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政府というオオカミ少年は、市場を甘く見過ぎている~2008年3月の証券会社ベアースターンズ実質破綻後、私は次々と政府が出してくる声明や対策を見る度にそう感じていたのを思い出します。アメリカの資産を代表する住宅の価格は既に2006年8月以降下落の一途を辿っており、レバレッジ(自己資本に対する借入比率)の高い順番に危機が訪れるのは明らかでした。これは流動性の危機ではありません。自己資本が毀損、又は債務超過に陥っているのですから、問題を解決しようと思ったら資本を注入するしかないのです。流動性を供給してその場だけしのいでも、資産価格の下落が続く限り、いずれまた危機が到来するはずです。しかし政府は大袈裟に見える声明と流動性供給で、何度も市場を沈静化する事に腐心していたのでした。2008年7月、政府系住宅金融機関に危機が訪れた際にアメリカ政府が金融支援を表明しましたが、結局2カ月後に実質破綻。ベアスターンズ実質破綻後、証券会社に対してあらゆる証券を担保に流動性が供給されるようになりましたが、結局同じく9月にリーマン破綻に至りました。流動性供給が効かないのは当然です。問題は流動性だったのではなくて、資産価格の下落によって自己資本が毀損していたからです。その証拠に、アメリカの金融危機が回復に向かい始めたのは2008年末にかけて次々と大手銀行に公的資金を注入、そして2009年3月、実質的に財務省が大手19行の自己資本を保証する声明を行ったのがきっかけでした。市場は口先の声明や流動性供給だけで騙されるものではありません。実際に資本を投入して、そして今後も必要に応じて投入されると確認できて初めて沈静化するものなのです。最近のギリシャに対するEUの対応を見ていると、まさしく2008年アメリカのデジャ・ヴを見ているようです。EUやIMFは当初450億ユーロの金融支援で市場を落ち着かせようとしたものの、到底足りない事を市場に見透かされ、結局約3倍に増額する事になりました。そして金融支援が決定すればあたかもそれで問題が解決したかのように、声明を発表。直後こそポジティブな反応が見られましたが、市場はそんなに甘いものではありません。何故なら、ギリシャの根本的な問題が流動性ではない事を市場は知っているからです。ギリシャのような事態は、ユーロ発足当時から指摘されていた問題です。加盟国が危機に陥った際にどうするか、問題のない時にこそしっかり話し合って、政治的に枠組みを形成しておくべきだったのです。しかしユーロは見切り発車、これまで問題が顕在化しなかったのは単にラッキーだっただけです。これは正に、アメリカで政府系住宅金融機関が危機に陥った時にどうするかを決めずに放置し、住宅価格が上昇し続けてきた約35年がたまたまラッキーだったというのと同じです。解決策を決めないまま問題が顕在化したので、これまでラッキーだった分のツケを払わないといけない、今はそういう状況です。今年、次々と国債の満期が到来するギリシャにとって、取り急ぎ流動性も問題の一つでしょう。しかし根本的に、何故流動性が問題になるような信用不安が起きているかというと、民間企業で自己資本に相当する、財政に健全化の見通しが立たないからです。ギリシャで学校の先生や病院の看護婦、空港の職員がストライキに入っている最近の映像を見れば、とても金融支援だけでこの問題が乗り切れるとは思えません。究極的には金融支援ではなく、資本を注入するような事をやらないと市場は落ち着かないのではないでしょうか。しかし当然の事ながら、ユーロ加盟国から、ギリシャという他国に対して資本を注入するようなコンセンサスが得られるわけはありません。そもそもユーロ発足当時から、そのような義務はないのですから。むしろユーロというシステム自体の弱点を突く形で「次のギリシャ」に飛び火する可能性の方が高いのではないでしょうか。このような問題が起こった時に典型的なのは、第一に、政府は口先で市場にメッセージを発し問題を沈静化させようとします。第二に、出来るだけ金(財政)のかからない解決策を模索します。今回のギリシャのケースでは当初発表された450億ユーロの金融支援がこれに当たります。第三に、市場にそれだと不十分と見透かされ、大幅増額を余儀なくされます。アメリカで政府系住宅金融機関が実質破綻する2カ月前、ポールソン前財務長官はこう発言しました。「(政府が)バズーカ砲(巨額の金融支援)を持っている事を市場が知れば、結局はバズーカ砲を使わなくて済むものだ」。しかし2008年アメリカの場合、結局第四は公的資金注入でした。厄介なのはこの間、政府というオオカミ少年によって、あたかも問題が解決したかと市場が錯覚させられる場面が何度も訪れる事です。このような時に必要なのは、根本的な問題が解決したか、しっかり見極める事なのです。その点でギリシャ問題は、正に2008年アメリカのデジャ・ヴを見ているようです。(2010年5月4日記)堀古 英司Horiko Capital Management LLC
2010.05.06
4月16日、米証券取引委員会(SEC)は証券大手ゴールドマン・サックスを証券詐欺の疑いで提訴、これを受けて同日の米株式相場は金融セクターを 中心に大幅下落となりました。SECによると、ゴールドマンは投資家に、通称アバカスと呼ばれる擬似CDO(債務担保証券)を販売する際、その裏付けとな る資産の選定において、当該資産価格が下落する事によって利益が得られる立場の者が関わっていた事を開示する義務を怠った、結果的に投資家は10億ドル強 の損害を被った、という容疑になっています。 最悪敗訴となった場合でも、10億ドル強だけであれば今のゴールドマンにとっては十分対応可能な金額でしょう。またこの擬似CDOは私募で、機関投 資家などの有資格投資家に対してしか販売されておらず、投資家サイドが精査を怠ったという責任も否めません。さらに、利益相反関係にある者が資産選定する 事によって、より擬似CDOの価値が下落する可能性は高まったかもしれませんが、いずれにしろサブプライム危機は訪れ、この擬似CDOが紙くず同然になる という結果は変えられなかったはずです。このような中、アメリカでも何故、市場がこれほど反応するのか疑問の声が上がっています。私の知っている範囲でそ の理由をご説明したいと思います。 2006年末と言えば、ちょうど当社でも来るべき住宅バブルの崩壊に対し、どのようにファンドを守るか施策を練っていた頃でした。住宅価格は既に 2006年8月にピークを打ち、その先行指標である住宅建設会社の株価は既に2006年春以降右肩下がりで、バブル崩壊が刻々と迫っている気配が感じられ ました。しかし実際の所、住宅価格下落に対してヘッジする手段というのは極めて限られているというのが当時の結論でした(結局2007年春に金融保証会社 モノライン2社の空売りを開始しました)。恐らくウォール街の証券会社や他のファンドも、来るべき住宅バブルの崩壊に対しどのように会社を守るか、ファン ドを守るか、その施策に腐心していた事は容易に想像が付きます。ゴールドマンにとって、その手段が前出のアバカスだったのでしょう。 私が知る情報の範囲では、アバカスは正に、ゴールドマンが来るべき住宅バブルの崩壊に対し会社を守るために組成した商品であったと認識しています。 住宅バブルの崩壊に対し会社を守るため、住宅バブルが本当に崩壊した時に大きな利益が生まれるような商品を用意しておく必要があったのです(実際、他の商 品等も駆使し、結果的にゴールドマンは今回の住宅バブル崩壊による悪影響から見事に逃れています)。しかしゴールドマン自身が証券会社である限り、ここで 利益相反が生じます。即ち、ゴールドマン自身が住宅バブル崩壊によって利益が生まれるようにするには、住宅バブル崩壊によって損失が生まれる商品を投資家 に販売しなければなりません。 大きな視点で見て利益相反が生じているのだから、個別案件を見ていけば証券取引法違反が見つかるはずだ……これがそもそもの当局の見立てなのだと思 います。そして調査を進めた結果、今回の立件に至ったというのがこれまでの経緯でしょう。とすれば、今回の立件は単なる第一弾である可能性が高いという事 になります。SECで仕組金融商品部門が発足したのは今年1月で、同部門にとってはまだ立件第一号です。さらに、唯一訴状に名前を挙げられた従業員は31 歳で、とてもSECが狙う本命とは思えません。むしろ司法取引をちらつかせ、さらに大きな不正や大物の摘発につなげようとしているのではないでしょうか。 もちろんゴールドマンとしては、特に今回のように利益相反を疑われかねない案件においてはコンプライアンスに万全を期しているはずで、簡単にSEC の勝利というわけにもいかないでしょう。しかし、今回の立件によって、他の新たな訴訟を招く可能性が高まりました。精査を怠っていた事を世間にさらされる のが恥ずかしいと考えていた機関投資家も、相手が証券詐欺の疑いと見れば態度を変えてくるでしょう。またアメリカの歴史上、SECと「断固として戦った会 社」にあまり良い結末は訪れていません。これらが、市場が「額面」以上に反応している背景と見られます。 思えばサブプライム問題に始まる一連の金融危機の中で、住宅ローン会社、モノライン、証券会社、銀行などバブルに踊った主体はその度合いに応じて負 担を負わされました。一方でその例外が格付け会社とゴールドマン(納税者による間接的救済によって)というのは共通認識だと思います。新金融規制導入を前 に、当局がその帳尻合わせに動き始めたという事ではないでしょうか。 (2010年4月17日記) 堀古 英司 Horiko Capital Management LLC
2010.04.19
私はしばしば経済関連のメディアに出演させていただく事がありますが、エコノミストでも経済評論家でもなく、本来専門は金融です。ただ、メディア関 連の方からは金融を映像や音声にして伝えるのは非常に難しいとよく聞きます。従って経済番組と言っても、自ずから内容は産業中心になってしまうのだそうで す。 例えば2009年の5-6月、GMやクライスラーが破綻して、日本でも大騒ぎになりました。しかしGMやクライスラーの破綻については、既に前年 2008年7月大阪での楽天証券講演会で申し上げていた通り、金融市場の状況を見る限り時間の問題と考えていました。我々にとっては、リーマンは証券取引 委員会に決算資料を提出した2008年4月時点で、既に粉飾もどきの決算処理が明らかでしたし、政府系住宅金融機関も財務的には破綻秒読みという感じでし た。従って2008年後半にかけて金融システムが傷む可能性は高く、金融依存度の極めて高いGMやクライスラーの破綻も時間の問題だろうと申し上げたので した。なので、それから10カ月も経って実際にGMとクライスラーが破綻に至り、世の中が大騒ぎになっているのはかえって不思議な感じがしたのを覚えてい ます。 また、例えばアメリカで金融危機が始まった2007年7月以降のマネーサプライ(M1)の伸びを見ていると、2009年末までに中国は60%近く、 アメリカもイギリスも20%以上、ユーロ圏も20%近く増やしてきています。一方で日本はというとほぼ0%。これでは円高が進行したり、不況や失業が日本 に輸出されてきてしまうのは当たり前です。実際その間、日米のM1伸び率の差は約24%で、これはドル・円の下落率約23%にほぼ一致しています。金融の 動向を見ていれば、一定期間後、日本経済にどのような影響が出るかは明らかであったはずです。 最近では2009年3月以降FRBが実施してきた長期国債や住宅ローン証券等の買取は極めて効果的でした。短期金利をいくら下げても長期金利が付い てきてくれない状況に業を煮やし、長期金利を無理矢理下げる非伝統的手段に打って出たのです。オバマ景気対策とのタイミングも良く、ここまでの景気回復を 演出する原動力になってきた事は確かでしょう。 それではこの先の経済を占う、現在の金融の状況はどうでしょうか? FRBが発表する直近の貸出金額を見てみると、実はアメリカの銀行は2009年 末までは、ほぼ2008年9月のリーマンショック直前と同水準の貸出規模を保ってきた事が分かります。しかしそれが今年に入って、消費者ローン、ビジネス ローン、住宅ローン、商業不動産ローンなど、ほぼ全ての項目で貸出が減少してきているのです。とりわけ顕著なのはそれまで好調であった消費者ローン、住宅 ローン、商業不動産ローンの減少です。 金融危機直後は実行する余裕のなかったバランスシート調整が、アメリカのほぼ全ての主体で始まっている事は中長期的には必要で、健全な事でしょう。しかし 経済に対する影響を考えれば痛みなしとはいかないはずです。折しも昨年10月の長期国債に続き、先月末をもってFRBによる住宅ローン証券等の買取も終了 したばかりです。 当面短期金利はほぼゼロに据え置かれるでしょうから、短期金利連動で借りて投資できる、例えば商品市場や株式市場に短期性の資金が流入しやすい状況 は続くでしょう。しかし住宅ローンや商業不動産ローン、企業の設備投資資金など中長期性の資金は、いざという時すぐに返せる性質のものではありません。株 式市場でも、長期金利が4%台に乗せてくると、バリュエーションの観点から中長期性の資金は入りにくくなってくるはずです。それでなくとも今年に入って減 少している貸出は、ここに来て上昇を始めた長期金利の上昇によってさらに抑制される事になるでしょう。そして現在のこのような金融の状況は、将来の経済状 況の先行指標になっているはずです。 (2010年4月8日記) 堀古 英司 Horiko Capital Management LLC
2010.04.12
先週、ニューヨーク大学ビジネススクールのパネル討論に出席させていただく機会がありました。テーマは「米国金融規制の実態」。意外だったのは、冒 頭で司会の方が、金融規制に反対か賛成かについて聴衆の方々に挙手を求めたところ、過半数の方が反対に手を挙げられた事でした。このような状況を反映する かのようにオバマ大統領が提唱した新金融規制、いわゆるボルカー・ルールはここに来て上院で審議が難航。大手金融株は審議の難航を嘲笑うかのように上昇 し、最近の米国株式相場上昇のけん引役となっています。 ここ一年半の米国株式相場は「大き過ぎて潰せない」と共に歩んできた、と言っても過言ではありません。そもそも2008年9月のリーマン・ショック は「大き過ぎて潰せない」という前提が崩れたショックでした。そして相場が底を打ったのはそれから半年後の2009年3月、財務省が大手19行を実質的に 保護する、いわゆる「やっぱり大き過ぎる所は潰さない」方針を表明したのがきっかけでした。 米国経済も株式相場も順調に回復してきた今年初め、マサチューセッツ州の上院補欠選挙で民主党候補がまさかの敗北を喫した事で焦ったオバマ大統領が 支持率回復を狙って持ち出してきたのが新金融規制、ボルカー・ルールでした。その内容は正に「大き過ぎる金融機関を作らない」。案の定大手金融株は2月初 めにかけて急落となりました。しかし上述の通り、上院での審議が難航するにつれこれまでの「大き過ぎて潰せない」という状況に大きな変化はないとの見方が 台頭、株価は回復するに至っています。 リーマンショックの原因ともなった「大き過ぎて潰せない」解決方法の本命は、そもそも「大き過ぎる金融機関を作らない」事でしょう。去年3月のよう に「やっぱり大き過ぎる所は潰さない」と宣言して、短期的にその場を乗り切るのは容易です。しかし短期的な痛みに耐え切れず、いつまでもそのような容易な 道を選んでいると、中長期的には再びリーマンショックのような事態に至るマグマが溜まっていくだけです。とはいえ「大き過ぎて潰せない」を「大き過ぎる金 融機関を作らない」事によって解決しようとするのは簡単ではありません。 第一に、短期的な痛みを伴います。本当にボルカー・ルールがあのまま施行されると、やはり大手金融株の大きな下落は避けられないでしょう。中間選挙 を8カ月後に控えたオバマ政権にとって、これは株式相場全体の下落につながりかねない大きなリスクです。第二に、外国の大手金融機関との競争があります。 アメリカだけが「大き過ぎる金融機関を作らない」ように規制すると、外国の大手金融機関との国際競争に負けてしまうだけです。第三に、ウォール街の大手金 融機関は既に大きくなり過ぎていて、だからこそ政治的にも大きな影響力を及ぼす事ができます。上院で審議が難航しているのも、ウォール街が共和党に強く圧 力をかけているからでしょう。第四に、これはパネル討論で他のパネリストが強調されていた事ですが、大手金融機関は公共インフラとしての使命があり、大き い事は許されるべきという意見があります。 第 236回 丁が出れば私の勝ち、半が出れば貴方の負け(2009年2月12日)のような余りにも理不尽な事態を防ぐため、私はやはり、短期的な痛 みを伴おうとも「大き過ぎて潰せない」は中長期的視点から「大き過ぎる金融機関を作らない」によって解決すべきと考えています。しかし中間選挙まであと8 カ月となり、日程的にも、インセンティブ的にも、新金融規制を積極的に推し進めようとする向きが少なくなってきているのは残念な事です。新金融規制は、結 局は当初のボルカー・ルールからすれば殆ど骨抜きの状態になって近々成立に向かっていく事でしょう。しかし目先の快楽が優先され、根底では再びマグマの蓄 積が始まる株式市場の状況は、非常に危険と考えざるを得ません。 堀古 英司 Horiko Capital Management LLC
2010.04.01
経済成長と株式相場の騰落には正の相関関係がある事は衆知の通りです。もちろん株式相場の騰落には様々な要因が複雑に絡み合っていて、経済成長だけが影響しているわけではありません。それでも長期的に見れば、やはり経済成長率の高い時は株式相場も上昇しているし、リセッションの時は株式相場も下落している事実が観測できます。アメリカでは一般に、1. 株式相場の動きは景気動向に半年先行する、2. 株式相場の上昇には3%以上の実質経済成長率が必要、と言われます。当社では定期的にこの関係を分析するようにしていますが、今回は最新の分析結果をご紹介したいと思います。第一に、株式相場が景気動向に半年先行する、というのはやはり今もその通り、という結果が出ています。ある四半期の実質成長率と、同時期、3カ月前、6カ月前、9カ月前、12カ月前の株式相場騰落率の相関関係を調べたところ、やはり6カ月前の株式相場騰落率との相関関係が一番強いという結果が出ました(四半期刻みの分析なので1.5カ月以内の誤差はあるかもしれません)。株式相場が経済を先読みした、又は経済が株式相場の影響を受けた、と両方の見方が可能だと思いますが、やはり株式相場は6カ月後の経済状況を映す鏡だと言えるという事です。第二に、株式相場の上昇には2.7%以上の実質経済成長率が必要、という結果が出ています。従来から言われている3%よりもハードルは低かったのですが、やはり株式相場が上昇するには単に経済が成長していれば良いだけではなく、2.7%を超えていなければならないという事です。これは以下のように考えていただければ分かりやすいかもしれません。企業に収入が入ってきた時、先に給与のような労働債権への支払が優先され、次に金融機関等への優先債権、次に仕入先等への一般債権が満たされ、法人税も支払われた後、株主に分け前が残るのは最後という事です。株主より前に支払われる分を賄うために実質成長率 2.7%分は先に取られるようになっているのです。これを踏まえた上でこの先1年の相場を占ってみましょう。現在アメリカで、民間エコノミストの平均実質経済成長率予想は2.8%となっています。既に株式相場上昇に必要な実質経済成長率2.7%ギリギリという予想です。その上、ここに来て成長率予想が下方修正されかねない要因がいくつか散見されるようになってきています。第一に、先週発表された2月の消費者信頼感指数は民間エコノミストの事前予想(55.0)を大幅に下回る46.0と発表されました。アメリカの GDPの7割を占める個人消費の先行指標が事前予想を下回るという事は、この先成長率予想も下方修正を余儀なくされる可能性が高いという事です。第二に、ギリシャへの信用不安をきっかけにユーロ/ポンド安・ドル高が進んでいます。私は中間選挙を控えたオバマ政権にとって、当面の雇用対策はドル安くらいしかないと考えていたのですが、欧州通貨安から来る思わぬドル高に頭を抱えている頃ではないでしょうか。第三に、アメリカの代表的住宅価格指数であるケースシラー住宅指数は最低値を付けた昨年5月からまだ3.6%上昇しただけの底ばい状態となっている事です。アメリカ政府は住宅ローン条件変更促進によって何とか銀行がローンの価値を引き下げなくて良いような措置を取っていますが、これは問題の先送りに過ぎません。住宅ローン条件を変更された人の約半数が結局は債務不履行に至っている現実に留意する必要があります。株式相場上昇に必要な実質経済成長率がギリギリで、しかも下ブレする可能性も高い中、やはりこの先1年ほどを見通す限り、株式相場の大きな上昇は望めないと見ています。しかし相場というのは波があるものです。可能性が高いのは下落してから上昇するか、上昇してから下落するか。客観情勢を勘案すると、下落してから上昇する方が明らかに健全でしょう。上昇してミニバブルが発生した後、下落するシナリオは醜い結末を迎えるだけと見ています。
2010.03.04
1月下旬以降の株式相場下落の要因として、EU加盟数カ国の信用不安、いわゆるソブリン・リスクと、オバマ大統領が発表した新金融規制案(ボルカー・ルール)がよく挙げられます。ニュースを見ていると、ここに来て株式相場に対する悪材料が次から次へと出てきている、と受け止められるかもしれません。しかしこの、一見独立した問題のように見えるソブリン・リスクと新金融規制には、実は共通した背景があるのです。それはソブリン・リスクも新金融規制も、ゼロサム・ゲームの産物だという事です。第247回 破綻はレバレッジ倍率の高い順(2009年7月28日)で書かせていただいた通り、2007年前半から一貫して進行しているのは、住宅をはじめとする資産価格が下落しているという事です。サブプライム、モノライン、リーマンショックなど色々ありましたが、全てに共通しているのは資産価格の下落です。資産価格が下落しているので、それをファイナンスしている負債が多い順に危機が訪れるのは当然です。危機は色々な所に順番に訪れていますが、根本的な資産価格の下落が止まらない限り、今後も様々な所に危機は訪れるであろうという事です。その一つが今回顕在化したソブリン・リスクでしょう。昨年11月、市場にドバイ・ショックが走りましたが、私は講演会等で、これも資産価格下落がもたらす一つの危機の形だと申し上げました。ドバイ固有の問題と捉えると、この先起こるであろう事は読めなくなると考えていたのです。最近になって注目を浴びているギリシャやポルトガルも当然、政治情勢など固有の問題は抱えています。しかしいずれのソブリン共通の背景にあるのは、いわゆるリーマン・ショック以降の金融機関に対する公的資金の注入や景気刺激策に伴う財政悪化です。資産価格の下落に伴って、破綻はレバレッジの高い順に訪れています。100倍+のモノライン、50倍+の政府系住宅金融機関、30倍+の証券会社、10倍+の銀行に危機が及んだ所で政府は積極的な救済に乗り出しました。しかしこれは、銀行が負担すべきリスクが政府に移転しただけです。根本的な問題である資産価格の下落が解決しない限り、今度は政府のリスクが大きくなっていくだけです。これが最近になって広がり始めたソブリン・リスクです。私は、ソブリン・リスクの最終到達点はアメリカ国債のトリプルA引き下げだと考えています。このリスクを感じ取っての事でしょう。今度は政府が、移転され過ぎたリスクを銀行に戻す動きに出ています。これが新金融規制です。実はリーマン・ショック以降も、そもそもの問題である「大き過ぎて潰せない」は全く解決されていません。そればかりか、金融危機がピークに差し掛かった2009年春、財務省は実質的に大手19行の保護を宣言する事によって金融市場を沈静化させたのです。即ち、政府は今でも「大きすぎる金融機関」を救済しなければならないという大きなリスクを負っており、これを新金融規制によって金融機関に戻そうとしているわけです。一言で言えば、資産価格の下落という、根本的な問題が解決されていない中、政府と金融機関でリスクをキャッチボールしているだけの、ゼロサムゲームだという事です。相場というのは、大きなトレンドと、その中に波があるものです。現在の相場で言えば大きなトレンドというのは資産価格の下落であり、最近で言うと、ソブリン・リスクや新金融規制は波でしょう。政府がリスクを引き取ったから終わる問題でもないし、金融機関にリスクを押し付けたからといって終わる問題でもないのです。資産価格の下落が止まる、又はその兆候が見えない限り、波に騙されないよう注意が必要です。その意味では、去年春からの相場上昇局面も波でしょう。確かにケースシラー住宅指数で見て、住宅価格は去年春から4.3%上昇しましたが、基本的には2006年の水準から30%下落したままの底ばい状態です。住宅価格に大きな影響を及ぼす要因は主に2つ:住宅ローン金利と雇用情勢です。しかし連銀は 3月末をもって住宅ローン証券の買取を終了します。雇用情勢は時間との勝負です。失業率10%前後が長引けば長引くほど、これまで住宅ローンを返済できた人もできなくなっていきます。そして今の所、雇用情勢が速やかに改善する兆しは見えていません。このような中、大きなトレンドである資産価格の下落は変わらないと見ています。大きなトレンドが変わらない限り、今後も様々な所にリスクや危機が訪れるでしょう。そして投資家には、その多くが波である事を見極める目が求められています。
2010.02.12
リーマン・ショックが実態経済に悪影響を及ぼし始めた時、日本の政治家を中心に、「アメリカ発の金融危機」という言葉が頻繁に使われていました。「アメリカ発の」という部分が強調され、あたかも日本の為政者には全く責任がないかのように聞こえたのは私だけでしょうか。アメリカの大手証券会社であるリーマンの破綻という、分かりやすいイベントが引き金になったのは確かだと思います。しかしそもそもリーマン破綻に至った経緯を見る限り、むしろ日本は今回の危機に至る過程で大きな役割を果たしていたと考えています。2005年2月、グリーンスパンFRB議長は議会証言の中で、「(2004年6月以降)FF金利を1.50%も引上げているのに、長期金利が低下しているのは謎(コナンドラム)だ」と発言しました。この証言の中で「コナンドラム」という言葉が使われたのは一回だけでしたが、たちまち金融界で広く使われるに至りました。2000年から2003年のアメリカ経済というのは、次から次に襲ってくる逆風に立ち向かわなければならない時期でした。2000年に「ドットコム」バブル崩壊、2001年に同時多発テロ、2002年は不正会計問題、2003年イラク攻撃開始と、不透明感要因ばかり。FRBはこのような不透明要因を相殺するため、FF金利を1%にまで引き下げていたのです。2004年になって景気回復軌道が確かなものになり始め、FRBは順次金利を引上げていきました。にもかかわらず長期金利が上がらない、このような中で飛び出したのが上記「コナンドラム」発言です。NY債券市場に携わっていた人なら衆知の事実ですが、当時は日本と中国が大量に米国債を購入している時期でした。これによって長期金利が上がらなくなっていた事は2005年9月のFRBペーパーにも記されています。何の事はない、「コナンドラム」の解は、日本や中国による米国債の大量購入だったのです。アメリカというのは歴史的に、景気が悪くなれば長期金利が低下、それによって住宅投資が刺激され、結果的に不況を抜け出し、逆に景気が良い時は長期金利が上昇して住宅投資が抑制され、バブル発生を防いできた国です。しかしグリーンスパン前FRB議長がコナンドラムと呼ぶほど、2004年以降は珍しい状況が起こってしまったのです。即ち景気が上向いているのに長期金利が上昇せず、従って住宅投資が抑制されずバブルが発生する……そしてその長期金利が上昇しない一つの要因が、30兆円とも40兆円とも言われる日本の為替介入(第254回 為替介入は愚策(2009年11月30日)参照)によってできたドル資金による大量の米国債購入だったのです。景気が良いのに長期金利が上昇しないので、アメリカ人は喜んで住宅や自動車を購入する。日本政府の米国債購入が結果的にアメリカ国内でその何倍もの信用創造につながり、住宅ローン会社や銀行、証券会社、モノライン、自動車産業などのバブルを形成していったのでしょう(ちなみに私は当時、日本の巨額為替介入はアメリカの住宅バブルを生むと、数回にわたってテレビ東京の番組で警告していた事を申し添えておきます)。金融市場では判断を誤った者に損失が発生するのがルールです。住宅ローン会社や銀行、証券会社、モノラインには大きな損失が発生しましたし、リーマンをはじめとした金融機関、GM等など数々の会社が破綻に追いやられました。愚策である為替介入によって日本が20兆円以上の損失を被っているのも当然の結果でしょう。問題はこれから何が起こるか、です。私は「逆コナンドラム」が起こると考えています。即ち、景気が悪くなっても長期金利が下がらない、従って住宅投資が刺激されない、という状態です。何故長期金利が下がりにくくなるか、それは米国債の質がこれまでとは異なったものになっており、それによってこれまでのような米国債の買い手が見付からないだろうからです。アメリカの巨大住宅金融機関であるファニーメイとフレディーマックは2008年9月をもって国の管理下に置かれる事になりました。アメリカ政府は当初、両社に対して上限2000億ドルまでの資本注入を表明していましたが、それでは足りないと見込んだのでしょう。2009年末(こっそりと)この上限を撤廃しました。実質的に、今後アメリカ政府(延いては米国債)は住宅値下がりに伴う損失を無制限に負担すると言っているようなものです。このようなリスクを感じ取っての事でしょう。2004年には発行される米国債のほぼ100%を購入していた外国人が、2009年9月末時点では31%しか購入しなくなっているのです。それでもまだ長期金利が低位安定しているのは、2009年3月以降、FRBが米国債と住宅ローンを初めとする証券化証券を大量に購入しているからでしょう。しかしFRBによる米国債の購入は2009年10月末で終了しましたし、今日のFOMC(連邦公開市場委員会)後の声明で、住宅ローン等証券の購入が予定通り3月末で終了する事が確認されました。先週末、株式相場は年初来マイナスに転じました。景気が悪くなってもそれに伴って長期金利が低下しない、従って金融システムの最大の担保である住宅市場が低迷する、「逆コナンドラム」のリスクを、市場が既に織り込み始めているように見えます。
2010.01.29
「ゴールドマンの従業員、優先対象者よりも先にH1N1ワクチン接種」「ゴールドマンのハイチ義援金、ボーナス支給額の2万分の1」「ゴールドマンのCEO、自らの仕事を『神の仕事』と発言」アメリカ国民の米大手金融機関に対する怒りはとどまるところを知りません。上記のような、ゴールドマンからすれば反論の余地が十分にあるようなニュースが連日ヘッドラインに並ぶ有様です。このような国民の不満を和らげるためでしょう。今年中間選挙を控えたオバマ政権は先週末、米大手金融機関、特にゴールドマンやモルガンスタンレーなど大手証券会社に標的を絞った「金融危機責任料」の導入を発表しました。 おことわりしておきたいのですが、私はゴールドマンには沢山知人がいます。その全員がビジネスにおいても、人間的にも極めて優れた人達です。絶対に優先対象者よりも先にワクチンを受けるような人達ではないし、恐らくハイチの地震後は真っ先に個人で義援金を送っていると思います。むしろ当の従業員でさえ、金融危機後に起こっている一連の問題については経営陣に対して批判を抱いているのです。そしてその批判は当然のものだと思います。アメリカというのは恐らく、世界一資本主義が徹底している国でしょう。リスクを覚悟で成功を手にした者にはご褒美が与えられ、失敗してしまった者は退場を余儀なくされます(但し一旦退場した者にもチャンスは与えられます)。アメリカ国民はずっとこのルールを当然の如く受け入れてきて、だからこそ「アメリカン・ドリーム」を探求し続けられているのです。しかし金融危機を前後して、このルールを破ってしまった会社があります。それが米大手金融機関、とりわけ証券会社でした。それは2008年9月15日のリーマン破綻後数日のどさくさの中起こりました。翌月初のニューヨーク・タイムズ紙によるとゴールドマンやモルガンスタンレーのCEOは財務省とFRBに助けを請いに行ったといいます。その結果、取引相手であった保険会社AIGを政府が救済した事によって兆円単位の損失を免れ、空売り規制によって株価の下落を止めてもらい、あっという間に銀行持ち株会社への移行を認められる事によって銀行同様の流動性を確保し、預金保険公社が保証する債券の発行を許され、公的資金注入によって過小資本の問題を一時的に解決し、「100年に一度の金融危機」を乗り越える事ができたのです。アメリカ国民は一部の人を除き、大手証券会社の「儲け過ぎ」に怒っているのではないのです。その証拠に金融危機がぼっ発する前、リスクを覚悟で成功を手にしている時は、むしろ尊敬の目で見られていたはずです。問題は、リスクが裏目に出て、本来は退場しなければならない所、卑怯な手を使ってルール違反をしてしまった事なのです。アメリカの人はアンフェアな事を非常に嫌います。大手証券会社に批判が集中している理由は正にこの「ルール違反」なのです。当事者が「儲け過ぎ」を妬んでいると考えていたら、いつまでたってもアメリカ国民の怒りが収まる事はないでしょう。資本主義というのは富を得た者がどんどん有利になってしまいがちのシステムです。乗り遅れた者が立場を逆転しようとしても、今回の金融危機のような出来事がなければ極めて困難です。大手証券会社のCEOは議会証言で「我々が救済されていなければ金融システムは崩壊し、国民の生活はもっと悪くなっていたはずだ」といった内容の発言をしています。しかし恐らく多くのアメリカ国民は、「我々の生活は悪くなったかもしれないが、ルールに則って立場が逆転する事の方が重要」と考えている事だと思います。根本から考え方が異なっているのです。 失業率が10%に上る中、恐らくその失業者がこれまで払ってきた税金を含めた公的資金で大手証券会社が救済され、そして一年も経たないうちに巨額のボーナス支給を再開したのには私も驚きました。そもそも「得た保険料をボーナス払いに回してしまって、災害が起きた時には支払う保険金(資本)がなかった」のが問題なのですから、今後は反省して、ボーナス払いを止めて資本を増強するものだと思っていました。少なくとも、アメリカ国民の怒りが収まるまでは。。。巨額のボーナス支給を再開し、今後も過小資本を継続するのだったら、全く反省がないと言わざるを得ません。 国民の怒りはオバマ大統領の支持率低下にもつながり、目玉であった医療保険改革が難航する一つの要因にもなっています。中間選挙を控えて大手金融機関に対する風当たりはますます強まっていく事でしょう。実際、アメリカの主要株価指数は先週、15ヶ月ぶりの高値を付けましたが、実は大手金融機関の株価は既に昨年8月から横ばい推移が続いています。以前、当コラムでも「米国株の天底形成には6ヶ月かかる」事をご紹介しましたが、そろそろそのタイミングにも差し掛かっているのです。
2010.01.18
今月に入ってバンクオブアメリカ、シティグループ、ウェルズファーゴという大手銀行が立て続けにTARP(不良資産救済プログラム)によって注入されていた公的資金を返済する動きに出ました。TARPはもともと、その名の通り「不良資産」を買い取るために米議会で承認された約70兆円の金融安定化資金です。2008年9月29日、一旦はこの資金拠出が米下院で否決され、ダウが一日で777ドルの急落となったのはまだ皆さんの記憶にも新しいのではないでしょうか。その後法案に修正が加えられた際、どさくさに紛れて「その他財務長官が必要と判断した使途」という条項が加えられ、実質的に金融機関への資本注入が可能になったという経緯があります。そして2008年10月、猛スピードで悪化する金融システムを安定化させるため、嫌がる大手金融機関に無理やりTARPによる公的資金注入が実施されました。しかし大手金融機関が嫌がる事ができたのも束の間、11月にはシティグループが、12月にはバンクオブアメリカが再度の公的資金注入によって救済されるに至ったのでした。金融機関が公的資金を嫌がる理由はいくつか挙げられます。第一に、経営陣が報酬の制限を受ける事、第二に、今となっては公的資金の見返りに発行した優先株にかかる5%の配当負担が重い事、第三に、常に国有化懸念が付きまとう事によって株価が低迷するなどの問題があります。他の銀行が公的資金を返済しているのに、自行だけ返済しないと、市場から信用不安など不要な嫌疑をかけられます。この結果、一行が返済すると他の銀行も無理にでも返済しようとする動きに繋がる-これが今月大手3行が公的資金返済に走った背景でしょう。また財務省としても、もともと民間には長期間介入したくないという意図がありますし、今年3月にはTARPが枯渇するかもしれない、という状況に置かれていた訳ですから、基本的に公的資金返済を拒む理由はありません。しかし公的資金返済に伴う問題もあります。第一に、去年の公的資金注入に伴って、シティグループとバンクオブアメリカは、資産の価値が下落したら、その損失の一部を政府に負担してもらうという、損失保証を受けていました。今回公的資金を返済する事によってこの損失保証はなくなります。第二に、返済資金ねん出のための増資に伴う株式の希薄化です。実際、シティグループがアメリカ史上最大の増資となったのを筆頭に、各行とも予想を上回る1-2兆円規模の巨額増資を余儀なくされました。この結果、主要株価指数が年初来高値を更新する一方、金融株は軒並み低迷、市場は消化不良を起こしています。一方貸し出しに与える影響はどうでしょうか? ガイトナー米財務長官は、銀行は公的資金を返済した方がより積極的に貸出ができる、と発言しています。しかし私は一旦返してしまった以上、むしろ再び公的資金のお世話になる方が困難でしょうから、公的資金返済後の方が貸出に慎重になるのではないかと思います。貸出債権が焦げ付いても、再び容易に増資できるような状況であれば問題ありませんが、今回の大型増資で市場が消化不良となり、株価が下落している状況ではなおさらの事だと思います。さらにこのような巨額増資の目的は、自己資本比率引き上げではなく、もっぱら政府資本を民間資本に代える事なのです。第242回 ストレステスト結果の受け止め方(2009年5月8日)で書かせいただいた通り、私は2007年に始まった資産価格下落局面、銀行は有形普通株自己資本4%で乗り切れるのか、大きな疑問を持っています。景気の回復によって現在、資産価格の下落は一旦止まっているように見えます。しかし来年初から様々な金融保証が切れ、景気対策の効果が薄れていく中、2010年は銀行にとって資産価格下落との勝負の年になると見ています。皆様、良い年をお迎え下さい。
2009.12.28
最近の円高進行を受けて円売り・ドル買い介入の可能性が報じられるようになりました。20年以上市場に携わっている者として、私は「勉強もしないで成績表の値が気に入らないから書き換える」ような為替介入には大反対です。今回は、日本が失敗を繰り返さないよう、為替介入がいかに愚策かを出来るだけ多くの方にご理解いただきたいと思います。日本の外貨準備高は現在、1兆ドルを超えています。恐らく約9割が米ドルで占められているでしょう。また、恐らく取得原価は平均1ドル=110円前後でしょう(そもそもこのような重要な情報が納税者である国民に公表されていないのも問題です)。現在1ドル86円とすれば、約22兆円の損失が発生しています。「勉強もしないで成績表の値が気に入らないから書き換え」てきたのですから、当然の結果でしょう。アメリカで外貨準備にこの10分の1でも損失が出れば議会は引っくり返ってしまうでしょう。しかし日本ではこの責任を問う声は出てきません。それでは一体この損失は誰の責任なのでしょうか。過去為替介入の必要性を訴え、それを受けて決断、実行した人、特に2003-4年にかけて30兆円とも40兆円とも言われる異常な為替介入を実行した人達でしょう。しかし今、その人達は現政府にはいません。今の日本のシステムでは、担当が数年で代わってしまう、後で責任を問えない人達がこのような重大の国家の損失につながる決断をしてしまっているのです。日本経済が円高になって困るのが分かっているのですから、むしろ日本政府はドル売りヘッジをして、円高になっても国民が困らないようにしても良いくらいではないでしょうか。しかし現状は輸出企業は困るわ、外貨準備で巨額の損失が出るわ、ダブルパンチの状況になってしまっているのです。為替介入がいかに愚策かをより多くの方に分かってもらうために、簡単な例でお示ししたいと思います。ミカンの農家とオレンジの農家があったとします。ミカンは1個50円、オレンジは1個100円。交換比率(オレンジ:ミカン)は2.0です。ある理由でミカンの市場価格を下げたいミカン農家がこの交換比率が気に入らず、交換比率2.5でミカン売り・オレンジ買いを実施したとします。市場にはどのような影響が出るでしょうか? オレンジを高く売りたかった農家が喜んでオレンジを売ってくるでしょう。また市場に在庫を抱えてきた小売業者も喜んでオレンジを売りに出してくるでしょう。人々の柑橘類に対する嗜好は変わらないでしょうから、こうしてオレンジ売りが殺到し、一定期間経過後、交換比率は2.0に戻ってくるはずです。そしてオレンジを抱えたミカン農家には損失が発生します。為替でも同じ事です。為替介入によって市場の価格を歪めようとしても、高くドルを売りたかった輸出業者がドル売りを出し、または海外のファンドがドル売りで向かってきて、一定期間経過後はもとの為替レートに戻るはずです(海外のファンドを喜ばせるくらいだったら、輸出業者に補助金を与えるほうがまだマシで、しかも安くつくでしょう)。この「一定期間」は時に一日であったり数年であったりする事があります。しかし現在、日本政府がこれまで円売り・ドル買い介入を実施してきた為替レートよりも円高にあるという事が、何よりも為替介入が愚策であった事を証明しているのではないでしょうか。今大切なのは、昨年来起こっている事を国際的観点から捉える事です。アメリカは今年春以来、73兆円規模のオバマ景気対策を実行する一方で国債を増発、その国債は連銀が購入してきましたから、結果として市場にはドルが大量に供給されたままとなっています。ヨーロッパも同じような事をやっています。中国はそのドルに対して管理相場制をとっています。即ちこのような状況で、日本が何もしなければ円高が進行するのは火を見るより明らかです。そして通貨高が進行するという事は、世界各国から失業が輸出されてきている事に他なりません。では円高対策というのはどのようにすれば良いのでしょうか? 先ほどのミカン、オレンジの例で示せば、方法は大きく2つあります。一つはミカンの味を落とす事。通貨で言えば金利を下げる事でしょう。しかし金利については円もドルもほぼゼロに張り付いていて、これ以上の事はできません。ミカンもオレンジも味は限界まで落ちていて、これ以上は落とせないという状態なのです。残るは一つの方法しかありません。ミカンの供給を極端に増やす事です。ミカン農家が頑張って、一生懸命努力して、ミカンの生産を増やしていく事こそ正攻法の円高対策なのです。私は毎日100人近くの方が自ら命を絶ち、そしてその多くの理由が経済問題であるという日本の現状に耐えられません。既存の制度にとらわれて既存の枠組みの中でしか円の供給策を考えられない通貨当局には大きな不満を感じています。アメリカでは財務省と連銀が結託して、既存の枠組みという制約がありながらも、その合間を巧みに突く形で通貨供給策を実行しています。私は日本でも現行の枠組みで出来る事はまだまだあると考えていますし、既存の枠組みにとらわれなければ思い付く策は沢山あります。そもそも人の命に比べれば既存の枠組みの重要性など二の次でなければならない筈です。現在日本の通貨当局に求められているのは既存の枠組みにとらわれない創造力であって、少なくとも「勉強もしないで成績表の値が気に入らないから書き換える」ような為替介入ではない事を強調したいと思います。
2009.11.30
当コラム2009年4月9日号(第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ)の最後で、「先送りされた問題がいつ再び顕在化してくるか、は今後の大きな課題ですが、それを考える時間、即ち反発の時間はこの先十分あるのではないかと考えています。」と書かせていただきました。実際、相場はそれから7カ月強にわたって反発してきましたが、そろそろ先送りされた問題が再び顕在化してくるタイミングに差し掛かってきていると見ています。野球で言えば9回の表、即ち延長戦はあるかもしれない一方で、いつ終わってもおかしくないという感じでしょう。金融危機を受けて昨年以降実施されてきた様々な対策や保証が、今後半年以内の間に次々と期限切れとなります。春からの株式相場回復局面を支えてきたのは7,800億ドルに上るオバマ経済対策と、10兆ドル以上に上る政府による様々な保証です。しかし自動車買い替え策は8月で既に終了、新規住宅購入支援策は何とか来年4月まで延長されましたが、その後再延長がないのはほぼ確実です。オバマ経済対策はかなり前倒し型になっていて、最も効果が強く表れる 7-9月期は既に過ぎてしまいました。さらに財務省、連銀、預金保険公社(FDIC)等が実施してきた様々な保証もこの先半年で次々と失効していきます。リーマン破綻をきっかけに設定されたMMF(マネー・マーケット・ファンド)の保証は既に9月で打ち切られましたし、10月末をもって連銀による国債買取が終了しました。住宅ローン担保証券の買取は来年春まで延長される事になったものの、連銀はその額を順次減少させていくと発表しています。これら一連の対策や保証は、いわゆる「リーマン・ショック」を受けて緊急措置的に導入されたものです。金融システムが麻痺してしまうかもしれない、という緊急事態に対する応急措置であり、根本的な問題である不良債権問題の解決を目指したものではありません。そもそも財政的にも時間的にも不良債権問題解決にまで手が回らなかったのが実情で、だからこそこのような「先送り措置」になってしまったのです。危機が去った今、このような緊急措置的な対策はなるべく速やかに終了しないと副作用を生んでしまいます。しかし現在のアメリカ経済の状態だと、投薬を止める事によって元の病気、即ち不良債権問題が再発してくる可能性の方が高いでしょう。しかもそれが顕在化してくるまでの時間もそれほど長くなくなってきているように見えます。「カネの切れ目が回復の切れ目」という事です。もっとも、今年春に実施されたストレス・テスト(資産査定)をもって、財務省が大手19行は守ると宣言しているのですから、今後予想される危機は「リーマン・ショック」のような形態を取るものではないでしょう。今後投資家として注意すべき点は、住宅をはじめとする資産価値下落による資本不足を誰が担う事になるのか、です。ケース・シラー住宅価格指数は、多くの住宅保有者の自己資本が既に消えている事を示しています。個人は消えた自己資本を補充するため、貯蓄率を上昇させる方向に動き始めるでしょう。これは世界経済の牽引役を果たしてきた米国の個人消費の落ち込みを意味します。さらに不良債権が増加した場合、その負担は銀行が担うのか、政府が担うのか、が問題になります。例えば9月末、FDICは枯渇した預金保険基金の補充のため、銀行に3年分の預金保険料の前払いを提言しました。これは典型的な政府から銀行への負担シフトの例です。負担は小さいものではないため、 FDICの提言通り実施されれば、特に中小地銀は今後更に厳しい局面をむかえる事になるでしょう。銀行破綻に伴うコストが想定以上に膨れ上がり、政府に負担が来る場合はアメリカ国債が「景気が悪いのに長期金利が下がらない」とかドルの下落という形で表れてくる事になるでしょう。不良債権問題第二ステージは「リーマン・ショック」のような形態を取るものではありません。しかし負担がどこに顕在化してくるのか、は今後の株式相場を見る上で大きなテーマになると見ています。実際我々が運用するファンドでもごく最近、それに向けた対策を開始したところです。
2009.11.18
当コラムでも度々ご紹介してきましたが、我々の運用方針は「良いビジネスを安く買う」事です。これだけであれば一般にバリュー投資と言われるものでしょう。しかし我々はバリュー投資を発展させ、「そもそも市場が効率的であれば、良くて安い株など存在しない」という考え方を取っています。その上で「良いビジネスを安く買」おうと思えば、市場、又は個別株がどのような時に効率的でなくなるか、そのような機会を徹底的に狙うという戦略を取っています。我々はこれを「スペシャルシチュエーション・バリュー」(特別な機会に特化したバリュー投資)と呼んでいます。個別株で「特別な機会」はスピンオフ(分離・独立)、合併・買収、破綻後の再生、新規公開など多数のパターンが挙げられます。しかし時に、このような個別株の「特別な機会」以外に、市場全体として「特別な機会」が提供される場合があります。昨年のリーマン・ショック以降の相場は正にそのような状況だったと言えます。このような時には、「より良いビジネスがより安く買える」という状況が起こります。実際昨年以来、このような状況で投資する機会に恵まれた3つの銘柄をご紹介したいと思います。1つ目の銘柄は検索大手グーグル(GOOG)です。このコラムや講演会等で幾度かご紹介しましたが、私はグーグルは非常に「良いビジネス」だと考えています。要は株価が安いという条件さえ満たせば「買い」なのですが、1回目のチャンスは2004年の新規公開時にやってきました。通常新規公開と言えば高い株価が付くものなのですが、当時は全く反対で、メディアを中心にグーグル株不買い運動のようなものが起こっていました。不当に安い株価での公開となった局面を捉えて投資を実行しました。そして2回目のチャンスは「リーマン・ショック」でした。「リーマン・ショック」の本質が何であるかさえ分かっていれば、グーグル株を買うというのは怖い事ではないはずです。昨年10月、310-320ドル近辺で結局ファンドの約18%まで買い進む事ができました(その後グーグル株は250ドルまで下落した後、現在550ドル)。2つ目の銘柄はエンジニアリング大手KBR(KBR)でした。KBRは2007年に資源サービス会社ハリバートンからスピンオフした会社です(我々はスピンオフを「良いビジネスを安く買う」最も魅力的な機会と位置付けています)。スピンオフという事で、当時からずっと注目していたのですが、なかなか株価が安くなる機会を提供してくれませんでした。初めて機会を提供してくれたのは「リーマン・ショック」でした。それまで20-30ドル台で推移していた株価は10ドル台に突入。しかし1株当たり14ドルの現金を保有する同社にとって、14ドル以下の株価は説明が付かない水準と言えました。こちらも昨年 10月に14ドルに達したため投資を実行する事ができました(その後KBR株は10ドルまで下落した後、現在24ドル)。3つ目の銘柄は記憶装置大手のEMC(EMC)でした。EMCもスピンオフに関連した銘柄で、2007年にVMWareという仮想技術の会社を分離しています。VMWareという成長企業を切り離してしまった事で、市場の成長期待が萎んでしまったのでしょう。株価は下落の一途でした。しかしスピンオフとはいえ、その後もEMCはVMWare株の80%以上を保有していたのです。我々の計算では保有するVMWare株の価値だけで1株当たり5ドル、 EMC本体の価値だけで11ドル、合計1株16ドルの価値があると見ていました。こちらもリーマン・ショック後の下落場面を捉えて、ほぼ10ドル台で投資を実行する事ができました(その後EMC株は8ドル台まで下落した後、現在17ドル)。確かに「リーマン・ショック」は世界経済や金融市場にとって大きなピンチでした。しかし上述の通り、ピンチというのは同時にチャンスでもあります。ハイテクバブルが崩壊した2000年、同時多発テロが起こった2001年、不正会計問題が起こった2002年、イラク戦争が始まった2003年、そしてリーマンショックの2008年、いずれも例外ではありませんでした。今後も株式市場には色々な局面が訪れる事と思います。しかしどのような局面が訪れようと、実はそれをピンチと捉えるか、チャンスと捉えるかの方が重要だと考えています。
2009.10.27
7月の楽天証券10周年セミナーでも少し触れましたが、現在の国際金融環境を鑑みるに、金は欠かせない投資対象の一つと考えています。我々が運用するファンドで金への投資(正確にはドル建て金ETFのコールオプション)を実施し始めたのは今年春の事でした。ファンドを運用し始めて9年半になりますが、当時はまさかファンドに金を組み入れる事になるとは考えてもみませんでした。繰り返し申し上げてきた通り、大手金融機関が連鎖倒産して金融システムが麻痺してしまうかもしれないという「リーマン・ショック」は今年春で一旦終了しました。しかし、それは世界各国政府による様々な対策のおかげである事を忘れてはなりません。そして各国政府はそれを実行するために、大きな犠牲を払っているのです。大きな視点で見れば、現在世界経済を襲っているのはデフレです。各国政府はこれを克服するために財政出動して国債を増発、しかしその国債は中央銀行が買っていますから、市場には印刷された通貨が残ります。こうして世界にはこれまでにないペースで通貨が印刷されています。これまで通貨、又は通貨をベースとした様々な資産に価値保全機能を求めてきた投資家にとってはたまったものではありません。相対的に、自分は多めに持っていると思っていた通貨が、知らないうちに周りの人も皆、沢山持っている、という状況が起こりつつあるのです。このような状況で、投資家はどのように資産の価値を守る事ができるのでしょうか?金への投資は一つの有効なヘッジ手段だと考えています。もともと短期金利は殆どゼロという状況が続いています。政府の希望は、ゼロ金利を続ける事によっていつか住宅価格が上昇して資産デフレが解消する事でしょう。しかし住宅価格は、バブルだったものが下落して正常に戻りつつあるというのが現実ですから、金利ごときで解決するような簡単な問題ではありません。むしろ今の状況では、政府の意図せざる結果を生む事になってしまうでしょう。即ち、低い短期金利を利用してレバレッジをかけられる、商品のような市場に投資家の資金が流入してしまうのです(株も悪くありませんが、商品の方が高いレバレッジがかけられます)。中でも規制が強化されつつある原油市場と異なり、金市場で実需の割合は低いですから、金価格が上昇して困る人はそれほどいないでしょう。金はよくインフレヘッジと言われます。しかし私はむしろ、デフレが続けば続くほど金に資金が流れやすくなると考えています。デフレが続けば各国政府はますます通貨を印刷してくるだろうからです。通貨が印刷されても、皆がこれをタンスにしまっている間はインフレは起こりません。その間に投資家は、せっせと資産の一部を金に移して保全を図っていくという訳です。このような考えから、これまでにはなかったような、株式や債券に投資されていた資金の一部が金に向かいつつあります。しかし巨大な市場である株式や債券と比べ、金というのは極端に小さな市場です。株式や債券市場からの少しの資金流入で、価格は敏感に反応してくるでしょう。しかも一連の金融危機に対応して各国政府が取った対策に嫌気をさした株式や債券の投資家の資金が金市場に流入し始めてから、それほど時間が経っている訳ではありません。金は今週、史上最高値を更新しましたが、相場はまだ若いと考えています。
2009.10.09
リーマン・ブラザーズが破綻してから今日で丁度1年となります。皆さんの生活にとって経済は非常に重要な要素だと思いますが、リーマン・ショックが実体経済に影響を及ぼし始めたのは少なくとも数ヵ月経ってからだったと思います。経済の先行きを占う上で、金融が如何に重要であるかを証明する出来事だったのではないでしょうか。 リーマン・ショックは一言で言えば、「大き過ぎて潰せない、という前提が崩れたショック」だと思います。その証拠に、リーマン破綻後、AIG、大手証券会社、ワコビア、シティ、バンカメと、大きな金融機関に限って連鎖倒産の危機にさらされました。約6ヵ月後、財務省が大手19行を対象としたストレステストを実施し、実質的に「大き過ぎる銀行は潰さない」という姿勢を表明したので、3月に一旦このショックは峠を越したのです。 リーマン破綻からしばらく経って、「アメリカの行き過ぎた市場主義が原因」という意見が出てくるようになりました。私は逆だと思います。何故なら純粋な市場主義の下では、企業のリスクは自己責任であり、「大き過ぎて潰せない」という概念は存在しません。大きな金融機関が政府が救うだろうという、市場主義を歪める期待が根付いてしまっていたからこそ、ショックとなって返ってきたのです。ですのでリーマン・ショックは正に、市場主義が徹底していなかったからこそ起こった問題だという認識が必要だと思います。 それでは今後、このような事態を防ぐにはどのようにすれば良いのでしょうか? 私は大きく2つあると思います。第一に、「大き過ぎて潰せない」金融機関を作らない事です。場合によっては大きくなり過ぎた金融機関を解体し、もしもの場合の影響を最小限に留められるようにすべきです。しかし、現在アメリカは逆の方向に向かっています。即ち、破綻する中小金融機関を大手金融機関が次々と吸収する動きとなっており、マグマが更に巨大化しつつあるように見えます。 第二に、資本を充実させる事です。資本を充実させれば、個別の金融機関の破綻はあっても、それが連鎖するのを防ぐ事ができます。我々の分析では、今後発生する不良債権とそれに伴う損失処理の必要額を考えれば、現在の自己資本規制を8%から15%や20%に引き上げても足りないくらいではないかと思います。しかしこの点についても現在、アメリカは逆の方向に向かってしまっています。大手金融機関の間では資本を充実させるどころか、公的資金を返済、巨額のボーナス支給を再開する動きが強まっています。議会を中心に、金融機関の報酬を規制する動きがありますが、私はそれよりも、今後発生が予想される不良債権額に鑑み、思い切って自己資本比率を引上げさせるべきだと思います。現在の大手金融機関の状況では、これによって結果的に公的資金を返済したり、ボーナスを支給したりする余裕は無くなる筈です。 リーマン・ショック後、ほぼ全ての大手金融機関が政府によって救済され学んだ筈が、殆ど反省もなく、徐々に元の木阿弥に戻りつつあります。このような状態では、「次の危機を待つのみ」という状態は続く事になるでしょう。但し大手19行を守るという前提の下なので、次の危機はリーマン・ショックとは異なる形態を取ると見られます。即ち大手19行に危機が発生した場合は、自ずから議会の承認が必要な巨額の公的資金の注入が必要となります。しかし大手金融機関が上記のような態度で、アメリカの一般国民、ないし議会が公的資金の拠出を承認するでしょうか? 現時点では可能性はほぼ皆無だと思います。その時金融市場はどうなるか…? TARP(不良資産救済プログラム)が当初否決され、ダウが777ドル下落した去年の9月末が思い出されます。 リーマン・ショックは非常に大きな痛みを伴いました。しかし、市場が送ってきたこのようなメッセージをアメリカは謙虚に受け止めなければならないのです。即ち、世界の国々がいくらでも国債を買ってくれ、それによってアメリカ国民がいくらでもお金を借りられる時代は終わったのです。市場はアメリカが、債務を適正水準に戻す事を求めているのです。家計は債務が適正水準に戻るまで消費も投資も増やす事はできません。企業は債務が適正水準に戻るまで雇用を増やす事はできないのです。ウォール街を含め、アメリカが市場のメッセージを謙虚に受け止め、将来に生かす事ができるようになるまで、市場は次々とメッセージを送り続けてくる事になるでしょう。
2009.09.15
2007年に始まったアメリカの一連の不良債権問題に関し、明確にしておかなければならない事があります。それは第一に、2008年9月「リーマン・ショック」をきっかけに始まった大手金融機関が連鎖倒産し、金融システムが麻痺してしまうような状況は今年春をもって既に遠のいた事、第二に、一方で不良債権問題は解決していないという事です。大まかに言えば、アメリカ財務・金融当局は、前者に対しては問題先送り措置を取り、後者に対しては多くの負担を国家に転嫁する措置を取りました。ですので今後不良債権問題に伴って発生する損失は、一部が金融機関、残る多くの部分が政府の負担になります。この結果、来年以降アメリカが経験するであろう危機は、リーマン・ショックとは性質が異なるものになると考えられます。 アメリカ財務・金融当局が一番初めに取った問題先送り措置はリーマン破綻3日後の空売り規制でした(第228回 米財務・金融当局が「麻薬」に手を出した理由(2008年9月22日))。もちろんリーマン・ブラザーズが破綻したのは空売りが原因ではありません。リーマンが不良債権を抱えていたのが原因であり、それに耐えられる資本を蓄えていなかったのが原因です。しかし当局は不良債権や資本不足の問題に着手する代わりに、金融機関の空売りを規制するという愚策に出てしまったのです。 時価会計ルールの緩和も問題の先送りに過ぎません。銀行がお金を貸して、金利は毎月受け取り、将来見込まれる貸倒損失は計上しなくて良いのであれば、「今は」儲かるに決まっています。保険会社が保険料だけ受け取り、将来見込まれる保険金支払に備えていないようなものですから、問題が先送りされているだけなのは明らかです。 ストレス・テストは市場心理を大幅に改善させる効果はありましたが、今回の不良債権問題が大手行750億ドルの資本増強で済むと信じている人は殆どいないと思います。実際我々の分析では、同じ債権でも額面100に対して市場価値に近い50近くまで落としている銀行と、まだ80-90のままバランスシートに載せている銀行と様々です。そもそも個別債権の評価が30-40%違う銀行業界で、有形普通株自己資本が4%で健全と判断するストレステストを、不良債権問題の解決のきっかけとするには無理があるのです。 これら先送りされた問題は銀行に残ってしまっています。しかし、政府が大手19行は潰さないという強い意志を示しているので、リーマン・ショックのように、それによって金融システムが脅かされる状況になる可能性は低いでしょう。一方で毎週FDIC(連邦預金保険公社)が発表している中小銀行の破綻は今後も増加していく事になると思います。 リーマン・ショックに代わって今後大きな問題になると考えられるのは、現在政府が実施している様々な「保証」です。昨年10月に議会承認された70 兆円のTARP(不良資産買取プログラム)資金は今年3月時点で残り5兆円と、ほぼ枯渇するに至りました(株式相場が安値を付けたのも、TARP枯渇に対する懸念が一つの要因でした)。困り果てた当局が積極的に利用し始めたのが、すぐに負担が発生しない様々な「保証」です。今年6月時点で、様々なプログラム名の下、連銀で約620兆円、FDIC関連で約170兆円、政府系住宅金融関連で約75兆円の保証が実施されています(連銀であろうと、FDICであろうと、政府系住宅金融であろうと、最終的に国民負担である事に変わりはありません)。 これらはいずれも、すぐに負担は発生しないものの、住宅市場や雇用情勢が回復しなければ同時に損失が発生し始め、しかもその負担は巨額なものに上るというリスクを内包しています。果たしてアメリカ政府の財務体質はこのようなリスクに耐えられるのでしょうか。答えはもちろんNO, WE CAN’Tです。
2009.09.03
前回のコラムで、次の金融危機の引き金になると申し上げた「レバレッジ倍率5倍組」、その正体は平均的なアメリカの住宅保有者です。 リーマン・ショックの半年前、2008年3月に証券会社ベアスターンが実質破綻するまで、アメリカの適格住宅ローンは、自己資金が20%、ローン上限金額417,000ドル、一定以上のローン支払い能力というのが要件でした(但し自己資金は3%以上であれば一応、要件を満たすとされていました)。自己資金が20%以下、という事は1÷20%=5で、レバレッジ5倍以上です。これが平均的なアメリカの住宅保有者の姿です。 便宜的に、417,000ドルを4000万円に置き換えて考えてみましょう。自己資金1000万円を拠出し、銀行から4000万円を借りて5000 万円の住宅を購入したとします。アメリカ主要都市の住宅価格動向を表すケース・シラー住宅指数は最新の数字で前年同月比17%下落していますから、前年の同時期に5000万円で購入した住宅は「平均で」4150万円にまで値下がりしています。「平均で」4150万円ですから、中にはもっと価値が下がっている住宅もあれば、そこまで下がっていない住宅もあるという事です。 一方で住宅ローンを借りて1年しか経っていないという事は、元本はまだ殆ど返済していないでしょうから、ほぼ4000万円そのままでしょう。もし今、この住宅を4150万円で売って住宅ローンを返済したら、当初1000万円拠出した自己資金の部分は150万円しか残りません。恐らくその150万円の中から住宅売却に伴う様々な手数料や税金を負担しなければなりませんから、既に自己資金はほぼ消えてしまっている計算になります。 自己資金がほぼ消えただけならまだマシな方かもしれません。中には、例えば3500万円に値下がりしてしまっている住宅もあるでしょう。このような住宅をもし今売却しても、4000万円残っている住宅ローンは完済できない事になります。このような住宅ローンはUnderwater(水面下)ローンと呼ばれます。この例では住宅ローンの4000万円が「水面」で、住宅価格がそれ以下に値下がりしてしまっているという事です。先日ドイツ銀行が発表したレポートによると、このようなUnderwaterローンは2011年までに住宅ローン全体の48%に上ると言われています。ちなみにアメリカでは、住宅保有者の約7割が住宅ローンを保有しています。私がこの「レバレッジ倍率5倍組」が来年以降、大きな問題となると考えている理由は以下の通りです。 アメリカでは半数強の州で住宅ローンは「ノンリコース」(担保を超える返済義務を負わない)です(たまに日本の評論家の方で、アメリカの住宅ローンは全てノンリコース、というような言い方をされる方がいますが、それは誤りです)。それではノンリコースによってどういう事が起こるのでしょうか? 通常、住宅ローンのデフォルト(債務不履行)は、住宅ローン保有者の所得減少、失業など、返済しようにも出来なくなる場合に起こるものです。しかし住宅ローンがUnderwaterと分かった場合に人々はどのような行動を取るでしょうか?現在4000万円の住宅ローンを抱えているが、隣で同様の住宅が3500万円で売っています。すると、銀行に対する信用さえ気にしなければ、住宅ローンの返済を止め、今住んでいる住宅を銀行に差出し、隣の住宅を買うなり借りるなりした方が有利という状態になります。即ち、住宅ローンはUnderwaterになった瞬間、これまでには居なかった「銀行に住宅を渡した方が得」という層が急増してしまうのです。言うまでもなく、銀行が住宅を持つとロクな事はありません。差し押さえにかかる弁護士、裁判所の費用や、売れるまでの住宅の管理費や固定資産税、空き家の場合は傷みが激しく空き巣に入らる事もしばしばです。この結果、住宅の価値もローンの価値も更に下がってしまうのです。 アメリカで住宅金融が現在の、政府系住宅金融機関を柱とするシステムになってから、平均住宅価格が前年比10%以上下落するのは初めての事です。しかも今回は大半の住宅ローンがUnderwaterとなりかねない、20%の下落に近付いてきています。アメリカは今後急増すると見られる、「銀行に住宅を渡した方が得」という人達と対峙しなければならないという、大きな爆弾を抱えているのです。
2009.08.13
昨年9月15日リーマン・ブラザーズ破綻の翌朝、私はテレビ東京の朝の番組に出演させていただく機会がありました。その番組の中でキャスターの方から「次の破綻は?」と聞かれ、「銀行業界に広がっていくでしょう」と答えました。バブルが形成された原因や過程の話を別にすれば、2007年前半から一貫して進行しているのは、住宅をはじめとする資産価格が下落しているという事です。そして破綻していっているのは概ね、レバレッジ(自己資本に対する債務の倍率)の高い順番だという事です。これまで破綻に至った主体をレバレッジの順番に並べていくと明らかです。住宅金融において一番レバレッジ倍率の高かったのは本コラムでも2007年後半から幾度かにわたって書かせていただいた(第212回 サブプライム問題の本命は?:モノライン(4)(2008年1月29日))モノライン(金融保証会社)でしょう。保証債務の殆どが財務諸表には表れていないため、一見レバレッジの高さを測ることは困難ですが、我々の分析ではモノライン大手のMBIAやアムバックでレバレッジ倍率は100倍を超えていました。これは例えば、100万円の頭金しかないのに、9900万円を借りて1億円のマンションを買うようなもので、無理をしている事は明らかでした。案の定、2007年半ばに70ドルであったMBIA、90ドルであったアムバックの株価はそれぞれ2008年初に10ドルを割るに至りました。次に破綻に追いやられたのは政府系住宅金融機関であるファニーメイとフレディーマックでした。これら政府系住宅金融機関の法定自己資本比率は2.5%なので、これだけだとレバレッジ倍率は40倍(1÷2.5%)という事になります。しかし、この2社は簿外の保証業務も行っていて、それを合わせると50-60倍というレバレッジ倍率になります。この2社は、1回目に訪れた2008年7月の危機においては政府の保証により一旦救済されたものの、9月初に訪れた危機には耐えられず、結局リーマンの一週間前に政府の管理下に置かれる事になりました(第227回 ファニー・フレディー問題(6)~ファニー・フレディー公的管理下へ(2008年9月8日))。その次がリーマン・ショックに代表される大手証券会社でした。大手証券会社は近年レバレッジ倍率を徐々に高め、30-40倍というのが平均の姿でした。破綻の危機はリーマンだけでなく、一瞬にしてメリルリンチ、ゴールドマン、モルガンスタンレーに広がるに至りました。ここまで来て冒頭の通り「次の破綻は?」と聞かれたら、レバレッジ倍率が10-20倍の業界を考えるのは当然の流れです。レバレッジ倍率10-20倍の業界は何か、を考えた場合、これは明らかに自己資本比率8%(=レバレッジ倍率1÷8%=12.5)でやり繰りしている銀行業界に他なりません。実際リーマン・ショック後、2008年末にかけて危機はワシントン・ミューチュアル、ワコビア、シティ、バンカメなど大手銀行に広がりを見せました。預金を保護しなければならないという制約がある以上、政府としてはこの「レバレッジ12.5倍組」を救済しない訳にはいきません。公的資金70兆円がほぼカラカラになるまで使い切り、問題の先送り措置を講じて、ようやく今年3月に一旦金融システムの混乱を沈静化するに至ったのです。このコラム(第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日))で書かせていただいた通り、米当局は今回、かなり時間を稼ぐのに成功した感があります。一方、私はかなり時間を稼ぐのには成功したものの、残念乍ら決してこれで終わった訳ではないと見ています。これまでの順番で行けば、次は「レバレッジ倍率5倍」に危機が訪れる事になります。そして実際、私はこの「レバレッジ倍率5倍組」が次の金融危機の引き金になると考えています。その「レバレッジ倍率5倍組」の正体は何なのか(7月初の楽天証券10周年セミナーにお越しいただいた方はご存知ですね)、次号でご説明したいと思います。
2009.07.28
今月4日(大阪)と12日(東京)に行われた楽天証券10周年記念セミナーで、私は株式相場について2009年は↑、2010年は↓との見通しと、その理由について講演させていただきました。今年後半にかけて株式相場が上昇するとの見通しは、実は4月(第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日))から変わっていません。様々な批判はあるものの、米国政府は問題を先送りするのに力を入れ、少なくともそれによってすぐに金融システムが麻痺してしまうような最悪の状態は避けられたのです。問題を先送りせずに、根本的な問題を含めて解決できれば良かったのでしょうが、それらを全て解決する時間もお金もありませんでしたし、最後の方は議会や国民の猛反対に遭いましたから、仕方がなかったという見方もできます。最悪の状態は避けられたにも拘わらず、株式市場はまだ「最悪の状態が近々再び訪れる」という水準での取引となっている訳ですから、このギャップが縮小する形で株式相場は上昇すると見ています。今年1月の楽天証券新春セミナーで、「9・15をきっかけに余計なリスクが始まった」と申し上げました(9・15はリーマンが破綻した日であり、金融システムにとっては9・11級のショックであった事から私が名付けた言葉です)。重要な事は、それまでも景気後退や不良債権問題に対する懸念は存在していた事で、9・15をきっかけに始まったものではないという事です。では9・15をきっかけに始まったものは何かというと、大手金融機関が連鎖倒産していくかもしれないという、取引相手(カウンターパーティ)リスクです。実際、リーマン破綻から数日後にAIGが実質破綻、ウォール街の大手証券会社も連鎖倒産寸前にまで追いやられました。10月から年末にかけてはシティやバンカメを含む大手銀行、そして3月初めにかけてシティやAIGに再び資本注入されるまで、市場の取引相手リスクに対する懸念は後退する事はありませんでした。新春セミナーでは、私はこれは「余計なリスク」であり、CDSの統一市場設立が進んでいるので3月にも相場は底を打つとの見通しを示しました。「余計なリスク」というのは、このリスクはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場のインフラが未成熟なまま急拡大してしまった事によって生まれたものだからです。1970年代、外国為替取引において、多くの銀行が欧州時間に旧西ドイツのヘルシュタット銀行に独マルクを支払ったのに、米国時間に米ドルを受け取れない、という事態が発生して金融システムが揺らいだ事がありました。今では外国為替取引は差金決済になっていますから、このような「余計なリスク」は殆ど発生しませんが、当時は外国為替市場が未成熟であったからこそ発生した事故でした。CDS市場は1970年代の外国為替市場と同じような状態で、インフラさえしっかりしていれば、このような「余計なリスク」は排除できたはずなのです。CDS統一市場の設立は現在進行形ですが、少なくとも今年春先までのような「余計なリスク」の多くは心配しなくてよくなった事は確かです。このような、去年9月から今年3月まで続いた「余計なリスク」が一旦去った証拠は先行指標を中心とする、様々な所に表れています。リーマン・ショックが走った昨年9月と比較してみますと(カッコ内はリーマンショック前)、10年物国債利回り3.69%(3.73%)、株価変動率指数 24.4(25.6)、住宅建設業指数15(17)、ミシガン大消費者信頼感指数71(70)、ISM製造業指数44.8(43.4)となっています。対して株式相場の方はダウ8700(11,000)、S&P500指数940(1250)と出遅れが顕著です。セミナーでもお話しさせていただいた通り、7-9月期はオバマ景気対策が最も強く表れてくる時期でもあります。2009年は↑と見てよいと考える理由です。次回は、実はセミナーで多くの時間をかけてお話しさせていただいた「2010年は↓」についての考えをお示ししたいと思います。
2009.07.21
最近、米長期金利の上昇が懸念材料になっています。昨年末、2%スレスレまで低下した米10年物国債利回りは特にこの一ヶ月の間に急上昇し、今日一時4%を付けるに至りました。そもそもメディアというのは悲観的なニュースを優先して取り上げる傾向があります。株価が下落している時は株式のニュースを取り上げますが、株価が回復してきたら株式を取り上げるのではなく、下落している国債(利回りは上昇)の方を取り上げるものです。こんな悲観的なニュースばかり見ていたので今回株の買い時を逃してしまった、という方も多いのではないでしょうか。 言うまでもなく、株価と国債の価格は逆相関の関係にあります。現在株価が回復してきて長期金利が上昇するのは当然の事です。問題はそれがどの程度か、という事にかかっており、ファンダメンタルズを反映した適正な長期金利の上昇であれば問題はない、という事になります。結論から申し上げれば、私は長期的に長期金利の上昇が問題になる可能性は高い一方、恐らく現在の長期金利上昇局面は懸念する必要はないと考えています。 第一に、現在の長期金利上昇は金融システム正常化の証と言えます。確かに半年弱で10年物国債の利回りが2倍という今回の動きは大きいものです。しかしその前2ヶ月、即ち、去年10月半ばに4%であった10年物国債の利回りは、12月末にかけて2%にまで急低下するという、全く逆の動きをしていたのです。大手金融機関が連鎖倒産し、金融システムが麻痺するかもしれない、という異常な状態の中で到達したのが2%という水準だったのですから、その2%が異常であったと捉える方が自然と言えます。 第二に、長期金利が最近のペースで今後も急上昇していくとは考え難いと思います。何故なら、現在の経済環境ですぐにインフレ率が高騰していく可能性は低いと見られるからです。確かに最近、原油や商品価格は再び上昇傾向にあります。しかし昨年、原油価格が150ドル近くまで高騰した場面でも、物価上昇が広く伝播する事はありませんでした。私は、昔のようなインフレが大問題になるのは、賃金インフレに発展する時と考えています。失業率が10%を目指す中、インフレよりもデフレの方が懸念材料のはずです。住宅価格の更なる下落が確実な現下、インフレを起こしたくても起こせない状況がしばらく続くと見るのが妥当ではないでしょうか。 確かに、アメリカは今回の金融危機を通じて構造的には大きな問題を抱えてしまいました。当コラムでも、第228回 米財務・金融当局が「麻薬」に手を出した理由(2008年9月22日)に始まり、第243回 木を見て森を見ないGM、クライスラーの処理方法(2009年5月22日)まで様々な問題を指摘させていただいてきましたが、これらは全て長期的なアメリカのファイナンスにかかわる問題です。米国債の投資家が相応のリスクプレミアムを要求する結果、長期金利は下方硬直的になるはずです。そして当局は、これを改善する手段を持っていないのです。長期的な問題として念頭に置いておく必要があります。 しかし、金融システムが崩壊するかもしれない時の長期金利2%と、金融システムが正常化した今の長期金利4%だったら、株式市場にとっては今の方が良いに決まっています。株価変動率、消費者信頼感指数、ISM指数、非農業部門就業者減少数など複数の指標がリーマン破綻前の水準にまで回復しているのですから、長期金利が4%に戻るのも当然だという事です。繰り返しになりますが、リーマン破綻当日のダウ終値が11,000ドルであった事を考えれば少なくとも、当面株価が引き付けられるのは上方向でしょう。
2009.06.12
昨年7月12日大阪での楽天証券セミナーで申し上げた通り、株式相場を見ている我々にとっては、自動車大手GMやクライスラーの破綻は時間の問題でした。しかし延命措置に次ぐ延命措置が採られた挙句、ようやくクライスラーが破産法を申請したのは先月末でした。GMも6月1日の期限をもって破産法を申請する可能性が高いでしょう。この間、財務的には到底続きそうにないところ、株主は蚊帳の外で、専ら債権者とUAWが交渉を続けるという、実質的には破産法申請後の債権者集会の姿でした。政府も、債権者も、UAWも、誰もアメリカの一つの象徴と言える自動車大手破綻のスケープゴートになりたくないがための延命措置でしたが、ようやくオバマ大統領がその役割を担った事で一件落着したかに見えます。しかしその処理は、アメリカの資本市場にとって致命傷となりかねない方法が採られたと考えざるを得ません。 政府に定められた3月末の再建案提出期限の時点でも、銀行団を含むクライスラーの有担保債権者は、一部でも貸付金が焦げ付く可能性は想定していなかったでしょう。何故なら通常の破産法申請は債権者を守るためのものであり、特に有担保債権者はいざとなれば担保を差し押さえれば貸付金は回収できるからです。しかしオバマ政権の自動車担当チームはUAWと提携先のフィアットの持分を確保するため、銀行団に対していきなり85%の債権カットを要求してきたのです。 政府は、もしクライスラーが清算されれば、有担保債権者には30%弱しか戻ってこないとの試算を出していました。銀行団は工場や設備などを担保に貸出をしていましたが、それはクライスラーが操業している事を前提に工場や設備の担保価値を計算していたのであり、クライスラーが廃業となった際の工場や設備に殆ど価値はありません。政府はこの、クライスラーが廃業となった際の担保価値をもって有担保債権者に債権カットを迫ってきたのです。銀行団の殆どは TARP(不良資産買取プログラム)の下、公的資金を受けていて、政府の方針に逆らえる立場ではありません。結局、頑なな姿勢の政府から殆ど譲歩を引き出す事もできないまま、UAW55%、フィアット35%、有担保債権者10%という持分が決まってしまったのです。 破産法申請直後から、「Non TARP(公的資金を受けていない)有担保債権者」の団体から訴訟が起こりました。公的資金を受けている銀行団が過半数を占めている事によって上記持分が決められ「Non TARP有担保債権者」の権利が著しく失われた、と。その通りだと思います。確かにクライスラーが廃業となれば担保価値は大幅に毀損するとはいえ、破産後に主導権を握れる立場にある有担保債権者が10%しかもらえず、一方でUAWとフィアットが残りの90%もの持分を与えられているのは明らかに不公平です。途中から政府が介入して債権者の権利が侵され、公的資金という「リベート」によって銀行団を黙らせる今回のやり方は、公的資金も受けていない、他の有担保債権者にとって不当以外の何物でもありません。 しかし今回の金融危機でアメリカ国民はウォール街に対して感情的になっており、「Non TARP有担保債権者」の言い分を聞き入れる耳は持っていません。結局先々週「Non TARP有担保債権者」は、やむなく訴訟を取り下げるに至りました。 お金を貸しても政府の介入が入れば返って来ないかもしれない、と思えば誰もお金を貸さなくなるでしょう。そして「Non TARP有担保債権者」のように、黙って資本市場から去っていく事になるでしょう。オバマ政権としては、69億ドルあったクライスラーの有担保債権を大幅にカットして成果を上げたと思っているかもしれません。しかし、世界一の金融市場であるアメリカでこのような事が起こった事が世界の投資家の脳裏に焼き付けば、アメリカは政府も企業も有利に資金を集める事ができなくなります。結局69億ドルの何百倍もの損害となって返ってくる事になるでしょう。木を見て森を見ない処理方法が採られてしまったという事です。 オバマ政権は6月1日の期限に向けて、GMに対しても同様の条件を債権者に迫っています。クライスラーの債権者が46組であったのに対して、GMの債権者は数千組に上っています。GMの債権者が同様の扱いを受けるとなれば、問題は深刻化しそうです。
2009.05.22
昨日、待ちに待ったストレステストの結果が発表されました。ストレステストの行方を巡って市場が揺れに揺れたこの3ヶ月間でした。ストレステストの実施が明らかになったのが2月初、そもそもガイトナー米財務長官が「銀行救済策」を発表するはずだった記者会見で発表し、寧ろ金融危機に対する市場の懸念を増幅する結果となりました。その後AIG、シティグループが次々と実質国有化、ストレステストの結果によっては更なる国有化に繋がるとの懸念から3月初に米国株式は安値を付けるに至ったのでした。 そもそもこのストレステストが実施された理由を思い出してみましょう。不良債権問題解決に必要な(1)不良債権の価額を把握(2)それに伴って発生する金融機関の資本不足を補う(3)金融機関の新規貸出し増加というステップのうち、(1)に過ぎません。従ってストレステストの結果をもって、アメリカの不良債権問題が解決する、と期待するのはそもそも見当違いなのです。ただ、(1)に過ぎないとはいえ、これによって昨年9月のリーマン・ショック以降市場が抱いていた余計なリスク、カウンターパーティ(取引相手)リスクが大きく後退するという成果はあったと思います。 リーマンが破綻した当日にテレビ東京の番組に出演させていただいた私は、「今後発生すると見られる大手金融機関の連鎖倒産、またそれによって金融システムが麻痺する可能性は大きなリスクだ」とコメントしました。実際直後にAIGが実質破綻、メリルリンチ、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーが次々と破綻のリスクに直面する異常事態となりました。そしてそのリスクはこの3月まで後退する事はありませんでした。今回ストレステストによって、初めてこのカウンターパーティ・リスクが大きく後退したのは成果だと言えます。即ち、個別金融機関ベースでは今後資本増強や資産売却など課題は多いものの、だからといってそれが金融システム全体を揺るがす事態となる可能性は当面無くなったと見て良いでしょう。市場の不安心理を表す変動率指数は本日時点で31にまで低下していますが、これはリーマンが破綻した日と同じ水準です。このようにカウンターパーティ・リスクが大きく後退した事は数字のうえでも明らかに見てとれます。 一方で、アメリカの抱える不良債権問題の解決はこれからです。そもそも今回のストレステストには2つの大きな問題があります。第一に、「ストレスのかかった」の経済状況の見通しです。例えば2009年GDP-3.3%、失業率8.9%、住宅価格-22%という「ストレスのかかった」前提に対し、実際は2009年第1四半期GDP-6.1%、4月失業率8.9%、住宅価格下落率の20%超もほぼ確実な情勢です。現在の経済状況が既に「ストレスのかかった」前提に近くなってしまっており、経済に更なるストレスがかかった場合に負のスパイラルに陥ってしまう可能性は否定できません。 第二に、今回当局は「有形普通株自己資本比率」の4%をストレステストの基準としていた事が明らかになりました。4%というのは、殆どの金融機関がいざとなれば既存の優先株を普通株に転換すれば達成できる基準です。しかしそもそも、今後も不良債権の増加が確実視される中、4%で足りるのかという問題は残ります。またメガバンクの総資産が軒並み200兆円近くに上る中、この基準が1%上がるだけで兆円単位の資本不足が生じる事になります。別の見方をすれば、今回当局が基準を(5%ではなく)4%に設定してくれたのはラッキーだったとも言える訳です。 このように、今回のストレステストはカウンターパーティ・リスクという大きなリスクを軽減させる事に成功したものの、中長期的な不良債権問題を解決したものではない、という認識が大切だと思います。ただ市場に目を転じてみると、リーマン破綻当日と今日を比べると、変動率指数が同じである一方、リーマン破綻当日のダウ終値が11,000ドルであったのに対して今日は8,400ドル台です。全て回復するのは困難にしても、当面カウンターパーティ・リスクの後退を楽しめる余地はかなり残っているのではないかと考えています。
2009.05.08
1-3月期の米金融機関の決算は、あたかも金融危機が終わったかのような好決算が相次いでいます。好決算なので早く発表したくて仕方ないのでしょう。通常、企業が株価を上げたい時に使う「繰上げ決算発表」のオンパレードとなっています。しかしニュースの一行目で報じられる「好決算」とは裏腹に、実は中身をよく見てみると悲しくなってしまうような内容が並んでいるのです。 好決算の火付け役となったのは大手銀行ウェルズファーゴでした。予定されている決算発表は4月22日だったのですが、待てなかったのでしょう。4月9日に速報値を発表してきました。-収入は200億ドル、合併前のウェルズファーゴから2桁増収!貸倒償却は61億ドルから33億ドルに減少!ご存知の通り、現在のウェルズファーゴは実質破綻となったワコビア銀行と合併した銀行です。一年前のウェルズファーゴの収入は137億ドル、ワコビアは 130億ドル、合計265億ドルですので、実際は増収ではなく減収なのです。しかも現在の経済環境では貸倒償却の減少は一時的な色彩が極めて強いと言えます。 次はゴールドマンサックスでした。ニュースの一行目は以下の通りです。-純利益18億ドル、一株利益3.39ドル、2008年2月29日期の3.23ドルを上回る!ゴールドマンは銀行持ち株会社への移行に伴い、これまでの12-2月期から1-3月期に決算期を変更して初めての決算発表でした。1-3月期に18億ドルの利益が出た事は一行目で発表されましたが、今回の決算期から外れた去年の12月、1ヶ月間で10億ドルの損失を出していた事に関する記載は発表資料の下の方でした。決算を繰り上げて発表し、しかもその日に50億ドルの増資をしなければならないという重要な日だった訳ですから、12月の損失も一行目で開示するのが誠実な姿だったのではないかと思います。 そしてメガバンクです。今月初に発表された時価会計ルールの緩和の影響がどれだけ出てくるか、市場が戦々恐々と見守る中、JPモルガンもシティグループも、時価会計ルール緩和によるメリットは殆ど受けていない、との発表でした。それもそのはず、実は両行とも時価会計ルールが緩和される前のメリットを受けていたのです。これはFASB157と呼ばれ、従来の資産だけではなく、負債も時価で評価する、というルールです。3月初めまでは金融危機は深刻化する一方でしたから、メガバンクの負債の評価はかなり下がっていたのです。資産の評価が下がると損失が出るのと逆で、負債の評価は下がると利益が出るのです。直感的に変だと感じられると思いますが、メガバンクは今回、正にその変な利益をかなり計上しているのです。好決算はこの変な利益が寄与した結果とも言えます。 バンクオブアメリカの決算は中国建設銀行株の売却に伴う一時的な利益が大きく貢献していたにも拘わらず、ルイスCEOは「会社自体の強さだ」と強調しました。これが逆に不誠実な印象を与え、株価は一日で24%の急落となりました。これに加え、特に1-3月期は巨額の公的資金注入を受けたAIGが大規模なクレジット・デフォルト・スワップの手仕舞いを行いました。自ずから取引相手の言い値での手仕舞いになったため、取引相手の大手金融機関に大きな利益(公的資金)が転がり込んだ可能性が高いと見られます。 出来るだけ財務内容を良く見せ、資本増強を有利に進めなければならない状況である事は分かります。しかし今の米金融機関は勉強する事よりも、成績表を良く見せる事に力を入れすぎているように見えます。それが行き過ぎて市場に「誠実でない」という印象を与えてしまうと、逆効果になる事が忘れられているような気がします。
2009.04.21
1月末に東京で講演させていただいた際、米国株式相場は3月頃に底を打つとの予想をご紹介しました。また、毎月初めにオンラインで開催させていただいている「自由の女神」運用報告会でも3月に底が来る可能性が高いのと、その理由について私の考えをご説明してきました。こう考えてきた理由は以下の通りです。 第一に、長期的に米国株式が天底を付けるパターンを見ていると、天でも底でも反転するまでに約6ヵ月間の揉み合いが観測されます。リーマンショックを受けて相場が急落したのが去年9月でしたから、逆に言えば6ヶ月が経過する3月位までは待たなければならないとの考えでした。第二に、自動車大手の去就を巡る期限が3月末に設定されていました。すでに債権者と従業員組合の話し合いという、実質的には破綻後の債権者集会の状態で、後は誰が宣告するかという問題でした。3月になって遂に大統領がその役割を担った事で、少なくとも自動車大手の去就が市場の懸念材料になる事はなくなったのではないかと思います。 第三に、1-3月期というのは経済も企業の決算も最悪の時期となる見込みです。金融危機の影響が経済を直撃する一方、オバマ景気対策の影響はまだ出てこないからです。しかし4月以降は景気対策の影響が出てきます。企業の決算も好転するでしょう。第四に、4-5月は税税控除目的による個人年金資金が投資信託などに流入しやすい時期です。特に今年は株価が大きく下落した後で、長期的な積立資金にとっては非常に魅力的な水準にあるため、需給の改善が期待できます。 それに加えて最近、不良債権とそれに伴う金融機関の資本不足という大きな問題を先送りする2つの措置が発表されました。一つは前・前々号でご紹介した官民投資プログラム(PPIP)そしてもう一つは先週発表された時価会計ルールの緩和です。 時価会計基準の緩和をボクシングに例えてみましょう。ライト級で体重を60キロ以下に抑えなければならないボクサーがいたとします。今回の措置は、体重検査をなくし、ボクサーの自己申告により資格を判断するようなものです。もちろん、根本的な解決策は体重を60キロ以下に抑え、試合前の体重検査にパスすることです。すぐにこれが無理なのであれば、私は体重検査は実施する一方、体重制限を一時的に65キロにすれば良いと思います。少なくともこれで透明性は保てますし、一時的の措置にしておけば、ボクサーは60キロ以下に向けて努力するはずです。 しかし、今回の措置では一旦体重検査をなくすという、最悪の措置を取ってしまいました。試合に参加したいボクサーが、正直に62キロと申告するはずはありません。市場から退場したくない銀行がバレない範囲で資産評価を膨らませようとするのは当たり前の事です。もともと何が含まれているのか分からない、その評価額も分からない金融機関の資産がますますベールの中に包まれ、問題が先送りされてしまった事になります。体重検査さえ続けていれば60キロ以下に向けて努力したはずのものを、体重計に乗る事さえ止めてしまった事で、将来気付いたときには70キロ、という事になりかねないリスクを孕んでしまった事になります。 とはいえ、今回の「問題先送り」措置であるPPIPと時価会計ルールの緩和で、市場には少なくとも時間の余裕ができたような感じがします。あまりに悪材料が多すぎたが為に「オバマ就任」でも上昇する相場ですから、「問題の先送り」が上昇要因になるのは想像に難くありません。当面市場は安値トライよりも反発の可能性の方が高いでしょう。先送りされた問題がいつ再び顕在化してくるか、は今後の大きな課題ですが、それを考える時間、即ち反発の時間はこの先十分あるのではないかと考えています。
2009.04.09
最近、アメリカでは金融危機への対応策として様々な策が発表されます。それもスピードがかなり早いので、日本にいらっしゃる方はなかなかついていけないのではないかと思います。ですので今一度、現在どの位置にいるのかを確認しておきたいと思います。 不良債権問題の解決に必要なのは大きく、[1]不良債権の価額を把握する事、[2]それに伴って発生する金融機関の資本不足を補う事、[3]金融機関の新規貸出し増加、です。アメリカは昨年後半にかけて不良債権問題の解決を急ぐあまり、[1]が中途半端なままに[2]に進んでしまいました。2-3月の株式相場急落はその反動が出たと言ってよいでしょう。そして先月、大手金融機関に対して、再び[1]をしっかりやろうという事になりました。これがガイトナー財務長官の発表した「ストレステスト」です。4月末までに完了する事になっています。 これとは別に、[2]から[3]への動きを進めようとするのが、今回発表された官民投資プログラム(PPIP)です。即ち、PPIPによってある程度資本不足が緩和されると同時に不良債権が切り離されるので、金融機関は新規貸し出しを進める事ができる、という訳です。しかし前号最後で申し上げたように、 PPIPは一つの問題を解決しようとするために、将来他の大きな問題を孕んでしまった可能性が高いと考えています。 まず最近、金融危機対策を実施する主体として財務省とか連銀とかFDICとか、政府系の様々な主体が出てきます。難しく考える必要はありません。本質を掴むには全て「政府」と考えるのが一番です。(例えば「連銀が長期国債を購入」というニュースが出たとします。国債を発行するのは財務省ですが、財務省も連銀も「政府」と考えると国債はプラスマイナスゼロですので、結局このニュースは「連銀が紙幣を印刷してばら撒いた」と同じである事が分かります。)この考え方で今一度、このプログラムをご覧になってみて下さい。 1. 銀行が額面100億円の不良債権をオークションにかける 2. 民間のファンドが入札、仮に84億円で落札したとする 3. a. 落札金額の14分の1(6億円)を民間のファンドが出資 b. 14分の1(6億円)を財務省が金融安定化資金から出資 c. 7分の6(72億円)をFDIC(預金保険公社)がノンリコース融資(※) 財務省もFDICも政府です。なので84億円のうち78億円は政府がお金を出している事になります。しかも72億円はノンリコース融資なので、不良債権が値下がりして民間のファンドが返済不能になった場合、その値下がりに伴う損失は政府の負担です。即ち「官民投資プログラム」とは名ばかりで、14分の13のお金とリスクの負担をしているのは政府なのです。ちなみに最大1兆ドル規模のPPIPに対し、数多くの銀行破たんの結果FDICにはもう190億ドルしかお金が残っていないというのはご存知でしょうか? そう言えば昨年8月、証券会社メリルリンチが「CDO(債務担保証券)を7200億円でファンドに売却」というニュースが出ましたが、実はメリルリンチは同時に、ファンドに対して5400億円のノンリコース融資を実施していたのを思い出します。5ヵ月後の今年1月、メリルリンチが巨額損失計上を発表したのはご存知の通りです。 今回例えて言えば、政府は保険を売ってその保険料を金融機関にプレゼントし、残った保険金支払のリスクだけ背負う状態になります。もちろん今後、不良債権の価値が上昇してくれれば問題はありません。しかし将来、丁半博打に負けて不良債権が値下がりする事になれば、金融安定化資金は簡単に枯渇してしまいます。その時政府は市場に、まだピストルの弾が残っているように見せかける事はできるのでしょうか?
2009.03.27
本日、市場が待ちに待ったいわゆる「バッドバンク構想」である官民投資プログラム(PPIP: Public-Private Investment Program)の詳細が米財務省から発表されました。これが好感され、NYダウは500ドル近くの上昇となりました。2月初め、「バッドバンク構想の発表間近」と期待させられた挙句、結局何も具体化していなかったと判明して株価が急落する場面がありましたが、ちょうどその水準を回復するに至りました。 米財務省のウェブサイトにも掲載されていますが、PPIPは以下のような仕組みです。 1. 銀行が額面100億円の不良債権をオークションにかける 2. 民間のファンドが入札、仮に84億円で落札したとする 3. a. 落札金額の14分の1(6億円)を民間のファンドが出資 b. 14分の1(6億円)を政府が不良資産救済プログラム (TARP) から出資 c. 7分の6(72億円)をFDIC(預金保険公社)がノンリコース融資(※) ※ノンリコースとは、仮に不良債権の価値が下落し、民間のファンドが融資を 返済できなくなった場合、民間のファンドは不良債権を放棄する事によって 返済義務を免れられる 一見かなり複雑な仕組みのように見えるのは、昨年来、バッドバンク構想に伴う様々な問題をクリアしなければならなかったからです。第一に、不良債権をオークションにかける事によって、価格の不透明性の問題をクリアしています。第二に、不良債権価額の14分の1という小さな割合でも民間のファンドに出資させる事によって、当該民間ファンドにインセンティブを持って不良債権をマネージさせる事ができます。これによって「小さな政府」のアメリカが専用の人材を用意する必要がなくなっています。第三に、政府の出資は不良債権額の14分の1で済みますので、残り60兆円ほどしか残っていない金融安定化資金をそれほど費やす必要はありません。第四に、前号でもご説明したように米財務省が信頼を失いつつある中、政府が民間ファンドと同額を出資する事によって、 PPIPへの信頼が補完されています。第五に、これが最も重要なポイントなのですが、FDICがノンリコース融資を行う事によって不良債権への入札価格が上昇する事から、銀行の資本不足緩和に寄与すると共に、不良債権の売却を促しやすくなっています。 民間のファンドが投資するのは、上記の例で言えば次のような金融商品です。オークションで落札した不良債権が15%以上値下がりすれば6億円失う代わりに、値上がり益は理論的には無限大です。損失は限定的で、利益は無限大、即ちコールオプション(原資産を一定価格で購入する権利)のような性質を持っています。自ずから本来、当該不良債権が持つ価値よりも高い価格が付くはずです。但しこの、本来当該不良債権が持つ価値と、落札される価格の差は民間ファンドが受けるメリットではありません。民間ファンドは既にこのような金融商品である事を分かったうえで、競争入札によって公正な価格で落札しているはずだからです。それではこのメリットを受けるのは誰なのでしょうか?それは不良資産を売却する銀行に他なりません。 即ち、政府は単純に資本注入するのではなく、FDICによるノンリコース融資によってリスク負担の銀行から政府への移転、という形で公的資金注入しているのです。従って、このPPIPはスキームが複雑に見えますが、実は政府による変則型の公的資金注入に他ならないのです!AIG幹部のボーナス問題等でもお分かりの通り、一般の米国市民によるウォール街への怒りは頂点に達しています。そのような中、何とか一般の米国市民には分かりにくい形で銀行に資本注入する方法はないか、そのような観点から考え出された妙案のように見えます。 今日発表されたPPIPは、様々な制約がある中、上手くそれらの制約をクリアし、実際市場にも好意を持って受け止められています。しかし、残念乍ら万能薬というのは存在しないのです。今はひとえに、市場がこのプログラムが内包する大きなリスクに気付かないまま(又は目をつぶって)、金融危機の峠を越してしまう事を望むばかりです。。。
2009.03.23
株式市場というのは信用をもとに成り立っている金融市場の一つです。銀行が信用をもとに実行する貸出や、債券市場よりも、もっともっと「信用」に対して敏感です。何故なら、会社が損失を出したり破綻した場合に、一番先に負担がかかるのは株主だからです。しかし大抵の株主というのは予め、景気や会社の業績には山と谷があるのは覚悟しているものです。一方であまり覚悟できていないのは、嘘をつかれる事です。 そういえば2000年3月以降のハイテクバブル崩壊で株価は急落となりましたが、本当に株式相場が底を付けたのは不正会計問題がピークに達した 2002年10月でした。投資家は景気の上げ下げによる株価の上下は仕方ないとしても、エンロン、ワールドコムをはじめとする不正会計によって嘘をつかれたのには耐えられなかったのでしょう。最近では、第233回 単なる一つの大きな嘘(2008年12月19日)でご紹介したような元ナスダック会長メイドフ氏による投資詐欺事件も投資家心理を大きく冷やす要因になっている事は間違いありません。そして今、米国株式市場が「嘘をつかれるのではないか」とビクビクしている相手がいます。それは米財務省です。 リーマンショック以降、皆さんは米財務省が、「アジア市場がオープンする前に」と開いた緊急記者会見を何度ご覧になった事でしょう。第229回 センス欠く米財務・金融当局の「対策」(2008年10月10日)で書かせていただいた去年9月29日の「金融安定化法案 大筋合意」は典型的な例です。詳細は当コラムをご覧頂ければ分かりますが、合意など全くの嘘だったのです。案の定、その日同法案は下院で否決され、NYダウは777ドルの急落となりました。 金融安定化法案にしても、当初不良資産の買取を目的に「市場が驚くほど大きな金額」(ポールソン前財務長官)として承認された7000億ドルも、結局は前半資金のほぼ全額が金融機関への資本注入に費やされてしまい、不良資産の買取には一銭も使われず、逆に不良資産買取には「驚くほど小さい金額」であった事になります。2月初にはガイトナー財務長官が銀行救済策を発表するというので市場が期待に胸を膨らませる中、発表を一日遅らせた挙句、実は何も具体化していません、という内容にダウは5%近くの下落となりました。もちろん財務省が意図的に嘘をついているとは考えられません。しかし意図的でなくても、期待させられた分だけ、結果的に市場は嘘をつかれたのと同じ反応になってしまいます。 市場の財務省に対する信用が今ほど必要な時はありません。それは普通株又は優先株の消滅を伴う大手金融機関の国有化を巡る思惑が株式市場の動向を大きく左右する材料となってきているからです。財務省も連銀も、一貫してそのような形の大手金融機関の国有化を否定しています。一方で市場は昨年9月の出来事がトラウマとなって信用できないでいるのです。それは去年9月7日、政府系住宅金融機関ファニーメイ、フレディーマックが国有化され、優先株と普通株が財務省の一存で一夜にしてほぼ消滅させられた事、そして同じく9月16日、AIGの普通株が実質的に消滅させられた事です。 国有化が、突然普通株が消滅させられる事を指すのであれば、私は大手金融機関についてはその可能性は極めて低いと考えています。第一に、AIGより後の救済、即ちワコビア銀行、ワシントンミューチュアル銀行、シティバンク、バンクオブアメリカ救済の際は一貫して、既存の株主にも再建のメリットが受けられる形になっています。第二に、政府系住宅金融機関国有化の際、ポールソン前財務長官は、「政府系住宅金融機関は特殊な機関であるので、この処理が他の金融機関に当てはまる訳ではない」事を強調しています。第三に、実際問題として、小さな政府のアメリカに大手金融機関をマネージできる人材が用意できるとは考えられません。何よりも既に民間に資本を出させてしまった今、「国有化否定」が嘘だと分かった時の市場のダメージを考えれば、当局がそのようなリスクを冒すとは現実的には考えられません。 市場が財務省の「国有化否定」を信用するようになるには今しばらく時間がかかりそうです。しかしそれは数日後ではない代わりに数ヵ月後でもなく、今後数週間の問題でしょう。それが株式相場反発の時になると見ています。
2009.02.27
去年9月、リーマンブラザーズが破綻した翌日、保険最大手AIGが破綻の危機に直面しました。最終的に連銀がAIGに850億ドルの融資を実施する決定がなされ、「AIG救済」という報道がなされました。しかし「AIG救済」とは裏腹に、AIGの株主価値はほぼゼロになりました。半年前にAIGの株式を50ドルで買った人は、「何が救済だ」と思った事でしょう。確かにAIGの保険契約者は守られましたし、従業員も取り敢えず路頭に迷う事はなくなりました。しかしこの「AIG救済」、本当の意味で連銀が救済したのはAIGではなく実はAIGの取引相手、即ち大手金融機関だったのです。AIGがもしあのまま破綻していたら、連鎖倒産を通じてウォール街の大手金融機関はもちろん、バリュー投資で神様とされたバフェット氏のバークシャー社でさえ、跡形も無くなっていたかもしれません。 その後も税金で様々な救済がなされました。ワシントン・ミューチュアル銀行、ワコビア銀行、シティバンク、バンクオブアメリカ・・・いずれも100 億ドル単位の税金が湯水のように注入されていきました。確かにそれら金融機関の従業員の雇用もある程度守られています。しかしそれら金融機関救済によって最も大きなメリットを受けているのは、実はそれら金融機関というよりも、取引相手である大手金融機関である事を忘れてはなりません。「大き過ぎて潰せない」大手金融機関は大切に守られているのです。 去年12月、証券会社メリルリンチは従業員に前倒しで40億ドルのボーナスを支給していた事が明らかになりました。同時期はメリルリンチを買収予定であったバンクオブアメリカが損失の大きさに買収断念を検討していた時期です。買収断念という事になっていればメリルリンチはリーマン同様の道を辿っていた事でしょう。結局政府が200億ドルの公的資金注入を含む支援に乗り出し、買収が完了したという経緯があります。即ち、政府の支援がなければボーナス支払どころか、会社の存続さえ危ぶまれていたという事です。 先週、オバマ大統領は公的資金注入の対象となっている金融機関の年収上限を50万ドルに設定する案を発表しました。これに対し、ウォール街からは早速反対の声が上がっています。非常に残念な事です。 大手金融機関は金融バブルの波に乗ってレバレッジを引上げ、それによって大きな利益、幹部は巨額の収入を得てきました。正に「丁が出れば私の勝ち」の状態です。しかし金融バブルが弾けてレバレッジが裏目に出てきた今、今度は「大き過ぎて潰せない」ので政府が救済に乗り出さざるを得ない状況になっています。一般のアメリカ市民にしてみれば、税金負担で大手金融機関を救済しなければならない一方、自分の会社は破綻、又は失業。。。大手金融機関に、「半が出れば貴方の負け」と言われているようなものです。 この「丁が出れば私の勝ち、半が出れば貴方の負け」の状態にアメリカ国民の怒りは頂点に達しています。このような普通の事が、ウォール街の大手金融機関に理解されないのは非常に残念な事です。一般のアメリカ国民の理解が得られなければ、巨額の資金を要すると見られる金融安定化に向けた「悪い銀行」の設立資金も議会の承認が得られず、結局再び金融危機となって大手金融機関に返ってくる筈です。公的資金を受けている、受けていないにかかわらず、「大き過ぎて潰せない」規模になっている大手金融機関が素直に年収上限設定を受け入れる事によって国民の理解を得、100年に一回の金融危機を乗り越えようとする姿勢は今、非常に重要と言えます。
2009.02.12
去年10月3日、擦った揉んだのあげく金融安定化法が成立してから100日間が経過しました。当初、ポールソン米財務長官が「市場が驚くほど大きな金額でなければならない」として要求した不良資産救済プログラム(通称:TARP)7000億ドルのうち、まず前半3500億ドルの資金が議会で承認されました。しかし今、市場はTARPの金額の大きさではなく、100日もたたないうちに前半の3500億ドル全額を使い切ってしまった、そのスピードの方に驚いてしまっています。 確かにこの前半3500億ドルはこれまで、短期間に起こった様々な危機を乗り越えるのに役立ってきました。シティグループやAIGといった超大型金融機関の破綻を防いだほか、ワシントンミューチュアルやワコビアなど大型金融機関の破綻が金融システムに与える悪影響を最小限に抑えてきました。年末には GMやクライスラーなど自動車大手を救済、何とかデトロイトがゴーストタウン化するのを防いでいます。しかし薄氷を踏んできている感は否めません。 一方でこのTARP前半の資金の使われ方には大きな批判の声が上がっています。最も大きな問題は、当初想定されていた使い方を全くしていない事です。もともと9月のリーマン破綻後、財務省が議会に承認を求めた資金の使途は「不良資産の買取」でした。アメリカの金融システムにおいて最も大きな割合を占める住宅ローンは、その殆どが証券化され、投資家が保有しています。住宅ローンを返済できなくなった人に対して住宅差し押さえを実行すると、住宅市場が更に悪化すると共に、金融機関には大きな損失が発生してしまいます。そこで政府がそのような住宅ローン関連証券を買い取り、住宅ローンの条件を緩和して住宅市場の悪化を食い止める、というのが当初の目的でした。 しかし政府が住宅ローン関連証券の買取を開始する前に次々と大きな金融危機が到来。やむなく金融システムが麻痺するのを防ぐために本来の目的から逸れた、金融機関への公的資金注入に資金を費やしてしまったというのが実情です。逆に言えば、殆どの資金が金融機関への公的資金注入に充てられてしまった結果、住宅ローン関連証券は買い取られておらず、従って住宅ローンの債務不履行や差し押さえるという目的を全く果たせていないという事です。当面住宅ローン不履行に伴う差し押さえを凍結する、としていた政府系住宅金融機関も先週末から住宅の差し押さえを再開しています。 金融機関に注入された公的資金が、結局はこのような住宅市場の安定化や新規の貸し出しに使われているのならそれほど問題ではありません。しかし大手金融機関を中心に注入された公的資金は、今の所殆どが国債購入に回されるという結果に終わってしまっています。7000億ドルというのはアメリカの労働人口一人当たり50万円にも上る大きな金額です。結果的に、全く本来の使われ方をしていない事に対してアメリカ国民の怒りは頂点に達しています。 TARPの後半3500億ドルに関しては議会の承認が必要なため、現在、大手金融機関の「もしも」に備えた資金はゼロという危険な状態が続いています。そこでブッシュ大統領は来週のオバマ新大統領就任を待たずに昨日、議会にこの3500億ドルの承認を要請しました。 TARP後半の3500億ドルが、「本来の目的」に重点を置くという条件なしに議会承認される可能性は殆どないでしょう。しかし全体で3500億ドルという枠が決まっている以上、「本来の目的」に充てられる資金が多ければ多いほど、大手金融機関の「もしも」に備えた資金は少なくなってしまう事になります。今の所、今週末にはイギリスが実施してきた金融関連銘柄の空売り規制が解除される見込みです。市場が再びリスクを感じ始めた時、それは自ずから株価に反映されると見ておくべきと考えています。
2009.01.14
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 2009年の米国株式相場は約3%の上昇で始まりました。米国では12月31日までに株式などのキャピタルロス(譲渡損失)を確定させれば年間 3000ドルまでは通常所得と相殺できます。所得税率が35%の人は3000ドルの損失のうち、1050ドルは国が面倒を見てくれるという事なので、これを生かさない手はありません。という訳で年末にかけて売り圧力が強まり、年が明けた途端に売りがなくなって株式相場が上昇する、というのはよく見られるパターンです。これは「1月効果」と呼ばれ、このような税制がもらたらす需給の変化が大きな要因です。逆に言えば、ファンダメンタルズによるものではないという事に注意が必要です。 ダウは10月初め以降、概ね8000ドル前半から9000ドル半ばのレンジを行き来しています。一時はどこまで下がるか分からないという恐怖感が市場を覆っていましたが、シカゴで取引されている変動率指数(VIX)が9月以来の低水準に戻ってきている事から見ても、どうやら市場は当面、このレンジが相場の中心になると判断しているように見えます。実際、相場を取り巻く環境も現時点では上昇・下落材料が均衡していると考えられます。そこで相場が均衡している要因となっていると見られる上昇・下落材料を今一度整理しておきたいと思います。■上昇材料1. 連銀による積極的な流動性供給2. オバマ新大統領による公共投資を中心とした財政刺激策日本も経験したこのような金融危機、そして景気低迷に対しては第一に迅速なスピードで金融システムを立て直す事、第二に需要を創出する事が不可欠です。実際 第229回 センス欠く米財務・金融当局の「対策」(2008年10月10日) で記させていただいた通り、当初米財務・金融当局の「対策」には首をかしげるものが目立ちました。しかし10月半ば以降は徐々に問題の本質を捉えた政策を打ち出してきているように見えます。3. CDS統一市場の形成リーマン破綻以降、「余計な」リスクとなったのが取引相手リスク、いわゆるカウンターパーティ・リスクと言われるものです。今年CDSに関しては統一市場が稼動し始めます。これによって余計なリスクは徐々に緩和される事が期待できます。4. 1月効果上述の通り、需給の歪みによるものである事を忘れてはなりません。■下落材料1. TARP(不良資産救済プログラム)資金の枯渇金融安定化法案で承認された7000億ドルのうち、議会の承認なしに使える3500億ドルは12月末をもって早くも使い切ってしまいました。当面、議会が承認するまで大手金融機関破綻などの「もしも」に備えた資金はゼロという状態に直面します。2. 1月9日、政府系住宅金融機関が一時凍結していた住宅差し押さえが再開住宅市場の更なる悪化を防ぐために政府系住宅金融機関が一時凍結していた住宅差し押さえが再開されます。3. 大手金融機関決算12月、JPモルガンの会長は業績が「とてもひどい」状況にあると発言しています。1月半ばに控えた大手金融の決算は市場の波乱要因になる可能性があります。4. メイドフ氏投資詐欺事件を受けたファンドの解約前号でご紹介した投資詐欺事件です。日本ではあまり報道されていないようですが、投資家心理に与える影響は小さくないと考えています。 このような材料がぶつかり合う形で市場は現状、8000ドル前半から9000ドル半ばという、大まかな均衡を保っているように見えます。しかしよく見てみると下落材料が比較的早く表れてくる材料であるのに対し、上昇材料は1月効果以外は中期的に効果が表れてくるものです。相場がその通りの動きになるとすれば、今年の「1月効果」には要注意です。
2009.01.05
それは単なる一つの大きな嘘だった --- 先週、5兆円近くに上る証券詐欺の容疑で逮捕されたバーナード・メイドフ氏は逮捕の2日前、会社の幹部にこう「告白」したとされています。投資家に高いリターンを謳って資金を集め、その資金を既存の投資家のリターンに回す事を繰り返す投資詐欺で、アメリカではポンジ・スキームと呼ばれます。ポンジは 1920年代に同様の投資詐欺で有名になったチャールズ・ポンジという人の名前に由来しています。日本では八葉物流やエビの養殖、円天などで有名になりましたので多くの方がご存知だと思います。先週の事件発覚以降、ウォール街はこのニュース一色になっています。 ポンジ・スキームは投資詐欺の中でも最も単純なものと言えます。しかし古くは1920年代にまで遡る事で分かる通り、残念乍ら、この手の詐欺は現在のアメリカでも当局に登録していない業者等でしばしば起こっているのが現状です。ただ、「100年に一回」と言われる史上最大の規模である事、メイドフ氏は元ナスダックの会長で、自身が市場のルールを策定し監督する立場であった事、最終的にはSEC(証券取引委員会)登録の業者となっていた事から、この事件はウォール街がひっくり返るほどのショックを与える事になりました。 ファンドは通常、年に一回監査を受けます。特に最近、ファンドの監査は厳しい事で知られており、ファンドの監査で不正が見過ごされる可能性は低いと考えられています。しかし今回の場合は、メイドフ氏傘下の証券会社が虚偽の運用資産報告に加担しており、証券会社の監査法人は故意か過失か、この不正を見過ごしていたようです。この監査法人の従業員は非常勤で70代後半の老人、秘書ともう一人の3人だけだったと伝えられています。 これに加えて最近明らかになってきているのは、数十年間ほぼ月1%づつの安定したリターンを上げるメイドフ氏の運用を不審に思った人物が2000年以降、SECに幾度となく調査を求めていた事です。実際SECは2006年に調査に踏み切ったものの、不正が見抜けなかったという結果になっています。このような失態が重なって今回の巨大投資詐欺事件に発展してしまったという訳です。 2001年エンロンは自社株が下落しなければ粉飾決算は発覚しなかったでしょうし、2002年ワールドコムもハイテクバブルが崩壊しなければ不正会計は明らかにならなかったかもしれません。サブプライム問題も元はと言えば、勤務先を偽ったり、信用力を示す点数を書き直したり、不動産鑑定士が意図的に高い評価をしたりという、小さな詐欺の積み重ねに端を発しています。そして住宅市場が右肩上がりを続けている間は問題が表面化する事はありませんでした。今回のポンジ・スキームも株式相場が堅調で、ファンドが解約されるまで表面化する事はなかった事でしょう。そういう意味ではこれもバブルの崩壊過程で起きる典型的な事件の一つなのかもしれません。 我々の眼から見れば、登録アドバイザーが証券会社を巻き込んでこのような巨額の詐欺を働くという事件が再発する可能性は低いと見られます。しかしそのような見方とは別に、投資家心理が先行する形で、当面ファンドに対する不信が市場を覆う可能性は否定できません。リーマン破綻に端を発する急落相場は米国大手金融機関の年次決算のタイミングで一旦底を見ると見ていましたが、こうなると少し「延長戦」も覚悟しなければならないと考えています。
2008.12.19
先週水曜日、ポールソン米財務長官は金融安定化法で承認された7000億ドルの使途につき、不良資産の買取よりも資本注入の方が効果的であるとし、実質的に方針を転換した事を明らかにしました。残念乍らこの発表により、それほど遠くない将来、再びリーマンブラザーズのような大手金融機関が破綻に追いやられる可能性が高くなったと判断せざるを得ません。 金融安定化法はそもそも不良資産救済プログラム(TARP)と呼ばれ、金融機関が保有する不良資産を財務省に買い取ってもらう事によってバランスシートから切り離し、通常の貸出に支障をきたさないようにする事が目的でした。そしてポールソン米財務長官は「市場が安心するほど巨大な規模でなくてはならない」と強調し、7000億ドルという規模とする事になったのです。即ちその時点では、金融機関が保有する、不動産担保証券等を中心とする不良資産を買い取るのに、7000億ドルあれば十分という判断がなされていたのです。 しかし10月になって金融危機が再燃、世界に広がりを見せた事から、ポールソン米財務長官は7000億ドルの中から急遽、大手9行に1250億ドルの資本注入を決定しました。その後資本注入金額はさらに膨らみ、現時点までで銀行に合計で2500億ドル、保険会社AIGに400億ドルの資本が注入される事になりました。7000億ドルのうち、3500億ドルは再び議会の承認が必要とされていますので、現在議会の承認なしに使える金額は残り600億ドルしか残っていない事になります。 確かに金融機関は通常10倍以上のレバレッジが効いていますから、通常の状態であれば、例えば100億ドルの資本注入をすれば1000億ドル以上の信用創造が期待できます。しかし残念ながら、今起こっている事は全く反対の事なのです。即ち、1000億ドル分の資産の価値が10%下落したので資本が 100億ドル毀損しており、これを埋めなければその金融機関のみならず、金融システム全体が麻痺してしまうという状態なのです。とても新規の貸出や信用創造に向かう状態ではないという事です。 先週水曜日のポールソン米財務長官の方針転換表明後、商業不動産担保証券が暴落を始めました。金融安定化法はもともとは不良資産救済プログラム (TARP)だったのであり、大手金融機関はこのプログラムに則って流動性の低い商業不動産担保証券を買い取ってもらおうと目論んでいたに違いありません。監査を通過しなければならない11月末(大手証券会社)、12月末(大手銀行)の決算までに市場で投売りするよりも、財務省に買い取ってもらえれば、市場価格の暴落を招く事なく当該証券を処分できると考えていた事でしょう。しかしこの期待が大きく外れた事で、大手金融機関はこれら証券を売却せざるを得ない状態になり、その結果価格が暴落状態となってしまっています。我々の分析では、これにより一部大手金融機関は既に資本不足に陥ってしまっていると見ています。 大手金融機関に危機が訪れるような事態になれば、当局は極めて迅速な対応を取らなければ世界の金融システムが麻痺してしまいます。しかし、現在議会の承認なしに使える資金は600億ドルしか残っていません。しかも危機に陥っているアメリカの大手自動車メーカー、ビッグ3を初めとする一般企業もこの資金を求めて議会に働きかけを強めています。それほど遠くない将来に訪れると見られる大手金融機関の危機に対し、当局がどのような対応を取れるか、極めて重要な段階に来ている感じがします。
2008.11.25
今夏以降、講演会や運用報告会で申し上げてきた事ですが、私はアメリカの株式相場は10月半ばか12月半ばに安値を見る可能性が高い、と考えてきました。今年の主要株価指数の動きを見てみますと、決算がピークに達するタイミング(特に1月半ば、7月半ば)に向けて大きく下落している事が分かります。最近の市場は決算発表を非常に怖がっているのです。その意味では毎年恒例の投資信託の決算、税金対策の売りとも重なり、決算ピークをむかえる10月半ばに向けて株価が下落すると予測するのはそれほど難しい事ではありませんでした。実際10月は第二週、第三週、第四週といずれも下値をトライしましたが、今の所はそれが安値となっています。 そして今、次の関門となる12月半ばを意識しなければならないタイミングに差し掛かっています。私が12月半ばと申し上げてきた大きな理由は大手証券会社(投資銀行)の決算が予定されているからです。米財務・金融当局が「麻薬」に手を出した理由(2008年09月22日)では詳しく記しませんでしたが、10月初めのNYタイムズ紙でこの時、大手証券会社2社が流動性危機に陥った様子が報道されました。最近「投資銀行のビジネスモデルは崩壊した」と言われますが、投資銀行でなくても、他己資本に頼った投資をしていて、その他己資本が電話一本で引き出せる状況にあれば危機が訪れるのは当然です。実際NYタイムズ紙には9月18日、これら証券会社にファンドによる資金引き出し要求が相次ぎ、当日夜以降、米国財務・金融当局が「麻薬」に手を出すきっかけになった、その背景が克明に記されています。 市場が12月の証券決算を怖がると思われる理由は3つあります。第一に今年、市場が特に混乱したのも3月と9月、いずれもベアスターンズ、リーマンブラザーズといった大手証券会社がもともと決算発表を予定していた直前のタイミングでした。第二に、12月に発表される決算は年に一回の本決算であるため、監査を通す必要があります。従ってこれまでよりも厳しい資産の査定が行われる可能性が高いと見られます。第三に、この決算は9-11月期という、これまでの所金融市場が大混乱の時期であったため、そもそも良い決算が発表される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。 確かに金融市場が正常な状態であれば、少々の損失が出ようと吸収する事は可能でしょう。しかし現在の金融市場は極めて脆弱で、例えば決算をきっかけに格付け会社が当該証券会社の財務格付けを引き下げ、資金調達に支障をきたすような事になれば、再び大きなシステムリスクに発展しかねません。金融安定化法案があるとはいえ、保険会社AIG、自動車大手GMをはじめ、これだけ巨額の資本注入を要しかねない企業が次々と現れてくる状況においては市場の不安感が高まるのは当然の事でしょう(連銀が実施しているCP買取も格付け制限があります)。 幸い、証券会社が保有する資産の多くは時価評価されています。時価評価というのは、現在のような状況においては、将来予想される損失が現在価値に引き直されて前倒しで計上されているという事です。その時価評価が監査を通ったものとなれば投資家の安心感はかなり違ったものになると予想されます。これまで困難であった資本増強も比較的容易になるでしょう。12月の証券決算は市場にとって大きな懸念材料ではあるものの、それは金融危機の回復に向けて経験しなければならない「産みの苦しみ」のように見えます。
2008.11.10
「一年間に870ドルの利益をもたらす投資対象に貴方はいくら払いますか?この投資対象を保有し続ける限り、利益は今後年間平均約6-7%づつ増加していきます。但しこの利益は年によって上下する可能性があります。」 なかなか難しい問題だとは思います。年間6-7%づつ増加していくといっても、ある年はマイナスになったり、ある年は10%以上増加する事もあって、国債のように利益が保証されているわけではありません。利益の保証が最重要課題である人にとってはこのような投資対象は問題外かもしれません。しかし長期的に投資を考えられる方は、利益が年間平均約6-7%づつ増加してくれるのだったら短期的な利益の上下は我慢できる、という事になるでしょう。 世界中のあらゆる投資家が集まって、上記の問いに対して出している答えが今日のダウの終値、8175ドルなのです。世界のトップレベルの競争力を誇る企業30社が集まり、870ドルの利益を出す投資対象に対して8175ドルの値段が付いている。これが高いか安いかと言われれば、私には「極端に安い」という答えしか思い浮かびません。 アメリカの主要株価指数であるダウがこの状態ですから、個別銘柄ではさらに安い銘柄がぞろぞろころがっています。下記は我々が運用しているファンドで実際に投資している銘柄の例です。銘柄1. 保有現金一株当たり10ドル、負債ゼロ、予想一株利益1.5ドル、株価12ドル銘柄2. 保有現金一株当たり14ドル、負債ゼロ、一株キャッシュフロー7ドル、株価25ドル銘柄3. 一株利益2ドル、5年平均予想成長率20%、株価31ドル 10月は信用不安がクライマックスに達する形でダウは今日までで25%下落しています。一ヶ月もたたないうちにダウがこれだけ下落するのは極めて珍しい事です。投資信託や年金、ファンド等が更なる下落を防ぐため、追加証拠金を満たす為等の理由で現金化を余儀なくされているという、報道通りの事が起こっているのは事実でしょう。またこれまでの経験にない事が起こった事で投資家心理として、特に人間の感情の部分がいつもになく前面に出てきて、合理的でない行動、即ち「下がっているから売る」を後押ししているという面もあると思います。 しかし株式というのは単なる相場商品と違い、価値(バリュエーション)というものがあります。冒頭のように、XXXドル利益を生み出す投資対象にいくら支払いますか、という問題です。感情が前面に出てきて、「5000ドル以上ビタ一文払わない」というのも一つの答えかもしれません。また価値とは関係なく、追加証拠金要求で、8175ドルでも売らないといけないファンド等もあるでしょう。個人ベースでは、来月に迫った出費の予定があり、価格に関わりなく、株式は売却しなければならない、という人もいるでしょう。しかしこれらは長期的なリスクを取れない性質の資金であり、そもそも株式のような永久証券の投資向けの資金ではありません。 市場はまだまだ不安定な状態が続いています。しかし公的資金注入、銀行間取引の保証、連銀によるCP買取の開始、国際協調など、株式市場を取り巻く環境は一時よりもかなり改善している事は間違いありません。ファンダメンタルズやバリュエーションが改善していて、需給が悪化を続けているという現在の状況で、長期的にリスクを取れる投資家が圧倒的な有利に立てるのは当然の事だと思います。
2008.10.29
「合意に達していないのに、合意に達したように見せかけるのに米財務省は苦労していますね」---9月29日月曜日朝、東京にいた私はブルームバーグTVに出演させていただく機会があり、このように申し上げました。米財務省はそれまでも議論されてきた不良資産買取構想を、金融安定化法案として9月 19日、大々的にマスコミ発表、議会が終了する翌週までの成立を目指しました。もともとそれほど効果が見込めない案である上に、7000億ドルにも上る法案を一週間で議会通過させるなど至難の業です。日本時間29日月曜朝になって「金融安定化法案 大筋合意」という文字をニュースで見た瞬間、これはダメだ、と思いました。週末を越えてまだ「大筋」という文字が入っているという事は、合意に達していない事を強く裏付けるものでした。案の定、その後法案は29日 NY時間午後に下院で否決され、ダウは史上最大幅となる777ドルの下落を記録する事になったのです。 前号でも書かせていただいた通り、最近の米財務・金融当局には、アメリカらしくない「対策」が目立ちます。空売り規制など、一回だけの株価上方シフトは見込めますが、その後には市場の流動性低下という致命的な影響を残します。実際、空売り規制が実施されてからの株価の値動きはひどいものです。空売り規制実施からこれまで14営業日のダウの動きは1営業日平均300ドルにも上っています。しかも空売り規制が実施されてからダウは今日までで20%近く下落しています。投資家は「いざとなったらいつでも売れる」という安心感があるからこそ株を買うのであって、流動性がなくなってどこで売れるか分からない市場に投資家は参加しません。成績を上げるにはコツコツ勉強するしかないのです。勉強をしないで、付けられた点数が気に入らないからといって成績表を書き換えようとすると、必ず後で大きなツケを払う事になります。今後、再び空売り規制が検討されるような事があった場合、これまで様々な空売り規制が市場に与えた悪影響から、如何に逆効果の愚策であるかを学び、同じ過ちをしないようにしてもらいたいと思います。 そして今日、世界協調利下げなるものが実施されました。現在FF金利は2%にまで低下しており、利下げの「糊しろ」は2%しかありません。この辺の金利水準になってくると、市場は利下げを好感するというよりも、糊しろがなくなってきている事を逆に嫌気するリスクがあります。それを気にしたのでしょう。連銀単独でなく、世界の中央銀行を巻き込んで協調利下げという奇策を取りました。しかし外科手術が必要な患者に風邪薬を与えても効き目はありません。市場はすぐに金融当局の苦しさを見透かす結果となりました。巻き込まれた他の中央銀行は「糊しろ」が減って気の毒に思うくらいです。 このような一連のセンス欠く米財務・金融当局の対策によって市場は当局に対する信頼を失いつつあるように見えます。結局今のところ、市場が自分の力で反転する点を見付けさせる、即ち市場参加者の多くがリスクを覚悟の上で十分安くなったので買いたい、と思えるようになるのがベストという事でしょう。 講演等で申し上げてきた通り、私はそもそも、10月半ばに一旦底が見えるのでなないかと考えてきました。当局の対策などなくても、1.明日空売り規制の解除によって株価は下落するだろうが、市場の流動性は徐々に回復してくる 2. 来週大手金融機関の決算発表が終わる、という2つの点でリスクプレミアムの低下が期待できるからです。そう考えると、やはり来週一旦底を見る可能性は高まっているように見えます。
2008.10.10
先週に続き、今週もアメリカ金融市場にとっては歴史に残る一週間となりました。リーマンブラザーズの破綻はすぐに世界最大手の保険会社AIGの危機につながり、週末にかけては米証券取引委員会(SEC)が金融株799銘柄の空売り禁止を発表するに至りました。現在の金融市場を巡る環境はかなり異常な状態である事は確かです。しかしそれを何とか阻止しようと米財務・金融当局は「モラルハザード」と「空売り規制」という、2つの「麻薬」に手を出す事になってしまいました。 リーマンブラザーズの破綻が現実的になってきた9月初め、私が一番気になっていたのはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ:倒産保険のようなもの)市場への影響でした。現在62兆ドルと言われる規模にまでCDS市場が拡大してから、初めて経験する大型金融機関の破綻です。リーマンCDSの売り手はもちろん、CDS市場全体の5%を取引していたリーマンがCDS取引を履行できないとなると、取引相手(カウンターパーティ)の連鎖倒産や巨額損失につながる可能性があったからです。リスクはもはやクレジットではなく、カウンターパーティ・リスクに発展しつつあったのです。 案の定、危機はすぐにCDS市場の大きなプレイヤーであったAIGに飛び火しました。今週水曜日までにCDS取引に関わる追加証拠金170億ドルを収めなければ破綻、という危機に追いやられました。今週月曜日時点でAIGと当局との話し合いは決裂していたようですが、火曜日になって突然再開、結局連銀が850億ドルに上る融資に応じる形で決着となりました。今年3月の証券会社ベアスターンズ破綻以降、あれだけ次の救済はない、モラルハザードを避ける、納税者の負担を最小限にとどめる、と強調してきた割には疑問の残る決着だったと言わざるを得ません。 さらに米証券取引委員会(SEC)は今後最長30日間、金融株799銘柄の空売り禁止という措置を取ってしまいました。空売り規制は直接需給に変化を与える事によって「一回だけの」価格変化をもたらす効果があります。しかし中長期的には流動性の減少という、市場に致命的な悪影響をもたらします。市場資本主義を尊重するアメリカがここまでやってしまった理由は何なのでしょうか?確かに前日、マケイン共和党大統領候補に「私が大統領になったらコックス SEC委員長をクビにする」と明言された事も大きかったのでしょう。しかし、私はもっと大きな理由があるような気がしてなりません。 一度は流れたAIG救済に関する会合は火曜日突然再開されました。SECが空売り規制を発表したのは平日の夜中です。しかも、いずれも市場資本主義を掲げるアメリカにとって中長期的には致命傷となる可能性のある「モラルハザード」と「空売り規制」です。普通に考えれば、それを犠牲にしてまで実施しなければならない、我々には知らされていない、何かとんでもない大きな危機が潜んでいたという事ではないでしょうか。実際18日は、これまで優良と考えられていた某大手金融機関が流動性危機に陥ったと聞いています。 「モラルハザード」と「空売り規制」という麻薬に手を付けてしまったアメリカの金融市場。空売り規制が期限を迎えると見られる10月半ば以降に正念場が訪れる可能性が高まっているように見えます。
2008.09.22
2008年9月7日、財務省はアメリカ金融界の歴史に残る、そしてアメリカ史上最大の納税者負担となる可能性のある決断について声明を発表しました。本コラムでも5回にわたって取り上げてきた政府系住宅金融機関、ファニーメイ(FNM)とフレディーマック(FRE)をFHFA(連邦住宅金融局)という公的機関の管理下に置く決定がなされました。英語でConservatorship (保全管理)と呼ばれ、(今回の場合)債権者が保護される、清算につながる可能性がない以外は連邦破産法や会社更生法申請とよく似ています。 特に最近、ファニー・フレディー問題が住宅市場に与える影響は悪化の一途を辿っていました。信用不安から両社の資金調達コストが上昇し、これが住宅ローン金利の上昇を通じて住宅市場の更なる低迷、両社の信用不安につながるという悪循環を生み出していたのです。一方で中途半端に政府の「暗黙保証」があるものだから債務不履行にも至らず、いわばゾンビのように生き続けて住宅市場を長期にわたって低迷させる可能性があったのです。前号で申し上げた通り、早めにドクターストップをかける必要があったという事で、その意味で財務省は今回、適切な決断を下したと思います。 最初の公的資金注入は10億ドルの転換上位優先株(利率10%+株式79.9%分への転換権)購入の形で実施されます。両社への資本注入は今後それぞれ、少なくとも数十億ドルは必要と見られます。10億ドルだけで約8割の株式転換権を保有されるという超希薄的な条件ですから、我々が運用するファンドでも空売りしてきた両社の普通株式の価値は今後ゼロに近づいていくと見られます。この他、発表された内容は以下の通りです。 -2009年末まで財務省が担保付貸出枠を設定 -2009年末まで財務省が両社のMBS(住宅ローン証券)を購入 -2010年以降、資産が現在の約3分の1になるまで毎年10%ずつ減少させる -2010年以降、転換上位優先株購入に関する保証料を財務省に支払う ポールソン財務長官は声明の中で、「アメリカは曖昧な『政府の暗黙保証』を容認し、それによって政府系住宅金融債は世界の投資家に保有されてきた。この曖昧さを作ったのはアメリカなのだから我々はその責任を負うべきだ。」と発言をしました。アメリカ国民にとって膨大な負担となる可能性のある責任を、このように公の場で潔く認めた事は、両社の債券保有者に好感される事は間違いないでしょう。 しかし少し先を見通した場合、市場の懸念は上記内容にある通り、2010年1月1日以降に移るでしょう。2010年1月1日以降の両社の姿は、財務省からの貸出は受けられず、また両社のMBS購入を止めている、資産は年10%ずつ減少させなければならず、財務省には保証料を支払わなければならないという主体になるという事です。それまでに財務省が購入した、住宅市場の影響を大きく受ける転換上位優先株の価値はどうなっているのか、またその後どうなるのか。民主党政権になるのか、共和党政権になるのか、官営となるのか民営となるのか、「暗黙の保証」を明示するのか、全く保証をなくすのか、その場合アメリカの住宅金融は誰が支えるのか。不透明感は拭えません。 一方確かな事は、今回の決断により、米国債の裏付けにはベアスターンズが保有していた証券化商品290億ドルに加え、住宅市場の動向に大きく左右される政府系住宅金融機関が保有していた巨額の住宅ローンに対する保証が入ってしまったという事実です。
2008.09.08
約2ヶ月前の6月20日(金)、ニューヨーク大学ビジネススクールに招かれ講演させていただく機会がありました。その講演で話させていただいた内容が正にこの「ファニー・フレディー問題」でした。当時まだこの2社の株価は25ドル近辺で取引されていました。それが週明けの6月23日(月)から2社の株価は急落を始め、本日時点でそれぞれ6ドル台、4ドル台での取引となっています。当コラムに書かせていただいた内容が殆どですが、簡単に当日の講演の概要を記させていただきます。 我々が本格的にファニー・フレディーの危機を想定し始めたのは5月の事でした。3月半ばの危機を受けて、金融・財政政策をはじめ様々な住宅対策が打たれました。当初は短期的にしろ、その効果は表れてくると考えていたのですが、4月の指標を見ても、5月の指標を見ても、その気配はありません。意外かもしれませんが、1970年以降、アメリカの住宅価格の中間値が前年同月比で3ヶ月以上下落した事はありませんでした。しかし今回はこれまで、23ヶ月連続で下落しています。1980年代前半や90年代前半のような住宅不況とは違った現象が起こると考えるのが自然でした。 「アメリカの住宅ローンはノンリコース(担保を超える返済義務を負わない)」と言われる事がありますが、正確には法律上ノンリコースとなっているのはアメリカの半数余りの州だけです。ただノンリコースはこれまでになかった新種の債務不履行者を生み出します。即ち、これまではローンが返済できなくて住宅を差し押さえられる人だけだったのが、「踏み倒した方が有利」と考えて住宅を差し出す人達が出現してしまいます。これら2社の条件に見合うローンは頭金 20%が必要とされています。という事は、住宅価格が20%以上値下がりすると、住宅ローン金額>住宅価格となり、他の諸要素を考えなければ、踏み倒した方が得になってしまうからです。この2社が今の形になったのが1970年代ですから、それ以降、この2社はこのような「新種の債務不履行者」を経験した事がないのです。 当日の講演では以上のような感じで今回ファニー・フレディーが危機に陥る可能性を指摘した上で、当コラムの通り、それが各方面に与える影響について話させていただきました。 現在、ファニーメイ債と国債の利回り差は3月半ばの金融危機以来の水準にまで拡大しています。これは住宅ローン金利の上昇を通じて住宅市場がさらに厳しくなる事を示しており、延いてはこの2社の財務状況はこの先更に悪化することになります。先月成立した住宅対策法案で、市場は政府が資金を注入するという期待を持ってしまったものだから、悪化の進行がスローになり、現在の状況はかえって最悪になってしまっているとも言えます。早期にドクターストップをかけないと、この悪循環が更にアメリカ経済全体に広がってしまいます。 ファニー・フレディー問題(2)~エージェンシー債のリスク (2008年07月17日)で書かせていただいた通り、私は債務の一部株式化が最も公平だと考えています。ただ取り敢えず第一弾は公的資金注入という事になる可能性は高いと見られます。それが不十分となれば、将来的には両者が再び検討される可能性も十分あるでしょう。そうなると、ファニー・フレディー問題(3)~日本政府は保有しているのですか? (2008年07月24日) という疑問は残るものの、日本政府が保有しているのがエージェンシー債であろうと、米国債であろうと、実はあまり変わりがない事になります。米国債を保有していたら、いつの間にか裏付けとなるのはベアスターンズが保有していた訳の分からない証券化商品290億ドルと、政府系住宅金融機関が保有していた巨額の住宅ローンと、資金不足に陥った預金保険機構に対する補填ローン、となる日が近付いているように見えるからです。
2008.08.19
政府系住宅金融機関、ファニーメイ(FNM)とフレディーマック(FRE)のビジネスをご存じない方もいらっしゃると思いますので、一度おさらいをしておきたいと思います。政府系住宅金融機関のビジネスは大きく分けて2つ、ヘッジファンドとモノライン(債券保証)です。 第一にヘッジファンドの部分から。これら2社は市場から資金を調達したお金で住宅ローン担保証券に投資しています。ただ一つルールがあって、自己資本比率は2.5%以上ないといけないと定められています。例えば貴方が25万円持っていたとします。市場から最大975万円借りてきて、1000万円分の住宅ローン担保証券に投資しても良いという事です。ちなみに我々が運用しているヘッジファンドにおいては自己資本比率は66.7%(上記の例だと667万円)以上なければならない事になっています。即ち、平均的なヘッジファンドの、さらに数十分の一しか自己資本がないという、極めてリスクの高いビジネスなのです。保有証券の価値が2.5%下落するだけで債務超過に陥ってしまう事になります。 この状態で、さらに住宅ローン担保証券の保有を増やしたかったとします。例えば市場からさらに100万円調達してきて、その資金で住宅ローン担保証券を購入したとします。資産1100万円、負債1075万円、自己資本25万円になります。ところが自己資本を資産で割るとその比率は2.27%となり、法定自己資本比率2.5%を下回ってしまいます。そこで2.5%を下回らないよう、何か他のビジネスで利益を生んで自己資本を増加させなければなりません。普通の銀行であれば、投資信託の販売手数料とか、振込、ATM手数料で利益を上げる事ができますが、政府系住宅金融機関にはそのようなビジネスはありません。そこで第二のビジネスによって利益を補充しなければならないのです。 これが第二のモノラインの部分です。政府系住宅金融機関は民間で取引される住宅ローン担保証券を保証する事によって保証料を得ています。これは住宅ローンの質が高い事以外は第210回 サブプライム問題の本命は?:モノライン(3) (2007年12月26日)など、当コラムでも度々ご紹介してきたモノラインと同じビジネスです。住宅ローン担保証券の債務不履行が発生すれば、その支払いを肩代わりしなければなりません。住宅ローンの債務不履行が急上昇しているこのご時世に、です。 例えばファニーメイの例で示しますと、10年前、第一(ヘッジファンド)のビジネスが4800億ドルに対して第二(モノライン)のビジネスが 6300億ドルでした。それが今は第一が7500億ドルに対して第二が2兆3000億ドルです。住宅ローン担保証券の保有が増加する中、それでも法定自己資本比率2.5%を維持しなければならないので、どんどん保証業務を増やしていかざるを得なかったという事でしょう。住宅の平均価格が15%下落し、債務不履行が急上昇する中、たった480億ドルの自己資本で2兆3000億ドル分の保証をしなければならないという状態になってしまっています。 今日、もう一社のフレディーマックの決算が発表されました。証券取引委員会に提出された報告書の中で、まだ実現していない保有証券の含み損が343 億ドルあると記載されています。フレディーマックの自己資本は371億ドルなので、普通の銀行と同様に時価会計を採用すれば、法定自己資本(287億ドル)を大幅に下回ります。普通に考えれば、いつドクターストップがかかってもおかしくない状況にあるという事です。
2008.08.07
先週ロイターで、日本の金融機関が保有している米GSE関連債券の保有残高合計が4.7兆円と報じられ、日本の株式相場が大きく下落する場面がありました。このような情報は投資家にとって決して嬉しいニュースではありません。しかし私もファンドマネジャーをやっていて感じるのは、投資というのは大きな利益を生む投資も、失敗する投資もあって、全体では中長期的に利益を生んでいくというのが普通の姿です。また頭が良い人が運用していれば失敗しないというような、簡単なものでもありません。失敗した投資だけを取り上げて、それを責めるのはフェアではないと思います。重要なのは、投資家にとって嬉しくない情報でも、このようにきっちり誠実に開示する姿勢です。その意味で、嬉しくない情報とはいえ、保有残高がきっちり開示されているのであれば、その姿勢は評価すべきだと思います。 私が今一番気になっているのは、日本政府が外貨準備の運用の中で、この米GSE関連債券を保有しているのかしていないのか、また保有しているのならいくらかという事です。ご存知の通り、日本政府は外貨準備の運用先明細を明らかにしていません。しかし金融市場では日本政府が米GSE関連債券を保有しているというのはほぼ周知の事実になっています。また政府系住宅金融機関の一社、フレディーマックの最新の資料によれば、地域別では債券の36%はアジアの投資家が保有しており、投資家のタイプ別では42%が政府・中央銀行となっています。このような客観的事実をつぶしていくと、日本政府が保有している可能性は高い、という結論に到達してしまいます。 もちろん、私は日本政府が米GSE関連債券を保有しているかどうかの確認はできませんし、皆さんも同じ状態だと思います。しかし、もし保有していた場合、皆さんの大切な資産である外貨準備が毀損するかもしれないという、重大な事態です。しかも外貨準備の総額は100兆円を超える巨大な金額です。外為特別会計からの繰り入れがなくなれば、既に火の車の財政が更に悪化する事も考えられます。血税を納めている国民として、保有しているなら保有している、保有していないなら保有していない、くらいは知る権利はあるのではないでしょうか。 これだけ情報の開示が進んでいる世の中で、100兆円にも及ぶ皆さんの大切な資産、外貨準備が秘密裏に運用されているのは不思議です。仮に、既に米 GSE関連債券を保有してしまっているのなら仕方ありません。投資というのは頭が良い人が運用したら失敗しないというような、簡単なものではないからです。そしてこれまでの開示しない、という慣習・システムに問題があったと考えるしかないでしょう。しかし今後については、少なくとも保有している、していないさえ分かれば国民の中で議論が進み、将来同じような問題が起こるのを防げるのではないでしょうか。後になって「実は保有していた」と判明するほど最悪の事態はないと思います。
2008.07.24
政府系住宅金融機関(GSE)であるファニーメイやフレディーマックが発行する債券はエージェンシー債と呼ばれます。前号で申し上げた通り、市場はエージェンシー債には「暗黙の政府保証」があると信じています。エージェンシー債は2007年末時点で3兆ドルの発行残高があります。ちなみに米国債の発行残高は4.5兆ドルです。エージェンシー債が本当に政府から保証されるのであれば、3兆ドルのエージェンシー債に「もしも」の事があった場合、4.5兆ドルの米国債で支えなければならないという事です。普通に考えればこれには無理があり、「暗黙の政府保証」を妄信するのは甘い事が分かります。 確かに、10年前であればエージェンシー債の発行残高1兆ドルに対して米国債は3.5兆ドルでしたので、3分の1以下の発行残高であったエージェンシー債の「もしも」を支える事は可能だったかもしれません。しかし10年前から明らかに力関係が変化した今も、10年前と同じように、市場が「暗黙の政府保証」を信じているのは不思議です。 そもそも、これまでは政府系住宅金融機関の「もしも」を想定する必要がなく、よってその対策も検討する必要がなかった、又は検討する事自体が金融市場に不要な疑念を招いてしまうとの考えがあったのでしょう。これまで全く手付かずであった、これら政府系住宅金融機関に「もしも」があった場合の対策が、最近になって次々と打ち出されてきています。ポイントは以下の通りです。-政府からの与信枠を一時的に増加する-政府による株式購入を一時的に可能にする-連銀からの直接貸出を一定期間利用可能にする-納税者の負担を最小限に抑える-普通株主は救済しない やはり「暗黙の政府保証」を示唆するような文言は一文字もありません。むしろ、納税者に負担となるような「国有化」は明確に否定しています。このような条件化、「もしも」の場合にはどのような処理策が考えられるのでしょうか。 結論から申し上げれば、私は債務の株式化(Debt-Equity Swap)が行われると考えています。即ち、エージェンシー債の一部が株式、又はワラントなどに交換されるという事です。この手法は民間企業の破たん処理にもよく用いられています。この方法が取られる可能性が高いと考えるのは、これが最も公平で、上記条件を満たす処理策であるからです。 政府系住宅金融機関が破綻した場合、まず普通株主の分け前はゼロとなります。これまで、業績の良い時は株式の値上がり益も享受していたので、文句はない筈です。次にエージェンシー債の保有者です。こちらもこれまで米国債よりも高い利回りを享受してきました。破綻の際に米国の納税者や米国債の保有者に額面金額全ての救済をお願いするのは公平ではありません。「暗黙の政府保証」も保有者が勝手に信じ切っていたに過ぎません。そこで一部を、リスクの高い株式に転換する事を許容するのです。幸い、政府系住宅金融機関は自己資本が過少なため、巨額の発行残高となっているエージェンシー債の一部を株式に転換するだけで問題が解決します。 もちろんこのような対策が取られると分かれば、「暗黙の政府保証」「元本保証」と信じきっていた投資家にとっては前提が崩れます。そしてエージェンシー債は売られる事になるでしょう。しかし現状、最もフェアで様々な条件を満たす処理策である以上、エージェンシー債の保有者は「暗黙の政府保証」から「債務の株式化」に頭を切り替えるべき時と考えています。次回、実は貴方もエージェンシー債保有者の一人である事について書かせていただきます。
2008.07.17
2002年、例年スイスで開催されるダボス会議(世界経済フォーラム)は、同時多発テロからの復興を支援する意味でNYで開催されました。私が定期的に出演させていただいているテレビ東京のWBS(ワールド・ビジネス・サテライト)ではNYのスタジオから特別番組が放送される事になり、キャスターの小谷真生子さんや東京大学大学院の伊藤元重教授という超豪華な顔ぶれと共に出演させていただく機会がありました。その番組の中で、小谷キャスターに当時増加し始めていたドル買い・円売り為替介入の問題について聞かれ、私はこの政府系住宅金融機関、ファニーメイ・フレディーマックが内包するリスクを指摘させていただきました。 2000年当時に2000億ドル台だった日本の外貨準備高はこの時4000億ドル台に急増していた時期でした。円高が日本経済にとって望ましくないとの判断からでしょうか、恐らく内包するリスクを全く考慮していないとしか思えない巨額のドル買い・円売り介入が実施されていました。私が指摘させていただいた問題は以下の通りです。-日本の外貨準備は恐らく9割方、米国債で運用されている-米国ではファニーメイ・フレディーマックといった政府系住宅金融機関が住宅金融を担っている-市場はこの政府系住宅金融機関が発行する債券は暗黙の政府保証があると信じている-この政府系住宅金融機関に「もしも」の事があった場合、金額が巨額のため、米国政府の負担とならざるを得ない-米国政府の負担という事は米国債保有者、即ち日本政府の負担を意味する-今は住宅市場が堅調だから良いが、いずれ大きな問題となる可能性がある 即ち、米国債というのは、政府系住宅金融機関に「もしも」の事があった場合の爆弾を抱えている金融商品だという事を説明した上で、そのような金融商品に、日本国民の大切な資産である外貨準備を9割も突っ込んでいても良いのですか、という事を指摘させていただいたのです。そして改善策として第一に、現在も公表されていない外貨準備の運用内訳を明らかにする事、第二に通貨をユーロなどに分散すると共に、運用対象も分散すべきと申し上げました。 あれから6年、この問題を緩和する時間はいくらでもあったと思います。しかし恐らく現時点でも米国債が9割という内訳は変わっていないのではないかと推測されます。しかも当時4000億ドルであった外貨準備は現在、2.5倍の1兆ドルに膨れ上がってしまっています。このような中、日本がファニー・フレディー問題から受ける被害を回避するのに対策を打てる期間は既に終わってしまったようです。 現在、アメリカも日本も、このファニー・フレディー問題で大騒ぎです。ただ日本では、これは対岸の火事と考えておられる方も多いのではないかと思います。しかし私は結局の所、この問題は震源地である米国に与える影響は軽微にとどまる一方、今後数年にわたって日本にダメージを与える大きな問題になると考えています。なお、同様の問題提起は2003年にも記していますのでご参考にしていただければと思います。キャッシュアウト・リファイナンス (2003年8月6日)
2008.07.15
先月初旬、バーナンキFRB議長はマサチューセッツ州で講演し、長期的な期待インフレ率の上昇を断固阻止する旨の発言をしました。その発言をきっかけに金利が急上昇、現在、年内に利上げが実施される確率は80%に上っています。 言うまでもなく、去年の今頃は5.25%だった政策金利が今年の3月2.00%まで引き下げられてきた大きな目的は金融システムの安定化です。確かにクレジット市場は3月中旬と比べると幾分改善はしてきています。しかし株式市場では金融セクター株は軒並み下落、特に地方銀行や中小金融機関に至っては 3月中旬の安値を大きく下回っていて、とても「金融システムの安定化」が達成されたと言える状況ではありません。もちろんバーナンキ議長がこのような状況を理解していないという訳ではないでしょう。むしろバーナンキ議長は意識的にこのような発言を行ったように感じます。 即ち、バーナンキ発言には2つの目的があったように思います。第一に、これまで金利もかなり積極的に下げてきたし、流動性も十分に供給してきた。3 月からは大手証券会社を含むプライムディーラーに対する直接貸出を6ヵ月以上続けるという大胆な政策も実施した。これは、この間に十分に資本を増強しなさいよ、この間に資本増強をしなかった金融機関を救済する意図はありませんよ、というメッセージを市場に送る目的。そして第二に、原油先物市場への機関投資家の資金流入が顕著になってきた事から、金利を引上げて資金の移動を促すという目的。なるほど、これだけ急速に原油高が進行する中、金利を引上げて原油高が阻止できるのであれば、それはかえって経済の安定につながるという見方もできます。 一方、前号で書かせていただいた通り、金融機関の保有証券及びその損失額の開示姿勢は不誠実なのが現状です。大手金融機関は昨年第4四半期、そして今年第1四半期の決算発表時にそれぞれ大規模な資本増強を行っています。もうお馴染みになったSWF(政府系ファンド)が積極的に応じた事もあって、これまでの資本増強は非常にスムーズに進みました。しかし今回で資本増強の大きな波は3回目です。「すみません、また損失が出ました。お金を出してもらえないでしょうか」というオオカミ少年に、投資家はどのような態度で接するでしょうか。 金融機関の不誠実な姿勢、そして連銀のスタンスを見ていると、3月にあったような、連銀による金融機関救済はもう期待しないほうが無難に見えます。3月、最も懸念されていたのは一金融機関の破綻よりも、連鎖倒産など金融システムが麻痺してしまう可能性でした。しかし今となっては、連銀が金融システムを麻痺させるような状況は放ってはおかないだろうという前提さえ甘いように見えます。現在、破綻の予備軍は様々な所で見え隠れしています。航空業界、自動車業界、住宅業界、金融業界、債券ヘッジファンド、そしてその中の一つでも破綻した場合、保険や金融商品などを通じて多くの金融機関に影響が及ぶシステムになってしまっています。ポートフォリオは「次の破綻に連銀救済はない」事を前提に構築しておく時と考えています。
2008.07.03
第203回 サブプライムは「出口の見えない」問題か? (2007年9月10日) で書かせていただいた通り、「サブプライム住宅ローン証券の価値が市場に認められる形で、時価に引き直されれば、かなりの問題が解決すると考えています。しかもこれらが時価に引き直される事に伴う損失は一時的性格の強いものである事を忘れてはなりません。」というのが私の考えでした。しかし実際には現状、「金融機関の保有証券の価値が、市場に認められる形で時価に引き直される」からは程遠い状況にあります。 原因の一つとして、ちょうど金融機関でサブプライム関連証券の損失が出始めた2007年に実施された、資産・負債の時価評価に関する会計ルールの変更が挙げられます。 第一に、FAS159というルールが導入されました。これはこれまで資産のみに適用されていた時価評価を負債にも適用するというものです。例えばある会社の発行する社債が額面100から市場価格80に低下したとします。資産が値下がりしたら評価損を出すのと同じように、負債が減少したので、この20 の評価益を計上するというものです。 一見、「自社の社債価格が下落したら利益が出る」というのは奇妙な感じがしますが、実は資産のみを時価評価していた以前のルールよりも公正なものです。よってこのルール自体は問題ではありません。問題はルール変更の時期が、金融危機によって多くの金融機関が発行する社債の価格が下落した時期と重なってしまった事です。換言すれば、本来もっと大きな金額の証券評価損が出るところが、負債減少の利益によって相殺されてしまったのです。その後当該金融機関に対する信用が回復する一方、保有証券の価値が回復しなければ、損失は膨らむ事になります。そして現在、正にその状況が起こっています。 第二に、FAS157というルールによって、資産の時価取得可能性によって3段階に分けて開示する事が義務付けられました。レベル1は市場価格をもとに時価評価する資産、レベル2は類似資産の市場価格を参考に評価する資産、レベル3は市場価格が入手困難なため、自社のモデルで評価を割り出している資産です。言うまでもなく、投資家にとってはレベル1の資産は市場で取引されている値であり、投資家にとっては最も信頼性が高い指標です。一方でレベル3は、恐らく市場が存在しないとか、極端に流動性に乏しいなどの理由で、実際にその「理論値」で売却できる可能性は非常に低いと推測できます。このような中、大手金融機関で仕組金融商品の多くをレベル3に放り込む動きが起こっています。 上記2つの会計ルールを合わせれば極端な話、負債減少による利益は計上するが、評価損が出そうな資産はレベル3に放り込む、という事も出来てしまう訳です。資本増強の必要性、報酬の多くが株式オプションで支払われている事などを勘案すれば、大手金融機関がこのような会計ルールを「利用」してしまう動機も説明できます。 しかしこのような事を続けているうちに、投資家の信用はどんどん失われていっています。3月から実施されている連銀によるプライムディーラー(大手証券会社含む)への直接貸出は早ければ9月にも打ち切られます。それまでに大手金融機関が投資家の信用を回復できるような、誠実な開示の姿勢を見せるかどうかは重要なポイントと考えています。
2008.06.13
我々が運用しているファンドでは昨年夏以降、エネルギー・セクターが保有セクターのトップになっています。原油先物価格がまだ60ドル台であった2006年1月に書かせていただいた 第148回 原油価格100ドル?(2006年1月6日) の通り、今回の原油価格上昇はこれまでにあった供給ショックというよりも、需要によるところが大きく、なかなか収まりそうにないという考えもありました。そしてエネルギー関連企業を個別に分析していくと、どうやらこの世の中、簡単に掘り出せる原油はもう殆ど残っていないという結論に至りました。にも拘らず、「良いビジネスを安く買う」という方針で投資対象を探していると、自ずから沢山のエネルギー株が発掘できたというのが大きな理由でした。 その中でも特に魅力的だったのはカナディアン・ナチュラル・リソーシズ(CNQ)という会社でした。CNQ社はカナダのエネルギー会社です。注目はオイルサンド(油砂)から油を抽出するHorizonというプロジェクトです。原油先物価格が低水準で推移していた時には、砂から油を抽出するというのは割に合わない技術でしたが、原油価格の50ドル超えが定着するようになって割に合うようになりました。CNQ社では2005年から本プロジェクトに着手、今年から本格的に生産が始まり、今後10年間で5倍の生産量を見込んでいます。 しかし人類の歴史上、このように大きな規模でオイルサンドのプロジェクトが実施されるのは初めてで、市場にはそもそも成功するかどうかという不安があったと思います。またこのプロジェクトにかかる費用は108億ドルと巨大で、しかもプロジェクトの遅れ等により予算以上にコストがかかる可能性も十分にありました。以上から生産量を画期的に増加させられる可能性があるにも拘わらず、市場はCNQ社の株式に十分な評価を与えていませんでした。我々が投資を実行した2006年12月時点で、CNQ社の株式はHorizonプロジェクトを全くと言ってよいほど反映しておらず、市場平均を大幅に下回る株価収益率 10倍前後での取引となっていました。 巨額の設備投資は減価償却費負担の増加を通じて当期の利益やキャッシュフローを圧迫します。しかしこれほど将来有望なプロジェクトに対する投資は明らかに「コスト」ではなく、生まれた利益の「再投資」です。会計上費用として計上されてしまっていて、市場が見逃しがちな宝物が隠されているとの判断に至りました。もちろんその後、原油価格が急上昇した事がCNQ社への投資にプラスの効果を与えた事は言うまでもありません。しかし金融危機が来ようと、株式相場が急落しようと、数年先を見据えた投資ができる「良いビジネスを安く買う」典型的な例の一つであったと言えます。 なお、我々が運用するファンドではCNQ社の約3分の1程の規模のオイルサンド・プロジェクトに着手しているものの、時価総額は数十分の1しかない他のエネルギー会社にも投資しています。CNQ社の株式は最近になって市場でもかなり評価されるようになった事から徐々にCNQ株を売却し、この割安な他のエネルギー会社の株式に資金をシフトする操作を実施しています。
2008.05.26
昨年の7月、SEC(米証券取引委員会)は空売りに関する規制を緩和しました。具体的には、空売りをできるのは株価上昇時のみ、としていたアップティック・ルールを廃止し、株価下落時にも空売りできるようにしたのです。ちなみに2002年、日本は全く逆の空売り規制を導入しています。 さてこのアップティック・ルール廃止は株式市場における取引のルール変更の話であり、本来それ自体がビジネスの価値に大きく影響を与えるものではありません。しかし、重要な資金調達市場である株式市場での株価の変化は間接的にビジネスにも影響を与える事になります。それは以下のような経路を辿ります。 1. 以前よりも空売りがしやすくなった事によって、ビジネスの価値とは関係のない水準にまで売り込まれる可能性が高まる 2. 割安な水準にまで売り込まれた株式には買いが入り、今度は急速に株価が回復する 3. このような形で、アップティック・ルール廃止前よりも株価の変動が激しくなる 4. 投資家は変動の大きい株を「リスクが高い」と捉えるため、リスクプレミアムが上昇する 5. リスクプレミアム上昇を受けて株価が下落する 6. 株価下落によって資金調達コストが上昇する、又は資金調達が困難になる それでは実際の市場に与えた影響を見てみましょう。このチャートはシカゴで取引されているS&P500指数の変動率の推移を示したものです。 それまで概ね15以下で推移していた変動率指数は、2007年7月を境に20-30での推移に変わっており、明らかにアップティック・ルール廃止の影響が出ている事が分かります。このうち、どれだけがクレジット市場の混乱による上昇であったかを計る事は困難です。しかし、空売りが容易になった事で、クレジット市場悪化の影響をいち早く株式相場に反映させる役割を果たした事は確かでしょう。 アップティック・ルール廃止にはこのように、情報をいち早く市場に反映させ、市場を効率的にできるという利点があります。一方で、ベアスターンズの実質的破綻の際に問題になったように、ベア・レイド(悪材料の噂を流しながら空売りを進める)が容易になったのも事実です。実際SECもアップティック・ルール廃止に際し、このような不正行為の摘発に全力を挙げるとしています。しかし実際の所、「全力を挙げ」たところで限界があるのは明らかです。変動率の推移を見る限り、明らかに市場はそのようなリスクをも織り込みつつあります。 今年3月、このようなルール変更に対抗するルール変更がなされました。それは連銀による、大手証券会社を含むプライムディーラーに対する直接貸出です。これにより、ベア・レイド→金融機関破綻→金融システム危機という仕掛けは難しくなりました。しかし、連銀による直接貸出は金融危機を回避するための緊急手段であり、早ければ半年後にも解除される可能性があります。ルール変更VSルール変更の行方に目を光らせておくにこした事はありません。
2008.05.06
今月初め、バーナンキFRB議長は議会証言で、「上半期の成長率は高くならないようだ:僅かながらマイナスとなる可能性もある」と発言しました。経済活動は人間の心理が大きな影響を与えているため、リセッションという言葉を公的な場で口にする事はタブーとされており、特にこのような議会証言で使われる事はありません。しかしこの議会証言後の質疑応答で、同議長はリセッションの可能性があるとあっさり認めてしまいました。以後、マスコミを中心にアメリカ経済リセッション入りの大合唱が起こっています。 株式というのは満期のない「永久証券」です。一方、アメリカ経済というのは今も昔も実質成長率2.8%~3.0%の間を行き来し、その中で5%くらいの期間はリセッション入りしています。そしてリセッションに入ってもいずれはプラス成長に戻るものです。私はかねてから、リセッションの定義であるたった6ヵ月の「2四半期連続マイナス経済成長」によって永久証券の価値が大きく上下するのは不思議な事だと思っています。確かに、リセッションを理由に株価が下落するのはいくつかの理由が考えられます。(1) 永久証券と言っても、直近のキャッシュフローが与える株価への影響がより大きい。(2) リセッション時には通常時よりも多くの企業が破綻に追いやられるため、「永久証券」の前提が崩れる。(3) 人々の心理が悪化し、リスクの高い資産から資金を逃避しようとする動きが出る。 (1)の理由についてはその通りなので、敢えてコメントはありません。(2)もその通りなのですが、実際に破綻に追いやられるのはごく一部の企業であって、上場株式全体で考えると、その他の大部分が対象から外れます。(3)についてはそもそも永久証券である株式と、投資家の投資期間がマッチしていない、又はマッチしていない事を予想した動きと考えられます。即ち、直近のキャッシュフロー減少によってある程度株価が下落するのは合理的としても、到底破綻の可能性のない企業の株式については、中長期的投資家にとっては株式投資のチャンスに他ならないと言えます。 また(1)の理由にしても、直近のキャッシュフローの減少は、通常市場はかなり前から織り込んでいるはずで、リセッションに入ってから株価が下落するというのは違和感があります。例えば、アメリカの過去のリセッションの時期と代表的株価指数であるS&P500指数の関係は以下の通りです。 上記仮定の通り、リセッションの前の四半期に株価は既にリセッションを織り込む形で下落しています。実際にリセッションに入ってからの株価はむしろ上昇している事が多く、80年と90年は半年で20%以上も上昇しています。 今年第1四半期、S&P500指数は既に10%下落しました。今後エコノミストが定義する「リセッション」は実現するかどうか分かりませんが、中長期的投資家にとってはあまり気にする必要がないか、株価が安くなったのはむしろラッキーと言えるのではないでしょうか。
2008.04.22
バーナンキFRB議長は4月2日の議会証言の中で、「3月13日(大手証券会社)ベアスターンズは連銀に、『資金不足に陥り、他に調達する手段がなければ明日連邦破産法11条を申請しなければならない』と伝えてきた」事を明らかにしました。結局はJPモルガンチェース銀行に救済買収される事になりましたが、もしこの救済策が72時間という、極めて短時間の間にまとまっていなければ、3月17日以降世界の金融市場は大パニックに陥っていた事は間違いありません。そして市場は今でも「第二のベアスターンズが出現するのではないか」との不安に怯えています。しかしこのベアスターンズ危機の経緯を振り返れば、実は極めて可能性の低い偶然が重なった不運である事が明らかになってきます。 それまでは住宅ローン関連証券にとどまっていた混乱が、2月後半になって住宅ローン関連以外、即ち自動車ローン、クレジットカード、学生ローン、社債、政府系住宅金融債など、国債以外の全ての証券市場に広がりを見せました。特に国債の次に安全と言われる政府系住宅金融債の利回りが6%近くにまで跳ね上がり、利回りが3.5%の10年物国債との差が2%以上も広がる事態となりました。 3月初めになってカーライルという債券ファンドがこの政府系住宅金融債での損失に絡むマージンコール(追加証拠金差し入れ要求)を満たせなくなったとのニュースが伝わりました。このファンドと取引していた一つの証券会社がベアスターンズでした。マージンコールを満たせないという事はその証券会社にも損失が及ぶ可能性が高く、その頃からベアスターンズに対する信用不安説が市場に出回るようになったのです。その上、意図的に危機の噂を広めると共に株式を売るベア・レイドの形跡があるとして、SEC(証券取引委員会)委員長は調査に乗り出したと議会で証言しています。昨年7月のアップティック・ルール(株価上昇時にのみ空売りできる)の廃止によってベア・レイドが容易になっていたのも事実です。 しかし危機が訪れる3月13日の朝まで、ベアスターンズにとってそれは全く馬鹿げた噂に過ぎませんでした。それもそのはず、当日の朝時点で手元現金残高は1兆2000億円以上もあったからです。しかしその日の夜までに、何と1兆円が引き出されるという異常事態が起こってしまったのです。 ここまでの時点で既に異常事態が重なっていた事が分かります。住宅ローン関連以外の証券の混乱、特に政府系住宅金融債の利回り急上昇、ファンドの破綻、風説の流布、そして一日で1兆円も引き出されるという異常事態です。通常の市場というのは割安な資産には買いが入るものです。政府系住宅金融債にしてもベアスターンズ株にしても、割安な資産を買い向かう主体がいて、通常は噂などは吹き飛ばされてしまうものです。しかしこの時の市場は悪材料が重なりに重なって、割安な資産を買い向かう余裕も、噂を無視できる余裕もなくなる事態に陥っていたのです。 ベアスターンズ危機をきっかけに翌日、大手証券会社を含むプライムディーラーに連銀が直接貸出を実施するという、大胆な策が発表されました。ベアスターンズのCEOも議会で「直接貸出が利用できていれば危機は逃れられた」と証言しています。ベアスターンズの危機がなければ取られなかった策とはいえ、今後は噂によって大手証券会社が数日で資金不足に陥るような事態が起こる可能性は極めて低くなりました。数日ではなく、数週間あれば、先週発表されたリーマンブラザーズやUBS銀行のように、今の市場でも資金を調達する事は十分可能だからです。 もちろん今後も金融機関にとっては難しい局面は待ち構えているでしょう。しかし、「ベアスターンズ危機」は上記のように、様々な偶然が重ならなければ起こらなかった特殊な事態です。普通に考えれば、可能性の低い「第二のベアスターンズ出現」に怯える株式市場で利益を上げられる可能性は高いはずです。
2008.04.07
第206回 サブプライム問題の次は。。。 (2007年10月29日)で指摘させていただいた懸念が現実のものとなってしまいました。ここで書かせていただいた通り、2月末から「債券市場はパニックに陥」り、「8月のような株価急落」となりました。そして最後の段落で書かせていただいた通り、「少なくとも国債以外の債券には手を出さない事、一部金融関連株に近付かない事、そして爆弾に火が付き始めたら市場の動きに逆らわない事」がここまでの最善の防衛手段でした。悪いニュースは昨年10月に私が懸念していたこのような事態が現実のものとなってしまった事、そして良いニュースは、サブプライム問題に始まった一連の混乱は恐らく今週が最終局面だったと見られる事です。 最終局面の兆候はあちこちに現れました。第一に、今年に入って市場は「サブプライム問題の本命」とも言えるモノラインの問題を遂に捉えました。そしてその後は昨年10月に書かせていただいた上記コラムそのままの経緯も既に辿りました。第二に、昨年当コラムで5回にわたって「爆弾抱えるCDO市場」というテーマで書かせていただきましたが、その主要プレーヤーであった証券会社ベアスターンズが事実上破綻しました。またそれにより、他の多くの金融機関が破綻の可能性を想定した株価水準で取引されるまでに至りました。 第三に、これらの金融パニックを受けて、恐らく過剰とも言える金融・財政政策が発動されました。今月初、政府系金融機関が購入できる住宅ローンの上限は75%引上げられて約73万ドルとなりました。先週、連銀は流動性供給にAAAの住宅ローン証券を担保として受け入れると発表しました。さらに昨日、政府系金融機関の自己資本規制が緩和されました。これらの対策はいずれもここ数年、住宅金融システムをサポートするものとして議論されてきたものであり、決して付け焼刃的なものではありません。しかも、ここ半年実施されている急速な金融緩和の上に取られている事を忘れてはなりません。 第四に、今回の問題の発端となったサブプライムを中心とする変動金利型住宅ローンの金利が変更となるピークは去年8月から今年9月であり、現在既に折り返し点を過ぎているという事です。 サブプラムを発端とする一連の問題では多くの住宅金融会社が破綻に追いやられ、大手金融機関が巨額の損失を計上する結果となり、老舗のベアスターンズが破綻する事態に至りました。しかしこれらはいずれも「爆弾を抱えていた」CDO市場の関係者であり、問題を起こした当事者がその責任を負わされるのは仕方のない事です。私はそもそも、サブプライム→CDO→モノライン→債券市場パニックで一連の問題は最終局面をむかえると考えていましたが、今週は様々な条件が揃ったように見えます。 あまり知られてはいませんが、先行性の強い株式群は既に全体の市場に先駆けて上昇を始めています。そして私が運用するファンドでも今月は、この株式群の買い増しを積極的に進めています。昨年5月に実施したモノライン空売りのように、また将来、この株式群購入の背景をこのコラムで解説させていただきたいと思います。
2008.03.20
本コラムで書かせていただいてきた通り、モノライン大手2社(MBIA、アムバック)は昨年春、私が運用するファンドで「モノライン問題の本命」として空売りを実行した会社でした。それから一年近くが経ち、この金融保証会社やモノラインという言葉も広く使われるようになりましたが、一部報道には誤解も生まれるようになっていると思います。そこで今回はその誤解についてコメントしておきたいと思います。■ 誤解1. モノライン危機はサブプライムに次ぐ新たな問題である 結論から申し上げると、新たな問題ではなく、サブプライム問題の本命の一つだと思います。また今回の問題は厳密に言えば、サブプライム問題というよりも、CDO(債務担保証券)などの仕組金融バブルの崩壊です。第207回 AAA債券、実はジャンク債? (2007年11月13日)で解説させていただいた通り、投資家が民間会社の最高格付けAAAを妄信して投資していたのも問題だと思いますし、一方の仕組金融商品発行に関わる業者、即ち住宅ローン専門会社から銀行、証券会社、格付け会社、モノライン等が結託してこのような商品を作り上げていたのも問題だと思います。 影響はやはりこの関係者に表れるはずで、住宅ローン専門会社は2007年初めに多くが破綻に追いやられましたし、銀行や証券会社は2007年後半から巨額の評価損を計上するようになりました。同胞であった格付け会社とモノラインの関係は最近上手くいっていないらしく、ここに来てモノラインの格下げが危ぶまれているという状況です。確かにこの一連の危機の中で、市場がモノラインの問題に気付くまでにはかなりの期間を要しました。 しかし私はもともとモノラインが本命と考えていましたので、ようやくこの段階に辿り着いたか、という感じがしています。なので市場が騒ぎ始めたという点では新しいトピックに見えるかもしれませんが、実は今回の問題の本質だった、というのが実際の所だと思います。■ 誤解2. モノラインは近々破綻する モノラインは金融保証会社と呼ばれますが、厳密には「債券保険会社」です。債券の元利払いが滞った場合に代わりに支払うのが債券保険会社の役割です。なので、例えば金利が8%の1億ドルの債券を保証していて、支払いが滞った場合に支払わないといけないのは1年間に800万ドルであって、直ちに1億ドル支払わなければならないのではありません。しかもモノラインは保険会社ですから、支払いに備えた資産を保有しており、その資産から年々運用益が生まれますし、保険料も入ってきます。 我々の計算では、仮にモノラインがトリプルAの格付けを失い、今後ビジネスが殆どなくなったとしても、過去の契約から来る保険料と保有している資産の価値は現在の時価総額を上回る計算になります。実際、私が運用するファンドで70ドル近辺から空売りしていたモノライン最大手のMBIAにおいては10ドル以下は行き過ぎの計算になるため、既に全て10ドルで買い戻しを実行しました。 今、問題はモノライン自体の去就ではなく、モノラインの格下げと同時に格下げされる世界中のトリプルA債券の評価損が金融機関や投資家に与える影響の方です。クレジット市場は今年に入って更に悪化してきており、2月末時点で価格的には最悪の状況となっています。このような中、私が心配しているのは、既に巨額の損失を計上し、また今後更に計上すると見られている米国金融機関よりも、恐らくそこまで問題が織り込まれているとは思えない日本・欧州の金融機関が今後明らかにしてくるであろう評価損の方なのです。
2008.02.28
最近、「モノライン救済策」に関する報道をよく目にするようになりました。モノラインの最高格付け、トリプルAが引き下げられれば世界中の債券の価値が低下し、金融機関や機関投資家は更なる損失計上に追い込まれ、金融不安が広がる可能性があります。このような事態を防ごうと、最近になってNY州保険局が乗り出したり、ウォール街の大手金融機関が集まって対応策を話し合ったり、著名投資家ウォーレン・バフェット氏が地方債の再保証を提案したり、という動きが立て続けに起こっています。一般にこれらはモノラインの救済策と捉えられているようです。しかし実際のところ、これらは救済策ではなく「処理策」なのです。 このコラムで昨年から度々書かせて頂いてきた通り、今回の問題は住宅ローン問題というよりも、CDO(債務担保証券)などの仕組金融バブルの崩壊であり、その本命の一つがモノラインなのです。それではモノラインを救済すればこの問題は解決するのかというと、それは違います。というのは、仕組金融の世界はバブルだったのであり、このバブルはもう弾けているからです。弾けてしまった後のものはもう膨らみません。あとはそれをどう処理するかを考えるしかない、現在のモノラインを巡る環境はそのような状態だと思います。 「処理」にあたって利害関係者は大きく、(1)モノラインの株主と(2)モノラインが保証する債券を保有している投資家に分けられます。例えば(1)に配当を払ってしまえば(2)に支払う資本が減少します。保険当局の仕事は保険加入者、この場合は(2)を守る事なので資本を補強しておきたい所です。しかし(2)ばかり保護していると、モノラインに資本を入れる投資家(1)が現れません。このようなジレンマの中、保険当局はここ数週間、各方面で調整を続けてきたようです。一方、大手モノラインであるMBIAとアムバックは2四半期連続の大赤字で、このような状況下トリプルAを維持していると格付け会社の信用は更に失墜します。何も対策が打たれない場合、大手モノラインは今月中にもトリプルAを失う可能性が高いと言われています。 バブルは崩壊してしまったのですから、有効な「救済策」はありません。後はこのような状況の中で、どのような「処理策」があるかです。そこで現在有力になっているのは、モノラインを、公共性の高い地方債の保証する会社と、その他の債券を保証する会社を分割する案です。上記の例で言えば、(1)と(2)の両方を立てる処理案はないとの結論に達し、その上で(2)の中でモノラインが保証する地方債を保有している投資家のみを保護しようという事です。これはモノラインが保証する全体の債券のうち約3割のみの話です。ウォーレン・バフェット氏が再保証を提案したのも、実はこの約3割についてのみなのです。 これは(1)、(2)から地方債を保有する投資家への利益シフトを意味します。即ち、地方債ビジネスを除くモノラインと、地方債以外を保有する投資家にとっては、今後更に厳しい局面が予想されるという事です。別の見方をすれば、もともとバブルが崩壊して壊滅的な状況となる所を、地方債だけでも保護されて良かったと考えるしかないのかもしれません。近々発表され、報道されるであろう「モノライン救済策」は、実は市場が好感するにはほど遠い「モノライン処理策」だという事です。
2008.02.14
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