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「ありがとうございます、お気遣いいただいて──。ああ、話し込んじゃってすみません。お見舞い先の子、早く良くなるといいですね」「こちらこそよ。ありがとう、何でも屋さん」にっこり笑った早川さんは、ちょうど来たタクシーに乗って去って行った。次の依頼は横山さんちの庭の水遣り。横山さん、急なお出掛けで夫婦揃って三日くらい家を空けないといけなくなったんだって。夏は本当に、園芸種はちょっと水を遣らないとすぐ枯れちゃうもんね。せっかく咲いてきた向日葵も、一日忘れただけで萎れて焦ったって横山さんおっしゃってた。園芸種も、最近は色んな向日葵があるから、出会うのが楽しみだ。白いのとか、赤っぽいのとか、八重咲なんかも見かける。横山さんちのは背の高くない、太陽神の名前の付いたお花のたくさん咲くタイプ。なんとこれ、冬になって霜が下りるまで咲き続けるらしい。すごいぞ、太陽神!水を浴びてツヤツヤ元気になった太陽神に元気をもらい、カンカン照りの道を行く。靴底がアスファルトで溶けそう……なんて思いながら、帽子を被り直す。あー、裏地に作ったポケットの保冷剤、すっかりあったかくなっちゃったなぁ。横山さんちのが、草むしりでなくて良かったよ。「……」額から汗。首に掛けた手拭いで拭うと、つい溜息が出る。さあ、戻ってシャワーでも浴びてしゃっきりしよう。そう思いながらぼんやり歩いていると。「あー!」曲がり角の向こうから、車のエンジン音と、悲鳴、自転車の倒れる音。車はそのまま去って行く。まさか轢き逃げ? 黒のセダンだ。ナンバープレートは角度的に見えず。慌てて角を曲がると、倒れた自転車を前に、中年の女性が立ち竦んでた。「大丈夫ですか?! 今の、当て逃げですか?」女性は首を振る。「違う。ブレーキが、いきなり──」車が来たからとブレーキを握り込んだら、その瞬間にワイヤーが千切れたらしい。「ブチッと切れて。反射的に足をついて」自転車だけ倒したと、彼女は言う。蒼白になった顔の、こめかみには黒子──ん? この人、なんか見覚えが?「石井さん?」「え?」「あ、失礼しました。俺、何でも屋の──」「ああ! 前に庭木の枝払いに来てくれた、」石井さんは強張っていた表情をちょっとだけゆるませた。こういうとき、知ってる顔は心強いと思うんだ。「怪我はないですか?」「え、大丈夫。大丈夫だけど、びっくりして」暑いし、今ごろ怖くなったし、暑いし、と繰り返す。「暑いですよね。ホント、こんなあっついアスファルトの上で転ばなくてよかったですよ! 運動神経良いんですね」話しながら、俺は倒れた自転車を起こした。あー、フレーム曲がってる。「娘時代にも一回こんなことがあって──走馬燈が走るって本当みたい、何でも屋さん」ブレーキワイヤーが切れた瞬間、その時のことが頭に浮かんで、とっさに身体が動いてたんだという。「もう少しで車にぶつかるってとこで、ハンドル切って、片足ついて。あの時は自転車は倒さなかったけど、さすがにこのトシになったら自分が助かるのに精一杯だった……」修理代、高くつきそう、と曲がったフレームを見て嘆く。「いや、そのまま車にぶつかってたり、転んで頭打ったりどっか折ったりしてたら、もっと高くつきますよ。健康第一ですよ」「それはそうね、そうよねえ」深く溜息を吐き、石井さんは腕に引っ掛けていた布製バッグの中から、スマホを取り出した。「こんな時間……急がないと。せっかっく早めに家を出たのに、これを引きずって駅までは。ああ、来てくれたのが何でも屋さんで良かったわあ。お仕事、頼める? これ、ウチまで運んでもらえない? 家にはお義父さんがいるから──」壊れた自転車を、何でも屋さんに運んでもらうって連絡するから、お願い! と頼まれた。快諾すると、足早に石井さんは駅に向かって歩き出し──。「石井さん、ヘルメット!」「あら! やだ、すっかり忘れちゃってたわ、恥ずかしい」照れながら慌てて戻ってきて、脱いだヘルメットを自転車のカゴに入れた。「じゃあ、よろしくお願いします!」あらためてそう言って、石井さんは布製バッグの中から折り畳みの日傘を取り出し、歩きながら広げて差していった。お、あれは遮光率九十何パーセントかの機能的なやつ。──ヘルメット、庇があるのと、頭を覆われてることで脱ぐのを忘れちゃったんだな、慌ててたし。そして、俺もキツい。石井さんちって、坂道のてっぺんなんだよ。そしてこれは電動自転車。ごついフレームにどっしりとバッテリー。重い──!汗をだらだらかきながら、石井さんちに到着。忘れずに連絡を入れてくれてたみたいで、お義父さんがお仕事料を払ってくれた。さあ、今度こそ帰ってシャワーを──。そう思ったとき。「え……」俺は見つけてしまった。「……」行きには気づかなかった、溝に突っ込むみたいにしてあった放置自転車。その荷台に、見覚えのあるハードカバーの本が載っているのを。つづく……二日は10を投稿後、食中りで微妙な無駄時間を過ごしました。リバースするほどでもないけど、何もする気になれないという……。そしてやたらに寒い。洗濯物も乾かないし、この冬初めてストーブを点けました。
2026年01月04日
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あけましておめでとうございます。指を悴ませつつご挨拶。ただいま、室温8℃…くらいかな? スローモーな管理人ですが、今年もよろしくお願いいたします。「にゃん」ぎゅ、と踏みつけられ、俺はうめいた。猫の小っちゃい足の踏ん張りは、けっこう痛いし重い。足音も立てず、居候はそのまま下に降りたようだ。「……」起こしてくれたのかな、あいつ……。そう思いながら時計を見る。午前二時。また同じ時間。俺、寝付いたらたいてい朝まで滅多に目が覚めないんだけどな──。悪夢も、今日で三日め。何でだろうな。昨夜は早めに布団に入ったし、ビールも飲んでないし、エアコンだってケチってない。扇風機はタイマーで止まってるけど、今はタオルケットを被っていてちょうどいい温度だ。どこか痛くなるような寝返りも打ってない。「……」寝不足は、熱中症の遠因になる。昨日、野島さんとそんな話をした。だから、俺は眠る努力をしよう。目覚ましが鳴るまで。グレートデンの伝さんと、ボクサーのレオンくん、巻き毛ミックスのクドリャフカちゃんの散歩を終えた。アスファルトが朝から熱気を発するようになってきたから、わんこたちの散歩はもうちょっと早めにするか、時間短めにしたほうがいいかもしれない。それにしても暑いな、朝から暑い。もうずっと暑い日が続いてるけど、今日は昨日より身体が重いな。微妙な寝不足が堪える──。帽子と保冷剤と、今日の水分補給は砂糖もちょっと入れた塩麦茶。眠気覚ましに酸っぱい塩飴も舐める。熱中症対策はバッチリのはずだけど、気を引き締めていこう。さて、蝉の抜け殻探しは伝さんとの散歩のときにクリアしたから、早川さんちにお届けに行こう。入院中の子に見せてあげたいんだって。ご本人はご高齢で足に不安があり、探しに行くのは難しいそうだ。ただ歩くだけならいいんだけど、と苦笑いしてた。うん、この暑さだし、何でも屋にお任せさ!「昨日の今日で早かったわね。ありがとう、助かるわ」早川さんが喜んでくれる。ちょうどこれからお見舞いに行こうとタクシーを呼んだところだったんだって。「ああ、これはアブラゼミね」「え? 抜け殻で蝉の種類わかるんですか」「そうよ。今はスマホで何でもわかるけど、昔は採ってきた抜け殻を並べて、辞典で調べて……」懐かしそうに早川さんは笑う。虫への興味が高じて理系の大学に行って、生物の先生になったんだそうだ。「今日お見舞いに行く子は心臓が悪くて、もうずっと入院してるの。私が膝を悪くして入院してたときに仲良くなったのよ、孫よりも小さい子なの。娘に辞典を持ってきてもらって、見せてあげながら虫の話をしたら、目をキラキラさせながら聞いてくれてね……」病室に生きてる蝉はダメだろうけど、抜け殻くらいなら、こういう容れ物に入れて実物を見せてあげられると思ったのよ、と俺が預かっていた透明アクリルの小さなケースを示す。「きっとその子も喜びますよ! 俺も子供の頃は夏といえば蝉だったなあ。弟と一緒によく採りに行きましたよ。たまに見つける抜け殻はたからもので。二人で集めるだけ集めて──」缶に入れて、すっかり忘れてたのを後から母に見つけられて、怒られた話をしたら、ウケてくれた。「子供あるあるねぇ。私の場合はお線香の箱に虫ピンで留めてたわ。母さんもやっぱり嫌な顔はしていたけれど、何も言わずにいてくれたのよ。うちは父のほうが虫嫌いでね、文句は言われたけど……、それでも止めろとはいわないでくれたわねえ」後から思えば、ありがたかったわ、と朗らかに笑う。「お隣の小父さんのほうが、よほど煩かったのを覚えているわ。女の子なのに虫なんて、ってね。お隣の子は男の子で、私より一つ二つ年下だったんだけれど、蝉もクワガタもカブト虫もダメで……」「あー、羨ましかったのかもしれませんよ。本当はご自分の子供さんといっしょに、虫取りに行きたかったのかも」「そうかもしれないわねぇ。男の子でも女の子でも、好きな子は好きだし、苦手な子は苦手なんだから仕方ないのにね……それ以外にもご近所のことで、色々言う小父さんだったわ──」早川さんはふと言葉を止め、俺の顔を見た。「そういえば……何でも屋さん、一昨日だったかに大金を拾ったんですって?」「あ、はい。でも、どうしてそれを?」昨日は野島さんにも言われたけど、何でこんなに知ってる人いるんだろう?「その小父さんで思い出したんだけど……この町内にも噂好きの人がいるのよ。何でも屋さんって、お仕事でこの辺りもちょくちょく来るでしょう? だから顔だけ知ってるって人も多いのね。その知ってる人が大金を拾ったってヒソヒソする人がいるの」悪いことしたわけでもないのに、と早川さんは眉を|顰《ひそ》める。「拾ったものを警察に届けて、何が悪いのかしら」「──落とし主もすぐ現れたし、俺、権利も放棄したんですよ……」警察での手続き中に落とし主が現れたんです、と俺が言うと、早川さんは微笑んだ。「そうなの。いいことしたわね、何でも屋さん。──宝くじの高額当選者を羨むみたいな心理なのかしらねぇ。つまらないことで妬む人もいるから、気をつけて」もしかしたら何か言う人もいるかもしれないけど、あまり気にすることはないわ、と力づけてくれる。今の時代だと、人の噂も七十五日どころか、七十五時間くらいかもしれないわよ、と悪戯っぽく言うから、俺も笑顔になった。
2026年01月02日
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