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言いようのない孤独感に襲われる。今まで、一体私はなにをしてきたのだろう。主人の鬱がよくなったら、自分のやりたいことを見つけて一生懸命。子供は具合の悪い時だけ頼ってくる。私は困ったときの便利屋?私が辛い時は「自分だって大変なんだよ」「ぶつぶつ文句を言われるのが嫌だからやる」私が鬱になるとお荷物扱い。辛さを聞いてほしくても「自分も大変なんだよ」でおしまい。ひどい時は「俺のせい?」誰もそんなことは言っていない。辛い気持ちを聞いてほしいだけなのに。今まで一生懸命身代わりの八つ当たりも覚えていなくて、、後半の文句だけが覚えられてる。だから、私が頑張ってやった分、自分の番には同じようにやさしくしてもらえると思っていた。しかし、それは大きな間違いだった。私のしてきたことは単なる無駄。私には戻ってこないで、他人に向かっていくだけなのだ。
September 7, 2008
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他人のことはよく見える。しかし、近くに居すぎて何も見えていない。実は見たくないから、気付かないようにしているのだろうか?わかってほしい人にわかってもらえない空虚感は常につきまとう。
June 1, 2008
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私は愛されているのだろうか?そんなことを繰り返し考える。親に私は愛されていたのだろうか?多分、心配はされていた。しかし、愛情に包まれていたという感じはない。私が他人に褒められることで、親は喜んだ。私は親を喜ばせる道具のような感覚を覚えたことは鮮明に覚えている・・・実家を掃除した時に持ってきた荷物の中から、父の手帳が出てきた。父が浮気をした時のことが書いてある手帳だった。あの時から、私は父が嫌いになった。その時のことを思い出したせいだろう。
May 31, 2008
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疲れがひどい。ずっと寝て起きると憂鬱な気持ちになる。このまま消えたい衝動に駆られる。普段の自分の中に封じ込めたもうひとつの感情。コントロールを失って、時々顔を出す。
February 24, 2008
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この日記を読んだ。結局変わっていない。自分の好きなことをやっている主人に、我慢していたことをぶつけた。だが、答えは同じだった。それどころか、娘もキレて怒り出す始末。私には我慢することしか許されないのだ。
October 8, 2007
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メンタルの安定のために、それぞれが好きなことをやる。それはいけれど、お金がないからといって私に聞くな。みんなで何かやるなら私は何とかする。でも、一人で好きなことをするためにどうして私が苦労してそれをかぶらなければならないのだ?好き勝手な個人のために我慢ばかりするのがばからくなってきた、やりたかったら、お金クレじゃなくて自分でやれよ。ひとり取り残されるなら、我慢するだけバカじゃん。相談しようにも落ち込むから嫌な顔されるし、結局言えない。だったら相談する人を他に探した方がいいってことだ。茶碗洗いはしてくれる、母を病院に連れて行ってくれる、でも、大変だねとの優しい言葉はない。
August 4, 2007
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人の言葉が次々に心に突き刺さる。でも、この辛さを理解してくれる人はいない。八つ当たりも愚痴も、全て私のところに集まる。しかし、私にはそれを出すことはできない。出したところで困らせるだけだから。辛い・・・
June 30, 2007
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お酒を飲んで酔っ払った主人が「他の人は優しいけれど、私は優しくない。自分だったら、他の人に色々してあげるのに、してもらえない人は可哀想だ」と言っていた。本人に記憶がなくなる時、主人はひどいことを言う。それをぶつけると逆ギレされる。それは、自分の口で言ったことなのに、私が勝手に悪く解釈をしているととられる。いつもそう言う・・・だったら言われないようにしているのか?他人に優しい言葉をかけるのは容易だが、現実ではそうはいかない。そんなに他の人が良いなら、他へいけばいいじゃない。その答えは「不可能でしょ」じゃ、可能だったら行くのか?ただでさえ人が信じられないのに、もうたくさんだ。
June 17, 2007
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何もかもが面倒。人の話を聞いているだけというのはとても苦痛。買い物に行こうと思ったがお金もない。勝手に主人のタバコを取って吸っていた。「また勝手に吸ってる~買ってくるからお金頂戴」「80円しかないよ」「そう言われても困るよ」私はいつもお金がないのに頂戴と言われて困ってたんだ。今でもだけどね。やって、やってはもうたくさん。やる余裕なんてないから。
May 14, 2007
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気持ちを緩めた途端、コントロールが出来なくなった。今までのイライラとは別の感情。会社での陰湿な意地悪や八つ当たり。ふと思い出して憂鬱になる。こんな思いをして会社に行って稼いでも、自分の手元には残らない。自分の欲しいものも買えず、やりたいことも出来ず、我慢ばかり。一体何のために生きているんだろう?ふとそんなことを考えて涙が止まらなくなった。もちろん、嬉しいこともある。でも、辛いものは辛いし、悲しいものは悲しいし、寂しいものは寂しい。今までは、ずっと心の中に押し込めてきた。ただ、それを素直に外に出したかっただけ。
November 6, 2006
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病気がひどい時は、何も出来ないから世話をする。少し病気が良くなって、仕事を始めると、仕事で精一杯。そして余裕が出てくると趣味。結局、世話役でしかない自分。お金がないのを工面するのは自分。でも、余裕が出来たら、その返済ではなく趣味へ回る。結局、自分のところに戻ってくるのは一番最後。みんな自分の好きにやっている。食事の支度えをしたり、世話のためにいつも合わせ続けるだけ。何だかバカらしく感じる。自分の気持ちのコントロールができなくなって、ぶつける。でも「調子の悪い時にどうしてそういうことを言うの?」は、”調子が悪いんだから我慢しろ”と同じに取ってしまう。「そんなことは言っていない」確かに言葉にはしていないが、求めていることは同じだ。
November 5, 2006
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何も変わっていなかった。一日中暗い顔して丸まって、ずっと寝ていて、話を聞くと言いながら最後は逆ギレ。3度目の裏切りをしただけだったのだ。ウソツキ。もう信じる事なんてできないよ。
September 24, 2006
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主人に「死にたがった人格は、もう死んだのだから、出て来ないようにして。これからは、私と生きていく人格になって戻ってきて」と言った。まともにしゃべれない主人に向かって「出会った頃を思い出して、その気持ちで帰ってきて」と訴えた。主人は泣きながらうなずくことしかできない。それでも、精一杯「そうするようにする」と言った。退院した主人は、今までとぜんぜん違う、鬱になる前の主人に戻ったようだ。このまま、詩織♪の仕事も終わりにしたい。
September 16, 2006
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主人が、朝「病院に行く」と言い出した。昨日会社を休んだのに、なぜ行かなかったのか怒った。仕事に行くと約束したのに、それを破ったと怒った。主人はそのまま病院に出かけた。しばらくして、携帯が鳴った。はじめは良く聞き取れなかったが、病院から主人がODしたとの連絡だった。朝「ODはしないでね。私を苦しめる行為だから。私は諦めていないから」とメールをしたのに、時すでに遅かった・・・朝、薬を飲んで、自分で病院に行ったらしいが、抗鬱剤でODするな。何度も病院に行き、精神科の病院と内科の病院では、どちらも入院を受け付けてくれない。なんとか、精神科に1日だけ入院させてもらえる事になった。お義母さんにメールで連絡し、電話をした。しかし、そこで信じられない言葉を耳にする。「薬の飲み方足りないんじゃないの?どうせだったらもっと飲んで終わりにすればって言って」それで寝たきりになったらどうするんだ?パニックになったとはいえ、考えなしで話すのはやめてくれ。夕方、主人に「逃げる人間はいらない。死ぬ人間もいらない。逃げる人間はこのまま消えてもらって、生きる人間に中身を変えてくれ」と言った。OD3度目で、逃げる人間は捨てた。一緒にいたかったら考えを変えてくれ。
September 14, 2006
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朝、主人はなかなか起きない。そして「実は・・・」と話し始めた。「昨日、社長に怒られて、仕事中に会社を飛び出して帰ってしまった」と・・・もう、そんな裏切りを繰り返されて、はいそうですかと聞いてなどいられない。主人の親に電話をした。その返事は「もう面倒見られないので、勘弁して」だった。確かに、お義父さんも、義妹も入院して、義妹の子供を面倒見ていたらそれだけで参ってしまうだろう。後で謝りのメールが来たが、言ってしまった言葉は取り消せない。主人の病気を私のせいにした人だから余計に・・・
September 13, 2006
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娘がイライラしているのはわかる。触れられたくないことに触れられて、逆ギレしたのだろう。でも、娘は言ってはいけない一言を言った。「生まれてこなければよかった」「死ねばいいんだろう」ただ単に反抗している状態ならよくあること。でも、娘は死んでしまったらどうしようという不安を私に植えつけた。それでも頑張って生きていて欲しいということをずっと訴えてきた。そのために、ずっと吐き出している辛い思いを全部受け止めた。それを全否定することを意味する。今までやってきたことを根底から壊された。それが何を意味するのか、本人はわかっていないだろう。辛い、辛い・・・冗談じゃない。私がどんな苦しみを背負ってきたか何も知らないくせに。偉そうな口を叩くな。所詮、逃げ道を作って甘えているに過ぎないくせに。その怒りをぶつけたら、また自分を傷つけ死ぬというのだろう。あまりにも卑怯すぎる。お前を生む前に死んでしまえばよかったね。生きていて悪かったな。
August 29, 2006
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自分自身が壊れていくのを止める事が出来ない。せっかく主人がやる気になっているのに、文句を言う私が悪いんだよな。優しい言葉を言わない私が悪いんだよな。主人の親だって、自分が受け入れられないから私のせいにしているんだろ。挙句の果てに別れた方がいいと言ったんだから、面倒見られないじゃなくて、心行くまで自分で息子の面倒見てあげたらいいんじゃないの?面倒を背負わされても、どうせ我慢ばかりさせられて理解されない。耐え切れなくなっても、耐えられない私のせいなんだろう?やってられない。今までの我慢のいい人の反動、それは大きな恨みや憎しみを伴う。ぶつけないためには距離をとるしかない。
August 23, 2006
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積もり積もった感情でイライラして不安定だった。そこに主人の不調でそれがキレた。すべてを拒否し、自分の殻にこもらなければ普通に振舞うことが出来ない。本人は普通だと思っていても、明らかにおかしいのだろうけれど。そこに、主人のクビが告げられた。主人なりに頑張っていたが、昨日の遅刻がわるかったのだろうか?それとも仕事ぶりがダメだったのだろうか?主人の落ち込む気持ちはわかるが、自分自身がまともな状態ではない。そこに優しい言葉をかけてくれないと言われても、収拾が付くわけがない。私が辛いと言っても「言わなきゃわからない」だし、理解しようという余裕がない。自分は病気だけれど、私は病気じゃないからね。挙句の果てに、前の旦那の話を持ち出して比較をしているとまで言い出した。私は比較をした覚えはない。だって記憶から消えているのだから。今まで一緒にいて何を見ていたのか、腹が立ってビンタをした。主人からも返されメガネが飛んだ。主人は謝ったが、だからって感情が治まるわけがなく「謝ったのに優しい言葉を返さない」と言われる。そんなに優しい奥さんを望まれても、私には無理。もう限界超えている。それを訴えても同じ会話が繰り返されるだけ・・・
August 22, 2006
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主人は、頑張って仕事に行っている。このまま何とかうまくいってくれることを願うのみ。しかし、冷房のない会社で、いきなり休日が日曜だけというのはきついのはわかっている。だから、休日はいつも寝ている。まあ、それは仕事をする前からだから、今に始まったことではないが・・・お盆なので、主人の実家に行ってきた。あくまで普通に話をしてきた。でも、心の中では、主人の病気を私のせいだと言われ、挙句の果てに別れたほうがいいと言われたことはトラウマになって残っている。しかし、主人はそんなこと考えてはいないだろう。仕事に行くことが落ち着いて、車を改造することばかり考えている。何かの理由をつけて、仕事に行くことは構わない。でも、私のことは出てこない。そんな中にずっといたら、もう主人のために我慢しようという気持ちは起こらない。
August 16, 2006
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みんな前向きに頑張ろうとしている。それはわかっている。それでも、結局、面倒な処理はこっちがやらなければならない。つまらないことでもやることが多いと精神的に参ってくる。家族のためにばかり動いて、家族の尻拭いのためにお金を使って・・・たまには、そんな繰り返しがばからしくなる時だってある。そんな時は、不機嫌になり、すべて放棄したくなる。それでも現実は、それを許してくれない。
July 31, 2006
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ここで、本当にたくさんの人の優しさに支えられた。みんな大変なのに、自分のことは後回しにしてでも、一生懸命に応援してくれた。それがなかったら、きっと頑張れなかっただろうということをたくさん乗り越えた。ここで、自分と同じ境遇や、似た性格、そんな人たちと出会った。ありえなくらいの偶然で似たようなことを経験し、それに驚くことがたくさんあった。そんな中で、経験しているからこそわかる気持ちや、共感する部分をたくさん与えてもらった。その恩返しを、その人だけでなく、同じようなことを繰り返している人にわけていけるようになりたいと思った。現実の中でも、ありえない偶然も数々起こった。主人のネットのお友達でありながら、なぜか息子と性格が似ていて、一度会っただけで意気投合。でも、やってきたことは娘と同じような失敗ばかり。車を譲る話をした日に、友達の車は動かなくなり、主人が仕事の手助けをしに行っている間は事実上の足代わりを兼ねている。その友達の家にいる時に娘から連絡が入り、お酒を飲んでいる私たちの代わりに友達が運転手。車のキーを仮に渡したその日に、2回しか会っていない娘を友達の家に預かってもらう運びになる。友達自身も、自分のあるべき姿を取り戻し、歩き出そうとした矢先の出来事。そこに違和感なく溶け込んでいる娘も、不思議なくらいにありのままの姿。その流れの先に、主人は新しい仕事を見つけ、娘が引き継いだら、思いのほかの才能を発揮して、少し明るい希望が見えてきた。主人の仕事先も、もともといた会社の、閉鎖した部署に貸した会社への就職。主人と結婚した時に、主人のいた会社と取引を始めて、主人が辞めたと時を同じくして、取引もなくなったこともある。そもそも、主人との結婚も、おばあちゃんが亡くなって、おじいちゃんを預かることで追い出される形で一緒になったし、今の家も、たまたまの話からここに住む流れになった。今の会社も一旦断ったのに、仕事をしていた外国人が違法入国で強制送還されたため、取り急ぎ急募の形で一緒に仕事をしている人に、履歴書なしの状態で誘われた形になっている。辛い流れの中にも、偶然ではなく必然の流れがある。それを思い続けてから10年近くかかったかれど、少しずつ手ごたえが感じられるようになってきた。それを気付かせてくれたのは、ここでの人との出会い。点と点は、いつかつながり線になる。それを信じてみようって気持ちになるくらいの偶然な出来事がある。それはきっと人のためではなく、みんないつかは自分に戻るはず。私に励ましをくれたみんなのところに戻っていくのは必然。運命の流れは、信じた人には必ず流れる。これは、きっとではなく、絶対。辛いのは、それを生かすための経験が先にあるから、あくまでそのための通り道だから。
July 28, 2006
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娘はいきなり帰ってきた。電車代も払えずに・・・何も聞くなと言うので、言うまで待っていたが、結局自分からは言い出さず、色々な問題が外から聞こえてくる。それを問いただすだけでも逆ギレ。またたくさんのリスカ。その傷と同じだけ、私の心も切り刻まれる。「死にたい」を連発し「死ぬ前に顔を見ていこうと思って戻ってきたんだ」と言い出す始末。今まで何度も言い続けた大切な存在だと言い続けるがまた拒否になっている。一緒にいるだけで「ウザイ」「重過ぎる」「出て行け。お前が出て行かないなら、私が出て行く」それでも放っておいたらまた面白くないのだろう。それは今までで得た答え。伝わっても、伝わらなくても、気持ちを言い続けることだけ・・・それでも、時間を置いた時に、少しでも伝わっていればラッキーくらいの心構えで待たなければならない。人格が変われば、またいい子になる。反対に変われば、また大変な事態になるのだけれど・・・お酒を飲んで出る姿は、本当の自分の姿。普段の自分とはまた違うのはわかっている。自分で自分を縛ることから解放されることができる時間でもある。昔は明るく、人のために動くのが好きだった。今は、脆く、弱く、人恋しい自分が姿を現す。本当は辛いよ。でも、素直に辛さを出すから、人の優しさも素直に受け入れることができるのだろう。その、人の優しさも、その人が辛い経験をしたからこそ出せるのだ。暖かい言葉も、メッセージも、時にはきつい事も、何も言わず見守ってくれていることも、そんな人達だからしてくれること。それすらも放棄しそうになりそうなくらいだったけれど、心の中ではそういう人がいるということを忘れるなというメッセージを送り出してくれている。だから、まだ放棄してはいけない。倒れこみたい自分と、頑張らなければなないという二人の自分が入れ替わりながら戦っている。
July 12, 2006
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私のウィークポイント。それは娘。娘の心配をすると、自分で自分のコントロールができなくなる。家を出て友達と生活をしていたが、支払いが出来ずに請求が回ってきているけれど、何とか頑張っていると思っていた。それでも頑張っているのならいいと思っていた。それが出かけたまま連絡が付かなくなったそうだ。携帯未払いのせいもあるが、どこで何をしているのかもわからない。友達の話では、お金がなくて帰れないと言う。借りているアパート代も帰ってくるかどうかがわからないのに、代わりに払える状態ではないし、解約すべきか連絡が付かなければ動きようもない。何よりも、どんな状況かわからないことが不安をあおる。どうしてこんなことばかり続くのだろう・・・あまりのショックに、ショックさえ感じなくなっている・・・
July 7, 2006
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ここでの出来事は辛すぎた。それでも、その我慢は存在すら否定された。その辛さで私は消えた。これからは前向きに変えることにした。でも、その頑張りさえ崩壊を迎える。みんなそれぞれに頑張っている。それは嫌というくらいわかっている。それでも、頑張ることには限界がある。崩壊の中で、私の気持ちも奥から出てきた。消えていたのではなかった。奥底にしまいこんでいただけ。フラッシュバックを起こす度に、私の心がわかって欲しいと叫んでいるのだろう。みんなの幸せのためには、私は出ない方がうまくいく。しかし、それだけ辛さは抑えるだけでは消せない大きなものなのだ。落ち着けばまた私は消えるだろう。ただ、わかって欲しかった気持ちはそれだけ強いことがよくわかった。
June 15, 2006
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ここに来るってことは、やっぱり鬱になっているのだろうか?存在を否定されると、自分でも存在を消そうとするけれど、やっぱりここがないと、普通を演じ続けることができない。表と裏の精神的なバランスがとれないんだろうな。
December 19, 2005
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主人の実家から、入院の費用を借りていた。土曜日に、保険金が降りたので、それを返しに行くことにした。その前に、主人は精神科の病院に寄ったのだが・・・去年、会社を辞めてから、次の保険までの切り替えの時期の分が、実費で請求されていたという。返そうと思った15万、まるまる消えた。それ自体は、まじできついし、実家にお金も返せなくなった。でも、保険金が下りるまで待ってもらったと思えば、ないときじゃなくて良かったとも解釈できる。しかし、普段、そんな大金持ってなんかいないのに、たまたま持っているのを狙ったかのような請求。タイミングがいいのか、悪いのか、微妙だ・・・それでも、主人の最後の厄落としだと思って諦めようと思った。でも、主人はまた不調で会社に行けない。今までの辛さがみんなよみがえってきた。で、私にどうしろと?
December 19, 2005
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迷路の出口で、一番辛い傷害があった。どんなに支えても、最後は病院の先生が絶対。八つ当たりはこっち。そんなに先生が一番なら、生活の支援もみんなお願いしたらいい。資格はないけれど、今まで一番見てきてわかっているつもりだったのが間違っていたのだろうか?病院に行ったほうがいいと簡単に言うけれど、一番わかって欲しい人にひどいことを言われた心の傷は大きい。病院に行って薬を飲むより、一番の治療法はわかって受け入れてもらうこと。それがない限りどんなに病院に行っても治るわけがない。治療の過程で、心に抱えていることをぶつける人がいない限り治ることなどないのだから・・・受け入れられないのがわかっていて、心の中のことを吐き出す治療がどうして受けられる?それを出すことさえ許されない状況ならつぶれるまでやるしかないじゃない。支えるのが求められているのだから。ちゃんと一人で歩いてもらわなきゃいけないのだから・・・
December 18, 2005
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薬の飲み合わせが悪かったらしく、主人は朝から吐いたりフラフラしながら会社に行ったが、倒れて帰ってきた。昨夜は薬の副作用で大変だった。それでも今日は頑張って会社に行った。夜になって、母が歩けない、トイレに行けないと大騒ぎ。トイレがまめになるというのに、大好きな柿を食べたらしい。利尿作用があるので、いつも以上に頻繁になり大変だ。
November 29, 2005
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主人と話をして、主人は詩織を嫌いだと言った。名前さえ聞きたくないほど嫌いなのだそうだ。今まで一番大変なことを支え、ひどいことを言われ、それを耐え続けてここでその辛さを吐き出して何とか頑張ったけれど、文句を言うだけの嫌な存在としか思われていなかったようだ。名前さえ聞きたくないほど嫌われていたとは。それはかなりショックだった。今まで支えて我慢したことが足元から崩れ去った。ショックに打ちひしがれている時、起きられない私に主人が声をかけた。ある薬が飲みたいと。その薬は、私を攻撃の対象にし、ヘロヘロの旦那を突きつける薬。泥酔の酔っ払いが、酔っ払って当り散らし、足腰も立たなくヘロヘロになったのを支えるのと同じ。飲んでいる本人は気持ちいいが、面倒を見るのは辛く苦しい。その上に、自殺未遂のトラウマを引き起こすのはその副作用だった。それを考えただけで涙が出て悲しくて苦しかった。その姿を見る余裕は私にはない。でも、それを言うことが脅しをかけているとしかとってもらえない。一日もうだめで耐えられないのを訴えてくる。でも、私のために我慢すると言う。結局、夜に薬を飲んだ。朝には副作用が残ってしまうのに・・・心配で夜も寝られなかった・・・
November 27, 2005
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かなり精神的に参りました。やはり卒業はさせてもらえそうにありません。でも、このまま生活を支える体力も気力もなくなりました。仕事中は訳もなく泣きたくなったり、激鬱状態。明日にでもぶち切れて会社に行けなくなるかも?状態です。今度主人が仕事に行けなくなったら、もう自分で自分を止められなくなるだろう。表向きは人を励ましているけど、自分を励ますことはもう出来ません。いつになったら楽になるのか、それすらも希望が持てないのに、何をどうやったら頑張れるのか、もう訳がわからない。
November 25, 2005
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先週あたりから調子が悪かった。そんな時に、私が寝ているはずなのに、主人の布団の上を歩く感覚があったり(また魂抜けたか?)ドアにこの世のものではないものがいるような感覚があったりと不思議な現象が起こっていた。ストレスが溜まると、こういう現象が起きるみたいだ。主人はフラッシュバックを起こして不安定になったりもしていた。それを落ち着かせると、それは自分で吸いとることになるからその後ドッと疲れる。夢では学生の頃の夢を見て、親の押し付けがましいことに対する辛かったことを再認識。お守りに付けていたネックレスの紐は切れるし、今までのストレスを吸い尽くし疲れたようだ。これで家族の心の病の介護から卒業できればいいのだけれど・・・
November 21, 2005
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昨夜は疲れていたせいもあり、お酒を飲んで早目に寝た。目が覚めると、また1時(--;で、また、そのまま寝た。昨夜は色々な夢を見たようだ。これといった夢ではないが、昔の自分の良かった時代に戻ったような感じの夢だった。やっぱり今は、かなりストレスがたまっているな。今の姿は、本当の姿じゃない。周りを気にして、心配して、我慢して・・・そんなの嫌だ。もっとありのまま、思ったことを言える、そんな毎日を送りたいんだろうな。もう余計なことを考えず、昔のようにノリで動きたくなってきたんだろうな。
November 12, 2005
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最近、不調が続いている。何となく、原因はわかってはいるんだけど・・・生きる気力がなくなっているんだよな~かといって、やめるという訳ではないから、惰性で進んでいるようなもの。ガス欠になった車が、ガソリンがなくなっても、そのまま動いているような感じ。困った時にはどっかり依存されて、頑張って支えて、尽くして、励まし続けても、よくなったら外に向かって自分には何も戻ってこない。この先ずっと、会社に行かなくてはならず、帰ってきて家事をして、お金の心配をして、家族の心配をして、ずっと尽くすだけの毎日が続くのだろうか?人を励まし続けても、自分を励ますには手応えがなく希望がなさすぎる。中身の空虚な空しさ、気付いているけれど、認める訳にはいかないけど・・・
November 9, 2005
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夜、息子から電話があった。友達にから揚げを作る約束をしてたくさん作ったのに、友達は「そんな話を聞いてない」と食事に行ってしまったとかなり凹んでいた。よくある話だけど、どうも息子は間が悪い。素直なのはいいのだけれど、いい人過ぎる。しかも、要領が悪く、トロいので自分の考えを伝える能力に欠けている部分がある。娘と対照的過ぎるのだよ。いい子だから安心だと思いがちだが、そういう子に限って自分の中に色々溜め込んで鬱になりがち。「こんな愚痴をいう自分にあきれているだろうけど、他に言う人いないから」って言っていた。今更、そんなことであきれたりしないよ。もっと大変な経験してきてるから。ま、親にそう言えるだけまだましだろう。それより、そのから揚げ食べたい・・・近くだったらよかったのに・・・
November 6, 2005
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娘は家を出て一人暮らしを始めた。前に、それで失敗しているだけに、正直なところ心配。主人は前向きになりつつあるようだが、復職を前にしてやっぱり不安は大きいようだ。このところ、夜中に何度も目が覚める。だいたい、一時半、3時、5時くらい。すぐに寝られればいいが、3時頃から寝られなくなることも多い。娘もいなくなり、主人は自分なりに趣味をやって、それぞれの道を歩き出しつつあるが、私はいまいち何もする気にもなれず、ひとりでボ~っとしていることが多くなった。寝るにも寝られず、やる気も起きず、でも、毎日の仕事と家事だけは待っている。自分がどうしたいのか、自分でも良くわからない。
November 3, 2005
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娘と居間にいたら、眠くなったと言うので娘の部屋に行った。一緒にいたら目が覚めて、また居間に行った。そこで娘は寝てしまって、一緒に横になっていた。朝方、娘が寝言を言った。「起きてびっくりするようなことをやってやったよ」「そんなことしちゃダメだよ」娘の中でお互いに話をしているのだろうか?だったら、反抗をしている子を、普段の娘が止めているのだろう。朝、起きた娘がドライブに行きたいと言った。そこで「生きているのではなく、生かされているんだと思った。だって3回も死ぬかと思ったのに生きているんだもん。きっと死なせてもらえないんだ」と言い出した。「どうせ死なせてもらえないなら、飛び降りでもしないかぎりダメだね」「その時は、娘を探せってみんなに連絡して引きとめられるよ。まだやるべきことがあるんだよ」娘に先祖が守っているから、死にたくても死なせてくれないという話をしたことなのだが、娘は朦朧としていたので、夢と現実がわかっていなかったらしく、自分でそう感じたと言っている。このまま何かが変わってくれればいいけど・・・
October 22, 2005
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娘が一時帰宅していた。毎週2日間帰って来ていたが、明日はまた駅まで送らなければならない。夕飯の時間になっても起きてこない娘。様子を見に行くと、また薬をたくさん飲んでいるようだ。明日は主人の手術だし、どうすればいいんだ~結局、夜中に救急車で病院に運んでもらったが、入院するベットもなく、自宅で様子をみることになった。ハ~叔父さんに連絡するのが憂鬱だ。
October 19, 2005
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昼間、2時間くらい横になったせいもあるかもしれないけど、12時に布団に入ってウトウトしたものの、1時半に目が覚めた。色々考えてしまって、寝られない、寝られない、寝られない。起きたり、横になったりしたものの、結局5時頃まで起きていた。それでも、それから4時間くらい寝たようだ。やる気も起こらずボーッとして、また主人と話をした。でも、主人は病気の話はとても嫌がる。ガソリン満タンの車も、ガソリンを補給しないとどこかで止まる。もう、ガソリンは切れ、惰性で走っているだけだから、少しは補給しないと・・・会社のことがきっかけだったけど、落ち込んだ原因は叔父さんに怒られたことだったのかもしれない。娘の心配もあるけど、いっぱいいっぱいの状態で、怒られたことはかなりきつかった。主人のことも、支えるので精一杯の時に、訳のわからない不機嫌をぶつけられたら、何でこんな会社で我慢しなければならなくなるのだと抑えられなくなる。主人は一生言われるのは覚悟すると言っていたが、今の状態では死んでも訴えに出てきそうだ。何もしたくないけど、何もしないで寝ているのも落ち着かない。一体どうすればいいのやら・・・
October 16, 2005
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朝、主人がお線香の匂いで、「会社に行かなきゃって考えると憂鬱になる」と言った一言がきっかけだった。せっかく忘れかけていたことが、またみんな思い出された。入院費も、生活費もかかるし、娘も戻ってくるし、主人も支えなきゃならないし・・・今までの辛いことを思い出した。そんなギリギリの状態でやってきたのに、最後の最後、会社の人に、怒鳴られた。それがきっかけでキレタ。どうして私ばかり、我慢しなきゃならないの?鬱病で仕事が出来ない?私が鬱になろうと支えてくれる人なんていやしないし、仕事が出来なくなっても死ぬまで行くしかないのに?とうとう抑え切れなかった。主人は「聞くから言いなよ」と言ったが、話し出すとちょっと怒り出した。それでも、もう止まらない。ネットでの自己診断、精神的にかなり疲れている・・・そりゃ~そうだよ。
October 14, 2005
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最近、将来のことが考えられなくなってきた。今までは、そのうちによくなるだろうと思っていたが、最近なにをしたいという気持ちさえ起きなくなってきた。ずっと、3ヵ月後に死んでもいいようにと思って行動してきたけど、それもやり尽くした。もういいかな・・・って感じがしてならない。自分から消えるつもりはないけど、もう役目は終わりのような予感がしている。それが自分自身に対してなのか、支えてきた詩織に対してなのかはわからないけど。
October 12, 2005
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朝、叔父さんから電話がかかってきた。「娘を帰すからな。もう疲れた」先月あたりから、娘は体調を崩したと言っていたし、先週、一旦戻ってきていた。帰る直前には起きられない、気持ちが悪いと始まって、何とか送り出したのだが、やっぱりダメだったらしい。叔父さんからはボロクソに怒られるし、娘が帰ってくることで、また主人は不安定になる。主人のことだけでいっぱいいっぱいだったけど、もう自分ひとりだけだって支えられなくなっているのに、またみんなでよりかかられたら、もう本当におかしくなりそうだ。マジで胃が痛い・・・
October 10, 2005
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きっかけは、何でもない普通の会話だった。テレビを見て「あの人きれいだよね」「きれいじゃなくて悪かったね」今更、主人の女の人好きに目くじらを立てる気もないし、何てことはなかった。しかし、表面の意識とは別に、深層心理はそうはとらなかったようだ。ずっと前から、主人が浮気をしたら、別れて愛人にして欲しいと言っていた。大変な毎日を抱えて、いいとこどりをされるなら、その時だけいい顔をしている方がいい。今まで大変な思いをしてきて、良くなって他に走るのなら、頑張るだけ無駄だよ。親子は、何だかんだ言っても親子だが、夫婦はどちらかが頑張るのをやめたら他人になるのだ。お互いに思いやりがあってこそ関係が続くが、一方的な保護者であり続けるなら夫婦ではない。今まで目をつぶってきた、私は親ではないという気持ちが、限界を超えたのかもしれない。だからといって、放棄するつもりではないから、出来るだけのことはするけれど、出来ることはできる、出来ないことは出来ないを認めることも必要だと思う。ただ、今までのように全部依存されても支えることはできない。
October 4, 2005
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判断を読んでみると、自分では心のつながりを求めているけど、相手には心変わりが・・・主人にとって、何かをしてくれて、何をしても許してくれるはずの立場だから、そういう次元からは、とっくにはるかに離れているよ。いつかわからないが、主人と話をしている時、ギリギリでつながっていた何かが切れた。何が切れたのか、なぜ切れたのかはわからない。でも、何かが変わっていることだけは感じる。何なのだろう?
October 3, 2005
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3ヵ月後に人生が終わったら・・・を考えて頑張ってきたので、自分の中に心残りはないようにしてきた。でも、周りの人からは何も期待できずに終わるのだろう。希望すら持つことが空しくなっている。最近は、私を当てにしないで、もしいなくなった後でも、自分の足で歩いていってくれと思うことが多くなってきた。別に、いなくなる理由がある訳じゃないけど、そんなことばかり浮かんでくる。元気付けキャッチボールの投げた玉は、投げるばかりで戻ってきません。もう投げる玉はなくなりました。投げ返せと言っても無理なのはわかっているから、せめて、自分で玉を拾えるようになってください。待っていても投げることができないのだから。
October 3, 2005
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娘からメールが来た。”財布落としたから、お金ないのはわかっているけど、ちょっと貸して・・・”借りたお金を返しては、また借りてを繰り返すので、いつになっても返済されないけれど、借りっぱなしよりはいいとするか・・・郵便局に入金した後、電話がかかってきた。「いいことしたんだよ。おばあちゃんがお金落としたの拾ってあげたり、外人の人に場所を聞かれて教えてあげたり・・・そうしたら、外国のチョコもらっちゃった」心配かけてしまって悪いという気持ちもあったのだろうが、幸いなくした財布には1000くらいしか入っていない、安い財布だったらしいのでちょっと安心。安いといっても、娘と一緒に買ったかわいい財布を落としたのはショックだけど、その中に厄も詰まっていたんだよ、きっと。厄を落としたから、その後にいいことがあったんだと思うよ。何かをしてあげる、してもらうというのも、そういうことかもしれない。何かをしてもらったり、物をもらったりしようとばかり考えている人は、その行為や物と一緒に、厄をもらっているのかもしれない。それに付き合わされる方は嫌だけど、それと一緒に厄をあげていると思えば、損をしているようで、そうではないのかもしれない。その反対に、素直な好意を与えてもらった時は、幸せを分けてもらっているということになるのだろう。だから、小さなことでも、とっても嬉しく感じるんだろうね。
September 14, 2005
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主人の薬は1種類にすると言われていたが、何とか頼んで2種類にしてもらっていた。でも、やめると禁断症状が出ると困る薬は、1週間分で、いよいよ終わり。それを散々説明して、病院の先生に説明までしてもらったのに覚えていない。減薬にちょうどいいし、ゆっくり休んだ方がいいと何度も話したのに、先生に頼んでまた出してもらうって・・・まったく、何のために今まで何度も話してきたのか・・・どうせ私にはわからないが始まるんだから。どうぞご自由に。どうせ私の話は聞かないし、先生が絶対ですから。自分で好きにやるのなら、困った時だけ押し付けないでくださいな。ガックリおちました。
September 13, 2005
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なかなか卒業させてもらえそうにありません。一生懸命元気付けているけれど、そういう自分に元気がなくなってます。ボディーブローのように、ジワジワ効いてきて、朝起きる元気もなくなってきた・・・考えてもどうにもならないし、結局出来ないのなら、考えて落ち込まれても困ります。出来ようが、出来なかろうが、私に出来ないは許されないんだ。結局最後は私がやらなきゃならないなのだから。お金のやりくりどうする?冷蔵庫の中には何もないけど、買い物どうする?やっとの思いで家に帰って、今日のおかずの心配か~次から次へと、あれやって、これやってが待っているけど、やってくれる人は誰もいないのだから。あ~会社にいると、余計なことばかり考えておかしくなる。家に帰れば、少しは落ち着くんだけど・・・このまま定年までもつだろうか?いや、もたないじゃ済まないんだよね。
September 12, 2005
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主人の大騒ぎにもかかわらず、本人はすっかり記憶が飛んでいる。自分でも色々やった割りに、記憶があまり残っていない。子供のように、夜中に目が覚める度に起こすことから始まり、親がお菓子を買ってくれないという訴えから、反抗期へと変わっていった。昔にも、会社に行けずに転々としたことなかった?その頃、プラモやバイクにはまっていなかった?それがあったことを知って、点が線につながった。きっと、主人は薬で記憶がなくなる度に、心の闇のもう一人が訴えかけてきていたに違いない。今の主人の心の中は、20歳前後の若者なのだ。だから、私の話は、親の説教に感じるのだ。今回の会社に行けない若い時期を乗り越えれば、知り合った頃の年齢になるはず。主人の心の中のもう一人も、子供の頃からのトラウマをやり返し、もう大人にまで成長したのだから、これから先は親のせいではなく、自分自身の足で歩かなければならない。主人の中のもう一人が出てくると、私の中でも詩織になって親の身代わりをさせられてきた。でも、主人が元に戻ると、私も元の自分に戻る。心の中のもう一人が大人になったのだから、詩織の役目も終わりにさせてもらおう。親代わりの世話はもう卒業させてもらうよ。これからは、本当の親と向き合ってね。
September 9, 2005
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病院から帰っても、ボ~っとしている主人。話をしていても、言ってもいないことを言ったと言い張る。PCの調子が悪いと、あちこち線を外してついに解体を始めた。しかも、譲ってもらったサブマシンも解体されている。朝、主人が電源を入れても2台とも起動しない。復活できるのか?
September 7, 2005
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もう絶対にしない、そう約束したのに、その約束は一週間も経たずに破られた。前回の原因は私が自分の気持ちを書いたこと。でも、一緒にいようって約束したのに、もうしないって約束したのに・・・前回よりももっとひどいことになった。その姿を息子に見せたくはなかったけど、協力を頼むしかなかった。そりゃ~ショックだよね。でも、本人はまったく覚えていない。ただ、覚えていないで済まないこともある。周りを巻き込むなと言っても、ひとりで抱えきれないこともあるんだよ。それでも忘れたことを思い出させるのはいけないこと?記憶をつなげなきゃならないことだってあるんだよ。今度こそ繰り返したら、私が同じようになってしまうから・・・
September 6, 2005
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