2007年05月25日
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カテゴリ: 日記
 ───何時の頃からだったんだろう。
 自分が『音楽』を好きになったのは。

 まだ明日夢が小さい頃。父と母、そして明日夢の三人。
 皆が暮らしていた時の頃を思い出す。

 父はいつも仕事が忙しくて、一緒に遊ぶことは少なかった。
 ──多分、それだけ自分の仕事が好きだったんだろう…と。
 今ならそう思える。

 だが、一緒に居る時は色んな『音』を聞かせてくれた。

 その当時の父の唯一とも言っても良い趣味がジャズバンドだった。
 まだ若かった父は、時間がある時には学生時代のジャズ仲間と、よくセッションを楽しんでいたものだ。
 父は明日夢をそこに連れて行ってくれた。

 そこには、まさに様々な『音』に満ち溢れていた

 ギターやピアノ、トランペットにそして──
 明日夢が一番好きだったのは、父が叩くドラムだった。

 アクティブな両親に似ず、内気で引っ込み事案な性格の明日夢だったが、父の叩くドラムの音を聞くと、何故だが元気が出てくるようだった。
 リズミカルな、時には軽快に、時にはズンと胸に重く響く父のドラムの音を聞くと、不思議と心が高揚していくのを感じたものだ。


『音楽はいいぞ、明日夢』

 何時だったか。一緒に隅田川の花火大会を見ながら、父は明日夢にそう言った事がある。

『知ってるか?
 人間はな、生まれてくる前から音楽に包まれているんだぞ』

『僕も? 生まれて来る前から?』

 鮮やかな花火の閃光で、父の笑顔が輝いて見える。
 遅れてズンと響いてくる花火ガ弾ける音と、そして夜風に揺られて涼しげな音を立てる風鈴の音の中で父は笑って答えた。

『そうさ。
 人間が最初に聞く音楽って、お前なんだか分るか?』

 思わず考え込んだ幼い明日夢に、父は笑って自分の胸を指さした。

『心臓の音だよ』

 り……ん

 夜風に吹かれて、風鈴が鈴鳴る。

『母さんの心臓の音。 お前の心臓の音。
 お前は──人間は生まれる前から、鼓動…心臓の音っていう音楽の中に包まれていたんだよ。
 心臓の音とかリズムとかっていうのは、動物が一番安心出来る音なんだ。
 音楽聞くとほっとしたり、元気付けられたり、気持ち良くしてくれるだろ?
 だから、心臓の音も音楽と一緒なんだよ』

『じゃぁさ、犬は? ニワトリとかカエルとかも?』

『あ~、犬はともかく……カエルは、どうかなぁ?』

 困ったように頭を掻く父の姿を見て、母が賑やかな笑い声を立てながらスイカを持ってきた。


 リ……ン


 夜空に咲く花火と涼しい夜風。

 そして風鈴の音。


 思えば、この時が親子三人で過ごした、一番幸せな時だったのかもしれない。


 リ………ン


『ところで明日夢』

『ん?』

『お前、将来何になりたい?』

 その時、父の口からそんな事を聞いたような記憶がある。
 ──その時、自分は何と答えただろうか。


 何だろう、まるで夢の中を彷徨っているような、この感覚。


 明日夢が考え込んでいると、不意に父が肩に手を置いてきて、こう言った。


『明日夢、お前…
 ──「鬼」にならないか?』


リィ……ン


『え?』


 そこにはいつの間にか、父の代わりにヒビキが目の前に居た。

「俺、お前は才能があると思ってるんだ。
『鬼』になる──さ」

 そしてヒビキは手を差し伸べてきた。

 花火の輝きがヒビキの横顔を照らす。
 そこには、いつもの人懐っこい見慣れた笑顔があった。


 だが、花火の音は、聞こえない。

 ただ、風鈴の音だけが不思議に響いている。


「もう一度、やり直さないか?
 俺の弟子になれよ。 そして『鬼』になって、一緒に──」

 その言葉に明日夢は思わず手を差し伸べた。
 ──差し伸べかけた。

 だが

(違う)


 リィ………ン


 それは2年前、ヒビキに言って欲しかった言葉だったのかもしれない。
 だが明日夢が知るヒビキは、例えヒビキ自身がそう願っても、絶対にそれを口にはしない。

 自分の道は自分で選ぶ。

 それを教えてくれた人は、ヒビキその人だったのだ。
 明日夢が知るヒビキは、そんな男だ。

 では
 では今目の前に居るこの男は誰だ?


「あなた…あなたは『誰』です?」

 ──その言葉に、『それ』は静かに答えた。


「───『鬼』だよ」


リンッ


どこかで──遠く鈴の音だけが聞こえていた。






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最終更新日  2007年05月25日 10時39分51秒
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