永田町、霞ヶ関 御前等 ナンボのもんじゃい! 白龍寺
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人それぞれの価値観があると思うのだがこの記事には些か疑問が生じる。<"https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180520-00010000-otekomachi-life"/>最後の文章だが佐光さんは「私たちが上の世代から刷り込まれてきた家事の呪縛に気づき、『やらなくていい』ことを手放していけば、きっと、子や孫の世代の女性たちが楽になるはずです」と話している。「楽になるはず」である。世界にもまれな長い文化を持つ日本人が西洋文化をまねて楽になろうと呼びかけるのはどうか?人間は少しでも楽になることを目標に生きているのだろうか?そもそも、色々な原因が「共働き」にはあると思うのだが、より良い生活、一戸建てのマイホームに暮し、高級自家用車を乗り回し、ローンに苦しむ、その結果「共働き」そして子供を他人に預け家庭内に親子の団欒の時間が減っていく、社会不況に見舞われ思わぬ給料の減少、多重債務、老後の破産といった事が問題視されている現代。主婦業も「家電の進歩」で洗濯は洗濯機、高性能な掃除機や電子レンジ、昭和以前に比べれば格段と時間の余裕が出来た筈である。確かに「家事」が苦手な主婦もいる。得意な男性もいる。吾輩は「子育て」が夫婦の共通な大切事項だと思っている。「家事」が女性の「義務」とは思ってないし、「労働」が男性の「義務」とも思っていない。ただ、「子育て」は「親」の「義務」だと思っている。それは長年に渡り受け継がれてきた自分の中にある「DNA」への感謝の気持ちと敬意の表現だと思っている。子育てを二の次にして「楽をする事」を呼びかけるのはどうなのだろう?たとえ貧しくても、知恵を絞り他人と比較する事無く、心豊かに子育てが出来るススメを呼びかけてほしいと思う。金持ちでも「心貧しき人間」には成りたくないと思っている吾輩である。
2018.05.20
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