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早いもので今年も20日足らず。2年前の今ごろ、さくらが受験を控えていた頃のことをふと思い出した。今となってはいい思い出だけど、あの頃、まだ受験する学校を決めかねていた。最後の土壇場で候補に上がってきた学校は説明会にも参加していなかった。その内の1校の説明会なんてもう終わっちゃってたんだよね。寝ても覚めても「どこの学校を受けようか」「もう少し偏差値はアップする可能性があるのか」「どこなら合格できるのか」そんなことばっかり考えていたような気がする。もちろん仕事も家事もしてるんだけど、心ここにあらずだった。あの時にしかなり得ない、でも受験生の母なら皆同じだったあの心境。さくらの顔も徐々にひきつりつつあったけれど、多分、私のそんな心境は顔に出さないようにしていたつもりだけど、ビシビシと伝わっちゃってたような気がする。そんな落ち着かない私が、一つだけ、心がけていたことがある。受験期だからということではなくて、ずっと前からそして今も続けていることなんだけど、あの頃は自分に言い聞かせてた。それは…たいしたことじゃないんだけど、朝、登校前に怒らない、叱らない、ガミガミ注意しない、そしてあの頃の特別バージョンは「プラス、勉強と受験の話をしない」さくらがまだ幼稚園の頃だったかな、どこかで耳にした。朝は1日の始まり。親に叱られて、注意されて、気落ちしたり、イライラした気分で登校すると、気持ちを立てなおすのにエネルギーを使って、その日1日がすごく無駄な時間になるって。親が子どもに注意するのも、叱るのも当たり前のことなんだけど、なぜか私の心に響く言葉だった。そして考えたくはないけれど、無事に帰宅するという保証は、絶対の保証はないのだから、朝は笑顔で見送りたいと思ってた。寝起きの悪いさくら、朝はかなり不機嫌。加えて寝不足。いつまでも朝食を食べない、着替えない…イライラしたけれど、「早く」とか「食べなさい」とか言わないで我慢した。言われたくないだろうなと思ったし、何か言い始めたら関係ないことまで言ってしまうような気もしたから。それでもさくらはプレッシャーに押されて、12月の模試は全て体調を崩しちゃったんだけどね。いろんな思いが最高潮にふくらんでくる、出願前の12月。母親がするべきことは多く、目がまわりそうだったけど、1日のスタートはちゃんと朝ご飯を作って、笑顔で過ごす、せめてそれだけはと、大雑把な私が守っていたこと。自分で自分に約束しないと守れなかったあの頃。何か意味があったのかと言われれば…なかったかもしれない。それでも「よし、今日も送り出した」ってなんとなくほっとしてコーヒーを一人で飲めるのは大切で好きな時間だったな。娘達が生まれて今日まで、朝、怒ったこと、叱ったことは・・ありません、と言いたいけれど、実はさくら1回、かえで1回、合計2回あるんだな。これが。それでもこれからも、ずっと続けていきたいと思う私の約束。受験前のあの頃も守ってよかったと思う約束だ。
2005/12/11
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早いもので12月、早いもので次女かえでの通塾開始は満9ヶ月が経過した。特殊な勉強スタイルのSセミは、宿題無し、授業無し、偏差値無しという独特のスタイル。一人で勉強しなさい、親に聞いてはいけませんと何回も子供におっしゃるK先生。お蔭様で、先生のおっしゃる通り、一切親に質問せず、一人で四谷大塚予習シリーズの範囲を毎週淡々とこなす彼女。順位も淡々と40名中、20位から30位の間を行ったり来たり。更に特殊な我が家の環境。自営業で、夕食後も夫婦で深夜まで事務所にこもることが多い。自宅には義父母がいるので安心だが、生活スペースは別。夕食後さくらとかえで、二人で居間を独占できるのだ。今日の午後、自宅へ戻ると、さっき学校から帰ってきたかえでが、「SI~俺たちはいつでーも二人でひとつだーったぁ~地元じゃぁ~負け知らずぅ~そうだろう~」と鼻歌うたいながら、テレビで「お水の花道」再放送を見ていた。小学生の見るドラマか?とにかくテレビの好きな子に育ててしまった・・・。かえでは連続ドラマの女王。今のシーズンで言えば「危険なアネキ」「1リットルの涙」「花より男子」「野ブタをプロデース。」「ブラザービート」「鬼嫁日記」・・・全部じゃん。全部見てるじゃん。ドラマ以外のお気に入りは「志村動物園」「うたばん」「ミュージックステーション」「ヘイ・ヘイ・ヘイ」「行列の出来る法律相談所」「伊東家の食卓」・・・離婚問題の再現ドラマなんか真剣そのものといった表情で見ている。テキストには書いていない、男女のあれやこれやを、今から勉強しているのはいかがなものか。もちろん、流行のお笑い番組もはずせない。要は暇さえあればテレビ見てるんだよね。タレントやヒットチャートにも精通している。ちゃおも毎月精読。今は「ナナ」「花より男子」他コミックをさくらと買いあって山ほど読んでる。一度封印したはずのゲームも私がいない時にやってるし、クリスマスツリーの下の紙には「DSの新しいソフト下さい」って書いてあるじゃんか。「もしさ、サンタさんが欲しがってるのじゃなくてさ、勉強のソフトくれたらどうするの?」って聞いたら「いいよ、別に、自分で買うから」と言い切ってたなぁ。つまり、彼女は受験生にはご法度と言われる全ての遊びをいまだに延々とやってるってこと。「あんたさ、どうやって塾の勉強してるの?」と聞いたら「算数はテキスト読んで問題を3回やるでしょ。理科と社会はテキスト読んで後ろについてる問題を2回くらいやって、前の日に音読するでしょ。漢字はフツーにやって、長文のプリントの宿題は先に済ませる」「たいてい、夕飯の前に勉強してる」と明快な答えが返ってきた。彼女の特徴の一つだと思うんだけれど、初めてのことには警戒感、緊張感が普通以上にともない、ガチガチになるんだけど、「あ、こんなもんね」と自分で勝手に納得すると、それを変えない。そこで落ち着く。一人で勉強してるのはいいとして、その程度の量だとその成績なんだから、もっとやればもう少し上も目指せる、そういう思考回路にはならないらしい。さっさと済ませて、遊ぼうって雰囲気。まあ、特に志望校もないし、仕方がないとも言えるんだけど。ただ、見方を変えると、自力で今、下から25%から40%にいるってことは、この先、本人の自覚や気持ちによってもっと伸びるかもしれない。一人で考えることが大切、それは実行してるけれど、この程度の量でいいはずはない。甘く見てるよなあ。現状を見て夫は、「ま、5年生になった時点でも少しプレッシャーかけようか」と笑ってる。かえでの「頑固」なベクトルが受験勉強に向く日がくるのか、向かせるような風を送ることができるのか。頑固でオリジナルなかえでの勉強スタイルは今後どうなっていくんだろう。いつまで本人任せにしてよいものか、もしや最後まで?このままでいいのかなぁ、何かもう少ししてやった方がいいんだろうな、そんなこんなで、ちょっと迷ってる今日この頃である。
2005/12/02
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『この私が合格させる』(花鳥&風月)読みました。受験本番を間際に控えたこの季節、現在、そして過去や未来を重ねた母は多かったと思う。私も花鳥さん、風月さん親子の日々に、さくらの受験の頃を思い出した。最初に感じたこと・・・それは母の努力のすさまじさ。ここまで努力できる、してきた母親がいるということに素直に感動。難関校に合格している多くの子の母親はこんなに頑張っているんだろうなあ。数年前、娘の中学受験が終わった、私の友人の一言を思い出した。「御三家クラスに合格させてる家庭はね、コンビニのコピーじゃなくて、自宅にコピー機があるのよね、母親の昼間は勉強とコピーよ」さくらの場合、スタート時点での学力が風子ちゃん、花夫くんとあまりにも違うので、勉強の点では、我が家の過去と重なる部分は殆ど無かった。それは事実。(でも勉強を進めていく過程、考え方は誰にでもおおいに参考になると思う)。でも・・・子どもを中学受験させる母親の気持ちは子どもの偏差値に関係なく、変らないものだと思う。たとえ受験する学校が違っても、本番へ向かう時期の気持ちの揺れ、焦り、緊張・・・当日から発表までのあっという間の数日間、不合格を見た瞬間、合格を見た瞬間・・・2年近くたった今思い出しても、忘れられない日々。2月1日の朝、自宅最寄駅で父親に「行ってくるね」と言って別れた娘の顔は今でもよく覚えている。あんな日があったんだよね。子どもの勉強、精神状態は塾の先生が必死に手厚くフォローしてくれる。母親にも指示を出し、周囲が万全のサポート体制を敷く。でも母親の気持ちは一体誰が支えてくれるんだろう、と思う。子どもが受験に集中できるように、母親は時間と手間を費やし、必死に過ごす。食事、予防接種、勉強、送迎、受験の手配、衣類の準備、家事、他のきょうだいの育児・・全てをこなしながら、頭の中は受験のことでいっぱいな時期。中学受験を目指す家庭なら、ごくあたりまえの風景であり「だからなんなの?自分が選んで始めたことでしょ」と言われても仕方ないかもしれない。親なら頑張ってあたりまえ、自分で選んだ道だから。そうだよね。一番頑張ってるのは子ども、その通り。別に認めて欲しくて言うのではない。でもね、私は思う。母親だって不安と緊張と心細さをいっぱいいっぱいに抱えて、でも、それを隠して過ごしている。その気持ちに寄り添う心があれば、どんなに心強いだろう。「よくやってるよね、誰も褒めてくれないけれど、大変だよね、わかるよ」「あと一息、ここまで来たら、最後まで頑張ろう」そう声をかけてもらえたら、共感してくれる誰かがいたら、少しでも安心できると思う。『この私が合格させる』の中には、そんな親へのメッセージがいっぱい。花鳥さんと風月さんが奔走する姿に、そして合格発表のシーンに思わず涙するのは、皆、この気持ちがよく分かるから。皆、同じ気持ちでいるからだと思う。これから受験を迎える方がこの本を読むと、孤独なのは、不安なのは、自分だけじゃない、皆同じなんだと、そう思えるんじゃないかな。私には花鳥さんと風月さんからの、頑張る母たちへの応援歌に聞こえたよ。私も2年後に、また同じような時間を過ごす予定・・・初めてと2度目ではきっと違うこともたくさんあるけれど、親としてそれぞれの娘の受験に対する変わらない思いがこの本の中には綴られていると思う。思い出させてくれて有難う、そんな気持ちで読み終えた。
2005/11/28
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まだ4年生、もう4年生?今年、次女の文化祭めぐりはパスでいいやって思ってたんだけど、長女の時もあんまり見せる時間がなくて、失敗したってことを思い出し、やっぱり今年なら余裕があるからと思って行ってまいりました。 海のものとも山のものとも分からない今年だからこそと、長ーい前置きをしたのは、『桜蔭』に行ってきたから。女子の聖地、桜蔭は受験する、できないに関係なく、一度は見ておきたい学校だもの。 かえでだって、もちろん、受験することは有り得ないけれど。それでも是非一度、4人に1人(だっけ?)東大に合格する娘さんたちの学生生活を垣間見てみたい。 水道橋から急な坂を上ってたどり着いた門。初めて見る制服、校舎、生徒さん達。制服は紺のジャンパースカート。脇にリボン。クラシカルな雰囲気。ブラウスの襟は大き目の丸襟。 殆どの子が普通のスカート丈、ミニスカもちらほらいるけれど、パンツ見えそうなんてのはいなかった。髪の毛も黒。 次女は展示物を見てひとこと「ママ、ギャル字がないね、みんな、字がきれいだね」その通り。 社会部のクイズ(といっても歴史的な問題集みたいな質問)に40分かけて挑戦。展示内容から読み取るって、まるで塾の勉強みたい。でもお姉さんに「GOOD」と丸つけしてもらって、次女、大満足。 バザー会場で「OIN」って入ったシャーペンを「頭がよくなるかもよ」と購入。 全体の印象は「健全な女子校、真面目な学校」でした。 長女の時にあちこちの女子校をめぐり、母校にも行ったけれど、こんなに静かじゃない。「見てってくださーい」「アンケートお願いしマース」の声、生徒達の嬌声が響いているところも多く、盛り上がってるなー楽しんでるなーって雰囲気を感じる学校も結構あった。 いいとか悪いじゃなくて、桜蔭は、落ち着いていたなー。 「どうだった?」と次女に聞いたら 「うーん、なんか、真面目な感じでー私はもうちょっと 楽しそうな方がいいかもなー。 でもさーギャル字なかったよねー」 心配しなくても、受験することはないから大丈夫。 それにしても、驚いたのは、当日は台風接近だからすいていたのもあるとは思うけれど、男子学生が全然いないこと。ようやく見かけた4名男子は「慶應」でした。いるのはうちのような親子連れ、或いは夫婦のみ。これほど他の学校の中高生を見かけない文化祭は初めてでした。 その一方で、こんな会話を小耳に挟みました・・・「ねえ、今日、後で開成行く?」(開成も同日、文化祭でした)「えー行かない」「なんで?」「だって、めんどくさいじゃん」開成行くのがめんどくさいのかー・・・って思わず納得してしまった私。見て気に入るとか、そういうレベルの学校ではありませんので、私も「記念見学だったなー」という感想。 ちなみに、Sセミナーの先生はかつて桜蔭の先生だったので、かえでに「今日桜蔭行ったって先生に言わなくていいからね」と一応釘を刺した私でした。だって恥ずかしいじゃない。この成績で。
2005/09/28
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って言っても誰にも分からないよね。さくらが好きなジャニーズの「嵐」という5人組グループのいわゆる「タレント本」のこと。夏休みに始めに発売されたらしい。お小遣いで買ったのね。居間に置いてあった時、私も退屈しのぎに手にとってみた。グラビアあり、Q&Aあり、対談ありでファンにはたまらない1冊、興味のない人には全くつまらない1冊か…と思いきや、実は思わず読みふけってしまった私。さくらの影響で最近彼らに親近感を抱いているのもあるけれど。5人それぞれの「1万字インタビュー」というのがそれ。結構なボリュームで、幼い頃の思い出から、事務所に入ったきっかけやら、「嵐」としてデビューする前の話、デビュー後の話などが語られている。彼らはだいたい12、3歳で事務所に入っているらしい。で、現在は20代前半。世間でいえば中学生、高校生、大学生、社会人という一番肉体的にも精神的にも「変わっていく」時代。そんなめざましく変わっていく時期。親には何も言わないことが一番多い時代ではないかしら。普段どんなに仲のよい親子であっても、子どもが心の中を全て話すはずはないと思う。本当にいろんなことを感じ、傷つき、悩み、迷っている時代。親はどんなに寄り添おう、のぞいてみようと思っても、本当の心の中を見ることはできない時期じゃないかな。この1万字インタビューを読むと、現在の自分になる迄に、彼らが何を思い、感じ、行動してきたかということが、なんとなく伝わってくる。小学校時代にいじめられたこととか、学校と芸能活動の両立とか、家族のこととか、結構正直に語っているなと思える部分も多い。その心の軌跡をたどると、ひとりひとりの思春期の成長が重なって見える。もちろん、オフィシャルに語られているものだから、全部さらけ出しているわけではない。それでも、もし、私が彼らの母親だったら、「この子はこんなこと思ってたんだ」「こんな時期があったんだ」って新鮮に思うことがあるような気がする。自分と息子との思い出と重ね合わせて、驚く事もあるような気がする。もし私が母親だったら、息子のこのインタビューを見たらちょっと嬉しいと思う。たまたま息子が人気芸能人だったら、そんな機会に恵まれることもあるけれど、普通はないよね。我が子の思春期の思いを聞くなんてこと。「アラシゴト」を読んで、ふと思った。娘がこれから過ごす、そう、社会人になる頃迄の数年間、彼女の心の本音を聞くことは難しいだろうけれど、少しでも聞こえるといいな、と。私が目をこらし、耳を澄ますべきところはどこだろう。中学生になってから、随分手がかからなくなって、在宅時間も減った。これからもっともっと減るんだよね。でもここからの数年間の成長を一番近くで、見逃さないようにしたいなあ。あんなに小さかった娘が、これからどんな大人になっていくのだろう。「アラシゴト」を読んでこんな感想を抱く若者はいないと思うけれど、私にはちょっと新鮮に思えた、彼らのインタビューだった。
2005/09/06
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いよいよ2学期、塾も淡々と続いている。かえでは夏季講習に不参加だったけれど、5日間参加したママによると「超大変だったよ~帰宅したら即勉強開始って感じで、こっちが疲れたわよ」とのこと。普段は週に1回、四谷大塚予習シリーズの1章ごとを4教科、勉強していくんだけれど、夏季講習は「毎日が土曜日状態」だったそう。つまり、「はい、明日は○章」って言われて、1章分を翌日迄に頭にたたきこみ、テストを受けたらしい。なるほど、それはかなり大変だったことでしょう。何せそもそも授業がないんだから、算数なんてテキスト開いて、読んで、問題解いて、分からなかったら「親に聞くな、自分で考えろ」って言われてるもんだから永遠に考え続けなくちゃならない。おまけに理科、社会、漢字もやらなきゃならない。それをわずか1日で。しかも連続5日・・・確かに大変だ!でも思う。そうやって短いスパンで必死に机に向って、5日間繰り返すことで「どうやって勉強すればいいか」を身体で感じることができるのが最大の成果ではなかろうか。「まだ1週間あるからいいや」大人でもそう思う。でも「明日またテストだ、まずい、時間がない」毎日が前日だったら必死にならざるを得ないし、集中する時間も増える。結果はどうであれ、自分なりに「勉強のやり方」を感じることができたなら、それが一番の収穫じゃないかしら。多分、先生が目指しているのも点数ではなくて、半ば強制的に体験させる「自立学習」じゃないかなあ。おっと、かえでは夏の旅行で不参加だったから、せっかくのチャンスを逃したことになるのかしら。父親に「おまえ、他の皆は必死に勉強してるんだから、遊んでた分、取り戻すのは大変だなー。これからやるんだよな?」と、旅行の余韻を打ち砕かれていたけれど。以前野球解説者が「倒れる程練習して練習して、その経験から実力がついてくることもある。質よりも量から学べることもあるんです」というようなことを言っていたのを思い出す。夏の終わりに、とんでもない時間が待っていたSセミの生徒たち、ひとまわり大きくなって秋を迎えることができるかな。かえではちょっと遅れたけれど、その分、2学期は気持ちを引き締めて、がんばってね。ようやく終わったね、夏休み!
2005/09/04
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週末1泊で近場の温泉に親戚、友人達と出かけてきた。私の親友も一緒で、彼女の娘、Sちゃんは附属系私立中学3年生。1年ぶりに会う彼女は、髪型もファッションも眉のアーチもぐっと大人びていて、かえでには「更に憧れのお姉さん」になったみたい。旅行中、かえでに「あんた、行ってみたい学校ってあるの?」とふと尋ねたら「あるよ!」って言うのでびっくりしたら、続けて「あのねー制服の可愛い学校」との答え。そりゃそうだ、かえでの知る具体的な学校の名前といえば、さくらの学校、両親の出身校、そしてSちゃんの学校くらい。どこの学校なんて言うはずはない。納得の答えだよね。そして憧れのSちゃんを間近にみて、夢はかなりふくらんでいる模様。「でもさ、Sちゃんの学校は制服無いのよ、知ってた?」って教えたら「えっ!じゃあ、だめだ~」と残念そう。かえでは保育園育ちなので、制服を着たことがない。さくらは幼稚園時代制服だったし、今も制服。残る写真や姉を日々眺めつつ「私も可愛い制服を着てみたい!」と思い描いているのだな、なるほど。最近、制服をリニューアルして、人気がアップする学校がある、と聞いたことがあるけれど、年頃の子ども達にとって日々の服装は大きな関心事だよね。私は制服に関しては非常に保守的なので、紺のセーラー服、黒の学ランが好き。かえでも「セーラー服って可愛いよね」と目を輝かせてるし。ま、制服で学校を選ぶってことは考えられないけれど、志望校選びに現実感が伴わない今しばらくは、あちこちの制服をチェックしてみるのもいいかなーなんて不謹慎なことを考えてしまった旅行でもありました!
2005/08/29
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もはや月記になりつつあるが、長かった夏休みももうすぐ終わり。かえでのSセミでは今週、夏季集中講座があるので、8月の通常授業は先週で終わり。当然順位発表もあった。迎えに行った時、かなり不貞腐れていたので、「またダメだったのか」と思ったが、予想に反して10番代前半。快挙じゃーん。すごいじゃーん。やれば出来る時もあるんじゃーん。2週間ほど前、漢字テストで40点というひどい結果に、父親にプレッシャーをかけられた彼女。夏休みの結果次第では、考えるところがあると脅かされたらしい。我が家では父親の言うことは「絶対」と娘達は思っているので、相当焦ったんだろうな。マジでやめさせられるかも?と思ったに違いない。自らを「雑魚チーム」と評し、実は結構自信喪失してるんじゃないかとちょっと心配してただけに、安心した。「でもねー、ママ、先生に言われたよ。『今月は結構がんばったな、だけど残念だな、来月の席順は夏季講習の順位だから、おまえは講習欠席だろ?38番の席だな!』だってー。あーあ」それは残念。初めて「1つの横長机に2人掛け」させてもらえると喜んだのにね。また3人掛けだね。14番まではゆったり座らせてもらえるらしい。かえでにとっては「憧れの座席」だったのだ。今回は四谷のテキストになってから初めての順位。相変わらず一人で勉強しているから、少しずつ手応えをつかんでくれるといいんだけど。この位勉強すると、この位できる、その繰り返しから「どこまでやり進めればよいか」を自分なりに見つけて、苦手も克服していく根気がついていくといいんだけど。ま、また来月急降下~ってこともおおいに想像できるから、浮かれず、騒がず、静観しようっと。
2005/08/25
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すっかり日記をさぼっている間に夏休み突入!Sセミは夏休みも特にスケジュールに変更なし。毎週1回、淡々と授業がある。4,5年生は夏期集中講習が5日ほどあるが、我が家は両方の実家との旅行とばっちり重なってしまい、今回は「ま、4年生だし」ということで不参加予定。ということは、普段と変わらないスケジュール。変わるのは「夏休みで時間がたっぷりある」はず、ということだけ。さてかえでの7月の成績は今までで最悪。びりから数えて何番目?あまりにもひどい順位で、聞いた瞬間さすがの私も唖然とした。さくらは「どーせ私は出来ないから」という感じで、いかにも「不安だ」という顔をしてたし、勉強しててもどーも頼りなく、順位が悪くても「やっぱり」という感があった。しかし、かえでは違う。いつも態度が大きい上に、勉強予定についても、内容についても、聞きにこないどころか、「今週はどこなの?」とうっかり私が聞こうものなら途端に「わーかってる」「いいのっ」とうるさいといわんばかり。確かに部屋を覗けば背筋を伸ばして勉強してることも多いのだ。しかし・・・この結果。しかも僅か30、40問の中から出題される漢字が40点とはどういうことだ?これまで態度が大きいから錯覚を起こしてきたが、要するに「勉強の絶対量」が足りないのだ。間違いない。しかし、他人の言うことを聞く子でもない。これも間違いない。彼女は小さい頃から「我が強い」タイプ。そして「のめりこむ」タイプだった。保育園時代、蝶結びが出来ない、といってとにかくずーっと、ずーっと練習していたのを思い出す。手伝われるのも大嫌いだった。私の実家で祖父に独楽を貸してもらったら、出来るようになるまで何回も何回もチャレンジしていたらしい。その執念に私の父はかなり驚いたと教えてくれた。かえでは今、学校のプールに燃えている。昨年は浮き輪がなければ市民プールへも絶対行かない、学校の夏休みのプールにもこれまで1度も参加したことがなかったのに。ふとしたきっかけで泳ぐコツをつかんだ彼女は、毎日のように父親に「プールへ行こう」としつこく声をかけ、夫の昼休みに1時間ほど連れていってもらう。午前中にもちろん学校のプールにも行っている。夫いわく「見てるとさ、とにかくずーっと泳いでるんだよな。ずーっとだぜ。普通休むだろ?休まないんだぜ。」とのことである。いつの日か「私はこの学校へ入りたい」とか「算数がもっと出来るようになりたい」とかいう気持ちがむくむくわいて、蝶結びや独楽やプールみたいに彼女にとっての「手に入れたい」ものになれば、ずーっとずーっと勉強するんだろうか・・・。その可能性も否定できないような気がする。強制するのは簡単だけど、そのもしかするとロケットダッシュするかもしれない?可能性をつぶすことも有り得ると思う。夫は言う。「今はプール検定に燃えてるんだろ。終わるまでいいよ。来週からプールないんだろ。一応机に向かってるみたいだけど、要はなめてるところがあるんだよ。今度ひどい点数とってきたら、とりあえず、多少のプレッシャーかけるからさ。いい気になってんだから」今日もプールとお友達三昧だったかえで。土曜日にはまた塾がある。テストがある。この調子でいくと、今週もとんでもない点数をとりそうだけど・・・とにかく絶対に素直に「うん」といわない彼女だから、私には反抗する彼女だから。舵取りは夫に任せて、私はしばらくの間「送り迎え」で伴走するしかないかな。順位だけでは分からない、今の様子では測れない、いつか伸びていく可能性は誰にでも有るはず。信じるのは我慢がいるけれど。その大きい態度に見合った学力を、是非己の力で身に付けていただきたい!と強く願う夏休みである・・・。
2005/08/04
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かえでの塾が始まって4ヶ月経過。毎月末にその月の成績によって40人の順位が発表されて翌月より席替え。成績順に座る決まり。3月は40人中、30番後半。普段の偉そうな態度から考えると、もう少しいいかな?って親ばかだったが、本人的にはショックだった模様。で4月は20番代後半。「やったー」って顔して塾から出てきたのが印象的。「来月もこの調子でがんばる」と舌の根も乾かぬ内に5月は再び30番代後半。でもって6月は20番代後半。テストといっても算数の計算、地理の地名暗記、漢字、以上3種3枚のプリントから全く同じ問題が出る。ちゃんと勉強していけばきっちり点がとれるシステム。なのに順位はジェットコースター。始まったばかりだし、こだわってもいないのだけれど、ちょっとよくなると気を抜き、下がると焦る、この繰り返しの次女を見ていると、「うさぎとかめ」を思い出しちゃう。あまり多くを語らない彼女の気持ちは分からないのだけれど。思えば長女はカメだった。今でもカメだが、カメはカメなりにコツコツと歩みを進める。小学生の頃は歩みが全く進まなかった。けれど、中学生になって、ようやく少しずつ進むようになったみたい。うさぎタイプに見える次女は、ちょっとよくなると昼寝、焦ると少々ダッシュ、でまた昼寝。ダッシュしなくていいから、普通に歩いて、段々走れるようになると理想なんだけどな~。プリントテストであまり差がつかなかったような時期を終え、いよいよ今週からは四谷大塚の予習シリーズがスタート。スタートといっても、多分授業では殆ど使わない。「来週は何ページから何ページまでが範囲、以上」って先生に言われて終わりだと思う。数日前、ネット通販で届いたテキストは、わずか1年少々前の長女の頃とまた違った趣。今までのプリントとは全然違う、文章題のオンパレード。さあ、ここからがいよいよ「自立学習」の始まりかな。一人でどこまで勉強できるかしら。こんな歩みの塾は他にないだろうな。自分でテキストを開いて自分で勉強する、誰にも教わらない。その姿勢が身につくように、そう期待をこめて、また明日は塾までの送り迎えにでかけよっと。
2005/07/08
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中学生になったら何をしたいですか?受験の面談で筆頭にあげられる質問かもしれない。「部活を頑張りたいです」というのもお決まりかしら。学校によって盛んな部活動はそれぞれだし、共学、別学では同じ部でも雰囲気は違うだろうし、体育系、文科系でも違うのは当然。さくらは体育系の部活に参加している。運動神経はごくごく普通だし、特に運動好きでも、特別なスポーツが好きというのでもないから最初に「これに決めた」と聞いた時は「え??」と驚いた。理由を尋ねると「グラウンドが広いから運動したいと思った」と言う。ま、確かにグラウンドは広い。テニスコートも8面ほどあると思う。運動しなければ損という環境に見えるかも。だけど実際に部活が始まってみれば月曜日から土曜日まで部活のある日が殆ど、帰宅は7時過ぎ、日曜日も試合。電車通学の疲れもあるし、結構大変そうだなーという印象。都大会や全国大会レベルの部活はもっと大変そうで早朝練習、昼休み練習、放課後練習が当然、授業以外は「全て部活」。お弁当を食べる暇もないらしい。そして先輩に神経を遣い、1年生は「誰よりも早く」参上するのは昔から変わらないんだ。2年生になって最初の保護者会で、先生から部活についてのお話があった。強制ではないが多くの生徒が参加している、保護者の中からは「部活が忙しすぎて、疲れてしまい、自宅学習する余裕がない」という声が聞こえる・・・という話があった。私と同い年くらいの先生が「しかしながら、20年近く生徒達を見ておりますが、部活を辞めて成績が向上した生徒は一人もおりません。これは間違いございません」と断言なさった。「部活を辞めれば自由な時間が増えるけれど、その時間が勉強時間になるとは限らないということです。時間がないからこそ、集中して、必死に頑張ろうとするんですよね。今目の前にあるお子さんの姿をご覧になれば心配かもしれませんが、部活を一生懸命頑張るお子さんには、将来、勉強を頑張る時期に、頑張れる力が育っていると考えて応援してあげてください」とおっしゃった。前の日記で校長先生のお話が印象的だった学校。私とさくらが学校見学をした時、案内してくださった先生はこの学校の卒業生だった。私の「生徒さんたちはとても元気がいいですね。先生はこの学校にどんな思い出がおありですか」との質問に「私は中学生時代、部活一辺倒、高校時代は生徒会活動に燃えちゃって、勉強した記憶があんまりないんですよ」と謙虚に笑われた。「教師になって改めて母校に戻り、生徒達を見ていて感じるのは部活や生徒会、習い事、なんでもいいんですが、中学生から高校時代、何かに一生懸命になっている子ほど、大学受験の準備が近づくと、勉強に向かって集中していけるんですね。逆に中学生の頃から、何もすることがない、何かに夢中になることがないように見える子は時間がどんなにあっても、結局勉強にも向き合えない、そんな傾向が強いですね」と付け加えた言葉を思い出した。そういえば、昨日かえでの塾からの帰り道、途中の乗り換え駅でさくらの小学校時代の同級生ママにばったり会った。一緒に受験を頑張った仲で、さくらとは別の附属校に通っている。「元気にしてる?」とたずねると「部活が忙しくて大変なの。ダンス部なんだけど、平日は全て部活でしょ。日曜日も殆ど練習でしょ。夜10時まで起きてられない程疲れてるわよ~」「先輩の目がこわくてね、スカートも短めにできないんだって」「勉強なんかする暇ないわよ。今日は英検だよね?どうしたかしら」とママは笑って話してくれた。そして「ちょっと大変すぎるかなって思わなくもないけど、でもね、いいと思って。ほら『ちょっと理不尽な縦社会』の経験も必要じゃない。もう少し成長してくれば体力も増えて、ついていけるようになると思ってさ。6年間続けるって頑張ってるしね」と付け加えた。さくらの部活はここまでじゃないけれど、今日も朝から試合に出かけている。今度の期末テストは初日の前日にあたる日曜日に試合があるらしい。親にしてみれば「試合?次の日試験なのに?ひどーい」と思うけれど、他の部でも結構ある話らしい。でも先生方がおっしゃるように、自分で決めたことを最後まで投げ出さないで続けるって経験は貴重だと思う。嫌なことがあっても、大変なことがあっても、楽な方へ流れない、強制も入ってるけど、とりあえず大変な方向へ向かう。これは家庭ではできない経験だよね。さくらの部活動は、超厳しいって程ではないけれど、それなりに拘束され、先輩後輩の縦関係もある。集団行動の責任も負わされる。普段はヘラヘラしてる娘だが、おそらく、部活中はそれなりにしっかりやってるんだろう。どんな部活にせよ、「やっててよかった」って思える瞬間はそんなにないと思う。「やめたいな」って思うことの方が多いかも。でも部活で過ごす時間には、結果以上に大切なものが詰まってるよね。何かにひたむきに向き合おうとする気持ち。途中で投げ出さないで、あきらめないで、やり抜こうとする気持ち。それは将来への大切な財産になる、と私は思う。うーん、今度の期末テストは前日が試合か・・・。さくらは既に「今度の期末は終わったし」と今から言ってるが・・・。長い目で見てやらないといけないんだろうね。
2005/06/12
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先日のさくらの運動会で見た光景。グラウンドの観覧席は階段状にプラスチックの椅子が設置されている。背もたれはない。立ち上がって振り向けば、すぐ後ろの座席が足元にある。競技中、私達家族の前の列には卒業生らしき女子大生が二人座っていた。競技の合間に、彼女らが立ち上がった時のこと。「すみませーん、ちょっと前通ります」と会釈して、いきなり私の横の空いている座席を靴でふんで立ち去った。何の躊躇もなく、ずんずんと座席を土足でふんで軽やかにいなくなった。一瞬びっくりした。確かにほこりっぽいし、そんなにキレイな座席じゃないけれど、人が座るところをなぜ土足で踏めるんだろう。お嬢さん、その靴でトイレに行かなかった?犬のフン踏んだことない?犬がしょっちゅうおしっこしてる道路を歩いたことない?汚いって感覚がないのだろうか。悪気がないのは「すいませーん」と一応挨拶することからもよく分かる。だけど、「分かってるよ、そんなこと、だけどめんどくさいから、ここ踏んで通ってるだけなんだよ」と悪気がある方がまだマシかも。だって、汚いって思ってない証拠だもの。別に私は潔癖症でもなんでもない。だけど椅子に土足で上がることには抵抗がある。だって汚いじゃないの。道路にそのまま座るのだって、絶対に汚いよね。数年前、さくらが幼稚園だった頃。最寄り駅のホームで電車を待っていると、さくらが「ねえ、ママ、あのお姉さん達は座布団がないのに、どうして地面に座ってるの?」と向かいのホームを指差したことがある。目をやれば、女子高生とおぼしき数人が、頭上にハトがとまってるようなホームにぺったりと座り、ケータイを打ち、ジュースを飲んでいた。もっと驚いたのはすぐ側に立っていた女子高生がコンビニで買ったサラダをお箸で食べてたこと。嘘じゃない。周囲のおばさん、おじさんも唖然としてたし、睨んでる人もいた。しかも、更に驚くことに、彼女はサラダのパックとお箸を持ったまま、電車に乗り込んだ。最近、電車の中で飲み物を飲んでいる若い子を見かける。ペットボトルの普及が影響してるのかもしれないけれど、電車ったって、首都圏の電車だよ。列車じゃないよ。飲食は当然禁止じゃないの?ごくごく普通の若者が飲んでる姿を見ると、今や「電車の中で飲み物を飲む」って行為は普通のことなのかと思ったりする。私は思うんだけど、想像力が欠落してるような気がする。靴の裏には何がついてる?トイレに入り、何が落ちてたか分からない道路を踏んだんだよ。その足で他人が座るところを踏んだら汚いじゃない。飲み物飲んでて、もし電車が急に強く揺れたらさ、中身がこぼれて隣の人にかかるかもしれないでしょ。ハトがフンしたかもしれない地面に座ったお尻で座席に座ったら、汚いでしょ。誰もあなたの後には座りたくない。それにあなたのお尻・・・大丈夫?それとも想像できないんじゃなくて、「それくらいどうってことない」って感覚なんだろうか。だとしたら想像するだけで恐ろしい・・・。テレビである学者が嘆いていた。「誰でも知っている、有名な女子校からの依頼で高校生に特別授業をしに行った。ここの学生なら話のしがいもあると思ってた。そしたら驚いたことに、人の話を聞かない子がいるのもそうだけど、髪の毛とかしたり、鏡見てる子がいるんだよ。心底驚いた。二度と行きたくない。」「先生に伺ったら『今の子には公私の区別がないんです。どこでもマイルームっていうんですか。だから教室も自分の部屋も全く同じ感覚なんですよ。悪気はないんですが』と言われて更にびっくりした」私自身、他人に「きちんとしなさい」と言えるほどきちんとしてない。家事はおおざっぱだし、自分でも「だらしないなぁ」って反省することも多々ある。それでも、座席を土足で当然のように踏む感覚は理解できない。まさかうちの娘達はやらないだろうな・・・と思いつつ、ふと不安がよぎる。大丈夫かしら。うまく言えないけれど、確実に「これは当たり前」の常識がずれてる若い子が増えてるような気がする。どうしてなんだろうね。言わないとわからないのかな。それとも私はうるさいんだろうか?見かけはとても綺麗なお嬢さん二人の行動にかなり驚いた、さくらの運動会のひとコマだった。
2005/06/02
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今年もさくらの中学、高校の体育大会が開催された。同じ敷地内にある大学のグラウンドは400メートルトラックに、階段状の観客席。敷物不要、見やすい座席が有難い。中1から高3までの6学年、女子ばかり千数百名の生徒が揃う姿は圧巻。女子校の運動会といえば「実は女って、すごい活発なんだよね」と驚くほどの迫力ぞろいなのは、どこの学校も同じかしら。フィールド競技に、応援合戦、ダンスにクラブ対抗リレーと休む間もなくグラウンドでは競技が続く。先輩が頑張る姿に嬌声が上がり、クラス単位の体育大会は上級生、下級生が一丸となって「燃える」行事なんだなー。高校生の2000メートルリレーには、なぜか先生のチームが参戦する。「ただ今の走者は○○先生、担当教科は国語、○○部の顧問で、高校○年○組の担任です」などと紹介アナウンスが流れるが、生徒達の応援がすごい!「きゃー、○○~」「早い~」って、先生達、生徒との距離が結構近いのね。人気あるのね。女子校だけど男の先生が多いのにも驚く。(なにせ、我が母校は出身者も多く、女の先生ばっかりだった記憶。)そして夫がひとこと。「先生、すげー体力あるな。足、速いなー」そう、中には50代の先生も走り、男女混合チーム。しかし、10代の女子生徒、陸上部も走る中、先生チームがぶっちぎりの優勝だった。そして大会の最後を締めくくるのは高校3年生のダンス。全員が大きな輪を持っての演技。遠目に見てもかなりしっかり揃っていて、練習の成果が伺える。10分近く続く音楽に合わせ、殆どの生徒が間違えることなく、身体を動かす姿は圧巻だった。私のイメージでは、高校3年生にもなると、案外しらけた子も多く、真面目にやるのが「ださい」って、応援の練習なんかにも協力しない子がいるんじゃないかなと思ってた。でもダンスだけじゃなくて、高校生のクラス対抗の応援合戦にしても、「練習大変だったろうな、特に3年生は」と感心するほど皆、一所懸命な印象を受けた。先生のお話では、クラス対抗の応援合戦には先生はノータッチ。全て3年生主導で振り付け、練習を進めるらしい。直前には中間テストもあり、部活もある。怠ける生徒もいるだろう。皆をまとめて本番にこぎつけるのは結構大変なことだと思う。3年生はダンスの最後に、1列ずつ、観客席の前で挨拶をした。泣いている子もいた。私もちょっとぐっときた。必死に走る、応援する、踊る・・・友達や先輩後輩の勝利に喜び、惜敗に悔しがる。若い生徒達が正に「力いっぱい」がんばる姿を見ていると、今しかない時代を過ごしている彼女達がとてもまぶしかった。彼女達の未来がとても輝いて見えた。学生っていても大学生になると、殆どが個人行動。クラス単位の行事もないし、毎日朝から晩まで同じメンバーで過ごす生活とはおさらば。集団行動はなくなって、それはそれなんだけれど、私はやっぱり中学、高校時代、友達と一緒に過ごす、何かに向かって走る時間は大切だと思う。しらけた子どもが多いのかなと思いきや、最後まで「燃える」姿勢を見せる高校3年生に、私はちょっと感動した。そしてスタンド式の観客席が保護者で満員、立ち見も大勢。分かるな、私もきっとまた来年も応援にくると思うもの。(さくらは既に『来なくてもいいし』って言ってるけどね)言葉で言うと陳腐になるけれど、こんな風に一生懸命に友達と行動する時間が持てるっていいことだよね。その環境があるってことは、素晴らしいことだよね。縁あって、通学することになった学校なんだけれど、通う日々が長くなるにつれ、ますますここはさくらにとって正解の学校だった、素直にそう思えるようになってきた私。最近、SセミナーのK先生が最後に私におっしゃった、「入学することになった学校に、子どもは呼ばれているんですよ。私は大勢の子ども達を見てきて、不思議なくらいそう思うんですよ」という言葉を思い出すことが多くなってきた。
2005/05/30
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街で超ミニスカの制服姿の女子中高生を見ても驚かない今日この頃。今はあれが流行なんだよね。眉の形も髪型も、バッグもソックスも、「今はこれがいい」「私もこれにしたい」っていうのが、いつの時代にもあるもの。さくらも中学2年生になり、俄然「今はこれがいい」が増えてきた。制服のスカート丈も通学路では徐々に短くしているようだし、眉の形だの、香水だの、髪型だの、なんだかんだとうるさくなってきた。我が家にもついに「いまどき」が持ち込まれる時代になったみたい。最近、ふと思い出す。さくらの志望校めぐりをしていた頃訪れた、とある女子校で聞いた校長先生のお話は今でも耳に残っている。私服の女子校、でも制服かしらと思うほど、皆似たような服装。都会的な印象のお嬢さんが多いその学校には「いまどき」が満載。ミニスカ、携帯、アーチ型の整った眉、休み時間の校内に響き渡る嬌声、決して「お行儀がよい」とはいえないが、どこまでも自由闊達な雰囲気は、さくらの目にもとても魅力的に映ったようだった。保護者の目から見ると、「自由すぎるのでは」という印象もあったと思う。そんな中、校長先生のお話は非常に印象的だった。「確かに、学校にはいろいろなご意見が寄せられ、中には『みっともない』というご批判もあり、私達も十分に承知していることです。確かに、傍から見れば行儀が悪い、みっともないと思われても仕方がない様子もあるかもしれません。でもあえて私達はそれを見守っていると申し上げたいのです。私達は「ある程度の自由奔放を認めなければ、真の自立は得られない」と信じて子ども達を見守っています。今の様子だけを見ているのではなく、この学校を卒業した後まで、もっとずっと先を見ているのだと申し上げたいのです」という内容のお話だった。いくつかの学校で校長先生のお話を聞いたけれど、こんな内容は初めてだった。「自由奔放の先にある自立」私の胸に響く言葉だった。私の母校も自由な校風だった。外から見ると、そう見えないらしい。もっとしつけにうるさい学校だと思われているようだ。でも校則はゆるやか。私の中学生時代、セーラー服といえば、スカートは膝下が当然、三つ折ソックスや黒タイツがきまりだった。でも特にスカート丈にもきまりなし。ゆえ、私達は皆「これが可愛い」って膝上にしてた。あの頃、珍しかったと思う。バッグも自由。髪型も自由。高校時代、パーマも禁止じゃなかった。とにかく、先生にうるさく言われた記憶はない。「強制」からは遠いところにある校風。今でも変わらない、その思いは学校見学に訪れた際にも強く、そしてなつかしく感じた。強制や禁止、というのは案外楽なことだと思う。「自主性に任せる」というのは実は難しいよね。自由奔放を許すという意味は、決して「何をしてもよい」ではない。でも子どもはそう捉えてしまうところがあるかもしれない。何を許して、何を許さないかの線引きはとても難しいし、線引きしたって「うざい」と言われてしまうこともたくさんある。でも私は自由奔放の先に真の自立があるとおっしゃる校長先生の言葉が胸に沁みた。強制、禁止の中で行動するんじゃなくて、好きなようにやってみる、やらせる環境を作る、今すぐには理想の姿が見えてこなくても、その先に必ず自立した大人への入り口が開かれる・・・そして難しいことではあるけれど、まずは子どもを信じよう、信じればきっと信頼される、私にはそんな風に聞こえた。さくらにはご縁の無かった学校なんだけど、今でもとても印象深く、魅力的な学校だと思っている。これからますます反抗的になる年齢、我が家の自由奔放はどこまでになるかな・・・遠い昔、私が学校からも、両親からもそうしてもらってきたように、娘達をどこまで信頼できるかな。「親になって初めて知る親心」が怒涛のように押し寄せてくる、子育ては第2ステージにさしかかったような気がしている。
2005/05/26
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中間テストを前に、さくらが私のところへやってきた。「ママ、この英語の問題集、試験範囲なんだけど、解答を学校においてきちゃったから、答合わせしてくれない?」はぁ・・・解答おいてくるなよなーと思いつつ「しょうがないな、気をつけなさいよ」と言いつつ、どれどれと答合わせ。中学生になってからも、殆ど勉強には関わらず、試験結果を見てため息をつき、その度に気を取り直し過ごしてきた1年ちょっと。さくらは相変わらず、恐ろしい凡ミスを連発している。「あのさー、wantedの現在形が何でgoなのよ」「これはーcallじゃなくてcollectって書いてあるでしょう」あっちにもこっちにもうっかりミスを散りばめつつ、そうね、トータルで60%の出来といったところ。本当はこれじゃまずいんだけど、答合わせをしながら、実は軽い驚きを感じ始めていた私。昨年1年生になってから、いや中学受験の準備の頃からさくらはの学力はずっとずっと低空飛行だった。理解力がとても低いというのか、他人の説明を聞いても理解できないように見えた。教科書を読んでも、先生の説明を聞いても、誰かに教えてもらっても「はあ?」「なんでそうなるの?」とこっちががっくりするような返事。英語もそうだった。「なんで?なんでweとtheyがあるのよ。どうやって区別すんの?自分が入ってないってどういうことだし」というように、「なぜそんなことが理解できないのかなー。覚えるだけじゃんか、こんなこと」と思ったことが何回もある。一事が万事、全体的に同じ調子。よって成績も彼女の理解力の印象と同じ、なんとも冴えない状態が続いていた。もう少し何とかならないのかなと思っていた。しかし、今日の英語は凡ミスが多いといえども、以前の「わけわかんないしー」という状態とはちょっと違うのが明らかだった。過去進行形とは、過去疑問文とは、そういった文法は理解しているのが読み取れた。非常にレベルの低い話だが、今までの状態を考えると私にはちょっと驚きだった。そういえば・・・1年生の3学期になった頃、さくらが私に「ねえ、ママ聞いてよ。私ね、最近数学がちょっと分かるようになってきたんだよね」と言ってきたことがある。「授業のプリント全部出来るんだよ、それってすごくない?」さくらの算数は大変だった。中学受験の算数に始まり、入学してからも「数学、ほんと、嫌。超苦手。もう見たくないし」と苦手意識満載。分からなければこれ以上面白くないものもないだろう。彼女は真面目だけを取り柄に、四苦八苦しながら、定期テストは平均点以下だけど何とか乗り越えてきたのだ。ところがなぜか突然「先生の話が分かるようになった、ちゃんと聞いたら案外分かる」と言い始めた。「これまで聞いてなかったんかい」と言いたくなったが、多分、そうじゃないと思う。彼女は「聞いてもピンと来ない、頭に入ってこない、意味がよく分からない」状態だったのではないだろうか。それがなぜか「あっ、なるほど、そうか」と分かるようになったのではないだろうか。私は教科書は大抵読めば分かるものだと思っていたし、先生に聞けば分かると思っていた。だがさくらはそのどちらも「分からない」と言い続けてきた。そんな彼女が分かるようになったというのは、すごい転換期のような気がしている。お粗末なレベルの話なのはよく分かっているけれど、それでも、過去を振り返れば、ものすごい進歩である。思えば赤ちゃんは生まれた時はしゃべらないし、歩かない。来る日も来る日も「いつ歩くかな」「いつママって言うかな」ってとても楽しみな気持ちで待っている。その瞬間が訪れた時は本当に心底嬉しかった。今でも覚えている位。なのに勉強はどうしてこう楽しみにできないというか、待てないものなんだろう。例えば、まだハイハイしている赤ちゃんの両手をとって無理に歩かせて、倒れれば「どうして歩けないの」と叱咤激励する、「マーマって言ってごらん、マ、マ」と何回も話しかけては、しゃべらないと「どうしてしゃべれないんだろう」とがっかりする・・・そんな接し方と同じなんだろうな。身体も大人顔負けに大きくなり、いっぱしの口をきくようにもなり、見掛けは大人に近づいているけれど、中身はまだまだ発展途上なんだなあ。私のつまんない価値観で「勉強ができるとかできない」とか決めつけてはいけないよね。さくらもようやくつかまり立ちをはじめ、言葉をしゃべろうと頑張り始めたところなんだろうと思う。私は下手に手を貸さず、上達していくのを見守っていればいいんだろうなあ。さて、そんなこんなでちょっと楽しみに待ってた中間テストの結果。数学は快挙!80点超!しかし・・・他の教科は全て平均点以下。英語は遂に追試にひっかかったぞ・・・。でもね、数学の高得点に自信がわいたようだった。あんなにわかんなかった数学が分かるようになってきた。私もやればできる、その小さな自信は彼女の大きな支えになるんじゃないかな。「次はもっと頑張るよ」その言葉を信じよう、そう素直に楽しみに思えるようになった。しかし・・・英語の追試はまずいよなあ・・・英語だけは・・。やはり心配は当分続きそう。
2005/05/23
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かえでのSセミ生活もはや3ヶ月目に突入。送迎時に塾の話をする程度で、家庭では殆ど話題に上らない。かえでは自分からは何も言わないし、私達もあまり聞かない。何とかひとりで勉強しているみたい。40人中、先月の順位は20番代後半。多少上昇したけれど、週に1日の通塾日、出かける迄に数時間あるにもかかわらず、絶対勉強せず、犬と遊び、テレビ三昧。緊張感ゼロ。焦りもゼロ。誰にも何も言われないからなのか、随分のんびりしてるもんだと思う。もう少し負けん気が強いかと思ってたけど、意外にそうでもないんだな。まあ、まだ4年生だし、先のことはわからないけれど。通塾前「塾が始まったら、ゲームはやめる」と宣言していた通り、かえではゲームを全然しなくなった。ゲームボーイアドバンスも、サンタさんにもらった任天堂DSも封印したようだ。もっと未練がましいかと思っていたので、素直に感心している。が、よく見ているとゲームはしていないが、その代わりにコミックを読んでいる時間は激増している。子ども部屋へ行くとコミックを読んでいる姿を見ることが本当に多い。しかもさくらが買ってくるものも多いので「おまえにはまだ早い」内容も多そうで、これでよいのか?と感じつつ、結局まだ黙認状態。先日、「また漫画読んでるの」と思ったら、かえでは「小学生向けことわざの本」を眺めていた。さくらに買ったのだが、彼女は殆ど興味を示さなかったもの。「面白いの?」と聞くと「うん、絵が結構面白い」と子どもらしい答えに苦笑い。ま、いいや。ある日、珍しく仕事が早めに一段楽し、台所で夕食作りに忙しい私のところへ、ヒマそうなかえでがやってきた。「ねえ、ママ、あのさー、これって合ってる?」と言う。「何が?」と聞き返すと「例えばなんだけどね、例えばさ、お姉ちゃんがもしも、浜崎あゆみみたいな、超有名な歌手になったとしたらね、そしたらそれは『トンビが鷹を産んだ』っていうことだよね?」思わず野菜を炒める箸が止まった私。「ねえ、かえで、あんた『トンビが鷹を産んだ』ってどういう意味か知ってるの?」と聞き返せば「あたりまえじゃん。『トンビが鷹を産んだ』はね、『 平凡な家庭から立派な子どもが育つ』って意味でしょ。ね、合ってるよね」だって…「へぇ~そうなんだ。ってことはさ、ママ達は平凡な親ってことだよね。なるほど、そうだよねー」とちょっと嫌味に言うと、はっとした様子で「違うよ、そういう意味じゃないよ」と必死に言い訳をはじめる。「でもね、大体合ってるよ。お姉ちゃんが『あゆ』みたいになったらそう言われるよ、きっと」と大笑い。しかし笑ってはみたものの、確かに私は平々凡々の人間だけど、娘に「平凡な親」と言われるのは何ともいえない気持ち。まあいいや。平凡な親から生まれた娘達には『鷹』になって羽ばたいてもらいましょう。ならば20番代の平凡すぎる成績でニコニコしてるんじゃないぞと思わず言いたくなる私だったけど。
2005/05/15
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さくらと同じ小学校出身で、私立中高一貫校に通う1歳上の女の子がいる。彼女のママとばったり会った。立ち話だったけど、ジャニーズに夢中だとか、部活がどうだとか、あれこれ思わず話し込んだ。そして、彼女も娘さんの勉強には頭を悩ませているらしい。「塾行ってるの?」と聞いてみたら「本人が嫌がるから今まで通ってなかったんだけど、最近、くもんに通いだしたのよ」「くもん?」「そう、くもん。英語だけなんだけどね、先生がとても熱心でね、うちの娘の英語も少しマシになってきたのよ」とのお答え。「よかったらさくらちゃんも通わない?結構いいよ」とお誘いを受けた。恥ずかしながら、私、くもんはもちろん知っているが、小学生迄だと思い込んでました。中学受験の通塾とはまったくタイプが違うし、まして中学生になってから「くもん」は全然想像しなかった。彼女が言うには、リスニングとプリントを、その子のレベル迄戻って(戻らない子もいると思うが)スタートするらしい。私は、数学は考え続けることが大切だけど、英語は繰り返しの努力、積み重ねの方が大切だと思う。単語を覚えたり、繰り返し耳から聞いたり、音読したり、訳したり・・・やった量は間違いなく、実力に貢献する科目ではないかと思う。さくらの英語は・・・このままではちょっとまずいかなという状態。「英語どう?」と聞くと「なんか、よくわかんないこと多いんだよね」と答え続けて早1年。1年生の最初の中間試験では「ママ、英語ってどうやって勉強したらいいのか、わかんない」と泣きつかれ、思わず「これやって、これ覚えて、これ書けるようにして」と(狭い範囲だったこともあり)、試験用のプリントを作ってやった。一夜漬けでこなしたら、結構点数がよかった。それで「もうやり方分かったよね?」と安心して、それ以来殆ど手を貸さずにいたんだけど、どうやらかなり危ない成績。理解度は低いが、努力でかせげる「提出物」、授業態度などでなんとか補習にひっかからないといったところ。でも実力テストがあれば、おそろしい点数をとってくる。先生達も「とにかく英語ですから。大学受験で足を引っ張るのは英語ですから」と繰り返しおっしゃる。受験するかどうかはわからないが、いずれにしてもこのまま放置したらちとマズイかなぁ、でも塾に通うのもなぁ・・・と思ってたのは事実。そこにナイスタイミング?でのお誘いだった。私も塾とか通信教育とか見聞きしてしまうと、どうしても「やらせてみたい」と思ってしまう。やらせると成績が上がる、実力が向上すると、一瞬思い描いてしまう。しかし、それは勘違いだということに、さくらの受験を通して気づいた、というよりも確信した。よく考えてみれば、わざわざ月謝を払って通っている学校の授業。英語だけでも週に6時間、テキスト、習熟度別、英検対策、リスニング、至れり尽くせりの内容だと思う。学校でしっかり勉強していれば、少なくとも中学生の間は何も塾に通う必要なんかないんじゃないの?と思う。それができないから塾に通う。塾なら個別にもっと丁寧に見てもらえる。分からないところの復習になる。それは確かにそうかも。だから塾に通わせれば、家庭教師をつければ、学力が高まるはず、これで一安心、という発想に私も以前はなっていた。でもそれは違うんじゃなかろうかと思うようになった。もちろん、塾や家庭教師を否定する気持ちはないんだけど。例えば・・・豪華なシステムキッチン、厳選高級食材、一流の調理道具を揃え、服部幸應先生やら平野レミ先生やら、陳健一先生やら、時にグッチ裕三さん迄が懇切丁寧に指導してくれる夢の料理教室。ここへ通えば間違いなく、料理上手になれるとの触れ込み。でも、ここへ毎日通っても出前をとり、カップヌードルを食べる子はいると思う。手取り足取り教えてもらっても、何も学ばず、何も作ろうとしない子はいると思う。或いはそこでは作っても、自ら家庭でキッチンに立たない子もいると思う。でも、たった一つのコンロしかなくても、冷蔵庫の残り物しかなくても「美味しいものが食べたい」という気持ちで、料理が上手になる子もいると思う。本人が「こうしたい、こうしよう」という気持ちで取り組まない限り、しかももう親の言うことなんか聞かなくなってくる年代に、「親が張り切ってやらせて」も、実りは少ないんじゃないかしら。最近、そう思うようになってきた。くもんは入会金なし、月8回で月謝は中学生で7000円ちょっとらしい。非常にリーズナブルだし、思わず心が揺れた。でも結局は娘が「やる」と言って通うかどうかが大切だし、これ以上睡眠時間を削る結果になるのも考えもの。さくらの顔を見て思わず「ねえ、くもんの英語ってあるんだって」と喉元まで出掛かったが、ひとまず我慢した。結果はなかなか伴わないが、とりあえず真面目にやってる様子だし、1学期の結果を見てから考えてみようかな。うーん、だけど、結果を見たら「やっぱりやらせたい」と思っちゃいそうなんだけど・・・。
2005/05/09
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我が家は娘二人。何事につけても「きょうだい平等に」は親なら誰でも意識することだろうけれど、特に同姓のきょうだいの場合は気を遣うかも。「女と男は違う」という言い訳?が通用しない。こちらは差別しているつもりはないけれど、娘達の側からすれば「ずるい」と思うことが多々あるようだ。私は弟と二人きょうだいだから、さくらとかえでの微妙な気持ちが分からないかもしれないなあと思う。さくらは、私達がそう仕向けた部分があるにせよ、自ら「受験したい」と言って中学受験をした。では、もちろん、かえでにも同じように聞いてやらねばなるまい。当然のごとく、かえでも「私も受験する」と答え、現在通塾中なのだが…夕食を一緒に囲んでいる時、義父の口からかえでの中学の話が出た。もちろん、通って欲しい学校の話。「かえでも、お姉ちゃんと同じ学校に通って、大学は好きなところを受験すればいいんだしな…」というようなことを言い出した。同じ学校ねぇ…私は姉妹は別の学校へ通う方がいいんじゃないかと思っている。小学校は同じ学校がいいなと思ったし、それが自然。でも中学や高校は同じじゃなくてもいいんじゃないの。さくらと同じ学校へかえでが入学したら、きっと言われる。「さくらの妹だ」「かえでのお姉ちゃんだ」真実ではあっても、彼女達にとって自分が一番長く過ごす空間で、姉だ、妹だ、を形容詞にされるのはどうだろう?遠慮のないクラスメートや上級生、下級生から比較される時もあるだろう。家庭では見ない姿をお互いに見てしまう場合もあるだろう。それって結構めんどくさいことなんじゃなかろうか。「私は中学や高校は別の学校で、それぞれの世界を持った方がいいと思ってるんですよ」と言うと義父は心底驚いたような顔をした。「そうだよ、あたし、かえでが入ってくるの絶対やだ」とさくらが言えば「へーん、あたしだって絶対行かないし」とかえで。「あっ、そう、絶対来ないでねっ!!!」と聞き苦しいけんかが始まり、「たった二人の姉妹なんだから、同じ学校でなかよくしたらいいんじゃないのかなあ」と、義父がちょっと悲しげ。仲がいいとか悪いとか、そういう問題ではないと私は思う。寄ると触るとけんかばかりの姉妹だが、二人きりで家庭の外に出たとき、やはりさくらはかえでをかばい、かえでがさくらを頼る姿を私は知っている。それは当たり前のことだけれど、自分の世界を作っていく時代に姉として、妹としての役割ははずしてあげたいような気がしている。もちろん、かえでの受験はまだ先。かえでが中学に入学する頃、さくらは既に高校2年生。今の関係より成長して、お互いの希望も言い分も変化しているかもしれないし、私も今からそう真剣に考えているわけではない。でも、姉妹は別の学校がいい、その私の思いは変わらないような気がしている。同性のきょうだいをお持ちのご家庭ではどんな意見が多いのかしら? もしや私の意見は少数派?ふとそんなことを考えた休日の食卓だった。
2005/04/28
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先日、『強育論』の宮本先生の講演会に行ってきた。今回のテーマは「今年度の算数入試では何が問われたか-首都圏上位10校の問題を徹底分析-」先生の講演会に参加するのはこれで3回目。相変わらず、とても面白い。織り込まれるいくつもの受験生のエピソードが滅多に聞けない裏話。会場も何度も笑い声に包まれる盛況ぶりだった。10校の算数問題が配布され、先生が実際に解いてみての分析がつく。難易度、要求される能力、目新しさを記号で表し、昨年度との比較、そして細かい印象をお話してくださった。ここまで徹底的に分析する塾の先生は滅多にいないだろうなと思う。来年への予想、これもおそらく的確だろうと実感する。上位10校を受験予定の保護者にはとても参考になったのではなかろうか。(ちなみに、上位10校とは「雙葉」「女子学院」「フェリス」「桜蔭」「武蔵」「駒東」「栄光」「麻布」「筑駒」「開成」。慶應が入っていない理由については・・・先生のご判断。なるほどなーと思ったけど、慶應志望の人が聞いたら怒るかも)宮本算数教室の本年度の結果についても細かくお話があった。15人中、確か(メモをとらなかったので数は私の記憶だけど)開成6名、麻布2名、栄光他、計14人が相当レベルの学校へ無事合格。すごいなー。いつもお話を聞いて思うのは、おそらく先生が子どもの学力を見る力は本物。この子がどのくらいの実力で、どの学校の試験に向くか、という判断はおそらく親よりもはるかに正しいような気がする。私が塾の先生に望むことの一つはこれである。親にはなかなか出来ない「合格できそうな学校」「向いている学校」「試験との相性」そして「模試の偏差値に惑わされない、受験校選び」(模試の点数による機械的な判断ではなくて、内容を見ての判断)の指導である。ここを正確に指摘してもらえれば、どれだけ親も安心できるだろう。かなりの説得力で指導してくださるような印象を受ける。最終的に受験校を選ぶのも進学先を決めるのも先生ではなくて、親と子どもなのは言うまでもない。でも「なぜこの学校を選ぶのか」「どういうところが子どもに合うと思うのか」「試験傾向と子どもの学力やタイプが合うのかどうか」といったところは、親は客観的に判断できない部分が多いと、私は思う。自分が試験を受けて通うような気持ちで判断してしまう面も多々ある。だからこそ、子どもだけを見て、意見を言ってくれる、判断してくれる、塾の先生のアドバイスには「確かさ」が欲しいと願う。勉強の指導も大切だけれど、プロならではの鋭い指摘が欲しい。でも実際には、子どもをよくよく見ないとできないことだと思う。宮本算数教室の生徒さんは受験生の中のほんの一握り。先生の目で見て判断してもらえる、ということをとてもうらやましく思った講演会でもあった。
2005/04/22
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かえでがSセミに通い始めて早いもので1ヶ月。Sセミでは毎月最終日に順位発表があって席替えがある。毎回のテスト、合計4回分の点数で順位が決まる。毎月入れ替わるけれど、なんと言っても初めての順位発表。行く前からなんとなく落ち着かない様子のかえで。「気になるんだ?」と聞くと「そりゃそうだよ・・・」の後に「多分ね、38番くらいだと思う」と珍しく弱気発言。全部で40人しかいないから、ビリに近い順位予測。毎回「ちゃんとやったから大丈夫」と言うけれど、なかなか点数には結びつかなかった1ヶ月。きちんと自分のものになるまで、十分にやってないんだろうなと思ったけれど、あえて何も言わずに見守った。それに、かえでも順位が出るまではあまり現実感がないだろう。塾が終わって階段を下りてきたかえでに「どうだった?」と聞くと「ママ、全部で何人いるんだっけ? 私それがわかんないからさー、いいのか悪いのか分からないよ」だって。たった1クラス、見渡せばすぐに分かる程度の人数なのに。何事においても、絶対に自分の間違いも負けも認めない、負けん気の強い彼女らしい最初の一言だった。「40人よ、全部で40人」と答えると「そうか、じゃあ、あんまりよくないなー」私の予想ではもう少しいいかなと思ってたけど、親ばかでした。かえでの予想とあまり違わない、30番代後半。「パパに言いたくないなー」としきりにつぶやく。順位を気にしてるのがよく分かる。生まれて初めて「自分の順位」を聞いた彼女。結構自信家なところがあるだけに、実はショックだっただろうな、と思う。でも自分で考えて、勉強して、「これでいい」と思っても、順位と点数は正直に「それじゃ足りない、間違ってるところがあるよ」と教えてくれる。親に言われるより、かえでにはずっと胸に響くことだろう。まだ先は長い。少しずつ自分で修正していく方法と力を身につけてもらいたいから、しばらくこのまま黙って様子を見よう。それにしても、「気にしない」と思ってもやっぱり気になるものだと改めて実感した「順位」「点数」そして「偏差値」。今から一喜一憂するのは意味が無いと分かっていても、「さあ、来月はどうかしら?」とひそかに楽しみにしてしまう私がいる。そんな誘惑と闘いながら、この先の長い時間を正しく過ごせるように、私も気持ちを戒めて見守っていかなくちゃ。
2005/03/29
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本が好きな子になって欲しい、という願いもむなしく、小学生時代、さくらはあまり読書をしなかった。さくらの親友は受験勉強中でも、勉強が終わって寝る前にベッドの中で本を読んでいたそうだ。幼稚園時代の友達が学校の帰り道、歩きながら本を読んでいる姿も幾度となく見かけた。どうして本を読むのが好きになったの?とママ達に聞いても「うーん、勝手に読んでるんだよね」とのお答え。自慢じゃないけど、私はさくらが赤ちゃんの頃から毎晩寝る前に絵本を何冊も読んでやった。数えきれないほどの絵本を買ったし、借りたし、なんとか「本を読むのがすきになるように」と頑張ったつもりなんだけど。先日、小中学生へのアンケートで、「親が読書する姿を見るか」という答えに「よく見る」と答えた子ほど、自分も読書が好きな子が多かったそうだ。「読め」という前に、まずは親が読む姿を見せないといけないんだなー。でも我が家は私も夫もそれなりに読んでると思うんだけど。過ぎ去った日々のことは仕方がない。一応まだ中学1年生なんだから、今からでも決して遅くはないはず。最近読んだ斎藤孝さん、川島隆太さんの著書の中でもやはり読書は大切だと書かれていた。読書の楽しみは、知らないことを知る、想像の世界を泳ぐ、読み終わった時の爽快感、感慨・・・自分では経験できない世界を経験できること、まだまだあるけれど、活字を追う時間は私にとって楽しみの一つ。読んでいる時、雑念が消えて、ただ活字だけが頭に入ってくる、その感覚が私はとても好きだ。多くの学校でも取り入れられているが、毎朝授業の前に「朝読書」タイムがあって、好きな本を読む。さくらの学校でも日課になっている。日々の積み重ねで、そして読書好きの友達につきあって学校の図書館に通ううちに、さくらも結構読むようになったらしい。それでも「寸暇を惜しんで読む」ほどではないけれど。先日、夫がさくらに向かって「お前はまだまだ脳が伸び盛りなんだから、たくさん本を読んだ方がいいよ。時間がいっぱいあるんだから。好きな本でいいんだよ。読んだら読んだだけ頭がよくなるみたいだよ。まだまだ間に合うんだから、読んだほうがいいと思うよ」と話をしていた。(『天才の創り方』(川島隆太著)に触発されての発言だった。この本によれば、前頭前野の発達は生まれてから3歳まで、その後ゆるやかになって、そして11歳~12歳から18歳位迄再び急激に発達するとか。読後、夫はちょっと興奮気味に「おい、もう手遅れかと思ったらさくらもまだ間に合うかもしれないぞ。」と真顔で語っていた。なるほど、正にさくらは今2度目の成長期。)素直なさくらは真面目な顔で聞いていた。父親とはふざけあう会話は多くても、真面目に諭されることは案外少ないからか、読書すると頭がよくなるぞ、という言葉は学力コンプレックスの大きいさくらの心に響いたのかも。珍しく、その後部屋で本を読んでいた。感心、感心、習慣になっていくといいけどなあ。読書にさくらなりの楽しみを見つけてくれるといいけどなあ。夜中、子供部屋へ行くと、さくらの机の横に張り紙がしてあった。そこにはカラフルなペンでこう書いてあった。背す ぢをのばそう!本をたくさん読もう。守 もろう・ ・・・是非背すぢを伸ばしてたくさん本を読んでいただきたい。
2005/03/22
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長いようであっという間の1年間。今週、長女さくらは終業式を迎えた。終業式前夜、試験でもないのに机にはりついているさくら。「何してるの?」と問いかけると「手紙書いてるの、クラスの友達、全員に」と顔も上げずに答える。「え?全員に? 大変じゃないの、40通も書くの?みんなも全員に書いてくるの?」と驚く私に「違うよ、私が書きたいから書いてるだけだよ。だってママ、明日で1組の皆とお別れなんだよ。絶対クラス替えしたくないのにな・・・」と寂しそうに答える。初めてクラスメートに出会ったのは去年の入学式。最初は慣れない女子だけの環境、誰もが自分の居場所を探して必死だった1学期。あんなに明るくて友達といるのが大好きなさくらでさえ、戸惑い、傷つき、しょんぼり泣いている時もあった。随分心配したけれど、でもようやく自分らしさを取り戻し、「ママ、女子校って超楽しい」「私、この学校でよかった」と言うようになったのは2学期。それからさくらの毎日は本当に楽しいことばかりだったようだ。彼女はクラスメートと離れるのが、1組と同じメンバーでいられなくなるのが心底寂しいようだった。ひとりひとりのクラスメートに一生懸命手紙を書く姿を見て、私はとても嬉しかった。親バカなようだが、さくらは小学生の頃から、個人面談で必ず担任の先生に「さくらさんがいてくれて、本当に有難いと思う」と褒められてきた。「誰にでも分け隔てなく明るく声をかけ、笑顔を見せるさくらさんの存在が、その子だけでなく、他のクラスメートにもとてもよい影響を与えています。私の方が頼っているかもしれません。」この4年間、別々の先生方から毎回全く同じ言葉を頂いている。学力では褒められた記憶はないけれど、母親としていつも彼女を見直す瞬間だ。教えてできることではないと思う。彼女の心は本当に強くて寛大である。私はさくらと同い年の頃、とてもさくらのように振舞うことはできなかった。彼女はこの1年で、ひとりになることを恐れなくなったように思う。自分が大切に思うもの、友達との間で大切にしたいもの、それがよくわかってきたから、たとえ一緒にいられない時間があっても、ひとりでいても構わない、そんな強さを身に付けたように見える。中学受験を経験して、学力面では思うようにならないことが多かった。今でも勉強には四苦八苦している。でも彼女は集団生活を通して実に大切なことをしっかりと身に付けてきてくれていると感心する。親の私が言うのも何だか、ほんとにいい奴だと思う。もし私がさくらと同級生だったら、きっと友達になりたいなと思うタイプの子だ。こんな私が育てたのに、随分いい子に育ってくれたものだと実は感謝することが多いのである。翌日終業式から戻ったさくら。「皆に手紙渡したら、すごく喜んでくれたんだよ」と明るかった。「クラス替えがあっても、同じ学校にいるんだもんね、また新しい友達たくさんできるよね、ママ」と言う。「そうだね、お前だったら、多分来年の今日も同じようにクラス替えしたくないって言ってると思うよ」その日の晩、クラスメートからたくさんお礼のメールが届いたようだ。彼女の思春期はまだ始まったばかり。友達と心を通い合わせる楽しさを知っているさくら。実は心配することは何もないのかもしれない・・・と思っている。少女から段々大人への階段を上って、自分らしさを作る時期、どんな人間に成長していくのか、何を思い、何を言い出すのか、この先、さくらの成長を見守るのをますます楽しみに思う。
2005/03/18
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この1週間、花粉と格闘しつつ、年度末の仕事に取り組み、かなり多忙で頭もぼんやりだったせいか、日記もさぼり、次女かえでの勉強にもノータッチで過ごしてきた私。あっという間に昨日は2度目のSセミだった。先週宿題に渡されたプリントが今回のテスト範囲。漢字、計算、県名の3種類。昨日出発前の午前中も「ハリーポッター」のビデオを夢中で見てたかえで。随分余裕だと思ったら、出かける前、父親に向かって「地図は自信がある」とのたまう。ほー、たいした自信。驚いた。ほんとかな。ちゃんとやったんだろうか。まあいいか。初めて範囲のあるテスト、自己申告通りなのかしら。2時間半後、少しの期待を抱いて迎えに行った・・・すると階段を降りてきたかえでは私の顔を見るなり「全然ダメだった」と開口一番。「そうなの? 自信あるって言ってたのにね」「だって満点が一個もないんだよ。県名は漢字間違えたし、漢字もそうだし、算数なんか最悪だった。全部満点の子もいるんだから」とのこと。返却されたテストを見ると、なるほど、彼女らしい間違いが多い。漢字がすこーし違ったり、計算の簡単なミス。飲み込みは早いが、おおざっぱでせっかちなかえで。几帳面さに著しく欠ける彼女の学校のテストと同じ結果。「あーあ、一生懸命覚えたのになー」だって。そうね、県名は全部合ってるね、漢字が違ってなければね。でもこのくらいでいいと思った。最初からよくできてしまえば、多分「こんなもんか」といい気になるだろう。自分では一生懸命やったつもりでも、漢字や計算ミス、きっちり覚えてないと点数がとれない現実を体で感じたはず。親の私が何を言っても絶対に「そうだね」「うん」と言わないかえでだが、先生に赤鉛筆で×をつけられたら、悔しくても言い返せない。言い訳も聞いてもらえない。とてもいい経験になったんじゃなかろうか。都合の悪いことは私にも黙っている彼女。先日、子ども部屋のゴミ箱に捨てられていた学校のテストはかえでの漢字やら算数のテスト。60点とか70点、見たことがない点数だぞ。そういえばテストを滅多に見せないけれど、見るといつも90点とか100点が多いかえで。「よく頑張ってるね」と褒めてきたが、どうやら点数の悪かったテストは勝手にゴミ箱へ捨ててただけのこと、それに全く気付かなかった私もかなり間抜けだが・・・。そんなかえでが塾のテストは結果を親に見せないわけにもいかず、実はかなり悔しい思いをポーカーフェイスで隠しているような気がする。でも悔しければ自分で努力すればいいんだし、その姿勢が出てくるかどうかを楽しみに、やっぱりしばらく黙ってみていることにしよう。いずれにしても忙しくて何も言う暇がないんだけれど。父親にも「全然できなかった」とちょっと悲しげに報告したかえで。「出来ないところを見つけるためにテストしてるんだから、間違ってもいいんだよ。でも必ずその日のうちに、間違えたところを復習すること、これだけしっかり守れよ」と言われてた。そう、復習の重要性はさくらの経験で痛いほど感じている私達。相変わらず復習につきあう暇はないけれど、かえでが自分で気付けるように、見守ってやろう。それにしても、週にたった1回、かえでの通塾が始まっただけで、土曜日を中心に1週間の経過が見事に早くなった。こうして毎週矢のように過ぎていくんだろうなあ・・・。
2005/03/13
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「塾へ行って勉強するの?しないの?自分で考えて決めなさい」とかえでに言ってからかれこれ1ヶ月。実は私には「私も塾へ行く、勉強する」と話していたかえでだが、父親にはなかなか返事をしなかった。理由は不明だが、多分言いにくいんだろうな。「でもパパにちゃんと言わないと、通えないからね」と促すと、ようやく塾初日の朝、父親にこう告げた。「パパ、私、塾へ行きたいです。」新4年生クラスの初日、私とかえでは昼過ぎに家を出た。電車を3回乗り換え、約1時間、1年ぶりにSセミにたどり着く。遠いな~…と改めて実感。でもこれまで、私はかえでと二人きりの時間が殆ど作れなかったから、往復の時間は楽しいおしゃべりタイム、そう思うと送り迎えもいいものかも。かえでは緊張した面持ちで、電車の中でもおとなしかった。超内弁慶の彼女にとって、初めての塾、初めての先生、塾友、相当緊張してるんだろう。スタートからきっかり2時間半後、塾の階段から降りてきたかえでの顔は始まる前とはうってかわってとても嬉しそうだった。「どうだった?」と聞くと「実力テストがあって、私、割り算間違えて、それから宿題がいっぱいあって、先生が実験して見せてくれて…」とあれもこれも全部まとめて話し出す。「面白かった?」「うん、結構面白い」今まで勉強系の習い事を全くしたことがないかえでにとって、初めて参加した塾はなかなか面白い場所だったらしい。Sセミでは毎回テスト、答え合わせ、解説の繰り返しだが、4年生の最初はプリントを使い、前週に翌週の分が渡される。これをきっちりやっていけば、翌週のテストは殆どできるみたい。段々「初見」の問題が増え、慣れる頃に四谷大塚の「予習シリーズ」がスタートする。そして1ヶ月、計4回のテストの合計で翌月の順位が発表され、席順が決まる。トップから最後まで、成績順に座る。毎月繰り返される席替え、かえではどう思うのかしら。早速渡されたプリント、計算、漢字、そして日本地図と県名。かえでは帰宅するとおやつも食べず、部屋にこもって即勉強。なぜか怖いくらいに張り切っている。「ママ、お宮の宮にお城の城で何て読むの?」「漢字で書かないといけないんだから」うーん、熱しやすく冷めやすいような、ちょっと極端なところがあるタイプゆえ、最初からそんなに飛ばして息切れしないかい?悪い事ではないが、あまりの変貌ぶりに少々不安を覚える私。まあ最初は自分で計画をたてて、自分で勉強する習慣がつけばよいと思っているので、何も言わずに見守ろう。そんなこんなで、かえでの塾生活がスタートした。そして、歩き始めたら、もう引き帰せない道がまた始まってしまった…私はそんな思いを強くした日だった。
2005/03/05
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次女かえでは今まで受験勉強どころか、学校の復習とも無縁の生活を謳歌させてしまった。市販のドリルなんかやらせたこともないし、学校の宿題もあまり見てやったことがない。だって見せないし、何か言おうものなら怒り出すし、私も仕事が忙しいし・・・で野放し状態。ゲームやりたい放題、テレビ見放題、漫画読み放題・・・実情がばれたら「かえでちゃんのお家っていいなー」ってクラスメートからうらやましがられるに違いない。長女にかかりきりになった数年間にかえでの低学年は終わったのだ。私の管理不行き届きを今更後悔してももう遅い・・・。最近、「このままではマズイ」と思い始めた私。皆さんの日記を見ても、通塾前からマメにいろんなこと取り入れてるし、ウチみたいな家庭はないような気がしてきた。そこでN研の「マスター1095題」と「漢字マスター」を買ってみた。毎日少しずつやると1年で終わるっていう問題集。ノートも用意して、かえでに「ねえ、これ、ちょっとやってみる?」「毎日ちょっとずつやると3年生の算数と漢字が全部できるんだって」と誘うと「やる!」と言う。「ママ、あっち行って」と嫌がるので、とりあえず好きにさせた。「できたよー」ともってきたノートを見てみると・・・算数は計算間違いがあちこちに見られる。掛け算が完全じゃない。でも出来てるのもまあまああるのでちょっと安心。ってまだ最初の3ページくらいだけど。問題は漢字だった。「やっきょく」→「楽局」に始まり、「悲しい」は上の左右横棒が4本ずつ、1本多い、少ない、点がある、ない・・見た目は似てるけど間違い!が山ほど・・・。穏やかに指摘しても、言い訳が先に立ち、最後には不機嫌・・・彼女の勉強につきあうのは難しそうである。私じゃ多分ダメだろうなー。彼女の口癖は「めんどくさい」。彼女いわく「漢字はめんどくさい」。困るなー。めんどくさいのは意味を考えないからだよ。漢字の意味が分かると、熟語の面白さが分かるんだから。そう言っても「だってめんどくさい」・・・。昨年、宮本先生推薦の「漢和辞典」を買って一緒に使い方も教えた。結構面白そうにしてたから、興味を持つかなとちょっと期待した。しかし、年末の「大掃除」で、なぜかその辞典が納戸に入っているのを発見。「ちょっと、これ買ったばっかりでしょ。今使ってるんでしょっ」と言うと「あっ、そうだったっけ?」だって。まあ、問題集チャレンジ初日、数ページやってみたら「とりあえず漢字と計算がきっちりできない」現状に気付けた。私が自覚できたということでよかったとしよう。「毎日やろうね」って言ったら「うん、そうする」とよいお返事。そうそう、まずは習慣づけからはじめよう。でもね、交換日記を止めるのはいつも私。細く長く・・・が何より苦手なのはこの私。一夜漬けは大得意だけど、忘れるのも一夜漬けだったな・・でも定期テストだからそれでよかっただけのこと。範囲の無い受験では、コツコツ積み重ねる以外に王道なしと思う。もしかえでが中学受験するならば、2回目の経験、今度はもっと後悔の無い受験準備にできるはず!というのはどうも妄想のような気がしてならない。性格も全然違うし、私も「こうしよう、ああしよう」ってことを思いついても、実行させられるかどうか、今から疑問。結局何回やっても「ゼロからのスタート」のような・・・それにまだ新4年生、全力疾走するには早過ぎる。私は息切れする自信がある!だけどきっと「もっとこうしとけばよかった」って3年後に後悔するような不安もある。子どもの様子を見ながら、さりげなく課題を揃えたり、上手に舵取りできる母親になれたらなあ・・・。とにかく、遅まきながら、これからかえでの勉強に少し目を向けようと思った、まずはそれが大事だと自分を納得させた、「マスター」デビュー初日だった・・・。
2005/02/26
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最近、次女かえでと始めた親子日記。先日、かえでがこんなことを書いてきた。『いつもキツイ言葉を言ってゴメンネ。なんか、「カッ」となって言っちゃうんだよネ…私が言った言葉 気にしないで…』ひとりめの我が子、さくらは育てやすい子だったと思う。激しい人見知りや、チックに心配もしたし、受験勉強の出来映えには頭を抱えはしたが、それでも何でも話してくれるし、私を信頼してると思うし、考えてることが顔に書いてあるしで、一緒にいるのが楽だった。さくらと私は非常に相性がよい、と思う。しかし、次女、かえでとはどうだろ。かえでも小さい頃は、頑固一徹、言う事を聞かないながらも、何せ小さいから、逆らっても泣いても、それほど気にならなかった。が、最近、ああ言えばこう言うの連続にため息が出る。時には相当腹も立つ。会話が続かないというのか、何か言うと、それが「何してるの?」程度のことであっても、自分が後で言おうと思ったのに、先に声をかけられたっ(怒)って感じで、機嫌が悪くなったりする。そんなつまんないことで泣くこともある。「どうしたの?」なんて言おうものなら、悔しさを倍増させてしまい、大変だ。そんなこんなで、私はかえでとの相性に疑問を感じる今日この頃。しかし、よくよく考えてみると、もしかすると親子の相性って、「自分と似てる我が子」しかも「似て欲しくないところが鏡のように似てる我が子」とはぶつかることが多いのかも?って思うようになった。もちろん、どちらの娘も、私にも夫にもそれぞれ似ているところはある。ただ、「しいて言えばどっちに似ているか」と言われれば、かえでは私に似ているような気がする。生意気で、他人に何か言われるのが嫌い、何でも自分でしないと気がすまない…ぶつかるのは、もしや私を見るようだから?なんて、あれこれ考えていた時に、1年程前に読んだ詩を思い出した。さくらが受験前のクリスマスに、父親がプレゼントした絵本の一節。「葉っぱのフレディ」の著者、レオ・バスカリアの絵本には…顔やからだのどの部分も こころもひとりひとりちがうあなただけのもの。あなたのすべては ユニークなもの。あなたを みんなとまったくおなじ“もの”のようにあつかうひとたちがいるけれど。赤ん坊のころでさえ お母さんの目にそっくりお父さんゆずりの意志のつよそうな目ね伯母さんとおなじえくぼがあるわね…なんていわれるけれど。でも そこにいる赤ん坊の顔は その声はいままでで まったくあたらしい顔 あたらしい声。そのこころは 世界でただひとつのこころなんです。(『パラダイスゆき9番バス』近藤 裕 訳)私だけじゃないと思うが、なぜか親は我が子の中に、自分に似ているところを探すような気がする。探さなくても目につくのかもしれない。でも親から受け継いだ遺伝子であっても、全てが親と同じ、どっちかに似てるところばかり、なーんてことは有得ないんだよね。両親の遺伝子をベースに、全く新しい、ただひとりの自分として存在してるんだよね。どうも私は娘達を自分に似てるとか、似てないとか、そういう目で見がちだな…ちょっと反省。親と比べることには何の意味もないし、子どもにはいい迷惑だよね。女性は我が子を自分の体内で育て、産み落とすのでどうしても「肉体の一部」という感覚があると誰かが言ってたのを思い出す。子どもとはつくづく面白い存在だ。時には姿、形まで「ママにそっくり」「パパにそっくり」なのに、中身はオリジナル。これからは「誰かに似てる」じゃなくて、「あなたらしいね」そんな目で娘達を見ていきたいと思う。だけど…最近すっぴんで鏡を見ると、一瞬「母がいるのか」とぎょっとすることがある私。顔は父に似ているのになあ…遺伝子って面白いよね。
2005/02/16
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今年の中学受験で私が一番、気にかけていたKくん。さくらの公園砂場友達で、1学年下の男の子。ママとも10年来の友人だ。聞くに聞けないことだけに、どうしたかなあと思っていたら2月6日、Kくんママからメールをもらった。「Kは無事、第一志望に合格しました。2勝1敗、 我が家的には大満足の結果です」よかった!よかった!よかった!私は一人パソコンの前でしばらく拍手をしていた。Kくん親子とは近所の公園で知り合った。Kくんママから声をかけられ、親しくなった。彼女は一人でいるママを見かけると「ちょっとナンパしてくる」と言って、どんどん友達を増やしていった。いつも明るく社交的な彼女は砂場ママ達の頼れる姉貴的存在だった。彼女はバリバリのキャリアウーマンで、Kくんの育児休業中だった。Kくんが1歳前に、二人目を妊娠していると聞いたときには驚いた。「子どもは二人欲しいし、最短で復職するのに、いろいろと考えてるんだよ。なんたって、厳しい職場だからさ、能力主義だしね」当時自営業もさほど忙しくなく、さくらとべったり、のんびり過ごしていた私は彼女を尊敬の眼差しで見ていた。こんなに頑張る人がいるんだと。彼女の職場は今も昔も、学生就職人気ランキング上位に君臨する大手企業。女性管理職も多く、男女差は昔から、ない。その分、残業、転勤も平等な為、女性が子どもを持って仕事を続けるには周囲の協力、そして何より本人の相当の努力が必要だ。見ているこちらが疲れる、それくらい、シビアな職場であった。次男が生まれ、しばらくして砂場に戻ってきた彼女から、次男がダウン症だと聞かされた。驚く周囲のママ達に「どうせ判ることだから、みんなには先に言いたかったんだよね。」と言う。「私ってさー、昔からね、いろんなものに当たるわけ。宝くじ10万円とかさ、社内の忘年会抽選で特等とかさ、で、今回も次男がダウン症に当たったんだと思うんだよねー」「ここにも普通につれてくるからよろしくねー」と笑顔で話していた。そして、その後、彼女は次男を普通保育園に通わせるべく走り回り、長男とともに無事保育園に預け、復職。かなり多忙な日々を再開させた。そして数年後、彼女は乳ガンになった。初期とは言えない状態で、片方全摘出、という手術を受けた。そして退院後、また復職した。治療を続けながら仕事をした。今度は次男を長男と同じ学校の普通学級に入学させたくて、長男のクラスでPTAの役員を買って出た。勤務中に車で抜け出し、役員会に参加する、クラスの行事があれば幹事を務める、なるべく学校へ顔を出し、教頭、校長に直談判。その甲斐あって、翌年、次男は長男と同じ小学校への入学を果たす。彼女の年賀状に「毎年が崖っぷち」と書かれていたことがある。「あたし、なんたって、ほら、5年生存に賭けてるからさー」と笑顔で言う。「ようやく5年経過、これからは公私ともに突っ走ります」という年賀状をもらった時は本当に嬉しかった。が、その後、今から2年ほど前、再発した。骨に転移しているという。あと2年で長男が中学受験、そんな頃だった。色々な治療を受け、入院、通院を繰り返しながら、長男が6年生になった頃、彼女はついに会社を辞めた。会社を辞める直前、彼女は入院していた。退院直前、メールをもらった「今日、歩けなくなりました」と。太ももの付け根にガンが発見されたらしい。しばらくして、どうやら退院したらしい・・・と他のママから聞いた。私はお見舞いにパンを買って、自宅にいる彼女に届けにいった。玄関に置いてすぐに帰るつもりだった。ところが呼び鈴を押したら「はーい」と彼女。杖をついて出てきたのだ。「歩けるのね・・・」と言ったら「そーなのよ、メールした日に歩けなくなったんだけどね。これからKの学校説明会とかいっぱいあるのに、私、絶対車椅子は嫌だって言ったんだ。先生に直訴して、いろんな科の先生集まってもらって、何とか治療をして欲しいって、頼んだの。それで、毎日治療に通ってるんだけど、何とか杖があれば歩けるのよー」と相変わらず、ふくよかな顔で笑う。こんな時どんな顔をして聞いていればよいのだろう。直訴して治療すれば誰でも歩けるようになるものか?驚く私に彼女は続ける。「来年さ、Kが合格したらお金がかかるじゃない。だから、中学と高校の分の学費を全額、私が稼いだお金でさ、ダンナに渡してあるんだ。」私はさらに言葉に詰まった。ふと見ると、車庫に新車がとめてある。頑丈さが売りの外車に変わっていた。「新車に変えたの分かる?」と彼女。「Kが18歳になったら免許とれるじゃん、それまであと6年、この車なら6年以上乗れるから。私が残してやれるなーと思ってさ、思い切ってキャッシュで買ったわよ。私の場合、何でもキャッシュよねー」と笑う。「せっかくKの為に買ったのにさー、ダンナがどんどん乗るから頭くるのよ」と続けた。「これから仕事辞めてヒマになったから、お茶でも飲みにきてー」昨年6月の話である。言葉だけで伝えるのは難しいのが、とにかく、彼女はいつも同じテンションで、すごく、すごく明るくて強い。そして包容力がある。障害児を育てながらの仕事、自らの重い病気を抱えている彼女、彼女の元にはたくさんの友人たちが集まり、ついつい愚痴をこぼす、悩みを打ち明けてしまう。「こっちが聞いて欲しいよねー」と笑う彼女だが、確かに、私もエネルギーをもらい、励まされた気持ちになる。長男Kくんの中学受験を控え、家庭に戻った彼女。「長期間は無理だけど、秋くらいから最後の追い込み、一緒にやってやろうと思ってさ」と言っていた彼女。だが彼女はその秋から2ヶ月入院した。受験直前の初冬だ。後から聞いたが、母親の入院には慣れているKくんだが、入院中偏差値が急降下、15も下がったそうだ。彼女はどんな気持ちでベッドにいたのだろう。12月に入り彼女は医者が止めるのも聞かず「これ以上待てません」と無理矢理退院した。そして長男のラストスパートに付き添った。塾の先生も全力でサポートしてくれたそうだ。その甲斐あって、Kくんの偏差値は週単位で上昇、受験直前には元に位置に戻り、十分第一志望を狙えるところまでになった。2月1日、2日、3日と受験して、2校合格した。第一志望に合格した。数日前に彼女を含めて、近所のママ達と会った。久しぶりに会った彼女は相変わらず、ふくよかで元気だった。「秋の入院中にさ、『徹底的に検査しよう』ってことになって調べたらさー、足の付け根のガンがなくなってんのよね。あたしの免疫力が勝ったってことか。医者は『おかしい、おかしい』って言うのよ。でもね、あたし入院直前に杖いらなくなってたの。歩けてたんだよね。その代わり、肺にも出来てるってわかったんだけどさ」「たまたま主治医がいない時に診察した医者がさ、私のカルテ見て、『よくこの身体で・・・』って涙ぐむのよねー。笑っちゃうでしょ。」「まあ、今のところ、命に関わるところにはガンがないからさ、悪くなってはいるけれどね」と言っていた。病気を抱えながら、ずっとずっと前向きに走り続ける彼女。私は彼女ほどのエネルギーで生きている人に会ったことがない。言葉にすると陳腐になるが、私は「尊敬する人を一人あげよ」と聞かれたら彼女の名前をあげる。同年代の女性として、母として、仕事人として、見事な日々は言葉では言い表せない。だから、Kくんが合格して本当によかった。心からそう思う。彼女はこうも言っていた。「なんの見返りも期待しないで行動してきたけど、今、こうしていると、そのご縁を感じることがたくさんあるんだよ」と。「皆と友達でいられるのもその一つだよ」と言ってもらった。いつもいつも、彼女の勇気をもらうばかりの私。何の役にも立てない上に、力にもなれない。せめて私は彼女に恥ずかしくない生き方をしたいと思う。彼女が二人の息子達といつもの笑顔で過ごせる時を心から祈る。Kくん、本当に合格、おめでとう。
2005/02/12
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最近、さくらは『嵐』の櫻井翔くんに夢中である。予備校のコマーシャルを見ては「超カッコイイよねぇ~」と騒ぎ、仕事場に来て「ママ、パソコンで翔くんのプロフィールって探せるの?」とうるさい。「どうぞ、ご自由に」と言えば、まあ、勉強では見せない程の集中力で、あちこちクリックしては、熱心に読んでいる。まあね、娘が気に入っているものは一緒に興味を持つのがコミュニーケションの一つと、私も一緒に翔くんのプロフィールに目を通す。慶應大学を先日卒業したのは知っていたが、幼稚舎からの内部生とは知らなかった。「へえー翔くんはお坊ちゃまなんだねー、それに経済学部を現役で卒業ってことは、勉強も真面目にやってるんだ。」「あら、中学生の妹がいるんだ」と私が言えば、「翔くんの妹いいよねー、私も妹になりたーい。ねぇ、ママも翔くんみたいな息子がいたら超嬉しくない?」とさくら。我が家は娘二人、私には息子を持つ母親の気持ちは実感できないなあ。年末、「ごくせん」の再放送を初めて見て、同じく嵐の松本潤の学ラン姿の美しさに、ちょっと惚れた私。翔くんは清潔感あふれる好青年、松潤は色気があって年上キラーかな。こんな息子がウチにいたら・・・そりゃあ、自慢の息子よねー。どっちがいいかしら・・・って悩んでどーする。そもそも、息子に初カノジョ、娘に初カレシができたとき、親はどういう感情を抱くのだろうか。これもまだ未経験分野にて、なかなか想像がつかない。でも私は娘と同性だから、松潤みたいなカレシ連れてきたら嬉しいのか?夫は父親だから、松潤はダメでも翔くんなら許すのか?先日の日記に書いた、東大を受験しなかったNくん、Nくんに初カノジョが出来た時、確か高1だったかな、ママの反応がすごかったんです・・・。彼はハンサムで、名門校の学生だった。女子校の文化祭に男子が押し寄せる図は私も見ていたが、男子校にはその反対の現象が起こるらしい。ああ、そういえば、私も高校時代、男子校の文化祭へ行ったなあ。で、Nくんは自分の学校の文化祭に押し寄せてきた女子の一人と仲良くなり、ま、初カノジョができたということだった。カノジョができれば、雰囲気が変わるらしい。色気づくとか、今まで気にしなかった髪形を気にするとか、着るものだの、帰宅時間だの、ケータイだの、母親なら一発で見抜くものだそう。で、どこの誰だか知りたくてたまらないけれど、母親にそんな話を嬉々とする息子・・・のはずがない。しらっと黙っている。そこで、妹が、賢いけれど案外抜けてる兄貴、Nくんの財布や引き出し、こっそり調査したり、聞いたりして情報をゲット。カノジョのプロフィールが判明した時のママのコメントは今でも覚えている。(やや差別的だけど、ママの発言なので・・・)「ちょっと、聞いてよ、Nにカノジョができたらしいんだけど、全然聞いたことない学校の子で、おまけに1歳年上なのよ~。文化祭にわざわざ来てさー、向こうから声かけてきたらしいのよね、ねーちょっとどう思う?」「どう思うって言われても…。じゃあさ、もしね、そのカノジョが偏差値がすごーく高い学校の超美人で同い年とか年下だったら、いいの? あら、よかったわって思うの?」って聞き返してみた。するとしばらく考えてて「いや、慶應女子でもダメだと思う・・・」って答えが返ってきた。「結局女の子なら誰でもダメなんじゃないの?」って聞いたら「そうかもしれない・・・学校関係ない」「とにかくさ、すごいショックなのよね、わかんないでしょ。あなた息子がいないから。あーあ、こんなに世話して、手間かけて、心配して、立派にしたところで、結局最後にいい思いをするのは嫁なのよねー・・・って思うとさー・・・・」とため息。もう結婚後に思いをはせているのか?その後、しばらくNくんは初カノジョとの交際を楽しんだようだが、その様子を日々目にしながら耐えていたママは・・・心配?のあまり十二指腸潰瘍になってしまった。ちょっと大げさではなかろうか?と私は思ったが、Nくんママから、もう一人、Nくんの同級生のママの話を聞いて、「そういうもの?」と思った。その子、Aくんにも初カノジョができた。自宅へ連れてくるという日、ママは掃除も、料理もきっちり済ませ、後は二人の到着を待つばかり…だった。Aくんにはお姉ちゃんがいて、既に大学生。カレシをよく自宅に連れてきてたし、ママも認めてたし、子どもの恋人に会うって経験もあって、別にどうってことないわよ、と言ってたそうだ。ところが、玄関のチャイムがなって二人がやってきた、その瞬間、Aくんママは突然、勝手口からつっかけ履いて、ダッシュで逃げちゃったんだって。理由はわかんないんだけど、チャイムの音がした途端、どうしてもその場にいられない、見たくないって、無意識に身体が動いちゃったんだって。母親の息子に対する感情は、それほどのものなんだろうか、恋人なんか見たくない、私の息子なのにーって思うんだろうか。父親の娘に対する感情とも、少し違うような気がする。それ以来、私は男の子のママと話しながら、「息子って、そんなに可愛いもの?娘とどう違うの?」って聞くことがある。娘も息子もいるママは違いがよく分かるらしくて「大きな声じゃ言えないけど、息子ってやっぱ、可愛いと思う。娘とちょっと違うのよね」って答えを数人から聞いた。私は息子がいないことを、ちょっと損したような気がする今日この頃。中学受験が終わって、中学生になる、親はその先の大学受験を意識しているかもしれない。でも、子どもにとってこの6年、勉強や部活以外にも、親には戸惑うよな、困るようないろんな出来事が起こるかもしれない。今はアイドルに夢中な娘が、実在の異性を意識したりカレシができた、なんて時が来たら、私はどう思うのかしら。それより、夫はどんな反応を見せるのだろう。中学、高校時代、この先の子育ては山あり、谷あり、いろんなことがあるんだろなあ…と思う今日この頃。そしてもし私に息子がいたら、どうだっただろうな…
2005/02/09
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我が家は自営業。自宅と会社が隣り合わせ、通勤時間はゼロ。ラッシュにもまれることもなく、うらやましいなーって言われることもあるけれど、公私の区別が全く無い。当然、夕食後も仕事を続ける日々が続くし、まるまる1日の休日なんて殆どない。私は元来怠け者体質だから、仕事に追われるくらいの方が性にあってるみたいで、忙しいのがあたりまえの日々にそれほどストレスも感じていない。が、やはり気になるのは娘達のこと。まともに顔を合わせて話す時間もほとんどないし、一緒にテレビを見たりお風呂に入る時間もない。かえでが布団に入る頃には側にいようと思っているんだけど、キリが良いところまでなんて仕事してると、気づけば真夜中だったりする。慌てて自宅へ戻れば既にかえでは寝ていることが多い日々。ごめんねーと思いつつも、なかなか思う通りにならない。夜更かし娘、さくらとはあれこれ話す時間もあるんだけどな。目を離されっぱなしのかえではどう思ってるんだろう。私は自分の時間はなくてもいいが、娘達との時間は欲しいのが本音。さくらの受験期間中も、勉強を見てやるなんてとんでもない話で、食事と塾のお迎え、それだけしかできなかったなあ。最近、捨て物さんに影響を受けて、少しの時間を見つけるとちょこちょこと引き出しやら棚の整理を始めた。ごちゃごちゃと出てくる書類らしきもの、一枚ずつ目を通していると、ふと読みふけってしまうことも多いのが難点。昨日、1枚のコピーが出てきた。数年前、仕事関係の研修で配られたもの。ウェイトリーという学者の詩。改めて読んでみて、今の自分を振り返った・・・。『子供の話に耳を傾けよう』きょう、少し、あなたの子どもが言おうとしていることに耳を傾けよう。きょう、聞いてあげよう、あなたがどんなに忙しくても。さもないと、いつか子どもはあなたの話を聞こうとしなくなる。子どもの悩みや要求を聞いてあげよう。どんなに些細な勝利の話も、どんなにささやかな行いもほめてあげよう。おしゃべりを我慢して聞き、いっしょに大笑いしてあげよう。子どもに何があったのか、何を求めているかを見つけてあげよう。そして言ってあげよう、愛していると。毎晩毎晩。叱ったあとは必ず抱きしめてやり、「大丈夫だ」と言ってやろう。子どもの悪い点ばかりをあげつらっていると、そうなってほしくないような人間になってしまう。だが、同じ家族の一員なのが誇らしいと言ってやれば、子どもは自分を成功者だと思って育つ。きょう、少しあなたの子どもが言おうとしていることに耳を傾けよう。きょう聞いてあげよう、あなたがどんなに忙しくても。そうすれば、子どももあなたの話を聞きに戻ってくるだろう。 (『アメリカインディアンの教え』加藤諦三著より)確かに私は忙しい。でも時間は流されるものじゃなくて、迎え撃つものだと思う。どんなに忙しくても、さくらの塾へ往復2時間かけて迎えに行くことができたのは、「私が時間を作ったから」では、かえでとの時間はどうして作らない?それは、毎日一緒にいるのが当たり前で「また後で」「また明日」でいいやって私が思ってるから。塾のお迎えも大事だけど、かえでの話を聞く短い時間だって、それ以上に大切。いつでも側にいる、言わなくても分かってくれてると思っているのは母親の私の怠慢だ。かえでは黙ってゲームとテレビ、漫画で一人遊びが上手だけれど、上手にさせたのは私達なんだな・・・。今からでも遅くない、かえでの話をもっと聞いて、私の気持ちも伝えよう、時間を作るのはそんなに難しいことじゃない。詩を読んで、改めて深く反省した私。ふと思い立ち、もう一つ、かえでと交換日記を始めることにした。学校のこと、友達のこと、好きなこと、やってみたいこと、何でもいいから書いて「親子日記」を始めよう!とかえでに提案したら「いいよ」ってちょっと嬉しそうだった。早速用意したノート、「かえでから書いてね」と渡した。「わかった」と部屋へ戻って数分後「書いたよー」って、あんた、もう書いたの? はやっ!!楽しみに開くと、そこにはミッキーマウスの大きなイラスト、かえでは絵が好きだ。結構うまくなってて驚いた。そしてその下には「姉C(ねえちゃんと読むのだろう)のケーキ、早く食べたい」とひとこと。その日はさくらの誕生日だった・・・。そんなこんなで始まった親子日記。私が知ろうとしなかった、かえでの心が少しずつ、私にも分かるように、そして私の心も伝わるように、言葉と文章でキャッチボールをしていこうと思う。
2005/02/07
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広場の皆さんの日記、あちこちで桜が咲き続き、そろそろ「入学手続き」の話も出てきている。我が家も昨年、入学金を支払い、「私立は有料である」現実を実感。ああ、これからいくらかかるのだろうと、配布される書類に目を通したことを思い出す。そこに記載される金額もさることながら、娘が通学し始めると、結構細かいお金がかかることに気がついた。体育系の部活なら部費やらユニフォーム、合宿代がかかるだろうと予想していたし、定期代も織り込み済みだったけど、いわゆる「食費」っていうの?お昼はお弁当だから関係ないが、それに付随して飲み物やら、デザート、部活の後のパンだのジュース、こういった費用はまた別途もらうのが当然といわんばかりに、毎日持ってくぞ。細かい話だけど、日々数百円持参すれば、1ヶ月で数千円になる。なんでこんなせこい話をしているのかというと、入学して「お小遣いをいくら渡すか」に迷ったから。皆さんはどうしているの? 或いはどうなさる予定?話が飛ぶが、毎年クリスマスに、夫の学生時代の友人宅に何組かで集まることになっている。ホストをしてくれる友人M家。中学生と小学生の娘がいる、我が家と同じ家族構成。お姉ちゃんのMちゃん、妹のRちゃん、どちらも美人である。パパは学生時代、当時流行中だった雑誌の読者モデル、ママはモデルでもあり、スチュワーデスでもあり、えらい長身でスラリとした美人。賀来千賀子に似ている。姉妹は超お嬢様学校に小学校から通学、絵に書いたような、どこからみてもお嬢様がいる家庭である。去年のクリスマス、私達はさくらの受験で一昨年遠慮したから、2年ぶりにM家を訪れた。「こんばんは~」とあかるーい声で迎えてくれた長女Mちゃん。噂には聞いてたが、あまりに色気づいていて驚いた。アイライン、マスカラばっちり、今時の高校生、いや女子大生のよう。絶対中学生には見えないぞ。(父親と二人で外食時「とりあえずビールね」と注文したら「グラスはいくつお持ちしますか?」と、中1で言われたらしい。頷ける外見である。)Mちゃんは小学生の頃から大人っぽかった。ランドセルがあんなに似合わない小学生も珍しかった。私服で歩けばナンパされ、通学電車内では男子学生から手紙を渡される。そしてかなり生意気だった。私達から見ても「ほお、反抗期が早いのねー」と感じられるくらい、既に小4あたりから、おとなびていた。勝気なママとはぶつかる、ぶつかる、おとなしいパパは相手にしない、まあ「ちょっと可愛げが足りないんじゃない」って状態だった。でも2年ぶりに会った彼女。外見は大人びたが、中身もかなり成長していた。反抗的な態度がなりをひそめ、大人との会話ができるようになっていた。もともと、頭はいいなと感じていたが、反抗が早かった分、抜けるのも早い、そんな感じ。少女らしい純粋さも見え隠れする受け答えに、「いい娘に成長してるなあ」とちょっと嬉しくなった。で、話がそれたが、Mちゃんの毎月のお小遣いは3000円だという。さくらより年上である。「でも、部活の後のジュースとかパンとか、でかける時のお昼や交通費は別でしょ?」と尋ねると「まさか、全部入れて3000円だよ。ママ絶対くれないもん」とうらめしそーにママを見ている。「3000円なんて、ジュースとかパンとか、電車代で終わるもん。だから、貯金とかお年玉とか使ってるんだけど、結構大変なんだよねー」と言う。メイクにもファッションにも最高に興味があるお年頃。安いものを探すし、時々は買ってもらうけど、基本的には全て自分でやりくりしているのだという。「だからさー池袋あたりで友達と遊ぶ時は、チャリで行くんだー、あたし、チャリこぐの早いんだよ」だって。(自宅は23区内だが、池袋までチャリで行こうと思うような距離ではない)「お金がないとさ、マックで水飲んでる時もあるんだよね」だって。「切符はもち、子ども料金よ。JRはランプがつくだけだもん、ばれないって」だって。この発言にはさくらもかなり驚いた様子。美人で、お嬢様で、成績もよくて、ボーイフレンドもいて、有名中学に通っていて・・・って、何でもそろってるМちゃんが、交通費を節約する為に、ミニスカでチャリをこぐ、時にはあの制服姿にてマックで水を飲む。お腹がすいてもパンを我慢する。Mちゃんの家は別に貧乏じゃない、どころか裕福である。にもかかわらず、Mちゃんはたいしてお金をもらってない。お小遣いは自分の好きなことに使える、交通費だのジュースやパン代は親からもらって当然のさくらにはすごく、すごく、いい勉強?になったみたい。悲壮感はないものの、Mちゃんはえらいよね。ママはちょっと厳しすぎるかなって言ったら、ママいわく「あらーそんなことないわよー、この子にそんな風にお金渡してたら、大変よ。どんどん持ってくわよ。いいのよ、これで、充分よ」とあかるーく、にっこりと笑顔でのたまう。私は部活の後、お腹がすいているのに、パンをお小遣いで買うのはかわいそうかなー、友達とたまにはご飯も食べたいだろう、お小遣いじゃ足りないかなーって、毎日、休日にもその都度大した金額ではないとはいえ、さくらにお金を渡してた。それが当たり前じゃない、ってさくらは思ったようだった。明るいМちゃんの話は大人が聞いても面白いが、さくらにもよい刺激を与えてくれたようだった。(Мちゃんの話はこれだけじゃなくて、かなり面白い。女子中学生ライフを母親が知る上で、相当興味深かった。またいずれ・・・)結局、さくらは現在、月4000円のお小遣いをもらっている。実は同居している義父が昨年4月1日「今日からさくらは中学生だから、オレが毎月お小遣いをやる」と宣言し、なんのことはなく、さくらは毎月3000円もらうことになった。なので私は決まったお小遣いは与えてない。(なぜか小学生のかえでも1000円もらうのは、いかがなものかと思ったが「差別はよくない」というじーじの気遣い?にて継続中である。これはやめてもらいたいのだが・・・)(しかもさくらの方も気付けば4000円に値上がりしている。「どうしてですか?」と義父に尋ねると「いや、半年経ったから、値上してやった方がいいかと思ってさ」と意味不明の説明・・・)。さくらはMちゃんの話を聞いて、少しわが身を反省したらしい。翌日「今日のパン代は100円でいいです。くれる?」と言った。いつもなら「お金ちょーだい」のひとことだったのに。女の子だし、あまりお金にこだわるようになっても困るとも思うから、きゅうきゅうにしたくはないと思っている。でも「言えばもらえる」「買ってもらえる」と思って、気軽にお金を使われても困ると思う。Mちゃんは超厳しい環境でも、生き生きと楽しそうに中学生生活を満喫しているようだ。私立に通う子の家庭環境は、大変とはいいながらも、子どもに日々数百円、毎月数千円渡すかどうかで、深刻に悩むこともない家庭が多いのではと思う。でも、どんなに親に余裕があっても、子どもに渡す金額は関係ない、それとこれとは話が別だと、私は思う。どこまでがお小遣いの範囲で、いくら与えるか、これからも悩みそう。だけど、華やかに見えるМちゃんの実生活の裏話、これはさくらにはよい勉強になったし、そして私も結構考えさせられた。今年のクリスマス、更に成長し、パワーアップしたMちゃんに会うのが今から楽しみである。
2005/02/05
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2月1日の日中、さくらの通ったSセミナーのK先生から突然お電話があった。「ご無沙汰してます。Sセミナーです。さくらさんは元気ですか」1年ぶりに聞くK先生の声。なつかしいような、不思議な感覚。広場の6年生の皆さんの日記を読みながら、去年の今頃を思い出していたところだっただけに、かなりびっくりした私。用件は、次女、かえでのクラスが3月から始まるので、スケジュールと準備についてのお話でした。ああ、そうか。かえでは一般的に言うところの『新4年生』中学受験を目指すなら、たいてい塾に通い始める時期なのね。わかってたけど、もうそんな時期?さくらがSセミナーに通い始めた頃、かえではまだ保育園の年長だった。先生に「おや、おや、こんなに小さい妹さんがいるんですね」って驚かれたっけ。我が家的には「受験しなさい」というスタンスではなくて、あくまでも「自分がやりたいならどうぞ」という方針。一応、さくらの時も意志を確認したのだ。(かえでの申し込みはとっくの昔に私がしたんだから、意志確認と言ってよいのかどうか・・・)というわけで、夫がかえでに「かえで、今日、K先生から電話があったよ。お前もお姉ちゃんみたいに塾に通う? どうする? パパもママもどっちでもいいけど、通うなら、毎日勉強しなくちゃならないから、大変だからな。行くかどうか、よく考えときなさい。自分で決めていいからね」と伝えた。かえでは珍しく、黙ってた。さて、彼女は何と言うかしら。なんたって、かえでは変わり者。頑固だし、自分が決めたことは曲げないし、人の言うこと絶対聞かないし・・・行動を見てると、一体何を考えてるのか、母親の私でもよくわからないところが山ほどあるのだ。ミステリアスな娘、である。先日も子ども部屋を掃除してたら、かえでの枕の下からメモ書きが出てきた。見たらいけない・・・と思いつつも誘惑に負けて見ちゃった。『TO 神様 なるべく勉強します。 かえで』はは~ん、前の晩、父親にゲームと漫画とテレビだらけの日々をえらく注意されたんだった。だけど、9歳だったら「いっしょうけんめい」って言わない?なんで「なるべく」なワケ?この辺がかえでらしい。さくらとは天地ほど性格の違う、謎多き娘、かえで。彼女がもし受験勉強に突入したら、きっと謎が少しずつ解き明かされる?そんな気がする今日この頃。さて、どうするかえで?母親の私にも返事が読めない。「私、行かない」って言われたら、日記のテーマも変わるかも。
2005/02/03
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中学受験入試は筆記テストがメインで、プラス面談があるかないか、が一般的。中には体育の実技なんて科目がある学校もあるがごく一握り。全ては筆記テストの点数で合否が決まるのだと思う。そんな中、『口頭試問』という非常にユニークな入試を実施している学校がある。T女子中。私が中学生の頃も同じ入試スタイルだったと記憶する。口頭試問とは、あらかじめ学校が用意した課題、例えばビデオ視聴や実験観察、先生の話を聞くなどの後に、配られた課題に記入し、それを持って面談に臨むとういスタイルである。自分の言葉でまとめたことについて、どんな手順で考えたか、なぜそう考えたか、等が説明できる力をきちんと見る試験を行うと説明されている。面談で受験生は記入した課題について、先生からの質問に答える。正解か不正解か、という論点ではなく、たとえ間違っていても、指摘されて気づいて直す、直せなくても、考えを述べていく過程がしっかりしている、等など、おそらく、その子の真の中身を確認するのが目的ではないかと想像する。口頭試問以外に2科目の筆記試験もあるが、やはり合否を決めるのは口頭試問であるらしい。T女子中の入試要項には「T女子中高教育は入試から始まります」とある。入試が学校教育の始まりというスタンスは非常にユニーク。教育理念は、ひとことで言うと「人間教育」ともある。人間教育、どこの学校でも聞かれる言葉のようだか、私の印象では説明会で、これだけ学力向上以外のことに熱弁をふるう校長先生は拝見したことがない。それくらい、進学率ではなく、心と身体を健やかに育て、自立した女子を育成することに真剣な学校という印象を受ける。そして本当の意味での個性を大事に伸ばそうという教育方針は実際のお子さん達の非常にのびのびとした様子からも伺える。口頭試問という珍しい入試のため、合否の基準がわかりづらく、偏差値の高い子が受かるとは限らない。外部の人間が客観的に採点できないので、多くの塾ではこの学校の入試を勧めないと聞く。T女子中受験専門の塾があるが、確かに、筆記試験対応策のみではなかなか本番で実力を発揮するのが難しい、と思う。実はさくらはT女子中を受験した。「学力以外の部分で採点してもらえるなら」という可能性に賭けた甘い気持ちも大きいが、何より私も夫もT女子中が好きだった。建前に聞こえがちだが、「心とからだの健康を育てる」というあたりまえのことに、全力で取り組む学校の姿勢に強く共感していた。先生方の様子を見ていても、非常に熱心さが伝わってくる。熱心とは、学力向上のカリキュラムにということだけではなくて、子どもの成長を助けたい、ひとりの人間として向き合いたい、という気持ちが伝わってくるのだ。この先生達なら、安心して娘を預けられる、何かあった時、絶対に頼りになる、そう信じられる雰囲気がある。実際にT女子中の卒業生を数人知っているが、なかなか個性的である。学校案内に掲載される進学先を見ると、もちろん、東大をはじめ、国公立、有名私立へも多数進学しているのだが、その中に、芸術系、美容系などの幅広い分野の専門学校も目に付く。ひとりひとりが自分の進む道を、本当の意味で探すことができる6年間なのだろう、と思う。さくらにはこの口頭試問がかなり大変だったようだ。問題の一つは出生率のグラフを見てのやりとりだったようだが、先生はおだやかながら、「なぜこの年は出生率が下がったのだと思うか」等の「あなたはどう思うか」「それはなぜか」という方向で、色々と尋ねたそう。さくらはそもそも理路整然と説明するのが超苦手。深く考えることも苦手だから、彼女なりに必死に考えた答えに、更に突っ込まれるともうお手上げ。その場にいない私にも、やりとりが目に浮かぶようだった。悲しいとはいえ、ご縁が無かったのは当然の結果と思う。僭越だが、T女子中は口頭試問を通して、時に意地悪とも思えるような質問を通して、わからない問題にぶつかっても、あきらめないで、粘り強く考え続けることができる資質を持った子どもを探しているのではないかと思う。暗記でも点数がとれる筆記試験だけでは見えてこない、子どもの資質を是非見たい、学校が共に学びたいと思う、そういう子が欲しいと言っているような気がする。先日夫が「これって、比べるのはどうかと思うけど、T女子中の入試と重なる部分があるな」と言った。それは堀紘一さんの著書『人と違うことをやれ』の一節にあった。経営コンサルタントとして有名な堀さんは、ご存知の方も多いと思うが東大から、三菱商事へ入社、社内留学でハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。彼がハーバードで経験したことが、T女子中の目指す教育、入試と重なると言うのだ。1日80分3コマの授業の為にそれぞれ4時間の予習が必要なほど、ハイレベルな授業。一つの事例に対して、教授の授業ではなく、学生中心のディベート方式。しかも「正解」は提示されない。堀さんはかなり戸惑い、驚き、そして悩んだそうだ。どの意見も正解に思えるが、授業で答えを出さないので、わからない。悶々と考え悩み続け、思いきって教授を訪ね、なぜ正解がないのか、どうすればいいのかを聞いてみた。その時の教授の答は「君は実に優秀な学生だ。君のような優秀な学生はめったにいない」だったそう。驚く堀さんに教授は続ける。「…大切なのは方法論を学ぶことではなく、何が問題かということを常に考える思考力を養うことなのだ。…学問においても、人生においても同じことだ。…『何が問題であるか』ということにおおいに悩みなさい。やがて2年経ったころ、君はすばらしい経営者になっているよ」と。堀さんはこの教授の励ましを胸に、見事最優秀学生として卒業するに至る。堀さんはこうも書いている。「アメリカの教育の根幹は小学校から「考えること」を学ばせることにある。…小中学校にはスピーチの時間もあって早くから論理的な思考力とプレゼンテーション能力をトレーニングするわけである。…高校になるとディベートをさせるようになる。与えられたテーマに関して自分は大反対の意見を持っていたとしても、賛成組に回されたら、賛成の立場で反対組に対して反論し、論破していかなければならない。…このようにして自分で考え、それを論理的にまとめて発表する訓練を小さい頃から積ませるのがアメリカ式の教育の特長である。」(よくアカデミー賞授賞式で、受賞者が喜びのコメントを述べる時、なんと気が利いてユーモアのセンスあふれる、オリジナルな言葉で気持ちを表現するのだろう、カッコいいなと思っている。あれもこのようなアメリカ式教育の賜物ではなかろうか)「これに対して日本の教育はもっぱら記憶力を問うのみだ。…むしろ独自で考え、それを積極的に発表するような生徒は異端児扱いし、排除しようとする傾向がある。…目立ってはいけないのである。…日本の教育ではあらかじめ決められた一つの答以外は認めない。教えた通りのことを覚えているかどうかだけ、先生に言われたことを忠実に実行するかどうかだけを唯一の評価基準とし、能力や人間性の優劣を決めてしまう。これでは自分から何が問題なのかを考えるようにならない…これからは次から次へとこれまでには経験しなかった、まったく新しい問題がビジネス社会で起こってくる時代になる。何が問題なのか自分で考えなくてはいけない。そういう問題は記憶力では決して解決できないのだ。」これはビジネス界や経営者を視野に入れての本であり、入試と結びつけるのはやや乱暴かもしれない。昨今では公式暗記では解けない問題を入試に出題する上位校も多く、堀さんの言う「日本の教育」があてはまらない教育を目指す学校だってあるのだと思う。しかしながら、どの学校へ行くということではなくて、これから自分の人生を切り拓いて生きていく子どもに一番教えてやりたい姿勢はこれではないかと私は思う。「なぜなのか、どうすればよいのか」をあきらめないで考え続ける力。粘り強く行動する力。やり抜く力。点数や偏差値、順位というのは目に見えるから、親がこだわり、安心のものさしにするものだ。私だって、娘の点数や順位に一喜一憂してきた。でもそこだけにこだわっていると、見失うものがあるかもしれない。結果が思わしくないと思えても、実はその子がどう考えて行動したかに光をあてると、違う成長が見えるかもしれない。私が娘に言うべきことは、結果に一喜一憂することではない、と思う。娘がどれだけ粘り強く考えたのか、苦手なことから逃げないで、あきらめないで、頑張る姿勢を見せたのか…そこを見つめながら、娘が成長できるように、励まし、後から見守っていきたい。堀さんに比べれば天地ほどの違いがあるし、たとえに出すのもお恥ずかしいが、それでも大切なことは学力のレベルに関係なく、同じではなかろうか。私は娘にはご縁がなかった学校だけれど、今でもT女子中をとてもいい学校だと思っている。子どもを見守る目はいつでもこうあって欲しい、一番身近にいる親である私はこうありたい。そう思わせてくれる、入試だと思う。
2005/01/30
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受験が終わった途端、子どもは天国だった。K先生にも「まあ、2月は大目に見てやってください。」と言われていたが、正にその通り。嬉々として学校へ通う様子、放課後友達と遊ぶ姿、土日は昼過ぎ迄寝ていることも多かった。あっという間に、すっかり普通の小学生に戻っていく。でも、長い間、親子で待ち望んでいた生活だった。驚いたことに、さくらは2月7日におたふくになった。逆算すれば、間違い無く、2月の受験会場で感染したのだろう。病気をおして受験したお子さんもいるだろう。本当に大変な期間だった。さくらは受験が終わり、登校した途端、おたふくになり、おまけに右が終わったら左、1週間以上も学校を休む羽目になり、相当悲しそうだった。学校が大好きな娘なのだ。ようやく小児科で登校許可をもらい、張切って登校した日。とても嬉しそうだった。おたふくになり、友達の合格を直接聞く間もなかった彼女はいろんな話をするのを楽しみにしていた。 さくらの通う小学校では中学受験をする子はまだ少ない。学年の4分の1程。それでも夫の時代に比べればかなり多いそう。その日戻ってきたさくらはどことなく元気がなかった。理由を尋ねると「別に何でもない」と素っ気無い。ちょっと気になったが、私は受験中後回しにした仕事が忙しく、すぐに事務所へ戻った。夜になって、さくらが話かけてきた。「ねえ、ママ、B子にさあ、今日『どこ合格したの?』って聞かれたんだ。それで答えたら何て言ったと思う?」「え? おめでとうとか、よかったね、じゃないの?」「違うよ、『へえ、あの学校、私だったら絶対嫌だ』って言うんだよ。」さくらは続ける。「この前、学校に1日だけ行ったじゃない。受験の後。ママには言わなかったけど、あの日もね、K子に学校の名前言ったらね『お試し受験とたいして変わらないんじゃないの』って言われたんだよ」そして「大体、本当のことだけどさ」と付け加えた。私は最初、言葉に詰まった。B子ちゃんもK子ちゃんも受験している。B子ちゃんは同じ学校を3回受けて、3度目の正直で合格。K子ちゃんは3つ受けて、2勝1敗。二人とも不合格の辛さも知っている。「ひどいね、どうしてそんなこと言うんだろね」とようやく返事をすると「だって二人とも私より偏差値の高い学校に受かってるもん。だけど私ならもし、自分の方が勉強ができてもそんな風に思わないし、それにそんなこと絶対に友達に言わないよ。」確かに二人とも、さくらより偏差値が上だった。だが、偏差値が高かろうが、低かろうが、友達が合格したら「よかったね」が普通だろう。しかも自分が不合格ならまだしも、自分だってちゃんと合格しているのに。なんでそんなことわざわざ言うんだろう。おそらく、いつもそんなこと考えてたから、つい口が滑った、本当のこと言っちゃった、ってところだろう。子どもはあまりにも正直で、残酷な面がある。しかしながら、そんな風に「偏差値が高い学校はよい学校、低い学校はだめな学校」と思わせるような価値観を持たせたのは、大人なんだよね。模試の度に届く、偏差値一覧。あれを穴があく程眺めてるのは親だけじゃないんだ。子どもだって見てる。あの表を見て「偏差値は関係ないんだよ、これはただの偏差値なんだから」等と子どもに言ったとしても、見ればどういう順番で並んでいるのか、分かる。その順番は決して学校の良し悪しの順番ではないし、子どもによって「合う、合わない」とも関係はない。でも、やっぱり上の方から「よい学校」という印象を持ってしまうのは、無理もないと思う。じゃあ、私はどうだろうかと思う。実は言葉にしないだけで、心の中で同じような価値観を抱いているではないか。さくらが合格したのは嬉しいが、割りきれない思いを抱いているではないか。私はB子ちゃんとK子ちゃんと、思っていることはたいして変わらないではないか。複雑な心境だったが、その一方で、そんなひどい言葉に娘が傷ついているのを見るのは、悲しいものだった。さくらにとって、この発言はかなりショックだったようだ。言われた内容より、友達にそんなひどいことを言われたこと自体、彼女は裏切られたような気持ちがしたそうだ。そりゃそうだよなあ。でも言われなくても、さくらは十分承知していた。言われても仕方ない、そんな風に思っている。だけど、入学して通い始め、紆余曲折はあったが、今では「ママ、女子校って超楽しい~」と毎日嬉しそうだ。夫は言う。「あいつにとって『もう少し頑張ろう』って思うことは決して悪いことじゃないだろう。そう思ってのスタートはむしろいいことなんじゃない?受験しないで塾も行かなかったら、そんな危機感持たなかっただろ。自分の現状を把握するってことはいいことじゃない?これからがスタートだって、あいつには言ったんだから。」さくらの成績は中の中空飛行を続けている。努力のベクトルが今一つ、間違っているのか、正しい方向を見出す力がまだないのか。しかしさくらは中空飛行を決して良いとも思っていない。何とか中の上空飛行くらいまでは修正したい、一応気持ちはあるのだ。だが、「正しく勉強する方法」「間に合わせるために逆算してスタートする行動力」がない。この辺に「持って生まれた力」も感じるが…。(でも「持って生まれた力に関係なく、ステップアップさせるための方法」を親が考え、提示する努力も足りないのだ。サポート力不足だなあ、ただ黙って見ているだけで精一杯。)多分、彼女の場合、友達に心無い言葉を言われて「何くそ」と思うようなタイプではない、と思う。でも順位や点数にこだわるのではなくて、さくら自身が、もっと頑張ってみたい、私にも出来るかもしれない、そう思うようになったのなら、その機会を与えたのなら、それも中学受験のよさの一つだったと思う。
2005/01/27
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6年生のお母さん達の日記を読みながら、突入してしまった本番でしか味わえない緊張感をひしひしと感じる。嬉しい結果も残念な結果も、受け止める親子にしか分からない経験で、それは親子の数だけあるのだろうと思う。私は皆さんの日記を拝見しながら、さくらの受験直前、夫の言ったひとことを思い出している。「やっぱり受験は勝負事だな。」「学力だけじゃなくて、ここ一番での勝負強さが勝敗を分けるってあるだろう。子どもなりに、勝負強さは必要だな」夫は格闘技ファンである。しかも俄かファンではない。ずっと昔、プロレス時代からのファンなのだ。大晦日は夕方から深夜まで、私にはどっちがどうだか区別がつかない、「PRIDE」と「K-1」をリモコンを駆使し、録画も万全体勢で、大興奮で観戦している。夫が何を言っているのか理解できない、私と娘達にはつまらない大晦日であるが。「格闘技は正に勝負だろ。格闘家達も言うわけだよ。『最後は気持ちだけで闘ってます』ってさ。あれは嘘じゃないな。絶対勝てるって思う相手でも、勝てないと思う相手でも、気持ちで負けたら、勝てないんだよ。それが勝負の世界だろ。受験も同じだと思うぜ」その『絶対に勝ちたい』っていう気持ちでさ、少なくとも20%は違ってくるかもしれないな。」「でも、その勝負強さってどうやって教えるの?教えたら強さが出せるわけ?」と私が尋ねると「あ、それは無理だろ。教えてできるもんじゃないよ。」とあっさり言う。「だから、オレは思うんだけど、結局はこれまでどれだけ真剣にやってきたかってことや、その思いの強さが、支えになるんじゃないの。どうしてもここへ入りたい、だからこんなにやってきた、今ここで引き下がるわけにはいかない、負けられないって、おおげさじゃなくてさ、その真剣さっていうのかなあ。それが最後の「食い下がる力」になるんじゃないのかね。」そして最後に「さくらに最も足りない部分だな」と付け加えた。なるほど、言われてみるとそうかもしれない。もちろん勉強もしないで、学力も遠く及ばないのに、最後は精神力だ、ということではない。最後は一人で闘う、その試験にどれだけ真剣に向き合って集中して、食い下がっていかれるか、火事場のバカ力が出せるかどうか、やはり勝負に賭ける意気込み、12歳なりの覚悟は必要なんだろう。強い欲求に突き動かされて、手に入れられるものもある、それは子どもでも同じかもしれない。だがもちろん、そこには運だけではなく、勝負の土俵に出るに値する真剣な準備が必要でもある。夫の言うことには一理あると思う。「だけどさ」と夫はこうも言っていた。「ほら、Kくんみたいなタイプってのもいるだろう」Kくんとは、さくらと同学年、近所の男の子である。彼は非常にマイペース。幼い頃からそうだった。私の友人であるKくんのママは「あの子の辞書には『緊張』とか『動揺』とか『不安』とかいう文字はないわけよ。常にマイペースなのよ。必死になるとか、そういう緊張感とかが微塵も感じられないわけ」と言う。それがまた、体育会系の両親にはイライラすることらしいが。「Kくんだったらさ、『試験? うーん、なんか出来たような気がするけど、わかんねーな』とか言いながら、合格するんじゃないの?ある意味、ウルトラマイペースっていうのも実力の一つかもな。ああいうタイプで勝ち抜く場合もあるだろうなあ」と。これもそうかもしれないと思う。平常心でいられる、ある意味の図太さ、これも勝負強さの一つかもしれない。夫が指摘するまでもなく、さくらには一番欠ける「勝負強さ」。「何が何でも」というさくらの意気込みを、試験に限らず私は今までみたことがない。彼女が苦手な勉強の分野で「意気込め」と言っても無理はある。でも、これから先、勉強に限らず、何か「どうしても手に入れたい」と強い欲求が生まれた時、彼女は「必死で食い下がる」ことができるだろうか。夫は受験後、「あいつにはそういうとこがエライ欠けてるだろう。だから受験は無理だろうと思ってただろ。それだけに、2月1日の朝、あいつが見せた、少なくとも、今まで見たことがないような、いい顔、あれはあいつなりに勝負に臨む姿勢だったんだろうなあ。だからオレは正直驚いたし、ちょっと嬉しかったわけよ。コイツでもこんな顔になるんだなって」と言っていた。以前の日記にも書いたが、2月1日の朝、駅で父親と別れる時のさくらの表情は、前にも後にもあの1回だけ、それくらいいい顔だったらしい。自信がない、頼りない、何事にも食い下がれない、頑張れない、そう私達が思っていたさくらでさえ、覚悟を決められたのかもしれない。そのいい顔はすっかりどこかへなりを潜め、緊張感のない、人のよさそうな、人をなごませる表情で毎日過ごすさくら。いつか彼女の人生で「ここぞ」という勝負が来た時、あの2月1日に見せた真剣さが蘇るのか。火事場のバカ力を出せるのか。いつか力強さを感じられる時がくるのだろうか。今振り返ってみて、やはり中学受験をさせてよかったと思う。初めて真剣勝負の土俵に上がった経験は、おそらく、ほんの少しではあっても、彼女の成長を助けたと思う。親にできることはなんだろう。親の気持ちは子どもに伝わる。期待も不安も。勝負に臨む我が子にできること・・・。それは・・・親も覚悟を決めることなのかもしれない。私にはあの頃、そんな覚悟はあったかと言われれば、正直、無かったと思う。自分のことじゃないからこそ、心底不安だった。不合格通知に深く落ち込み、さくらの涙に動揺した。覚悟があれば少しは違ったのかどうか、あったとしてもそんな覚悟が吹き飛ぶほどの嵐のような数日間だったとも思う。でも、やっぱり、ここ一番で覚悟を決められる、そんな親でありたかった、と思う。
2005/01/24
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今年も大勢の受験生が全国で挑戦したセンター試験。私の友人の子ども達は大きくても中学生どまり、まだ0歳なんて子もいるからそもそも大学受験はまだピンとこない世界。ただ、一人だけ、大学生の息子を持つ親友がいる。息子の名はNくん。小学生の頃から成長を見てきたNくんも今や眩しいほど立派な青年。子供の成長は早いものだと、彼と会うとつくづく思う。センター試験のニュースを耳にすると私はNくんを思い出す。Nくんは名門の進学校に小学校から通っていた。非常に賢そうな顔をしているし、実際、賢い。彼の小学校では中学進学前、外部の受験生と同じ試験問題を受験するらしい。(もちろん、全員中学へ内部進学できるが、一応テストをするそうだ)彼は外部からの合格者を含めた全ての同級生の中で5位だった。一切の受験勉強をしないでの結果だと思うと、恐れ入る。Nくんは「かなりハイレベルな頭脳と素質」を持つ小学生だった。おまけにハンサムなんだなあ。こんなに全部そろった息子を持つ母親の気持ちはどうだろう。一度味わってみたいと思うのは私だけではないかも。彼の夢は「弁護士」だった。小学生の頃から言っていた。志す理由迄は知らないが、彼なら司法試験一発合格も夢じゃないと私は秘かに楽しみにしている。優秀だから、彼は周囲の皆に「Nくんは東大だよね」と小さい頃からずっと言われ続けていた。その先頭に立っていたのは、母親である私の親友だったが。まあ、Nくんが息子だったら、そう思うのも無理はない。それくらい成績もよかったし、周囲の誰もが「東大法学部一直線」と信じていた。期待もプレッシャーもはねのける学力の持ち主だった。母親はかなりの教育ママ。地方都市の名家のお嬢様。ターミナル駅前から名前を告げただけでタクシーが「はい分かりました」という程地元では有名なお宅。教育熱心な家庭で育ち、彼女もきょうだい達も東京の大学を卒業している。彼女はNくんに対して、ずっと「勉強しなさい」と「東大」を連呼していたようだ。Nくんは逆らうことなく、素直に聞いているようだった。少なくとも、そういう風に見えた。現役で受験したセンター試験、Nくんは数学でなんと満点をとった。実は彼は数学が大好きで、数学者になろうかと、一時期真剣に悩んだことがあるそうだ。彼いわく、数学は問題を読んでいる内に答えが見えてくるんだって。なんだ、それ? とにかくそれくらい頭脳明晰だ。ところがである。彼は突然、「オレ、東大受けないから」と言い出した。高校3年の初冬だった。理由を聞くと、なんでも別の大学の法学部へ行きたいからという。学校の先生や母親がどんなに説得にかかっても、絶対に首を縦にふらなかった。母親はショックのあまり、寝込んだらしい。結局、Nくんは東大を受けず、自分の希望した大学を受験し、もちろん合格した。今は元気に通いながら、現役司法試験合格を目指して頑張っている。先日、彼女に会った時、彼女は私にこう言った。「ねえ、私がさ、あんなに東大、東大って言わなかったら、勉強、勉強って言わなかったら、もしかして、あの子素直に東大受験したんじゃないかと思うんだけど・・・ねえ、どう思う?」と。「いや、それは・・・どうかなあ。そうかもしれないけど、それだけじゃないかもしれないよね。彼が東大を受けなかった理由は。」と答えた私だが、実は私も彼女と同じ思いを抱いていた。Nくんは東大東大、勉強勉強と言われ続けたことに、最後の最後に反旗を翻したのではなかろうかと。実際、合格できる実力は充分にあったし、学校でも太鼓判をおされていた。もちろん、受けなかったのだから、絶対ということは言えないが、それにしても、落ちたら周囲の誰もが驚いただろう。そもそも「Nくんが東大を受験しない」という話を聞いた、知り合い全てが心底驚いた。中には「勝手に願書出しちゃえば」というアドバイスもあったそう。遠巻きながらNくんの東大受験を、実は結構楽しみにしていた。私もその一人だった。それはサラブレッドの初出走を待つ、馬主のような気分かもしれない。勉強の中身、というレベルではかなり異なるが、夫はNくんの気持ちがなんとなく分かるという。夫もまた、母親に顔を見る度に「勉強は?」「勉強はどうしたの?」と中学受験前言われ続けた。「オレの名前は『勉強』かよ」と思うほど連呼され、小学生ながら、心底嫌だったそうだ。そりゃそうだろう、食事中も言われるほどだったらしいから。「要するに、オレの為を思って言ってるんじゃないんだよな。自分の言う通りになってるオレが好きなんだよ。勉強してるオレが好きなだけ。自分の思う通りにしたい、ただそれだけだってのがよくわかるんだよな。小学生でも分かるぜ。だからさ、いつもそうやって言いたいこと言われてるとさ、どうしても、自分の意思を通したい、言うこと聞きたくないって気持ちになる時が、絶対くるんだよ。そういうもんだよ。自分の人生に関わることだからさ、そんなバカみたいな行動はしないって思うよ。彼は賢いから、尚更な。でも、それでもオレはNくんがどうしても自分の思う通りにしたいって、そういう気持ちに突き動かされたんじゃないかと思うんだよなあ。」夫は母親に逆らっても無駄なので、黙って聞いているフリをしたそうだが、実はNくんもそうだったらしいと聞く。逆らって変わる相手ではない、彼らはそう見抜いて、自分を守る為に、面倒を避ける為に、あえて「言うこと聞いているフリ」をした。全然聞いていないにも関わらず。Nくんは少なくとも、言われなくても勉強する子だった。していないように見えても、結果はともなっているし、何より学ぶことが好きなタイプのように見えた。黙って好きなようにさせていれば、もしかすると、彼は東大を受験したかもしれない。逆らうこともなかったのかもしれない。そう思うと、ちょっと勿体なかったよなあとも思う。もちろん、東大に進学することが彼にとってよかったかどうかも分からないし、合格できたかも分からない。今の彼は自分の意思で選んだ道を歩いているのだから、それで充分だとも思う。弁護士を目指し、しっかり勉強に励み、アルバイトにも精を出す。友達も多く、恋愛もしてるし、楽しく学生生活を謳歌している。ただ東大を受けなかったというだけで、別にグレたわけでもない。しっかり自分の目標に向かって頑張っている。なぜNくんが東大を拒否したのか、全ては私の想像の世界。その理由は本人しか知らない。私はいつか彼に「どうして東大を受けなかったの?」と聞いてみたいと思っている。
2005/01/21
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さくらの受験準備の頃、同い年の女の子のママと仲良くなった。彼女、Sさんはすらりとした美人。ママ達の間でも目立ってた。何回か話しているうちに、彼女が歯医者だということが分かった。「へぇ~すごいね、あなた、歯医者さんなの、いいなあ」と素直にうらやましがった私。そう、私は国家資格を持つ女性に憧れがある。自分の腕一本でやってけますわ、ってところが何ともカッコイイ。彼女は自分自身も中学受験経験者。トップクラスの進学校へ合格、その後歯医者への道を歩んだそう。私のように、周囲の医療関係者といえば友人のダンナくらい、という環境の人間から見ると、なんとなく、興味深い世界である。彼女の父上は医者、ご主人は歯医者、両家とも親戚にも非常に医者が多いそう。やっぱり一族医者ってよくあるパターンなんだなあ。「でもね、私の出身大学ってさ、大したことないのよね」とSさんは言う。私には医学部、歯学部の序列、特に私立はよく分からないので、返事をしかねていた。「中学、高校時代、あまり真面目にやらなかったから、最後必死になってもおいつかなかったんだよね~。私、本当は医者になりたかったんだ。とにかく、なんといっても、面倒見が悪い学校だったのよ」え~? 彼女の出身校は、中学受験経験者、女の子の親なら「この学校へ合格できれば、末は博士か大臣か」と思うレベルだよ。「いや、全然。それが強制しないっていうのかな、外から見るとそう見えないみたいだけど、実際細やかではないんだよね。学校のせいにはできないんだけどね~。だからさ、私、娘はもっと面倒見のいい進学校へ入れたいって思ってるのよ」と。なるほど、彼女のお嬢さんの志望校は母校じゃない。進学率がよく、面倒見がよいと評判らしい、こじんまりした学校だ。「それにね、私、中学受験で通った塾の先生が本当にいい先生で、その先生に『お前は賢いぞ、頑張れるぞ』ってすごく褒められてさ、それですごく自信つけて、その自信だけで人生これまでやってきたって言えるくらいなのよね。だから娘にもそんな先生に是非出会わせたいって思ってたんだ」彼女とは受験直前まで志望校についてよく話をした。お嬢さんもさくらも、理想と現実のギャップが結構大きい、似たような感じの成績だったこと、親の理想が高いことも手伝い、話が弾んだなあ。遂に志望校を決定する頃、やはりあきらめねばならない現実をふまえての会話の中で・・・Sさんは言う。「私、自分と一緒に中学受験した仲間と、会うことがあったのよ。大学の頃、同窓会みたいのがあってね。元御三家男子も多かったんだよ。そしたらね、通ってる大学聞いて驚き。『へ? あんた御三家行って何、どしたの』って子もいるわけなのよ。もちろん、『やっぱ御三家だよね』って子もいるんだけど。今もさ、学校案内の「大学進学先」だの「進学率」で、東大や国立理系も多くて、早慶どっさり、って見ると、ここへ合格すれば我が子もそうなるって思うじゃないよ。だけどさ、それって私は違うと思うんだよね。入り口でどんなに輝いて見えてもさ、出口は必ず輝くとは限らないんだよね。」彼女は何でもはっきり言うタイプである。だからこそ面白い。彼女の合格した中学は確かに、入り口もまばゆいが、当時の進学実績から考えても出口はかなり輝いていた。「ねえ、お嬢さん、お医者さんにしたいんでしょ。環境的にも志願しそうだもんね。いいよね、女医さん、憧れるけど・・」すると彼女はこう付け加えた。「そうね~確かに後から取得したいと思っても難しいからね。大学でとれるもんはとった方が楽だし、お得よね。そういう意味で娘にもどうかとは思ってるんだけど。だけどさ、私の歯学部の同窓生ってものすごい離婚率なんだよね。なんたって、離婚しても食べてけるじゃない?それに、大体、実家も開業医とか裕福な家庭が多いからさ、仕事しなくても困らない上に、自分も稼げるじゃない。だから、我慢しないんだろうね。稀なのよ、うちみたいに続いてるの。私から見ると、まあ、資格があっていいっていえばいいんだけど、そうね~、女として幸せかどうかっていうと、そうでもないんじゃない?って思えるパターンもあるわけ。だからさ~。世間で言うほど、資格があればとか、医者がいいとか、そういうのと、ちょっと違うかもしれないね。」なるほどね・・・私の周囲にはそのように自立してバリバリ働いている友人は少ない。専業主婦、が殆どである。学生時代必死に勉強している姿を見たことがない友人が殆どだ。恋愛やお見合いで手に入れた結婚生活、あまり苦労しているようにも見えない。離婚している子も少ない。(本当は我慢してるのか?)子どもの学校選びが最大の関心ごと、っていうのが少なくない。大なり小なり、悩みはあるにせよ、平穏で幸せそうに見える。どっちがいい?と言えるような、2パターンに分けるような、そんな話じゃないんだが・・・だけど、自分が知らない世界には、自分が知らない現実があるのね。Sさんは「だからさ、入り口があまり輝いていなくても、その子なりに出口が輝けば、それがいいじゃない。学校じゃないよね」って最後には言ってたな。お互いにあの頃はなぐさめあってたとこもあるけれど、でも、私もその意見、今でも基本的に賛成だよ。Sさんの話を聞いて、それが全員にあてはまるとも、絶対そうなるとも思わない。同じ学校へ通っていても全く違う感想の人もいるだろう。あくまでも彼女の意見である。だけど、確かに入り口で喜んで、出口でこけるっていうのも有得るだろう。反対に入り口でよろめきながらやっとの思いで入学して、出口で胸張って出るっていうのもあるだろう。それに高校卒業は中学受験とおんなじ、人生の通過点に過ぎない。私はよく、幸せとはなんだろうと思う。自分の幸せも、娘達の幸せも答えは簡単じゃないし、一言では言えない。誰でも同じだと思う。果たして、学校選びもその一つに入るのだろうか。
2005/01/18
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正に受験期間の今、受験生の皆さん、お母さん達は本番の試験のことで頭がいっぱいだと思う。本当に気持ちが休まらない、大変な日々。私もそうだったし、どんなに落着こうと思っても、気持ちを切り替えるのは難しい。試験期間中だけじゃなくて、その前の準備段階から、結構頭の中は受験でいっぱいという人は多いと思う。その子にかかりきり・・・と言っても過言ではない場合もあるだろう。そんな数年間、下に妹や弟がいる場合、彼らはどう思っているのだろう、ふとそう感じる時があった。我が家のさくらにも妹、かえでがいる。ほんとに申し訳ないのだが、さくらの試験期間中、かえでのことを考える余裕が無かったし、今思い出そうとしても、かえでのことは何一つ思い出せない。とんでもないことだけど、事実。いつのまにか、かえでは小学校3年生になってました、って感じである。当時2年生だった彼女。受験とうい言葉もその意味も知らない。だけど下の子は上の子のすることをとてもよく見ていると思う。さくらが中学に通いだしてからだったかな。あまりにも、ゲームと漫画三昧のかえでに向かって、夫が「かえでは勉強が好きじゃなさそうだからなあ、ま、別にいいんだけどね。」と嫌味を言ったところ、「私、4年生になったらしっかり勉強して、チアガールができる中学校へ行くの」と涼しい顔で言ったので、私は驚いた。そういえばある学校で見たチアリーディング部のお姉さん達のカッコよさに目を奪われ、さくらが「私、中学生になったらチアリーディング部に入りたい」と言っていた時期がある。それに「しっかり勉強する」等という言葉はどこから出るんだ。今ゲームばかりやってるくせに。かえで、お前は塾に行くつもりになってるの?生まれた時から姉がいるかえで。ぼんやり系のさくらとは対照的に、「常にさくらはライバル」と意識しているのがよくわかる。一方、さくらにはそんな意識は全然ないのもよくわかる。さて、その上、かえでは「私、○○って学校行きたいなあ」とのたまったことがある。そう、さくらが不合格だった学校である。さくらは「お前、その学校受けたら絶対許さん」と怒っていたが、かえでは姉が不合格だった学校の名前も覚えてるし、その学校へ通ってみたいとまで言う。どんな気持ちで言っているのかは分からないが、妹は姉をこんなに意識して育つものかしら。私はよく「子どもが女の子二人でいいね」と言われることがある。別に私も夫も子どもの性別はどちらでもよかったけれど、きょうだいは同性の方が長くつきあえるというのが、お互い異性のきょうだいを持つ私達の実感である。そういう意味で姉妹はいいなと思っている。だけど、私は女の子二人の母親として、二人との距離感には非常に気を使う時がある。平等に、比べない、はいつも気にして接しているつもり。それでも「ずるい」と思うのが子どもだと思う。それにしても、下の子はこんなに色々見て、聞いているということに改めて驚く。じゃあ、きっと、自分がおざなりにされてる時のことも結構覚えてるんだろうなあ。試験期間だけじゃなくて、とかく、手がかからない、自立心旺盛のかえでに対しては手抜きが多いのが事実。自営の仕事はかえでが生まれた頃から加速度的に多忙になった。さくらは生まれてから入園まで私とべったり過ごしたし、幼稚園に通った。だけど、かえでは私が目を離す時間が長すぎる、このままではマズイと思って、2歳から保育園に預けた。保育園生活は非常に恵まれていて、さくらもかえでと同じ保育園に通わせたかったと思った程、素晴らしい内容だった。とても満足している。が、私が一緒に過ごした時間はどう考えてもさくらの方が長い。正直、私はさくらとはとても気が合うし、彼女が考えていることもよくわかる。しかし、かえでは自立の芽も早く、低学年の頃から手出しされるのを嫌い、他人の言うことに耳を貸さないタイプ。先日こんなことがあった。珍しくかえでが漢字の書き取りの宿題を嬉しそうに見せに来た。確かに上手に書けている・・・が、発見!!横棒が一本多い字、点が抜けてる字。「上手に書けてるね~、だけどさ、ここ横棒一本多いんじゃ・・・」と言いかけた途端「今、その棒を消そうと思ってたのっ!」とすごい勢いで怒り出す。一緒に買物に出かければ、私の前をドンドン歩くかえで。たまたま昨日、スーパーの出口で「強風につき閉鎖中」の自動ドアへ突進するかえでに「そこ、今閉まってるから出られないよ」と声をかけたら・・・その後仏頂面。とにかく何か言われるのが大嫌いなんである。徹底しているのである。私も強制をよしとしないので、黙って好きなようにさせているが、そのせいもあって、どうも何を考えているのかわからないところがある。その上、一緒に過ごした時間が少ないとういう罪悪感も手伝い、最近、かえでとの距離感に不安を抱くことがある。たまに、本当にたまにだけれど、かえでが「ママ~」と甘えてくることがあるとほっとする。と同時に、自立している、しっかりしているといったってまだ9歳。本心はさくらと同じなんだなと感じる。普段から自己主張の強いかえで。私がさくらと話していると、会話に無理矢理割り込みいつもさくらとけんかになる。そんなかえでが受験の前後、おそらく寂しかったり、不安だったり、彼女なりに甘えたい時もあっただろうに、泣いたり、私達を困らせることはなく、存在を忘れてしまうほど、おとなしくてしていた。きっとかえでなりに、家庭の空気を読んで我慢していたんだと思う。それに受験が終わっても1ヶ月くらいは本当に疲れ果てて、その後さくらの卒業、入学と慌しい日々が続いていた。そういえば、かえでのこと全然見てなかった、忘れてた、そんな風に感じたのももう5月になろうかという頃だった。かえでなりに、私達を助けてくれてたんだなと思うと、とても有難かったと思う反面、我慢させて悪かったな、ごめんね、と心から思う。その穴埋めは意識していかないといけないなと感じてる。これから私がもっとかえでの心に寄り添っていかなければと思う。それは手を貸す、口を出すということではなくて。本当は甘えたい気持ち、時には寂しい気持ちを感じられるようなかなか見せない本心に近づくよう、今まで見てこなかった分、これからはとくとかえでを観察しよう。私は自分でも気付かないうちに、勿体ない過ごし方をしていたんだな・・・とかなり後悔もしている。でも、かえでがまだ9歳でよかった。これからはもっとかえでとの時間も大切にしていこう。親が子どもに相手にされる期間はとても短い、側にいてと望まれる期間もとても短い、今になってしみじみそう思う。
2005/01/12
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私は受験をしたことがない。大学まで続く学校に、小学校から通った。だから私の「学生時代」は16年間、本当に変化のないメンバーに囲まれていた。中にいる間は全く疑問を抱くことなく、受験にふりまわされない、のんびりとした環境を有難く享受していた。学校以外の友達との交流が始まる(つまりボーイフレンド関係)高校時代も、知り合うのは大学附属の子が殆どだった。(進学校に通う人たちは、そんな遊んでるヒマはなかったのかもしれないが)偏差値にも進学率にも全く縁がない、興味もない、周囲の友人も変わらない、そんな環境で私は16年間も過ごした。しかも、夫も中学受験で入った大学附属に卒業迄の10年間通学。彼の周りも同様の人々で固められている。そんな学生時代をすごした私達や友人達が親になり、子どもの教育?じゃない学校について考えるようになる。そこで・・・全員とは言わないが、私達の周囲はほぼ皆、我が子をこぞって母校へ入れたがる。しかも幼稚園、それがダメなら小学校、母校じゃなくてもいい、同じような大学附属小学校へ入学させるために、東奔西走する。その結果、友人達の子どもはその多くが私立小学校へ通っている。公立へ通っている子は「小学校お受験破れ組」も多く、もちろん、中学受験でのリベンジを狙っている。私の周囲だけでなく、あちこちで見聞きすると、同じようなパターンは本当に多い。私の親友、I子は小学校からずっと一緒。彼女のひとり息子もまた、私立大学の附属小学校に通っている。ダンナも有名大学附属へ小学校から通っていた。I子が言う。「ねえ、この前小学校の運動会だったんだけど、学生時代によく遊んでた○○くんとか、△△くんとかに会ってさ~。息子さんがうちの子の上級生なのよ。みんないいお父さんになってたよ。なつかしいよね・・・それにしても世間って狭いと思わない~?」違うぞI子、世間が狭いんじゃなくて、あんたの(私もか)生きてる世間が狭いだけなのよ。だけどI子は気付いていない。他の世界を今でも知らないんだから。自分が経験した環境をこの世で一番いいと今でも思える。そして是非我が子にも同じ環境を与えてやりたいと真剣に願う。それはそれである意味幸せなのかもしれない。でも私と夫はちょっと違う。学生時代はお互いに楽しかった。今もつきあっている友人は貴重な財産だと思っている。ただその一方で自分が過ごした環境が「我が子を同じ環境に是非」と思うほど、万々歳だったとは思っていない。この考えは友人達の中ではかなり異端である。なぜなら・・・私は今でも後悔している。他人のせいにはできないけれど、どうして誰も私に「お前は将来どんな仕事をしたいの?」「どんな風に生きたいの?」と聞いてくれなかったの?アホかと言われそうだが、誰も聞いてくれなかったし、周囲の皆もそうだった。将来の設計や希望について語ることもなかった。もっぱらの話題は「ボーイフレンド」と「ファッション」である。毎月『JJ』を愛読し、登場する先輩を見つけては女子大生ライフに期待をふくらませる。ノー天気極まりない日々だった。当時外部の大学を受験する子が学年に数人いたけれど、殆どが「医学部」「歯学部」で、親の職業。もしくは国立。軒並み現役で合格していた。あの環境でよく頑張ったなあ、すごいなあと素直に拍手を送りたい。当時女性の就職は「腰掛け」が多かった。女子は短大卒しか採用しない一流企業もあった。男女雇用機会均等法施行の初年度就職だった(と思う)けど、まだまだ「結婚したら仕事をやめる」意識の子が多かった。だから附属であれば尚更、職種や生き方について話題にする子は少なかった、というか私の友人の間にはいなかったのだ。それに、私は結構、いやかなり成績はよかった。小学校から大学を卒業するまで・・・もちろん、定期試験なんてもんは範囲のある勉強であって、受験に比べたら、「そういうのは勉強って言わないの」程度のものだと思う。暗記中心の勉強でそれなりの点数もとれると思う。でも点数が悪くても当時は留年なし、全員大学へ推薦してもらえた。頑張らなくてもいいのだ。頑張る必要もない環境だった。だけど、私は大学卒業する最後までずっとクラスの1番か2番だった。夫には「ガリ勉」と揶揄される私だが、保健体育から家庭科、音楽に至るまで高得点をとり続ける、勉強には超真面目だった私。だからこそ、何ゆえ、将来を考えずに大学で「英文科」に行ったかなあ。もう一度やり直せるなら私は迷わず「建築関係」へ進みたい。いや、行ったらどうなる、そんなことは全く分からない。じゃあ、なぜ行かなかった、人のせいにするな、ごもっとも。だけど、少なからずとも、一言聞いて欲しかったなあ。子どもたちに考える機会を与えて欲しかった。甘えるな、ごもっとも。でもそう思うのね。そこで私は思う。こんなおばさんになってから後悔するんじゃなくて、まだ右も左も考えられる学生時代にこそ「将来、仕事じゃなくてもいい、こんなことをしてみたい、こんな風に生きてみたい、私はこれをするのが好きなんだ」という意識を娘達には持ってもらいたい。そんな意識を自然に持てる環境で過ごさせたい。それが必ずしも大学受験とは限らないかもしれないが、少なからずとも周囲に受験勉強をする子が殆どいない環境よりは刺激があるんじゃないだろうか。友達から「私、将来○○になりたいから、この大学のこの学部が第一志望なんだ」という話を聞くだけでも「なるほど、じゃあ私は」って思うんじゃないの。「どうしてそう思うの?」って友達に聞くだけでもいいじゃない。もちろん、大学卒業後に、就職したところで一生決まり、などとも思っていない。迷い悩みながら成長する時間はその後もずっと続く。この年になる私もまだまだだと思っている。だけど、なるべく若い頃から考え始めた方がよい、一般的にはあたりまえのことだが、私の育った環境ではまったく当たり前ではなかったのだ。しかしながら、その一方で、附属にしかないよさ、あの雰囲気が嫌いなわけじゃない。実際、人を偏差値で判断することがないからか、他人と競争するという意識がかなり希薄だからか、よそを知らないからか、おっとりしてて、スマートなタイプが多い。なんともいえず、見方によってはかなりぬるい環境だが、いけないものでもないと思う。そういう環境だからこそ、つぶれずに育つ芽もあるかもしれない。なつかしいし、とても楽しかったのも真実だ。親に文句を言うつもりも全くない。現代ではかつて「附属」と言われた学校の多くが進学校へ変貌しているのも承知している。それだけ「最終学歴」や「就職率」、「大学在学中に勉強して取得するのが最短の資格」にこだわる人が増えているのも事実だろう。私の言う「附属の雰囲気」を今でも持つ学校は少なくなっているのが現実だとも思う。一概に「附属だからぬるい」とは言えない。それに「花嫁修行」が死語となった今、女の子もかなり積極的に将来を見据えて頑張っていると思う。子どもの学校を選ぶ時、そこに親の価値観は強く反映されるよね。私も色々な思いを抱きつつ、偏差値表を見れば「伝統附属校」についつい目が向いた。他の学校を知らないし、あまり知ろうとしなかった。特に「大学進学実績」にはあまり関心がなかった。(この1点は今も殆ど変わらない)。ただ、今振り返ると自分の知らない世界を積極的に見ようとしなかった、その頑なな迄の価値観はかなり馬鹿だったと思う。自分の育った環境と後悔と、培われてしまった価値観とが今でも交錯し、私の言っていることが中途半端なのもよくわかってる。さくらの通う学校は結果的には附属だが、昨今外部大学への進学率は80%を超えている。正に私の思う両方を兼ねているとも言える。自分と違う環境で過ごす娘の学生時代、私には非常に興味深く、またうらやましい限りでもある。自分が受験で苦労を重ねたから、子どもには同じ苦労をさせたくない、だから附属を選ぶ家庭もあるだろう。私の周囲のように、自分がとても幸せだったから、子どもにも是非同じ環境をと思って附属を選ぶ家庭もあるだろう。最終学歴に重きをおく、だから中学は大学受験を前提に、進学率を重視して、進学校を選ぶ家庭もあるだろう。家庭の数だけ、学校を選ぶ価値観があって、本当にそれぞれだと思う。特に、進学校に変貌を遂げている附属校を選ぶ、そこにはどんな理由があるのだろう。やはり進学率?今も昔も、王道は国立理系、それは私もよく耳にする。そういう価値観の家庭も多いと思う。中学受験を志す家庭では、皆、どんな価値観で学校を選ぶんだろう。今でも「私はこうです」と胸張って言えない、迷っている私がいる。
2005/01/10
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志望校選びは最後の最後まで、受験生保護者のテーマだと思う。4年生の頃、5年生の頃、まだまだこれからという期待を胸に、理想の志望校巡りには夢がある。私はそうだった。段々我が子の実力を認める6年生の秋、思った通りの偏差値に届かない時、理想は理想、チャレンジはチャレンジとして、では「抑え」をどうやって選べばよいのだろう。これはあくまでも私の個人的な感想だが…。勉強が「非常によくできる」タイプと「現時点では間に合わなかった」タイプ、うちのさくらは後者だったが、この2タイプの場合はある程度思いきりがつくような気がする。うちの場合も今通っている学校は、おそらく合格できるだろうと思って選んだ。(それでも発表前には不安に襲われ祈るような気持ちになったが)偏差値でいうと適正、合格率80%である。他の2校は、有得ないチャレンジでもないが、厳しいだろうと予想していた。おそらく、一番迷い、悩み、あきらめきれないのがその中間層ではなかろうか。もう少し伸びるような気がする、もう少しで届くような気がする、そのくらい頑張っているのだと思う。でも80%以上とは言いきれない…だからこそ、「抑え」をどこまで認めるか、言い方は悪いが「偏差値をどこまで下げるか」という点において、非常に迷うのではないだろか。さりとて偏差値を少々下げたところで、どこもかしこも結構激戦で、とても「抑え」とは言えないような気もする。だけどそれ以上下げると「せっかく頑張ってきたのに、もしここしか受からなかったら」という思いが頭をかすめると、「う~ん、」と腕組して唸りたくなるんじゃないだろうか。私はさくらの平均偏差値があと10上だったらかなり迷っただろうし、ふんぎりがつかなかったような気がしている。(偏差値を10上げるのが大変なことは承知しておりますが)その子にとっての安全圏の見極めは非常に難しいし、一般論として「試験は水もの」という不安もある。偏差値だけ見て考えていると、本当に惑わされると思う。同じくらいの偏差値の学校を受け続けたさくらのお友達がいた。さくらの親友、Yちゃん。成績は上の下といったところ、さくらよりずっと成績優秀だった。彼女が第一志望にしていた学校、それはかなり難関校だった。それでも、そこを抑えにする子も大勢いると聞く。つまり出来る子が大勢受験する学校なのだ。Yちゃんは1月のお試し受験で、偏差値ギリギリの学校を受けていた。我が家が「絶対合格できそうな」学校を選んだのと対照的だった。Yちゃんの塾の先生はそこを勧めたらしい。力試しになるし、実力をはかるいいものさしになるというのが先生の意見だった。結果、Yちゃんは惜しいところで不合格だった。随分泣いたとママが言っていた。その後落ち着きを取り戻したYちゃん。いよいよ2月1日の本番を迎えた。パパが主導権を握っていたスケジュールを聞くと、かなり厳しいものだと私は感じた。初日第一志望のチャレンジ校。午後は抑えに選んだ学校の受験で合計2校受験。1日午前合格ならそこで終了。ダメでも午後受験校の合格をとって、2日以降チャレンジを続ける予定のはずだった。しかしながら、初日午前中も午後も不合格だった。特に午後受験の学校は、とても抑えとは言えない倍率だった、と思う。偏差値では何とか安心でも、出願倍率が約16倍近くに達している。しかも午後である。私はK先生から午後受験は絶対ダメだと言われていることをそれとなくYちゃんママに伝えたことがあった。なぜなら、Yちゃんは第一志望の午前受験校に不合格だった場合、翌日も同じクラスの学校を受ける予定だったから。でも、午後受験は塾の先生に勧められていた。受験直前、何年も信頼して子どもを預けてきた塾の先生の言葉を否定するほど、私も無神経ではない。それにあくまでもそれはK先生の意見である。信頼して従うかどうかは子どもを預けているからこその判断であり、他人から見れば、判断しかねるところであろう。ただ…ここからが大変だった。1日の夜の時点でYちゃんは既に2敗を耳にしていた。相当ショックを受けて、落ち込んだらしい。2月2日に受験したのも同等クラス。その夜、また不合格を耳にする。2月3日に再度1日に受験した学校を受けるも、また不合格だった。この時点ではもう予定を変更する余裕が無い上に、5日迄のスケジュールしか組んでいなかったそうだ。その後5日迄全敗を続け、5日に願書を出して6日に受けた学校もダメだった。インターネットの画面を自分で開いて合格発表を見るYちゃんが不合格を見る度に「なんだ、何回受けたって受からないんだ」と言って泣いていたという。当時、Yちゃんママとやりとりしたメールを今読み返すと、本当に胸がいっぱいになる。4日以降、受験会場で同じ顔ぶれに出会うことがある。初対面同士なのに、不合格を胸に、辛い闘いを続けていることで気持ちがつながりあい、控え室で親同士が泣いてしまった様子。そして2月中旬、Yちゃんがうちに遊びにきた。私達にはにかんだような笑顔を見せるYちゃん。別人のような表情に私も夫も驚いた。「大変だったんだってね、よく頑張ったね」と月並みな言葉しかかけられない。まだ12歳、憔悴しきった表情に、どのくらいの疲労を重ねたのかがはっきり見てとれた。その頃ママからもらったメールには「静かだなと思って部屋へ様子を見にいったら、電気もつけず、ベッドに座って膝を抱えて泣いてたの。『私、もう中卒でいい』って。パパが『僕の責任だ』と言って一緒に泣いて…私も泣いちゃった。本当にもうどうしていいか分からない。こんなに辛い思いをさせて本当に悪いことしたと思って…。」とあった。1月からの受験を含めると8校受けて8敗。あまりにも気の毒な結果だった。冷静になって振返ってみると、ママが言うには「抑えがなかった」。確かに、全ての学校が偏差値で言えば横並びに近かった。本来、さくらよりずっとずっと成績がよかったのだし、さくらも「私はどこも入れないかもしれないけど、Yちゃんは絶対どこか合格できるよね」と信じて疑わなかった。だけど…時間は誰にでも優しいと思う。子どもの心はやわらかく、傷つきやすいが、癒えるのも早い。傷跡が子どもの心に何を残しているのかは他人には伺えないが。Yちゃんは4月から元気に地元の公立中学へ通い出した。そして週3回、塾にも通っている。時々遊びに来る笑顔にもうあの頃の表情はない。学校で友達にも恵まれ、ママやパパは私立中への編入を最初は考えていたけれど、それを言い出せないほど、新しい環境で楽しく過ごせているそうだ。不合格だったけれど、塾で頑張った3年の努力は、今、Yちゃんの偏差値に出ているという。トップクラスにいるそうだ。そしてYちゃんは「私、受験はあと1回がいい。今度はもっと頑張るから、大学附属高校へ入りたい」と自ら宣言している。あの時の思いはきっとYちゃんの将来に大きな影響を与えただろう。でも大人になった時「あの時の思い」が有ればこそ今があると思える、前向きな成長を遂げる子に、私には見える。ただ、親の思いは複雑なようだ。特にママはかなり長い間、落ち込みから立ち直れなかった。私が割りきれない思いを抱く、偏差値の低い学校であっても、Yちゃんママにしてみれば、受験させるなど思いも寄らぬクラスの学校であるにせよ、さくらを「うらやましい」と言っていた。でもYちゃんママも、再び歩き出したYちゃんの姿に逆に励まされたようだった。試験を受けたら必ず結果が出る。誰でも合格したい、させたいと願って受験する。スケジュールを組むのは本当に難しい。そして勇気がいる。私は幅広いクラスの学校を見なかっただけに、最後の最後、さくらの受験校を駆け足で回り、ようやくスケジュールを組んだ。もっとたくさん見ておけばよかったという後悔が残った。行きたい学校、行かれそうな学校、そして合格できた学校。紙一重の違いなのに、大きく違う結果もある。だからこそ、学校選びは難しい。通わせたい学校かどうか、だけじゃなくて、そこに合格できそうかという現実の判断が加わってくる。もし、私が将来、かえでを受験させるとしたら、どんなスケジュールを組むだろ。おそらく、抑えの学校は…かなり弱気になるような気がしている。
2005/01/08
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さくらの通ったSセミは「予習型」だった。「来週の範囲はここ」四谷大塚の予習シリーズで指示され、そこから試験問題が出される。教室では答え合わせと解説がなされるが、翌週はまた別の範囲に進む。通常、「できなかったところを復習して、理解する」ことが次へ進む前の大切な作業だろう。ところがである。さくらにいくら「復習してから予習」するように言っても彼女は翌週の点数にこだわり「まず予習」から始め、それすら間に合わぬまま、試験を迎えていた。これの繰り返し。結果、復習はゼロに近かった。言い訳がましいが、私達は自営で、夜も自宅隣りの事務所で仕事をしていた。土日もずっと仕事だった当然娘の勉強にはりつくヒマも、チェックするヒマも殆どない。K先生はそれで構いませんとおっしゃっていた。最近読んだ宮本哲也先生の『強育論』でも、講演会でも「どんな子でも伸びる、考えることをあきらめさえしなければ」とおっしゃる。親が余計な口出し、手出しをしない方がうまくいくとも。確かにそうかもしれない。あきらめず、最後まで考え抜いていけば、頭を使い、知る喜びを得て、徐々に賢くなり、最後には頭が開く。その通りなんだと思うし、私はその方法におおいに共感している。だけど、受験という限られた期間で莫大な範囲を勉強する場合、全ての子にこの方法があてはまるかと言えば、残念ながら間に合わない子もいると思う。うちの娘は間に合わなかった。そもそも「持って生まれた能力の違い」は絶対にある、と思う。(それはいいとか悪いとかいう問題ではないとも思うのだが。)しかも私も夫もどちらかと言えば、よく読めば大体理解する、自分で分からないところが分かる、つまり「自分で計画をたてて、間に合うように勉強できる」タイプである。そういう私にとって、何回読んでも説明しても「どうして?」と言うさくら。時に怒りすら覚えるほどの状態だったさくら。彼女に向かって「復習せよ」とだけ言っても全く意味がなかったと後から気付いた。なぜなら彼女は「分からない箇所は分かるが、説明されても理解できない」のだ。時間が存分にあれば、K先生、宮本先生がおっしゃるように、忍の一字で教材を与え、見守ればよいかもしれない。だけど受験は6年生の2月1日と決まっている。時間には限りがある。「説明されれば、或いは考え続ければ、あっ、そうかそうか」と理解できるタイプの親から見ると、さくらのようなタイプの子をどうやって導けばよいのか、本当に難しい。どうしても親は自分に置き換えて考えるので、「こうやればいいから」とアドバイスしても、本人にとってはかなり手前の段階で「わかんない、先に進まない」状態に陥っている。(だって、さくらは中学生になった現在(-4)+(-4)を真面目な顔で「0だよね」と言う。いくら説明しても「なんで?」と言う。私には分からないのが理解できないが、彼女には正負の数の世界がイメージできないのだ。)当然、受験には間に合わなかったし、希望の学校にも届かなかった。早生まれで精神的にも未熟だった彼女が中学受験を己の意思と頑張りで乗り越えるには、少々時期が早かったと思う。復習がきちんと自分でできる子、自分で間に合うように勉強が出来る子、当たり前のようだが、この能力がある子はすなわち、成績がよい。結構イイ線いくと思う。見ていて分かる。そうじゃない子にとって、復習を徹底させるのはとても大切だったというのが私達の大いなる反省点である。復習につきあう時間がないなら、せめて勉強の計画に目を通し、少なくともスケジュール管理はもっと見てやればよかったと後悔している。まあ、それでもどこまでいけたか疑問ではあるが。最後の1ヶ月、父親が算数を教えたが、あれはその場しのぎの詰め込みに近い。ずっと続けていてよいはずはないと私達は思う。だけど、彼女は中高一貫という6年間の時間的余裕を手に入れた。少しずつ大人になっていくのがよくわかる。自分で努力しなければ結果が出ない、苦手でも嫌でも頑張らないといけない、そこに少しずつ気がつける成長が見てとれる。だとすると、正にこれからがK先生や宮本先生がおっしゃる「彼女の頭を開く時期」ではないだろうかと私は密かに期待を抱いている。「私って頭が悪いよね」と言うさくらに私はこう答える。「お前は頭が悪いんじゃなくて、頭の使い方が足りないだけ。誰でも頭を使った分だけ賢くなるんだよ。だから勉強するんだよ。出来る子はお前の何倍も頭を使ってるんだよ。さくらもこれからきっとよくなるよ。ママは楽しみにしてるんだよ。」最近、私は素直にこう言えるようになった。平均点以下の答案を見ても、お粗末な順位を見ても、こう言える。伸びる時期は子どもによってちがう。中学受験に間に合わない子もいるし、親が全く手を貸さずともしっかり乗り越える子もいるだろう。だけど所詮まだ小学生。この先の「自覚を持って臨む」6年間。臨み方次第で大きく成長していける、それはどんな子でも同じ可能性を秘めているんじゃなかろうか。だから私はあきらめたり、悲観したりする必要はないと思うようになった。「よくやった、ここからがスタートだね」どこへ行ってもそうだと思う。実際、どんなに大学進学率がめざましい学校へ行こうとも、そうじゃない学校へ行こうとも、結局は本人次第。それに、大学で人生が終わるわけでもない。人生は本当に長いもの。成功もあれば失敗もある、挫折した時に、あきらめないで歩き続けようとする力を是非養って欲しい。その為にも勉強するんだから。あなたの人生なんだから。反抗期にさしかかり「勉強しなさい」攻撃はまったく意味をなさなくなってくる。言われた途端に「絶対勉強してやるもんか」と思うそうだ。じゃ言わなきゃするわけ?と言いたくもなるが、言わずにはいられない誘惑と闘い、見守っていこう。おい、さくら、言わないからしっかりやれよと心の中でつぶやきながら…。
2005/01/07
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さくらは今、合格した中学に元気に通っている。女子校に慣れるのに戸惑った時期もあり、心配もしたけれど、今はすっかり溶け込み、むしろ積極的に楽しんでいる。実はさくらが合格した学校は、私が思い描いていた志望校ではない。6年生の12月頃まで受験させる気持ちがなかった。今は素直に「この学校でよかった」と思えるようになったのだが、合格した直後、ほっとしたのはつかの間で、その後なんとなく、割り切れない思いを抱いていた。なぜなら、私の理想とするレベルと離れているからだ。せめて「このクラスの学校へ」という思いを最後まで捨て切れなかった。傲慢は充分に承知している。成績から考えてもこの結果で充分なのも分かっている。この程度の努力と実力でそんなことを考えること自体が図々しいのも分かっている。でも割り切れなかったのもの事実なのだ。なぜそんな風に思うんだろう。そこにはやはり、私の見栄、エゴがある。そして自分の理想を娘に押し付けてしまっている私がいた。自分の願いを子どもに押し付けるような親にはなりたくない、私は強くそう思っている一方で、やはり月並みだが、自分がいいと思っている学校へ、学校名を言えば誰もが感心するような学校へ娘を通わせたい、そんな気持ちがあったのだ。私は偏差値にはあまりこだわりがなかった。でも私がいいと思う学校はたいてい偏差値が中堅上位校以上だった。もちろん、口に出して言うことはない、でも心の中で思っていた。人によって「ここがいい」と思う学校は色々あると思う。だけどそれは「我が子が通えたら、思う存分成長していけそうだ」「よりよく伸びていけそうだ」という視点が大切であって「有名校だから」なんていう理由が前面ではマズイよね。だけど、恥ずかしいことに、私は後者の気持ちが強かったと思う。それは私自身がとても狭い世界で育ってきたこともおおいに影響しているかもしれない。そんなどうしようもない、ダメな私が今、さくらの成長を見るにつけ彼女は実に多くを私に教えてくれていると思う。私の考え方も価値観もこの数年で随分変わってきている。さくらは勉強が苦手だった。驚くほど飲み込みが鈍かった。自分で言うのもなんだが、ずっと優等生だった私には理解に苦しむほど出来が悪かった。私は「勉強しなさい」と親に言われたことがなかった。素直に親に感謝している。反対に夫は中学受験準備期間中、母親に顔さえ見れば「勉強しなさい」と言われ続けたことを、今でも・・・・。これは私達が大人になった現在に至るまで、お互いに強く記憶にとどめる、それぞれの親子関係なのだ。だから、ガミガミ怒ったり、勉強しなさいと強制することは避けたかった。「ではこんなに依存心が強く、理解力が低い娘がどうすれば成長していけるのだろう」と常に考えさせられた。彼女がよりよく成長するために、親は何をすればよいのだろう、今、そして将来、どんな環境がいいのだろう、考えざるを得なかった。だからこそ、成長の時期は子供によって違う、受験はゴールじゃない、そして他人と比べるのではなく、子どもなりの成長に目を向け、いつか羽ばたくことを信じて黙って見守ろう、そんなあたりまえのことが少しずつ出来るようになってきたと思う。まだまだ充分ではないが、少しずつ。さくらが優等生だったらどうだっただろう。私は時々そう思うことがある。自分の期待と願いを押し付けていたのでは・・・。偏差値に踊って「もっと頑張れ、勉強しなさい」と強制していたのでは・・・・。そして子どもの気持ちに思いはせることがあっただろうか。私はそういう方向へ走りがちなタイプだったと思う。彼女なりの実力で合格できた学校、振返ってみれば学校には失礼極まりない話だが、最初は偏差値表で目にも留めなかったクラスの学校。だけど通ってみて、実に彼女に合っている、そして偏差値だけではわからない、魅力のある学校だったと、ラッキーだったと負け惜しみではなく、今は素直に思えるようになった。「真ん中あたりを泳いでいける学校の方が、本人ものびのびできて自信がついて、むしろ最終的に伸びるケースが多いんです」K先生の言葉にしみじみ納得しつつある今日この頃。彼女自身、偏差値のことは気にしている。お友達に「その程度の学校?」と馬鹿にされて、いたく傷つく経験もした。実はそんなことはさくら自身が充分に分かっているのだ。「私はこの学校が好きだけど、もう少し出来るようになってみたい、自分でも頑張れば賢くなれるんだろうか・・・」そう思い始めているのが、言葉の端々に見えるようになってきている。もちろん、まだまだ甘ちゃんなんだけど。我が子が通う学校は、最初は納得できなくても、成長する我が子の姿を見ながら「これでよかった」きっとそう思えるものだと思う。そして子どもが成長できる環境は、実は学校よりも、一番大切なのは見守る親の気持ちではないだろうか。「必ず伸びる、よい方向へ向かう」そう信じて黙って見守ることが子どもにも伝わるのだと思う。思うようにならない子どもの姿を黙ってみているのは本当に忍耐がいるけれど、信じられるようになれば、気持ちも随分穏やかになる。それが中学受験を終えた今、娘を見ていての私の正直な心境。それに、さくらの人生はまだまだ始まったばかりみたいなもの。彼女の人生は彼女のものであり、私のものではない。見守ることを楽しんでも、のりうつってはいけないよね。私自身、まだまだ迷いと不安、そして捨てきれない見栄とエゴを感じつつ、さくらとかえでの成長を我慢強く見守ろう。そして・・・少しずつ親の出番が少なくなる子育てを、これからも楽しみたい!*******私の拙い話を聞いて下さった皆様、コメントまで寄せてくださった皆様、本当に有難うございました。過去問ならぬ過去日記を書き連ねました。失敗も反省も山ほどありますが、振り返る今では『やっぱり受験してよかった』そう思ってます。これからは過去と現在と未来を行き来しながら娘たちとの日々を残していきたいです。今、受験本番を控えた6年生のご家族は、本当に大変な日々をお過ごしだと思います。どうぞ持てる力を存分に発揮できるように、悔いが残りませんように、そしてそれぞれに佳き春が訪れますように、お祈り致します。楽天広場の皆様、これからもどうぞよろしくお願いします!
2005/01/05
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3日の試験を終え、自宅へ戻ると、さくらは父親の姿を探す。「パパ、まだ戻ってないの?2つも見てくるから時間がかかるのかなぁ」と不安そうに時計を見る。その時夫はすぐとなりの会社の事務所にいた。合格発表は両方とも昨日、今日は見に行ってなどいないのだから。そして両方不合格だったのだから。知らないのはさくらだけ。自宅から事務所は見えないが、さくらは「パパ帰ってきて、もう仕事してるのかな」と言い出す。「まだよ、昨日の学校は今日の午後発表だもの。まだでしょ」と適当なことを言って、さくらに着替えて休むように促した。さくらに気付かれないように事務所へ行った。「さくら泣いてたよ、E子ちゃんが合格したって聞いて、別れた途端、私、どこも受かってなかったらどうしようって泣いてたよ」と夫に伝えた。これまで受験勉強にはほとんど口も出さず、どっちでもいいというスタンスだった夫だが、娘が泣いていたと聞いて、相当動揺したらしい。全部落ちたじゃかわいそう過ぎる、そう思ったらしい。今、きのうとおとといの学校の不合格をさくらに伝えるのは残酷すぎる。「今日の学校は大丈夫なんだろ?」と言うので「いや、絶対大丈夫ってことはないよ、わからないよ、実力相応の学校だけど、絶対受かったなんて言えないよ」「とにかく、午後5時に今日の学校の発表を見て、それから伝えよう。落ちたなんてことは、そんなことは1回言えばいいんだ。何も今から2つ落ちたって伝えて、不安な時間を長くさせることはないんだ。もう終わったことなんだから、今日の学校に受かってたら、昨日やおととい、落ちた話なんかどうでもよくなるだろ。そうしよう。とにかく、俺はまだ戻ってないってことにするからな、ここにいるから、絶対こっちにさくらをよこすなよ」親バカなようだが、夫は娘に不合格をとても言えない、そう思ったようだ。やはり、娘が泣く姿を見たくないのだ。全部落ちたら別に公立でいいじゃないか、ずっとそう思っていたけれど、いざ受験が始まって、必死になっている娘を見て、これで「全部だめでした」はあまりにもかわいそうだ、そう心境が変化したのだ。それは私も同じだった。勉強したのも試験を受けたのも本人なのだ。こちらは成績が悪い、大変だ、お金がかかるなど文句を言っても、結局緊張と不安を抱え、闘うのは本人なのだ。しかも中学受験を始めたきっかけは親が作っている。本人の気持ちを考えれば、だめならしょうがない、そう簡単に言えるものではない、試験が終わって初めてそう感じた。やっぱり、「よかったね、合格したよ」と伝えたい、喜びを感じさせてやりたい、親心でもあり、この先の人生を考えると是非そうしたかった。5時までの数時間は本当に長かった。もし落ちていたら・・・さくらにこの学校の発表は明日だと嘘をついていた。いずれにしても1日、2日の学校の不合格を伝えねばならない。明日の試験は・・・明日のことを考える余裕は私にはなかった。さくらは「パパ、遅いね。やっぱり落ちてるから、どこか寄り道してるのかな。受かってたらすぐに帰ってくるよね。」と何回も言う。夫が携帯嫌いで助かった。渡さなければ持ち歩かない。何の為の携帯かわからないが「連絡がとれない」口実になった。隠れるように事務所に身を潜める夫も気が気ではなかっただろう。私も本当に待ちくたびれた。いよいよ5時になった。今日は迷うことなく、事務所のパソコンで学校の画面を開いて待っていた。5時少し過ぎ、更新ボタンを押して、合格発表のページへ・・・・「あ、あったよ、あったよ。262番だよ」との私の声に「あぁ~よかった。」と夫も心底安心した声を出す。嬉しかったというよりも、本当にほっとした。とにかく、1つ、合格できた。よかったよ。すぐに自宅へ戻ると、さくらは疲れて眠っていた。急いでゆすって起こす。「ねえ、合格したよ、今日の学校受かったよ」そう伝えると、さくらは突然驚いたように起き上がって「え、ほんと?ほんとに受かった?」と言って・・・また涙を流し始めた。今度は安堵と喜びの涙だね。私も嬉しかったよ。一緒に画面を見て、確認した。不合格の話もしたけれど、さくらは「わかってたから、しようがないね」と受け止めていた。残念そうではあったけれど、泣くことはなかった。これも合格を聞いた後だからこその反応だろう。たった3日だったのに、本当に長い長い3日間だった。こうしてさくらの受験は2月3日、本当に終わった。
2005/01/03
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今日落ちたら後がない。そんな気持ちで迎えた2月3日の朝。心底疲れているけれど、母親の身体は動くのだ。ホームで電車を待っていると、反対側のホームにも同じような受験生がいる。みんなどんな気持ちなのだろう。ようやく学校に到着する。「行ってらっしゃい」と声をかけると「うん、大丈夫だよ」と答えるさくら。まだ何とか踏みとどまっているようだ。保護者控え室にはお茶もお菓子も用意されている。とりあえず座ろう…と思って座席を探していると、近所のお友達、E子ちゃんのママに会った。「どうだった?」お互いに顔を見れば分かる。家が近所で幼稚園が一緒。学校と塾は別々だったけれど、親子でずっとなかよくしてきた。大手の塾に通うE子ちゃんのママには学校情報、試験情報、随分お世話になったのだ。「実はね、1日の学校は不合格。2日の学校は補欠だったの。一応、2日の学校は今日の午後1時までに繰上り合格の連絡があるかもしれないんだ…」とのこと。「え、すごいじゃない、補欠なんて、頑張ったんだね」「うん、でもね、今年はそんなに抜けないと思うから、まず無理よ。今日がだめだったらどうしようかと思って…」と話してくれた。「うちは1日も2日も両方だめだったのよ。補欠でもなかったの。でもさくらには伝えてないのよ。E子ちゃんは知ってるの?」「うん、昨日ね、試験が終わった後、初日の学校の発表、一緒に掲示板を見に行ったのよ。自分の番号が無いって分かった瞬間、泣き出しちゃって。自分で補欠の確認するって言い出して、事務室までわざわざ聞きに行ったのよ。それでようやく納得したっていうのかな。落ち着かせるまでに相当時間がかかって大変だったの。でも、けさは案外すっきりした顔してたかな。あきらめたんだと思うの。」E子ちゃんが1日に受けた学校は3年も前から憧れていた学校だ。2日に受けた学校はママがとても気に入って受験を決めた。行きたくて、どうしても行きたくて、憧れ続けた学校に不合格だったという現実をE子ちゃんはどう受けとめたのだろう。今どんな気持ちで試験を受けているのだろう。「でもね、1日の学校はチャレンジだった。無理を承知で受けたの。最後までE子が譲らなかった。でもね、本人が納得して受けて、落ちたからいいのよ。受けないで、もし全部不合格だったら、『あの時受けたら受かったかもしれないのに』ってずっと思い続けると思うんだよね。言い出したら聞かないタイプだから。だから本人も泣いてたけど、誰のせいにもできないからこれでよかったんだと思うんだ・・・」とE子ちゃんのママが話してくれた。小学校6年生になったら少なくとも「この学校へ行きたい」という気持ちが誰にでもあると思う。それがたとえ無理でも、目指して頑張った時間が長ければ長いほど、受けないで諦めるのは納得できないはず。たとえ無理でも『落ちてあきらめる』というのも正しい選択かもしれない。もうすぐ正午。突然E子ちゃんのママの携帯がなった。ご主人からだった。繰り上がり合格の知らせだった。その時、試験終了のアナウンスが流れ、さくら達が教室から出てきた。「E子、繰り上がったのよ!」とママが言う。「さくら、E子ちゃん、昨日受けた学校合格したんだって!」と私が続けて言うと、さくらは笑顔で「本当? よかったね、おめでとう。いいなあ、これで学校決まったんだね」とE子ちゃんに言葉をかける。さくらの先行きは全く不透明ながら、お友達が合格したと聞くのは嬉しいもの。よかったよね、あんなに頑張ってたんだから。自宅へ戻る途中、これから入学手続きに向かうというE子ちゃん親子を電車に残し、私とさくらは自宅の最寄駅で下車した。「何食べて帰ろうか?」とさくらの顔を見ると・・・・さくらは涙をぽろぽろ流していた。声を出さずに泣いていた。たった今までE子ちゃんと笑って話していたのに。「いいな、E子はいいな、学校決まっていいな。私なんか昨日もおとといも、全然出来なかったんだから絶対落ちてるもん。どこも受からなかったらどうしよう。今日の学校もだめだったらどうしよう」小さな声で泣いていた。3日間の試験を終えて、お友達と別れて、遂に緊張の糸が切れたのだ。お友達の合格を聞いて、よかったねという気持ちは真実でも、自分の身に置きかえれば不安で胸がいっぱいなのだ。当然だよね。私は娘にかける言葉がなかった。昨日の学校も、おとといの学校も不合格だったのだから。知らないのはさくらだけなんだから。砂をかむような思いの昼食、どんな味がしたのか覚えていない。今日の午後5時、結果が分かる。もし落ちていたら・・・3校全部不合格。K先生の言葉を借りるなら、不合格を耳にして、更に偏差値の上昇している4日校の試験に受かるはずはない。ならば4日を棄権して、まだ迷っている5日の学校に願書を出すか?昨晩、夫は「う~ん・・・それしかないのかな・・・」と迷っている様子だった。今日の学校が不合格だったら・・・。公立へ行くことになるの?現実を受入れられない、私の心境があった。
2004/12/31
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さくらが試験中、終了迄の数時間はひとりで過ごさねばならない。と思っていたら、ばったりさくらのクラスメートのママに会った。お互いにこの学校を受験することは知っていたけれど、会えるとは思わなかった。待ち時間の長さにため息をついていたところ、素直に嬉しかった。学校の側のドトールでお茶を飲んで過ごす。受験生のママなら分かると思うけれど、話が尽きないんだなあ。あっという間の数時間だった。(でも不思議なことに、今いくら思い出そうとしても、何を話したのか全然覚えていない。)お昼近くなって、二人で学校へ向かった。私が控え室に入ってからも待つこと30分以上。ようやく出てきたさくらを迎える。「お疲れ様」と声をかけるが顔つきが暗い。「全然できなかった…」と少し涙ぐんでいる様子。「そうか、でもさ、さくらができないってことは他のみんなもできないってことだと思うよ。がんばったんだからいいじゃない。何か食べて帰ろうね」と励ましながら内心(これはだめかなぁ…)という何とも言えない気持ちになる私。自宅に戻ると、すぐに仕事が待っている。気を紛らわすのにはちょうどよいが、疲れているのではかどらない。明日の発表も試験も気になる、あさっても気になる。緊張と疲労をかかえたまま、翌日を迎える。2月2日、今日の学校はお昼をはさんで面接がある。私も紺のスーツ、そして朝から雨だった。試験開始前の校長先生のお話が胸を打つ。「今、受験生の皆さん、保護者の皆さんはどんな気持ちでここにいらっしゃるのでしょう。まだ小学生ですね、辛い思いも乗り越えてようやくこの日を迎えたみなさん、できれば全員いれてさしあげたい。でもそういうわけにはいかないので、やむなく試験を致します。試験をする以上、どうしても不合格の方が出てしまいます。が、たとえどんな結果が出たとしても、全員が必ずこれでよかったという結果になるのです。どうぞ何も心配しないで下さい。皆さん一人ひとりが存分に力を発揮できるように私も祈っています。落ち着いて試験を受けてください」子どもに、母親に、思いやりあふれる言葉に思わず涙が出そうになる。本当に泣いている人もいる。さくらはまだ昨日の結果が出ていないが、この中に昨日の不合格を胸に抱いている親子もいるに違いない。どんな気持ちでいるのだろう。周囲の子はライバル? そんな気持ちにはならない。まだ幼い子ども達、並んで会場へ向かう彼女達ひとりひとりを見送りながら、どうぞ誰もが笑顔で受験を終えられますように、そんな祈りにも似た気持ちを抱く。私だけではないと思う。それくらい、普段とはちょっと違う感情になっている。午後の面談が終わると本当に疲れ果てた。さくらは今日もできなかったと言う…。今日は両方の学校の結果が出るのだ。昨日の学校の合格発表は夫が見に行っている。さくらには教えていないけれど、私と夫だけが知る結果。帰りの足取りは重かった。帰宅すると夫はまだ戻っていなかった。発表時刻から逆算すると、まっすぐ帰っていればもう自宅にいるはずの時間。即座に不合格だったんだろうなと思う。1時間ほどして夫が戻ってきた。顔をチラッと見て結果を知る私。やはり不合格。そして今日はもう一つ、昼間受けた学校も即日発表。午後9時。1つだめでもう1つだめ?さすがにどんよりした気持ち。だめだろうな、でももしかすると?でも今日の学校、500人近く受験生がいた。番号順に並んだ座席。抜けた子が殆どいない。第一志望の子も多いはずだが、昨日の結果が影響しているのだ。もう少し受験生が減ると思っていた。今年は本当に厳しいことを実感した。実質倍率を考えると、どう考えてもさくらは無理だろうなと思う。きっと不合格だろう、そう思うと9時にネットを見る勇気がない。ようやくパソコンの前に座ったのは…9時半近かった。さくらの番号は…やはり無かった。これで1日、2日、続けて不合格。そうかもしれないと思っていても、現実に『不合格』が決まった時、その現実はかなり重い。2度とその学校への入学を夢見ることはない。絶対に入れないのだ。決定なのだ。さくらには発表は明日3日ということにしておいて本当によかった。大人の私がこんなに疲れるのだ。まだ11歳の彼女がこの事実を知ったらどんなにショックを受けるだろう。一応、出来ないなりにも2年以上、がんばってきたのだ。実力の結果だから仕方が無い。それはその通り。でも…まだ明日、そのあともあるかもしれない。なんとしても、できる限り、持てる力を出せるようにしてやりたい。ショックを与えるのは試験が終わった後でいい。K先生の「不合格を子どもの耳に入れるな!」そのアドバイスを心底有難く思った、2月2日の晩だった。
2004/12/28
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(前の日記を書いてから仕事が年末に向かって一年で一番忙しい時期に突入。土日も夜も休みがなく・・・日記も全然書けませんでした。)********「明日から学校休みたい」とさくらが言い出したのは1月29日。「過去問の見直ししたいから」とのことだった。仕事中、夫が「あいつ学校休んでるけど、算数聞きにこないだろ?もういいのかなと思って聞いてみたんだよ」「そしたらさ『今日は社会と理科やって、後で算数のわからないところだけ聞くかもしれない』だってさ。随分落ち着いてるよな」と言う。そう、さくらは思いがけず自然体で落ち着いているように見えた。情けないことに私の方が落ち着かない。一人で自宅にいる彼女は過去問を解き、休憩し、自分で計画して勉強していた。1月31日のことだった。さくらが会社の事務所へやってきた「ねえ、ママ、今ね、K先生から電話があったんだよ」と興奮気味。「えっ? 本当? それでどんなお話したの?」「風邪ひいてないかって。それでいつもの通りに試験を受ければ大丈夫だから、頑張れよって」「びっくりしたでしょ?」「うん、初めて先生と話したみたいな気がするけど、ちょっと嬉しかった」そう、SセミはK先生一人で1学年40名ということもあり、先生が生徒ひとりひとりに直接話しかける、という場面はあまりない。教える授業でもないし、冗談も言わないらしいので、子供にとっては結構コワイ存在のよう。さくらは成績もぱっとしなかったし、叱られたらどうしよう、なんて思ってたから、受験の前日、先生から直接優しい励ましをもらって驚きと安心、両方を感じたようだった。先生は1月31日に、40人一人一人に電話をかけていらっしゃるのだ。そして「私は2月1日からずっと塾にいますから」という先生の言葉がよみがえった。その晩、1月31日のさくらはとても落着いているように見えた。「もう寝るね」そう言うと、10時頃ベッドに入る。気のせいか少し大人びて見えた。翌朝は早かった。目覚ましがなる前、4時半には目覚めた私。寝起きの悪いさくらも1回声をかけると起きてきた。最寄駅まで夫が車で私とさくらを送ってくれた。車から降りる時、さくらは父親に右手を出して、握手をした。「じゃあ、行ってくるね」「がんばれよ」その時のさくらの表情は、夫が初めて見たと思う程いい顔だったそうだ。夫はこの時、あんなに頼りなかった娘が、こんなにいい顔を見せたことに思わず胸がいっぱいになったと。最後の1ヶ月、一緒に算数を勉強したこと、父親がこんな形で関わることが果たしてよいことかどうか、最後まで疑問に思ったが、一つの目標に向かって共に過ごした時間は実に有意義だったと。同士のような感情が生まれ、それはそれでとても楽しかった。2月1日の朝、さくらの表情を見て、夫はたとえ結果がどうであれ、娘がこんなに成長できたのだから、もうこれで満足だと思ったそうだ。それくらい、さくらはいい顔をしていたらしい。電車の中で私に「パパと握手した右手」と手を見せて言うさくら。「こっちにはK先生にもらったお守り」とバッグを触る。まだ小学校6年生、でも11歳なりに覚悟を決めている、そんな感じに見えた。試験会場に到着し、私と別れる時も少しの笑顔で手をふった。こうしていよいよ2月1日、中学受験の本番が始まった。
2004/12/26
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少々話が戻るが1月半ば、少し風邪気味だったさくらが大事をとって塾を休むというのでK先生に電話を入れた時のこと…。「お大事になさって下さい」に続けて「ところで試験のスケジュールはどうですか?」とおっしゃる。1日からの予定を伝えると「わかりました、で、合格発表はどうなってますか?」と聞かれる。「発表ですか? 1日の学校は2日、2日の学校は2日の夜、3日の学校も3日の夜です。」と言うと、即座に「ということは2日の受験の前に1日校の結果は判明しませんね?」と念を押される。「はい、分かりません」と答えると「それならいいです」と。「はぁ…???」と相槌を打つと「最近、当日インターネットや校内掲示板で発表する学校増えてますね。まあ、親御さんにしてみれば一刻も早く結果を知って、翌日以降のスケジュールに対応したいから、有難いんでしょうけれどね。ただね、これだけは覚えといてください。子どもは『不合格』を耳にした瞬間、ショックで実力が半分になります。僕の長年の経験で殆どがそうですよ。受験以外の場面ならね「悔しさをバネに次につなげよう、頑張ろう」という機会にもなり得ますが、受験は2日から3日間の勝負です。立ち直らせる暇はないんですよ。ショックを受けたまま翌日また試験…絶対に避けるべき状況です。ですから、「不合格」を耳に入れる前に少なくとも、最低でも2校は受けてしまわないとだめなんです。特に1日の学校の結果が即日発表でも、絶対にお子さんには翌日発表だと言ってください。不合格なら絶対に耳に入れないで下さい。合格してたらいいですよ。伝えても。よくね、募集要項を子どもが見ちゃって、親子でネット発表を見るなんて話も聞きますが、とんでもない話です。見てどうするんです? 合格してればいいですよ。でも不合格だったらどうフォローするんですか?もう時間がありません。特にさくらさんの場合、1日、2日と不合格だったらそれを聞かせて3日を受けるのは避けた方がいいと思う。できるだけ発表を耳に入れるのを先延ばしにして下さい。」とのアドバイスを受けた。正直、そこまで深刻に考えていなかったので驚いた。そうなの?そんなにマズイことなの?それに、もし1日も2日も3日も全部落ちたらどうするの?「あの、では3日迄全部落ちたらどうしたら…?」「その場合、一旦あきらめて2月4日は丸々1日休ませてください。」「えっ、休むって試験を棄権するんですか?」「そうです。非常に勇気がいりますが、休んでください。もし受けてもまず厳しいですね。落ち続けると、受けないことも不安です。受けなければ受かりませんからね。子どもも意地になってて、受ければ受かると思ってます。だから受けたいと言うはずです。でもね、一度気持ちを切り替えないと続けて受けても難しいんです。力が戻りません。もしどうしても受けないと不安だというなら、そうですね、偏差値20くらい下げて絶対合格できる学校受けてください。そして5日か6日、もう1度、どこか通わせたい学校の最後の試験を受けてください。もうそれしかないと僕は思いますよ」「………」はっきり言って、こんなアドバイスは初めて聞いた。周囲では結果がより早く判明する学校は、次の対策が立てやすくて有難いという評判も聞こえる。でもK先生は不合格を子供の耳に入れるタイミングには細心の注意を払うようにと。初日に合格すればそれが一番よい。でも試験に絶対は無い。どんなに合格圏内、安全だと言われても、絶対合格する保証は誰にもない。夫に伝えると「う~ん、確かに言われた通りかもしれないな。さくらは12月の模試で発熱するくらいだからな、落ちたって聞いたら動揺しまくりで、試験どころじゃないんじゃないの?」と言う。よくよく考えるうちに、その通りかもしれない、いや、絶対そうだと確信する。精神的に頼りないさくら、随分成長したとはいえ今から「落ちたらどうしよう」という不安でいっぱいなのはよく分かる。彼女に「まだ明日があるよ」等と言ったところで立ち直れるはずはない。そんなに今のさくらは強くない。それに昨日もおとといもだめだった、今日もだめかもしれない、という不安な気持ちで試験に集中できるのだろうか。さくらには無理だ。ならば、過保護を承知で、受験だけは特別作戦でいこう。精神力を鍛えるのはまた別の機会ということで。私は、さくらに発表予定についてこう伝えた。「1日の学校はね、面接を試験と同じくらい大事に考えてる学校なの。だからね、1日に試験して、2日に先生達が話し合って3日に合格発表するんだって。2日の学校も3日に発表よ。だからさくらとママが3日の学校の試験を受けてる間にパパが2つとも合格発表見てくることになってるの。夕方には戻ってくるから分かるよ」「3日の学校は?」「3日の学校も次の日だよ。だからもし1日も2日もだめだったら3日の結果はわかんないけど、4日ももう1回受けに行こうね」「ふ~ん、私の受ける学校って変わってるね、遅いよね。だってさ、C子の学校なんてその日の夜、お父さんが見に行くって言ってたしさ、インターネットでその日に発表する学校もあるってC子が言ってたもん」「そう? でもさくらの受ける学校と別でしょ。いろんな学校があるのよ。願書だって直接出す学校もあれば郵便で出す学校もあるじゃない?」と答える。「そうだね、じゃあ、私の結果は3日迄わかんないんだね」何とか丸め込んだ。夫にも「とにかく3日ってことになってるからね」と念を押す。よけいなことが耳に入らないよう、階下に住む義父母にも嘘のスケジュールを伝えておく。ここまでする必要があるのかどうか。意見は分かれるところだと思う。実際に猛烈しっかりしてる子がいるのも事実。先日登場した受験経験ママの上のお嬢さん。「私がいつも頼っちゃうのよね」とママが言うくらい、聡明でしっかりしている。確かに顔つきを見てもとても賢そう。彼女は1日、第一志望、合格率80%の太鼓判、どうしても行きたかった学校に…不合格だった。それが1日の夜に判明。激しく動揺したのはママの方だったと。どうして不合格?模試の結果もずっと80%だったのに…。納得できない、でも番号が無い…眠れなかったそうだ。翌日ようやく作ったお弁当をお嬢さんに手渡すと「は? 何これ? 今日は2科目、面接なしじゃない。お弁当いらないよ。」「それとね、今日の学校受かっても、あたし、行かないから。この学校はママが受けなさいって言ったけど、私は行きたくないから」「明日3日の学校絶対とってくるから。それで、もし落ちたら公立行くよ」とのたまったそう。小学校6年生だよ。2日の試験は合格だった。そして2日の夜3日校の過去問題をチェックしつつ、「社会はこの辺が全然出てないから、今年出るような気がする」と山まではって最終チェック。結果、2月3日、初日とは別の学校だけど、その学校の第2回目の試験を見事に突破して、今は楽しく通学中。こんな子も実際いるにはいる。でも絶対少数だと私は思う。さくらは違う。そもそも自信がないんだから。やはり合格発表を知らせずに3日迄受けさせよう。そして…実際に試験に突入してみて、この作戦が本当にさくらには有効だったと先生に感謝することになる。2月1日から始まる数日間、親子の精神状態は決していつもと同じではない。そして・・受験に絶対は無い、と私は思う。
2004/12/15
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小学校受験では「熱意を表すため」に「なるべく早い番号をとる」とも耳にするけど、私は特に中学受験は関係ないと思ってる。せいぜい初日の午前中に行けばいいんじゃないの。どんなに早く願書を出そうが、合否判定は「テストの点数」がメインでしょ。そりゃ出願期間の最終日の最後の方だと「今まで迷ってました」と言わんばかりで、ボーダーライン上の時、少々印象が悪いのかな?でも一旦受付けが終了した後、試験期間になれば前日受付け、すごい学校では試験当日受付けなんていうのもあるんだよね。だからやっぱり早い、遅いは殆ど関係ないと思う。私は仕事もあるし、とりあえず1日で終わらせたい。さくらが受験する学校は全て東京都内なので、出願初日は一緒。出願初日、始発で1校、終わったらもう1校、最後に郵便局で書留速達というスケジュールをたてた。最初の学校に到着したら既に100人近く!待っている。みなさん、熱心だわ~。私もその一人?暖房のきいた控え室が用意されていて有難かった。延々待っている間に、続々人が増えていく。出勤前のお父様も結構いらっしゃる…。増えるのを見ているのは不安なもの。一体何人出すのかなあ。いよいよ9時。先生の指示に従って順番に願書提出が始まった。初めて気づいたが、ひとりひとり受付するのってえらい時間がかかるんだよね。書類に不備が無いかチェックしてもらって、受験番号をスタンプしてもらって、受験料をお支払いする。受験番号は並んだ順、だから銀行のATMみたいに複数箇所で受付けできない。学校側も大変だと思うが、父兄の負担も大きいぞ。「郵便出願にしてもらいたい~」と願ったのは私だけじゃないはず。この学校はなるべくスムーズに受付けが進むようにとの配慮から、数人の先生が「願書を拝見します」と、並んでいる父兄に対して願書チェックにいらっしゃるのには驚いた。しかもね、結構怖い男の先生だった。ぶっきらぼうなのよ~。「ふん、ふん」と流し読みして「はい、大丈夫」と言われればいいけれど「ここ、○○抜けてます」と言われたら動揺必至。私のちょっと前に並んでる人、言われてました。慌ててました。(ふりがなが抜けてたみたい)私のは一応「はい、大丈夫」でほっとした。あ~びっくりした。こんなとこで緊張するとは予想外だった。ようやく1校目が終わり、即座に電車を乗り継ぎ2校目へ。同じルートの方、結構いらっしゃるわ~。考えることはみな同じ?ようやく到着すると、ここも長蛇の列!!礼拝堂で受付けしているせいもあり、粛々とした雰囲気の中、願書に押してもらうナンバリングの音がやけに響いていた。さくらの番号は200番を超えていた。帰りがけに郵便局で書留速達を出してようやく出願完了。ほっとしたけど、いよいよ始まる、あとちょっとしかない、という思いをいっそう強くした日だったなあ。出願後は一つ楽しみが増える(苦しみかもしれないが)。それは「出願速報チェック」である。私は「四谷大塚入試情報センター」を日々何回ものぞいた。受験予定の学校だけじゃなくて、興味のある学校の出願速報もチェックする。すごいことになってる。特に午後受験の学校。出願倍率16倍!!!!!なんてのもある。天文学的倍率。合格数も定員より大幅に増えるんだろうけれど、それにしてもこの人数にびびってしまう。無事に試験ができるのかしら? 女子は4教科受験が明らかに増加傾向。日々更新される速報に釘付けになる私。「たのむ~さくらが受ける学校、これ以上増えないで~」の願いもむなしく、数が伸びるんだよね。みんな、初日に出すと思ったらそんなことないんだね。この速報見ながら作戦変更なんてのも有得るんだろうなと実感。実際、さくらの友達に提出初日にもまだ迷っている子がいた。お父さんが志望校の出願状況を見ながら、数日迷ってから決めていた。うちは選ぶ余裕がなかったし、私にもそんな芸当はできなかった。(そんなこと以前に記入もれ、提出方法、持参物、時間等など一つでも見落とさないよう注意するのが大変でした。)画面が気になって仕方がない私、日に何回も見る。選挙速報と同じで、結構面白かった。リアルタイムの面白さ。これは自分の子どもが受けなくても面白いんじゃないかな。緊張と不安が高まる中、気を紛らわせる瞬間でもあった。友人とのメールも「どこどこが何倍だ」とか「ここは結構少ないね」とか、そんな話に終始している。誰かと何かを話していないと、不安な時期だった。少しずつ、各学校の出願が一旦締め切られ、出願倍率が確定していく。いよいよ、いよいよ本番が近づいてくる。
2004/12/13
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話が前後するが、願書出願直前に「お試し受験」をした。K先生に「お試し受験は必要でしょうか?」とお聞きしたら「う~ん、別に必要ないと僕は思うんですがね、どうしてもって言うなら構いませんよ。ただね、いいですか、確実に合格できる学校選んでくださいね。もし、すべっても絶対にさくらさんには『合格した』と伝えてくださいよ。本番直前に行かない学校受けて、ショック与えたら意味ないです。特にさくらさんの場合は。」我が家は距離から言って、埼玉、千葉の学校に通学させる予定はなかった。学校によっては当然本命の受験生ばかりということも有得る中、本物の受験を「お試し」と呼ぶのはいささか不謹慎だよね。近所のママに情報を得て、一緒に受ける事にしたのは埼玉県にある、とある中高一貫校。お弁当をはさんで面接があるのもいい練習になると思った。そのママいわく「ここなら絶対合格とれるよ、毎年うちの塾の女子はここお試ししてる子多いけど、落ちた子いないから」とのこと。それでもさくらは心配だ!当日の朝は早かった。なんでこんなに早いんだというくらい早い。そして遠い…ようやく学校にたどり着く頃、さくらは「ママ、受かっても私、この学校通えないと思う」と言う。だからお試しなんでしょうが。この時、一つ感じたことがある。お試し受験だから…という理由で近所のお友達男女合わせて5人で行った。当然、学校や塾が一緒の仲間同士、受験の緊張感はない。まるで社会科見学か遠足か。それはそれとして、本番はやはりお友達と行かない方がいい。待ち合わせしててどっちかが遅れて焦るのがよくないとか、そういう理由じゃなくて、正しく緊張できないと思ったよ。先日の宮本哲也先生の講演会での同じようなエピソードを伺った時、「やっぱり」と思った。かなり前の話らしいが、先生は当時預かっていた7名の男子生徒を塾に集合させ、桐朋へ向かったそう。普段の仲間が一緒だと緊張しつつも心強い。でもその後一人きりになった時、突然強い緊張に襲われる。試験開始直前に仲間と別れ、気持ちを落ちつかせる時間的余裕がないまま、試験を受けたのは、よくなかったと先生は感じたそう。やはり一人で学校へ向かい、受験会場に入り、徐々に緊張して自分の気持ちを落着かせる、そのプロセスは必要だと。7人中5人無事合格したそうだが、先生いわく「受験会場へは友達と行ってはいけない」とのことだった。(ちなみに、その時、最初からず~っとはしゃいで騒ぎ、緊張感のかけらも無く、宮本先生に怒られた生徒さんは・・・合格したそう。こういうタイプの子っている、マイペースっていうのかな。さくらとは全く正反対のタイプ)いよいよ試験が始まり、保護者は控え室の体育館で待機。驚いたことに…椅子がかなり足りない。3時間も待つというのにである。立って待つのは辛すぎる。おまけに寒い。ストーブがいくつか用意されているが、体育館全体は寒寒~としてる。「控え室ってこんなもん?」と思ったら、既に上の子で経験済みのママいわく「珍しいわよ、普通さ、暖房ばっちりだし、お茶が用意されてるとこも多いのよ。ちょっとびっくりよ」とのこと。確かに『お試しでございます』という受験生が多い学校なんだろう。学校側も練習に利用されるのをよく思わないのかもしれないわ。だけどさ、受験料2万円もするのよね。それに本命の受験生だっていると思うと、もう少し親切にしても損はないと思ってしまったよ。ようやくお昼前に試験が終わり、誘導もないまま、一斉に子どもが部屋から出てくる。あまりの数に出会えないかと思ったほど。昼食を食べると午後は面接。私は何も知らなかったので、さくらに最初から面接用の服を着せたけど、着替えてる子がいる!パンツからスカートへ。そんでもって、手鏡、ブラシで身だしなみチェック。ま、本番では着替える余裕なんて無いような気もするが・・・。それにしても、私ってなんて気のつかない母なんだろうと反省しました。経験済みのママは「親子でお弁当食べられない学校もあるから、子どものお弁当は最初から子どものバッグに入れるのよ。あとで渡そうと思ってるともし会えない時大変なことになるからね」とアドバイス。これも常識なのね。私はさくらの分まで自分のバッグにいれてました…。そんなこんなで往復数時間かけて行ったお試し受験。無事に終わってほっとした。さあ、翌日ネットで合格発表。大丈夫だろうと思っても、実際見るまでは安心できない。それにそんなエラそーなこと言える成績じゃないもの。予め渡されているパスワードを用意して、いよいよ画面を開く…あった~よかったよ~!実は心底ほっとした。「お試しなんだから」と思っても落ちたら絶対に落ち込んだ。学校から帰ってきたさくらに伝えると「よかった~」と嬉しそう。うん、やっぱりここで「だめだったよ、でもお試しだから、今落ちといてよかったじゃん」となぐさめても、ショックはショック。合格したと演技するのも上手くできたかどうか…。先生の言うとおり、合格できてよかった。あとから義母にこう言われた。「さくらはね『おばあちゃん、私、行かない学校なんだけど、それでも合格してすごく嬉しかったよ』って私に言ってたよ」お試し受験の意義、それは合格することにあるのかもしれない。
2004/12/11
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実は願書記入前にちょっと迷ったことがあった。昨今、同じ学校による複数回受験は当たり前だが、午後受験なるものがあるのは初めて知った。午後といっても午後3時開始とか、結構時間的にも余裕があって、楽に1日に2校受験できるケースもある。既に受験スケジュールは決めていた。さくらの受験は2月1日、2日、3日、4日と決まっていた。もし全部落ちたら、4日の夕方に願書を提出して5日に受験しようかと迷っている学校もあり、もちろん願書は作っておいた。これも落ちたら・・・終了である。出願直前の頃、もし可能だったら2月1日の午後、受験してみようかと迷った学校があった。合格がとれれば2日以降、余裕が持てる。今振り返ればなんとも図々しい発想であるが、その時はそう感じなかった。K先生に聞いてみようと思い電話を入れる。「先生、2月1日の午後受験なんですが、あの・・」と切り出した途端「午後受験? 絶対にやめてくださいね」と、全部話す前に言われてしまった。「最近、午後受験をする学校がありますね。親にしてみれば何とか合格をとれればと焦って、1日に2校受験させるワケですよ。時間的に試験に間に合うかどうか、それだけで考えるんですね。とんでもない話です。いいですか、本番の2月1日、1つの学校の試験を受け終わってどれだけ子どもがくたびれてるか分かりますか?それをもう1回、午後にやれというんですよ。無理です。大人だってそうそうできませんよ。仮に間に合って受験できたとしてもですね、間違いなく、翌日に疲れが残って響きます。実力が出ません。それくらい疲れます。2日が第一志望だったらどうしますか?それにね、大体、午後受験っていうのは「出来るお子さん」が欲しくて学校もやるんですよ、だから、さくらさんは行く必要はありません。殆どのお子さんがわざわざ疲れに行くようなもんだと私は思います。」と一気にまくしたてられてしまった。「それにね、毎年、いるんですよ。僕がだめだって言ってるのに午後受験する親子が。気持ちは分かりますよ。合格とって安心したいんですよ。でもね、たいてい2日に響いてます。2日が第一志望だったら、疲れて実力が出せないってことですよ。結果1日に受験した第2志望か、それ以外に行くことになります。それも1日の午前の学校に合格していればの話です。もし1日両方不合格だったら、どう思いますか?午後受験しなかったら2日校に受かったかもしれません。大げさな話じゃないですよ。絶対やめてくださいね。試験は1日に1校までです。どうしても受けたいといわれて、そこまで言うならどうぞと僕が言うのはね、男の子で、体格も相当よくて体力もあって、それで精神的にも強いヤツですね。滅多にいません。女子はまず無理です。」「・・・分かりました。そうですね。先生のおっしゃる通りだと思いました。受けません。」と答えて電話を切った。もう取り付く島などなかったぞ。絶対ダメだと言い切ってました。でもよくよく考えてみれば、おっしゃる通り。出願倍率だけでも相当なものになるのは予想される上に、1日午後なら実質倍率も下がらない。午前の学校の合否が出る前だもの。これだけ確信を持って言われると、逆に素直に従う気持ちになれた。午後受験についてはすすめる塾もあって、考え方はそれぞれだと思う。午後受験校に合格している子もいるわけだし、一概には言えないのかもしれない。でも私はK先生の言うことはもっともだと思う。(実際に、さくらの受験終了後、本当にK先生の話通りの結果を聞いて驚いた。その女の子、さくらの友達だが、2月1日に2校受験した。午後の学校は偏差値的には10から時には15下、絶対合格できると思っていたそうだ。ところがである。2校目の会場から出てきた瞬間、お嬢さんが涙をぽろぽろ流して「全然できなかった」と泣いたそう。普段明るく気丈なタイプ。人前で泣いたことなど見たことが無い。ママはその瞬間「なんてかわいそうなことさせたんだろう」と、心から後悔したって言ってました。「一つ受けて疲れ切ってるのに、私は間に合ってラッキーだと思ったのよ・・ほんとに娘に申し訳なかった」と。そしてその結果、午前のちょっぴりチャレンジ校には合格したにもかかわらず、午後の学校には不合格。普段の実力なら考えられない結果だと塾の先生もおっしゃったそう。そして2日の学校はだめだった。結果、1日午前受験の学校に今は元気に通学しています)子どもの体力、精神力を考えればなるべく無理をしない方がいい。宮本哲也先生のお話でも「充分な休養をとって健康な状態でこそ、ベストが尽くせる」というのがあったなあ。受験前こそ寝かせてくださいと。そうだよね。寝不足、不安、疲労困憊、緊張・・・これで「いつもと同じ、最大限の実力を発揮しろ」と言われても、大人だって難しい。特にさくらはそうだよ。身体もやせっぽちで精神的にも幼いね。ごめん、母がバカでした。こうしてちょっとよろめいたけど、軌道修正し、いざ願書出願!を迎えます。
2004/12/09
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1月になるとあんなに頼りなかったさくらですら顔つきが違う。受験が近付いてきて、全部落ちたらどうしよう、今更遅いけど、勉強しなくちゃ、そんな必死の思いでいっぱいなのがよくわかる。おそらく、さくらだけじゃない、受験生全員がそうだと思う。かくいう私も振返ってみれば同じだった。受験当日のことを考え、もしこうだったら、ああだったら…毎日想像しては目につくものを買い、準備に明け暮れた。仕事中も試験のことがいつも頭の片隅にあった。風邪ひいたらどうしよう、インフルエンザにかかったらどうしよう、さくらがちょっとでも鼻水、咳をすれば心配し、普段ならそのまま放っておく程度でも、かかりつけの小児科へすっ飛んでいった。「薬はいらないでしょう」と言われても不安でしようがない。今だから言えるが、私だけじゃないと思うけど、母親のあの気力はどこから出るのだろう。私の場合、自営の仕事は夕食後も、土日も終わりがない。それでも受験にまつわる用事は全てをやりくりして時間をひねり出す。他の用事じゃこうはいかない。やはり趣味?この緊張感が子どもに伝わらないはずはない。ぼんやり系のさくらもきっと、寝てもさめても試験、試験…で頭がいっぱいだっただろうな。そして1月も半ば、願書出願、お試し受験が近付いてくる。願書は私が記入した。心配性の私は願書のコピーを2部ずつとり、1枚目に鉛筆で下書きをした。そして本番同様に2枚目にはボールペンで清書した。字の大きさ、文字数に迷わず書けるように、わざわざ2枚目を作った。それを見ながら提出用の本物の願書に記入する。中には名前と住所、出身小学校しか記入欄がない願書もあった。非常に有り難かったなあ。だって、困るのよね、「志望理由」「長所」…。みんなどんな風に書いているのだろう。塾によっては願書の添削までしてもらえるらしい。でも子どもを一番知ってるのは親なんだから、私が書けばいいのだ!!そう開き直ったものの、うまくまとめるのは大変な作業。学校によって欄の大きさも違う上に、教育方針も違う。ミッション系の学校はそこにふれないわけにいかないでしょ?私は宗教関係無い学校だったし、夫は一応ミッション系だったが何も知らないとのたまうし…校風が気に入ったとか、教育方針に賛同したとか、貴校なら娘を成長させていただけると確信したとか、どこかで聞いたような見たような文章をつないでいく・・・それはその通りなんだけれど、まとめるのは結構難しかった。せめて願書だけでもよく見せようと思う気持ちがいけないんだろなあ。(今振り返ってみると、大切なのは当然のことながら、願書ではなくて、当日の点数。願書は記入もれなく、普通に書いてあればなんの問題もないと今は思えるよ。)下書きを夫に見せると「いいんじゃない」とひとこと。「それだけ?」「だっていいんじゃないの、これで」もう少し他に言い方はないものかと思ったけど(だって苦労したんだから)。写真を貼るのも相当緊張。以前、幼稚園に提出する書類に全部記入してから写真を貼ったら、はみだしたノリが手につき、その手で字をうっかりこすった私…記憶が蘇る。結局、出願前日(もっと前に書けばいいのに、できない性分なのね)書き終わったら午前2時過ぎ…明日は始発で出発なのに。だけど別に辛くなかったかなあ。書き終えた~って嬉しかった。だって願書の記入、すごく嫌でずっと先送りしていたから。新しく買った目覚ましを3個セットして眠りについた。
2004/12/07
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