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昨日学校から帰ってきたら急に寒気がしました。頭痛、腹痛、吐き気にメマイと散々でした。フラフラでしたが次の日テストがあるので寝て起きて寝て起きてを繰り返しました。(結局勉強という勉強は出来ませんでした)服を何枚も重ね着したのですごい量の汗をかきました。でもそのおかげで今朝には回復しました。よくあの症状から(久しぶりにこれほどまでの風邪をひきました)半日で回復したと自分でも驚いてます。いつも季節にそなわぬ服装をしていたのでそれが原因だと思います。これからは少しぐらい汗が出るぐらいの厚着をしようと思います。風邪はひく前に対処するに限ります。試験前に風邪をひくのは本当に困ります。勉強しなくてはいけないのに出来ない状態になった今回、改めてそのことの重大さがわかりました。みなさんも風邪をひかないように気をつけてくださいね。
2005年01月31日
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「素敵な休日」ってあると思う。「素敵な休日」はリラックス出来て、嫌なことや悲しいことなどすっかり忘れてすごせること。その日(その日だけを)を楽しんで過せること。休日って読んで字の如し、休む日です。でも(疲れているのはわかりますが)昼近くまで寝るのではあまりにもったいないと思います。天気の良い日には体一杯に太陽を浴びて、新鮮な空気を吸う。そして胸を張って周りの景色を目の中に入れる。そこに”笑い=笑顔”があればなおいい!「素敵な休日」を過ごすこと出来ました。ありがとう!
2005年01月30日
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自分が選んだ道にもがき苦しんでいる自分がいる。両親によく言われること「自分で選んだ道でしょう?最後までやりぬきなさい」です。「やりぬくこと」は意外と難しい。それが例え自分のしたいことであってもだ。やっている内に必ず問題は起きてくる。でも「自分のやりたいこと」だからそんな数々の問題にも葛藤しながら何とか乗り越えていくんことが出来るだろう。「自分で選んだ道でしょう?最後までやりぬきましょう」
2005年01月29日
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「運命は”必然”じゃなく”偶然”でできている」「運命は”偶然”じゃなく”必然”でできている」生きている内に何度となく考えることではないだろうか?色んな場面に直面した時、その時の流れや結果に対して自分自身に問う機会があると思う。どっちが答えなのかは分からないけども(多分どっちを選んでもそれが答えなんだと思う)結局はその人の考えようなんだろう。「出会った」ことが”運命=必然”ならば、別れることもまた”運命=必然”。そうして僕らの世界はまわっているんだろう。”偶然”起こる数々の出来事の中で僕らは生きてる。そうして今日も明日も明後日も、そして死ぬまで”偶然”の奇跡的な体験をするのだろう。そして”偶然”の中から奇跡的な”必然”の出会いをするのだと思う。
2005年01月28日
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エビ大好きでした、本当に本当に大好物でした。エビフライが出た日なんて踊って喜んで食べてました。刺身ではマグロ、イクラ、ヒカリモノよりも甘エビが好きでした。徳島の祖父の家で食べる干しエビをお菓子のように頬張っていました。中華料理でまず頼むのはエビチリっでしょう!でも今思えばそれらがのすべての行動がダメでした。モノには(好きには)限度というものがあるのです。限度を超えた時人はおかしくなる。あんなに好きだったエビがある日突然食べえれなくなったのです。そうっ、一口でさえも。そして運悪く、カニもロブスターも「エビの親戚」と考えて食べれなくなりました(公式:茹でる前と茹でた後の色の変化がどれもエビと同じである)ビールも何度も嫌いになりそうになっています。でもここまで嫌いにならずにきてます。笑あっちなみに例外として今でも「かっぱエビセン」は食べれます。ということは・・・。*エビアレルギーではありません。ただ純粋に食べすぎで嫌いになっただけです。涙
2005年01月27日
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僕は好き嫌いなく食べ物を食べる方です。子供の頃何個が嫌いな物がありましたが、母の方針のおかげというべきか何とか克服して今ではほとんどの物を食べることが出来ます。そうあの食べ物を除いては…納豆。納豆だけは生まれつき食べることが出来ません。アレルギーがあるわけではなく、あの匂い、あの色、あの感触がどうも受け付けないのです。そんな僕だって1度だけ納豆に正面から向き合って挑戦したことがあります。挑戦をするキッカケが起こったのは小学生5年の時です。友達の家に行って彼の愛犬マルチーズといっしょに遊んでいました。すると彼がいきなり冷蔵庫に行き白いパックを片手に戻ってきました。それこそが僕がずっと避けて通ってきた伝説の納豆でした。「まさかぁ食べないよなぁ」と思っていましたが、彼は期待を多いに外してくれました。おもむろにフタを開けて、端を中央に突き刺し、内から外に、外から内にのサイクルを繰り返して泡の物体を作り上げました。そして何だかわかりませんが美味しそうに、それは本当に美味しそうに食べ始めたのです。そして最後には愛犬にも納豆を与えたではありませんか。これが決定的でした、僕の脳みそを狂わせ僕はもうその場にはいることが出来ず、家に向かって一目散に帰りました。そして冷蔵庫を開けて白い箱を取り出したのです。子供の頃飲み物以外は勝手に手につけたことのない僕でしたが、もうそんなことはかまいませんでした(どうかしていました)生まれて初めての納豆を口に入れたのです。硬いと思っていた豆は恐ろしく柔らかく、そして予想以上に臭い。この一粒の納豆がこれから先の人生で食べる勇気すらも取り除くことになりました。納豆それは僕の一番恐れる食べ物です。*納豆好きのみなさんすみませんでした。納豆を好きになれる何かとんでもないアイデアがあればぜひ教えてください。健康にも良い最高の食品と分かっていてもあの日がトラウマで食べることが出来ないんです。ご意見お待ちしてます!
2005年01月26日
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トロントには本当に多くのホームレスがいます。彼らの中にはただ単に働くのが嫌でやってる人。タバコや酒代を稼ぐために副業としてやってる人がいます。もちろん働きたくても年齢的に就職が難しくて生きるためにしている人もいるでしょう。でも僕が今までみてきたホームレスの人はロクな人がいません。タバコを吸いながらお金を強請る人、ビールの缶を横に置きながら強請る人、お金を渡したら「少ない、もっと出せ」と言う信じられない人。でもこのようにホームレスの人も普通に生きていける環境(発言を持てる環境)があるのがやはりトロントらしさなんだと思います。冬はあまりに寒く凍死するのでホームレスの人達用にシェルターまでもが用意されています。日本社会はあまりにホームレスや同性愛者に対しての目が冷たすぎる気がします。彼らには居場所がないようにも思えます。
2005年01月25日
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今日の授業は8時から11時まで。つまりその後は自分の時間がタップリとあるということです。手紙やメールを書いたり、HPを更新したり、宿題をしたり、テスト勉強をしたりと好きなことが出来ます・・・でも何をやっていたんだろう?このタップリの時間の中で。何一つ物事がはかどってはいなかった。時間の無駄より勿体無いことはない。分かっていながらそれをしてしまった。「駄目だと分かっていながらしてしまう」そんなことをよくやってしまう自分がいる。
2005年01月24日
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たまにヒラヒラ降り落ちてくる雪を手の平に掴むことがある。そんな時は決まって心や時間に余裕がある時です。雪をよく見るとダイヤモンドのような形をしています。雪そのものは結晶でできているのでしょう。綺麗に形が整ったもの、異物な外観のもの、色々な姿を見せてくれます。何だか人間社会のようです。人間社会かぁ、あぁまた明日から学校が始まる。
2005年01月23日
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ここ最近はどうやら気候ネタが多いです。それも仕方ない、だってトロントで生活していたら寒さのネタは尽きはしないのですから。涙 今日の問題は「雪」です。朝から吹雪いて辺り一面積もりまくっていました。外に出ようと扉を開けたらすでに雪のお出迎えです(雪かきしないと歩けない状態でした) 遠くからは救急車のサイレンの音が聞こえるし、車は互いにクラクションを鳴らしあっている。足を滑らしてこける人はいるし、寒さは体温を奪っていく…etc 綺麗な光景を生み出す「雪」の裏側には沢山の-ポイントがある。そんな雪があと何ヶ月かは降る。
2005年01月22日
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いやぁ上には上があると改めて思い知らされました。でも今回の話しの場合に関しては人間についてではありません。『寒さ』についてのお話しです。今日の気温は-23℃…が、湿気+強風でなんと体感温度-35℃でした。平均的に冷蔵庫の温度は2℃、冷凍庫は-18℃だそうです。いかにこの温度が寒いか(常識を超えてるか)わかると思います。さすがに今日の気温で外で遊ぶのは危険らしく、子供達は外にいかず(いかせず)室内のみで遊びました。室内でぬくぬく遊ぶのはいいですが、やはり外にいかなかったら時間が経つのが非常に遅く感じます。(よくバイトで暇な時は、忙しい時よりも時間が経つのが遅く感じるのと同じような感覚です)僕も子供に負けじと風の子なのでやはり外で遊ぶのが好きです、極寒の日を除いてですが。いやぁそれにしてもサムイこの国は。
2005年01月21日
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-22℃って外に出る気も失せますよね?(その前にこの気温を体験する方が珍しいと)でもこっちではスキー服、ニット帽、手袋、ブーツを身をまとい完全防着でそんな外に出て遊びます。日本の寒さでホッカイロなどといっていますが、こっちにはそんな気の利いたものはありません。もしホッカイロを外国で発売したら随分売れるんだろうと思います。今度プレゼントしてみようと思ってます。ホッカイロを手にした時の反応を見るのが少し楽しみです。今日も実習中に先生達に聞かれました。「GB、そんな服装で大丈夫なのか?心配だ。」なんとかやってます、凍らずに。
2005年01月20日
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今日は吹雪いてました。こんな日は外に出るのも嫌になります。でもそんな日でも僕は薄着でいきます(みんな「寒くないの?」と聞いてくるということは、薄着なのでしょう)僕が一番嫌いなのは寒い外からバスや電車に乗った時のシチュエーションです。あの急激に熱い室内、そして人の群れに入ると吐き気をもよおすほど気分が悪くなります。汗が体から出てきてそして気分もムカムカしてくるのです。そんなことは随分前からわかっているので、寒い冬でも決まって薄着でいる自分がいます。乗り物に乗るとわかっている時は、乗る前の外からコートなどのファスナーもあけて肌寒い状態にしてから乗り込むようにしています。どうってことない話しですが、どうってことない話しもたまにはいいかなぁと思い書いてみました。
2005年01月19日
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-22℃、本当に寒すぎです。家から一歩外に出たら別世界が広がっています。今日は快晴だっただけに、道路にうっすら雪が積り太陽に反射した様が神秘的にさえも見えました。皮肉です、鼻から息をすると鼻毛が凍る感じになる、息を噴出したら真っ白な吐息が出る、少しでも動きを止めると一気に体温が下がる…それでも綺麗に見てしまうのです。これからさらに2ヶ月ほどトロントはマイナスの世界、雪の世界に包まれます。今日のように神秘的に見える日はそう多くはないと思う、何せ寒すぎるのだから…。
2005年01月18日
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さぁ今週は始まりました。昨日はグッスリ寝たので寝起きも最高です。朝8時からの授業って早過ぎると思っていましたが、6時に起きたらそんなこともありません。HPの日記も更新できるし音楽も聴けるし、お茶だってゆっくりと飲める(お茶を飲める時間のユトリがあるといい!)でも大体ゆっくりし過ぎて最終的にバスに慌てて乗るのがオチですが。笑これからも自然と早起きが出来るようになれば、何だか一日が得するような気がします。単純ですが「早起きは三文の得」なのです、間違いなく。
2005年01月17日
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今日始めて母からeメールが届きました。冬休みに従姉妹と僕とで母にホットメールアドレスを作ってあげたのです。従姉妹は親切にサインインの仕方から文字の変換の仕方までを書いた紙をあげていました。たった7行の短いメールでしたが母は苦労して書いてくれたようです。現に1時間かかったと書いていました。「今更覚えれない」とかたくなにメールをすることを諦めていたのに、こうして四苦八苦して書いてくれたことがとても嬉しかったです。(内容は相変わらず厳しいものでしたが。笑)僕も始めてパソコンを買った時は同じように苦労しました。周りの友達がなぜあんなにもはやくキーボードを打てるのかと驚いたものでした。努力したわけではありませんが、毎日使っているうちに知らぬ間に速く打てるようになりました。たかがパソコンかもしれませんが「継続は力なり」とは言ったものです。毎日の積み重ねで力はついています。メールには手書きの手紙ほどの暖かさはありませんが、一瞬で着くというメリットがあり非常に便利です。母にもこの便利さをわかってもらってこれからも活用してもらいたいと思ってます。インターネットの便利さもまだわかっていないようなので機会があったら教えてあげたいと思ってます。たった1通のメールで色んなことを考えた日でした。
2005年01月16日
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今日ほど色々ヒドイ目に(ミスを起こした)あったことはありません。今日はバッファローに住んでいる友達に会いに行くために長距離バスグレイハウンドのバス亭に行きました。さっそくバスに乗り込もうとしたのも束の間、パスポートを忘れたために乗ることが出来ませんでした。そうです、バッファローはトロントから2時間で行ける距離ですがりっぱなアメリカなのです。仕方ないので家に取りに帰り、8時発の最終のに乗ることにしました。今週の疲れがドッと出たようでカナダとアメリカの国境付近まで深い眠りに落ちました。国境付近ではアメリカに入国するためにみんなバスから降ろされ、パスポートやカナダ国民であることの証明、入国するための目的などを聞かれます。僕は一度バスでバンクーバーからシアトルに行ったりしたことがあるのでこのような検査はさほど難しいものだと思っていませんでした。それが甘かったです。なんとVISAの期限が切れていて(しかも今日まで)アメリカまで目と鼻の先でありながら入国することが出来ませんでした。顔写真と指紋を取られたり、色々な質問をされたりしてまるで容疑者扱いでした。バスでカナダに返されると思いきや、護送用のタクシーに乗せられてまずは高速の途中にある移民局に連れて行かれ、ここでも様々な質問をされました。(職業上というのはわかりますが、みんなとても冷たい態度とそっけない質問の仕方をしていました。)その後は$35を払わされてナイアガラまで返させられました。その道中、高速でハイスピードをだしながらも、携帯で話しをし始め、タバコを吸い、音楽をかけて歌いだす…あきれ果ててドッと疲れました。ナイアガラに着いてグレイハウンドのトロント行きのバス時刻を見たら、なんと3分前に発車していたとの事実。夜中までバスを待つわけにもいかず急遽モーテルで1日を過ごすことにしました。今日一日を振り返ると涙が出るほど充実していました。*でも最後の最後に少しばかりの良いことも体験することが出来ました。ありがとう!
2005年01月15日
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僕の去年の実習先での担当は保育園の年齢の子供達でした。そして今回はそれよりもさらに歳の小さい子の年齢の担当です。毎回実習に行く前にその日に子供達に与える遊びのプランを立てるのですが、今週僕はミスを起こしてしまいました。去年の子供達に対してと同じような遊びのプランを作って提出してしまいました。担当の先生に「DEVELOPMENTALLY APPROPRIATE PRACTICE(成長に相応しい訓練)の本を読み直しなさい」と強い口調で言われました。赤ちゃん、幼稚園、小学生、中学生、高校生、大学生のそれぞれが全然違うのです。ましてや子供の発達は1ヶ月でもかなり違うものです。もう一度読み直さないといけないです。今回の僕の担当はToddler(12ヶ月から3歳までの子供達)です。
2005年01月14日
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ケイト;「あなたがGBくん?」GB;「はい。はじめまして、今日が始めての実習です。よろしくお願いします。」ケイト;「学校のほうはどう?慣れましたか?」GB;「いえ。多分慣れるということはないと思います。何よりもクラスに僕しか男がいないことがツライです。」ケイト;「私は男の先生大歓迎よ。頑張ってほしいわ。」GB;「でも女の社会にうまく溶け込めなくて、いつも一人です。」ケイト;「わかるわその気持ち、その境遇。でも忘れないで。子供達の中にはお父さんがいない子もいるの。そんな子達にとっても男の先生の存在は必要不可欠なのよ。」GB;「…!」これを聞いた時に目から鱗がとれた気持ちになりました。今まで幼児教育に対しての自分の存在意義、理由は、「子供が好きだからやる。」「三つ子の魂百まで。」「男としての見方がある。」「女だけの社会を中和させれる。」…etc片親のことの子供達のことを考えたことなど情けないことに一度もありませんでした。両親がいるのが当たり前と思っていた、その環境しか体験したことない自分だったからそのようなことを感じることが出来ませんでした。当たり前のこと(大多数のこと)よりも、少数のことを感じることが出来る広い視野が必要だと思いました。もし少しでも必要とされているのならば、それだけでもやる価値があるのかもしれない。
2005年01月13日
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眠れなきゃあ起きていたらいい。どうしても睡魔に勝てなくなったのなら寝てしまおう。自然な笑顔が作れないようなら自然に作れるまで作らなくてもいいじゃないか。お腹がすいたら何か食べてみよう。喉が乾いたら潤せばいい。悲しいのなら一人部屋で泣けばいい。楽しいのなら腹を抱えて大きな声で笑えばいい。グチがあるなら素直に話せばいい、話せる誰かに。自分に自信が持てなくなることもあるだろう。自分が嫌いになることもあるだろう。将来に(現在に)不安を抱いてどうしようもなくなることもある。いつも強くなんていられない。そんな時は弱い自分をさらけ出してただ自然に身をゆだねて生きてみるのもいいかもしれない。その生活がいずれ自分の心に余裕をもたらして、「こんなんじゃあダメだ。さぁやろう!」という気持ちを生み出すだろう。生きるのはそこまで難しいものじゃあない。難しくしているのは他でもない自分自身だと思う。
2005年01月12日
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今日は授業が昼の11時から16時まであった。日本時間で言うと夜中1時から朝の6時まで授業を受けたことになる。僕は超夜間学校に通っている気分でした。頭がボォーとして気分が優れない。でも眠るわけにはいかないのでなんとか集中するように努めましたが、もはやイッパイイッパイでした。家に帰ってからはやはり寝てしまいました。まだはっきりしないのですが、明らかにクラスメートの人数が減っていました(前期の成績次第で途中で諦める人が多数いるようです。卒業の時は人数が半分近くに…どうやら噂は本当のようです)確実にわかっていることはもう一人いたブラジル人の男のはどうやらやめて夜間に通っているようです。ついに男一人になってしまいました。でも男一人になろうと僕の立場はなんら変わるものはないと思います。結局のところ自分から動き出さないと、自分から変わろうとしないと何も進展はない。このコースを卒業すると決めた以上もはや何も言い訳は出来ないのです。あんだけ楽しかった日本の冬休み、はやくも幻のようになっています。思い出写真に浸りたくとも浸っている暇はない…。
2005年01月11日
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時差ボケのせいなのか決まって早朝に目が覚めてしまいます。僕は夢を見ても起きたら瞬時に内容を忘れてしまいます。でもトロントに帰ってからのここ最近の夢は確実に悪い夢です。ロクデモない夢です。寝ていながら魘されているのがわかります。そして起きたらすごい量の汗をかいています。見る夢が精神状態を表すとしたらこれは結構ヤバイ。吐き気を催すぐらい寝苦しい。これらの理由が時差ボケであることを祈ります。
2005年01月10日
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時差ボケ…カナダ時間の午後12時から夕方18時ぐらいまでつい寝てしまう。つまりこれは日本時間に変えると夜中2時から朝の8時まで寝ていることになります。まさに100%時差ボケです。「このままじゃあ時差ボケは治らないから絶対寝ない」と思いながらも、身体が言うことをきかない。明日から授業開始というのに今日も寝てしました。涙 明日から頑張ろう!
2005年01月09日
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『このコップに、水が半分入っている。半分も入っていると思う人がいる。半分しか入っていないと思う人もいる。現象は同じなのに、「もある」と思うか、「しかない」と思うかは、その人の見方次第。幸せの感じ方も変わってくる。』(ケント・ギルバード)飛行機で関西国際空港からトロントまでおよそ15時間。15時間も…でもこれってよく考えるとたった15時間で行くことが出来るのです。昔の人は船で何ヶ月もかけて(それこそ命もかけて)移動していたことでしょう。何だかフツウではないことがアタリマエになってきている時代とそこに生きる人。このままじゃあココロが腐ってしまう。ナレアイは良くない。心にユトリがある時にムカシを(古き良き時代を)思い返す必要があると思う。
2005年01月08日
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夢のような、本当に夢のような日本での冬休みが終わりました。たった3週間ばかりの滞在で色んな人々に再会し、語り笑い合うことが出来ました。日本は暖かい。いるだけで心が和むようなことが沢山あります。それは社会にでても同じだと思います。忙しい中にでもやはり日本人でいて良かった、日本が好きだと思える。それは海外に出たからこそ改めて感じることだと思います。いつもは誉めない(今回も誉めない)両親や兄弟、友達から十分に優しさとパワーをもらうことが出来ました。特に両親からはちょっとした言葉や動作からそれを感じることが出来ました。それと同時に「もうやるしかないんだ」「頑張ろう」とういう決心が生まれました。「弱音=弱根」をはくのではなく「強根」を張っていこうと思います…さぁ出発の時です。いつもと違う雲が見えるに違いない。
2005年01月07日
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今日の昼飯は兄とラーメンを食べに行きました。(予想どおり)二人とも何も喋らずにラーメンを食べました。ラーメンの麺のすする音だけで会話をしました…などと言うカッコいいことは言えません。笑昼食後は一人駅前に行って買い物をしました。GraniphのTシャツを購入しました。初めて見たのですがデザインが鮮やかで一目で気に入りました。そこで出会った店員さんがこれまたフレンドリーな方で1時間以上も雑談をしました。彼はバックパッカーの旅でヨーロッパを回ったり、年齢も近く、そして好みのTシャツのデザインも似ていてすぐに仲良くなれました。明日日本を発つということでサービスもしてくれました。夜は毎回恒例の居酒屋に家族で行きました。この居酒屋特に美味しいわけでもなく、有名なわけでもないのですが、庶民的な料理とサービスが行き届いているので僕のお気に入りなのです。1年前にトロントに帰るときもみんなで行きました。僕の家族は家にいるときはみんなそれぞれのことをしてまとまる機会がないのでこういう時が話し合うチャンスなのです。明日ついに日本を発ちます。本当にリラックスした日本での冬休みでした。正直もっともっといたいと思いますがそうもいきません。このパワーの充電を使って新学期頑張ります。「変心」です。
2005年01月06日
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今日は幼馴染の、のんくんと再会しました。彼とは幼稚園以来の付き合いで、家も歩いて2分と近場に住んでいます。小学生の時は毎日のようにいっしょに遊んでいましたが、中学生になると付き合う友達も変わっていき二人の距離は離れていきました。でも成人式で久しぶりに会ってから昔のようにあって話すようになりました。今回僕がトロントで壁にぶつかった時も何度も励ましのメールをくれて助けられました。久しぶりに会った彼は1年前に会った時よりも成長しているように見えました。それもそのはず、自分のしたいことを見つけて前進しているからです。ラーメンを食べていっしょに岡山駅付近の店をフラフラしながら話をしました。照れもあって子供の頃のようなハシャイダ会話は出来ませんでしたが、こうして会って話せたことがすごく嬉しかったです。夜は谷全と森内という小学校の頃の同級生といっしょに飲みに行きました。女の子の成長は本当に驚くほど早い。二人ともすっかり大人の女に変わっていました。でもその中に昔と変わらない性格を垣間見ることが出来て安心しました。昔の友達が会社で頑張っている、結婚しているという近況を聞き少しばかり焦りを感じました。でも僕は亀のようにゆっくりと(歩みを止めずに)自分なりに前進していこうと思います。
2005年01月05日
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うちの庭には季節外れのモミジが紅葉している。このモミジは伝説の木として崇められています。その名も「奇跡の木」。ある人が奇跡を起こした記念として植えられたこの木。毎年他の木々が裸になっている時に赤々と紅葉を僕らに見せてくれる。もう一つの名が「馬鹿の木」…季節感をまるでわかっていないのです。モミジ、柚子、ユスラウメ、金柑、椿、梅、カシノ木、その他にも僕の知らない沢山の草花が庭にあります。季節感を伝えてくれる自然があることはとても幸せだなぁ。そして四季がある日本の様は美しい。
2005年01月04日
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今日は従兄弟たちと家の近くにある百間川に魚捕りに行きました。小学生の頃はほぼ毎日といってよいほど放課後魚捕りにいってたものです。そして夕方まで泥んこ、水浸しになりながら魚たちと格闘したものです。あの頃は河川敷は今ほど整備されてはおらず、草がボウボウに生えていて昆虫もそこら中にいました。ソフトボールをしていた時ファールボールを捜すのも一苦労したものでした。犬の糞もよく落ちており、それをよく踏んでしまいカラカワレタことでさえ今ではいい思い出です。笑川にはホテアオイなのどの水草がそこら中に生えており、ヘラブナ、コイ、ブラックバス、雷魚、メダカ、川エビなどが溢れんばかりに生活していました。すべてが綺麗に整備されすぎた今、ボールがなくなることも(少子化でチーム自体がなくなったようですが)、石をどけてムカデやダンゴ虫を見つけることも、カマキリのカマにかまれることも、蛇を見て驚くことも、オナモミを投げ合うことも、そこらへんの草を興味本意に食べることも、服を泥だらけにすることも、ウシガエルの不思議な鳴声を聞くこともなくなったようです。でもそんな状態でも小魚と川エビが捕れたことで少しばかりの安堵と昔の思い出を感じることが出来ました。僕の故郷岡山はまだ自然が残っているほうだと思います。綺麗にし過ぎること(変えすぎる)にも問題があると思う。古き良き物を残しつつ現代の良いとこをうまい具合に調和さすのが好ましいのでは?それはどんなことでもそうです。泥んこになるまで時間も忘れて夢中に自然と遊んだあの頃、幸せだったなぁ。未来の子供たちは泥だらけなって遊べるのか…結構深刻な問題です。
2005年01月03日
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今年は「自分の意見が言える」ようになりたいです。でもその中でもまずは「人の意見を聞く」ことがさらに重要だと思う。誰もが自分の意見を尊重したいもの。自分の意見が正しいと思うもの。議論をするならまずは聞く姿勢を持たないといけないと思う。たまに自分の意見ばかりを主張して、相手の意見は聞かない人がいる。そして誰もがそのような人になりうる。相手の意見を聞いて「なるほどその考えも一理ありますね。でも僕の意見は…」というような受け答えが好ましいと思う。議論が盛り上がれば盛り上がるほど自分のことばかりを考える、主張しがちになる。意見と意見のぶつかり合い、言い争いは避けられない。でもそこで一歩引く姿勢を持って接するのがきっといい。父が言っている「謙虚な気持ち」これが大切なのでしょう。自分の意見を大切に持ち、相手を立てる姿勢で話そう。そうすれば相手とさらに親交が深めることが出来ると思う。そのような関係で接することが出来る相手が「友達」だと僕は思います。
2005年01月02日
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今日はちょうど日記を書いて600回目です。偶然にしても今日の2005年の元旦が600回目とは自分でも何だか驚きました。特に意味はありませんがゴロ的=気分的に良い感じです。その日に書けなかった日もありますが今日まで毎日600回日記を書いてきました。PCの中なので自分の本音を100パーセント書いたわけではありませんが、恥かしいながらも本音を書いてきたつもりです。「一年の計は元旦にあり」とはよく言ったもの。今年の目標は色々考えたあげく「変心」にしました。「変身」ではなく「変心」にしました。「心を変える」と言っても短所を変えるわけではなく自分のネガティブの部分を変えようと思っています。僕は沢山の短所がありますが、短所があっての自分だと思い始めました。短所があって初めて長所が生かされる。完全の人などこの世には存在しない。人から嫌がれる部分は変えようと思いますが。2004年はほんとに色々なことがありました。何度も押しつぶされそうにもなりました。自分の弱さをほんとに実感しました。でも自分の可能性も少しばかりながら感じることが出来ました。朝から家族で後楽園に行って来ました。前日雪が降ったので名園の様はとても神秘的で心が和みました。何年か先後楽園に来たらまた今とは違う感じを受ける気がします。岡山神社に行きお参りをしました。おみくじを引いたらこのようなことを書いていました。『ひきしおの 引くは みちくる あしたあり 心しずかに ときを まつべし』=『今は人のしらぬ胸の苦しみがありますがさわがず信神して時の来るのをまち身をつつしんで行いを正しくすれば必ず幸いを得る時が来ます』ただ前進あるのみ、ゆっくりでもいい、頭をあげて、胸を張ってゆっくりと歩み続けたいと思います。そうしたらいつの日か必ず結果はついてくる。「変心」を遂げる一年にしたいと思う。
2005年01月01日
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