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今年1月のおみくじ。吉。賀茂神社。 全てに平穏無事、こころ穏やかな平和な時です。 こういう時は何事も一歩さがって相手に譲る気持ちでことに当たれば、 たいていのことはうまくいきます。 「稔るほど頭を垂れる稲穂かな」 実力と才気を誇ることなく、好機の到来を待てばやがて大きな幸運に めぐり合うことができます。今年9月のおみくじ。吉。宇佐神宮。 ゆきくれて まよえる野辺のほそみちに さやけき月のかげはさしたり 目上の人のひきたてにより思いがけぬ幸運があります。 心を引き立て奮発して一心につとめなさい。 けれどあまりに勢いにまかせて心におごりを生ずると災いあり一年を振り返ると、どちらも思い当たるふしがずいぶんとあるなあ。
2007/12/31
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小野道風から始まり、北大路魯山人で終わった2007年の「人物記念館の旅」。訪問数は76館となった。2005年が70館、2006年が61館だから、新記録ということになる。累計では217館。来年は83館の訪問ができたら300館か、、、と皮算用。今年は、名古屋、京都、熊本、秋田、金沢、函館、長野、山口、と回ったが、それぞれに印象の深い記念館と人物に触れて収穫の多い年だった。今年は秋田も訪問したので東北6県はすべて踏破した。来年はどこを集中的に攻めようか。-------------------------------------------------------------山形県 北大路魯山人 東京都 南方熊楠 辻村寿三郎 宮城県 藤田喬平 山口県 乃木希典 高杉晋作(下関) 吉田松陰 伊藤博文 桂太郎 木戸孝允 青木周弼 高杉晋作(萩) 宮城県 澁澤龍彦 大分県 山下清 マルク・シャガール 野上弥生子 吉丸一昌 北海道 高田屋嘉兵衛 北島三郎 土方歳三 石川啄木 金子鴎亭 川田龍吉 カール・レイモン 宮城県 柳宗悦 長野県・新潟県 河井継之助 山本五十六 中島千波 高井鴻山 葛飾北斎 池田満寿夫 佐久間象山 東山魁夷 高濱虚子 渥美清 小山敬三 島崎藤村 石川県 泉鏡花 五木寛之 徳田秋聲 室生犀星 松井秀喜 大分県 村上玄水 山形県 阿部次郎 清河八郎 高山樗牛 山形県・青森県 白瀬のぶ 石川達三 菅江真澄 石坂洋次郎 山下太郎 矢口高雄 埼玉県 安岡正篤宮城県 歌川広重 山形県 斎藤真一 最上徳内 熊本県 夏目漱石 小泉八雲 徳富蘇峰・蘆花 横井小楠 京都府 島津源蔵 末川博 大河内伝次郎 池大雅 新島襄 平山郁夫 佐藤忠良 最澄 橋本関雪 河井寛次郎 福島県 高村智恵子 宮城県 扇畑忠雄 愛知県 豊臣秀吉・加藤清正 森村宜稲 加藤唐九郎 小野道風
2007/12/30
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久しぶりに仙台都心に出て妻と買い物をした。まず、ヨドバシで前々から欲しかった「iPod touch」を入手した。この製品は購入者のブログをみるとあまりに評判が高いので買わざるを得ない。ミュージック中心の使い方になるのだろうが、操作感がいいので楽しみだ。次にアエルの丸善で新著「勉強はやめて、けもの道を走ろう!」のありかを確かめる。新刊のビジネス本のコーナーに積まれてあった。それから年末年始に読む本をみつくろう。「大人の見識」(阿川弘之)新潮新書「空海の哲学」(北尾克三郎)「日本の10大新宗教」(島田裕巳)幻冬舎新書「効率が10倍アップする 新・知的生産術」(勝間和代)「日輪の遺産」(浅田次郎)講談社文庫「蒼穹の昴」1・2・3(浅田次郎)講談社文庫「カラマーゾフの兄弟」1・2・3(ドストエフスキー・亀山郁夫訳)そのまま2階の星山コーヒーで一杯1000円を超えるコーヒーを飲む。ヨドバシや丸善は思ったより人が少なかったが、このコーヒー店は満杯だ。夜は昨日の伊丹十三監督作品の「スーパーの女」に続いて、宮本信子の「マルタイの女」を楽しむ。年末年始モードに入った。
2007/12/29
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28日は大学でも仕事納め。午後4時からは、多目的室で教職員が集まり、馬渡学長の挨拶を聴いた。--------------------------------------------------------------今年は、足場を固めた年で、忙しい年だった。教育面の成果・入試倍率、入学者の学力水準を示す偏差値は少子化の流れの中でも現状維持か上昇・県民の支持と信頼が重要・就職については過去最高であった第一期生と同じかそれを超える水準にある 食産業学部はいよいよ一期生の就職戦線が始まる・初めて行った学生満足度調査の中で指摘を受けた問題点については事務局が素早い対応・太白キャンパスのはしか対応のためのキャンパス閉鎖とそのフォロー地域貢献への取り組み・大崎市との連携協定・気仙沼市との連携協定・各種シンポジウムを活発に行いいずれも盛況・河北新報の社説でも大学側から始まった新しい動きとして紹介された・河北新報の正月の大学と地域に関わる特集は宮城大から始まるそうだ大型の各種申請結果・認定看護師スクールが認可され来年度から開校・事業構想学研究科博士課程設置が認可された・大学基準協会の認証評価を受け先日合格の通知を受けた事務局の工夫・初の職員対象の研修会(SD)の実施。テーマは「学生満足度を高める」・夜間宿泊許可制で問題を解決・各学部からの環境改善要求にも工夫し対応・冬季のカフェテリアの寒さを改善し6度アップさせた公立大学法人化の進捗・知事の「法人化については県は大学と相談しつつすすめる」という方針に沿って準備・推進会議にも大学が参加・定款等の原案ができつつあり2月県議会で議論される・良い法人化を目指したい最後に・河北新報の宮城大10周年特集の最後にあるように 「宮城大は、、熱意と、、で、次のステージに移る」-----------------------------------------------------------
2007/12/28
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「知研フォーラム」299号。92ページと今号も充実している。 ホームページ:http://www.tiken.org目に留まった記事を書き留めておく。セミナー録「現場から学ぶ」は、韓国の産業心理学者・李昌雨さんの講演録。李さんは三星(サムスン)の人事関係のコンサルタントをやり、創業者のイー・ビョン・チョルとも親しい人物。この財閥と創業者の人生も興味深い。イー会長は会社には出ないで自宅で5-10年後の世界ではどんな知識が必要かをいつも考えている。5年後には何をもって食べるか、彼はそれだけを言う。会長の社長に対する人事考課は、いかに世界中から優秀な人材を集めてきたかの一点。高階時子さんの「楽しい事典の話」4は「キュリー夫人について、どんな伝記が出版されているの?」では、人物関係の事典が紹介されている。ネット百科Wikipediaの記述の元となった文献まではなかなか記載されていない。それを調べるのに便利なのが以下の事典だ。インターネットと冊子を併用することを勧めている。・「人物レファレンス事典」(日外アソシエーツ)・「伝記・評伝全情報」(日外アソシエーツ)・「人物研究・伝記評伝図書目録」(図書流通センター)故人となった桑原武夫京大名誉教授の1980年実施のセミナー録。「独創は情報の交錯から生まれる」。・カントも芝居もテレビもすべて材料・マスコミが事実と真実のすべてを報ずることはない・湯川博士は老荘の研究にも打ちこんでいた・ひょうたん鯰でハナをあかした仏人類学者・代入法・言葉、コメントにだまされるな・権力者の夫人の原国籍を調べたらウラが見えた・毎日一回、同じ問題を考える習慣を・成就の要諦は、時、所、位を得ること(熊沢番山)・人使いのコツ・親の出る幕はせいぜい条件整備あけ・独創性を育てるのは親よりも社会・歴史的ハンデと学者間の競争不足・人間は幸福である義務を持つ。知研顧問・寺島実郎さんの定期講演のお知らせ。「2008年の世界潮流を予測する-脳力のレッスンで考えよう」は、2月18日に東中野で行われる。毎年定点観測の形で講演をしてもらっているが、聞き逃せない。「名著の早読み図解読み」は副島隆彦の「ドル崩壊」--八木哲郎解説「私が童話作家になれた、その方法」--溝江怜子「第3の旅-ネパールに愛の嵐を求めて」---伊藤松郎「整備士の仕事」---小林尚衛「イスラム研究」--八木哲郎「JJフォーラム」の「そもそも年金制度、何がおかしいの」「人物記念館の旅」--久恒啓一 寺山修司--百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる 棟方志功--神よ、仏よ、全知全能させ給え
2007/12/27
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ビジネス社から出す新刊本の配本が始まっている。2008年1月1日発行なのだが、仙台の丸善でもう見かけたという情報もあるから、予想よりも早く書店に並ぶのだろうか。この本では、私の「もう一つの現場」であった「知的生産の技術」研究会での30代の活動をはじめて詳しく書いた。以下に「前書き」を載せるが、私はある時期から本の前書きには「この本を書くに至った経緯」を書くようにしている。いずれ著書の前書きを年代順に並べてみると面白いかもしれない。----------------------------------------------ここ1-2年ほどの間に書いた「通勤電車で寝てはいけない!」」(三笠書房)、「残業はするな、前業をせよ!」(大和書房)は、思いのほか若いビジネスマン層に読まれたようで、ネット上でも反響がかなりあった。「図解コミュニケーション」をキーワードとする私の一連の著作に親しんでもらっている層とは違う読者象が見えた気がする。大企業での管理職経験のある私の本音や実感は、仕事の現場で悩んでいる若者にかすかに届いたようでもあり、私は若者に対する仕事や人生のアドバイザーの役割も自覚するようになった。「ウェブ進化論」「フューチャリスト宣言」などの著作で、IT時代を生きる若者に圧倒的な支持を得ている梅田望夫さんの最新作「ウェブ時代をゆく」では、冒頭で「1975年から2025年までの半世紀」は、百年後に「情報技術(IT)が世界を大きく変えた時代」と総括されるに違いない、と喝破している。私は1950年生まれだから、この歴史的な転換期である半世紀は、ちょうど25歳から75歳までの期間にあたる。前半は大企業の中で仕事をし、47歳のときに転身し今は大学で教鞭をとって10年たった時点にいる。大人になってからの50年間はIT革命の夜明けから成熟までの期間ということになり、実に得がたい経験をしているということになる。それはさておき、「ウェブ時代をゆく」では「高速道路とけものみち」という比喩を使っている。IT時代はテーマと自由時間さえあれば高速道路に乗って一気に最先端の近くまで行くことができるし、一方で組織に属すことなく好きなテーマを追いかけながら今まで誰も歩かなかった「けものみち」を行くと、それで飯が食えるようになる可能性を描き出していて若い読者に勇気を与えている。思えば、私は企業の中で舗装道路を歩いてきたというより、あちこちぶつかりながら独自の道を愚直に切り拓いてきたという感じを持っている。また社外のビジネスマン勉強会である「知的生産の技術」研究会(知研)を活動の場にして、自分をこれまた愚直に磨いてきたという想いも持っている。今となってみればどちらも細く、そして見通しがきかない「けもの道」だった。けもの道といえば松本清張の同名の小説があり、誘惑に負けて転落していく久恒という名前の刑事がいたことを思い出すが、仕事でも社外勉強会でも明確な先例や先行モデルがない、その道をやぶをこいで登ってきた。小さくない組織では20代はまだ何者でもない修行の身であるからさほど深刻ではないが、30代を迎える頃には何かをこの組織で為したいと切望している「志」ある若者は、自らの適性と専門性の構築についての悩みに襲われるケースが多い。だが自ら就きたい部署に配属されることは希でその時点での毎日の仕事と自分の意識とのずれに苦悩しながらハードワークを重ねるという人が多数である。30歳から45歳という「魔の15年」をいかに過ごすかによって自らの将来が大きく左右されるのは間違いない。迂遠なようだが目の前に与えられた小さな問題を心を込めて一つ一つ解いていくという心構えを持って仕事に精を出し続ける以外に対応策はない。小さな問題を解くともう少し大きな問題が与えられる。それを解くとさらに大きな問題を提示される。組織においてはこの連続の中で人は育っていくのである。問題解決の最前線に立ったとき、私たち日本人が好む言葉は「勉強」である。その言葉は日常のあらゆるシーンで耳にする。他国・他業界・他社の事例研究を勉強する、つまりはそれを真似するという行動様式は日本のあらゆる組織に蔓延している。これはいわば真似とパクリの仕事術であり、自分の現場の足元を掘り切るという単純で大事なことをおろそかにしていから深い独自解に届かないことが多いのではないか。だから勉強してはいけないと思う。この本では、仕事へ取り組む心構えと同時に、今まで断片的にしか記してこなかった、私のもうひとつの現場であった「知的生産の技術」研究会での主に30代の活動を詳しく紹介し参考に供している。長い間、社外勉強会に参加・参画してきた私の結論は、「勉強してはいけない」だった。この場ではボルテージの高い人達から強い刺激を受けたが、彼らの知識を勉強したのではなく、そういった高みに至った独自の方法論と具体的な技術を学んだ気がしている。 また、私はこの3年ほど、主に明治以降の偉人を顕彰した全国の人物記念館を歩くという旅を続けており、訪れた数は200館を超えている。これもやはり誰も歩いてこなかった「けもの道」だが、優れた仕事師たちの業績と人生、そして彼らの壮絶な人生から搾り出た言葉に私は強く惹かれている。日本には偉い人がたくさんいたと改めて思う。こういった仕事師たちの遺した言葉もこの本の中で紹介しているが、それが若い読者の心を打つとすればこんな嬉しいことはない。 最後に、IT系ならぬ、こういう根性系の先輩のアドバイスにも耳を傾ける若い人がいるのであれば、書いた意味があるし、幸いに思う。--------------------------------------------------
2007/12/26
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週明けのクリスマスの日。9時:秘書とのスケジュール確認9時15分:ホームページ打ち合わせ9時45分:学外からの訪問者と打ち合わせ10時半:少し遅れて学長補佐会議に出席12時半:書類整理13時:センター入試説明会114時25分:センター入試説明会215時半:学部生の卒業論文指導16時:ゼミ生からの相談に対応16時30分:大学院生の修士論文指導17時30分:美容院で頭髪のカット夜は自宅で家族4人でクリスマスの食事会だった。我が家はイベントごとに外食や自宅での食事会をするのが家風となっているが、いつまで続くだろうか、、、、。夜、ゆっくりした揺れが長く続いた。地震である。夜に揺れがあると大きく感じて、いよいよ宮城沖地震か、といつも緊張するが、しだいに収まっていった。
2007/12/25
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山形美術館で開催中の「北大路魯山人と岡本太郎」展を見てきた。写真左から、一平、かの子、魯山人、太郎。20世紀の美術界で異彩を放った美の追求者北大路魯山人(1883-1959年)と「芸術は爆発だ!」の天才・岡本太郎の接点は、意外なところにあった。魯山人は書の大家であった太郎の祖父の岡本可亭(1857-1919年)に弟子入りし、同年代の超売れっ子漫画家だった可亭の息子の一平(1886-1948年)、そして人気作家の妻・かの子(1889-1937年)と深い交流を重ねている。だから魯山人は子どもの頃から太郎の成長の様子を知っている、こういう関係である。かの子が書いた「食魔」という小説には魯山人がモデルと思しき主役が登場する。律動するような黒い線とざわめくような原色で彩られている岡本太郎の絵は、祖父可亭の書と一平の漫画の描線とかの子の華麗な文学の所産であるとの見方がある。この展覧会には、魯山人の書、陶芸作品など64点、太郎の絵画、立体、書、陶芸なお54点、可亭・一平・かの子の書や原稿など23点が展示されていた。太郎の没後メキシコで発見された「明日の神話」の原画も公開されていた。「明日の神話」は第五福竜丸のビキニ環礁での被爆という悲劇を人類が乗り越えていく姿を描いているという。魯山人の書や陶器を実際に見るのは初めてだったが、ざっくりした器や重厚感のある桶、美しい壷などに目を奪われた。魯山人の作品の頒布もされていたが、織部の皿が230万、ぐい飲みが55万という値がついていた。親子ほど年の違う魯山人と太郎。どちらも毒舌家で唯我独尊であったが、そのやり取りと互いの人物評が書いてあり、楽しめた。岡本太郎の本はたくさん持っているので、魯山人の本を中心に何冊か買ってきた。現在読みかけの「知られざる魯山人」(山田由)とあわせて年末年始に読むことにしたい。楽しみだ。
2007/12/24
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渋谷区神宮にあるワタリウム美術館で10月7日から2月3日まで「南方熊楠 クマグスの森」展が開催されている。この美術館は始まりは11時と遅いが、終わるのも19時と遅いから夕刻から1時間以上見てまわった。南方熊楠(1867年--1941年)は、下記のようにチラシで紹介されている。若き日に地球上のさまざまな場所を移動した人物。柳田國男とともに日本の民俗学研究を立ち上げた人物。南方マンダラと呼ばれる思想を深めた人物。日夜、生物採集に没頭した人物。エコロジーという言葉を日本に最初に紹介した人物。そして「ミナカタ・クマグスとは、何者か?」というのがそのチラシのタイトルだったことに象徴されるように、熊楠は知的巨人である。和歌山にある記念館や顕彰館を訪ねなければならないと思っていたが、東京で今回の展があるのを新聞で見つけてみてきた。この比較的小振りの美術館では、4階の「海外放浪から那智・田辺へ」、3階の「内的宇宙へ」、2階の「森の生命の世界へ」とくだりながら見ていくという趣向である。南方熊楠は1867年生まれだから明治維新の前年に生を受けている。13歳で「動物学」という本をつくり、「宇宙諸体森羅万象」にして、これを見るにますます多く、これを求むればいよいよ繁く、実に涯限あらざるなり」という博物学宣言をしている天才は、17歳で入った大学予備門では、夏目漱石、正岡子規と同期だった。19歳、渡米。西洋近代思想、植物学の方法論を学ぶ20歳、サンフランシスコ24歳、フロリダ、キューバ。隠花植物25歳、ロンオン26歳、大英博物館。比較民俗学。Natureに「東洋の星座」を発表。 土宜法龍と親交。28歳、大英博物館の図書館で民俗学、博物学、旅行記を筆者。「ロンドン抜書」は52冊。30歳、孫文と会う34歳、帰国 那智山周辺--南方マンダラ「哲学的思考」37歳、田辺へ39歳、結婚44歳、柳田國男と文通59歳、摂政宮(昭和天皇)に進講。変形菌標本90点62歳、昭和天皇に進講74歳、永眠4階では、長男熊弥は精神のを得たこと、長女文枝はキノコの写生を父ら習う。父の大きな支えになった。妻の松枝と娘の文枝がタナベの自宅で亡き後の熊楠の書類をまもったことなどがわかる。新聞紙に挟んである集めたイハヒトデやフモトシダなどの標本が並んでいる。熊楠は滞在する場所によって、文献に頼る人文学とフィールド調査中心の生物学をバランスをとって用いていた。「世界を自分の目で見たい」「僕も是から勉強を積んで、洋行すました其後は降るあめりかを跡に見て、晴日本へ立帰り、一大事業をなした後、天下の男といわれたい」ミシガン州「むちゃくちゃに衣食を薄くして、病気を生ずるもかまわず、多くの書を買うて、神学もかじれば生物学も覗い、希・拉もやりかくれば梵文にも志し」と書いている。フロリダ・キューバへの大旅行では、藻類、シダ、キノコ、粘菌など花の咲かない植物である隠花植物に関心を持っている。ロンドンでは科学雑誌ネイチャーに二週連続で掲載されている。8年のロンドン滞在中に書物を抜書きした「ロンドン抜書」を残した。昭和天皇 雨にけぶる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思う南方熊楠 一枝もこころして吹け沖つ風 わが天皇のめでましし森ぞ3階。熊楠は若き日に「物と心の接触によって生する事の世界」を学問の対象と定めている。「事の学」の図がある。物の円と心の円の重なったところに「事」がある図である。この事は人界の現象であり、心界が物界とまじわって初めて生ずるはたらき。因果。物や心を個別に理解するのではなく、その関係性を理解したい。夢は事の一つの例である。真言密教の発想を借りて、自然科学から人文学まえのさまざまな学問分野を総合する学問モエルをつくり出そうとした、これが世に言う南方マンダラである。熊楠は男色、オナニズム、両性具有、宦官、売春、強制猥褻、性的錯綜、人肉食などに関心を寄せている。こういう部分を日本民俗学から排除する傾向のあったや柳田國男と最後は離れるようになった。宗教と政治の一体化を目的とした1906年の神社合祀令に対して、神社によって保たれていた人間と自然との関係を重視した熊楠は、神社合祀反対運動に関わっていく。「日本古来の宗教である神道は巨大なタブー体系のようなものといっても過言ではない」と述べている。宗教的な禁忌が幾重にも重なって人々の行動を律しているのが神道の実態であり、神道とはタブーの体系であると熊楠はした。「すべての現象が関連しあっている」、それが縁である。近代科学は一つの原因は一つの結果を生むという考え方だが、熊楠は「因果関係は複雑に関連しあっているために、どのような場所にいてもすべての現象と何らかの関係を持つことになる」と述べていて、「今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みがあるか)、縁が分からぬ。この縁を研究するのがわれわれの任なり」」。関係性が世界を作り上げている。仏教の「空」とは関係性のことである。2階。那智生態調査。粘菌。1階では受付にいた熊楠に詳しい女性のアドバイスを受けながら、松居竜吾の「クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙」(裸に一枚の布を巻きつけた熊楠が森の中に立っている写真が表紙)や、「南方熊楠アルバム」、そして南方マンダラとして熊楠の本質を描いた鶴見和子の本などを入手した。神道や密教についっての考察が興味深い。どうやらクマグスの森は深い宇宙らしい。このういった本を事前に読んで、次は和歌山に南方熊楠の記念館や顕彰館を訪ねたい。
2007/12/23
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日本を代表する人形師・辻村寿三郎(1933年生まれ)の「ジュサブロー館」は、営団日比谷線・都営浅草線の人形町から徒歩一分のところにある。このジュサブロー館は、創作人形の常設展と人形制作のアトリエを兼ねている。入り口を入ると人形が館内に見えて独特な雰囲気である。入り口の左には棚があって、仏像、うさぎ、町娘などの小さい人形が並んでいる。貝殻細工の一寸法師、浦島太郎などの昔話が面白い。シジミやハマグリの貝殻を使って動物、鳥、ネコ、鳥などをつくったり描いているが、どれも生き生きとしている。「縮緬(ちりめん)、指を伸ばして、、、」などの会話が聞こえてきた。受付と奥の洋風人形の展示室との間に、仕事場があって、そこに辻村寿三郎御本人が和服姿で座って、一心に人形をつくっていた。本人が仕事をしている記念館は初めてだ。弟子と制作の技術論を語っているのだった。奥の部屋。右の脇には50センチくらいの高さの着物を着た日本人形がいくつか立っている。正面には洋服を着た人形がミュージカルを演じたり、歌を歌っている様子の人形である。この部屋は8畳ほどの空間である。靴を脱いで階段を昇って2階にあがる。戦国武将、侍、貴族の人形。吉原の花魁の人形。天狗の鼻を持ったお面、頬かむりした庶民。「寿三郎のきものコレクション」の格子ちらし25.2万円よりで売っていた。振袖、付下げ、、。着物姿の婦人の顔は、本当の肌のよう。九代目団十郎の人形も見事だ。小さな作品も多い。そろばん、コーヒーカップ、牛、風雷神、阿弥陀様、、、。辻村寿三郎は、1933年(昭和8年)満州国に生まれた。広島の中学で演劇部に入部。17歳で演劇サークル夕鶴の会では脚本、演出、美術、役者として活躍。舞台美術も担当。22歳で上京。劇団人魚座の研究生になり人形を動かす技術を学ぶ。23歳、藤浪小道具(株)で八百屋お七なおの衣装人形を出品。27歳、創作人形制作を一生の仕事とすることを決意。28歳、第13回現代人形美術展に2点が入選。以来入選を続ける。30歳、「ブー・フー・ウー」のためのむいぐるみ人形を担当。33歳、第18回現代人形美術展で「アルジェの少女」が特選34歳、寺山修司脚本の「人魚姫」の人形制作35歳、人形作家グループ「グラップ」結成39歳、雑誌「芸術生活」に悪女列伝を連載。北条正子、、。40歳、NHK連続テレビ人形劇「新八犬伝」の人形美術を担当し脚光を浴びる。42歳、同じく「真田十勇士」43歳、文化出版局「辻村ジュサブロー作品集」44歳、芸術選奨「文部大臣新人賞」45歳、自伝エッセイ「人形曼荼羅」。蜷川幸雄の王女メデイア、ハムレットのアートディレクター46歳、NHK特別番組「辻村ジュサブローの世界・人形まんだら」49歳、人形芝居「風流蝶花形」「化鳥」「海神別荘」で国内巡演。イタリア、フランスで上演63歳、全国各地で人形展67歳、辻村ジュサブローを辻村寿三郎と変更71歳、酒田市に「さかた夢野の倶楽」オープン。こうやって並べてみると、人形という一点に切り込んだ寿三郎の足跡も興味深い。このジュサブロー館の開館時には、「長年の夢がやっと実現しました。人形達の美術館は私の愛の結晶なのえす。私の夢というよりも彼等が欲しかった夢なのかもしれない」と述べている。「人形場、人の形をした小さなhとけさま」ギリシャ神話、マリー・アントワネット、北条正子、、、など世界中のあらゆる物語を人形で表現しようとしているようだ。世の中の全てのものを独特の表現しようという意思を感じる。人形をつくるにはモデルの人物像、歴史的背景などを調べる必要があり、辻村さんはずいぶんと歴史などの勉強をしてきたのだろう。次から次へと世界が現れて興味が尽きない仕事だったと思う。一階に降りて「辻村寿三郎作品集」「寿三郎 作品集」を買おうとすると、御本人が「サインしましょう」といって現れた。そして話をした。つやもよく和服姿の和尚さんという雰囲気だ。「体が丈夫だから、。いつまえ続くかわからないが続く限り、、。先日もロスに行ってきたばかり。外国人も関心が高い。戦国武将などは現在の暴走族と同じ。いろいろな材料を試してきた。使わないものはないくらい」私の人物記念館の旅にも興味を示して「それは面白いでしょうね」といってもらった。人形制作も物語や歴史に登場する人物を表現することなので、共通の感覚があると感じた。小さな小さな仕事場で朝からずっと人形をつくっている。小さな引き出し、、。ちょうど女性の小さな人形をつくっているところを見せてもらった。体を布で覆ってアイロンで貼り付けていく、、。「顔の肌は縮緬(ちりめん)でつくる。」「彫刻は彫っていくが、人形は中におがくずなお柔らかいものをつめてそれが膨らむ力を使って、力を出すのです」「見る人が元気のでるような人形をつくりたい」最後に人形師だから人形町に仕事場をつくったんですかという私の問いに「たまたまだったんえすよ。でもこの町の雰囲気に惹かれてきたのかなあ」と笑って答えてくれた。このジュサブロー館は、しゃれた2階建ての洋風の外観だ、中は純和風のつくりだった。懐かしい不思議な雰囲気の館だった。
2007/12/22
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東京。10時に新丸ビルの21Cクラブで、まずW出版社の女性編集者らと仕事。次の本の準備が進んだ。3人で話しているとキーワードやアイデアがふつふつと湧いてくるので、こういう時間も好きだ。12時半。M出版社とビル5階のすし屋で昼食。専務取締役出版本部長と担当の女性編集者と、今年の総括をしながら懸案事項を片付けていく。大型企画の段取り、やりかけの企画の始末、文庫化の提案などがあり、来年に姿を見せる仕事が一気に進む。15時からは、P出版社の編集者らと進行中の出版の仕事を進める。こちらも目処がついた。クリエイティブな時間を過ごした。今までにないタイプの面白い本になるだろう。来年は結果的に多量の出版物が世に出て行くことになった。そのクラブで友人のギリークラブ代表の渡辺さんと鉢合わせ。たった今イベントが終わったところだという。紹介された女性は、松永真理さんだった。NTTドコモで「iモード」というヒット商品を開発したことで有名な女性である。いただいた名刺では、株式会社バンダイの取締役となっていた。18時半からは品川で行われたある大学の会合に参加。寺島実郎さんが座長の会。今日は朝日新聞記者でテレビ朝日「スーパーモーニング」や報道ステーションでコメンテーターをやっていた清水建宇さんを講師に招いて大学を取り巻く状況についてのレクチャーを受ける。清水さんは「大学ランキング」を1994年に創刊し、ずっと編集長をつとめている人だから、全国の大学の実状、内情に詳しくずいぶんと勉強になった。終了後簡単な忘年会。22時20分最終新幹線の出発30秒前に滑り込みセーフ。23時59分仙台着。自宅に着くと、来年早々に出る拙著の見本が届いていたので、遅い時間だったが全部読んでしまった。「勉強はやめて、けもの道を走ろう!」というタイトルで、ビジネス社から出る。若いビジネスマン向けの自己啓発の本だが、今回は私のもう一つの現場であった「知的生産の技術」研究会で学んだ30代のことを詳しく書いてみた。二日間、暴走族のように走り回った。東京はオポチュニティの豊かなまちだと改めて思った。
2007/12/21
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休みをとって木曜日・金曜日と東京で動いた。8時15分の新幹線に乗って9時51分に東京に到着。まず、人形町の「ジュサブロー館」を訪問する。辻村寿三郎(1933年生まれ)は、有名な人形師で、NHKテレビの連続人形劇「新八犬伝」、「真田十勇士」などの人形を担当している。また舞台衣装・演出などもてがける人。驚いたことにジュサブロー本人が人形を作っている場面に遭遇した。記念館で本人が仕事をしていて話ができたのは初めてである。(詳細は別途記録する)昼食は、赤坂の野田一夫事務所で野田先生と仙台からきた横野さんと3人でとる。途中でファシリティマネジメントの大家であり宮城大学の初期の教授だった沖塩壮一郎先生が突然みえて4人で楽しく歓談した。14時過ぎに東京での事務所として利用している東京駅前の新丸ビル10階の21Cクラブで、D出版社の編集者と出版企画のつめを行う。15時半。大手町の三井物産本社ビルを訪問。戦略研究所で寺島実郎さんと面会。プロジェクトの案件で確認、提案、了解をとっていく。16時半、再び新丸ビルに戻ってK出版社の編集者と面談。こちらは進行中の本の企画を一緒に練って合意に達した。17時45分に表参堂のワタリウム美術館で開催されている「南方熊楠 クマグスの森展」をみる。この美術館は始まりは11時と遅いが、終わるのも19時と遅いから1時間以上見てまわった。南方熊楠(1867年--1941年)は、若き日に地球上のさまざまな場所を移動した人物。柳田國男とともに日本の民俗学研究を立ち上げた人物。南方マンダラと呼ばれる思想を深めた人物。日夜、生物採集に没頭した人物。エコロジーという言葉を日本に最初に紹介した人物。(詳細は別途記録する)
2007/12/20
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水曜日は会議が詰まっている。この日は全教員が集まるから忘年会や新年会は水曜日の夜に設定されることが多い。今日は19時半という遅い時間から仙台駅前で学部忘年会を開催。わが学部はこういう宴会では毎回全員が挨拶をするのが慣わしとなっている。人前で話をするのが商売だから、ユーモアのあるスピーチをするなど、うまい人が多い。私は今年は広報担当としてかかわった入試用ダイレクトメール、河北新報の開学10周年企画というプロジェクトを遂行する過程で発見した「高度な実学とは最前線に立つということ」を話した。最先端との対比で最前線を説明。近くに座った事務局長、日野先生、宮原先生、秋月先生といろいろ話をしながら、かなり飲んだ。終わった後、生嶋先生と二人で国分町に出る。
2007/12/19
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郷里・中津の文化総合誌「邪馬台」の2007年冬号が届いた。160ページ。季刊で通算165号だから、40年以上続いている市民の同人誌である。私は同人となっていて、今は「人物記念館の旅」を連載している。私の母は編集員委員をしており、「伊勢物語」の連載と「邪馬台歌壇」の選者をしている。以下、目次。-----------------------------------------------------------------団塊世代への提言 宇都宮靖評論: 脱亜論 相良照博 日露戦争後の満州をめぐる日中関係について 畑迫正行翻訳:満州落日 相馬久馬詩 流れ弾 水間敦隆 母の背中 河上鴨漢詩:日本漢詩同好会 横松臥石 選旅行記: 人物記念館の旅7--寺山修司・棟方志功 久恒啓一 食べ歩き 柳川陽史随筆: リレー随筆 賞味期限 影木壮一郎 自然な庭 具島英子 女将奮闘記 臼田清美 川柳随想 宮崎御柳 大分県人と岩手県人の接点 秋満吉四郎 何故書くか 三宅満里子 海の見える散歩道 宮永万彩子 見慣れぬ人 室 貴子郷土史: 中津祇園 梶原清二 忠臣蔵異聞 福田守雄自分史: カクヤンの歌 松井義弘 学徒勤労動員・名古屋出動記 石本道生研究: 伊勢物語24・在原業平の真の姿 久恒啓子 州都はどこに、どんな 九州道州制 はさま次郎短歌: 邪馬台歌壇 久恒啓子 選 えびね短歌会詠草川柳:邪馬台川柳 福田尚義 選俳句:: 邪馬台俳壇 久恒大輔 選 中津各地区句会作品俳句鑑賞:秋吉真枝子句集「正装」 白水風子連句:蕎麦の花と彼岸花まつり公開連句大会 創作: 鳶の笛 宇津木立 心の育ち 岡朗子創作選評:創作作品評 長谷目源太編集室より 前号の読後感 横松知子 読者からの要望 武本勝喜----------------------------------------------------------------「編集室より」によると、「前号(164号)は驚く程内容が充実していた。 随筆が12篇、創作が3篇という、最近珍しく大入満員であった」とある。巻末の編集委員の名前を眺めてみると、ほとんどが70代、80代だ。郷里には文化の灯がまだともっていると嬉しく思う。
2007/12/18
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大学のウェブ広報誌に教員紹介という欄がある。ここに執筆を頼まれたので、今朝原稿を書いてみた。-----------------------------------------------------------久恒啓一(ひさつねけいいち) 事業構想学部 教授ビジネスマンから大学の世界(宮城大学)に入って10年以上が経ちましたが、開学当初から、「学生とともに成長する教育者」「地域とともに歩む研究者」「県立大学教授としての社会貢献」という3つを活動目標としてきました。この間、サービスマネジメント、ビジネスコミュニケーション、キャリアデザイン、知的生産の技術、図解コミュニケーション、自己表現をキーワードにアンテナをはってきました。現在、学部の講義では「ビジネス情報論」「ビジネスプレゼンテーション」「人的資源管理」、大学院では「キャリアデザイン」を担当しています。ゼミでは「顧客満足」をテーマとした地域活動を学生たちと長く行ってきましたが、現在は「キャリアデザイン」をテーマにしています。ビジネスマン時代から、「文章と箇条書き」を中心とするコミュニケーションのあり方に疑問を持ち、「図解コミュニケーション」という造語を用いて私たちの社会のOS(基本ソフト)に図解を加えることを提案してきました。自分と他人をごまかすことができることを特徴とする文章と、大きさや重なり、関係を表すことの苦手な箇条書きを用いたコミュニケーションスタイルが限界に来ていることを主張した5年前の「図で考える人は仕事ができる」(日本経済新聞社)の発刊以来、私を巡る環境は一変し産業界・自治体・教育界・マスコミなどさまざまな分野からのアプローチがあり、この考え方が社会から求められていることを痛感しています。あらゆる階層(タテ)とさまざまな分野(ヨコ)との接触の中で見えてきた日本の共通の悩みは「考える力」の欠如でした。考える力をつけるための哲学と方法としての図解思考を広め、そして現実の社会の問題解決に適用することをテーマに活動を続けていきたいと考えています。また、3年前から始めた全国の人物記念館を訪ねる旅もすでに200館を超えました。温泉とグルメだけではない国内の旅を模索した結果、全国に点在する偉人の業績を顕彰した記念館を訪ねることを思いつき、休暇や出張などのあらゆる機会を活用してきました。日本には偉い人が多かったこと、歴史をいかに知らなかったかを改めて感じています。「人物記念館の旅」は主として明治以降に活躍した偉人を対象としていますが、東北に限っても、後藤新平、原敬、新渡戸稲造、棟方志功、岡本太郎、吉野作造、阿部次郎、大山康治、石ノ森章太郎、藤田喬平、土門拳、土井晩翠、羽仁もと子、野口英世、田中館愛橘、、、など素晴らしい記念館がたくさんあります。こういった優れた人物に共通するのは、仰ぎ見る師匠の存在、持続する志、飛翔する構想力、怒涛の仕事量、敵との切磋・友との琢磨、修養・鍛錬・研鑽、日本への回帰、、、、、などです。この旅も「人物からみた日本近代史」のフィールドワークの様相を次第に帯びてきました。このエキスを教壇に立って学生たちにも伝えていきたいと考えています。 詳しくは、http://www.hisatune.net/を参照してください。
2007/12/17
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午後1時半からは、自分史シンポジウム第一部のディスカッション「人生を味わう 自分再発見」。司会はフリーアナウンサーの浅井栄子さん、ナビゲーターは私、市民代表はかすがいエッセイストクラブの乙村正さん。全員、団塊の世代だ。------------------------自分史ブームの背景。自分史=「これまでの私」から「これからの私」を考える大学生の自分史、1年100本で10年間で1000本。失恋、受験、離婚、暴力、いじめ、不登校、、、。20年でも山あり谷ありの人生。就職担当としての考え方。20代向けの「自分伝説」、CD=RO「自分伝説V]の発刊、30代からの自分発見の本、40台からのライフデザインの本、仕事の自分史としてのビジネス自分史の提案の本、、、。HPによる自己紹介。教育・研究・地域貢献・プライベート。1999年からのITを用いた自分史でもある。1995年から2025年の50年間は情報技術が世界を変えた時代になる。ブログ1200日連続記入。図解自分史のすすめ。人生鳥瞰図の書き方。日記の延長が自分史。----------------------会場は中高年の男女200人が集まっていたが、楽しく1時間が過ぎた。終了後、次の講演の作家の山本一力さんと和服姿の奥様にご挨拶。山本一力さんの講演タイトルは「生き方雑記帳」。ハリのあるバリトンンの太い声で、ゆっくり、じっくり、小説家らしい描写で話をする。両手を壇上にひろげる。聞かせる講演だ。日記を30年書いている。30代後半からは力を入れて書いている。日記は自分の宝物だ。後になって苦味がとれて、まろやかな、時に甘露もある。苦味を受け入れておいて記しておく、もう一度戻ると受けとめられる。時の作用で越しに越されてきたエキス。一行の文字に時空を超えて浸ることができる。辛いことは逃げずに書いておけ。40代は大人のようで、まだ大人になりきれていない世代。50代は、わきまえ、咀嚼している。夢の苦さをわきまえて、その上で夢を語ることができる世代だ。そういう底力を人は持っている。年をとらねばわからないこともある。年を重ねていればこそ。知恵、経験、気力、時間、、などちょうどいい年格好だ。山本一力さんは54歳で直木賞をとって、それから5年たった地点に立っている。ということは私が日経新聞から出した「図で考える人は仕事ができる」が売れて環境が一変した時期と重なっている。その5年間の様子が実感としてわかるから大いに共感しながら聞いた。準備や運営の手際がよく、成功したいいイベントだったと思う。私もいい経験をした。
2007/12/16
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土曜日の外国人特別入試の面接を終えて仙台空港から中部国際空港セントレア、近鉄で名古屋へ。翌日はJR中央線で春日井市へ。愛知県春日井市(人口30万人)は、全国でも珍しい「日本自分史センター」があり、9年にわたる自分史シンポジウムの連続開催、自分史の書き方講座、自分史に関する書物の収集・貸出しなど、自分史に関する幅広い活動を繰り広げている。2月に小野道風記念館を訪れたことがあり、そのときは「書のまち」という印象をだったが、それが発展して「自分史のまち」づくりが行われていた。今回は財団法人かすがい市民文化財団が主催の自分史シンポジウムに招かれた。今回は団塊の世代をを新しい自分史の担い手としてクローズアップし、団塊世代ならではの自分史の可能性を考えるシンポジウムだ。午前中はオプションイベントの講演会があり、「ライフデザインへの大いなるヒント--人生を訪ねる旅から」というタイトルで1時間ほど私が話をした。有料だったが定員70名はすぐに埋まったそうだ。若い人もいたがおおむね年配者が多い。ライフデザインの年齢論文明の生態史観の旅人物記念館の旅中年の危機を偉人はいかに乗り越えたか高齢到達者の人生と遺した言葉遅い出発愛知の人物記念館偉人の言葉本物の条件少壮老死以下、書いてもらったアンケートの感想から。「偉人記念館」を歴訪したい。旅行に際して一つでも見るようにしたい。温泉とグルメの旅は退屈、旅の方向も改める。キャリアを考えるうえで人物記念館を参考にするのは新しい視点。人物記念館を訪れたくなった。外国に行っているがたまには日本の中の人をみて自分を計りたい。中部地方、愛知県、名古屋から歩いてみたい。人物記念館めぐり、私もやってみたい、近いところから。先人の生き方を深く多くしることで影響を受ける、私もそうしたい。まだこれから新しいことが始められると勇気が湧いてきた。人生の旅を始める。埋もれた日本の良さを中高年のわれわれが後世に伝えていく役割も担っている。小生も始めてみようかと考えています。温泉めぐりが中心だが今後は人物記念館があれば寄せてもらう。人生のたそがれ時と思っていたが、まだまだ若いと悟った。このイベントには春日井市の自分史サークルがたくさん参加していた。・かすがいエッセイクラブ・春日井市自分史サークルまいしゃの会・春日井市自分史の会・春日井市自分史を書こう会・春日井市東部自分史の会・日曜ペンクラブ・パソコンde自分史同好会どうだん-----------------------------------東海市立平洲記念館。細井平洲先生は、上杉鷹山公の師として有名。東海市は、知多半島の付け根の伊勢湾側。知多半島には、児童文学者の新美南吉の記念館。ともに、交通の不便なところ。052-604-4141
2007/12/15
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河北新報の宮城大学10周年企画の余韻が続いている。13日には「ネット同窓会」の記事が大きく出ている。会員制サイトのSNSを使った同窓会で、パソコンと携帯電話からアクセスができる。卒業生も2000人にのぼっているし、若い世代なので会員も一気に増えるだろう。情報の登録と更新は会員自身が行い、入学年度別、学部別、就職先別などへの情報発信が容易になるので便利だ。低コスト運営ができるため、千円の会費で永久会員になれるシステムである。在学生の就職活動にも役立てていく構えだ。今年度の卒業生から組織的に入会していく。教員も参加できるようにしていくようだ。私のゼミ生もすでに7期を迎えているが、このSNSを活用してOBの消息をつかみ、ゼミOBの情報交換やリアルな懇親会なども考えていきたい。「宮城大学同窓会」で検索すると出てくる。
2007/12/14
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大学の現在の同僚、元同僚たちと郊外の泉ケ岳のふもとにある「やまぼうし」に泊まって懇親を深めた。全員開学当初から建学に携わり、苦楽をともにした仲間だ。法政大学に転出した外川先生、定年退職し現在は流通科学大学で教鞭をとる粟田先生、宮城大学初の名誉教授となった天明先生と奥様、最近教授に昇任した宮原先生、そして私の計6名。このメンバーに今日は参加できなかった生嶋先生を加えた仲間は、退職、昇任などの機会にこのやまぼうしで集まってお祝いをしてきた。今回は宮原先生のお祝いがメーンだった。温泉に入って7時から個室で食事をしながらわいわいと楽しく話をする。気兼ねなく話ができるのであっという間に時間が過ぎる。9時以降は部屋に戻り、最近の各自の近況、社会情勢、人々の消息、面白い本などの話題で時間が経ち、12時頃にやっと就寝。このやまぼうしという宿は、自宅から15分ほどの距離にあり、木造のきれいなつくりで、周りは店などなくてとても静かで、お風呂もいい。私は家族で使ったり、東京から編集者などが来たときに一緒に泊まったり、このメンバーで使ったりしている。穴場である。宿に着くと従業員が名前を呼んで「いつもありがとうございます」と言われた。常連客として認識されているらしい。翌日、また朝食をご一緒する。来年の集まりの場所(八ヶ岳)や季節(6月頃)を確認して散会。自宅付近を散策するときに、やまぼうしという花が目につく。やまぼうし(山法師)。葉の上に咲く花を法師の頭巾に見立てた名前である。5~6月頃林のなかに白い十字架型の花を咲かせる。木の上部に花を付けるので上からか横からでないと見えない。秋にひょうきんな赤い実をならせ少し甘く食べられる
2007/12/13
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和田秀樹さんのベースは精神科医だが、受験技術や心理学関係の本も多い。この人の出版の量はすさまじく、ある年には年間50冊ほどの本を出版していて、確かある年1年間で最も多くの本を出した。最近のニュースによると和田秀樹監督作品「受験のシンデレラ」がモナコの映画祭で最優秀作品に選ばれたという。私は見ていないが、この人は映画をつくることが長年の夢であり、本を多量に出版していたのは映画づくりのための資金稼ぎだったという。このニュースで想い出したのだが、80歳近くの今日も継続して質の高い本を出し続けファンも多い名著「知的生活の方法」の著者・渡部昇一さんも、最近ある雑誌で子どもたちが音楽の道に進んだこともあり、高価な楽器の購入のために本を書いて稼ぎまくったと述懐していた。「気くばりのすすめ」が大ベストセラーになった鈴木健二さんは、NHKの名アナウンサーとしての激務をこなしながら、出版社からの注文に応じて本を長い間継続的に出していた。この人は親を含む家族のために大きな家を建ててしまい、その借金返しのために猛烈に働いたと後にある本で多作の原因を説明していた。「年収300万円時代を生き抜く経済学」で多くの読者を獲得した経済評論の森永卓郎さんのブログをみると日本全国各地に講演に歩いていて、講演の回数は尋常ではない。この人はミニカー蒐集を趣味としていて、最近は雑誌などでミニカーコレクションの前でにっこりしている姿を見ることが多くなった。森永さんの夢はミニカー博物館である。この博物館の建設資金をまかなうために本を書き、テレビに出て、講演を続ける毎日だ。この人たちに共通しているのは、書きたい本を書き続けているのではなく、注文のあったテーマの本を出し続けているということである。それは多くの人に自分の考えを知ってもらいたいということもあるだろうが、本の出版に付随して入る印税などを自分が本来やりたかったことに使ったり、家族のために背負った借金の返済とする、そういったモチベーションに裏打ちされていたということだ。だからある時期、あるいは長い間にわたって猛烈に働いたいうことが本当の理由だろうか。「稼ぎと務め」という言葉がある。大人というものは一家を支えるために働いて稼ぐだけにとどまらず、公のためにも貢献することも大事で、その両輪で走らなければならないという主張を表すキーワードである。生活の糧を得るための仕事(稼ぎ)と、自分や家族の精神的な幸せのための行動(務め)を意識しながら、生活と人生を統一していく生き方も素敵である。
2007/12/12
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HP打ち合わせ、卒業アルバム撮影、卒業論文指導、修士論文指導、富田さん来訪、ゼミ、書類整理とスケジュールをこなして、夜は国分町でゼミ生と飲み会。今年は社会人の男女2人、中国からの留学生、学生2人の計5名。ゼミの後半に入ってから、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」「ウェブ人間論」「フューチャリスト宣言」「ウェブ時代をゆく」の4冊の中から、興味のある本をゼミ生に選んでもらう。そしてそれぞれ毎週一章づつ図解してきて、それを題材に発表と議論という進行で進めている。今日は「セレンディピティ」、「偶有性」など対談相手の茂木健一郎さんの提出した概念も議論の対象となった。この概念は、こなれた日本語でいうと「機会・運・縁」という言葉で説明できると思うという考え方を私が出して、皆に議論してもらった。ネットとウェブは出会い(機会)が圧倒的に豊かになるインフラが整ったということであり、そういった環境の上に、偶然に導かれてチャンス(運)が増え、それがしだいに深く繋がっていき、いつか必然(縁)に転化するということではないだろうか。成功した経営者がかならず口にする言葉は「運がよかった」であり、その運で得た人脈を「縁があった人々」と述懐する人が多い。運や縁という言葉が出てこない経営学という科学は本当に経営を説明できるのだろうか、、、、、。セミ生が描いてきた究極の要約としての図の説明を受けていると、さまざまのアイデアや批判的な視点が手に入り、実に興味深い。この4冊の本の図解による輪読(輪読図、と呼んでいる)を終える頃には、ウェブ時代に関して学生と一緒に深い理解に達するだろうから楽しみだ。夜は仙台の国分町で2時間半ほど、人生相談も兼ねて皆で飲みながら楽しんだ。就職、留学、起業、恋愛と、話題は流れていく。
2007/12/11
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来年1月に出す本の原稿の最終コーナーに入っている。最近要請の多い「ビジネスマンもの」だが、今回は仕事以外のもう一つの現場であった知的生産の技術研究会(知研)での30代の活動が多くの部分を占めている。以下、その一部。--------------------------------------------------------------知研での活動は面白かった。というより日増しに自分で面白くしていった。先生の話を聞くばかりではなく、あるとき、先生の書斎を訪ねるというユニークな企画も立てた。それを講談社に持ち込んだら、編集者がすごく面白がって『私の書斎活用術』という本になった。私たちは約2年かけて、17人の著名人の書斎を訪ねた。そのときはそういう先生たちと1日何時間も一緒になれるし、それはもう楽しくてしかたがなかった。評論家の紀田順一郎さんのところは大邸宅で、1階が全部奥様の部屋、2階が全部先生の書斎と書庫だった。好きな映画のフィルムを回す部屋もある。書庫も書斎も充実していて、こんな書斎を持ってみたいと憧れた。社会学者として知られる加藤秀俊さんは整理の達人で、インターネット上で「加藤秀俊データベース」を公開している人だけあって、当時から自分が今までやってきた仕事を全部ファイリングしていた。イラストレーターの河原淳さんの自宅は家屋の上に白い箱のようなものが乗っていた。それが書斎だった。階段を上っていくと書斎に入れるが、そこからは四方を見渡せる。河原さんは「物見やぐら」と呼んでいたが、そこから世の中を観察しながらイラストを描いて楽しんでいた。漫画家の水木しげるさんはお寺、というよりお墓の隣に住んでいた。本人は歯が抜けているのにいつもガーッと笑っている。窓の外にはお墓があるので、「この人は本物の妖怪なんじゃないか」と思ったりした。書斎には、妖怪を新しく生み出すための資料棚があって、どうやって妖怪をつくるのですかと聞くと、「妖怪と妖怪を組み合わせる」と答えてくれた。異質なもの同士の融合。これは、紛れもなく知的生産である。---------------------
2007/12/10
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土曜日は用事を済ませて、横浜の弟宅に宿泊。精密機器メーカーに勤める10歳ほど年下のいとこも来て久しぶりに懇親。弟夫婦、私たち夫婦、いとこで子どものころの思い出、大学時代の数々の事件などを題材に腹がよじれるほど、そして涙を流しながら笑った。日曜日は広尾に野田一夫先生ご夫妻を訪問。近所のフランス料理店で昼食をご馳走になり、ご夫妻とよもやま話。その後、マンションでくつろぐ。リビングからは広尾ガーデンの緑をのぞめ、書斎からは六本木ヒルズがみえる。仙台に夕刻戻り、娘と息子と4人で食事。
2007/12/09
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東京赤坂で行われたNPO法人知的生産の技術研究会の会合に出席。忘年会というより発表会という形になって、会員が多士済々であることを改めて感じたパーティだった。ほぼ全員が、図解の話を入れていたのも印象的だった。皆さんの話を聞きながら、時間をかけてキャリアを磨くことの凄みを思った。-----------------高校の「情報」という科目の教員で図解を用いてユニークな授業を展開する椋本先生。6年間、ギニアなど世界中からホームステイの青年を受け入れた経験を話した小林さん。40代後半から知研に入り仕事に生かした技術屋で、高専の講師もつとめる大内さん。「会計のトリセツ」「の著者で、数字を使って構造化に挑む若い公認会計士の望月さん。損保会社勤務で図解講師もつとめる中村さん。銀行で不動産関係を専門にしていて、法律の図解に興味のあるみはまさん。「知研フォーラム」で「名著の早読み・図解読み」を連載中の八木さん(知研会長)。銀行のシステムを長く担当してきて30歳頃から知研に入っていたて長い付き合いの富岡さん。シンクタンクで企業の内部統制を担当していて、仙台にも頻繁に現れるという喜多さん。専門の土木関係のいくつかの著作もあり、川柳も相当の腕前の小野さん。今回のパーティを企画し、当日の司会役だった、知研の事務局長をつとめる秋田さん。後は、私と私の妻。
2007/12/08
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PHP発行の「THE 21」の2008年1月号が届いた。この雑誌のコンセプトは、「仕事満足度」120%マガジン。総力特集「仕事が速くなる 表&裏技 100」という企画の第二部「明日から使える 仕事の早ワザ 43」に執筆している。2ページ。---------------------------------- 複雑な内容でも、 相手にひと目で伝わるテクニックとは? すぐに伝わる 「図解コミュニケーション術」8 言葉や文章によるコミュニケーションは、 最後まで聞いたり読んだりしてもらわないと、 情報が正確に伝わりません。 しかし、同じ内容をビジュアル化して表現すれば、 大量の情報を瞬時に伝達したr、 複雑な内容を相手にりかいしやすいかたちで 伝えることができます。 077:マルと矢印を使えば鬼に金棒 078:矢印の種類で、微妙なニュアンスを伝えろ 079:ストレスなく目で追えるように、番号を振れ 080:吹き出しの擬人化で臨場感を出せ 081:自分が理解できない図は他人も理解できない 082:みせる相手によって表現を使い分ける 083:モノクロを基本にして色は少なめに 084:他人の意見で独り善がりを回避せよ---------------------------------------第二部の他のページ。アートディレクターの佐藤可士和さんの「仕事がサクサク進む整理術」タイムマネジメント研究家の松本幸夫さんの「一日の仕事が半日で片づく カンタン手帳術」シンクロニストの中山マコトさんの「誰でも素早く企画を生み出せるアイデア術」レバレッジコンサルティングの本田直之さんの「レバレッジ勉強術」
2007/12/07
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夕刻から多賀城に出かける。社団法人宮城県経営者協会の塩釜多賀城地区懇談会で講演。テーマは「合意術--納得ずくで仕事をすすめよう」。宮城県経営者協会では今年、仙台で一度講演をして、来年早々には登米でも頼まれている。参加メンバーは、この地区の企業経営者。開会の挨拶は、宮城県経営者協会副会長の稲井善孝さんで、以前宮城県の行政改革関係の委員会でご一緒した方だった。参加者は以下のとおり。稲井(社長・常務・取締役)、三陸運輸(社長・取締役)、塩釜ガス(取締役・営業部長)、塩竈港運送(社長)、塩釜商工会議所(専務・事務局長・次長)、七十七銀行(塩釜支店長・北浜支店長・塩釜西支店長・多賀城支店長・副長)、鈴木工務店(社長)、ゼライス(総務部長)、仙台銀行(塩釜支店長・多賀城支店長)、ソニー・テクノロジーセンター(代表)、テクノムラマツ(社長)、東北特殊工業(社長)、東北電機製造(社長)、東北電力(塩釜営営業所長)、ホテルキャッスルプラザ(専務)、水野水産(社長)、宮部機工(社長)、杜の都信用金庫(常務・多賀城支店長)、ユアテック(塩釜営業所長・副所長・配電課長)、理研食品(社長)、和田電気工業(社長)などの企業の社長、支店長など。終了後は、懇親会。
2007/12/06
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創刊号から監修している高校生参加型キャリアデザインマガジン「カラフル」の第3号が届いた。この雑誌は高校以外にも中学校でも読まれているという。トップインタビュー「高校と大学の違い、教えてください!」 東北大学経済学部の大滝精一教授好評連載「図で考える進路」 第3回 仕事選びには「性格」を重視しよう 宮城大学 久恒啓一教授大学生とディスカション「東北学院大生に聞きました! 教えて!リアルなキャンパスライフ」編集長が突撃取材! 進学率が上昇中!仙台育英学園高等学校でそのわけを聞く新連載 未来フィットネス--適性検査で自分づくりカラフルニュース コンクール結果発表 せんだい・みやぎオータムセミナー2007開催報告http://www.colorful-shingaku.netこの雑誌の奥付を眺めてみると、よく知ったメンバーの名前が並ぶ。企画・制作 株式会社デュナミスデザイン 大上渉 小野航太 堀田将信(宮城大学生デザインユニットHoneY design)本文制作 佐々木剛 岩澤仁子編集協力 渡辺一馬 塩田絢 佐藤晴子 小林麻美宮城大学卒業生が起業した会社デュナミスのメンバーが総出で参加しているプロジェクトという感じの編集体制だ。
2007/12/05
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大学の同僚の宮原育子先生の教授昇任のお祝いの会が催された。仙台商工会議所専務理事に昇任された間庭洋さん、JR仙台駅長からホテルメトロポリタン仙台総支配人になった紺野純一さんと合わせて3人合同の「お祝いの会」だった。出席者は160人で、3人が親しい仙台・宮城、そして山形県・福島県の観光関係の枢要な人たちが一同に会した感じがした。3人とも長くこの地域に深く関わり実績をあげ、そして人柄がよく、広いネットワークの持ち主である点が共通している。新聞社、テレビ会社、旅行業者、ホテル・旅館、温泉関係者、県庁・仙台市役所、電力会社、劇団、JR、国交通省、飲食店、、、、。地域の名士やキーマンが多かったが、仙台にきて10年経った私にも懐かしい顔があちこちにあって、久しぶりに話ができた人も多かった。河北新報社長の一力雅彦さん、仙台商工会議所女性会会長の平賀ノブさん、宮城県庁経済商工観光部次長の桃生昌一さん、maabの麻生奈穂美さん、仙台放送取締役の志伯知伊さん、五葉商事代表の鈴木せつ子さん、ハート・アート空間BEI代表の関口怜子さん、宮城県次長の高橋幸夫さん、仙台ターミナルビル専務の新妻博敏さん、仙台放送局長の福原一宏さん、、、、、。仙台・宮城デスティネーションキャンペーンの実質的なキックオフの会と誰かが言っていたが、そういう熱気のこもったパーティだった。発起人代表のJTBの清水真一常務、飛び入り参加の村井嘉浩宮城県知事、宮城大学の馬渡尚憲学長、山形県の後藤靖子副知事らが挨拶をした。会場では学長と一緒に様々な人と交流したが、帰り際の「いい会だったねえ」という学長の言葉そのもののパーティだった。名簿を眺めてみると、宮原教授を含む3人の仕事ぶりが目に見えるようだ。ホテル佐勘、阿部蒲鉾店、みちのく庵、JTB、仙台ターミナルビル、楽天野球団、松島大観荘、仙台卸商センター、湯主一条、よろづ園茶舗、仙台ソフトウェアセンター、福島民放社、飯坂温泉双葉旅館、対滝閣、東鳴子温泉旅館大沼、日本旅行、東日本高速道路、菓匠三全、福島民放社、小島蒲鉾店、一・四・一、東北電力、劇団四季、華乃湯、いちらく、東屋旅館、伊達の牛タン本舗、オフィスベンダー、湯の原ホテル、東和SP企画、おおぎ、緑水亭、松伯亭あづま荘、鳴子ホテル、がが温泉、なつかし屋、日経新聞、ナカガワ、福島テレビ、日専連、テレビユー福島、つるや、ニュー水戸屋、ぎょうせい、滝の湯、円達企業、山水荘、鳳月ビル、後は宮城県と仙台市関係の行政マン、シンクタンク、国土交通省、大学関係者、、、、、。観光という分野は、産業界、官界、大学、マスコミが結束して取り組む総合産業であり、山形県・福島県・宮城県という南東北が力を合わせて行う広域連携事業であるという印象を改めて深くした。こういうネットワークの中心に同僚の先生がいるということは素晴らしい。
2007/12/04
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雑誌などに取材がいくつかあって、そろそろ現物が送られてくる頃になった。取材のきっかけは著書であることが多いが、今回は「前業をせよ!」だった。「第三文明」という雑誌で発行部数は確か30万部と聞いた。12月1日の朝日新聞と河北新報に広告が出ており、私の名前も出ていた。特集「朝に勝つ!」の中の冒頭インタビューで、「人生勝利の秘訣は、朝に勝つこと」というタイトルがついていた。他は睡眠研究者の佐々木三男さんの「睡眠のメカニズムを知ろう」、そして「How to 早起き」というページでは、「睡眠儀式」「夕方、寝起きの運動」「暗くして寝る」「寝酒は注意が必要」「風呂」「睡眠負債を解消する」と、早起きのコツが紹介されている。「おもしろ目覚ましグッズコレクション」という2ページのグッズ紹介がついている。「山手線駅メロ2」 山手線駅メロをアラーム音にした時計。 つい急ぎ足になりせわしい感覚になるので起きやすい。「起床装置dangerbomb clock」 時間がくると爆発する時限爆弾装置。「人生時計」 日々の目覚めの時間によって暮らしぶりが変わっていく。 鶏の声、演奏家の音楽、フライパンを叩く音、、、、。「ナンダクロッキー」 アラームが作動すると部屋の中を縦横無尽に動き回る時計。「グッドスープライト」」 セットした時間の30分間から徐々に明るさが強くなってくるランプを照らす時計。「aXbo」 レム睡眠のタイミングを検知してアラームが鳴る時計。コラム「早起きは三文の徳?」。・早起三朝当一工(早起きを三日することで一人前の仕事になる)・朝起千両夜起百両・朝の一時は晩の二時に当たる・朝寝八石の損・Early to bed ealy to rise,makes a man healthy,wealthy and wise.(B.フランクリン)
2007/12/03
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「地域に根差して宮城大10周年」の連載企画の2回目と3回目。1回目のキーワードは「実学重視」、2回目は「最前線」、3回目は「社会貢献」だった。2回目「最前線」は、卒業生を取り上げている。「社会で生きる自立心」「在学中から起業」「伝統自ら築く」「東京流出惜しむ」。2001年に仲間と会社を起こした一期生の渡辺一馬(29)社長、看護学部卒業の角田市小学校養護教諭石倉あゆみ(28)さん、長野県の任期付き幹部職員公募で課長職として採用され、現在は仙台でITを活用した遠隔勤務で障害者の就業機会を創出するベンチャー企業を経営する佐藤崇拝弘(27)社長らが登場。3回目は「社会貢献」は、「県民の大学 アピール」「トイレ掃除日課」「研究成果を還元」「09年には独法化」。キャンパスの環境向上に取り組む学生団体「キャンパスレンジャー」、芸術やデザインを通じて地域貢献を試みるサークル「アートスタンダード」、「醸造研究サークル」。法人化を控えての馬渡学長の抱負。「県民の期待に応え、県民に愛される大学になるのがわれわれの責務。地元への貢献という面で卓越したい」。インタビューに同席した私の言葉も。連載の最後は「学生の熱意と県民の信頼を基盤に、宮城大は次のステージを目指す」とある。
2007/12/02
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河北新報で「地域に根差して 宮城大10周年」の連載が本日から始まった。3回となる予定。広報担当学長補佐として担当した企画で、実現まで数ヶ月かかった。----------------「1997年に開学し、今年で十周年を迎えた宮城大。旧来の価値観にとらわれない個性的で魅力ある学びの場を提供し、地域に貢献する人づくりを進めてきた。着実に根を広げる「県民の大学」がまいた種はすくすくと育ち、地域で実を結び始めている。」が前書きで、取材・執筆は報道部の伊東由紀子記者。第1回の本日のテーマは「実学重視」で、タイトルは「現場感覚 学生に刺激」。「型にはまらぬ授業」では、食産業学部の三石誠司教授が紹介されている。三石教授は全農で飼料穀物の輸入や事業計画立案にかかわりシカゴなど海外赴任経験も豊富。「実務家系教員の賞味期限は3年ほど。昔話にならないよう、常に最新の情報を更新する必要がある」。「研さん積む教員」では事業構想学部の中田千彦准教授。中田准教授は建築雑誌の編集に携わっが紹た経歴が紹介されている。「社会との接点を保ち、情報資源を教育の場に還元したい」。現役学生は、事業構想学部の沢田泰斗君の発言。バブル「崩壊後に企業経営を立て直したという先生の経験談はとても新鮮だった」「基礎もかかさず」では、キャリア開発室長の宮西洋太郎先生の発言も紹介されている。--------------------------明日以降、卒業生の活躍なども紹介される予定。朝日新聞を読んでいたら、私の名前みつけた。雑誌「第三文明」の広告。特集「朝に勝つ!」のインタビュー。
2007/12/01
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