2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全13件 (13件中 1-13件目)
1

三十三間堂のすぐ東にあるのですが、 子供が「お腹空いた」と言ったので、見学はしませんでした。
2006.03.30
コメント(0)

三十三間堂で気になった携帯ストラップです。
2006.03.29
コメント(2)

三十三間堂には、一千一体の観音さまがいるのですが、この日は九百九十七体でした。いなくなっている観音さまのところには、「東京国立博物館に出陣中」「大阪国立博物館に出陣中」「京都国立博物館に出陣中」 と、書かれていました。
2006.03.29
コメント(0)

ここは眺めただけで、通過しました。七條 甘春堂
2006.03.28
コメント(0)

子供が春休みに入ってから、26日が最初の公休となったので、三十三間堂に行ってきました。三十三間堂は、嫁さんが清水寺の次に好きだということで、決まりました。今回は電車と徒歩で行ってきました。
2006.03.27
コメント(0)
トラックの運転手の時、とてもお世話になった所長さんは大分県の出身でした。でも大分県には決まった積み込み先が無かったので、あまり良い荷物には出会いませんでした。「これは絶対に過積載だ」と思われる荷物の手積みもありました。荷物を積んでトラックを動かした瞬間に、『ハンドルが重い』と思ったのですが・・・行き先は、確か三重県の藤原町(現・いなべ市)だったと思います。過積載だと、アクセルを限界まで踏んでも減速する登坂はあるし、制動距離は伸びるし、とにかく均等に荷物を積んでいるにも関わらず『ハンドルが重い』。ある時は、東芝の社員さんの転勤による引越しの荷物に出会ったこともありました。行き先は四日市市だったと思います。10t車で1軒の引越しの荷物を積むことはあまりないのですが、「帰り荷」がなかなか見つからなかったのでしょう。荷物を積み込んでいる最中、その社員さんの奥さんに四日市市の環境ついて話しかけられたことも思い出します。そして全ての荷物を積み終えた時、その奥さんの「少ないですが、これが私たち家族の全財産です。 安全運転でお願いします。」という言葉が、今でも忘れられません。人の命を運ぶバスに比べると、軽視されてしまうトラックの運転手ですが、「命の次に大切なもの」や「お金では買うことのできないもの」などを運ぶことだってあるんだと思った瞬間でした。
2006.03.16
コメント(0)
大分県に「安心院」という町があったのですが、読み方がわかりますか? 日本中の変わった地名や由緒ある地名が、市町村合併で消えていくのは少しさみしいです。鳥取県には、かつて「羽合町」(ハワイ)がありました。大分県には、アメリカ合衆国?があります。安心院町(あじむ)が宇佐市(USA)になっていることを最近知りました。宇佐市
2006.03.15
コメント(2)

トヨタのお店で無料のコーヒーを飲みながら、時間を過ごしていると、お店の人がこんな雑誌を持ってきてくれた。 東富士五湖道路から見る富士山もいいかもしれないが、思い出されるのは濃霧で視界が悪かった時の印象の方が強くて、大分自動車道から見る『由布岳』(豊後富士)や塚原高原の方がとても景色が良い思い出がある。
2006.03.14
コメント(0)
今の車を買って3年が過ぎた。車屋さんは「今なら高く売れますよ」と言ってくれたが、車は『修理代が高くついて、維持する事の方が無駄』になるまで乗るのが理想だと思っている。ピカピカの新車も良いが、古くても大切に乗られている車の方が、もっと良いと思う。「あと10年は乗りたいので」とは言わなかったが、お断りをして車検の見積もりをしてもらいました。
2006.03.08
コメント(0)

今日のお昼は、手作りの「ちらしずし」を食べました。夜は焼肉とコレ↓を飲みました。
2006.03.03
コメント(2)
高速道路を走るのも楽しいが、トラックに乗った最初の頃は、とにかく日本中のいろいろな景色が見たかった。小山町から岐阜方面に行く時は、246号線から須走に向かい「東富士五湖道路」には乗らずに、国道138号線を走り山中湖沿いにあるコンビニで休憩をしてから、国道137号線~国道20号線へというふうに走った。(県道15号線は大型車でも走れた)上九一色村が騒がしかった頃、138号線で警察の検問を受けたこともあったが、ヘアピンカーブのある所などは景色が良く何度も走った。御殿場市や小山町出身の運転手さんに、「勝間田」「勝亦」「勝又」という人たちがいた。「みつまた」とか「あかまた」とか言って呼び合っていたような気がする。あの「勝俣 州和」さんも御殿場の出身らしい。
2006.03.01
コメント(0)
国道246号線は大型車でも、とても走りやすかった。特に、神奈川県の山北町~小山町の区間は、気持ちよく走れる。でもトラックの運転手になるまで、「にぃよんろく」の存在など知らなかった。関西でいうと、京阪神を横断する国道171号線みたいなものなのだろうか?(ちなみに「いないち」と呼ぶ)自分が18才の頃の荻野目洋子のアルバムに出てくる「246」という数字の意味が、5年くらい経った23才の時にわかったくらいだ。この頃「湘南」というナンバープレートが新しく出来るということで騒がれていたが、小山町の人たちは隣の山北町が「湘南」になることに納得できないようだった。
2006.03.01
コメント(0)
20歳の時に普通免許を取得して、2年半後の23歳の時に大型1種免許を取得した。そして運送業ことなど何も知らなかったが、入社した営業所は近距離から長距離まであり、初心者には仕事がしやすかった。同じ会社でも長距離ばかりの営業所なら、1ヶ月に13000kmくらい走らなければならなかったが、そこは1ヵ月に10000kmに満たない時もあった。入社して5日間くらいだっただろうか、先輩について近距離から中距離の仕事をしていたが、1人で最初にした仕事は「静岡の御殿場行き」だった。正確にいうと御殿場市のとなりの小山町だったが、道路のことは文字通り右も左もわからなかったので、その時の富士山の印象は覚えていない。その後、小山町には何度も行ったが、いつ行っても道路の側溝をきれいな水が勢いよく流れていたのを覚えている。
2006.03.01
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1