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みなさんこんばんは。米電気自動車(EV)大手テスラが全世界で10%超の人員削減を検討していることがわかりました。少女時代からの交流が変わってゆく様を描いた作品を紹介します。睡蓮の教室The Lily Theaterルル・ワン新潮社クレストブックス文革後期の中国。医師の父と大学教授の母との間に生まれた水蓮は、病気を理由に母のいる収容所で、共に暮らす事を認められる。物資に乏しい生活の中で、水蓮は収容されていた大人達から、本当の学問を与えられる。やがて収容所を出た水蓮は、極貧の親友・金を、最模範生の座に押し上げるべく奮闘するが。 前半印象に残ったのは、収容所に暮らす個性的な大人達である。現実の歴史を教える事が、果たして水蓮のためになるのかと悩みながらも、真実の学問を教える事に力を尽くす秦先生。「“人に教えられてきたこと”と、“自分が知っていること”には、たいへんな違いがあるのだ。(中略)あるできごとの情報を自分であちこちから集め、自分なりの結論を出すことはできる。そこまでしてようやく、“その歴史についてわたしが知っているのは、これだけです”と言えるのだ。(p73)」毛沢東に激怒する水蓮に、こう告げる人食いさん「この世には 聖人君子なんていないのだよ。(中略)大切なのはおのれの不幸をだれかさんのせいにするのは、いずれやめるべきだ、ということ。(中略)責任をもって自分で自分を幸せにすることだ。そうなれば、もう国の指導者を神のようにあがめたり、みずからの運命をその手にゆだねたりしなくてすむ。そうなれば、うまく行かなくなっても自分を責めればいいだけだ。自分たちの創った神のせいにせず。(p216)」 文革の時代を生きる知識人達の言葉は、見えざる「言論の圧力」の存在を感じ取る現代の我々の心をも響かせる。後半は、学校に戻った水蓮と金の友情崩壊までが描かれる。決して物資に富んだ生活をしているわけではないのに、大切な鶏を犠牲にしてくれた友人・金。水蓮と金、二人の少女の友情を、金のような階級をはけ口として求めずにはいられない階層社会が踏みにじってゆく。解説にもあるような、ゴールディングの『蠅の王』を思わせるような展開では、閉鎖的状況におかれた人間の、極限状態の狂気が最も悲惨な形で現れる。後にかすかな苦みと共にかつての友人を思い出す主人公の姿は、文革の歪みが生んだ負債を背負って生きる、中国人の投影でもあるのだろう。中国出身のルル・ワンが、現在の居住国の言語(オランダ語)で書いた小説。 【中古】睡蓮の教室 / ルル・ワンネットオフ楽天市場支店
June 3, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカの有力紙はトランプ前大統領がウクライナに対し、領土の一部をロシアに譲り渡すよう圧力をかけ、終戦に持ち込む考えだと報じました。今日から二日間野性の呼び声を紹介します。今日は小説版です。野性の呼び声The Call of the Wildジャック・ロンドン光文社古典新訳文庫 バックがどんなに傍若無人に振る舞っても町の人は何も言えない。なぜなら彼はアメリカ南部のミラー判事の飼い犬だからだ。ところがある日誘拐され、そり犬として売られて苛酷な運命にさらされる。そんなバックを救ったのは、アラスカに住むジョン・ソーントンだった。バックたちそり犬を連れて氷上に出ようとする飼い主を止めたソーントンは、打ち据えられるバックを助け、共に金採掘の旅に出る。 最近映画化された作品を見たが、いろいろ違っていた。最も違っていたのはソーントンの死因である。本作では先住民族に襲われ、死体が見つからない設定になっていたが、映画ではソーントンに恨みを持つ男が追ってくる。先住民族への配慮から変更したのだろう。また、ソーントンがバックを連れて旅に出かける動機も、原作では金の採掘だったが、映画では冒険心という利益とは関係ない動機になっている。 更に、原作では判事の家で働く庭師がバックを誘拐するが、映画では偶々見かけた他人によって誘拐される。それにしても原作でも映画でも、判事はバックを捜索した節が見られない。姿を消した時点で早々に諦めてしまったのだろうか。 “飼い主と引き離される”という設定を聞いた時、てっきりラッシーのように帰巣本能を発揮してもといた家に戻る物語だと思っていた。しかし、文明社会を離れ、様々な動物との出会いを通じて、バックは野性に戻っていく。人間の思惑に翻弄され続けたバックが、最後に軛を外して自由に生きる。まあこんなスーパードッグ、訓練しても作り出すのは難しい。映画ではCGが使用されていた。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫) [ ジャック・ロンドン ]楽天ブックス
May 31, 2024
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みなさんこんばんは。厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は日本の世帯数の将来推計を発表しました。2050年に全5261万世帯の44.3%に当たる2330万世帯が1人暮らしとなり、うち65歳以上の高齢者が半数近くを占めるそうです。さて、今日はエリザベス・ストラウトのシリーズものの最新作を紹介します。ああ、ウィリアム!Oh William!エリザベス・ストラウト河出書房新社 感嘆符をつけて相手の名前を呼ぶ時といえば、例えば、相手が素晴らしいことをしてくれて、感動した時、或いは、正反対にとんでもない事をしてくれた!と相手に呆れた時などが考えられる。さて、本編の場合は?…すぐにわかる。 『私の名前はルーシー・バートン』『何があってもおかしくない』に登場した作家ルーシー・バートンは63歳。ニューヨークが好きである。にもかかわらず、前夫ウィリアムの頼みを聞いて、彼の亡母ゆかりの、スティーヴン・キングの小説に出てきそうなメイン州の田舎を訪ねる旅に同行することになった。こうなった理由としては、まさにタイトル通り『ああ、ウィリアム!』と言いたくなるような、彼の突拍子のない決断と、意外な所の頼りなさによるものだ。 ウィリアムは大学教授。71歳なので、今はもうフルタイムでは教えていない。ルーシーを含めて3度結婚し、3人の娘がいる。3度目の妻は舞台女優で、22歳年下。娘みたいなものだ。ちょくちょく浮気相手もいたらしい。 ウィリアムの娘のうち、二人はルーシーが母親で、もう成人している。ルーシーはウィリアムとの離婚後、チェロ奏者の夫と結婚するが先立たれてしまう。こちらは浮気もせず良い夫だったようだ。最初にこちらと出会っていれば…とも思うが、そうなっていれば、二人の娘はこの世に生まれていない。ルーシーも、そこまでウィリアムを憎んではいない。 それに、夫が亡くなった際には力になってくれるなど、良い所もある。本編で何度となく繰り返されるのは、ルーシー自身の独白として「人間というのは、結局わからないものだ」という意見である。小説家として人間の機微を描くことに長けているルーシーがそう言うのだから、世の中の大方の人たちが、時に、わからない人に出会っても、悶々とする必要はない。そういう時は、名前とセットで、こういえば良い。「ああ、ウィリアム!」と。そして、わからないながらも、良い所を見つけてつきあっていけばいい。完璧な人なんて、どうせいないのだから。 小説というより、ルーシーが、結婚生活を振り返りながら、これまでの人生に思いを巡らせて挙がったことをエッセイとして述べているのを私たちが読ませてもらっているような印象だった。2022年ブッカー賞最終候補作。ああ、ウィリアム! [ エリザベス・ストラウト ]楽天ブックス
May 29, 2024
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みなさんこんばんは。栃木県那須町で、夫婦の遺体が見つかった事件で大河に子役俳優で出ていた人が逮捕されましたね。恐ろしいです。今日もフランス小説を紹介します。今日はあの有名な恋愛小説を紹介します。クレーヴの奥方Historie Du Chevalier Des Grieux Et De Manon Lescaut光文社古典新訳文庫ラファイエット夫人 オリジナル台詞は次の通り。「正直なのがいちばん大事だと思う。だから、たとえ自分の恋人が誰か別の人を好きになったと正直に告白してきても、それが妻からの告白であっても、私は悲しみこそすれ、怒るようなことはないでしょう。むしろ、恋人や夫という立場を忘れ、助言したり、同情したりしてあげたいのです」 発言者クレーヴ公は、他人のコイバナのついでに自身の考えを述べただけで、過去に告白された経験はない。何せ新妻は社交界に出たばかりの若い令嬢で世間知らず。明らかに自分以外の男性を知らない事を踏まえた、余裕が言わせた台詞であると書けば意地悪か。自分の身に降りかかると思っていないなら何とでも言える。しかし、クレーヴ公の奥方は、真に受けてしまった。そして告白した。ここから全ての歯車が狂う。 恋とエスプリで生きるフランス宮廷では、嘘も方便である。言葉の中に秘密を隠し、視線やしぐさで思いを伝える。上級者ばかりの宮廷に、全くの初心者、クレーヴの奥方が紛れ込んだのだから、なるようになったというべきか。 一目ぼれしたクレーヴ公にプロポーズされ、その時は存命だった母親の後押しもあってすんなり結婚。しかしその後、イングランド女王エリザベスの婿にと送り込まれたくらい、超美男のヌムール公が宮廷に現れる。結婚と出会いのタイミングがずれていれば、起こらなかった悲劇。いかにもドラマだ。 令嬢から奥方になっても、恋心をひけらかすタイプではなかった奥方だが、先の夫の言葉を思い出し、誠実であろうと自分が恋していることを告白する。それも、当の相手より先に。しかし当の相手がちゃっかり聞いているというのもまたドラマ。相談相手になるはずだった夫は「あなたは私の妻なのに、私は人妻を想うようにあなたに横恋慕している。あなたは別の人を愛しているのだもの」と責め始め(可哀想に)、ヌムール公は「俺か?俺なのか?」と半信半疑ながら、また第三者に話す。相手の気持ちを確認して、了解を得てから喋ろうよ、相手は恋愛初心者なんだから。 というわけで、隠しているつもりの恋心も相手もすっかりバレバレの奥方は、袋小路に迷い込む(可哀想に)。そうだねぇ、恋愛は脳であれこれ考えるものではないからね。 とはいえ、作品中最も成長したのが彼女である。障害はなくなったんですよといそいそ現れた恋の相手に「永遠の愛を誓っても、人は本当に一生心変わりせずにいられるものでしょうか。自分だけが特別だと、奇跡が起こるかもしれないと、期待してよいのでしょうか。あなたの愛情が私の幸福そのものであるとしても、それがいつかきっと消えていくのを知ったうえで、結婚生活に入れというのでしょうか。」いやぁ、わずか一年で、ろくに相談もしていないのに、そこまで恋愛の真髄を見極められたのは幸福なのか、不幸なのか。熱烈プロポーズの相手が「恋心を忘れた」とさらっと書いているのは、奥方と相手のどちらを著者が買っているのかわかりやすくて面白い。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。クレーヴの奥方 (光文社古典新訳文庫) [ ラファイエット夫人 ]楽天ブックス
May 17, 2024
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みなさんこんばんは。俳優のルイス・ゴセット・ジュニアが亡くなりましたね。今日もフランス小説を紹介します。今日はフローベールの作品を紹介します。ボヴァリー夫人Madame Boveryギュスターヴ・フローベール新潮文庫タイトルがボヴァリー夫人なので、てっきりエンマの生い立ちから始まるのかと思っていたが、彼女が登場するのはp28。それまでは、彼女の夫となるシャルル・ボヴァリーの生い立ちを紹介している。父親が外科医補だったが、どうやら「医は仁術」タイプではなく、持参金目当ての結婚をして、金を使い果たした後は、製造業やら農業に手を出すものの、全て失敗。夫の轍を踏ませまいとして母親は息子に期待をかける。おやまあそんなバックグラウンドが。母親の努力の甲斐あって、開業医試験に合格したシャルルは、母の言うままにトストという町に向かう。そこには高齢の医者が一人しかおらず、競争相手がいないからだ。そして次はこれも母親が決めてくるが、執達吏の未亡人で45で、年金収入ありの女性が嫁に決まる。いやいや何だかシャルルが気の毒になってきたぞ。未亡人だから悪いというのではなく、最初の結婚は自分の意思が無視されてるし、次の妻は…修道院の寄宿学校出身という純粋培養のお嬢様かと思いきや、恋に恋する乙女が高じて、あれだしね。ポールとヴィルジニーを愛読したと書かれているが、プラトニックの極みのあの本を読んで、なんでああなるかねぇ。「もちろん、すべての夫がいまの夫のような男ではないだろう。その夫は美男子で、才気煥発で、気品があり、魅力的だったかもしれず、修道院の寄宿学校の旧友たちが結婚した相手はきっとそうだったろう。」「彼女が思うに、恋愛とは電光石火の華々しい輝きをともなってとつぜん起こるはずおもので―天空の荒れ狂う嵐が人生に容赦なく遅いかかり、これを転覆し、木っ端のように意思をもぎとり、心をそっくり奈落へと奪い去るものでなければならなかった。」まあ、最初は皆夢見る夢子である。そして、普通はないものねだりで終わる所を、エンマの場合は格好のお相手がいた。青年書記レオンと女の扱いに長けたロドルフだ。しかし彼らとて、エンマに男を見る目があれば、両名とも、恋愛小説に描かれる理想の男性などではなく、見掛け倒しの軽い男だとわかったはずだ。夫をないがしろにして、借金を重ねたエンマは、やがて破滅の一途を辿る。娘を生んだにも拘わらず、彼女には全く母性というものが見られない点も、逆にリアルだった。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。ボヴァリー夫人 (新潮文庫) [ フローベール ]楽天ブックス
May 16, 2024
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みなさんこんばんは。ロシアのプーチン大統領の就任式が7日行われ、通算で5期目となる任期が始まりました。今日から3日間フランス小説を紹介します。マノン・レスコーHistorie Du Chevalier Des Grieux Et De Manon Lescautアントワーヌ・フランソワ・プレヴォ光文社古典新訳文庫まず著者の経歴に驚く。ほぼ主人公シュヴァリエと被る。10代で修道院に入るが脱走しまくり。なんでもその時天職が作家だと気づいたらしい。国外逃亡し、その間に書いた本が大ヒット。これはサクセスストーリーと言っていいのか。はて。」 本作は話中話である。ルーアンから帰る途中の私が、途中の宿屋で救護院から連れてきた娘とそれに付き従う若者を見かける。その若者こそシュヴァリエ・ド・グリュ。彼がついてきた女性がマノン・レスコーだ。 物語の語り手デ・グリュは何度となく反省する。「いったいどういう宿命によって、これほど罪深い人間になってしまったのだろう。愛は無垢な情熱だ。それがぼくにとってはなぜ、災いと放蕩の源となってしまったのか。」 しかし、何度自問自答しても無駄なのだ。常に美少女マノン・レスコーに出会うと彼女の魅力にメロメロ。破滅的な生活に突入。友人や家族がまっとうな暮らしに戻そうとしても、まるでだめ。マノンが自分を裏切っていると知っても、「彼女は悪くない。相手が悪い。」ああ、これはだめんずの陥るループだ。そして、だめんずとだめんずが揃うと最強!ではなく、地獄のだめんずロードをただ辿るしかない。シュヴァリエをずっと見守る学友ティベルジュが、本当に報われない。シュヴァリエは何度となく彼を騙して金を手に入れ、果ては借金させてまでマノンに貢ぐ。こういうまっとうな人は、マノン達とは関わらない方がいい。しかし「なぜ俗世に留まっているのか、わかるかい。なぜすぐさま隠遁生活に入らないのか?それはひとえに、きみに対する深い友情のためなんだよ。ぼくはきみがそれほど抜きんでた心と精神の持ち主であるかを知っている。どんな善行であれ、きみにできないことなど何ひとつない」と、だめんずシュヴァリエにとことん入れ込む。マノンではない。「きみが徳を愛す人間であることはわかっている。ただ激しい恋の情熱ゆえにそこから引き離されているだけなんだ」なんだかとても美しい言葉で善人説をぶつのはいいが、シュヴァリエ勢いで人も殺してるから!ティベルジュのシュヴァリエへの尽くしっぷりは、また、だめんずのパートナーに尽くすそれのようにも見える。今で言うところのBL的匂いもする。彼の側から見た物語を、是非聞いてみたい。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 マノン・レスコー 光文社古典新訳文庫/アベ・プレヴォ(著者),野崎歓(訳者)ブックオフ 楽天市場店
May 15, 2024
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みなさんこんばんは。ウクライナでは4人に1人が国内外に避難していることがわかりました。今日は実際の出来事をもとにした小説を紹介します。ポストカードLa carte postaleアンヌ・ベレスト/著 田中裕子/訳打てばすぐ届くSNSが広まり、今ではすっかり脇に追いやられている感のある手紙。昔は電報が至急の知らせを届ける手段、手紙は知り合いに近況を伝える手段として使われていた。ポストに入れてから届くまでの時間がわからないからこそ、どきどきする瞬間もあった思い出を持つ方もいるのではないだろうか。 本編は、そのポストカードが表紙絵だ。本書の著者であり、これは実話にフィクションが混ざっている。 アンヌの母のもとに差出人不明のポストカードが届く。そこには、アンヌの祖母の両親エフライムとエマと妹ノエミ、弟ジャックの名前があった。ところが全員アウシュヴィッツで亡くなっていた。だからこそ、誰がこの手紙を出したのかが気になる。死人からの便りなんて、一つ間違えば悪質ないたずらだ。しかしそれなら、明確な思いが相手に伝わらないと効果的ではない。むしろこれでは中途半端だ。 なんだか筋立てがミステリのようだが、ミステリは物語を進めるフックで、メインではない。その謎はむしろ、あっけなく解ける。メインはユダヤ人が受けた苦難の歴史だ。敢えて“戦争中”とはつけない。その苦しみは、残念ながら、ユダヤ人がユダヤ人である限り、今も続いているからだ。ハマスとイスラエルの戦闘が続いている現在だけを切り取れば、イスラエル(ユダヤ人)=悪と断じてしまいそうだが、そんな簡単な話ではない。 第一部は、アンヌの祖母ミリアムが、家族と運命を分かたって、なぜ生き残ったかが描かれる。ミリアムの父エフライムは父親から、一家揃ってパレスチナに来るよう言われるが、踏みとどまる。それはそうだろう。自分は地位と財産を持ち、地域社会との繋がりも持っている。なぜ住み慣れた土地を出ていかなければならないのかわからない。しかし、そうこうするうち、ユダヤ人への締め付けが厳しくなる。それも、ドイツ本国ではなく占領されたフランスにおいてである。ユダヤ人の危機意識の低さは他著書でも度々登場するが、彼らが特に鈍かったとは思えない。誰もがナチスドイツがこれほど急激に世界を席巻するとは思わず、その徹底したユダヤ人排除政策を知らなかった。そして、戦後、戦争協力したフランス人達は、その過去を隠そうとした。 これは、いち家族の物語ではない。ユダヤ人の物語であり、今も戦争を続ける世界の物語である。【3980円以上送料無料】【OPEN記念全品ポイント5倍】ポストカード/アンヌ・ベレスト/著 田中裕子/訳トップカルチャーBOOKSTORE
May 6, 2024
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みなさんこんばんは。ドイツのショルツ首相はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と電話会談し、地対空ミサイルシステム「パトリオット」を追加供与する方針を伝えた。独政府が発表しました。ウクライナの要請に応じた措置で、独軍の在庫から直ちに引き渡すそうです。今日も韓国小説を紹介します。父の革命日誌チョン・ジア河出書房新社『北斗の拳』パロディをやるつもりはないが、作品が始まった時には、タイトルの父は既に死んでいる。なんと電信柱に頭をぶつけて亡くなったのだ。パルチザンとして闘争に身を捧げた父の最後としては、あまりにあっけなかった。82歳という高齢であり、認知症も患っていたらしい。若い頃には血気盛んなパルチザンとして名を馳せた男も、結句はただの老人として死んだ。 本作は著者の両親がモデルである。かなりシリアスなバージョンを先に刊行した所、発禁処分を受け指名手配されてしまった。満を持して書かれた作品は、意図したわけではないだろうが、かなりシリアスみを減らしている。その代わりにまぶされたのがユーモアと言える。 しかし決してシリアスみがゼロになったわけではない。わかりやすくいうと、著者の両親は資本主義国家で、ばりばりの共産主義を貫いていたため、当然獄にも入れられた。連座制で家族はおろか親戚すら要職につけない。一族の鼻つまみ者であったはずだ。アカの娘と言われた娘も、口で言うだけで労働が下手、酒好きの父を批判的な目で見ていた。 ところが、社会に決して受け入れられない思想と人生を送った男の葬式など、さぞや寂しくなるはずという期待を裏切り、父の葬儀には、次から次へと彼に助けられたという人達がやってくる。タイトルに挙がった父は、いわば狂言回しであり、本当の主役は父を見送る娘=著者である。父への屈託を抱え続けた娘が、過程を経て、素直に泣けるまでの物語である。我々は、成長過程で思想で激しく対立したことはなくても、両親と衝突した経験なら、複数回あるはずだ。ならばきっと、娘の心情に寄り添えるのではないか。父の革命日誌 [ チョン・ジア ]楽天ブックス
April 16, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカンフットボールのスターで俳優でもあったO・J・シンプソンさんが亡くなりましたね。今日も韓国小説を紹介します。私書箱110号の郵便物イ・ドウアチーブメント出版ラジオ局に勤める31歳の人見知りの構成作家コン・ジンソルは、担当番組の新ディレクターのイ・ゴンがちょっと風変わりな人物だと知り不安。しかしゴンは人を寄せ付けようとしないジンソルに積極的にアプローチ。 ラジオ局を舞台にしたドラマといえば『ラジオロマンス~愛のリクエスト~』がある。ドラマではDJを務めるトップスターと構成作家が最終的にカップルになったが、やはりディレクターは風変りな人物でCP二人に絡んだ。ディレクターと構成作家はミーティングを重ねて一緒に番組を作っていく立場なので、何かと顔を合わせる機会も多い。お互いを知り、恋に落ちやすい関係性なのだろう。最初の打ち合わせからマイペースでぐいぐい行くゴンにペースを乱されて、「えっこの人どういう人なの?」と当惑しつつも「実はいい人なんだ」と人柄が沁みわたり、好きになっていくヒロイン。このまま順調に行くのかと思いきや、意外な所でストップがかかるのもいかにもドラマっぽい。 過去あり訳アリの男女がぎこちなくゆっくりと近づいていく関係性が描かれた第一作『天気が良ければ訪ねて行きます』に続きドラマ化が企画されているそう。ヒロインにライバル心を燃やす同僚、ゴンの友人カップル、ヘビーリスナーのお爺ちゃんなど脇役陣もそれぞれ個性的。 韓国で43万部のベストセラー。私書箱110号の郵便物 [ イ・ドウ ]楽天ブックス
April 15, 2024
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みなさんこんばんは。元横綱の曙が亡くなりましたね。今日も韓国小説を紹介します。不便なコンビニキム・ホヨン小学館韓国でシリーズ累計150万部(2023年6月現在)、世界各国で出版され、舞台化、ドラマ化も進行中。誰もが生きづらさを抱えて生きるコロナ前夜のソウルが舞台。2022年夏に刊行された続編『不便なコンビニ2』と合わせて140万部(2023年4月現在)を売り上げ、本書に似せた装画の本が次々と刊行され、「Kヒーリング小説」という新たなジャンルを生んだ。地味な装丁だけではとてもそうは思えないが、世界のどこでも癒されたい人はいるからね。 ソウルの下町。亡き夫の遺産で建てたコンビニ「Always」を細々と営む元教師のヨムさんは、駅で無くした財布を拾ってくれたホームレスの男「独孤」と知り合う。記憶を失い言葉はたどたどしいが、誠実そうな独孤を見込んだヨムさんは、彼を深夜シフトの店員として雇う。但しお酒はダメ。飲むのはトウモロコシ茶のみ。近隣のコンビニに押され気味で品揃えが悪く、近所住人からは「不便なコンビニ」と呼ばれている「Always」の店員や客たちは、謎だらけで怪しげな独孤を警戒しつつ、一方でそれぞれに問題を抱えていた。 特別な理由もなく、見返りを求めずに人に優しくするヨムさんは、後で出てくる悪企みする息子とは正反対の、本編の天使的存在。元教師でキリスト教徒という設定なので、博愛精神が人一倍豊か、かつ辛抱強く人の面倒を見るのだろう。でなければ、財布を拾ってくれた相手をその場で雇う英断は下せない。彼女に拾われたことで独狐が変わっていく。 公務員試験を目指すアルバイトの若者から仕事を教えて貰い、短期間で習得し教え方が上手だからユーチューブに上げればいいとアドバイス。ゲーム浸りの息子に悩まされる初老の女性店員の話を辛抱強く聞いてアドバイス。毎夜コンビニのテラス席で酔い潰れる営業マンにも親切に話しかけたり、それを見ていた近くに住む劇作家インギョンとも、奇妙なやりとりをかわし、彼女がスランプを脱するきっかけを与える。コンビニオーナーの息子が、自分の事業のためにコンビニを売り払うのに邪魔だという理由で探偵をつけて店員として働く男の正体を突き止めようとするが、この探偵も篭絡する。粗末な身なりと朴訥な喋りからは想像できないくらい、実は人たらしだった「独孤」が、どういうバックグラウンドの持ち主かを明かして本作は幕を閉じる。登場人物皆に救いと再生の道が示され読み味が良い。不便なコンビニ [ キム・ホヨン ]楽天ブックス
April 14, 2024
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みなさんこんばんは。日本が戦闘機を輸出するそうですね。今日も韓国小説を紹介します。百の影 (ものがたりはやさし)One Hunderd Shadowsファン・ジョンウンオ・ヨンア亜紀書房都会の中心に位置する築40余年の電子機器専門ビル群。再開発による撤去の話が持ち上がり、ここで働く人たちは〈存在していないもの〉のように扱われる。地名が一切出てこないが、韓国人ならすぐわかる。本編は龍山惨事を扱った作品だ。 龍山惨事は2009年1月20日早朝、ソウル龍山区漢江路2街の南一堂ビルの屋上のコンテナで、立ち退き住民らと鎮圧警察の衝突で火災が発生し、立ち退き住民5人と警察1人が死亡した事件だ。調査委員会」は龍山惨事当時、過剰鎮圧と世論操作があったことを公式に明らかにしたが、セウォル号同様、深い追及は行われず、誰も責任を取る者がいない。著者自身は単独でデモも行ったが、本編の主人公ウンギョとムジェは、生きにくい場所でひたすら生きている。主人公たちには暴力を振るわせたくなかったそうだ。そんな中でも二人はささやかな喜びで、互いをあたたかく支えあう。 事件を思わせるアイテムとして、影法師が登場する。なぜか本人から離れてしまう影法師を見て、ついていってしまった人は帰ってこない。絶望か死の象徴か。一人、また一人といなくなり、寂れていく町で、遂に二人も島に向かって出発する。その島も実在の町というより、誰にも阻害されない避難所の象徴である。本来住民に提供されるべき場所と言えるかもしれない。百の影/ファンジョンウン/オヨンア【1000円以上送料無料】bookfan 2号店 楽天市場店
April 12, 2024
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みなさんこんばんは。米アルファベット傘下のグーグルは広告営業部門で数百人の人員削減を実施すると発表しました。今日も韓国小説を紹介します。唾がたまる (キム・エランの本 2)キム・エラン 亜紀書房 いくつかの短編に登場するソウルは、韓ドラの舞台となるような、華やかなそれではない。例えば「堂々たる生活」では、貧しくなった一家がソウルの半地下に越してくる。引っ越し先の姉と主人公の会話「どうしてだろ。ここってソウルじゃないみたい」「ソウルなんて、どこもこんな感じだよ。あんたの知ってるソウルがいくつもないからでしょ」「子午線を通過するとき」では鷺梁津という公務員試験を目指す人々が集まる浪人生の町が登場する。主人公アヨンもIMF通貨危機で教育大学の志願者が増えて浪人生に。数々のドラマの舞台になっているソウルが、著者やにとっては電車で通る通過点でしかない。華やかさもトレンディドラマの楽しさとも無縁の生活を送るアヨンは、ひたすら勉強に没頭する。就職難に悩む若者というテーマは日本でも共感できる人が多いのでは。「四角い場所」も急斜面の貧民街(タルトンネ)で生まれた私が、成長してソウルに行き、先輩に憧れるが、突然彼は休学届を出して行方知れずになってしまう。先輩の事など忘れたつもりでいたが、かつての先輩がいた部屋を見つけた時、タルトンネの景色が目に浮かび涙ぐむ。都会の生活にすっかり慣れたように見えた主人公は、やはり心の奥底で原風景に惹かれていた。「包丁の跡」 決めつけるわけではないが、母と娘の共通話題というと料理なんだろうか。自身も散々言われ続けてきた際には、はいはいとして聞いていたことが、一人になって料理をすると、意外と母親の言っていたことを覚えていたりするのでそういうものなのかと納得する。 著者の両親がカルククス屋をやっていたというから、まさにザ・自伝。カルククス屋をやっていたといっても、実際に切り盛りしていたのは、しっかり者のオンマ(お母さん)で、父親は母親からもらった結婚指輪を飲み代のかたに取られてしまったり、女つくったり、ザ・ダメ男。墓穴を掘っているにもかかわらず人生ってのは、本来どん底からはじめるものだと含蓄のある言葉を言ってしまう。第三者から見れば「面白いおじさん」なんだろうが、家族として一生背負うとなると大変だ。本編はそんな父より、頑張りぬいた母にスポットを当てる。表紙絵は本編の1シーン。「堂々たる生活」これもオンマの意地がテーマ。こちらも母親が餃子屋を営みながら娘にピアノを買う。そしてまたもや父親は配達を担当するがさぼっていたりとだらしない。更に連帯保証人になって借金を背負ってしまう。何もかも売り払うしかなかった時も、頑固にピアノだけは死守したのは、やはりオンマだった。タイトルとは裏腹に、どんどん一家は日陰の生活を送り、遂には半地下に住むことになる。半地下の部屋へ運ばれる際に、がたがたと階段を落ちていくピアノが痛々しかったが、この後もっと悲惨な目に。「唾がたまる」ひょんな事から後輩を同居させることになった塾講師が、途中から彼女の事が嫌いになっていく。母親に捨てられた過去を持つ後輩が理不尽に嫌われている状況が辛い。「クリスマス特選」い本でもバブルの頃はホテルのスイートルームが若者の予約でいっぱいだった。さて今の韓国では、イブに泊まる所さえ見つからない。屋根部屋もちょくちょくドラマに出てくるが、実は直接日光が当たるために暑いらしい。その屋根部屋さえも永住の地ではなく。あちこちさまよう兄カップルと妹。「祈り」主人公は早々に諦めたが姉は公務員試験合格のために考試院へ。考試院もまた最低限の家具しかない、あまりよくない住環境である。「フライデータレコーダ」収録。唾がたまる (キム・エランの本 02) [ キム・エラン ]楽天ブックス
April 11, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカのトランプ前大統領が一部の領土をロシアに譲るようウクライナに圧力をかけることで戦争を終わらせられると内輪の場で語ったと、アメリカのワシントン・ポストが報じました。今日も韓国小説を紹介します。ようこそ、ヒュナム洞書店へWelcome To Myunamdong Bookstoreファン・ボルム集英社かつて大型書店があった所が、何度も持主を変えて別の店になった。老舗の書店も、店舗だけを構えているのではなく、ネットでの販売に対応しないと生きていけない。かつては目利きの名物書店員に、お勧めの一冊を訊いたこともあったろうが、ネット世代は同じ読者の評価の方を当てにする。そんな中、単なる書店ではなく、そこでイベントを開催したり、読書しながらお茶を飲めたりするブックカフェが登場したのは、いつの頃だろうか。 ソウル市内の住宅街にできた「ヒュナム洞書店」。会社を辞めたヨンジュは、追いつめられたかのように店を立ち上げた。なぜ、ばりばり仕事をやっていた彼女は突然辞めたのか。なぜ、泣いてばかりいたのか。母親との確執の原因は。彼女の現在から、時折過去に遡ったりしながら物語が展開し、それらの謎が少しずつ明かされていく。 就活に失敗したアルバイトのバリスタ・ミンジュン、夫の愚痴をこぼすコーヒー業者のジミ、無気力な高校生ミンチョルとその母ミンチョルオンマ、ネットでブログが炎上した作家のスンウ。新米店主と店に集う人々の、本を介した交流を描く。それぞれ悩みがあり、悩みを話せる相手がいるのも良い。そして、書店の名前「ヒュナム」の「ヒュ」=“休む”のように、時に立ち止まりながら、人生を見つめては、また歩き出す。 ネット世代ですぐに心情を吐露できるといっても、やはり現実社会で人と会うことで築ける人間関係もあると気づかされる。既存書籍も多数登場し、取り上げられる問題も、契約社員としての不満や、就職浪人など、日本と共通する話題も多いので、親しみやすい。ようこそ、ヒュナム洞書店へ [ ファン・ボルム ]楽天ブックス
April 10, 2024
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みなさんこんばんは。人手不足が深刻な介護現場の働き手を確保するため、来年5月まで行うことになっている、介護職員の月額6000円程度の賃上げについて、厚生労働省は、6月以降は介護報酬に組み込んで恒久化する方向で調整していることが分かりました。今日はウッドハウスの小説を紹介します。ブランディングズ城の救世主Service With A Smile論創海外ミステリ 310P・G・ウッドハウスエムズワース卿は、ただ静かな暮らしがしたいだけだ。妹のレディ・コンスタンス(コニー)・キーブルの「でも、クラレンス!」の決め台詞も、なぜかなりゆきで敷地内でキャンプさせてしまった少年達も、まとめてみんないなくなって欲しい。そしてただただ、美豚エンプレスを愛でていたい。 それなのに、彼の周りにはトラブルが集まってくる。コニーの幼馴染で、ずーっと居候し続けているダンスタブル公爵は、コニーが預かっている富豪の娘マイラ・スクーンメーカーと、甥のアーチ―を結婚させようと画策。しかし当のアーチ―は、出版社社主ティルベリー卿の秘書をしているミリセント・リグビーという恋人がいる。ダンスタブル公爵の企みはこれだけではない。なんと、居候しているというのに、何度も賞を取ったエンプレスを高く買ってくれる相手に売り飛ばそうと画策。そこに、タイピスト学校を開きたい秘書ラヴェンダー・ブリッグスが、一口噛ませて欲しいと持ち掛ける。そう、ダンスタブル公爵画策ばっかで、全然自分の手を汚さないんだよなぁ。 城で一番偉い人で、何でもはいはいと聞いてあげているのに、密かに悪だくみされ、気が弱いので主張ができず、いつもため息をついているエムズワース卿が本当に可哀想。 そんな時、マイラの恋人カスバート・ベイリーが偽名で豚の世話係としてやってくる。仕掛けたのは第五代イッケナム伯爵のフレデリック・オルタモント・コーンウォリス・トウィッスルトン、略してフレッド伯父さんだ。甥っ子のボンゴをはじめとして、若者の相談窓口として大人気。彼自身お貴族様で金持ちなんだから、自分でぽんと金を出してあげればいいものを、なぜかそこらにいる知り合いの金持ちの金で、事件を解決して評判は独り占め。ますます若者からの信頼が高まるというもの。それにしても、ここに出て来る若者は、独立独歩でやっていくアメリカン・ドリームとは対照的に、皆他人の金を当てにしているな。ブランディングズ城の救世主 (論創海外ミステリ 310) [ P・G・ウッドハウス ]楽天ブックス
April 3, 2024
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みなさんこんばんは。ワクチン用に用意された大量の冷蔵庫が不要になってしまうとか。今日もサッカレーの虚栄の市のレビューを書きます。虚栄の市〈四〉Vanity Fairウィリアム・メイクピース・サッカレー岩波文庫ロードン・クローリー中佐は、妻ベッキーとスタイン侯爵の仲を疑い決闘すると息巻くが、ほかならぬ侯爵のひきでコヴェントリー島の新総督に決まると、あっという間に矛を収める。その時、これまで長い間我慢してきたロードンの義姉でピット卿の妻レディ・ジェーンが、「夫と息子をないがしろにした!」と、ベッキーを出入り禁止にして欲しいと頼む。さあベッキーどこへ行く。 一方オズボーン家に引き取られたジョージ―は、父親そっくりの尊大な性格に育つが、それもまた息子を偲ばせて可愛い!と大人気。セドリ夫人が亡くなり、ドビン少佐がエミーリアの兄ジョス・セドリを連れて帰国する。「今度こそドビン少佐はエミーリアと結婚するのでは?」と周囲は期待するが、当のエミーリアは「わたしは、少佐のことは実の兄と思って愛しているんだし、そもそも、こんな天使のような良人と結婚した女が、他の男の人との再婚を考えることなんかできないでしょう」と相変わらず。ドビン少佐もアミーリアから、自分同様息子のよい友達であってくれと頼まれると「ぼくは、あなたの優しい心以上のものを求めるつもりはありません。別にどうこうして、それを得ようとも思いません。ただ、あなたの近くにいて、ときどきお会いすることを許してくださるだけでいいんです。」あーなんで墓穴掘っちゃうかなぁ自分から。そして「筆者としては、アミーリアがもうこれ以上辛い目に遭わないで済むように祈るばかりである。」うわ!いけしゃあしゃあと作者ったら。あなたが追いこんでいるんでしょうあなたが! さあ、進みそうで進まないドビン少佐とアミーリアの仲を進めるのは、やはり突破力を持ったこの人で。…というわけで、やはりベッキー、悪女悪女と言われるが、結構いいとこあるじゃない。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。『中古』虚栄の市〈四〉 (岩波文庫)KSC
March 17, 2024
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みなさんこんばんは。『オール・バイ・マイセルフ』などのヒット曲で知られるエリック・カルメンさんが亡くなりましたね。今日もサッカレーの虚栄の市のレビューを書きます。虚栄の市〈三〉Vanity Fairウィリアム・メイクピース・サッカレー岩波文庫「この本物のお仲間に入れてもらうために、彼女たちのする死にもの狂いの努力、あえて実行する汚い手口、耐えねばならないその屈辱、といった事柄は、人間を、いや女性を研究対象としている作家にとって、実に面白い材料である。艱難辛苦をものともせずに上流を目指す女性たちの一挙手一投足は、既知もあり暇もあり、そんな物語を組み立てるのに必要な言語能力も備えた者にとっては、またとない恰好の題材となるだろう。」 はいはい、だからあなたが書いたってことね、作家殿。で、その筆頭格がベッキー。レディ・クローリーことベッキーは、元ガヴァネスだった過去が災いして、社交界の一部の女性達には無視される そんな状況を夫ロードンは怒っていたが、ベッキーは「あんただって、ばくちで沢山すったでしょう」とつれない。一方で、兄夫妻と喧嘩しない方がいいわよ、とアドバイス。「万が一、お兄さんやその跡取り息子が亡くなったりすれば、あなたはロードン卿でわたしは令夫人ですものね。命あれば希望ありですよ。わたしがあなたを一廉の人物にしてみせますから安心なさい。あなたのために上手に馬を売ってあげたのは誰だったかしら?借金をきれいに片づけてあげたのは誰だったかしら?」あらベッキー、すごく頼りがいがあって、いい奥様じゃない!だが、この時代、ベッキーのような奥様は出しゃばりなのかな?「女房はおれよりずっと賢いんだよ、それは、おれにもよくわかっているさ。あいつは、おれなんかいなくったって平気なんだよ」 デキる妻に拗ねモードの夫。こどもかあんた。面白いなこの格差カップル。 さて、ダブルヒロインの一人であるアミーリアは、息子ジョージ―にべったり。彼女は意識していないが、身近には崇拝者で夫の親友ドビンがいる。彼が誰かと婚約したと聞いて、ちょっと変な気持ちになるが、おめでとうメールならぬ手紙をよこしたりする無自覚な所がある(いや彼はあなたに夢中なんですってばさわかんないかなあもう)。当然ドビンは大ショック。「ああ、アミーリア、アミーリア ぼくはあなたにこんなに誠意を尽くしたのに、あなたはどうしてぼくをそんなに傷つけるんですか!ぼくがこんなに味気ない生活を送っているのも、あなたがぼくのことをちっとも思ってくれないからですよ。何年も誠意を尽くしたのに、あなたがぼくにくれる褒美といえば、こんな派手派手しいアイルランド女との結婚を祝福してくれることだけなんですか!」うんうんわかるよドビン。君は全く悪くないよ。「彼女と身近に接した男は誰でも、間違いなく彼女のことが好きになった。そのくせ、アミーリアのどこがそんなに良いのかと聞かれると、たいていは返事に窮してしまうのだった。彼女は際立って頭が切れるわけではなく、才気が迸るというタイプでもなく、大して聡明でもなくとびきりの美人というのでもなかったのだから。だが、アミーリアはどこへ行こうと、彼女に出会ったすべての男の心を動かし、魅了した。」ベッキーとは別の意味でモテキ到来のアミーリア。だが残念ながら、ダメ男なのに亡き夫を崇拝している彼女に全く再婚の意思がない。いや、再婚考えた方がいいと思うよ。なぜならオズボーン家では孫息子奪還作戦を計画中で、甲斐性なしの君の父親は二度目の破産をするからだ。君の周りにはろくな男がいないなアミーリア。何か憑いてるんじゃないか。お祓いに行こうぜひ。彼女は息子の幸せのため、オズボーン家に泣く泣く差し出す。一方、上り詰める一方だったベッキーに、ダメ亭主ロードン遂に鉄槌を下す!ををやっとか。というか君にそんな度胸が。次回最終巻。早いな! 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。『中古』虚栄の市〈三〉 (岩波文庫)KSC
March 16, 2024
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みなさんこんばんは。スウェーデンを代表する陶芸作家として知られ、代表的な『ライオン』や赤白の猫『マイキー』などのキャラクターが日本でもさまざなグッズで展開されているスウェーデンの陶芸家リサ・ラーソンさんが亡くなりましたね。今日もサッカレーの虚栄の市のレビューを書きます。虚栄の市〈二〉Vanity Fairウィリアム・メイクピース・サッカレー岩波文庫お気に入りのベッキーが自分の分を弁えずお気に入りの甥っ子と結婚したと知ったミス・クローリーは大激怒。公園で駆け落ち婚したカップルとすれ違うがガン無視。彼女の怒りに火を注ぐのは、ピット卿の弟の嫁クローリー夫人。それでもちゃっかりベッキーはミス・クローリーの遺産をあてこむが。 一方アミーリアの父セドリ氏はあっという間に破産し、最大の債権者が皮肉な事に、今まで目をかけてきたジョン・オズボーン氏。温情で債権をチャラにしてくれるかと思えば、いやいやそんなに世間は甘くない。「ある人が他の人に長年愛顧を受けていながら、その後で喧嘩状態になったりすると、いうなれば、体裁を繕わねばという思いに駆られてだろうが、前者は後者に対して、赤の他人よりも遥かに苛烈な敵となってしまうものなのである。なぜなら、そんな場合、己の不人情と忘恩を正当化するためにも、前者は必ず後者の落ち度を立証しなくてはならないからである。こっちはなにも我利我利亡者の人非人ではない。思惑が外れたからといって無闇に怒っているのでもない。冗談じゃない。そっちに薄汚い下心があるから、陋劣な裏切りの手口を使ってこんな事態に巻き込んだんだ、というわけである。自分の立場の首尾一貫性を守るためだけにでも、ここはどうしても、破産したほうを悪者にしてしまわなくてはならない。そうでもしないと、責め手のほうが悪者になってしまうものだから。」 借金つくったあんたが悪いんだろ!とツンツン(デレはないから、デレは)。ジョージとアミーリアの結婚もてっきりなしになるかと思いきや、なぜかジョージの学友ドビン氏が一肌脱ぐ。「男は、自分の愛した女性に不運が降りかかったというだけの理由で、愛する人を見捨てるべきなのでしょうか?」とジョージの父オズボーン氏に訴える。嫌だドビン氏そんなにいい人でどうするの。あなたこそアミーリアが好きなくせに。作品中こんなに自己チューな人ばかりなのに、そんなんじゃ世の中渡っていけないよ! ナポレオンがエルバ島から脱出してアミーリアと駆け落ち婚(あなたもか!)したジョージはあっという間に戦死。一方ベッキーは相変わらずミス・クローリーから嫌われていたが、旦那も無事で、パリでは人気者。さあ、ますます隔たっていく学友たちの明日はどっちだ?2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 虚栄の市 2 / サッカリー, 中島 賢二 / 岩波書店 [単行本]【ネコポス発送】もったいない本舗 お急ぎ便店
March 15, 2024
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みなさんこんばんは。アカデミー賞で宮崎駿監督のアニメとゴジラが受賞しましたね。今日からサッカレーの虚栄の市のレビューを書きます。虚栄の市〈一〉Vanity Fairウィリアム・メイクピース・サッカレー岩波文庫 19世紀初頭ロンドン、寄宿学校チジック・ホールから二人の少女が旅立とうとしていた。一人はアミーリア・セドリ、ロンドンの財産家の娘だ。彼女のつきそいとしてレベッカ(ベッキー)・シャープも出ていく事になっていた。彼女は貧しい画家とオペラ歌手の子で身よりがなく、アミーリアの家であるラッセル・スクエアに滞在した後は、自活の道を探ることになっていた。チジック・ホールの校長・ピンカトン女史の妹で教師でもあるジマイマは、二人にサミュエル・ジョンソンの辞書を送ろうとするが、ピンカトン女史に止められる。「なんで貧乏なベッキーなんかに?」わずか2ポンド9ペンスでも役立たずにはただで贈りたくない、およそ人格者とは言えないせこい校長だ。だがしかし、優しいジマイマはこっそりベッキーにも辞書を贈る。ところがベッキーは馬車が走り出すが早いか、辞書を女学校の庭に投げ返す! さあ初っ端から性格が全く違う少女の旅立ちだ。盗んだバイクで走り出さないが、貰った辞書なんて何の役にも立たないと、早々に放り出すベッキーに尾崎豊みを感じる。 さて本編、作者が作品中に顔を出す、それも頻繁に。「アミーリア嬢のような人からキスしてもらえるのなら、筆者だったら、花屋のリー商店の花を温室ごと即座に買い取ってしまうんだが。」ってだからその店どこ?物語に出てこないでしょうが。 確か作者があまり作品中で語るのは好ましくないって書評で習ったような…。なぜなら、かなりうざい。「この人はこの先出てこないんだから、あんまり語らなくていい」とか、それ、単なる言い訳か?果てはアミーリアについても「彼女はヒロインではないのだから、彼女の容姿についてあまり詳しく述べる必要はないと考える」えええ?ベッキーと並ぶ二大ヒロインじゃなかったの?結構勝手なことを言っている。 おとなしいお嬢様アミーリアに比べ、自分で生活の伝手を見つけなければならないベッキーが逞しい。その分嫌な女でもあるが、いや、財産なしで婿さんゲットは難しいって、この時代。そんなベッキーが目をつけたのは、アミーリアの兄で独身のジョーゼフ。「ジョーゼフ・セドリさんが裕福な独身男であるなら、わたしが彼と結婚していけないわけはないでしょう?たしかに、時間は二週間くらいしかないけれど、頑張ってみて悪いわけないものね。」を、をを、相手は自分を好きになる前提なのか。よくわからないがその自信やよし。辛いカレーも我慢して食べるベッキー、頑張れ! 『虚栄の市』といえば『若草物語』長女メグが、裕福な友人の家にお泊りして散々に着飾るが、やってきたローリーに見られて恥ずかしい思いをするエピソードのタイトルに登場する。メグにとっては痛い経験だったが、その虚栄の市の真っただ中に突き進んでいく少女たちの物語。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)AJIMURA-SHOP
March 14, 2024
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みなさんこんばんは。また雪が降っていますね。今日は一組の夫婦を様々な面からとらえた小説を紹介します。トラスト―絆/わが人生/追憶の記/未来―Trustエルナン・ディアズ 早川書房1920年代、ニューヨーク。投資家ベンジャミン・ラスクは、冷徹無慈悲な読みでニューヨーク金融界の頂点に登り詰める。一方、妻のヘレンは社交界で名声をほしいままにするが、やがて精神に病をきたし、スイスの療養施設で亡くなる。ハロルド・ヴァナーの小説『絆』は1937年に発表され、ベストセラーとなった。 天性の才を持った男とその妻が栄耀栄華を極めるが、全て満たされたとは限らない。一世を風靡した夫妻の、巨万の富の代償が妻の精神崩壊だとでも言いたげな幕切れの、まとまった終わり方で、構成も良い。にも拘わらず、『絆』への反駁として、モデルとなった大富豪アンドルー・べヴルは自伝『わが人生』を刊行しようとした。さあここで疑問が浮かぶ。美談で終わらせればよかったのに、なぜ? 二人の人生は、今度は秘書アイダの回想録『追憶の記』として登場する。秘書は現在作家となっており、中途半端な章や段落が散りばめられている、いかにも素人くさい『わが人生』に比べれば出来も良い。そして、更にアンドルーの妻ミルドレッドの死後発見された日記『未来』も登場する。日記はなぜか無造作に切り取られていた。同じものを4つ書く意味は、それぞれ異なる面があるからだ。最も異なる点は第一作『絆』において悲劇のヒロインとされたヘレンー実際はミルドレッドーが果たした役割だ。いわゆる『羅生門』構造である。 見直してみると、それぞれのタイトルにもダブルミーニングが見られる。絆の現代はBond。金融業界では債券だが、一般的には家族への愛着、結びつきだ。ミルドレッドの日記は未来=Futures。金融用語ではFuture Tradingとは先物取引にあたり、一般的な意味では「過去になろうとする」時間である。2023年ピュリッツァー賞フィクション部門受賞作。オバマ元大統領の推薦図書に入り、カーカス賞&ジョン・アップダイク賞受賞。トラストー絆/わが人生/追憶の記/未来ー [ エルナン・ディアズ ]楽天ブックス
March 8, 2024
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みなさんこんばんは。雇用保険加入条件が週10時間以上になりましたね。今日もトマス・ハーディ作品を紹介します。狂乱の群れを離れてFar From The Madding Cloudトマス・ハーディ千城牧場主ゲイブリエル・オウクがバスシバ・エヴァディーンと出会う。「健全な判断力と、ゆったりした身のこなしと、適切な服装の、総じて申し分のない若者」と表現されるゲイブリエルと年頃のバスシバは、傍目にも理想のカップルだ。実際ゲイブリエルもプロポーズするが、叔母と暮らすバスシバは「自分には財産がないから、あなたは金持ち女性と結婚した方がいい」と断る。ところがこの後、ゲイブリエルが牧場主でなくなり、逆に伯父の農場を引き継いだバスシバに、羊飼いとして雇われる。つまり、貧富の差が逆転したのだ。こうなるとかえってプロポーズがバテシバの言った事と重なり、“善良な人”ゲイブリエルは躊躇する。 そうこうするうち、バスシバが冗談でバレンタインカードを送った独身の農場主ボールドウッドが、彼女に夢中になる。また、ハーディ作品には、よく駐屯兵と地元の娘との恋愛が登場するが、更に女扱いに長けたトロイ軍曹が現れる。あっという間に女一人に男三人が群がる構造になってしまった彼らの恋の行方は。 ヒロインの名前Bathsheba(英語読み バスシバ→バテシバ) は、旧約聖書でダビデ王に横恋慕され、夫を殺される女性だ。自分に悪意はなくても、周囲の男達を惑わせる、ファム・ファタールを名前で背負わされている。 ところで本作で一番の被害者はボールドウッドだ。冗談で送られたバレンタインカードにすっかり盛り上がり「私、貴方を見捨てるなんて事致しませんわー本当よ、どうして出来て?だって、貴方を一度も愛した覚えがないんですもの」と結構酷いことを言われるが「わしが、貴女の事を思ってもいなかった時に、貴女の方がわしに心を向けてくれたこともあったのだ!貴女を責めているのではない。」とバスシバを全肯定し続ける。窮地に陥ったバスシバを救うためなら、周囲にどう思われようと構わない。あまりにも行き過ぎたその思いが悲劇を生むわけだが、漁夫の利を得る誰かさんより、よほどバスシバを想っていると言える。恋愛においてタイトルについている“狂乱”の極みにまで達したのは彼だけだ。二度映画化されており、最近作の方が、バスシバが、男社会に頼らない独立した女性として描かれている。 原題のFar From The Madding Crowd は、トマス・グレイの詩(Elegy Written in a Country Churchyard墓畔哀歌)からとられている。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。
February 22, 2024
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みなさんこんばんは。H3ロケットの打ち上げが成功しましたね。今日もトマス・ハーディ作品を紹介します。呪われた腕: ハーディ傑作選トマス・ハーディThomas Hardy,The Withered Arm;Selected Short Stories新潮文庫「 妻ゆえにTo Please His Wife」船乗りシェイドラック・ジョリフはエミリー・ハニングとジョアンナ・フィッパードという二人の女性を教会で見かけ、昔知っていたエミリーにまず声をかける。しかし次に出会った時、シェイドラックはジョアンナを追いかけまわし結婚までこぎつける。ジョアンナはエミリーに悪いと思っていたが、エミリーとシェイドラックの話を聞いて、彼をエミリーから奪おうと決意。しかし恋敵から奪い取って結婚したところまでがジョアンナの絶頂期。エミリーが裕福な男性と結婚すると、生活が逆転して夫にも不満を抱くように。いっときの意地が善良な男性と後にできた家族の人生をも変えてしまう。「幻想を追う女An Imaginative Woman」有名な詩人ロバート・トルー推しとなったヒロインのエラ。しかしいつもすれ違いで会えない。やがてヒロインは結婚し四度目の妊娠をするが亡くなる。妻の遺品の中に詩人の写真を見つけた夫は。でもそれが真っ赤な間違いなのを知っているのは妻のみ。永遠に存在しない不倫に悶々とするのだろうか夫。「わが子ゆえにThe Son’s Veto」牧師館の小間使いだったソフィは、庭師のサムに求婚されていたが、リストラで牧師館を首になることを恐れていたソフィは、求婚してきた牧師と結婚。息子が生まれるが年の離れた牧師は亡くなり、サムと再会し結婚を望むが、障害となったのは意外な人物だった。亡くなったからこそ父親を神聖化した息子の意地が、母親の幸福を妨げる。「憂鬱な軽騎兵The Melancholy Hussar of the German Legion」祖母のフィリスから聞いた話という伝聞体。隠遁生活を送る父と二人暮らしのフィリスは、30歳の独身男ハンフリー・グールドから言い寄られる。しかしグールドには金がなく、結婚は先延ばしになっていた。そんな時、フィリスの前に駐屯兵がやってきて、そのうちの一人と恋仲になる。放り出された形のフィリスは、彼との恋に身を投じようとするが。幸福を他人任せにせず自分で行動すれば起こらなかった悲劇。「良心ゆえにFor Conscience’ Sake」ミルボーン氏はふと良心に駆られて、かつて結婚の約束をしたレオノーラを訪ねる決心をする。レオノーラは一人娘フランシスを抱え、音楽・舞踏教授として生活を支えていた。フランシスが自分の娘だと知ったミルボーンはレオノーラに結婚を求めるが、彼女は今更フランシスの出生が明らかにされるのを望まない。妥協策として事実を隠したまま再婚するが、二人に共通した仕草から秘密がばれてしまう。ミルボーンが良心に従ったために感謝もされなかったという皮肉な展開。「呪われた腕The Withered Arm」ローダ・ブルックは前妻の存在に何も気づかないが―とルード・ロッジ夫人を恨みがましく眺めていた。やがてロッジ夫人の腕には人につかみかかられたような痣ができる。前の結婚について知ったロッジ夫人は、痣を消すための方法として、ある恐ろしい場所に向かうが。加害者と被害者が入れ替わる瞬間が鮮烈。『源氏物語』の六条御息所と評する人も。「羊飼の見た事件What the Shepard Saw」これも治安判事から聞いた話という伝聞体。羊飼いの少年ビル・ミルズがフレッド大尉とハリエット公爵夫人のあいびきを目撃する。しかし公爵もこのあいびきを目撃しており、彼の敵意は恋敵へと向かう。秘密を守ることを誓わされた羊飼いは。因果応報話。「アリシアの日記Alicia’s Diary」タイトル通りアリシアの日記という体で一切の出来事が綴られる。アリシアとキャロラインは仲の良い姉妹だった。同じ男性シャルルを好きになるまでは。アリシアは妹を想って譲ろうとするがシャルルが納得しない。やがてキャロラインも愛する人が姉と恋仲なのを知り。 なんだか、もうちょっとみんなうまくやれないかなぁ。善人が報われない話が読んでいてつらい。【中古】呪われた腕: ハーディ傑作選 (新潮文庫)ブックサプライ
February 21, 2024
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みなさんこんばんは。亀梨和也くんと田中みな実が真剣交際だそうです。今日もトマス・ハーディ作品を紹介します。日陰者ジュード(下〉Jude The Obscureトマス・ハーディ中公文庫「あなたは、夢を見る人ヨセフなのよ。悲劇的なドン・キホーテなのよ。時には、石を投げつけられる間にも、天国の開くのを見ることができた聖ステパノでもあるわ。」のっけからスーに言われるジュード。しかし、そう言うスーも、どこか頭でっかちで恋愛・結婚を考えている節がある。「あなたが好きですわよ!だけど、考えてみなかったんです、結婚っていうのが…好きだという以上のことだとは。男と女が懇ろな仲で暮らすのは、二人のどちらかが私のような気持を抱いているなら、どんな事情であれ、いくら合法的でも、姦淫ですわ。」あくまでもリチャードの妻であることをやめない。それでいて、ある時部屋にリチャードが入って来ると窓から飛び降りてしまうほど、彼を嫌がっている。一方ジュードに対しては、偶々泊まった宿が、かつてジュードとアラベラが宿泊したと知り、嫉妬する。そんなスーに、温厚なジュードも堪忍袋の緒が切れる。」「君は何一つ僕に譲歩しないのに、僕は君に何もかも譲歩しなくてはならない。つまるところ、君はあのころ、ご主人と仲が良かったじゃないか」 うんうんわかるよジュード。蛇のナントカだよね。振り回され夫リチャードは、年齢も経て挫折も知るからか、勝手なことを言うスーを理解し、彼女の希望を受け入れる。「私の家内じゃないよ。姓と法律の上は別として、他の男の妻なんだ。(中略)彼女への思いやりとして、法律上の束縛をすっかり解いてやるべきだということなんだ。(中略)彼女は人間同士として私に同情し、憐み、私のために泣いてくれはするものの、夫としての私には耐えられないんだー私を忌み嫌っているー遠回しに言ったってしょうがないからな-私を忌み嫌っているんだよ。 これで望みは叶ったのだから、さっさと再婚すればいいものの、二人は今でいう事実婚を選ぶ。しかしこれは二人の合意ではない。結婚を望むジュードが、望まないスーに折れた形である。「スー、君は僕の同志で恋人なんだから、結婚するか他の道をとるか、強制したくなんかないよ‐もちろん、そんなことするもんか!そんなにすねるなんて、あまりにも意地が悪いよ!」あーあ、こんなええカッコしなければよかったのに。アラベラとの息子に加え、スーとの間に子供も生まれれば、村人はフツーでない親子をあれこれ噂し、果ては仕事まで失う。 「結婚について、私は今でも、これまでずっと感じてきたように感じているの。鉄の契約が、あなたの私への愛情や私のあなたへの愛情をかき消してしまうのじゃないかって、今までと同じように心配なのよ」「現にあなたは自由な身だけれど、私はあなたを世界中の誰よりも信じているわ」そういいながらも元妻アラベラが現れたら、嫉妬せずにいられないスー。定まらない大人達を見ていた子供達が遂に行動を起こす。「私は今は結婚を違った風に見ているの。私の子どもたちは、このことを教えるために、私から奪い去られたのよ!アラベラの子どもがわたしの子どもを殺したのは、天罰です-正しき者が悪しき者を殺害したんだわ。どうすればいいのかしら!私はとても下等な人間なんです-世間一般の人たちと交わる価値もないのよ!」 「他人のために死ぬ」=犠牲になってくれたという考えが、そもそもイヤだ。自分の命は自分のものである。ましてや第三者がそのように考えるのは不快だ。傲慢とも思える。かくてその後の人生を犠牲と感じて生きていくスーと、その決断を止められなかったジュードは悲劇を迎える。自分の思いに自由であろうとすると、これほど窮屈な思いをしなければならなかった時代の物語。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。日陰者ジュード(下)【電子書籍】[ トマス・ハーディ ]楽天Kobo電子書籍ストア
February 20, 2024
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みなさんこんばんは。ロシアのナワリヌイ氏が亡くなりましたね。プーチンの関与が疑われています。今日もトマス・ハーディ作品を紹介します。日陰者ジュード〈上〉Jude The Obscureトマス・ハーディ中公文庫メアリイグリーンで暮らすジュード・フォーレイは、最初から不憫だった。母親も亡くなり、父親も命取りの瘧にかかって亡くなる。身内といえば、パン屋を営む伯母のドルシラきりだ。なのに彼女すら、こんな事を言う。「神さまが、母さんや父さんと一緒に、役立たずのお前も連れてってくださったら、なんぼよかったか知れんわい」「なんだってお前は、先生にクライストミンスターに連れていってもらって、学者にしてもらわなかったんだね。」 後者の先生とは、冒頭でジュードが引っ越しを手伝っているフィロットソンだ。リチャード・フィロットソン先生は大学卒業後クライストミンスターで聖職に就くつもりなので、メアリイグリーンを出ていく。てっきり前説のみの人かと思いきや、リチャードは主要人物の一人である。「あれは光の都市だ」「あそこには知識の木が茂っている」「人々の師たる人物が生まれ出るところ、かつ、目指すところだ」「学者や宗教者がたてこもる城とも呼べるところだ」口々に人々が言うクライストミンスターの感想に、ジュードもまた憧れを抱き「あそこは、ぼくにふさわしい場所だろう」と思い始める。 鳥追いをやっていて、害鳥のカラスにさえ餌をやってしまうような性格だから、ジュードには商売は向かない。ちょっとシャイだが先生もむいてそうだ。しかしどんなに渇望しても学問の道は彼に開かれない。 そんな時養豚業を営むアラベラから、豚の陰茎を投げつけられる。肉体的快楽を求めるアラベラの登場として、陰茎は露骨な比喩だ。世間慣れしていない彼は、偽の妊娠話にあっさりひっかかり結婚。これがつまずきの始まりだ。「彼の理性や意思をまったくかまわず、彼のいわゆる高邁な目的など問題にもしないようで、ちょうど、手荒な教師が生徒の襟首を掴んで引っ立てていくように、一人の女の抱擁に向かって彼を引きずっていくのだった。その女にはなんの尊敬も抱かず、また、その女の生活には、郷里以外、彼の生活となんの共通点もないというのに。」 この後ジュードは憧れの従姉スー・ブライズヘッドと出会うが、彼女と彼の結婚のタイミングが合わなかったことで、この先タイミングがずれ続ける。そして教職を目指すスーに、ジュードがリチャードを紹介したことで、四角関係は見事完成。リチャードも未だ聖職に就けず、挫折した者の一人である。想いのままに行動したいが規律に縛られるジュード&スー想いのままに行動するアラベラ4人中一番の“大人”リチャード 物語を振り回していくのはアラベラだ。小説としては悪女の役回りだが、現代感覚なら最も共感しやすいキャラクターだろう。翻弄されるジュードとスーがダブルヒロイン、リチャードはむしろ被害者だ。恋の邪魔者たるアラベラが消えた所で、スーとジュードの結婚準備は整った!ところで上巻は幕。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。日陰者ジュード(上)【電子書籍】[ トマス・ハーディ ]楽天Kobo電子書籍ストア
February 19, 2024
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みなさんこんばんは。不朽の名作アニメ「未来少年コナン」の舞台化が決定し、2024年5月、6月に東京芸術劇場プレイハウスにて上演されるそうです。今日もトマス・ハーディ作品を紹介します。テス 下Tess of The D’urbervillesトマス・ハーディ岩波文庫まあ大体前カレ・前カノの話なんかしないほうがいい。特に男は嫉妬深いから。しかしテスは励まされて洗いざらい話してしまう。二人はぱちぱちはぜる暖炉の傍で話すのだが、例によってハーディの描写が重々しい。「想像力の強い人には、この灼熱した石炭の光が、最後の審判の日のギラギラする業火と見えたかもしれない。」さて、ここまでが上巻。態度を豹変させたエンジェルにテスも戸惑う。「おなじことで、あたしはあなたを許しました!あなたが許されたように、あたしを許してください!あたしはあなたを許します。エンジェル」テスの言ってることはしごくまっとうなんだよ。エンジェルの言ってることの方が変!「以前のきみは。きみで、いまは別の人間になっている。」理屈こねてんじゃないよ全く。「あたし、あなたを幸福にしてあげたいと、望みもし、願いもし、祈りもして来たんです!そうすることが、どれほどうれしいだろう、もしそうしなかったら、あたし、どんなに値打ちのない妻になるだろうと、考えてきました!それがあたしの気持でしたの、エンジェル!」健気じゃないテス。もうエンジェル抱きしめてあげなよ。「嘘つきではないよ、きみは。だが、前とおなじ人間じゃない。そうだ。おなじひとじゃない。しかし、ぼくにきみを責めさせないでくれ。責めないと心にちかっただから。それを避けるためなら、どんなことでもする」責めさせないでくれって何だ責めさせないでくれって。自分が責めたいんだろうが。嫌いなら嫌いになったとさっぱり振ってやればいいのに、思い切りが悪いかっこつけだ! エンジェルがブラジルに向け去ったタイミングで、テスの父親が亡くなり、一家は困窮する。そんな時に出会ったのが、生まれ変わった(とは言っているが)牧師アレク・ダーバヴィル。テスを酷い目に遭わせた償いをする気ではいるらしいが、夫が遠くにいると知ってテスにアプローチ。「きみには、まだ、ぼくが分かっていない!が、ぼくには、きみがわかってるんだ」まあ、この言葉はある程度は真実だと思うけどね、ある程度は。 結局キリスト教の厳しい戒律は一度過ちを犯したテスを許さず、彼女が最後にたどり着いた場所が異教信仰のストーンヘンジというのも感慨深い。人を救わぬ宗教など何の役に立つのか。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 テス(上) 岩波文庫/トーマス・ハーディ(著者)ブックオフ 楽天市場店
February 18, 2024
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みなさんこんばんは。3月をもって ブラタモリ のレギュラー放送終了が発表になりました。…今日からトマス・ハーディ作品を紹介します。テス 上Tess of The D’urbervillesトマス・ハーディ岩波文庫スタッグフット・レインの牧師トリンガムが、ある男をサー・ジョンと呼んだことから悲劇は始まった。今は冴えないこの男が、有名な騎士のサー・ペイガン・ダーバヴィルの末裔だというのだ。 ウェストミンスター大寺院に招かれたり、チャールズ二世の時代には騎士に叙せられたりと過去の功績は華々しいが、今はさっぱり。それでもジョンは有頂天になり、馬車を奮発して皆に吹聴する。その様子を見ていた村の人々は、マーロットの村の祭りにやってきていた器量よしの長女テスを冷やかす。さあヒロインの登場だ。 テスと男性との出会いは、悉く“間が悪い”。祭りの際も、誘われてエンジェルがその気になるが、結局踊らず去っていく。テスも「さっきの旅の青年ほど上品な口をきくものは一人もいない」とエンジェルの事が気になっていたのに、この二人はその後長く会うことはない。もし、テスが彼女を不幸に陥れるアレク・ダーバヴィルより前に、エンジェルに会っていたなら。 父ばかりか母までその気になって、立派なお屋敷のダーバヴィル家はきっと親戚だから尋ねてみろという。実は立派なお屋敷の主は、ダーバヴィルを騙る真っ赤な偽者だが、テスの美貌と初々しさに目を止めたアレクは、彼女の働き口を母親に頼む。「測り知れぬほど深い社会の裂け目が、これから後のわが女主人公の性格と、トラントリッジの養鶏場で運試しをするために母の家を出たあの以前のテスとを、別々に分けてしまうことになったのである。」ハーディの“これから彼女は不幸になります”の前振りっぷりがすごい。そしてエンジェルと再会し、これから幸せになれるという時に、エンジェルが罪な打ち明け話を始める。テスは初心すぎるんだな。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 テス(上) 岩波文庫/トーマス・ハーディ(著者)ブックオフ 楽天市場店
February 17, 2024
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みなさんこんばんは。スタジオジブリ作品「風の谷のナウシカ」の劇場公開40周年を記念し、安田成美が歌う同作のテーマ曲「風の谷のナウシカ」のリメイクが決定し作曲を手がけた細野晴臣プロデュースのもと、1月31日にデジタル配信されます。今日はとんでもない男女のもつれを描いた小説を紹介します。アドルフAdolpheバンジャマン・コンスタン光文社古典新訳文庫 男女関係のもつれって、相談されて困りません?例えば、どちらか、或いは両方とも友達だった場合「いやー、あなたはそういうけど、アタシに対してはそうじゃないからね」とは、とても言えないよ、こんなに怒ってるのに…などと、とりあえず話が長くなるのと一方的な答えしか望まないから本当に聞きたくないし巻き込まれたくない。でも巻き込まれたり、自分が渦中になるのが恋愛沙汰なわけで。 将来を嘱望された青年アドルフは、P伯爵の愛人エレノールに執拗に言い寄り、ついに彼女の心を勝ち取る。だが、密かな逢瀬を愉しむうちに、裕福な生活や子供たちを捨ててまでも一緒に暮らしたいと願うエレノールがだんだんと重荷となり、アドルフは自由を得ようと画策するが。 はいこれも古代の御代から何度も繰り返されてきたパターンですな。最初は追う側がアツくなる。「自分は冷静かつ公正な観察者として、彼女の性格や知性を一通り検討していると思っていた。それなのに彼女の放つ一言ひとことが、不可思議な魅力を纏っているように感じられた。いつか彼女から愛されてみせるぞという思いが、わたしの人生に新たな面白みを与え、異様な形で、生活を活気づけた。」「わたしの心にあったのは、もはや作戦でも計画でもなかった。自分が正真正銘、恋をしているのを感じた。わたしを衝き動かすのは、もはや、目標をかなえたいという願望ではなかった。愛しているひとに会いたい、彼女をそばで感じたい、ただその思いばかりがわたしを駆り立てていた。」 内気という触れ込みのアドルフ、遂に思いを秘めておられず口説く。ひたすら口説く。「あなたは拒絶されるでしょうが、この愛は不滅です。」「あなたの友情がわたしの支えでした。その友情なしに、わたしは生きていけません。あなたに会うことはわたしの日常になってしまいました。あなたはこの心地よい習慣が生まれ、育っていくのを放っておいたのです。」「わたしはなにも望みません。なにも求めません。あなたに会いたいだけです。いえ、会わねばならぬのです。生きることが務めであるならば。」はいごちそうさま。この言葉よく覚えておくんだよアドルフ。「恋愛の始まりに、その絆が永遠だと考えられない人間なぞ、不幸になってしまえばいい!手に入れたばかりの恋人に抱かれても、不吉な予感を捨てきれず、いずれ別れることになるかもしれぬと考えている人間なぞ不幸になってしまえばいいんだ!」 ひつこいけど、本当に覚えておくんだよアドルフ。二人は結ばれてめでたしめでたし。おとぎ話ならここで終わるのだが、あいにくこれは違う。いつか熱は醒めるのだ。「エレノールはおそらくわたしの生活における鮮烈な快楽ではあったが、もはや生きる目的ではなかった。彼女はすでにある種のしがらみになっていた。」一方が一方の重荷になってしまった時点でこりゃ駄目だ。更に、「悲しいふたりの人間は、おたがい、相手こそがこの世でただひとりの知人であり、まともだと思える人間であり、理解し、慰めあえるただひとりの人間であるのに、けっして和解することのできない、相手を傷つけることしか考えられない敵同士になってしまった」遂に憎みあっちゃったよ。こうなる前に別れていればウツクシイ別れだったのに、もうこの二人はどこまでも行くしかない。アドルフは内気という設定で、なかなか別れを切り出せないのもその性格故というエクスキューズがついているが、そういう問題じゃないだろアドルフ。自分と相手の人生の問題だよ。 著者は政治家・財政家ジャック・ネッケルの娘にしてスウェーデン大使のスタール=ホルシュタイン男爵夫人とまさに小説の中のような恋仲になる。先に別れたくなったのはコンスタンで、泥仕合を何度も繰り広げる。事実は小説より奇なりだったのか?、それとも小説の方がデフォルメだったのか?アドルフことコンスタン、どっち?ねえねえねえ!アドルフ (光文社古典新訳文庫) [ コンスタン ]楽天ブックス
January 31, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカ映画界で最高の栄誉とされるアカデミー賞の各賞の候補が発表され、原爆の開発を指揮した学者を題材にした「オッペンハイマー」が作品賞など最多の13部門に選ばれたほか、日本の関連では3つの作品がノミネートされました。長編アニメーション賞に宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」、視覚効果賞に山崎貴監督の「ゴジラー1.0」がそれぞれ候補として選ばれたほか、国際長編映画賞にはドイツのヴィム・ヴェンダース監督が東京・渋谷の公共トイレを舞台に撮影した映画「『PERFECT DAYS』」がノミネートされました。さて今日は辞書作りにかかわった女性達の物語を紹介します。小さなことばたちの辞書The Dictionary of Lost Wordsピップ・ウィリアムズ 小学館1886年2月。母リリーの名前が百合の花を意味すると知ったエズメは、父に母の名は辞典に入るのか?と聞く。百合としてもちろん載る。次いでリリーは尋ねる。わたしたちみんな辞典に入るのか、と。すると父は「辞典に入るなら、その名前には何か意味がなくちゃいけない」と言う。物には全て名前があるのに、辞典に載るものと載らないものがあるのはどうして?幼いエズメの疑問は的を射ていた。後に彼女の名付け親であり、辞書編纂の協力者であったイーディス・トンプソンも、とある会合でこんな言葉は載せるべきではないのでは?と問われて言う。「わたくしたちは英語の裁定者ではありませんわ。われわれの仕事は記録することであって、砂漠ことではないのですもの」「ことばはね、わたくしたち人間のもつ復活の道具なのだから」「失くしたものを取り戻すことよ」著者は実在の彼女に、金言たる言葉をいくつも語らせる。しかし、事実上編纂作業で言葉を裁定してきたのは、常に男性だった。しぜん、女性達に関係ある言葉は載らない。“小さなことばたち”とは、そうした社会通念によって、スクリプトリウムで捨てられてきた言葉たちのことだった。 『オックスフォード英語大辞典』編纂者の父とともに、編集主幹・マレー博士の自宅敷地内に建てられた写字室に通っているエズメは、ことばに魅せられ、編纂者たちが落とした「見出しカード」をこっそりポケットに入れる。ある日見つけた「ボンドメイド(奴隷娘)」ということばに、マレー家のメイド・リジーを重ね、ほのかな違和感を覚え、リジーに協力してもらい、〈迷子のことば辞典〉と名付けたトランクにカードを集めはじめる。 サミュエル・ジョンソンが編纂してから随分と語彙が増えてしまった英語辞書を編纂するジェイムズ・マレーとウィリアム・チェスター・マイナーの逸話を描き映画化された『博士と狂人』は、がっつり男達のプロジェクトXだったが、こちらはフィクションの中に史実を交えた物語。第一次大戦を挟んだエズメの流転する運命に、女性達のサフラジェットも登場する盛沢山な物語。小さなことばたちの辞書 [ ピップ・ウィリアムズ ]楽天ブックス
January 25, 2024
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みなさんこんばんは。遠藤達哉原作によるアニメ「SPY×FAMILY」と「ビックリマンチョコ」が初コラボ。「スパイファミリーマンチョコ」の名前で2024年1月23日に発売されました。先住民族の女性が主役の小説を紹介します。ホープ・レスリーHOpe Leslie or, Early Times in the Massachusettsキャサリン・マリア・セジウィック国書刊行会 タイトルロールのヒロインは、全二十七章中第八章で登場する。家族を全て亡くしたものの、愛情深い養父のもとですくすく育つ、まっさらなヒロインの青春がここから始まる。しかし、それ以前の章で、養父の家に、拭い去ることのできない悲劇が起きていた。 事の始まりはホープの養父となるウィリアム・フレッチャーとホープの母アリスの悲恋だ。二人はいとこどうしで愛し合っていたものの、ウィリアムはピューリタン、アリスの家は国教徒の家系だった。ウィリアムと同じ名前の伯父は、アリスとの結婚のためならば、ウィリアムは改宗してくれると軽く見ていた節があったが、ウィリアムの意思は固く、かえって二人は駆け落ちを決意。しかし激怒した伯父はアリスを連れ戻して別の男性と結婚させる。 数年後。ウィリアムはアメリカでマーサという女性結婚して息子エヴァレルもいた。フレッチャー家には他に、ピクォート戦争で兄を亡くし白人の奴隷となった、リーダーの娘マガウィスカと弟オネコがいた。やがてアリスもその結婚相手も伯父も亡くなり、忘れ形見の二人の娘をウィリアムが託される。ウィリアムが迎えに行き、まず妹娘フェイスがフレッチャー家にやってくる。マガウィスカは家族を殺された哀しみを忘れられないが、オネコは無邪気にフェイスに懐いていた。先にフォレスター家に来ていたフェイスに続き、姉ホープをウィリアムが連れてこようとした時に、悲劇が起こる。 先住民族と、新天地アメリカで新たな生活を築こうとしてきた民族間の争いが、個人の感情とせめぎ合う。マカヴィスカはエヴァレルやウィリアムが個人としては良い人だとわかっているが、父と引き離し、部族を殺したのは彼等と同じアメリカ人だとわかっている。 父親ウィリアムは、何も持たない状態から出発したが、エヴァレル達新世代の若者たちは先住民像たちと異なる絆を結ぼうとする。新世代同士の交流は、ヒロインの名前=Hopeに託されている。 マサチューセッツ湾植民地の初代総督ジョン・ウィンスロプ、ピクォート族の長のモノノットなど実在の人物と架空の人物を巧みに交錯させながら、物語を展開。ホープに言い寄る似非プロテスタントフィリップ・ガーディナーのモデルは、実在の人物クリストファー・ガーディナー。内縁の妻を持ったり、植民地の秩序を乱したなどで、悪名高い。【送料無料】 ホープ・レスリー / キャサリン・マリア・セジウィック 【本】HMV&BOOKS online 1号店
January 23, 2024
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みなさんこんばんは。KAT―TUNの中丸雄一が、元日本テレビアナウンサーの笹崎里菜さんと結婚したことを発表しました。きょうはナポレオンの愛読書を紹介します。ポールとヴィルジニーPaul et Virginie(光文社古典新訳文庫) ジャック・アンリ・ベルナルダン・ド・サン=ピエール フランス島(現在のモーリシャス島)を足しげく訪れていた私が、荒れ果てた小屋の残骸を見て、偶々通りかかった老人に、住んでいた人について尋ねた所、語ってくれたのがこの話という構成で、話中話である。 1726年、ノルマンディー生まれのラ・トゥールという男が妻を連れてやってきた。夫が貴族の出ではないということで結婚を親戚から反対された。男は妻を残してマダガスカルに向かい、奴隷を連れてきて農園を経営しようと考えていたが、マダガスカルで流行の熱病にかかって亡くなる。身重の身で残されたのは女性の奴隷マリーだけ。彼女がやってくる一年前、貴族の男に騙されたマルグリットという女性が息子を生んでいた。彼女はブルターニュ出身だが、未婚の母であることを知らない人達のいる土地を目指してこの島にやってきた。彼女にもまた男性奴隷のドマングがいた。二人は意気投合し、まだ人も少なかった島のある土地を二等分して小屋を建てた。その時に助けたのが語り手の老人である。やがてラ・トゥール夫人は娘を生む。娘はヴィルジニー、マルグリットの息子はポールと名付けられた。筒井筒の仲の二人は生まれた時から一緒に育ち、仲が良く、やがて異性として意識し合うようになる。「ふたりは、盗むべからず、という戒めを知らない。家ではすべてがみんなのものだったからだ。節度を守るべし、という戒めも知らない。質素なものではあるが、食べ物はふんだんにあったからだ。嘘をつくべからず、という戒めを知らないのは、何ひとつ隠し立てする必要などなかったからだ。親不孝をすると神さまの怖ろしい罰があたるよ、と脅かしても、ふたりはきょとんとしていた。母を慕う愛情は、ふたりのなかで子を慈しむ母の愛情にこたえて自然に湧きあがっており、親不孝とは何なのかわからなかったのだ。」生ける聖家族かあなたたち!と言いたいくらい性格が良い。良すぎる。両親同士も仲がいい。そのままゴールインすればよかったのだが、ラ・トゥール夫人は自分の死後ヴィルジニーがどうなるか心配になり、本国に住む独身の伯母に相談する。これが全ての不幸の始まりだった。見目好いヴィルジニーをどこぞの金持ちに嫁がせようと叔母が画策するが、これはさすがにヴィルジニーがうんと言わない。そしてヴィルジニーが島に帰る日に嵐が起こる。 助かるチャンスがあったのに、ヴィルジニーは衣服を脱ぐのを頑なに拒む。本編では「たとえ世間にはびこる歪んだものの見方に毒されたわたしのような人間でも、自然のふところに抱かれ美徳に満ちた生活の幸福について聞かせてほしいのです。」「どんなに栄華を誇った大帝国の記憶も、非情な時の流れのなかでまたたくまに風化していく。だがこの僻地に咲いた友情の記憶は時を経ても色褪せることはなく、私は命あるかぎり哀惜の思いに身を苛まれるにちがいない。」のように、自然=善、都会&文明=悪と見做している。都会で行儀見習いを習ったが故にヴィルジニーが亡くなった-つまり、文明が彼女を殺したという穿った見方もできる。しかし切羽詰まった時、人はなりふり構わず生きたいと思うのではないだろうか。後半、ヴィルジニーを失い嘆くポールに、彼女ならこう言っただろう、と語り手たる老人が延々かき口説く場面がある。「だからポール、あなたも与えられた試練に耐えて。そしてあたしのところにきて。そうすれば終わることのない愛と、永遠の婚姻の絆で、あなたのヴィルジニーをもっともっと幸福にしてくれることになるのよ。ここにきてくれたら、あなたのつらい心をいやしてあげる。あなたの涙をぬぐってあげる。ああ、いとしいポール、あたしの夫となるあなた、どうかその心を無限のほうへ高めて、一時の苦しみに耐えてちょうだい」言いながら胸が詰まる。きっと涙も流した。涙涙の感動場面。それはわかる。しかし、ヴィルジニーの声音で、女言葉で、いいおじさんに目の前で泣かれて、今まで何人もに言われたことを言われてみ?ポールも泣かず怒り出す。そりゃそうだろ。誰が泣くよ。 いたよ泣く自己陶酔おっさん二人。物語では孤島を楽園に描いていた作者だが、実際は人とうまくいかない性格が災いして、島で酷い目に遭っている。本書のファンで作者を厚遇したナポレオンも、セントヘレナ島で孤独な最期を遂げる。物語と事実が悉く相反しているが、二人ともこの世にない孤島に楽園を見出したのだ。ポールとヴィルジニー (光文社古典新訳文庫) [ ジャック・アンリ・ベルナルダン・ド・サン ]楽天ブックス
January 21, 2024
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みなさんこんばんは。日本初の月面着陸を目指している無人探査機「SLIM」について、JAXA=宇宙航空研究開発機構は月を周回する軌道への投入に成功したと発表しました。月面への着陸は計画どおり1月20日未明を予定していて、成功するかが注目されます。ゾラ短編集を紹介します。オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集La Mort D’Olivier Becaille/Angeline ou la Maison Hanteeエミール・ゾラ光文社古典新訳文庫「オリヴィエ・ベカイユの死La Mort d'Olivier Becaille」「ある朝グレゴールザムザが不安な夢からふと覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が一匹のとてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。」『変身』こちらの書き出しもかなり唐突だ。「ある土曜日の朝六時、僕は死んだ。」いや死んだってあなた、死んだら意識なくなるのに、なぜ延々と自分語り?そして右目が全く開かないらしいが、左目だけで気配が感じられる?この後も葬式の準備だの何だのをずーっと聞いてるオリヴィエ。誰かこの状態を説明してくれ。脳死状態で幽体離脱?いくら何でも長すぎないか?と思ったら墓場でとんでもないことが。本編をハッピーエンドと見る人もいるだろうがいやいやいやどうだろう。オリヴィエが善人過ぎ。「ナンタスNantas」貧しい石工の息子に生まれ、幼い頃から母に野心をたきつけられてきたナンタスが、両親が亡くなり大都会パリにやってくる。自分に天分があると信じるナンタスに世間の風は厳しく、なかなか職が見つからない。失望したナンタスが部屋で「僕が将来築く財産の、最初の百スーだけでもくれる人があったら、僕は自分のこの身を売ってもいい!」と言ったそのすぐ後においしい申し出が。というか、ナンタスに声をかけた人は、その時彼の部屋にはいない。一度も話したこともないのに、どうやってナイスタイミングでナンタスに申し出ることができたのか謎すぎる。どのくらいパリでナンタスのストーカーやってたのか?力さえあれば何でもできる!と思っていたナンタスが手に入れたかったものは力ではなく…うわぁ最後に純愛が。ナンタスはパリで身を立てようとやってきたゾラの投影。「呪われた家Angeline ou la maison hantee」私が自転車で通りかかると、荒れ果てた邸を見つける。近所の人に話を聞いてみようと、トゥーサン婆さんを見つけるが、二言目には「あたしゃ何も知りませんよ」「あと少しだけですよ。あたしは何も知らないんだから」と言いつつ、ある男性が妻を亡くし、後妻を娶ったが、その後妻と継娘との間に確執があったという噂を全部喋ってくれる(笑)。ところがこの話、聞く人、聞く人によって少しずつ細部が違ってくる。さあ真相はどれ?「シャーブル氏の貝Les coquillages de M.Chabre」18歳の娘エステルと結婚したやや肥満気味の45歳のシャーブル氏には、結婚後4年経っても子供ができない悩みがあった。思い余ったシャーブル氏は「海水浴に行って貝を食べた方がいい」と医師から言われて海辺の町に出かけ、エクトールという地元の若者と出会う。貝を女性器に例えることから、医師の言葉自体があからさまな比喩である。しかし本当に貝を食べたのはシャーブル氏ではなくて。まあこの先は、くたびれた中年夫、まだ若い妻、旅先で出会った若者という獲り合わせだけで想像がつくはず。だって彼を一目見た時からエステルは目が離せない。ロックオン状態なのに夫は全然気づかず本当に貝さまさまだと思っているのか。それとも目的を果たせば手段はどうでもいいと思っているオトナなのか(まさかまさか)。「スルディス夫人Madame Sourdis」フェルディナン・スルディスは画家として天才的な才能を持っていたが、自堕落で女遊びがやめられない。そんな彼の才能に惚れ込んだ画材店の娘アデルは、父の死後彼にプロポーズ。彼を立派な画家にしてみせる!と奮起。しかしつい堕落に走る夫はなかなか作品が完成しない。才能もあったアデルは時に作品に加筆することも。何でも世話してくれてかゆい所に手が届く。できた妻に感謝しかないはずなのに。当人同士には自覚がないため、二人の共通の友人で有名画家のレヌカンが節目節目に登場し、フェルディナンの絵の変化に気づく。安寧な生活は手に入ったが、その代わりに才能を吸い取られてしまった画家の悲劇。この画家夫妻のモデルは『風車小屋便り』のアルフォンス・ドーデで、長らく本編が発表されなかったのは、ゾラがドーデに遠慮したという説も。オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家〜ゾラ傑作短篇集〜【電子書籍】[ ゾラ ]楽天Kobo電子書籍ストア
January 16, 2024
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みなさんこんばんは。能登の地震怖かったですね。今日はイレーヌ・ネミロフスキー作品を紹介します。血の熱Chaleur du sangイレーヌ・ネミロフスキー未知谷 フランソアとエレーヌ・エラール夫妻と娘コレット、彼女と幼馴染で恋仲のジャン・ドラン、エレーヌのいとこシルヴェストルが談笑している場面から物語は始まる。仲良し両親が自慢のコレットは、両親の馴れ初めを聞きたがるが、エレーヌにいなされる。エレーヌと婚約したジャン・ドランは「お二人は模範的なご夫婦です。僕も望んでます…いつか…僕達も」と嬉しがらせることを言ってくれる。 絵に描いたような幸せな家族図は、この後崩れ始める。エレーヌの父は再婚し、継母は彼女に辛くあたったが、義姉セシルは優しくしてくれた。セシルが引き取った孤児ブリジット・ドゥクロは歳の離れたケチな夫がいながら、若いマルク・オーネと親し気に踊る姿が目撃されていた。ジャンはコレットに彼女と付き合ってほしくないと言っていた。そんな時、ジャンが川に落ちて亡くなる。未亡人となったコレットは気丈にも農場をやりくりしていこうとするが、ジャンの死に不審の声が上がる。 傍観者かつ語り手であるシルヴェストルを始め、全てのキャラクターに秘密あり。タイトルにもなっている血の熱はずばり「官能」である。著者が「官能の優位」と評したように、官能が容易く理性を押し流し、事件を引き起こす。もう既に青春時代の遠い思い出だと、過去の恋愛を想起させない親世代までもが、眠っていた血の熱に穏やかならぬ思いに囚われる。 前半部がネミロフスキーが長女に託した鞄に入っており、後半部は友人の編集者に託されていた。一語も欠けることなく繋がったらしい。完成作としては最後の作品になる。血の熱ぐるぐる王国 楽天市場店
January 3, 2024
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みなさんこんばんは。国の認証取得の不正問題で「ダイハツ工業」は、国内に4つあるすべての自動車工場の稼働を25日から順次、停止しています。会社は少なくとも1月中は稼働の停止を続けることを明らかにし、ダイハツの経営だけでなく取引先などを含めた地域経済への影響が避けられない見通しです。今日は実在の女性をモデルに描いた小説を紹介します。ルクレツィアの肖像The Marriage Portrait新潮クレスト・ブックス マギー・オファーレル 彼女の夫の祖母は有名人である。ルクレツィア・ボルジア、嫁いだのは3度。最後に嫁いだのはアルフォンゾ1世・デステ。父も兄も悲惨な死を迎えたが、彼女は女児出産後、産褥の合併症で亡くなる。当時は、まだフツーの死である。 その孫が彼女の夫、アルフォンゾ2世・デステ。3度結婚するも、いずれも子供をもうけることができず、庶出の子供もいなかった。よって、デステ家が絶えた原因は彼にある。 しかし当時はそうは考えられなかった。16歳の新妻ルクレツィア・デ・メディチは1558年結婚し、1560年にフェラーラへ移った翌年に急死。夫に毒殺されたと、広く噂された。フランス王が、不細工な嫁と離婚するのに法皇の許可をわざわざ貰った時代である。離婚は難しい。離縁でなく死別という手段を選んだのは、ルクレツィアの父が後にトスカーナ大公となるやり手だったからだ。 1561年、まさに彼女が死ぬ日から物語は始まる。「ほんとうは夫の目を見ながらこう言いたい。あなたが何を企んでいるのかはわかっているのよ。夫は不意を突かれて驚くだろうか?夫は彼女のことを、うぶで世間知らずの妻、子供部屋から出てきたばかりの女だと思っているのだろうか?彼女にはすべてわかっている。夫が綿密に、あらゆることに配慮して計画を立てたのがわかっている。ほかの人たちから引き離したのだ。」「上手におやりなさいね、と夫に忠告してやりたい。彼女の父親は娘を殺されて黙っているような人間ではないのだから。」 彼女は16歳の何も知らない少女ではなく、怜悧と言われる夫の企みを見抜く賢い女性として描かれる。また、彼女が幼い頃雌虎と出会うエピソードが紹介されているが、虎の死を知り病気になった彼女が回復した後、どうやら獣を体の内に取り込んだような示唆がある。そして怜悧な夫は勿論気づいており、「妻の芯の部分には何かがある。ある種の反抗心のようなものだ。ときおり妻に目を向けるとそれが感じられるのだー妻の目の奥に動物がいると言ったらいいか。結婚前にはこんなことはまったく知らなかった。何も気がつかなかった。釣り合いの取れた性質で、健康状態も良好だとばかり思っていた。とても素直に思えた、うっとりするほどね。若くて純真で。ところがこうしてあれが見えるようになると、どうして見逃していたのかわからない。妻のなかには常に、服従することもなければ支配されることもない部分があるのではないか、と気になるのだ」「妻は意思の力とか性格的な病弊とかによって懐妊しないようにしているのではないだろうかと。ああいうひどく不安定な精神状態の女性の場合、子どもがその胎内に根付く望みがないということはあり得るのだろうか?」 その獣性こそが子供を生めない原因ではないか、と言うのだ。酷いいいがかりである。彼女の獣性は、押さえつけられた彼女の個性そのものなのに。わずか27歳でも、宮廷の権謀術策を知り抜いた夫が、せっかく得たソウルメイトや楽しみを奪おうとする中で、ルクレツィアが最後に選んだ道は。 産む性を強要される点で、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』と共通。『ハムネット』でシェークスピアの陰に隠れていた妻アグネスの生涯を描いた著者が、同じく歴史の陰にいた少女の短い人生を描く。ロバート・ブラウニングの有名な詩『最後の公爵夫人』にインスパイアされた。全て過去の話なのに、現在形で語られる点も、大いに臨場感を煽る。ルクレツィアの肖像 (新潮クレスト・ブックス) [ マギー・オファーレル ]楽天ブックス
December 28, 2023
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みなさんこんばんは。人生の機微を端正に描いた小説や、エッセー「大人の流儀」シリーズなどで知られる直木賞作家の伊集院静さんが亡くなりました。73歳でした。今日は移民を扱った小説を紹介します。行く、行った、行ってしまった (エクス・リブリス)Gehen,ging,gegangenジェニー・エルペンベック白水社エクス・リブリス訳浅井晶子 物語は、古典文献学教授のリヒャルトが、定年となり大学で退任の日を迎える場面で始まる。家は湖畔の近くであり、普段はボート遊びや釣り人で賑わうが、男性が溺死し、まだ死体が上がっていないため、今シーズンは人も少ない。男性の姿を見たわけではないが、リヒャルトは湖の男の事を時折考える。つまり“見えていない”のに“存在は感じる”。 それなのに、アレクサンダー広場でアフリカ難民がハンガーストライキ中というニュースを知り、彼らが英語で書いたプラカード(「We Become Visible.=我々は目に見える存在になる」)に思いを巡らせるまで、難民を“見て”はいなかったし、“存在を感じる”ことすらなかった。 リヒャルトを非難したいのではない。ドイツ人としては平均的な反応である。他国の国民同様、難民を忌避する人々も多い。しかしドイツは先の大戦において難民を作り出した過去があり-メルケル政権では特に、そして退任後も-難民を拒否しづらい空気がある。ドイツ国民は、見えぬヒトラーとずっと比較されているのだ。 リヒャルトは、オラニエン広場では別の難民たちがすでに一年前からテントを張って生活していることを知り、彼等の一部が空き家だった郊外の元高齢者施設に移ると、特に使命感も持たずインタビューに出かける。慈悲の心、慈善の心というよりは、意地悪な見方をすれば、暇だったのだ。 問われるままに、語る彼等の口からは、リビアでの内戦勃発後、軍に捕えられ、強制的にボートで地中海へと追いやられ、何人かが死んだ話、命からがら辿り着いたイタリアで、わけもわからず難民登録されたが、仕事も金もなくドイツへ流れてきた話が出てくる。そこではじめてリヒャルトは、難民一人一人を“見る”ようになる。 かつてドイツも国境に悩まされた時期があった。東と西とが壁で分かたれ、トンネルを使って西へ逃れようとする人達が後を絶たず、東では密告者の存在が生活を脅かしていた。国境が同じ国の人々を分断する様を見ていたにも関わらず、どの国の例も他山の石にならない。難民となり国を出た人々は一瞬“見えない“存在となり、今回の広場に集まった人々のように、何らかの抗議活動を行うことで“見える“存在となる。ところが、抗議行動が違法だとして、彼等は法に則った手続きを勧められる。では、ということで、申請を行い何らかの支援や保護を求めるために彼らがどこかに集められると、再び国民からは“見えない“存在となる。法律が彼等を“見えなく“させている。ここに大いなる矛盾がある。 一度“見えてしまった““見えた“人達を、なかったことにはできない。繰り返される問い「どこへ行けばいいかわからないとき、人はどこへ行くのだろう?」への答えはこうだろう。場所は問わない。あなたたちがずっと“見える“存在になれる所に行くべきだ。二度と“見えなかった“事にされない場所に。では、そんな場所は、今、果たして存在するのか。行く、行った、行ってしまった (エクス・リブリス) [ ジェニー・エルペンベック ]楽天ブックス
December 9, 2023
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みなさんこんばんは。フィギュアスケートの時期になりましたね。今日からモーパッサンの伝記&作品を紹介します。宝石/遺産 (モーパッサン傑作選)Les bijoux/L'héritageギイ・ド・モーパッサン光文社古典新訳文庫「宝石Les bijoux」ラブラブ夫婦のやりくり上手の妻が亡くなった。悲しみにくれるランタン氏は、妻が買いまくったイミテーションの宝石を、金に困って店に持ち込むと何と本物!ここで「妻どうやってその大金を?」とふっと思うものの、追及しないから火サスにならない。これも寝取られ…なのかなぁ。「遺産L'héritage」叔母の莫大な遺産を相続することになっている娘カラと結婚したルサブル。しかし一向に子供が産まれない。実は遺産の執行には「結婚三年以内に子供を生むこと」という期限があった。今だったら女性怒っていいぞ案件だが、どちらにも問題がないと言われ、夫婦仲も義理の親子仲も最悪に。そんな時イケメンの夫の友人が足しげく通うようになるとあら不思議。これは子供の顔を見た知人が明らかに「~にそっくり」と言っているので、気づいた人皆目をつぶった案件。「車中にてEn Wagon」寄宿学校から列車で帰る少年達に、悪いものを見せてはいけません!と母親達が同行者として頼ったのは、神父。しかし乗り合わせた車両で、突然女性が産気づく。いや同じ車両だし、いくら「見てはいけません!」「関心を持ってはいけません!」とか言っても無理だろう、好奇心旺盛なお年頃なんだから。そうだねキャベツは神父だけが見たんだよねその答えでOKだよ少年。「難破船L’epave」伝聞スタイル。友人のジョルジュは保険会社の査定係として、難破船を調査にやってくる。すると誰もいないはずの船に、イギリス人男性とその娘三人がいた。ジョルジュはフランス語のできる姉娘と懇意になるが、船に滞在できる刻限が過ぎ、壊れかけた船を嵐が襲う。ジョルジュは一度会ったきりの姉娘を非常に美しく語るのだが、これ、吊り橋効果では。六篇中唯一の純愛。「パラン氏Monsieur Parent」これも寝取られ男。当人自体は全員知っていた妻アンリエットの不倫と、息子ジョルジュの実の父親を、ある日勢いあまって家政婦ジュリーがばらしてしまう。ショックのバラン氏は家政婦を追い出し、否定してくれることを期待してアンリエットとその不倫相手と名指しされた友人リムザンに話すが。妻を叩きだして「息子は俺が引き取る!」と決然たる態度を絶対取れないパラン氏は、知らないふりして息子を育てていた方が幸せだったのでは。「悪魔Le Diable」死の床にある母を置いて仕事に出ていかなければならないオノレは、病人の付き添いを仕事にしているラぺの婆さんを呼ぶように言われる。母の臨終間近なのに、できるだけお金を削りたいオノレと、損をしてたまるもんかと踏ん張るラぺ婆さん。死にゆく者への敬意などそっちのけで金に執着する二人。宝石/遺産 モーパッサン傑作選 (光文社古典新訳文庫) [ モーパッサン ]楽天ブックス
November 27, 2023
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みなさんこんばんは。1970年代後半から80年代前半にかけて「シルエット・ロマンス」「たそがれマイ・ラブ」などのヒット曲を放った歌手の大橋純子さんが9日に死去しました。今日も韓国の小説を紹介します。ハヨンガ: ハーイ、おこづかいデートしない?Hayongga Do You Know Sora net?チョン・ミギョンアジュマ インターンとして働くジスは、同僚のファヨンの動画がソラネットに投稿されているのを知り、悩みながらも本人に伝えることとなる。ファヨンの世界は一瞬にして壊れ、恐怖の渦に突き落とされる。肉親に罵られ、借金をして依頼した削除代行業者も警察も役に立たず、動画は拡散され続け、携帯番号まで流出させられてしまう。ジスの親友のヒジュンも元彼からの行為を受けていた。 「メドゥーサ」というサイトでサイバー自警団活動を始めたジスだったが、ソラネットのモニタリングは想像を絶する苦しさと隣り合わせだった。しかしある日、ソラネットの掲示板に一斉投稿し、システムを麻痺させようという計画が持ち上がる。決行の時、女性を侮辱するための投稿が連なる掲示板は、見る見る間に女性たちの怒りの言葉や男性嫌悪的な「チャルバン(面白い写真や動画)」で埋め尽くされていく。 韓国ドラマによく監視カメラの話題が登場するが、他の種類のカメラも相当優秀なのだろう。正直、これがフィクションで結末が分かっていたからこそ読めた。フィクションとしての独立ならとても読み進むことが難しかった。しかし日本でも同様の事はあるし、韓国の映像の買い手が日本ということもある。両国は繋がっている。被害を訴えた被害者がかえって糾弾される流れまで同じなのだから嫌になる。 元祖「n番部屋」といわれた17年間つづいた韓国最大サイト韓国の違法サイト「ソラネット」に対して、女性の尊厳を貶める男性たちに戦いを挑む人々のドキュメンタリー小説。実在するもっともわきまえない野蛮なオンラインフェミニスト集団「メガリア」VS韓国最大サイト「ソラネット」。この戦いは韓国の世論を巻き込み国を動かしていった。韓国フェミニズムの戦いぶりが描かれる。ハヨンガ ハーイ、おこづかいデートしない? (ajuma books) [ チョン・ミギョン ]楽天ブックス
November 13, 2023
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みなさんこんばんは。今シーズン4位が確定したプロ野球、巨人の原辰徳監督(65)が、3年連続で優勝を逃した責任を取り、3年契約の2年目となる今シーズン限りで辞任するとともに、原監督のもとでヘッド兼バッテリーコーチを務めている阿部慎之助氏に後任を託すことを明らかにしました。今日も韓国小説を紹介します。明るい夜 (ものがたりはやさし 01) チェ・ウニョン 亜紀書房 9歳の時に初めてヒリョンの祖母の家に行ったジヨン。初めて出会った祖母が自分を受け入れてくれていると感じたジヨンはすぐになつく。そして再びヒリョンに向かったのは夫の浮気で離婚を決めソウルを離れた31歳の時だった。ヒリョンに引っ越して2か月経った時に、母が訪ねてきた。母は祖母と疎遠だった。母親の人生を見ていて納得できなかったジヨンは「キム君(元夫)はやさしい」という母の助言にも素直に頷けない。 白丁という身分だった曾祖母ジョンソンと良家の夫パク・ヒスは、駆け落ち同然に家を飛び出した事から近所の人に噂される。娘ヨンオクはその事を母親に話さず、ある日結婚相手を連れてくる。ジョンソンは「あの男はお前の父さんに似ている」からと反対するが最後には「娘が結婚して正常な家族を持つという事実に満足しようと気持ちを切り換えた」 ところが結婚相手ナムソンは北に家族がおり、ヨンオクは娘ミソンを育てる代わりに夫の戸籍に入れることを余儀なくされる。ミソンもまたいびつな家庭環境から抜けるために結婚に逃げる。ところが、三兄弟の嫡孫と結婚したため、旧盆や旧正月にも実家に帰れない。『82年生まれ、キム・ジヨン』で描かれる、あの忙しい嫁の立場である。不自由な環境から抜け出すためミソンは娘ジヨンに期待をかけるが、その期待がジヨンには重く、彼女もまた逃げるように結婚する。しかし「自分が特権を享受しているとわかっていたから、私は黙らなければならなかった。娘の声に耳を傾けてくれない両親のもとで育ちながら感じた寂しさについて。私に関心のない配偶者と暮らす寂しさについて。口をつぐんだまま仕事に通い、上辺だけとはいえ続いている結婚生活を回していきながら、理解されたい、愛されたいという感情に目を向けないようにしなきゃならなかった。私は幸せな人間なのだから。すべてを手に入れた人間なのだから。」という我慢にも限界が来て、やはり結婚は破綻する。 よしながふみの『愛すべき娘たち』で、美貌を鼻にかける学友を見てきた母親が、自分の娘はああいう性格にさせまいと、わざと容貌をけなして言い続けたという話が出てくる。しかし娘は戒めと取らず、娘には「可愛い」と言い続けて育てる。成長するにつれ、親の欠点を見抜いた子供が、いざ親となった時に自分だけはそうなるまいとする。うまくいけば順繰りにいい母娘関係が築けていくはずなのに、そうはならない。本編でも、母のバックグラウンドを知らない娘が母の育て方に反発し、家というより母から逃れたくて結婚を選ぶ。経験上失敗の予感を感じた母の反対も押し切っての結婚であったため、予想通り破綻しても、更に母娘関係はいびつになる。本来配偶者や家父長制を善しとする韓国社会に告げるべき不満不平が、「同じ女性なのにどうしてわかってくれないのか」と最も近い母・娘に向かう。出口のない迷路である。 母娘の愛情が満たされていればどうなっていたか。その答えとして彼女の一族と対比的に描かれるのが、駆け落ちしてきたジョンソンの唯一の友となる女性セビおばさんの娘・ヒジャだ。セビおばさんの一生も幸福続きだったわけではないが、娘ヒジャは祖母のやりたかった事を全て叶え、結婚ではなく学究の道を選ぶ。彼女の生き方は、女達の迷路の出口の一つである。 表紙絵は佇む二人の女性。裏表紙は走り出す女性を見守る女性。表紙は母娘女性同士の共闘。裏表紙は自由を求めて走る娘を見守る母と見える。走り出す女性の先と、二人の女性が見上げる空は明るい。迷路から出た女性が見る空は、こんな色をしているのかもしれない。明るい夜 (ものがたりはやさし 01) [ チェ・ウニョン ]楽天ブックス
November 11, 2023
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みなさんこんばんは。9月にリビアで起こった洪水被害が甚大ですね。今日もフローベール作品を紹介します。感情教育(上下)L’Education Sentimentaleギュスターヴ・フローベール光文社古典新訳文庫「一瞬、幻が立ち現れたのかと思った」「なんという名前で、どこに住んでいるのだろう?どのように暮らし、どんな人生をおくってきたのか?この人の部屋にある家具を、身につける家具のすべてを、さらにはつきあっている人たちを知ることができないものか。肉体を所有したいという欲望すら、より切実な欲求のもとに、際限のない、胸ぐるしいまでの好奇心のなかに消えうせてしまった。」出会った瞬間に衝撃を受けた胸苦しい思いは「それがすべてだった」で終わる。 大学入学試験に合格したばかりで故郷に帰るフレデリック・モローは、帰りの船に乗り合わせたマリー・アルヌー夫人に一瞬で恋をする。“夫人”というからには夫がいて子供もいる。それでも、一たび火が付いた想いはおさまらない。彼女のいない所で名前を叫んだり(ひと昔前のトレンディドラマでよくやる!)、モンマルトル通りで工芸美術という店をやっている夫の店や社交界、彼女が現れそうな所に顔を出し、何とかして気を引こうとする。 一方フレデリックにアプローチしてくる女性もいる。数多くの男性と浮名を流すロザネットと、銀行家の妻ダンブルーズ夫人、そして地元の名士ロックの娘ルイーズだ。ただし最後の一人は、まだ少女で、とても恋の相手にはならない。「ふたりの女性、ロザネットとアルヌー夫人とのつきあいは、フレデリックの生活に二種類の音楽をかなでるように思われた。いっぽうは快活で、激しやすく、気晴らしになる。もういっぽうはおごそかで、ほとんど敬虔な雰囲気をたたえている。ふたつの音楽は同時に鳴りひびき、しだいに高まって、やがて少しずつ混じりあっていった。アルヌー夫人の指さきがたまたま触れただけで、たちまちもうひとりの女が欲望のまえに姿を現すのは、こちらのほうがより望みをたくすことができるからだろう。また、ロザネットといっしょにいて、なにか心を動かされるようなことがあると、すぐにあの真摯な恋を思い浮かべてしまう。」 いっちょうまえに二人の女性の間で揺れつつも、本命にはしっかりアタック。「いったいぼくは、なにをするためにこの世に生をうけたのでしょう?富や、名声や、権力をえるために汲々としている人たちもいます。ぼくは定まった職に就いているわけではありません。ぼくの心は、もっぱらあなたのことで占められています。あなたこそが、ぼくの全財産であり、ぼくの生活や考えの目的であり、中心なのです。空気がなければ生きていけないように、ぼくはあなたなしでは生きていけません。」 しかし、現実的に考えて、アルヌー夫人と一緒になるにしても、頼りになるのは金である。母親は伯父の遺産を当てにしていたが、どうやら雲行きが怪しい。それでも勇気を出してフレデリックが誘ったその日が1848年2月23日、パリで二月革命が勃発が勃発した日であった。 恋情とフランスの熱狂が二重写しになるが、いずれも熱が冷めると引いていく。親友デローリス、パリで知り合ったマルチノン、ユソネ、ベルラン、セネカルもそれぞれ現実の道に戻ってゆく。そして、フレデリックも。ど真ん中ビルドゥングスロマンである。 アルヌー夫妻のモデルは、ユダヤ系ドイツ人モーリス・シュレザンジェとその妻エリザで、夫人はフローベールより11歳年上の25歳だった。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。感情教育(上) (光文社古典新訳文庫) [ フローベール ]感情教育(下) (光文社古典新訳文庫) [ フローベール ]楽天ブックス
October 10, 2023
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みなさんこんばんは。 ジャニー喜多川氏の性加害の問題をめぐりジャニーズ事務所が2日に記者会見を開いた際、事務所から会見の運営を任されていた会社側が、複数の記者やフリージャーナリストの名前や写真を載せて質問の指名をしないようにする「NGリスト」を会場に持参していたことが関係者への取材でわかりました。今日からフローベール作品を3日間紹介します。三つの物語 (光文社古典新訳文庫)Trois Contesギュスターヴ・フローベール 『ヘロディアスHérodias』はヘロデ王の妻の名前だ。本編は音楽に詳しい人なら歌劇『七つのヴェールの踊り』で知っている新約聖書のエピソードだ。但しこの件は、新約聖書ではイエスの布教活動が始まる前触れでしかない。そのため、堂々の主役イエスや、後にイエスを処刑する総督ピラトは脇役ですらなく、話に出てくる程度だ。 ヘロデ王は洗礼者ヨハネを牢獄に入れていたが処刑する決断が下せない。妻ヘロディアスは非難されている当事者の一人なので、ヨハネが忌々しくて仕方がない。決断できない夫にもイライラしている。本編では王よりも実は身分が高い出自を誇示してまで煽っているが、効果なしだ。そこでヘロディアスは娘サロメを仕込み、魅了された王がある台詞を口にするように持っていく。しかし結果的にヘロデ王が押されて決断したことで、ヨハネに対する予言は実現し、従ってイエスについての信仰も広まっていく。目の前の敵を倒したつもりで、もっと巨大な敵=キリスト教を誕生させてしまったのだ。実際には数日かかるエピソードを一日に凝縮している。 1875年、自身の財産管理を任せていた姪の夫が投資の失敗で破産寸前になるという出来事が起き、フロベールが落ち着いた執筆環境を奪われ長編の中断を余儀なくされた。そして9月より友人の誘いでコンカルノーに療養に出かけるが、この地でふと短編が書きたくなり書き始められたのが『聖ジュリアン伝La Légende de Saint Julien l'Hospitalier』。ルーアンの大聖堂のステンドグラスに描かれている中世の聖人ジュリアンの生涯に着想を得たものである。父親には栄光に満ちた人生、母親には聖人という正反対の未来が提示されたジュリアンは、もちろんそんな予言は知らず、狩りが好きな若者に育つ。しかしある時「父母を殺す」という恐ろしい予言を聞き、両親のもとを離れて外国で功を立てる。予言から逃れようとして結局逃れられない過程はギリシャ悲劇『オイディプス』だが、本編では最後に救いがもたらされる。『ヘロディアス』で生まれたキリスト教が罪を犯した男を救う。 『素朴なひとUn cœur simple』は作者自身の幼少期を題材に、クロワッセの自宅に仕えていた女中ジュリーを主人公フェリシテのモデルとして描いた。恋もするが騙されやすく、オーバン夫人の娘ヴィルジニーのためなら猛る牛の前にも姿をさらす。ヴィルジニーが寄宿舎に入ってしまうと甥のヴィクトールを溺愛し、彼が事故死すると隣家の女主人からもらった鸚鵡のルルを愛する。愛するばかりで与えられることを少しも望まない少女がたった一つ執着したのが鸚鵡であり、だとすれば聖霊が鸚鵡の姿で現れるのは彼女にとってこの上ない幸福であったろう。自分の生き方にゆるぎのない女性の一代記。 三話ともキリスト教絡みである。 三つの物語 (光文社古典新訳文庫) [ フローベール ]楽天ブックス
October 8, 2023
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みなさんこんばんは。大相撲は貴景勝が4回目の優勝を果たしましたね。今日はバルザックの短編集を紹介します。グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫) La Grande Bretecheオノレ・ド・バルザック「グランド・ブルテーシュ奇譚La Grande Breteche」医師ビアンションがヴァンドームの町を歩いていると、荒れ果てた館が見えてきたので、つい入ってしまう。すると公証人に呼び止められる。屋敷は伯爵家のもので夫の死後、伯爵夫人は「自分が死亡した日から数えて50年間は死んだときの状態のまま屋敷を保存しておくこと」という不可思議な遺言を残して孤独に死んだという。興味を惹かれたビアンションが館の管理を任された公証人ルニョー、ビアンションの泊る宿屋の女将、館の元女中ロザリーと、語り手を変えて館の謎に迫ってゆく。ちなみにこの真相については、塩野七生『イタリアからの手紙』にやはり同様のシチュエーションで同様のリベンジをしてやられたケースがあった。やはり「生きながら」その行為に踏み切るという所に、行為者の静かな怒りが見える。本編でも一切表情に表さず、命令する時は断固として振る舞い、聞くべきポイントは最小限という夫の人物像が印象的だ。「ことづてLe Message 」「私」が馬車に乗り合わせたイギリス人と恋の話で意気投合するが、馬車の横転事故でイギリス人が致命傷を負い、最期の願いとして「私」に愛する女性への届け物を頼む話である。訪ねていった私の決断は。「ファチーノ・カーネFacino Cane 」今はホームレスとして暮らしている老人が語り始める過去の冒険譚。今は盲目だが、かつてはヴェネツィアの貴族だったという。果たしてどこまで本当なのか?「マダム・フィルミアーニMadame Firmiani」複数の人が表題の人物について語る。第三者による評価を総合すると、とんでもない悪女のようだ。甥オクターヴが彼女にいれあげていると思い込んだ伯父が調査するが、結果は全く違うものに。但しこちらも彼女の真実は藪の中。「書籍業の現状についてDe l’etat actuel de la librairie」仲介業者にマージンを払うために加算されて書籍の価格が高くなる。また手形で支払われるため、上流がすぐに現金化できず、利益がスムーズに行き渡らない。書籍業の問題点をバルザックが指摘。グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫) [ オノレ・ド・バルザック ]楽天ブックス
September 26, 2023
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みなさんこんばんは。中国不動産大手の恒大が米国で破産申請を出しましたね。今日は当時子供だったはずのダニエル・デフォーが書いたペスト大流行時代の作品を紹介します。新訳ペストA Journal of the Plague Yearダニエル・デフォー 興陽館「あれは一六六四年、九月の初めごろだったと思う。」大都市ロンドンを恐怖に陥れたペストの流行はこうして始まった。「当時はまだ、事実や噂を広く知らせるための新聞は存在しない」もちろんTwitterやFacebookもないため、原因不明の病がどこでどれだけ流行しているのかわからない。この国だけなのか、この地方だけなのか。知らせとして届くのは、教区の死者数を知らせる死亡週報だ。すぐ収まるかと思われたが、次第に数値と記載される地方が増えていく。この記載は新聞で毎日報じられた新型コロナの報道そのものである。 国や地方公共団体のセーフティネットー今でいう所の休業補償はない。結局は「自ら助く者を助く」で、馬具屋を営む書き手の私は、雇っている職人や取引先の事を心配しなければならなかった。 また「何によって感染するのか」という明確な提示がなかったため、ロンドンからの避難民は、野宿ではなく、目的地に着くまで毎日宿屋に泊まる。もちろん感染対策など取らないので、知らぬうちに伝染病を広めていたことになる。原因不明の病に倒れる人が増えた時、人が頼るのは神である。科学が登場してくるまでの神の万能感がすごい。「神が助けて下さる」事に賭けた私は兄の誘いを断ってロンドンに残る。 ただあまり神に頼りすぎると病の本質を見誤る。その点筆者は近代的な視点の持主で「今回の疫病が「伝染」というかたちで蔓延した」ことを理解し「医者が「発散気」と呼ぶ蒸気のようなもの、あるいは、患者の息や汗、ただれた皮膚の発する悪臭、いやひょっとすると医者さえも想像できない何かが媒介になっていて、一定の距離よりもそばまで患者に近づくと、その発散気のたぐいが健康な者を冒す」ほぼ現代のウィルス感染のしくみを理解している点が素晴らしい。そうでない場合は「疫病は、天から直接もたらされるものであり、中間的な媒介は存在しない。この人間、あの人間と特定された者に、じかに与えられる」と選民思想とは別の選ばれし者が病気にかかる説に傾いてしまう。 ロンドンは閉鎖され、感染者が出た人の家は隔離され、監視員が見張る事になる。必要な食糧は監視人が購入するが、費用はまず家人が出し、余裕がなければ国が出す。国定伝染病と認定されれば、今では国が全面負担するところだ。新型コロナでもホテルを抜け出す感染者がニュースになったが、中世でも感染者が雇人だった場合は放り出して家族だけ穴を掘って逃げるという悲惨な話もあった。原因がわからないながらも、隔離・消毒の徹底という現代に通じる基本原則をきちんと守っていたのは素晴らしい。しかし筆者は行き過ぎた隔離を批判しており、この辺りは日本で最初に感染したクルーズでの対応に通じる。陸上に上げなかったがために、船内で感染者が蔓延してしまった。どこも似たような事をやっているのである。 それにしてもロンドンを襲ったペストのあんなこんなをまるで見てきたように書いているデフォーが流行時5歳というのが一番の驚きだ。新訳ペスト [ ダニエル・デフォー ]楽天ブックス
September 13, 2023
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みなさんこんばんは。雑誌レコード芸術も2023年7月号(6月20日発売)をもって休刊になりましたね。さて今日は幸せな結婚について考えさせる小説を紹介します。幸せな結婚はパンケーキの匂いがするRecipes for a Perfect Marriageモラグ・プランディ徳間書店「愛する人と一緒にいられたら幸せ?」「愛する人と結婚できたら幸せ?」まあここまでの質問は、結婚目前の女性ならば、迷わずイエスと答えるだろう。しかし、結婚後しばらくして行う次の質問には、果たして迷わずイエスが返ってくるか?「愛する人との結婚生活は幸せですか?」勿論「イエス」と答えられる人だっているだろう。でも、絶対、前の質問に答えた人の全部ではない。そして、「イエス」が言えない人の理由として、「結婚」の後に続く「生活」の二文字に関係がありそうだ。そして、彼女達の口からは「結婚して初めて気づいた相手の癖」「馴染めない親戚づきあい」等々、日々の生活に結びついた言葉が、次々と口をついて出る。恋愛だって、必ずしも映画やドラマのようにはいかなかったが、結婚はもっとリアリスティックだ。本書の主人公トレッサも、上記の例に漏れず、成り行きで決めた結婚相手に迷いまくり、結婚後の違和感に戸惑う。「NYで活躍するフードライター」と「アパートの管理人」という、全然異なるバックグラウンドを持っている二人は、「同じ人間なのに、どうしてこうも、違うんだろ?」と嘆きたいような事に次々と遭遇する。ロマンス小説の主人公にありがちな設定ながら、そこで起こる出来事は、甘いロマンス小説とは一線を画したリアルさを伴っている。本書は、現代に生きるカップルの一連の騒動と共に、彼女が「理想的な夫婦」と崇める祖父母夫妻の結婚を並行して描くが、「トレッサが祖父母達の実態を知って、自らの結婚生活を見直す」という定型的な展開ではない。トレッサは、祖母のレシピを参考にして料理を作るが、その回想録は物語の最後になっても開かれる事はないのだ。しかしながら奇妙な事に、一世代を挟んだ祖母と孫娘は、似たような経緯を経て、「本当の夫婦」に辿り着く。原題は『完璧な結婚生活へのレシピ』である。レシピを読んで料理を作っても、その料理はやがてそれぞれの家庭の味を持っていく。それと同じように、本書を読んで主人公達の結婚生活を読み込んだ読者達も、やがてそれぞれにとってのあるべき結婚生活を見出してゆくだろう。【中古】幸せな結婚はパンケーキの匂いがするブックサプライ
September 12, 2023
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みなさんこんばんは。日本時間の9日7時すぎモロッコの内陸部で発生したマグニチュード6.8の地震で、モロッコ政府はこれまでに296人が死亡したと発表しました。今日は一見西部劇の小説を紹介します。終わりのない日々 (エクス・リブリス)Days Without Endセバスチャン・バリー白水社語り手は、十九世紀半ばの大飢饉に陥ったアイルランドで家族を失い、命からがらアメリカ大陸に渡ってきたトマス・マクナルティ。頼るもののない広大な国でトマスを孤独から救ったのは、同じ年頃の宿無しの少年ジョン・コールだった。美しい顔立ちに幼さの残る二人は、ミズーリ州の鉱山町にある酒場で、女装をして鉱夫たちのダンスの相手をする仕事を見つける。初めてドレスに身を包んだとき、トマスは生まれ変わったような不思議な解放感を覚える。やがて体つきが男っぽくなると、二人は食いっぱぐれのない軍隊に入り、先住民との戦いや南北戦争をともに戦っていく。 現代のカウボーイを描いた『ブロークバック・マウンテン』では、同性愛者が忌避され、暴力の対象となる社会で、性的嗜好を隠して生きるがために愛する人と別れる二人が描かれた。しかし本編ではあっさりと「And then we quietly fucked and then we slept.=セックスした」と書かれていて「軍隊の人達にばれなかったんだろうか?そこにいくまでのためらいは?」と疑問を抱く。こういう疑問を抱く点で、既に自身が保守的思考がちがちなのかもしれない。他にもセックスを伴わないながらも上司に惹かれて戦後もついていく兵士がいて、『ブロークバック~』よりはかなり「男に惹かれる男」が許容される空気を感じた。 ここまで書いてきたが、本編は恋愛一辺倒の物語ではない。“十九世紀半ばの大飢饉”と言えば、世に知られたじゃがいも飢饉だ。約100万人が餓死および病死し、主にアメリカ合衆国やカナダへの移住を余儀なくされた。食い詰めた二人の就職先として残されたのが軍隊で、時は南北戦争真っただ中。人を殺した事がない若者が、“殺らなければ殺される”の厳しい世界に放り込まれ、誰も助けてはくれない。先住民族との争いもあり、必ずしも先住民族=悪ではない現場も見る中で、二人は先住民族スー族の娘ウィノナのため、ある決断を下す。 トマスは女装したいという願望と、ウィノナへの母性愛-いわゆる女性らしさと見做されるものを持ちながら、戦争においては仲間を殺した先住民に冷酷な報復をする。闘争心、猛々しさという男性性を併せ持つ複雑なキャラクターだ。ウィノナもまた、先住民族でありながら、彼等とコミュニケーションできず、先住民族の歴史とも隔絶される。しかし白人の学校には受け居られないマージナルな人間として描かれている。 全編老いたマクナルティの回想である。しかし、若い頃の描写では、原文がそうなのか、翻訳者の決断なのか、「、てか」など、いかにも若者が使いそうな言い回しになっている。終わりのない日々 (エクス・リブリス) [ セバスチャン・バリー ]楽天ブックス
September 10, 2023
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みなさんこんばんは。日本人宇宙飛行士の古川聡さん(59)らが搭乗する民間の宇宙船は、日本時間の26日午後4時27分に、アメリカ・フロリダ州から打ち上げられ、12分後に国際宇宙ステーションに向けた予定の軌道にのり、打ち上げは成功しました。今日はウィリアム・トレヴァー作品を紹介します。ディンマスの子供たちThe Children of Dynmouth(ウィリアム・トレヴァー・コレクション) ウィリアム・トレヴァー ]国書刊行会 イングランド・ドーセットの海辺の町ディンマス。復活祭を前に人々の生活は活気づいている。信者が減り続けて教会の修繕費用も捻出できず、運営に悩む若い牧師夫婦区ウェンティンとラヴィニア・フェザーストーン。まだ寒いのに、海水パンツ一丁で海岸を徘徊する退役軍人ゴードン・アビゲイル大佐とその妻イーディス。息子ネヴィルに家出されたダス夫妻。互いの親が再婚して同居するようになったスティーヴンとケイト。タレント発掘番組に出演することを夢見る孤独な少年ティモシー。やがて彼は悪魔的な言動で人々の平和な生活の裏に潜む欲望・願望・夢を暴き出していく。p5からp8までのディンマスの描写が素晴らしい。微に入り細に入り小説のお手本のような描写だ。まるで本当にある街のようだが、架空である。英国国教会もカトリックの教会もあり、ホテル、民宿、銀行、酒場、映画館、学校など一通りの設備は揃っている。観光客も来るが、大抵は地元の人達が暮らしている。さて、その中で気になる記述がある。「ディンマスの子供たちもよその子供たちと同じで、みんな空想の中にも生きていて、大人よりずっと頻繁に旅をしていた。」さて、その空想の中身は?旅とは? 『ピーターと狼』は嘘ばかりついていたピーターが因果応報の憂き目にあう物語だ。最初は「狼が来た!」というピーターの嘘を信じたものの、回を重ねるうちに、誰も信じなくなる。では、それが逆だったら? ティモシーは関係のない人の葬儀ばかりか、街の様々な場所に現れて、自分が見たことを話し、引き換えに願いを叶えてもらおうとする。話す相手を選んでいるのか、また、話を聞いた人がどんな思いをするかまで、わかって話しているかは定かではない。本編では、ティモシーが“子供”である点がポイントだ。大人達は皆不快に思いながらも、“子供だから“何もわからず話している可能性を捨てきれない。大人ならばもっと徹底的に怒り、交際を断ったが、“子供だから“無碍に断れない。彼は可哀想な“子供だから“猶更だ。しかし、誰も彼の内面を知ろうとせず、本気で叱る人もいない。常に笑顔で人々の言葉をやり過ごすが、それぞれを吟味しているように見えない。想像力だけが彼を救う。翻せば現実は彼を救わない。彼が現世を地獄に作り上げたように見えるが、彼もまたその地獄の住人なのである。 1976年ウィットブレッド賞を受賞。ディンマスの子供たち (ウィリアム・トレヴァー・コレクション) [ ウィリアム・トレヴァー ]楽天ブックス
August 28, 2023
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みなさんこんばんは。俳優のアラン・アーキンさんが亡くなりましたね。今日は80年代エイズが流行し始めた頃のイギリスが舞台の小説を紹介します。スイミングプール・ライブラリーThe Swimming Pool Libraryアラン・ホリングハースト早川書房1983年ロンドン。オックスフォード卒の二人の貴族が出会う。一人は25歳ウィル。祖父が上院議員で裕福なため、仕事を辞めても生活に困らない。目の保養をするのとロックオンが目的でスイミング・プールに通っている。ある時ハッテン場であるトイレで倒れている所を人工呼吸で助けたのが縁で83歳のナントウイッチ卿と知り合った。彼から伝記を書いて欲しいと頼まれ、ウィルは乗り気でないが、建築辞典を作るスタッフも辞めてスイミングプールと自宅の往復だけの単調な日々が変わると友人のジェイムズは大賛成。ところがウィルとナントウイッチ卿には因縁があって。 実は英国で初めてのエイズ患者が報告された年だが、作中エイズという単語は全く出てこない。怪しい映画を上映中の映画館の暗闇で怪しげな行為に及ぶカップルを見てこれがぼくらの創りあげた新しい社会の姿なのかもしれない。そこではどんな欲望でも必ず満足の糸口が見つかるのだ。という感想を持つウィルだが、その後エイズ蔓延により同性愛者は差別を受ける。その寸前の仇花と言えなくもない。祖父とジェイムズとウィルはオペラハウスに行き、わかる人にはわかるゲイへのほのめかしが入っている演目を見たり、ウィルの幼い甥が多分意味もわからず ホモセクシャルだったら伯父さんと一緒に暮らせる?僕もホモセクシャルの可能性ある?と聞いたり、同性愛・ホモセクシャルの存在はうっすら認められていても、市民権獲得のために戦うという意識はまだ生まれていないし、袋叩きに遭う場面はあるものの、まだゲイフォビアとも言うべき人達は登場しない。出てくる女性はウィルの姉フィリッパだけという、徹底したオールメールドラマ。ナントウイッチ卿がウィルに伝記のためと称して自身の記録を読ませた意図が曖昧であるため、主人公に劇的な感情の激発場面がなく、淡々と始まり淡々と終わる。むしろ今後のエイズ蔓延を考えると、こんなに淡々としていて、所と相手かまわずやっていて大丈夫なのかと思うのは後世の感覚。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。『中古』スイミングプール・ライブラリー (Hayakawa novels)KSC
July 23, 2023
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みなさんこんばんは。英国史上もっとも悪名高い二重スパイ、キム・フィルビーを題材にしたミニシリーズ「A Spy Among Friends」が、「亡国のスパイ~かくも親密な裏切り~」の邦題でWOWOWにて日本初放送・配信されるそうです。阿部寛主演で映画にもなった小説を紹介します。夕霧花園The Garden of Evening Mists タン・トゥアンエン彩流社1980年代、定年まであと2年のテオ・ユンリン連邦裁判所判事が、かつて1950年代に日本人庭師アリトモと過ごしたキャメロン高原の夕霧を訪ねる。彼女を迎えるのはかつて彼女に恋心を抱いていたフレデリック。歴史学者ヨシカワ・タツジがアリトモに関する著書を出版するために訪ねてきたのだが、ユンリンは最近記憶が飛び失語症を患っていた。これが【現在】パート。 彼女が回想する過去が二つある。一つは【近過去】で1950年代。戦争犯罪法廷で厳しい判決を下し、かなり恨みを買っていたユンリンは解雇されて時間ができる。そこで姉ユンホンのために庭を作りたいと天皇の庭師アリトモを訪ねる。アリトモは依頼を断るが、そのかわりユンリン自身に庭づくりを教えると言う。 もう一つはかなり後になって登場する【遠過去】で1940年代。ユンリンがなぜユンホンのために庭を作りたいと思ったのか、原因となる出来事が描かれる。 物語は【現在】と【近過去】の交錯が殆どで、【遠過去】は満を持したタイミングで登場する。物語のテンポは全体的に緩やかだ。 縦糸がユンリンの歴史ならば、横糸は、英国統治時代から、現在のマレーシアへの移行期にあるマレーシア自身の歴史である。ユンリンは英国統治時代、英語で教育を受けた裕福な家の海峡華人であるが、父の友人でキャメロン高原に来たユンリンの世話をやくマグナスは南アフリカ出身のボーア人、他にも共産ゲリラがあちこちで人を襲っているなど、民族、宗教、主義主張が入り乱れたマレーシアは、政治的に不安定だった。記憶が生々しい先の大戦の埋蔵金話がまことしやかに囁かれ、怪しい人々が入り込む。太平洋戦争の口火を切り、様々な残虐行為を繰り返した日本人への恨みは消えていない。そんな中で孤高の地位を保つのがアリトモだ。 日本人として現地民から恨みを一身に買っていた時期もあったろうに、そのような事はおくびにも見せない。ユンリンにも謝らない。昔の日本人なので、弓もやり武道もできる。浮世絵も書き、茶もたしなむ。禅の教えも口にする。そして造園師でもある…と、外国人が抱くジャポニズムを一人の人間に詰め込んだのがアリトモだ。演じた阿部寛さんは大変である。更に、まず日本人で思いつかないキャラと思えるのは、彼を刺青師でもあるとした点だ。 ある場所、ある物を探すミステリ、謎めいたアリトモの記憶を辿りながら浮かび上がるユンリンのラブストーリー、戦争を背景にした歴史小説としての側面も持つ。様々なメタファーも登場するので、好きな人は探してみるのも一興。 2012年マン・アジア文学賞、2013年ウォルター・スコット賞受賞。マン・ブッカー賞候補作。 映画化では亡くなったユンホンが姉から妹へ、フレデリックがマグナスの甥から息子に変更されている。夕霧花園 [ タン・トゥアンエン ]楽天ブックス
July 14, 2023
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みなさんこんばんは。ミュシャの作品から「味覚」にまつわる作品をピックアップし紹介する企画展「おいしいミュシャ 5感であじわうアール・ヌーヴォー」が大阪・堺市の堺 アルフォンス・ミュシャ館で開催中です。実際のエチオピアの歴史とリンクした小説を紹介します。影の王The Shadow Kingマアザ・メンギステ 早川書房 1935年、エチオピア。孤児になった少女ヒルトは、貴族のキダネとアステル夫妻の家で使用人として暮らすことになる。そんな中、ムッソリーニ率いるイタリア軍侵攻の足音が近づいてきて。 第二次大戦前、エチオピアはリベリアと並んでアフリカの黒人国家で独立を守り切った国家だった。皇帝に即位したハイレ・セラシエ1世は黒人の現人神たる救世主「ジャー」であると見なすラスタファリ運動により、国民に人気があった。ところがイタリアの統領ベニート・ムッソリーニは、1931年時点で人口が4,200万人に達していたイタリア国内の過剰人口を入植させるための「東アフリカ帝国」の建設を目論み、1935年10月3日に軍をエチオピア帝国に侵攻させた。皇帝ハイレ・セラシエ1世は英国ロンドンに亡命し、1936年5月5日にイタリア軍が首都アディスアベバに入城。国のトップが国を捨てて逃げたにも関わらず、国内ではレジスタンス運動が盛んだった。しかし、結果的にイタリアを倒したのはイギリス軍で、支援を受けた皇帝は再び帰国。これが物語の背景である。 “影の王”(原題も同じ)というタイトルから想起されるのは、亡命中の皇帝に成り代わった男であり、彼の物語であるかのようだ。確かにそのような男性は出てくるが、最初から正体は明かされており、正直サスペンス要素も人物像の掘り下げも行われない。 逆に掘り下げられるのは、影の王を守って戦った女性兵士二人と、彼女達とかかわりのある男性二人だ。孤児で搾取され虐げられるばかりの存在から、祖国の危機において先頭に立つ存在になるヒルト、ヒルトとは愛憎半ばする関係にありながら、やはり祖国を救う戦いに身を投じるアステル、二人の女性の間で揺れるキダネ、「こんなつもりじゃなかった」と思いながら望まぬ写真を撮り、家族とも疎遠な写真家エットレ、偉大なローマ帝国の復活を夢想し、エットレに写真撮影を命じるリーダーとその愛人、彼等の使用人となる料理人、彼等の心情がコロス=コーラスのように交錯して描かれる。皇帝についても、幕間パートで断片的に三人称で綴られるが、亡命先でイタリアオペラを聴く彼と国内にいる人々とは、明らかな温度差がある。エチオピアとイタリアの因縁を、本書を読んで初めて知る読者も多いのではないか。本書はまた、戦時下において女性がどのような扱いを受けるか―どのような危機に陥りやすいか―という点についても述べている。実際に先の戦争でもエチオピアで戦った女性兵士はおり、物語に登場する銃のエピソードは著者の曾祖母に起因している。2020年ブッカー賞最終候補作。影の王 [ マアザ・メンギステ ]楽天ブックス
July 5, 2023
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みなさんこんばんは。7月行われるプロ野球のオールスターゲームのファン投票の結果が発表され、セ・リーグは阪神から今シーズン、好投を続けている先発の村上頌樹投手など史上最多となる10人が選ばれました。『ジャングル・ブック』で知られるラドヤード・キプリングの小説を紹介します。キム (光文社古典新訳文庫)Kimラドヤード・キプリング アジアの香辛料貿易を目的に設立されたイギリスの勅許会社「イギリス東インド会社」は、次第にインドに行政組織を構築し、徴税や通貨発行を行い、法律を作成して施行、更には軍隊を保有して反乱鎮圧や他国との戦争を行う、インドの植民地統治機関へと変貌していった。そしてセポイの反乱後、統治権をイギリスに譲り、1877年ヴィクトリアを皇帝として推戴するイギリス領インド帝国が成立した。 よって英国人の少年キムは、本来ならば支配者層に位置する。ところが、大佐の屋敷で子守を任されていた母親は病気で亡くなり、アイルランド部隊にいた父キンブル・オハラは、母の死後酒に溺れ、半分白人の血を引くインド人女性にキムの養育を託して亡くなる。相次いで肉親を失っては、彼に十分な庇護は望めない。彼に残された身分証明は、オハラが託したフリーメイソンの会員認定書、フリーメイソン会員が所属の支部を変更する際に必要な移動許可書、キムの出生証明書のみである。生前のオハラは「いつか事がうまく運べば、美と力を象徴する大きな柱と柱の間に立たされ、偉大な人物になることが約束される。世界一の連隊を率いる大佐が馬に乗って現れ、手を差し伸べてくれるだろう。そもそも、こんな俺よりも幸せになるべき子だ。あとの世話は、緑野の赤い雄牛を神と崇める九百人の勇士たちが引き受けてくれる。」と言っては泣いていた。阿片に溺れた人間の言うことなので、当然養育していた女性は戯言だと覚えておらず、キムだけが覚えていた。このように、冒頭、ラホールの大砲にまたがっている大胆不敵な少年キムの生い立ちがざっと紹介される。基本的に構成は小説の定説を踏襲しており、読みやすい。 庇ってくれる両親もおらず、本来つきあうべき相手とされている宣教師や白人を避け、地元の子供たちや人々と関わるようになったキムの世界は、当然白人少年のそれとは違う。「皆の友」と呼ばれて青年紳士たちからいろいろな頼まれごとをされる、便利屋をやっていたのだから逞しい。時には危険なこともあったが、キムはそれを遊戯だと考えていた。世の中は全て欲得ずくでできていると悟っていたキムが、世俗の富に価値を見出さず「拙僧の知る川は、あらゆる解脱を洗い清めるという。彼岸へ上がれば、解脱が約束される。」と、雲をつかむような幻の河を求めて旅をする老僧と出会い、カルチャーショックが起こる。世慣れしていない僧侶を馬鹿にしつつも、彼に惹かれたところがキムの運命の分岐点。更に現地語と変装が得意な彼は英国軍の目にとまり、自分は知らないうちに重大な任務を担うことに。さあここで、単なる少年のビルドゥングスロマンが一気に国際社会を巻き込んだスパイストーリーへと広がった。 少年達が読んでもわくわくする冒険物語であり、一方身分制度もあり、その上に大英帝国を押し頂くという複雑な国インドの歴史を垣間見ることができる。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。キム (光文社古典新訳文庫) [ キプリング ]楽天ブックス
July 3, 2023
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みなさんこんばんは。ロシアの治安当局は、民間軍事会社ワグネルの代表、プリゴジン氏が反乱を呼びかけた疑いがあるとして、捜査に着手しました。これについてロシアのプーチン大統領は24日、緊急にテレビ演説を行い「われわれが直面しているのは裏切りだ」と述べ、ロシア軍に断固たる措置をとるよう指示したことを明らかにしました。いやあ、緊迫していますねロシア。今日はフィクションという形でしか発表できないロシアの実態を描いた小説を紹介します。クレムリンの魔術師Le Mage Du Kremlinジュリアーノ・ダ・エンポリ 白水社 「クレムリンの魔術師」として知られたヴァディム・バラノフは、ロシアの皇帝の黒幕になる前はTVのリアリティ番組のプロデューサーだった。 〈私〉はある夜、SNSで知り合った人物からモスクワ郊外の邸宅に招かれ、その祖父の代からの「ロシアの権力の歴史」を知る。ヴァディム・バラノフには舞台芸術アカデミーで演劇を学んだ青春時代、ヒッピーの両親をもつクセニアという名の美しい恋人がいた。ロシアのプロパガンダ戦略やウクライナとの戦争において、彼はどんな役割を担ってきたのか?「プーチンの演出家」の告白を元に伏魔殿クレムリンの舞台裏が明かされてゆく。 中国にも富豪がいるように、共産主義国家(今でもそうなのだろうか)ロシアにも財閥がいる。最近ドキュメンタリーでもよく聞くようになったオリガルヒだ。彼等が台頭したのはエリツィン大統領時代であり、国有企業を安価に入手することによってのし上がってきた。勿論見返りは権力者の支持基盤となることだ。しかしオリガルヒが納税回避したことでロシアは深刻なインフレに陥った。 若きKGB職員だったプーチンが大統領職に躍り出た時には、腐敗勢力と闘う正義の味方というイメージが植え付けられた。振付を担当したのがバラノフだ。しかしミイラ取りがミイラになる如く、振付師は次第にプーチンをおさえられなくなっていく。というよりも、用心深いプーチンが本性を隠していたことがよくわかる。現在のウクライナ侵攻の萌芽となる考え方もプーチン自身の口から出ており、時期をみて実行に移したということだ。日本から見るとロシアもヨーロッパも外国であり、人種の違いと言われてもよくわからない。大陸が陸続きで人の往来もあり、摩擦はありつつもうまくやっているものだと思っていたが、そういえばロシアでは昔からヨーロッパコンプレックスなるものがあった。その続きでプーチンがヨーロッパやアメリカにあのような感情を抱くに至ったのだろうか。 主人公バラノフのモデルは、ロシア副首相、大統領府副長官、補佐官を歴任した、ウラジスラフ・スルコフ。エリツィン、クリントン、メルケルら実在の政治家たちも実名で登場。 アカデミー・フランセーズ賞受賞作品。クレムリンの魔術師 [ ジュリアーノ・ダ・エンポリ ]楽天ブックス
June 25, 2023
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みなさんこんばんは。大手食品メーカーの日清食品は、主力のカップめんなど全体のおよそ8割にあたる商品を、ことし6月から値上げすることを決めました。今日は乳を探すための手がかりがおとぎ話?という小説を紹介します。父から娘への7つのおとぎ話The lost storytellerアマンダ・ブロック東京創元社 イギリス南西部の建築事務所で非正規社員として働くレベッカは、幼い時に父親が家を出ていってしまい、母親に育てられた。父親のレオには20年近く会っていない。ある日、男性記者エリスが取材目的でレオの行方を尋ねてきた。レオはかつてBBCの子供番組に出演していた人気俳優だった。エリスはレオが現在どこにいるのか見つけられないという。父親など存在しないかのように暮らしてきたレベッカが母親や親戚に聞いても、「ろくな男じゃない」としか教えてもらえず、生死すらわからない。だが、祖母がこっそり一冊の本を渡してくれる。それは父が自分のために書いてくれたらしいおとぎ話だ。レベッカはエリスの取材に協力しつつ、本を手がかりに父親を探そうとするが。 おとぎ話に隠された何らかのメッセージ&謎かけを元に行方不明の人間の行方を捜すといえば、通常YA小説向けのプロットである。しかし、本作の主人公は仕事を持って働いている大人の女性だ。そんな彼女がおとぎ話という、こちらもYA向けのようなアイテムを手掛かりに、思い出さえ定かではない父親を捜すというアイデアは面白い。 レベッカも早晩物語にこめられた意味に気づくが、おとぎ話にかけられた謎は、結構わかりやすい。クライマックスまで当人は現れないため、レベッカは他人による伝聞でレオという人物を知っていく。会う人会う人碌な言い方をしないのに、なぜか父に会いたい気持ちを抑えられないレベッカは、既にまだ見ぬ父を許している。ありがちだが、父への思いに気づくのは他人の方が早い。赦しているから、探そうという思いが強い原動力となって大胆な行動が取れる。途中からレベッカの恋バナも進展。ミステリというよりレベッカのいろいろな意味での成長物語。父から娘への7つのおとぎ話 [ アマンダ・ブロック ]楽天ブックス
June 18, 2023
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みなさんこんばんは。人気グループ・Kis-My-Ft2の北山宏光が、13日深夜放送の文化放送『Kis-My-Ft2 キスマイRadio』に出演しました。7日に、8月31日をもってグループを卒業し、ジャニーズ事務所を退所することを発表していましたが、この日の放送では自らの声でリスナーに報告しました。今日はアイルランドの若者たちが主役の小説を紹介します。ノーマル・ピープルNormal peopleサリー・ルーニー早川書房コネルとマリアンは、アイルランド西部スライゴ県の小さな村で育つ。コネルはシングルマザーロレインの息子で学校の人気者。一方マリアンの家は、ロレインをお手伝いとして雇用している父親が弁護士という裕福な家で、上に兄がいる。決して悪い子ではないのだが、なぜか学友からのウケが悪い。惹かれ合い、周囲に内緒で付き合い始めるが、高校卒業前に別れてしまう。だが同じ大学に通うことになり。 大学では、高校時代の立場が逆転し、冴えない立場に置かれたコネルと人気者になったマリアン。大人の世界に近づくにつれて、富裕なマリアンに人が集まるようになっていく。しかし、常にマリアンが選ぶ男はだめんずばかり。二人がお似合いのカップルであるのは描写等でよくわかるし、それを知ってからかう友人もいる一方で、二人の関係が気になる男女はチクチクと意地悪をする。更に、当人同士が素直になれず、タイミングがずれて悉く別れてしまう。若者あるあるの恋愛模様。このあたりは恋愛ものの定番を踏襲。タイトルはフツーでいたいと願うマリアンの台詞から。でも、万人が認めるフツーなんて、ないんだよね。 素直になれない二人の高校卒業最終学年から大学時代に至る四年間が、前作同様会話文を多用して描かれる。わざと間接話法と直接話法を混ぜており、舞台がアイルランドなのも前作と同じ。既に著者自身の脚本でHulu/BBCドラマ化。 ただ翻訳がちょっとこなれていないと感じた。別の翻訳者だとどうなってたかな。ノーマル・ピープル [ サリー・ルーニー ]楽天ブックス
June 16, 2023
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