全65件 (65件中 1-50件目)
23日のお昼ごろ、新しく引っ越してきた家で心地よく昼ごはんを作っていると、外からは下町らしくパゴージ(サンバみたいな音楽)の歌が聞こえてくる。その音の波長の合間にチリンチリンという音がずいぶんと長い間なっている。何かと思ってその音が聞こえ出してから20分位して窓をのぞくと、民家にサンタがいるでは!!サンタが鳴らすジングルベルだった! そのサンタをずっと見ていると、どうやらプレゼントを配っている。その様子を見て、息子が行きたがってしまった。私は面倒くさいし、普通の民家で配っているんだから、親戚の子どもとかに配っているんじゃないかと思っていた。それでも、まだ行きたがる。夫が、善行を施しているんだからみんなに配っているというので、それなら2人で行ってくれと、私は最後まで家の窓からのぞいていることにした。 サンタのもとへ到着すると、息子は早速プレゼントをもらった。ブラジル人以上に喜びを表して! 幼稚園に来たサンタとは違うサンタだと話す息子。サンタに会えたこと、プレゼントをもらえたことが純粋にうれしそうだった。 プレゼントはゴムのボール、飴3個、ポップコーン1袋。ところがこのボール、けって遊んでいると10分もしないうちに破裂。ただでくれただけに・・・と文句を言いたいところだけれど、見返りを期待しないプレゼントを配るという心が大切なんだろうなと。しかし、23日の昼間に現れたサンタ。きっと本当のクリスマスの日は、ブラジルらしくとっとと海岸にでも遊びに行っているのかも!(家の窓から撮影。拡大したサンタの写真。なぜか怪しげ。よく見るとお面をかぶっている。)
2007.12.24
コメント(147)
ブラジルに暮らして2年を過ぎたころから、家での食事はどうしても日本食が食べたくなるようになりました。幸いサンパウロの東洋人街には和食の食材が最低限、国産、輸入品を含めて手に入ります。とりあえず豆腐や納豆にも不自由なく生活していたものの、染み付いた文化というのは恐ろしいもので、ついにはソース味の…お好み焼き、そしてたこ焼きまでが食べたくなる始末。お好み焼きはフライパンさえあれば特に作るのがブラジルでも難しい料理でもなく、ソースとカツオ、青のりをたっぷりかけて食べていました。だけど、たこ焼きばかりはさすがに道具が命! ということで、ブラジルに暮らしだして6年目にして、ついにたこ焼き機を日本から持ち込みました。最近は電気式まであったとは、、、さすが日本。これさえあればとりあえずたこ焼き気分が味わえて幸せ~ 関西人が海外で長期間過ごすことになりそうなら、ぜひぜひたこ焼き機を携帯することをお勧めします。(写真:幼稚園に行く前にたこ焼きを作る。)
2007.11.15
コメント(4)
実は先週約一週間日本に滞在していました。その日本に帰る約2週間くらい前からサンパウロは雨季に入った感がします。 しばらくぶりに強い雨の降った日がありました。この日とばかりに息子は長靴とカッパスタイルで幼稚園に出かけました。いくら傘を差しても強い雨の日は私の方も衣服がぬれて嫌な感じです。 さて、幼稚園に着いたと思うと、幼稚園の入り口で待っている子どもたちの姿はポツリポツリ。同じクラスのお友達の姿はたったの2,3人。結構な雨だったのでカッパや長靴をはいてまで学校に出かける習慣のないブラジル人たちは自主休園のようでした。同じクラスにおばあちゃんが日系2世で孫が4世の混血顔のかわいい女の子がいます。雨の日でもカッパと長靴スタイルで定刻にあわせて幼稚園にやってきていたのは、日本人親子と日本人の血を引く日系ファミリーだけでした。恐るべし日本パワー!三つ子の魂じゃないけど、日本で培われた習慣はどうもこのブラジルでも消えることなく受け継がれることがあるようです。 しかし、昔カメハメハ大王の歌なんていうのがあったけど、南の島の子どもは風が吹いたら遅刻して、雨が吹いたらお休みだ~、なんてにわかに信じ難かったけれど、南米大陸では大都市でさえカメハメハ大王の世界がまかり通っているような感じです。のんびりしててうらやましいけど、日本人にはなかなか真似できません。ちなみに、この日、息子のクラスの出席者は30人中10人にも満たなかったようです。決して警報が出るほどの雨でもなかったのに…
2007.11.12
コメント(1)
サントスのコーヒー博物館に行きました。何回行っても目に付くものが色々違ったりします。今回いやに気になったのがコーヒーの詰められた袋を運ぼうとする人形。 あのコーヒーを詰めた袋は一袋60キログラムと決まっています。だからこの写真だと全部で300kgを運んでいることになります。米5kgでも重いなあと思うのにその60倍。このようにコーヒーを運ぶ景色は昔サントス港で実際に見られた風景です。もっともたいていの人は2袋ぐらいを船まで運ぶというのを繰り返したようですが、中にはこんな力自慢がいたんだろうな。
2007.10.02
コメント(0)
とある仕事のお手伝いで、サンパウロの公立学校に行きました。6歳から11歳までの子どもたちが通う学校です。みんなとても元気でした。 色々と印象に残ったことはありますが、その公立学校は校長先生の補佐役が日系二世の先生で、日本語も分かる方でした。そして、他にも日系の先生が3人いました。 あるクラスでは、授業の中でポルトガル語の授業かと思うのですが、桃太郎のポルトガル語版の本を使って授業を行っていました。そして、コンピューターの授業では、ブラジルの移民のことについて調べたということで、日本人移民についても学んだようです。そして、日本人をイメージした紙の人形を作ったようで、できたものを見せてくれました。移民の歴史を小学校から教えるというあたりが、日本との文化の差を感じました。 体育の授業はさすがブラジル、フットサルのスペースで、男の子たちはサッカーをやっていました。8歳だという子どもたちですが、すっごいすっごい上手!!ゴールのきめかたなんて大人なみ。これまたブラジルという国だなあっと感じさせられました。だいたい3歳くらいの男の子のボール遊びからして日本人の子どもとは蹴りが違います。私の息子はサッカーができなくて仲間に入れなさそう・・・どうしよう。 訪問した9月21日はブラジルの春分の日で、『樹木の日』でした。というわけで、木の勉強をしているクラスもありました。
2007.09.24
コメント(1)
日差しの強い暑い日、私が恐怖の場所があります。ルス駅という電車の駅の近くです。 今、この駅は地下鉄の新しい路線の駅の工事が進められているようで、クレーンやらトラックやら、ほこりっぽい工事が続けられています。しかし、暑かろうがほこりだろうが、息子はそこで足を止めると動こうとしません。この工事現場が見えるのは、ちょうど歩道橋の上だったりして、屋根もなければ、下には車がビュンビュン走っていて、空気の悪さもかなりのもの。しかし、この工事の様子が魅力なんだろうな、、、(写真:左のほうのタンクに水という文字が。日本人の会社が関係しているのかな?)
2007.09.11
コメント(2)
頼まれごとがあって、サンパウロのある出版社へ本を買いに行きました。頼まれた本はもちろん置いていたのですが、他にも、幼稚園から高校生くらいまで、教育現場で使いそうなテキストがたくさん並んでいました。そんな中で、‘ブラジル文化を学べる塗り絵’を発見!しかも一冊1レアル(約55円)。早速購入しました。 家で本を開くと、結構息子は好んでくれた感じです。早速、塗り絵を始めました。ブラジル文化を代表するガウーショ(南部の牛追い)やカイピーラ(田舎の人)、バイアーナ(バイーアのアフロ系ブラジル人)などの小さな話と絵が載っています。 ブラジルではアンパンマンの塗り絵を探すのは難しく、なにか塗り絵はないかなあと思っていた矢先、随分と教育効果のありそうな塗り絵を発見できました!
2007.09.03
コメント(3)
毎日チビッ子と遊ぶのにそう多くのアイデアは浮かんできません。ただ単に多大なエネルギーを消耗しています。 しかし、子どもっていうのはたいしたもので、朝目覚めてから,寝る時間を除いては四六時中自分で何かをしています。そうでなければ、いつも身近にいる人の気を引くことに熱心です。そのパワーだけはいかなる大人も叶わないと思います。いや、そういうパワーを持ち続ける人が、この弱肉強食の世の中で勝ち抜けるのかもしれません。昨日の夜もソファーでうつろうつろしながら、子どもを観察していました。そして、「見て!」の合図で目が覚めました。すると、上手に筆を使って作った蒸気機関車が・・・。男の子が鉄道好きなのは世界中共通なようですが、息子も例にもれず。絵に描くのも、粘土で作るのも、いつも広げているおもちゃも機関車。ちょっとついていけない。 でも、何も教えていないのに勝手に筆で蒸気機関車を作った息子。かなり感激させられました!(穴の空いたズボンをはいて、作品を懸命に解説する息子。)
2007.08.26
コメント(3)
先週金曜日から息子はみずぼうそうです。普通一回しかならないはずなのに、昨年にも同じような症状が出た事があって、2回目のみずぼうそう?と勝手に判断しています。そんな事があるのかなあ? 顔にできたぶつぶつも全てかさぶたになったので、一緒に買い物に行ったら、ブラジル人がしきりに「カタポーラ(みずぼうそう)?」ときいてきます。あまりきかれたくないのですが嘘も言えないし、「カタポーラ」だと答えていました。ブラジル人の中には、カタポーラが出ている事を「かわいい」という人がいました。あんなぶつぶつになっているのに何がかわいいのか?と疑問に思うのは見かけの話で、カタポーラが出るのはかわいい子供時代の特権とでもいいたげなニュアンスでした。大人でかかる人は少ないわけだし、なるほどなあっと思いました。(写真:水疱瘡ではないけど、粒粒に実がつくジャブチカーバ)
2007.08.22
コメント(1)
近所の公園で保健所が犬と猫の予防接種を無料で実施していました。朝から6時間も7時間も待っている列の長さは変わることなく、人が並び続けていました。とにかくすごいペットブームなんだなあっと。 観察していると、人間同様、予防注射は当然使い捨て。飼い主の中には、ちゃんと新しい注射の袋を開けているか入念にチェックしている人もいました。 嫌がる犬には、木に縛り付けて注射。無事に注射を終えれたことに感動した飼い主のおばあさんは、こそっと、チップを渡す姿も見られました。 サンパウロの路上はフンが多いですが、この日は特に公園の周りが汚くなっていました。飼い主が始末をしなければいけないという発想は、日本より低く、清掃作業員が町の美化に務めています。ちなみに、時々、馬の糞まで落ちています。サンパウロでは警察の騎馬隊が巡回していたり、廃品回収をする人が馬で車と同じ道路を歩いている事があります。馬は日本以上にすごく身近な存在です。田舎では今も移動手段に馬を愛用している風景も見かけます。ブラジルにいると馬がかっこいいなと思うようになり、ヨーロッパの車のブランドが馬をシンボルにしたくなる気持ちも納得させられます。(写真、田舎のレストランで息子は馬に乗せてもらって恐々)
2007.08.20
コメント(0)
この日曜日ははブラジルで父の日です。 金曜日、息子は幼稚園から父親へのプレゼントを持って帰ってきました。 先生が変えてくれた犬の絵に色を塗って、耳の部分に靴下が挟んでありました。 こんなふうにプレゼントされると、箱でもらうよりも感動が増すような!?
2007.08.12
コメント(1)
息子にひらがなの五十音を教えている間、「も」の部分になると、突然、「モルト ビーボ!」と遊びだしました。モルトの時はしゃがみ、それから「え~っと、なんだったっけ」といいながら、思い出したように、大きくジャンプして立ち上がり、ビーボと叫んでいました。 つまり、日本の幼稚園なんかでは、「小さくなって~、大きくなって~」なんていいながら、ピアノとか太鼓で小さい音や大きい音を表現しながら、子どもに表現遊びでもさせるのではないかと思いました。それを、どのように教えているのかは分かりませんが、息子の幼稚園では、「morto vivo!」といいながら表現させるようです。息子は楽しそうでした。 ちなみにmortoはポルトガル語で‘死んだ’とか‘不活発な’という意味があり、vivoは生きるという意味があります。日本とブラジルの文化の差を感じる一件でした。
2007.08.03
コメント(0)
昨日はサンパウロのブラス地区へ子供の冬物衣料を購入しに行きました。卸問屋がたくさんあるので安く購入できました。安いのが嬉しいなんて、大阪のオバちゃん路線ならぬサンパウロのおばちゃん路線まっしぐら(大阪とサンパウロは姉妹都市)! 買い物を終えると子供がお腹がすいたというのでお決まりのレバノン雑貨屋へ向かうと、その店の手前に小さいけれど人の集まっているお店を発見。店頭の名物はファラフェウという、ピタパンにヒヨコマメとキーべの粉などをねって油で揚げたミニハンバーグ状のものと、トマト、ピクルス、パセリを加えてアラブのソース‘タヒニ’で味付けしてグルグル巻きにしたサンドイッチでした。ん~っっ、アラブの風味。サンパウロではアラブの味が身近に楽しめるのが私にとっての魅力の一つです。
2007.07.29
コメント(3)
今週はフェリアスも終わり、幼稚園が始まりました。以前と特に変わりはなく、息子は幼稚園へ楽しみに通っています。家を出る時は強気ですが、幼稚園の門の前に着くと、女の子に名前を呼ばれただけで私の後ろに隠れたりします。ブラジル人の女の子だからというわけではなく、日本人の両親を持つ子供に声をかけられても同じ反応です。つまり、人とつき合うのが恥ずかしいようで、異文化の違い云々以前の問題のように見えます。 ところで、同じクラスのお母さんと子供だと思っていた人が、実はいつも姪を連れていることを知りました。そして、さらに、実は最近、正式に親権も獲得したということでした。その女の子は、両親が若く、しかもその両親は22歳で4人も子供ができたという家庭に生まれました。ところが、4人の子供を育てるのはその両親には大変で、警察沙汰になる虐待事件まで起こったそうです。それで、子供になかなか恵まれないその女性が姪ということもあり、昔からいつも面倒を見てきていたということで、正式に親権も獲得して育てることにしたそうです。 広範囲のブラジルでは、日本に比べてまだまだ家族と親族の壁は低いように見られます。それは「神様の子」というようなキリスト教の精神に根付く部分もあるのではないかと思います。私はこういう世界が美しいと思います。そして人類が生きていく上で不可欠な精神だと思います。 今、日本でこういう事実が人に知られたら、「彼女の親は生みの親じゃない」というような話が、ネガティブなニュアンスを込めてヒソヒソと語られると思います。残念な精神だと思います。きっと、戦前の日本とかではもっと今のブラジルのように普通のことのように受け止められたのではなかったかと思います。時代物の本を読んでいたらよく出てきますし、私のお祖父さん世代の親族にもそういう例があったと聞いたことがあります。 逆にいえば、今の日本の大衆意識では、子供は産んだ親の所有物というような感覚が強いのではないかと思います。そして、それは親にも子供にも良くないことだと思います。所有物だから、全責任を親が持たなければという発想も生まれてくるし、それが子育てを疲れさせ、極端な例では不幸な結末の事件を引き起こす引き金にもつながると考えられます。全ての子供は縁があってこの世に登場してきた尊い存在だと思います。そして、親の所有物ではなく、社会全体の未来の一員で、みんなで育てられる存在だと思います。 私はそういう感覚を、ブラジルの庶民層と隣り合わせで暮らすことから感じ取り、学びました。日本の少子化問題や変に過熱した報道がなされる教育問題について、ブラジルから快方へ向かわせるヒントが学べると思います。つまるところ、生きるということがどういうことかということを考える姿勢だと思います。お金持ちでも乞食でも、ブラジルで生きている人は生きるという意味を日本人よりは酸いも甘いもよく知っていると思います。知らなければ生きていけない社会なのかもしれません。
2007.07.27
コメント(0)
7月初めからは約3週間の冬休みです。 幼稚園に通わせる仕事がお休みになったという感じで、なんだか私が学校に通っていた頃の長期休みに入ったときのような気分です。 園児によっては休みの間だけ他の幼稚園に通わせるという人もいますが、私は、幼稚園が始まって以来家を出たら夜まで出かけっぱなしという生活がなくなっていたので、久々に時間に縛られず、サンパウロの町をゆっくり子どもと散策しようかと思っているところです。 何か新しい発見ができるといいな、、、
2007.07.03
コメント(1)
今月は6月なので、ブラジルの幼稚園や学校などでは、フェスタ・ジュニーナのお祭りが催されました。 このお祭りでは特別のダンスを踊ったり、音楽が流されたりします。サンパウロのフリーペーパーでマリオ・ザンという音楽家が紹介されていて、彼のアコーデオン演奏がフェスタ・ジュニーナでよく流されるのだということを知りました。そして、そのフリーペーパーで彼のCDを販売していたので、買ってしまいました。ブラジルにいるわたしや息子がフェスタ・ジュニーナの音楽を聴いたことが無いのもどうかと思い、、、 マリオ・ザンという人はイタリア人で、4歳のときにブラジルに移住してきたそうです。だからとしか思えない、アコーデオンの演奏といい、メロディーといい、トマトソースタップリのパスタが似合うような音楽でした。ブラジル的な空気があるとしたらなんだろう、、、フェスタ・ジュニーナではトウモロコシの料理も食べられますが、トウモロコシ料理も似合う気がしました。 この音楽をかけたとたん、息子はずっと一人で踊り続けていました。子どもっていうのは、テレビを見せたりすることが無くても、音楽に合わせて踊るもののようです。ちなみに、息子はカンツォーネのCDをかけても得意になって踊ります。しかも、顔の表情まで曲調によって変わります。イタリアの音楽というのは、どうやら子どもには通じるものがあるようです。大人が心地いいと思うようなボサ・ノバなんかは、あまり反応しません。サンバは陽気で乗ってきそうですが、イタリアの音楽ほどではありません。私が心から愛好していたフラメンコもサンバと同じくらいにしか乗ってきません。ラテン系のリズムの音楽もサンバやフラメンコと同じくらいです。とにかく、イタリアを起源とするような音楽が最も息子の血をわかせ、肉を踊らせるようです。
2007.06.27
コメント(1)
昨日は幼稚園でフェスタ・ジュニーナのお祭りがありました。でも、子どもたちしか入ることができず、何をしたのかは見ることができませんでした。多分、ダンスをしたり音楽を聴いたりしたのだと思います。 子どもたちはみんなフェスタのための衣装を着て、帽子をかぶって、顔にはそばかすやひげを描いて教室に入っていきました。とってもかわいい姿でした。写真をとり忘れたのが残念なのですが、、、 迎えにいくと、息子はポップコーンを食べていました。部屋中がポップコーンだらけになっていて、掃除するのが大変そうでした。
2007.06.23
コメント(0)
ブラジルでは子どもにカモミールのお茶がよいといわれています。強い薬効がないからだそうです。カモミールは香辛料を売っている人が販売していたり、スーパーではパックになって売っています。確かに子どもは好んで飲みます。日本人にはお茶という感じはしにくいですが、健康にはよさそうです。 健康といえば、3ヶ月前から体質改善のためにハブ茶を飲んでいました。血液の循環をよくして冷え性を改善し、目の疲労を改善するということで勧められました。107歳まで生きた主人の祖母も飲んでいたそうです。ブヨに刺されないためにもハブ茶を塗ったらいいとかいうことで飲み続けていました。確かになんとなく調子がよくなっています。 さらに、最近、お茶の本を借りて読んでいたところ、ウコン茶も肝臓をよくして血液の循環もよくすると書いていたので早速飛びついてしまいました。ウコンっていわれるとウコンっていう感じなのですが、実はクルクミンといわれる香辛料です。カレー粉にも必須の粉です。だから、ブラジルで購入するときは、ウコン茶なんていわずに、クルクマを香辛料やさんで購入すればいいだけの話です。大量に安く購入できます。ウコン茶の味はどうも好きにはなれませんが、効き目は強く感じます。飲んでしばらくしただけで温かくなってくる気がします。クルクミンパワーです。ちなみに日本の通信販売ではウコン茶に結構な値段がつけられていました。 そして、お茶の本で見逃せなかったのは『南米百万人のローヤルゼリー』なんていう見出しがつけられたマテ茶でした。マテ茶は確かにブラジルの国民飲料です。サンパウロで発行されているフリーペーパーにマテ茶の連載があって、いつも興味深く読んでいました。確かにローヤルゼリーなみに滋養強壮の効果はあるようです。野菜を食べなくてもマテ茶だけでビタミンやミネラルを補給できるとか。ブラジルは主にブラックを飲んでいますが、その他の南米各国ではグリーンが主流です。南部の牛追いのガウーショといわれる人たちは、肉とマテ茶で生活することも多かったとか。ガウーショが飲むのはシマロンと呼ばれたりします。とにかく、マテ茶はインディオの時代から飲まれていた健康茶です。ちなみに連載の筆者が『バロン』というメーカーを勧めていたので2ヶ月前くらいに早速市場で購入していました。『バロン』でも色々あったのですが、マテ茶にカモミールや雑草類も混ざったお茶をに購入しました。一週間前から、インフルエンザ級の風邪を患い、顔面神経が痛くて仕方がなくなって、思い出したかのようにマテ茶を開封して飲みだしました。最初は熱のせいで香りも味も分からない状態だったのですが、今日から初めて味と香りが分かるようになりました。なんと表現したらいいのか、草原の風味という感じです。緑茶の何倍も濃い緑、確かに緑茶の効果以上のものがありそうです。レモンを絞ってもさわやかです。『バロン(男爵)』だけに品質も悪くなく、これは日本の友人にお土産で持って帰って恥ずかしくないブラジル土産です!みんなに一度は飲んでもらいたいです。 ちなみに次はザクロ茶を探しています。アラブの食料品店にはシロップはあったのですが、お茶はありませんでした。お茶よりはシロップの方が効きそうな気もするのですが、、、
2007.06.13
コメント(4)
サンパウロにはあちらこちらで路上を日常の生活の場としている人を見かけます。日本なら乞食とかホームレスとかいわれて、極度に非人間的な目で見られがちかと思います。ブラジルでは路上で生きる人々をそれほど忌み嫌うこともなければ、彼らに何が何でも仕事を与えようという雰囲気もあまりないと思います。 ブラジルにいると、路上生活者に対する考え方が変わります。見れば見るほど、彼らを路上生活のプロとしか見えないようになってきます。そもそも、常人が路上で生活をするようになるまでには、絶対にあらゆる心身のストッパーがかかります。それを乗り越えて、ある種の哲学めいたものがなければ路上の人生に入門できないと思います。 昨日、主人と息子が2人で出かけました。そして、息子が路上で歩いているときに、パンツに大きなおもらしをしたそうです。まさに困ったのは主人と息子で、そこで助けてくれたのがなんと路上生活者だったのです。自らの持っている何かを包むきれいな紙をくれて、どこのバールの水道なら貸してくれるなど、事細かに事件の問題解決に協力してくれてとても助かったそうです。 どんな人にも役割があると思います。ブラジルの路上生活者はやっぱり一つの身分であり、彼らはそれを自覚している感じにも見えるし、だから、困った人がいればすぐに助けてもくれたのです。余裕があるのです。 何でも決まりを作って型にはめ込んで強制させるよりは、全て在るがままを受け入れて気のみ気のままにさせてもらえることが、結局それぞれが人々の役に立てるような存在に自然となれるように思います。ボランティア精神とは、まさに余裕のある人から発生するもので、この路上生活者も実にボランティア精神に富んでいました。
2007.06.11
コメント(2)
今週は幼稚園が休みの日があったので、久しぶりに子連れで買い物に出かけることができました。 以前から買おうと思っていた地球儀を購入しました。私自身が地球儀をほしかったこともあるのですが、ある本を読んでいたら、「子どもの教育に地球儀がいい」なんていうことが書いてありました。なるほど、地図は平面ですが、地球儀は球体であることもあって、物事を立体的に考えるようになるのだとか。確かにそうかもしれないと(なんて単純に感化されるんだろう!)。 購入したのは、ビーチボールに地図が描いてあって、南極と北極の地点を柄に差し込むようになっているものです。ポルトガル語で国名や地名が書いていますが、なぜか中国製です。確かビーチボール、日本の100円ショップで見たことがあるような、、、ボールを自由に取り外すことができるので、息子は気ままにつけたり外したりしていました。その内、見て見てというので何事かと思ったら、ボールが逆さまに!ブラジルが上になっています。いわれてみれば、何もユーラシア大陸が上になっている必要もないなあと思ったり。 いつも言い聞かせている効果があって、4歳の息子は日本とブラジル、先輩のいるドイツは、地図で指差すことができるようになっています。
2007.06.08
コメント(1)
幼稚園の門で息子と別れてから、今までは、12mくらい門から真っすぐに伸びているスロープをずっと後ろを振り向いて私に手をふり続けていました。ところが、ここ2、3日、門で別れると急ぎ足で教室まで向かっていきます。今日は2人の女の子と手をつないで嬉しそうに教室に向かってしまいました。 なかなか教室に向かわない息子の姿は心配でしたが、今度はあっけなくお友達と教室に向かってしまい、少し寂しいです。女の子のお友達ばかりが声をかけてくれるのも少し心配です。ちゃんと男の子のお友達はいるのかな?と。 今月いっぱいで幼稚園に通いはじめて3ヶ月になります。幼稚園の先生をしている友人が、「外国人の子どもは3ヶ月くらい大変そうだけど、その後は慣れてくるよ」といってくれたのを思い出しました。ほんとうにそのようです。子どもの適応力は計り知れません。
2007.05.30
コメント(2)
不思議なことをどちらかといえば信じたくないという気持ちを持っている方なのですが、世の中、理論ばかりで動いていないということを、ブラジルにいると感じざるを得ないことがよくあります。 周知の通り、ブラジルはカトリックの国です。サンパウロのような大都市では、世界中の宗教やキリスト教でも新教といわれるような宗教を信仰する人も多いですが、地方の小さな田舎町なんかでは、やっぱりカトリックの風習が根強いなあと感じることがあります。だから、キリスト教や聖書、ラテン語などの教養がないと、ブラジルの文化を理解しにくくなってしまいます。幸い、いつも一緒に旅する人は、少々カトリックの文化の理解力に私よりも長けているため、宗教に疎い私にはなるほどと思うことがあります。 ブラジルでは6月にフェスタ・ジュニーナ(直訳:6月のお祭り)というお祭りがあります。収穫祭のお祭りのようにも見えるのですが、本来はカトリックの聖ヨハネを祭る催しのようなのです。そして、フェスタ・ジュニーナ以前に、フェイスタ・ド・ジビーノ(直訳:神様のお祭り)というお祭りが盛大に行われる町があります。サンパウロからバスで約三時間の谷間にある小さな町なのですが、町は一週間以上、お祭りムードです。教会にはたくさんの人が集まり、音楽隊が町を歩いたり、大きな人形が町を練り歩いたり。結構、観光名所にもなっているようです。ついでにいうと、ここでのカーニバルはブラジルといってもサンバの音楽隊が演奏することはなく、サンバ以外の音楽が中心に演奏されるそうです。 さて、この町に訪れるの3回目になります。週末はフェスタ・ド・ジビーノがまだ本格的に始まっていないだろうと思い、バスを乗り継ぎ約6時間かけて町に到着。ところが、町に到着すると人や屋台でいっぱい。小さな町がこんなに人で溢れているとは!そして、いつもの宿泊先も満員御礼。ほかを探してももちろん空きはなし。仕方がなしに町の名物料理‘アフォガード’を食べて、カシャッサと蜂蜜とプロポリス(ここのが安くて効くのです!)を購入して、町の広場にある教会へ。教会ではまもなくミサが始まろうとしていたのですが、たくさんの人が集まり、教会の内装も以前より美しくなっています。そして、フェスタ・ド・ジビーノのシンボルである鳩が飾られています。あちこちに掲げられた赤い旗にも鳩が描かれています。 日本では平和のシンボルのようないわれ方をする鳩。確かに平和の象徴でもあるのですが、カトリックでは聖霊なのだそうです。聖霊というとなんか怪しげですが、ポルトガル語ではエスピリット・サントで、州の名前にもなっています。神聖なのです。私たちも教会でしばらく鳩を見つめていました。 さて、夕方6時を過ぎて、冷え込みが強くなり、宿泊先もないのでサンパウロに帰ろうと思ったら、6時にバスが2台出て、9時過ぎに町を通過するバスしかないといわれてしまいました。特にすることもなくなり、寒さが10度を下回る中、小さい子どもにはかわいそうだと思って、タクシーで大きな町まで向かおうかと考えました。そして、近くにいたタクシーのおじさんに声をかけると、偶然にも今からサンパウロに帰ると!お客さんをサンパウロから連れてきたそうなのですが、帰りは人を乗せないで帰るはずだったようです。そしたら、なんと、サンパウロまで180キロの距離をバス代の倍もしない値段で家まで送ってくれると!なんて幸運!そして、おじさんもしっかりと儲けになっているのです。タクシーのおじさんに出会えたことも偶然ですが、サンパウロまで乗せてもらえるなんて。ちょっと信じられませんでした。 不思議なことはあまり信じたくないですが、こういう不思議なことや偶然の出来事、ブラジルでは本当によくあります。私がブラジルにいること自体が奇跡なのですが。これはエスピリット・サントのお導きだったのかもしれません。
2007.05.28
コメント(2)
世界中どこでも、子どもを静かにさせるにはちょっとしたテクニックが必要です。日本では、『お口チャック』なんていいながら、口をファスナーで閉めるようなしぐさをして子どもの関心を引いたりするのを思い出します。 家に帰ってきて、息子が一人遊んでいるかと思うと、突然、思い出したかのように、『ジッピジッピジャ~、アボキニャバイフェッシャ~♪』なんて歌いながら、ホッペとホッペを点で結ぶように、親指と人差し指の先で口を閉じるようなしぐさをしています。最初は何をいっているのかよく分からなかったのですが、しばらくして、幼稚園で子どもたちを静かにさせる時、先生が歌いながら、『ZÍPER ZÍPER JÁ ,A BOQUINHA VAI FECHAR~♪』と話し掛けたことが推測されました。つまり、「ファスナーが小さなお口を閉めてしまいますよ」というような意味です。 家では日本語で会話していますが、突然、ポルトガル語を一人でしゃべったりしていることのある息子です。言葉でもそうですが、手の動きや体の動きが、毎日ブラジルの子どもたちと過ごすせいか、日本の子どもと少し違ってきているように感じます。日本とブラジルの文化が内在し始めている一人の子どもの姿があります。
2007.05.25
コメント(2)
ポップコーンはピポーカとブラジルではいわれます。 ところで、3時に息子が帰宅すると、とにかくお腹すいたコールです。でき合いのお菓子も体に悪そうなものが多いし、作るのも面倒くさい。 いい事を教えてもらいました。近所のブラジル人のお宅ではいつもポップコーンをつくっていたのです。ポップコーン用のトウモロコシの粒が売っていて、500グラムの袋入りで1.3レアル(現在のレートで70円くらい)です。ただ、鍋に油を引いて鍋を振ること約3分。ほんの少しの粒でも鍋いっぱいにポップコーンができます。塩をフルだけでおいしく、あのはねる音が楽しくてすっかり作ることにはまってしまいました。息子もたくさん食べて満足しているし、体にもよさそうなので当分はポップコーン作りが続きそうです。 しかし、作ってみて分かりましたが、路上でポップコーンを売る人はブラジルにはいますが、儲かるのか疑問に思っていましたが、儲かります。売値の8割くらいが儲けになると作ってみて分かりました。もっとも、天候に左右される商売ですが。 日本ではポップコーン用の粒だけをうっていた記憶がないですが、日本は粒の方が高く販売されるのではないかと思いました。面白いのは、ブラジルはトウモロコシの輸出国であると同時に、輸入国でもあるのです国土が広いので、地域によっては、他国から買った方が安いこともあるようです。
2007.05.20
コメント(3)
幼稚園の校門近くに到着すると、突然、女の子が2人、電柱の陰から出てきてビックリ!同じクラスの女の子で、どうやら息子を驚かそうとしたようでした。小さな子どもがすることは、本当にかわいらしいものです。でも、ブラジル人は大人になってもこんなようなことをする茶目っ気のある人が結構います。 ところで、今日は幼稚園の会議に出席しました。毎月律儀に出席していただけなのに、日本でいうPTAの役員みたいなものにサインしてしまうことになってしまいました。日本人も日系人もおらず、言葉も全ては理解できないのに、一応、分かったふりをして、一緒に手作りのパンやお菓子をいただきながら話を聞いていました。 分からないといっても、大体何をいっているかは分かります。今日の会議では、来月のフェスタ・ジュニーナというお祭りを平日に行うか土曜日に行うかの意見交換、他には郊外遠足へ行く場所をどこにしていくらぐらいの予算がいいか、幼稚園に新しい机や椅子を買うことなどへの父兄の意向を行政に伝えるためにサインする、、、などが話し合われました。 毎回、2時間近くの会議で結構大変です。ポルトガル語が全て分からないことも結構苦痛なのですが、毎日4時間もポルトガル語ばかり話す空間で過ごす息子を立派なものだなあと思いました。
2007.05.18
コメント(0)
サンパウロにいると、主婦でさえ国際経済に敏感になります。今日は息子が幼稚園にいる間、リベルダージ〔東洋人外〕へ急いで買い物に行きました。ごま油を買おうと思い、いつものようにブラジル産の商品を買う予定だったのですが、同じ量で、日本からの輸入品のほうが安かったのです!ごま油に限らず、今までよりも日本からの輸入品が明らかに値段が下がっているものがいくつか見られます。 もちろん日本製のごま油を買いました。今、ブラジルにすんでいる日本人にとっては、ありがたいレートです。だけど、日本から短期間で遊びに来る人は不利です。そして、ブラジルから日本で物を売ろうとする人も不利です。リベルダージで日本食を売っている華僑の人たちはよく儲かるはずです。そして、ブラジル国民自体も結構利が多いはずです。もちろん短期的に見たときだけの話です。 というわけで、今は公立幼稚園も結構子供は恩恵を受けている風な状勢に見えます。一応、共産といわれているルーラ大統領の影響なのかもしれません。だけど、明日のブラジルは分かりません。
2007.05.15
コメント(3)
11日(金)は、幼稚園がお休みでした。幼稚園に限らず、公立の学校は全てお休みでした。というのは、今週来伯しているローマ法王べネジクト16世(通称ベント16世)に敬意を表すためのようでした。テレビも新聞も法王のことがトップニュースです。 普段は何の気なしにカトリック教会に立ち寄ったりしますが、改めてブラジルという国がキリスト教・カトリックという宗教を基盤に動いているんだなあと実感させられました。不謹慎を承知で、私は一人のブラジル人に意地悪な質問してしまいました。「法王は神様ではないのにどうしてそんなに騒ぐのか?キリスト教徒ではないので分からない。」と。すると、「神様に近い人だ。」という答えが返ってきました。 日本でいえば天皇の誕生日が国民の祝日になるというようなものの気がしますが、ブラジル人の多くはもっともっと神様や法王に対する偉大さを信じているように見えます。そして、そういう見えないものに対する信心がブラジル国民の心の豊かさや他人に対する温かさにつながっているように感じます。息子にも信じる心の大切さを感じ取って成長してほしいなと思わされた一日でした。
2007.05.12
コメント(0)
昨日は3時に迎えにいっても、なかなか教室の椅子に座ったまま私の方へやってくる様子がありませんでした。というのも、実は1月から4月生まれの幼児たちのお誕生日会があったとのことで、ずっとケーキを食べ続けていたのです! 昨日が誕生日だったライスラちゃんのお母さんはクラスの31人の幼児のために、31人分のタオルにそれぞれ名前を刺繍したタオルをお返しにプレゼントしてくれました。刺繍なんて気が遠くなってしまいますが、思い返せば息子のおばあちゃん(私の母)もよく洋服を編んでくれたり、刺繍で絵を描いた座布団とかを作ってくれたなあ、、、私はどうも洋裁は苦手で、今だ手作りの服は作ってあげたことがありません。その代わりケーキは時々焼いてあげています。私の母はお菓子を作ってくれませんでした。聞くところによると、裁縫と料理という作業を好む人の性格は、相反するものだとか。
2007.05.10
コメント(0)
5日(土)に幼稚園で母の日のイベントがありました。実際の母の日は12日ですが、当日は家族などで過ごす為の配慮から5日に催されたようです。 幼児たちが4曲歌を発表してくれました。元気に歌ってくれたのですが、ポルトガル語の歌なのであまり意味がわかりませんでした。同じように、息子も全く歌っていないで、歌い終わった後に拍手をするというお客さま状態。ちょっと心配になりました。でも、その場にいられただけでもエライ!とほめてあげなければいけないなと、、、ちなみにもう一人同じクラスのブラジル人の男の子も全く歌わないで、始終耳をふさいでいる子がいました。子どもは自分自身に正直だなあっと!
2007.05.06
コメント(2)
同じアパートのビルに住むお母さんに近所に新しくできたガーデニングセンターへ連れて行ってもらいました。2歳の子供さんがいて、息子と一緒に広い店内を散歩してきました。センターには熱帯性の植物や肥料やら、ガラスの置物や庭に置く家具などが売ってました。そんな中でチューリップを発見!ブラジルではあまり一般的な花ではないのですが、少し小ぶりなものが売っていました。買うつもりはなかったのですが、息子に日本語でチューリップの歌を教えているのにチューリップを見たことがないのもどうかと思い、買ってしまいました。サンパウロにはオランダ人の入植地であるオランブラという町があり、ブラジルの花産業を引っ張っているようです。さすがにチューリップということで、オランブラ産のもののようで、商品には‘トゥリッパ・デ・オランブラ’と記されていました。ちなみに、オランブラは‘ブラジルのオランダ’ということで付けられた町の名前です。
2007.05.04
コメント(2)
11時に登園して、12時半に昼食、3時に講演して家に帰ってくると、とにかく「お腹すいた」というのが日課です。できるだけ添加物も入ったおやつは避けたいというのが信条(とはいっても私自身が体に悪そうなものが好きなのですが)なので、バナナをおやつにする日があります。バナナといっても焼きバナナ。これが癖はあるけど、子供の大好物です。オーブンで40分ぐらい焼くと、皮が黒くなって、裂け目ができて、甘い香りというか、皮のこげた匂いと混じって部屋の中が焼きバナナの世界になります。
2007.05.03
コメント(0)
息子がおもちゃの小さいボールを袋にいっぱい詰めて、『ウン・ヘアウ!』と言ってきた。 まさか幼稚園で覚えてきたとは思い難い言葉。ウン・ヘアウとは1レアル(ブラジルの通貨単位)のことです。おそらく、私と一緒によく街の商業地を歩くため、商売人の掛け声を聞いたのを思い出したのかもしれません。
2007.04.30
コメント(0)
満開だったパイネイラの花びらが散りゆく季節になりました。 この時期は季節の変わり目ということもあってか風邪が流行っているようです。息子も体は元気なものの3週間くらい鼻水や咳が続いています。私まで鼻とのどが痛くなり、地方で購入したよく効くプロポリスで回復中です。風邪の話をすると、クラスの日系4世のラリサちゃんのお祖母ちゃんが手作りの薬をくれました。なんでも、自宅の庭なんかにあるグワとかいう葉っぱを砂糖と蜂蜜と水で煮立てて作ったものだそうです。 タンなんかを取り去ってすっきりする効果があるそうです。ブラジルには民間療法、起源をたどればインディオの秘薬のような薬がたくさんあるのは聞いています。グワもそんな薬の一つなのかもしれません。
2007.04.25
コメント(0)
日曜日は日本人の陶芸家のアトリエで開かれた彫金と日本人形の展覧会がありました。陶芸家の自宅ということで、のぼり窯や陶器の作品が飾られており、サンパウロの喧騒から離れていることもあって心地よい休日を過ごせました。陶芸家の女性はもうお孫さんまでいる人生の師匠といえる方ですが、今も現役で創作活動をしています。そのエネルギーを見ると日常の些細なことにこだわっていることがちっぽけに感じ、悩むことが笑えてきました!他にもアトリエで出会った日本人のマダムの方々はお孫さんがいるのに最近会社勤めをはじめたとか、大都市の車道を悠々とスピード狂に変身したり!ほんと美しくたくましい大先輩の女性の話を聞くとこっちまでエネルギーが沸いてきます。 彫金の作品を出店した方は、ブラジルで唯一の彫金芸術家で、細かい作業と神経を要するだろう作業を忘れさせられるくらい、どの作品もとても印象的です。東洋風の作品もステキですが、ブラジルらしくベイジャ・フロール(蜂鳥)を彫り刻んだ作品が新鮮でした!ベイジャ・フロールはアメリカ大陸に多く生息して、飛びながら花の蜜を吸う鳥です。 記念にベイジャフロールをデザインした‘和風ブラジル’の彫金の首飾りをいただき、家に帰ってからもずっと眺めていました。京都の町なんかがよく似合いそうです。↓息子が撮影した彫金のベイジャ・フロール(ちょっとボケている)
2007.04.23
コメント(0)
女性陶芸家の庭に置かれていた作品。
2007.04.23
コメント(0)
4月19日はブラジルで『インディオの日』でした。ということで、幼稚園では顔に絵の具でインディオのようなペインティングをしたり、羽のついた冠を作ったりしたようでした。インディオはまさにアメリカ大陸の文化です!↓隣の家で収穫された未完熟の青バナナ
2007.04.20
コメント(0)
今日は風邪のため幼稚園に行けませんでした。元気は元気なので家で遊んでいることに・・・ 火曜日に幼稚園ではクラス会がありました。先生が日頃の幼児たちの発達についてなどを報告してくれました。 みんなそれぞれに成長しているとのことでしたが、年少組みということで1月生まれと12月生まれ(ブラジルは1月が始まり)では絵の描き方に発達の差が大きいということでした。 息子は1月生まれなので年中のクラスと同じレベルにあると先生に言われました。確かに、日本では年中児。言葉もそれなりに発達しているようで特に大きな指摘はありませんでした。最近は独り言で頻繁にポルトガル語を使うようにもなっているため、確かに心配はないのかもしれません。 幼稚園では文字の練習もしているようです。先生がなぞってくれた文字の上を絵の具でなぞる遊びが効果的なようです。ということで、家でも私がクレヨンで文字を書き、絵の具で描かせてみることに。かなり子供にはこの方法は適しているようで、何枚でも描き続けます。今までいろいろな方法で練習させようとしてもダメだったのですが、このやり方は息子のツボにはまったようです。↓むすこの作品
2007.04.19
コメント(2)
幼稚園では担任の先生以外に教育係の先生がやってきます。数字や歌遊びを教えてくれるようなのです。 ここのとこ、家で一人話し出すかと思うと、「ウン。ドイス・トレス…デイス」と。1~10までをポルトガル語で話しているのです。しかも指の折り方がブラジル式。数の概念はあまりはっきりと分かっていないようですが、日本語で言わそうとしても気が乗っているときはポルトガル語で数え続けている様子。父親が日本語で教えたりすると日本語でも数えますが、なんか異文化に一歩ずつ進入しているような感じに見えます。もっとも、息子は異文化なんて発想はほとんどないのでしょうが。 ほかにもポルトガル語の単語があれやこれやと飛び出してきて、予想以上にポルトガル語話者への道は近そうです。ちょっと怖い気がします。しっかりと日本語で会話しておかないといけないな~と。
2007.04.15
コメント(2)
今日は3連休明けのせいか、家にいる時から幼稚園に行きたがらず大変でした。ようやく外で歩き始めたかと思うと「疲れた」コール。それでもようやく門の中へ連れて行くと2分くらいの沈黙の後、教室へ向かうモードに。一安心。 迎えにいくと、今度は「なんか食べたい」コール。やむなくポップコーンを買い食いしてしまった親子でした。家に着くと本当に疲れていたようで、ぐっすり昼寝をしてしまいました。 最近、幼稚園の行き帰りの道路でクラスのお友達が、私や息子を見ると息子の名前を呼びかけたり、「OOOのママ」と、私に呼びかけてくれるようになりました。いかにも日本人という息子の名前で教室でも呼ばれているらしく、そんな名前をブラジル人の子供たちが覚えてくれたようで嬉しく思いました。子供の頃からブラジル人は寛大! ぐずっていた息子もかわいい女の子に声をかけられるとすぐにニコニコ。そして女の子がいなくなるとまたグズグズ。4歳にしてかっこつけることを知っているようです。
2007.04.10
コメント(0)
日曜日の夕方、自宅の窓から虹が見えました。昼寝していた息子を無理やり起こして虹を観察してしまいました。復活祭の夕方、きれいな虹が見れたことはとても縁起がいいような気がします。ちなみに市販の卵チョコレートの中には携帯電話型の水鉄砲、幼稚園でもらった卵の中にはゼリーが入っていました!
2007.04.09
コメント(0)
今週はカトリックでいう聖週間、ブラジルではSEMANA DE PAIXÃOといいます。金曜日から3連休になり、日曜日が復活祭(ブラジルではPÁSCOA)です。 昨日、幼稚園にはウサギが来て、卵を配ってくれたそうです。とても嬉しそうでした。卵といってもブラジルの復活祭の卵はチョコレート製が庶民の文化になっています。チョコレートの殻の中にチョコレートやおもちゃが入っています。チョコレート卵はお店でたくさん売られていて、昨日は卵の購入のためにたくさんの列ができていました。 お友達のライスラちゃんのママがチョコレート卵を作るというので、一緒に材料の購入に行きました。そしてビックリしてしまいました。購入したチョコレートの量が約6キロ!たいていブラジルの一般向けの菓子材料のチョコレートは1キロから2.5キロくらいのサイズで売っています。購入したのはミルクチョコやホワイトチョコを合わせて6キロですが、家族や友達と食べるにしてもすごい量だなあと。五キロの米の袋よりたくさんのチョコレート。日本の家庭でチョコレートのお菓子を作る場合を考えたら、いくら多くても2キロくらいまでのような。彼女に限らず、他のブラジル人のお客さんのチョコレート購入量もすごい量です。 この時期のブラジルのチョコレート消費量は、日本のバレンタイン以上だと感じました。復活するのはキリストではなく、チョコレート会社のような… ↓チョコレート卵。赤い卵が幼稚園でもらったもの。
2007.04.06
コメント(0)
散歩中、ある角度からみると薄っぺらくてすぐに折れて割れてしまうのではないかというような建物の風景がありました。たくさん住んでいる人がいるようですが、地震に弱そうだなあ・・・ 幼稚園に息子が通い始めて一ヶ月が過ぎました。最近は真っすぐに幼稚園に入っていくようになりましたが、中でどのようにすごしているのかは未知です。ただ、確実に単語が自然に口から出るようになっているみたいで、必要最低限のことは先生に知らせることができているようです。 家で私に対してポルトガル語で話し掛けてくることは今のところ全くありません。
2007.04.01
コメント(0)
幼稚園に行く前、朝7時に家を出発して電車で約1時間かけて、ある市場へ行きました。というのも、ずっと探し求めていたアマゾン地方で食べられるトゥクピという食材が売っていると聞いたからです。何とか現物を見てみたいと、初めて訪れた市場でした。 ところが、到着して、あちらこちら探し回ったり、いろいろな人に聞いても売っていないと言うのです。教えてくれた人はパラ州べレン出身の女性で、まんざら嘘をついたようにも見えない人でしたが、随分と昔のことだったか、いつも売っているわけではなかったということかもしれません。結局、チョコレートのお菓子だけを買って市場をあとにしました。帰路も地下鉄と電車を乗り継ぎましたが、時間があったのでさらに別の方面の電車を乗ったり戻ったりして遊んでから幼稚園に向かいました。 11時過ぎに始まり3時に帰宅する幼稚園の時間帯、実は母親としては中途半端な時間に感じます。ご飯を食べさせてもらうのは助かりますが、あまり朝も夕方も大きく動き回ることができません。というわけで早朝、忙しく朝の散歩を楽しんできました。↓なぜか路上で撮影してしまった唐辛子の写真
2007.03.28
コメント(2)
先週末、幼稚園で再び粉ミルクが支給されました。加えて、絵の具と鉛筆3本、ノート一冊も配られました。 全てサンパウロのマーク入り。鉛筆やノートには「非売品」とまで記されています。鉛筆は意外と素敵なデザインだなあなんて思ってしまいました。
2007.03.27
コメント(0)
イタペチではブラジルを代表する蘭の一つオンシジュームという花が栽培されています。株が増えて花も増えると、枝が垂れ下がってきて黄色い雨が振っているように見えます。というわけで、CHUVA DE OUROシューバ・デ・オウロ(黄金の雨)という別名があるそうです。ブラジルには黄色がよく似合います。そして黄金郷が今もどこかに眠っているかもしれません! ↓イタペチの花生産者のハウスにて
2007.03.27
コメント(0)
イタペチは日本人が多く住む場所ということで、日本人移住者の子供や孫である2世や3世、4世の子供たちが暮らしています。日中の半日はブラジル人の学校に通い、もう半日はイタペチにある日本語学校で英語や日本語を勉強しています。現在、学校では日本からやってきた日本語教育専門の勉強をしている先生と現地の日系2世の先生が教えています。 小さな子供たちでも簡単な日常生活の会話なら、日本語とポルトガル語を話すことができます。なかなか完璧なバイリンガルというのは難しいのが現実ですが、日本とブラジルの両国を大切に思ってくれるように成長してくれるには違いないかと思います。日系人以外の子供でも日本語を学んでいる子供もいるそうで、会話だけでなく、習字や折り紙、日本で流行のゲームなどにも関心が高く、ブラジルといえども日本文化に触れる機会に恵まれています。ほんの小さな人と人との関わりから国際交流というのが成り立っていくものだと思います。未来の長い子供たちがいろんな世界に触れるチャンスがあるにこしたことはありません。 柿祭りでは日中40度近くある中、折り紙や書道、お華を体験できるブースがあり、先生たちがボランティアで活動されていました。どれもブラジルの人々から見ると目新しく感じるようで、楽しそうな雰囲気でした。日本人といえども、書道が大の苦手だった私ですが、みんなの楽しげな雰囲気につられて、思わず家族の名前を半紙に書いてもらって、記念のイタペチ日本語学校のはんこまで押してもらいました。↓日本語学校のコーナー(柿祭りにて)
2007.03.27
コメント(2)
サンパウロから約1時間ちょっと、モジダスクルーゼス市のイタペチという地区に日本人が多く暮らす地区があります。週末に柿祭りが開催されたので訪れました。 このイタペチという土地は、もともとはインディオ時代からブラジルで食べられていたマンジョッカ(キャッサバ)の産地だったそうです。マンジョッカができる土地というのは、あまり他の食べ物は育ちにくいそうなのですが、昔、日本からやってきた移住者の人々が土壌の改良を重ね、柿やポンカンの産地になったそうです。現在は果物栽培は減り、美しい蘭を中心とした花の栽培が盛んになっています。日本と変わらない味と形の柿がたくさん販売され、冬柿や京都柿などの種類があって、日本の柿産地に来たようです。柿のケーキや酢、ジャムや柿の葉茶など、加工食品も面白く、とりわけ大好物になったのは柿を薄くスライスして乾燥させた柿チップ。甘くておいしいし、食べすぎても太らなさそう! マンジョッカ(キャッサバ)は今でももちろんイタペチで栽培されています。マンジョッカの代表的な食べ方といえばフライド・マンジョッカ。自然の甘味(ジャガイモとサツマイモの甘さの中間くらい)が本当においしくて、塩味でも砂糖味でも目の前にあれば絶対に食べたくなってしまいます。ところが、料理をするのは実はコツと素材選びが難しいようで、以前自分で作ってもおいしくできませんでした。たかが揚げ物されど揚げ物です。そして、これまたおいしいマンジョッカ料理がマンジョッカスープ。サンパウロのブラジル料理レストランでも出されることがありますが、人によって味が違います。イタペチでも食べましたが、肉類のスープをベースにしてマンジョッカをミキサーにかけたスープは、日本の寒い冬なんかにはご馳走になりそうです。 ついでに、マンジョッカの焼酎を作っている会社もあります。焼酎コレクターには、ぜひマンジョッカ焼酎は自宅の棚に飾ってほしい一瓶!
2007.03.26
コメント(2)
幼稚園が終わったあと、バスを乗り継いで約1時間半ほどの場所にある湖へ行ってきました。ヨットやカイトサーフ、ウインドサーフィンができる場所で、面白い舟が放置されていました。 随分と細長い舟で、6人乗り位の席があるのですが、すぐに転覆してしまいそうな形です。でも、面白いので記念に写真をとってみました。 最近は家と幼稚園の中間地点くらいから、幼稚園まで小走りに通うようになりました。何か楽しいことでもあったのかな?
2007.03.21
コメント(0)
息子は幼稚園でライスラちゃんというブラジル人の女の子に特別親しみをもつようになりました。というのも、母親同士が話をし易い間柄だったからです。よく子供の人間関係は親同士のつきあいが・・・なんていいますが、やっぱりそうなのかもしれません。 約3週間、毎日約3時間半の授業で、かなりポルトガル語で一人事を言ったり、先生や友達に片言で受け答えしたり、ポルトガル語の意味がよく分からなさそうなときは、とりあえず、頭をうつむきながらウンウンといったりするようになりました。 得意の言葉は、私が見た日本人の子供と同様に「カイウ」、そして「ジャー・サイウ」などなど。意味は分かっているはずなのに「オブリガード」や「ジスクーピ」など、感謝や反省の言葉は自発的に発しません。もっとも、日本語でも‘ありがとう’や‘ごめん’はなかなか言いません。子供にはあまり感謝の気持ちや反省する意味自体が理解し難いのかもしれません。大人になっても謝らない人はいますが、きっと、子供の心を持ち続けている人といえるかもしれません。 今日はライスラちゃんのファミリーが昼食頃に3時間くらい遊びにきました。親はそっちのけに2人で何だかんだと活動していました。ライスラちゃんとライスラちゃんのパパと息子が三人で遊んでいるときは、特にポルトガル語に拒否反応を示すこともなく、楽しげに電車のおもちゃで遊んでいました。 ライスラちゃんは満4歳のブラジル人の子供です。もちろん母語もポルトガル語です。ただ、大人の私たちでも難しいと思うような長い文や一語でもなんかなじみにくい語列の単語は、まだまだ真似するのが難しい感じです。そんなことからすると、息子も子供同士での会話には近いうちに追いつけるかなあというように感じました。いずれにしても、ここ3週間の息子のポルトガル語に対する適応の様子には驚きが多くあります。明らかに私たちとは違うパターンで言語を習得しているのは明らかに感じます。多くのブラジルで子育てをしてきた日本人母の助言通り、家庭では日本語を使うようにした方がいいのかなあと、ちょっと感じざるをえないことも。 とりあえず、昨日までは幼稚園へ行くのに乗り気ではない息子でしたが、ライスラちゃんと会えるのを楽しみに率先して通ってくれたらいいなあと思います。
2007.03.16
コメント(0)
先週は幼稚園のユニフォームが支給されました。まだまだ日中はノースリーブが必要だというのに、秋冬用のジャージの上下をまず受け取ることになりました。 サンパウロではどこの公立幼稚園も公立小学校も同じデザインの衣服です。ブラジルの子供たちにはよく似合うように思います。左胸の辺りにサンパウロ市のマークがついているので、ブラジルでは他の地域に出かけるときにこれを着ていると、一目でサンパウロからやってきたことが発覚することに! 相変わらず、あまり幼稚園に行くことは乗り気でない息子ですが、昨日は幼稚園に迎えに行くと、お友達に「オンジ・ボセー」などといっていました。どうやらかくれんぼらしきことをして遊んでいたようなのですが、とりあえず、子供には子供同士の世界があって、言葉だけではなく、いろんなことを学んでいるようです。ちょっと気になることは、私がポルトガル語で息子に話すと、どうも気に入らない気配があります。生まれたときからそうだったのですが、基本的に日本語で話している母親で、その言葉が中心と思って育っている子供にとって、たとえ、周囲でポルトガル語を聞く機会が多くても、彼らの言葉はやはり子供にとってはまだまだ‘バルバロイ’の言葉のように感じるのかもしれません。そして、その言葉を話す母親は、いつもの母親ではないと感じるのかもしれません。
2007.03.14
コメント(0)
全65件 (65件中 1-50件目)