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2016年09月09日
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カテゴリ: 羅刹
 能季はその恐ろしさにぞっとした。

 今のこの苦痛がずっと続くとしたら。

 自分もまた、道雅のように人を喰わずにはおれなくなるのではないか。

 その時、能季はふっと、あの老尼の手文庫にしまわれていた道雅の歌の一つを思い出していた。


   今はただ 思ひ絶えなん とばかりを 人づてならで いふよしもがな


(今はただ、こう思うだけです。もうあなたのことは諦めてしまおう、と。でも、それを人伝ではなく、もう一度あなたに逢って直接言うことはできないのでしょうか)


 涙の雫のような流麗な歌の調べ、清澄な感じさえする透明な言の葉の連なり。

 今はもう逢うこともかなわない恋人への想いが、胸に迫るように伝わってくる。

 それは、あの羅刹鬼の詠んだものとは到底思えない、美しくも哀しい歌だった。

 もしかしたら、道雅には他に生きる道があったのではないか。

 己の心の餓えと渇きを、人を喰らうというおぞましい方法ではなく、もっと別なことで満たすことができたなら。

 それは、あるいは歌への傾倒だったのかもしれない。

 この歌は、頼宗や斉子女王をはじめ、それを読んだ全ての者を感歎させ、その心を打ち震わせたほどの力を持っていた。

 道雅がこの歌に詠んだように、当子内親王への想いを振り切り、その餓えと渇きを歌に詠むことによって昇華させていたとしたら、道雅の晩年は穏やかなものになっていただろうか。


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最終更新日  2016年09月09日 11時06分04秒
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