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2009年、あけましておめでとうございます!!旧年中、本ブログへのご訪問ありがとうございましたm(_ _)m今年もお付き合い頂ければ幸いと存じます。 今年一年が皆様にとって良き年であることを願います。
2008/12/31
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センター試験が終わるまで、ブログは休もうと思います。てか、いまもう既に更新が亀ですけどね。 直ぐに前言撤回して、日記書いたりしてるかもしれません。 1月18日以降に、センターの報告に上がります。 しばしのいとまをいただきます ノシ
2008/12/23
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今日は朝っぱらから父と大喧嘩しました。 朝起きると既に父が飯を食っておりました。 自分も飯を盛ろうとすると、おひつに十数のご飯粒が残っていました。そして、炊いたジャーのご飯の方にシャモジが置いてありました。自分は日頃より、ご飯は無駄にしないことを信条としています。それがお米に、農家に、準備してくれた母に対する礼儀だと思うからです。それにおひつのご飯はまだ食べられます。当然のごとくおひつの方の残ったご飯をもっていると父が、「そんなもんわざわざ食べなくていい!!」 といつもながら傲慢な言い方をしました。父は、わざわざジャーの方にシャモジを置いておいたのに、自分がそんなことをするのが気に食わなかったのでしょう。自分は首を横に振り、「ご飯を残すなんてできない」ということを言いましたが、一度口にした言葉は撤回しない父のこと、半ば主張の非を感じても余計頑なになり、「いいから!人の言う事に一々文句つけんな!!」と、これまた口癖を披露してきます。こっちは良くないから言っているのに、一方的に議論を勝利しようする、頑固者の典型です。こうなるともう、何を言っても聞き入れられないのは、多数の前例によって明らかになっています。朝から口論をするのは気力体力の無駄である、そう考えここは大人しく引くことにしました。昔ならこの時点でケンカしてたのが、僕も大人になったなどと、思いつつ、ご飯を食べ終わりました。そのとき、先に食べ終わっていた父が自分のぶんの洗い物をしていました。自分は極力邪魔にならないように食器を下げましたが、洗っているところに置くな、とかなんとか因縁を付けてきます。もうヤクザの如き因縁です。付けられれば何でもいいのか!? さすがの自分も我慢の限界です。ふぐば「一々文句付けてくんのはそっちだろ!」そこから議論は件の米事件へ。父「こっちは親切で、あの米はもういいって言ったんだろ。もうベチャベチャだったんだ」ふ「お父さんが食べたくないなら、それは好きにすればいい。僕は食べれると思ったから食べるまでだ。これは僕と米との関係だ」父「ふざけんな、俺とお前との関係だろ」ふ「これは個人の価値観の問題だ。いわば宗教性の違いだ。米を残すなんてできない」父「なんだお前は、歯磨きもサボるくせに!」ふ「今は関係ないだろ。その話をしてるんじゃない。それに朝洗面所被るから嫌だったんだよ」父「何言ってんだ、気ぃ遣ってずらしてやってるだろ、人のせいにするのもいい加減にしろ!」ふ「はぁ…それはすぃませんねぇっ」父「そんな自分のこともきちんとしない人間が、米一粒?それで格好いいつもりか?恥を知れ!」ふ「恥を知れ、だと?そっちこそ恥ずかしいと思わないの?米を残すなんて。失望したよ。お父さんがそういう人だとまでは思ってなかった。」父「そんなこと涙流して主張する事か!馬鹿じゃないのか」ふ「そんなことかどうかは僕が決めることだ」母「やめてよもう、階下の従業員みんなに筒抜けなんだよ」ウチは自営業なんで。 これ以上の議論は時間の無駄と判断した自分は、 ふ「もう言いたいことはない。学校行く。」 父「このままで済むと思うなよ!」もう切り上げようとしたところにこの捨て台詞。ホントやくざかあんたは。カチンと来ました。ふぐ「なにがあるってんだよ!今聞こうじゃないか」 父にはアレがきめ台詞だったらしくもはや自室へ向かって歩き去っていました。 世界には食べる事が出来ず死んで行く人が数多います。我々は日々温かいご飯にありついています。何も、それを放棄し、彼らにご飯をやる、などという偽善的な、非現実的なことをいっているのではありません。食物連鎖の頂点たる人間は、下層の者たちに責任がある筈です。肉や野菜や米、それらの命を問答無用に略奪し、自分たちの都合で生きている我々は、せめて死んだ者に敬意を払うべきです。食べられるものを残すなど、言語道断だと思います。 自分は父に、他人に、その考え方を強いはしません。それもまた彼個人の考え方です。だから、自分の個人的な領域に土足で踏み込んで欲しくはありませんでした。父はそれの分からない人ではありません。カッとなると自分の意見を下げられない人だというだけです。同情の余地はありますが、かといって許すかと言えばそれは違います。 この家に住まうも残り数ヶ月。ここは堪えて、さっさと大学へ行こう。
2008/12/19
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累計四時間ほど近所の書店に居座り、図書館革命を読みきりました。学校の図書館に通っても、いつも借りられていて読めなかったので。量的には、分かりやすく言えばハリーポッターの一冊分よりは多い、くらいですか。買いもせず居座ってすいません。まあ、いつものことだけど。 今日も勉強しなかった。明日はしよう……(これ昨日も言った台詞のような)
2008/12/15
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ついに、念願叶って購入しました!1TBですよ。テラですよテラ。テラウレシス~もう嬉しくって小躍りしたくなります。 なんといってもテラとはbit の2倍のbiteのさらに1024倍のKBのさらに1024倍のMBのさらに1024倍のGBのさらに1024倍なんですから。 てなわけでGoogle電卓に計算させてみました。 2 × 1 024 × 1 024 × 1 024 × 1 024 = 2 199 023 255 552 いちじゅうひゃく…二兆一千九百九十億二千三百二十五万五千五百五十二!!!これだけの数の0と1を区別する情報量が、手のひらサイズで今まさに目の前にあるのです。 これでファイル落としまくり。ネット上が僕のデスクトップと言ってもいいくらい。あとはスペックの高いPCを買えば理想郷桃源郷ユートピアシャングリラに近づきます。やっと「ハードディスクの容量が足りません」という警告メッセージから解放されます。
2008/12/14
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たまには真面目に時事を。有川浩 作、図書館戦争シリーズ。先日紹介しましたがこのシリーズは、検閲の激化した時代に、本の自由を守り戦う、図書館隊の小説です。聞くところによると、昨年上半期売り上げ第一位とか。閑話休題、メディア良化法を盾にえげつない検閲をするメディア良化委員会は、雑誌小説テレビなど、「不適切な表現」を狩っていきます。言葉狩りです。当然マスコミの一部は反発し、批判的な報道をしますね。しかしメディア良化委員会は、自分達に批判的な記事や報道まで統制するようになります。こうなると、言論統制ではなく、思想統制です。図書館だけは、図書館の自由を守る法、図書館法を掲げ、対抗します。相反する二つの法律。ここに、国内で公的機関同士が火器をもって戦う、おかしな構造が生じます。さて御一考。これは勿論フィクションですが、あながち対岸の火事ではありません。日本国憲法は「あらゆる検閲」を禁じているにも拘らず、検閲は確かに存在します。筒井康隆氏は、雑誌出版社が自分の作品の「不適切」な表現を勝手に「適切」な表現に差し替えたことを不服とし、しばらく断筆宣言をしたことがあります。その後、調停を交して和解しましたが、権威ある出版社がこれをする限り、一種の言論統制であり、確かにそういった物は存在するのです。またある出版社は、「狂」という漢字そのものを禁止にしようとしました。愚かしいことです。日本語には、狂おしいほど、とか酔狂など美しい言葉があるというのに。狂言という芸能をなんと言うつもりでしょう。もはや活字やテレビで気狂いという言葉を見かけることは皆無です。第一、今この字を何人「キチガイ」と読めたでしょう。気狂いという言葉は、「気持ちがちがう」という、もともとは優しい言葉なのです。使う者に悪意があるから差別になるのであり、以前はごく自然な日本語でした。今では耳にするたびドキリとするワードです。わざわざ差別語に指定し、差別的意味合いを強めているのです。こうして、誰も使わなくなり、死んだ言葉は過去の遺物となります。図書館戦争シリーズは、こうした構図を批判し、問題提起しています。考えさせられる一冊です。とはいえこの本は、あくまでエンターテイメントに撤しており、読者を飽きさせることなく引き込んでくれます。以前出会った、名前も顔も分からない図書隊員を「憧れの王子様」と、図書館に入る主人公の郁。運動神経抜群で、長身、じゃじゃ馬の彼女は憧れを追い掛け、防衛部へ女子で初の第一志願。そこで出会う鬼教官堂上と何かと衝突するも、ときに見せる優しさに戸惑う。数多起こる事件や戦闘。そういったところはまさに、ベタなラノベのノリです。作者はもともと、電撃文庫の「塩の街」でデビューですし。このノリが一般に認知されたというのは何かこそばゆい気もします。みんな、次に読むべきはこの本です。最終巻は近々発売!それこそ「図書館」で借りてきなさい!以上!
2008/12/13
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有川浩 氏の作品「図書館戦争」シリーズ。大ヒットし、アニメ化も決まっています。学校の図書室に行っても、いつも借りられていたのを先日やっと借り、読みました。今第二巻の図書館内乱を読んでいます。 メディア良化法、日本国憲法の隙をついて、検閲を合法的に行う法。これによってあらゆるメディアが検閲されている時代。図書館の自由に関する法律だけが、それに対抗する条文をもっていた。「好ましくない」図書への検閲と、それに抗し本を守る図書館。図書館は、専守防衛を掲げ、戦闘部隊を持つようになる。 ヒロインの女の子は、過去図書館隊員に助けられたことから、女の身でありながら戦闘部隊配属を希望し、図書館に就職する。そこで出会う厳しい上官の、時折見せる違った一面や、変わったキャラばかりの同僚たち。迫ってくるような戦闘の描写。 オヌヌメです!
2008/12/11
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以前新幹線が開通したときにやって以来、たまに12月に(毎年ではない)、市のホールで第九が演奏されてきました。市町村合併記念のとき、中3だった自分も母が合唱やってる関係で、合唱として出ました。一家4で参加でした。今年はその母だけの参加でしたが、残り3人は客席参加。 やはり、生演奏は違う!いつも勉強中は第九とか聞いてるし、居間でも聞くけど、やはり実際に見て聞くのは違います。そりゃ、市の楽団で、N響や何かには見劣りするかもしれませんが、TVのN響より実際の市民楽団。それに、多分市のレベルでは屈指のうまさですし。指揮者さんはロシアの何とかスキーとかいう人で、ソリスト4人は日本人ですが、実績のある人たちらしいです。よく呼ぶ金あったね。 以前歌っただけに、曲も少しは把握しているので乗りやすく、楽しめました。 もし大学行ったら二度とここの演奏も聞かないし、聞き納めでしたね。
2008/12/07
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いつも通り土曜返上で講習を受けてました。昼時、飯を買いにスーパーへ行こうと外へ出ました。寒いけど晴れてるなぁ……?? なんかほほに当たるなぁ。天気雨?気にせず駐輪所まで靴を直しつつ歩いていると、ぽつ、ぽつ、ぽつ、、、、、だーーーーーーーーーあられが、まさに’あられのように’降って来るではありませんか。土砂降りの雨を全部あられにしたとご想像ください。 いや、痛い。痛いから。髪とかコートとかもう真っ白だから。地面に染み込まず、風が吹くと発泡スチロールのクズみたいなのが大量に舞います。壮観。息が上がって、口で息をしていると喉に直接入り込みます。「うぐぁ!」みたいな声を思わず漏らします。誰も見てない。 痛みに耐えつつもスーパーにつきまして、昼を買いました。学校へ買えるべく外に出ました。「お、晴れてるじゃん。ラッキー」 自転車にまたがります。すると、狙い済ましたかの様にあられ。また本降りのあられ。 何の因果??? 再び 目や口に氷の粒を投げつけられながら帰りました。
2008/12/06
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あるトレントをDLしていて起こったこと。 これはひどい。まてど暮らせど30.5。誰も彼も同じ分のデータしか持ってないのだったら、一生かかっても終わる筈がありません。 なんてこったい。
2008/12/04
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今日は受験前最後の三者面談でした。教師の一言一句に一喜一憂してました。 実際今までの模試ではA判定かB判定できているのですが、仮にA判定でも5人に1人の割合で落ちるというし、疑心暗鬼状態です。 ああ、今まで良かっただけに、本番では悪いに違いない…… 去年より難易度が遥に高いかもしれない…… 実は園崎家が古出家と共同で綿流しをしているのかもしれない…… そんなことを考えても無為です。受かるときは落ちるんだし、落ちるときは受かるんだから。ん?何か間違ったか?……まあいいや。
2008/12/03
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