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今でも、覚えています。
関西では震度5
縦揺れもあり、玄関を開けると道路には、ヒビが入っていて、
お風呂は、プロパンガス、風呂釜は外で、煙突が短い。
銭湯に通いました。
電話も通じなくて、2時間後、実家へ安否の連絡
電話の向こうで母の元気な声が聴けてホットしました。
近所の知人が、食料の買い出しに連れて行ってくれました。
余震も3か月続きました。
数か月後、国産米が無く、外国産のブレンド米(お米が欠けていて、パサパサ)
その後、ぐらいから、スミを入れて、炊飯する方が増えました。