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新橋演舞場での観劇の後は、歌舞伎の殿堂「歌舞伎座」・・の屋上庭園へ。こけら落とし前に訪れた時は、入れなかったので、今回が初めて。タワー入口は昭和通りにあるが、庭園へのエレベータを使う為には地下2Fへ行かなくてはならない。ちょっと並んでエレベータの人に。一度に40名乗れるので、スカイツリーのエレベーターと同じ定員。わくわくしながら、歌舞伎座タワーの5階に上り屋上庭園に出ると・・ちょっと規模が小さく、残念。取り敢えず一回りして、あっという間に終了。もう少し広いと想像してたのだが・・・。庭園は、芝生が広がり、「先人の碑」等もある。帰りは、来た通りに戻ることも出来るが、下りは4Fまで、五右衛門階段を使い・・ここから歌舞伎座の屋根瓦が見られるが、ここに歌舞伎座のシンボル「鳳凰の紋」がかたどられている。並んだ中に一つだけ「逆さ鳳凰」と呼ばれるのがあり、それを見つけると、幸せになれるらしい。その時は知らず、スルーしてしまった・・・次回、探してみよう・・。「逆さ」とは、天地逆ではなく、右向きの鳳凰の中から左向きの鳳凰を探さなくてならないとか・・。4Fには、ちょとした展示物があり、ここからエレベーターで1Fへ下りて終了。【今日のLife Hack: 身に降りかかってくる小さな災難は、真正面からぶつかるのではなく、“ぼけて”身をかわしたり、受け流す方が利口 】
May 31, 2013
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三越で時間をつぶし、日本橋から銀ブラ(古っーー)、銀座発祥の地・・そして新橋演舞場へ。妻が同僚にいただいたチケットで会場に入ると、空席が有り、我らも含め年齢層が高いような・・・そしてお値段も・・S席がなんと、1万円・・・感謝です。作品は・・「夫婦善哉」の作者で、昭和初期の大阪をダンディーに生きた織田作之助の半生の舞台、病いに蝕まれながら作家人生に賭けた男の愛と青春の音楽劇、生誕100年と銘打った「ザ・オダサク」・・と言われても・・「夫婦善哉」は名前だけ、織田作之助は名前も知らない・・。(汗)織田作之助(元関西ジャーニーズJrの内博貴)の短い人生(1913大正2年~1947昭和22年)をライバルの劇作家・森本薫(新納慎也)との確執、妻となる一枝(元宙組トップ娘役の陽月華)との恋、結婚生活、作之助の姉(元宝塚の男役の姿月あさと)や友人(関西ジャニーズJrの浜中文一)、その他、カフェの主人夫妻(松竹新喜劇の曾我廼家寛太郎・山崎静代)等と共に時代の世相を絡めて。・・有名な方々が出演されていたのでしょうが、知っているのは・・・ボクサーの・・南海キャンディーズのしずちゃん(山崎静代)のみ、ちょっと残念。作之助の姉役・姿月あさとさんが、きっぷのいい関西のおばちゃんを演じ、花道から登場した着物姿がなかなか魅力的でした。【今日のLife Hack:怒りっぽい人は他人を罰するよりも、むしろ自分を罰する方が多い─新島襄】<おっ、マツコ・デラックスかと・・?><銀座発祥の地(銀座役所跡)><新橋演舞場>
May 30, 2013
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新橋演舞場の開演に時間があり琴の音を楽しんだが、まだ少々余裕があり、散策。本館6階は、「芸術の街」、色々な展示があり、実に楽しい。「特選画廊」は、喜寿記念の「大矢 紀 日本画展」、お祝いの胡蝶蘭が沢山、華やかでした。「第46回日本陶芸倶楽部会員チャリティー作品発表展」も開催。金魚と猫でキンネコが面白かった。・・・芸術はいい・・・。【今日のLife Hack: 人の過ちを許せば、自分自身の過ちも許すことができる】<金魚と猫で、キンネコ>
May 29, 2013
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日曜日、妻が貰った新橋演舞場で開催の「ザ・オダサク」のチケットを持って銀座へ。開演がお昼なので、まだ時間があり、その前に立ち寄ったのが日本橋・三越。本店本館6階「三越劇場」の前を通ると、琴の演奏会・・。中に入ると、素敵な琴の音色が会場に響き渡り・・・いい雰囲気、純日本を感じるひと時。ネットで調べると萩岡会の方々の演奏会、曲目は俊寛・菊慈童(徳丸演奏曲)とのこと。・・・守り続けて欲しい伝統芸能で・・。【今日のLife Hack:人の苦しみを少しでも取り除いてあげられる人なら、価値のある人だといえる】
May 28, 2013
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週末は、さいたまスーパーアリーナへ出掛け、恒例のレナウン・バーゲンで夏物の仕入れ。そして、次は大宮総合車両センターで開催の「JR鉄道ふれあいフェア」へ。会場内は沢山のお客さんで大盛況。楽しかったのは、トラバーサー(車両移動車)に乗れたこと・・・電車になった気分で・・・。電車の名前はよく分からないので、調べて・・・「107系日光線」、青大将と呼ばれている「EF5893」、「EF60-510 EF65-1115 EF81-133」(みずほ、出雲、あけぼの)も並び・・・。・・・マニアの方には、たまらない・・でしょう。【今日のLife Hack:もし違った生活を望むなら、自分自身から変えていかなければならない】<なぜか、白バイも並ぶ・・、車輪も並ぶ・・><車輪とブレーキ・ロータの研磨・・・妻が「フォークリフトの先端は磁石では?」と><きれいなE259系><トラバーサーに試乗><107系日光線><EF60-510 EF65-1115 EF81-133><EF5893><昼食は牛すじ丼・・一時、御飯が不足し、販売中止に・・>
May 27, 2013
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リマでの観光を満喫し、夜中にリマの飛行場に到着。空港内には、なんと「SUSHI BAR」と表示されたお寿司屋さんが目についた。そしてリマを離陸、経由地のアメリカ・アトランタへ。良く眠れない機内泊7時間、更に1時間ほど時差が有り・・もう時間の感覚が分からない・・。往路のアトランタ入国手続きは比較的短時間で済んだが、復路の入国チェックは大変、1時間超。往路時同様、両手10指の指紋がチェックされた後、靴を脱ぎベルトを外し両手を上げて全身画像撮影。これまでで一番厳しかった・・アメリカのテロ以降変わったらしい。やっと入国したが、アトランタでのトランジットは6時間、まだ5時間の待時間!!。外に出てアトランタの地を踏みたかったが、一度出るとまた検査に1時間超費やさねばならず、断念。この空港は日本でいうウイングがA~Fまで6か所あり、無料電車で繋がっている。これで時間潰し。アトランタは、コカ・コーラやデルタ航空の本社があり、関連の広告が掲示されていた。そうそう、ジョージア・コーヒーを飲むのを忘れたーー。また、私の年代だと、アトランタと聞けば「風と共に去りぬ 」。スカーレット・オハラの「私にはタラ(実在しない地名)がある」を思い出す。やっと離陸、高倉健やジュリー・アンドリュースの映画を楽しみ・・お陰様で無事成田空港に到着。長いような短いような、「3泊7日」の旅を終えた。3週間の長きに渡ったアップに、お付き合い頂きありがとうございました。先日書きましたが、1975年に初めて飛行機に乗り、やっと五大陸を制覇したと思ったら・・・四大陸、五、六、七大陸・・どれを調べても南極が入っていて・・昔は入っていなかったと思うが?【今日のLife Hack: 旅行から帰ってきて慣れ親しんだ枕に頭を埋めて休むまで、その旅行がどれだけ素晴らしいものだったのか誰も実感することは出来ない 】<リマの空港><なんと、空港内にお寿司屋さんが・・「SUSHI BAR」><映画「リンカーン」を見ながらの食事><アトランタ><コカ・コーラの本社がある><空港内のウイングを繋ぐ無料電車に乗ってみる><高倉健さんの映画を見ながら・・・><ジュリー・アンドリュースの映画を・・・そして無事、着陸><右下のスペース、南米をやっと埋めた訪問先世界地図>
May 26, 2013
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ラファエル・ラルコ・エレラ博物館を後にし、バスは海岸へ向かう。途中、「日本国大使公邸」が見える。また、ここで多く見かけるスタンドが「REPSOL」が目立っていた。ミラフローレスの海を望む。・・・当然、太平洋で日本に繋がっている海。巨大なカップル像「愛のモニュメント」のある恋人たちの公園(Parque del Amor)も見える。夕陽に照らされ、いい感じ・・。ミラフローレス地区から車で南に20分ほど、陽が暮れて案内されたのがBarranco(バランコ〉地区。ここで最初に目にした建物が「エミルタの教会」。更に、その先にある「ため息橋」(El Puente de los Suspiros)がまた、いい。恋人たちが愛を語り合う橋として有名だという。橋の先にはバランコの中央広場(Plaza Principal)があり、そこにサンティシマ・クルース教会(Santisima Cruz)が見える。1944年~63年にかけて建設された、ネオクラシック様式。そうそう、世界遺産を意識したスタバのロゴはどこも緑色ではなく「黒色」。ちょっと新鮮。最後の晩餐のお店はレストラン「コスタ・ベルデ」(Costa Verde)、コスタは海岸の意。波音を聞きながらお酒を飲み食事をし、これが、またいい・・・美味しくいただきました。【今日のLife Hack:旅は利口な者をいっそう利口にし、愚か者をいっそう愚かにする 英国の諺】<ペルーで多く見かけたスタンド「REPSOL」><日本国大使公邸><ミラフローレスの海を望む巨大なカップル像「愛のモニュメント」がある恋人たちの公園><エミルタの教会><ため息橋><サンティシマ・クルース教会><世界遺産を意識して、どこのスタバのロゴも緑色ではなく「黒色」><最後の晩餐は「レストラン・コスタ・ベルデ」>
May 25, 2013
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リマの歴史地区の数々の歴史的な建築物を見た後は、ラファエル・ラルコ・エレラ博物館へ。(Museo Arqueológico Rafael Larco Herrera)ここは資産家であったラファエル・ラルコ氏が個人的に収集したコレクションを一般公開している博物館。モチーカ文化、チムー文化、ナスカ文化の土器や黄金製品を中心に収集されている。展示室は黄金装飾を展示、土器などを文化ごとの展示、土器だけ展示してあるもの。黄金の装飾品は眩くて、鼻飾り、耳飾、首飾り、冠、指輪等様々な装飾品や儀式用の品々が並んでいる。展示室の階下にきれいな中庭があり、なかなか素敵な雰囲気、長居したく・・・。【今日のLife Hack: 旅は真の知識の大きな泉である by ディスレーリ <ラファエル・ラルコ・エレラ博物館><素敵な中庭>
May 24, 2013
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・・・「ペルー」シリーズの途中ですが、今日、これをアップしない訳にはいかない・・・三浦雄一郎さん(80)が今日9am.(日本時間同0:15pm.)、史上最高齢でのエベレスト登頂に成功。おめでとうございます。ほんとうに嬉しい限りです。これまでの最高齢登頂記録は2008年に成功したネパール人男性の76歳。三浦さんは03年に70歳で、08年には75歳で登頂に成功し、今回が3回目のエベレスト登頂。エベレスト(チョモランマ、標高8848m)は、GWに訪れたクスコより当然高地、酸素が地上の1/3だという。・・2009年8月29日に日本橋の三越で、トークショーの後、お話し握手したのが、握手した時の、あの年齢不相応な力強さが忘れられない。あの時も、足首に付けた鉄アレイを見せて貰ったが、常日頃の鍛錬が実を結んだと思う。登山家の田部井淳子さん、アルピニストの野口健さんからも、お祝いの熱いメッセージが・・・。本日、またパワーを"頂き"ました(山頂だけに)、ありがとうございます。お気をつけて下山されることを、早く元気なお姿を拝見できることをお祈り致しております。【今日のLife Hack: 情報を軽視し対応を怠れば死に直結する 】<三浦雄一郎さんと握手、2009年8月29日><田部井淳子さん、2009年1月10日><野口健さん、2007年12月9日>
May 23, 2013
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チキンの炭火焼で腹を見たし、いざ、世界遺産「リマ歴史地区」(Historic Centre of Lima )へ。リマの主な見どころとなる歴史的建造物は旧市街に集中しているという。バスは「アルマス広場」に停まり、ここで市内観光。広場の奥に、「カテドラル」、天高17mの巨大な聖堂、19世紀初めの建物。そして、左手には、大統領府が見える。ペルーを征服したフランシスコ・ピサロの邸宅跡に建つ。少し歩くと、デサンパラードス駅。コロニアル様式で、駅名は「捨てられた」という意味。そして、「サンフランシクコ教会」、17世紀前半の美しいセビリアンタイルが貼られている。素晴らしい建築物の数々・・古に想いを馳せる・・。・・・ここで、久しぶりで、中国車「紅旗」のエンブレムを見つけた!しかし、どう見ても、トヨタ「クラウン・マジェスタ」【今日のLife Hack:長生きするものは多くを知る、旅をしたものはそれ以上を知る byアラブの諺】<アルマス広場><カテドラル><大統領府><デサンパラードス駅><サンフランススコ教会><リマ市庁舎><サン・マルティン広場><珍しい、中国車「紅旗」・・・どう見ても「マジェスタ」><信号待ちで物売り・・>
May 23, 2013
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この旅「3泊7日」の最後の宿泊地「クスコ」。朝早く目覚めてしまい、ホテルでゆとりの朝食。美味しくいただきました。そして、クスコの空港からリマの空港。往路同様、快適!、ぜんぜん揺れない。その前に昼食、メニューはチキンの炭火焼。これも美味しくいただきました。さっ、この旅最後の世界遺産「リマ旧市街」観光へ。【今日のLife Hack: 旅は私にとって、精神の若返りの泉だ by アンデルセン 】<旅行最後の朝食><ホテルにさようなら、隣にあった電話ボックス><クスコの空港で見つけたエケコ人形><クスコに、さようなら><リマに、こんにちは><岡田真澄似のダンディな機長と素敵なCA><昼食はチキン専門店「pardos」で><チキン炭火焼>
May 22, 2013
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クスコでの宿泊、これが3泊目で最後の宿、チェックイン後バスで市街地にあるレストランへ移動。ここは、いかにもペルーを思わせる、いい感じ。お料理は、ペルー郷土料理。体調も良好、メニューも豊富で、美味しくいただきました。民族楽器の生演奏とアンデス民謡舞踏ショーを見ながらのディナー。前回に続く、ここクスコで、また「コンドルは飛んで行く」(El Condor Pasa)を・・良かった。・・・また、演奏者の口車に乗ってCDを買ってしまった。・・いい気持ちでホテルに戻り、空を見上げたが、この旅の目的だった「南十字星」は見えず・・・・実は・・・前夜のマチュピチュ村で忘れたのであった・・・(汗)ホテルに入り有料パソコンを借り、よく見ると、日本語が認識できるモデル、ありがたい。でも・・・飲んだし、眠いし、前夜同様、ローマ字で入力してしまった・・・。ついでにメールを覗くと、ペルーでログインしたことがバレているメールが届いた。・・凄い!・・・最後の宿泊は、ゆっくり出来ました。【今日のLife Hack:人が旅をするのは到着するためではなく、旅をするためである<ゲーテ>】<レストランはアルマス広場の前><シンプルな灯りが広がる夜景が美しい・・・でも、南十字星は見えない><有料レンタル・パソコン・・・ペルーでログインしたことがバレてる>
May 21, 2013
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マチュピチュでの想いを胸に、天望列車に乗り込む。前日、往路では暗くて見えなかった所も、青空の下、よく見える。雪を被った山も・・・。そして1時間半後には、前日列車に乗り込んだ、オリャンタイタンボ駅に到着。途中、列車が停まりそうになると、貧しい子供たちが列車に近寄ってきた。ガイドさんから、何も与えないようにと・・・心を鬼にして・・。オリャンタイタンボ駅からも往路同様、クスコへ。やっと、「3泊7日」の最後のホテルに到着、名前は「ホテル・アグストス」。【今日のLife Hack:今から20年後、やった事よりもやらなかったことに、より後悔するだろう】<マチュピチ発の天望列車><雪山も・・・><列車が停まると、子供が・・・><オリャンタイタンボ駅着><遺跡も見える><夕陽を見ながら休憩><クスコ「ホテル・アグストス」>
May 20, 2013
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朝から歩き回ったマチュピチュ、歩き疲れて、お昼。なんと、終盤雲行きが怪しかったが、ついに降り出した。山の天気は変わり易いとはいうものの、朝からの快晴とは大違い。雨の中、遺跡へ向かう方々も沢山いて、かわいそう。我々は持参した軍手を使うことなく済んだが、彼らは必要になるような・・・。さて、我々の昼食は、マチュピッチ唯一の1泊7万円のホテル「サンクチュアリー・ロッジ」。バイキングで、美味しく、沢山いただきました。マチュピチュ村への戻りは、またベンツのバス。舗装していない凸凹道を、ガイドレールの少ない、対向車も来る、ちょっと怖い道を戻る。マチュピチュ駅から天望列車が出るまでは自由時間で、村を散策。ここで前日の夜、親戚や知人・友人宛に1時間ほど掛けて書き上げた絵葉書を郵便局に持参。一枚6ソル(約240円)で20枚超お願いして約5000円、ちょっと高い・・。・・お土産屋さんの店先に仏像を思わせる絵葉書に驚かされた・・出来過ぎの感も・・・。そして、マチュピチュ駅に天望列車が到着、憧れのマチュピチュに「さようなら!」・・・【今日のLife Hack:安全な港から船を出せ、貿易風を帆に捕らえ、探検せよ、夢をみよ、発見せよ】<1泊7万円のホテル「サンクチュアリー・ロッジ」で昼食><外は一転、快晴が雨に・・><ガードレールは一部・・怖っ!><いい感じのお店><絵葉書を・・><縦にすると・・仏像に見える!><日本の温泉街のような感じで・・><列車待ち><マチュピチュに、さようなら!>
May 19, 2013
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こんばんは。2006年5月18日にブログをはじめ、ペルー連載で遅れましたが、7周年を迎えました。皆様のお陰で、総アクセス数が41万、平均163件/日(あっ、昨年より落ちてる!)、開設から2559日、日記記入率99.5%(これだけが自慢で・・)、ほんとうに有り難いことです。長いような短いような7年間、海外へ出かけた時以外はほぼ毎日更新した結果かもしれません。今後も何らかのお役立ち情報を発信致したく、宜しくお願い致します。【今日のLife Hack:様々な分野の知識を増やしていけば、それを自分の中で組み立てたり、自分の考えに取り入れたりして、新たなものを創造することができる】
May 18, 2013
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スペイン軍はインカの都市を破壊しつくしましたが、ここだけは見つかることなく無傷のまま残った。スペイン軍の侵攻でマチュピチュも放棄され、400年の眠りから覚ましたのは、アメリカの歴史学者、ハイラム・ビンガムが発見した時。しかし、当初ビンガムは、この都市をビルカバンバだと誤認していた。ビルカバンバというのは、首都クスコがスペイン人の侵攻を受けた後、インカ軍はスペイン人の手の届かないジャングルの奥地に都を移したその名前。残された黄金もその都に移したといいます。しかし、発見されることなく、「伝説の都」となっていたのを、沢山の人が探しました。ビルカバンバに関する古い記録に、「非常に高い山の上の頂にあり、精巧な技術で建造された壮大な建物がそびえ立つ」という一文にヒントを受けたビンガムが、草に覆われた段々畑をよじ登り、マチュピチュを発見したのは、1911年7月24日。こうしてマチュピチュは、400年に及ぶ眠りから覚めたのです。当初ビルカバンバと思われていたマチュピチュも様々な疑義から、そうでないとされ、今では、ビルカバンバは更に奥地になったことが分かっています。しかし、誤認であれ、失われた空中都市を発見したビンガムの功績は変わりません。いよいよ、遺跡の中・・・入口の門から入る。遺跡を段々畑が囲んでいるのがよく分かる。そして、職人が石を加工したり居住していた空間や、太陽の神殿、声がエコーする不思議な部屋、日時計だと言われる岩、コンドルの神殿も現れた。「太陽の神殿」には東に向いた二つの窓、一つの窓は冬至、もう一つは夏至に太陽の光が入る設計。そうそう、コカの木も植えてあった。「マチュピチュ」、その素晴らしい光景に魅力は尽きない・・・。【今日のLife Hack: 旅の効用とは、現実を直視することによって想像力を抑えること 】<いよいよ・・・入口の門から入る><遺跡を段々畑が囲んでいる><職人が石を加工したり居住していた空間><太陽の神殿><コカ><声がエコーする不思議な部屋><中央に石切り場が見える><日時計だと言われる岩><コンドルの神殿><終了・・・>
May 18, 2013
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いよいよ、マチュピチュのあの有名な風景を求めて・・おっと、その前にトイレ・・・ここは有料で1ソル(約40円)・・領収書が出たのに驚き!。この日も快晴、絶好のマチュピチ日和、上る、上る、少々汗ばむ位の気候が最高!。そして、ついにあの風景「天空聖殿」、標高2,430mにある15世紀のインカ帝国の遺跡。1911年にアメリカの探検家ハイラム・ビンガムによっては発見され、1983年にマチュ・ピチュの歴史保護区が複合遺産として世界遺産に登録された。この遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっていて、遺跡の面積は約13平方キロm、石の建物の総数は約200戸も及ぶという・・。凄い!。太陽、虹、霧、風に囲まれ、人々は断崖上の都市でどのように暮らし、何を祈っていたのだろう。ここで食事をしたり、ワインを飲んだりしたいが・・・もちろんNG。美味しい料理やお酒に相応しい・・モデルのようなきれいなお姉さんはいましたが・・。【今日のLife Hack: どんな旅にも旅行者自身も気づいていない秘密の目的があるもの 】<入口にある有料トイレ><トイレ、1ソル(40円位)の領収書が出たのに驚き!><有名な風景をバックに・・・これが合成写真に見える・・・><小屋の上に復元した茅葺屋根を乗せている><儀式の岩><モデルさんでしょうか・・?>
May 17, 2013
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1日目の夜は寝ずに3時出発、2日目の夜は遅く寝て翌朝4時起き・・・旅に出てはじめて早めに床に就いたせいか、翌朝は6時前に目覚め、外を見ると雨が降った跡が・・その為か、空は晴れ渡り・・・快晴!・マチュピチュ日和!。5時から開いているという、レストランへ向い・・・そして、ゆっくり朝食。部屋に戻りNHKが受信できると聞き、探せず現地のニュースを見ると、クスコで事件があったらしい。ホテルを出発、坂を下ると、ここにもアルマス広場があり、初代皇帝Manqu Qhapaq像と一緒に撮影。そして、いよいよ出発・・・と思いきや、市場でちょっと見学、果物がおいしそう。マチュピチュ行きのバス乗り場に着くと、長い行列、チケットを渡され最後尾に並ぶ。バスはメルセデス・ベンツ製でボディには、あの有名な風景がラッピング、いい感じ!舗装されていない凸凹道でガードレールも少なく、よく落ちないものだと感心。バスに揺られること30分、やっと入口に到着、1泊7万円のホテル「サンクチュアリー・ロッジ」の前。・・本日のニュース(2013年05月16日11:00)によると、「 マチュピチュで日本人亡くなる!死因は高山病?インカの呪いか… 」ワイナピチュに登山し、下山後に遺跡内で倒れて頭を打ち死亡し、心臓発作を起こしたらしい・・ご冥福をお祈り致します。【今日のLife Hack:旅行をするのなら覚えておいてほしい。外国とはあなたが快適に過ごせるように作られているのではなく、現地の人々が快適に過ごせるように作られているのだということを。】<これが理想ですね><ホテルの外観とロビー><朝食><日本のNHKが探せず・・・前日のクスコで事件が・・危なかった?・・><ホテル前の坂道がいい感じ><アルマス広場の初代皇帝Manqu Qhapaq像><市場><バスを待つ長い列とチケット><有名な風景がラッピングされたベンツ製バス><バスは、狭く・凸凹・ガードレールも少ない道を走る・・そして対向車も・・><マチュピチュに最も近い宿泊施設、一泊7万円とか・・・>
May 16, 2013
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マチュピチュ村に着き、お宿は、「エル・マピ・ホテル・マチュピチュ」・・・3星のようで・・。そして夕食はペルー名物料理「ロモサルタード」(牛肉と野菜炒めペルー風)この頃には、高山病か二日酔い?の妻も体調回復、凸凹道で不調だった私も快適な列車で良好に・・・・・翌日は、いよいよ憧れの「マチュピチュ!」私は「クスコ・ビール」、妻は「インカコーラ」(前夜、ピスコサワーで失敗)で、乾杯!!因みに、インカコーラは黄色のコーラで、甘味が強く炭酸はあまり強くない。ペルーの飲料で、コカ・コーラをおさえてペルー国内シェアNo.1のコーラ。コカ・コーラ社がどうしてもインカコーラに勝てず、リンドレー社に3億ドル出資しジョイント契約、コカ・コーラ社はペルー国外でのインカ・コーラの製造販売権を取得したという。【今日のLife Hack:見知らぬ街で自分が全く孤独だと気づくことは世界でもっとも歓喜なことの一つ】<エル・マピ・ホテル・マチュピチュ><広い部屋><最後は、コカ茶・・こんな感じ・・>
May 15, 2013
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アルマス広場の次は、いよいよ、3つ目の世界遺産「マチュピチュ」へ移動。インカ道を除けば、バスと列車を乗り継ぐのが唯一の方法だという。今年の2月9日、ポロイ発マチュピチュ行きの列車が途中のがけ崩れで引き返し、11日はウルバンバ川の水かさが増した為、危険回避で全便運休になったのは記憶に新しい。・・そうならなかっただけでも幸運に感謝で・・・クスコから4時間半ほどの旅、バスでオリャンタイタンボ駅へ向かい、ここで天望列車に乗り換え。列車「INCA RAIL」は、ウルバンバ川に守られた聖なる谷を越える。ワイドな天望列車の車窓に広がるアンデスの雄大な景色を眺めながら、ツアー仲間との会話が弾む。途中、飲み物がふるまわれ、私は、コカ茶を注文・・・普通のお茶の味・・。しかし、日本への持ち込みは禁止です。【今日のLife Hack: 食べ物を拒絶し、習慣を無視し、信仰を恐れ、人々を避けるのならば、家にいたほうがましである 】<オリャンタイタンボ駅で乗車><天望列車、これに乗車・・近寄り過ぎて注意され・・・><コカ茶><外に身を乗り出し撮影した一枚・・傑作?><マチュピチュ駅到着><待合室><駅の外に>
May 14, 2013
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クスコの散策は続き・・・いよいよ、ここも有名な「アルマス広場」。「アルマス」とはスペイン語で「武器」の意味、植民地時代に警備する兵士や彼らの武器に由来する。この場所はインカ時代からクスコの中心で、インカ時代の重要な建物を壊して建てられたもの。その一つ、広場南東に「ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会」、ファサード(正面デザイン)が美しい。第11代インカ皇帝ワイナ・カパックの宮殿跡に建てられた。イエズス会をスペイン語で表現すると「ラ・コンパニーア・デ・ヘスス」、イエズス会が造った教会。広場の北東側には「カテドラル」(大聖堂)がある。インカ時代、この場所にはビラコチャ神殿があり、スペインによるインカ征服(1533年)後、1550年から建設が始まり、100年を要して造られた。征服者スペインはインディオの文化を物質的にも精神的にも消し去ろうとしたという。・・ここで妻の具合が・・高山病だろうか、前日の酒(ピスコサワー)のせいだろうか・・。運悪くここで昼食、当然、妻は何も食べられず・・・私は前日の乗り物酔いがなんとかは回復・・。生演奏付きで、この地で聞きたかった「コンドルは飛んで行く」(El Condor Pasa)が良かった。つい、彼のCDを買ってしまった。・・・サイモンとガーファンクルが歌わなかったら・・・。【今日のLife Hack: 心を豊かにすることなしに頻繁に旅にでたとしても、それは単に会話が豊富になるだけである 】<ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会><カテドラル(大聖堂)><アルマス広場><昼食><生演奏、「コンドルは飛んで行く」(El Condor Pasa)>
May 13, 2013
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クスコのサント・ドミンゴ教会の次は、ロレント通りやロカ通りを散策。石畳の細い路地「ロレト通り」に入る。見事な石組みの壁が200m以上に渡って続き、インカ時代の雰囲気を残す通りで、インカの時代、インティ・キジュ(太陽へ向かう道)と呼ばれ、その先には太陽の神殿があったという。また、あの有名な「12角の石」に触れることもできた。中央の大きい石は12角形に切られ、インカ時代の石造技術で精巧に隣の石と組み合わされている。・・インカ文明は車輪も鉄器も馬や牛、文字も無い文明だが、素晴らしい石造建築を残している。【今日のLife Hack: 観光客は自分が訪れたであろう場所が定かではなく、旅行者は自分が訪れるであろう場所が定かではない 】<12角の石><ロカ通り>
May 12, 2013
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インカ帝国の天空都市「クスコ」、ガイドさんはタレントの「ぐっさん」(山口智充)の雰囲気。広島「原爆ドーム」の近くで7年間フランス料理のシュフの修業をしたとか・・それでは食えず・・。なかなか流暢な日本語で解説、時々、我々を笑わせてくれた。そこでガイドレシーバーを付け、聞いた彼のアドバイスは・・・ゆっくり歩く、水分を補う、食事はひかえめ、酒やタバコも控える・・そう、ここは高知、いや高地。標高3400m!・・この後、富士山(3776)より高いティカティカ峠3850m地点へ行くのですが・・。因みに、飛行機から見えた万年雪の山は5400m、ブラジルとの国境、アンデスは7000mだという。段々でなく、飛行機で一気に移動し体が慣れないのが危ない、それも3~4時間後に現れるとか・・。とりあえず、コカ茶、コカ飴を飲んではみたが・・・スペルはCoca、コカ・コーラとは関係ない。「ナスカ」(NASCA)に続いて、ここ「クスコ」(CUSCO)も世界遺産。クスコは11~12世紀頃に建設、太陽神崇拝のインカ帝国の都として栄え、ケチュア語で「ヘソ」の意。インカ帝国は1430年代頃から1533年スペイン人ピサロによって滅ぼされるまで存続。征服者たちは、コリカンチャと呼ばれる太陽の神殿を壊し、上部に建てたのがサント・ドミンゴ教会。神殿内は黄金で埋め尽くされていたという。(Iglesia de Santo Domingo)(コリは黄金、カンチャは部屋・囲い場の意味)インカの世界は三層、コンドルが守る天上の世界、ピューマが守る地上の世界、蛇が守る地下の世界。遠くの山に文字と絵が・・・「VIVA EL PERU」( ペルー万歳)、右はペルーの国章。国章にはペルーの特徴を表す3つのものが描かれている。・ビクーニャ(左上):アンデス地域に生息するラクダ科の動物で世界一の高級毛。・キーナの木(右上):ペルー・熱帯雨林原産の樹木で樹皮からはマラリアの薬が採れる。・角の飾り(下):金貨と銀貨が流れ出ている角、豊富な鉱業資源の豊かさの象徴。 征服者が建てた教会・・心情的に抵抗はありますが、素敵です・・これも歴史で・・・。【今日のLife Hack: 旅とはどこかに辿り着くことが重要なのではない 】<サント・ドミンゴ教会><3つの窓が同じ高さにある壁、台形の穴が次の、次の次の壁の穴にぴったり重なる><インカの世界観が描かれた金の板(レプリカ)><遠くの山に文字と絵が・・・><拡大すると・・>
May 11, 2013
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前日の3時出発よりは遅いが、この日もハード、4時起床、リマの空港へ向かう。辺りがまだ暗い中、バスは街中を都バス・・いや、飛ばす。リマ空港で、国内線に乗り換え、ちょっと小さな「AIR PERU」。これが快適、今回の旅でもっとも気持ちの良いフライト。上空で何の心配もなく、無事クスコの空港に到着。さっ、「クスコっ!」、「クスコっ!」【今日のLife Hack: 旅をするということは風景を見る以上の意味がある。それは、生き方を考える中で深く永続的に続く変化のことである 】<4時置き、リマのホテルを出発><小さな飛行機、これが快適!>
May 10, 2013
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ナスカの地上絵の上空で気分を悪くしたまま、次は、バスに揺られて、チャコ海岸へ。サザンの歌に「チャコの海岸物語」とは違うと思うが・・・。海風が吹いて、いい感じ・・でも、気分が優れない・・・。そして海岸沿いのレストランで昼食、セビーチェ(シーフードのマリネペルー風)を、そしてデザートのルクマ・アイス、これは美味かった。これで、気分が少々回復・・・。夕方、ホテル・ブリタニア・ミラフロレスに到着、そして夕食、飲み物はビール「CRISTAL」とお酒「ピスコサワー」セスナの飛行場があったピスコでは飲めなかったが、ここでやっとピスコサワーを。ピスコ(ブドウを蒸留してつくるペルーのブランデー)に、卵白、レモンジュース等を混ぜたカクテル、アルコール度数40%以上、とても、きついー。それでも、妻は・・飲んだ!のであった。・・・翌日、これが原因かもしれない事態が起こるとは・・・【今日のLife Hack:本当の旅人は決まった計画など持たず、どこかに辿り着こうという執着も持たない】<チャコ海岸><昼食、店内はいい感じ><セビーチェ><デザートは、ルクマ・アイス><ホテル・ブリタニア・ミラフロレスに到着><ホテルで夕食、飲み物はビール「CRISTAL」と「ピスコサワー」><デパート散策><シンドラー製のエレベータ><ホテルの無料パソコンは、勿論、日本語入力が出来ず、日本語表示も出来なかった>
May 9, 2013
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ナスカ川とインヘニオ川に囲まれた高原の地表に描かれた、世界遺産「ナスカの地上絵」の上空に。ピスコでセスナに乗る時、機長にチップを渡したこともあり、右に左に旋回を続ける大サービス。乗り物に弱い私は、限界を越え、右手のカメラは離さず、左手にエチケット袋を携え、最悪の状態で、「ナスカの地上絵」を鑑賞?しながら、画像と動画を撮影。地上絵の数は約700、幅30cmで深さ5cmの線で、大きさは30m~300mもあるという。絵は色分けしてあるわけではなく、同色の邪魔な線が沢山あり、窓も汚れ、一瞬では分からない。はっきり分かったのは、宇宙人とハチドリ程度、他はアナウンスに合わせて地面を撮影するだけ。「ハチドリ」は、最も美しいとされる地上絵で全長96m、翼は66m、嘴は40m。嘴が接する線は、夏至の日の太陽を指すという。いずれ、2000年前、どんな風に描いたのだろうか・・・思いは古に・・・そんな余裕は無かった。当然、絵が「一筆書き」かどうか、確認することもできず・・・。昨日、撮影した画像を探してみると、現地で分からなかった「木」、「手」と「オウム」を発見。・・こんな確認の仕方で、見たことになるのだろうか・・現地で感動で見て感動したかった!!。一瞬しか味わえない世界遺産は他にあるのだろうか・・・?・・・時には・・・人によっては・・・見逃したり、確認できなかったり・・・これも運か・・?30分掛けピスコに戻ったら証明書が渡された・・あれっ、4月が「Abril」・スペイン語はbなんだ!また「地上絵の母」、研究に一生を捧げたマリア・レイという女性研究家の名を知りました。【今日のLife Hack: 目的地というのは場所ではなく、物事を新たな視点で見る方法である 】<これで、分かりますか?><山の麓を拡大すると・・・宇宙人!><これは、分かりますか?><最も美しいとされる全長96mのハチドリ、翼は66m><昨日見つけた「オウム」><これも、昨日見つけた「木」と「手」><4月をスペイン語で「Abril」という、エイプリルではない><タクシー?>
May 8, 2013
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日本から数十時間、充分な睡眠が取れず、現地時間の真夜中1時半にやっと「リマ」のホテルに到着・・したのに・・朝3時、ナスカの地上絵を観る為、ピスコへ向かって出発。ハード~~!・・。4時間弱走り、7時前に飛行場に到着。ここで、驚いたのは、受付カウンターで乗客の体重を測ること。12人乗り用セスナなので、バランスが崩れるのを事前に防止するらしい。あれっ、機に乗り込むと、自由席・・・体重による指定席が割り当てられると聞いていたが・・・片道フライト30分、ここでナスカの地上絵を見られるのだという。・・・つづく・・【今日のLife Hack:旅とは結婚と同じようなもの、コントロールしようとするのは間違いである】<バスの時計は3時7分><4時間弱でピスコの飛行場に到着、快晴!><簡単な地図><12人用セスナ機><機内は、こんな感じ><片道、約30分のフライト>
May 7, 2013
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アトランタで2時間ほど待ち、またデルタ航空で、ペルーの首都リマへ。また食事、映画、居眠りで、時間を潰す。ほんとうに遠い。約7時間後、窓の外に街灯りが見えてきた。「どこに着いたか?」、「リマでしょう!」(笑)ホルヘ・チャベス国際空港で出国手続きを済ませ、迎えのバスに乗り込む。お宿は「ホテル・ブリタニア・ミラフロレス」事前に知らされていたが、この地で驚くのは、使用後のトイレット・パーパーが流せない事。空港もホテルも、その近くにそれ用のゴミ箱が置いてある。・・・また、紙の無い公衆トイレも多く、トイレット・ペーパーと軍手を持参した海外旅行は、はじめて!。【今日のLife Hack: 旅をすることは、他国に対する間違った認識に気づくことである 】<乗り継ぎ待ちのアトランタ空港><アトランタ空港、離陸><007、ボンド・カー特集の番組を見ながら><まもなく、リマ><リマの街灯り><着いたのはどこでしょう?、リマでしょう!><ウエルカムの大きな文字は有り難い><リマのホルヘ・チャベス国際空港><迎えのバス><ホテル着(ブリタニカ・ミラフロレス>
May 6, 2013
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4月28日、デルタ便で成田を飛び立ち、「3泊7日ペルーの旅」へ。機種はボーイング747、離陸失敗に遭遇したことはないが、成功するまでいつも緊張する。2回の機内食、映画(トム・クルーズ主演のアウトロー< Jack Reacher >・・・)、睡眠で時間を潰す。出発から約14時間、ペルーへの直行便が無いため、中継地のアトランタ空港に到着。トランジットのみだが、1975年以来、38年ぶりのアメリカ本土。懐かしい・・・初めての飛行機、初めての海外・・あの頃は若かった・・・妻も・・・。【今日のLife Hack: 世界は一冊の本のようであり、旅をしない者は本の最初のページだけを読んで閉じてしまうようなものである 】<ツアーのサービスの一つ、有料VIP待合室の無料使用><B747に搭乗><飛行場へ向かう途中、京成線から見えた光景を再び、上から・・><トム・クルーズ主演「アウトロー」を見ながら食事><どこまでも、翼の先に月が付いて来た・・・><アメリカ大陸><ロールス・ロイスの映像を見ながら食事><無事、アトランタ到着><アトランタと名前の入ったお店を>
May 5, 2013
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おかげさまで、ペルーから、ぶじ もどり ました。るすちゅうの、ごほうもん、ならびに、コメント、ありがとうございました。あす から、ほんかくてきに はじめます。よろしく おねがい いたします。こんな ふう に ひらがな・カタカナで かく ため 50おん・ひょう を じゅんびしたのに、にほんご の にゅうりょく は もちろん ひょうじが できないの で あきらめ ました・・。(あせ)FM ilocecb
May 4, 2013
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"Machu Picchu" no tsugi ha Sekai-isan no "Lima" no kyu-shigai.Inishie no miyako ga sono mama nokotte iru tokoro mo ari, miryokuteki!!.FM olovecb
May 3, 2013
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Kyou, tsui ni akogare no "Machu Picchu" he.Kou-un ni mo sora ha hare-watari,subarashii koukei wo manoatrini suru kotoga dekimasita.Kansya! desu.Kangeki! desu.FM ilovecb
May 2, 2013
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kesa 4-ji oki de "Lima" wo shuppatu."Cusco" ni tsuku to "Kozan-Byou" no senrei wo.Soshite "train" de "Machu Picchu-mura" touchaku.Asu ha akogare no ano yuumei na "Machu Picchu"FM ilovecb
May 1, 2013
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