ぴろぴろ日記
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急な出張でずっと国外にいた。言語的環境は、母国語使用可能な地域だったので非常に楽であった。言語的苦労にまったく煩わされる事なく研究に専念できたのは、幸いであった。一緒に同行した(と言うより私が同行かな・・・?)スタッフは、少なくとも私より知識も経験もあるが、言葉に振り回されていた。 日本語から、英語、ドイツ語、ロシア語の通訳が入ってから、我が母語に変換しているから時間もかかるし細部に微妙なし違いが出てくる。結局、私と親友から紹介されたスパイ(以前、ロシアとエストニアで、面倒を見てくれた親友から紹介された政府の役人で、日本語ができるのに私には隠していて告げなかった若者)が修正してまとめた。自分の専門分野だし、凄く楽だったが取り合えず大変苦労していますみたいな顔をして、スパイと旅行に行ったり、親友と温泉に行ったりして上司を欺いてしまった・・・・。 親友とは久しぶりにあったので、彼の城でずっと一緒に過ごした。日本から来たスタッフや同僚は、私の生い立ちを知らない者だけだったので、私がここで育ったことも知らない。ちょっと言葉が堪能だから地元の人とも直に仲が良くなるとでも思ったようだ。親友は、兄弟同然にともに育った事も全く知らないので、政府の私に対する処遇に若干やっかみも感じていたようだ。 2カ月に及ぶ滞在で、私は、殆ど母国語だけで生活し、一緒に滞在した上司や同僚が言葉で苦労しているのを傍で見ていると、昔、日本帰国時に日本語で苦労した事を思い出した。 帰国時は、みんなが一刻も早く帰国しようとしている時に、また、私だけが、台湾経由で帰ると告げると、ちょっと変わってるみたいな言われ方をした。日本出国前に、息子がイレウス症状で入院していてそのまま病院におきっぱなしだったからどうしても台北経由で帰る必要があったためだ。出張中は、私だけが結構相手方から優遇してもらったから(相手方は親友の配下だから当たり前なのだが)、日本に早く帰ってとっとと仕事しろよってな嫌味を言われた。 みんながに日系のキャリアで帰るのに、一人チャイナエアラインに乗り換え、23日に台北着、本日帰国となった。2カ月間の母国への里帰りよりたった5日間の台湾での子供の世話の方がはるかにつかれたよ。
2006.11.27
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