P-Blog アイデア&インプレッション

2004.01.15
XML
昨日紹介した「アジアの民話」に、ラオス民話として「クマの忠告」が紹介されている。
この話は、友達同士の2人の子供が森に遊びに行った時、クマと遭遇した。一人は、一目散に木に登って逃げることが出来たが、もう一人は、木登りが不得意で、木に登れず、仕方なしに、死人の振りをした。クマは、死人の不利をした子供に顔を近づけてから、その場を去ったそうな。木に登った子供は、安全を確認してから、死んだ振りをした子供に、クマが何をしたのかを聞いたら、クマが「一つ、忠告をしてやろう。こちらが危ない目に遭っているのに、助けようとしない友達なんて信用しちゃいけないよ」と忠告をしていた。という話である。
さて、あまり知られていないが、ラオスは、ベトナム戦争の時、民間人も含め多大な戦死者の出た国である。それは、北ベトナム軍とジャングルで戦えるように、フランス軍とともにベトミンと戦ったことのある、ラオスの山岳民族を、平和部隊という名の下に、私服のアメリカ特殊部隊が、軍隊に仕立て、アメリカの地上部隊の消耗を軽減する"身代わり部隊"として使った。
そして、1975年に、首都ビエンチャンが陥落。その時、ラオスのアメリカ軍は、プノンペン、サイゴンと陥落する中、いち早く、前線からタイ領に逃げ込んだ。モン族の兵隊とその家族は、グリーンベレーより、武器を与えられたまま置き去りにされたのである。
そして、北ベトナム軍の報復が始まり、戦士、餓死、処刑、政治再教育などのモン族最大の悲劇となる。もともと、山岳民族だった、モン族は、タイ領に行こうと、国境であるメコン川を渡ろうとしたが、泳ぐことができず、連日、モン族の溺死体が見られたそうだ。
これらの戦死者は、20万人ともいわれ、運良く逃げることの出来たモン族は、アメリカに17万人も住んでいるという。しかし、アメリカの情報操作のため、1998年に情報公開されるまで、その事実を隠されたため、ワシントンDCのアーリントン墓地のベトナム戦争の戦死者58156人の中に、モン族の戦死者の名前が1名も記されていなかった。今は、アーリントン墓地の片隅に、顕彰碑が建てられるなど、名誉回復を少しはしたが、アメリカに渡ったモン族は、様々な差別を受けていたそうである。
クマの忠告という民話のいち早く逃げた友人と、アメリカ軍とが、妙にダブって仕方がない。
日本も、友好国気分でいると、痛い目に合うかも。

★参考文献★
モンの悲劇
暴かれた『ケネディの戦争』の罪
著者:竹内正右|出版社:毎日新聞社|発行年月:1999年 01月
ISBN:4620312797|本体価格:2,096円






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004.08.12 03:29:06
コメント(3) | コメントを書く
[タイ・ラオス そして、アジアの国々] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

お気に入りブログ

・・ 野山ですごす… りおじーにょさん
ゴーヤ泡盛の野毛日記 ゴーヤ泡盛さん
ヅ+の日記 art-labヅさん
アジアン雑貨屋店主… エナエナさん
しみずきみひとの楽… Shimmy0603さん
小島トモオス 小島トモオスさん
新・さすらいのもの… さすらいのもの書きさん
新川てるえの家族の… 新川てるえさん
繁盛請負人ばんたか… 繁盛請負人ばんたかおさん
ヘンかわおいしいお… artlabova-goodsさん

コメント新着

サイド自由欄

設定されていません。

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: