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2003.01.07
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 短編十編。
 「土佐の国柱」と「晩秋」は、おのれを悪く見せることで藩を救う武士の話、という点では共通しているが、前者は男の目から、後者は女の目から見ているためか、前者は名誉が与えられ、後者は精神的な救いを得る。
 「金五十両」は町人もの。誰も信じられないという心境だった男が人を信じられるようになるまで。いかにも山本周五郎だ。
 「落ち梅記」もおのれを犠牲にするが、藩のためということよりも、友のため、かつて思いを寄せた女のため、という面がある。現実にこういうことが起こりうるかどうかということは重要ではない。作者は、こういう生き方を好むのだ。
 「寒橋《さむさばし》」は市井もの。実は、と思わせておいて、さらに実は、という落ちがある。収録作品中、もっとも癖がない。
 「わたくしです物語」は強いて言えば「ひとごろし」に類するもので、こんなことで解決するはずがなくても解決してしまう話。軽みがある。こういう本の解説は役に立たないことが多いのだが、解説を読んで、阿倍幸兵衛や角下勝太という人物名が洒落になっていることを初めて知った。読みが浅かった。
 「修業綺譚」も滑稽譚。ここまで読んで気がついたが、どれもこれも、主人公が女にもてる。
 「法師川八景」は女が主人公。自分が人の支えとなることに幸福を見いだす女。周五郎の好みの女性像である。

 「町奉行日記」は先年映画化された「 どら平太 」の原作で、文庫の表紙や折り返しには映画の写真が使われている。なるほど、このまま映画になりそうだ。主人公が何でもできすぎるのが気になるが、あえてそういう人物造形にしてあるのだ。
 「霜柱」になると、ちょっと読み足りない。もっともっとながく書くべき話なのだ。初出が雑誌で枚数の制限があったためなのだろうが、主人公の心境の変化をもっともっと書き込んで欲しかった。
 山本周五郎は大衆小説と純文学の間を目指していたという話だったが、随分難しい言葉を使う。「奸譎《かんけつ》」「秕政《ひせい》」(p54)あたりは何となく分からなくはないが、「劬り」(p170)は読めなかった。調べたら、「劬」は「働いて疲れる」という意味だから、おそらく「いたわり」なのだろう。
 巻末の、編集部による「文字づかいについて」には、「年少の読者をも考慮し、難読と思われる漢字や固有名詞・専門語等にはなるべく振仮名をつける。」とあるが、これこそ振り仮名をつけて欲しい。





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Last updated  2005.04.01 21:09:45
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