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悲劇のヒロインタイプの毒母はお金にものを言わせるらしい次男が高校2年生の時のことです。我が家は母子家庭だったのでバイトをして欲しい母。しかし勉強が面白くなっていた次男は拒否。仕方なく小遣い制にしていたのですが、そんなに多い金額は渡せません。アルバイトをしないのは自分の意志なんだからと、次男はその金額で毎月やり繰りしていました。でも、チャッカリといか次男のキャラのせいなのか「バイト代が入ったからおごるよ」と仲の良い友達に誘われ、時々学校帰りに牛丼を食べに行っていました。ところが、2年生の後半ごろから少しだけ学校帰りに夕飯を食べてくる頻度が増えたのです。流石にこれは私も心配になり次男に聞きました。「あーあ、なんかB男って奴がさあ、おごってやるから行こうってしつこいんだよ。俺たち仲良くないのにさあ」どうやら、いつものメンバーじゃない子が次男たちに『おごる』と言ってつきまとっているようなのです。次男の話によると、その子は色々な子とトラブルを起こしているようなのです。そして、一人になってしまったので次男たちに声をかけてきたのだとか・・・でもねえそういう子はどこに行ってもトラブルになるんですよ。『おごってやるよ』と声をかけてくるということは、お金で人をつなぐ方法しかしらないんですから。実際に、クラスでB男君とある男が喧嘩になった際に「俺から離れていくなら、今までおごってやった金返せ!」と言ってるそうですからねー人との関わり方がお金を使うこと・・・誰がB男君にこんなことを教えたのでしょう。教らく、その子にとって同級生の気を引く手立てがお金だったのだと推測できます。私の母もそういった生き方をしてきたので、今も友達と呼べる人はいません。B男君のように『おごる』と言って気を引くようなことはしませんが、昭和初期20年代後半でお金を持っていればそれだけで人の関心は集まります。当時の母の月のお小遣いの金額を聞いて驚きました。大卒の初任給の半分(だいたい8万円くらい?)ほどの金額をもらっていたのです。でも、それは普通ではないと母なりに理解していたようで、私たち兄弟のお小遣いは世間一般と同じでした。しかし、お金にだけは困っていない母はトラブルをお金で解決しようとします。というか、自分の何が悪くて人を怒らせているのかが分からない母にはそれしか思いつかないのでしょうね。人に何かやってもらうのは当たり前この思考が染みついてる母は、自分は動かずに無意識に言葉で人を動かそうとします。母は「暑いからエアコン付けて」リモコンは母の目の前にあります。私「リモコンは目の前にあるでしょ⁈」こういったことが積もり積もって私がブチ切れます。「自分でできることは自分でやれ!」これは本人のためでもあります。少しのことでも動かないでいると母の足腰はドンドン弱っていきますからね。しかし、母は私がなぜ怒っているのか理解しようとしません。理解を示してしまったら、嫌なこともやらなければいけませんからね。しかし、私が怒っていることへの対処は本人なりに考え、お金を渡してくるのです。「食べ物の物価が上がっているから、これを足しにして」そうじゃない!一応、説明するのですが納得したくないから謝らない。根本的な解決にはならないけど、お金を渡してなし崩しにしようとするのです。まあ、お金は有り難くもらいますけどスッキリはしません(笑)私「そういうことをやってるから友達ができないんだよ」母「別に欲しいとは思わないから」私「その結果、私や子供たちに話し相手をさせようとするでしょ? それは違うからね」母「でも、他の人とは話が合わないから」私たちも合わねーよ!本当に厄介です(-_-メ)お試し価格 ポータブル冷蔵庫 車載冷蔵庫 18L ポータブル冷蔵庫 車載用冷蔵庫 -20℃ DC12V/24V AC100V 静音 家庭用コンセント 車中泊 クーラーボックス アウトドア キャンプ 停電 地震対策 災害に備え 防災価格:16,750円~(税込、送料無料) (2026/5/6時点)楽天で購入
2026.05.07
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悲劇のヒロインタイプの毒母は幼い孫より自分が可哀想らしい私の両親には6人の孫がいます。一番下の孫は姉のところの男の子。その末孫は4歳の時に父親を亡くしています。成人した今、本人に聞くと父親のこと「覚えていないんだよね~」と、吞気に答えていますwそりゃそうだ!あの頃は葬儀でさえも意味が分からないといった様子でしたからね。末孫は姉とは10歳、兄とは8歳離れていて、上2人と母親が悲しそうな顔をしていて不安しかなかったと思います。物々しい雰囲気の中、遠方に住んでる父方の祖父母や親戚母方の祖父母に親族が家の中を出たり入ったり4歳児には、こんなに人が来てなんだろう?という思いだったと思います。本人が言うには、それさえも覚えていないようなんですが(笑)もっとも、あまりにも突然のことだったので私も妹として出来る限りのことをしていましたが、詳細はよく覚えていませんからね。そんな甥は小学2年生になると、仲の良かったお友達と地元の少年野球に入団しました。父親が他界してからは、保育園や送迎は姉と父。そして小学校に入って学童に入った時も姉と父が迎えに行ってました。(時々、私も隣県から行ってましたね~ 懐かしい♡)放課後、野球の練習が無い日は父が家まで連れて行ったりしていました。母も車の免許は持っていたのですが、父の代わりに行くことはなかったですね。父は60代後半でしたが仕事をしていて、その合間を縫って末孫の面倒を見ていました。4歳で父親を亡くした末孫が不憫でならなかったというのもあったのだと思います。50代に腰椎椎間板ヘルニアを患ってから、コルセット愛用者だった父。それでも末孫に寂しい想いをさせないようにと玄関先でキャッチボールをしたり、老体に鞭打って孫に尽くしていたのです。しかし、長年腰を患っていた父はキャッチボールをした日の夜は使い物になりません。当然、その負担は母に行きます。母は父より年上なので体がキツかったのだとは思いますが、孫の境遇を考えたら少しくらいは~と思うんですけどねー(笑)母はそんな状況が我慢ならなかったのでしょう。「末孫とキャッチボールした日は夜、婆ちゃんをこき使うからツラいんだよね。だから、末孫に爺ちゃんとキャッチボールしないように言って」と、姉に言ったのです。姉が父に頼んだ訳じゃないのに・・・孫のために頑張ってる父の気持ちは考えず『父に使われる自分が可哀想』という考えになるようなんです。本当に自分が一番なんですよね。10歳に満たない孫より自分が大事。まあ、後日実家に行って私が母に説教しましたけどね(笑)製氷皿 シリコン 製氷 家庭用 容器 製氷機 折りたたみタンブラー 2 in 1 折りたたみ式シリコンアイスボールメーカーカップ、ストローと蓋付き再利用可能なアイスボール型、漏れ防止ポータブルトラベルタンブラー、コーヒー、ジュース、ジム、アウトドア用 母の日 ギフト価格:1,980円~(税込、送料無料) (2026/5/5時点)楽天で購入
2026.05.05
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悲劇のヒロインタイプの毒母の中には恐ろしさが際立つ人もいるらしい私自身が毒親育ちのせいだからかは分かりませんが、わりと色々な人から話を聞きます。リアルで人と会っていても、何となく生きにくさを感じてそうな人に声をかけてしまったり。だいたい私の感は当たって、その後LINEでやり取りをするようになります。心が悲鳴をあげてるのを隠していたり、気づかないふりをしていたり・・・それを聞き出すのですが、言葉にして人に伝えようとするこの行為は自分と向き合い気持ちの整理をしていくのに丁度いいのです。正解なんてありません。自分がその時、どんな感情を抱き、どのことに苦しんでいるのかそれが分かるだけで解決策が見えてきたりするものです。もっとも、生きにくさを抱えてはいるものの、それを常に人のせいにしている人は生きにくさから解放されることはないように思います。ちょっと、今日は真面目なことを言ったな私(笑)育児経験のある方は分かると思いますが、子育て中って孤独感を味わいがちなんですよね。実家の近くだったりすると手助けしてもらえたりもしますが、そうでないと新たにコミュニティを見つけなくてはなりません。人付き合いの苦手な人には辛い作業ですよね。旦那さんが協力的なら多少は違うかもしれませんが、私たちの親世代は女が家事育児をするのは当たり前な時代。イクメンなんて言葉が出てきたのは最近です。そんな中で子育てをしていた私の友達のA子ちゃんのお母さんは心が壊れてしまったのかもしれません。「お前たちのせいで私はこうなったんだ!」育児ノイローゼになってしまったそうです。A子ちゃんも幼い頃は「自分たちを育てていて心が壊れていまったお母さんは可哀想」と、可哀想なお母さんの代わりに家事を頑張っていたそうです。そんなA子ちゃんにお母さんはお礼を言うことはありません。それどころか、気分がすぐれない時は殴る蹴るなどの暴行を加えていたそうです。成長していくに連れて、そんな母親の態度に疑問を持つようになったA子ちゃんはある日、お母さんにその疑問をぶつけました。すると、お母さんは物凄い形相でA子ちゃんの首を締めたそうで。「生意気なことを言うな! お前たちのせいでこうなったんだ!」こうなる前になぜ、然るべきところへ相談しなかったのか。時代的に簡単ではなかったのでしょうね。そんな家庭環境でしたから「自分さえ我慢すれば・・・」「自分が悪いからこうなったんだ・・・」人とトラブルがあったりすると、そう考えていたそうです。可哀想アピールからの暴行A子ちゃんは、よく頑張って生き抜いてきたと思います。ほんと、凄いよ。【最大500円OFFクーポン配布5/3〜 利用条件あり】 キャットウォーク 壁 キャットステップ 5点セット 壁付けセット キャットハウス 猫 壁掛け キャットタワー キャット ステップ キャットハンモック はしご 足場 キャットツリー 壁用 棚板 木製 木 3ss 【cat_cou】価格:7,980円(税込、送料無料) (2026/5/2時点)楽天で購入
2026.05.02
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悲劇のヒロインタイプの毒母は他責の相手は猫でもいいらしい私が『自分の母親はよその家のお母さんと何かが違う』と感じ始めたのは高校を卒業した時でした。卒業後、都内の専門学校に進学予定だったのですが何故かとても怖くなってしまい入学辞退。そして実家の仕事を手伝っていたのですが、お昼休憩は自宅でとっていました。これがいけなかったのでしょうね(^^;ご飯を食べてる間ずっと父や近所の人の悪口を聞かされるのです。この頃の私は人生初の挫折感を味わっていました。もちろん、母からはそういったことへの配慮はありません。まあ、毎回父や近所の人の悪口を聞かせる時点で娘が挫折したことに気づいていませんよね(笑)本当に自分のことしか見えていませんからね。幼い頃から当たり前と思っていた家庭環境に初めて違和感を覚えたのです。ただ、これを言葉で表現するのは難しくて・・・私はストレスから食べ物を受け付けなくなり、1ヶ月で20㎏ほど体重が落ちてしまいました。あれが自分の考え方や生き方と向き合うきっかけになったのだとお思います。自分の弱さや狡さ、自分の発した言葉への無責任さ・・・本当にあの頃は自分が嫌いでした。なんで、こんな自分になっちゃったんだろう・・・そう考えては夜な夜な吐いていました(笑)「無理にでも東京に行くように言って欲しかった!」そう母に言ったこともあります。「お母さんはわからないよ。お父さんが全部やったことなんだから」あーあ、この人には何を言っても無駄だ・・・そう悟ったのはこの時期でした。よくよく考えてみると、弟が学校に行けなくなってしまったとも父のせいにしてましたからね。自分の行動の責任が持てないんだから、子供のことに責任持てるわけがないwww責任は持たないけど子供には気にかけてもらいたい。そんな母の下で育ってますから、身を粉にして親のために動くということが身に沁みついているのが目下の悩みですかね(笑)高齢だから仕方ない部分はもちろんあります。そこを見極めて自分でできることはやらせるようにしないと、また勘違いしてドーっと甘えてきますからね。そのかいあって、朝ご飯だけは自分でパンを焼いて食べてるんですよ。ただ、母が座ってるところにはパンの細かいクズがたくさん落ちているわけなんですけど、それは仕方ない。本人が頑張った結果ですから。なので、先日買ったハンディクリーナーでわたしが掃除してたら「猫が踏むからパンクズだらけになっちゃうんだよね」はあ・・・猫の肉球にパンクズが付くわけねえだろwwwハンディクリーナー 掃除機 コードレス 車用 車載 車載掃除機 車用掃除機 家 車 USB 充電式 カークリーナー 強力吸引 パワフル 超軽量 小型 19000PA 家庭用 小型掃除機 室内価格:4,980円(税込、送料無料) (2026/5/1時点)楽天で購入
2026.05.01
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悲劇のヒロインタイプの毒母は暴言吐いてる自覚がないらしい早いもので父が他界して3ヶ月。末期の肺癌と診断され余命宣告を受けた後、父の希望もあって自宅で過ごす選択をしました。そうなると介護申請をしなくてはなりません。介護用品もなく勝手がわからない私にとってプロの手助けは必須!父が他界した場合、父に縋るように生きてきた母もどうなるか分からない。なので2人同時に申請しました。しかし、癌が転移して脳にも腫瘍があり、その影響で食事が摂れなくなってしまった父は入院してしまったのです。私は毎日病院に父の様子を見にいきました。洗濯物とか日増しに病状が悪くなっていく父に必要な物を届けるというものありましたけど。その合間に、父名義の車を売る手続きをしたり、生命保険の証券を探したり・・・父に悟られないよう色々なことえお処理していました。さすがの母もこの時期は私が『忙しい』ということがわかったみたいなんですよ(笑)介護申請の話をしたら、デイサービスに通うことを承諾したんですね。ただ、介護申請してから介護保険証が発行されるまで2ヶ月ほどかかります。なので、介護保険証が届いたのは四十九日が過ぎた後でした。父が他界してからも、やることはたくさんあってバタバタと駆けずり回っていました。もちろん、母のお昼ご飯も準備して、3時になればお茶を淹れて・・・(ほぼ一日中コタツに入っていると体の水分が不足しますからね)デイサービスに通ってくれれば一気に用を済ませることができるんですけどね。地域包括支援センターの担当が来て、その後ケアマネさんが来てくれたんですが、デイサービスに行く気が無くなってしまった母はまー、ごねることごねること(笑)父が他界して、親戚や孫たちが気遣ってチヤホヤしてくれるものだから居心地が良くなったのでしょうね。一生懸命に話しかけて母の気持ちをほぐそうとしてくれるケアマネさんの話を聞こうとしません。母「ここを動きたくないんだよね!」ケアマネさん「でも、運動しないと体が弱ってしまいますよ」などと言葉を尽くして母に寄り添い心を開かせようとしくれました。しかし、デイサービスに行きたくない母は暴挙に出ます。母「私、生きていたくないんだよね!それに、あなた私の話聞かないから気に入らないんだよ!」とんだ言いがかりだぜ!優しいケアマネさんは母に謝ってくれます。我慢の限界を越えた私は母の言葉をぶった切りにいきました。「あなたは昔から自分の感情を優先するよね?デイサービスに通わなくて済むように言葉を尽くしているようだけど、その言葉は相手に失礼であり、暴言なんだよ!爺さんが酷いこと言うって昔はめそめそ泣いてたけど、あなたは爺さんに暴言吐いてたからね!」母「・・・婆ちゃん暴言言ってたんだ・・・」この日は施設の資料をもらって、後日改めてということになったのですが・・・仕事とはいえ、わざわざ時間を作ってきてくれたケアマネさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。これは、ほんの一部の攻防で、他にもあーだこーだ言って自分の要望を通そうとしていたのですが、長くなるので止めておきます(笑)母は、自分の両親から「やってはいけないこと」「言ってはいけないこと」を躾けられず、そのことに何の疑いを持つことなく今まで生きてきたのでしょうね。自分の思い通りにするためには平気で周囲を傷付ける言葉を放つ。これを誰も咎めなかったようです。違う人生を歩めてよかった。【平日正午までの注文で最短翌日お届け】【送料無料】駄菓子詰め合わせ45点★買い増しセット★【 お祭り イベント お菓子 業務用 プレゼント 子供 景品 お菓子 詰め合わせ お菓子詰め合わせ 駄菓子 詰め合わせ 送料無料 】価格:2,190円(税込、送料無料) (2026/4/29時点)楽天で購入
2026.04.29
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「あなたのためなのよ」そう言い張る毒母私も3人の子を持つ親ですが、育児に追われていた頃「やっぱ、違うよな」母の私たち姉妹に向けた言動を思い出しては、こう呟いていました。上2人が男の子で一番下が女の子なんですが、年子ということもあって毎日目まぐるしくて・・・そんな中でも子供がイタズラをすれば𠮟り、喧嘩をすれば状況を見てそれぞれを諭す。どんなに小さくても、その行動には理由があると思うんですよ。イタズラは本人にとっては楽しいこと遊びの延長ですから、その『楽しいことを』やってはいけない理由を伝え喧嘩していたら、それぞれの思いを汲み取って最善策を提案する。とは言っても、これができたのは一番下が幼稚園に入ってからですけどねー(笑)でも、子供を𠮟っている時や喧嘩の仲裁していると母のことを思い出すのです。悪い意味で(笑)基本『𠮟る』と『怒る』って違うと思うんですよ。『𠮟る』とは理性的に子供にやってはいけない理由を伝えて諭す『怒る』は怒りの感情を子供に向けるから嫌な「思いをした」という感情だけを植え付けるもの私はこう考えています。「やっちゃダメっていったでしょー!」と、怒鳴ったところで、やってはいけない理由は子供たちに伝わりません。しっかりと子供の目を見て、やってはいけない理由を分かり易く伝えるよう心掛けていました。これも自分の育った環境が影響してると言えます。私たちがイタズラすると母はよく怒鳴っていましたけど、子供ながらに納得できなくて返事ができなくてそうすると、更に激怒して怒鳴ってきたので頷くしかありませんでした。母の言葉で特に残っているのは「お母さんがお父さんに怒られるからやっちゃダメ!」これです(笑)やっちゃいけない理由が父に怒られるから・・・これは母基準であって私たち子供の躾にはなっていません。意味は分からないけど怒られていることだけは分かった私は反論しました。当時、幼稚園か小学1年生くらいだったと思います。すると母は「お前のために言ってるんだよ」と、言ってきました。更に意味が分からずモヤモヤしたけど、幼いなりに「やってはいけない」「私のため」この二言を受け入れたのを覚えています。「そっかー、私のために言ってくれてるのか・・・」しかし、大人になって、この母の言葉を思い出すと「いやいや、自分のためだよね? なんか、うちの親の子育てって違うよなー」と世間の親との違いを感じていました。そして、自分が子を持つ立場になった時、違和感から確信に変わったのです。「あなたのためなのよ」この言葉は使う場面を間違えると、子供を支配できますね。この言葉を使って親が望む習い事をさせたり、親が望んだ学校に進学させたり、子供の行動を支配する。子供は親が自分のためと言えば従ってしまいますからね。子供から考える力を奪わないで欲しいものです。【栽培キット】Home Garde Series価格:1,460円(税込、送料無料) (2026/4/28時点)楽天で購入
2026.04.28
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悲劇のヒロインタイプの毒母は白馬の王子様を待ってるらしい私がまだ結婚していた頃のことです。ある平日の夕方、自宅の固定電話がなりました。ディスプレイを見てみると発信先は公衆電話。あの頃も固定電話に「携帯代未納」だのという詐欺電話があったものですから、内心ドキドキで出ました。「近くの駅まで来てるから迎えに来て」何と隣りの市に住んでる母だったのです。あー、またか本人なりに堪えているとは思うのですが、父への不満が溜まったり、嫌なことがあると直ぐに家出したがるのです。でも、その時の実家は最悪な状況だったので仕方ないのかな?という思いと『父を1人にして!』という怒りが混在して、やり切れない想いで一杯になりました。当時、実家には弟が同居していたのですが、これが悩みの種だったのです。弟は10代の時に実家を出て神奈川県の方で働いていました。しかし、実家の事業が上手くいかなくなり弟にサポートして欲しかった父は地元に戻らせたのです。弟は家を出る3年ほど前から大きな悩みを抱えていました。大きすぎて身動きが取れなくなり引きこもりがちになってしまったのです。父は何とか高校だけでも卒業させようとしたのですが・・・その方法は、かーなーりズレていました。戦時中に生まれ、何もない時代に育った父にとっては弟に尽くしたつもりなのでしょうけど「何を買ってやったらお前は学校に行けるようになるんだ⁈」弟の心の傷は物では埋まりません。結果、何とか進学した高校も出席日数が足りず中退。そして、自分のためには良くない家庭環境だと悟った弟は鞄一つを持って家を出ていきました。その後、問題を解決していないまま弟を呼び戻したのです。ここは憶測ですが会わなかった13年の間に父親も変わっていることを少しだけ期待していたんじゃないかな?と感じることはありました。しかし、残念なことに父は変わってはおらず、寧ろ弟を雑に扱っていました。次女の私には甘かったのですが、なぜ弟はそんな扱いだったのか・・・成長した弟の方が言葉を尽くして父と話し合おうとしたのですが、全く響きませんでした。自分の都合だけを優先して弟の言葉には耳を貸さない怒り、寂しさ、苦しみ、色々な感情が相俟って憎しみに変わってしまったのでしょう。弟はお酒の勢いに任せて暴力をふるうようになってしまいました。弟の件はもちろん母にも原因はあります。学校で弟がトラブルを起こし親が呼び出しを喰らったとしても、全て父のせいにして自分は可哀想アピールし、父の悪口を聞かせるのですから。それでも、弟が暴力をふるうのは父のせい。「お母さんには手を出すなよ!」殴られながら父は必死に弟に訴えていたんですけどねーここで冒頭に戻ります。弟が週に2~3回ほど夜中に暴力をふるっていたので、家にいるのが辛くなった母は私の家に逃げて来たのです。1人で!「何で、お父さんを置いて来たの?」「お父さんは酷いだもん」「は?ずっと守ってくれてたでしょ!」「守ってないよ。だって、お母さんに怖い思いさせてるんだから」なんじゃ、そりゃ!!母は昔から嫌なこと、辛いことから目を背けて生きてきた人ですからね。家出をしてくることは予想できましたよ。でもねー追い詰められてる弟に父親の悪口を言うってどうなの?その行為が弟の感情を煽っていると気付いてないんですよね(^^;自分は辛くて可哀想だから誰かに助けて欲しい。ただ、それだけなんですよね。白馬に乗った王子様でも待ってろ!永遠に(笑)ゴールデンウイークは夏野菜の苗を植えよっと!父がいないので今年は1人で作業しなくちゃだわ(^^)夏野菜苗6種セット夏野菜苗,農場直送苗,ミニトマト苗,なす苗,ズッキーニ苗,オクラ苗,ししとう苗,ピーマン苗,パプリカ苗,希少品種苗,家庭菜園価格:3,389円(税込、送料別) (2026/4/27時点)楽天で購入
2026.04.27
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悲劇のヒロインタイプの毒母は面白いくらい勘違いするらしい1月に父が他界してから、母のお嬢様っぷりが悪目立ちするようになりました。元々そういう人ではありましたが、父が随分とフォローしていたようです。お茶菓子のゴミは自分で捨てないお昼と夕飯は完全に上げん据え膳朝食だけは父が健在の時から母が牛乳を用意し食パンを焼いて食べています。「なんでもやってやっちゃうと動かなくなって今以上に足腰が弱っちゃうからできることはやらせな!」同居を始めた際に、父にこっそり言って母にやらせるよう仕向けました。悲劇のヒロインタイプの毒母は周囲が自分のために動くのは当たり前♡そんな思考があるようです。そろそろ喉が渇いたかな?と察してお茶を出してくれるのを待っている。すぐ傍にウォーターサーバーがあるのに自分じゃやらないんですよ。自分の体調管理でさえも私にやらせたがる(^^;88歳という高齢だから仕方ないと思う部分も勿論あります。ただ、幼い頃から見ていた行動を考えると年齢だけが理由じゃないと思うのです。○ 自分の考えていることを察して動いてほしい○ 自分に怖い思いをさせず常に守って欲しい○ 自分が話したくなったら聞いて欲しいベースはだいたいこんな感じです。この要求が以前は父に向いていたのですが、今は私や孫たちには向かっています。わたしゃ、あんたの執事じゃないんだよ! ほんと、こんな気分になります。母の話は常に人の悪口私の話は聞かないし、自分の都合のいいように話の内容が変わっていきます。母が若い頃というか小学生くらいの時の話なんですが、祖父が会社を立ち上げたことで、家には住み込みの勤め人がいたそうです。なので、祖母や母の4つ上の姉が従業員さんのために朝、昼、晩とご飯を用意していました。夜になるとお姉さんに先に寝るよう促されるので、母はしぶしぶ先に寝るそうなのですが、それが母にとっては『辛い出来事』だと言うのです。「おばちゃんは家の手伝いしていたんだから仕方ないじゃない⁈」私がそう言うと「婆ちゃんは一人で寝るのが嫌だったんだよ?それなのに姉ちゃんは男と遊んでて寝るのが遅いんだよ!」叔母は男と遊んでいるわけではありません。夕飯の後片付けの後、やっと自分の時間が持ててお風呂に入ったりしていただけなんですけどね。自分を可哀想と思って欲しい時には平気で噓をつくのです。しかも、毎回大昔の話聞きたくないよねーこんな母の相手をしているとイライラするし無駄に疲れるます。それを子供たちは見ていてくれているんですね。私に気を使ってスイーツなんかを買ってきてくれるのです。スイーツは母も大好物3時のお茶うけに出すと「わー、買ってきてくれたの? 婆ちゃんこれ好きなんだよ」と嬉しそうに食べます。「ありがとう」くらい言えよ!てか、あんたに気を使ったわけじゃねえよ(笑)自分の都合のいいように事実を捻じ曲げる技は、ここにも生きてます(笑)【中古】(未使用・未開封品) 箱庭技研 ジオラマシート?FREE?鉱山セット df5ndr3価格:6,838円(税込、送料別) (2026/4/25時点)楽天で購入
2026.04.26
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どのタイプの毒親も実は自分の親に愛されたかったらしい「母ちゃんに会いたくなっちゃった・・・」以前、姉に𠮟られた母はこう呟いたそうです。このことを姉から聞いた私は「・・・は?」開いた口が塞がりません。祖母は私が中学2年の時にですから、40年ほど前に他界しています。それに、母親を恋しがる年齢でもないでしょうに(笑)しかし、本人は心の底からそう思ったのだと私は思います。私や姉が小さかった頃は何も分からずに母の味方になっていましたが、成長と共に考え方は変わっていきますからね。世間知らずで自分のことしか見ていない母。誰も母の味方にはなりません。だから絶対味方の存在である『母ちゃん』に会いたくなったのだと思います。人は誰しも孤独は苦しいですからね。でも、その母ちゃんは実際にご存命だったら母の味方をするだろうか?祖母もかなりの人だったと聞いていますからねえ。戦争から帰ってきた祖父は自分で事業を立ち上げ成功しました。ですので裕福になり愛人がいたそうです。祖母は祖父に振り向いてもらおうと必死になり、子供は放ったらかし。祖父が愛人の家にお泊りに行くと、祖母は子供である母や叔母たちに泣きついていたそうです。来る日も来る日も泣きながら子供に愚痴を言って・・・「母ちゃんが泣いてるから可哀想」と、母は愛人の家に怒鳴り込んだこともあるそうです。結果的に祖母の思い通りになってはいませんから、母は褒められるわけでもお礼を言われもしませんでした。そんな人が母の味方になってくれるのだろうか?なってくれんだろうな(笑)自分のことで一杯の祖母に育てられた母は自分もまた、同じような子供の育て方をします。父の言うことが絶対で、機嫌を損ねないようにする。そういう生き方が染み付いていたのでしょうね。だから何の疑いもなく自分の子供にも祖母と同じことができたのだと思います。私は母親から暴言を受け取った記憶はありますが、愛情を感じたことはありません。子供を育てている時母のようにはなるまい!そう思いながらやってきました。私が母を反面教師にできたのは子煩悩な父からたくさん愛情をもらったからだと思います。愛情は深かったですね~ちょっと行き過ぎ!と思うことは多々ありましたけど(笑)でも、本来なら母親から受け取るものを父親から受け取っていたように感じています。やはり愛情をもらっていると信頼関係が築けますし、自分の言葉を受け入れてくれるとい安心感は生きていく上で重要ですよね。そんな訳で、私は父とはよく話していたのですが毒母は父を娘にとられるとヤキモチ焼いていましたね~(笑)まあ、愛情をくれる人を常に求めているから出る言葉なのでしょうね。最短当日出荷◆ドールハウス ミニチュア 手作りキットセット 【英語説明書】 1/24 スケール ヨーロピアン ゴシック キャッスル 城 フクロウ ヴァイオリン 中世 ヨーロッパ ピアノ | LEDライト+アクリルケース+オルゴール (カノン)価格:5,622円(税込、送料別) (2026/4/23時点)楽天で購入
2026.04.24
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悲劇のヒロインタイプの毒母だからといってか弱いわけじゃないらしい6年前に両親と同居を始めたのですが、それに伴って物凄い毒親とさいかいしたのです。彼女は私の6歳上なのですが、話していて少しだけ違和感を覚えました。なんというか、言葉では表現しにくいのですが、彼女の態度や言葉の端々から『自分の子供への無関心さ』が滲み出るのです。まさか・・・ねしかも、私の母親のように自分で決断できない雰囲気がチラホラおまけに年下の私を雑用係のように使いたがる・・・あぁ、なんかうちの母と同じ匂いがするなあ。そう思ったのですが、それは間違いではありませんでした。彼女の息子さんと会う機会があって、その様子を見ていてびっくり!『昔の私や姉と一緒やん』なんと息子さんは母親を庇う行動を取っていたのです。でも、彼女は息子さんを庇うことはしません。「息子はあてにならないから・・・(私が大変)」なんでもかんでも庇えばいいというものではありませんが、彼女の場合は自分のプライドや他者からの攻撃を受けないために子供を使うのです。彼女が発する言葉は、私が幼い頃から母親に投げつけられた言葉と同じで聞いててイライラします。それと同時に息子さんはどんな思いで生きてきたのだろうと心配になりました。彼女はぶっちゃけ私の母より質が悪い。例えば「それはちょっと違うんじゃない?」と私が悪いところを指摘したとします。すると母の場合「でも、婆ちゃんはずっとこうだったからそれに爺ちゃんは何も言わなかったから」と、自分が悪いわけではないと言い訳を並べます。彼女の場合「私は息子(二番目)に障害があるし私自身も病気だったから大変なんだよ!それに、あなたがあの時こう言ったから私はこうしただけ!お父さんからも教えてもらってないから、できなくても仕方ないでしょ!」と、自分は可哀想アピールをしつつ他者に責任を擦り付けるのです。彼女の父親は子煩悩を通り越して甘やかし過ぎてしまったのでしょうね。両親が自分を庇ってくれるのは当たり前自分ファーストに両親の言動も当たり前と思っているのでしょう。というか、そういう扱いをされているという自覚がありません。そんなものですから、息子さんが両親のように自分を庇わない、自分ファーストにしないことに腹を立てて怒鳴り散らすのです。息子さんは孤独だったと思います。母親だけでなく祖父母も「お母さんは大変なんだから」と孫ではなく母親を庇っていたのですから。家の中に誰も見方がいない自分を守れるのは自分だけ私には姉や弟がいただけ救われていたのだと思います。いやー、彼女の息子さんへの態度や私に対する言動を思い出すだけで怒りがこみ上げてくるんですよねーそして、目の前には似たようなタイプの毒母ストレスは溜まるばかりです(笑)先日息子さんと話す機会があったので、彼女にバレないように連絡先を交換してきました。なんとか、あの環境から抜け出せるように助力していこうと思っています。ボクシング パンチング マシン 技適マーク認証済み 自宅 Bluetooth 音楽 ボクシングマシン 音楽再生 家庭用 ダイエット ミュージック ボクサー フィットネス 大人 室内 練習用具 子供 男性 女性 トレーニング ストレス解消 発散【1年保証】価格:9,980円(税込、送料別) (2026/4/21時点)楽天で購入
2026.04.22
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悲劇のヒロインタイプの毒母は娘が気を遣うのは当たり前らしい今年の1月に父が他界したのですが、悲しんでる暇がありません。生前、父は誰よりも早く起きて居間へ行き新聞を読んでいました。たまたま新聞がポストに入っていなかった時は、ポストの横で配達員さんを待ってたこともありましたねwそして、孫たちが出勤する時に「いってらっしゃい」と言うのが日課でした。母は長女が出勤して30分ほど経った頃に起きてきます。そんなもんですから、父が入院してからは母に気を使って私は早い時間から居間にいるようにしていました。60年以上連れ添った亭主が他界したわけですからねー私には想像がつかない寂しさに襲われていると思うんですよ。まあ、そんな私の気遣いに更に甘えてくるのが毒母です。例えば喉が渇いたとして、そのことを私が察してお茶を出してくれるまで待つとか自分の近くにゴミ箱があるのに私に捨てさせるなど一つ一つは小さなことなんですが、私には家事もあれば仕事もあります。「それくらい自分でやれや! 私はあんたの女中じゃねんだよ!」積もり積もって言いましたけどねw父が入院し、他界してからというもの、父に関することの手続きや連絡等は全て私がやってきました。母は、それらを『他人事』という感じで我関せず。もっとも、本人は自覚していないのですが世間知らずだから話しても何もまとまらないんですよね。下手に話をすれば、関係のない世間話に流れていってしまってダラダラ自分の話したいことだけ喋る。正直言ってめんどくさいんですよ。だから、母には相談せずに色々とやっていたのですが、とにかく忙しかった。その忙しさを察することなく私に甘えてくるのでブチ切れたというわけです。翌朝、いつもの時間に居間に行くとまあ、びっくり!テーブルの上に母の分の朝食の準備がしてあるではありませんか!(毎朝トーストを食べているので、牛乳とマーガリンが出ていただけですが)母の姿はどこにもない・・・父が見かねて準備したのだろうか・・・1人で悶々と考えていると、そこに母が自室から登場。そして、そのまま何も言わずにテーブルにつきました。ことの真相は、いつもより早く目が覚めてしまったから居間にきて朝食の準備をしたはいいがやはり寂しかったのでテーブルの上はそのままに自室に戻ったといったところだろうかwいずれにしても、一瞬肝が冷えた出来事でしたw楽天1位◆2000円OFFで最安8980円◆タワーファンヒーター 羽根なし扇風機 暖風機 冷風扇 DCモーター 静音運転 サーキュレーター 8段階送風 強風 大風量 100°左右首振り 9H切タイマー 省エネ 節電対策 お手入れ簡単 省スペース 組み立て不要 リモコン付 部屋 リビング価格:10,980円~(税込、送料無料) (2026/4/20時点)楽天で購入
2026.04.21
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悲劇のヒロインタイプの毒母は子供の命より自分の命が優先らしい今回は私が小学1年生の時の話をしようと思います。母の9歳下の妹が結婚して神奈川県の海沿いの街に住んでいたこともあって夏休みによく家族で遊びに行っていました。「お父さんは子供の面倒を見てくれない」母は姉や私によく愚痴ってました。でもねー今は廃業してしまって無くなってしまいましたが栃木県那須町にあったレジャー施設や福島県にある常磐ハワイアンセンターその他、色々なところに連れていってもらった記憶があります。常磐ハワイアンセンターが分かる人は私と同年代でしょうw今はスパリゾートハワイアンズになりましたからね。でも、あの当時に車であちこち連れていってくれるのは珍しかったと思うんです。これまでの母の愚痴を総合して考えると母の希望を聞いて母の思い通りにしていれば愚痴はなかったのでしょう。本当にわがままなんです(^^;子供が自分のために動くのは当たり前それをしないと、メチャクチャ文句を言われましたからねw子供に愚痴を聞かせ母親を庇うように仕向ける誰かに常に庇ってもらおうとするのですが、これが無意識だから質が悪い。あの夏の出来事も、この延長なのでしょうね。叔母の家に泊りがけで遊びに行った私たちは近くにある海水浴場へと家族で行きました。カナヅチの母は浜辺に座り、姉と私、そして3つ下の弟は父と一緒に海へ弟は浮き輪を身に付けて父と少し沖へ行き、私と姉は浜辺に近いところで遊んでいました。4つ上の姉と同じことをして遊んでいた私は調子に乗ってウッカリ波にのまれてしまったのです。体が波打ち際でグルグル回り、必死になって掴んだ砂は手のひらから流れるように無くなっていく正直言ってパニックです。そんな中で聞こえてきた母の声「お父さーん! ○○が溺れてる! お母さん泳げないから助けてあげて!」その時父は弟と沖にいました。そして、私が溺れていた場所は母のいる場所の近く駆け寄って私の腕を掴んで持ち上げれば簡単に助け出すことができます。それでも母が一番に考えたのは自分の身の安全この声で一気に冷静になり、何とか自力で立ち上がると目に飛び込んできたのは「大丈夫か!」と、叫びながら私の方へ向かってくる父の姿でした。母は相変わらず浜辺に座っています。私が溺れてしまったこともあり、その日はそのまま叔母の家に戻りました。いざという時に人間の本質は見えるものですね(笑)父にここまでしてもらっていたのに、私は父のことを20代前半まで信頼していませんでした。それは、母から毎日のように聞かされた『父の悪口』が原因だったのだと今なら断言できます。浮き輪 浮輪 うきわ ビーチグッズ プール タンク 大人 子供 水上ソファ 夏 ビーチ 海 面白い価格:6,304円(税込、送料別) (2026/4/20時点)楽天で購入あの当時、この面白い浮き輪があったら遊ぶふりをして間違いなく母に水をかけていたことでしょうwww
2026.04.20
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悲劇のヒロインタイプの毒母は猫も可哀想アピールの武器になるらしい我が家には2匹の猫がいます。1匹は10年前に里親として引き取った子で、もう1匹は昨年の11月に長男の職場に迷い込んできた子を我が家で引き取りました。(上の写真の子です)生後2ヶ月くらいだったのですが、とにかく人懐っこくて長男が休憩時間に外のベンチに座っていたら膝に乗ってきたとか長男も動物好きなものですから、そのままにしておけなくなってしまったようです。しかし、長男は借家住まいそこで、私のところに電話してきたのです。最初は引き取り手が見つかるまでと思っていたのですが動物好きの父がメロメロに(´艸`*)チュールをあげたりしていると父の膝に乗ってゴロゴロ甘えてその様子を見ていると私も迷うわけですよ。でもねー子ニャンコは爪が上手にしまえないから、じゃれる時にザクっと刺さるんですよね私や子供たち、そして父はそんな姿も可愛くてメロメロしかし、母がめんどくさい「爪が刺さって痛い 何とかして」とか「猫が婆ちゃんを苛めるから辛い」と、言い出すのです。なぜ、子ニャンコがじゃれただけで『自分可哀想アピール』してくるのかいい大人なんだから自分でどうにかしろや!このイライラが待ってるのかと思うと子ニャンコを引き取るのもなあ...そう思ったのですが、老夫婦が昼間2人きりというのはつまらなかろうと、考え直し我が家の子にしたのです。まあ、しばらくは母がうるさかっですねw「婆ちゃんだけいじめる 何とかして!」とwww猫も受け身の人間には強気なのようですw自分が辛い状況を他者に何とかさせようとするずっと、そうやって生きてきたのでしょうね。母の小さい頃の話や親兄弟とのやり取りを聞くと容易に想像がつきます。そして、その親兄弟の役目を自分の夫、夫がダメなら子供たちにやらせようとするのが悲劇のヒロインタイプの毒母。子供の頃は素直に?母親を守っていましたが、私は守られた記憶はありません。だからといって、母に仕返しをするというのも人として違うと思っています。ていうか、仕返しをしたからって何も変わりませんからね。それこそ、毒母と同じ土俵に立つようなものです。なので、母が猫のことを訴えてきても見てみないふりをするか「それくらい自分でなんとかしな!」と突き放すことにしました。甘えを許せばのしかかってくるのが毒母そうできないように微妙に突き放しておくのです。父が健在の時は父に泣きついていましたけどね~(笑)【楽天1位】【改良版・縁張り】 キャットタワー 木製 据え置き 大型猫 滑り止めマット 省スペース シニア猫 成猫 子猫 縁張り おしゃれ 多頭飼い 見晴台 スリム 猫タワー インテリア 宇宙船 爪研ぎポール キャットツリー クリアボウル 運動不足解消 コットン紐 天然麻 人気価格:9,598円~(税込、送料無料) (2026/4/16時点)楽天で購入そんな父は昭和15年生まれ私が猫を探していると「猫か? 猫なら・・・、そこの・・・灯籠にいるぞ」気遣って居場所を教えてくれるのですが・・・灯籠? (笑)キャットタワーを知らない父は一生懸命に考えて名称を絞り出したのでしょうw毎度、なかなかに笑わせてくれます。もちろん、それを聞いていた孫たちにはいじられましたけどねwww
2026.04.19
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悲劇のヒロインタイプの毒母は子供の泣き声に弱いうちの両親には6人の孫がいます。姉のところに孫美1号、孫男2号、孫男6号私のところに孫男3号、孫男4号、孫美5号孫美1号と孫美5号が6歳離れていて、その間に野郎っ子が3人そして、忘れた頃に孫男6号の誕生。孫たちが小さい頃は、父のミニバンで色々なところに連れていってもらいました。母も一緒に行きはしましたが、孫の面倒を見るということはしません。「トイレに行きたいから少しだけ見てて」と言っても「どうしていいから分からないから爺ちゃんに言って」まあ、だいたいこんな感じです。自分だって子育てしてきたでしょう?と思うかもしれませんが私や姉が赤ちゃんだった頃も、泣けば父に預けていたようですから例え可愛い孫であっても「どうしていいか分からない」のでしょう。やはり、幼児といえばザリガニとりでしょう。私も3つ下の弟と一緒によく連れていってもらったものです。父が仕事の日は、長い棒の先に糸を括り付けもう片方にスルメイカを括り付けて近所の用水路で釣っていました。今の子もやるのかしら?父が孫たちを連れていってくれた時、甥やうちの長男、次男は虫取り網を持って張り切って車に乗ってましたwまあ、でも当時3、4、5歳児にとっては虫取り網でもザリガニ捕獲は難しかったようで「爺ちゃん、とれない! つまんない!」と、ぐずりだしました。「待ってろ、爺ちゃんがとってやるからな」そう言って用水路を覗き込みザリガニを探し始めました。すると、長靴をはいた孫たちが用水路に入ってジャバジャバ歩き始めたのです。父「爺ちゃんがとってやるって言ってるのに、お前たちが走ったら水が濁って ザリガニが見えなくなっちゃうだろ!」孫男1号「だって、とれなくてつまんないんだもん!」父「だから爺ちゃんがとってやるって言ってるだろ!」60半ばの爺さんが幼い孫とガチで喧嘩してましたよw今となっては懐かしい思い出です。そろそろ用水路にドジョウやメダカ、ザリガニが元気に泳ぎだす季節今度は姪の子供でも連れて川遊びでもしてこようと思います。虫取り網・バケツ付き 2点セット 捕虫網 魚取り 伸縮可能 昆虫採集 虫取り アミ 網 補虫ネット 子供用 夏休み アウトドア 昆虫ネット 水陸両用網 伸縮 軽量 むしとり 捕獲網 昆虫網 山遊び 川遊び バケツ価格:1,100円(税込、送料無料) (2026/4/15時点)楽天で購入
2026.04.15
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2026年3月新作★シルバーカー/車いす両用【レビュー特典あり】シルバーカー 軽量 歩行補助 折りたたみ 歩行器 歩行車 室外用 5段階高さ調整 座面付き 四輪 キャスター付き おしゃれ 座れる 散歩 シニア 歩行補助 買い物 ショッピングカー 大容量 老人車 手押し車 介護 高齢者価格:17,980円(税込、送料無料) (2026/4/13時点)楽天で購入自分以外に興味がない毒母実は1月に父が他界しまして正月明けに入院して20日後に息を引き取りました入院の手配や入院後の世話は当然私の役目父の兄弟に連絡を取って、最後に顔を見に来てもらったり...88歳という年齢を考えれば仕方ないとは思います足腰も弱ってきていますからねでも、全てを他人事のような顔でいられるとメチャクチャ腹が立つ「あなたの、亭主のことをやってるんだけど!」と、怒りが沸々と湧いてくる病院のことや、父のことで駆けずり回りながら母のお昼ご飯を用意したり、そこへ薬を飲むための水まで用意してあげてそれを『当たり前』という顔で享受するわたしゃ、女中じゃねえぞ!そんな母も、父が入院して10日経った頃にようやく「お見舞いに行く」と言い出しました。やっとだよ(*´Д`)「爺ちゃんの顔見るのがつらいんだよ」そう言って入院中の父との面会を拒否していたのです。自分の嫌と思うことは人任せで絶対にやらない娘の負担などは一切考えないのです。娘が自分のためにやってくれた♡この程度の認識だから質が悪い。その質が悪いのが歩けないのは厄介です。病院は入口に車椅子が10台ほど置いてあるの助かりますが、他の場所ではそうはいきません。サービスエリアなどですと、駐車場からトイレに歩いて行くことが困難な母。そんな『ちょっとした時』のためにシニア歩行補助カーを購入しました。これが有ると無いとでは、面倒を見ている側の私の行動も変わってきます。母を連れて出かけなくてはならない時など、車から建物への移動距離建物と駐車場が遠かった場合、一旦建物近くに車を停めて母を下し、近くのベンチか何かに座らせ、自分は車を駐車場に止めに行くかなり手間ですし、私の運動量は1人で行動する時の2倍。しかも、行き帰りと車の中で人の悪口や大昔の話を聞かされるんですよ。なので、HPはゴリゴリ削られ家に帰った時には夕飯を作る気力ナッシングそんな負担を少しでも減らすためにシニア歩行補助カーを買いました。これが女性でも簡単に持ち上がり、折りたためば私の軽自動車に積めるのでかなり助かっています。父の四十九日法要の際も、お墓への移動などの便利でした。ちょっと母は体重があるので甥にシニア歩行補助カーを押してもらったのですが「重いけど大丈夫か?」と、尋ねると「会社で毎日コンプレッサーを持ち上げてるから重いのはなれたもんだよ」と…母はコンプレッサーと同列らしい(爆笑)そんな母が乗っても大丈夫なので、これからも安心して使うことができるというものです。最後までお読みいただきありがとうございました。
2026.04.13
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歩きたがらないから悲劇のヒロインタイプの毒母のために シルバーカートを買いましたうちの母はとにかく歩きたがらない私「じいと一緒に散歩してくれば?」母「知らない人に会うのが嫌なんだよね」私「家で寝転がってテレビ見てるだけじゃ、足腰弱っちゃうから」母「でも嫌なんだよねだって...」やらない理由を探して延々とグダグダ言い始めます。娘である私や孫に迷惑がかかることなど微塵も考えません。自分が『楽になる』ことしかやろうとしないのです。だからといって、私はそんな勝手は許しません。強引にシルバーカートを買いました。『なぜ、いきなりシルバーカート? 杖でいいんじゃない?』『福祉施設で借りればいいじゃない!』『こんなにいいのを買ってもったいない』こんなことを結構言われましたwそこら辺もちょっと話していこうと思います。1.杖とシルバーカート どっちがいい? シルバーカートのメリット、デメリット実を言うと母は杖を持ってます。「じいと散歩にいけば?」と言った時の言い訳が「捕まる所がないから怖い」といものだったので、家族で出かけた際に試しに持たせてみたのです。(孫娘の言うことは素直に聞くので娘が一緒の時を狙いましたw)杖があれば少しは安心感があるかと思ったのですが...母は感が悪くて杖を使いこなすことができなかったのです。軽く考えていただけに娘と2人で『ギョッ』としてしまいました。こういう人もいるんだということでシルバーカートを購入したという訳です。杖と違って場所を取ってしまいますが、歩く際には安定しているようです。母も外出した際は、これを押して歩いていますから(^^)2.介護施設で借りられないの?介護施設で借りるにはまず申請をして認定を受けなくてはなりません。申請をして調査員が自宅に来るまでに1ヶ月待ちました。そして、認定されて介護保険証が自宅に届くまで2ヶ月弱。そこから今度は地域包括支援センターへ連絡をして、お世話になる施設を探します。そう、軽く3ヶ月はかかってしまうのです。その間、何の対策もしなければ簡単に足腰は弱ってしまうでしょう。なので、それを待たずに購入したという訳です。使用しなくなったら「メルカリ」や「ジモティ」売ってしまえばいいですしね。3.車椅子としても使えそう?耐荷重が約130㎏となっているので多少は車椅子として使うことも可能だと思います。うちの母は正直言って体重があります。女性の体重を公しては申し訳ないのですが...80㎏くらいかな(笑)その母を乗せて多少の移動はできています。(重いので押し手はかなりの重労働になりますw)ただ、本格的に歩行が困難なようなら車椅子も売っていますし、そのような状態ならからデイサービス等にも通所されているでしょうからレンタルするのもいいかもしれません。部分即納[敬老の日] 折り畳み式歩行器 高齢者用 歩行器 大容量 歩行補助器 コンパクト ブレーキ付 カート シルバーカー 介護用品 手押し車 直立歩行器 高さ調節 歩行訓練 買い物 軽量 介護 歩行 移動 ハンドレール価格:18,800円(税込、送料別) (2026/4/7時点)楽天で購入
2026.04.07
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少年犯罪と毒親の影響 ~私の知り合いの刑務官の悩み~数年前になりますが、とあるイベントで少年院の刑務官と知り合いました。とても真面目で気さくな方でしたが、凄く仕事に対して情熱を持っていました。少年が犯罪に走ってしまう原因の大半は家庭環境にあります。両親が不仲だったり、子供に関心がない、逆に過保護すぎたりと…本来、家庭とは心が安らげる“ホッとできる場所”だと私は思います。しかし、家に居場所がないと感じる子は外へと居場所を求めるようになり過保護すぎる親の元で育った子供は家の中で殿様になります。少年犯罪の再犯率は成人より高い私が子供の頃に住んでいた家の近所にいた男の子の話をしたいと思います。その男の子(仮称A君)は私の2つ下で、6歳上の姉と両親の4人家族でした。A君は子供の目から見ても両親に甘やかされていたと思います。子供同士の喧嘩(どう見てもA君が悪いのですが…)「うちの息子をいじめるな!」と怒鳴りこむ。まあ、今で言うモンスターペアレントて奴です。こうして育ってきた子供は我慢を知らず、狡さが際立ってきます。そして、両親が思い通りに動かないと殴る蹴る。成長してガッシリした体格になった息子に両親が勝てるはずもなく…母親が肋骨骨折で入院したこともありました。親子間の暴力は例え警察を呼んだとしても、親自身が被害届を出さない限り逮捕されることはありません。でも、親の方は『自分の子供を犯罪者にしたくない』という思いと『釈放された時に報復されたら…』という思いから被害届を出さないのです。このA君の場合超過保護な毒親の元で育っています。でも、前の投稿で話した4タイプの毒親を持つ子供とは自己肯定感の低くなり自分に自信が持てずに苦しんでる人が殆どです。しかし、A君の場合は自己肯定感しかありません。悪いことしたら𠮟るこれがなかった彼は自分のやることは全て正しいと思い込んでしまいます。中学卒業後は家に籠って親にお金をせびる生活を送っていましたが、50半ばを過ぎた現在は未亡人の姉と30代の甥の稼ぎをあてにして…というか、姉と甥の稼ぎを自分のものとして使ってのです。給料日には姉と甥の家へ行き、給料を全額差し出させます。差し出さなければ殴る蹴るを繰り返す。A君は自分が世間に受け入れられていないことは分かっているようで、自分のやってることを正当化するために噓を重ねます。ちょっとした知識を持っていれば直ぐにバレる噓なんですけどね(笑)彼が生きてきた人生の中で先生や近所の大人などがA君を𠮟ったことは過去に何度もありました。それこそがA君を更生させるチャンスだったと私は思います。それをことごとく潰したのは他ならぬ両親。昔のことですから自衛隊が迎えに来たこともありました。この時には既に両親に手を挙げていて、A君を持て余してしたので両親は送り出したようです。しかし、ぬるま湯の中で育った彼は勝手に戻って来てしまいました。その度に上官が迎えに来て連れ戻します。そうこうしているうちに3年間を自衛隊で過ごし19歳で除隊。自宅に戻ってきました。A君が留守の間に両親も彼がどうしてああなってしまったのかを考え自分たちの行動を省みていれば、その後の彼の人生は変わったかもしれません。しかし、A君が自衛隊から帰ってきた後も以前と同じように接していたようです。A君が元の暴君に戻るのは『あっという間』でした。そして今は姉と甥からお金を巻き上げているのです。あるイベントで知り合った少年院の刑務官が嘆いていました。犯罪を犯して少年院へ来た子の殆どが家庭に問題を抱えているそうです。刑務官は少年院に来た子供たちを更生させるべく、真剣に1人1人と向き合い、話を聞いて寄り添うようにするそうです。そして更生プログラムを元に再犯を防ぐようにしています。自分の過ちに気づき「もう悪いことはしない」と約束をして出所するのですが、未成年が戻る先は家しかありません。刑務官も受刑者の気構えは変えられても受け入れる家の中までは変えられないのが現状です。とても『もどかしい』と悩んでいました。A君のことも同じだと思うのです。自衛隊から帰って来る時までに親の心構えを変えられていれば彼の人生は違ったと…現在のA君は自分で働かずにお金を得る方法だけを考えています。例えそれが世間的に見れば間違っていても彼にとっては正解。そのように歪んだ常識を誰も正さなかった。誰もが腫れ物に触るように接し、報復を恐れ見て見ぬふりをする。A君の両親は幼い頃から部落差別による迫害を受けてきました。その背景から『子供をバカにされるてはいけない』と彼らなりに必死になって守ってきたのでしょう。毒親の背景には根深い時代背景も関連していると私は思うのです。A君と会う機会があれば彼と話して、少しずつでもいいから歪んだ彼の常識を変えてあげたいと思っています。彼自身も過保護な毒親の被害者ですから。最後まで読んでくださりありがとうございました。
2025.11.03
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根深い毒親からのしがらみから抜け出した方法生まれて直ぐに属するのは『家族』という名のコミュニティ。その小さな世界が子供にとっての全てになります。親の行動を見て子供は育ち、親の発する言葉で学ぶのです。『子は親の鏡』とはよく言ったもので、親が接したようにしか子供は育ちません。成長とともに親の言動に違和感を覚えるか、そうでないかでその後が変わります。違和感を覚えなければ同じ道をたどるのです。私の母親がそうでした。これまで聞いてきた母親の愚痴は父親のことか私の祖父母のことが多く、祖母は当時の私の母親と同じことをやっていたのです。ただ、祖父が愛人を作っていたので家族内は敵味方に別れてしまったことで、その後の母親の人生に大きく影響を与えたように感じます。なら、私は子供たちのために負のスパイラルは断ち切らねばなりません。自分のことが一番大事な母親。それと、子煩悩ではあるけど精神的な未熟さのある父親。こんな家庭環境で育ったので私自身も精神的に未熟でした。友達と会っていても会話は母親と同じように人の悪口ばかり。常に満たされない思いを抱えていたので不満しかありませんでした。そう、結局のところ私も母親と同じことをしていたのです。途轍もなく嫌な女でした(;´Д`)この世に生を受けて一番最初に所属するコミュニティが家族。そこで覚えたコミュニケーション方法しか知りませんから、本人が自覚しない限りは親と同じ行動を取ってしまいます。自分のそんな言動に気づいたのは結婚して子供を持ってからでした。結婚・出産が一度目の転機一番上が小学生になった頃、自分が母親と同じことを言ってることに気づいたのです。「お母さんがお父さんに怒られちゃうから」ということを口にした時、ハッとしました。私は、あの母親と同じことを言ってる…それからは誰かの悪口を子供の前で言わない。自分が可哀想という態度を取らない。などなど、自分で自覚していることはやらないように努力しました。そして両親にはやってもらいたかったこと子供と一緒に遊んだり、子供が喜びそうな物を段ボールで作ってみたり、流行っいる音楽で一緒に踊ったり(当時は”慎吾ママのおはロック”)自分がやってもらえたら嬉しかったと思えることをやりました。とにかく、子供が喜ぶ顔を見ると子供に愛情を注げているんだと安心できというのもあります。(元旦那にはメチャクチャ怒られましたが…)その後、一番上が中学2年の時に離婚。結婚14年目での離婚が二度目の転機子供のこと、生活の全ては私1人の肩にのしかかりました。それと同時に、自分がいかに母親のように配偶者に依存し、自分で考えて行動して来なかったかに気づいたのです。ここは、踏ん張りどころ!そう思って頑張っていましたが、どうしてもネガティブになってしまう。私は離婚する6年ほど前から精神安定剤を服用していました。不安に支配されると体がだるくなり寝込んでしまうのです。これは結婚生活もさることながら成育歴も関係すると考えていた私は焦りました。何とかしないと…とカウンセリングを受けようと思いましたが経済的に余裕がありません。そこで、まず初級心理カウンセラーの勉強を始めました。自分の感情の流れや志向を理解すれば何とかなるかも?そう思ったのです。本当に基本的なことが分かった後は、セルフカウンセリングの本を買いチャレンジしてみました。素人が独学でやるものではないのでしょうが…でも、そのおかげで私自身がどういった感情になった時にネガティブな思考になるのかという思考の癖を見つけることができたのです。そこからは自分の感情や思考を俯瞰して見るように毎日毎日訓練しました。ネガティブな感情になるきっかけはなにかそうならないためにどうしたらいいかネガティブな感情や思考に流れるのは一瞬です。この訓練をするようになってから自分がネガティブに思っていることは、実はそんな大きなことではないということに気づくことができました。私は母親の愛情を知りません。それは人格形成に大きくかかわってきます。その影響を断ち切れた今、同じように苦しんでいる人の支えになれたらと思っています。最後まで読んでくださりありがとうございました。群馬県みなかみ町にある宝川温泉♨私が初めて水上温泉に行ったのは32年前昔懐かしの射的やゲームがあってちょっと楽しかったです(^^)あの頃はバブル崩壊直後だったので団体客なども多く賑わっていましたが、今はそれもありません。ですが、温泉をゆっくり楽しみたい人にはお勧めです。何と言っても、日本一の大露天風呂がありますからね(*^^)v
2025.11.01
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子供のことを常に否定する毒親 ~自分は野球が好きだからとサッカーをやる子供を否定し続ける毒親~毒親の行動はタイプ別など関係なく子供の自己肯定感を低くしてしまいます。『フキハラ』『悲劇のヒロイン』『完璧主義』いずれの毒親も、自分の都合を優先して子供の人格を見ようとしません。子供を褒めるでもなく、自分の考えや感情を優先する。このような環境では自己肯定感を持てるはずがありません。そこへ更に言葉で否定されるのが『子供のことを否定ばかりする』毒親を持つ子供です。態度だけでなく言葉でも否定された子供は投げやりになり、自分を見失うことも少なくありません。『子供のことを常に否定する毒親』というと、一番に思いつくのは元旦那です。元旦那の場合、子供だけでなく私も否定の対象ですが…(^-^;長男が小学校3年生の時、少年サッカーチームに入りました。一つ上の従兄がやっていたこともあって、息子もやりたがっていたので入団させることにしました。ですがサッカーに興味がなかった元旦那は全く息子たちに関わろうとせず、送迎や遠征は私の役目でした。長男は中学生になるとクラブチームに所属。それまではお金のかからないボランティアのようなチームでしたがクラブチームはそうはいきません。しかし、サッカーをすることに反対していた元旦那は我関せずだったので、私のパート代から出していました。なのに!クラブチームに入った途端に口だけは出してくるよなったのです。練習があるのは週に2回、土日は殆ど遠征か地元近くのグランドで練習試合。夜10時頃に練習から帰って来る息子に「ちゃんと練習しろよ! 金かけてやらせてやってるんだから結果を出せ!」そう、毎回言ってきました。それだけではありません。遠征や練習試合の翌日にチームのホームページを見ては「お前、何やってるんだ!金かけてサッカーやらせてやってるのに名前が乗ってないじゃないか!」と息子に怒鳴るのです。チームのホームページには得点した選手とそのアシストをした選手の名前が出ます。名前が出る選手はトップ、フォワードなど、センターラインより上のポジションにいる選手です。しかし、うちの息子は右サイドバック。デイフェンスがメインのポジションです。名前が出るはずありません。そんな超人的なことが出来るのは日本代表の選手くらいではないでしょうか?それくらい無理なことを息子に言っているんだと元旦那は聞く耳を持ちません。ブチ切れた私は「サッカーというものを理解してから言え!」と怒鳴りかえしてやりました(^^)v「俺はサッカーは好きじゃない」と、子供のやりたい事を受け入れようとせず、関わろうとしない。そのくせ、『父親』というだけで理不尽な文句を言う。そんな男に息子を潰されたくはありませんでしたから。ここで母親である私が守る姿勢を見せていなければ息子の心は壊れていたでしょう。息子や元旦那に気づかれないように影で手を回し、思いつく限りの手を使って息子を守りました。毒親を持ったことで悩み、苦しんでる人たちから相談を受けている今『息子を守ること』これをやったことは後の息子に良い影響を与えていたと感じます。次回は私が毒親の呪縛からどうやって抜け出せたのかを話していきたいと思います。これは北軽井沢にある白糸の滝です。滝の近くにある茶屋では鮎の塩焼きが食べられ、そこが子供たちのお気に入りでした。高校生の頃にはついてきてくれたのですが、アラサーにもなると親は放置ですねwまた、夏に今度は一人で堪能してきたいと思います。
2025.11.01
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完璧主義の毒親 ~俺の言うとおりにしてれば間違いないと豪語する毒親~毒親というのは意外と身近にいるものです。10年程前に次男の高校より案内がきた講演会に足を運びました。その公演は「ひきこもり」についてのもの。当時から毒親というものに興味があり勉強していた私は「ひきこもり」についても知りたかったのです。結果、私の推測していた通りの答えだったので少しだけ自信に繋がったのを覚えています。「ひきこもり」と「完璧主義の毒親」はあると私は思っています。完璧主義の毒親の殆どは自己評価がメチャクチャ高いのです。私が見てきたある男の子の父親も自分の生き方に異常なまでに自信を持った人でした。その異常なまでの自信は息子への攻撃へと変わっていきます。男の子には一つ下の妹がいますが、その子には傍から見ても溺愛しているのがよく分かりました。学校から帰ってきた息子に「今日も目標をもって学校生活を送ってきたか⁉」と大声で聞く。幼い頃からそんな接し方をされていた息子の方はすっかり萎縮していました。中学は小学校の頃の友達と一緒に公立へ入学。自営業で成功している父親は、その手助けをするべく良い仕事につけるように高校は進学校に行くようにと強要。当然、テストの結果は高順位を求められ、点数が低いと説教が始めります。最もテスト結果が良くても褒めることなく、更に上を目指すよう強要する。その息子さんは本当に優しく、何事にも一生懸命な子なんですよ。私は何度かその父親と話したことがあります。実を言うと、この息子さんは私の息子の同級生でして、そういった関係から父親とも話す機会を持てました。話をする度に息子さんの良いところを伝えるのですが、「あいつはダメな奴だから俺がしっかり導いてやらないと」と言って自分の息子の良いところを認めようとしません。『このクソオヤジが!』と何度思ったことか(;一_一)結局、中学を卒業して会う機会が無くなってしまいましたがその後、息子さんは進学校へいき大学へと進学。大学卒業後は就職したそうですが、1年ほどで退職。そのまま家に引きこもってしまったそうです。「俺の言う通りにしていれば間違いないんだ!」そう言って子供に完璧を求め、自分で息子の進学先を決める。要は人生のレールを親が敷いてしまうだけでなく、子供の考える力も奪ってしまうのです。イヤイヤながらも親が敷いたレールに乗って人生を歩んでいた子供が、就職して社会へと出る。そこで初めて自分で考えて行動をしなくてはいけないという壁に突き当たります。自分で考えて行動することを拒絶されて育った子供は指示をされなければ何もできません。息子さんは自分が周囲に受け入れられない理由が分からなくなってしまったのでしょう。立場的に難しかったとはいえ、彼の力になれなかったことを悔しく思います。最後まで読んでくださりありがとうございました。次回は4タイプの中の『否定ばかりする毒親』について書いていきたいと思います。日光市にある竜頭の滝は茶屋の目の前にあるので、ゆっくりお茶をしたり食事をしながら眺めることができます。茶屋まで急な坂道があるので高齢者を連れて行くのにはちょっと厳しかったです。でも、紅葉と滝のコントラストは見ていて飽きませんでした(*^^)v
2025.10.29
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私の母親は悲劇のヒロインタイプの毒親「お父さんが○○してくれない」「お父さんのせいでこうなった」私は母親から常にそんな話を聞かされていました。ちょうどその頃、テレビで『くれない族の反乱』というドラマがありました。その内容を知って「うわー! うちの母親みたい」と思ったのを覚えています。本当に母親の愚痴をまとめると白馬の王子様を求めているんじゃないか?とさえ思えます(笑)自分は可哀想アピールして子供を盾にする母親ブログタイトルにもあるように私の母親は悲劇のヒロインタイプの毒親です。父親は依頼心が強く決断力がないくせにワンマンな昭和のオヤジ。兄弟は4つ上の姉と3つ下の弟、そして私の3人。姉が高校を卒業して進学の為に家を出たのですが、その時から母親の愚痴聞き役が私に回ってきました。それまで両親の関心は私にはなく、かなり自由だったような気がします。そんなものですから、ある日突然母親の愚痴聞き役にされた時は正直言ってきつかった…当時、中学2年生でしたからね。母親がかなり重く感じました。毎日のように父親の悪口や愚痴、近所の人の悪口を聞かされて自分は可哀想アピールをしてきます。同じような内容にウンザリして聞かないようにしていると「お前はあてにならない! お母さんがこんなに辛い思いをしてるのに!」と怒られて…あなたの際限のない悪口を聞いてると㏋がガリガリ削られるんですよ。そう言えたらどんなに楽か…反論しようものなら全く関係のないところから話をもってきて自分を正当化してきます。本当にめんどくさい人でした(;一_一)それだけじゃありません。父親の機嫌が悪い時には自分を庇うように毎回仕向けてきます。「お父さんが機嫌悪いから機嫌とってきて! じゃないとお母さんが辛いから」子供の頃は「泣いてるお母さん可哀想」でしたが、ある程度の年齢になると母親の言動には違和感しかありませんでした。家を出れば、そんな重い母親と距離を置くことは出来ますし、ある意味解放されます。でも、生まれて初めて属するコミュニティがこの家族ですから、私自身にも母親のような人への接し方、考え方は染み付いているのです。無意識に母親と同じ行動をしている自分に気づくたびに自己嫌悪に陥って…あの頃は本当に自分が嫌いでした。しかし、ある方法で母親と同じ行動をする自分から脱出したのです(*^^)vこの方法は後の記事で書いていきたいと思います。最後まで読んでくださりありがとうございました。次の記事は毒親4タイプの中の『完璧主義の毒親』について書いていきたいと思います。父親が祖父母を四万温泉まで送って行くのに家族でついて行ったようなのですが、幼すぎて覚えていません(^-^;唯一覚えているのは雪の積もる渋峠(日本一標高の高い所を通る国道)を通ったことです。次は自分の運転で綺麗な四万湖や渋峠を通ってみたいとお思います。
2025.10.29
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フキハラ(不機嫌ハラスメント)タイプの毒親とは?前回の記事で毒親は大きく分けって4タイプに分類されると話ましたね。その中の一つのフキハラ(不機嫌ハラスメント)について書いていきたいと思います。フキハラというと私は中学校の時の部活の顧問を思い出します。当時30代前半だった男性教員なのですが、この先生はメチャクチャ自分の感情に左右される人でした。不機嫌な時は練習中に怒鳴り散らして…嫌な気分で練習をしていましたが、部活の時間が終われば解放されます。しかし、そう簡単に解放されないのが毒親からのフキハラ。私が相談を受けた方の話を例に説明していきたいと思います。晩酌の時に子供に話し相手をさせるフキハラ親父子供が自分の思うように動かないと不機嫌になって当たり散らす。親の不機嫌は子供にとって不安になりますし、居場所がないような気持ちになります。そんな子供はどこで安らげばいいのでしょうか?子供が家で心の安定と居場所を求め親の望む通りの言葉を口にするようにしたり、親の望む行動を取るようになるのです。他に行く場所なんてありませんし、子供って今いる環境で生きていくしかありませんからね。私が以前勤めていた会社で知り合った女の子の話をしたいと思います。その女の子は幼い頃から毎晩、父親の晩酌に付き合わされていたそうです。父親が仕事から帰って来る時間が近づいてくるとドキドキして緊張してしまうと言っていました。家に帰って来ると居間のいつもの場所に座り晩酌を始める父親。そして、子供たちを自分の目の前に座らせるしかも正座で…お酒を飲み始めた父親は饒舌になり、娘たちに職場での愚痴を聞かせます。1時間は序の口で長い時は10時過ぎまで及ぶとか。長い時間正座をさせられ、父親の愚痴を聞く。話の内容が分かる大人でもうんざりしてきます。話の内容が理解できない子供には苦行ですよね?そうなると居眠りをしてしまっても仕方ないと思うのです。でも、眠そうな顔をすると不機嫌になり怒鳴ってきたとか。怒鳴られるのが怖くて必死に眠気に堪え、父親の気に入るであろう返事をする。それでも何回も居眠りをしてしまったことがあったそうです。すると、父親はブチ切れて彼女を家の外にある物置小屋に連れて行き「父親の話を聞かずに居眠りしたバツだ!」と言って、彼女の首にロープを括り付け柱に繋ぎ放置したそうです。父親が酔いつぶれて寝た頃に母親が迎えにいってたそうなのですが、それを聞いて私はメチャクチャ腹が立ちました。この父親、教育的指導してやろうか‼ (--〆)おそらく、この父親は外では自分の言いたいことも言えない性格だったのだと思います。だから、自分の妻や子供という立場の弱い人間を従わせることで自分の自尊心を保っていたのでしょうね。彼女は高校を卒業後、就職して家を出たそうなのですが、幼い頃から恐怖で支配されていた彼女の心の深い傷を癒すのに長い時間を要すると思います。彼女とは残念なことに縁が切れてしまいましたが、現在相談を受けている人たちにはこれからも寄り添い力になって行きたいと思ってします。最後まで読んでくださりありがとうございました。次の記事は『悲劇のヒロインタイプの毒親』について話していきたいと思います。草津温泉の源泉の温度はは95℃と非常に高いため、湯畑に流して温度を下げるようにしているそうです。名物の湯もみも温度を下げるため行われていたとか。小さい頃に家族で行ってると父親は言うのですが、幼すぎて私は覚えていません(^-^;源泉は腰痛に良いと聞きますので、紅葉の季節に両親を連れて行ってこようと思います。
2025.10.27
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私は毒親育ち その呪縛から抜け出すまで ~毒親とはどういう生き物?前回は私の自己紹介をメインにお話させていただきました。私の経験上、毒親というのは自分が一番大事な生き物だと思います。自分が一番で、それを守るためには子供を犠牲にする。無自覚だから怖いんです(;一_一)そんな毒親はどういう生き物なのか書いていきたいと思います。毒親とはどういう生き物なの? ~4つのタイプの毒親~そもそも毒親とは1989年にアメリカの臨床ソーシャルワーカー、スーザン・フォワードの著書からきています。「子供の人生を支配し、子供に害悪を及ぼす親」という意味で毒親という言葉を使い始めました。確かに私自身に置き換えて考えてみても悪影響しかなかったように思います。ていうか、悪影響だけでした(;´Д`)私のところに相談してくれる人たちも毒親の害悪に苦しんでいます。この方たちの親は私の親のタイプとは異なりますが、子供に害悪なのは変わりありません。毒親とは大まかに4つに分かれます。1.フキハラ(不機嫌ハラスメント) 自分の思い通りにならないと直ぐに不機嫌になり、物に当たり散らしたり暴言を吐く。2.悲劇のヒロイン 子供が話しかけても「自分の方が大変」と子供の話は聞かずに自分のことばかりを話して子供は聞き 役になる。3.完璧主義 子供のミスを認めず常にパーフェクトを求める。 「100点以外は認めない」「賞を取らなければ意味がない」など4.否定ばかりする 「こんなこともできないの?」とか「私があなた位の時にはできてたわ、本当にダメな子ね」 などと、子供の些細な言動まで否定する。この詳細については次の記事で説明していきたいと思うます。タイプ別に分けてはいますが、基本的に毒親の根底にあるのは精神的な未熟さがあるということです。未熟が故に自分のことしか考えられず、自分の子供を支配しようとしたり、自分の都合を優先する。要は、このようにして自分の心やプライドを守ってきたのでしょうね。例えていうと私の姉が高校生の時のことの話をしたいと思います。難しい年頃の姉はしょっちゅう父親と衝突していました。その後は100%の確率で姉は自室に籠り、父親は不機嫌になります。不機嫌になった父親は母親に八つ当たり。すると、母親はこっそり私を台所に呼んでこう言ってきます。「お姉ちゃんが部屋に籠ってると、お母さんがお父さんに当たられて辛いから 早くお姉ちゃんを呼んできて」当時、私は小学6年か中学生です。アルバイトからの帰宅時間が少し遅くなっただけで父親に怒鳴られた姉を何故、父親のいる居間に呼んで来なければいけないのだろうか?子供でも分かることなんですけどね。自分が『辛い』という理由で子供を不機嫌な父親の前に連れ出そうとするのです。勿論、私は姉を呼んで来ませんでしたけどね。このように毒親は自分が一番大事な生き物なのです。最後まで読んでくださりありがとうございました。次は4タイプの中の1番目、フキハラについて話していきたいと思います。これは6月下旬に山形米沢市に行った時のものです。車で行ったのですが、下りの安達太良サービスエリアにはウルトラマンティガ上りにはウルトラセブンが設置されてます。写真だけ撮って満足していたのですが、この自販機でドリンクを買うと「シュワッ!」という音声が流れるそうです。次回はドリンクを買って動画に収めたいと思います!(^^)!
2025.10.24
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私は毒親育ち その呪縛から抜け出すまで ~母親は悲劇のヒロインタイプの毒親~初めまして。3人の子育てを終えた、アラ還シングルマザーのコロコロ心コロシアムです(^^)近年SNSやテレビなどで毒親というワードを耳にするようになりましたね?字面からして「親が毒なのかな?」と漠然としたイメージはできると思います。では、親のどのような言動が毒親と呼ばれるのでしょうか?また、毒親の元で育つとどうなってしまうのか?毒親は基本、非常識ですからね影響を受けて育つと生きにくいし、苦しんですよ(;´Д`)でも、私はその呪縛から抜け出すことができました。それを私自身の経験を元に話していきたいと思います。まずは自己紹介冒頭でお話しましたが私はバツイチのアラ還です。4つ上の姉と3つ下の弟の3人兄弟。母親は『有り得ない言動』を上げたらキリがないくらいの毒親っぷりwそんな私は40代前半まで人との付き合い方が分からずに生きてきました。幼稚園から小学校4年生くらいまでは1人で行動していた記憶しかありません。幼稚園に入る前は近所のおばあちゃん(祖母ではありません)の畑仕事を眺めたりしていました。幼少期はそんな感じで、いわゆる放置気味で育ったわけです。人との関わり方が分からないから大人になっても何となく距離を取られていました。「みんな、どうして上手に付き合えるんだろう?」「なんで私は他人に受け入れられないんだろう?」いつも虚無感と満たされない思いを抱えていました。なんていうか、いつも一人ぼっちという感覚が強かったですね。自分は何でこうなんだろう?と、ずっと悩んでいました。後に分かったことですが、4つ上の姉も3つ下の弟も同じ思いを抱えていたようです。こんな思いを抱えながら結婚し3人の子供をもうけました。しかし、子育てしていく中で『母親と同じことをしてはいけない』と常に自分の行動に気を使って。母親と同じことをしてしまいそうになると自己嫌悪に陥入り、自分なりに正解を見つけては子供たちと接する。結婚生活は14年ほどで終了しましたが、シングルになってからは自分の言動に注意しつつ子供たちのケアをしました。しかし、1人で子供3人を育てる上で母親のメンタルが不安定だと子供たちが安心できません。でも、カウンセリングを受けるのは経済的に厳しい…「だったら自分で勉強して解決方法を探そう!」そんな考えに至り、先ずは初級心理カウンセラーの勉強を始めました。そして自分の思考の癖に気づき、次にセルフカウンセリングという道に辿り着いたのです。あれは、辛かった…(T_T)でも、それがあったから今の私があるのです。人と話すと相手の育った環境が何となくですが分かり、「だから、この人はこんなこと言うんだろうな」と、相手の思考の癖が見えて来るようになりました。それだけではなく、子供の友達の虐め問題も解決できて、10年以上経った今でもその子とは連絡を取ってます。この子もまた毒親の元で育ちました。また、同じ様に毒親育ちのせいで苦しんでいる人たちから「話を聞いて欲しい」と、相談を持ち掛けられたりもしています。私の経験が人の役に立つと思うと嬉しいですね(^^)だからといって調子に乗ることなく日々勉強して精進し、これからもそういった人達に寄り添って行けたらと思っています。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。これは鬼怒川温泉の鬼怒川プラザホテルに泊まった時に部屋から撮った物です。この時は父親の兄弟(長兄93歳、父親、母親、妹80歳、末妹77歳)を連れて行きました。自分の考え方が変わったことで出来たことです。秋には赤や黄色に彩られて、また違った景色が楽しめるでしょう。その頃にまた連れて行きたいと思います(^^)
2025.10.21
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