日々始まり

日々始まり

2017年03月19日
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今回問答、とても分かりにくい内容です。申し訳ないです。
月読命としていますが、相手は違うかもしれません(相手への照準が微妙です)。
その分内容も微妙です。。。


月読命

【よろしくお願いします。瞑想をしている時、周囲の空間が広がったように感じます。その空間は意識場、意識空間ですね。空間の相は幾つもあり、一つに意識を合わせると、時間や距離に関係なく空間を共有し、その場に自身が存在している感覚になります。どこかの場所をイメージした時、その場所にいるような感覚になるのは、その場が持つ相に同調したと言えるでしょうか。地球の自然環境であれば、海や山、滝などの雰囲気を感じられます。以前、月にアクセスした時は、死を感じさせる恐怖の感覚を得ましたが、月に住む存在は闇の支配者とも言いますから、地球の闇は月の相に支配されているのかもしれません。相転移というように、闇と光は、転移した関係にも思えます。月は太陽の光の反射により光っていますが、闇とは光が届かないというのではなく、鏡のように相が反転していると思えます。】

光の反射により、物は認識される、感じるとは心が反射する故であろう。
何もなければ、反射もない。ただ消えてなくなるまで、通過していくだけである。
意識の広大な空間、遮るものなく、意識の光が広がる様を感じるのだ。
意識の光、一粒に己の心が乗る、故に広がりを感じるのだ。

押しては引き、また寄せては返す、月により星の海は波を立てる。
流れとは常に裏表である。波は裏表の干渉である。
時が進むのが表、時が戻るのが裏、光と闇も表と裏である。

死の恐怖を闇に感じるのであれば、それは生の裏返しと言うことだ。
光に時はないと言うであろう、時を進む光、戻る光、すなわち原点に留まる故である。
原点、それが粒として感じる光である。時の干渉が波と感じる光である。

生は死の闇より干渉され、存在する光である。
生きておると感じるのは、その光に心が反射する故のこと。
闇を捉えれば、即座に死を意識する。干渉され続けておる故、当然のことだ。

生と死の狭間に人は生きる、狭間とは無の世界である。
その世界に波が立つ、故に物事が現れる。宇宙の理である。
人の生など潮の満ち引きのようなもの、死の淵に反射し存在し続けるのだ。

無に干渉する波、宇宙の創世である。その波は外からでも内からでもない。
干渉する波とは意識のこと、無とは原点である。有と無により、物事はある。

我らは有の役割を持つもの、無の役割を持つものがおる。
月がなくなれば、月の役割に変わる物事に置き換わるだけのことだ。
太陽は表、裏の月とともに、無のこの星に波をもたらし、揺さぶり続けるのだ。

揺さぶりにより現実が現れるのだ。人に波が立ち現実は生まれる。
宇宙の創始より終末に人は存在する。人は宇宙により創世され続けるのだ。
生死がある故に、寿命に意味があろう。創世とは狭間が広がるということ。

我らが人に干渉するのは、宇宙への干渉と同義である。
人に干渉する者、できぬ者、その差は宇宙への干渉の差である。
消えていく宇宙の者たちは、宇宙の創成から外される。
創成の淵に追いやられるということだ。

闇を抱えて生きることと申しておるのではない。
闇に引きずられていけば、死を常に意識するようになるであろう。
だが、その意識こそ真の生の力となるのだ。
手足を動かし、もがくように生きる様は、目の間に迫る闇がある故のこと。
前に進むとは、淵に近づくのではない、広げるということだ。それが干渉の意味。
見たくないと思っても見えるもの、それでも進めば広がっていくのだ。

何も見えぬようになった時、心に光を反射させることだ。
光とは希望ではない。命を見つめる意識である。
命を見つめる時、心に光が生まれる、無と有から現れる命である。

【ありがとうございます】






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Last updated  2017年03月19日 13時28分13秒


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