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トラックに乗り始めた時、日本中の景色をタダで見られるということに幸せを感じていた。タダというより給料までもらえる、でも労働環境はキツかった。運転手以外のことなど考えもつかないほど「運転バカ」だったが、同じ運転手をするなら将来のことを考えてバスに転職した。バスの車両のことも仕事のことも何も知らなかったが、生活の手段としての転職だった。新入社員として会社に入った時、「一生平社員」を目標にする人はあまりいないと思う。自分は車を運転して給料をもらえれば良いという「運転バカ」だから、「一生運転手」という、会社員として評価されるような所に身を置いていないのだと思った。
2006.01.31
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「雪国」の中に出てきた言葉で、一番心を惹かれたのが「いいなずけ」だった。自分が好きな曲の中に、村下孝蔵の「初恋」があるのですが、その曲が入っているアルバム「林檎と檸檬」のことを思い出しました。やはり記憶どおり、12曲目に「いいなずけ」という曲がありました。そしてそのアルバムの1曲目は「踊り子」です。村下孝蔵は、川端康成のファンだったのだろうかと思ってしまいました。 このアルバムを手に入れたのは2年半くらい前だっただろうか?「初恋」は、自分が中学生の頃のヒット曲です。前にいた会社の同期生は、一つ年上の人と一つ年下の人と自分の3人だけでした。年令が近かったので話も合い仲良く研修をしていました。その自分より一つ年上の同期とは、特に気が合って、今でも親しくしています。その親友はバスの運転手になる前、千葉の房総半島のホテルで単身赴任をしていたそうです。仕事が休みの日には、思い出の曲である村下孝蔵の「踊り子」を聞いて、奥さんのことをいつも思い出していたそうです。それで2年半くらい前に、前にいた会社のことや親友のことを思い出した時に、手に入れたのです。
2006.01.26
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開設してから、2年目に入っていました。(昨日)これからも、よろしく!
2006.01.25
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不謹慎かもしれませんがふと、川端康成の「雪国」が読みたくなり楽天ブックスを覗いてみると、2006年1月末まで送料無料ということで、買ってしまいました。340円の本でも送料無料、しかも貯まっていたポイントを使ったので、タダで手に入れました。
2006.01.24
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路線バスを3年と少し乗務した後、観光バスの乗務もすることになった。30歳を過ぎると、なかなか新しいことが覚えられず、毎日を無我夢中で乗務していたが・・・半年くらい経った時、3泊4日で「四国八十八ヶ所」を巡礼するお客さんの仕事が入った。4日間で、第60番札所横峰寺から第88番札所大窪寺と和歌山県の高野山へ参る行程だった。昼食場所や宿泊するホテルなども入れると40ケ所くらいを、出発の前日に調べなければならなかった。バスでは四国は初上陸でしたが、非常にいいお客さんとめぐり合うことが出来て、感動?の4日間を過ごすことができた。そしてその1ヵ月半くらい後に、その団体のお客さんが「西国三十三所」の第1番札所の青岸渡寺や熊野三山に参られる時、運転手として自分を希望して下さった。その時、バスに乗務して初めて「遣り甲斐」というものを実感した。それからは、お客さんに「また来年の旅行も、この運転手さんとガイドさんでお願いします」と言ってもらえるように心掛けた。「自分のお客さん」を多く持つということが、運転手の価値だと思った。でも社内の運転手の評価には、これもつながらなかった。 つづく
2006.01.21
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11年前の手帳を見ると、14日(土曜日)に北九州市で荷物を積みこみ、15日の朝に京都に帰ってきていた。確か夕方になってから荷物を積んで、連休だから下をのんびり走り日曜になったと思う。そして16日(振替休日)の月曜日の昼から、卸し場所である富山の婦中に、これもまた8号線を走って向かっていた。天気は雪から晴れにかわり、夜中になるとアスファルトが見えてきたのでホッとした。石川県から富山県にまたがる倶利伽羅トンネルを越えると、放射冷却のせいで、路面は凍結していた。タイヤはノーマルだったので、何度かスリップをしたのち、チェーンをまくことにした。チェーンを出して道路に置くと、その場でチェーンが道路に凍りついたのを覚えている。真夜中にマイナス?℃の中、チェーンをまいているとだんだんと指先の感覚がなくなっていく。この時、大型車にチェーンをまいたのが、初めてだったかもしれない。昼間に雪のない所でチェーンをまく練習をしていても、真っ暗で凍りつく寒さの中では思うように指が動かなかった。そして婦中の農薬を作っている会社の門の前で、朝までキャビンで寝ていたので、あの地震を経験しなかった。朝になり目が覚めると、トラックの周りの雪が氷の塊になっていて、工場の人と雪を溶かしてから荷物を卸す準備をしていると、トラックのナンバープレートを見て、工場の人から「近畿の方は地震で凄い事になってるで!」と聞かされた。荷物を卸して、次の積み場所の美濃加茂へ向かうため、近くの北陸道の小矢部インターへ行くと、「名神 彦根~西宮 通行止」 と出ているのを見て、本当に驚いた。美濃加茂からは、東名阪~名阪国道~163号線で渋滞なく京都に帰った。家に帰ると、テレビが台から落ちそうなくらい移動していた。
2006.01.18
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昨日は、三十三間堂(蓮華王院)で「通し矢」が行われていた。以前は15日の成人式の後に、20歳を迎えた女性がその日に晴れ着で行っていた。でも、ハッピーマンデー?のせいで成人式の日と通し矢の日が別々になっている。三連休に縁のない運転手にとっても、「なんとかマンデー」は止めて欲しい。確か・・・11年前は15日(日曜日)が成人の日、16日が振替休日、17日の連休明けの朝に、あの「阪神淡路大震災」があった。
2006.01.16
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トラックからバスに転職した時は、運転経験のない者より優位だと思っていた。でも、路線バスに乗務してみると、毎日乗り換わるバスに「燃費」だとか消耗品の「経費」だとか、個人の運転成績なんて関係なかった。運賃も新人であろうがベテランであろうが、同じように稼いでくる。観光バスになるとそれを口にする人もいるが、それは給料には反映しないから、あまり努力もしない。時間外労働と公休出勤をすれば給料は増える。もちろん無事故であることも給料に関係する。自社他社に関わらず、バスの大きな事故があると上司は、「自分の身を守るのは自分だ」と言う。それは運転技術を向上させることだと思っていたが、それだけじゃないと最近気がついた。 つづく
2006.01.13
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今年は運が良く、1日が休みだったので、嫁さんの実家に前日から泊まりに行きました。そして、お年玉セールでスニーカーを買い、福袋でスポーツバックに服が4点入っているものも買いました。そのスニーカーと服で「施福寺」に行ってきた(7日)のですが、もう少しで和歌山という所に位置していても、やはり雪でした。たいした雪ではありませんでしたが、坂と階段を40分くらい登り、子供が疲れたようで帰りも道も40分ほど歩きました。これで、西国観音もあと一つで満願ということになりました。残るは京都の「清水寺」だけです。
2006.01.08
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2日に伏見稲荷大社へ初詣にいってまいりました。風もなく暖かく感じたのは、人が多いからだったのでしょうか? 帰りに買った「いなり煎餅」です。いろんな味があるのですが、白みそ入りを買いました。最高にうまかったです。
2006.01.03
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平成5年に大学を中退して、憧れの?長距離トラック(大型)の運転手になりました。トラックの運転手の中でも、宅配便のような路線を走るのではなく、明日どこへどんな荷物を運んでいくのかがわからない仕事をしていました。一応は、Mマテリアル社のアルミ缶を運ぶことをメインとしていました。トラックを走らせていて、やり甲斐があると思ったことは、自分の努力が全て数字になって表れることでした。高速道路に乗らないで、下(一般道路)を走ると給料に反映されるので、週末に積んだ荷物を月曜日に卸す時は、日曜日に出来る限り、下を走って高速代を浮かせたりしました。燃料費は、休憩中はエンジンを切るとか、急加速・急ブレーキをさけるなどで、貢献できる。急加速・急ブレーキ・急ハンドルをさけることによっては、タイヤの消耗も少なくなる。そうすると、車の消耗品や修理代なども減ってくる。あと上司との人間関係によって、いい仕事(いい運賃の荷物)をもらうということも成績に表れる。そして、4年7ヶ月トラックに乗った後、バス会社に転職したのですが・・・ つづく
2006.01.02
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なが~~く感じた12月もやっと終わってくれた。それは12月31日を区切りとして、1年間の無事故の表彰状がでるからだ。特に今年は3年間連続無事故の表彰状(賞金もアップ)がかかっていた。最後の1日、最後の1本となるにしたがって、「これでもか!」というくらい慎重になった。もちろん今年も「無事故」を最大の目標にしてがんばります。
2006.01.01
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