全121件 (121件中 1-50件目)
産みの苦しみ真っ最中、難産でヘロヘロ月野ですが 昨日実家にコザルズを迎えに行って来ました。 こんな時こそ、亡くなった大好きなおじーちゃんに 手を合わせに・・・。 夢の中におじーちゃんが出て来て、私の右後に立って ニコニコ笑ってたので あー、お墓参りに行こう~と思ったわけです。 なんてったって、私が「文章を書くことを仕事に」という 原点はおじーちゃんだし。 それと、今月からおばーちゃんが介護施設に入ったので おばーちゃんの様子も見に行きたかった。 もう、誰も分からず 家の中のあちこちでトイレをするようになってしまい 両親の肉体的・精神的負担がかなり大きくなってきていたので やむをえず施設に入ったおばーちゃん。 今、老人介護施設って入居するのもなかなか受け入れてくれないらしく おばーちゃんも順番待ちで入居。 母におばーちゃんとこに行きたいと言うと 「もう、誰か分からないのに?」 と言うので 「おばーちゃんが私を誰か分かってなくても 私は後から"もっと会いに行ってあげればよかった"と思いたくない。 遠くて滅多に来れないから、来たときは行きたいし うちの子にもちゃんと見せておいてやりたいねん」 と言ったら分かった、と一緒に行ってくれた。 車がないと行けないような場所で、田舎の山裾あたりに施設はあった。 ちょうど、入居者のお年寄りたちが集まって 歌が流れていて、それに合わせて踊りを踊っていたのだが・・・ ほぼ皆が車椅子に座っていて 目の焦点が合ってなくボーッとしているか 寝ているか 踊っていても、口がポカーンと開いていたりで 明らかに認知症がすすんでいるのが私にも分かるお年寄りばかり。 その中にうちのおばーちゃんが同じく車椅子に座って ボーッとしていた。 横に行って声をかけたらポカーンとした顔をして私を見て 「どなたさんですか?」 と言う。 母が「おばあさんの孫やんか」と言うと 「孫?そんなことあらへんわ~」と言われた(笑) この前は歩いていたらしいのだが、足が痛いと言うので 車椅子に乗せたら気に入ったらしい。(介護士さん談) おばーちゃんの車椅子を母が押して、部屋に行ったら まるで病院のような部屋で4人部屋だった。 おばーちゃん専用のタンスの上にキューピー人形があって 誰に貰ったのか知らないけど、それを貰ったらしく 夜は時々キューピー人形を抱いて寝ているらしい。 天気がよかったので、窓際に連れていってあげると オデコをペチペチ叩き出し 「どうしたん?」 と聞いたら 「まぶしいやないかっ!」 とブツクサ言ってた(笑) こういうとこは相変わらずだなと、なんかおかしかった。 少しいて、また皆のところに戻ったら 焦点の合わないうつろな表情ではあるけど 歌を歌いだした。 ビックリした。 認知症でも、歌の歌詞は覚えているんだなぁと感心してしまった。 うちのおばーちゃんは踊りがすごく上手で長く踊りを習って踊っていたから 歌も上手だったんだけど 確かに歌詞があってるし、そういうのって ちゃんと染み付いているのかなと。 「おばあちゃん、帰るわな」 と声をかけると 悲しそうな子供が今にも泣き出しそうな目をして 「なんで帰るん?」 と言う。 「まだこんな時間やのに、帰るなんか言わんといて」 と。 仕方ないので 「おばーちゃん、いっつも暗くなる前に帰りって言うてたやん」 と言うと 「そうやけど・・・なんでやいな・・・」 と言って、また歌いだした。 私が誰か分からないのに、帰るよと言うと不安になるのだろうか? そんなおばーちゃんや、うつろな認知症のお年寄りの集まりを見たムスメは 何を感じただろうか。 うちのおばーちゃんは前も日記に書いたけど 本当に気丈で、本当に気のキツイ人だった。 私も、うちのムスメもよく叱られたもんだ。 だから、余計になんか切ない。 あの目は今、何を見て、何を感じているんだろうか。 この前の誕生日で89歳になったおばーちゃん。 私が誰か分からなくても、やっぱりまた会いに行こうと思う。
2009.03.31
コメント(0)
お付き合いが始まったとき 「このままずっと一緒にいれたらいいな」 なんて可愛いことを思ったことがあるかと思いますが どうしてか、途中であの最初の頃の気持ちはどこ行ったんだ? と思うくらいにグダグダになったりして。 うちのダーのポリシー?は 「先のことは分からないから、約束なんて出来ない」 と、お前は何様やねん?というか、バカ正直というか オンナはそれでも 「ずっと一緒にいような」 なんて言葉を貰うと「うへへぇ~」とご機嫌になるもんだが(笑) まぁ、過去において 「ずっと一緒にいようって言うたやんかぁぁぁ!」 と相手を嘘つきよばわりしたこともあるだけに この「先のことは分からない」というのはもっともでございます、 という気持ちもある。 私的には 先のことは分からないけど 今日一日、今この瞬間「一緒にいれたら嬉しい」という感情を 毎日毎日持ち続けられて それが積み重なっていくことで「ずっと」というのが出来る と思ってます。 一緒にいられる、というのは 若い頃と違って、毎日ベタベタと一緒に過ごすというのではなくて なんつーか お互いを想う感情が、どこぞやの空間で一緒になっている という感覚かな。 なんで、こんなことを思っているかというと 数年前、ブログというものを始めたときに知り合った 恋愛系作家、片瀬萩乃さんが新刊を発売されて あのお父さん犬カイくんを応援団長に ★終わらない恋をするホワイトキャンペーン★ http://51musubi.net/campaign2009/index.html というキャンペーンをされているんですよ。 この本、片瀬さんが送ってくださって一足先に読んだんですが 若い頃の私に読ませてやりてーぜ・・・ と思いました めちゃ分かりやすい 私は恋愛って自分の感情で続ける、止めるを決めるもんだと思うので (両思いだけが恋愛じゃないしね) 終わらせない恋、というのは自分の覚悟次第とも思ってます。 誰かが 「終わらせるほうが簡単。続けることのほうが困難」 なんて言ってたけど 今、もし恋愛について色々思うことがある人にはオススメの一冊ですよん 片瀬さん、あの頃はかなりヘビーな恋愛相談?もさせてもらいましたが 今はチト私も大人になりました(笑)
2009.03.18
コメント(0)
♪幸せは歩いてこない だから歩いて行くんだね 1日1歩 3日で3歩 3歩進んで2歩下がる~♪ って歌、ありましたよね。 昔「3歩進んで2歩下がったら1歩分やん!歩いた労力がもったいない!」 って思ってたときがありました ところがです。 最近、受けているセミナーの同期の作家さんが こんなことを言われたそうなんですね。 「3歩進んで2歩下がったら、合計5歩も歩いていますね!」 って。 これは講師の方にもヒットしたらしく、しばらく色々なところで言われていました。 3歩進んで2歩さがったら、1歩しか進んでいないのではなく 5歩分、自分は歩いたのだという事実。 結果として1歩分としても 5歩歩いたことは自分がちゃんと知っている。 そして、それが成長であり、糧となるということ。 自分を振り返れば、あぁ、そうだなと思えることがある。 離婚してから色々やってきて、3歩進んで2歩どころか 5歩とか10歩とかくらい下がったことが多々あって 結果が悪い、私は進めていないと嘆いたこと多数。 でも、進んで下がってを繰り返していても ちゃんと自分はその歩数分は歩いてきたんだな~~と。 そう思うと、私めっちゃ歩いてるやん!とチト感動しちゃったり(笑) 見える「結果として進んだ数」だけが大事なのではなくて トータルいくら「自分が歩いたのか」が大事なんですね 下がったからこそ見えることがある。 ビジネスにしても、人生にしても、 だからこそ得たものも多かったと思う。 だから、見える結果だけでなく 何歩、自分が足を動かしたか、ってこともすごーく大事で 必要なことなんだなーと思う。 「3歩進んで2歩下がる。 だから5歩も歩いてる」 この視点は素敵すぎです よし、歩こう!! (現実にはPC前に座ってることが多いですが・・・) そんな私の歩いてきたこと、聞いてやるぜ~という方はぜひ http://www.tsukino-luna.jp/happy/about.html
2009.02.03
コメント(0)
人と人が出逢い、付き合いが始まっていく中で 窮屈だな と思うことってあるかと思う。 恋愛関係なら、感情が激しく動くので 時として時間やエネルギーを奪われていくように思う出来事もあるかとも思う。 ビジネスで出逢った中でも そうでない心の触れ合うような出逢いの中でも それに親子関係でも 時として想いは強く出てしまい 窮屈だな と思うことがある。 娘に対しても 愛しているからこそ想う感情が 時として重荷になり 同じ空間で共に生きていることも 窮屈に思うことは確かにある。 どうでもいい人間であれば こんなに想わないし こんなに心を痛めることもない。 嫌われるだろうと思いながらも 言わずにいられないこともある。 余計なお世話だと思いながらも やってしまわずにいられないこともある。 ある意味、こういう時間や空間を窮屈に思ってみても ふと気付く。 この窮屈は実はとてもとても幸せなのだと。 想いや感情、時として自分の時間、それは自分の命を使って 相手を愛しているということに。 どんなカタチであれ。 自分の好き勝手に出来ないこと 思うようにならないこと 色々あって窮屈さを感じても それは 自分が愛していること 愛されていることと思えるのは やっぱり幸せなのだと思う。 そういう窮屈さが 頑張りの元になっていることも多くある。 人は人によって研磨され 人によって多くを学び 人によって自分を知る。 そのための窮屈は幸せなことなのだろうと 家を散らかし歩き ダラダラしている娘たちを見ていて なんだかボンヤリとそう思えた。 「ありがとう」 なんて今ある私の周りの色々なことにたいして、 ガラにもなく小さくつぶやいてみたりして(笑) この窮屈な幸せを大事に守っていきたいと思う。
2008.08.12
コメント(0)
等身大でいるってことは 実は難しいのかも知れない。 等身大でいられないことが あまりにも多くて。 と、考えると 等身大の私って、ハテ?どんなのだったっけ? なんて思ったりもしたり。 分からなくなってきてるやん 確かに大きく見せないとって思ってた時期があったし 母子家庭で女で、ナメられたらあかん! なんてイキがって 息切れ起こして、よく倒れてた(笑) 「ブランディング=大きく見せること」 と解釈しちゃってたなぁ と思ふ。 実際、他でもよく見られる。 虎の衣を借る狐、とでも言うのか・・・。 等身大ってありのまま、ってことだと思う。 他の人の目に 私がどう映っているのか分からないけど 私は 必要以上の私でもなく 必要以下の私でもない。 私にしか歩めない 私の人生を 大事に 大事に 等身大で歩んでいこう なんて思ふ。 ということで またおバカ日記なぞ ここで笑いながら書いちゃったりしよう(笑)
2008.03.15
コメント(2)
大阪から帰る途中、高速を降りて我が家へ向かう途中大阪府と奈良県の県境を越えて少し走ると平野が見渡せる道になる。大阪で大好きな人たちと飲んで、話して、シメはラーメン食べて酔いを醒まして帰宅する途中ちょうど夜明けに遭遇した。下弦の細い三日月がくっきりとまだ浮かび上がり山の輪郭がしだいにはっきりとしてくる。そして山からどんどんと光が空へ向かって伸びていく。ものすごい壮大で、厳かで。ふと、太古の昔、奈良に都があった時代この場所に立っていた人がいてこの場所から同じように、この朝の景色を見ていたのかなと思いを巡らせてみる。今は街頭の灯りや、マンションや、たくさんの建物があるけどその頃は、向こうに見える大和三山からパワースポットと言われる三輪山のほうまで広く眼下に広がっていたんだろうな~と想像してみる。あぁ、見たかったなぁ。今でこんなに美しい景色なら当時はもっと美しかったんだろうなぁ。なんか、そんなことを思うとぞくぞくっとした。ここにも、神がいたのだ。なんだか、この夜明けの時に神が地上に降りてきている気さえした。大げさだけど、本当にそんな感じだった。朝日を拝むと言うのは、本当にただ、生きていることに感謝する気持ちだけが湧き上がってくるこの夜明けの景色を見て昇ってきた朝日に、なぜだか手を合わせて「ありがとう」と拝みたくなるようなそんな衝動にかられてしまうからじゃないかと。そんなことを色々感じてなんだか忘れたくなくて書きとめておこう。
2007.12.06
コメント(0)
引越ししてきたときは、結構イイ感じだったのに だんだんコザルズが成長してカサが高くなり いるものも増えて、 そんでもって売り物が入ったダンボールがあって 猫まで増えて なんだか家にいると、私の居場所がないような気がする・・・。 まるでトリ小屋 ずっと「引越ししたい」「引越ししたい」と念仏のように唱えつつ 未だ実現していない。 コザルズが高校になんて入ったら、もう県外引越しは難しいから 今のうちに!と思ってるんだけど、なかなかなぁ~。 この前、おっされーなマンションに行くことがあった。 そこには可愛いワンコがいる。 よくシッポを振る、懐っこいワンコ。 人様んちへ行くと、なぜだか自分ちより数段いいような気がするのは 私だけなんだろうか(笑) 人様んちなのに、勝手に自分ちの家具とかを配置して 住んだつもりになるのも私だけなんだろうか・・・。 まぁ、いつかってことで。 幸い、私には心強い味方がいる。 イトコがそーゆー物件を斡旋してくれるのだ~。 転職して半年、彼なりに非常に頑張っているようだ。 「ねぇちゃん、もし引越しするんやったら、絶対俺に言うねんで。 仲介手数料とか色々交渉してあげるから」 となんとまぁ、嬉しいお言葉。 「それってさー、私の友達とか仕事仲間とかにもしてくれるん?」 って言ってみたら 「いいよ、ねぇちゃんからの紹介ってことやったら」 というまたまた頼もしいお言葉。 なのに、このお言葉をケロリと忘れていて、引越しした後の人に 「あら~、うちのイトコに言えばよかったなぁ」 と言って 「早く言ってよ!!」 と言われれますた・・・。 ということで。 ご自宅、事務所、お引越し予定のある方は一言お声かけてくださいね~~。 どこよりもお安くさせますゆえ。 ちなみに、とりあえず全国OKって言うてます。 お気軽にメッセに入れてくださいませ~。 (これで後から言わずに済むな♪) ちびっとだけ似てるであろう、私のイトコかその上司が対応してくれると思います。 あぁ、私も本気でお部屋探ししてみたいな~~~。 大阪出て行くのに交通費がバカにならん。 壁一面本棚が置ける仕事部屋を作って~ いい感じの仕事机の上にPC置いて、座り心地のいい椅子に~ 料理を色々したいから、かっちょええキッチンがあって ペット可でシンバくんが走り回れる広さがあって、キャットタワーが置けて 浴室乾燥も欲しいし、ウォシュレットも欲しいし いっぱい靴が入るシューズボックスも欲しいし ウォークインクローゼットも欲しいし 床下暖房なんかあったら嬉しいし オートロックが付いてて欲しいし 駐車場は自走式でマンション横にあって ベランダは広くてお布団いっぱい干せて ほんでもって5階以上の南向きの角部屋に住みたいなぁぁぁぁ。 ・・・しばし、妄想 おい、イトコ、聞いてるか?(笑) いいのがあったら持ってこぉ~い。
2007.11.13
コメント(2)
今、娘が安らかな寝顔で寝ている月がぼやけた明かりを送っている我が家の猫が足元で丸くなっている 今晩のお酒は美味しかった帰りの電車の窓から山の輪郭がくっきり見えた駅から家まで歩いて帰ったこの2本の足で 私は生きている娘も生きている身体は思うように動いてくれる 長い間触れてなくて声も聞いてなくてそれでも同じ空の下生きている人がいて どれをとっても当たり前のことなんてたったひとつだってない。 必ず未来永劫ここにあるなんてそんな保証どこにもない。 だからこそよけいに愛しい。よけいに嬉しい。よけいに ありがとう。
2007.10.28
コメント(2)
昔は人間関係で嫌なことがあると なんで私ばっかり! 私が何をしたって言うんだ? と非常にマイナスに落っこちていき にっちもさっちもいかなくなっていた。 最近はちーーっとばかし大人になったのか 人間関係では自分は変えられるけど 他人は変えられない、たとえ親子であっても。 と思うようになった。 人間関係で何かコトが起こると やっぱ最初は凹むし、なんでかなぁと考えるけど 軌道修正できるチャンスだなと考える。 その人間関係がどうこうというより 自分の考え方や生き方の軌道修正。 人間関係って、そういう部分が現れる部分だと思うのだ。 自分の付き合う人間はよくも悪くも自分のレベルと同等らしい。 ということは相手の中に自分が必ずいるのだと思う。 うちはコザルズに顕著に現れる。 流れている遺伝子が似ているのだから当たり前なのかも知れないけど 子供って 「親の言うことは聞かないが、親の言動はキッチリ真似する」 と聞いたことがある。 まさしく、その通りだと最近痛感する。 平凡な日々ではなかなか振り返ることのない自分の内面。 こういうときは自分の内へ内へと入っていく。 結構しんどい。 いや、かなりしんどい作業だ。 そうして自分の甘さや色々な面を見つける。 まだあったんかい・・・ と呆れる面や こんな部分も持っていたのかと思う面や。 それらは結局人に与える影響よりも 自分に与える影響のほうが強かったりする。 そう思うと 人間関係って関係どうこうより 自分次第なのだと思う。 こういう軌道修正をしているときって 必ず天から降りてきたような言葉を本で見つけたり 誰かからもらえたりする。 自分にとってよくないと思われる状況のときのほうが そういうアンテナが敏感になっているようだ。 「困ったと思ったときこそ、ありがとう」 という言葉を昔見つけたことがあったけど 今、まさにそんな感じかも知れない。 もしかしたら、もっと大きなダメージが待っているかも知れないけど それがもしやってきたとしたら もっと大きくなれるぞ♪ というお知らせなのかも知れない。 よし、私の人生面白くなってきた★ と涙目でも笑って進んでやるさ!!(笑) こーゆーとき 「いつでも飲み付き合うから~」 と聞いてくれる人がたくさんいることが とってもとっても励みになるな。 ありがとう♪
2007.09.27
コメント(2)
コザルズと「幸せのちから」のDVDを見た。 劇場公開予告を見て、見たい!って思った映画。 1号は最後まで、2号は途中で行き倒れていた(笑) どういう映画かってのは、リンクをクリックして見てもらえば分かるんだけど 今日、これを見れてほんとによかった。 不思議だけど、今日でよかったと思った。 コザル1号と一緒に見れたのもよかった。 こういう映画を辛気臭いと言う人もいるけど 本も映画も感性を磨くという意味では 私はこういう映画や本のほうが好きだなぁ。 タマに重過ぎてブルー入ることもあるけど この映画は今の私に教えてくれることがイッパイあった。 この父と息子って、役の上でだけでなく ホントの親子だったのね~。 だからかなぁ、ひしひしと愛情や信頼関係が画面から伝わってきたのは。 この息子ちゃん、私の知っている子に似てる。 いや、彼のほうが美形だけど 髪の感じなんて、写真で見せてもらった小さいときと同じで。 それもあって、かなり感情移入。 あれ? そういえば、その子のママがこの映画のことを例えに出して 話をしてくれたことがあったなぁ。 そのことを思い出して 私もアメリカだったら、こうして教会の前に並んでいたかも知れないな~ と思ったりした。 コザル2号はそのあたりは起きていて 「お母さん、アメリカってこんなに浮浪者が多いん?」 と聞いてきた。 浮浪者というのは語弊があると思って 説明するのにちょっと困った。 人間、ほんとに守るべきものがあれば 困れば困るほど強くなっていくのかも知れない。 本気度が上がって、ほんとに必死になる。 昔、営業にコザルズを車に乗せて走ったことを思い出した。 最後はもう感動してティッシュの出番。 1号は笑って 「またお母さん泣いてるわ~~」 と言う。 「だって、このお父さんすごいんやもん。 お母さん、このお父さんに比べたら全然甘々やわ~。 ちょっと自分を恥じたわ」 と言うと 「でも、お父さんは男やけど お母さんは女やで。 映画と比べてもしゃーないやん」 と言われた むしょーに抱きしめたくなって 1号をむぎゅーーー!ってしたら 「きしょいんじゃよ」 と言われたが無視した(笑) 「本気で」向かったことは必ず報われる と思えた。 それから今晩は原稿を必死で書いた。 あとで担当Mさんに途中経過報告ということで送っておこう。 週末はコザルズとプチ旅をしたくなった。 どこに行こうかなぁ。
2007.09.20
コメント(1)
昨晩ちぃーと落っこちてたので こういう日はアウトプットな仕事しても いいものが書けない!と 長らく見よう、見ようと思って放置しっぱなしだったDVDを出してきてセット。 「硫黄島からの手紙」 おわ~、思いっきり戦争モノじゃん・・・って? 実は私は亡きおじいちゃんの影響で、戦争モノに引かれる。 惹かれる、じゃなくて、引かれる、ね。 (この違い分かって貰えるかな~?) 小学生時代の夏はいつも居間のテレビの前で おじいちゃんと一緒に戦争モノのドキュメンタリー番組を 体験者(おじいちゃん)の実体験解説付きで見てた。 おじいちゃんは、私に伝えたかったのだろうなと思う。 TVが始まると一緒に見ようといつも誘われた。 今でも実家の居間には、おじいちゃんが生前自分で作った額が上がっている。 それは、おじいちゃんが乗っていた船3艘の写真で 船の下にはおじいちゃんの直筆で船の名前と、いつどこで沈められたかが記載されている。 船は全部沈んでいるけど、おじいちゃんは沈んでいない。 そんなおじいちゃんがよく言ってた。 「るなよ、今この時代に生まれたことは幸せなことやぞ」 と。 DVDを見ながらほんとにそう思った。 生々しいシーンもあって、うわっ!と思ったけど そんなの画面の中の一瞬で、あの場にいたらそんなのが目の前で延々と繰り広げられていたのだ。 立ったまま絶命している兵士、 泣きながら手榴弾を抱え込み肉の塊となる兵士、 毅然とこめかみを自ら打ち抜く兵士、 火ダルマになって叫び転がり 飛んだ腕のなくなったところから血が噴出し と見ているだけなのに心臓がバクバクしてくる。 最後、自分を誰も見えないように埋めてくれと言い残し 最後の力で心臓を打ち亡くなったシーンあたりで 私はティッシュを離せなくなった。 私のおじいちゃんは船に乗っていた。 広島に原爆が落ちる2日ほど前に呉の港を離れて助かったと言っていた。 甲板で目の前に爆弾が落ちて、死ぬと目を閉じたけど、不発で命拾いをしたとも言っていた。 「るなよ、今この時代に生まれたことは幸せなことやぞ」 今日はこの言葉を思い出すための日だったのかも知れないと そう思った。 生きていたら辛いことや悔しいことや不安なことって いっぱいある。 昨日もそんな一日だった。 でも、いつ空から弾が落ちてくるかとか いつ打たれるかとか そんな心配はない。 生きているからこそのこの現状でも 死んでいった彼らが渇望した 「生きる」ってこと。 そっかー、おじいちゃん。 私生きてるんやなぁー。 そんなことを思いながら タマにはこんな夜中もよいな。 と梅酒をロックで2杯飲みつつ次は読書にふけり 気が付いたら朝でございましたとさ。
2007.09.06
コメント(1)
子猫ちゃん3匹・・・ それぞれの幸せへ向けて旅立つことが決まりました!! 初めて、こうしてネットで里親さん募集というのをやりましたが 日記で呼びかけたことがキッカケで 自分自身、信じられない早さで子猫たちの人生(猫生?)が 開けていくさまを体験させてもらいました。 色々な方からの応援、励ましのメッセージをたくさんいただき 私も頑張らないと!と気持ちを奮い立たせられたし 自分の日記で応援していただいたり 自分のことのように行動していただいたりで もう本当に感謝という言葉しか見つからない状態です。 2匹は大好きなmixiのマイミクさんのところへ行くことになり 今度の週末、お届けに行って来ます 最初1匹だったのに、ご家族と相談してくださって 2匹連れて来て! とメッセージが入っていたのを見たときは、もうもう嬉しくて またこの方のマイミクさんが、里親募集コミュに書き込みをしてくださったことがキッカケで 東京の方で里親ボランティアをしておられる方とご縁をいただき すでによい感触のある方がいるので、と一時預かりを申し出てくださって 東京へどうやって連れて行こうかと悩んでいると 「あ、私4日だったら東京行きますよ~~」 と仕事の打ち合わせに行くのに、 快く子猫を東京へ連れていってくれたMちん・・・。 彼女も猫を2匹飼っていて、そういうボランティアもしているということで 「子猫のためですから!」 と嫌な顔ひとつせず、助けてくれました。 しかも出張の前日に車を走らせて子猫を受け取りにまで 行ってくれたんです 途中で色々あったにも関わらず、ものすごい迅速に対応してくれて 今日、メールで 「無事受け渡しが終わりました!」 と報告が来たときは、もうもうただ感激で 遠いところに行っちゃったけど きっとよいご縁が待っているに違いないと そう思えます。 今回のことで、たくさんの人の手の温もりを 子猫たちが感じてくれるか分からないけど こんなにもたくさんの人の手に助けられ 私自身がとてもとても感激している。 感謝と言う気持ちは 上手に言葉で表せなくてもどかしいと こういうことがある度に思う。 子猫たちに幸あれ。 キミたちの幸の中に、こんなにたくさんの人の応援が 協力があったことが これからを作っていくきっかけになったんだね。。。 今回のことでたくさんの方に助けていただきました。 この場を借りてお礼申し上げますm(_ _)m
2007.07.05
コメント(5)
以前、ここで子猫の里親さん募集のことを書いた。 彼と付き合いのある会社の社長さんが 40匹もの野良猫を保護し、育てているというあの話。 色々な人にお世話になり 楽天日記などでリンクを貼っていただいたり 募集を呼びかけてもらったけれど 今は子猫の出産シーズンに重なり難航している。 私ももっと時間をさければいいんだけど 毎晩のように原稿をあげていかなければならず ちょっとキャパを超えているのが情けないけど現状。 あれから色々あり 一番元気だった白黒のオスが亡くなった。 今はオス1匹、メス2匹の計3匹が社長の会社の倉庫部屋で 育っている。 ところが、ここでまた問題が・・・。 しかも、今回は悠長なことを言ってられない。 社長の会社のパートさんがアレルギーだとかで 子猫が来てからアレルギーがひどくなるということで 「早くどこかへやってください」 と言われていたそうなのだが なかなか里親も見つからず、世話をする社長に業を煮やしたのか 「処分してください。してくれないなら辞めます」 と言われてしまったとかで 社長もこれには頭を抱えている様子で・・・。これにも色々あり、社内での問題の矛先が子猫に向かったというほうが正しいかもしれない。(プライベートなことなので、ここで書くのは控えますが) 特殊な作業内容なので、辞められるのは会社としても非常に困ることになり かと言って、命を処分するなんて出来ない。40匹いる猫のほうに移すのも、 収容頭数のキャパを超えているので限界なんだそうだ。 私はこういったことに今まで直面したことがなく せいぜい捨て猫を保護して、うちで飼うという決心を 昨年したくらいで。 一時預かりでもいいので、誰か保護していただけるところを ご存知の方はいませんか? 私がしてあげたいんですが 色々な事情もあることと我が家の猫、シンバは他の猫を受け入れる性格ではありません。 一人が自分のおかれている環境で 責任を持って飼えるペットの数というのは たかが知れていて・・・ 賛否両論あるでしょうけど 社長は確実に今キャパを超えています。 キャパ超えるまでやるなよ~~~ って話かも知れないし 見る人が見たら、道楽でやっていて責任感がない と思う人もいると思います。 (絶対道楽なんてことはないんですが・・・)でも、そんなことよりも 今は運命が人の手に委ねられた子猫が3匹いるという現実なんです。 一時的に預かっていただける方 里親を検討していただける方 mixiやブログなどで応援リンクを貼っていただける方 ご連絡ください。よろしくお願いします! 女の子。体重約1キロ。うす茶とキジの混じったような毛色です。元気で、活発。人が大好きです。 女の子。体重約800g。一番小さいです。甘えん坊でおっとりした感じ。必死に膝に登ろうとします。 この子は里親さま決定いたしました!!ありがとうございます!とてもステキな方とご縁をいただきました♪ ★兵庫県尼崎市で保護されています。近隣であれば責任を持ってお届けいたします。★子猫の性別については、私が判断したもので病院で正確に見てもらったわけではありません。 子猫のうちは判断がつきにくいため、至急病院にて健康診断をしてもらい その際に見てもらい正確な性別をまたお知らせします。 メスの場合、こちらで避妊をしてからお届けします。 手術するに満たない体重の場合、費用を負担します。 どうぞよろしくお願いします! コメント、メッセージでご連絡ください。◆◆ メッセージをくださる皆さまへ ◆◆mixiのコミュを教えてくださるかた、里親募集のサイトを教えてくださるかた本当にありがとうございます!mixiのほうには子猫の健康診断後にキチンと情報を掲載しトピ立てしたいと思っています。サイトのほうもかなり教えていただきましたのでひとつひとつ見ていこうと思います。あと、社長の猫の保護活動について厳しいご意見もいただきますが野良猫がいると保健所に通報したり、何もしないで見ているだけの人より、社長は数倍立派だと思います。猫たちのために払う家賃、光熱費、毎月30万円のエサ代、時にはエサ代を超える医療費。私はすごいことだと思います。無責任な多頭飼いではないと思います。猫は話しませんから、自分はその環境で幸せなのか、不幸だと思っているのか分かりません。いい迷惑だと思っているかも知れません。でも、放置しておけば最悪保健所で、場合によっては飢えや病気で命を落とすかも知れません。それを自分なりに守ろうとしている社長を私は立派だと思います。ここに書いた以外に、色々あります。私が上手にお伝えできていない部分もあると思いますしどうかここに書かれていることだけですべてを判断しないでください。よろしくお願いいたします。
2007.06.28
コメント(6)
原稿締め切り前・・・ 今晩は徹夜しました@るなです で、ちょっと楽天に現実逃避?にやって参りました(笑) 前もちょこっと書いたけど、私がネットビジネスやるぞ~ と始めたのがネットオークションで メルマガやなんやらで情報収集を始め 情報起業なんてものがあるのを知ったのが 確か3年前やったかなー。 最初は月収100万円なんてのを見るだけで くらくら~~~っとした。 頭の中、そうなったらどんなにいいだろう♪と欲望が渦巻いた(笑) 当時10万稼いでなかった。 主な収入はパート。 コザルズが学校から持って来る雑費2千円の袋が2つ並ぶと マジでウガーーーッ!となった なので、コザルズはおそるおそる雑費の袋を持って来るようになった・・・。 コザルズの水着が小さくなったら、くそぅ。と思った(笑) 時々、コザルズが大きくなることを喜べない私がいた・・・。 「なぜネットビジネスをやろうと思ったのですか?」 と聞かれたときに 「雑費の袋に余裕で4千円入れたかった」 と言ったことがある(笑) 毎年、新年に色々と思い描くことはあるが 劇的に叶ったという実感は、年末にいつもなく 自分はダメだな~~~と不安と焦りを抱えて コザルズにPCに向かう背中ばかり見せてたように思う 思春期に入ってきたコザル1号がSOSを出したとき 全部放り投げて辞めちゃおうかと思ったけど ネットビジネスの向こうにあるほんとの夢が どーしても諦めることが出来なかった。 マイペースというけど 自分には自分の歩み方があって そのスピードも自分にしか出せないスピードがあって それでええやん。 と思えたとき、何かがふっきれたような気がした。 今のこの瞬間にしかないコザルズの時間に 私との想い出が出来て ニッコニコの笑顔を見せてくれるほうが大事だったりして 大きくなったら分かってくれる って言うのは私の勝手な言い分で コザルズにすれば そんな大きくなってからの母親への理解より 今母親と作る時間が嬉しいんだ ということがあったりで。 でも、毎年ちょっとずつだけど それでも夢は叶ってきている。 収入という結果だけでは見えない なんつーか・・・ たぶん、書いちゃうと「なんや~、そんなのが夢か」 と言われちゃうようなのとかもあるけど 夢にも段階があって 叶うものから叶っていくようになってるのかなぁと。 幸せの青い鳥は すぐ隣にあった って感じなんだろうな、きっと、いつも。 もうすぐ、大好きな亡きおじーちゃんに イッコ約束叶えたよって 報告出来る日がきそうです さて、朝まで頑張るかぁ コザルズの朝ごはんとお弁当を作ったら おネムですな~~~
2007.06.18
コメント(4)
今日はネットでこのニュースを見てビックリした。-------------------------------------------------------------------新潟県長岡市の県立高校内の女子トイレで5日夕、同校3年の女子生徒(18)が男児を出産し、男児は死亡していたことが、6日わかった。 長岡署の調べによると、女子生徒は5日午前中から授業に出ていたが、午後4時ごろ、腹痛を起こしてトイレに行き、午後5時ごろ出産。生徒は個室内から携帯電話で友人に連絡し、駆け付けた友人と教諭が、洋式トイレの便器内に男児が産み落とされているのを見つけた。男児は病院に運ばれたが、死亡が確認された。 男児は体重約2800グラム。同署で男児の死因などを調べている。保護者や学校関係者らは生徒の妊娠に気付いていなかったという。-------------------------------------------------------------------過去、私が妊娠していたんだと子供を産むまで気がつかなった人はたった一人だけいる。娘と同じ幼稚園に行っている同級生のママさんでその人はとっても・・・ふっくらとした人で・・・ほんとに妊娠していたことを誰も気がつかなかった。この女子高校生の場合、なんで分からなかったんだろう?って思う。親も生理が来てないとか分からないものなのか??うちも女の子が2人で、そのうち長女は生理が始まったので思うが生理用ショーツが洗濯物の中にあったら「あ~、生理になったんやな」って分かる。それより、本人も気づいてなかったのか?こういうニュースを聞くと、何かおかしいんじゃないかと思う。だいたい便器の中に赤ちゃん産み落として水があるから息が出来なくなることくらい分からないのかな。産んだ瞬間、母性は目覚めることがなかったのか?あー、なんか情けない。身体ばっかり成熟しても、心が幼稚園児並みじゃないのか?これじゃー、発情した動物と変わらないと思う。よく、アメリカに住んでる友達が「日本って平和な国だってほんと思うよ」って言ってたけどほんとそうだと思う。これも一種の平和ボケの事件だな。
2007.06.07
コメント(0)
この連休、うちのコザルズたちを初めて旅に出してみた。 と言うと大げさかも知れないけれど 行き先は私の生まれ故郷だ。 我が家から電車に乗って、慣れた大人で2時間ちょっと。 3回乗り換えをしないといけない。 極めつけが最後の単線ローカル線、1時間に2本しか走らない(笑) いったい、私はどこで生まれたのだ?という感じだけど(^^;) 紙に乗り換えの駅と、どこのホームから何行きに乗るか を書いて持たせて、分からなかったら電話をしてくるようにと言い 不安になったら周りの大人に聞いて確認するようにと 何度も言って聞かせて送り出す。 なんだかこっちがハラハラドキドキする(;^-^;) 3時間半かかって、ようやく到着したと連絡があったときは ホッとした(笑) 最後の単線ローカル線はギリギリ発車に間に合っていたのに 扉付近までぎゅーぎゅーに詰まっている大人を見て 「乗れないわ」 と思って、次の電車を30分待ったという。 「あほかぁ!電車って言うのは、そこを尻から押し込んで乗るねん!」 と言うと 「そんなん知らんやん!」 とのお返事(笑) そうだ、初めてってそんなもんだ。 通勤電車の満員さにいつしか慣れて、どこの扉が一番すいているとか どこに乗れば乗り換えがスムーズに出来るとか そういうのは経験していかないと分からない。 ビジネスだって、同じだよね。 今、涼しい顔してすいすいす~~~いと稼いでいるように見える人でも ずっと前は、何も知らない初心者だった。 初心者だから出来ないなんて嘘。 最初はスタートがあるのは皆同じ。 子供が色々とやり遂げていく姿を見ていると 自分も昔、そんな頃があったんだなぁと思い出す。 親が「するな!」ということほどやりたくなったもので・・・(笑) いや、ちょっと違うか?(汗) 「そんなこと出来るわけないでしょう!」 と言われると 「おらー、絶対やってみせてやるから覚えとけよ!」 なんてガラ悪く思ってたりした(笑) コザルズよ。 キミたちが何でも出来るように おかんも何でも出来るんじゃないかって そんな気持ちになったよ。
2007.04.30
コメント(2)
めでたくひとつまた年を重ねました。 年を取る、とは言いたくなくて(こだわり) 重ねる、という言葉の響きが好き♪ 若いなんてもてはやされるのなんて人生のうちのほんの短い間で ただの天然現象なんですねぇ・・・。 生まれてくれば、若いうちがあって当然で。 でも、時間は確実に経過しているわけで 外見が10代や20代の頃のようにぴちぴち♪でなくなったとき ほんとーの内側からのなにかがやっと顔を出すような気さえする。 笑ったときに目じりに数本線が入るようになった。 でも、意外にこれが気に入っている(笑) 離婚の前後、私はこの数本の目じりの線を見ることはほとんどなかった。 よーするに笑ってなかったのだ・・・。 なので、こうやって線が入るくらい笑える今がとても嬉しいと思う。 若さも老いも天然現象で 生きていれば多少の違いはあっても、皆必然的に身に起こることだけど 内側だけはボーッと生きていたらガラクタになってしまう。 年を重ねるごとにウキウキしてくる自分がいる。 どんな可愛いクソババァになろうかとワクワクしている(笑) 私は誕生日に両親にメールか電話でいつも同じことを言う。 お父さんとお母さんの娘に生まれてよかった。 生んでくれて、ありがとう。 そして、今年はその言葉に父からなんとデコメールが届いた。 と言っても目がハートで、そのハート目がピコピコしているだけのものが付いていただけなのだが(笑) 「日曜日なので忘れていました。 もう40歳に手が届く年になりましたね。 何事も余裕を持ってしてください」 40に手が届くだけ余計だ!( ̄ー ̄; いつも間際でバタバタとする性格なのをよくご存知で・・・ 母は 「娘がもうそんな年になったのかと思うと 自分が年を取っているのを実感してまうわ~~」 と自分のことを言っていた(笑) まだまだこれからよっ!!!(* ̄ー ̄)v
2007.02.13
コメント(4)
とあるライティングのお仕事で 脳のシワの細部まで、侵食されてきている感のるなです(汗) きっつい仕事ほど、自分の身になる・・・ ということで? 遅ればせながら、3日の日曜日に開催された 犬飼ターボさんの「ハピサクレッスン」に参加してきた気付きなど 書いてみようと思います。 この「ハピサクレッスン」はもう3回目の参加になります。 毎回、スタッフとしてお手伝いさせていただきながらの参加なのですが 毎回進化している、すんごいセミナーです。 1回目は受けるだけで精一杯と言う感じで 2回目は実はワークが結構キツかったりしました。 今までこんなこと真面目に向き合ったこともなく 気付いていても、しんどいからと逃げていたツケがここで表面化したというか。 で、3回目受けて思ったのは やっぱ、ターボさんのセミナーはすごい! 受ける側の問題によっては ビジネスにも恋愛にも、親兄弟、友人などのすべての人間関係にも効くっ!と思いました。 ビジネスマインドもきっと強力についていくと思います。 いわゆるビジネス系セミナー(特に情報起業系)のセミナーと違い あの会場の空気感、というのは心が安定していくのを感じます。 そういうセミナーは、色々な成功者たちの話を聞き 「あぁ、私にはこれがない。あれもない。これも出来ない、あれも出来ない・・・ よし!頑張ってやっていこう!!(実は心が苦しい決意)」 という感じの感覚に陥っていくのだが 「ハピサクレッスン」は ターボさんの話2~3割? あとは、自分と対面していく。 で 「あぁ、私にはこれがある!あれもある!これも出来るし、あれも出来る! よし、なんだか妙になんでも出来る気がしてきたぁ♪」 という感覚になっていく。 偉いぞ、私っ!!! って、自分がめちゃめちゃ可愛いヤツだと思えてくる(笑) ターボさんの話は濃い。 めちゃ濃い。 でも、自分のことを語りまくる"先生型"セミナーと違って 主体が参加者にある、という感じで 参加者たちがグループになり、わいのわいのとやっている様子を 実にニコニコと見ていてくれる。 「ふふふ・・・ 気付いてきたかな~? 仕掛けが分かったかな~~? ほぉら、あなたはだんだん幸せになってくる~」 みたいな感じで。 例えは違うかも知れないが、落とし穴を掘って誰かがそこに落っこちるのを、ワクワクして待っている少年のような感じにすら見える。 ワーク中、隣のグループの席の男性が叫んだ言葉がふっと耳に入ってきた。 「嫁さんと出会えたことが一番の成功体験だ~~!」 と叫んでおられた。 めちゃめちゃいい顔をされていた。 めちゃめちゃオーバーアクションで、嬉しそうだった。 帰宅して奥さんを見た瞬間、押し倒すんじゃなかろーか? と思うようなイキオイで(笑) このグループにも、縁があり、意味があるという。 私は、ここで色々なものを渡していただいた。 意外なことに、自分もたくさんのものを渡していたという。 そして、終わったあとその一人の男性からメールが来て 嬉しく驚くようなシンクロがあったとか! 参加者の方が帰られて 片付けも終わり ターボさんとお別れのとき・・・ 「春になったらまた遊びに行ってもいいですか?」 と言ったら 「ぜひ!」 と言っていただけたのが嬉しくて めっちゃ寒い風が吹いている中を、ほこほこ♪した気持ちで お迎えを待つことが出来ました。 とってもステキな経験をたくさんたくさん、ありがとうございました!
2006.12.04
コメント(0)
おとつい、ペットショップに勤める友達に預けていた子猫を いったん引き取り、動物病院に健康診断に連れて行きました。 小さすぎるので、血液採取が必要な検査はまだ出来ずに 簡単な検査をしてもらいました。 その時は問題はなく、安心していました。 その日は我が家で一晩過ごしました。 相変わらずよく鳴いて、ミルクも飲んでいました。 ただ、昨日はセミナーで家を空けないといけなかったので また朝に友達に連れて行ってもらいました。 そして、昨晩はまたペットショップで一晩過ごし・・・。 元気な子猫でした。 とっても人懐っこい子でした。 そして、よく鳴きました。 お友達が、猫を飼っていて、ブログには猫ちゃん大好きな人が集まるからと ブログで里親募集もしてくれて、その中から何人か欲しがっている人がいるよと セミナーで逢った彼女から聞いて、本当に嬉しかったんです。 ところが、今日の午後・・・ 容態が急変したらしく・・・ 子猫は天国に旅立ってしまったと連絡がありました。 友達はごめんな、とメールをくれて・・・ ごめんなって、私が言うほうだよ、ってそれを見てると 泣けて泣けて仕方なかった。 あんなに元気だったのに、 昨日の朝は寝ている私の頭の上を歩いてたのに、 あんなに必死にミルクを飲んでいたのに、 私の腕でゴロゴロと喉をならしていた ちっちゃな温もりが もう、いなくなっちゃったんだーーー・・・・。 雨に濡れてベチャベチャだった、骨が浮いたガリガリの身体やった子猫。 幸せにしてあげられなかったよー・・・。 飼えないのに拾って 家に置けないから友達に頼って 何も出来なかった。 ごめんねぇ。 お店で預かってくれてありがとう。 ブログで呼びかけてくれてありがとう。 ミクシィで子猫のこと書いてくれてありがとう。 コメントくださった皆さん、あったかい言葉をたくさんありがとう・・・。 もう、今は寒くもなく、寂しくもなく 天国で幸せになってくれていたらいいなと もうそれしか願うことが出来ない自分が 無力な自分が とっても悔しい。 ちっちゃくても生きていたこと、 一生懸命鳴いてヨタヨタと走ってきたこと、 せめてずっと忘れないでいるからね。
2006.09.14
コメント(7)
にわか雨がひどく降ったあと 妹宅へ用事があり、彼と二人で家を出ると かすかに子猫の鳴き声が・・・。 最近、我が家の周りで野良猫が多く、どこかで子供を産んだのかな と思って通り過ぎようとすると、ひょっこりと草むらの中から顔を出した子猫。 雨に濡れて、ベチャベチャで ドロドロになっていた小さい子猫。 目と目があった瞬間 「ミャー!ミャー!」 と大きな声で鳴き ちょっと小高い丘になっていた草むらから 転げ落ちるようにして、私たちの方へ一生懸命来ようとしました。 彼が草むらへ入り、ひょいと抱き上げると 彼の顔を見て、必死に鳴いて・・・。 私は、ペット禁止の賃貸住宅に住んでいる。 出産してから体質が変わったらしく、猫アレルギーも出る。 でも、子供のときから猫はよく飼っていて、猫の可愛さは嫌というほど知っている。 この子供のときに飼っていた猫も、ほとんど私が拾ってきた猫たち・・・。 飼えないと分かっていても、この一生懸命な目と鳴き声を 振り切っていくことが出来なかった・・・。 妹宅にとりあえず連れて行くと、来ていた母親が 「また拾ってきたん?どうすんの!」 と多少お怒りモード。 (過去になんどこうやって怒られたことか・・・) とにかく洗ってやろうと洗面所でお湯を出し、洗ってビックリした。 汚れと思っていたのは、ノミのフンだったのだ。 小さな身体にこれでもか、という数のノミをつけていて さすがの私もその姿に一瞬ひるんだ。 たぶん30匹以上はつけていたと思う。 目には目ヤニがいっぱい、耳の中も汚れて汚い。 そんな身体を洗い、彼と二人がかりでノミを全部取り 洗い終わったときには子猫の喉から グルグルグル・・・ と安堵の音が。 気持ち悪かったやろう? 痒かったやろう? と声をかけると、私の腕を両手でモミモミしていた(笑) ちょうど夏前に妹の家の玄関横で、野良猫が出産し 育児放棄をして赤ちゃんをほってどこかに行ってしまったため 妹が哺乳瓶とミルクを買ってきて世話をしていたことがあった。 その哺乳瓶とミルクがまだ残っていたので それを使って与えてみると、ペロリと飲んでしまった。 その後、子供がワーワーうるさいのに タオルをしいた箱の隅っこでスヤスヤと眠った子猫。 とりあえず我が家に連れて帰って来たら 長女にくっついて寝てしまうし 人のあとばかり付いてきて すごく人懐っこい。 野良の子だと思ったけど、これは人の手に慣れた子としか考えられない。 私も何度も野良の子を拾ったけど、本当に野良の子なら 小さいながらも警戒して、威嚇したりする。 なのに、この子は人の横で眠ろうとする・・・。 「飼い猫だった・・・?」 長女はうちで飼いたい!と言う。 とにかくくっついてくるので、もう情が移ってしまったようだ。 私だってそうしたい。でも、我が家では飼えない・・・。 ものすごい葛藤。私の高校時代の友達がペットショップで働いているので 相談したら 「店に連れていってあげるわ。ただ、里親は探してあげてな」 とのこと。 もし、興味を持っていただけたら こちらに写真を載せていますので見てください。 http://jpan.jp/?konekoあの、泥だらけでずぶ濡れの身体で 必死に鳴いてヨタヨタと走ってきた 小さな小さな姿が頭から離れません。 人の手に慣れた子猫。 どうか、幸せにしていただける人の元へと願っています。 今日、動物病院に健康診断に連れて行って来ました。結果は現時点では便に虫もいないし、耳ダニもいないとのこと。他の検査は、この子がまだ小さすぎるために血液採取が出来ないので、もう少し経ってからということになりました。出来るだけ、お逢いして引渡しがしたいので近畿の方を希望します。娘がとてもとても可愛がっていますので、一生本当に大事にしていただける方、時々は私たちに近況をお知らせしてくださり、写真を送ってくださる方・・・。どうかどうか、よろしくお願いします。
2006.09.12
コメント(2)
結婚して幸せだな~と思った期間は短かった。 今から思えば、私も人間出来てなかったなぁとは思う。 二世帯同居で一緒に住んでいたダンナの両親は とかく世間体にうるさい人たちで 自分の思うようにならない私の言動がとにかく受け入れられずに 些細なことでよく怒鳴り込んできた(^^;) お陰で私は両親の足音にさえビビり ひどくののしられ、心臓が止まるかと思う思いをして 泣きながら何度か家を飛び出したことがある。 ダンナは私に 「親の性格は変わらないから、お前が我慢しろ」 と言った。 結局、私が極度のストレスでご飯を食べられなくなり 長女がどもりだしたことで 別居に踏み切り、そのまま激しいバトルを繰り広げ 離婚に至った。 離婚してもうすぐ丸5年になる。 幸せになりたい。 娘を幸せにしたい。 その思いだけは、ずっと強く持ってきた。 頭にあることは 「今頑張らないといけない。 今、頑張って将来幸せになるんだ!」 ということだった。 そんな私に届いたあるメルマガにこんな言葉があった。 「将来の幸せのために、 今の苦しみに耐えていたけれど、 今、幸せと感じることを 30年続けていけば、 30年後も幸せに決まっているじゃない」 うわあぁぁぁ~~!! そうやん!! そうやん!! なんか、私って取りつかれたように 頑張ること = 幸せへの切符 耐えること = いつか頑張らなくてもいい って思ってた! 苦手なことをやって、へとへとになって いつも自分を追い込んでた。 今、幸せと感じることを やってもいいかな? やってもいいよね? 最初はこれくらいになったら、きっと幸せって思うだろー と思ってたことが、それでは満足できなくなり もっと頑張らないといけない。 そうじゃないと将来娘と幸せになれない。 なんて思ってたけど 今、私が幸せじゃないって誰が決めた? はい。私です(爆) 幸せは私が決めるものなんだー。 幸せのカタチは人それぞれなんだ。 今、私が幸せだと感じることを続けていれば きっとそれが ずっと幸せでいる方法。 幸せを計るモノサシは、私がこの両手でしっかり握っていたんだなぁ。 なんて・・・ 改めて思ってしまいました。
2006.09.06
コメント(4)
滅多にTVを見ない私だけど、たまたまTVをつけていたら始まった試合中継。試合が始まるまで、亀田親子、三兄弟の今までの軌跡というか延々とVTRで構成していたなー。こういう人の歴史的な話は好きなので、見入っていたんだけど「あり?お母さんはいずこ?」とずっと思って見ていた。まー、元々TVは見ないし格闘技にも興味がないので亀田三兄弟という名前は知っていても、詳しくなんて全然知らなかったから両親が離婚していたなんて知らなかったもんで・・・。皆、試合が八百長だとか納得いかないとか言ってるけど私的には試合の内容は「ふ~~~ん」という感じ。興味のない者にとっては、そんなもんです(^^;)それよか、私はまったく触れられなかった「お母さん」について思いを巡らせておりました。うちも離婚してるし、子供もいるからね。女の子やけど・・・。VTR見てて、父親との絆をやたら強調してたけどこれ、私がお母さんならツライわ~~~なんて。お腹痛めて産んで、自分も親でありながら子供のすべては父親が決める。子供も父親を崇拝している。ここまでならまだ喜ぶべきことなのかも知れない。昨今の日本、親が平気で我が子を手にかけ子もまた気に入らないと自分のルーツである親を手にかける時代ここまで親子の絆が深いというのは、ある意味感動ものだな~~と思う。私も試合終了後に嗚咽しながら父親に抱きつく姿を見てホロリ。となってしまったもん。離婚の原因は教育方針の違いから、と書いてあったけどそら~~~食い違うやろうな~~、ここまでやったら・・・と思ってしまった。この中にいても、お母さんって家事するだけって感じやもん。親子で遊びに行くわけでもなさそーだし朝から晩まで、学校以外はボクシングを父親とやってて同じ親でも、この父と息子の絆の中にはとうてい入れるとは思えないほどの絆で・・・私が母親ならかな~~り寂しいかも。それも3人が3人とも父親至上主義。なんか、競馬のよー走る牡馬の種を残すために妊娠させられた牝馬の気分になったりして。この兄弟見てて思うのは、愛情のバランスは取れてないんやろーなということ。今はボクシングがあるからいいけどいつか引退した後、父親なしでどうやって生きていくんだろ?と心配してしまう私は考えすぎか?TV見てて、今どきめずらしい親子愛でいいねぇ~~と思っていた私が「?おかしいんちゃう?」と思った父親のセリフ。”俺がこいつらの人生決めてやったからには俺が最後まで責任を取る”みたいな・・・・。人生って、子供が決めるもんなんじゃない?この兄弟は自分たちが決めたと思っているんだろうけど父親が決めてやったというくらいだから、決めてもらっちゃったんだろうなぁ~。「なんのために生まれてきたのか分からない」「どうやって生きていけばいいのか分からない」という若者が激増している中、ここまでまっすぐに生きていこうとしているのはすごいと思うけど、なぁんかどっかがズレてるように思ってしまうのはなんでだろー?この試合を見ていたお母さんの心中はいかに?そっちのほうが気になる月野でした。
2006.08.03
コメント(5)
「夢告」に出逢ってから、驚くことがたくさんあった。出逢いは昨年末。インターネットビジネスでお世話になっている方が大阪に来られたので個人的にお逢いして飲んでいたときにその方から「夢告」の話を聞かせていただいたのが始まり。インターネットでビジネスをしていてかなりの収益を得ている方なので、そういうスピリチュアルなことにあまり興味がないのかと思ったらあまりにも驚くスゴイ体験をしたそうで「彼女は本物ですよ!」と、真剣な顔をして話されるので私もすごく興味を持った。元々スピリチュアルには興味があったし「夢告」というそのままに、夢によって透視をされるというので私もよく夢を見るので、もしかして私も夢で予知をしていたこともあったかもしれないなぁと思ったのだ。その頃、自分のビジネスや人生の方向性についていつも考えていたし、また気になることも色々あって、それらは目に見えないもののような気がして仕方なかった。よく、ここでも亡くなった大好きだった祖父の話を書いているけれどその祖父の生々しい夢を見たのがずっと気になっていた。祖父はもう亡くなったはずなのに、冷たい石の上にゴザをひいてその上に横たわっている。その祖父に私がしがみつき、「おじいちゃん、どうしてまた死んじゃうの?」と泣き叫んでいた夢。悲しくて悲しくて、目が覚めたとき涙で顔がぐしゃぐしゃになってた。私はいつも祖父が側にいて、見守っていてくれていると感じていたけどなんだか祖父は幸せではないような気もしていたのですごく気になっていたのだ。現に実家では色々あり、両親、特に母が精神的にひどく負担を抱えていたし父の兄弟の間では穏やかでない雰囲気がいつも流れている。「おじいちゃん、何か言いたいことあるん?」と時々、眠る前につぶやいてしまうこともあった。私はふみちゃんと一緒に夢告の小坂先生にお逢いするために昨年12月に東京へ向かった。小坂先生は大変小柄な、上品な方で、守護霊さまが龍神さまでお不動様のお告げを受け取られるという方なのに、柔らかい印象で一瞬でファンになってしまった。先生とお話をしていると、だんだん右腕に痺れが・・・。そのことをお話すると、「おじいさまは森繁久弥さんに似ていませんか?」と。最近の痩せて年を取られた森繁久弥さんをTVで見ていたときに妹と「おじいちゃんに似てない?」という話をしたくらいだったので、驚いて「そうです!どうして分かったんですか?」と言うと「るなさんにお逢いする前に夢告に現れていました」ということだったので、もう本当に驚いてしまった・・・。祖父は成仏出来ていなかったらしい。きっと自分の亡き後、色々とある家を悲しい気持ちで見ていただろうな・・・。それがキッカケで、私は先生とお付き合いさせていただくようになり先日は先生の初のセミナーに東京まで行って来ました。その前に「るなさんが以前飼っていたワンちゃんはメスですか?お骨はどうされていますか?」とメールをいただいた。「そうです、メスです。お骨はまだ自宅に置いています」と返事をすると、ワンちゃんは成仏できずにいますよ、と教えて下さった。実はるぅちんが逝ってから、卵巣を腫らして救急車で病院に行ったことが2回ある。それは、るぅちんからのメッセージだったようだ。それから、私は実家にるぅちんのお骨を持って先生に教えていただいたように葬りました。そうしたら、その日の夜に夢に元気だった頃のるぅちんが現れて私が背中を撫でている夢で、とても幸せな気持ちで目覚めたんです。そして、ほかにも私にはあることがあってそれをこのまま放置していたら、この夏に命にかかわるとんでもなく大変なことになっていたとか・・・。今は実家の母と共に、先生の夢告透視に大変助けていただいてます。先生のブログには、今までの驚くようなお話などが掲載されているので興味のある方は見ていただけたらと思います。今は私のビジネスや人間関係など、色々と教えていただいているので道を踏み外すことはないという絶対的な安心感を持っていられます。目には見えないけれど、昔から人が大切にしてきたご先祖供養や、自然への祈りなど、そういう部分は現代でだんだん「非現実的」なこととして、やらない方が多いと思うけど家に当たり前に仏壇があり、何かあればお墓にお参りに行っていたような環境で大きくなった私には、やはり大事なことだと思うのです。今は、亡き祖父を先生に教えていただいたようにおまつりし毎日戒名を唱えています。ニコニコと大好きだった笑顔で、「るなよ、おじいさんはここにおるぞ」と大きな手で頭を撫でてもらっているような気になります。早くおじいちゃんが安心して成仏できるようにしてあげたいなぁと・・・。おかげさまで、日々色々なことに感謝出来ることがたくさんあることに気が付きました。今、ここに私がいるのは、ものすごい何兆分の1という確立であること。その確立の中で、ご先祖様のうち誰一人として別の人であれば、今の私ではないことを考えると、生きることを粗末にしたらアカンなぁと思うのです。
2006.07.19
コメント(6)
平日、毎日朝方まで仕事してます。仕事といっても、誰かに強要されているわけじゃなくて自分の夢のための土台を作ろうと色んな準備のための、いわゆる「自己投資」的な作業です。もちろん、中には仕事もあります(笑)肩が凝りすぎて、手で揉むとコリンコリン言うてます(^^;)どんなに忙しくなっても、私は週末土曜日だけは絶対PCしないと決めてます。その代わり日曜の夜から平日は、体力気力の続く限りやりまする。というか追い詰めないと、なかなか動かない性分なのでそうやって追い込んでることもあるけど・・・(爆)電磁波から離れる日がないと魂がかすれてしまいそうな気がするのよねー。でっ!!!行ってきました、天の橋立♪♪それから、温泉に入ってぐたーーーっ。(日帰りね)途中で、新鮮な魚介類を買って晩御飯を食べて帰って来ました♪身体は少し疲れてるけど生き返った~~~って感じ。イッパイ笑った。大好きな笑顔が横で笑ってた。イッパイ笑って、また頑張ろう。今年はほんと正念場。ダッシュかける時に息切れしないように持続できるように。また、今まで以上に更新がままならないだろうけど・・・。・・・はは(^^;)
2006.03.04
コメント(12)
17日にうちの次女コザルが9歳の誕生日を迎えました。 相変わらず「コザル」です。 このコザル、誰に似たのか超~~~マイペース。 好きなことは一日中でも没頭できる根気があるのに 嫌と思ったことは絶対しない。 ピッ!ともしない(笑) そんなコザルと付き合っていて、あることに気が付いた。 ヤツは、やりたくないことを 「出来ない」 と言って逃げるのだ。 出来ないことはないことでも、 「出来ないもん!!」 と言ってしないようにしようとする。 コノヤローーーー・・・・( ̄‥ ̄)=3 と思っていたけど、これってコザルに限らず 大人でも逃げるために使ってない!? ってある時思った。 ヤフオクに常時最低100点は出品しよう!→落札率が上がる! と言われても「時間ないから出来ない」 いやいや、しんどそうだからやりたくないだけ。 そう考えて見ると、そうやっていくつものことを 「出来ない」 と言って逃げてきたなーーって思う。 でも、そんなコザルの幼児期とか思い出すと そんなこと言ってなかった。 何度もゴロンゴロンして寝返りがうてるようになった。 何度も何度も尻もちをついても、ぐぐぅーーー!ってつかまって 立ち上がった。 一歩踏み出してコケて、大泣きしても また次の瞬間には歩こうと一歩を踏み出した。 好奇心旺盛なコザルは、何度川に頭から落っこちても また恐れずに川を覗きこんでいた。 (そして、落ちていた・・・ 私も服を着たまま数回飛び込み、救出しました^^;) トリ頭のコザルは、痛みはすぐに忘れていたようだ(笑) そんなコザルが 「出来ない」 と言ってしなくなったのは、ただ単に 「面倒臭そうだ」 「しんどうそうだ」 という理由だけ。 本来、私たちは何でもやれるし、出来る。 でも、自分が嫌だ、面倒だ、と思ったことは なんだかんだと理由をつけて 「出来ない」と納得しようとしてる。 私のお友達で、この何でも「やれるし、出来る!」と 思って生きている人がいる。 彼は、子供の頃の可能性を信じて疑わなかった あのイキイキした目を持っている。 大切なお友達の、「永遠少年」の彼はこの人。 あら、タモリさんが・・・(笑) その彼が、こんなイベントを計画しています。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ あいのりの旅から帰ってきたばかりのヒデと 友人のハオロンが2月26日(日)午後6時~ 東京飯田橋で対談講演会をやります♪ http://ifc.haolong.com/ifc13.html ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 彼に逢うと 「やれるし、出来る!!」マジックにかかっちゃいます♪ なぁんか疲れてるーーー、って人は マジ彼に逢うことをオススメですーー。 きっと、自分の可能性にいっぱい気付けるはずです! ※本日発行したメルマガから引用しました♪
2006.02.19
コメント(10)
人に言えないことが溜まってくるとあーーー気持ちが重くなるねぇ。溜まってるから吐き出せば軽くなるかなーなんて思うけど吐き出すときっと終わってしまう。・・・そんなこともあるのねー。もっと潔い強さが欲しい。下の娘がインフルエンザA型になってまいました。皆さまもどうかお気をつけてくださいね!!
2006.02.06
コメント(4)
真っ直ぐに伸びていくと風に当たり揺れることが増えるけど大地にしっかりと根を這わせただひたすらに真っ直ぐに伸びて欲しい。ユラユラ揺れるそのさまは時には儚く映るけれど風が吹くから種が飛ぶ。私は見ていることしかただ目をそらさずに見ていることしか出来ないけどその命信じてあなたが飛ばす新しい息吹の種がたくさん遠くへ飛ぶように祈り続けていようと思う。愛する娘、そして愛する彼へ。
2006.01.23
コメント(2)
昨年末から、私が誇ってきた楽天日記記入率がどんどん低下の一途をたどっている・・・。というか楽天を覗いている暇もない日があったりします。なので、私書箱にメッセージを入れて下さる方はお返事が数日遅れることもありますのでご了解下さいね。それと、コメントのお返しもままならないことがきっと増えると思いますがいただいたコメントは本当にありがたく拝見しています。週に1,2度は更新できたらなぁと思っていますので気が向いたら訪問してやって下さい(*^_^*)本当は書きたいことがいっぱいあるんですが・・・とにかく、お仕事のカキカキ頑張ります!!■近況・・・先週金曜日に彼が帰国。わぁい、わぁい♪無精ヒゲが生えてた。久々に不精ヒゲ見た~。なんだ、妙に味があってええかも(笑)土曜日はブログ道場のゲスト講師として出席、何度セミナーやっても人前に立つのは緊張するなぁ。かみまくったし・・・でも、いい出逢いがたくさんで嬉しかった♪日曜日は脳の改革に行ってきました。やはり脳は沸騰(笑)めでたく修了証書をいただき、第2号の響きにウットリでした♪さて、仕事っ!!
2006.01.16
コメント(4)
瞳を閉じれば笑顔のあの人がいる。どんなに遠く離れていても体温を感じることが出来なくても私が瞳を閉じればいつもと変わりない笑顔がそこにある。ちょっとカチンときて、もういらないと思ったときも悲しくて涙でいっぱいになったときもおなじように瞳を閉じれば怒っている顔じゃなくてただ笑顔のあの人でいっぱいになる。なんだかんだ言っても答えはこうなんだなぁ。あぁ、逢いたいなぁ。
2006.01.09
コメント(2)
昨年は、自分がなぜにこういう人間なのかということに 向き合えた一年だった。 すべて自分のせいだと思っていたことが 実はそうではなかったことや この世にやらなければいけないことなんてひとつもなく やりたいことだけを「やっていく」ことが大事なことや 大嫌いだった自分は、実はとってもお茶目でカワイイ奴だったことや そんなこんなで、長年身体に蓄積してきた垢を 新陳代謝によって生まれ変わった新しい自分が登場したかのような そんな気分になった。 今年は、その新しい自分で 自分のために生きていくことを 真の意味をもって生きてみたいと思う。 今まで自分のために何かしたり 自分のための利益を追求したりすることは なんだかいけないことのような気がしていたんだけど 長い間、自分で自分を呪縛で縛っていたことが解き放たれたからか、 いいんじゃない? やっちゃっていいんじゃなぁい? って感じでワクワクなのだ(笑) 今年は自分のために 自分がやりたいことを やっていきたい。 いつも人の意見を聞いて、 人がいいと言ってくれないと不安だった。 人がどう思うか怖かった。 今までは、人の夢に乗っかっていた感じだけど 今年は自分のために 存分に堪能してみようと思う。 今年はもう1本、収入の柱を増やして 娘と彼といーーーーっぱい遊ぶぞっ!!
2006.01.05
コメント(13)
気が付けば、またまた更新が出来ないまま30日も終わろうとしているなぁ。本当にバタバタした日々を送っている。書きたいことがふっと湧いてくるのに、すぐに書けないので気が付いたら忘れている(笑)今年は本当に色々あった一年でした。でも、喜びをたくさんもらった一年だったなぁ。人との出逢いが人生を変えることがある・・・。まさに実感した一年。来年はまた走り続ける一年になると思うけど笑顔で走っていきたいと思う。楽天も時々の更新になってしまうと思うけどどうぞ変わりなくお付き合いしていただければなぁと願います。小さな幸せを逃すことなく感じていける私で過ごすことが出来るよう祈りを込めて。私と関わってくださるすべての方に感謝!
2005.12.30
コメント(4)
いつも常にどこかで焦っていた。そして、心に小さな穴があいているような感じで満たされていると思っているのに幸せだと思っているのにどこか落ち着かない感じで焦りと寂しさが入り混じったような気持ちだったのは誰かと自分を、知らず知らずのうちに比べていたからだったんだなぁと思う。誰かの成功論や、幸せ論を聞いて自分と違うと、それは自分が劣っているからだと自分がまだまだなんだと思いどうすればそれを手に入れられるかということを考え、自分には無理なんじゃないかと自分では出来ないんじゃないかと思っていたなぁと思う。誰かの成功論は、誰かの成功論。誰かの幸福論は、誰かの幸福論。自分が習えることがあれば素直に習い出来ないことは、出来ないでいい。ある日突然、あれはこのことだったんだ!と目からウロコが落ちることもある。自分を知りたくて自分をもっと好きになりたくて色々な本を読み、色々な話を聞いてきたけどよくなんのための本?話?という状態になっていた。人の幸せを感じるところが、私に当てはまらないこともあるし成功だと思えるところもやっぱり違う。人から、小さいと思われても私がそれでいいなら、それでいい。どうも流されやすくて、感化されやすいので大事な基本をすぐに忘れてしまうらしい。自分を基準にして生きていかなきゃ万年心寒い女のままだわ(笑)自分が生きていくステージは、自分が決めていいんだなって最近思う。そのステージは、自分が作り上げていく自分しか作れないものなんだもんね。
2005.12.07
コメント(10)
なんと、10日ほど日記を放置していたらしい・・・。この間なんだかめちゃめちゃ身体も心も働いていたような気がスル・・・。「ブサカワ」なフレンチブルのホァホァも、相変わらず我が家で寝ている(笑)日記が書けないのは、仕事のことしかネタがないからだ・・・。なんだか、寂しいぞ・・・。忙しいって、心を亡くすって書くけど今のところまだ心を亡くしてはいないようだ。不思議だけど、妙に穏やかで、今のバタバタを楽しんでいる自分がいたりする。今、こんなに色々あってもひとつひとつクリアにしていける自分に、少しずつ自信も出てきたような気がする。今から、まだ仕事頑張ります~~!!
2005.11.28
コメント(8)
13年前結婚するとき「この人に幸せにしてもらいたい」と思っていた自分がいた。幸せはしてもらってなるもの、みたいな感覚だった。誰よりも幸せになりたいという欲求はあったけど幸せにしてあげたいという気持ちは薄かったような気がする。そんな私が子供を産んだことで幸せになることの意味をちょっと考えるようになった。私が幸せじゃなければ、娘も幸せにはなれないということ。娘は何があっても、幸せにしてやりたいと願う気持ちが強く芽生えた。幸せって、自分の大切な人が幸せでいてくれることを見ていることかも知れない。おこがましいかも分からないけど大切な人たちを私が少しでも幸せにしてあげることが出来たら幸せが自分にもやって来るように思う。幸せのおすそ分けが貰える。それが、幸せのひとつの形かも知れない。今、幸せにしたいと思う人がたくさんいてそしてそんな自分がやっぱり幸せなんだなと痛感している。私一人の力はとても小さいものかもしれないけどこんな私の幸せを願ってくれる人がいることが私の力を増幅させてくれているという現実。愛してくれて、ありがとう。
2005.11.13
コメント(8)
私は「芸術家」ではありませんが 昔から、絵や文章で何かを表現することは好きでした。 今は「書くこと」でお仕事をもらっています。 そんな私が現代美術家の嶋本昭三先生とご縁があったのも なにかステキなお導きのような気がしています♪ 私は先生が大好きです。 正直、芸術のことは分からない・・・。 でも、先生といると「生きる」喜びの力が湧いてくるんです。 色んな意味で、私にとって先生は「メンター」です。 その先生のブログを管理更新させていただいているんですが 最近忙しくてなかなか更新できなくて・・・ 今日やっと更新したんですけど いただいた原稿を読んでいて、すごく感動しました。その内容は↓●嬉きことの猶この上に積もれかし とにかく読んでいただきたいです。人は、色々なエネルギーで生きています。この前書いた「喜怒哀楽」のエネルギー。そこにひとぉつ隠れたエネルギーがあります。それは「恐れ」のエネルギーなんだそう。これは書くととんでもなく長くなるのではぶきますが「幸せに成功する」とよく言われてますよね。そのために一番必要なエネルギーは「喜び」なんだって。喜びと楽しさは違うそう。喜びのエネルギーとは自分にとっての「宿命」バーストビジョンとも言うそうです。これ聞いたとき、ふるふるっ!!!ってきましたねぇ。喜びのエネルギーで生きていきたい! そう思えるようになったとき 必要な言葉に出逢ったような気持ち。 それが、この先生の言葉でした。幸せすぎると、「この幸せはすぐに壊れてしまうんじゃないか」とか「もうこれ以上の幸せはない」とか思ってしまいがちだけど嬉しくて、楽しくて、喜びでいっぱい。それがどんどん来る自分だと思えること。それに耐えてみせるよ~~って笑えること。なんてステキなんだ!!キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!! って感じ?(笑)最高やなぁ♪これからの人生めっちゃ楽しみになってきた~。
2005.10.31
コメント(0)
日曜日のことになるんだけど・・・ 朝イチでメールチェックしていた私。 高卒社長の発行されているメルマガ 【ノーリスク超実践型起業講座】 を読んでいて、ふと気になるURLがあったのね。 それがコレ↓ ------------------------------------------------------ ■神風特攻隊は、片道の燃料で 米国の艦船に向かった。必 ず死んでこいと・・ (言葉だけでなく今年中にきっちりとお墓にお参りにいきま す) http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf ■感謝の気持ちを忘れそうになったら・・・ (涙が止まりませんでした。) http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6133 ------------------------------------------------------ 私は戦争体験者のおじいちゃんの影響を色濃く受け継いでいるので 特攻隊とか、そういう言葉に反応してしまうんです。 で、ポチッと。 もうね、おじいちゃんとダブって・・・ (おじいちゃんは南方戦線で戦艦に乗ったり、輸送船に乗ったりしてたから) 画面ぼやけまくり。 なんかね~~~、この言葉を残した特攻隊員の人に申し訳ない気持ちになってしまった。 おじいちゃんに言われてるみたいで。 いつも夏になったらおじいちゃんと戦争特集番組を見てた。 おじいちゃんの体験した話を聞くのが恒例やった。 今でも、実家にはおじいちゃんが死ぬまでに完成させた 自分が乗っていた戦艦の写真に、おじいちゃんが直筆で戦艦の説明を書いた額が上がってる。 死期が近付いてから、図書館などで調べて集めていたようだ。 もっともっと、真剣に沢山の話を聞かせてもらっておけばよかったと思う。 そんなこと、思い出した。 そんな状態で、次をクリックしたもんだから もーーーーーーー、あかんかった。 うちの母親、最近調子が悪い。 精神的なもの。 ネガティブワールドまっしぐら。 痴呆なのに、気がきつい祖母の世話でクタクタ・・・。 あかん、またダブった。 もう、涙がポタポタ落ちてきて 朝イチから顔はボロボロやった・・・。 なんか、ここに生きてることそのものに 感謝の気持ちになったし、 亡くなったおじいちゃんとの約束思い出したし、 生きてるだけで、ありがたいな~~~ってほんと思った。 高卒社長さん、ステキなサイトをありがとうございました。 鼻水まで垂れちゃいました・・・。 彼がまだ寝ていてくれて、よかったです・・・。 感動して泣いていても、泣き過ぎると 泣き顔はキレイじゃなくなるんですね(T▽T)
2005.10.25
コメント(6)
「年とったなぁ~」とつい思うことが増えた。それは、身体の無理がきかなくなったこと。最近、朝方まで起きて仕事をしていることが続いたら肌がアッというまにハリをなくした。それに眠ったらコンコンと眠ってしまう。下腹部に脂肪がついてきた。一番思うのは、鏡を見たときかなぁ。あ、私って笑ったらこんなとこにシワが出来るんや・・・頬の位置が下がったなぁ・・・なんてよく思う。あぁ~、年取るって嫌だなぁ。だけど、精神面では昔となんら変わらないようにも思うけど・・・(笑)私の彼も、出逢った頃はこれで44歳??と思うくらいだったのに、やっぱり50歳も近くなるとアチコチ痛いとか言ってるし髪もすこぉし薄くなってきた部分があるし顔にも年輪が出てきた。でも、本人ちっとも気にしてない(笑)アチコチ痛いのは困ってるやろうけど。「年は取るんと違う、年を重ねるんや。内面の充実が大事や」と言う。自分をダンディーだと思っているフシがある(笑)まだまだイケルと思っている。←試したら許さんけど。半分呆れながらも、年は重ねていくもの・・・この言葉には納得。寄せる年の波には叶わないけど、努力はしよう。笑ったときに出来るシワがカワイイ女になろう。いい味が出てきたなぁ、ええ女になったなぁ。と言われたいもんだ。いくつになっても。放つオーラに年齢は関係ないかも。むしろ、人生を味わえるようになってこそ、その人のオーラが生まれてくるかもしれないなぁ。だけど、ちゃんとパックはしておこう(笑)外見の老化には最大限の努力はしよう~~っと。下腹部ポッコリは手強いけどなぁ(^^;)
2005.10.23
コメント(6)
人間の感情の基本形はこの「喜怒哀楽」だと思う。いわゆる幸せに成功しているという人は、この「喜」と「楽」で物事を判断しているんだそうな。自分の感情は、やがて自分に返ってくるという。「怒り」で生きている人の周りには、「怒り」で生きている人が「哀しみ」で生きている人の周りには、「哀しみ」で生きている人が集まってくる。それならば「喜び」と「楽しさ」で生きていればおのずと自分の周りは「喜び」と「楽しさ」で満ち溢れていく。なんてステキな人生。けれど、どんなに頭でそれを理解していても人間の感情はそうそう自分でコントロール出来るものじゃない。それを知っているがゆえ、マイナスの感情が沸き起こったときに今までよりも切り替えが早く出来るようになるけれど心のクセはなかなか取れない。実はこれに落ち込んだときもあった。私は性格が悪いんじゃなかろーーか?と凹んだりもした。と、ふと思った。ええやん。これが私やねん。そんなこと考えてたら、どんどん自分が嫌いになる。自分が嫌いだと、人を愛せなくなってしまう。ありがたいことに、こんな私でも「お母さん、大好き」と無償の愛情で慕ってくれる娘がいる。文句を言いながらも、いつも見守ってくれる彼がいる。こんな私のどこがいいんだ?と思って聞いたことがある。「私のどこが好きなん?」すると、半分冗談ぽくだけど「全部」と言ってくれた。「全部」外見も、内面も、いいも悪いも全部。魔法の言葉。「喜怒哀楽」で、「怒」「哀」はよくないように思ったけど、そうでもないんじゃないかな~。愛しているからこそ「怒る(叱る)」こともある。愛しているからこそ「哀しむ」こともある。その時のその感情を、愛しむことが出来ればいい。色々な感情を体験してこそ、豊かな感情を持ち本心「喜び」と「楽しみ」を感じれる人になるのではないかなぁ。「喜怒哀楽」は、一人じゃ沸き起こらない感情と思う。愛する人の側で、笑って、怒って、泣いて・・・素直な感情で生きていければいいな。ある人の言葉がふいに私を襲って心にグサリと矢が刺さったけどそんな自分に嫌気がさしたけど感情があるからこそ。それでいいやん。うん。
2005.10.18
コメント(8)
本日、社長fumiちゃんと共に、経営コンサルタントの一京幸之助さんのセミナーを受講してきました。今日は、受講者6人。なんと、私の彼も受講者の一人。顔見知りでほぼ占めたので、セミナー中にチャチャが入ることも(^^;)でも、楽しく学べました。彼と同じセミナーを受講するというのも、なんか同じ方向へ向かっていけるようでちょっと嬉しい。私は、このセミナーを受講しているのは起業するために、とかお金持ちになるために、とかではなくて(いや、多少はあるけど)自分を本当に変えたいと思うから。今日のセミナーで、色々なことが分かったし人生すべてに通用するマインドやノウハウを教えてもらえたな~~と思う。後は、生かすも殺すも私次第ってことやなぁ。一京さんに、聞かれてちょっとハッキリ答えられなかったことがある。究極の幸せってどんなこと?って。意外に自分のことってちゃんと分かってないねんなぁと思ったな・・・。一人で噛み締める幸せなんて、幸せの蜃気楼みたいなもんと思う。一人で出来ることじゃなく、私が関わる人たちすべてが幸せと思えること。難しいけど、それが究極の幸せと私は思う。そして究極の幸せの土台になること、それは自分も愛する人たちも健康で存在するということ。それがないと、究極も何もないなぁって。自分のためにが、誰かのためになる。そんなことが出来たらいいな~~。そう思ったのでした。
2005.10.15
コメント(2)
必ずそこにいてくれるという確信。それは、どんな言葉よりも強くなれる魔法のようなもの。子供を産んだとき「この子がいるから、強くなれる」そう思ったあの気持ち。守らなくてはいけないという気持ちが強くさせているのではなく必ずそこにいる存在を手にしたことで強くなれるんじゃないかな。守っているようで守られている。落ち込んだときもその存在に助けられる。・・・ひとりじゃない。ただ、存在してくれていることで強くなれる。そんな存在が、私にはある。娘に、ありがとう。・・・彼に、ありがとう。
2005.10.13
コメント(14)
嫌になる。もう何もかも嫌になる。いっそ全部捨ててしまえたらラクになるのかな。背負っているものがあるから頑張れる。踏ん張れる。未来を夢見ることも出来る。だけど、あぁ、もういいや。と突然苦しくなる。何のために頑張るんだろう。そこに何があるんだろう。ココロが寒くて、自分でも嫌になるくらい残酷な感情。無機質な私。私はこうやって作られていくのかな。浮きも沈みもしながら、さて、行き着く先はどこなんだろう。
2005.10.10
コメント(6)
本日、大事なお仕事の打ち合わせでクライアントさんと、社長と一緒にとある地で待ち合わせ。その地は、私がかつて結婚していたときに住んでいたところ。駅の改札を出たところで待ち合わせをして、昔行ったことのあるお店でランチをしてから打ち合わせをした。その店に行くまでの道のりも、私がよく車で走っていた道だ。おかしなもので、長く住んでいた場所に本当に久しぶりに行くと色々なことを思い出す。なんて言うんだろ?過去が懐かしいとかあのときがよかったとか、悪かったとかそういうものではなく確かにここに、あの日私が存在していたことを思い出したというか。小さな娘たちを連れて、今よりも髪型ももっさくてオシャレもたいしてしていなくてスッピンで出ちゃうこともあったりしてそれでも、私はあの日、ここで生きてた。あの日の私は、今日私がここにこうやって立っていることを想像なんて出来なかったなぁ。あの時よりはキレイになった?あの時よりは生きてるって実感してるよ。きっと、こんなふうに思ったのは今日が雨だったからだろうなぁ。あの日、小さかった娘たちは仕事を終えて暗くなってしまって帰った私を掃除をし、ご飯の支度をし、迎えてくれた。今、ここにこの笑顔がある。それが、すべてやなって本当に思えた。私、絶対幸せになる。私が、この手で幸せを作る。あの日、あの地で生きていた私が今の私を応援してくれているような気がした。あの日の私を抱きしめたら今の私とひとつに融合して溶けていくような感触なんだろうなぁ。
2005.10.04
コメント(12)
女性特有のホルモンバランスのせいなのか・・・はたまた、ただの性格のなせる業なのか・・・時々、何もかもが嫌になることがある。イッキにうがぁ~~~っとモチベーションが下がっていく。妙に精神がカリカリしていてイライラしている。彼にそんなときはどうしてる?と聞いたら「何もしない(キッパリ)」と言う返事やった(笑)こういうときって未来への不安が出てきてるのよね。それも、自分の妄想で作り上げたね。何かをしようとするとき失敗したくないという思いが強すぎて皆に認められるのか分からなくて、怖くなる。でも、失敗してもええよね。皆が認めてくれなくてもええよね。私は昔、マラソンが大嫌いだった。初めイキオイよく走って、すぐに横腹が痛くなってどんどん抜かされていく子やった。途中であまりにも痛い横腹をつまんで半分歩きながらなんで、皆あんなに走れるんやろうって思ってた。先頭集団の子を見て、羨ましかった。ものすごい光に包まれているように思えた。私には、あんなふうに走れないって思ってた。中学校になってソフトボール部に入り毎日3キロを走らされた。毎日、毎日。真夏の炎天下も、真冬の身体が凍えそうな日も。こんな練習絶対嫌だと思いながら、気が付くとだんだん痛かった横腹が痛くなくなりだんだん身体が軽くなっていった。中学校のマラソン大会は1年~3年女子全員が走ったので先頭に入ることはかなり厳しかった。小学校の時、後ろから数えた方が早かった私が中学1年の時、半分より前の成績だった。それは誰も表彰してくれない順位だったけど私は嬉しくて、誇らしくて私でも出来ると思えた。モチベーションが下がったら思い出す。私はこの位置で一生懸命頑張ろう。誰も見ていなくても、誉めてくれなくてもここで横腹をつまみながら私が走っていることを誰よりも知っているのは私なんだから。マラソンで、一番最後だったランナーにゴールのテープを切らせてあげて拍手で迎える・・・「頑張って走ったね!」その拍手でもいいやん。一等の拍手じゃなくても最後まで頑張れる気持ちを持ち続けられたら私が私を誉めてあげよう。あ、もちろん強制的に娘と彼には誉めてもらうけど(笑)
2005.09.29
コメント(12)
失う勇気も持たないといけない。光目指しているならば。失わないこと、またそれも勇気なのかも知れない。どちらの勇気もきっと私には必要なのだろう。
2005.09.22
コメント(16)
先日の犬飼ターボさんのセミナーで分かったことがある。このセミナーでは、受付をさせていただいたのだけれど幸運なことに私もセミナーを受けさせていただけたのだ♪セミナーと言えば、講師が喋って、参加者が聞く・・・というものがほとんどだったけれどこのセミナーは「自分で考えて書く」というワーク形式だった。その中のひとつに、【グレ子】というものがあった。自分の中に、自分が気付いていない自分がいる、それがグレ子なのだ。このグレ子、困ったことにさまざまなトラブルを起こすらしい。それも、人間関係のトラブル。「自分の中で起こっていることは、必ず外の世界(社会)でも起こる」という言葉を聞いて、うう~~~む・・・と唸ってしまった。さて、私のグレ子はこのセミナーでやっと分かったと思う。それは、今まで起こってきたことや、なぜこの場面になると自分がそういう言動に陥るのかということの、すべてにおいてつじつまがあったのだ。セミナー中、それは私の中で恐ろしいイキオイで繋がっていった。今まで・・・ある場面になったり、自分がそういう状況に置かれてくると逃げたくなったり、ひどい場合は死にたいと思ったりした。「朝目が覚めなくてもいいのに・・・」なんて、恐ろしいことを本気で思った。他人から見たら何で?って思ったと思う。だって、自分でもそう思ってきたから。私のグレ子は、幼少期と思春期に出来上がったようだ。もう、あの頃の私じゃないのに、いつまでもそれは潜在意識として残っていたみたいだな~~~・・・・。私が持っていた数々の大きな「?」はてな。自分のことなのに、なんだかおかしな気もしたけどうまく言えなかったことが、やっとスッキリした感じだ。それはまさに「解放感」ここで、人との関わりすべてに通じるヒントを学べた気がします。忘れないように、また「るな気付きノート」にメモメモしておかなければ!!(レジメにはかなり書き込んだので、整理するのだ~~)★ターボさんの本を楽天ブックスで発見!! これは起業している、いないに関わらず、幸せに生きるヒントがたくさんあると思います。
2005.09.20
コメント(3)
幸せなはずなのに満たされているはずなのにふと陰を落としたようにうつむきたくなる。訳もなくこんな気持ちになるのは一度や二度じゃない。夜風がひんやりしているから・・・そういうことに、しておこう。
2005.09.15
コメント(18)
相方とそれは3時半まで繰り広げられた・・・。チャットで「起きてる~~~?」「起きてるよ」「テルテルしない?」・・・テルテル(笑)まぁ、いつものごとく長い電話になったんだけどその中で相方が言った言葉で、おぉ!と思ったことがあった。(相方、急成長しておるからな~~♪)「一番頑張るパワーが出るのは『何がしたいか』よりも『自分がどうなりたいのか』やねん」!!!!!!! ←るなの頭の中。なんか、分かる。夢は紙に書けば叶うって言う。それも、細かくたくさんあればあるほどいいとか。実際書いてみると「何がしたいか」って項目が以外と多いのよね。私の場合、物欲が・・・ちゃはは(~Д~;) 何が欲しいとか、何をどうしたいとか。もちろん、物欲もいいと思う。頑張る力になるし、物は金額がある程度明確だから目標設定しやすいしね。でも、揺らいだとき、辛くなったとき、「何がしたいか」という夢が多いと現状でもいいや、って結構簡単に身の程の生活でいいと諦めようとしてしまうなぁ・・・と思ったのね。反対に「どうなりたいのか」という夢は、なかなか諦められない。どんなに遠くても、叶いそうにないようなことでもずーーーと先にその自分がいる。どうすれば、そうなれるのか、そればかり考える。くじけそうになっても、結局その「どうなりたいか」を思い出す。私の「どうなりたいのか」は、いつも同じだ。だいそれたことではない。小さな幸せの積み重なった、大きな幸せ。そのために、私の持てるすべての能力を使って(それしか使えないもんなぁ)試行錯誤しながらも進んでいこうと思う。必ず、なりたい自分になるために。他人が見て評価してくれる私ではなく私が私を最高だと、大好きだと思える私。愛する者たちを守れる私になるために。ふぁいとぉ~~~、いっぱぁぁぁ~~~つ♪
2005.09.07
コメント(20)
背中が好きだ。顔が見えないから表情からその気持ちを読み取ることは出来ないけどその人の人生や、その時々の感情なんかが背中から溢れんばかりに放たれていると思う。子は親の背中を見て育つという。背中は物言わぬ、その人そのもの。私には、支えてくれる背中がある。辛いとき、道に迷ったときその背中を思い出す。凛とした、その背中を。私の脳裏にあるいつもいつも見て焼き付けた残像の物言わぬ背中が教えてくれる。あぁ、大丈夫。・・・きっと、大丈夫。私の背中は、凛としているだろうか。4つのその目に、恥じぬ私であるように。
2005.09.06
コメント(14)
「イギリスの○○というスゴイ人が、ソウルメイトを見てくれるんですよ~♪」という話を聞いた。この場合のソウルメイトとは「運命の人」ということらしい。なんでもA4に10枚くらいビッシリと、依頼者のソウルメイトを見てレポートを送ってくれるらしい。髪の色はこう、身長はこう、体重はこう、という身体的特徴に加えソウルメイトのイニシャルを出してくれるそうだ。で、その話をしてくれた人の奥さまが非常に興味を持って「私、やりたい」と言ったそうだが、とめたとか(笑)基本的に既婚者はやめておいたほうがいいとか・・・。そら、そうだわな。イニシャルが結婚相手じゃなかったら、どうするんだぁ?ってね(笑)まさか、それだけで離婚なんてしないだろうけど・・・。(いや、する人もいるかも・・・)ソウルメイトってもしかして本当にいるのかも知れない。・・・運命の人。でも、お金を払ってまで知らなければいけないことなのかな~~~?って思ってしまった。私は自分の五感を信じたい。五感以外の、第六感だとかそういう自分のアンテナにピピッ!とくる感触を信じたいなぁ。たとえそれが・・・思い込みのソウルメイトであったとしても(笑)私は今の彼を初めて知ったとき、なんとなく、説明出来ないけれど「何か」を感じた。初めて実際の彼に逢ったときも、天使がハートの矢を持ってドギュン♪と射抜いたような衝撃はなかったけど(笑)「この人とは縁があるんじゃないか」という漠然とした思いだったけれど、そういったものを感じたなぁ。(彼はまったく何も感じなかったかも知れないが・・・汗)そういった想いが実際に形となって見えてきたのはやっぱり、逢って、体温を感じて、触れたその部分から想いや言葉に出来ないような気持ちなんかがすうぅ~~~っと流れ込んでくるような感覚を感じてからだなぁ。そんな感覚も、人生の中で何度か読み違えた(笑)私はそれでいいと思う。だんだん、そういう力はついてくると思っているから。友達も、仕事仲間も、なんだか逢った瞬間に「あっ!」という感覚が襲うことがある。そういう感覚は説明出来ないけれど、気が付いたら今私とこうして関わってくれている人が多い。結果的にそれが「なんちゃってソウルメイト」だったとしても必ず学ぶことがあるから出逢ったのだとそれでいいんじゃないかなぁ~~~と思ったのでした。でも、彼とは色んな意味で私にとっては「ソウルメイト=運命の人」だと思っている♪たとえ、思い込みでもね(笑)
2005.09.05
コメント(23)
今年の夏に彼と見た景色の一部です♪(撮影:るな) 1年を通してなぜか一番夏に想い出が多いような気がするのはきっと、夏に一番彼の顔を見ているからだろう。今年の夏休みも終わっちゃったなぁ。夏休み、ありがとう。また、来年もよろしく♪
2005.08.31
コメント(12)
全121件 (121件中 1-50件目)