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言い尽くされた言葉ではあるが、【月日の経つのがとても速くて】、今年も今日を入れて残り後四日にまで押し迫って来た。 今年は春先から【異常気象】が発生していて、【桜(染井吉野)】の開花は各地で観測史上最速を記録し、五月初旬には気温が25℃以上の夏日も早々と観測され、この暑さは10月上旬まで続いた。【2024年 東京の気温分布図】※気象庁WEBSITEより転用・加筆。 この高温傾向は、11月になっても続いたが、流石に12月に入ると例年並みの冷え込みが始まり寒い冬になりつつある。 気象庁の長期予報にると、1~2月は例年並みの気温で推移しそうだが、三月はれいねんよりも温かい傾向で、来年も【桜(染井吉野)】の開花が早いと推測されている。 一方、個人的には人生・最悪の一年だった。三月下旬に左目の眼底出血によって、視野障害、視力低下が生じ、ついには発症半年後となる九月下旬に【硝子体・白内障】の手術を受けたものの、術後の回復に手間取り視野め視力の回復までに都合凡そ九か月を要して、12月上旬になってようやく発症前の視力に近づいたもので、その間、見え辛く苛々する日々が長く続いたものだった。 視力障害、視力低下がこれほど辛く厳しいものだと思い知らされた。【視力の推移】3/12【眼底出血前】 右=0.4 左=1.23/28【眼底出血直後】 右=0.4 左=0.64/11【発症二週間後】 右=0.6 左=1.0(↑無事、上手く行ったと思ってた)5/30(発症二か月目) 右=0.4 左=0.5※ この頃の見え方は振り出しに戻ったような憂鬱さだった。 これは、患部の左目の角膜にドライ・アイによる傷がついた為でその後11月下旬頃まで見え難い状況が続いていた。12月に入って、角膜の傷が修復されたのか見え方の自覚が良好で、12月26日の診察では視力が右=0.6 左=0.9までに回復していて、主治医より『ようやく回復しましたね。術後に追加した目薬の全ては使い切り終了として下さい』との指示が出て、ようやく、ホッとしたものだった。この間本当に長い月日で毎日苛々が連続するストレスフルな日々を送っていたがやっとこさ、無罪放免となった。 左目の不具合の間にも部位の異なる血管障害等の治療を受けたり、突き指で右手中指の爪の中が内出血したりと、踏んだり蹴ったりの日々を過ごしていた。 それも、これも12月に入ってほぼ一年前と同じような健康状態に戻りつつあって、来年に明るい兆しが見えて来た。 世間的には、五年間続いた【新型コロンウイルス】の流行が下火になりつつあって、11月には地元の航空自衛隊・入間基地で四年振りに【入間・航空祭】が開催され、【ブルーインパルス】の曲技飛行も実施され、【コロナ禍】から日常生活が戻りつあると実感した。【ブルーインパルス】の曲技飛行※ 上記画像は、ネットより転用。 そして、10月1日には、岸田総理の辞任に伴い、石破茂氏が自民党総裁に選出されたが、引き続き行われた【衆議院の解散総選挙】では自・公与党が大敗を喫し、衆議院での過半数割れとなり、少数与党となったが、野党の連合が適わず、政権交代に至らなかったのは不幸中の幸いであった。【石破内閣の誕生】※ 上記画像は、ネットより転用・加筆 近年の【晴れ晴れ日記】は病気の話題が大かったが、来る新年は何とか明るい話題に満ちたものとしたい。 毎度ご笑覧戴いている皆様にも平穏な日々が続きますようにと祈願しております。例年より大幅に遅かった【富士山の初冠雪】※ 上記画像は、ネットより転用
2024.12.28

昨年の12月17日に突然告げられた義姉(妻の実兄の奥さん)の逝去。 急遽、12月19日に告別式が予定され、今年3月20日に納骨式も済ませていた。 月日の経つのは早いもので、12月14日に【一周忌】を執り行うとの連絡があり、妻と長男の三人で出掛けた。 長男が大きなワンボックスに乗っているので、今回も便乗させて貰って、私は楽をさせて貰った。 11時に菩提寺に集合し、経堂内にて読経の後、山の上にある墓前で再度読経し、都合小一時間ほどで終了し、昼食会場へ移動。昼食会場は三月の納骨式と同じ【シャトー・勝沼(かつぬま)】(↽外部リンク 別窓)でフレンチを戴いた。【シャトー勝沼】の概観イメージ【全景】【全景】【小高い山の中腹に立つ】【レストラン内からの眺望】【お料理のイメージ】メイン・ディッシュが魚料理だったので、白ワインをグラスで一杯頂きました。※ 上記の画像は、【シャトー勝沼】WEBSITEより転用。【菩提寺の墓前近くから見た甲府盆地の風景】【まるで自分が育った土地のように懐かしく、大好きな景色】【大善寺・経堂】※ 上記画像は、ネットより転用。 私の家系とは少し距離のある親族たちはみんな控えめで上品で、独り目立つ【仕切り屋】のような人物が一人もいなので、終始穏やかで和やかなひと時を過ごせた。 また、一年後の【三回忌】に顔合わせしたいと願うばかり。。。
2024.12.14

JRAの競馬(馬券)ファンである。 JRAの【GⅠ】に的を絞って購入している。 下手の横好きで中々的中出来ないが、年に数回万馬券を的中させている。今日は、京都競馬場で行われた【阪神ジュベナイルフィリーズ】(2歳牝馬戦)であったが、データの少ない二歳馬戦、しかも成績にムラの大きいと言われる牝馬戦なので、過去にこのレースが的中した記憶はない。ところが、何と今日は珍しくも的中したのだ。 私の馬券は、【馬・単】の裏・表をボックス買いで、購入点数が増える傾向にあるので、ひとレース辺り最大6頭=30点購入と決めている。つまり、配当も30倍以下では赤字になる。 これまでの的中の馬券のほとんどがこのパターンで、的中しても累積赤字の無限ループに陥っていた。 今日は【配当金】競走結果については、【JRA】WEBSITEより子確認願います。を見事に射止めた。3,000円の投資で18,180円の配当なので、凡そ15,000円のプラスになり、今年前半の赤字の半分近くと回収できた。 【JRA・秋競馬】においては、先日の【天皇賞・秋】(10月26日)でも万馬券を的中(馬単・7-4=13,560円)させていて、秋競馬はまずまずの成績になった。 JRAのGⅠレースはこの後、12月15日 朝日杯フューチュリティS(GⅠ) 二歳・牡12月22日 有馬記念(GⅠ)古馬・雌雄混合12月28日 ホープフルステークス(GⅠ)二歳・牡が予定されている。いよいよ、一年の決算が出るので、何とか黒字にしたいが、残り三レースの内、2レースは二歳馬なので、予想は難しい。
2024.12.08

当日記では、過去にも何度かご報告させて頂きました【左目の眼底出血】⇒【硝子体手術・白内障手術】についての近況をご報告させて頂きます。 事の発端は、三月下旬頃の【左目眼底出血】で、初期診察段階では『皮下の内出血と一緒で、2~3週間程度で吸収されて元に戻る。』と言われたが、三週間経っても症状に改善が見られなかったので、同じクリニックの別の医師の診察を受けたら『出血量が多く、回復までに半年~一年位要する』とショッキングな診断をなされた。同じ症状でも医者によってこれだけ見解の相違があるのだ。↽コレ、大事。その後、半年経っても明瞭な改善が見られないので、後診の医師に『本当に治るんでしょうか?』と問い質すと、『これ以上待つのは辛いでしょうから、少し大きな手術になりますが【硝子体手術】をしましょう。』との提案を受け入れて、9月下旬に手術を受けた。術後三日目辺りから目の見え方が劇的に変化したので、『ついに、ようやく治った象』と内心喜んでいたら、一週間後に突然再び見え難くなったので、受診したら『角膜が傷だらけです。これじゃあ見え辛いでしょう。目薬を処方します。』と言って新たに二種類の目薬を処方された。【角膜】の様子【眼底出血の見え方】(視野障害)【白内障の見え方】(一例)(一般道路) (信号機の例)(幹線道路の例)(郊外の景色の例)(視力検査の例)(手元:スマホ)の例(高速道路の例)※ 上記の画像は、全てネットより拝借したものです。 その後も一週間置き、二種間置きに受診していたら、術後丸二か月経過した12月に入ってからようやく眼底出血前の視野・視力まで回復したように感じるようになった。それでもまだ、左目の下半に膨満感 (ハレ)を感じるし、軽い痛みや違和感もあって、全面回復とは言えない。しかし、当面の日常生活に何等の不便も感じないし、見え方が悪かった頃のような酷い精神的ストレスもなくなった。前回診察時のドクターによれば『後一息の辛抱、頑張りましょう』との事だったので、それを頼りに完治を願っている。 これまで、【手術までの半年間】 + 【術後の角膜損傷】で都合八か月ほど辛く苦しい体験をしたので、それに見合うお返し、ご褒美にめぐりあいたいものでR。。。。
2024.12.07
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