で、足を棒にして、生活の糧を選んだ商人魂であるが、選択の余地もないままに、売れ筋商品もヤフーオークションで綿密に調べてきたにもかかわらず、人気商品は順調になかったのである。もう少ししたら、金額が下がってくるのは目に見えているのである。旬の今だけが買値より高く売れそうなのである、素人ながらそう思ったのである。 さて、そんな訳で、開店より一週間たった今、すっかり値段は落ち着いてしまった。今は、交通費ぐらいでたらいいんじゃないでしょうかとの気分で出展準備をしているのである。ついでに、今後、一澤帆布については開店もなさそうなので、中古で黒のものを売るつもりでいるのである。これは、まだ持っていたほうがいいのか、もう売れるときにうってしまうのか、株式取引気分なのである。 そば食って帰る。500円エックスパック買って帰る。 それからもうひとつは、2件目の不動産購入なのであるが、これは、もう見に行けば、ボロボロであった。しかし、すでに何年も入居者が居て、単なるオーナーチェンジのラクチン物件なのである。問題は、低所得者物件なのであり、心優しい私が、入居者が家賃滞納したらカチコミできるかどうかなのである。生活保護を受けている老人向けマンションなのである。払えなくなった老人を責めることができるであろうか。しかし、この家賃収入は毎月38,000円なのである。利回りは、15パーセントである。今、金利が上がってきたとはいえ、銀行金利は1パーセントもないのである。0.1パーセントである。銀行金利の150倍である。6年少々で投入資金回収である。しかし、6年以内に老人がお亡くなりになったら、これまた厄介なのである。しかし、その辺のギャンブルも楽しいものかも知れないのである。そんな訳で、更に、鬼のような指値をしたのである。苦渋の決断である。 でも本当は、私はこういうのが似合うのかもなあ。 そんなことないよね、こういう方が似合うか。
2006.04.18
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太陽の没することなき大帝国を夢見る私であるが、今日、リフォーム屋さんのGさんに、写真の通り、バスをチャーターしてお客さんを紹介した。その売上は、20兆円に上ったという。戦後、日本が沖縄に投資した金額とほぼ同額である。沖縄県民一人当たり、700万円である。 そんなことはいいのだが、会場に行くと、「歓迎、トイモイさま、20兆円お買い上げ予定」と模造紙いっぱいに掲げられており、私は、速攻で照れたが、受付で、「担当の者は誰でしょうか」と言われ、フト現実に戻ったのであった。私はGさんの本名はおろか、彼の顔も彼の営業売上成績も彼の浮気相手も知らなかったのである。知っているのは、Gさんの天真爛漫なる性格と彼の実家が魚屋であることと彼と半同業者である人がベリベリーさんということと彼の家の坪数と彼の収入ぐらいであった。私は口ごもり、「あー、うー、」と故大平首相のようになったのであった。 初対面のGさんに連れられて多数の方に紹介される「ブログで・・・」というと、相手の方々は「あー、ベリーさん」と。中部地方の方がこの地の果てまで名声を轟かすとは、さすがブログ恐るべしである。 そんな訳で、雨が降って、桜はもう終わりに近いのである。近隣の屋台も一軒だけであり、それも閉店準備をしていたのであった、また来年会おう。 一応、痛風の血液検査を医者でもないのにしてもらったが、もはや、ばい菌と意地悪菌と意気地無菌と陰菌と厭世菌に冒されていることが判明し、急いでうな垂れたのであった。こんな抜き打ちテストがあるなら、朝から聖水を20リットル飲んでおくべきであったと後悔したが後の祭りであり、逮捕されたのであった。 中学校1年の時の英語の先生は50代の厚化粧の女性で、通称「インババ」(イングリッシュババアの略)と呼ばれていた。1学期の最初のエピソードで「私の家の近くにクエッションという喫茶店があるのよ」といい、「そこを通るたびにクエスチョンだよ、と言いたいのよ」というのがあった。そんなことを忘れて、約25年、その喫茶店を発見し、そのエピソードを思い出した。そうか、先生はこのあたりに住んでいたわけなのだなあ。「日番」というのは神戸だけのようだが、全体集会で我々1年生全員が運動場に並ばされている時に、2年生のヤスベイという奴が、教室から大声で「○○イコールインババ」と大声で叫んだ。(○○は本名) 生徒は全員大笑い、インババはしかめっ面、他の先生は苦笑・・・その後ヤスベイは猛勉強し、灘高校に入学したのであった。奇しくも、喫茶クエッションと川を挟んだ所に灘高校があるのであった。ところで、私は、また今、決断に迫られている。人生は決断の連続である。ソレは、何か、書くのが疲れてきたので明日を待て(誰も待っていない)。
2006.04.17
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ジョニー豆腐ニューバージョンを食べた。ゴマ入りである。 もう10年以上前のことだろうか、ハードロックカフェ大阪が出来、そこでハンバーガーを食ったら、ハンバーガーって結構うまいものなのだな、と思った。今は知らないが、ハードロックカフェを作った人は、サイババの信望者で、入口に、ロッカーに混じってサイババの写真が掲げられていた。店の営業権を売って、サイババに寄進したということだ。10年ほど前にサイババがブームになった。でも、サイババは昔からインドフリークには多少有名で、誰だっけな、1980年代前半頃の数少ないインド本の一つであった横尾忠則の「インドへ」でも紹介されていた。今は、サイババも下火で、奇術だインチキだといわれているが、まあ、なんでそんなサイババデパートを作ってびブーティしたのか知らないが、学校や病院を作ったことだけはすごい事だと思う。 ここは東京ではあるが、ローラーでイカを延ばすのはタイでよく見られる。電動ではなく、手で、延ばし戻ししていたが。 ところで、車を運転していて、崖から落ちたら、即座にエンジンを切ることだ。エンジンを切るかどうかが、炎上を最小限に防ぐ。パーキングに入れないとエンジンが切れない場合は、着地したら直ぐ切ることだ。 昔、西名阪道路で、走行中にキーを引っこ抜いて、ロックがかかり大事故が起きた事故があった。あのニュースを読んで、私もそれまで、何度も走行中に車のキーを今引っこ抜いたらどうなるのだろうか、と引っこ抜きたい衝動に駆られたことが何度もあるのだが、こうなるのかあ、と分かり、その衝動は消えたのであった。古家にカフェ
2006.04.16
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四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。 今から1400年以上も前のことです。ちなみに、世界で一番古い存続する会社は金剛組です。 『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、 自ら四天王像を彫り 「もし、この戦いに勝たせていただけるなら、四天王を安置する寺院を建立しましょう」 と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、建立されましたとのことです。 昔、マレーシアのペナンに行った時に、市内よりバスに乗って、極楽寺を訪れた。そこの憶えはほとんど暑さのために忘却の彼方なのであるが、亀がいっぱいいたことだけは憶えている。 子供の頃、よく田舎に行った時に、用水路に入り、亀を取った。亀は見かけはとろいが、獰猛で雑食性で、ほっといても結構しぶとく生きるので飼うのは楽であった。死なせたことはない。逃げられたことしかない。一度、17匹の亀を獲ったことがあり、バケツは異常に重く、大量だあと誉められると思い、家に戻ったら、イヤーな顔された。大人たちは分かってくれない。普通のトイレとお相撲さんのトイレ。実は、何を隠そう、普通のトイレというもの便座の直径は一般的に日本では2種類あるのだ。勿論、お相撲さんのトイレはでかい、でかいがゆえに座ってみると、子供の気持ちが良く分かるもである。吸い込まれないように注意しなよ。ところで、お相撲さんは飛行機のトイレにはなかなか入れない。仕方ないよね。左より、18世紀イギリスのトイレ。ステンレス製である。真ん中は日本の最初の水洗トイレ、天皇家や帝国ホテルあたりで使用されていたようだ。左端は、東京オリンピックのトラック地下にある立小便用女性トイレ。どちらに向くかは私は知らないし、上付き下つきで違うのかも知れない。ところで、昔は、日本人も実は女性も立小便していたのである。有田焼のトイレである。そういえば、昔、四国の世界トイレ館というのにいったなあ。 キングスフィッシャーは発泡酒?ムンバイでいつも飲んでいたよ。
2006.04.15
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皆様にも楽しんで頂く為には、自分の名前を入れて想像して下さい。こんなところで全世界に向かって自分の苗字を公表していいのか、誹謗中傷待つ。超高級マンションである。家賃は3万円前後かと予測される。百戦百勝の鋼鉄の霊将 万古に永く輝く不滅の偉勲を創造された革命の霊将である。園児達は、大変優秀であり、顔つきも聡明であり、磨けば光るダイヤモンドである。偉大な師匠、思想理論の巨匠、不屈の反帝闘士、指導の芸術家としか言いようがないのかも知れない。英語教育も盛んである。国際自由民権運動と労働運動の卓越した指導者、世界革命の偉大な指導者になることであろう。文武両道に長けた将来有望視される子供達である。きっと、敬愛する父、民族の偉大な父、全世界人民の慈父 、我が世界中の民族の慈父になることであろう。どこにでも顔を突っ込む所存である。いわば、天才的な思想理論家集団、精力的な活動家であり思想家軍団といえるのではないか。何の会館は不明ではあるが、出入りする人々は、とても凛々しい顔つきで、自信と確信と思い込みに満ち満ちていた。ここより、世界を動かしていると勘違いかもしれないが、ハンサム、美女そろいである。ひとことで表現するとすれば、民族の英雄、きわめて偉大な英雄、わが世界人民の伝説的な英雄、創造と建設の英傑ということである。TO ドイ、つまり、ドイに行け!真理である。民族史上初めて現れた絶世の愛国者、不世出の愛国者に行けということである。もーたーぷーるも経営しておる。皆様がご希望なら、周辺相場より安い料金で御貸ししよう。永久不滅の主体思想の創始者我が革命武力の創建者からの慈悲であるとしか表現のしようがないのかも知れない。勿論、抜かりなく、時間貸しもしている。皆様がご希望なら、周辺相場より安い料金で御貸ししよう。偉大な革命の英才、革命と建設の英才、革命の傑出した英才、創造と建設の英才からの慈悲であるとしか言いようがないのかも知れない。 ここに入るだけで、早稲田大学政経ぐらいには問題なく行けることを確約しよう。ここから世界民族の偉大な太陽、救世済民の太陽、主体の太陽、人類解放の救星が生まれてくることは確約される訳である。京都王将でなく大阪王将である。来てくれたら、ギョーザ100人前をサービスする所存である。被抑圧人民の偉業達成のための偉大な闘士、世界同胞達の世界民族的再生の恩人によるサービスに他ならない。何故、私の名前を地名にする?豊田市、松下町、そっか企業城下町と同じか。簡単にいえば、世界人民の卓越した首領、党と国家の卓越した首領、世界革命の天才的首領の名を取ったということか。ここで預けると、多分、年利0.001パーセントは上乗せ致します。偉大な首領、敬愛する首領、父なる首領、英明な首領、民族の偉大な首領からの提案であります。ぽぽらーれでっせ。ちょっと悲しい気分だぜ。我が世界人民の慈愛深い父、世界民族の偉大なる父のよるかわいらしいネーミングなのである。一応、駅も作っておきました。勿論、特急の停車はお断りし、普通電車しか停まりませぬ。これは、傑出した偉大な軍事戦略家、天才的な軍事戦略家による戦略でありまする。ジョイフルしてる?人類の英才、軍事の英才、革命実践の天才はまあまあ満足してます。ここで洗濯すると、穴があくこと請け合いです。まかしとけ。偉大な思想家であり理論家、時代の偉大な思想理論家が丹精込めて洗濯するつもりである。トランクルームも完備しているので、なま物以外なら軽く預かります。世界革命の首領、第三世界の偉大な首領が肉体労働をもってして預かります。大変、昔大活躍した人々が、昔を偲んで仲良くやっているふりをしながらも、闇将軍しています。かつての革命の脳髄であり心臓であり天才的な思想の体現者たちの集まりです。駅前歓楽街でありまする。卓越した思想理論家、卓越した領導芸術家、卓越した軍事戦略家哲学の巨匠、専門家も驚くコンピューター通、不敗の司令官 完全無欠の軍事家たちが考えました。もうマンションなんか建てようなものなら即日完売。人類が生んだ傑出した英雄、人類の偉大な太陽、全世界が崇め奉る英明な指導者、 20世紀に人類が生んだ偉大な首領、天が生んだ英雄時代と世界の前途を明らかしめ、人類思想史に特出した業績を積み上げた偉大な指導者が作ったのだから間違いない。公園もあるよ、もう誉めるのは飽きたよ。
2006.04.14
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何を隠そう、今まで、あらゆる(というのは嘘)投資をして、概ね、全てが大敗しているため、順調に資産は増えも減りもしないというままで、生活状況は10年前と変わっていない感じである。今までの大敗原因は退廃的だからだけでなく、やはりよく勉強しなくて、エイヤー的要素が多分にあったからである。小さな買物にはせせこましく検討に検討を数十秒考えるが、金額がでかくなっても、検討に検討を重ね、数十秒しか考えてなかったのである。興奮してきた。 そんな訳で、今年は正月にコミットメントした第一弾を必死のぱっちで検討したのである。はっきりいって、私の実弾は、今まで散財してきたため、雀の涙、蟻の涙、ガキの小遣い程度しかないのが現状である。 私は、夜な夜な、インターネットで全国の不動産情報を渡り歩き、時には、問合せもしていたのである。競売情報や金融機関にも当たっていたのである。いろいろ書物を読み漁り、ネット上のうまくいってそうな人のブログを読み、勉強したフリをしていたのである。といっても、手当たり次第に当たっているわけではなく、条件を自らに課したのである。興奮してきた。その条件とは。1. 管理費積立金固定資産税を除いて、物件価格及び諸費用、リフォーム代を入れて、利回り15パーセントを目指す(そりゃ無茶やといいながらも目指す)2. 全国どこでも良いのだが、注目すべきは、不動産は都会ほど、便利になるほど高くなるが、賃料は、そんなにどこも変わらないということだ。つまり、神戸を例に取ると、不動産価格は、中央区や東灘区、灘区は須磨区垂水区西区北区の1.5倍程度の価格はするが、賃料は1.5倍にもならないという事実だ。ということは、やはり少し郊外が狙い目である。あるいは学生街。向きはあまりどうでもよい。3. 1ルームはよろしくない。最低40米を目指す。借主のことを考えると、風呂トイレは別の物件だ。そしてフローリング(でない物件は最低仕様のフローリングにリフォーム)4. 失敗したら人生を崩すような価格の物件は駄目である。最悪「あーあしゃあないな」と笑って誤魔化し、今後の人生に影響のない範囲での価格にしておく。5. 新耐震の81年以降の物件にする。6. 家賃は、5,6,7万円までに想定できる物件にしておく。10万円以上取れそうな物件は4のように人生を崩すほど物件価格も高いであろうし、家賃10万円ともなれば、金利の安い今、分譲マンションに流れる恐れがある。(マンション購入者は家賃が高いからとか、返済が家賃より安くなるから、といった理由で買う人が多い)ひどい言い方ではあるが、さすがに家賃6万円の人は、なかなか家を買わなさそう(買えなさそう)な層であり、このぐらいの家賃に住んでいる人が多いのである。(多分)7. ちなみに家賃6万円だと多分管理費積立金で15,000円、固定資産税がまあ6万円である。年間の実質収入は、(6-1.5)×12ヶ月-6万(固定資産税)=48万円である。これを15パーセントの利回りだとすると、不動産に掛けられるお金は320万円である。(15パーセントということは、6年半で元を取るということである)こんなの可能か?可能にするのが、私に課された使命なのである。もとより、私の予算自体が300万円なのである。それしか買えないのである。興奮してきた。8. その他にもいろいろあるが、その辺りは、プロとして秘密にしておくのである。×月×日そんな訳で、それでも室内で自殺したとか、隠れたる重要な瑕疵があり、異常に安い物件に注意しながらも注目していたが、そうやすやすと出てこないわけであり、苦節正月より物件を探し始めて4カ月、これならいけそうな物件が出てきたわけである。築15万年である。専有面積は50万米である。兎に角、でてきたからには、急いで、興奮してきた。▲月▲日 そんなわけで、それは何故安いかということであるが、それは、売主が返済できなくなり、競売寸前の任意売却物件だったからである。まあ、言わば、金融機関の管理下にあるのである。まあ、いわば、私は、一種のハエアナである。金融機関からの借入は1800万円である。鬼のような指値を私は敢えて敢行するんである。交渉相手は売主ではなく、金融機関である。金融機関にとっては、売主から1円も返ってこないよりも、いくらかでも返ってきて、後は、欠損で落とすのである。興奮してきた。 そんな訳で、交渉に交渉を重ねてというか、金融機関の遅い返事に業を煮やしながらも、その間に、他の人が高い金額提示してこないかとびびりながらも、返事を待つ。実際、私は2番手の申し込みで、1番手は金額で決裂。3番手に申し込んだ人は、すでに私より50万円高い金額を提示しているとのことであった。こいつはやばいと思いながらもひたすら興奮していた数日であった。● 月●日遂に、金融機関は金額交渉に折れて(というか金融機関の社員は自分の金じゃないから、決済とるために書類がたまっていただけかと想像する)、10万円上乗せで、OKとなった。こちらの条件も、登記は、自分の知り合いの司法書士さんを使わせてもらうことにも同意を得た。(原価で登記してもらえるようにお願い済)そういうことで、早速、初めて部屋の中を見に行く。マンションの前に来て、何号室なのか知らなかったことに気がついて、いろいろまごつくという事態もあったが、売主が鍵を開けにきてくれた。もう売主は引っ越してしまったようである。あわよくば、そのまま家賃払って住んでもらおうという魂胆は消えた。売主を見るのはつらいものがある。彼(と家族)は不本意に家を手放すのである。私はハエアナに見られている気がして、とにかく彼と目を合わさないように、というか一言もしゃべらず、ひたすら、リフォーム箇所をチェックするのであった。とにかく汚いので、洗いは必要だ。とにかく、見学時間を5分で済まし、外にでた。外にでて、仲介業者さんに今後の手続きを申し入れた。興奮した。■ 月■日いよいよ契約である。事前に内容確認のため書類をファックスしてもらうように言っていたのだが、前日の夜遅くにやっとファックスが来たのであり、速攻でチェックし、質問項目2点ほど挙げて、契約にのぞんだ、が、契約時間は私の希望により、省略に告ぐ省略で、15分で終了。あまりにも早過ぎたために、契約金を払い忘れそうになり、仲介業者さんもあやうくもらい忘れるところであった。仲介業者のお願いは残金を2口に分けて欲しいとのことだった。2口目は30万円、これは、売主の引越し費用(追い出し費用でもある)である。鬼である。世の中は非常に厳しいのである。それにしても、不動産は生命保険と共に、人生で一番高いお買物というが、私の場合は、車のほうが高いのである。そんなことでいいのか、どうするアイフル。残金決済は来週である。リフォームもその後である。次回待て。(といっても誰も待っていない)興奮してきた。
2006.04.13
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今日は、ヤボヨウでリッツカールトンに行ってきた。こうやって適当にアップしているのは、単によっぱらっているからであるぞよ。これ部屋の間取りみたいぜよ。久方ぶりの地上げ
2006.04.12
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まあ、その経験の詳細はおいて置いて、阪急宝塚線、極秘駅周辺に行ってきた。 風任さんの日記でラサのことを思い出した。彼女とは、17,8年ほど前にラサで会って以来会っていないような気がするが、共に勝手に結成された秘密結社「雁蛇フライヤーズ」のメンバー。 その後、皆様はどうしているのだろうか、と一瞬、思うと、今や不思議なことに、まずグーグル先生に検索をかけてみる。 4,5年前、検索で自分の名前を入れたことがある、という人はかなりのネット中毒なんとかいわれたものだが、今やどこでどうか書かれてか分からない。 仏壇屋である私の従兄弟も 、私の母でも出てくる。(本を1冊でも出版すれば出てくるなあ) 雁蛇フライヤーズ生粋の早稲田の好青年は死んでしまったし、ビール飲んベイのTさんは廃人になってしまったし、北海道の大地で自生するアレを家族総出で楽しんでいたHさんは、ホルモン教徒になってしまったようである。 そんな訳で、片っ端から知っている懐かしい人々を検索にかけるという修行の旅(デスクワーク)にでたのであった。 ・・・もう30分も頑張ったけど、ちっとも成果がない・・・性格にいうと、2件あったが、まあ、そんなことはどうでもいいや。 今は、マニラ辺りの音の割れた大音量の音のある場末のディスコの端っこで1人酔っ払って疲れてみたい気分だぜ。
2006.04.11
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フェイントである。 これは、昨日に起こった真実の物語である。何を隠そう、もう、明石大橋ネタは飽きたのであるが、ヤボヨウで舞子に行ったから仕方ない。それも愛車は鉄の塊状態なので、電車で行き、待ち人と、待ち合わせをシテ、ヤボヨウを済ませて、また駅周辺をブラブラ歩いてみたのであった。ちなみに明石大橋といいながら、本州方の基点ははっきりいって神戸市なのである。祭で、むちゃくちゃ陸橋に人が押しかけ、下敷きになったり、人工砂浜が陥没したりして、エライ目になったりして有名になった場所である。ここ数日、民主党の党首決めで、なんちゃらしていた模様であるが、小泉首相は多分、涼しい顔で眺めていたのだろうなあ。去年、自民党の大勝利を収めて以来、もう安泰である。しかし、あの選挙で、自民党に入れた人自体票の多さに不安になったのではないだろうか。「一応、自民党に入れたけど、こんなに票とって大丈夫なの、なんだか薄ら寒いなあ」と。小泉は、多分、テレビ対策報道対策のブレーンが充実しているのだろう。テレビの見栄え、コメントの短さに秀でているな、と思っているうちに、駅前の舞子公園に。 来年はどんな年かな、という問いかけに対し、ひとつは、来年は晩婚離婚が増える年であるといえよう。来年からは団塊の世代ベビーブーマーの定年退職が5年間にわたり、続く、と同時に、夫婦間で年金の受け取り分離が可能となる。これは退職即同時離婚促進であろう。不動産需要も多少出てくるであろう。退職金を狙って虎視眈々としている業者も多数いるであろう。再就職先に触手を伸ばしている企業もあるだろう。団塊の世代の世代論は本当は一般論などないのであるが、人数の多さでは他の世代を圧倒するものである。戦争から帰ってきた野郎達が、開放感に日々いたし励みすぎたのである。復員兵(という言い方おかしいけど。復員ではなく除隊兵である)が莫大に帰ってきて一時的に女性不足になり、短期間に女性をやりこめた生存競争に優秀な人々の子供達である。高度経済成長で、収入がどんどん上がり、生活スタイルがどんどん変わってきた世代である。揶揄されるのは、学生運動に身を投じながらも企業戦士に華麗な転向をした者達である。しかし、本当は、学生運動に身を投じていたのは一部であり、大学進学率も大変低かったのである。目立っていただけである。まあ、そんな訳で、来年は離婚が増えるのである。今まで、我慢していた女性たちよ、立ち上がれ。ところで、アメリカにも当然、ベビーブーマーという言葉があるが、この世代は長すぎる。第二次世界大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、とずっと戦争しているのである。20年である。クリントン、ブッシュと戦後生まれの大統領も生まれている。ブッシュはアホであるので問題外だとしても、クリントンも相当きていたなあ。「やったけどやってない」といういい訳が得意だった。「マリファナは吸ったけど、肺に入れていない」とか、不倫問題で、「入れたけど、それはアレではなく葉巻を入れた」とか。笑わしてくれる。それがベビーブーマーの特徴か。それにしても多分、インテリゲンチャやり手のヒラリーはきっと思ったことであろう。「何でこんなチンケな小娘なんか相手にしてるの?馬鹿じゃない?もっと私に匹敵する大物を相手にするなら分かるけどさ」と。イギリスもチャールズはベビーブーマーである。カミラとは友達夫婦である。友達夫婦はベビーブーマーの特徴であるのかも知れない。ホント、神田川の石鹸カタカタなるよ。というか、もし二人で銭湯なんか行ったら、待たされるのは男じゃないの実際?なんて、つまらないツッコミゴッコしながら歩いていたのである。いわゆる頭の中は違うことを考えながらオートウォーキングしていると自動的に赤しか大橋の橋げた8階に舞い上がっていたのである。そこからは、舞子ビラが見え、移情閣が見え、砂浜であるアジュール舞子が見え、アウトレットが見えるのである。 橋のワイヤーがそのままベンチになっている。ベンチでは、ばあさんが石笛を吹いていた。曲は聞いたことのある最近の歌謡曲であった。
2006.04.10
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朝から忙しいのである。鉄の塊と化した駐車場に捨てられている車を、復活すべく、ロードサービスを頼み、そして、エンジンがかかり、オートバックスに行くのである。駐車場に居た、オートバックスボーイに「オイ、エンジン切ったらもうかからへんから、誰にもとられへんようにこの高級車見とけよ!」ととても親切に丁重に言い、店内に入り、バッテリー交換に3万円も散財し、交換してもらう。「オイ、チップはナシや。」とオートバックスボーイには言わず、黄砂で無茶苦茶になった車をコイン洗浄でピカピカに磨き上げ、サングラスをかけず、髪を掻き揚げ、急いで花見に行く。まずは、神戸は六甲の桜トンネルである。そして、次は芦屋市に突入である。芦屋川を駆け上がる。次第に、西宮は夙川であり、下るのであった。こころおきなく、そして仕事に向かうのであった。
2006.04.09
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上野動物園前はもう前に進めない程の人たちよ桜の陣地取りに紛れて、元々の住民(ホームレス)がいた。要領の良いホームレスはこの時期、場所取りバイトをしているようである。2,3万円は取れるらしい。目黒川沿いの桜。自転車が川に捨てられていた。花屋さんでも桜が売られていた。古いアパートの裏には桜が似合う。昔、絵描きさんの古い家を訪れたことがあるが、平屋の家の前にある桜は見事であった。家は小さく、桜のある庭の面積の方が広いのが優雅であった。大阪天王寺付近の桜。大阪四天王寺境内内の桜。大阪天満橋、大川、造幣局付近の桜。花見用の船も出ている。・・・今の愛車が、バッテリー上がっちまったよ。動かねえじゃねえかよ。鉄の塊じゃねえけよ。どうしたらいいんだよ。液を足すのか、バッテリー交換なのか、だいたい、車には詳しいので、バッテリーがどこに格納されてるか分からん。
2006.04.09
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大阪市平野区へ、ヤボヨウで行きました。平野は、大阪でも古い街です。まあ、いろいろあるのですが、まあ、異論もありますが、大阪以外の方が、大阪勤務になり駐車場代込みで10万円以内で大阪市内で借りようとすれば、概ね、南の方(難波から本町)の勤務なら平野区、北(梅田から本町)の勤務なら東淀川区あたりに住居を構えることが多いようです。 まあ、それとは関係ないのですっが、まずは、商店街を抜けると、そこは全興寺だったのです。さて、本日のメインイベント、全興寺です。聖徳太子先生ゆかりの地でもあるとのことです。平野の野中の地に小宇を建立して薬師如来の像を安置されたと、寺伝にあり、これが全興寺の草創です。その薬師堂からしたいに町が形づくられ「平野」発祥の地とも言われています。 本堂は江戸時代初めの"大阪夏の陣"で一部を焼失していまして、その後、再建されたもので、大阪府下では古い木造建築の一つです。地獄も仏の国も見ることができるシブイお寺です。頭を入れる勇気がないんですぅ。あぁ・・舌ぬいてぇ~。こんなところで、閻魔さんとお会いするとは・・・隣で、地獄のビデオテープが大音量で流れているのが風流です。涅槃です。水の上にあります。しかし、顔や足はありません。そこんとこよろしく。総ガラスの涅槃仏は、永遠の安らかな魂をお護りくださる仏さまであり、ゆっくりと変化する背景の色と波の波紋により癒される空間であります。少しとびます。「ほとけのいのちにつつまれる」・・・ほとけの国がこんなところにあったなんて。下に下っていく階段の手すりには四国88箇所の各寺院からいただいた「お砂」が収めてあります。 これが天国の中身です。中央のステンドグラス製の曼陀羅になっており、靴を脱いで瞑想してくださいだってさ。周囲に並んでいらっしゃる石仏は四国88カ所霊場各寺院のご本尊と弘法大師さまで、全部で151体おまつりしてあります。やがて私は、仏さまと一体となる境地が開かれていきました。仏足石にならんで、わんにゃん堂、子安地蔵尊(六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のすべての人々を苦しみから救うために、だれもが親しみをもてる僧侶の姿)が仲良く並んでいます。それにしても仏足石・・・懐かしいですね。駄菓子屋博物館、土日のみの営業とのこと。境内にあるが、寺とは脈絡がないです。ネパールのマニ車。ネパールのパダンで学校を寄付したお返しの模様です。パダン、懐かしいなあ。と思っていたら、ヤンキー君が1人でやってきて、マニ車を回していきました。信仰心深いヤンキーですね。一願不動尊です。岩石の組まれた水場に二体の不動像があります。中央の石像が、成田の不動尊同一体、その前の青銅像が当寺請来の一願不動明王で、蔦のからんだ岩石の間から流れ落ちる滝水を浴びてお立ちになっています。ザッバーン。もしよろしければ、このお寺のおみくじしてみて下さいませ。
2006.04.08
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先日、といっても随分前であるが、山間の宿屋を訪れた。観光ハウスと銘打っているが、観光人はおらず、レストランは開いているが客はいない。だいたいいつもそうである。だからここで、ノンビリ読書するにはなかなかいい隠れ家であるのでここでは全世界の人にちょとだけ紹介しておくに留める。こんな隠れ家を各地に持っている(所有したつもりになっているのはなかなか気分がいい)と心が優雅な気分になる。 海釣り公園を見下ろし、スーパーマンになった気がした。クリストファーリーブ、あの映画の主演者は、結局、実生活において心のスーパーマンになったんだなと思った。落馬して、下半身不随になったリーブは確か、昨年、亡くなったと思うのだが、顔しか動かなくても、彼は不屈の精神で諦めなかった。いろんな活動において、こういった身障者の予算をかき集める仕事を精力的にこなし、自らも絶対立ち直るとリハビリを続けた。ついに指先が動くようになり、1日数時間は人工呼吸器を外して自力で呼吸できるようになった。ヒッチコックの「裏窓」のリメイク版で映画復帰もした。本当に人間てすごいなと思う。ロープウエイが走っている。勿論、赤字であろう。山には、階段を登ってでもいける。816段である。子供の頃数えて登った数字を今も覚えているのは不思議な感じだ。母方の田舎(姫路市)の奥に書写山というのがある。そこにもロープウエイがある。山頂にあるお寺では、簡単にいうと、「ラストサムライ」の撮影が行われた。神戸空港手前のポートアイランドに夜中も流行っているゴルフの打ちっぱなしがある。主演のトムクルーズは日々の撮影が終了すると、ヘリコプターでこのゴルフ場によく打ちっぱなしに来ていたのであった。姫路と神戸は車で1時間少々の距離である。そんなことを思い出した。昨年、別府の鉄輪の地獄めぐりに行ったのだが、ココに行くのを忘れていたのは悔やまれる。(翌年ちゃっかり行ったけど、2011年閉館) 今日、満員電車でつり革につかまっていたら、皮の部分をつかむ男がいた。つり革の輪に手を入れると、一瞬、自分の所有物の様に感じるものであり、他者を排除するが、この大胆不敵な男、睨みつけると、インド人だった。諦めた。先日、出生数が死亡数を下回ったという歴史的ニュースがあったが、勿論、地域にばらつきはある。2000年より2010年までに人口が増加する県、宮城県、千葉県、茨城県、群馬県、東京都、神奈川県、山梨県、愛知県、奈良県、滋賀県、京都府、兵庫県、福岡県、沖縄県のみ。2000年より2020年までに人口が増加する県、宮城県、千葉県、茨城県、東京都、神奈川県、愛知県、滋賀県、兵庫県、福岡県、沖縄県のみ。2000年より2030年までに人口が増加する県、東京都、神奈川県、滋賀県、沖縄県のみ。2015年より2020年までに人口が増加する県、滋賀県、沖縄県のみ。ちなみに2005年に転入が転出を上回ったのは、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、滋賀県、兵庫県、福岡県、沖縄県のみ。 それにしても滋賀県は不思議である。自然増は全国5位だが、社会増は全国1位である。大阪京都のベッドタウン化ということか。それにしても、県の半分は湖だからね。(実際は6分の1) 密会の相手が来た。おかんであった。「駅前に住み替えたいんだけどねえ」という相談であった。(若い時ほど田舎に住み、年をとると都会に住む方が良いというのが私の持論である)
2006.04.07
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ヤプログのようになっしまったのだなあ。ポップ
2006.04.06
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水上警察です。麻薬の密売を水際作戦で封じるのでしょうか。さすがに、極道Y組本家本元の地です。用事で寄ってきました。警察ではなく、隣の建物にですが。ちなみにY組本家は灘区にあり、大変閑静な住宅街の中にあり、とてもいい場所です。何故かでもちょとだけそこだけ空気がおかしいです。監視カメラがフルスペックで何故か道を監視していたり、すんごい忍び返しのある柵があったり・・・・。でも近隣住民への配慮は相当なものです。震災のときに、組から炊き出しがあったのは有名な話です。でも、お正月には「うちで餅つきしますからどうぞ起こし下さい」と誘いがかかり、行かないと怖いのか行ったら怖いのか近隣住民を困惑させているという噂もあります。 そういえば、心なしか、子供の頃、クラスに1人は893の息子と噂される子がいたような・・・ 極道2号線沿いにある旧外人居留地に残る建物です。古い建物に近代的な建物を乗せてもいいんでしょうか、容積率があまっているからといって。 メリケン波止場入口です。子供の頃は、メリケン粉を輸入するからだと頑なに信じておりました。アメリカ大使館が近くにあったからですわ。神戸では?かどうかしりまへんが、アメリカ人のことを「メリケンさん」といってたみたいです。耳から聞いたままなんでしょうか。道路沿いには、彫刻がいっぱいあり、時々、子供を振り回してたりなんかしてます。よろしいか。今でこそ、居留地の石で出来た建物にオシャレなカフェが出来てますが、ここアーリアンスグラフィック辺りがその先駆けあたりではないでしょうか。1年に一度ぐらい寄ります。海岸ビルヂングの裏側にあり、入口が分かりにくいのが味噌です。中華街、南京町も一応撮っておきます。時々、買出しに来ます。ええ、ココナツパウダーが100円だし、松の実も100円だし、月桂樹(ローリエ)なんかポテトチップスの袋ぐらいの大きさに入って売られているものですから。 元町高架下。通称モトコウ。でも、我々は、コーカシタとか単純にコーカと呼びます。JR元町駅からJR神戸駅に向かって続き、ネジ1本から販売されています。昔は、ヤンキーによるカツアゲなどが盛んで、危ない所でしたが、今はこじゃれた店も入っています。でもだんだん進むにつれて暗くなっていきますよ。ヘッドショップも2件ほどありました。必修は髑髏と水パイプ吸引機です。南国のビーチでは、ビール瓶にパパイヤの茎を使うんですよね。神戸駅付近になると、シャッターが閉まっているところが増え、ションベン臭さも増してきます。店員は中国人だったりもします。昔、ここに1泊100円の高架下極道宿がありましたが、なくなっていました。陪審制度ができるんですね。ところで、神戸人は、あほなので、すぐ3点をいいます。1、既に震災前の人口を上回ったと自慢します。 2、過去の話をすると「それって震災前?震災後?」と必ず聞き返します。 3、「火垂るの墓」を観る度に、震災前の三宮駅周辺の風景を思い出すします。それにじぶんたちのことを「こべっこ」といいます。 神戸地方裁判所。儲かっているのかいつの間にか金ぴかになってました。用事で寄ってきました。もともと2階建てのレンガの建物だったのに、ガラス張りの近代的な建物でアレンジしてみました。むふっ。 湊川神社です。楠正成が祭られています。楠木でいっぱいです。再び、高架横を歩き始めました。それにしても、こべっこは、神戸にいつか帰りたがるものですが、それは、山と海があって、どちらが北かすぐ分かり、他地方に行くと迷うほどの方向音痴だからなのでしょう。何せ、大丸やそごうの中にも、「山側」「海側」の案内が床に彫り込んであります。 JRの兵庫駅に来ました。県庁所在地でもないのに兵庫区です。兵庫県には兵庫、神戸市には神戸と、神戸市の発展は、もともと、兵庫港からはじまりまして、徐々に東に中心地が移動、兵庫→神戸→元町→三ノ宮ときています。あと100年したら、二ノ宮に移動すると勝手に思ってます。あと400年すれば、私の家が神戸市の中心になります。ちょっと土地の値上がりを待つには先過ぎます(あっ、土地持ってなかった!)三ノ宮駅が事実上の市の玄関駅。市の名前のついた神戸駅はあくまで2番手か3番手で、町外れの扱い。 関西では常識。でも関西以外では誰も知らないのです。 神戸駅は特急通過。兵庫駅は新快速すら通過するのです。 兵庫駅でヤボヨウを済ませて、また東に進路を向け、少し北上しました。新開地です。神戸発祥の中心地です。故淀川先生出身です。サヨナラサヨナラサヨナラ。アートタウンが数年前にできました。工事中の時に、インドの伝統文化で日本人かずみまきさんが唄うバウルを聞きに行きました。彼女とはインドのシャンティニケタンでもお会いしました。 新開地商店街を抜けると、関西の一大ソープランド街「福原」にたどり着きます。この界隈を歩いているだけで「昼間からご苦労様やねえ」と声をかけられてしまいます。全然、ご苦労はないです。 それにしても、日本で唯一、自社の車両を持たない鉄道会社が、神戸高速鉄道株式会社です。神戸市内にターミナルを持つ阪神電鉄、阪急電鉄、神戸電鉄、山陽電鉄の路線を接続するための線路と駅のみを所有する鉄道会社です。神戸市と各鉄道会社が出資する第三セクター会社です。自社保有車両がないばかりではなく、乗務員もいないため、各社に乗務員ともどもそのまま乗り入れしてもらっているという毛色の変わった会社でございます。端から端まで乗って最高金額が150円です。最低金額は120円です。2種類しかありません。しゃんしゃん。神戸駅に向かう中、ふと、メトロ神戸の散髪屋を発見しました。300万人来店ありがとうと貼り紙がしてあり、その横に、850円の自動販売機を見つけました。小学生低学年の頃、父親に車でわざわざ連れられてここまで通っていたことを思い出しました。30年以上前のことです。そういえば、300円ぐらいでカットしてくれていたのではないでしょうか。それも今流行の10分1,000円カットではなく、ちゃんと20分から30分ぐらいしてくれました。650円は安いですね。その手前の地下道には学生の頃に見つけた古本屋がまだ並んでいました。当時、ゴルゴ13全100巻を買うかどうか迷ったものです。フト見ると、全巻まだ揃ってました。まさか20年前と同じものではないとは思いますが・・・しばし本を物色してから帰りました。反対側にハーバーランドが出来、益々凋落振りに困惑したのでありました。
2006.04.06
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京街道は大阪城京橋口(のち高麗橋)を起点に、大阪から京へ通じる古くからの主要な道路である。豊臣秀吉がに淀川左岸の堤防を改修し、堤防上に陸路を開いたのである。当初は、片町、蒲生、関目、今市、そして守口、枚方、橋本、伏見を経て京に至るのが経路であり、(といっても大阪の人でも分からないか)江戸時代には、参勤交代の大名行列なども往来していたようだ。途中のダイエー発祥の千林商店街のある千林はこの街道を中心に栄えた集落である。そんな前書きは、さておき、出発だ、明日の栄光に向かって、歩け! 散歩人は、「森小路京かいどう商店街」を通り、千林商店街とも交差ししてゆく。森小路では所々に京街道案内板・路面プレート。距離標がたっていて、関目高殿駅までこのスタイルが続く。千林と高殿の間で、城北川を古市橋で渡ります。この橋は昭和10年代に工業用の船運を目的に城北運河が造られたときに架けられたのが始まりであり、今は、上を阪神高速が通る。と調査書には書いてある。さらに進むと、関目高殿駅に出、ここで再び国道1号にであい、交差する。ここには、不動産屋「京かいどう」がある。今でも街道っぽいところはここしかないのか。地下鉄谷町線関目高殿駅の少し東梅田寄りに『七曲がり』というところがある。ここだけ取り残されたかのようにクネクネ曲がっていて、大阪市内で一番京街道の雰囲気があるのはここですと太鼓判を押せる。京街道の一部で、豊臣秀吉が大阪城築城のとき城の上から敵兵の軍容や兵数を知るため、わざと道路を狭く、しかも曲がりくねらせてつくらせたといわれ、今もその名残をとどめているような気がする。 関目高殿から野江内代にかけては、おおむね地下鉄谷町線が地下を通る道(国道ではない)を通る。全然流行っていない「旭国道筋商店街」を真っ直ぐ行き、ただし、一部(高殿4・内代1)ではこの道から離れれ、ちょとだけクネクネする。せっかくここで旭区から都島区に入ったが、すぐに城東区に入り、また都島区に入るといった按配だ。都島中通3丁目14に、「榎並地蔵」が祭られていている。歴史散策老夫婦に出会う。唯一、私と志を一緒にした同志かと思える。昔は村の出入り口にお地蔵さんを建てて、悪い病気などが村に入ってこないように願ったということらしい。都島中通3丁目からは商店街になる。ここから先には京街道であること示す道標・案内板が充実していて、都島中通3丁目には平成5年(新しいな)に大阪市が建てた「京街道 大阪城京橋口から2.1km」の距離標がある。さらに南下していくと、アーケードの商店街になるが、アーケード内にも昭和63年に大阪市が建てた京街道の案内板があり、ありありづくしである。アーケードの入口付近には3年前に行ったことのある乱暴古本屋があり、寄る。この古本屋は無茶苦茶に本を置いているが、30円なので、時々、ほりだしもので、読むかまようようなものや詩集を買った。今日は買わなかった。 さらに「街道ひろば」と称するものもありますが、これは旧国鉄の貨物線跡を転用した自転車置き場のようである。この近くにも、少し私の趣味に合う古本屋があり、寄って見ると、数年前から探していた、ねこじるインドネパール を発見し、その他5冊と共に購入。国道1号線とJR大阪環状線が交差するところ(京橋駅北側)へ出ますが、JRのガードに「京街道」という文字が書かれている。コマーシャルでもお馴染みのグランシャトーへいらっしゃいで、いらっしゃいしてから、また歩き出す。京橋駅の北側には「京かいどう(左 京みち)」の道標を発見、幕末の文政9年のものである。 ちなみに京橋は、天満橋の近くにあるのであった。
2006.04.05
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1週間の間、DVDレンタル半額期間だったので、毎日、帰宅前に当日で借りて、身を粉にして、睡眠時間を順調に削って毎晩夜中に夜な夜な観た。シンデレラボーイ 順調に見始めたはいいが、映画の上映時間は144分と結構長く、最後の20分で寝てしまう。フト、起きたら終わっていたので、もう一度、20分前から見ると、また寝てしまい、フト気がついたら終わっていたので、もう2度目を再生して、目が覚めたら朝の5時であった。4時間近く映画を観たはずなのに、ラストシーンは分からず仕舞いである。ドールズ 少し古いがキタノタケシ監督。漫才がらみであるが、今月1日、島田竜介が亡くなった。何年か前に、知り合いの友達の彼氏の親父のお葬式に竜介が出席していたという。正座をしてても、落ち着きがなく、ブルブル震えていたみたいだ。ヤクチュウだったのではないかと言っていた。ステルス 順調に観始めたのはいいが、概ね15分程度のところで睡眠開始。無人のステルス機が登場する頃には、既に夢の中。内容分からず。ところで、今日、電車でどこかで観たことのある顔の男が座っていた。オーシャンズ12に出てたヴァンサン・カッセルだった。何とも悪がきぽくて味のある顔である。嫁はんがマトリックスに出てたモニカ・ベルッチである。ダニーザドッグ 期待せずに借りたのだが、なかなか素朴なところが良かった。ジェットリーも、もう40歳をゆうに越え、スピリットでもうアクションはやめるなんていっていたが、正に、この映画はアクション以外が良かったのであった。ジェットリーのアクションがおもしろかったのは、「キスオブドラゴン」だったかな。エクスペリメント 題名とジャケットからして、ソウなどのオゾマシ系かと思って借りたのだが、そうでもなかった。妹との近親相姦的愛がちょっといただけなかったが、まあいいか。囚人の強制プログラムも、なんと言いますか、まったく現実にそぐわない空想モノだったらそれなりにいいが、もしかしたら現実的にできるのではというような設定なので、ちょっとディテイルがお粗末だったかのお。ヒトラー最後の18日間 一時期、映画は90分程度のものが多かったが、ここ数年、2時間を越えるものが増えてきたように思う。平日の夜に借りる時には、当日(翌日の朝に返す)で借りるので、一応上映時間をチェックする。3時間とかになっていたら、思わず観たい映画でも、平日の夜は躊躇するか、気合が必要だ。ナッシング キューブ系の不条理映画かと思ってたら、コメディだった。DVDが全部借りられていたので、ビデオテープを久し振りに借りたら、観た後、テープを巻き戻すのがとても面倒になってしまっていた。なんたる堕落であろうか。スカーレットレター 同名のフェミニズムのアメリカ映画もあったが、こちらは韓国映画。はっきりいって、イウンジュ、なんか好きになりました、が、自殺。惜しまれます。この映画で脱いだ(乳首露出はないが)のが苦にしてというのがあったが、ノイローゼ気味で真相は不明。それにしても韓国映画はプシューの血がお好きなんだなあ。 上野駅前の想い出の電話ボックス。ボルネオ島から3月31日に帰ってきた私は、ここから実家の母へ電話をした。「明日は入社式やけど、俺、卒業してた?」
2006.04.04
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散歩学への道を極めると、散歩極道だ・・・。柴又駅で降りる。東京の電車のことは、何度見ても良く分からないが、よく見たら東京に勤めている人も、自分の通勤圏以外のことは良く分かっていないようである。そんな中、成田空港に行くのに何度も利用したことのある京成線に乗り、高砂というところで乗り換え、柴又駅へ。(一つ前の駅の青砥に着くまで、青砥で乗り換えと思っていたぐらいである)何せ、柴又に行こうと思ったのは、東京に行ってからだったので、予備知識が寅さんしかなかったので、よく分からなかっただけだ。駅前に、大きなケリーバッグを持ったフーテン寅さん像あり。実は、私は、ほとんどこの映画のシリーズを見ていない。ほんと、男はつらいよ。帝釈天に続く参道は思ったより短く、100メートルないぐらいだ。起点と終点。偶然にも4月1日は、「宵庚申」の日であった。柴又帝釈天案内図。隣は、スリーピングブッダ、皆で磨いている。 お金を入れると、獅子が踊りだしてくれて、おみくじが出てくるという仕組み。たわしで磨く磨く磨く。江戸川土手沿い金町駅前AMPM限定販売で桜餅アイス、アイス立って食う中年男約1名。こちら亀有駅交番(南北2箇所あり。中川と部長はいたがリョウサンおらず)でも、よく考えたら、「こちら亀有公園前」であった。亀有公園は存在するが、その前に派出所は存在しない。というか1994年より派出所という名称はなくなり、交番に統一された模様である。ちなみに、北側の交番がモデルのようであり、確かに中川らしいすらっとした警官と大原巡査部長のようなでぶっとした人がいたので少しびびった。両津や麗子はパトロール中だったのだろう)商店街北側に立つ両津カンキチ像を写してくるのを忘れた。それを束ねる亀有警察署それにしても葛飾区に新宿あり。 そんな訳で、JR亀有駅からJR品川駅までの切符を購入し、電車に乗ると、電車ルートマップを車内で確認したところ、西日暮里で山手線乗り換えのようだったので、西日暮里に下りると、JR連絡改札と書いてある。こちらもJR乗ったのでJRなんですが・・・と思いきや、北千住から西日暮里間が勝手に千代田線に変わっている。相互乗り入れしておる。そんな訳で、連絡通路では、私を含め、キンコンカンコン鳴らす人々が続出、騙された人々が、精算にて長蛇の列。怒りは絶えないのであった。70円返せ!
2006.04.03
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目黒寄生虫館に行ってきた。目黒駅を降りるのは初めてである。目黒駅から有栖川宮とは反対の方向に、商店街沿いに10分少々歩いた所に、それはあった。寄生虫関係のトイモイ蔵書は5冊程度かと思われるが、遂に、総本山に辿り付く事が出来、感慨深いものがある。マリアカラスがサナダムシを健康のために飼っていたとか、ライヤルワトソンが大切に体内に育てていたとか、花粉症がここまできたのは清潔になりすぎて回虫などの寄生虫が体内にいなくなったからだとか、ベトナムで刺身食ったら、皮膚の下で何かが動くようになっただとか、まあ、いろんな話がある。 高校の時の「目黒」のイメージと言えば、田中角栄宅以外(あ、あれは目白か、日本女子大の隣か)には、やはり目黒エンペラーであろう。 1970年代に目黒区下目黒2丁目にオープンした目黒エンペラーは、日本のラブホテル史上の記念碑的な存在とされている。外観は西洋の城のようで、内装も豪華だったようだ。これ以降、日本の各地に派手でけばけばしい外装のラブホテルが林立した。電動回転ベッドが話題になったのもこのころであろう。キッチュラブホテルの夜明けであった。 目黒エンペラーの開業は多くのマスコミが面白おかしく取り上げ、一躍有名になった。当時、高校生や中学生でも知っていたくらいである。1980年代に関西で高校生であった私でさえ「目黒エンペラー」と言えば必ず笑いをさそったし、隠微なワイセツ感はなく、一種の道化の象徴、軽口のネタですらあった。しかし、その役目は終え、ひっそりといつしか幕を閉じたようである。おそらく、ラブホテルが、ファッションホテルだの、ブテックホテルだのいわれるようになってからなのであろう。 ネットで調べると、どうやら「目黒倶楽部 石庭」という名前に変わり、まだラブホテルとして機能しているようである。と、思ったら、偶然にも写真に収めていた!私の場合、一応、おかげさまで、コレラにもチフスにもマラリアにも罹ったことがない。しかし、ボルネオ島でおそらくデング熱はもらったようだ。蚊を媒体とし、特に予防薬はない。デング出血熱はやばいが、デング熱の死亡率は1パーセント以下である。しかし、熱は猛烈に出る。3~15日間の潜伏期間(ボルネオ島卒票旅行でいた)を経て、38~40度の熱が5~7日続く(入社式の翌日から1週間欠勤。1日で会社辞めたのかと思われていた。)私の場合、熱は生命危険の42度まであと1度と迫り、本当に宙を浮いているようで、何だかおかしかった。それにしても、ギョウチュウ検査は懐かしいなあ。小学校の時、運動の凄く出来る奴がいて、幅跳びが凄かった、このままでは、学校の代表で大会に出るなあと皆で話していた矢先に、校内放送で、職員室まで彼の呼び出しがあった。「おおー、ついに代表や、学校の代表や、おめでとー」と皆は口々に彼を讃え、彼は自慢げに職員室に向かって行った。彼は、肩を落として帰ってきた。「ギョウチュウ検査ひっかかった・・・」大学生の時、友人の知り合いがベトナムから帰ってきて、暫くして、陰茎が腫れだした。写真のように地面に付くほどではなかったが、痛くもないが、恥ずかしいので家族には話せずにいたが、やっぱり医者にみせていた。本当に太ももが3本になったそうである。
2006.04.02
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自動歩行 昔、何の集まりだったのかジャマイカの大学教授が来日して、飯を食う機会があった。その話題の中で、タクシーが自動的に開くことと、大阪の駅前は歩行エスカレーターがあるといったのだが、信じてもらえず、一緒に見に行った記憶がある。でも、よく考えたら、空港にもあるはずであった。10年の時を経て、今気がついた。 空港の歩行エスカレーターは残念ながら一方通行である。ほとんどの人々は、飛行機に乗るか降りるかである。しかし、満席でキャンセル待ちをしていたとしたら、逆走しなければならない。そのときは歩きだ。仕方ない。 昔、とんちの一休さんのアニメを見て面白がっていたものであるが、コードネーム一休さんは、天皇の子供でありながら、将軍家と折り合いが悪く、寺の坊主となった悲劇の小僧であった。そのエライ身分の小僧を監視していたスパイが蜷川新右衛門であった。そのうちこのスパイはおろか、足利義満から大金持ちの桔梗屋も一休さんのトンチぶりにはまって行くというストーリーであったなあ。アニメの後半は急に面白くなくなってきて、見なくなってしまったのは、やっぱり、今で言うネタ切れだったのだろうか。一休さんの最終回は、1人で修行するという決意をした一休さん、和尚の許しを得て、旅だって行く。最後に、皆が寝静まっているところをこそっと抜け出し、桔梗屋の娘(だったかな)のサヨちゃんの家の前を通り、そして消えていく。シブイ。 ところで、史実は、一休さんは、1年しかそのお寺にはいなかったそうだ。慌てないあわてないひとやすむひとやすみどころではない慌しさである。その後、えらい坊さんになったが、肉食したり、女を抱いたり、ボロボロの服をきたり、正月に髑髏を抱えて托鉢に出かけたりと、奇行も目立ったようだ。史実はトンチ坊主でもなんでもなかった一休さん、多分、この奇行がヒントになったのであろう。 今では、一休ドットコムで活躍中である。 昔、何度か、蜂に刺されたことがあるが、一度、家で蜂に刺され、母が、妹に向かって「このたらいにいそいでおしっこしなさい」と言って、おしっこさせ、アンモニア水をつくり、刺されたところに塗り、酸性から中和させるということをして、贅に入っていたことがあった。勿論、迷信である。 昨年、メールが親友から入った。川沿いを歩いていたら道がなくなったので、崖伝いにパラレルしていたら、蜂の巣を触ってしまった。蜂の大群に襲われ、数箇所刺されて、もうたまらんと川に飛び込んだという内容だった。怖いのは、ショック状態になることである。気をつけようと、私は優しい返信をした。
2006.04.01
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