エレーネと一緒に写真を撮影した。実は私たちが最初に出会ったのはドレスデンのユースホステル。それが、偶然ここニュルンベルクのユースでも同室になった。ドレスデンのユースでの最後の朝食時に別れの挨拶をしたら、"I may say, see you again"と言われた意味が、今朝方分かった。私は知らなかったが、彼女もニュルンベルクに移動する予定だったのだ。職業は、現在はリタイヤして無職。弁護士をしてから判事をしていたそうだ。バイク事故で足を粉砕骨折して手術とリハビリを繰り返し、医者からは車椅子生活を宣告されていたのに、自力歩行ができるようになったので、それをきっかけに自分の可能性を広めるためにとアメリカ・イギリス・欧州を半年間旅してるのだそうだ。あと二ヶ月、旅をするとのこと。ドレスデンでは、私にあった翌日ぐらいに、オーストラリアに移民した曽祖父の家系(つまり自分の親族)をたどって、小さな街を訪れたのだそうだ。オーストラリアを発つに三日前に、彼女の伯母が曽祖父が住んでいた場所などを伝え、自分の姓からルーツをたどったのだそうだ。たどり着いた小さな村で、親切な村の人の助けを得て、自分の伯母に当たる人に会えたという奇跡的な話を聞かせてくれた。初めて会った78歳の伯母は、現在残る三人の自分の"ドイツ人の親族"のなかで唯一曽祖父のことを知っている人だったそうだ。 多くの日本人にはありえないが、自分のルーツを辿る旅をしてみたということだ。すでに新年を迎えているオーストラリアからのメールをチェックしたところ、現在妊娠中の娘さんの状態がよくないらしく、流産を覚悟しなくてはならないとのこと。それをかなり気にしている様子。な