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ブログを書くのは、本当に久しぶりです。みなさん、如何お過ごしでしょうか?さて、もう子供達や学生さんにとって夏休みも終わりですが、どこか旅行に行かれましたか?ドイツでも、夏休みと言えば、旅行に行く家庭も多いのですが、ちょっと日本では驚くことがあり、ブログに書くことにしました。~・ ~・~・~・日本でもどこでもそうなのだが、ドイツでも、夏休みに入る時期になると、飛行機のチケット代が急に高くなり、夏休みに入る前とは値段が違ってくる。しかし、これは、もったいないのではないかと考えるドイツ人の家庭も多く、いっそのこと夏休みに入る前に子供に仮病で学校を休ませて旅行へ行ってしまおうという行動に出るケースが増えているのだとか。ところが、ビックリ!ドイツらしいと言えば、ドイツらしい。なんとこの対策のため、この時期になると、空港に監視のため役人が張り込んでいて、子供連れの家族を見つけると、どこの学校に通っているかを問いただし、その学校が休み出ないことを確認すると、親に罰金を支払わせるらしい。なぜ、そこまでするのかと、ドイツ人の知り合いに聞いてみると、「親は、子供を学校で学ばせることは、義務である」という返答。うーん、確かに。確かに・・・。
2008.08.26
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本当に、お久しぶりのブログですみません。”海外生活”というブログのなかに、”消えたクリーニング”というブログを読んで、ふと、”自分は、危うく自分の口座が消えかけたなあ”と思い出したので、書いてみようと思いました。そう、これは、ドイツに留学していた頃の話。親からの仕送りが届いているはずなので、お金を下ろしに銀行へ寄ったときの話。いつものように、自分の銀行カードを見せ、私は、希望している金額を提示した。ところが、銀行マンの表情がおかしい。かなりおかしいのだ。そして、私に言った言葉は、「あなたの名前の口座はない」「・・・。はあー、そんな訳はありません。もう一度、きちんと調べてください」と私は怒りを抑えて、銀行マンへ言った。しかしながら、何度言っても「ない」・・・の一点張り。私は、お客とはほど遠い扱いで、とどのつまり、ほっとかれた。~一時間半経過私は、何故、私の口座が消えたのかを考えた。そして、思いついたので、無礼な銀行マンを呼び、冷静に私はこう尋ねた。「もしかして、私の名前と苗字を逆に入力されていませんか?」と。このふてぶてしい銀行マンは、面倒くさそうにコンピューターを打っていたが、急に表情が柔らかくなったかと思うと「これでは、ないでしょうか」と私の名前らしきところを指した。「やっぱり、あるではないか」と怒り爆発しそうな感情を抑えて、私は、コンピュータをみると、怒りというより困惑した。なぜなら、信じられない間違いをしていたからだ。本来なら、例えば、私の名前が、”いばらぎ けいこ”とすると、”ケイコ イバラギ”となっているはずなのだが、ただの”イバラギ ケイコ”と言う間違えではなく、”イバラギスキー ケイコ”という名前が明記されていたのだ。”イバラギスキー?”私は、ロシア人か?なぜ、苗字に不自然な文字を加えてる?そんなことで、一時間半も・・・。ところが、その銀行マン、一言も謝りもせず、”お気の毒に”と言うだけだ。今風に言えば、他の人が間違って、入力したのだから、”そんなの関係ねえ”と言っているかのようだった。本当に信じられないとは言え、今の時代、社保庁がそれだから、皆さんは驚かないかもしれない。こちらの記録も、消えていないか調べなくては・・・と思う。
2007.09.27
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温かいココアを飲んだ後、カフェを出て、そのカフェのあるビル内のトイレへ行った。トイレには鏡がいくつかあり、若い女性が数人、化粧を直していた。私も、化粧を直そうと、横に並んだ。私が、ポーチを鞄から出そうとした時、小柄で上品なおばあさんが、入って来てくるのが、鏡越しに見えた。私は、おばあさんのことは、さほど気にもせずに、ポーチから、化粧道具を出し、直していたのだが、突然の「ブー」という大きな音で、私は、思わず後ろを振り向いた。すると、その小柄なおばあさんが、トイレの扉を少し開けて、「どうしましょう。間違えて、警報ボタンを押してしまったわ。どうしましょう。」とつぶやいていた。私も、どうしたらよいものかと思っていると、警備員が、「失礼しますが、どなたか警報ベルを間違えておされましたか」と、女性トイレの入り口で、大声で訊くと、おばあさんは、申し訳なさそうに「ハイ」と謝っていた。一件落着かと思いきや、警備員が去ったあとも、「どうしたら、よいのかしら」と、おばあさんのつぶやきは続いていたので、ほってはおけず、私が「どうしましたか」と訊ねると、流すのには、どこを押せばよいのか分からないという。私は、「ここに手をかざせばよいのですよ」と言ったが、それでも分からないようだったので、私が流すと、おばあさんは、丁寧に私にお礼を言った。ここまでの話ならば、よくある話かもしれない。しかしながら、まだ、この話は続いている。私が、流したのにもかかわらず、おばあさんは、後ろで、まだ、なにかつぶやいているのだ。私は、何事かと、また、後ろを振り向くと、なんとおばあさんは、トイレの扉が閉まらないと、一生懸命に扉を閉めようとしていた。つまり、通常、使用していないトイレの扉は、開いているのだが、このおばあさんは、自分がトイレが済んだため、部屋を出て戸を閉めるように閉めないといけないと思ったらしく、背伸びをして扉の上を持ち、静かに閉めようとしてもすぐ開いてしまうので、何度も閉めようとしていていたのだ。「難しいわ。背が届かないからねえ」と言う言葉に、私は、おばあさんの律儀さに、少しおかしくなったが、私が、「使用していないトイレの扉は開けたままの状態で、大丈夫ですよ」というと、また、さきほどよりも、もっと丁寧に頭を下げて、私に礼を言って、出て行った。このおばあさんの扉を閉めようとする律儀さには、心がほっこりするものがあったのだが、私の横で、化粧をしていた20代前半の若い女性達が、一度もおばあさんの方を振り向くことなく、まるで、おばあさんがまるで存在していないかったかのように無視をし、化粧を続けていたことに、ゾっとした。化粧よりも、綺麗になるには、もっと大切なことがあると思うのだが、・・・。
2007.01.28
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皆さん、お久しぶりです。私は、体調を崩し入院して、そして退院してからというもの、ストイックな生活をしており、朝早く起きてお弁当を作り、寝るのも早い時間に寝ています。という訳で、なかなかコンピューターに向かう時間が少なくなってしまい、長い間書かなくてすみません。リンクしてくださっている方、いつも読んでくださっていた方には、申し訳なく思います。しかしながら、これからも、マイペースに書いていこうと思いますので、気長に宜しくお願いします。さて、今日は、母の日ですが、皆さんは何かプレゼントを買いましたか?昨日、私が、デパートに雨傘を買いに行くと、沢山の人が、母の日のプレゼントを買いに来ていました。傘売り場のレジは行列ができるほどでした。その中に若いカップルがいたのですが、その時の男性の言葉に、私は”ドキッ”。としました。彼はこう言ったのです。「傘って重要だよね~。だってさあ、本当におしゃれな人かどうかって、傘見ればわかるじゃん。いくらおしゃれしてても、ビニール傘じゃね。可愛い傘なんてもっている人を見ると、細かいところまで気をつかっていると言う感じで、本当にいいなと思うよ」と。「うーん、本当だ。」と思い、ふと、私の傘を見ると、ビニール傘ではありませんが、かなり古くなっているなと改めて気がつきました。”本当におしゃれな人”かどうかは、傘のこともそうですが、”その人の部屋の状態を知りたければ、鞄の中を見なさい”とか”靴を磨いてても踵はどのような状態なのか見なさい”とか細かいところでわかってしまうものなのだなと思いました。”本当におしゃれな人”の道は厳しいけれど、目指したいとなと思い、新しい傘を、私が購入したというのは言うまでもないでしょう。<笑>
2006.05.14
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その後、私は、彼から衝撃的な告白をされるのであった。~続き「あの封筒の中に入ッていたものは・・・」そう言うと、彼はまた下を向いた。彼の目は、涙が頬に落ちることなく、溜まっていた。今度は、ありったけの勇気を奮立たせたかの様子で、顔を上げると、私の目を真剣に見てこう言った。「僕は、女の子は、だめなんだ。」と。私は、一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。が、ハッと気がついた。当時は、今とは違って、タレントのカバちゃんや、ましてやハードゲイなどテレビには、出ていない時代であった。私にとっては、ドラマの中などの遠い話の出来事のようにしか思っていなかっただけに、私の心はかなり動揺していた。しかしながら、彼には悟られないようにと、とにかく、とにかく平然を装い彼の話に集中しようと努めた。「あの封筒の中には、その関係の雑誌が入っていて、これを見られたんじゃないかと落ち込んだんだ。でも、Aちゃんには、本当は、ずっと前から話したかったんだ。Aちゃんに、嘘をつきたくなかった。苦しかった。僕は、両親にも日本人の友達にも誰にも、このことを話したことはないんだ。」と言うと、今度は、どこか遠くを彼は見つめていた。彼は、高校のときに、自分が女の子を好きになれないことを確信したという。自分で何とか治せないものかと、大学で心理学を専攻したりしたが、どうしようもできないことにショックで、大学に行けなくなったこともあったそうだ。もちろん、これは病気ではないので、治ることはないと、精神科医の友達は言う。私は、こんな大事なことを私に話してくれたことを、嬉しいとは思ったが、責任重大だと思ったのが本心だ。なぜなら、私の態度一つで、これから先、彼が他の誰かにも話そうと思うか思わないか決まるような気がしたからだ。ありのままの自分を受け入れられたいというのは、どんな人でも同じだと思う。私のそんな心配を知ってか、分からないが、彼は、全部話し終えると、私に、「話を聞いてくれてありがとう。本当にありがとう」と言った。私は、こう思った。彼は、人間としていい人。いい友達。その彼が、女の子を好きだろうと、男の子を好きだろうと彼の人間性には、何も変わりはないと。私は、このことを彼に伝えた。彼は「ありがとう」と言ってくれた。その後、彼は、私に彼の彼、アメリカ人だったかヨーロッパ人だったか忘れたが紹介をしてくれて、彼は日本人の友達たちにも、打ち明けた。そして、受け入れられた。私は、「よかった」と思った。時が流れて、今では、彼との友達関係は、私が帰国したこともあり、自然消滅になったが、彼の彼は、日本語を勉強して奨学金を取り、東大へ留学、彼もドイツで頑張っているという風の便りを聞いた。時々、どうしているのかなと思い出す。
2006.02.03
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昔、ちょっと昔、私は衝撃的な告白をされた。なぜ、衝撃的な告白をされたのかというと、”郵便物の封が開いていた”からであった。郵便物と告白とどういう関係があるのかと、首をかしげる人もいるだろう。でも、非常に関係があるのだ。当時、私には、仲の良かった年下の男の子がいた。とは言っても、友達としてである。ある時、彼は一時帰国するので、自分に来た郵便物を私に預かっていてほしいと頼んできた。私は、もちろん、別に問題もないので、預かることにした。私は、彼が帰国した後、二日おきに、ポストを覗いては、郵便物を取り出し家にもって帰った。不可解なことに、その郵便物の中には、封の開いているものがあった。なんだろうとは思ったが、私は人の物を黙って見るという趣味もなく、そのままの状態にして、私は気にも留めていなかった。一ヶ月が過ぎた。彼は戻って来た。私は、預かっていた郵便物を、彼に渡した。彼も、別に封が開いている郵便物に、気がつかなかったのか、気にも留めていない様子で、「ありがとう」と受け取った。その翌日、彼から電話がかかって来た。私に大事な話があるという。私は、「何だろう」と思ったが、指示されたカフェへと出掛けた。カフェの中へ入ると、彼は、落ち着きなく座っていた。私は、コーヒーを注文し、「どうしたの?」と訊くと、彼は、緊張した面持でこう言った。「郵便物の中で、封が開いていたものがあったけれど、中を見たの?」と。私は、大事な話ってこのこと?と思いながらも「はじめから、開いていて、もちろん、何が入っているかも見ていないよ」と答えた。しかし、彼は、心配そうに「えー。本当?でも、開いていたのだから、少しは見たのでは」としつこい。私は、ちょっとムっとして、「本当に、全く見ていないんだって」と言った。彼は、ホッとした様子ではあったが、でも、すぐにどうしようかと落ち着きのない彼に戻っていた。私は、「どうしたの?」と訊くと、彼は、何かを決心したように、口を開いた。「あの中に入っているものは、本当は、僕が帰ってくるまで、届けないように止めておいたんだ。なのに届いていた。しかも、開いて、だから・・・。Aちゃんには、本当のことを言うよ。だって、Aちゃんは、僕に正直だから、僕はAちゃんに隠し事をしているのが、本当はきついんだ。」と言った。その後、私は、彼から衝撃的な告白をされるのであった。続く
2006.01.29
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あけまして、おめでとうございます。今年も、「ホット雑貨」を宜しくお願い致します!さて、皆さんは、お正月はどのように過ごされましたか?テレビを見ていたら、デパートでは、福袋目当てに、ものすごい数の人、人、人でしたね。しかし、この私も、福袋目当てではありませんが、バーゲン目当てに、デパートへ行きました。行ったのはいいですが、買い物客に押され押されて、私は、洗濯機の中のくるくる回っている洗濯物のようでした。ところで、この”福袋”というものを、当たり前かもしれませんが、私は、ドイツで見たことがありません。ドイツ人は、合理主義なので、必要のないものは欲しくない、中身が分からないものに、お金は払いたくないというのが、本音ではないでしょうか。余談ですが、知る人ぞ知る、ドイツには、携帯ストラップがありません。知人によると、電話をかけるのには、かえって邪魔で必要ないという考えらしいです。それでは、何故、日本人は福袋がすきなのかと考えると、福袋=”夢”という思いなのでしょう。私は、中身にあまり満足したことがないことから、福袋はほとんど買ったことがありませんが、一度だけ、子供の頃に、非常に満足する中身の詰まった福袋を買ったことがあります。とは言え、曰くつき???ではありますが。私が喜んで”女の子の福袋”と書いた福袋を買ってもらったら、中身が、なんと6割りが男の子のものでした。憤慨した父が、お店の人に「子供の夢を壊さないでください」とクレームをつけたために、中身を好きなものに換えてもらったというもの。ちょっと、訳ありですが、非常に、満足した福袋となったのです。しかしながら、当時の子供の私の気持ちは、ト・ホ・ホ、ちょっと恥ずかしい~というのが、本音でした。福袋=夢という日本人の考え方も、素敵かもと思う私でした。
2006.01.07
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私は、ドイツ語を何年も勉強しているが、本当に難しい言語だといつも思う。文法は言うまでもなく、発音も非常に難しい。例えば、ae.やoeなどのウムラウトは、自分できちんと発音しているつもりでも、なかなかドイツ人に理解されないときもある。これは、私だけが例外ではなく、日本人でドイツ語を勉強している人が、必ずぶつかる問題点であると思う。しかしながら、ドイツ語に限らず、日本人は、英語の発音も悪く、話せない人種だと言われる。それは、なぜか?と考えたことがあるのは、たぶん、私だけではないだろう。私が、その理由を知ったのは、昔、読んだ本か、大学の講義だったか、忘れてしまった。がどちらかである。なにせ、随分前のことなので、細かい情報が間違っている場合があるかもしれない。少し無責任ではあるが、興味のある人は、後で、個人で調べてほしい。さて、なぜ、日本人が、外国語の発音が苦手なのかと言う疑問であるが、意外にも英語やドイツ語を話すときに使う脳と日本語を話すときの脳が違うからだと言う。確か、英語やドイツ語などは、右脳を使うのに対し、日本語は、左脳を使うらしい。日本語は高さも、リズムもない。そして、い=胃、また、え=絵など、一つの文字で意味のある言葉を作るのに対し、英語やドイツ語は、a,b のみでは、なんの意味ももたない言葉であり、他の文字と組み合わさることで、はじめて意味を持つ言語である。しかし、これらの言葉は、高さ、リズムをもつ。この違いが、使う脳において変わってくるのだという。アメリカ人の日本語が、ひどく波打つ発音になることや、日本人の英語が、無味乾燥的な発音になることに納得がいく。帰国子女が、発音がよいというのは、この脳の使い分けを上手くできるからではないかと思う。では、我々、日本人には、これに対する、解決策はないのかというとそうではないようだ。英語などを読むときに、リズムを叩いたり、音楽の拍子をつけたりして読んだりすると、それなりに聞こえてくるようだ。私が思うに、右脳を使いながら読むとよいということなのだろう。それでは、英語やドイツ語は同じ脳をつかうのなら、私達と同じアジアではどうかなと思われるかもしれない。私も知った時には驚いたのだが、中国語はやはり英語などと同じ脳を使うと言われている。中国人が、日本人より英語が上手いのには、このような理由があるようだ。しかしながら、日本人は悲観することはない。というのは、なぜ、日本が、電気や、機械関係に強いかというと、この左脳を使う日本語にあると言われている。とにかく、日本人は、右脳を鍛えることで、バランスがよくなるのではないかと思った。 追伸 確か昔、”右脳を鍛える”という 本があった気がする
2005.12.13
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いつもより遅めの昼食をとるため、あるカフェへ入った。13時なら、まだ、ランチはあるだろうと思っていた。お店の人に、メニューにある「ハンバーグランチを」というと、もう、カレーランチしかないという。「しまった」と思ったが、よその店を探している時間はない。仕方がないが、カレーランチを注文した。まず、ランチに付いているサラダが出てきた。たっぷり酢の効いたドレッシングがかかっている。うー、ふー辛い。そして、間もなくして、カレーが出てきた。ここのカレーは、特に辛いではないか。食べる、ふー。水を飲む。ふー。また、水を飲む。水が無くなってしまった。お店の人に、水を入れてもらう。ふー、辛い。また、水を飲む。また、水が無くなる。そんでもって、また、水を入れてもらう。もう、限界である。少し残す。お店の人が、心配そうに、私のところへやってきてこう訊いた。「そんなに、カレー辛かったですか?」と。うーん、ふーん。とコメントに迷ったが、正直に私は言うことにした。そして、こう言った。「実は、私、今、口内炎が3つもできているんです」と。お店の人は、一瞬、笑いそうになったが、こらえて、「つらいですね。それは。カレーだとね」と言った。そう、私が、何度も辛いと書いたのは、”からい”ではなく、”つらい”の意味なのだ。”からい”と”つらい”が同じ漢字である意味が、充分に理解できたような気がする昼食であった。
2005.12.02
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ウキウキと入っていった。続き~さすがに、一流ホテルだけあって、クリスマス・ツリーも、非常にセンスがよく飾られていて、私たちのワクワク度も高まっていった。そして、カフェは薄暗いが、クリスマスデコレーションが映えるような、柔らかい光で、クリスマスムード一色だった。私達は、カフェの入り口にあった、陳列されているケーキを見たあと、どれにしようかなと迷いながら、案内された席へ着いた。イルミネーションを、ゆっくり鑑賞していたためか、食事を終えたカップル達で、賑わっていた。私達が、店内を見回していると、それに気が付いた女性のウェイトレスが注文を訊きにやって来た。迷わず、当然のことながら、私達は「ケーキセットをお願いします」と頼んだ。ウェイトレスも「かしこまりました」と普通に言うと、どこかへ行った。すると、なんのケーキにするかと、友達と相談しながら、ニヤニヤ話していた私たちのところへ、店の一番偉い人であろうか年配の男性の支配人らしき人が、私達のところへやってきた。私達は、何事かと思っていると、その支配人から、予想外の言葉が発っせられた。「お客様、ケーキはもう既に全部終ってしまいました。私どもは、クリスマスの特別メニューとして、お安く、ドンペリとオードブルのセットをご用意しておりますが、如何でしょうか?」と。私達は、その信じがたい事実を、受け入れるのに時間がかかった。先程まで、入り口にケーキが陳列していたではないかと納得がいかなかったのだ。しかし、”ない”、と言い張るその驚愕の事実を、受け入れる他はなかった。とはいえ、二人とも、お酒が全く飲めない。ドンペリなど、いくらお安くても興味はない。その上、周りを見ても、ドンペリを飲んでいる人などいなかった。私達は、仕方がなく、他のデザートでも食べることにした。「何かデザートはありますか」訊いてみると「クレープならあります」という。今度は、若いボーイがメニューをもってきて私達に見せた。二人でメニューを見ると、ケーキセットよりもはるかに高い金額のクレープしかなかった。が、しょうがないので注文することにした。本当に予想外である。周りを見渡すと、さっきまで、私たちの横に坐っていたカップルは、もう、既にいないことに気がついた。結構、時間が経っているのだ。次に、坐ったのは、親子連れだった。私達は、時間もあることだし、イライラすることなく、暫くの間、おしゃべりをして笑ったりして、ケーキのことはすっかり忘れて過ごしていた。ところが、私の友達が、今まで笑って話をしていたのにも拘らず、急に笑みが消え、普段でも”チビまるこ”に似ている彼女の顔にあの黒い斜線が入ったあの”チビまるこ”表情になっていた。私は、自分が何かしたのかと思い、、彼女に、「どうかしたの?」と訊くと、彼女がワナワナしながら「隣の人。ケーキ食べてる」と答えた。「うそ?」と、横の親子連れを見ると、しっかりクリスマスのケーキを食べている。私は、これはなにかの間違いでは、とあれこれ考えた。が、親子連れが予約していた様子もなく、明らかに明らかなのである。私達は、今度は本当に納得ができなかった。私が、「ボーイに訊いてみる」と言っても、すっかりイジケテしまった彼女は、「もういいよ。」と言う。どうしようと思ったそのとき、丁度、先程、メニューをもって来たボーイがやって来たので、私は、訊いてみることにしたというより、次のように問いただした。「先程、ケーキを注文したら、全部終わったと言いましたが、あるじゃないですか。」と隣で食べているケーキを指差した。隣の親子は、いきなり指を刺されて「ギクッ」とした。そして、今度は、そのボーイが、”花輪くん”の黒い斜線の入った顔になった。かなり慌てて「クレープをもう作っておりますが、ケーキのほうが宜しいですか」としどろもどろにボーイが言うので、私は憤慨して「あたりまえじゃないですか 」言った。さっきまで、「もういいよ」と言っていた友達も「ケーキがいいです」ときっぱり言った。オロオロしている若いボーイに助け舟なのか、奥の方から、年配のあの支配人が手招きしていた。私は、二人の様子をずっと窺っていたのだが、明らかに、支配人が、「馬鹿だな、うまくやらなきょ」というような内容を言っているのがわかるジェスチャーで、若いボーイに説教していた。私達は、あの支配人が、クリスマス特別に仕入れたのだが、安いとは言え、やはり高いドンペリを、だれも注文しないこととにあせり、私達に注文させたかったに違いないという結論に至った。足下を見られたわけだ。本当なら、支配人に、クレームをつけたいところだったが、「あるじゃないですか」と指をさしたケーキを食べていた親子連れは、居心地が悪くなったのか、早々に退散したため、やめることにした。クリスマスを楽しんでいる人たちを巻き添えにすることはないかと、思ったのだ。それでも、親子連れには、悪いことをしたなあと、私は少しへこんだ。この年のクリスマスは、ケーキは食べられて予想通りでも、悪意ある支配人の行動のため、”予想外もいいところ”のクリスマスとなった。やはり、どうせ”予想外”なら、ラッキーなことの”予想外”がいいに決まってる。今年は、みなさんにも、私にも、そうなるといいなと思うクラールでした。
2005.11.28
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クリスマスケーキと言えば、数年前の出来事を思い出す。この時期、ここ数年、悲しいかな、女友達と焼肉ジョジョエンンクリスマスが毎年恒例となっているのだが、この”ケーキ事件”のあった年も例外ではなかった。この年は、早めに焼肉屋へ行き、その後、イルミネーションをみたあとおしゃれなホテルのロビーにあるカフェでクリスマスケーキを食べにいこうという計画だった。予想通り、早めの時間帯に焼肉屋へいったため、私達は、眺めの良い席に着くことが出来た。焼肉屋とは言え、高層ビルの高い階にあるため、夜景は素晴らしいのだ.私達は、美味しく頂き、非常に満足だった。丁度、私達が食事を終える頃、カップル達で、この店は混んできた。これも、予想通りであった。友達は少しでも長く居て、カップルを入らせないようにしようなどと、恐ろしいもくみをたてていたのだが、クリスマスケーキのことを思い出すと、あっさりとこのもくろみのことなど忘れたようで、すぐさま席をたった。私達は、うっとりするような美しいイルミネーションを観た後、計画通り、有名なおしゃれなホテルのロビーへとウキウキと入っていったのだった。続く~
2005.11.23
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ドイツに住んでいた頃から、不思議に思うことがあった。それは、ドイツ人が勉強する時、鉛筆やシャーペンを,なぜ使わないのかということであった。シャーペンに関して言えば、文房具店で売っているのを、私は見たことがない。話では、売ってはいるそうだが、売っていたとしても数があまりないらしい。日本人の学生はというと、シャーペンは必需品である。私は、考えれば考えるほど不思議だったのだが、長い間うやむやにするしかなかった。が、しかし、ようやく答えを知ることができた。非常にドイツ人らしくておもしろいけれどためになる。その答えというのは、ドイツの子供達が、初めて字を勉強する時、鉛筆ではなく万年筆を与えられることにあるという。だが、それには、きちんとした根拠があり、興味深い。つまり、鉛筆を使うと、子供達がどんな向きにもっても、書くことができるのに対し、万年筆は、正しい持ち方をしなければ、インクがきちんと出てこないので書けない。これを利用することで、書く姿勢が悪くなることを防ぎ、また、スペールの書き順を正しく学べるようにするというのだ。言うまでもないが、書き順が違うと、万年筆では、スペールは流れるようには書けない。ドイツでは、あたりまえに子供用の万年筆が売られており、左利きでも、左利き用の万年筆が通常の値段で売られているという。子供達が、鉛筆をにぎりしめて書くのではなく、万年筆を使うことは、非常によいアイディアである。でも、”ちょっと待って、テストのときはどうするの。消しゴムで消せないのだから”と、私達日本人には、受け入れられないかもしれない。ところが、ドイツでは、どう間違えて書いたかも、先生がチェックできるようにと、わざと鉛筆を使わせないというのが通常なのである。子供の教育に関しての考え方が、とてもよく表れているように思う。余談ではあるが、今さらではあるが、万年筆を購入しようかなと思っている私であった。
2005.11.18
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以前のブログにも書いたことがあるが、ドイツ人は、水を使うことに非常に神経質である。洗濯をするのにも、シャワーを浴びるのにも、使い方に大変うるさいドイツ人には、お風呂ライフなど、殆ど聞いたことがない。ホームステイをするときでも、毎日、シャワーを使いたいという希望を前もって言っておかなくてはならない。もちろん、日本通の人なら、説明する必要はないのだが、そうではない人だとトラブルになりかねない。では、日本へ留学生として来ているドイツ人ならどうだろう。意外にも、温泉好きになったりするのかと思いきや、そうではないらしい。どうも、同じお湯の中に他人と浸かることが、非常に気持ち悪いという。それでは、プールはどうなのかと思うのだが、プールならよいという。私にとっては、イマイチ違いがわからない。それでも、ドイツに住んでいるドイツ人とは違い、”お風呂ライフ”という醍醐味を知るドイツ人も多い。温泉は嫌だが、入浴剤を入れて、毎日お風呂に浸かるのは気持ちがいいという習慣を身につけてしまうようだ。だが、彼らも、いずれは帰国する。私が思うに、帰国したら、彼らは、家族とお風呂のことで、トラブルになるということは間違いないだろう。だが、日本の習慣を一つでも、持ち帰ってくれるということは私は、嬉しく思うのであった。
2005.11.09
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冬へドイツへ行く際、気をつけなければならないのが、乾燥。以前、ブログにも書いたことがあるが、まず水が違うのと空気がドイツと日本ではまるで違うことが、肌のカサカサをひどくする。ドイツの冬の空気は、非常に乾燥する。半端ではないのだ。ちゃんとケアーを考えて行かなければ、白い粉のふきまくりという悲劇になってしまう。しかし、肌にとっては、大変なこの乾燥も、別の意味では、おもしろいこともある。それは、五感が鋭くなることだ。例えば、音。歩く音、鳥の鳴き声、カフェのお皿などの食器の音すべてが、響きがあり美しくなる。乾燥しているため、音がのびて綺麗に響くのである。そして、匂い。同じシャンプーを使っても、ドイツにいる時のほうが、他の人にほどよく香る。日本で使うと、自分がわかるくらいであまり香りがない。乾燥しているためか、変な別のにおいと混じらないのかもしれない。「もちろん、コロン入りのシャンプーは例外である。」このおもしろいけど、肌にきびしい”乾燥”にいつも悩まされていた私だったが、ソフィーナのエストを使うようになってからは、問題は解決した。よかった、よかったと肌も一安心である。余談ではあるが、悩めるのは肌だけではない人がいるということ。それは、バイオリニスト。「ドイツで弾いたときには、もっと音色が響いたのに~」ということに悩まされるのであった。
2005.11.06
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ブランチを食べに行った。ビッフェスタイルで、美味しそうな料理が並び、特にデザートのコーナーには、いろいろな種類のケーキが並んでいた。一通り食べて終ってから、デザートのコーナーを見に行った。ケーキは、一つ一つが、プチケーキのようになっているのではなく、大きな誕生日ケーキのように、丸いものを、自分で好きな大きさに切って取るようになっていた。どのケーキも美味しそうだったが、私は、イチゴのショートケーキが大好きなので、それを食べることにした。しかし、どのケーキも、人が切って取って行ったということが一目瞭然なのに対し、イチゴのショートケーキだけは、丸いままで、まるで、今からロウソクを立てるというような形のままで残っていた。このケーキは、実際、私達が、このレストランに入った時から、丸いその状態だった。私は、入るときにチェックをしていたのだ。しかしながら、私は、とても不思議に思った。イチゴのショートケーキと言えば定番で、人気があるはずだ。なぜ?私は、納得はいかなかったが、とにかくこの丸く綺麗なケーキにナイフを入れ、お皿に載せることにした。席に戻って、妹にそのことを話すと、「それはそうよ。新しいものを、切って取るのには、ちょっと抵抗があるからじゃない?普通はそうよ」と言う。「そんなものかな?」と私は思ったが、まだ納得がいかない。それなら、私が取った後ならどうだろうと確認したくなった。私は、ケーキを食べ終わる前に、ショートケーキの様子を偵察に行くことにした。また、デザートコーナーへ行ってみると、なんと、妹の言った通りで、このわずかな時間に、あのショートケーキは、のこりの一切れとなっていた。私が、切って取っていったことに、安心したのだろうか?。少し大げさではあるが、ここに人間の深層心理のようなものがあるような気がする。つまり”新しいことは、怖いし不安。でも、みんながしていれば、安心”というようなことが、こんなことからもわかるように思えるのである。では、私は?というと、昔から友達に”好奇心の塊”と言われる性格である。「もちろん、危険に関しては別だが。」ちょっと例外かもしれない。でも、よくよく考えてみると、これが、ある地域であるなら、新しいケーキをとることに躊躇しないところもあると思う。それはどこかは、言うまでもないだろう。{~府}
2005.11.03
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日本へ来た外国人や、外国で知り合った日本人以外の国の人に、からかうつもりで、変な日本語や習慣を教える人がいる。本人達はからかっているつもりでも、真剣に受け取っている外国人が多いということに、気がつかなければならない。私がドイツの寮に住んでいて、スウェーデンの女性友達が、嬉しそうに、私の部屋へ遊びに来たときのこと。彼女は、私に「見て、見て、綺麗でしょう!」と私の前に寮に住んでいた、日本人の友達にもらったと言って私に”あるもの”を見せた。そして、彼女は、その”ある物を”自分の友達の誕生日に送るという。私は、顔を曇らせた。。なぜなら、その”ある物”とは”不祝儀袋”だったからだ。私は、彼女があまりにも嬉しそうなので、教えるべきか、教えないべきか迷った。でも、やはり、後々、彼女が何か日本来ることがあって、知らなかったときのことの方が大変だろうと思って、真実を教えることにした。すると、当然のことながら、彼女は、一瞬、非常に恐い顔になった。私は、「やっぱり、彼女には教えない方が親切だったかな」と思った。彼女にとって、その日本人との思い出を、壊したことにもなり、二度とその日本人のお友達と会うことがないのなら、教えない方が、彼女に対しての思いやりだったかなとも感じた。彼女は「ありがとう」と私に笑顔で部屋を出て行ったが、落ち込んでいることは、私にもわかった。それから、その出来事をわすれかけた数ヵ月後、私はドイツにある日本食レストランへ、ドイツ人のお友達と出かけた。そして、そこで、あの時、私が真実を言ったのはよかったんじゃないかなと思うような出来事ことがあった。そのレストランは、高級鉄板焼レストランで、鉄板の周りに席があり、コックが焼いているのを客が見られるようになっていた。私達の客以外に、ドイツ人客、日本人サラリーマン客がいた。一緒に出かけたドイツ人の彼女も、コックの腕前が、楽しみな様子で座っていたのだが、箸が出て来て割った途端、彼女は大きく両手を挙げてた。私は、「どうしたのかと」困惑していると、彼女は、両方の箸を擦り始めた。私は「ギョッ」とした。コックや日本人客も彼女を、愕きの眼で見ていた。私はわれに返り、彼女の動作を止めると、彼女は納得がいかない様子だった。理由を訊いて見ると、日本人に、食べる前には、この動作をすることが、日本では正式で、非常に大切なのだと習ったという。私は、ひどいことを教える人もいるものだと憤慨した。確かに、食べる前に、そのようなことをする人はいるが、御行儀が悪く、正式な動作ではないことを教えた。彼女は、とても恥ずかしそうだった。私は、以前、スウェーデンの友達に、真実を言ったことを思い出し、あれは間違いではなかったのだと思った。それにしても、外国の人に、冗談で教えても、訂正していないのは、ひどいことだ。たとえ言ったとしても、訂正してほしいと思うのであった。
2005.10.30
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皆さん、お久しぶりです!例の件は、完全に問題解決した訳ではありませんが、あの博多弁サイトが、自然に消滅していたので、また、「ホット雑貨」を再開したいと思います。でも、書くことで、あの博多弁サイトが再び現れたら、この「ホット雑貨」は、”閉店”する予定です。ともかく、再開できることは、私は、嬉しく思います。さて、いきなりですが、今日は、寒いですね。やっと秋らしくなってきたようです。今年の秋は、寒くなったり、温かくではなく暑くなったりで、クリーニングした洋服を出したり仕舞ったりで、着るものに困りました。でもドイツ人は、この気温の変化には慣れっこです。「とはいえ、温暖化のため気温の差にとまどう人も増えています」ドイツのデパートの婦人服売り場を見ると一目瞭然で、真夏なのに厚いコートやセーター、毛皮まで売っていたり、春なのに真夏のTシャツが売られていたりします。ドイツに住んでみて、わかった日本のいいところは、デパートの婦人服売り場でも、季節感を感じられる気候だということです。今、問題である、今まで以上のオゾン層の破壊は、紫外線を受けやすく危険であるということは言うまでもなく、日本の四季破壊にも、そして最終的には文化破壊にも繋がっていくことなのではと危惧しています。自分にできることをすることが大切で、自ら、スプレー式のものは買わない、フロンは使わないという小さなことを意識していこうと思っています。
2005.10.27
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この間、私のブログをおもしろおかしく、博多弁に書き換えているブログを見つけてから、真剣に思ったことや感じたことを書きたくない心境です。この下のサイトの人の目的はなんなのでしょう?http://www.yansite.jp/hakata2.cgi?URL=http://plaza.rakuten.co.jp/hottozatka/このままの状態なら、私は、ブログを初期化する他ありません。なにか、問題解決する方法をご存知の方は、教えていただけたらと思います。問題が解決したら、また、ドイツなどのおもしろい体験談や感じたことなどを書いていきたいと思います。
2005.09.28
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今、私は、ショックなブログを見た!なんと、私のブログを、全部そのまま使い、文章は、博多弁に直して書かれている。私は、非常に不愉快に思ったのだが、皆さんの立場ならどうなのだろう? 私は勝手に書き直されたくない。書くなら、自分で方言で書く。これからは、やめてもらいたいと思う。この下のアドレスを見てください。<更新>このことを、書いた次の日は、ページが開かなくなっていましたが、またもや、悪質なページが再開していました。そして、私のブログをリンクしてくださっている方々のブログもそのまま悪用され、博多弁に書き換えられていました。 皆さんも、確かめた方がいいです。このURL=のあと皆さんのそれぞれのアドレスを入れて調べてみてください。楽天の方、どうにかならないでしょうか? これが、そのアドレスです。http://www.yansite.jp/hakata2.cgi?URL=http://plaza.rakuten.co.jp/hottozatka
2005.09.15
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ランチをしていたら、お隣の席から、「週末から、抽選会があるね。」という声が聞こえた。ふと、見ると、70歳くらいの女性が二人、丁度、食事を終えて、立ち上がるところだった。どうやら、毎年、この商店街の抽選会を楽しみにしているらしい。このお店も例外ではなく、ランチを食べた人にも、抽選券がもらえるらしいかった。この女性達は、ここのお店の人の顔なじみの客のようで、会計の際、本来ならば抽選券が一枚のところ、二枚ずつサービスでもらって、大喜びで、店を出ていった。”抽選会”と言えば、普通、ティッシュをもらうことが多いが、当る人は、いつも当っている気がする。しかし、私もいくつかは、当ったこともある。今まで、当って嬉しく思ったのは、「オペラ座の怪人」のチケットや、ホテルの宿泊券などだ。また、逆に困った物というと、ゴムボート。あまりにも大きくて、もって帰るのに苦労した。このような抽選会は、日本の文化?であるのかどうかわからないが、ドイツにはあっただろうか?と考ると、私は、ドイツでは聞いたことがないし、見たこともない。さて、台湾から留学生として来ていた女友達は、ある商店街の抽選会で、イタリア旅行が当った。私は、”凄い、凄い”と興奮していたのだが、意外にも、彼女は、クールであった。後に話を聞くと、彼女は、イタリア旅行には、行かなかったらしい。私が「もったいない!!!」と言うと、不思議そうな顔をして、彼女は、「こんな危ない旅行は行けない」と言った。しかし、彼女が”危ない”と言う意味は、”イタリア”が、ではなく、商店街で当ったもので、そのツアーだと、どんなものかわからないからどうなるかわからないし、非常に危ないという意味だった。彼女は大真面目だった。・・・・。ということは、台湾で、抽選会というものがあるのか知らないが、もしも、抽選会というものがあって、例え海外旅行が当っても、決っして、その旅行には、行ってはいけないという意味でもあるのではないか?と思った。なぜなら、日本のタクシーを、最初、彼女は恐がって乗らなかったからだ。・・・。「台湾のタクシーは、危ないらしく、知っているタクシー運転手の車にしか乗らないらしい。」!!!。驚愕の事実であった。
2005.09.14
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私は、仕事の関係で新幹線に乗ってある町へ行くため、駅に向かった。少し早めに着いたが、こだまは、既に停車していた。丁度、清掃が終ったところのようで、扉が開いた。私は、すぐに乗り込み、ホーム側の二人がけの窓側の席を見つけると、荷物をおろした。暫くすると、ある家族が乗ってきた。その家族とは、40代の父親と、小学校5年生ぐらいの男の子と、小学校2年生くらいの女の子と、その子供達のおじいさんであった。おじいさんは、たぶん、40代の男の父親ではないかと思われた。彼らは、私の席とは、反対側の通路を挟んだ、斜め向かいの席にそれぞれ腰を下ろした。いや、おじいさんは、立ったままであった。どうやら、夏休みに一人暮らしのおじいさんの家に、孫達が遊びに来て、もう夏休みも終るということで、息子が迎えに来てこれから、帰るのを、おじいさんが見送りに来たらしかった。「また、遊びに来てね」とおじいちゃんが、孫達に声をかけると、「ありがとう」と孫達は満面の笑みで答えた。息子のほうはと言うと、お弁当をひろげるのに夢中だった。おじいちゃんは、手を振って、こだまから降り、ホームに立って、まだ動いていないこだまの中にいるその親子を見つめていた。残った親子は、お弁当に集中して気が付かない様子だった。私は、「冷たいなこの息子は」と思った。おじいさんは、気がついてもらいたいためか、大きく手を振った。その手に、男の子だけが気がつき、笑顔で手を振った。私が、おじいさんの姿が見えなくなった。と思った途端、「まだ、5分あるから」とまた、こだまに乗ってきた。少しでも、孫達と、一緒にいたいようだった。おじいさんは、孫たちの顔を見ては、嬉しそうに立っていた。そうこうするうちに、すぐに出発の時刻が迫っきため、おじいさんは、さっきしたように、孫たちに声をかけ、こだまを、また一人降りていった。おじいさんが、降りると、息子同様、孫達も、また、お弁当に夢中になった。ホーム側に座っていた私が、お弁当に夢中になっているその家族から、ホームに目を向けたとき、私達の乗っているこだまの、反対側に止まっている新幹線に向かって歩きだしたおじいさんを見た。私は、おじいさんが、帰るのか?、また、どこに行くのか不思議に思ったが、なかなかベルが鳴らないため、歩いて時間を潰しているのだろうと推測した。だが、しかし、それは全く違っていた。ホーム側に座っていた私には、おじいちゃんがはっきりと見えたが、反対側に座っていた息子や孫達には、全く見えていない。見せないために、わざわざ、歩いていったのだと私は理解した。そう、おじいちゃんは、自分のポケットから、ハンカチを取り出し、涙を拭いていたのだ。泣いていたのだ。おじいちゃんは、淋しくて、たまらないのを、息子や孫達に知られたくなかったのだ。そうとも知らず、お弁当に夢中のこの家族、特に息子は、ホームにいるおじいちゃんのことなど気にかけてもいない様子だった。私は、このことに少し腹が立った。おじいちゃんが、涙を拭いて、平常心で、私たちのこだまのホームへ戻って来たときに、丁度、出発のベルが鳴った。泣いたことなど、全く悟られないような笑顔で、おじいさんは手を振っていた。孫達も、それに答えるように大きく手を振った。そして、笑顔で、おじいさんは、「うん、うん」と何度も頷いていた。そして、おじいさんは、見えなくなった。息子であろう40代の男は、お弁当ばかりに集中して、おじいちゃんのことを、ほとんど気にかけていなかったので、私は、おじいちゃんが泣いていたことを言ってやろうかなと思ったが、おじいちゃんも悟られたくなくて、蔭で泣いてたのだからと思い、言うのはとどまった。そして、もしかしたら、息子も寂しくて、お弁当に集中するふりをしていただけなのかもしれないとも私は思った。親に素直に、寂しさを言ったりするのは、照れくさい。でも、親子だからこそ、正直に気持ちを伝えるということは、とても大切なことではないかと思った。やっぱり、気持ちがほっこりすることが、一番幸せなことだと思うから。
2005.08.30
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私のドイツ人の知人が、初来日した。正確には、彼女は友だちと共にやって来た。彼女達の専門はというと、建築であるため、日本で有名な建築物を訪れては、写真を撮っていくというのも目的のひとつだったようだ。私は、彼女達が写した写真に興味をもった。それで、順に、見せてもらった。すると、その中に、「おや。あっ!やっぱり!」というものが写っていた。それは、建造物ではない、が、私が「やっぱり!」と思った。実は、そう思ったのには、訳がある。以前、ある小学校に、ドイツからの視察団が訪問に来た際、通訳ボランティアとして私が同行したときのことだ。彼らと一緒にバスを降りると、彼らは、あるものを見た途端、、カメラをすぐに取り出し、それを写し始めたのだった。私は、「なんでこんなものを写すのか?」と不思議でならなかったが、彼らの話を聞いて納得した。その”こんなもの”とは・・・。それは、電柱、電線である。ドイツでは、それらは、地下にあるため、電線も電柱も町なかでは、見かけることはない。そのため、やたらに町なかにあるのが、非常におもしろいらしい。視察団も、空を見上げては、指差し「おもしろい」と言っていた。電柱、電線に限らず、彼女達から言わせると、日本の建物は、法律で決まっているはずなのだろうが、なんでもありのようで、変わった建物が多く興味深いという。ところで、私が、彼女達を見ていて、面白いなと思ったことがある。それは、ビアガーデンに行った時、サラリーマン達を見た彼女達が、「あの人達の奥さんは、どこ?なぜ、家に帰らないで、こんなところで飲んでいるの?信じられない、許せない」と憤慨していたことである。ドイツでは、ありえないことなのだが、日本では普通。初来日の彼女たちには、別の意味でカルチャーショックだったようだ。
2005.08.08
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台風はこれから来るのだろうか?もうどこかへ行ってしまったのだろうか?台風と言えば、私の実家の地域は、必ずと言っていいほど、台風が直撃する。子供の頃、台風が去ったあと、屋根のない犬小屋のなかで、情けない顔して覗いている犬ため、いつも屋根を探しに出かけたりしたものだった。私は、中学生になると、六年間ストレートで上がれる女子校に通った。この学校は、台風になると、いつも不公平なことがおきていた。私の家は、学校からバスで5分の距離にあったが、私立ということで、私のように通学時間が、短い人ばかりではなかった。電車で通学時間が1-2時間というクラスメイトも沢山いた。確かに台風が来ると、電車が動かなくなったりで、帰れない人達もでるだろうから早めに帰そうという学校の配慮は、正しいと思った。しかしながら、授業の途中に、遠くに住んでいる人から、次々に帰していく学校を不服に思っていたものだ。なぜ、全員を帰してくれないのかという不満で一杯だったのだ。真面目な生徒なら、残って授業を受けていて、自分達が受けられないことに不公平さを感じるのだろうが、私は、「いいなあ、早く帰れば、お菓子でが食べられる。ー不公平だ」というような帰れる=お菓子というあまりにも、子供じみた不満をもっていた。「子供ではあったが」友達たちが「じゃね」と帰って行く姿を、横目で見ながらの授業続行は、私のおなかをよけいにグーグー言わせた。なぜなら、私は家に帰ると、いつもおやつのカールを一袋、板チョコ全部を食べるのが日課でもあったのだ。「それでも、体重が36キロだったというのが、今では不思議!!!」このとき、いつも「あーあー、家が遠かったらな」と思ったものだった。 ・・・以前の”給食”という日記に書いたように、私は食い意地がはっていたのだ。この「家が遠かったらな」という」思いは、しかし、しかし、なんてことはない。次の翌朝の6時に、「お弁当は、もった?」という母の叫ぶ声と、妹が廊下を走り急ぐ音を、布団の中でまどろみながら聞いて、「ああ、近くはいいなあ。」とすぐさま、この「家が遠かったら・・・」という思いは覆っていたのであった。言うまでもなく、家が近いことにこしたことはない。いつも、通学に往復2-3時間かかっていた、妹の疲れでのびていた姿を見て、確信していた私であった。・・・「疲れて食事どころではなかった様子だったから」
2005.07.26
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"Zikade"という単語を、独和辞典で引いてみると、”セミ”と訳されている。しかし、この"Zikade"を、私は、一度もドイツで見たことがない。もちろん、鳴き声さえ聞いたことがない。どうやら、ドイツの気候は、”せみ”には、適していないらしい。冬の寒さには、”セミ”は耐えられないという。そんなことも知らず、ドイツに住み始めたばかりの頃、授業で、日本の俳句を紹介するという時に、わざわざ、”セミ”の出てくる俳句を選んでしまったことがある。あの松尾芭蕉の”閑さや、岩にしみ入る蝉の声”という俳句である。ワビサビの説明でさえ、困難なこと。ましてや、セミを知らないとは、説明のしようもなく、どのような虫かを説明するのにも一苦労であった。確か、セミの鳴き声なぞも、真似をした覚えがある。しかし、斉藤茂吉が、誰かと、この俳句に出てくる”セミ”が、”アブラゼミ”か”ツクツクボウシ”というセミ論争をしたということなど、忘れて、適当にどちらかの真似をした。そもそも、”Zikade”はラテン語らしい。英語のcicadaとよく似ている。ドイツに、いない”セミ”の鳴き声を、ドイツ人が初めて聞いたら驚くかもしれない。日本へ来ても、なかなかこの俳句の意味を理解するのには、時間がかかるだろう。さて、九州では、もう”セミ”は鳴き始めたのだろうか?”セミ”は、いつも知らぬ間に、鳴き始めて、知らぬ間に、いなくなってしまう。去年は、意識して、夏の最後の”セミ”の鳴き声を聞いた。翌日から、”セミ”の鳴く声を聞くことができなかった日、秋の始まりを感じて、少し寂しく感じたものだ。今年は、始まりも意識して、聞いてみようと思う。
2005.07.18
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少し前に、ハリウッド俳優が、ホテルマンを殴ったという事件があった。その理由というのが、電話をかけようと思ったら、繋がらなかったからという。殴ることは論外ではあるが、理解はできるようなことが、春、ドイツへ行った時に体験した。私が、そのドイツのある都市のホテルに着いてチェックインしたのが、夜の9時ごろだった。ホテルに着いたら、「何時でもいいから電話してほしい」と、母から頼まれていたので、約束どおり、外線0を押して電話を掛けようとした。しかし、発信音がしないため掛けられない。何度、やってもだめで、仕方がなくフロントに電話をすることにした。私は、丁寧に説明をしたのだが、「外線を押せば掛けられるはずだ。」とフロントの人は言い張る。根負けしてか、ホテルマンを、そちらへ寄越すとだけ言い、フロントはすぐに電話を切った。しかし、15分経っても、ホテルマンはやって来ない。やっと来たのが、30分後。ホテルマンは、「これを押せばいいはずだ」と言って、フロントの人と同じことしか言わない。「じゃあ、押してみてください」と言うと、その彼は、渋々、0を押した。私は「だから、私が言ったじゃないですか」と半分呆れて言うと、「本当だ」という。ホテルマンは自分では、どうしようもないから、専門の人を寄こすと言う。しかし、それから15分経ったが、専門の人は来ない。30分後、オーバーオールを着たおじさんが、やっとやって来た。そのおじさんは、暫く電話を触り考え込んでいたが、解らないという。私は、仕方なくロビーに電話して、「部屋を替えてほしい」と頼んだ。頼んでから、30分後にホテルマンがやって来た。ほっとして、新しい部屋へ入った。これでやっと電話を掛けられる。と安心した・・・のも束の間。やはり、電話が掛けられない。それからが、また、同じ繰り返しで、寄こすと言ってから、オーバーオール来たおじさんが、来たのがまた、30分後であった。今度は、「さすがにおかしい」と電話のコードなどを調べていたが、やっとのことおじさんは、「解った」と言った。「解った」と言ってからは、3分で電話が掛けられるようになった。私が、母へ電話をしたのが、結局、午前0時ごろ。飛行機で寝ていない私は、非常に疲れたので、「また、明日、電話する」とだけ言って電話を切った。次の日、朝食から部屋に戻ると、私にメッセージが届いていた。「マルコフへ電話をしてください」と言うようなものだった。はてさて、「マルコフって誰?」と思った。このマルコフって、もしかして、私のことじゃないかと「私が、まり子という名前だとする」理解するのに、少々時間がかかった。たぶん、母が電話で、「まり子の部屋、お願い」とカタコト英語で話したため、フロントの人が理解できず、「掛けなおすように、メッセージを置いておく」とでも言ったのだろう。それに、対して、解らない母は、「イエス」と「まり子」を繰り返して言ったため、誤解が生じたのではないかと思う。ドイツ人にとって、”まりこ”というような日本名が解らなかったため、ロシア人のような名前にしてしまっても不思議はない。母に電話して確認したら、私の予想通りであった。それにしても、このホテルはドイツでも一流ホテルのはず。電話のことはもちろんだが、夜におじさんやホテルマンのお兄さんと、部屋で二人きりになるのは、あまりいい気がしない。しかしながら、「すみません」と謝った人が、一人もいないというのが、いかにもドイツらしい。しかしながら、これがドイツのホテルサービスなら、改善してほしいというのが、旅行者としての本音である。飛行時間が長いのだから。
2005.07.14
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雨は好きですか?私は、風のない日や、寒くない日の雨が好きです。雨に濡れて、木々の葉がピカピカして、いい香りがして、思わず深呼吸したくなるような感じや、いつもとは違って、周りの音、例えば、人の歩く音や、雨の中をはしゃいで帰る小学生の声が、雨が降っていることによって、とても響いて心地よく聞こえるのが好きです。小学生の頃、せっかくのキャンプの夜、雨が降り出したことがありました。寝ているテントの上に、ポツポツと雨の音がして、その音が少しひどくなり始めたころ、先生方の声がしました。「みなさん、体育館へ移動してくださいという」その声に、グループの同級生達は、非常に残念がっていました。みんなは仕方なく起き上がっていましたが、私一人、ワクワクしていました。なぜかというと、テントの中から聞いた、先生の声が、雨の音に混ざっていたのにもかかわらず、とても響いてきれいいたことと、テントの中から見た、暗い暗い真夜中の雨の中、先生方の懐中電灯の光がとても幻想的で素敵だったからです。そして、その夜の暗い体育館の中で、雨の音を聞きながらクラス全員で、皆で眠ったことは、本の中のトムソーヤになったようで、忘れられません。私にとって、この雨のなによりも好きなのが、雨の降る音です。雨の音を聞いていると、何故かホッとして、どんなに眠れない日が続いていても、眠ることができます。梅雨ではない時期も、雨の音を聞いて眠れるように、雨音のCDをもっているくらい好きです。雨の音を聞いていると、ホっとするのは、もしかしたら、私がこの季節に生まれたことと関係があるかもしれません。私が赤ちゃんの頃、雨音が子守唄だったのかもしれません。今日も雨音を聞きながら、ぐっすり寝れそうです。
2005.07.06
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ドイツに住んでいたころ、習慣にしていたことがありました。その習慣とは、日本のどこにでもあるジューススタンドで、週一度、生ジュースを飲むことでした。そのジューススタンドには、バナナミルクやりんごジュース、キュウイとバナナを混ぜたジュースなど、6種類の果汁100パーセントジュースが並んでいました。そして、必ず、毎回新しいジュースを見ることができました。私は、いつも、そこへ行く度に、「今日は何のジュースがあるかな?」とワクワクしていたものです。ある日、いつものように、ミキサーの前で、今日はなにを飲もうかと迷っていると、80歳くらいの老夫婦が、やってきました。このご夫婦は、ひととおり何のジュースがあるのかを、丁寧に確認すると、どのジュースを飲むのかを、お互いに話し合っているようでした。そこで、私は先に注文することにしました。ジューススタンドのおばさんは、美味しそうなジュースを、一度ミキサーにかけて混ぜてから、コップに入れてくれました。私はゆっくりそれを飲みながら、ふとご夫婦を見ると、彼らは注文しようという気配がありません。私がとうとう最後まで飲み終わっても、まだ、二人は顔を寄せて、迷っているようでした。私は、少し不思議に思いました。あまりにもか細い声だったので、初めのうちは、何を、話しているのか気が付かなかったのです。でも、ジュースのコップを返そと、私が前にのりだしたとき、その声がはっきりと聞こえてきました。それは「私たちには、とても無理。高価すぎるから、やっぱり諦めましょう」という声でした。私は、非常にショックを受けました。なぜなら、私は、あたりまえに、そんなに「有難い」という気持ちもなく飲んでいたからでした。当時は、学生の身で、親のお金で生活していました。それなのに、缶のコーラなどよりも、3倍近く高いジュースを、何の感謝もなく、当然の習慣にしていたのです。私は、そのご夫婦が、踵を返して去っていくのを見て、恥ずかしくなりました。当時は、ドイツが統一してから、まだ数年しか経っていない頃。ドイツにとって大変な時代でした。道路には、ベンツと紙の車が並んで、信号を待っているような光景が、珍しくありませんでした。その紙の車さえ、旧東ドイツでは、高級車で、お金持ちしか乗れない上に、手に入れるためには、10年も待たなくてはならなかったそうです。私は、あのご夫婦の後ろ姿を思い出しては、日々の生活の中で、つまらないことに愚痴をこぼしそうな時に、”あたりまえのことは、あたりまえではない”という感謝を大切にしようと思うのでした。
2005.07.05
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本来、ドイツには、気候の関係で、コキブリがいないのではないかと思っている人も多い。ドイツへの留学したことがある日本人留学生でさえ、そう思っている人もいる。留学生でさえそう思っているという理由に数が少ないために、ドイツのゴキブリ”遭遇”することがなかったと言えるだろう。確かに、一般の家庭では、発見されることは殆どない。私の知り合いのドイツ人のおば様は、台所にゴキブリが出たという理由で、キッチンを全部リフォームしたぐらいである。余談ではあるが、日本へ留学に来たドイツ人の友達が、初めて、ゴキブリホイホイのCMを見たときに、ゴキブリホイホイを覗いた主婦が、「うあー」と驚いている意味が理解できなかったという。これは、一般家庭にいるということが、信じられなかったらしい。では、何故、この私が知っているかというと、数日で逃げ出した大学の寮で、ドイツゴキブリを発見したからだ。私が、初めて、そのドイツゴキブリを見たとき、私はゴキブリとは思わなかった。というのは、日本のゴキブリよりも、かなり小さいのだ。しかし、これがドイツのゴキブリらしい。私は、それを台所で見つけ、その後、何もまだ入れていない冷蔵庫の中で見つけた。最終的に、お化粧のコンパクトの中でそれを発見したときには、さすがにここには住めないと思ったので、逃げだした。テレビで、専門家が、「ゴキブリは、本来、汚いものではないのです」と言っていたが、それでも、やはり苦手なのは、あの不気味さといえるだろう。これから、もっと暑くなるので、とにかく清潔にすることを心がけたいと思う。ゴキブリが脱水症状になって、水を求めて外へ逃げだすので、安心
2005.06.30
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正直に言われて、時と場合によっては、複雑な気持ちになることがある。しかし、私は、決っして、人の傷つくことでも、思ったことは何でも言っても良いということは、正直だとは思ってはいない。そうではなく、相手に誠実でありたいために、正直に言っているのだが、聞いた本人にとってどう反応してよいのかわからないときがあるということが言いたいのだ。そんな体験をした。今日のランチタイムのときのことだ。私は、中華ランチを頼んだのだが、点心のシュウマイがなくなってしまい、春巻きしかないということだった。私は、別に問題はないので、すぐにOKした。しかし、いつまで経っても、春巻きは出てこない。「まだですか?」と訊こうと思ったときに、コックが私のところへやって来た。そして、こう言った。「すみません。春巻き、破裂させてしまいましたので、もう一度、作りますのでもう少しお待ちください」と。私は、非常に素直に言っているコックに文句は言えなかったが、どう反応してよいのか困惑した。以前にも、別のお店でこのようなことがあった。ハンバーグを頼んだのだが、「焦してしまったので、もう一度、作りますから」と店員に言われたことがある。その時も、許しはしたものの、ハンバーグを焦すようなお店なら、後でどんなものが出てくるのかという不安があった。仮にこれが病院だとする。採血してもらうために待っていたのだが、いつまで経っても、順番が来ない。やっと看護婦さんが着たとして、こう言われたらどうだろうか。「すみません。前の人の血管になんどやっても、上手くはいらなくて」と。待っている患者さんは、不安になること間違いなしである。こう言う場合は、「手違いで遅れて申し訳ありません。」の方が、不安がないように思うのだ。このように書くと、私が憤慨しているかのようにとられるかもしれないが、そうではなく、正直さとは、時と場合によっては、難しいと思った体験だったのだ。
2005.06.27
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私は、少しは感じていたのだが、ドイツ人の知人から聞いて、納得した。なんのことかというと、今、ドイツ人女性が、キャラクター物や、また、日本人高校生が着るようなTシャツや傘などを持ちたがる傾向にあるという。それも、30代の女性らしい。しかし、以前のドイツ人女性のことを考えると、非常に不思議である。なぜなら、以前のドイツ人女性なら、キャラクターグッズに凝る日本人女性のことを、軽蔑しているようなふしがあったからだ。例えば、女性として幼稚だとか、ダサイだのとかというような見方が普通であった。それがどうしたことか、今頃になって、日本の女子高校生のような現象が、ドイツ人女性にも起こっているらしい。可愛くなりたくなっているということなのか。以前のドイツ人女性の格好と言えば、黒の皮ジャンにジーパンが通常だった。可愛い格好などあの当時では、考えられなかった。ひょっとすると、治安がよくなってきたということもあるのかもしれない。子供の女の子でさえ、スカートをはかさないという時代だったのだから。余談ではあるが、私が留学していた頃、会社派遣できていた日本人男性達が、ドイツ人女性は可愛くないからという理由で、休みになると、よく、フランスへ行っていた。フランス人は、小柄で可愛いからというのが彼らの理由だった。私の知人は、今、日本に居るが、帰国する際に、ピンクの傘やキティちゃんグッズをお土産として頼まれているらしい。ドイツのデパートにも、キティちゃんコーナーがあるのだが、大人の女性が買っていたとは、驚く。ちなみに、”ハローキティ”は、ドイツでは、”へローキティ”となる。ドイツ人の女性は、たくましくて、かっこいいというのが、私のイメージだから、将来、ミュールでペタペタと彼女達には歩いてほしくないなと思う私であった。 <別に、これは、日本の女性を非難している訳ではないので。あくまでイメージです>
2005.06.26
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昨日、友達の結婚式だった。やはり招待されていた50代のおばさま方から、「あなたは、大学を卒業して数年に見える」と私は言われた。その言葉に、私は非常にウキウキした。だが、しかし・・・。今日、父の日のプレゼントを買いに、デパートへ行った。私は、父のプレゼントには、”これしかない”と前から思っていたものがあった。それは、DVD。何のDVDかというと、”8時だよ、全員集合”であった。店員さんに、訊いてみると、24日発売されるという。しかし、以前に出た古いものならあるかもしれないとのことだった。私は、あたりまえのように、こう訊いた。「古いというと、志村ケンの前の全員集合ですか?」と。すると、店員さんは、怪訝な顔をして、「志村けんがいない全員集合なんて、もともとないじゃないですか」と言った。私は、「いえ、志村けんの前は」と言いかけて、はっとしてやめた。店員さんは、どう見ても20代半ばである。”あらいちゅう”がいた全員集合なぞ知るはずもなかった。”ガビーン”~昨日のおば様方から言われた言葉に、ウキウキしていた私が現実に引き戻された瞬間であった。残念~!!
2005.06.19
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私が知る限り、日本の伊勢丹デパートや高島屋クラスのデパートは、ドイツでは、ベルリンのKaDeWeデパートぐらいではないかと思う。いわゆるドイツのデパートは、日本のスーパーを大きくしたようなものが多い。このデパートに限らず、ドイツの建物は、日本の1階は、0階であり、日本の2階が、1階にあたる。そのためか、よく、ドイツのデパートで迷っている日本人観光客のおばちゃん達を、見掛ける。そんなおばちゃん達から、たまにこう尋ねられる。「入り口の鞄売り場が集合場所なのだけれど、入り口が見つからないのだけれど、どこだか知っていますか?」と。このような声を掛けられる階は、日本で言う2階で、入り口が見つからないのも無理はない。添乗員さん付きなら、日本とドイツの”階”の違いを、お客さんである観光客に教えてあげてもよさそうなものだが、迷えるおばちゃん達は、一向に絶えないのである。さて、日本とドイツのデパートの違いというと、ドイツのデパートでは音楽がかかってはいないことや、包装をしないということがまず思い浮かぶ。「デパートによっては、頼めば、無料で包装してくれるところもある。」しかし、もっと決定的に違うことがある。それは、日本のデパートでは、”お客様は神様です”というのに対し、ドイツのデパートでは、”客に売ってあげる”という姿勢が強い。例えば、デパートの閉店時間が20時として、その15分前に、行列のレジに並んだとする。自分の順番が来たとき、丁度、20時になったとすると、店員が機嫌が悪くなることがある。これは、私が実際に体験したことだが、店員にこう言われのだ。「もう、閉店の時間よ。せっかくの金曜日の夜なんだから、帰りたいのだけれど、仕方がないわね」と。「明日、また来て頂戴」とは言わないものの、仕方がなく売ってあげるという態度は明白であった日本ならば、「お待たせしてすみません」というところだろう。これは、デパートの文房具売り場のことだった。日本人ならば、驚くようなこの体験は、ドイツでは稀なことではないのだ。初めて、ドイツを訪れた観光客なら、”ドイツは怖い”という印象をもつことだろう。しかしながら、彼らは悪気はないそうなのだ。ドイツ人の友達に訊くと、時間契約で働いているという考え方が強いドイツ人にとって、これは普通のことらしい。タイタニックのある映画のシーンを例えて言った、こんなジョークを聞いたことがある。「なぜ、女性や子供から、先に助けたのですか」に対し、日本人は、「みんながそうしたから」と答え、ドイツ人はこう答えた。「規則だから」と。とにかく、日本のデパートのサービスを期待しないことが、ストレスを溜めないコツであることは言うまでもない。
2005.06.14
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そもそも、”お弁当”とは日本の文化とも言えるものである。あの小さい箱の中に、芸術的に、そして味も美味しく健康面も考えて詰めるには、かなりのセンスとワザがいる。そんなお弁当がドイツにもあるのかと言われると、Nein、NOである。しかし、お弁当もどきならある。いや、お弁当もどきでもないと、反論がされそうだ。ドイツの学校の授業は、お昼までのため、給食はもちろんのこと、お弁当を学校へもっていく習慣はない。塾などもないので、お昼に家に帰った子供達は、伸び伸びと自分達の好きなことをする。では、お弁当もどきをなど、どこにもっていくのかと言うと、汽車や車で旅をする際に、もっていく。私のホームスティをしていた家族も、そのお弁当もどきを、車での旅行へ行く際に作っていた。では、そのお弁当もどきの中身とは、”なんぞや”というと、白い硬いドイツパン「名前を忘れた」を、半分にナイフで切り、割った二つの両面にたっぷりと、マーガリンやバターを塗ったあと、片面のパンにサラミやハムを載せ、半分に切ったもう片方のパンで挟んでお仕舞い。サンドィッチのようなものだが、なぜ食パンで作らないかというと、ドイツ人は、白い食パンは好きではないらしい。食べたときに、泡のようだというのが理由のようだ。この硬い白パンで作るサンドイッチは、ドイツ人の定番のお弁当のようで、これを四角のタッパーに入れてフタを閉めると見掛けは、日本のお弁当らしくなる。しかし、あっと驚くような”お弁当もどき”を食べている人を、ドイツの列車のなかで見かけた事がある。それは”ニンジン弁当?”である。この”ニンジン”とは調理されているものではなく、ただスティク状に切っているだけのものが、お弁当箱のようなものに何本も入っていているのだけである。それを、ドイツ人は、お昼ごはんに、ボリボリ、ボリボリかじっていた。後にドイツ人の知人にこの話をしたところ、この”ニンジン弁当”は珍しい話ではないらしい。そもそも、夕飯にパンとハムだけで済ます国民であるから、お弁当に凝るはずがないのである。そういえば、私の友達のホームティ先の夕飯を訊いたことがあるが、その日の晩御飯が”ニンジン”と答えていたことを思い出す。
2005.06.07
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ドイツ人と言うと、節約上手という印象をもっていると思う。実際、私が、ドイツに住んでみても、印象通りだなと、納得するところが多い。前の日記で、ドイツ人は水の使い方に、非常にうるさいことを書いたので、ここでは、水の話は省略するが、このこと以外に、ちょっとしたことで、ハッとさせられることが度々ある。以前ドイツに住んでいたころの話。私の部屋の大家さんご夫婦は、非常に良い人で、独立して住んでいたお嬢さんのマンションのお部屋が、彼女の転勤により空いたため、私が借りることになった。誰かの紹介ではなく、このお部屋を借りることになったのにも拘らず、このご夫妻は、私を3人目の娘と言って可愛がってくれた。例えば、布団を買いに行くのにも、テレビを買いに行くのにも、おじさんのベンツに乗せてもらってご夫婦と一緒に、まるで嫁入り道具を揃えるかのように、面倒をみてくれたのだ。ある日のこと、隣のマンションに住んでいるおじさんが、私がお花を買って帰ったのを見て、すぐに、私のところへ花瓶をもってきてくれた。「このように、なにかと親切にしてくれたのだ。」私は、花瓶をもっていなかったので、非常に嬉しかった。なぜなら、コップかなにかを花瓶代わりにしようと思っていたからだ。早速、私は、感謝し、その花瓶に水を入れようと思った時、嬉しさのあまりか、うっかり床に水をこぼしてしまった。「いけない」と思った瞬間、おじさんが、「ティシュを頂戴」と言った。私は急いで、2.3枚とって、おじさんに渡した。おじさんが拭いてくれた床は、ティシュが水をかなり吸い取っていたのにも拘らず、まだ濡れていた。私は、これをふき取るには、まだ、2、3枚、新しいティシュが必要だろうと思ったので、ティッシュをとろう手を伸ばした。すると、いきなりおじさんが、「もったいない」と言った。「えっ!」と私は、驚いた。というより、本当のところは困惑した。呆然としたまま、どうするのかと、おじさんの行動を黙ってみていると、なんとおじさんは、水を既に充分に含んでいるティシュを、雑巾のように絞りそのティッシュで、また拭き始めた。日本人の私にとって、ティシュは道端で、タダでくれるようなものだ思っていたせいかおじさんの行動に非常にショックを受けた。なぜなら、たかがティッシュというな考えがあったためか、あたり前のように、何も考えずに、いつも使っていたからだ。この”たかが”という傲慢な考え方えを恥ずかしく思った。このおじさんの行動は、些細なことかもしれないのだが、物を大切に使うというドイツ人「若い世代はちょっと違うかもしれない」の姿勢にはいつも学ぶところが多い。大切に資源や物を使うことと節約は、本当のところ同じ意味なのかもしれない。同じ意味なら、”節約”というより、”物”や”資源”を大切にすると考えたほうが、心豊かに過ごせることは、言うまでもないだろう。
2005.06.02
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日本でも、ホテルやデパートなどで、自動で水が流れる様式トイレは当たり前の時代になってきた。このようなトイレは、ドイツでもよくあるが、日本よりも、もっと近代的なトイレをレストランなどで、見かけることがある。どのような仕掛けになっているのかと言うと、水を流す際、便座がぐるりと回りだし、そして、フタが付いている付近から、ローラのようなものが出てきて便座を拭いていく。通常、ドイツのトイレには、トイレおばさんがいて、消毒液を入れているバケツの中で洗った布で、便座を拭いてくれる。しかしながら、何度も洗う訳ではないようで、誰かが使用した後の便座を拭いては、別の便座を拭いているのが普通だ。いつも思うことだが、非常に気持ちが悪い。それに比べると、この便座が回るトイレは、清潔な感じがしていい。この近代的なトイレがあるお店にも、トイレおばちゃんはいる。ドイツでは、トイレ使用後に払うチップは、多くて50セントで、相場は30セントのようだ。このトイレの使用料金について、日本人なら困惑するような表示がされてあるトイレが、以前、旧東ドイツにあった。それは、”トイレの使用料金50ぺニッヒ、手を洗うと50ぺニッヒ”というもの。トイレに手だけ洗いに来た人は、50ぺニッヒを払えばよいのだなと私は解釈していたのだが、そうだとは限らないことがわかった。日本人なら、手を洗って1マルク{50+50ぺニッヒ}払うのが当然と思うのだが、50ぺニッヒを払うのを惜しんでか、トイレを使用後、手を洗わずにそのまま行ってしまうおばちゃんやおねえさんがいたのだ。中には、使用料金を払わず逃げ出したおねえさんをも見かけことがあるが、トイレおばさんは慣れているのか、素早く追いかけておねえさんはすぐに御用になっていた。この”手を洗うとその使用料金を余分に払わなくてはならない”という状態ではない今でも、よく、手を洗わないドイツ人を見掛ける。もしかして、以前、手を洗わなかった彼女たちも、お金を惜しんでいたのではないのかもしれない。手を洗わない彼女達を目撃する度に、「どうか彼女が食べ物を扱う仕事ではありませんように」と願っている私であった。
2005.05.30
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日本のCMで、好きだったのが、リゲインのCM。とは言え、今のではなく、随分前のものである。そう、時任三郎のやっていた、あのCMである。あの時代は、日本もバブルの時期で、このCMは、そんな日本を象徴するかのようだった。家庭のことより、仕事ばかりの男性が多かったこの時代は、良い時代とは言い切れないが、一方では、経済大国という、世界でナンバーワンというだけに、海外へ行っても、赤のパスポートを見せただけで、中身もほとんど見せずに通れたことは、誇りでもあった。このCMを、非常に若い世代の方は、ご存知ないと思うので説明すると、”黄色と黒は勇気の印、24時間戦えますか?ビジネスマン、ビジネスマン、ジャパニーズビジネスマン!”と時任三郎が歌うCMで、確か、桃太郎のような?格好で登場していたと思う。このCMでも解るように、日本のCMは、非常に何の宣伝なのか、視聴者には理解しやすい。「そんなこと、あたりまえじゃないか、CMなんだから」と思う人もいるかもしれないが、ドイツのCMは、非常に何の宣伝なのか解り難いものが多い。例えば、釣りをしているおじさんがいて、魚がかかったと思いきや、鯨ぐらいの大きさの化け物魚が、釣りざおを食いちぎる。次のシーンでは、そのおじさんが、今度は奥さんを連れて、釣りへやって来る。アクションで、おじさんが、奥さんに、「もっと前のほうで釣らないとかからないよ」と言っている。ちょっとしたストーリーになっていておもしろいのだが、今でも何のコマーシャルかは思い出せない。このようなドイツのCMは、日本とは違って、番組の短い間、間にあるのではなく、映画のCMに近い。番組が始まる前に、かなり長い時間CMが流れ、番組の途中に入る場合でも、一時間ぐらい長く番組をやったあと、長い時間、CMを流す。こんなにCMばかり長い時間流したら、CMを見る人はいないんじゃないかなとも思う。でも、もしかしたら、この長い時間飽きさせないために、ドイツのCMは、ストーリ風のものが多いのかもしれない。真実は分からないが、日本のCMよりは、楽しめることは確かである。*昨日、書いたブログですが、疲れ?のためか、誤字がいくつかあり何度も訂正しましたことをお詫び申し上げます。
2005.05.26
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「あれ!っ、これ日本語みたい」と思うようなドイツ語があります。例えば、便利なのが、"Ach so"と言う言葉。これは、発音も意味も日本語と同じで、誰かの話を聞いていて、”なるほど”の意味の”あーそう!”と全く同じです。同じように使えばよいので、便利です。ところが、発音は一緒でも、意味が全く違うと、誤解を招く恐れがあることに気がつきました。ある日、日本の電車の中で、ドイツ語の試験について、お友達と会話していたときのことです。ドイツ語のドイツの検定試験のなかに、統計図をみて、説明を書く試験や、課題を与えられて手紙を書いていく試験があるのですが、どちらか選ばなくてはいけません。それで、「どちらが好きか」ということを話しをしていただけなのですが、日本語とドイツ語を混ぜて話したのが、誤解を招いた種でした。私達は、「私やっぱり、Briefがすき」、「私もBriefが好き」、「そうだよね、Briefのほうがいいよね」ということを言っていたのですが、周りの乗客の人には、こう聞こえていたのです。「私は、やっぱり、ブリーフが好き」、「私もブリーフが好き}、「そうだよね、ブリーフのほうがいいよね」と。そうです、”手紙”は”Brief”と言い、つまり発音は”ブリーフ”というのです。私達が、いかにも男性下着について話しているかのように、乗客の人には聞こえていたのです。私達の周りの人たちが、変な目で私達を見ていた理由が、降りてからからわかったのです。非常に恥ずかしくなったのですが、気が付いたのが降りてからでよかったかと、友達と話しました。でも、今では”笑い話”になっています。でも、またその逆もありで、日本語の”もしもし”は、ドイツ語で、”非常に危ない言葉”に聞こえるそうなので、ドイツでは言わないほうが、無難でしょう。これは、笑える範囲内ではないのでご注意ください!!!
2005.05.21
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今日、買いたいものがあるのでデパートへ行った。結構混んでいて、エレベーターに乗ると、グィッと奥まで押された。子供服売り場の階にエレベータがとまった。すると、扉の方に乗っているおばちゃん達が、何かざわざわ話し始めた。よく聞いてみると、「危ないわよね」などど言っている。扉が閉まる直前に、私は、「なんだろう?」と前方を覘き込んだ。見ると、子供服売り場の階のエレベーターの前に、休憩できる椅子が並んでいて、男の人が一人、座って寝ていただけだった。いや、私の勘違いだった。一人ではなかった。なんと、男の人の膝に、かろうじて5、6ヶ月の赤ちゃんが、のっていたのだ。抱いていたのではない。”のって”いるだけの状態だった。寝る前は、抱いていたのだろうが、完全に寝てしまって、まるで赤ちゃんのことを忘れているようだっ」。赤ちゃんはというと、何も知らずに、安心してスヤスヤ寝むっている。私が「何とかしなきゃ」と思った途端、皮肉にも扉が閉まってしまった。私は、前方にのっているおばちゃん連中が、「危ない」と閉まってからも言い続けていることに腹が立った。「なぜ、降りて、”お父さん”を起こさないのだろう」と。私は、エレベーターが次の階に止まったら、すぐさま降りて、お父さんを起しに行かなければと思った。デパートの床は、絨毯など敷かれていない。もしものことを考えたら、非常に緊張した。次の階に止まると、すぐさま階段を下りて、私は徒競走のゴールに向かうように ”おとうさん”のいる場所へと走った。行って見ると、彼の姿勢は、頭が膝につきそうになっていて、赤ちゃんは、もう限界の状態だった。私は慎重に、「なぜなら”お父さん”が、私の起こし方により、驚いて動いたら大変なので。」静かに、そして、いざという時、赤ちゃんを抱きとめられるような姿勢をしながら、丁寧に”おとうさん”を起こした。”おとうさん”は、ゆっくりと目を開けると、ことの重大さに気がついたらしかった。彼は、赤ちゃんを、丁寧に抱きかかえた。私は、その瞬間、非常にホッとして、ドッと疲れがでたが、赤ちゃんの顔を見ると、嬉しくなった。お父さんも、ホっとした様子で、私に礼を言った。おとうさん”が起きて、だっこしている状態をしっかり見届けてから、私は安心して、買い物を続けたのであった。本当によかった。
2005.05.15
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今日、いつものスパゲティーランチを食べられる店に行った。いつものように、好きなパスタを頼み、コーヒーか紅茶か選べるのでアイスコーヒーを注文した。そして、いつものように、食事の前に、飲み物をもってきてもらうように頼んだ。お店の人が、「デザートとサラダが付きますが、どちらになさいますか?」といつものように尋ねた。私は、何を思ったのか、こう口にした。「ライスをお願いします」いかん、いかん、休みぼけ?しかし、気難しそうなお店の人の顔が、ほころんだ。「まあ、いいかあ」と、自分がいいことをしたかのように、納得する私であった。
2005.05.09
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ドイツ人は散歩が好きである。しかし、おもいしろいことに、ドライブをする習慣はないらしい。日本人は、車に乗りながら夜景を楽しんだり、海を眺めたりするが、ドイツ人は、目的地へ行くために車に乗るらしいのだ。いずれにせよ、散歩でもドライブでも、景色を楽しむことにはかわりはない。私は、散歩もドライブも好きだが、ドイツでは、車がないので、ドイツにいる時には、専っぱら散歩を楽しんでいる。散歩と言っても、公園や森だけではない。ドイツの住宅街を散歩することもある。散歩をしていると、いろいろなことに気がつかされることも多々ある。ドイツの住宅街には、同じような家や、アパートが並んでいることもしばしばあるのだが、全く同じ、バルコニーがあるのにも拘らず、同じアパートのバルコニーとは思えないような家がある。あるアパートのバルコニーは、色とりどりのお花が沢山飾ってあって、窓がピカピカに磨かれているが、隣に住んでいる人のアパートのバルコニーは、ひどく殺風景で、窓も非常に汚れていたりする。あるお宅の庭には、イースターの前には、綺麗な色の卵が飾ってあったり、クリスマスには、美しいイルミネーションが飾ってあったりするのだが、同じ造りの家であっても、草がぼうぼうで、見るからに、お化け屋敷というような対照的なお宅もある。私が、ふと思ったことは、人生もこれと同じことが言えるのではないかということだった。人間皆、同じように、一日24時間、平等に時間というチャンスを与えられている。しかし、その時間を、丁寧に、大切に、美しいバルコニーにするために、花を植えて育てたり、窓をピカピカにするように、自分を育て、イキイキと生きるために時間を使う人もいるかと思えば、人の悪口や足をひっぱることばかりして窓がひどく汚れているような顔になるような、生き方をしている人もいる。バルコニーを、綺麗に飾って楽しんでいる人達は、自分達自身が幸せであるだけでなく、通る人達の目も楽しませてくれてハッピーな気持ちにしてくれる。そして、その住民と通りがかりの人の目が合えば、「素敵ですね」と声をかけられたりすることもあり、その住民も益々ハッピーになったりする。自分自身が、本当に幸せで楽しんで生きていると、他の人まで幸せにして、その人たちからも幸せをもらったりして、相乗効果が生まれて、益々幸せになるのだなと思った。そして、幸せになりたいのなら、自分で自分の窓を汚さないことだ。例え他人に汚されても、自ら、綺麗に拭いてピカピカにすることで、まず、自分から、自発的にハッピーになることなのだろう。難しいことであるのは確かだが、バルコニーを美しくするにも保つにもある意味努力が必要なように、ハッピーになることにも努力が必要なのだ。習慣にしてしまえば、こちらのもの。何気ないことかもしれないが、こんなところにも、人生をハッピーに生きるためのヒントが隠されているのだなと思った。
2005.05.06
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悲しいとき~6月のドイツワールドカップ予選の日本対イラン戦を、ライブでテレビ観戦していたら、ドイツの解説者が、宮本恒靖選手のことを、やたら”マスクマン”と言っていたとき~。<解説>確かに、2002年のワールドカップのとき、鼻の骨か何かの骨折のため、宮本選手はマスクをつけていたけれど、いまだ、”マスクマン”っていうのはないんじゃないでしょうか?仮にも、彼は日本代表のキャプテンなのだから・・・。悲しいとき~いつものように、バスに乗ったら、いきなり、いつもの半分の距離でここが終点になったといわれたとき~<解説>電車では、よくあることなのですが、バスでは珍しいこと。電車の場合、線路の関係か、工事か何かで、いつも行く駅まで行かないでここまでしか、今の期間行きませんということは、度々。電車の場合は、バスが臨時で出ていて、いつも停車するはずである駅まで運んでくれるが、時間はかかる。旅行者はこのことを知っていないと、パニックになる。悲しいとき~レストランで、日本でいうカツレツを注文して、食べていると髪の毛が入っていたので、そのことを言うと、あとに出てきたのはまさに、先程のカツレツにまたパン粉をふりかけ、無理やり揚げたという、ひどく形の崩れた、味も数段落ちたカツレツだったとき~。ひどすぎる~悲しいとき~イースター前に、可愛いチョコレートが沢山売っていたので、お土産にと沢山買ったら、イースターの終わったあと、そのチョコレートが半額で売られていたと知ったとき~。悲しいとき~映画に出ていた日本人兵士の日本語が、アメリカ人的日本語だったとき~。悲しいとき~あるレストランで、2週続けて、気の抜けたコーラーが出てきたとき~
2005.04.30
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給食の思い出というと、私がかなり食い意地がはっていたという記憶が蘇る。私は、小学校のころ、かなり食い意地がはっていて、いつも、みんなが嫌がる重いオンショク係、「メイン料理」を進んでやっていた。オンショクには、チャンポンやカレーやスパゲティーなどがあり、大きなバケツのようなものに入っていた。私は、どんなオンショクでも大好きだった。なぜ、進んで係りになったか?というと、何度も言うようだが、食い意地がはっていたからである。つまり、オンショク係は、みんなに、このメインの料理を、お皿ではなく、お椀にもりつけなくてはならず、私は、なんとか、”おかわり”ができるようにオンショクを残すように配分したかったのだ。私は、人よりも食べるのが、早い。それは、どういうことか・・・。さすがに先生は、この私のもくろみに気が付いた。いつも、”おかわり”しているのが、私とめーくんという男の子ばかりだったからだ。先生のこの”もくろみ”の封じ込め作戦が始まった。なんと、かまぼこの板の裏に、大きなマジックで、”おかわり札”というものを作り、席の順番に回し、その札を持っている人しかおかわりができなくしたのである。先生の打つ手に、私もめーくんもガビーン。次の学期、私が、競争率の高いパン係に、手をあげたことは言うまでもないだろう。
2005.04.26
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ドイツの地下鉄駅や、電車の駅には、日本では、ありえない物が置いてあります。それは、なんだと思いますか?そのひとつは、ドイツらしいなと思うものです。それは、1ユーロ入れると、ひとつ童話が出てくる自動販売機です。この「販売機」四角の箱の上には、いろいろなメルヘンに出てくる登場人物などが描かれてあって、子供でなくても夢の箱のようでワクワクしてきます。ところが、このような夢の箱とは別に、全く相反する現実的なものも、駅には置いてあるのです。それは、身長を測る機械です。その機械は、1ユーローを入れて乗るとまるで、”金ちゃんの仮装大賞?”のようにパパパンと光が自分の身長まで伸びて、測れるようになっています。あまり利用している人はいませんが、たまに観光客が利用しているのを見かけます。でも、この身長を測る機械は、以前は、数が多くありませんでした。その代わりにとでも言いましょうか、駅に置かれていた別ものがありました。女性なら「え~っ!」と思うもので、私も「え~っ」と思いました。それは、なんと体重計なのです。最新型の体重計なら1ユーロ、旧東ドイツにあった、普通の体重計のようなものなら、確か20-30セント払うと、体重を量ることができました。これらの体重計は、至る所で見られたのですが、今回ドイツへ行った時には、一つも見られませんでした。どうしたことでしょう?身長なら、大人は変わることはないので、何度も測る必要はありませんし、知らなくても問題もありません。でも、これが体重となると別で、「今日は甘いものを食べすぎたのでは」などと、なにかと気になってしまいます。体重計があると、電車を待っているドイツ人たちも同じように気になるのでしょうか、近くに寄って見ては、興味を示している人も少なくありませんでした。しかしながら、量る人は見かけませんでした。当然と言えば、当然で、人前で量ることには勇気がいります。実は、この私も、この体重計を試してみたことがあるのです。でも、”誰もいない時”に・・・でした。たぶん?ですが、ドイツ人も観光客も私のように思った人が多かったため、駅から体重計が消えてしまったのではないかと、私は推測しましたが、どうでしょうか?あなたは、駅で体重を量れますか? メルヘンの自動販売機
2005.04.20
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私は、毎日必ず夢を見る。その夢を大抵は覚えている。夢には意味があり、日常生活のストレスを発散させる夢もあるというが、その夢の中には、意味不明な変な不思議な夢もある。私の夢の中で変な夢と言えば、飛行機が造られた初期のころの、プロペラ飛行機で、ヨーロッパまで飛ぶという夢だ。その飛行機は大きく、翼のところに台所にあるような椅子が付いていて、吹き飛ばされないように、いかにしがみついて目的地まで飛ぶかという夢だった。変な夢だ。しかしながら、やはり、タレントの”ユー”さんの変な夢には勝てない。以前、彼女がテレビか何かで、自分が見た夢の話をしていたことがあった。彼女の夢とは、彼女がお味噌汁の具になったという夢だった。彼女が、わかめや、豆腐の横にプカプカと浮いていて、上から突き刺してくる箸を、いかによけるかというものだった。聞いている私は、大笑いした。他の客も大笑いした。でも、ユーは真剣であった。考えてみれば、上からくる箸をよける身になってみれば、笑いごとではないのかもしれない。私のこの飛行機の夢も、人に話すと笑われる。でも、その夢を見ているときは必死。汗をかいた。とは言え、夢は夢。自分も笑い、聞いている相手も笑って発散できたら、その夢の役割は、終えているのかもしれない。
2005.04.17
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お金を下ろそうと、銀行へ行った。というか、キャッシングをしに行った。真ん中に、並ぶための狭い仕切りがあった。並ぼうとすると、おばさんが私を押しのけて並ぼうとした。それと同時に、若いおねえちゃんも、おばちゃんを押しのけて並ぼうとした。そのおねえちゃんは、大きな旅行用トランクを押しながら押しのけたためおばちゃんの足をこすったようだった。その瞬間、おばちゃんは、「あー、痛い。痛い」とちょっと演技がかったセリフをはいた。すると、おねえちゃん、その部屋、響き渡るような声で、「あたしのせいですか?」と喧嘩を売るように言った。その声の大きさと、大きな態度におばちゃんは、怯んで、「いいえ」と言った。そして、並ぶのをやめて、出入り口のところまで、退いた。このちょっとした事件、収まったかのように思えた。おねえちゃんの順番になり、前の方の機械でお金を引き出しているときに、おばちゃんは、反撃にでた。そう、おばちゃんの友達数人がやってきたのだ。そして、「こんなところへ、トランクもってくるなんて、ムチャクチャだよ。全くね~。嫌だね、若い子は」と大声で口々に言った。私は、「ヒェー」と思った。おねえちゃんが、どうするのか、殆どの客が注目していた。すると、お金を機械から取り出しながら、今まで以上に凄みも増して、「あ・た・し・の・せ・いっか」とおねえちゃんは言った。おばちゃんの友達も、それにはさすがに怖くなり、ブツブツ言いながら出て行った。以前、バスに乗っていた親子のお母さんが、子供に「そんなことをしたら、運転手さんに怒られますよ」に対して、運転手さんが、即座にバスのマイクで、「いえ、怒るのはお母さんです」と言ったように、私は、「どっちも、どっちです」とマイクで言いたい心境であった。
2005.04.15
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ドイツへ行くと、楽しみの一つなのが、カフェでお茶しながら、本を読んだり、行き交う人達を観察したりするということである。今回の研修期間、毎日のように通ったほどの、お気に入りのカフェがあった。仕事場の近くで、仕事の休憩時にお茶したり、仕事が始まる前や、仕事が終わってから、お茶したりした。カフェと言っても、昔ながらのカフェではなく、スタバーのような感じだが、非常にコーヒーが美味しく、その上マフィンがとても美味しかったのだ。そのカフェの名前は、"BALZAC COFFEE"。私には、すごく合う味で、日本まで、コーヒーとマグカップを買ってきてしまった。このカフェに、毎日、通っているのは、私だけではない。毎日、同じ人を何人も見かけた。ここのお店で働いている人達は、バイトの人のようだったが、毎日来る客の顔と好きなコーヒーやマフィンなどを覚えていて、「いつものですか?」と言ってすぐに応対してくれる。これは、数年前には、考えられなかったことだ。とても、快適である。しかし、一方では、昔ながらのカフェが町から消えてしまっていることは残念にも思える。”スローライフ”を見直そうという日本に比べて、ドイツは逆行しているかのようだ。日曜日にも駅のスーパーが空いていたり、ある本屋は、日曜は除く、毎日22時まで営業していたりする。私が、帰国する日は、特別な日であったのだが、デパートが24時まで営業するということだった。以前は、土曜日は13時でどのお店も閉まり、日曜は、日本で言えば、元旦のようだった。もちろん、日本のようなコンビニもなかった。「今でも、夜中まで開いているようなコンビにはないが、お休みの日にまで空いているコンビニはある」あれはあれで、なんともいえない風情があってよかった。しかしながら、私は、矛盾しているが、"BALZAC"のようなカフェもよいと思ってしまう。昔ながらのカフェと今時風なカフェ、やはり、テンポの違う文化が共存することは難しいことなのか。昔ながらのカフェがドイツ文化なら、今時風のカフェは、アメリカ文化というべきなのか。そうであるなら、いまドイツの文化が、危機的状況なのかと、ちょっと飛躍して考えてしまう私であった。
2005.04.12
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ドイツ人というと、規則を守り、秩序正しいというイメージを持つ人とも多いと思う。確かにそういうところもあるかもしれないが、そうじゃないところも多々ある。今回もいつものように、その多々ある部分の行動を目撃し、困惑した。それは、タクシーを待っているときの出来事である。駅のタクシー乗り場で、私は、トルコ人や他の外国人の後ろに並んでいた。タクシーがあまりいなかったので、みんな、暫くタクシーが来るのを待っていた。”やっと来た”と思ったら、タクシー乗り場の先頭に車が来るよりも、手前で、後から来たばかりのドイツ人が、タクシーを手で止めて乗ってしまったのだ。そうこうしているうちに、何台もタクシーが来たタクシーを、同じやり方で、あとから来たドイツ人達が、横取りして乗ってしまった。タクシー乗り場へと、速度を落してきたタクシーのドアを掴み、開けて乗ってしまうというやり方がほとんどだ。並んでいる私の前に来たタクシーでさえ、横取りする始末である。先頭に並んでいたトルコ人は、呆れて首を振っていた。私も、このままでは、いつまでたってもタクシーに乗ることができない恐怖感に駆られた。並んでいた外国人客も、重い荷物を抱え、同じように考えていたようだった。それから、私たちも椅子取りゲームではなく、タクシー取りゲームに参加することにした。もちろん、並んでいたもの同士では、譲りあっていたが、並ばないドイツ人とはどちらが先に、ドアを掴むかが勝負であった。私の場合、横取りされそうになると、「信じられない。」とか「ドイツ人は不親切」などと叫んで、横取りドイツ人の不意をついたところを、狙って乗ることに成功した。小さい私が、ドイツ人とのこのゲームに勝つには、その方法しかなかった。そもそも、相手が悪いのだから。夜であるし、このままホテルにいけないことの方が、恐怖であったのだ。コンサートホールの前でも、同じようなことが度々、起った。これは、珍しいことではないらしい。日本人には、考えられないことだ。そもそも、タクシーの運転手が、横取り客を断らないでタクシー乗り場の先頭に、車をつけないことが、一番の問題であるように思う。来年は、サッカーワールドカップ開催の年。外国人観光客も多いことと思うのでなんとかしてほしいなと思うのである。このゲームは、かなり疲れるから。
2005.04.09
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時差の関係もあり、5時半に目が覚めた。屋根裏部屋の窓から外を見てみると、まだ薄暗い。可愛い家や、マンションから、オレンジ色の光がこぼれてくる。前に見える家は、まだ電気が消えているが、可愛い煙突から白い煙がみえる。ちょっと先の方まで目をやると、学校らしき建物がみえた。もう明かりがあかあかと点いている。教室の黒板がみえた。ドイツ人の朝は早い。空が明るくなると、一面の銀世界に景色が変わった。そう言えば、とあることを思いだした。昔、ドイツに住んでいた頃、ビザの延長のため、5時に家を出たことがある。なぜ、そんなに早くに出たのかというと、外人局は8時から開くのだが、その日に、受付をする人数が決まっていて早く行って並ばなければならなかったのだ。家をでると、オレンジ色の街灯があかあかとしていて、その明かりに照らされている道は、雪できらきらしていた。教会もオレンジ色の光に包まれて美しかった。その中を、ハウスマイスターのおじさんが、雪かきをしていた。「おはようございます」と声をかけ、地下鉄駅へと歩いた。電車がくると驚いた。日頃、乗っているよりも、人が多く、正に満員電車だった。このときに、ドイツ人は朝が早いのだなと気が付いのた。私の部屋のすぐ近くが、泊まっているペンションの朝食室となっていた。自分が起きる前に、コーヒーの匂いで起きることは、日常では、一人暮らしのため、残念ながらない。自分が起きるよりも先に、誰かが朝早く起きて、何かを自分のためにしてくれるということは幸せなことなのだなと思う。そのコーヒーを、感謝して味わおうと思った。
2005.04.06
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皆さん、お久しぶりです。一ヶ月もの間、ブログをお休み致しまして申し訳ありません。実は、ドイツへ研修へ行っていまして、先程、戻って参りました。また、今回のドイツ滞在の出来事なども、このブログで書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します。さて、早速、今日の日記。私は、昨日、不思議なことを体験した。飛行機の時間までには、まだ時間があると思い、町の中を、お土産を買うということもあって、気の向くままブラブラしていた。もうあと、一時間したら、空港へ行った方がいいかなと思っていた矢先、私のことを呼ぶ日本人男性がいた。私は、「ありえない」と思った。日本人の知り合いなどいないからだ。振り向いて驚いた。10年以上まえ、なんでも気楽に話せる、仲の良かった男友達だったからだ。彼とは、彼の結婚と彼のアフリカ転勤を機に、自然消滅をしてしまっていた。彼は、ずっとアフリカに勤務していたということだが、今回、3ヶ月間、ドイツに仕事に来ているのだという。会って話してみると、瞬く間に、10年の壁なんて、すぐに崩れてしまう。とても、不思議だったのは、一週間程前に、私が「彼はどうしているのかな」とふと思ったことがあり、彼の方も、私のことを「どうしているのかな」と思ったときに出逢ったということだ。何かの本の中に、こんな言葉があった。”一度、なんらかの事情で、切れて離れ離れになった人がいるとしても自分にとって必要な人は、どこかで、必ず、また、繋がる”と。考えれば考えるほど不思議である。歩いていて”エルメス”のお店が見えたのだが、「覘かなくていいかな」と”エルメス”へ向かう信号ではなく、別の横断歩道を渡ろと思った瞬間赤になり、「ドイツの信号は点滅しない」、エルメスのお店に向かう側の信号が青に変わった。たったそれだけのことで、”じゃエルメスを覘こう”ということになったのだ。この時間差が違っていれば、彼に出逢うことはなかった。”心おもむくままに”ということがいかに大切なことかと思う。男友達で、恋愛抜きで仲が良いというと、信じない人もいるかもしれないが、私も彼も、全く恋愛関係のない親友だった。彼との付き合いが、繋がったといっても、もちろん、昔もこれからも友達関係である。気の置けない友達がいるというのは、幸せなことだ。エルメスのスカーフ代が要ったが、この偶然に感謝し、私は日本へ飛んだのだった。
2005.04.03
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仕事の関係で、暫くブログはお休み致します。また、数日後に再開致しますので、宜しくお願いします。今日の日記おやつに、チョコドーナツを食べたが、このドーナツもいわゆる、デートで食べてはいけないベスト3に入るかもしれない。パフェは、食べたあとが汚い、蟹は、無口になるに続き、チョコドーナツは、ぼろぼろ下に落ちて汚いのと、口のまわりがチョコだらけになるからだ。今日の私が、正にその状態であった。
2005.03.01
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