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毎日、とても、暑いですね! だいぶ体調は、良くなってきました。ちょうど1週間前の先週の火曜日は、とても、息が苦しく、首もとの締め付け感が辛かったので…病院に電話したんですが、外科の先生が午後はいないとの事で…またまた、様子をみる事に、ロキソニンを飲みますと、少し良いような気がして、でも、便秘がひどくなってしまうので1日2回しか飲めませんでした。また、先週はちょこちょこ、暑いなか、用事があったので…。車に乗ったのですが、思っていたより、首が回るので…。普通に車に乗っています。重い物は相変わらず、持てませんが、それ以外は、普通に生活が出来るようになりました。外科の手術がはじめに近く、術後後遺症がこんなに辛いとは、思わなかったので…。とてもナーバスになってしまいましたが、一段落ついたような気がします。 毎日続けているのは、先週から、テープを付けたままだったら、首まで、つかって良いので…。なるべく肩周りを温める事にしています。傷が、治ってくるときのピリピリ、チリチリとした、痛みも頻繁になってきました。 昨日、耳とえらのところの筋肉が腫れてきて、しまい、痛くなってきました。もうすぐ、術後外来なんですが、どうしょうか悩んでいます。福連れて行くのも、とても、疲れるし、悩みます。病院も、たぶん大丈夫だと、思うけど…。心配ならきてくださいとの事でした。 傷は少し赤みを帯びて、ケロイドみたいになってきて、少し、目立ちます。(T_T)とても、いやなんですが、元々、ケロイドになりやすい体質なので…。しょうがないかな? ビールを飲むと、息苦しさが増すので…ただでさえ、飲めないのですが、ますますアルコールを受けつけない体になってしまいました。暑いときにビールが飲めないなんて、悲しいです。あと、ごはんや水分をとるときに、普通に食べていますが、喉にひっかかり感、飲みこみにつっかえ感はまだあります。 術後後遺症も辛いですが、 傷ばかりに気がいってしまうとますます、気になってしまうので…毎日楽しい事を考えるようにしたいと、思います。
2010.08.30
今日で手術から2週間経ちました。なんだか家に帰ってきたらあっというま・・・退院の前日に寝れなくて、看護師さんに泣きべそ書いていたのがついこの間のような気がします。みなさま、いつも心配頂き、また同じ境遇の方には励ましていただいてとても、感謝しています。私の日記が同じように悩んでいる方の参考になるといいなぁっと思って書かせていただいています相変わらず、首の締め付け感に悩まされていますがそれ以外は、手足も動くので、日常生活には、まったく、問題もないのですがやはり、首に力が入らないので、荷物を持つなどが辛いです。荷物がもてるのはあとどれぐらいかなっと指折り数えています。福を一度も抱っこしていません。それでも、なんとかなるものだと、わかりました。ソファーに座りながら、とか、なんとかなりました。でも、このお方、毎回、私の服を引っ張ってみたり、どんときたりで、ちっとも、休まりません(><)たまに・・痛い(><)ってこともあります。また、昨日ぐらいから、縫ったところが、ぴりぴり、チリチリと電気が走る痛みが出てきました痛かゆいような・・スリ傷が治ってくるかんじです火曜日ぐらいから、夜だったら、買い物にも出れるようになったんですが今日は大丈夫でしたが昨日は、買い物中に気分が悪くなってしまいました。変な冷や汗が出てきます。やっとのことで家に帰ってきたので、今日は、昨日の事があったので、車で行ってみようと思いました。思ったより、運転は出来ました。首も左右はOKで、少し上を向くのも問題ないです。あとは、後ろがむきにくいので遠出は難しいと思いました。歩くよりはいいかなっと・・。スーパーまで3分ぐらいの距離でした。我が家は住宅街の奥まった地域に家があるので、表通りまで、でないと、お店とかもなくて、超不便です。歩くには、ちょっと距離があるところにスーパーが点在していて。ちょっと歩いて、そこまでとは行かず、が・・・そのスーパーいつもはそんなにその時間は混まないのに駐車場が長蛇の列で、一度家に引き返す事にしました。それで、考えたのが、福のベビーカーで、歩いて、買い物に行く事にこれで、重い荷物を持って500メートルぐらい歩かなくてすみます。ベビーカーは結構重宝でした。ただ、見た目がねぇ・・・。まぁ、この際しょうがないかと・・・。首の締め付け感がとても辛かったので近医に頼んで、痛み止めと(ロキソニン)筋肉をやわらかくするお薬を出してもらいました同じ病院で入院した方が、飲んだら楽になったそうです。それで、劇的にとは行きませんが、ずっと寝てばかりの生活から、だんだんと腰掛けれるようになりました。でも、私自身はとても、筋肉が固い体質なんです。肩こりやこわばりが辛いですね。でも日に日に、よくなってきたのを実感しています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー個人的に感じたことですが・・癌になったのは何故かなっと思っていたんですが・・・自分の食生活も、もちろんいけなかったっと思っていますまた、この癌になりやすい体質もあったと思いますでも、一番は、ストレスだったのかなっと思いました。ココ何年かは、義両親の介護に始まり、出産、慣れない土地での生活ほんと、気が休まることがなかったです。本当に毎日、毎日が、何かしら、問題があって、ようやく、一息できたところ、今回の癌が判明一息できたのは、義父が入院したからなんですが・・・義父が入院して、落ち着いたから、初めて、自分の体調の変化に気づいたのもあります。一番は、実父が夢に出てきたことなんですけど・・・それは、とてもありがたく・・・もっと、自分だけでやろうとせずに、まわりにSOSを出せばよかったっと思いました。自分の体を壊してまで、とても悔しい思いもありますが・・でも、今後は、頑張らない、ほどほどに・・っと思っていますまずは、自分を大切にしようと・・・。癌はストレスが一番良くないそうです。免疫力を下げるそうです。また、この話は別の機会に・・・
2010.08.20
体調が少しづつですが、よくなって来ました。 明日から、夫は長い夏休みが終わります。休みのほとんど、家事と育児を彼なりに、やってくれて、感謝しています。 明日からは娘に少し協力してもらいつつ、頑張ります。 娘に家事のバイトをさせると良いよ!っと教えて下さった、音屋さん、ありがとうございました。 早速採用させて、いただき、点数で加算させて、10円単位ですが、子供もとても、喜んで頑張っています。夫は日によって、100円を越えるときもあって反対していましたが、家事をすべて民間に頼んだら、お金がいくらあっても足りませんからね。また、いずれは、嫁に行ったときを考えると、とても、よい事だと、思いました。 音屋さんありがとうございます。 他力と自力について、 私は、今回の病気になった事で、神頼み状態まで、気持ちが、落ち込んでしまいました。 実際にもっと辛い癌の方だったら、さらに、精神が不安定になると、思います。私自身、死なない、予後のよい癌と言われていましたが、実際、術後後遺症がこんなに辛いとは、思いませんでした。他力に求める、事も多くあったと思います。病院では、あの先生でなかったから、首が辛いのかと思ってみたり、実際は成功しているのに、受け入れれなかったり、なんだか、すごく、辛かったです。でも、ほんと、日にちが経ってきたと同時に、気持ちも落ち着いて来ました。 他を求めるのではなく、まず、自分の今、あるがままを受け入れる事が大切なのかな?って、思って来ました。簡単なようで、難しいです。 自分を見つめれると、周りもわかってくるというか、実際にもっと大変な人もいるわけで、なんだか、うまくかけないんですが、 ちなみに、胸や呼吸が苦しくなるのって、ストレスも関係あるみたいですねぇ…。冷えや緊張も筋肉を固くするそうです。体と心は表裏一体ということなのかな?私はまだまだ感謝が足りないんですが、 術後9日目はこんな心境という事で…。焦る気持ちを押さえて、ちなみに、この焦る気持ち、どこから、来るんでしょう。 やはり、早く治らなくちゃ、治さなくちゃは、 子供たちの為も、そうですが、一番は元通りにならなくちゃ!嫌! 今の自分を受け入れれないからだと、思ったのでした。 てっことは…。やはり、まだまだ、なんですねぇ あるがまま、難しいです
2010.08.15
色々な方のブログを読んでいますと、写真を撮っていたので、私も撮って見ました。右葉と器官そばの岐部の甲状腺を切除しているので、右側が凹んで見えます。左側が真ん中が硬くなっていて、ストレッチでも、伸ばしにくいです。斜め左側に頭を前に下げるストレッチをしたりします。やはり、右側は腫れはないけど、吊ります。締め付け感は、ゆっくりですが、腫れが引いてきて、気にならない、慣れるそうです。今日、術前に、知り合いの人がとても心配してくださっていたので術後の報告に電話をしました。乳がんの方でしたが、やはり、大変だったみたいです。手術後しばらく、腕があがらなく、吊りかわに掴まる事が出来なかった状態で都心のラッシュ時に、一時間かけて、抗がん剤治療のために通った、お話を聞きました。彼女は、私の母親より10才年上で74才ですが、とても、お元気で、色々なお話をしました。私は結構、年齢の上の方も、何人かお友達になれて幸せなんですが、彼女たちは、長く生きてきたぶん、お話をさせて、いただくと勉強になります。もう一人は20年来お世話になっているかたにお手紙を書きました。彼女もやはり、首の手術は出来たらしないほうがいいと言っていた事にほんと納得しました。癌でなかったら、しなかったかな?とか、思いましたが、実父は、最初、良性腫瘍から悪性になって、しまったし、やはり、適切な時期に、手術を見極めるためには、定期的な検診はかかせないと、思います。 私の母親は、あっちが痛いこっちが痛いと言って元気ですが、残した片方の甲状腺に再発があるそうです。再発を繰り返すなら、また、痛い思いをするなら、取ったほうがと、先生に聞いたら、再発した時点でも、遅くない、また、日々、医療が進歩していて、この10年で手術も変わってきているとのこと、未来はまた変わるかもしれないから、大丈夫との事でした。この病院でも一年前は抜糸をしていたんですが、いまは、中で、溶ける糸を使っているから、抜糸をしなくて、良くなったそうです。傷もほんと、綺麗でびっくりw(°0°)wしました。すごく、技術は素晴らしいですが、有名な病院なので、なかには、悪い方も、外来で目にします。リスクは、それなりにあるようです。そういえば、体重が2キロ減りました。もともと痩せている、ほうではないので、痩せて嬉しいです。頑張って維持するべく、粗食にしています。それと、あんなに、むくみがあった、足と手の指が術後、浮腫みがなくなったのは、びっくりでした。顔も浮腫みがひどかったので、術後の顔がうそのように、すっきりして、やはり、義父も小さい癌でしたが、両足、異常な浮腫みで癌がわかったので、何か、関係があるのかもです。今日は少し涼しかったので、ちょっと離れた郵便ポストに行きましたが、大丈夫でした。涼しくなる頃には、もっと、動けそうかな?早く、秋になって欲しいですね!
2010.08.14
またまた、甲状腺の手術後の首の締め付けの後遺症についてのお話です。いま、悩んでいる方に、検索にひっかかれば、いいなぁと思います。同じ日に、10人ぐらい、手術した人のなかで、首の締め付け感に悩まされている方は、3人ぐらいでした。彼女たちの首を見ると、縦に短い、首の方で、頭の、大きい方でした。私もこのタイプです。両親もやはり、両方とも、甲状腺癌で、同じような体型でした。私の場合昔から、首が悪く、ストレートネックです。また、軽度ですが、首のヘルニアがあります。首の長い方はあまり、違和感はないと言っていました。昨日ぐらいから、起きていられる時間が少し長くなって、今日、体調が良かったので、パソコンで調べていますと、整体のページにたどり着きました。首の筋肉の働きも…詳しく載っていたので、見てみると、病院のパンフレットに載っていた内容と似ていました。また、兵庫県の甲状腺専門病院が独自の首のストレッチのやり方を掲載していたので、プリントして、壁に張りました。私は、忘れやすいので、トイレに入ったときに、やるようにしています。あとは、横になっていると締め付け感も楽になりますので、ちょこちょこ、やっています。退院時かっこいい女医さんが、ストレッチはどんどんやったほうがいいと言っていました。凝り固まってしまうそうです。甘やかさないほうがいいとの事でした。そのおかげで左側はかなり、首が動きます。右はまだまだですが、この調子で行けば、大丈夫なきがします。また、ちょっとの距離の運転なら、出来そうな気がします。首が縦に短いのが、ネックで、まだ、あごをあげてはいけない時期なので、何かいい方法がないか、知り合いの治療院に聞きに行こうかな?って、思います。 以前、小指の間接を骨折して、治りにくいと言われましたが、かなり、リハビリを頑張ったので、いまは、問題なく、動きます。先生にそれと似ていますか?って聞くと、そうですよー!っと言われましたのでこの症状も似ているのでしょう、首にも、細かい神経が走っていて、多少神経は断裂していると、思います。骨折をすると、かなり、腫れたり、浮腫みがあったり、中で出血して、体に吸収されるまでに時間がかかったりしたんですが、それが、首にも、起こっているんだと、思ったら、少し時間はかかるかもですが、また、数ヶ月経っても改善しなければまた、考えようと、思うようになりました。ちなみに、神経を回復するビタミンがビタミンB12との事です。あと、私が勝手に粘膜にきくなぁって、思って、アトピーと手の主婦湿疹の娘に毎日2回飲ませて、効いたのが、大豆プロテインとコラーゲンの野菜ジュース割り、2ヶ月飲ませたら、綺麗に治りました。ステロイドを使わないと、宣言したら、近所の皮膚科から、ステロイドを使って治す気がないなら、来るな!っと言われたんですが、絶対使いたくなかったので、時間はかかったけど…。綺麗に成りました。このジュースを試しに飲んでみようと、思います。また、効いたら、報告します。ただ、まだ、歩いての外出は出来ません。郵便局に、振り込みがあって、昨日ちょっと、動けたので、行こうと歩き出したら、20メートル位で、吐き気が出てきて、家に引き返しました。車に乗せて、もらって、スーパーなどに行くのは大丈夫なんですが、歩いたりするのは、首に負担がくるみたいです。来週の金曜術後2週間はまだ、無理をしないようにって、思います。何かのお役に立てれたら、幸いです。
2010.08.13
昨日、病院の予定通りの入院期間を終えて、退院して来ました。退院のお話退院の前日になって、メソメソして、寝付けなくなってしまいました。夜中にナースステーションに行って、首の締め付け感が、つらい事、この状態で退院はとても不安な事など、その日の看護師さんは普段は、あまり、当直をしないけど…、看護師さんの婦長さんのような方で、たまたま、退院前日に、当直だったらしいです。看護師さんが、色々不安な気持ちを聞いてくれました。マイナスな面ばかり目立ってしまい、あれやこれやと、不安になってしまい、でも、手術をしてくれた、先生はちょこちょこ顔を出してくれて、大丈夫です。時間がかかりますが、治りますと言ってくれているのに、とても辛かったんですが、看護師さんが私の気持ちを整理してくれて、わかりやすく、説明してくださり、それから寝る事ができました。私は、昼間はなるべく寝ないようにしていて、退院時は比較的体力があったと、思っていたんですが、家に帰る時の車の中では、ブレーキや車の振動で気持ち悪くなってしまいました。首にきて、吐き気が、車酔いしてしまいました。持ってきた、クッションで体をなるべく動かさないように、して、なんとか帰宅しましたが、病院と家の気温差もあって、いまは、ほとんど横になっています。福は、夫の事が大好きなので、大丈夫だったみたいですが、はじめて、私と対面した時は、とても、びっくりして、彼が想像していたより、首のテープの傷が怖かったみたいで、最初は、かなり動揺していたみたいでしたが、普段のやんちゃくんに戻りました。寝ていると体当たりしてくるので、傷が痛くて、痛いから、どんってしないでね!って言ったらだいぶわかってきたみたいですが、何せ、子どもだから、すぐに、忘れてしまい、結構、傷に響きます。お盆まで、家事は免除で、夫と娘がやってくれるとの事で、ほとんど、寝ています。横になっていると首の締め付け感が楽なきがします。あとは、リハビリでストレッチをやっています。=折しも、昨日は、原爆で被災した人の話をテレビでやっていました。まだ術後体調が悪く、ブルーになっていたんですが、体験談を見ていると、自分がどんなに、恵まれているかを知る事が、できました。原爆で、17才で足を失った、80代のおばあさま、命からがら逃げた、命は助かったが、お尻のしたから、両足を切断、死のうと、思ったが、勇気もなく、死ねなかった事、銃弾が、足や腰を貫通して銃弾のあとがあった方、その方たちは、いま、80代の方が多かったけど…。そういえば、私がまだ、幼かった頃、手や足がない方って、いっぱい、いたのを思い出しました。たぶん、60代ぐらい、いまの50代~60代の人達は元気で考えたら戦後に生まれた人達でした。今回の癌の中では軽いですが、手術で、マイナスな事も…あります。でもすべてが不幸かと、思うかといえば、違います。ならなければ、わからなかった事もいっぱいあって、今後の生きる糧に、この経験がなります。私は、手術をして、良かったと思います。ほんとは病気にならなければ、もっといいですけどね!これからは、悪いマイナス面に目が向きがちですが、自分のいいところ探しをたくさんしたいと思います。
2010.08.11
お盆なので、ご先祖を思い出すお話です。ちなみに、私はこのような事スピ系の話をたまに書きますが、特定の宗教に属していないので…。 若い頃から、私にも、隙があったんだと、思います。特定の宗教の方はいつもアンテナを張っているのか?人の隙には敏感です。でもいつも守らて、属さないで今日まで、来たように、思います。私が書く事はすべて実際にあった事なんです。 それで、もともとは怖がりなので、避けていたんですけど…。信じざるえない状況がありまして手術の終わった日 短い、夢を何度も見ました。その中のひとつの短い夢に、亡くなった、父が夢に出てきました。私は父が大嫌いで、 いまも正直、亡くなった父の話をしますが、皆さんが父親を思う感情とは違うし、ほんと過去記事にもかいたんですが、どうしょうもない人で、汗 ちょうど亡くなって丸、明日で3年になります。亡くなった日に私は横浜に帰ってきていまして夜中に連絡があり、次のひに予定を早く切り上げ、病院に行きました。そして、一人で、葬儀の準備をしました。書いていて、当時の事が蘇ってきた。 それから、毎年、この時期は、ホント、夢に出て来ます。今回はまだ、お盆には早い時期、心配症の父は、許しをもらって、術後に現れて、 でも、もともと、鉄砲玉のような人で、夢に出てきた時は、どこかに急いで、行く様子で、 やはり、言葉を交わしませんでした。亡くなってから、言葉かけをしてはいけないと言われているのか?いつも、無言です。みんなそうですか? 前回現れたのが、3月でした。 あまり、そのような世界を信じていないけど…。やはり、お彼岸、お盆って、こちらに遊びにくるんですかねぇ…。ちなみに前回も…。あわてて、どこかに行く夢でした。毎年、現れては、慌ただしく、いろいろ回っているんでしょうかねぇ?
2010.08.09
早いもので、今日で、手術して3日目になりました。昨日、傷口から出る血液を溜めるドレーンが抜けまして、だいぶ、すっきりしました。\(^O^)/ただ、首の締め付け感があり、なんとも不快です。みんなこんな感じなのかな?それ以外の症状は声がかれるぐらいです。あと、私はもともと顎関節症気味なんですが、口が開きにくなりました。 他の人は顎に麻痺みたいな痺れがあると言っていましたが、私はまったくないんです。傷自体の痛みは、痛み止めを飲んでいるせいか、思っていたより痛くないです。術後の管が入っていたときの術後1日目のあのつばを飲むときの激痛のほうが辛かった。でも、痛みは1日だけで、昨晩のごはん、おかゆでしたが、はじめて、全部食べれました。ここの病院は、同じ病気の方ばかりだから、同士みたいな感じだし、看護師さんも、慣れているし、いろいろ、不安でも、聞いてくれます。ただ、ちょっと具合も悪く、術前とは、同じように、行かす、あたり前なんですが、 癌を取らなければ良かったのかな?とか、ちょっと、考える時間がありすぎて、いろいろ、考えてしまいました。癌の原因を作ったのは、自業自得なので、もっと、体を大切に出来なかったのかな?って、後悔したり、ちょっと、落ち込んでしまいました。また、訃報がありまして、65才の親戚の伯母が私の術前に、癌で亡くなりました。伯母は、癌、宣告から、かなり悪かったんですが、気合いで、乗り切りたまに、母から癌治ったんじゃないって、言ってたぐらい元気で、伯母も40で産んだ4人目の男の子が可愛くて、当時まだ、心配だったのでしょう。息子を残して、死ねないと言っていました。私も、他の人の癌に比べたら、まだ、抗がん剤などもなく、命の危険はないですが、でも、やはり、生きたいけど…。術後の後遺症も辛かったり、でも、自分のなかで、選択が良かったのかどうかはわからないけど…。生きていて、ごはんも食べれて、自分で、歩く事ができ、自分の意志で話も出来るのは、とても、有難い事です。また、書きますね
2010.08.09
コメントをくださった皆様、個人的にメール下さった皆様、また、同じ病気の皆様、本当、ご心配おかけしました。また、執刀して下さった、先生方、看護師さん、お世話になりました。この病院で手術が受けれて、本当、よかったです。また甲状腺なら、この病院でしょうって、みんなが口を揃えて言うのは、納得できましたし、素晴らしい病院です。手術の当日の様子前々日がまったく寝れなかったので、マイスリーという、お薬貰いました。9時半には眠りにつき、朝方4時まで、ぐっすり眠れました。時間が刻一刻と迫ってきたので、胸が苦しくなってしまいました。メプチンを使っていいとの事だったので、使いました。前日の21時以降から一切の水分も禁止なので、うがいをしたりして、しのぎました。朝早くの手術だったので、夫もギリギリ到着しました。8時半すぎに手に点滴を挿入してもらい、9時過ぎに、手術着に着替えました。いまかいまかと、やだなぁ、手術したくないと、夫に愚痴愚痴言っていましたが、ついに看護師さんが部屋に呼びにきてくれました。一緒に手術室まで、歩いて移動、エレベーターの目の前が手術の扉になっていて、びっくりしましたが、そこで、手術室の看護師さんにバトンタッチします。昨日、説明に来てくれた、看護師さんでした。手術着を前後ろに着替えました。ベッドが2つあって、奥のベッドに通されました。私は首が悪いので、首に圧迫がないように調整をしてもらい、ベッドに寝ました。ベッドは、狭くて、手がだらんとなるといけないので、固定されているうちに、手術はじめますの合図もなく、パカッとガス臭いマスクをつけたとたんに、意識失っていました。結構時間が経っていたように、思いましたが、起きてください。はぁい。と言ったと同時に、猛烈な嘔吐で、苦しくなり、しばらく、吐いていました。で、また意識を失いつつ、男の先生の声であと30分寝かせておいて、というのが、聞こえたと同時にまたまた、眠ってしまいました。次たぶん、30分後ごろ、お部屋に戻りますね!の声で目が開きましたがまたまた、嘔吐で、辛かった。病室まで、早く移動するので、その間も嘔吐がひどくて、でも意識がもうろうとしていて、部屋に戻り、よいしょと看護師さんにベッドに移されると、目が開きました。時間は12時でした。夫が心配そうな顔で立っていて、取り出した、ブツの写真を撮っておいてね!って頼んでおいたので、どんなんだった?って聞くと良性腫瘍が思ったより、大きくて、びっくりしたそうです。=子供たちを朝早くから、親戚の伯母に頼んでいたので、帰ってねぇ!って言って帰ってもらいました。つらいのは、傷の痛みより、麻酔の影響で吐いたのが辛かったです。術後三時間がつらいと言っていましたが、ほんとにそうで、頭は痛いし、吐き気がひどかったです。吐くほうで、首の傷も開くかもって心配になってしまった。麻酔のせいで眠いんですが足に巻いて頂いた、血栓予防の機械が数秒おきに、アラームがなり、足をマッサージしてくれるのが気持ち悪くてうつらうつらしていました。あと、体が暑くて暑くて、眠れなくて、結局、手術着が暑かった事が判明しました。消灯の9時前に尿管がはずれ自分でトイレに行く事になったんですが、また、起き上がりと同時に嘔吐しまして、これを最後に吐かなくなりました。よろよろになりながら、トイレから戻り、でも、麻酔が抜けてきて、脱力感や倦怠感から、解放されました。でも夜中に何度かトイレで目が覚めて、一時間おきに、起きてしまい、術後の夜はそんな感じでした。朝方の5時に早めに痛み止めを飲ませて貰いました。続く
2010.08.07
ご心配おかけしました。 9時半に予定どおり、手術になりました。麻酔ざめが悪く、嘔吐がひどかったので、しばらく、手術室にいたようです。 12時に、部屋に戻ってきました。部屋に戻ってきた直後は辛くて辛くて、泣いてしまいましたが8時間半経って管がハズレたら、楽になりました。 また、報告しますね
2010.08.06
ここにきてから、時間はあるけど…。時間が過ぎるのが、気になって、しょうがないです。 夕飯を食べて、ふと、外をみますと、なんだか、細長い雲が表れました。 よくよく見ると、少し、口をあけた。龍みたいに見えます。一瞬、目のような、ものも、見えました。先日行った戸隠の龍さまかな?って、思いたいです。 さぁ、朝起きたら、手術の準備です。頑張るぞぉ!
2010.08.05
今朝もいい天気です。 昨夜は11時過ぎまで、寝れなかったんですが、夜中も一時間おきに目が醒めてしまい、8時ぐらいまで、うとうとしていました。今日は明日の手術のために、睡眠薬を出していただく予定です。手術の時間が決りました。朝の9時半執刀するそうです。21時以降はすべてのものを口に出来ません。 術後の方たちは何人かすれ違いますが、ホント、元気なので、あと少しの辛抱かな?
2010.08.05
病室から、表参道の夕闇を撮りました。 とても、綺麗です。 少し前から、クーラーをつけると喉が痛く、風邪気味だったんですが、 先ほど、熱を測ったら37、4度になっていました。喉が痛くて、つらいので、風邪薬を出して貰いました。あと、大豆プロティンが粘膜にきくので、持参してジュースに割って、飲んだりしています。金曜に手術の方は 結構いて、10人ぐらいみたいです。私は、手術が、午前中みたいです。夕方にはトイレ移動も、できるようです。=ラウンジに行くと、みんな、不安な様子です。術後の人達は元気に歩いています。 そろそろ寝ますねぇ…。 また、明日に更新します。おやすみなさい。
2010.08.04
病院に入ってから、あっという間に晩ご飯です。早いです。 気持ちはなんとなーく、落ち着きません。まだ、手術が終わらないからでしょうか?先ほど、少し、お昼寝してしまったんですが、寝ているところに主治医の先生が登場、汗、キリッとした女医さんでした。とても忙しそうで、ゆっくりお話は出来ませんでしたが、女医さんは、るるさんと同じ先生だったので、少し、 安心しました。 窓からの景色です。表参道に面している、お部屋です。窓を閉めると、音は聞こえないんですが、冷房で、のど痛くなってしまいます。たまに、窓を開けて、下の景色を見ています。個室は、上の子の時のお産以来です。 私的には、お産時は個室が良かったけど…。今回は情報が欲しいし、心淋しいから、病気だから、ちょっと寂しいかな?ラウンジなどをうろうろしています。 楽天友達のリランさんと夏菜さんが、少し前に、御守りとお菓子を送ってくださいました。 その節は、どうも有り難うm(__)mございました。 リランさんの御守りを持参しました。 夏菜さんから頂いた、御守りは神棚に、置いてあります。 いつもは滅多に、お願いごとをしませんが、すっかり、神様頼み状態です。 どうか、無事に、手術が終わり目が醒めたら、全て、このもやもやした気持ちもさようならです。 少し前に撮影した首の写真です。 私は、首が短いんですよね!20代の時に、甲状腺になりやすい首ねぇっと言われていたんですが、当時は甲状腺が何処にあるのかわからなかったんですが、
2010.08.04
昨夜は少し遅めの就寝でしたが、朝8時すぎに家をでて、第三京浜道路に乗り、途中の上馬あたりで、混みましたが、迷いながらも、9時半には、表参道に着いたので、病院の鎮守さまの熊野神社様に、ごあいさつをしまして、無事に病院に到着しました。時間は10時ぐらい、なんとかコインパーキングに停めれました。入院受付へ、すぐに、5階の個室に通されました。 入院の説明をしている時に福がちょっと駄々をこねはじめたので、コインパーキングの時間もあるので、早々に夫と福には、帰宅して貰いました。入院のお部屋はこんな感じです。 実際はもっと明るい部屋です。 ちょっとしたホテルのシングルの部屋みたいです。一年前に改装したらしく、とても、綺麗なんですが、逆に静かで、妙に寂しさを漂わせています。 朝は食欲がなかったので、お腹がすき、昼食、食事も和食でしたが、完食しました。美味しかったです。 体はひまなんですが、ちょこちょこと看護師さんの出入りもあるので、お部屋にいないといけません。個人の病院だから、散歩できるようなお庭もないし、ちょっと退屈 場所は表参道に面しているお部屋だから、外でもみようかな? 福は最初は外にでたくて、あまり、私の事を見向きもしなかったんですが、エレベーターに乗ってから気がついてしばらく、泣いていたようで、車に乗せるまで大変だったとメールがきました。
2010.08.04
もう残すところ、あさって入院になります・・・なのに・・・家の終わらない、家事や、諸々の用事等・・・しばらく、髪が切れないので美容院に行ったり月末月初めなので、諸々の支払いや、子供達のおやつや、食べ物などを多めに買いおきのために・に追われています。なんだか、ちっとも休まりません(笑)ちなみに、我が家のだんな様はどちらかという、まめではないんですよねなおかつ、術後の声も出にくいだろうし・・うーんなんだか不安・・いっぱいです。術後に重いものを、買いにいかなくていいように、福の紙おむつを二袋、フォローアップミルクを一缶買ってきました。食事はこんな暑い時期だし、どうなるかわからないので特に買い足していません。少し前はトイレットペーパーなども買い足したりしていましたあと、洗面所の電球が切れてしまったのでつけたり、壁時計の電池がすくなくなってきて、正確な時間を示さなかったり、とりあえず、私が帰ってきてからのおうちの中が想像できるので、ある程度はやっておこうと、思っています。\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ここまでは昨日に書きました。今日はかかりつけ医に喘息の吸入薬をだして貰いました。これで、もし、喘息になっても大丈夫です。今日はお米とか猫の餌などを大量にコストコで買ってきました。氏神さまにも、ごあいさつに行ってきました。明日からいついつまで、入院します。どうかよろしくお願いします。と、おみくじを引いたら、 闇くて(くら)、見えない道も月がさし初め明るくなる如く幸福次第に加わる運ですからあせらずさわがず静かに身を守って進むべき時に進んで何事も成就すべし 小吉 最近、引くおみくじはこのような内容が多いです。このおみくじは石もついていて、オニキスが添付されていました。 オニキスは魔よけの意味もあるので、もっていきたいと思います。なんだか、泣きそうになってしまう気持ちを、ぐっとこらえて・・帰ってきました。みんな、手術前はこんな感じで気持ちが不安定になるんだろうな・・・いろいろな病があって、まだ、私の場合は、抗がん剤治療もないし転移もなかったのが、救いです。手術まで、とても不安ですが・・がんばります。そう!思い出しましたが我が家に限っては、どうも、遺伝みたいです。母親も40代で手術しているんです。同じように、半分、取っています。母も小さい腫瘍だったみたいですが・・・特に悪性とかではなかったみたいです。きっと、当時はなんでも取ってしまえって感じだったようです。でも60過ぎて、また、腫瘍が、残っている甲状腺に出来てしまって癌かも~っと心配していますが・・母の場合は、40代に取ってから、20年以上も生きていますから、大丈夫な気がしてきましたあと、父もやはり、頚部癌で亡くなっています。父の場合は手術をしなくて、4年ほどほかっておいたうちに、良性→悪性に変わりました。本人も、義父と同じで、病気じゃない、癌じゃない!っと言い張っていて手術拒否・・最後は声も老人の様に、擦れ声になってしまい、父が、なくなる2ヶ月前に会った時は気管を切開していて、そのときは、声もまったく出なかったです。筆談でお話をしました。最後は、ほんと苦しそうで・・・呼吸が出来ないのってかわいそうだな・・・自分はあんな風になりたくないっと強く思ったけど・・自分も同じようになってしまいましたでも、まだ、私は手術をすれば、生きれるのだから、幸せだなぁっと思いました先生から聞いた話では、4年間の間に、実父は手術をしなかったのをとても,後悔していたようです。最後は、癌というより、気管を切開していますので、心臓のほうに、負担がかかり、心不全で亡くなりました。家族が似たような癌になっているので、私は、この癌になりやすい家系だったみたいです。ふと、思い出したんですが8月10日は実父の命日でした。実父とは、ただでさえ、一緒に暮らした時間が短いので、あまり思い出すことは無かったけど8月に入院も何かメッセージがあったんでしょうかね?明日はまた病院から更新しますね
2010.08.02
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