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はる はな たず かんさんぼん 春の花を尋ぬ 菅 三品 ごれいそうそう くも おうらい ただあわ たいゆ ばんじゅ うめ 五嶺 蒼々 として雲 往来す 但 憐れむ大庾 万株 の梅 たれ い しゅんしょく ひがしい たる つゆあたた なんしはな はじ ひら 誰か言う春色 東 より到ると 露暖 かにして南枝花 始めて開く 詩文説明 五嶺に連なる山々は蒼く聳え、その上を白い雲がゆったりと行き来している。その中にあって、大庾嶺の万株の梅の木々が花を附けている事に心惹かれる。誰が言ったのであろうか、春は(景色)東方からやってくるなどと。これらの梅の花は露も暖かな南の枝から咲き始めているのに。1、中国五嶺山に連なる山々は青々と聳え、幾つもの白い雲はその上をゆったりと往来 している。 2、春は東方から来るなどと誰が言ったのであろうか、ここ大庾峰は江西省の大庾県の 南にあり梅の花が南の枝から咲き始めている。(写真はまだ肌寒い季節に咲き始めた大宰府で写した梅花)3、(誰が東方から春が来ると言ったのは、判らないが菅原道真の「東風吹かばの歌」に由来し ているのではないでしょうか?写真は福岡大宰府の歌石碑)実は村上天皇の天暦年間内裏坤元禄屏風に。「春は東方(東は春の意)から」と詠った詩があり、白居易の詩に「大庾嶺上の梅、南枝落ち北枝開く」を踏まえて南の枝から梅の花が開いたとある。●五嶺山=湖南・江西と江東・江西の間に渡る南嶺山脈の5つの嶺の総称。大庾は大庾嶺。唐の宰相、張九齢が梅を植えて梅嶺と名付けた。大庾嶺の梅林に見立てた福岡県久留米市の梅林寺の梅林 (3枚の写真を合成、うち2枚を同じ写真を繫ぐ) 作者 菅三品(899~981)本名菅原文時。菅原道真の孫。平安中期の公家、学者、文章博士。内記・式部大輔などを歴任、尾張権守となる。村上天皇が諸臣に政治上の意見に応じ、三ヶ条の意見をまとめた。また天皇の種々の宴に招かれ詩を献じ、大いに名声をあげた。76歳で正四位となり天元4年(981)従三位に叙せられたが同年没す。
2015年03月27日
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