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めっきり映画を観なくなった。何のことはない、理由は唯一つ。異様に疲れるのである。数年前まで映画にのめり込み、漁るように観てきた。とりわけ海外のモノクロ映画やミュージカル映画にはときめいた。私の単調な日々に光り輝く彩りを与えてくれた。が、老いというものは恐ろしいものである。更年期に差し掛かり、兎にも角にも日常生活のすべてが色を失い面倒になった。何もしたくない。息をすることさえも難儀。私は飛び抜けて耳が敏感なのだし、神経に障って映画なんぞ観られるはずもなし。百歩譲って、自宅でならまだ観られるかもしれない。立ったり座ったりぐーんと伸びをしたり、ごろんと休憩したりお茶を飲んだり、こまめに動きながら少しずつ。そして回復したのち、ようやく続きを観る。が、そこまでして観たいか?と自分に問うと、ノーという答えがすぐに出た。もし3時間の映画ならば、ちょっと一息入れてなどではなく、日を跨いで3日かけてちょうどいい。要するに、更年期にともなって映画と私との間に溝ができて乖離し、自然興味が失せたのである。映画館なんてもってのほかだ。じっと座っていられない、集中力も持たない、最後まで観続けられる自信もない。きっと疲れて居眠りしてしまうだろう。
2026/05/03
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さて、毎年冬にはたくさん食べて蓄えて夏に備えていた私だったが、甘いものの摂取が減り、食事もさほど食べられなくなり、大人になってから一番痩せ細った冬を過ごした。正直大丈夫なのだろうかと不安だったが、今のところ特に問題はないらしい。体重が軽い方が足に負担がかからずサッサと歩けるので、むしろ良かったのかもしれないと、老いとのバランスを巡らせ悦に入る。年齢と共に、生活も、それに適した体重も変わってく。
2026/05/02
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にちにち読書に耽る。最近は永井荷風ばかり読んでいる。私はこれまでずっと海外文学を読み漁っていたのだが、趣味の美術館巡りもいつの間にか日本の古美術へ行き着いたように、文学においても時が来たら詰まるところ日本文学が終着点になるだろうと、薄々勘付いてはいた。歳のせいだろうか。ついにその時が来たらしい。特に「腕くらべ」は、浮世絵を思わせるような描写でなかなか風情がありおもしろかった。最後の一行を読み終えた後、ついブラボー!と手を打ち鳴らしてしまった。
2026/05/01
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最近では、原材料をきちんと見るようになっている。もうスイーツはたまにしか食べないのだから、ちゃんと良いものを体に摂り入れたい。栄養学なんぞはさっぱりわからないが、カタカナの長ったらしい文字がダラダラと続くものは、それだけで体に良くないものだということぐらいはわかる。なるべく少ない材料でできた素朴なスイーツを探す。これも私にとっては大きな変化だと思う。
2026/04/30
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コーヒーを辞めてから知らぬ間に来月で5年半、コーヒーは私の生活の中に存在し得ないものと相成った。あの頃が懐かしい。とは言え、4年目ぐらいまでは、まだどこからか漂ってくる芳しい香りは良い香りだと感じていた。さて、甘いもの。摂取量は激減したが、コーヒーのように完全に断つことは考えておらず、今後もたまには楽しんでいきたいと思っている。ところが、最近は頭と体のズレが甚だしい。おいしそうと思い、買ってみる。食べてみる。うーん、甘過ぎる、あんまりおいしくない。ということを毎度繰り返す。頭では食べたい。でも食べたら後悔する。期待を裏切られ落胆。トホホ。それならいっそのこと食べなきゃいいじゃないか、スッパリともう食べないと断言すればいい、と思われるだろうが、それではちょっぴり悲しい。まだ甘いものに多少の興味はあるし、和菓子ならおいしいと思うから。と言う風に、なんだか甘いものに対してズレが生じ、悶々とすることが増えている。
2026/04/29
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しゃべることを仕事としている人。この人たちを私は心の底から尊敬する。よく頭が回るなと思う。どうすれば次々と言葉が奔り出てくるのか?不思議でならない。私はせっせと文章は書くけれど、耳では言葉はあまり理解できていないので、できる限り文字にしていただきたい。音には過敏な割に、おそらくその声音にばかり興味が惹かれていると思われ、言葉そのものには驚くほど鈍感なのであった。
2026/04/28
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閉経が近いとは言え、まだ月経はあるので、PMS(月経前症候群)も感じているけれど、若い頃のような大波ではなくなったと思う。今はごく軽い小波のPMSという感じだ。この世の終わりのような絶望感に苛まれるでもなし、ひどく過食になるでもなし、巨大なヘルペスができるでもなし。更年期で鈍感になったことが影響して、一年を通してだいぶん精神が一定になってきたなという印象を受けている45歳春。
2026/04/27
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立派な一軒家を建て、太陽光発電まで付け、1、2年前だったか“ちょっと良い車”に買い替え、北から南まで日本全国あちこち遊び回ることに精を出し、旦那さんは趣味の物などをひとしきり買い込み、ヒゲ脱毛をし、人付き合いも頻繁で、何やら羽振りのいい暮らしをしているようだったが、いざお姑さんがこんなことになって先行きがまったく見通せず、人間という生き物は煎じ詰めると皆トントンに終わるんじゃなかろうかと、そんな風に空を見上げ思い巡らせるゴールデンウィーク初日。ところで、お姑さんはまだ博多の病院に入院されているが、そもそも熊本出身である。もしかすると心の底では、こちら関西ではなく、故郷に帰りたかったのかもしれない。本能的にそういうことってあると思う。ふとそんなことを考えた。
2026/04/26
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春は花粉の季節で湿疹が出る。梅雨は皮膚がジメジメして湿疹が出る。夏は汗で湿疹が出る。秋は急に汗をかかなくなって湿疹が出る。冬は極度の乾燥で湿疹が出る。それに加え、私の場合月経前後には湿疹が膿む。結局年中湿疹に悩まされている。
2026/04/25
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直感やら感覚やらで人生を歩んできた私にとっては、自然の中に身を置くことはやっぱり必要なのだと感じる。パワーの源。が、どうしても歩くのは遅いので人の倍時間がかかってしまうことは否めない。さて、黙々と歩を進める中で、私は一体何を考えているかというと、もっぱらこのブログのことである。ずっと頭の中で文章を組み立てている。今のこの経験をどういう言葉と表現で表したらより伝わるか。あーでもないこーでもないと練る作業が続く。文章は一方通行だと言う人がいるが、私はそうは思わない。きっと何かを感じ取ってくれている方はいるはず。と、そう信じたい。
2026/04/24
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「このままにさせておいてくださいませんこと。私たち仕合せなんですもの」「はてさて、いつもきまって気持の高ぶりが身のあだとなる」「銃の筒先の方向を見あやまっていたのではないか」「社会のやり方は海に似ている。何かかわったことが持ち上っても、すぐまたもとの水準に帰り、きまった動きを取り戻し、そして深刻な利害の波の起伏が変災の跡を消してしまう」「最後までその人らしく生き抜く ー それが尊厳ある死なのです」「<未知のものへの挑戦は自由であることの証しだ> フランシス・フォード・コッポラ」「これ以上の未来が見えない」
2026/04/23
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「人間はいつ死ぬかわからない。人間の心はいつかわるかわからない」「人に意見を求める習慣が聡明というものであり、二流人物の実力はこうしてたくわえられる」「もう泣こうにも泣けない」「しばらく待つのだな」「とても待てん。どっちかきめるのに現在この瞬間しかないのだ」「両天秤というやつはずいぶんけんのんだ」「やがてすぐにおそいかかろうとしている嵐にはてんで気がつかなかった」「自分の鎧には孔なんぞあきっこないと思い込んでいる」「彼の予感はいちいちもっともだった」
2026/04/22
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以前からいつか行ってみたいと恋焦がれていた寺へ行ってきた。ひどく遠かった。ひどく疲れ果てた。でも、「貴重な経験になった」この一語に尽きる旅だった。まず本堂に入り御本尊に手を合わせる。美術館の説明書きと同じで、最近では寺の方のお話も大方理解できるようになっているので、ふむふむと聞き入る。こんなにも保存状態が良いなんてロマンを感じるなぁ。その他いくつもお堂があったので順番に見て回った。さて、一通り見終わったかと思ったところで、その向こうに険しく急な階段が伸びているのが目に入った。ちらと小耳に挟んだところによると、360段もの階段を登った先に一つだけポツンとお堂が建っているとのこと。はて…、行くか戻るかは私次第だが、階段を見ると登らなきゃならない衝動に駆られるのはなぜか…。むずむずしたのは僅か1秒、すぐにGOと心は決まった。電車とバスを乗り継いで(バスはなんと一日に7本のみ)、遠路遥々えっちらおっちらやって来た訳だ。二度と、再びこの地に立てる保証はない。行くっきゃないだろう。いざ出発。楽勝さと思ったのも束の間、すぐに心臓の鼓動は速くなり、体の芯から熱くなってゆく。数段登っては立ち止まって腰を伸ばし、また数段登っては立ち止まって腰を伸ばしを繰り返す。早くも登ろうと決心したことを後悔し始めるが、鶯の澄んだ鳴き声に誘なわれながら、一段一段踏み締めて登って行った。幸い日は陰っていた。手にぶら下げていた日傘を杖にしつつ登り続け、汗をかきかきヒーヒー言いながらやっとの思いでてっぺんへ。頂上着いたー!そこには納付所(つまり御朱印を書いてくれたりお守りが買える社務所)があり、ニコニコと柔和な笑顔を称えた若坊主がちょこんと腰を下ろしていた。何とも言えず心からホッとし、やり遂げた感に満ち溢れる。お堂は意外にも簡素で、内部立入禁止だったが、ここまで来てここの空気を吸えたことがご利益だろう。足がしびれている私だってやればできるじゃないか。で、この世の摂理、登ったら降りなきゃならぬ。この階段は凸凹の石段だったが、とにかく足元が悪く、非常に間隔の狭い階段だったので、今にも前へつんのめっていきそうな錯覚に陥りおっかない。私、これ踏み外したら真っ逆様に転がり落ちてお陀仏だな、と用心しつつそろりそろりと降りる。ようやく後3分の1ほどで此岸かというところまで降りた辺りで、昼間っから一杯ひっかけていそうな陽気な3人連れのおっちゃんが前から登って来た。まだかかる?と聞くので、こっからです(まだまだ本番はここからですよという意)と返事するとガハハと笑って過ぎてった。どうにかこうにか無事に降りて来られたが、もう膝が笑ってガクガクし、疲労困憊。帰りの電車の中ではこっくりこっくり船を漕いで居眠りしてしまった。それにしてもがんばったと思う。ただただ足を一歩ずつ前へ出すということをひたすらに続けさえすれば、登って降りて来られるんだ。ところで、さっきの若坊主は、来る日も来る日もこの360段の石段を行き来しているのだろうか。想像しただけで降参と言いたくなるが、いやはやご苦労様でございます。そして後日もう一つ。2年ほど前からいつか行こうと考えていたハイキングコースも歩いてきた。某有名神社の裏手に広がるS字カーブがくねくねと続く緩やかな小道を30分ほど上がる。実は以前この神社までは来たことがあったのだが、運悪く突然の大雨に降られ、ハイキングは危険だと思い引き返したのだった。今日こそは。険しい勾配ではないので、なんとも歩きやすかった。すれ違う方たちとこんにちはと挨拶し、気持ちいい。途中で何度か座って休憩しつつ、なんなくゴールまで辿り着いた。ヤッホー!見晴らし台があり気分爽快。桜のお花見は、病院と重なってしまいなんだかしんどくて行けなかったから、その分、より一層充実した旅になったと思う。まるで絵に描いたような景色。この先どんどん階段が細くなっていきます。新緑のハイキングコース。一人旅、ゴール。
2026/04/21
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半身浴をし始めて9年と9ヶ月。日差しがかなり強くなってきた。既に日傘なしでは歩けない。手ぶらで出かけられる日が年々短くなっている。最近の新聞も様変わりしましたね。どんどんSNSのようになっていきますね。ま、若いだろう人が書いているんだから仕方ないですけどね。裏のお宅が取り壊し中で、電気ドリルでコンクリートを砕いているので毎日地響きして家が揺れている。爆音で外界の音がまったく聞こえぬ。いつまで続くのか…。花粉症が落ち着いた。2026年の病院も無事に終わり、肩の荷が下りた。先日寺へ行って来て(後日の日記参照)ちょっと元気になった。私を取り巻く“気”が入れ替わったのがわかる。もんもん、晴れて中学生になったよ。
2026/04/20
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どうでもいい話なのだが、先日の病院でのこと。院内にコンビニがあり、その前にテーブルやら椅子やらが並べられているので、誰でも気軽に休憩することができるスペースがある。大体おにぎりやパンなどの軽食を摂っている方がほとんどで、検査などによって食事の時間制限もあると思われ、皆サッと食べサッと去ってゆく。そんな中、ある一人のおばあちゃんが、黙々とカレーライスをコネコネコネコネと捏ねくり回していた。しかも大盛りサイズを。パッケージの蓋にそう書かれてある。1.5人前はあると思われるそのカレーを、一心不乱に掻き混ぜているスプーンの動きに私の目ん玉が連動し、吸い寄せられるようにしばし見入ってしまった…。おばあちゃん。おそらく80代。よくがんばっても70代後半。介助人の姿はなく一人で座っていらっしゃる。と、カレーライスにばかり気を取られていたが、ふと目を上げると、へ?おばあちゃんパジャマ着てる?ということは入院中なのだろうか。あれは確か11時半頃だったと思うが、病室のお昼ご飯は?抜き足差し足忍び足でこっそりと抜け出て来たの?時間が経てば経つほどあのおばあちゃんのことがおもしろくなって来、なんだか私もあのおばあちゃんのように自由に生きようと思ったのだった。
2026/04/19
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ところで、映画やドラマなどで、『手術中』という赤いランプが光って手術が始まり、ランプが消えて手術が終わるという描き方をするが、こちらMRI室では、それが『磁気発生中』の文字に取って代わる。私はいつもこの『磁気発生中』の赤いランプがピカッと付くと、なんとも言えない空恐ろしい気持ちになり身震いするのだが、これはきっと私だけではあるまい。
2026/04/18
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クロワッサンが好きだった。以前このブログでも紹介したが、いくつかのパン屋のクロワッサンを食べ比べしたりして、パンの種類の中では一番の好物だった。が、最近はまた味覚が少し変わったらしく、クロワッサンの表面に塗られているテラッと光るバターでさえちょっと油っこい。これは老化のせいもあろう。詰まるところ、甘いものを減らすに連れて真っ先に欲しくなくなったクリームの油分と同じことだと思う。それが、私の揚げ物などが胃にもたれるようになってしまった老化の進行と相まって、より拍車をかけた格好になったと思われる。もちろん良い方向へという意味だけれど。なるほど。甘いものが減ると、クロワッサンの表面のバターなどという、普段気付きもしない油分にも敏感になるんだな。意外な発見を我が体を通してひしと痛感している。
2026/04/17
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だんだん胃も老化してきた。揚げ物がちょっともたれるね。あーあ、エビフライなんかは大好きだったのに残念だな。
2026/04/16
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今日は、今思うことを少し。病院へ行くということは、つまりは治療を勧められるのは当然のことであり、それは重々承知している。それが医者の役目である。私は、父が亡くなった時の年齢である53歳までなんとか踏ん張って耐えて、父の目には世界はどう映っていたのかを見ることだけを目標にして生きている。もしちゃんと53歳まで生き長らえられたらば、それはもう私の人生の到達点であり、その後どうなったってこれっぽっちの後悔もない。だから、病院へ通うのも53歳で終えようかと、漠然とではあるが今はそう考えている。発病時の主治医を除き歴代の主治医とは平行線を歩んできたが、私が病院へ行くことを辞めてしまえばそれが私の最大級の予防治療への抵抗であり、頑としたNOの意思表示を示したことになるだろう。今後何と言われようとも予防治療はしないのだ。それだけは天と地がひっくり返ろうとも変わることはない。ずっと言い続けているが、私は命を歪めることなく、生まれ持った自然の体のまま全うしたい。これが私の生きる道。
2026/04/15
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「“私はこういう人生になった”」「波は運命で、人間がそれにうまくのれると何んでも思ったように気持よくゆくが、一つのり損(そこな)うといくらあせっても、あわてても、思ったように進むことが出来ない。賢い人だけが次の波を待つ。そして運命は波のように、自分達を規則正しく、訪れてくれるのだが、自分達はそれを千に一つも生かすことが出来ないのだ」「お互い感化され、感化した」「私は知らぬ神に祈ります。泣いて祈ります。少しでも希望がありますように」「私は静かに門のそとに立って戸の自(おの)ずとあくのを待ちたくも思いました」「僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。これが神から与えられた杯(さかずき)ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない」「生まれたものは死に、会うものは又別れる」
2026/04/14
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主治医は威圧的だ。私は権力者だぞ、という歯向かうことを許されない刺々しさが目の奥に宿っている。野心家でもある。トップの座を狙っていることは、当初から見え見えだった。昨年は副部長だったのに、ついに部長まで登り詰めた。次は何を企んでる?
2026/04/13
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先週造影剤を注射して頭部MRIを撮り、今週診察へ行ってきた。この一年で病変は増えていないとのこと。毎年一つや二つ増え続けていたので、やったー!(もしかしてスイーツ減らしたことと関係ある?)去年と同じく、認知機能は衰えていないかというテストをし(むしろ去年よりも成績は良かった)、「私は予防治療を勧める立場ですが、しないんですね?」「はい」とものの”二文”で意思確認も済ませ、また一年後の予約ですんなり終了する。ホッ。ただ、市が実施している一般的な健康診断だけは受けるようにと強い口調で言われてしまった。うーん、そうは言われても。なんでも、主治医自身が、“自分の患者に急に「癌になりました」などと告げられたら嫌だから”なんだってさ。いやいや、それはあなたの都合でしょ。健康診断を受けるかどうかを決めるのは、あなたじゃない、私。1週間前に思わず撮った桜の木の下に再び立つ。儚い、もう散り始めだ。
2026/04/12
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くも膜下出血で倒れて1ヶ月になります。未だ博多の病院に入院していて、こちらへ戻ってくる目処は立っていません。医療費すごい額なんだろうな…。ずっとICUに入ったままだし、手術2回もしたし。不謹慎だけど、ふとそんなことを考えてしまいました。おそらく、お金に異様なまでの執着と厳しさを持つ妹は、尚の事ジリジリしているはずです。と、お姑さんは若い頃からずっと株をされていたらしいのですが、いや、なんというか、数十年かけて将来の自分の医療費をせっせと稼いでいたのかと思うと、株で儲けるって一体何なんだろうと悲しくなってしまいます。宝くじなどもそうですが、出所のよくわからない大きな収入って、私は不気味だと思っています。ある意味、意義ある遣い方じゃないかと割り切ってしまえばそれまでですが、ついつい自分は貧乏で良かったなと、そう思わずにはいられません。
2026/04/11
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日本人は、どこもかしこも定規を当てたようにまっすぐ並んでますね。ちょっとでも順番抜かしされようものなら目くじら立てて怒って。皆仮面を被って無表情を装っているけれど、あなたの心の声はすべてお見通し。こちら関西。せっかち文化だからだろうか。前にも書いたように思うけれど、私には外国人のようにゆったりと適当に並ぶ感じとダルさが心地良い。そんなこと気にも留めたことがないと思われる方が多いかもしれないが、この“前へ倣え”のようにきっちり並ぶという行動が、以前から私はまま辛い。
2026/04/10
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今思うと、私の場合は、チョコレート中毒などの砂糖依存が体を悪くした原因だったのだろうなと振り返る。どう考えても遥かに度を越した量を摂取していたし、今となっては、それを平気で食べ続けられていた自分を恐ろしいとさえ感じる。体が狂っていた。1年を経てそう思えるようになったということは、少しずつ体が正常に戻ってきたという証だと思う。
2026/04/09
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早いもので1年が過ぎたが、砂糖の摂取量の激減はもちろんのこと、もう一つ大幅に減ったものがある。そう、それは油分の摂取量。これは砂糖の影に隠れていたが、驚くほどの量だと思う。この1年で、めっきりパンというものを食べなくなった。その中でも特に菓子パンは本当に食べていなくて、食べるならたまにあんぱん。サンドイッチは時々ランチで食べるけど、日常的ではない。それとアイスクリーム。これは何度も書いているが、夏に毎日食べていたことを振り返ると、目を剥くほどの減り様である。だってこの一年でおそらく2個だもの。更に、生クリームなどのクリームが重い(英語のheavyという単語がふっと浮かぶほど)というか、ちょっと気持ち悪くなっているので、洋菓子もほとんど食べていない。最近の私がスイーツと呼ぶものと言えば、もっぱら和菓子である。で、このパン類やアイスクリームや洋菓子に含まれる油分。これは知らず知らずの内に相当の量を摂取していたと思われる。私はとにかく砂糖を減らしたかったので、油分のことなどこれっぽっちも頭になかったのだが、蓋を開けてみれば結果こうなっていた。いやね、私マラソン選手のような体型になってしまって久しいが、それでも年相応にいろいろと弛んできていて、下っ腹が出てきたり、腰やお尻の辺りがもたついたり、要するに“おばさん体型”へと向かっていたのである。ところが、1年を経て、気が付けばこの醜かった贅肉が落ちているような気がするのであった。きっとこれは砂糖のみならず油分の減少までもが影響していると確信している。なんだか思いも寄らないことが次々と目の前に現れる月日だったが、この先どんどん歳を重ねるに辺り、やっぱりこの作戦は私にとっては然るべき道だったのだと、恥ずかしながらも胸を張っている。
2026/04/08
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母との二人暮らしが本当にしんどい。元気ですよ、母は。もう80歳手前ですけど、足腰丈夫で毎日家の中をバタバタと走り回ってらっしゃいます。声も大きく、近所のおばさんたちと井戸端会議をしていても、聞こえてくるのは母の声だけ。習い事をいくつもしていて楽しそうです。作品がどんどん溜まっていきます。ご飯も作っていただいてありがたい限りです。それに引き換え、日に日に衰えてゆく私と言ったら。今日は一日耳鳴りがひどかった…。出るのはため息ばかりなりけり。
2026/04/07
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このブログで何度書いたか知れない。私の夢は、「青森のねぶた祭りを見に行くこと」。20歳の頃から抱き続けている夢である。どうしても自分の目で生の迫力を感じたいという夢を捨て切れないまま、こうして空な歳月だけが流れ去った。毎年頭を掠めるも、すぐに却下という結論に至っていた。8月なんて夏真っ盛りで外出は過酷極まりない。(こちら関西在住なので)そして遠い。だが一方で、今年の自分が一番若いのだと思うと、行くなら常に今年しかない、という相反する結論にも至るのであった。夏じゃなければ少しは見込みもあろうが、こうやって老いる毎に一つまた一つと夢を失ってく。あゝ、一日だけ翼が生えてくれないものかしら。
2026/04/06
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半身浴をし始めて9年と8ヶ月と半月。今年は花粉の量が多いと言われていたが、確かに私の症状も例年よりひどいなという印象。鼻と目が辛い、顔もかゆい。お花見シーズン。毎年ウキウキワクワク楽しみにしていたものだが、生きる気力が失せ、それに伴いありとあらゆる関心も失せ、今年は行かないかなと思っていた。が、病院へ向かう道々ちょうど7分咲きほどでとてもきれいだったので、しばしお花見を楽しんだ。気持ちいいね〜。今からMRIがんばるぞ、の一枚。
2026/04/05
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身体が弱ってきていることをつくづく実感する日々。既に日差しが強いから日傘を差しているけど、日に当たるとドッと疲れる。調子が悪い。目が眩しくてクラクラする。気分も悪い。たぶん軽い熱中症のような感じになるのだと思う。更年期でしんどくて毎日引きこもって外に出ないものだから、身体がびっくりしている。どこまでも悪循環。
2026/04/04
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「いつ何時、もし出血したらどうしよう」と不安なので、外出する時は必ずナプキンを付け続けている。が、安心の為とは言え、ナプキン代も馬鹿にならないのが本音。
2026/04/03
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月経が終わった時にいつも感じることがある。あ、体が歪んでるな。人間の体の中央に位置する骨盤が開いたり閉じたりするのだから無理もない。そういう時は自分整体で体の歪みを整える。本来あるべき場所に戻す。すると私の場合、楽に歩けるようになる。内に入って丸まっていた骨盤がスッと立つような感覚になり背筋が伸びるからか、鈍かった足が軽やかに動く。月経中は調子が悪いものだが、物理的に体が歪むから平衡が取れず調子が悪くなるんだ、とも思う。
2026/04/02
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行動範囲が、どんどん狭くなっている。そもそも出かけることがうんと減ったし、趣味である美術館も少しずつ興味が薄れてきたということもあり、悪循環に陥った顛末である。決まったところへ出かけ、ふらりと気分転換して帰ってくる。これだけじゃあなんだか味気ない。ということで、お昼を食べる時は、入ったことのない飲食店にしようと自分なりのルールを作った。汗が出なくなったので、格段に入ることができる飲食店が増えたのである。文句ばっかり言ってないで少し視点を変えてみようじゃないか。先日は、鉄板の上でグツグツしているデミグラスソースのかかったオムライスを食べてみた。いや〜こんなものまで食べられるようになって、年齢と時代に合った楽しみ方を模索するのも結構良い。
2026/04/01
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年に一度の病院の日がやって来た。今週がMRI、来週が診察。行きたくないが、さすがに来年20年の節目というなかなかの年数を重ねてきているので、行っておかなければと思う。
2026/03/31
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「くそ 逃げ道を考え出した方がいい」「人生は生きることに価値があるんだろ?」「しかし彼は自分を顧みる。そして自分の尊敬する人々のことを思う。自分の力なきものだと云うことをあまりに露骨に知らないわけにはゆかなかった」「彼の一言一句で自分の心が左右され、上ったり下ったりするのを醜く、浅ましく思った」「<悪い友といるより孤独でいろ> ローマの諺」「世はさまざまだ。中々理屈通りにはゆかない」「夢見た人生と違ってもたぶんそれが神のご意思です」「世の中不合理なもんさ」
2026/03/30
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父は生前日記を付けていたのだが、今でもその日記帳は本棚に並んでいる。3冊あるかな。読もう読もうと思いつつも、結局読めず終いのままなぜかこんなにも歳月が過ぎてしまった。53歳までに読めるかしら。
2026/03/29
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くも膜下出血で倒れ、今も博多の病院のICUに入ったままのお姑さん。未だ意識は戻っていません。もんもんが春休みの内に家族4人で会いに行くそうです。ところで、お姑さんがこんな時にもんもんの卒業式だったので、「今いろいろ大変な時やから感極まったんとちゃう?」と妹に尋ねてみた。するとすぐに「いや」と否定し、「いや、それはどうやろ。式は良い式やったけど」とあくまで冷静で現実的で他人事かのような返事が。さすが妹です!親として双子の成長に涙したんじゃないかと思っていたのは、どうやら私だけだったようです。そう言えば、父が亡くなった時だって私ばかりがわんわん泣いて、ふと隣を見れば涙一つ出ていない妹がおり、「こんなに悲しいのになんで?」と呆気に取られたものでした。まぁ私はあの頃大学生でピアノを弾いていて、感受性あってなんぼの世界に浸かっていたから、それはそれで良かったのですけれど。こっそりと、妹はもしかして不感症なんじゃないかと思わなくもなかったですが、今回の件も私の取り越し苦労でした。いやはや、逞しい。
2026/03/28
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ある寺へ行って秘仏を拝んできた。春と秋の年に2度だけ、たったの15日間ずつのみの御開帳を今か今かと待ち望んでいたのだった。珍しい仏像なので、自分の目で見られて夢叶いとてもうれしい。本堂の裏手に広がる庭がこれまたよく手入れされており、春の花々が咲き始めていた。水仙、椿、梅、桜、たんぽぽ、木蓮、など実に可憐でかわいらしい。ポッと頬を染めたようなその花たちを見ていると、大事に育てられているのだなということがわかる。気付けばこの寺に1時間半もいた。繊細な物が好き、黄色が好き、な私には堪らないサンシュユ。これはユキヤナギ。一番乗りの枝垂れ梅。
2026/03/27
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あっという間に1年が過ぎた。自分でも予想だにしない道を辿ったこの月日。間違いなく今後の人生を左右する分岐点となった1年だったと思う。
2026/03/26
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この冬、45歳にして初めて暖房を付けた。と言っても、やっぱり苦手でどうも顔ばっかりが火照ってしまい、私が常日頃気を配っている頭寒足熱とはチグハグになるので、結局雪が降ったりして本当に寒かった日だけ、一日たったの2〜3時間程度を5日間ほど付けただけにとどまった。付けないと寒いことは寒い。でも私には付けない方が調子が良いということが改めてわかった。冷房とは違い、これからは頼る時は頼って付かず離れずで付き合っていこうと思う。サンクス暖房。
2026/03/25
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「わたくしは散歩したいにも其処(そのところ)がない。尋ねたいと思う人は皆先に死んでしまった」「何の訳もない気病みというものは不思議に当るものだ」「病める蝶ありて傷(きずつ)きし翼によろめき、」「不幸と、先々のことについての漠然とした、しかし絶えまない気がかりとが、彼女を物思わしげな、沈みがちな女にしてしまった」「“歌いつつ死なん”」「これまでの信念を棄てることなどは思いもよらず、さりとて信念ゆえに犠牲をしのぶだけの力もまったくない」「田舎ずまいと心配事が絶えないのとで、すっかり皺がよってしまった額は、ひらべったくてなんの表情もない」
2026/03/24
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もんもんが無事に小学校を卒業した。両の手の平に乗るほどの小さな小さなお猿さんだったのに、時が経つのはなんて早いのだろう。一丁前にスーツなんか着ちゃって写真に収まっていた。さて、一生に一度しかない小学校卒業という一大イベント。ささやかなお祝いをしようと思っていた。何が良いだろうか?本音では、図書カードなどが喜ぶとは思うのだが、それではどこか味気ない。せっかくなので記憶に残るような物を贈りたい。ということで、いろいろと考えた末、「3年日記帳」をプレゼントすることにした。「3年日記帳」とは、文字通り3年分の日記が書ける日記帳のことで、1ページが3段に区切られており、例えば一段目に中1の4/1、二段目に中2の4/1、三段目に中3の4/1、という風に、3年分の4/1の日記を1ページに書けるというもの。パラパラと過去を見返した時に、自分の成長を感じられそうでとても良い。因みに5年日記帳や10年日記帳もあり、まま人気らしい。今の時代に手書きの日記帳なんてものは好まれないかもしれないが、二人とも文字を書くことは好きなようだし、日記を書くことは楽しいよという叔母からの勧めでもある。3年後に中学校を卒業する時にはどんな日記帳に仕上がっているだろう。もちろん書くか書かないかは二人に委ねる訳だが、思い出がいっぱい詰まった世界で一つのかけがえのない日記帳になっていればうれしい。今妹家は大変な時で、みんなで乗り越えなきゃならない試練の時でもある(お姑さん、意識戻らぬまま10日経った)。そんな中で本当によくがんばったと思う。改めて、もんたもんじ、小学校卒業おめでとう!
2026/03/23
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更年期に関する本などを読んでいると、40代から60代の女性は、役職に就いたり、子供たちが巣立ったり、両親の介護を一手に引き受けたりと、肉体的にも精神的にもさまざまな荷を背負う期間と重なる人も多いから、十分気を付けなければいけない、と書かれている。ふーん。私にはどれも当てはまらないけどな、って思う。仕事はしていないんだし、子供なんていないんだし、父はとっくに亡くなっているんだし、母は今のところ元気でよく食べていくつも習い事をして日々謳歌しているので、これは私にとってはある意味幸せでありがたいことなのかもしれない。
2026/03/22
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私はソファーを持っていないので、フローリングにホットカーペットを敷いた上で、地べたで日々過ごしている。さすがに地べたは固くてお尻が痛いので、座布団の上に座っているのだが、じっと家に引きこもるようになって何が困るかって、座布団がすぐにへたること。中綿があっという間にぺったんこになるのである。座布団の中綿って、新しい時はもうふっかふかで、包み込まれているような感覚が気持ちよくて最高だ。でも、ひとたびぺったんこになると、煎餅布団のくたびれた様はまるで濡れ猫のようで、なんとも言えない情けない感じを受ける。毎日毎日じっとこの座布団の上に鎮座しているものだから、まぁ中綿のへたるのが早いこと早いこと。あのふかふかはどこへ行ってしまったのかと不思議になるほど呆気ない。老いは中綿の買い替え頻度と比例するんだということを初めて知った老いまっしぐらの私であった。
2026/03/21
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半身浴をし始めて9年と8ヶ月。花粉症で目がかゆくてしょぼしょぼする。お姑さんの件でなんだか気分が塞ぐ日々。そうでなくても更年期で毎日どんよりとしているのだし。最近特に、もう生きる気力がない。たぶんこのブログからも伝わってるね。53歳まで長過ぎる。
2026/03/20
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私はこれまで2度ほどお会いしたことがあります。実に気さくな方で、あっけらかんと尾を引かない性格というか、あの妹をあしらいつつ互角にやり合えるのだから、精神丈夫でしっかりされているのです。持病もなく健康で、お舅さん、お姑さん、母の3人の中では病気とは一番無縁のように見受けられました。母の方がだいぶん歳上だし、お舅さんの方が遥かに線が細くひょろひょろされています。それがまぁ、こんなことになって。博多へ出発する際も、意気揚々と出かけられたのだと思うのです。まだお若いし、妹としても盲点だったんじゃないでしょうか。
2026/03/19
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ICUに入り、眠らされたままのお姑さん。それなのに出血したらしいので、再手術します。そして感じやすいもんたともんじは体調を崩してしまいました。ちょっと妹家は本当に大変なことになっています。
2026/03/18
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くも膜下出血で倒れ博多の病院に入院中のお姑さんですが、なんでも、せめて車椅子に乗れるぐらいにまで回復してからじゃないと危なくて動かせないらしく、関西の病院へ移るのは大体2、3週間後になる見込みだとか。なんと。旅先で倒れるとこういうことになるのですね。ということは、少なくとも3月いっぱいは博多の病院だと思われます。妹夫婦とお兄さんは、何度か博多を行ったり来たりすることになるのかもしれません。お舅さんの体調も気掛かりです。何より、お姑さん自身がかわいい孫の卒業式を楽しみにされていただろうに、なんとも残念でなりません。旅行が趣味で、海外にもあちこち行っていると妹から聞いていました。倒れたのが海外旅行中でなかったことだけは、救いだったと思います。
2026/03/17
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頭が働かずボーッとして無感情の日々。更年期がこんなにも過酷だなんて誰か言ってたっけ?若いってそれだけで財産なのだと、自分が今こうなってみて初めて知る。
2026/03/16
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30歳の頃に花粉症を発症した。血液検査をしたら、まさかの基準値の10倍の数値が弾き出されたものだから、当時皮膚科の先生にさすがに驚かれ、「甘いもの好き?」「好きです」「なるべく控えた方がいいよ」と言われた。砂糖は腸に良くない=花粉症の悪化らしい。なるほど。さて、今。特にアイスクリームをこれだけ食べない日々はこれまでの人生において初めてのことなので(おそらくこの1年弱でアイスクリームを食べたのは2回だと思う)、今年の花粉症はさほどひどくならないかもしれないと、ちょっぴり期待している。
2026/03/15
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