『印度式』生活
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自分の誕生日から三ヶ月あまり、今日ラジオがきっかけで調べものをしていて、カレン・カーペンターよりひとつ年上になっていたことに今更気付いて愕然とする。あんなに大人に感じられ、それでも若すぎる死は果てしなく惜しまれるわけで。トラブルに見舞われながらもつつがなく生きることは、なんとなく出来ることではないようにも思える。まあ、神様が呼び戻したくなるほどの無欲で尊い心に達していないだけなのかもしれない。若い頃は、才長けて早世するひとに心惹かれてしまうことが多かった気がするが、今は大事なひとには呆れて笑ってしまうほど長生きして欲しいものだと思う。きっとそれは自分のためだ。時系列の未来にはさほど興味が持てなくても、誰かの明日がどうなるかはやはり気になるものだから。生きることが観念的過ぎる時代だ。理由がないことに懸命になれないし、絶望には説得されやすい。眉をひそめて世に溢れる不幸せを左見右見して、「だから人生なんて愚かでつまらない」という証拠集めばかりをしてしまう。母になったひとは、「子供が高校を出るまでは元気で生きないと」と言う。こういうシンプルな動機には、ごてごてした理屈は歯が立たない。生きる理由は、箴言のような洗練された台詞で言い表せるものではないのだろう。生きる不安は、薄っぺらい励ましで解決されるものではない。検索して出てこないものはこの世にないものだと思い込むひともいるのだろうか。便利な道具もなにもなかった頃に、そこそこ大人になりかけていた私には、手探りでなんとかなりそうな将来を描いていた記憶もなくはない。時は流れ、フォーカスが甘い画像はその場で削除していくようになり、適当な夢も描きにくくなってきた。さりとて、何かと軽んじられがちな自分を疎ましがってばかりいるのにも疲れる。私にとっては「親がいるうちは」というより、もう少し先に目的地を置くために、今日という日がある。つくづく勝手な話だけれど。 無様でもごりごり生きよ君のため いざ争わん庭の桜桃 Wow / 槇原敬之↑本日、39th Birthdayおめでとうございます。
2008.05.18
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