晴れ晴れ日記:デジブラ彩時季

晴れ晴れ日記:デジブラ彩時季

2008.04.15
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 手術予定(3/12)日前週の土曜日には担当外科医から『術前説明をしたいので家族を集めて欲しい』旨要請があったが、長男はどうしても仕事の都合がつかず面会時間ギリギリの19時に来て医師の説明を私から“叉聞き”して帰って行った。

 医師による術前説明は凡そ2時間程度掛かり、手術のスケジュールの他各種リスクについて詳細な説明がなされたが、バイパス手術について事前の知識もなかったのでただ医師の説明を一方的に聞くだけになってしまった。

 術後に少しトラブルったのは、術前に絶対安静についての説明が一切なく、『ICUで目が覚めたら口の中にある酸素吸入を絶対に外さないように』と言う注意は受けていたものの、それ以外の注意は一切受けていなかった事である。
 ICUに二泊して一般病棟の個室に入れられたが、『個室にいる間は絶対安静』とは聞いていなかったのでベッドから出て水を飲みに行こうとしたりして看護師から酷く怒鳴られたのが記憶にある。

 私が動き回るので個室二日目の夜中は車椅子に乗せられ記録室(ナースステーション)に隔離されてたようだ。
 後日判明した事だが、個室二日目の夜中12時過ぎに看護師長から自宅に電話があって『看護師の業務に差障りがあるので、患者(私)が落ち着くまで付き添いをして欲しい』との要請があったそうだ。
 大体、夜中の12時過ぎに病院から電話が入れば家族がどれほど驚くかも気づかない“職業馬鹿”ぶりに呆れる。
 そもそも入院時には、 完全看護で付き添い不要 との説明があった筈である。

 妻は仕方なく二晩連続で私の個室に付き添いする事となり、ストレッチャーで仮眠を獲った為疲労も重なり、案の定風邪を引いてしまいその後二週間ほど拗らせてしまった。

 病棟では私が相当暴れたような評判になっていて、看護師が変わる度に『随分暴れて記録室に隔離されたんですってねー』などと皮肉たっぷりに言われたものだ。

 手術から一週間ほどしたある日の担当医の回診があった時初めて『実は手術中に胸骨と左側肋骨の二番目を骨折させてしまったけれど、ワイヤーでしっかり固定して“筋金入り”にしたので心配ありません。』と説明され、ようやく自分の現状がただならぬ状態にあると気づかされる。骨折も初体験だったのでその痛さも知らず、手術の傷口が痛んでいるのだろう程度にしか考えていなかった。
 そういう肝心な事は真っ先に伝えるべきで骨折した事を知らない私はやってはいけない行動を数多くやってしまったようだった。
 案の定、胸骨に聴診器を当てると骨のズレた音がし、この時初めて注意すべき行動について説明を受けた。

 一方で、この頃になると体中に巻き付いていた様々なチューブ類が日ごとに一つづつ外され段々身軽になってきたものだ。

 一週間ほどすると突然個室から一般病室(六人部屋)へ移動させられ絶対安静も解けて日常生活は自力でする事になったが、血圧が低く頭の中が重く何もする気になれない。
 食事も歯磨きもトイレも何もかもが面倒で、何もせずにただジッと横になっていたかったが口から食事をしない事には元気が出ないだろうと必死で食事をしたものだが、食事をすれば歯磨きは必須で食事の度に何とも気が重くなったものだった。



 今日の陽気に誘われて庭の花を眺めていたら、庭の片隅に植えもしないタチツボスミレが花をつけていた。





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最終更新日  2008.06.15 10:57:42


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