今が生死

今が生死

2009.07.22
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カテゴリ: 読書
芙蓉:アオイ科 落葉低木、中国原産、花言葉「しとやかな恋人」「繊細な美しさ」「富貴」
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明治45年東雲堂発行の「悲しき玩具」(定価50銭)の復刻版を読んだ。石川啄木は明治45年4月13日午前9時30分に28歳でその生涯を閉じた。その4,5日前に友人の土岐哀果が病床を訪れた時、金がないので大学ノートにしたためてある、短歌を東雲堂と交渉して本にするように頼まれた。その時元気になったらあれもしたいこれもしたいと言っていたが結局死後の発刊となってしまった。

その歌集は194首を収め、「一利己主義者と友人との対話」という会話形式のエッセーと「歌のいろいろ」という朝日歌壇の選者だった頃、朝日新聞に連載された感想文も巻末に収録されていた。

啄木には明治43年発行の歌集「一握の砂」定価60銭、551首収録、もあるが、その歌はいずれも時代を超えて老若男女全ての人の心に響き、感動させられれる。
5,7,5,7,7の31文字にその感情や情景を表すことにかけては当に天才だと思う。

その大天才が書いた「一利己主義者・・」と「歌の・・」はさぞかし素晴らしいかと思いきや全くの駄文と感じられた。短歌における大天才も文章を書くとなると文人の中では平均以下ではないかと思われた。

石川啄木は短歌における大天才である。今までもそうだったし、これからもずっと多くの人の心を魅了し続けると思う。しかし生活力、金を稼ぐこと、広く交際する能力、文章を書く力などはその天才とは全く別のものだと思われた。

スポーツの天才、音楽や絵画の天才、手術の天才等がいるが、スポーツや芸術、手術の全ての分野で天才ではない。手術でも脳外科手術は天才でも、胃の手術は平均以下ということもある。水泳の平泳ぎの天才でも飛び込みは全くだめということもある。

私たちは凡人で、「天才はすごいなあ」と思いがちだが、それは極めて狭い範囲の才能のことが多い。だとすれば我々凡人も、何かうんと狭い範囲なら天才と呼ばれてもいい才能を全ての人が持っているのではないかと感じた。





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Last updated  2009.07.22 19:24:01
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