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新型コロナウイルスワクチンが広く普及したアメリカで、現在株式市場にとって最も大きなリスクとされているのはインフレ、そしてそれに伴う量的緩和の縮小や長期金利の上昇でしょう。一般に、株式市場にとって大きなリスクとされているものであっても、それが材料として織り込まれてしまえば、下落要因にはなりません。従って現在大きなリスクとされているインフレのケースでも、実はインフレ動向そのものよりも、インフレがどれだけ市場に織り込まれているかを把握する方がずっと重要です。確かにインフレや、それに伴う量的緩和の縮小や長期金利の上昇は株式市場にとってマイナス要因ですが、現在、それらの織り込み具合は非常に面白い状況にあると思います。 2月に米10年物国債利回りが1%から1.5%に急騰したこともあり、長期金利の動向は市場の関心事のナンバー1と言ってもいいでしょう。そこでよくあるのが、市場関係者に向けたアンケートで「年末の米10年物国債利回りの水準は何%か?」というものです。通常、市況に関するアンケートというのは、サンプル数が十分にあるという条件の下では、現在の相場水準を中心に、釣り鐘型の分布図になるものです。相場の水準というのは市場参加者の総意を反映したものですから、当然と言えば当然です。実際、為替やダウ平均の年末の水準を問うようなアンケートは今でも、現在の相場水準を中心に、釣り鐘型の分布図になるものばかりです。 しかし最近、「年末の米10年物国債利回りの水準は何%か?」という問いに限ってはそうならないという特異現象が起こっています。予想の平均が2.0%前後に集中しており、釣り鐘型ではなく、高利回り方向に歪んだ分布になるのです。現在米10年物国債の利回りは約1.6%です。2.0%を予想する人がいるのであれば通常、それと同じ数の、1.2%を予想する人がいなければ相場は1.6%での取引にはなりません。理論上、市場参加者の総意が反映された結果が市場価格になるはずだからです。しかし現在、米10年物国債利回りに限ってはそうならないのです。これは何を意味するのでしょうか?私はこれは、市場がインフレ、そしてそれに伴う量的緩和の縮小や長期金利の上昇を織り込み過ぎるほど織り込んでしまっている証左だと考えています。インフレを怖がり過ぎるリスク、です。 この半年ほどの長期金利の上昇には、大きく2つの局面が挙げられます。第一に昨年11月、ファイザーが新型コロナウイルスに有効なワクチンを開発し、経済再開への期待が高まった局面です。このワクチン開発によって経済再開への道筋が立ち、期待インフレ率が上昇するに伴って、それまで1%を割っていた米10年物国債利回りは1%台前半にまで押し上げられました。ただ期待インフレ率が高まったと言っても、コロナ以降のディスインフレが正常化する程度であったことを忘れてはなりません。 第二の局面は2月以降、当初成立は困難と見られていたバイデン大統領による1.9兆ドルの景気対策成立の可能性が高まっていった局面です。この局面では米10年物国債利回りは1%台前半から一時1.8%まで上昇しました。これは同時にメディアを中心に「インフレ懸念が本格化してきた」と騒がれていた局面でもあります。確かにワクチン開発後、期待インフレ率は少しずつ上昇してきていましたが、この局面における長期金利の上昇の主役は期待インフレ率の上昇ではなく、実質金利の上昇であった点に注意が必要です。要するに、この局面での長期金利上昇は1.9兆ドルの景気対策によって一時的に債券市場の需給が崩れたのが原因であって、本質はインフレ懸念ではなかったということです。これは今後の株式相場の展開を占う上で非常に重要なポイントです。 昨年、コロナがもたらしたリセッションを私は「ニセッション」(偽のリセッション)と呼んでいました。何故なら通常のリセッションで起こるようなバランスシート調整は無いし、政府によるサポート等もあって、通常のリセッションで経験する個人所得の減少も無く、だからこそ今回のリセッションにおいては過去例を見ないほどいち早く株式市場が回復し、経済も正常化してきたのです。残念ながら「ニセッション」は流行語大賞の候補にも選ばれませんでしたが、コロナ後のリセッションが「ニセッション」だという判断は、その後、通常のリセッションでは有り得ない急回復となった株式相場を占う上で非常に重要だったと思います。 同様に、現在市場に蔓延しているインフレ懸念を、私は「ニンフレ懸念」(偽のインフレ懸念)と呼んでいます。コロナがもたらしたディスインフレの反動で物価が上昇しているだけなのに、これを持続的なインフレと勘違いし、それが量的金融緩和縮小や長期金利の急上昇につながる等の懸念が行き過ぎることによって大事な市場の動きを見逃してしまうことを指しています。ニセッションがそうであったように、こちらも流行語大賞の候補には入らないかもしれませんが、現在市場が抱いている懸念がニンフレ懸念だと認識できるかどうかによって、今後投資のパフォーマンスには大きく差が出てくると考えています。 つまり、現在市場が最も懸念しているリスクであるインフレ、そしてそれに伴う量的金融緩和の縮小や長期金利の上昇が起こらなかった時、又は先送りになった時、長期金利の上昇を待って待機していた大量の資金は置き去りにされることになります。そしてそれらの資金は結局、年後半に向けて株式相場を押し上げる大きな原動力になっていくと見ています。 (2021年5月31日記)
2021.06.01
2020年の株式市場は新型コロナウイルスの感染拡大状況に振り回され、当初は最も大きな注目材料になると考えられていた大統領選挙でさえ、相対的には小さな材料となってしまいました。ましてや新型コロナウイルス感染が拡大を始めた後でも、株式市場が一時的とはいえ35%もの下落を示すというのは大きなサプライズでした。このように市場というのは、あらかじめ予測できなかった事象に対してより、大きく反応するものです。その点では現時点で出来る予測というのは、そもそも限界があるものだと思います。その点を理解いただいた上で、現時点で2021年に向けた私なりの予測を示させていただきます。あくまで頭の体操程度にとらえ、皆様の2021年資産成長の参考にしていただければと思います。 1. S&P500指数は2021年後半に4300の高値を付けた後、4050で年末を迎える超低金利、空前の流動性供給に支えられて、アメリカの株式相場は引き続き堅調な展開。ただ景気の回復と共に金利の上昇が株式上昇の足かせとなる場面もしばしば訪れる。グロース株の多いナスダックのリスクは上昇サイドにあり、2万ドルを超えるなどのサプライズも想定しておく必要がある。2. 株式市場の変動率は年を通じて15を下回る場面は無く、ほぼ20を上回って推移世界的な超低金利を受けて、これまで株式市場にいなかった資金が株式市場に流入してくる。これらの資金は本来、リスクに耐えられないか、非常に敏感な性質の資金。「上がれば買う、下がれば売る」の動きを助長しやすいため、これまでの8年間あったような「ほぼ20以下」という変動率ではなくなる。3. 新型コロナウイルスの感染拡大は現在の第3波が最後、2021年初から減少に転じるアメリカの一日当たり新型コロナウイルス感染者数は2021年1月に50万人台(発表ベースで30万人台)でピークを打ち、減少に転じる。日本は検査が不十分な分、一日当たり感染者数は2021年2月に6万人台(発表ベースで3万人台)にまで急増するも、その後減少に転じる。世界的に見ても2月がピークとなる。4. ワクチンが一般に利用可能となるのは2021年6月、但し万能ではないファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ジョンソンエンドジョンソンが開発した新型コロナウイルス・ワクチンは2021年春から一般に順次利用可能となり、希望者に対する接種は2021年秋以降の流行期までには間に合う。但しインフルエンザ同様、変異した、又は違ったタイプのウイルスには対応できず万能ではないため、各製薬会社は順次改良を迫られる。5. 2021年を通じて雇用の回復は400万人にとどまり、FRBの金融政策変更は無し新型コロナウイルスをきっかけに失われた「一時的雇用」のほぼ全ては2021年中に取り戻すものの、一時的でない雇用の回復は先延ばしとなる。「雇用の最大化」使命を課されたFRBは2021年中に超低金利、大規模な量的緩和の手を緩める事ができず、むしろ更なる緩和策を模索する状況が続く。6. 資産インフレが顕在化、金価格は年末に2500ドルを付ける 経済が正常化していくに従って、ドルの実質マイナス金利を嫌気した資金が株式市場や商品市場をはじめ、様々な市場に流れていく。金価格は年末に2500ドルを付ける。しかし雇用市場が厳しい状況では賃金の上昇は限定的なため、コアのインフレ率上昇にはつながらず、資産インフレとモノのインフレとの乖離が拡大していく。FRBはこの状況を容認する。7. ドル円は2021年前半に106円台を付けた後、年後半には95円方向新型コロナウイルスの感染拡大ピークに向けてドル円は堅調推移となるものの、せいぜい106円台が精一杯。感染が減少に転じると超低金利、空前の流動性の影響が為替相場にも出てきて、年後半にドル円は95円を付ける。しかし今回はアメリカだけでなく、日本やヨーロッパでも積極的な流動性供給が実施されているため、2011年のような大幅な円高にはつながらない。8. バリュー株は折に触れて見直されるものの、年を通じてグロース株のパフォーマンスが上回る経済の正常化を受けて、旅行、エネルギー、景気敏感、不動産、金融などのバリュー株が折に触れて見直される場面はあるものの、上昇は「回復」の域を出ない。2021年春には、一部バリュー株とされる企業が存続の危機に直面する場面も。低金利下でのグロースの価値は非常に大きいため、年を通じたパフォーマンスはグロース株がバリュー株を上回る。9. 2021年6月末のストレステスト後に銀行株が上昇銀行の貸倒償却額のピークは2021年4-6月期(決算発表は7月)に訪れるが、銀行は既にそれを大幅に上回る貸倒引当金を積んでおり、FRBは各銀行から提出された殆どの資本計画をそのまま承認する。2020年に増配・自社株買いが停止されていた分、2021年のストレステスト後に発表される株主還元策は大きく、銀行株は素直に反応、上昇する。10. 米10年物国債利回りの上昇は1.3%台までが精一杯、1%絡みの取引が続く経済の正常化と共に米10年物国債の利回りは堅調推移となるものの、上昇した場面では積極的な買いが入る。とりわけ、マイナス利回りで取引されている債券総額が史上最高の17兆ドルに上る中、米国債の1%超えは相対的に魅力的に映り、年を通じて1%絡みの取引に終始する。この結果実質金利はマイナスの状況が続く。 (2020年12月6日記)
2020.12.06
(この原稿は大統領選挙前々日の11月1日に執筆したものです)予想されたことではありますが、選挙が近付くにつれてメディア報道は大統領選挙一色となり、これによって市場も上下する展開となっています。とりわけ10月初めにはトランプ大統領自身が新型コロナウイルスに感染するというビッグ・サプライズが飛び出した事で、ますます注目度が高まっています。しかし市場への影響を考えた場合、恐らく現在、市場は大統領選挙の結果がもたらす影響を過大評価していて、実はもっともっと大きな市場のサポート材料を見過ごしているように見えます。まず選挙戦についてですが、2016年同様、メディアの9割は民主党候補支持の姿勢を示しているほか、世論調査を見てもオッズを見てもバイデン氏が優勢であることは間違いありません。さらに2016年の選挙で、サプライズとなったトランプ氏の勝利を正確に予想していたいくつかの指標も、今回はバイデン氏の勝利を予想しています。しかし2016年大統領選挙の経験から、市場には「やはり結果は蓋を開けてみなければ分からない」という不安が台頭しているようです。これはS&P500の変動率指数に表れていて、大統領選挙4日前の変動率指数は38という高水準を示しています。もちろん市場は選挙のような不透明要因を嫌がるものですが、金融危機と時期が重なっていた2008年以外では、大統領選挙4日前の変動率指数は概ね20前後に過ぎません。ちなみに2016年でも22.5で、今回は歴史的に見ても、如何に投資家の不安心理が高まっているかが分かります。感覚的には10%強程度のリスクプレミアムが織り込まれている形となり、要すれば大統領選挙が終了し、普通に結果が判明するだけで、(どちらが勝利したかにかかわらず)その後10%強程度のリターンは期待できる状態となっていると言えます。次にそれぞれの候補の勝利となった場合、株式市場にはどの程度の影響があるのでしょうか。両候補は様々な公約を掲げていますが、仮にそれがそのまま実現されると考えた場合でも、株式市場に大きな影響を与えるのは法人税率とキャピタルゲイン税率の変更くらいではないかと考えています。ただ法人税率とキャピタルゲイン税率の変更はいずれも、企業が株式で資金を調達する際の資本コストに影響を与えるため、影響は小さくありません。例えば税引き前利益が100円で、1,000円で取引されている株式があったとします。現行の税制では、法人税率は21%、キャピタルゲイン税率が23.8%ですから、法人レベルで21円の利益が差し引かれ、残った79円がそのままキャピタルゲインに結びついたとすると、キャピタルゲイン税19円(79円の23.8%)が差し引かれ、投資家には60円の利益が残る事になります。この結果、企業が投資家から資本を調達しているコストは10%(100円÷1,000円)、投資家が得ているリターンは6%(60円÷1,000円)という事になります。もしバイデン候補が勝利すると共に、上下院で民主党が過半数を取り、バイデン候補の提唱する法人税率28%への引き上げ、及びキャピタルゲイン税率最高43.4%への引き上げが実現したらどうなるでしょうか。キャピタルゲイン税を引いた後に投資家の元に60円残るためには、企業は106円(60円÷(1-43.3%))の税引き後利益を上げなければなりません。これは税引き前利益として147円(106円÷(1-28%))上げなければならないことになります。この結果、企業が投資家から資本を調達しているコストは14.7%(147円÷1,000円)となります。要するに、バイデン候補が勝利して公約通りの法人税率、キャピタルゲイン税率が適用されるようになると、企業の資本コストは10%から14.7%に上昇し、いわば企業にとっては資本の「利上げ」が行われるような状況になります。この5%近い資本コストの上昇は株式にとって小さな問題ではありません。公約通りの税制が実施されるのであれば、やはり中長期的にはトランプ大統領の方が株式市場に優しいと言えるでしょう。ただそもそも、アメリカの株式市場には退職金など非課税の資金、年金、外国人の資金などが大半を占めており、キャピタルゲイン税率が上記の通り適用されるのはごく一部の投資家のみと見られます。またキャピタルゲイン税率の上昇を見込んで株式を売却したとしても、その資金は再び株式市場に流入してくる性質のものと見られることから、キャピタルゲイン税率上昇の影響はそれほど大きくないと見て良いと思います。この結果、弊社では法人税率とキャピタルゲイン税率の変更による中長期的な株式市場への影響については、12%程度と試算しています。現在の市場は、いわゆるトリプルブルー(大統領-上院-下院の全てが民主党)を既に6割程度織り込んでいますから、トリプルブルーの場合は株式市場にとって4.8%(12%X40%)の下落要因、トランプ又は議会いずれか共和党勝利の場合は7.2%の上昇要因となります。これに先の、選挙が終わることによるリスクプレミアム低下分を加えると、トリプルブルーでも選挙後は5~10%の上昇が見込める計算になります。要するに重要なことは、これだけ騒がれている大統領選挙ですが、株式市場に影響を与える要因を積み上げていっても、たかが数%に過ぎないということです。そして現在市場は、このたかが数%しか影響を与えない「木」を注目し過ぎているように見えます。それでは「森」とは何でしょうか。それは今年3月以降実施されている超低金利政策であり、空前の流動性供給です。「森」の影響は中長期的に少なくとも数十%、場合によっては100%以上の株価押し上げ要因だと考えていますが、こちらは選挙のような不透明要素はなく、今後数年続く事がほぼ確実です。たかが数%しか影響が無い不透明な「木」ばかり見て、それを大きく上回る確実な「森」を見失わないことが重要な段階と考えています。(2020年11月1日記)
2020.11.02
先週の楽天証券21周年セミナーでは、事前に非常に多くのご質問をいただきました。興味深かったのは、これらご質問のほぼ全てが大きく、下記5つのテーマに当てはまるという事でした。ですので今回は、これら5つのテーマについて私なりの考えをお示ししておきたいと思います。 ① 経済と株式相場の乖離について最も多かったのが、来週発表されるアメリカの第2四半期GDPはマイナス35%予想、失業率も10%を上回る状況が続いている中、何故株式相場はほぼ高値を回復しているのか、というご質問でした。簡単に申し上げれば、株式というのは永久証券なので、如何なる経済ショックであってもそれが比較的短期のものであれば、本来株価に大きな影響があってはならない、という事になります。歴史的に見てみますと、リセッション時に株価が大きく下がるのはその通りなのですが、アメリカの場合ほとんどのリセッションは、需要を先食いしてしまってその後回復に何年かかるか分からない、という状況を嫌気するパターンです。その点で今回の新型コロナウイルスは恐らく、少し長めの短期的ショックという珍しいパターンなので、経済と株式相場の乖離を疑問視されている方が多くいらっしゃるのかもしれません。ちなみにこの点について、私は3月に相場が大きく下落する前からずっと申し上げてきており、むしろ株式相場を短期的ショックと結びつける3月の方が異常な状態だったと考えています。 ② 二番底はあるのか現在、S&P500指数は3月の安値から45%以上高い水準にあります。①の疑問や高所恐怖症もあって、この水準ではなかなか手が出ない、二番底があるならそれまで待とう、と考える方が多いのも理解できます。もちろん相場の事なのであらゆる可能性に対してゼロとは断言できませんが、私は限りなくゼロに近いだろうと考えています。というのは、安値を付けた3月23日の状況を思い出してみて下さい。感染者が爆発的に増加し、それに対する医療のキャパシティーが足りない、有効な治療薬も無い、ワクチンの開発など着手されていない、そもそもコロナの正体も分からない。経済活動はストップされ、生活の補償も無ければスーパーで生活物資も売り切れ続出、という真っ暗闇の状況です。逆に言えばこの先二番底が来るとすれば、これらの条件が全て整わなくてはなりません。同日FRBが空前の流動性供給に乗り出し、3月27日には2兆ドル超の経済対策が成立して現在実行中である事等も勘案すると、例え今後コロナ第二波が訪れようとも、再びあの水準を見る事は無いと考えるべきだと思います。 ③ どのような業種が狙い目か私は大きく5つのグループに分けて考えるようにしています。A. ほぼ無借金で、コロナがむしろサポート材料になる(ハイテク等)B. ほぼ無借金だが、コロナによる打撃は受ける(広告等)C. 借金があり、コロナによる打撃も受ける(半導体、住宅建設、金融等)D. 借金が多く、コロナにより大打撃(航空、ホテル、クルーズ等)E. コロナ前から厳しい(エネルギー、商業不動産等)現在はAからCが「投資適格」で、コロナ感染状況によってより積極的に(AよりB、BよりC)、と考える状況かと思います。米国政府の積極的なサポートにより、早ければ年内にもワクチンが利用可能になる見通しですが、そうなれば負債の状況を精査した上で、D.にも着手して良いかと思います。E.は長期投資には向いていないでしょう。 ④ 為替の動向株式相場と違い、為替は経済動向、とりわけ雇用情勢を反映していく可能性が高いと考えています。何故なら為替の大きな変動要因は金利であり、金利の大きな変動要因は雇用情勢であるからです。金融危機時に失われた雇用は800万人強ですが、現時点でかなり取り戻したとはいえ、ネットで約1300万人が雇用を失った状態です。FRBが2022年末まで現状の金融政策を変更しないと見通している通り、超緩和政策はかなり長く続くでしょう。金融危機後、ドル円は70円台を目指すことになりましたが、本格的な円高の進行は、2009年3月にアメリカが金融危機のピークを付けた後からでした。その点では当面、円高に対する警戒は強めておいた方が良いかと思います。幸い日米金利差は殆ど無くなっているため、為替のヘッジコストは気にしなくてよくなりました。米国株投資による為替リスクが気になる方は、状況に応じて各自で為替ヘッジされることをおすすめします。 ⑤ 大統領選挙の株価への影響ざっくりとした予想になりますが、現在優勢とされているバイデン候補が法人税減税の解消を提唱していることから、バイデン勝利の場合S&P500指数の2021年一株利益は150ドル、トランプ勝利の場合は170ドルと予想しています。現時点ではバイデン勝利の確率が約60%なので、市場は2021年一株利益158ドル((170-150)*0.4+150=158)を織り込んでいる事になります。ここから、バイデン勝利の場合、S&P500指数は5%下落(1-150÷158)、トランプ勝利の場合、7.5%上昇(170÷158-1)という影響が推測できます。ただ逆に言えば、株式相場への影響はたかが数%程度だという事になります。2016年の大統領選挙結果があまりにサプライズだったので警戒する向きが多いのは理解できますが、このように考えると大統領選挙の影響を過大視する必要は無いように思います。 (2020年7月24日記)
2020.07.27
“We cannot let the cure be worse than the problem itself.” (治療が問題よりも悪くなってはならない)これはアメリカの株式相場が安値を付けた3月23日の前後、トランプ大統領がツイッターで複数回に渡って発信したメッセージです。どういう事かというと、新型コロナウイルスは大きな問題だが、ロックダウンによって経済にそれよりも大きな問題をもたらしてはならない、という意味です。私を含め、このメッセージに安堵した人は多かったのではないかと思いますし、実際、3月23日以降株式相場が大きく反発している大きな要因の一つだと思います。 今、医療現場や薬の開発、必需品・サービスの供給に携わっている方々は英雄であり、尊敬の念しかありませんが、同様に政治に携わっている方々も大変だと思います。何故なら、新型コロナウイルスという未知の敵に対して、感染拡大阻止を優先すれば経済面の不安を感じた国民から批判が出るし、逆の立場を取れば人の命を犠牲にして経済を優先するのか、という批判が出て、さらに後になってから結果論で批判するのも簡単だからです。 とりわけニューヨークは中国・武漢よりも酷い状況となり、何よりも人の命を最優先しなければならない状況に陥りました。災害で言えば、災害後72時間の、全資源を人命救助に向けなければならない状態が、今回の場合は数週間続く見込みです。しかし災害時と同様、いつまでも自粛をしていては、国民生活の基盤である経済の方がやられてしまいます。災害は非常に不幸な出来事ですが、その後の自粛によって経済活動がストップしてしまえば二次災害に発展してしまうのと同様、人命救助を最優先する期間が過ぎれば、出来るだけ早く経済活動を元に戻さなければなりません。トランプ大統領が「その点は十分認識している」と世間に知らしめたのが上記ツイッターでのメッセージでした。 幸い、ニューヨークでの人命救助のための医療資源のピークは4月8日に過ぎたようです(米ワシントン大学IHME予想)。全米ベースでも4月11日がピークとなる見込みで、今後トランプ大統領は徐々に経済活動を意識した方向に政策を転換していくと見られます。恐らく今月のどこかで経済活動正常化への道筋は示されると見られますが、上記の通り「人の命を犠牲にして経済を優先するのか」という批判をするメディアは必ず出て来るでしょう。しかし経済は国民生活の根幹であり、こちらも人の命そのものであるという事を忘れてはなりません。 私はもちろん感染症の専門家ではないので私見になりますが、このバランスを取るには、政府に頼ることなく、民間の力で高齢の方と慢性疾患のある方を徹底的に守る以外方法は無いのだと思います。日本でも緊急事態宣言が発令され、39兆円(大々的に「108兆円」と発表するのは粉飾決算に近い行為だと思いますが)の経済対策が発表されましたが、財政に制約のある日本がいつまでも経済の負担を負えるはずがありません。新型コロナウイルスについてはまだ分からない事が多くありますが、少なくとも予防策としては風邪やインフルエンザと同様であり、そもそも普段から、高齢者や慢性疾患のある方にこれらの病気を移さないように気を付けなければならないのですから、今回を機に、民間ベースでこれを徹底するしかないのだと思います。それが出来れば経済を犠牲にする必要など無いのです。そして現在のような緊急を要する時期が過ぎれば、新型コロナウイルス対策は徐々にその方向に向かっていく可能性が高いと考えています。 さてそれを前提に、「新型コロナウイルス後」の市場を考えてみたいと思います。ここ数十年で、市場には様々な「ショック」と呼ばれるイベントがありました。その中で今回の新型コロナウイルスを位置付けるとすれば、「少し長めの一時的ショック」に他ならないと思います。何故ならリーマンショックを含め、歴史的にアメリカに約10年に1回に訪れるバランスシート調整のような、需要を先食いしてしまってその回復に数年かかるような性質のものではなく、需要は一時的に人工的に止められているだけであって、これは新型コロナウイルスの収束と共に必ず戻る性質のものであるからです。 もちろん一時的に失業率は急上昇し、経済成長率は大きく落ち込みますが、これらも新型コロナウイルスの収束を先行指標として回復することはほぼ確実であり、バランスシート調整のような厄介な問題ではありません。リーマンショック時のようなモラルハザードが無い分、景気対策も2兆ドルというとんでもない金額で実施できますし(アメリカのこの数字に粉飾決算はありません)、連銀はほぼ無制限の流動性供給に乗り出すことが出来ます。1日にダウが1000ドル以上も上下する状況が続く中、短期的な動向を予想する事にあまり意味は無いと思いますが、少し先を見た場合、史上最大規模の財政・金融政策が実行される中、株式が再び高値を回復するのに1年もかかることは無いのではないかと考えています。 むしろこれだけ無制限に流動性が供給され、財政政策が伴っている中、遂にインフレが起こる可能性が高まってきたと見るべきでしょう。インフレ懸念から長期金利が上昇しても短期金利は比較的長い間据え置かれる可能性が高く、イールドカーブの勾配が急になり、不良債権の増加が懸念される金融セクターはむしろ狙い目かと思います。また世界的に積極的な財政・金融政策が発動され、通貨の相対的価値が下がる中、ゴールド(金)は高値を目指すのではないでしょうか。まだまだ落ち着かない相場展開が続くと思いますが、このように市場が冷静さを失っている時こそ、色々な所に意外な投資機会が提供されている段階でもあると考えています。 (2020年4月9日記)
2020.04.09
毎年この時期になると、翌年の相場見通しについての質問をよく受けます。中でも最も多い質問が、「翌年のリスクは何か?」というものです。ここでそもそも、リスクの定義を明確にしておきたいと思います。一般に、多くの人にとってリスクとは「不利な状況に置かれる可能性」であり、投資においては「元本を割れる可能性」と理解されることが多いと思います。これに対して金融理論におけるリスクとは価格変動の大きさを指します。即ち、価格が下落することもリスクである一方、上昇することもリスクなのです。価格変動が大きいと元本を割れる可能性も高まりますから、その場合は一般に言われるリスクと同じなのですが、逆に上昇率が大きくなる可能性も高まるのです。市場に影響を与える要因が果たして「リスク」なのか、それ以外の要因なのか、は正しく判断しておかなければなりません。何故なら昨今、これらを混同しているメディア報道が多く、それによって多くの人々が誤解し、せっかくの投資機会を逃しているケースが非常に多いと感じているからです。 適正株価の算出に当たっては大きく4つの要素が必要です。まず分子に来るのが1つで当期のキャッシュフロー、そして分母に来るのが金利、リスクプレミアム、成長率の3つです。当期のキャッシュフローは算出時点では一定ですから、分母の金利、リスクプレミアム、成長率が分かれば株価は算出できます。このうち、金利とリスクプレミアムは大きいほど株価のマイナス要因、成長率は高いほど株価のプラス要因です。 例えば、日本は2015年から人口減少が始まっています。人口動態は生産性と並んで経済成長率に影響を与える要因ですから、人口減少が始まったことは日本の経済や株式にとって「リスク」なのではなく、成長率を下げる致命的な要因です。一方のアメリカは先進国の中でも珍しく今後長期にわたって人口が増加していく国で、これはアメリカ経済や株式にとって成長率を上昇させる要因となります。 それでは米中貿易問題は、「リスク」なのか成長率を上下させる問題なのか、どちらでしょうか?もちろん長期に渡って米中が完全に貿易を止めるような事態になれば、非効率性という点で、少しは成長率に影響があるかもしれません。しかしアメリカは貿易赤字国で、中国との貿易によって経済成長率が毎年2.2%分足を引っ張られているわけですから、プラスの面も小さくありません。この結果恐らく、米中貿易問題がアメリカの経済成長率に与える悪影響など、そもそもたかが知れているか、ほぼゼロに近いでしょう。要するに、米中貿易問題はアメリカの成長率に与える問題ではなくて、「リスク」に影響を与える問題なのです。良い時も悪い時もあって上下変動に影響を与える、そういう問題です。私は米中貿易問題が騒がれ始めた頃から繰り返しこのように申し上げていますが、この区別が出来ていないと、今のようにアメリカの株価が史上最高値に向かう過程は理解できなかったでしょう。 その上で、私が2020年に向けて「リスク」と考える要因を以下の通り、3つ挙げておきたいと思います。 第一に、やはり米中貿易問題です。この原稿執筆中に米中貿易交渉が第一弾の合意に至ったとの報道がありました。もちろん12月15日に発動予定だった追加関税が回避されたのは市場に安心感を与えたかもしれません。しかしこの先を考えた場合、歴史も文化も全く異なる両国が第二弾、第三弾と次々に合意していく可能性を期待するのは、かなり無理があると思います。そもそも第二弾、第三弾が合意できないから今回第一弾のみの合意にとどまったのであり、この第一弾でさえ、今後中国による履行が確認出来ない等の理由で意味の無いものになる可能性もありますし、第二弾、第三弾の交渉が上手く行かない事によって、一旦回避されていた追加関税が発動となる可能性もあります。その間地政学的リスクによって両国間の関係が交渉に影響を与える事もあるでしょう。前述の通り、米中貿易問題がアメリカの成長率に与える影響は殆ど無いと思いますが、恐らく市場は今後、超長期間に渡って米中貿易問題と付き合っていかなければならなくなるでしょう。しかしこれは「リスク」ですから、米中貿易問題を気にして投資できないでいると、ずっとアメリカ株の上昇には付いていけないという事になるでしょう。 第二に、大統領選挙です。政治が市場に与える影響は非常に大きい一方で、選挙というのは蓋を開けて見るまで分からないという、市場にとっては非常に厄介なイベントです。2016年6月のように、イギリスのEU離脱(いわゆるBrexit)の是非を問う国民投票で、離脱支持がまさかの過半数となったり、同年11月には大方のメディアがクリントン圧勝と見ていたのに、結果はトランプ勝利となったりという事が起り得ます。2020年の大統領選挙に向けては、歴史的に現職有利という要因に加えて、民主党のまとまりの無さがあまりに目立つため、現時点で民主党候補勝利のチャンスは無いように見えます。しかしやはり選挙の事、蓋を開けるまで何が起こるか分からないので、世論や可能性が上下するにつれて、株式相場も上下することになるでしょう。繰り返しになりますが、これも選挙が終わるまでの「リスク」であって、成長率に影響を与える要因ではありません。 第三に、これはこの10年ほど、私が毎年必ず挙げるリスクは、「リスクを取らないリスク」です。リスクというのは価格変動の事ですから、確かに短期で買ったり売ったりする人にとっては重要なのかもしれません。人間は基本的にリスクを回避したい生き物ですから、放っておくとリスクを感じる時間を短くするために、短期売買に向かっていく傾向があります。しかし市場が効率的であれば、リスクの裏にあるのがリターンです。市場を動かす要因には様々なものがありますが、それが「リスク」だと判断できれば、長期で投資する限り、恐れるべきものではないはずなのです。少なくとも、日本で起こっている人口減少という致命的な問題ではないのです。その要因が成長に与える要因ではなく、リスクに与える要因と判断出来れば、それに向かう勇気を持たない事がリスクというのは、これまでもそうであったように、2020年も不変だと思います。 (2019年12月13日記)
2019.12.18
世界でマイナス利回りで取引されている債券の総額は、8月15日時点で16.7兆ドルと、過去最高を記録しています。マイナス利回りで取引されているのは主に、スイス、ドイツ、オランダ、フランス、スウェーデンとヨーロッパの国債、そして日本国債ですが、とりわけマイナス利回りの先輩であった日本がこの春以降、どんどんドイツに抜かれていくのは非常に象徴的な動きでした。現在ドイツの指標10年物国債はクーポン0%で100の額面に対して107台で取引されています。そうです、これは10年間利息がもらえない上に、10年後には7%元本割れとなる事が確約されている金融商品です。そして多かれ少なかれ、このドイツ国債のような状況の債券に、世界の投資家が16.7兆ドルもの資金をつぎ込んでいるという状況なのです。マイナス利回りで債券を買う理由は色々言われますが、簡単な話、キャピタルゲイン狙い。これは教科書通りのバブルです。よく「バブルは弾けてみないと分からない」と言われますが、これは珍しく「弾けなくても分かるバブル」でしょう。ただバブルがいつ弾けるか、というのを予見するのは極めて難しいものです。またバブルに付き物なのが、もっともっと大きなバブルが造成されてからしか弾けない、というパターンです。さらに債券のバブルは、株式のバブルよりもかなりしつこいものになる傾向があります。例えば去年の今頃、「マイナス金利で取引されている債券の総額が8兆ドルにも上った」というニュースで驚いていたのが、1年経った今その倍以上となり、アメリカのGDPに迫る数字に上っているのです。このような状況では、1.5%も利回りがもらえるアメリカの国債は、世界の投資家にとって非常に魅力的に映るでしょう。近年、世界中の資本はより自由に動き回るようになりましたから、ヨーロッパの国債利回りが低下すると、利回りの高いアメリカ国債に資金が流れると共にドル高になるので、結局ヨーロッパのデフレがアメリカに輸出される結果になります。こうして現在の国際金融システムでは、ある地域にデフレ傾向が出れば、それは金利や為替を通じて瞬時に他国に輸出される構造になっているのです。現在のアメリカ長期金利低下要因の殆どは、アメリカ経済ではなく、このようなヨーロッパをはじめとする世界からの資金流入という、需給要因によるものでしょう。一方でアメリカ株式の「利回り」はとても魅力的な水準にあります。この30年ほど、S&P500指数の益利回り(純利益を時価総額で割ったもの)は概ね4%から7%の間で推移していますが、現在2020年予想ベースでこのレンジの上に近い6.3%で取引されています。益利回りと10年物国債利回りの差が5%以上開いたのは金融危機とギリシャ危機の時のみでしたが、現在それに近い4.8%の差となっています。またS&P500指数の配当利回りが10年物国債利回りを上回ったのは金融危機、ギリシャ危機、そして大統領選挙を控えた2016年後半の3回のみでしたが、今回再び配当利回り2%に対して10年物国債利回り1.5%と逆転現象が起こっています。そしてこのいずれのケースでも、その後株式は大幅に上昇したことを忘れてはなりません。とりわけ大手銀行に至っては、6月末に発表されたストレステストでも明らかになったように、史上最も健全と言える財務状態にもかかわらず、配当利回りで約3%、自社株買いで約8%、合計11%近くの利回りが取れる状況です。もちろん短期的に株価が下落すればその利回りも減ってしまうのですが、例えばこのペースの自社株買いが10年続いたとしたら、8割方の株式は市場から無くなってしまうという異常なハイペースです。そして程度の差はあれ、アメリカ株式が現在置かれているのはこのような状況だと言えます。市場は米中貿易問題の行方に振り回されていますから、今後もニュースによって株式相場は大きく上がる事も下がる事もあるでしょう。しかし短期的に株式の上下があったとしても、マイナス利回りの債券を買う投資家か、それとも「高利回り」の株式を買う投資家か、長期的にどちらに軍配が上がるか、時間の経過がどちらの味方をするかを考えればその結果は明らかだと思います。長期で考える限り、むしろニュースを見ない方が正しい投資判断が出来るのではないでしょうか。(2019年8月27日記)
2019.08.27
ここ数年、日本に行くたびに感じることがあります。それは、米国のリセッション(景気後退)を予想する人が驚くほど多いことです。理由を聞くとそのほとんどが単に「金融危機から10年を超えたので」というものです。確かに米国では歴史的に、おおむね10年に1回の頻度でリセッションが訪れています。しかしこれは私に言わせると、チャートでXX日移動平均線を上回ったとか、RSI(相対力指数)がどうだとか、テクニカルで経済を予想しているのと同じです。本当にテクニカル分析が当たったり、ぴったり10年に1回リセッションが来たりするのであれば、分析という仕事は楽で良いのですが、残念ながらそのような楽な分析に資本主義がご褒美を与えることはないと思います。 リセッション予想をよく聞くようになったのは、2015年後半くらいだったと思います。金融危機からある程度時間が経っていることに加えて、当時よく理由として挙げられたのが中国経済の減速です。実際、当時は講演させていただく前に来場者からいただいた質問の多くが、米国のリセッションに関するものでした。ダウ平均株価の水準は当時1万8,000ドル近辺でしたが、現在はその1.5倍の2万7,000ドル近辺で取引されています。 米国はこれまで、海外の経済要因でリセッションに陥ったことはありません。もちろんこれからそのようなケースが出てくる可能性はあるでしょう。しかし、今までなかったことが起こるためのハードルはかなり高いはずで、米国経済に大打撃を与えるようなイベントでもない限り、今後も海外経済が要因で米国がリセッションに陥ることはないでしょう。少なくとも米中貿易問題やBrexit(ブレグジット:英国のEU[欧州連合]離脱)が、海外要因として初めて米国経済をリセッションに陥れるイベントとは思えません。なのになぜ、日本には海外要因を必要以上に気にする人が多いのでしょうか。 それは日本がずっと貿易黒字国であって、海外の需要に左右される経済体質にあるからでしょう。金融危機がまさにそうであったように、金融危機など米国のイベントなのに、その半年後には日本経済に大打撃をもたらしました。しかし、忘れてはならないことは、米国が貿易赤字国だという事実です。貿易赤字国であることは海外にモノを売るよりも買う方が多く、海外の景気が悪くなったら、むしろモノが安く買えて有利な立場になります。米中貿易問題は、昔起こったような「世界貿易の減少→大恐慌」を想起させ、メディアが読者を怖がらせ、クリック数や視聴者、購読者を増やすのに格好のテーマなのかもしれません。しかし重要なのは、米国が中国にモノを売っている金額は年間たったの1,300億ドルであって、19兆ドルの米国経済が米中貿易問題からどれだけの影響を受けるか、など数字で考えればすぐに分かることです。 私は米国で、これまで3回のリセッションを経験しています。そのいずれもが、資産価格の下落(一方で負債額は一定)に伴うバランスシート調整でした。最近は経験していませんが、米国経済がリセッションに陥るもう一つの要因はインフレです。1970年代の石油ショックがこの代表的な例です。もちろん将来、米国経済をリセッションに陥らせる他の要因が出てくるかもしれません。しかし、米国経済の7割は個人消費なわけですから、バランスシート調整やインフレと並んで、個人が財布のヒモをグッと締めようと思える要因でなくてはなりません。現在の状況を見てみると、米国の銀行のバランスシートはこれ以上考えられないほど健全で、インフレも海外経済が不調なおかげでFRB(米連邦準備制度理事会)の目標である2%を下回る状況がずっと続いているので、リセッションを起こそうと思っても困難な状態です。もちろんいつかリセッションは訪れるのでしょうが、リセッションをずっと予想し続けるのは、長生きしている老犬を見て「いつか死ぬ」と予想しているのと同じだと思います。 私はいつも「リセッションを伴わない株価の下落は買い」と申し上げています。この機会が訪れる典型的なパターンは海外要因です。1997~1998年のアジア危機、ロシア危機がそうでしたし、前述のような2015~2016年の中国経済減速もそうでした。2015~2016年はFRBが金利を据え置いていただけなのでまだマシですが、1997~1998年はFRBが金利を下げたために、その後、株式相場は吹き上がる結果となりました。今年に入ってFRBは当面金利を据え置く方針を示しましたが、私はむしろ、FRBがまた海外要因にだまされて、バブルが発生してしまわないかの方が心配です。海外経済が不振なわけですから海外の株式に魅力はないし、相変わらず日本やドイツ、スイスの国債はマイナス金利でも買われるという超バブル状態ですから、世界の多くの投資家にとって、比較的景気が良いのにFRBが金利を据え置く中で、米国の株式は魅力的な投資対象に映るはずです。そのため、今後世界の超債券バブルが米国株式バブルに移行していく可能性は想定しておくべきだと考えています。 自動車、航空、住宅建設、金融など、米国経済がリセッションに陥れば打撃を受けると見られるセクターが、軒並み5~10倍の低PER(株価収益率)という、あたかもリセッション真っ只中にいるようなバリュエーションで取引されています。市場のリセッション予想は既に「懸念」でなく「期待」になっていると言っても過言ではないでしょう。ここまで来てしまえばむしろ、リセッション期待が裏切られるリスクの方が大きいと考えるべきです。米国経済は変わらなくても、市場がしばらくリセッションはこないと認識し、バリュエーションが正常化するだけで大きな上昇率となるだろうからです。(2019年4月24日記)
2019.04.26
12月4日の市場では、ダウ平均株価は約800ドルの急落となりました。米国債3年物の利回りが高く、5年物の利回りが低くなるという、長短金利の逆転が11年ぶりに発生。これが将来のリセッション(景気後退)入りのシグナルととらえられ、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領追悼で翌日の市場が休場だったこともダウ急落を後押ししました。リセッションによって貸し出しがこげ付いたり、長短金利差の縮小、逆転で金利収入が確保できなくなるとの懸念から、特に銀行株セクターは軒並み5%近く下落しました。しかし、そもそもこの長短金利逆転、本当にリセッション入りを占うにあたって正しいシグナルなのでしょうか。 確かに過去50年を振り返ると、米国債2年物と10年物の利回りの逆転が起きると、しばらくしてリセッションが訪れるというパターンが繰り返されています。ただ私はこういうパターンが観測できるとき、単に「長短金利逆転=リセッション」と決め付けるのではなく、なぜ長短金利が逆転するとリセッションが訪れるのか、きちんと理解することの方が重要だと考えています。 それでは長短金利が逆転するとなぜリセッションが訪れるのか? それはズバリ「銀行が貸し出しをできなくなる=経済に血液が回らなくなる」からです。 ご存じの通り銀行というのは基本的に、短期の資金を調達して長期で貸し出すビジネスをしています。通常、短期金利が長期金利よりも低いので、これが銀行の利益につながります。しかし、短期金利が上昇し長期金利との差が縮小すると、銀行は貸しても利益が出ないので、貸し出しを控えるようになります。前段に長短の利回りが逆転すると「しばらくして」リセッションが訪れると申し上げましたが、こうして銀行全体に貸し出しを控える動きが広がり、それが経済に影響を与えるようになるのに時間がかかるので、リセッションは「しばらくして」訪れるようになるというわけです。 これを理解した上で、米国債3年物と5年物国債の利回りや2年物国債と10年物国債の利回りが本当にリセッション入りのシグナルとなるかを考えてみたいと思います。結論から申し上げると、私は「たまたまそうなっただけと言えなくもない」と考えています。というのは現在の経済状況で、本当に銀行が貸出しを控えていく可能性はあるのか?ということです。米大手銀行の直近の財務諸表を見ると、おおむね、調達金利は1%弱、貸出金利は4%弱というのが平均的な姿で、米国大手銀行は3%近い金利差を確保できています。そして景気が好調なため、金利上昇にもかかわらず貸し出しは順調に伸びています。 この3年近くでFF(フェデラル・ファンド)金利は2.25%上昇しましたが、銀行の調達金利はせいぜい1%弱の上昇です。その一方で貸出金利はほぼ政策金利に連動して上昇してきましたから、現在、銀行にとっては近年まれに見る、理想的な収益環境なのです。 大手銀行の総資産利益率は金融危機以降着実に上昇してきて、直近の決算ではJPモルガンで3.3%、バンク・オブ・アメリカで2.9%といずれも金融危機後の最高水準となっています。実際、その辺の米国の銀行に行っても預金金利はせいぜい0.5%しか付きません。しかし貸出金利は着実に上昇しているのですから、今、銀行の経営者は笑いが止まらないのではないかと思います。貸し出しを控えるどころか、「借りたいならいくらでも貸してやるよ」という状況でしょう。このような状況の中で近々リセッションが訪れるとはとても思えません。 要するに重要なのは、2.8%近辺の2年債利回りでも3年債利回りでもなく、現在銀行が調達できている短期の金利水準は0.8%近辺なのです。そして、3%割れで推移している10年債利回りではなく、貸し出しできている金利の水準は3.8%近辺だということです。 この先、数回の利上げが織り込まれて高い水準となっている2年債や3年債の利回りを見るのもミスリードなら、銀行に貸出先がなくなって10年物国債でしか運用できなくなっている状況を想定するのもミスリードだということなのです。そして過去、このような国債利回りの逆転からしばらくして、リセッションが訪れたのは「たまたま」その後も金利の動きが行き過ぎて、銀行の調達、貸出金利に影響を及ぼす水準にまで到達したから、と考えるのが自然だと思います。 株式相場が下落すると、人々は下落している理由を必死に探し始めます。「自分が知らない悪材料を先に知っている投資家が売ってるのではないか」と不安になるからです。そしてその不安はメディアに対する情報提供の需要増加という形で表れます。視聴者も購読者もクリックも増えるでしょう。メディア業界が下落局面を優先的に取り上げるのはこのためです。そういう点では「11年ぶりの3年物と5年物国債の利回り逆転」はそのように不安になった人々の需要を満たすための格好の材料だったのでしょう。 しかしこのような偽のシグナルにだまされていては、投資家として長期的にリターンを上げることはできません。むしろ注目すべきは今回の銀行株下落によって提供されているバーゲンセールの機会だと思います。JPモルガンの時価総額の6%近くに及ぶ自社株買いと3%近い配当、バンク・オブ・アメリカの8%近くの自社株買いと2.2%の配当などなど。長期的投資の観点から見れば、これらこそ本物のシグナルだと考えています。(2018年12月4日記)
2018.12.05
米国株は歴史的にパフォーマンスの悪い時期を迎えています。2001年9月には同時多発テロ、2008年9月にはリーマンブラザース破たんという歴史的なイベントもありましたし、そうでなくても2011年秋にはアメリカ国債デフォルトの懸念が高まったり、2015年秋には中国株安を発端とした世界的な株安がありました。もちろんこのような、メディア的に分かりやすい下落要因もあるのですが、この時期はアメリカの税制が理由で、市場で実際に売りが出やすい時期というのが、第一の理由です。というのは、アメリカでは12月末が個人所得の決算期末となっていますが、それまでに配当の支払い等を完了させるため、投資信託の決算期末が10月末に集中しています。投資信託会社は個人の税金負担を軽減するために、ポートフォリオ内で損益通算のための取引(含み益と含み損の出ている銘柄を同時に売却)を、それまでに積極化させるのが大きな要因とされています。今年はS&P500指数はこれまでで約7.5%の上昇となっていますが、上昇が一部のセクター・銘柄に集中しているということもあり、このような損益通算による売りが出やすい状況と言えます。第二の理由として、この時期は2年に1回選挙前ということになりますが、今年は中間選挙があるのでそれに該当します。今回の中間選挙では、下院で民主党が過半数を奪回する可能性が高いと見られています。そしてこれは正に今起こっている事ですが、これを巻き返そうと、共和党も様々な過激な策を打ち出しつつあります。これに対して民主党も、トランプ大統領に対してなりふり構わず攻撃の手を強めています。このように、政治的な不透明感が高まりやすい時期であり、これは株式投資にとってはマイナス要因となります。第三に、今月後半に予定されている利上げです。アメリカ経済が好調であることは間違いないのですが、だからと言って特にインフレ率が上昇しているわけではありません。むしろ新興国市場の問題もあってドルは上昇しており、これによって私が見ている5年物期待インフレ率は春以降低下傾向にあり、足元ではFRBの目標である2%を下回ってきています。市場では利上げはほぼ確実視されているようですが、利上げを数カ月遅らせたからといって何のデメリットも無いような状況で行われるわけですから、株式市場は「余計な利上げ」と捉える可能性が高いと見ています。第四に、これはヘッジファンドの成功報酬に関わる税制なのですが、今年から成功報酬に対する課税の繰り延べが認められなったため、納税のためにヘッジファンドが利益の出ている銘柄を現金化のために売却せざるを得なくなるというものです。今年は3月末と6月末に向けて米国株式相場は大きく下落していますが、この税制が少なからず影響していたものと考えられます。とすると、恐らく9月末に向けても同じような動きが出る可能性があると見ておくべきだと思います。第五に、これらの悪材料を吸収するようなサポート材料が、特に9月は見当たらない事が挙げられます。現在、アメリカの株式相場を支えている大きな要因は企業業績ですが、次回本格的に決算発表が始まるのは10月半ばです。どのような悪材料が出ていようとも、株価評価の本質である業績が良ければそれによって株価は上昇するものですが、そのきっかけがこの先数週間は見当たらないという状況なのです。このように見てくると、今年もこの時期、調整局面が訪れる可能性が高いと考えざるを得ません。しかし私は同時に、この調整局面が米国株投資にとって絶好のチャンスとなる可能性が高いとも考えています。というのは上記に挙げた米国株の調整材料は全て、10月に入れば順次無くなっていくものだからです。投資信託による損益通算操作は決算期末のギリギリまでやっているとは思えませんし、選挙直前になれば殆どの材料は相場に織り込まれるでしょう。利上げは必要とは思いませんが、本当にそうであれば長期金利が低下することによって株式相場のサポート材料となるでしょう。ヘッジファンドによる納税のための現金化は9月末がピークと推測されますし、10月になれば恐らく、前年比で今年最高の増益率となる決算発表が始まります。そして何と言っても、来年はトランプ大統領が任期3年目に入ります。歴代の大統領は再選を目指し、任期3年目に経済や株式相場を持ち上げてくる傾向が顕著です。前号で米国株式のリスクはむしろ「過剰な上昇」だと記しましたが、こう考えてみるとそれが始まるのはそれほど先の話では無いのではないか、そうだとするとこの時期の調整局面はむしろ絶好の投資機会と捉えるべき、と考えています。(2018年9月5日記)
2018.09.08
米国の第2四半期GDP成長率(国内総生産の成長率速報値)は年率換算で4.1%と、約4年ぶりの高い伸びを記録しました。ブレの大きい純輸出が成長率を1%強引き上げた一方、設備投資がやや足を引っ張る形となりました。 これはおそらく、昨年末に成立した減税法案の中で、設備投資減税の適用について、企業側が税務当局の通達を待っているのが要因と考えられます。税務当局の通達があると思われる秋以降は、減税のメリットを受けようと、企業が駆け込み的に設備投資に踏み切ってくることが予想され、純輸出に代わる米国経済成長の担い手となってくることでしょう。 さて、このような米国経済好調の一因は、言うまでもなく、昨年末に成立した30年ぶりの大税制改革にあります。個人所得減税は今年1月から始まっているため税引き後所得が増加し、月を追うごとに個人の懐が豊かになっています。第2四半期は、個人消費だけで2.7%と高い成長寄与となりましたが、明らかに個人所得減税の影響が出始めているということでしょう。 しかし、昨年末に成立した1.5兆ドルに上る減税の、約9割を占めるのは法人税減税です。これまで先進国で最も高い法人税率であった米国が、英国に次いで2番目に低い法人税率にまで一気に法人税を引き下げたことで、これまで法人税率の高さを理由に、米国を避けていた企業は米国でのビジネスを検討するでしょうし、米国から出て行っていた企業は米国にビジネスを戻すようになるでしょう。中長期的に見れば、このような大きな構造的変化が米国の成長率を引き上げる結果になるでしょう。 通常、景気を良くするために実行される政策として、このような財政政策はもちろん大きな柱の一つです。しかし、直近のトランプ政権の経済政策を見ていると、他にも次から次へと刺激策が打たれていることが分かります。 第一に、トランプ大統領就任直後から実施されている規制緩和です。とりわけ就任直後に出された大統領令13771によって、各省庁が新たな規制を一つ設けるごとに、二つの既存規制を撤廃しなければならない事になりました。規制緩和によってパイプラインの建設が促進され、評判の悪いオバマケアの規制が一部緩和され、金融規制が実質的に緩和されつつあります。規制の数で言うと、オバマ政権のピークから既に4割削減されてきており、上記大統領令によって、今後もこの傾向は続く見込みです。 第二に、今、世間を騒がせている通商問題です。もちろん通商問題は悪化しない方が望ましいのですが、米国は定常的に貿易赤字の国。関税等で圧力をかけたところで、経済に与える影響はほとんどないと見られます。むしろ過去三年間、赤字によって、経済成長率は2015年で0.8%、2016年と2017年にそれぞれ0.3%引き下げられており、貿易赤字が減少すれば、それはそのまま、米国の経済成長率を引き上げることになります。 今は米中貿易戦争として、市場の不透明要因となっていますが、もし将来、何らかの形で決着がつけば、不透明要因の後退と米国の経済成長率上昇によって、ダブルで市場のサポート材料になりえるということです。 第三に、つい先月、トランプ大統領がメディアとのインタビューで「金利の引き上げは望ましくない」「ドルの上昇は望ましくない」と発言したことです。とりわけ財政政策に力を入れているような時にドルが上昇すると、その効果が国外に逃げてしまうので、なるべく阻止したい、という気持ちは分かります。しかし、一般に他の条件が一定であれば、金利を低くしドルを安くすれば、これらは景気の押し上げ要因になります。 要するに、トランプ政権としては、昨年末に大税制改革によって財政政策を打ち出したのみでなく、規制緩和によってさらに景気を刺激し、通商交渉を通じて赤字を減らして成長率引き上げを目指し、金利もドルも上げさせない、という、強烈な景気刺激策を打ってきている状況だということです。 前述の通り、第2四半期の成長率は4.1%と高い数字になりましたが、これらいずれの政策もフルに成長率に反映されている状況ではありません。今後、時間を追って成長率に反映されてくるとすれば、とてつもない景気刺激になるのではないか、そしてリスクは下方サイドではなく、むしろこれから大きく上方サイドに行き過ぎるリスクなのではないか、と思えてくるのです。 そして、行き過ぎが金利や為替に反映されないとすれば、株価に反映されるしかありません。2009年以降、景気の拡大が続き「次のリセッションはいつか」との声が日増しに増える中、S&P500指数の2019年予想ベース株価収益倍率は16倍と、むしろ割安感があるくらいで、近々メルトダウン(大きな下落)が起こるというのは非常に考え難い状況です。唯一、メルトダウンがあるとすれば、それはメルトアップ(大きな上昇)があった後のみでしょう。 現在、多くの人が想定していないからこそ、この先、むしろメルトアップのリスクを念頭に置いておく必要があると考えています。(2018年8月3日記)
2018.08.08
あと3カ月弱でいわゆる「リーマンショック」から10周年になります。米国では歴史的におおむね、景気が良くなると金融規制が緩くなり、景気が悪くなった後に金融規制が強化されるというサイクルが繰り返されてきました。本来逆であることが望ましいのですが、やはり問題が起こっていない時にはなかなか金融規制には手を付けられないものです。リセッションに入って不良債権が表面化し、初めてその融資が不適切であったり違法であったりというのが判明し、関係者が逮捕され、その後その失敗を二度と繰り返さないように規制を強化する、というのが過去のパターンです。 しかし、この10年間は過去のパターンとやや異なります。逮捕者が出なかったこともそうですが、不良債権の規模が過去と比べて格段に大きかったこと、そしてそれによって格段に厳しい金融規制が導入され、その状態がずっと続いてきたことです。皆さんご存知のいわゆる「ボルカ―ルール」もそうですが、それ以上に金融規制下で監督役を命じられたFRB(米連邦準備制度理事会)による質的な規制は非常に厳しいものでした。トランプ政権が成立したことで、それまでFRBで非常に厳しい監督をリードしてきたタルーロ理事は2017年4月をもって辞任となりましたが、その後も目に見えて金融規制が緩和されるということはありませんでした。 しかしその状況が、今週6月28日をもって変わろうとしています。これはトランプ政権下で金融規制のトップに就任したFRBのクォールズ理事のもとで、初めてストレステスト結果が発表される日だからです。 すでに第一弾のストレステスト結果は6月21日に発表されました。それによると、経済成長率がマイナス8.9%、失業率が10%に上昇、ダウ平均が60%以上下落するという、10年前の金融危機を超える大リセッション入りするというシナリオの下でも、大手35行は全て健全性を維持できる、という結果となりました。これは逆に言えば、10年の金融規制が如何に厳しいものだったかを示すもので、端的に言うと、金融機関に無駄に余剰自己資本を積ませている状態がずっと続いてきたことを意味しています。 6月28日に発表されるストレステスト結果では、各金融機関がFRBに提出した資本計画が承認されるかどうかが判明します。金融機関は軒並み過剰自己資本の状態ですので、承認されれば、少なくとも1年分の利益によって積み上がった自己資本は全て株主に還元されることが予想されます。現在、米国の大手行の株価収益倍率は10~12倍ですが、大手行の株主である限り、この逆数である8.3%から10%が今後毎年得られることになるというわけです。ちなみにこの8.3%から10%のうち、配当で得られるのが2.5%前後、残りが自社株買いによって還元されていくことになると見ています。 6月22日時点でS&P500指数は年初来3%の上昇となっているのに対して、米国の金融セクターからなるETF(XLF)は逆に3%の下落となっています。前述の通り、米国の大手行の株価収益倍率は10~12倍と割安ですが、割安に据え置かれている理由の一つは、生まれた利益が本当に株主の手に渡るかどうかが投資家にとって不透明だからでしょう。 しかし6月28日にストレステストの結果が発表された後にははっきりします。10年物国債の利回りが3%を割っている時に、8.3%から10%の利回りというのは、リスクを勘案しても魅力的に見えます。魅力的すぎるので恐らく、株価が上昇することによって適正な利回りに収束すると見るのが自然でしょう。 金融機関をサポートするもう一つの材料は昨年末に成立した法人税減税の影響です。金融機関は法人税減税のメリットをより多く受ける可能性が高く、その分税引き後利益が増えて自己資本が増加、株主還元を実施しやすい状況になります。また法人税減税によって米国全体の企業の税引き後利益が増加しますので、金融機関の貸出先の自己資本増強にもつながり、与信リスクが低下するという側面もあります。 一部には金融危機から10年、そろそろまた訪れるのではないか、という声も聞かれます。しかし、金融危機時の大手金融機関のレバレッジは30~40倍、現在は上記の通り、せいぜい10倍。今は金融危機を起こそうと思っても起こせない状態なのです。(2018年6月22日記)
2018.06.25
皆さんの中にも、次世代の成長をリードすると見られる米国の大手ハイテクの代表的銘柄群、いわゆる「FAANG銘柄」(フェイスブック、アマゾン、アップル、ネットフリックス、グーグル)に投資していらっしゃる方は多いと思います。当コラムや私の講演等でも、この中でネットフリックス以外についてはしばしばご紹介しています。 ニューヨーク証券取引所にはFAANG銘柄によって構成されている「NY FANG指数」というものがありますが、この指数は2017年、56%もの上昇率となり、米国株をより広くカバーするS&P500指数の上昇率18%を大きく上回りました。しかし、NY FANG指数は2018年初から3月半ばにかけてさらに24%上昇。さすがに調整なしにそのまま上昇できないペースとなったところで今回の調整を迎えることになりました。 今回の調整について、「上昇ペースが速い」以外に市場で言われている理由はさまざまです。フェイスブックは大きく報じられたケンブリッジ・アナリティカを通じた個人情報漏洩問題、グーグルはこれをきっかけとしたインターネットに対する大規模な規制導入懸念、アマゾンは連日に渡るトランプ大統領からのツイッター攻撃、そしてアップルはiPhoneの売上成長鈍化懸念です。 確かにこのような理由はあるのですが、そもそも2カ月半で24%と言うと、1年間で115%の上昇ペース。いくらFAANGでも、これは維持は不可能でしょう。そこにちょうど良い調整理由が出てきたというのが、自然な受け止め方ではないかと思います。 上昇ペースが速かった分、調整も大き目になるのは当たり前ですが、このようなときに大きなサポート材料となるのが、「バリュエーション」です。要するに株価が下落しても、バリュエーションが割安であれば下値は限られたものと見ることができますし、一方で調整後でもバリュエーションが高ければ持ち続けることはできなくなるでしょう。 このような観点から、FAANG銘柄が現在どのような位置にいるのかを見てみたいと思います。なお、FAANG銘柄のうちネットフリックスは当社として分析の対象外なので省かせていただきました。●フェイスブック(FB) 確かに今回のケンブリッジ・アナリティカを通じた個人情報漏洩は深刻な問題であり、フェイスブックは責任を逃れられないと思います。ただ今回の失敗をきっかけに、フェイスブックは今後二度と同様の過ちを犯さないような措置を取るでしょうし、中長期的にそれはかえって非常に強固で、安心感が持てるものとなるでしょう。 1日当たりアクティブユーザー数が15億人に迫るプラットフォームは全メディアにとって脅威であり、今回のスキャンダルを各メディアがより大きく取り上げるのは当然です。メディア報道によってより不安心理が高まり、2019年予想PERが16倍台と、S&P500指数平均とほぼ変わらない水準にまで下がっている現状では、悪材料はかなり織り込まれたと思います。●アマゾン(AMZN) FAANG銘柄の中で、ビジネスにしている市場規模が最も大きく、そしてそこから予想される成長率が最も高いのがアマゾンでしょう。従って当然のことながらPERも高く、調整局面が訪れたときになかなか下値を読みにくい銘柄かと思います。 ただ私は今回、トランプ大統領が下値を教えてくれた感じがしています。一企業にとって、世界最強の国の大統領が連日ツイッター攻撃する以上の悪材料はあるでしょうか? アマゾンは3月末にかけて連日トランプ大統領のツイッター攻撃を受けて株価は1,300ドル台。今後よっぽどのことがないと、この水準を下回る状況は考え難いのではないでしょうか。●アップル(AAPL) iPhoneの需要が多くて生産が追い付かないと「供給不安」、店頭にiPhoneが並んでいると「需要減少」――これはメディアがアップルについて報道するときの常套手段となりました。私もアップルやiPhoneの売上動向についてはもう10年近く分析していますが、繰り返される一定のパターンがあり、メディアはその波を捉えて報じているだけというのがよくわかります。 保有する現金から税金を差し引いた時価総額で2019年予想PERを計算すると11倍を割り込みます。ビジネスの上下動をよく理解し、これに耐えられる中長期的な投資家は、引き続き十分報われる状況だと思います。●アルファベット/グーグル(GOOGL) 検索以外の事業を拡大しつつあり、それによって中身がわかりにくくなってきているのが一因で、比較的高い成長率の割に2019年予想PERは20倍と、市場平均を少し上回っている程度です。 検索エンジンと並んで傘下のYouTubeは「金の成る木」に近い良いビジネスであるほか、現在進行中のさまざまな投資・開発案件が将来芽を結んでくることによって得られる収益はほとんど評価されていない状況です。もちろん割安な株価がさらに割安になる可能性はありますが、こちらも長期の投資は報われる可能性は高いと考えています。 このように2000年のネットバブル期と異なり、昨年の非常に高い上昇率にもかかわらず、利益成長率も高かったおかげで、今回株価調整後の大手ハイテク銘柄はバリューの観点から見ても、調整前とほとんど遜色のない水準だと思います。もちろん、市場が再び評価してくれるようになるまでには時間が必要でしょうが、その時間を待つ(=リスクを取る)価値はあると考えています。(2018年4月30日記)
2018.05.02
森友の書類改ざん問題を巡っては各方面から「前代未聞」「信じられない」との声が上がっています。もちろん性善説が前提であればそうなるのかもしれません。ただ私のように、金融の世界に居る人間は、何事においても「絶対」という考え方はせず、確率で考えるようにしています。たとえば確かに、財務省が書類を改ざんという行為を行っているような可能性は、限りなくゼロに近かったでしょう。しかし、もともとゼロではありません。しかも客観的に考えて、終身雇用制が前提である日本では、そうでない米国よりも、不正が行われる可能性は高めに見積もっておかなければなりません。 もちろん米国でも企業の不正は多く起こっています。しかし米国では雇用・被雇用は基本的に自由ですから、不正が起こるのは多くの場合、動機は金銭です。不正を働く人も普通はリスクとリターンのバランスを考えるはずですから、リターンを大きく上回る刑事罰や罰金を設定しておくことによって、多くの不正を防ごうとするシステムになっています。たとえば2008~9年に投資詐欺が発覚したメイドフ受刑囚やサンフォード受刑囚は、いずれも100年以上の禁固刑と共に、巨額の罰金が科せられています。2002年に粉飾決算が発覚したエンロンのCEOは今も服役中です。 これに対して、終身雇用制が前提である日本で起こる不正は、問題が厄介です。というのは、実際に株主等が被る被害は非常に大きくても、多くの場合その動機は金銭目的ではなく、昇進や評価だからです。しかも日本では裁判等でも「株主のようなお金持ちが被る損失」は優先順位が高くない一方、昇進や評価目的の不正は情状酌量の余地が大きいと判断され、罪が軽くなる傾向があります。与えた損失は巨額でも、日本のホワイトカラー犯罪で、禁固10年以上の刑となるようなケースは極めて少ないのではないでしょうか。 この結果、日本では不正を働くことによるリスクがリターンに対して非常に甘くなっていると感じます。終身雇用制において、被雇用者が昇進や評価に置く価値は非常に大きなものです。給与や賞与、退職金、年金など金銭的なものにとどまらず、やり甲斐、地位、世間体、名誉などお金で買えない(測れない)大きな価値が入っているからです。 また上司に不正を指示されたとして、それを拒否したときに想定される不遇な状況も計算に入るでしょう。日本は「就職」でなく「就社」の色彩が強く労働市場が流動的ではないので、もし会社を辞めざるを得なくなったら、などを勘案すると、相対的な価値はさらに大きくなります。このような価値が法的に適正に反映されないことによって、不正を働くことに伴うリスクに比べ、得られるリターンが大きくなってしまっているのです。 終身雇用制は経営者の判断も歪めます。業績が悪くなっても従業員をクビにできないので、仕方なく粉飾決算に手を染めることになります。幸いゼロ金利がずっと続いているので、粉飾決算は長い間表面化することもなく、ゾンビ企業として生き続けることができます。問題が発覚しても「雇用を守るためにやりました」と言えば、裁判所が情状酌量してくれるだろう、という期待も計算式に入っているでしょう。本来であれば、優秀な人材はさっさとそのような会社を去って新天地でその能力を発揮すべきところが、それを難しくしているのが終身雇用制なのです。 このような終身雇用制がもたらす問題を考えれば、それを防ぐシステムは非常に強固なものでなければなりません。しかし残念ながら、米国に比べ、多くの日本企業のコーポレートガバナンスは弱いままです。取締役会のメンバーのほとんどが従業員出身者であったり、過剰な買収防衛策を採用していたり、株主優待制度によって相対的に外人投資家を不利にしていたり、多くの子会社を抱えていたり…もちろん、多くの組織は倫理観に優れ、不正とは関係ないのでしょうが、このような要素を一つ一つ積み上げていくと、終身雇用制に伴うリスクは、客観的に判断して、一般的に高く見積もっておかなければなりません。これは実際、オリンパスや東芝など、多くの企業不正が発覚していることによってすでに証明されています。 何よりも、このような状況は日本経済全体にとって大きなマイナスです。財務省にいるような優秀な人材が、修正液やコピー機を駆使した工作作業のために深夜まで残業を強いられるというのは、資源の大きな無駄遣いです。企業でも不正を指示されるようなことがあれば、サラリーマンである前に、人間であることを思い出していただきたいと思います。終身雇用制と日本のガバナンス体制を考えれば、今のところ、このような不安を払拭できるのは一人一人の倫理観しかないのだと思います。今回、3月2日付け朝日新聞の記事をきっかけに財務省による文書改ざんが明らかになりましたが、リーク元は、倫理観と勇気ある財務省内部であったことを願うばかりです。(2018年3月14日記)
2018.03.14
2月に入って米国株式市場は久しぶりの調整局面を迎えました。メディアなどでは1月の雇用統計が好調で、特に平均時間当たり賃金が前年同期比2.9%の上昇と8年半ぶりの高い伸びとなり、長期金利が上昇したことが要因とされています。ただ長期金利が上昇したと言っても当日の市場で10年物国債は0.08%上昇しただけであり、このくらいの上昇はいつでもあり得ることです。また賃金上昇率=インフレ率ではなく、実際、現在インフレ連動債から計算した5年物期待インフレ率は1.8%台と、金融危機後のレンジ1.2%から2.4%のほぼ真ん中にとどまっており、直ちにインフレを警戒しなければならない状況でもありません。 もちろん雇用統計及びそれを受けた長期金利の上昇が調整のきっかけとなったのは事実でしょうが、主因はここ数年積み上げられていた株式オプションを売ってオプション料を稼ぐ動き(一部で変動率指数「VIX 」のショートと呼ばれる)にあります。多かれ少なかれ、株式相場の下落要因は大きく景気変動要因によるものと、今回のVIXショートにみられるような、リスクの担い手がそのリスクを担い切れなくなることによるものに分かれます。今回の場合は一部、VIXショートに特化したETF(上場投資信託)が閉鎖に追い込まれたことにも象徴されているように、景気変動要因によるものではなく、明らかに後者のほうです。 米国では株式のオプション(買う権利や売る権利)が盛んに取引されています。オプションはいわば、株価の上下に対する保険のような役割を果たしていて、オプションの売り手はある程度以上の値下がりや値上がりに対して保険金を払う代わりに、保険料をもらえる仕組みになっています。保険においては引き受け手となれるのは保険会社だけですが、オプション市場では基本的に誰でも引き受け手(売り手)となることができます。また保険金が支払われるようなイベントを意図的に起こすのは困難な(または犯罪となる)のに対して、オプション市場では意図的に起こすことは不可能ではありません。たとえば何らかの悪材料が出たのをきっかけに金曜日の出来高の少ない所を狙い、株価を下げて保険金を支払わせようとすることもできてしまいます。とりわけ、米国の景気が好調で、ここ2年近く株式市場でこれといった調整もなく「株価の大きな下落はないだろう」と、多くの投資家が油断してオプションの売り手に回っている状況では、それはマグマのように溜まり、いずれ噴火してしまう確率が高まる・・・今回の調整も正にそのような状況で起こりました。 オプションを売ること自体は、株式に投資すること同様、市場における1つの有効な投資手段です。多くの人がリスクを回避したいという需要がある中、オプションを売ることによってその需要に応えることは市場を安定させ、ひいては経済の成長に寄与する効果さえあると思います。問題は、保険料に当たるオプション料が適正であるかということです。最近で言うと、オプション料の算定に使用されるS&P500指数の変動率は10%台前半と、歴史的に見て極めて低い水準で推移していました。要するに、保険の引き受け手が、実際のリスクに見合った保険料をもらっていない状態なのです。多くの場合、保険金を払わなければならないようなイベントはすぐには訪れないので、保険料欲しさに引き受け手が油断して、そのような状況が長引くと要注意ということなのです。 これは1987年ブラックマンデーの引き金となったいわゆる「ポートフォリオ保険」や2007年に始まった金融危機におけるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)をはじめ、最近では2015年8月や2016年2月の調整局面でも起こっています。リスクの担い手がそのリスクを担い切れなくなることによって起こるという点で、そのメカニズムはすべて同じです。 もっとも、変動率が低いからといって直ちにそれがおかしいとか、バブルとかいう話ではありません。ただあまりに変動率が極めて低い水準が長く続くと、前述のようにマグマが徐々に溜まっていきます。残念ながら、そのマグマがいつ噴火につながるかというタイミングを当てることは出来ません。ただ私が行っている分析で、その確率を計算することはできます。簡単に申し上げれば、変動率が低いこと、そしてその期間が長いことが次の噴火の確率を上昇させる要因になります。そしていったん噴火が起こると、一気に次の噴火の確率が下がり、起こったとしても大した噴火とならない確率が高まります。今回も、数週間も経てば市場は落ち着きを取り戻し、次の噴火まではしばらく時間的余裕ができるということになるでしょう。 基本的には今回の調整もこのような理解で良いと考えていますが、一点、勘案しておかなければならない要因があります。それはFRB(連邦準備制度理事会)議長が交代したことです。バーナンキ氏は2006年に、イエレン氏は2014年にそれぞれFRB議長に就任し、市場では「バーナンキ・プット」や「イエレン・プット」など、要するに株式相場が下がっても、FRBが金融政策で適切な対応を取ってくれるとの期待がありました。2月5日にパウエル氏が新FRB議長に就任しましたが、今後もはたして「パウエル・プット」は有効なのでしょうか?おそらくそうなのでしょうが、今後本当にそうなのかを市場が確信することが必要で、そのリスクは、これまでよりもやや高い変動率という形で市場に反映されることになるでしょう。株式相場が急落した2月2日、これは雇用統計が発表された日であると同時に、イエレン氏がFRB議長としての任期を終える前日であったことを忘れてはなりません。(2018年2月9日記)
2018.02.09
アメリカで約30年ぶりの抜本的な税制改革が成立間近となっています。法人税減税の20%への引き下げをはじめとする税制改革法案は11月半ばに議会下院を通過、12月2日に上院も通過して、現在上下院で条項の異なる部分について調整が行われており、早ければ議会が閉会する15日までに成立の可能性もあります。年内の成立が無理でもおそらく来年初には成立に持ち込める見通しで、懸案であった税制大改革はついに現実のものとなりそうです。一方で税制改革に対する最近のメディアの報道や市場の反応を見ていると、誤解と思われるものが多々見られます。 第1に、「来年減税となるのだから、年内は株の売りを控え、来年1月に株を売ったほうがいい」という誤解です。実は今回、株式を多く保有する高所得者層の投資に関わる税率(キャピタルゲイン税率や配当税率)に変化はない見込みです。それだけではなく、上院・下院両方の法案で、連邦所得税からの州税・地方税の控除が廃止される方向です。これによってニューヨークやカリフォルニアなど州税・地方税率の高い地域に住む人にとっては逆に、来年は増税となります。 さらに現在、上院の案では税法上「株式は先入れ先出し法によって売却しなければならない」という条項が入っています。現在は税法上、投資家はどの株価で買った株かを選んで売却することが認められているので、むしろ自由が利く今年中に売ったほうが有利ということになります。州税・地方税のない地域に住む低・中所得者という一部の投資家を除いては、全体で見れば、もともと予定していた株の売却を来年1月に持ち越す理由は見当たりません。 第2に、「ハイテクは海外に留保している利益が多いので、減税のメリットをより大きく享受できる」という誤解です。確かにハイテクはグローバルに展開している企業が多く、海外に留保している利益が多いので、海外留保利益を米国に戻す際の減税措置が受けられます。ただその際の税率は当初予想された10%ではなく、上院案では14.49%、下院案では14%と高めになっています。 また今回は「アメリカの」法人税が減税になるのですから、グローバルに展開しているハイテク企業にとってのメリットは相対的に小さいことになります。さらに今回の上院案には法人税の「代替ミニマム税」が盛り込まれています。これは設備投資や研究開発費に認められている減税のメリットが一定以上となった場合、減税額が制限されるというものです。ハイテク企業は相対的に設備投資や研究開発費を多く使っていますから、この条項はハイテク企業にとって不利ということになります。 第3に、「税制改革審議の難航で株式相場が下落」という、メディアによる誤解を招く報道です。今年はここまでS&P500指数は18%上昇していますが、セクター別で見て最も上昇しているのは前述の通り、相対的に減税のメリットが小さいはずのハイテクで、36%上昇しています。逆に、相対的に「アメリカの」法人税減税からのメリットが大きいはずのエネルギーセクターはマイナス7%、通信セクターはマイナス10%です。 要するに、今年株式相場は上昇していますが、税制改革法案の成立を期待して上昇してきたわけではないのです。よって審議が難航したからといって下落する余地など、そもそもほとんどないはずなのです。12月に入って上下院で税制改革法案が通過し、成立の見通しが立ってきたことでハイテク売り、エネルギー・通信買いという税制改革法案成立を織り込むような動きが少し見られましたが、全体としては税制改革による影響はまだまだという状況です。 要するに、そもそもこれまで市場の税制改革法案に対する期待は高くなかったこともあり、そのメリットが本格的に経済・市場に表れてくるのはこれからです。そして忘れてはならないのは、この税制改革はトランプ政権にとって経済政策の第一歩であり、今後もインフラ投資やさらなる規制緩和などの重要政策が次々と控えているということです。(2017年12月8日記)
2017.12.12
昨日、NY株式市場は1987年10月19日の株価急落、いわゆる「ブラックマンデー」から30周年を迎えました。30年前のこの日、ダウは508ドル下落して1738.74ドルとなり、この22.6%という1日の下落率は長いNY株式市場の歴史でも群を抜いて過去最大となっています。当時、私は「株とは何か」もよくわからない大学生だったので、直接その経緯を知るわけではありませんでしたが、社会人になってこの業界でもアカデミックな世界でも、しばしば原因を検証する機会がありました。30周年が近付いてきたことで、さまざまなメディアが「当時と似てきている」などの論調を取り上げています。しかし実際には、今ではほとんど考えられない現象と考えて良いでしょう。 第1に、情報取得手段の違いです。ブラックマンデーの原因として一般に知られているものの他に、実際には市場ではさまざまな噂が駆け巡っていたとされています。たとえば当時、株価上昇の大きな一因とされたM&A(企業の合併・買収)に対して高い税率が課せられるようになるとの噂や、レーガノミクスに大きな影響を与えているとされたレーガン大統領の妻、ナンシー・レーガンさんが癌の手術で入院したなどという噂です。 当時は今のようにインターネットで情報を入手できるわけでなく、テレビやラジオの情報も今のようなスピードで伝わるわけではありません。人々は、たとえそれが噂である可能性が高いと思っても、真偽を確認する手段がほとんどなかったのです。株価にはリスクプレミアムという名の、人々の不安心理が反映されているわけですが、情報が確認できないということ自体が原因で不安心理が高まりやすい状況だったというわけです。 第2に、「ポートフォリオ・インシュランス」の役割です。1980年代は、機関投資家の株式相場の値下がりリスクに備えたい、という需要に応えるポートフォリオ・インシュランスが広く利用されるようになっていました。いわば「株式の値下がりリスクに備える保険」なので、保険を引き受ける側が株式の値下がりリスクを負うことになります。他の保険と同様、金融工学の発達とともに、計算上は株式の値下がりリスクも算出可能になったので、引き受けた側はその計算通りにヘッジしていけば問題はない、はずでした。想定外の下落となったので保険を引き受けた側に損失が発生する、というのは保険の世界ではよくあることですが、問題は引き受けた主体が比較的少数であったということです。 それによってどのような問題が起こるのか? 引き受けた主体に大きな損失が発生して保険金が支払えなくなると、保険が役に立たなくなるので、保険を買っていた側も自分で株式を市場で売らなければならなくなったのです。これは2008年金融危機の際にも起こった現象で、当時世界最大の保険会社AIGが危機に追いやられたことで、AIGの保険を買っていた主体が慌てて自らあらゆるリスクのヘッジに走り、さらに悪循環を生むことになりました。 しかし当時と異なり、今では株式の値下がりリスクの担い手はかなり分散されるようになりました。当時のポートフォリオ・インシュランスは、現在はオプションなどデリバティブの形で市場で広く取引されており、その多くは個人投資家でも簡単に取引できるようになっています。中には株式相場が下落して慌てるリスクの担い手も居るかもしれませんが、わざわざ好き好んでリスクを取りに行っているような人々ですから、逆に有利な価格になればさらにリスクを取ろうと思う人も多いでしょう。すなわち、リスクの担い手がごく少数に限られていて悪循環を生む可能性が高かった当時と異なり、分散するようになった今では、株式相場下落時のリスクの担い手の行動もさまざまなため、悪循環を生むことなく、十分吸収可能な状態になっていると考えることができます。 第3に、株式のバリュエーションです。ブラックマンデー30周年を前にしてよく目にした論調の1つは、「当時のPER(株価収益率)は16倍、現在は20倍」というものです。しかし、当時の米10年物国債の利回りは8%~10%台の推移でした。PER 16倍というと益利回りは6.25%(1÷16)。リスクを取らなくても8%以上の利息が得られる時代に、株式は明らかな割安だったわけではありません(それでもその後の10年間、株式に投資していたほうがずっと高いリターンを生んでいますが)。 一方で現在、米10年物国債の利回りは2.3%という時代です。配当利回りだけで2%近いだけでなく、益利回りは5%と米国債利回りの2倍も出る状況です。さらに来年に向けての増益と、予想される法人税減税を勘案すれば、株価収益率は16倍台に低下、益利回りは6%近くに上昇します。もっとも、このような株式が割安な状況は今に始まった話ではなく、金融危機後ずっとです。 これは、投資家の多くが金融危機を境に株式への投資というものに対して、必要以上のリスクを感じるようになったのが主因だと思います。ここにきて株式相場が上昇してきたので徐々に警戒を解くようになってきたが、とりわけ債券との比較ではまだまだ割安な状況が続いている、ということでしょう。 株式というのは「ビジネスに関するあらゆるリスクを担う」ことがそもそもの役割です。当然ながら、今後もあらゆるリスクを反映して大きく上下する運命にあるでしょう。しかし、現代の投資を考えるにあたってリスクの中にブラックマンデー時のような状況まで想定するのはかなり無理があると思います。何よりブラックマンデーであっても、金融危機であっても、結局長期的にはリスクを担った投資家にご褒美がもたらされている事実を忘れてはなりません。(2017年10月19日記)
2017.10.20
先月の日本出張時、ホテルでテレビをつけるとどのチャンネルも「一線を越えたかどうか」ばかり。このコラムでも繰り返し指摘している通り、もはやメディアというのはさまざまな情報を公平に伝えるものではなく、視聴率や購読者、クリックが獲得できるのであればそれを徹底的に取り上げるしかない、競争激化によってそれほど余裕がなくなってきているものだ、ということをつくづく感じました。このような時代の中で我々が公平で正確な情報を得ようと思えば、できるだけ自分自身で元のソースを確認しにいくしかない、ということなのです。 先週末シャーロッツビルでの衝突事件後のトランプ大統領の対応についても、メディアの報道ではなく、私は実際の発言とツイッターのみをフォローするようにしていました。実際、一部誇張気味のメディア報道とは裏腹に、先週末や今週月曜日の声明の段階ではトランプ大統領の対応は十分挽回可能な範囲だったと思います。しかし、火曜日の記者会見とその前後のトランプ大統領の言動は衝撃的で、とうとう一線を越えてしまったか、と感じざるを得ないものでした。 去年の大統領選挙前にも記しましたが、予算をはじめとする経済政策成立において大きな力を持っているのは議会です。大統領に与えられているのは拒否権のみです。しかしメディアでは圧倒的に大統領が大きく取り上げられるため、あたかも、大統領が考えている経済政策を何でも実行できるような印象を持っている方が多いのではないでしょうか。メディアでよく、「トランプ大統領は就任後、主要政策を何も成立させることができていない」と報じられるのも、そのような誤解を招く一つの要因でしょう。 ただ今回のトランプ大統領の「一線越え」は、そもそも大統領の権限は限られているから、と安心して見ていられる範囲のものではありません。というのはこれから年末にかけて、ワシントンでは重要なスケジュールが控えているからです。まず、おそらく9月末前後のタイミングで、議会は連邦政府の債務上限を引き上げる必要があります。また9月末は連邦会計年度末でもあるため、少なくとも部分的にでも予算案を通過させなければなりません。夏休み前に成立させられなかったオバマケア代替法案も手付かずのままです。トランプ大統領の公約である税制改革やインフラ投資となると、さらにハードルが上がっていきます。 オバマケア代替法案は、上院で過半数である50票に届かなかったことによって成立させられませんでした。しかし、債務上限引き上げや予算案を成立させるには上院でさらに10票多い60票が必要です。60票必要ということは少なくとも民主党から8票が必要となるため、自ずからある程度民主党の意向を反映した予算案を提示しなければならないということになります。しかし、民主党寄りの予算となると、オバマケア代替法案でも見られたように、今度は共和党の保守派がこれに反対して票が減ってしまうということになります。過半数のオバマケア代替法案も通せなかった議会が、このようなさらに高いハードルをクリアするのはかなり困難と考えなければなりません。 このような政治的に重要なスケジュールが控えていたからこそ、大統領の求心力が必要なタイミングだったのです。これらハードルが高いと見られる法案を成立させられるとすれば、大統領が共和党だけでなく、民主党の一部議員もまとめ上げる以外にチャンスはなかったように思います。そしてそのためには、今回製造業評議会を去った大企業トップ達のサポートも必要だったはずです。現時点では、短期的な措置でいったんこの難局を乗り越えるという可能性が最も高いと考えられますが、トランプ大統領就任とともに市場や産業界が期待していたような一連の経済改革は、今週のトランプ大統領の「一線越え」で、可能性が大きく後退してしまったと考えざるを得ません。 税制改革については、多くの個人や企業が今年中の成立を期待して、または見込んで経済活動を行っていたでしょうから、これが先送りになると見れば年末に向けては経済活動を控える動きに出るでしょう。債務上限問題については、毎度のことながら期限を前後してV字回復になるとわかりながらも、一時的な投資家心理の悪化は避けられないでしょう。そして何よりも、8-9月は多くの投資家が夏休み中で、悪材料が出たときにそれに立ち向かう買いが出にくい時期です。焦って売る人は沢山いる一方で、買う人は焦る必要はないという状況です。 企業の業績は好調ですし、恐らく一連の経済改革は来年の中間選挙前には成立するでしょう。なので調整があるとすればそれは一時的な投資家心理の変化が主因だと思います。しかし今回のトランプ大統領の「一線越え」はその投資家心理を変化させるのに十分なものだったと思います。
2017.08.18
5年前のこのコラムで、「良いビジネスを安く買う:アップルとグーグル」と題し、どちらの株式に投資すべきかについて記しました。市場には様々なニュースが飛び込んできて、株式というのは短期的にはそのようなニュースに振り回される傾向がありますが、5年も経てば相対的にはそのようなニュースの影響は小さくなり、逆に本来ビジネスの持つ価値がより正確に株式に反映されるものです。我々が運用するファンドでも常に、その時のニュースに惑わされることなく、そのビジネスの3年から5年先の姿を見越して投資する方針を取っています。「安く買う」というのはバリュー投資の基本ですが、バリューだけを見ていると質の悪いビジネス、いわゆるバリュー・トラップに引っ掛かるリスクがあります。一方で良いビジネスばかり追いかけていると高値を掴む可能性が高くなります。それでは「良いビジネスを安く買う」という方針を追求している我々はどうしているかというと、良いビジネスが短期的な理由で安くなっている機会を狙うのです。そのような観点から我々が5年前に目を付けたのがアップルとグーグルでした。アップルやグーグルのような良いビジネスが安く提供されているような状況は、滅多にあるものではありません。しかし5年前は両社共に、「一株利益50円で年率20%で成長している株が610円で、しかもそのうち100円以上は現金」という状況だったのです。当時はグロース(成長)を追い求める投資家が、両社の巨大化と共に見切り売りを進める一方で、バリュー投資家がまだ積極的には買い出動していない(通常バリュー投資家は急いで飛び付くような買い方はしません)、いわばグロースからバリューへのバトンタッチの段階であったことによって「良いビジネスを安く買う」機会が提供されていたのです。あれから5年間、アップルの株価が配当の再投資込みで82%の上昇にとどまったのに対してグーグル(2015年に社名をアルファベットに変更)は189%の上昇となり、当時予想をお示しした通り、グーグルへの投資がアップルを大きく上回る結果となりました。どうしてこのような差が出たかというと、これも5年前にお示ししていた理由の通りであり、グーグルの方が「金のなる木」に近い良いビジネスであったから、またグーグルはビジネスによって生まれたキャッシュフローを配当で還元するのではなく、再投資することによってさらに高いリターンに結び付けていったからです。この5年間、ギリシャ危機、地政学的リスク、量的金融緩和終了、利上げ開始、エネルギー価格急落、エボラ熱、中国株急落、ブレクジット、大統領選挙等々、あの手この手で皆さんに株式に投資させまいとするニュースをメディアは率先して取り上げてきました。もちろん短期的にそのようなニュースが株式市場に影響するのは確かです。しかしよく考えてみて下さい。この中のどれ一つとして、グーグルの中長期的なビジネスの本質的な価値に影響を与えるものはあったでしょうか?最近のメディア間の競争激化を見るにつけ、今後ますます皆さんに株式に投資させまいとするニュースが優先して取り上げられると思います。そのような中でも、その会社のビジネスにさえ自信が持てれば、ほとんどのニュースは無視して良いはずです。これまでの5年間がそうであったように、今後の5年間も同じく、いやますます投資家としてはこのようなスタンスが重要になっていくと思います。さてそれではグーグルはこの先5年間も、これまでの5年間と同じように、様々なニュースが出ても、それらに惑わされない良い投資であり続けるのでしょうか。恐らくそうでしょう。しかし同時に恐らくグーグルをしのぐ、もっと良い投資になると考えられる会社があります。それは昨年7月の楽天証券17周年記念セミナーでもご紹介したアマゾン(AMZN)です。本稿執筆時点で、グーグルもアマゾンも株価は970ドル近辺です。時価総額を見てみると、グーグルが6,630億ドルに対して、アマゾンは4,640億ドルです。しかし両社が主戦場とする市場規模を見てみると、グーグルは広告市場であり、恐らく世界で数千億ドルの規模だと思います。一方でアマゾンが主戦場にするのはアメリカの小売市場であり、これだけでも10兆ドル単位と桁違いの巨大な市場です。これに加えて、小売りと並んで収益の主力になると見られるアマゾン・ウェブサービスは近年、インターネットの世界において顕著な成長を遂げてきています。そのような会社の時価総額がグーグルを下回っている状態というのは、時間の経過と共に修正されていくでしょう。先日ビジネススクール時代の教授と食事をする機会があり、最近卒業生はウォール街には就職しなくなっている、と話していました。「やはりグーグルが人気トップ企業なのですか」と聞いたところ答えはNOで、トップはアマゾンとのことでした。アマゾンが狙う市場の規模、それに対する人材を含む将来に向けた積極的な投資、そしてアマゾンのこれまでの再投資実績を考えると、5年後のグーグルvsアマゾンの対決はアマゾンに軍配が上がると見るのが自然だと思います。結果はまた5年後、このコラムで。(2017年5月22日)
2017.05.22
ウォール街に「5月に売ってどこかへ行け」という格言があるのはご存知かと思います。アメリカでは納税者の殆どが確定申告をしますが、その作成過程で、非課税で退職金勘定に積み立てられる金額が決まります。そして今年はその提出期限が4月18日となっています。アメリカの人は退職金勘定の多くの部分を株式で運用するので、この時期から株式市場に資金が流入しやすくなる=需給が引き締まって株式相場が上昇しやすくなる、という訳です。この傾向は歴史的なデータからも明らかで、過去50年間でS&P500指数の月別上昇率を取ってみると、4月の上昇率が一番高くなっています。ただこれは確定申告時期という季節要因によって出来た需給の歪みであり、ファンダメンタルズを反映したものではありません。5月に入ってもこの要因はある程度残るものの、この要因が剥落すると相場は調整局面に入る可能性が高くなります。この傾向も歴史的なデータから裏付けられていて、過去50年間で6月から9月にかけては、年間で最もパフォーマンスの悪い時期となっています。もちろん年によってはこのような需給を打ち消すような好材料や悪材料が出て、過去の平均通りにならないこともあります。ですので実際の相場予測に適用するにあたっては、絶対ではないけれども無視できない、程度に考えておくのが良いと思います。そこで問題は、今年はどうなるのか、ということです。今年は3月末までにS&P500指数は既に5.5%の上昇となっています。これは年率に換算すると24%近い上昇率となります。大統領選挙の結果判明からだと10.4%上昇していますが、これも年率に換算すると25%近い上昇率となります。実は私はこの、やや速い上昇ペースを心地良いものとはとらえていません。というのは下記の通り過去50年間で、大統領選挙で勝利した初年度(11月から翌年10月)にS&P500指数が20%上昇して、4年後に勝った大統領(または同党の候補)はいないのです。1988年 ブッシュ(父)22.0%上昇 1992年敗北1996年 クリントン29.7%上昇 2000年敗北2012年 オバマ24.4%上昇 2016年敗北これは感覚的にも分かりやすいと思います。人々の記憶はそれほど長続きするものではないので、政権としては4年後の選挙に勝とうと思えば、就任から3~4年目に景気や株価を持ち上げていきたいはずです。上記の確定申告という季節要因によって需給が歪むのと同じで、初年度から過剰な期待によって景気や株価が持ち上げられると、後になって息切れするのは目に見えているからです。実際、最近の大統領選挙で現職(または同党の候補)が負けた年は全て、S&P500指数の上昇率は10%以下にとどまっています。1992年 ブッシュ(父) 6.7%上昇2000年 クリントン 4.9%上昇2008年 ブッシュ 37.5%下落2016年 オバマ 2.3%上昇私は、トランプ政権の経済関係閣僚は史上最高のメンバーだと思っているので、当然このような傾向も熟知していると思います。そして恐らく、これまでの速い株式上昇ペースを心地良いものと思っておらず、出来れば抑え気味に行きたい、そしてそのような方針を取っていくのではないかと考えています。具体的には、市場の期待が高くなり過ぎたら抑え、好材料のペースが速くなったと見れば遅らせ、更には目下の好景気や株価上昇という「糊しろ」があるうちに、悪材料を出しておこうという考えも視野に入ってくるのではないかと思います。穿った見方をすれば、オバマケア見直しが先送りになったり、税制改革が遅れたり、軍事的に強硬姿勢を取るというのも、その一環と考えることもできます。4月第3週から本格化する米1-3月期決算はおよそ5年ぶりの高い増益率になる見通しです。確定申告期限という需給要因や、決算というファンダメルズ要因はいずれも株式相場のサポート材料です。もし4月、これらサポート材料に支えられて、この3月までと同様の速い上昇ペースが続くのであれば、私は「5月に売ってどこかへ行く」のが賢明だと考えています。というのはトランプ政権としては上記理由から、何らかの形で市場の過度な期待は抑えたいはずで、現状では株価が上がれば上がるほどその動機は強まっていくと考えられるからです。一方で、これまでの季節的傾向に反し、4月や5月が調整色の強い展開となるようであれば、年後半に向けて再び期待が持てるので「5月に売ってどこかへ行く」のはもったいない、ということになります。4月相場は調整から始まっているので6月から早々と夏休み入りできる可能性は低そうですが、今後1-3月期決算があまりに良いものになり、それに市場が素直に反応していくようだと、今年に関しては「5月に売ってどこかに行く」ことも考え始めないといけなくなるでしょう。但しユナイテッド航空以外で。(2017年4月13日記)
2017.04.13
トランプ政権が誕生してから約1カ月半が経ちました。去年の大統領選挙において、予めクリントン支持を表明していたアメリカの新聞は92%、購読者ベースだと97%に及びますが、その殆どが予想を外す結果となりました。選挙結果判明後、しばらくは予想を外したことに対する反省や検証に紙面を使っていたと思いきや、トランプ氏が大統領令を連発し始めるやいなや、再びトランプ氏に対する攻勢を強めています。通常、「大統領就任100日」というのはメディアも新大統領の出方を暖かく見守るものですが、近年インターネットやSNSの台頭により競争が激化しているのか、「100日」を待つ余裕も無いように見えます(第317回 何故メディアの情報を鵜呑みにしてはならないか 参照)。それでもアメリカの多くのメディアは、大統領選挙のかなり前から、どちらの候補を支持しているかを表明してくれますので、情報を取り入れる方も、それを割り引いて取り入れることができます。しかし日本ではそのようなおことわりもなく、それら報道があたかも中立メディアのものであるように報じられるケースが多いように思います。もちろん事実と異なる情報を流しているわけではありませんが、やはりトランプ氏の暴言は何にも優先して取り上げられる傾向は顕著です。大統領選挙以降、日本の友人から頻繁に「アメリカは大丈夫か」と聞かれますが、トランプ氏の選挙演説を聞いていれば選挙前も後も変わらないし、連発してきた大統領令も、言っていたことを実行しているだけで特にサプライズはありません。恐らく暴言ばかり報道されていた日本では、そもそもトランプ氏がどのような選挙演説を行っていたかご存じない方が多く、「アメリカは大丈夫か」になってしまうのだと思います。このような「アメリカは大丈夫か」という懸念を嘲笑するかのように、大統領選挙後、特に企業や消費者心理を示す指標は絶好調ですし、株式相場は連日の史上最高値更新となっています。「アメリカは大丈夫か」と聞いてきた友人は、アメリカの株式相場が史上最高値更新中であることを知らない、殆ど報道されない、と言っていました。しかし少なくとも投資家はトランプ政権の本質を見失わないように行動すべきです。それは今後、法人税率や個人所得税率が引き下げられて資本コストが低下すること、規制が緩和されていくこと、遅れていたインフラ投資が実行されていくこと、そしてそれらを通じてアメリカの成長率が引き上げられていく事、です。トランプ政権になってかなり長く続いたデフレへの懸念が払拭されたことに伴い、世界の投資家は債券から株式へと大規模な資産アロケーションのシフトを行わなければなりません。通常、投資家の不安心理を示す変動率指数(VIX)は株価下落時に上昇するものですが、最近は株価上昇時にも上昇しており、そのような投資家が焦っている様子がうかがえます。恐らくメディアの多数を占める反トランプの報道を妄信してしまう結果「アメリカは大丈夫か」と不安を感じてしまい、多くの投資家が米国株式を買い遅れていることによるものでしょう。逆に言えば、これだけメディアのネガティブキャンペーンが続く中で株式相場が上昇しているということは、相場の腰はかなり強いと見て良いと思います。今後リスクが考えられるとすれば、それはメディアのネガティブキャンペーンではなく、トランプ政権及び共和党の目指す経済政策の実行が遅れてしまうことでしょう。まずトランプ大統領が近々「驚くべき税制改革」を発表する、と言ってしまったので、市場の常として、本当に驚くべき税制改革であったとしても、発表後は一旦相場が調整する場面が想定されます。また私は今のところ、減税等の法案成立は秋口と見ていますが、これら来年にずれ込むようだと経済への影響は避けられなくなると思います。というのはトランプ氏の大統領選挙勝利以降、企業も個人も既に減税をはじめとする経済政策が実施されることをかなり織り込んできているはずです。減税等法案の成立が先延ばしになればなるほど、企業や個人の経済活動がスローな時期が長くなるからです。トランプ政権のスピードを見ていると現時点ではそれほど心配する必要は無いと考えていますが、例えばオバマケアの撤廃・改革で予想以上の時間を費やしたりあまりに議会で敵が増えてくるようだと、このリスクは視野に入れ始めなければならなくなります。しかしその場合でも調整は一時的で、その後実際に政策が実行された時の経済へのインパクトが相場を下支えしていくことになるでしょう。(2017年3月1日記)
2017.03.01
大統領選挙では共和党のトランプ氏が勝利し、さらに議会も上院・下院とも共和党が過半数を取ったため、2017年、公約であった減税が実施される可能性が高くなっています。現在、アメリカ(連邦)の個人所得税の最高税率は39.6%ですが、投資所得に関してはこれに3.8%が上乗せされ43.4%となっています。例えばニューヨークのマンハッタンに住んでいると、これに8.82%の州税と3.876%の市税が加算され、合計56.096%の税金がかかります(但し1年以上の長期投資所得は軽減税率が適用)。2017年はこのうち、連邦所得税率が39.6%から33%に引き下げられると見られています。また投資所得に対する3.8%はオバマ大統領の下で成立した医療保険制度「オバマケア」開始と共に導入された税であるため、廃止される可能性が高くなっています。即ち、今年いっぱい43.4%という個人所得税の最高税率は、2017年には10%ほど低下し、33%になる見込みです。もちろん減税が成立するには新政権が誕生し、両議会が承認、大統領の署名を経る必要があるので時間もかかりますし、成立する保証もありませんが、既に市場ではそれを先取りする動きが起こっています。それは2016年初来株価騰落率がマイナスの「2016年敗者株」を売る、という動きです。アメリカでは株式の売買で実現損が出た場合、3,000ドルを上限に通常所得と相殺することができます。また他の銘柄で出た実現益と相殺することもできます。例えば56%の税金を払っている人が短期の株式売買で3,000ドルの実現損を出した場合、1,680ドルの節税効果があることになります。しかしこのように比較的大きな節税効果があるのは恐らく今年までで、2017年に税率が10%下がるとすれば、1,380ドルの節税効果でしかなくなります。他の銘柄で出た実現益と相殺するとすれば、金額によっては桁違いの節税効果を得ることができる状態で、このメリットを受けるには、12月末までに「2016年敗者株」を売らないといけないのです。12月末まで、相対的に「2016年敗者株」を売ることが有利な状態なので、実際に市場でもそのような動きは出ています。ただ、今年は特に大統領選挙以降、株式市場全体は堅調なので、比較的「2016年敗者株」が少ない状態なのです。これによって「2016年敗者株」が希少価値化し、実力以上に売られやすい状態になっているはずです。例年、税金対策として12月末までに実現損を確定する売りが増え、年が明けた途端にそのような売り圧力が無くなるため株価が上昇する「1月効果」という動きは見られます。しかし今年に限っては2017年に減税が実施される可能性が高いので、1月効果が例年以上に強く出てくる可能性が高いのです。そしてこのように1月効果が強く出る機会は滅多にあるものではありません。これは企業の業績やファンダメンタルズ、即ち企業価値に全く関係の無い話で、単に税制変更によって投資家の都合によって短期的に需給が歪み、株価が割安になるという点で、逆に「良いビジネスを安く買う」絶好の機会と見ることができます。ただ、下がっている銘柄であれば何でもいい、というわけではありません。ここでいくつか、注意すべき「2016年敗者株」の条件を挙げておきたいと思います。1. 金利敏感株は避けるREITや公共株など、「2016年敗者株」の中には金利上昇が逆風となっている株が散見されます。これらは金利上昇が止まらない限り反転は望みにくく、税制変更とはあまり関係ない理由で売られているので注意です。2. 業績や財務内容がしっかりしている企業を選ぶ業績や財務内容がしっかりしている企業は通常、株価もそれほど下がらないものですが、そのような株に対して一時的要因や税制変更によって売り圧力が強まっているとすれば、それは絶好の投資機会となります。3. 民主党政権から特別の恩恵を受けてきたようなセクターは避けるこれらセクターはこれまで8年間、民主党政権によってメリットを受けてきたのであって、共和党政権下で苦戦するのは止むを得ません。税制変更とは関係のない話です。4. 他の条件が同じであれば大型株よりも中小型株を狙う一般に、大型株よりも中小型株の方が出来高は少ないものです。税制変更のメリットを取ろうという動きが集中すると、出来高が少ない中、実力以上に株価が下落しやすくなります。出来高が少ないので、年が明けるだけでこのような売り圧力が無くなり、株価が上昇するというわけです。このコラムをお読みいただいている殆どの方は日本の居住者だと思いますので、年内に株式を売る(=税制変更のメリットを取る)方についてはあまり関係ないと思います。一方でアメリカの投資家は2017年の税制変更を見込んで年内は「2016年敗者株」の売りを積極化させるので、それらの株価は安くなるはずです。これは逆に言えば、全ての投資家に株式を割安で買うチャンスが提供されているようなものであり、この好機を生かさない手は無いと思います。(2016年12月14日記)
2016.12.14
いよいよ大統領選挙まであと一週間となりました。選挙後すぐに結果が判明していない可能性も十分考えられますが、少なくとも今年、株式市場にとって最大とも言える不透明要因・イベントが通過するのはもうそれほど先ではなくなりました。今年初め、2016年の米国株式相場の予想を聞かれた際、私は「今年は大統領選挙を控えているので、それまでは上昇しにくいだろうが、大統領選挙が終わるくらいから上昇に弾みが付くだろう」と申し上げました。今年S&P500指数はこれまで3%しか上昇していないのでこれまでは予想通りなのですが、一方で「大統領選挙後、上昇に弾みが付く」という考えも現時点で全く変わっていません。市場には大統領選挙以外にいくらでも材料はありますが、やはり不透明要因という点では選挙に勝るものはなく、歴史的にも大統領選挙を控えた10カ月間は冴えない相場展開となることが多いものです。特に、2期(8年)続いた大統領の任期後半には株式相場が大きく調整する傾向が見られます。ニクソン大統領は8年続きませんでしたが一応2期目、レーガン大統領時は1987年ブラックマンデー前がほぼ高値、クリントン大統領は任期満了の10カ月前からITバブル崩壊、そしてブッシュ大統領は任期満了の1年半前から金融危機に見舞われ、今年初めにも株式相場は一時大きく下落しました。相場の下落材料としては大統領に直接関係ないと思われるものもありますが、大統領選挙を控え、少なくともこのような調整を支えられるようなサポートが出にくい状況になっていたことは確かでしょう。またビジネスを営むにあたっても当然、大統領選挙の動向は気になるところでしょう。ビジネスプランを立てる際、殆どの場合少なくとも3年以上先を見据えた経営を考えると思います。しかしそのような時、大統領が交代することをきっかけに様々な政策が変わるとなると、大統領選挙が終わってきっちり政策が明確になるまで雇用や設備投資は控えようということになるでしょう。市場では例えば、薬価抑制につながる法律が成立する可能性が高まれば薬品株には大きな打撃でしょうし、金融規制が強化されるとなれば、ウォール街の金融機関にとっては痛手となるでしょう。こうして大統領選挙前というのは当然のことながら、ビジネスも投資も控えられがちになるはずです。このように、大統領選挙というのは確かに大きな不透明要因です。しかしこの場に及んで投資において重要なことは第一に、不透明感は十分過ぎるほど既に相場には織り込み済みであり、第二に、間もなくその不透明要因は無くなる、という事実なのです。大統領選挙の結果を受けて改めて「新大統領の下でアメリカはどうなるのだろう」と心配するのは自由ですが、それはそもそも大統領選挙のずっと前から続いてきた心配であり、相場が同じ心配を二度も三度も織り込みに行ってくれると期待するのは非合理的です。またそもそも実際問題として、大統領が代わることを、本当にそれほど心配しなければならないのでしょうか?私は特に今年、大統領選挙が経済や市場に与える影響について聞かれる機会が多くありました。しかし一般の人が考えているほど「大統領選挙」が経済や市場に与える影響は大きくないと思います。というのは、アメリカで法律成立に当たってより重要な役割を果たすのは議会です。基本的にアメリカの法律は、上院、下院の両方で承認され、大統領の署名を経て成立することになっています。大統領には拒否権はありますが、差し戻されても議会で3分の2の賛成を得ればその法律を成立させることができます。現実的には現在、上院も下院も、3分の2の賛成を得るというのは極めて困難なため拒否権は有効ですが、逆に議会の協力無しに法律を成立させること、即ち経済政策を実行することは出来ないのです。近年、地政学的リスクの高まりにより、軍の最高司令官としての役割がクローズアップされてきた感はありますが、こと経済政策に関しては法律の成立が必要なわけですから、大統領の権限で何でもかんでも出来るわけではないのです。要するに経済に与える影響を考えるに当たっては、大統領に誰がなるか、ということに加えて議会とのバランスが重要だということです。今回のケースで言えば民主党のクリントン候補が有利と言われていますが、議会下院では共和党が圧倒的多数で逆転はほぼ不可能と見られるため、経済政策でそれほど大きな変化が出る可能性は低いのです。ここに来てクリントン候補の私的Eメール問題が再びクローズアップされてきて、大統領選挙の行方は混とんとしてきた感はありますが、混とんとすればするほど、大統領選挙という不透明要因が去った後の反動も大きいはずです。相場が上昇するのは、何かプラス材料が出た時よりも、実はマイナス材料が去った時の方が大きい事を忘れてはなりません。(2016年11月1日記)
2016.11.01
ここ数年、講演などの際に「この先想定されるリスクは?」という質問を頻繁に受けるようになりました。恐らく金融危機から受けたショックが癒えず、まだまだ多くの人がリスクに対して過敏になっている結果ではないかと思います。この現象に対しては私なりの考えがあるので、また次号にて述べさせていただきたいと思いますが、今回は敢えて、このような質問にお答えする形で、現在私が想定しているリスクを一つご紹介しておきたいと思います。それは対ドルで固定相場制を採用しているサウジアラビアの通貨、リヤルの切り下げ、及びそれが世界の金融市場に与える影響です。サウジアラビアは過去30年にわたって1ドルに付き3.75リヤルという固定相場制を採用しています。変動相場制の下では様々な経済調整が為替を通じて行われますが、固定相場制の下では経済の歪みによって生じる為替変動圧力を、金利や為替介入によって調整しなければなりません。ご存知の通りサウジアラビアは世界最大の産油国ですから、どちらかというとリヤル売り・ドル買いによって固定相場を維持し、この結果外貨準備がどんどん積み上がっていくというのがこれまでの傾向でした。しかし2014年夏以降の原油価格急落によってこの傾向は完全に逆転しました。2014年夏に1バレル100ドル台であった原油価格はその後急落、今年初めには30ドルを割れるに至りました。そしてこの原油価格急落と共に外貨準備も減少を始め、2014年8月に7,370億ドルあった外貨準備は、今年7月末時点で5,550億ドルにまで減少しています。この間、リヤルに大きな売り圧力がかかってきたことは想像に難くありません。サウジアラビアの石油産出コストは1バレル当たり10ドルを下回ると言われているのに何故、原油価格下落によってこれほど影響を受けるのでしょうか。それは、サウジアラビアの4分の3にも及ぶ人口の雇用がオイルマネーによって支えられており、その雇用コストを勘案した損益分岐点は、2015年末時点で95ドル近くとなっているからです。更に、徐々にアメリカと軍事関係が希薄になりつつある一方で、同地域の地政学的リスクは高まる一方であるため軍事費の削減もままならず、同国の人口動態を考えれば、今後損益分岐点が大幅に低下するというのは考え難い状況にあります。このような状況を反映して、本稿執筆時点でサウジ・リヤルの3カ月物金利は2.3%台と、約8年ぶりの高水準を付けています。アメリカ・ドルの3カ月物銀行間金利が0.7%台ですから、その差は1.6%。例えば10倍レバレッジを効かせてサウジ・リヤル買い、ドル売りをやって1年後も固定相場が維持されていれば16%もらえる計算になりますが、市場というのはかなり高い確率で、結果的にそのような利益が出ないような方向、即ちリヤルが切り下げられる方向で圧力がかかっていくものです。為替市場では原油価格の下落と共に、殆どの産油国の通貨が下落してきました。ロシアのルーブルは2014年に比べて半分近くになりましたし、カナダドルやメキシコペソも20-30%の下落となっています。産油国である限り、原油価格下落によって通貨が下落するのは、為替の経済調整機能からしても当然のことですが、最大の産油国であるサウジアラビアだけは固定相場を採用していますから、その歪みが日に日に膨らんでいくばかりなのです。もちろん今後原油価格がまた2年前の水準である100ドルに向かって上昇していくのであれば、現在の固定相場を維持できていく可能性が高まるでしょう。しかし、原油価格急落の大きな要因となったアメリカのシェールオイルの損益分岐点の中間値は、2年前には70ドル台だったのが、現在は50ドル台にまで下がってきていると言われているため、現在45ドル近辺の原油価格が大きく上昇していくのは極めて難しいのではないかと思います。そして何よりも、サウジアラビアは通貨を切り下げることによって多くの問題を解決できるようになります。財政面では、軍事を含む政府関連の多くの雇用を維持でき、これは延いては王国であるサウジアラビアを政治的に安定させられることになります。経済的には外貨準備の更なる減少を食い止めることができますし、原油市場では価格競争力が上昇します。購買力は低下しますが、他の様々な問題が一気に解決できることを考えれば、優先順位は高くないのではないかと思います。さてそれでは、サウジアラビアがリヤルを切り下げればどのような問題がもたらされるのでしょうか。それは世界的な、更なるデフレです。世界最大の産油国がその通貨を切り下げるのですから、原油市場に与える影響は小さくないでしょう。先進国の中央銀行がデフレと戦う中、新たな「敵」が現れてくるわけで、デフレとの戦いをより困難にする一因になる可能性があります。アメリカでは年内にも追加利上げが予想されていますが、それどころではなくなってくる可能性もあるでしょう。歴史を振り返っても、固定相場制というのはそもそもマグマの溜まり場であり、それが崩れる時に金融市場に与える影響は小さくありませんでした。古くは1992年の英ポンドのERM離脱時や1997年のアジア通貨危機、最近では中国人民元の切り下げが市場に少なからずショックを与えたのは記憶に新しいところです。ファンダメンタルズから考えれば、サウジ・リヤルの切り下げは普通に予想可能だと思います。そして原油価格の低迷が続く限り、それは時間の問題と想定しておくべきでしょう。(2016年9月2日記)
2016.09.02
このコラムや講演等でも申し上げてきましたが、私がドル円相場で円高の予想に転換したのはちょうど1年ほど前、2015年春のことでした。2014年10月末、日本のいわゆる「ハロウィーン緩和」により期待インフレ率が急上昇して円の実質金利が低下。これが日米実質金利差の拡大につながり、ドル円は年末にかけて120円台に上昇していきました。しかしその後、今度は逆に期待インフレ率が急低下、2015年春の時点で我々の計算では110円以下でもおかしくないところ、その後もドル円は半年以上に渡って120円又はそれ以上での取引が続いていたのです。もちろん市場の事なので、110円以下でもおかしくないと言っても、すぐに110円以下に行くとは限りません。市場には様々な参加者が居て、とにかく一定期間内に必ず円を売って外国の債券や株式をポートフォリオに組み入れなければならない投資家も居るでしょうし、国内外の要人発言など、短期的な要因が気になる人も居るでしょう。しかし究極的に問題なのは、「貴方は何故その通貨を持っているのですか?」ということです。市場取引というのは遅かれ早かれ、結局それが説明できる水準に収束していくからです。その判断を下すに当たって考えなければならない問題は何か。それはドル円の場合だと、ある一定期間内、ドルを持っているのと円を持っているのと、どちらが有利かということです。例えばドル金利が3%で円金利が1%だったとします。ドルで運用すると1年後に3%増える一方、円では1%しか増えませんから、一見ドルで運用する方が有利に見えます。しかし例えば、ドルは1年間で3%価値が下がると予想されている一方、円の価値は一定に保たれると予想されているとすれば、金利と通貨の価値をあわせて考えれば(=実質金利で考えれば、ドルが0%、円が1%になるので)、実は円で持っている方が有利ということになります。この「ドルが1年間で3%価値が下がる」という予想が期待インフレ率に他なりません。インフレ率、と言うと、多くの方は物価上昇率を想像されると思います。しかし物価の上昇と通貨価値の低下は単にコインの表裏の関係であり、そもそも同じ事象です。分かりやすい例で言えば、これだけ世界中でデフレとの闘いが続いてる中でも、今年、ベネズエラのインフレ率は500%近くになると見られています。これは明らかに、物価が上昇しているというよりも、実質的に通貨の価値が下落している例です。インフレを物価の上昇と考えても通貨価値の低下と考えても同じ事ですが、とりわけ金融市場においてはインフレ=通貨価値の低下と考えた方が様々な市場の変化が理解しやすいと思います。これは個人や企業がお金を借りる時にも影響します。というのは、ドルの名目金利は3%でも、インフレ率が3%なのであれば、実質的な借り手の負担はゼロです。名目金利が1%でもインフレ率が0%の円で借りるよりは得なので、相対的にドルの資金需要が増加し、延いては経済成長につながりやすくなるでしょう。アメリカの株式相場は2月後半から回復が続いていますが、これは同時期以降、5年物で見てアメリカの実質金利がマイナスに転じているのが大きな要因だと思います。そしてその実質金利の中身を見てみると、名目金利が低いというよりも、期待インフレ率が比較的高く保たれていることが貢献しているのです。このように、経済を考えるにおいても、株式市場を考えるにおいても、為替市場を考えるにおいても、実質金利は非常に重要な要素です。実質金利が高いと貸出が増えない+円高のダブルパンチで日本の株式相場は下落し、景気は悪くなります。逆に実質金利が低いと貸出が増える+円安の相乗効果で日本の株式相場は上昇し、景気は良くなります。それではどうすれば日本の景気を良く出来るのか。シナリオとしては2つ考えられます。一つは他力本願ですが、アメリカの実質金利が上昇すること。そうなれば日米実質金利差が拡大して円安圧力が働きます。ただアメリカは当面、期待インフレ率を睨みながらの金利操作となる(=名目金利と期待インフレ率が並行して動く)可能性が高いと思われます。となると、少なくとも短期的には、実質金利の上昇は望みにくいということになります。もう一つのシナリオは日本の実質金利を低下させること。これには名目金利をさらに下げるか、期待インフレ率を上げるか、又はその両方が必要です。ただ2014年終わり以降の日銀は、インフレ予想を引き下げたり2%のインフレ目標達成予想時期を先送りしても特段手段を講じなくなり、遂には2%のインフレ達成期限の2年が過ぎたというのに危機感も感じられなくなりました。市場は嘘が大嫌いです。市場が「2%のインフレ目標は掲げているだけ。達成できなくてもまた先延ばしするだけだろう」と思うようになったら、インフレ期待など上昇するはずもありません。現在の日米実質金利差では、我々のモデルはドル円は99円を示しており、上記2つのシナリオが難しいとなれば、いずれこの水準を見ることになるでしょう。そしてその円高を投機によるものと勘違いし、実質金利を下げるという根本的な対策を怠って為替介入に頼るようだと、99円では済まなくなるかもしれません。(2016年5月11日記)
2016.05.11
最近、米国株式相場が原油価格の騰落に振り回される展開が続いています。1バレル100ドル前後であった原油価格の急落が始まったのは2014年秋からですが、このように原油価格の下落が米国株式相場に影響を及ぼし、連動するようになったのは2015年に入ってから、原油価格が一旦50ドル近辺にまで下落してからの話です。歴史的には、原油価格の急騰によって株式相場が下落するという、今と逆のパターンは数多く観測されます。というよりも、オイルショック時を含め、戦後起こったリセッションの前には必ず原油価格の急騰が起こっており、むしろ原油価格と株式相場は逆相関の関係にあるというのが通常のパターンでした。車社会であるアメリカでは、ガソリン価格の上昇が実質所得を引下げ、経済の約7割を占める個人消費が打撃を受けることによってリセッションが起こるという、いわば経済原理からして当然の結果につながっていたのです。市場は短期的には需給がエラーを生み出すことが多い一方、長期的にはそれが修正されるはずであり、その点ではこの、経済原理からして不思議な原油価格と株式相場の順相関が1年以上も続いているというのは、大きなミステリーです。今ではメディア等でも「原油価格の下落が嫌気され株価下落」などと当然のように報じられていますが、納得できるロジックの説明を殆ど見たことがありません。しかし私はやはり、原油価格と株式相場の順相関は短期的な市場のエラーであり、早晩経済原理に沿った逆相関、即ち原油価格の下落を株式相場が好感する関係に戻ると考えています。そうだとすれば今後、時間を利用した裁定によって、米国株式投資に非常に有利な展開になるはずです。それではエラーにせよ、なぜこれまで1年以上も原油価格と株式相場が連動してきたのでしょうか。それは恐らく、原油価格の下落の影響が先に出てくる性質を持っているからでしょう。株価というのはどうやって決まるのかを思い出してみて下さい。これはその企業から生まれる将来のキャッシュフローを現在価値に引き直した合計です。これを産油国や石油開発プロジェクト、石油関連企業に置き換えてみるとどうなるでしょう。将来のキャッシュフローというのは恐らく原油価格に連動しているでしょうから、原油価格の下落はそのまま、産油国の資産やプロジェクトの価値、石油関連企業の株価に跳ね返ります。即ち、資本の価値は直ちに反映される性質を持っているということです。これによって様々な分野に影響が及びます。よく言われるように、原油価格下落によりエネルギー業界向けの融資が焦げ付いたり、投資の価値が大きく毀損するというものです。また産油国が収入減穴埋めのために、これまでソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)を通じて世界の金融市場で運用していた資産を売却せざるを得なくなっている、という動きもあるのでしょう。実際に、ノルウェーのSWFの運用はその積極性で有名ですが、2016年度予算の一部は、SWFを売却する事によって賄うことを発表しています。これらの影響が比較的早く金融市場に影響してくるというのはその通りで、だからこそ原油価格の下落が先に、株式相場にも下落という影響で表れてきたのでしょう。しかしその影響度合いについてはよく吟味する必要があります。まずエネルギー業界向けの融資と、サブプライム住宅ローンが金融システムに与えた影響というのは、全く規模が異なります。今年1月、決算発表時に大手銀行が開示したエネルギー業界向けの融資は、全融資のせいぜい2-3%の規模でした。しかもエネルギー業界だからといって全て原油価格下落の影響を受けるわけではなく、リスクが高いのはそのうち約4割を占める油田サービス、開発・生産の分野のみです。金融危機時のショックがあまりに大きかったのは分かりますが、エネルギーを2007-9年の金融危機と結び付けるにはかなり無理があります。また恐らく、産油国を中心とするSWFがその一部を売却しなければならなくなっているのもその通りでしょう。そしてそのようなファンドの動きは短期的な需給には少なからず影響を与えるでしょう。しかし本来、株価というのは中長期的にはその企業のファンダメンタルズによって決まるものであって、短期的な「誰が売った、誰が買った」で決まるものではありません。そのようなSWFの動きによって株価が割安になるのであれば、それを割安と見て拾う投資家が必ず出てきて、中長期的にはその企業のファンダメンタルズを反映した株価に戻るのが普通の動きであるはずです。それではその、「割安と見て拾う投資家」の動きが遅れている、又ははっきり見えないのは何故でしょう。それは最終的にはエネルギー業界が受けた打撃を上回るメリットを受けるものの、そのメリットは時間をかけて少しずつ表われる性質のものだからです。それではそのメリットを受ける主体は?もうお分かりですね。そう、アメリカ経済の7割を占める消費者です。ガソリン価格の下落は着実にアメリカ消費者の財布を少しずつ潤していて、これは既に最近の消費関連指標にも表われています。そしてこのシナリオが正しいとすれば、アメリカ経済の成長は年後半にかけて加速し、それは株価にも反映されるはずです。経済原理に逆らった原油価格と株式相場は順相関のミステリーはこうして、最終的には解決されるものと見ています。(2016年3月4日記)
2016.03.07
日銀は1月29日、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入」を発表しました。日銀はインフレ目標2%を掲げる限り、その達成見込みが低いと見れば策を講じるべきであり、その点で私は今回の決定を高く評価しています。マイナス金利政策は日本史上初ということで市場関係者の多くにとって未知の世界であることから期待が膨らみやすく、当面市場は好意的に反応するでしょう。しかし残念ながら、その効果は長続きしないと見ています。その理由は第一に、時期的に導入が遅すぎたからであり、第二に、水準的にまだまだ足りないから、そして第三に、外的要因です。ご存知の通り、ヨーロッパにはここ数年でゼロ金利になり、マイナス金利に移行した国がいくつかあります。一方日本は、ゼロ金利政策が始まってから、ほぼゼロ金利という時期も含めると17年近くになるという「ゼロ金利の大先輩」です。そう考えると、デフレ退治に向けて果敢に取り組んでいるヨーロッパに比べて、マイナス金利政策の導入はかなり遅れたことになります。この点は、既成概念にとらわれてゼロ以下の金利を想定するというクリエイティブな発想ができない、日本の弱点が出てしまったと認めざるを得ません。マイナス金利政策は、日本だけで見れば史上初かもしれませんが、世界的に見れば日本は「マイナス金利の後輩」なのです。私はいつも金融政策の遅れを、「誤診」と、「副作用を恐れる医者」に例えます。診察を間違える(インフレ目標達成可能と油断する)→病状が悪化する→副作用を恐れてなかなか薬を処方しない→病状が悪化する→ようやく薬を処方するが病状が悪化しているためなかなか効かない→もっと薬が必要になる。。。そもそも診察を間違えたのも問題ですが、薬の処方が遅れたことによって、かえって後になって大量の薬が必要になっているというパターンの繰り返しです。副作用ばかり恐れて薬を処方しなかったツケが今に回ってきているということで、かねてから申し上げている通り、タイミングは非常に重要だと思います。さらに今回の程度のマイナス金利では、実質的な効果は殆ど期待できません。ご存知の通り、アベノミクス開始以降、ドル円と日経平均株価の動きはほぼ完璧に連動しており、ドル円が1%上昇すれば、日経平均株価は概ね2.3%上昇する計算です。これは感覚的にも分かりやすいと思います。円が安くなれば、ドル建てで見た日本の株価が安くなるのでそれを修正しようという動きが働きます。日本の物が割安になるので、海外で売れるようになるだけでなく、海外から人が来るようになります。日本の労働者も割安になるので、海外から企業が来るように、と円安はビジネスに相乗効果をもたらします。その点では、今後の日本経済を占うにあたって為替は非常に大きな要素です。そしてその為替の大きな決定要因となっているのは日米実質金利差です。実質金利とは、名目金利から期待インフレ率を差し引いたものです。要するに、資金を円で運用するのとドルで運用するのと、実質ベースでどちらが有利か考えて、どちらも有利・不利にならないような水準で為替レートが決まる、というものです。現在のように、資本の移動が自由な状況においてはこの考え方は極めて自然であり、ここ10年ほどのドル円レートを見ても、短期的な乖離はあるにせよ、中長期的には極めて日米実質金利差の変化に忠実な動きをしていることが分かります。その日米実質金利差から、我々が算出したドル円レートは現在、107円を示しています。これはもちろん、日銀がマイナス金利政策を導入した後の数字です。それでは日銀がマイナス金利政策を導入したのに、なぜこんなに円高の水準を示しているのでしょうか?実は日本の実質金利は、この程度のマイナス金利を導入してもほとんど変わらないのです。というのは、特に年初からの世界的な株安等もあり、日本の期待インフレ率はジリジリ低下してきていたので、そもそも名目金利を引き下げないと、実質金利が上昇してしまうような状況だったのです。1月29日、日本の5年物国債利回りは0.08%だけ低下しましたが、それでようやく日本の実質金利が一定に保たれた形です。問題はアメリカの実質金利です。米インフレ連動国債から見た実質金利は、去年12月の利上げに向けて上昇しましたが、その後年初来から低下の一途を辿っています。これは大きなドル安・円高要因で、主にアメリカの実質金利低下が要因で、適正ドル円レートが107円にまで低下したというわけです。一方で実際のドル円レートは、というと、日銀のマイナス金利政策導入による「期待」で逆に円安に振れ121円台を付けています。このような状況は過去にも何度もありましたが、いずれも最終的には日米実質金利差を反映した水準に落ち着いています。市場というのは短期的には期待が大きく影響するものですが、中長期的にはファンダメンタルズを反映した水準に落ち着くものだからです。そうなれば当然、日本の株価やビジネスにも影響し、マイナス金利の効果は打ち消されてしまうはずです。私は前述のように、今回の日銀の決定は高く評価しています。しかし市場の「期待」とは裏腹に、実質的には今回のマイナス金利の効果は殆ど無いと思います。それはタイミングが遅いことに加えて、外的要因が大きすぎて、もちろんやらないよりは良いのですが、今回の程度のマイナス金利では、殆ど解決策にならないからなのです。(2016年1月29日記)
2016.02.01
16日、米連邦公開市場委員会(FOMC)は約9年半ぶりとなる利上げを発表しました。昨年10月に量的金融緩和が終了して以来、1年以上「利上げはいつか」が市場のテーマとなり、時には利上げに対する警戒感から、また時には利上げ時期に対する不透明感から株式相場が上昇しなくなったり、下落したり、という展開が続いてきました。ウォール街でも、3月の利上げを予想するエコノミストは一部だったにしても、6月や9月を予想するエコノミストは8割以上に上る時もありました。そういう意味では、これほど長期間に渡って市場に織り込まれ、満を持して実施された利上げも珍しいと思います。金融引き締めに対する市場参加者の反応といえば、2000年前半にかけての利上げがその後ナスダックを中心とする株式相場の急落につながったり、また2006年半ばにかけての利上げから約1年経って金融危機が始まったりと、やはり警戒感が真っ先に来るのは当然でしょう。他の条件が一定であれば、金利が上昇すれば相対的に株式の魅力が薄れますし、今回の景気回復局面は既に7年と、過去と比べても長いものとなっていますから、いつ後退局面に差し掛かってもおかしくない、という警戒感もあると思います。実際私も、米国株式相場を本格的に下落させるのは、中国経済でもギリシャ危機でも地政学的リスクでもなく、結局はアメリカの景気が後退局面に入る時であり、それは今回も恐らく、最終的には金融引き締めが起こす現象だと思います。一方で現段階で「利上げを気にし過ぎるリスク」は非常に大きいものであることも忘れてはなりません。1994年から2000年にかけての金融引き締め局面においては、S&P500指数は約3.3倍になりましたし、2004年から2007年にかけても40%近く上昇しています。そもそも利上げをする理由は景気が良いからであり、少なくとも金融引き締め局面の初期においての投資スタンスは順張りであるべき、ということです。しかし前述の通り、金融引き締めが進んでいくと、いずれは株価が下落し始めたり、実体経済がスローダウンしてきたり、ということが起こります。要するに重要なのは、この利上げの初期の場面から警戒感を抱くことではなく、いつまで株価が上昇するのかを注視しておく、ということなのです。これは一見難しい判断のように見えますが、実はそれほど難しいことではありません。一言で申し上げれば、「イールドカーブ(利回り曲線)が右肩下がりになる、又は長短金利差が逆転するまで」なのです。通常、金融引き締めの初期の場面では、景気が良いという株式にとってプラスの影響が、金利が上昇するというマイナスの影響を上回ります。しかし金融引き締めが進んでいくとやがて金利が上昇するという株式にとってマイナスの影響が、景気が良いという株式にとってプラスの影響を上回るようになります。即ち重要なのは、マイナスの影響がプラスの影響を上回る時点をどうやって見付けるか、ということで、その時点を見付けるに当たって大きな参考となるのが、イールドカーブの傾きです。これは直感的にも理解しやすいと思います。政策金利というのはFRBが決定して、その水準に誘導していきますが、金融引き締めが進んでいって、経済の実力に見合わないような水準にまで金利が上昇してしまったら、やがて景気が冷え込んで後退局面に入る、というのは自然な現象です。短期の金利がFRBの影響を大きく受けるのに対して長期の金利は市場の需給によって決まりますから、短期の金利が長期の金利よりも高くなるというのは、「その金利水準は経済の実力に見合いませんよ」というシグナルになるのです。バーナンキFRB元議長は、量的緩和を巡っては様々な意見や批判をよく受けていますが、2006年にかけての金融引き締め局面についての批判は殆ど目にすることがありません。しかし私は、2006年初の時点で既にイールドカーブが右肩下がりになる兆候が出ていたにもかかわらず、何故その後3回もの利上げに踏み切ったのか、ずっと疑問に思っています。その後金融危機が経済に与えたダメージを考えれば、あの局面での利上げは少なくとも2回分は余計であったと考えています。さてそれでは今回の場合、金融引き締めがどこまで進めばイールドカーブが右肩下がりになると考えられるでしょうか。利上げ後、5年物国債の利回りは1.7%前後で取引されています。この水準を元にシュミレーションしてみると、利上げペースが年4回の場合は最終的な政策金利の水準は2.0%、利上げペースが年2回の場合は2.5%程度という結果が出てきます。一方で長期金利である10年物国債利回りは2.2%前後で取引されていますから、政策金利の水準が2.5%になった時には長短金利差はマイナスとなり、イールドカーブが右肩下がりになっている可能性が高いでしょう。しかし年2回の利上げペースで政策金利が2.5%に到達するのは、今から4年先の話です。4年あれば株式相場はどれだけ上昇できるかを考えればやはり今は、利上げを気にし過ぎるリスクの方が大きいと言えます。(2015年12月25日記)
2015.12.30
アメリカで「2003年以降に創業し、10億ドル以上の価値を持つ企業」のことを「ユニコーン」と呼びます。これは2年前、アイリーン・リーというベンチャーキャピタルの創業者が付けた呼び名です。ベンチャー・キャピタルにとって、将来大成功を収める企業を見極めることは、伝説の生き物であるユニコーン(一角獣)を見付けるほど難しい、との例えから来ています。2003年以降に創業して大成功を収めている企業としてフェイスブックやリンクドイン、ツイッターなど、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が続々と現れているように見えますが、実際にはこのように大成功を収める企業はごく一部、というのが現実だということです。そしてここに来て、最近頭角を表してくるユニコーンにはある共通の特徴が見られるようになってきています。それは「テクノロジーを用いて、需要サイドと供給サイドを効率的に結び付けることを可能にしている企業」だということです。現在株式が非公開で最大の企業は配車サービスのウーバーで、8兆円の価値があると言われています。これまでタクシーを利用したい人はタクシー乗り場に行くか、流しのタクシーを待つか、電話で予約するしかありませんでした。タクシーの運転手は空車のままタクシー乗り場に戻るか、手を挙げてくれる客を見付けるか、会社の配車係からの連絡を待つしかないという、需要サイドにとっても供給サイドにとっても非常に非効率なシステムだったのです。ウーバーは利用者がスマートフォンで空車の位置を確認でき、近くに走っている空車をいち早く利用者のもとに向かわせるというシステムを開発し、同様のシステムを取り入れる会社が世界中に広がっています。3兆円の価値があると言われるエアビーアンドビーは宿泊施設で需要サイドと供給サイドをマッチさせるビジネスです。とりわけ個人でも空き家をホテルのように貸し出せるようになっていることは画期的で、少しでも安く、少しでも質の良い宿泊施設に泊まりたい需要サイドと、空き家を有効利用して賃貸料を得たい供給サイドを効率的に結び付ける役割を果たしています。この他、アメリカ、カナダ、イギリスの大都市で掃除サービスを展開するハンディ・ドットコムも同様で、基本的には家を掃除して欲しい需要サイドと、掃除サービスを提供して所得を得たい供給サイドをマッチさせるビジネスです。掃除サービスといっても、従来のように掃除夫を従業員として雇って派遣する形ではなく、もっぱら斡旋に特化しているのが大きな特徴です。このように、数年前までのユニコーンはSNSが中心だったのに対し、最近のユニコーンには需要サイドと供給サイドを効率的に結び付けることを可能にするテクノロジー、という共通点があります。ペイパルの共同創業者、ピーター・シールの「空飛ぶ自動車が欲しかったのに、代わりに手にしたのは140文字だ」という有名な言葉があります。SNSにしろ、最近の需給を効率的に結び付けるテクノロジーにしろ、もちろん簡単なものではないでしょうが、逆に言えば、ユニコーンになるのに、空飛ぶ自動車を開発するほど飛躍したテクノロジーが必要なわけでもない、と考えることもできるでしょう。さてこのように需要サイドと供給サイドのマッチングの効率化が進んでいく中、社会ではどのような変化が起こるでしょうか?ウーバーにしろ、エアビーアンドビーにしろ、ハンディ・ドットコムにしろ、需要にそれほど変化が無い中、これまでは参入していなかった供給サイドがどんどん市場に参入可能になってきている、ということです。ウーバーは既存のタクシーに上乗せされる形で供給増となっていますし、エアビーアンドビーではこれまで市場に出回っていなかった空き家が宿泊施設として出てきています。ハンディ・ドットコムは学生や主婦の空き時間を利用したアルバイトとして有効に利用されています。それに加えて、タクシーもホテルも、掃除サービス会社もこれまで通り存在しているのです。この結果何が起こるのか。それは供給サイドが急速に需要サイドにさや寄せされていっている、すなわち価格が下落している、ということなのです。もちろん需要サイドと供給サイドが効率的にマッチする、というのは経済全体にとって望ましい状態です。人間の体で言えば、ダイエットが成功している状態ということが出来るでしょう。ある程度までダイエットが進んで脂肪がすっかり取れてしまえば、その後、今度は次第に筋肉を付けていくというステージに移ることもできるでしょう。しかし最近のユニコーンの急速な出現によって、足元では先に体重が減少していくことは避けられない状態です。これまでアメリカでは、失業率がある程度以下に低下すれば、インフレ率が加速的に上昇していく、というのが経験則でした。現在失業率は5.1%と金融危機以来の最低水準であるため、「経験則から」FRB関係者は年内に利上げを実施したくて仕方ないようです。期待インフレ率は1.1%台と、目標の2%を大きく下回っていますが、「経験則から」必ず上昇すると信じているようです。しかしユニコーンが次々とアメリカ経済を変えていく中、本当に近々、インフレ率が安定的に2%を超えてくる時など来るのでしょうか? 私は甚だ疑問です。(2015年10月29日記)
2015.10.30
8月下旬から9月末にかけて、米国株式相場は大荒れの展開となりました。株式相場が大きく動くと、人々は何が理由なのかを探し始めます。人間は心理的に、理由が分からないことがとても不安になる生き物だからです。そしてメディアはそのような需要を満たそうと、「それらしき」理由を挙げていきます。その結果皆さんが目にすることになったニュースは、中国経済の減速懸念や米国利上げ時期に対する不透明感、さらにはフォルクスワーゲンの排ガス規制に関する不正問題などだったと思います。しかし中国経済の減速懸念については前号で記した通りですし、米国の利上げ時期など、既に今年初めからずっと市場のメインテーマです。フォルクスワーゲンに至っては、当事者でさえ既に売られ過ぎだと思いますが、ましてやあのような手の込んだ詐欺を外国の他の会社もやっていたかのような株価の反応は、どう見ても行き過ぎでしょう。ただ市場心理が悪化している市場においては、そのような本来反応すべきでないニュースにも反応してしまう傾向があります。これは正に、多くの人がそれらしき理由を付けようとする結果起こる現象だと思います。株式相場というのはいわば波のようなもので、上がる時もあれば下がる時もありますし、長い間小動きの相場が続いていると大荒れの相場も訪れるものです。人間にはProximity Biasというのがあって、例えば上昇相場に慣れてしまうと下落相場の準備を怠る結果、実際に下落が起こったり、小動きの相場に慣れてしまうと大荒れ相場の準備を怠り、実際に大荒れになったりするものです。そして今回はここ4年近くも比較的小動きが続いた結果の大荒れであって、そこに特に理由はないと考えるのが自然だと思います。それでは8月下旬に起こったのは何かというと、実はこういう事でした。米国株式市場では株式そのもののほかに、一定価格で「株式を買う権利」(コールオプション)や「株式を売る権利」(プットオプション)が取引されています。オプションの決済日は毎月第3金曜日で、8月の場合だと8月21日金曜日でした。この日の時点で、その権利を買っていた人は、権利を行使した方が有利だと思えば行使するし、行使しない方が有利だと思えば行使しないという判断を下します。権利を持ってる人に選択権があるので、オプションと呼びます。ただ、誰もが権利は欲しいし、義務からは逃れたいものですよ。なので通常、このオプションの価格というのは結構高く、売り手は十分な代金をもらっていることから、長期的にはむしろ、売り手の方が儲かることが多いのです。このように、そもそも売り手の方が儲かることが多い上に、長い間小動きの相場に慣れてしまっていた反動からでしょう。8月21日は逆の状況がやってきました。市場ではそれまでの数週間、S&P500指数で2000ポイントのプットオプションが大量に取引されていました。前日になってもS&P500指数は2036ポイントと、2000ポイントから結構離れていたため、このプットオプションを売っていた人は油断していたのでしょう。多くの市場関係者が夏休みを取っていてまとまった買いが無い中、株式相場はするすると下がり、とうとう2000ポイントを割れて引けてしまいました。8月21日の決済日、当然のことながら2000ポイントでプットオプションを買っていた人はその権利を行使します。するとこのプットオプションを売っていた人は2000ポイントで大量に株式を保有することになります。大量に株式を持たされた人が、次に市場が開く8月24日月曜日に何をしなければならないか、明らかですよね。結果ご覧の通りになった、というわけです。このように、ヘッジをしていないオプションの売りの状態をショートガンマといいます。簡単に言えば、下がれば下がるほど売らないといけない、上がれば上がるほど買わないといけない状態です。そして現在の市場では、実質的なショートガンマはオプションの他にも存在しています。例えばマクロのヘッジファンドやCTA等で「トレンドフォロー型」のものはその一つの例です。トレンドを追うので、下がれば下がるほど売るし、上がれば上がるほど買う操作になります。またリスクを一定に保つよう、ポートフォリオをコントロールしている年金等もあります。これはポートフォリオ全体のリスクを一定に保つため、リスクが上昇した資産を自動的に売らなければならなくなります。株式のリスクが上昇するのは相場が下落する時ですので、こちらも下がれば下がるほど売り、上がれば上がるほど買い、という操作になります。恐らく8月下旬から9月末にかけてはこのようなショートガンマが相場変動の主因だったと見てよいと思います。それではこのようなショートガンマは、どうなれば市場で暴れなくてすむようになるのでしょうか。それは株式相場の変動率が低下することです。変動率が低下すると、オプションが安く買えるようになりますので、ショートガンマはもう市場で暴れなくてすむようになります。むしろオプション購入に費やしたお金を取り戻すために、今度は相対的に「上がったら売り、下がったら買い」の操作をやる人が増えるので、相場はますます安定していくことになります。現在の市場で言えば変動率指数(VIX)が20を割るかどうかがその基準となるでしょう。その意味では、8月下旬に始まったドタバタは、10月5日をもって終了したと見て良いということになります。(2015年10月15日記)
2015.10.17
ギリシャ問題が峠を越してから、ここ数週間は中国株の下落、そしてそれに伴う中国経済の先行き懸念が金融市場を賑わす大きな要因となっています。特にNY株式市場が中国株の影響を受けるなど、これまではほとんど無かったことです。それではアメリカは、本当に中国の影響を受けるべきものなのでしょうか?そもそも去年の7月から上海総合指数が2.5倍に上昇する過程でさえ、その事実はアメリカのニュース等でも殆ど報じられることはありませんでしたし、当然のことながらそれが米国株の上昇要因となることはありませんでした。しかし上海総合指数が下落を始めた途端に一斉にメディアで報じられるようになり、恐らくメディアで報じられたのが理由で、米国株式相場にも影響するようになったといっても過言ではないでしょう。ニュースだけを見ていると、この1年間、上海総合指数の上昇が異常であったことの説明が抜けているので、最近の急落は適正値に戻る正常な過程にもかかわらず、あたかも大変なことが起こっているような錯覚を起こします。「2014年3月14日 第317回 何故メディアの情報を鵜呑みにしてはならないか」で記した通り、最近のメディアは悲観的な情報を優先的に取り上げる傾向が強いですから、無理もないことだと思います。このように、中国株の下落から受ける本質的な影響は無いにしても、それに対する中国政府の対応を見ていると、確かに心配になってしまいます。中国はこの1年間で4回にわたる利下げを実施し、大手投資家は株式の売却を制限され、政府系機関は株式を購入するよう勧告を受け、株価が急落している会社は取引停止を認められ、人民元は切り下げを開始、等々、正にアメリカの金融危機時顔負けのパニック対応を次々と講じています。しかし果たして、上海総合指数バブルが適正値に戻る正常な過程で、ここまでの措置を講じる必要はあるのでしょうか?中国がここ25年近く、7%以上の成長を続けてきた大きな原動力は設備投資でした。金融危機前くらいまでは設備投資がGDPに占める比率はせいぜい40%強かそれ以下で、それでもかなり高い比率ですが、中国がまだまだ発展途上にあったことを考えれば理解の範囲内だったと思います。しかしその後、世界第二位の経済大国にのし上がり、かつ設備投資の比率が50%近くに跳ね上がった状態が続いているというのは、どう見ても維持可能とは考えられません。個人消費がその大きな穴を埋められるような画期的なイベントでもない限り、早晩(低成長までいかなくても)中成長へのシフトは不可避であるはずです。しかし中国政府は、中成長へのシフトや個人消費活性化に向けた政策を講じる代わりに、小手先の株価対策に腐心してしまっています。まるで株価が下がっているのは、我々の政策が間違っているのではない、株式市場が間違っているのだ、とでも言うかのように。実際のところ、中国経済が急速に減速したとしても、アメリカ経済にそれほど影響があるとは思えません。というのは中国はアメリカに次ぐ世界第二位の経済力を持つ国になったとはいえ、アメリカ経済は中国の需要にほとんど頼っていないからです。2014年時点で、アメリカの全輸出に占める対中輸出の割合は7%に過ぎず、これはGDP(国内総生産)のわずか1%です。要するに仮に今回、中国経済が壊滅的な状態に陥ったとしても、アメリカのGDPは1%低下するだけなのです。逆に、アメリカの全輸入に占める中国の割合は、直近の統計では22%に上っています。中国経済の減速によってモノの値段が下落すれば、それはアメリカがモノを安く買えることになるため、総合的に見れば、アメリカ経済にとってメリットが生じることさえ考えられます。さらにアメリカの代表的株価指数であるS&P500採用企業の売上のうち、アジア地域全体を合わせても8%弱に過ぎません。対中ビジネスはまだまだ利益マージンが薄いことも考え合わせれば、利益は恐らく、GDPと同じく1%程度と見て差し支えないでしょう。もちろんアメリカの上場企業の中には中国からの売上が50%近い会社もあり、最近そのような会社の株価がメディアに狙い撃ちされている感がありますが、全体で見れば、実際にはそのような会社はごく一部なのです。それでは何故ここ数週間、中国株・経済の動向が金融市場を賑わしているのか。それは恐らく、アメリカ経済や企業のファンダメンタルズに変わりがない一方で、メディアの悲観報道や中国政府のパニック的な対応によって投資家の感情が動かされてしまっているから、要するに変わったのはアメリカ経済でも企業でもなく、投資家の方だと考えるのが自然だと思います。(2015年8月13日記)
2015.08.19
(この原稿は日本時間6月29日(月)午前5時現在の情報を元に執筆しています)膠着状態が続いていたギリシャ問題は先週末、大きな展開を見せました。週末のEUとの会合を前にした26日金曜夜、ギリシャは突然、債権者からの提案を受け入れるかどうかの国民投票を実施することを発表。ゲーム理論的に言えば「囚人のジレンマ」状態に陥っていた両者ですが、ギリシャの出方が決まったことで、ほぼ自動的にEUの出方も決まることになり、EUは全会一致でギリシャへの救済措置を6月30日で終了させることを決定しました。私はここ数ヶ月間、ギリシャ情勢について聞かれることがあっても、あまりに政治色が強くコメントを控えてきたのですが、この決定で今後の、少なくとも中長期的な展開が見えてきたような気がします。3年前になりますが、2012年「06月15日 第298回 ギリシャ選挙を前に」で記した通り、私は遅かれ早かれ、ギリシャのユーロ離脱は不可避だと考えていましたし、恐らく中長期的には市場参加者の多くもそう考えていたと思います。この3-4年の間、ギリシャには巨額の支援がなされ、その多くがギリシャの銀行を通じて欧州の銀行に還流することによって金融システム的にも準備が出来、3-4年前にギリシャがユーロ離脱、となるよりもかなり、市場の織り込み具合は進んできたと思います。しかし先週の市場(債券、変動率、スプレッド)の動きを見るにつけ、EUとギリシャの交渉に楽観的ムードが漂っていたことからすると、週明けの市場が荒れ模様となることは避けられそうにありません。感覚的には恐らく、あと1-2年先延ばしすることができればこの問題の殆どは織り込まれていたでしょうが、現在の市場にはまだ、その準備は出来ていなかったでしょう。ただ、もちろん今後の展開次第ではありますが、私は日本やアメリカのように当事者でない国については、短期的な影響を別にすれば、それほど悲観視する必要も無いと考えています。これで恐らく9月の米利上げは無くなったでしょうし、そもそもここ3-4年市場を悩ませてきたギリシャ問題とお別れできるという側面もあります。今回「ギリシャはバカな事をやってしまった」と考える人が多いようです。もちろん短期的な影響としては、交渉がまとまる方が両者にとって良かったとは思いますが、長期的に見た場合、私はこの「ゲーム」は実はむしろギリシャに有利と考えています。というのは、前出「ギリシャ選挙を前に」で記した通り、ギリシャにはいずれにしろ(程度の差はあれ)抜本的な改革が必要でした。それならば、緊縮財政を強いられながら長年に渡って借金を返すためだけのような生活をするよりも、自国通貨に切り替えれば、ある程度柔軟に財政をコントロールさせていくことができます。自国通貨はインフレを伴い、導入当時に大きな痛みを伴うでしょうが、将来的に財政を健全化していけばインフレ率低下という形でご褒美が返ってくるので良い動機にもなります。為替レートも利用して、徐々に競争力を回復していく作戦は理にかなっているように思います。一方でこの先、今回の決断が本当に正しかったかを検証されるのはEUではないでしょうか。「ギリシャ選挙を前に」で記した通り、ユーロというのは本来、言語や文化、経済状況の異なる国の集まりです。にもかかわらずこれまで16年間、ユーロという制度を維持できてきたのは、それはそれで凄いことだと思いますが、今後時間が経つにつれて歪みが大きくなってきて、延いてはこの先「第二のギリシャ」が市場に意識される場面が到来する可能性は否定できません。今回ギリシャの経済規模で、しかも3-4年かけて織り込んできた末でこの状況なので、IやSに飛び火した時にEUのコストは、ギリシャ支援とは比べ物にならないものとなるでしょう。もちろんギリシャ問題は粉飾決算に端を発する問題なので、EUとしては「ギリシャだけは特別」と強調したいところでしょう。しかし将来、市場で同様の問題が意識されるようになった時、結局「あの時ギリシャを救済しておいた方が安くついた」となる可能性は十分考えられます。こう考えれば、EUとしては今からでも、ある程度譲歩する価値はあると思います。ツィプラス首相の、自己保身を狙った国民投票をみすみす受け入れるのも納得がいかないかもしれませんが、上述のようにギリシャが置かれた(やや有利な)立場を考えれば仕方ないのではないかと思います。EUの人たちは、そこまでのコストなど負担できない、と言うかもしれません。しかしその人たちはよく理解しなくてはなりません。統一通貨を作るということはそういうことなのですよ、そしてそれに賛成票を投じたのは自分達なのですよ、という事実を。(2015年6月28日記)
2015.06.29
金融危機時、一時10%に上ったアメリカの失業率は昨年秋以降、2008年9月リーマンショック前の水準にまで低下しています。非伝統的金融政策-量的緩和-は金融危機を受けた緊急的措置であったため、当然のごとく昨年秋で終了。その後も雇用情勢は改善を続ける中、市場の関心はFRBの次の一手、即ち利上げの時期に集まっています。ただ、確かにFRBの動向は債券はもちろん、株式や為替市場に大きな影響を与えるのですが、今回の場合はやや市場の関心が行き過ぎで、要するに利上げを気にし過ぎの兆候が見られます。市場が利上げを気にし過ぎる理由は第一に、今年利上げが実施されれば9年以上ぶりであり、過去の利上げ局面の記憶に乏しいことや、市場関係者の一部には「利上げ局面は初めて」という人もいて、何が起こるか分からないという不透明感があるからでしょう。第二に、利上げが実施される時期に関する不透明性です。例えば現在、ウォール街のエコノミストが予想する利上げ時期のコンセンサスは今年9月ですが、シカゴ・マーカンタイル取引所で取引されているフェデラルファンド金利先物市場の取引値(5/29時点)から計算すると、利上げの確率が初めて50%を超えるのは今年12月です。しかも来年3月でも80%で、市場は来年春になっても、利上げが実施されていることに確固たる自信を持っているわけではない、ということです。一方で市場の関心が行き過ぎている理由は恐らく、今年1-3月期に悪天候、ドル高、原油安という、いずれも一時的要因がアメリカの景気を押し下げましたが(GDP改定値はマイナス0.7%)、その結果現在表れている反動高をそのまま受けてしまっているからでしょう。その証拠に、債券市場も年初来、それらがあたかも一時的要因でないような上下動を繰り返しています。このように現在、FRBの次の一手、即ち利上げをめぐって市場自体が揺れている状況ですので、雰囲気に惑わされず、本質を見極めることが非常に重要と考えています。そこでまず株式に関して、過去の利上げ局面でどのようなパフォーマンスとなっていたかをお示ししましょう。現在は市場のコンセンサスによると、利上げ6カ月前に近いタイミングです。1990年以降、最初の利上げとなったのは1994年2月、1999年6月、2004年6月の3回ですが、各局面での利上げ6カ月前から利上げまでのS&P500指数の騰落率を見てみると、+2.8%から+11.4%までバラツキはあるものの、全てプラスになっています。半年でこの数字ですから、年換算すると無視できない上昇率になります。上記の通り、利上げに対する市場の警戒感は強いものの、そのような警戒感とは裏腹に、歴史的に利上げ前の株式相場は強いものなのです。ちなみに過去3回について利上げ後1年間の騰落率を見てみても、全てプラスになっています。9年以上ぶりということで市場の関心は利上げのマイナス面ばかりに目が向かいがちですが、一方で利上げが実施されるということは景気が回復してきていることの証でもあり、特に利上げの早期の局面では株式が好景気によって受けるプラスの効果が、金利上昇によるマイナスの効果を上回るパターンが多いということを示しています。これは過去の局面で、特にハイテクや景気敏感セクターなどがいずれもS&P500指数を大幅に上回るパフォーマンスを示す一方、公益など金利敏感セクターのパフォーマンスが劣っていることからも裏付けられます。一方で少し気になるのが為替市場の動きです。第326回 「2015年米国経済・株式相場の見通し」(1)でもお示しした通り、今年のドル円の目標値は127~128円との見方に変わりはありません。また財政問題が足かせとなって長期間にわたって金利を引き上げられない日本とアメリカの金利差は拡大する運命にあり、中長期的にドル高・円安という見方にも変わりはありません。しかし短期的に見てみますと、足元の日米実質金利差は0.6%程度しかなく、その割には直近の円安は進行し過ぎのように見えます。実は昨年、ちょうど逆のことが起こりました。私は日米実質金利差から、昨年末のドル円レートを120円と予測していたのですが、昨年の今頃はずっと102円近辺での取引が続いていてずっと「おかしいな」と思っていたのを覚えています(結果的に日米実質金利差を反映する形でその通り年末120円になりましたが)。ただ昨年末以降、日米実質金利差は急速に縮小していて、現在ドル円は110円以下でもおかしくない状況になっています。分かりやすく申し上げれば、「日米実質金利差は0.6%程度しかない中で、昨年102円でドルを買って20%も利益が出る人が市場にたくさん居る状況」「地に足ついた上昇ではなく、それより高く買ってくれる人が居るから買っている状況」ということです。もちろん今後日米実質金利差が拡大していって、この乖離は解消されるかもしれません。一方で短期的には、為替市場の方にも「利上げを気にし過ぎるリスク」が内包されつつあることを忘れてはなりません。
2015.06.01
先週、日経平均株価は一時、およそ15年ぶりに2万円台の大台を回復しました。私は1月15日にテレビ東京に出演させていただいた際、日経平均株価は今年21,000円を目指すとの予想をお示ししましたが、今もその見方には変わりはありません。しかし同時に、長期的な日本の株価となると、やはり人口が減少していく中ではどうしても上昇余地は限られてしまうとの考えが拭えません。実際、この10年間でアメリカのS&P500指数採用企業の利益が71%伸びているのに対し、日経平均採用企業は22%しか伸びていません。そもそも経済成長において最も重要な要素の一つである人口が減少していく中では、日本の企業利益の成長についても多くは望めません。株式の価値のほとんどは成長の価値ですから、成長が望めなければ株価が上昇するはずもないのです。このような中でも日経平均株価が2万円の大台を回復できたのは、やはり政府や日銀の役割によるところが大きく、今のところ官製相場の色彩が濃いと考えざるを得ません。しかし今後、人口が減少していく中でも株価上昇が見込めるとすれば、それは独自に成長分野を見出して成長していく企業、人口が増加している海外の市場を開拓していく企業、そしてROE(Return on Equity:株主資本利益率)を高めていく企業だと思います。ちなみに2014年末時点でアメリカのS&P500指数採用企業の平均ROEは14.4%ですが、日経平均採用企業の平均ROEは8.7%に過ぎません。歴史的にも日経平均採用企業のROEはS&P500指数採用企業の半分近い水準です。ROEというのは株主資本に対する利益の割合なので、一般にはどうしても「利益を上げるべき」というイメージが先走ってしまい、そのために問題の本質がボヤけてしまう傾向があるように感じます。しかし利益を上げるべきというのは、そもそも企業の目的ですので、そんなことを繰り返し強調することに意味はありません。私が今強調したいのは、「ROEを上げるよりEORを下げよ」ということなのです。EORはEquity on Return(利益に対する株主資本の割合)の略で、ROEの逆数です。逆数にしただけで何の意味があるのかというと、株主資本が分子に来る事によってより、「利益が一定の中でも株主資本を減らす事が重要」という、日本企業の本質的な問題が分かりやすくなるからです。上述の通り、利益を増やすのは当然の如く日々企業が努力していることなので、今更繰り返す必要もありません。重要でかつ比較的難しくないのは、株主資本を減らす、という作業なのです。株主資本とは、株主から払い込んで投資してもらった資金と、これまで生まれてきた利益のうち企業に留保されている資金の合計です。これら資金は現金である必要はありません。有価証券や不動産等をあわせた全ての資産から、負債を差し引いた部分です。即ち企業が清算されて全ての資産を売却し、負債を返済した後に株主に残る金額の合計です。利益が一定であれば、この株主資本が大きければ大きいほど、EORが大きくなってしまいます。EORを小さくしようと思えば、この株主資本を小さくすれば良いのです。具体的には、企業が通常の業務にとって優先度の低い資産は売却し、その資金を株主に配当や自社株買いの形で返してしまえば良いのです。例えばある企業の資産が1.5億円(うち遊休資産が0.5億円)、負債が0.5億円、利益が500万円、よってEORが20倍(ROEが5%)だったとします。利益を上げることによってEORを下げる事は難しいかもしれませんが、遊休資産を0.5億円分売却して株主に返してしまえば、利益が一定でも、EORを20倍→10倍に下げることができます。通常の業務に必要以外の現金は、現在のようなゼロ金利の下では遊休資産と言えるでしょうし、5%以下のリターンしか生んでいない資産は売却して株主に返せばEORを下げることができます。個々の企業によって事情は異なると思いますが、全体として見れば日本の企業は株主資本を溜め込み過ぎなのです。株主資本は株主のものですから、もしアメリカでこのような状態になれば、必ず株主から増配や自社株買い等の方法で株主資本を還元するよう、株主から圧力がかかります。しかし日本では相対的にそのような圧力がかかりにくい結果、過剰な資本が株式会社に残り、眠ってしまっているのです。このように過剰な資本が会社に残ってしまっているというのは、日本経済全体にとって非常にもったいない状況です。この資本が成長産業等で有効利用されれば、延いては日本経済の成長につながるはずだからです。日本でよく政治家を中心に、これを設備投資や給与引き上げに回せとの呼びかけがありますが、それらは的が外れてしまっています。もともと経営計画に設備投資をする予定の無い会社が、無駄な設備投資を実行するとは思えませんし、給与というのは限界生産性によって決定されるものであって、株主資本の多寡によって決定されるものではないからです。日本では8年ほど前に「物言う投資家」が圧力を高め、日経平均株価が2万円に近付いた時期がありました。しかしそのような投資家も、日本独特の株主持ち合いや司法判断に愛想を尽かし、日本を離れていったのは記憶に新しいところです。今回の日経平均株価2万円回復、10年後、20年後にまた同じニュースを聞くことが無いよう、官製相場と言われないよう、今回の上昇を確固たるものにしていくためにも、日本企業には全体としてEORを下げる努力が急務だと考えています。(2015年4月12日記)
2015.04.15
これは去る1月18日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2015で講演させていただいた内容を要約したものです。2000年のITバブル崩壊以降、アメリカ株式の株価収益倍率は概ねコンスタントに縮小してきました。S&P500指数の株価収益倍率は1999年の30倍を最高値として縮小に転じ、2011年には12倍を付けるにいたりました。そして2012年以降、株価収益倍率は拡大に転じ、2014年末には18倍近くにまで拡大しています。言うまでもなく、株価収益倍率は投資家の期待を示すものです。投資家の期待が高ければ高いほど株価収益倍率は拡大しますが、低ければ縮小します。それでは何故、2000年から2011年までの間、株価収益倍率は縮小してきたのでしょうか。2000年から十数年間はアメリカ経済にとって大きな試練の時期でした。ITバブル崩壊に始まり、同時多発テロや金融危機といった「100年に一度」級の危機が2つも起こったほか、不正会計問題、イラク戦争、金融危機、米国債デフォルト危機等々、懸念材料という点では枚挙にいとまがない時期でした。自ずから投資家としても株式に期待を膨らませられるような状況ではなく、それが株価収益倍率の縮小という形で市場に表れてきたのです。しかし2012年を境に、私はアメリカ経済はこの辛かった十数年と決別したと考えています。アメリカは上記のような試練に見舞われる度に経済をサポートするため財政政策を発動してきましたが、2012年末に問題となったいわゆる「財政の崖」や2013年の米国債デフォルト危機は、いわばそのような試練の総決算だったということです。そして案の定、2013年春にアメリカ株式相場はそれまで長く抜けられなかった高値をしっかり越え、現在新たな大きな上昇局面に入っている、投資家の期待が回復するに伴って株価収益倍率も拡大を始めた、という段階だと考えています。過去の、8%を超えるような超高金利時代を除けば、S&P500指数の歴史的な株価収益倍率は平均20倍前後です。しかも現在、着実な株価収益倍率拡大局面にあることを考えると、今年についても一桁台後半の株価収益倍率拡大を見込むのは自然だと思います。また景気が着実に回復局面にあることから、企業の利益成長率についても、一桁台後半が見込めると考えています。これら一桁台後半の利益成長率と株価収益倍率拡大をあわせて、今年は16%程度、S&P500 指数で見て2,400程度までの株価上昇を予想しています。さらに足元でも、先行き株価に対して非常に強気のシグナルが出ています。アメリカ株式相場は2014年10月及び12月に下値をトライしましたが、いずれも跳ね返されています。1月に入ってもS&P500指数が2,000を下回るのはごく数日の話です。要するに、相場は下値に行くのを嫌がっているのです。市場では欧州債務危機の再燃、エネルギー価格の下落、企業業績に対する懸念、量的緩和の終了等、様々な懸念材料が挙げられていますが、「第324回 市場が恐れる8つの“E”」で申し上げた通り、いずれも本質的な相場の下げ要因ではないので、下がらないのは当たり前なのです。そして当然ではありますが、過去を溯って見てみますと、このように市場が数カ月にわたって連続して下値を嫌がった後には、かなり高い確率でその後大きな上昇相場が訪れているのです。このような理由から、私は今年もアメリカ株式はとても魅力的な運用対象だと考えています。このような状況にもかかわらず、私が特に近年気になっているのは、皆さんにこうした情報がしっかり伝わっているかどうか、ということなのです。というのはむしろここ数年、日本の皆さんには、アメリカ経済に対してネガティブな情報はたくさん伝わるものの、ポジティブな情報がなかなか伝わっていないと感じることがとても多いからです。私はしばしば「あの人はアメリカ株のファンドマネジャーだから強気なことを言っているのだ」と誤解されることがあります。しかし率直に申し上げて、私は買いも空売りも行うヘッジファンドのマネジャーですので、自分の考えを曲げてまでアメリカ株を強気に言うメリットなど何もありません。単に我々の分析結果を日本の皆さんにシェアし、役立てていただきたいだけです。一方で特にここ数年顕著なのは、メディア間の競争の激化です。「第317回 何故メディアの情報を鵜呑みにしてはならないか」で申し上げた通り、今やメディア間の視聴者や購読者、利用者、クリック数を奪う競争は熾烈を極めており、人間の心理を利用してネガティブな情報を優先して伝えないと、視聴率もクリック数も稼げなくなっていているのです。身近な例で申し上げれば、アメリカで何らかの危機(最近では米国債デフォルト危機)が起こったり、株価が大きく下落したりすると、私はメディア関係の方から沢山インタビューや出演依頼をいただきます。一方でアメリカの株価が最高値を更新しても、そのようなことは全くありません。長年このようなパターンを見ていると、皆さんのもとには、アメリカ経済に対して悲観的な、アメリカ株式投資を躊躇させるような情報ばかりが伝わってしまっているのではないかと心配になってしまいます。このような状況下では、皆さんはタダ、又はタダ同然の情報をご覧になる場合、それらの多くは広告収入に頼ったビジネスから来ているので、利用者やクリック数を増やすためにネガティブな情報が多くなっているという傾向を予め認識しておく必要があるということです。そうでないと、特にここ数年は顕著ですが「アメリカ株に投資しようと思ったのに、あの記事・番組を見て思いとどまってしまった」という勿体ないことになってしまいます。その間のアメリカ株の値上がり益は「リスクを取らないリスク」として皆さんが負担することになったわけですが、当然のことながら、メディアはそのような機会損失を弁償などしてくれません。(2015年1月18日横浜にて)
2015.02.23
これは去る1月18日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2015で講演させていただいた内容を要約したものです。ここ10年近く、アメリカ株に投資しようと思っても、円高によって株価上昇による利益が相殺されるのでなかなか踏み切れない、という方が多かったと思います。確かに日本に居られる皆さんにとって、為替はアメリカ株投資を考えるにあたって重要な要素の一つですので、まず為替の見通しからお示ししたいと思います。私が2013年末にテレビ東京で示した2014年末のドル円、ダウ、日経平均予想値は、それぞれ120円、2万ドル、2万円でした。あいにくダウ、日経平均は届きませんでしたが、ドル円はピッタリ(2013年末105円に対し2014年末120円)予想値に一致しました。つい先日、機内で読んだ週刊誌で、市場関係者の2014年初の為替予想がいかにいい加減で、そもそも相場の予想など出来るわけが無いものだ、との記事があったので、敢えて昨年の予想を引っ張りだしてきた次第です。近年のドル円相場は日米実質金利差が大きな決定要因となっています。2014年前半、ドル円はずっと101~103円近辺の推移でしたが、日米実質金利差によると2013年末時点で適正水準は110円近辺と示していました。為替相場というのは時に行き過ぎるものであり、過去を照らし合わせても適正水準から10円程度の乖離はしばしば観測されます。日米の景気格差は明らかであったので、適正水準から10円円安方向に乖離してもおかしくない、と考え予想したのが120円でした。さて現時点では日米実質金利差から算出される適正水準は113円となっています。引き続き日米の景気格差は明らかであるものの、世界的に長期金利が低下傾向にあって、先進7カ国の中で10年物国債利回りはアメリカが最も高いこと、原油価格が急落していてディスインフレ傾向にあることを考えると、今年は日米実質金利差の拡大にも限界があると考えざるを得ません。この結果昨年ほどの円安は考え難く、せいぜい127~128円程度までの円安で、130円に届くのは難しいだろうという予想をしています。一方で適正水準が113円で、引き続き日米景気格差が明らかである以上、110円を大きく割るような円高は考え難く、もしあったとしてもそれはドル買い・円売りの格好のチャンスと見るべきと個人的には考えています。いずれにしろ当コラム(第291回 2012年米国経済・株式相場の見通し(1)等)でも再三申し上げてきた通り、2007年7月に始まった円高は2012年で終了しており、その間に経験したような円高を恐れてアメリカ株投資になかなか踏み切れない、というのは勿体無いことです。今年に関しては昨年ほど為替で利益が上がることは無いかもしれませんが、財政状況が厳しく長期間にわたって金融政策に頼らざるを得ない日本と、金融危機と決別し新たな成長局面に入ったアメリカとの景気格差は明らかであり、長期的にドル円がドル高・円安方向にあることに変わりはないでしょう。一方で、今年は特にアメリカ株の上昇が期待できる年になると見ています。アメリカの代表的株価指数であるS&P500のバリュエーションを見てみますと、2015年予想ベースの益利回り(株価収益倍率の逆数)が6%を超えてきています。一方アメリカの10年物国債利回りは1.8%を割ってきていますから、その差は4.2%に広がっています。もちろん株式には国債のような元本・利金保証はありませんが、代わりに国債にはない、利益(利金)の成長があります。長期的に見ると、この元本保証と利益成長の価値は概ね相殺される傾向があります。そのような中で、S&P500指数の益利回りと10年物国債利回りの差が4%以上というのは、これまでも無かったことではありません(過去1回、5%に拡大したことはあります)が、既に歴史的にもかなり拡大している状態、と見ることができます。またS&P500指数の2015年予想ベース配当利回りは2%と、10年物国債利回りよりも高くなっています。利金の成長が無い国債と異なり、利益や配当の成長が期待できる株式の配当利回りが国債利回りを上回るというのは、かなり珍しい(株式が割安な)状態です。S&P500指数の配当利回りが10年物国債利回りを上回るのは金融危機時と2012年にのみあった現象であり、いずれのケースも、その後株式相場は大幅に上昇することによってこの珍しい状態は解消されているのです。もっとも、去年まで続いてきた積極的な量的金融緩和の影響で、国債利回りが適正水準よりも人工的に低く抑えられているだけ、という見方もできます。一方で直近のFOMC(連邦公開市場委員会)でメンバーが示している長期的なFF金利の適正水準というのは3.75%です。とすれば量的金融緩和の影響が徐々に消え、10年物国債利回りが上昇していったとしても、長期的な適正水準は4%以下に落ち着く、というのが自然な見方でしょう。さらに原油価格下落を受けた世界的なディスインフレ傾向、世界的な長期金利低下傾向も勘案すれば、実際には、10年物国債利回りは4%よりも遥かに下の水準で推移する可能性の方が高いと思います。(つづく)(2015年1月18日横浜にて)
2015.01.31
これは去る1月18日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2015で講演させていただいた内容を要約したものです。ここ10年近く、アメリカ株に投資しようと思っても、円高によって株価上昇による利益が相殺されるのでなかなか踏み切れない、という方が多かったと思います。確かに日本に居られる皆さんにとって、為替はアメリカ株投資を考えるにあたって重要な要素の一つですので、まず為替の見通しからお示ししたいと思います。私が2013年末にテレビ東京で示した2014年末のドル円、ダウ、日経平均予想値は、それぞれ120円、2万ドル、2万円でした。あいにくダウ、日経平均は届きませんでしたが、ドル円はピッタリ(2013年末105円に対し2014年末120円)予想値に一致しました。つい先日、機内で読んだ週刊誌で、市場関係者の2014年初の為替予想がいかにいい加減で、そもそも相場の予想など出来るわけが無いものだ、との記事があったので、敢えて昨年の予想を引っ張りだしてきた次第です。近年のドル円相場は日米実質金利差が大きな決定要因となっています。2014年前半、ドル円はずっと101~103円近辺の推移でしたが、日米実質金利差によると2013年末時点で適正水準は110円近辺と示していました。為替相場というのは時に行き過ぎるものであり、過去を照らし合わせても適正水準から10円程度の乖離はしばしば観測されます。日米の景気格差は明らかであったので、適正水準から10円円安方向に乖離してもおかしくない、と考え予想したのが120円でした。さて現時点では日米実質金利差から算出される適正水準は113円となっています。引き続き日米の景気格差は明らかであるものの、世界的に長期金利が低下傾向にあって、先進7カ国の中で10年物国債利回りはアメリカが最も高いこと、原油価格が急落していてディスインフレ傾向にあることを考えると、今年は日米実質金利差の拡大にも限界があると考えざるを得ません。この結果昨年ほどの円安は考え難く、せいぜい127~128円程度までの円安で、130円に届くのは難しいだろうという予想をしています。一方で適正水準が113円で、引き続き日米景気格差が明らかである以上、110円を大きく割るような円高は考え難く、もしあったとしてもそれはドル買い・円売りの格好のチャンスと見るべきと個人的には考えています。いずれにしろ当コラム(第291回 2012年米国経済・株式相場の見通し(1)等)でも再三申し上げてきた通り、2007年7月に始まった円高は2012年で終了しており、その間に経験したような円高を恐れてアメリカ株投資になかなか踏み切れない、というのは勿体無いことです。今年に関しては昨年ほど為替で利益が上がることは無いかもしれませんが、財政状況が厳しく長期間にわたって金融政策に頼らざるを得ない日本と、金融危機と決別し新たな成長局面に入ったアメリカとの景気格差は明らかであり、長期的にドル円がドル高・円安方向にあることに変わりはないでしょう。一方で、今年は特にアメリカ株の上昇が期待できる年になると見ています。アメリカの代表的株価指数であるS&P500のバリュエーションを見てみますと、2015年予想ベースの益利回り(株価収益倍率の逆数)が6%を超えてきています。一方アメリカの10年物国債利回りは1.8%を割ってきていますから、その差は4.2%に広がっています。もちろん株式には国債のような元本・利金保証はありませんが、代わりに国債にはない、利益(利金)の成長があります。長期的に見ると、この元本保証と利益成長の価値は概ね相殺される傾向があります。そのような中で、S&P500指数の益利回りと10年物国債利回りの差が4%以上というのは、これまでも無かったことではありません(過去1回、5%に拡大したことはあります)が、既に歴史的にもかなり拡大している状態、と見ることができます。またS&P500指数の2015年予想ベース配当利回りは2%と、10年物国債利回りよりも高くなっています。利金の成長が無い国債と異なり、利益や配当の成長が期待できる株式の配当利回りが国債利回りを上回るというのは、かなり珍しい(株式が割安な)状態です。S&P500指数の配当利回りが10年物国債利回りを上回るのは金融危機時と2012年にのみあった現象であり、いずれのケースも、その後株式相場は大幅に上昇することによってこの珍しい状態は解消されているのです。もっとも、去年まで続いてきた積極的な量的金融緩和の影響で、国債利回りが適正水準よりも人工的に低く抑えられているだけ、という見方もできます。一方で直近のFOMC(連邦公開市場委員会)でメンバーが示している長期的なFF金利の適正水準というのは3.75%です。とすれば量的金融緩和の影響が徐々に消え、10年物国債利回りが上昇していったとしても、長期的な適正水準は4%以下に落ち着く、というのが自然な見方でしょう。さらに原油価格下落を受けた世界的なディスインフレ傾向、世界的な長期金利低下傾向も勘案すれば、実際には、10年物国債利回りは4%よりも遥かに下の水準で推移する可能性の方が高いと思います。(つづく)(2015年1月18日横浜にて)
2015.01.31
日本ではここに来てようやく、消費増税が見送られ、日銀が追加緩和に踏み切るという、正しい方向に経済政策の舵が切られようとしています。日本の経済政策決定において常々感じていることなのですが、我々のように金融・ファイナンスの世界に居る人間からすると当然と思われることでも、経済の専門家である経済学者やエコノミストの一部の方にはそう映っていないことが多く、それ故に賛成と反対が拮抗し、最悪の場合には正反対の政策が取られてしまうケースが日本では多々あります。 そしてそれは多くの場合、経済を近視眼的に見てしまい、「そもそも」という視点が失われていることから来ることによるものだと考えています。例えばそもそも、経済を成長させるにおいて必要な要素は何でしょうか?最も重要な要素の一つは、人間が心理的に、昨日よりも今日が、今日よりも明日が、明日よりも明後日の方が良くなっていると思えることでしょう。将来の方が良くなっていると思えるからこそ、人々は消費をし、投資をし、会社は借り入れをし、設備投資をするのです。経済は人間が動かすものであり、この前提が崩れれば、経済など成長するわけがありません。国の財政は経済が成長することを前提に組まれていますから、成長がなければ財政が改善するはずもありません。 日本の名目GDP(国内総生産)はこの20年間、ほとんど変わっていません。1994年に495兆円だった日本の名目GDPは、2013年に481兆円と、むしろ減少しています。理由は数え切れられないほどあるのでここでは省略しますが、大雑把に申し上げるとこの20年間、経済が成長しそうになると、不思議と必ず、それを抑え付けようとする力が現れてくるのです。それは消費税増税など財政引き締めの形を取ったり、実質的に金融引き締めの形を取ったり、時によってその姿は異なります。80年代バブルの教訓なのでしょうか?まるで景気が良くなることが悪いことであるかのように抑え付ける力が現れてくるのです。 結果この20年間、アメリカのGDPが2.5倍になる中、日本は全く成長しない国になってしまいました。このような状況の下で、人々の心理はどうなるでしょうか?消費や投資を増やしたり、借り入れや設備投資に踏み切ったりしたいと思うでしょうか?むしろ、消費や投資、借り入れや設備投資をしても報われないことに慣れてしまい、それが当たり前の国になってしまうのではないでしょうか?そして経済が成長する国で生活したことがない学生が社会に出たら、そのような行動になってしまうのは当たり前ではないでしょうか? 私は日本にとって今最も重要なこと、それはまず人々が自信を取り戻し、昨日よりも今日が、今日よりも明日が、明日よりも明後日の方が良くなっていると思えることだと思います。過去の辛かった20年と決別し、むしろそれが異常な20年だったと思えることです。その目的を達成するためであれば、景気が少々行き過ぎようとも、少々物価目標を超えようとも、大きな問題ではないと思います。目先の7-9月期GDPよりも、物価目標の達成よりも、ずっとずっと重要な課題だと考えています。 「2011年04月18日 第281回 復興増税は人災」で記した通り、消費税増税の話が始まったきっかけは東日本大震災でした。私はその前号「2011年03月16日 第280回 財政・金融政策総動員を!がんばれ日本」で消費税減税を提言していただけに、「ああ、また日本は逆をやってしまうんだ」と驚きました。そして後日、当時民主党のブレーンを務めていた経済学者がこう言っていたのを聞いて二度驚きました。「いずれ震災復興需要が起こる。それが消費税を徴収するチャンスだ。」私は「あ~あ、また経済成長を抑え付ける力が現れてきた」と感じました。 日銀の追加緩和についても同じです。メディアが「異次元」とか「バズーカ」とか報道するので、多くの方はあたかも2013年春以降の日銀の量的緩和が十分という印象を持たれていたのではないでしょうか。しかし、私の見立ては全く違います。以下は2013年の私のツイートです。@horikocapital · 2013年4月4日 堀古:日銀の緩和策、ようやく小出しが終わって市場の期待を上回った事は大きな前進だ。しかし実数を比較すると、アメリカが100兆円に対して日本は50兆円。日本の経済規模は3分の1でもマネーストックは2.5倍。中長期的には恐らくまだ足りないくらいだろう。@horikocapital · 2013年8月7日 堀古:繰り返しになるが、日銀の緩和量は足りない。例えばアメリカの年間緩和量のM1に対する比率は40%、日本は12%、期待インフレ率はアメリカ2%、日本1.2%。 さらに、直近の追加緩和は予想外、市場の期待を上回った、との声が多いのにも驚いています。というのは、市場取引から算出される日本の期待インフレ率はこの10月、0.8%近くにまで急落しており、むしろ私は「何故日銀の追加緩和はこんなの遅いのだろう」と思っていたからです。ちなみに今年の1月、私はテレビ東京のシンポジウムで、日銀の2015年度消費者物価上昇率予想は1.9%、民間の予想は1%以下、市場の期待インフレ率も1%程度であることをご紹介し、追加緩和が遅れる可能性について述べさせていただきました。予想が外れるのは民間の会社でもあることで仕方ないかもしれませんが、今後はより現実的な見通しを前提とし、タイムリーな政策を期待したいものです。 とはいえ、結果的に消費増税が見送られ、日銀が追加緩和に踏み切るという方向性は歓迎すべきだと思います。願わくば、消費増税見送り判断が専門家間であれほど拮抗したものでなく、また日銀の追加緩和が賛成5反対4とギリギリの決定ではなく、即ち、それらの決定が近視眼的なものでなく、もっと大きな「そもそも」を考えて、のものであればさらに良かったと思います。 (2014年11月15日記) 【新刊のお知らせ】堀古英司氏の著書、「リスクを取らないリスク」(クロスメディア・パブリッシング)が発売になりました。
2014.11.15
先週15日、ダウは一時16,000ドル割れ、S&P500指数が1820まで売り込まれる展開となりました。この要因について、市場では色々挙げられていますが、私は大部分が需給要因によるものと考えています。要するにここ2年以上、10%規模の調整が無かったとか、10月末はアメリカの投資信託の決算が集中していて損益通算の売りが出やすい等。私は普段「ヘッジファンドが~」で始まる記事ほどいい加減なものは無いと思っていますが、実際、知人のヘッジファンドでも11月末の解約が多目に出たようで、それに応じてポジションを減らさざるを得なかったと聞いています。しかし幽霊と同じで、市場は見えないものを怖がる傾向があります。「需給要因」では納得せず、はっきりした下落要因がないと安心しないのです。それ故に今回も、実際には気にしなくて良いような様々な要因が挙げられています。そこで今号では、敢えてそれら要因を以下「8つの”E“」としてまとめ、それらが本当に相場の下落につながる本質的問題なのかどうか、私の考えをお示ししておきたいと思います。8つの“E”1. Ebola:エボラ出血熱生物である人間にとって、命にかかわる情報は最も心理的影響が大きく、市場で言えば過剰反応に発展しやすい性質を持っています。伝染病は「目に見えない」ため尚更で、過去、炭疽菌 、SARS、鳥インフルエンザなどは多かれ少なかれ市場に影響を与えてきました。ただ空気感染しないエボラ出血熱の患者が医療先進国の病院で隔離され、ホワイトハウスが対策に乗り出している以上、過去の伝染病と同じく、既に「反応しすぎるリスク」の方が大きくなっているように見えます。2. Earning:業績現在、米企業7-9月期の決算発表が本格化しています。事前に予想がやや引下げられたのは確かですが、先週末までに決算を発表したS&P500指数採用企業のうち、71%が事前予想を上回っています。これは過去の決算発表シーズンと比べても全く遜色の無い割合であり、決算を株価下落要因の一つとするのは無理があります。3. Europe:ヨーロッパヨーロッパ経済の減速は既に様々な経済指標に表われています。確かに数年前までであればS&P500指数採用企業の売上全体に占めるヨーロッパの割合は10-15%ほどありました。しかし直近の2013年ではこの割合は6.8%に低下しています。恐らく市場は、ヨーロッパから受ける影響を実際よりも過大に評価していると思われます。4. Economy:景気ニュースでは、15日に発表された9月の小売売上高が株価急落の一つの要因とされました。しかしもともと変動のある指標である上に、前月比マイナスとなった大きな要因はガソリン価格の下落によるものです。車社会であるアメリカでは、これはむしろ今後、消費に大きな追い風となる可能性が高くなります。また先行指標を含め、他の経済指標も概ね堅調です。5. Energy:エネルギー以前テレビでも申し上げましたが、私は原油価格は中長期的に下落方向に向かうと考えています。ここ数年、OPEC加盟国の石油産出量が殆ど変わらない一方で、シェール革命の影響で、アメリカやカナダの産出量が急速に増加し、需給関係に構造的な変化が生じてきているからです。この影響を受けて最近、比較的損益分岐点の高い石油関連企業の株価下落が目立つのは確かですが、中長期的にはアメリカの消費者に及ぼす好影響の方がずっと大きい事を忘れてはなりません。6. Election:(中間)選挙アメリカでは来月初、中間選挙が実施されます。中間選挙については前号をご参照下さい。選挙というのは市場にとって不透明要因の一つですので、そういう意味では選挙前の10月は少しは影響を受けたのかもしれません。しかし2週間後にはこのマイナス要因は無くなり、その後はむしろ、中間選挙後特有の非常に強い相場が期待できることになります。7. (Quantitative) Easing: 量的金融緩和の終了量的金融緩和第一弾、第二弾の終了を前後して、いずれも株式相場が下落したことから、今回も第三弾の終了を前にして下落、という説もあります。しかし今回は第三弾の終了を前にしても年初からずっと10年物米国債利回りは低下しており、むしろ株式の割安が目立ってきています。さらに重要なことは、第一弾、第二弾とも、そもそも経済がそれほど良くなっていない時点での終了であった点で、今回とは異なります。また利上げはまだかなり先の話だと思いますが、歴史的に、株式は利上げ局面の方が上昇しやすいことを忘れてはなりません。8. (Middle) East: 中東の地政学的リスク8つの“E”の中で、この地政学的リスクだけが何とも予想し難く、分析が困難なものだと思います。しかし考えてみれば、特に今年は新興国に始まり、ウクライナ、イラク、パレスチナ、香港と、中小規模の地政学的リスクがあちこちで頻発していて、既に市場にはかなり織り込まれてきていると考えられます。株式に投資する限り、これは避けて通れないリスクであり、この要因については腹をくくるしかないでしょう。リターンはリスクと表裏一体の関係にあります。リスクを避けるためにリターンも諦めるか、それともリターンを得るためにこのリスクを取るか、これは皆さんの判断に委ねるしかありません。(2014年10月19日記) 【新刊のお知らせ】堀古英司氏の著書、「リスクを取らないリスク」(クロスメディア・パブリッシング)が発売になりました。
2014.10.20
11月4日に実施される米中間選挙まであと1ヶ月を切りました。前号でお示しした通り、アメリカの株式相場は中長期的に見て割安な水準にありますが、中間選挙はその割安を修正する、即ちファンダメンタルズから見て株式相場が適正な水準に向かって上昇する、一つのきっかけになると考えています。簡単に今回の中間選挙の注目点をお示ししておきます。現在上院は民主党53議席・共和党45議席・無所属2議席で、民主党が過半数を占めています。これに対して下院では共和党233議席・民主党199議席・空席3議席と共和党が過半数を占め、上下院でいわゆるネジレた状態となっています。2年に一度選挙が行われる下院では共和党が34議席リードの上、現時点で殆ど議席を守る可能性が高いと見られているため、下院での共和党過半数維持はほぼ確実とされています。注目は6年に一度の再選を賭けた上院で、今回は共和党が過半数を奪回する可能性が高まってきています。理由は第一に、歴史的に政権を握っている政党は中間選挙では不利とされています。今回再選にかけられるのはオバマ大統領が勝利した選挙で同時に勝利した議員ですが、その一部は単にオバマ・バブルに便乗していた可能性が高いと見られるからです。第二に、今回再選の対象となる共和党議員が15人なのに対し、民主党は21人にも上り、そのうち7つの州は2年前の大統領選挙で共和党のロムニー候補を支持しています。第三に、オバマ政権が推進してきた医療保険制度改革、通称「オバマケア」に対する国民の不満は根強く、また2期目の課題としてあげた政策目標の多くが頓挫していることも民主党にとって逆風となっています。このような状況を受けて、9月末時点でワシントンポスト紙が76%の確率、NYタイムズ紙が67%の確率で上院での共和党過半数を予想しています。オンラインのギャンブルサイトではこの確率が80%超えで取引されており、今回の中間選挙では下院に加え、上院も共和党が過半数を占める可能性がかなり高いと見られています。さてこの通り、上院も下院も共和党が過半数を取った場合、一体何が変わるのでしょうか?結論から言えば、あまり変わりはありません。多くの政策の変更には上院での賛成票60票が必要となりますが、いくら共和党有利とはいえ、今回の中間選挙で15議席も確保するのはほぼ不可能だからです。さらにオバマ大統領による拒否権を覆すのには67票が必要となりますが、これは共和党が、今回再選にかけられる民主党の議席全てを獲得したとしても数字的に足りません。大統領が民主党の下では、上院・下院とも共和党が過半数を獲得したとしても思う通りの政策を実行できるわけでなく、基本的にはこれまで通りネジレと似た状態が続く、ということなのです。しかし政治の「雰囲気」はやや変わったものになりそうです。というのは共和党としては、国民の支持が高いと思われるトピックについて上下院で法案を通し、オバマ大統領に「踏み絵」を迫る、という戦術が使えるようになるからです。当然の事ながらオバマ大統領には拒否権がありますが、あまり国民の支持が高い法案に対して拒否権を連発していると、2016年の大統領選挙に向けて民主党候補にとって不利に働くことになります。この結果、中間選挙の結果は表向きそれほど変化はないと見られるものの、国民の支持が高い、とりわけ景気にプラスと作用しそうな政策については実行される可能性が高まると見ることができます。特に今年問題となってきた「タックス・インバージョン」(07月30日 第321回 タックス・インバージョンが促す法人税減税 参照)について、その根本的な解決策である法人税減税などは、比較的受け入れられやすい政策の一つだと思います。歴史的に中間選挙後、大統領就任3年目は大統領任期サイクルの中で最もパフォーマンスが良い年とされています。過去50年のS&P500指数の平均上昇率は大統領就任1年目が7.2%、2年目が0.8%、3年目が17.0%、4年目が7.2%と、3年目の上昇率の高さが際立っています。選挙というのは株式相場にとって不透明要因の一つですので、単に中間選挙という不透明要因が通過するという事実だけでも株式相場にとってプラス材料となります。さらに大統領選挙に向けて、景気に優しい政策が取られるという傾向も影響していると考えられます。さらに中間選挙後、共和党が上下院の両方を支配したのは過去50年間で3回ありますが、その際の大統領就任3年目の上昇率は平均27%にも上っています。そして今回のケースも、その歴史が示す通りになる環境が整っているように見えます。というのは、年初からしばしば株価が調整しているのはバリュエーションの高い小型株が中心であり、大型株の割安は一貫して続いているからです。歴史的に大企業に有利と言われる共和党が上下院を掌握すれば、大型株の割安が見直されやすい展開になると考えています。(2014年10月7日記) 【新刊のお知らせ】堀古英司氏の著書、「リスクを取らないリスク」(クロスメディア・パブリッシング)が発売になりました。
2014.10.08
8月下旬、ダウと並ぶアメリカの代表的株価指数であるS&P500指数が初めて2,000の大台に乗せました。金融危機のときには一時683まで下げていましたから、その後5年半で3倍近くになったことになります。5年半で3倍というとかなり大きな上昇率のように見えますが、年率にすると22%程度の上昇率で、それが5年半続いて3倍近くになったというだけです。この間、皆さんは「アメリカ株は買いだ」と思いながらも、実際にアメリカ株に投資することを躊躇させるような多くのメディアを何度も目にされたことと思います。特に昨年春、S&P500指数は2000年のITバブル崩壊以来、初めて本格的に高値を更新しました。そしてそれ以降、断続的に最高値を更新する日が相次ぎ、より多くのメディアが「アメリカ株はバブルだ」などという報道を目にされているのではないかと思います。実際アメリカでもほぼ毎日「アメリカ株は今からXX%下落する」という記事や、テレビのコメンテーターを見ます。もちろん報道もコメントも自由だとは思いますが、「03月14日 第317回 何故メディアの情報を鵜呑みにしてはならないか」 で述べた通り、その結果アメリカ株への投資を見送ってしまっていたとしたら、とても残念なことです。このような時代、そもそもアメリカの株式指数はどの辺が適正と言える水準なのか、そしてどの辺からがバブルと言える水準なのか、を皆さん自身で知っておく事は、そのような情報からの防衛手段として非常に重要だと思います。メディアの報道によってアメリカ株への投資を躊躇し、預金のまま置いていたとしても、資産は減らなかったかもしれませんが、本質を見抜いてアメリカ株に投資していた人と比べれば、「相対的に」資産は減少しているのです。リスクを取らなかったことによる損失は小さくない事を再認識し、同じ過ちを犯さぬよう、皆さん自身で割高・割安を判断できるようになっていただきたいということです。アメリカ株の割高・割安を判断する方法の一つとして、通称FEDモデルと呼ばれるものを私の講演で何回かご紹介してきました。これはS&P500指数の益利回りと、アメリカの10年物国債利回りを比較する方法です。例えば現在、S&P500指数採用企業の今年の利益は120ドルと予想されていますが、S&P500指数は2,000ですので、益利回りは120÷2000=6%となります。これに対して10年物国債利回りは2.5%です。株式の益利回りが国債利回りを大きく上回っているので、株式は割安、ということができます。ここで2つ注意点があります。まず国債と言うのは満期まで保有していれば元本は保証されますが、株式に元本保証はありません。一方で国債の利息は満期まで一定ですが、株式では、企業の利益は経済の成長と共に毎年増加していきます。例えばS&P指数採用企業の場合ですと、ここ5年ほどは年平均9%のペースで増加しています。そしてもし、株式の「元本は保証されない」というマイナス要因と、「利益は成長する」というプラス要因が相殺できるとしたら、S&P500指数の益利回りと、アメリカの10年物国債利回りは同じような水準に落ち着く、という仮定を置くことができます。これがFEDモデルの基本的な考え方です。シンプルな考え方ですが、このモデルは歴史的にはかなり当てはまっています。要するに、短期的なブレはあるものの、長期的には概ね、S&P500指数の益利回りとアメリカの10年物国債利回りが同じような水準に収束する傾向がある、ということです。一つコメントするとすれば、2002年以降、S&P500指数の益利回りがアメリカの10年物国債利回りを上回る状態(株式が割安な状態)が続いています。これは2000年ITバブル崩壊にはじまり、同時多発テロや金融危機などを経験し投資家がより元本保証を重視するようになった結果、株式を敬遠する一方で、国債を選好するようになっているから、と考えることができます。その結果が、現在のS&P500指数益利回り6%に対して10年物国債利回りは2.5%ということです。もちろん10年物国債利回りの2.5%という水準は、FRBによる度重なる量的金融緩和の結果であって、金融政策が通常の状態に戻った水準はもっと上と考えるのが妥当でしょう。ただ6月のFOMCで、理事会メンバーによる政策金利の長期的均衡水準は3.75%が中間値となっているので、長期的な10年物国債利回りの均衡水準も4%程度と推定することができます。この推定の下、FEDモデルにおけるS&P500指数はいくらになれば適正と言えるでしょうか?答えは120÷4%=3,000です。現在S&P500指数は2,000ですが、50%上昇してやっと、歴史的に適正と言える水準に到達するということです。さらに120ドルは今年の利益ですが、経済の成長と共に利益は増加していきます。例えば来年2015年の予想利益は133ドルとなっていますから、来年の適正水準は133÷4%=3325と、時間が経つほどS&P500指数の適正水準は上昇していくのです。一体、S&P500指数がいつになれば3,000に到達するのか見当が付きませんが、到達した頃には適正水準はさらにもっと上になっているはずだということです。これまでメディアの報道によってアメリカ株への投資を躊躇してきた人にとって悪いニュースは、上昇を逃したことによって「相対的に」資産が減少してしまったことです。そして良いニュースは、今からでも挽回できる可能性があるということ、そして今後はもうメディアの「バブル」報道を気にしなくてよくなる、ということです。(2014年9月5日記) 【新刊のお知らせ】堀古英司氏の著書、「リスクを取らないリスク」(クロスメディア・パブリッシング)が9月16日発売になります。
2014.09.05
アメリカの金融市場で今、最もホットな話題と言えばこの、タックス・インバージョン(Tax Inversion: 節税のための本社移転)でしょう。これは法人税のより低い国に本社を移すことによって節税を図る、というものです。アメリカの法人税率は日本と並び、世界で最も高いことで知られていますが、2000年以前から主に、タックスヘイブン(税金がゼロかゼロに近い国・地域)に本社機能を移す動きは散見されていました。しかし今年に入ってからは、特にヨーロッパに狙いを定めたタックス・インバージョン目的と見られる大型の買収が立て続けに発表されています。現在、アメリカの法人税率は州税を含むと(州税がゼロの州もありますが)、40%近くになります。これに対して、イギリスは2008年に30%であった法人税率の段階的引き下げを実施しており、来年には20%になる予定です。アイルランドの法人税率は以前から12.5%と低いことで知られています。特にアメリカの製薬大手ファイザーが今年4月に、イギリスの同業アストラゼネカに買収提案を提示したことで、一気に注目度が高まりました。この他にも半導体製造装置のアプライド・マテリアルズ、ペースメーカー製造のメドトロニック、ドラッグストアのウォルグリーン、製薬のマイランなどのアメリカの会社が次々に、主にヨーロッパの会社を買収することによってタックス・インバージョンを実現しようとしています。そして次の標的はどこか、を探す動きも活発で、実際イギリスやアイルランドの特に医療関連銘柄が大幅な上昇率を見せています。これに対してオバマ大統領は先週末のインタビューで、アメリカ企業のこのような動きは「非愛国的だ」と非難しました。ルー財務長官も同様の発言を繰り返しています。果たして問題の本質はどこにあるのでしょうか?私は、現行の枠組みの中で個別企業がこのような行動を取るのは当然で、口先で止められるものではないと思います。むしろここ数年の法人税を巡る議論を見ていると、オバマ大統領の方に問題があるとしか思えません。というのは2年前の大統領再選を賭けた選挙で、法人税減税の28%への引き下げを公約していたのは、オバマ大統領自身であったからです。25%への引き下げを公約に掲げていたロムニー候補に対抗するため、というのもあったでしょう。しかし私が度々演説で聞いていたのは、「雇用を海外に移すような愚かな税制は改めなければならない」という主張でした。当時はまだまだ雇用情勢が厳しい時でしたら、当然のことながら、アメリカのビジネス界は、オバマ大統領が再選されれば法人税も引きさげらると見込んでいたと思います。しかし実際に再選されてから起こったのは2012年末にかけての「財政の崖」や2013年10月のアメリカ国債デフォルト危機です。いずれも法人税減税を求める共和党に対し、オバマ大統領は既に何度も延長されてきた失業保険給付の、更なる延長などと抱き合わせでしか応じない姿勢を貫き、その度に財政協議が暗礁に乗り上げてきたのです。法人税の引き下げは世界的な傾向です。アメリカ企業は、当然この流れに従ってアメリカでも法人税率が引き下げられると我慢強く公約の実現を待っていましたが、中間選挙が迫ってきて公約は果たされそうに無いので遂に今年、シビレを切らして一気にこのような動きに出てきたのです。そのような意味では「非愛国的だ」と言われても、アメリカ企業にとっては「何を今さら」という感じでしょう。アメリカ企業が非愛国的なのではなく、そもそもオバマ大統領の公約違反が原因なのです。企業は淡々とやるべきことをやっているだけということです。オバマ大統領の支持率低下もあり、中間選挙では上院で共和党の有利が伝えられています。下院の共和党過半数は間違いないでしょうし、これら一連のタックス・インバージョンの動きがきっかけとなる形で、徐々にアメリカの法人税引き下げ議論が活発化していくでしょう。言うまでもなく、法人税率の引き下げは上場企業全ての資本コストを下げますから、株価の上昇要因となります。さて法人税引き下げ議論は、日本でも活発になっています。日本の報道でいつも気になる点がありますので、最後に一つ指摘しておきたいと思います。よくあるのは、法人税率が最も高いのはアメリカで40%、次に日本、という図が示されることですが、これはかなり誤解を招く比較だということです。というのはアメリカの会社で法人税がかかるのは、Cコーポレーションという形態を取っている会社のみで、全体の2割に過ぎません(上場企業は殆どがCコーポレーションですが)。他の8割の会社においてはパートナーシップなど、二重課税を避けるため法人税の対象外であることが認められている形態です。ですので確かに法人税率だけを見ると一見アメリカが高いように見えますが、実質的な課税対象を考慮すると、やはり日本の法人税は世界一なのです。法人税率を引き下げて海外に移ろうとする企業を引き留めるだけでなく、海外から企業を誘致して国内の雇用を増やし、経済の活性化を図るか。又は世界一の法人税を維持するあまり、法人税を払う企業自体が日本から居なくなってしまうか。この簡単な二択問題は間違わないようにしていただきたいものです。(2014年7月28日)
2014.07.30
昨年はバーナンキ前FRB議長が議会証言で量的緩和縮小の可能性に言及して以来、5月から9月にかけて10年物米国債利回りが1.6%台から3%まで急上昇する場面がありました。しかし今年に入って低下を始め、ここ数カ月は概ね2.6%前後での落ち着いた動きとなっています。またS&P500指数の1日の変化率が4月半ば以降、1%以下にとどまる日がこれまで47営業日続いています。これを反映する形でシカゴで取引されているS&P500変動率指数も金融危機前以来の低水準となっています。この低長期金利、低変動率は今後の株価動向について、何を示しているのでしょうか。まず長期金利の低下について考えたいと思います。連銀は今年から量的金融緩和の縮小を開始し、このまま行けばこの秋にも量的緩和は終了する事になります。そして早ければ来年の今頃から利上げが実施されるかもしれません。そのような時になぜ、金利が上昇しないのか。アメリカの景気が再び落ち込む事を債券市場が察知しているのではないか、と言う心配性の人もいます。しかしよく考えれば、そもそも昨年の長期金利3%までの上昇場面が異常であった事が分かります。第一に、今回はまだ、通常の金融引き締め局面と異なり、金融危機を受けたショックから抜け出すための緊急手段である量的金融緩和が解除に向かっているだけの段階です。実際に政策金利の引上げが始まるといっても1年以上は先の話で、その間、10年物米国債を売り持ちにする債券ディーラーのコストを考えると、同情せざるを得ません。第二に、先日FOMC(連邦公開市場委員会)後に公表されたメンバーの長期目標の中間値は0.25%引き下げられ、3.75%となりました。10年間の中で、少なくとも手前の1年間は0%で、時間をかけて金利が上昇してもせいぜい4%手前までとすると、平均を3%と考えるのは、現時点では比較的積極的に見えます。第三に、今年に入ってアメリカ政府が発行する市場性債券の金額は1,790億ドルの増加にとどまっています。これは昨年の同じ時期に比べると約半分で、明らかに景気が回復し、アメリカの財政状況が改善している事によるものです。一方で連銀は量的緩和の縮小を始めたとはいえ、今年に入って1,650億ドルもの米国債を購入しています。要するに、アメリカ政府は国債を1,790億ドル分しか新規発行していないのに、その92%を連銀が購入している計算になり、市場の需給がひっ迫するのも当然です。こうした状況を考えると、長期金利の低下はアメリカの先行き景気を占っているというよりも、需給要因によるところが大きい事が分かります。次に変動率指数の低下について考えたいと思います。心配性の人はこう言います。「危機の前は必ず変動率が低下している。変動率の低下は危機の前ぶれだ。」これはかなり誤解を招く考え方です。何故なら、通常の市場環境では変動率指数というのは10%~15%で推移するものであって、何らかの危機やショックがあった時に30%以上に上昇するものです。なので30%以上に上昇する前は10%~15%で推移しているのが当たり前で、これを危機の前ぶれと考えるのは本末転倒です。例えて言えば、しばらく地震が無い平和の状態を、地震の前ぶれ、と表現するようなものです。この15年ほど、市場は心配材料に事欠かない時期が続いてきました。ハイテクバブル崩壊、同時多発テロ、イラク戦争、金融危機、米国債デフォルト不安等。確かに今年に入っても新興国通貨不安に始まり、ウクライナ問題、イラク問題など、不透明要因が全く無い状態ではありません。しかし私がこれまでアメリカに21年居て間違いなく言えるのは、それまでの15年ほどと比べると、市場の不透明要因としては取るに足らないものばかりだという事です。そもそも市場に不透明要因が全く無い時期というのは殆どありませんし、現在言われているような不透明要因は市場にとって十分吸収可能であり、それが反映されている結果が現在の低変動率と言えます。前回、S&P500指数の1日の変化率が1%以内にとどまる状態がこれほど続いたのは1995年で、当時は95営業日続きました。そして当時、同時に起こっていたのが長期金利の安定です。1995年初に連銀が一連の金利引き上げを終了した後、アメリカの財政改善とも相俟って長期金利が低下、その後の株式相場の大幅な上昇につながっていったのです。今から思えば、低長期金利、低変動率は株式相場上昇に向けての土壌をならしていたという事になります。私はいずれ長期金利は上昇すると見ていますが、実際に金利引き上げが始まるまではなかなか動かないでしょう。また金融危機であれほどリスク回避的になった投資家を株式相場に戻って来させるのに、低変動率は大きな役割を果たすでしょう。いずれも時間が経過すればするほど、ボディブローのように市場に効いてくるはずです。低長期金利、低変動率、本来いずれも株式市場にとって大きな好材料です。素直に受け止めた者が、普通に報われる展開になると考えるのが自然だと思います。(2014年6月25日記)
2014.06.27
フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が書いた「21世紀の資本論」の英語版が先月出版され、経済学者の間で大論争を巻き起こしています。先週はNYタイムズ紙のハードカバー・ノンフィクション部門でベストセラーに躍り出ました。アメリカでこれだけ話題になっている本なので、日本語版が出版される日もそれほど遠くないのではないかと思いますが、私も発売後すぐに読みましたので簡単に感想を述べておきたいと思います。本の内容を簡単にご紹介しますと、 資本主義の基本的な第一の法則資本所得÷所得=資本収益率×(資本÷所得)例えば資本収益率が5%で、資本の所得に対する割合が600%とすると、資本所得÷所得(資本所得が所得全体に占める割合)は30%。18世紀以降の主にヨーロッパとアメリカのデータを集め、(資本÷所得)がヨーロッパでは1910年までは600~700%、1920~70年まで300%前後に低下した後、現在500~600%に上昇、アメリカは歴史的に比較的安定していて、400~500%から300%台に低下した後、現在400%台に。日本は80年代後半に700%まで上昇後、現在600%。資本主義の基本的な第二の法則資本÷所得=貯蓄率÷経済成長率例えば貯蓄率が12%で成長率が2%とすると、その国の(資本÷所得)は600%に収束していく、という意味。ちなみに1970年から2010年のアメリカの純貯蓄率は7.7%、日本は14.6%。世界の経済成長率は21世紀後半に1.5%に低下する一方、貯蓄率は10%前後で安定すると予想。この結果(資本÷所得)は700%近くに上昇するだろう。先進国の(資本所得÷所得)は1970年には15~25%だったのが、現在25~30%(これ以外は労働所得)1930年、アメリカの所得上位1%が占める割合は20%前後だったのが、1950~80年は10%以下に低下し、その後現在の18%に上昇。ただこれはアメリカ含むアングロサクソン系の国に見られる「スーパー経営者」の出現によるもの。ヨーロッパや日本では現在でも10%以下で安定している。また所得格差は富の格差に比べると大した事はない。1910年、上位1%が保有する富の割合はヨーロッパで63%、アメリカで45%、1970年にかけてそれぞれ20%、28%に低下した後、現在24%、34%。富の集中は進行中。富のある者は優秀な投資アドバイザーを付けられるのでさらに富が膨らむ。21世紀後半にかけて、資本収益率が4%台前半となる一方で、経済成長率が1.5%に低下する。この資本収益率>経済成長率という状態は長期間に渡って続く可能性が高く、その結果、富を持つ者と持たざる者の格差は広がっていく。世界は20世紀前半に見られた「世襲資本主義」に戻りつつある。この傾向を止めるのは政府の介入によってしか実現しない。具体的には世界各国協調による毎年最大2%の富裕税の導入、及び累進課税の強化など。 2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授は「今年、いやこの10年で最も重要な経済書籍」と評価しています。アメリカでは特に金融危機以降、しばしば格差問題が取り上げられる事があり、クルーグマン教授も折に触れてNYタイムズ紙で取り上げてきました。しかし2011年に起こった「ウォール街を占拠せよ」運動でも見られるように、アメリカでは格差問題がそれほど広がりを見せる事もありませんでした。その意味ではこの本は、少なくともアメリカ人に格差問題を考えさせる、という点では大きな成功を収めたと言って良いでしょう。そしてその理由は上記の通り、18世紀から今まで、ヨーロッパとアメリカをはじめとする全世界のデータに基づいているという点にあると思います。実際、この点は多くの経済学者の高い評価を得ています(最近になってフィナンシャル・タイムズ紙等がデータの問題点を指摘していますが)。また格差問題を論じる際によく見られるのは「金持ち」と総称してしまう事ですが、この本ではまず所得の偏在について調べ、次に富の偏在について調べる、というステップを踏んでいます。さらに投資アドバイザーが富の増加に重要な役割を果たしている事をデータによって示しているのも、他の読み物にはあまり見られない点でした。ただ本全体を通じて疑問に思う事が多いのも事実で、実際の所、アメリカでの反響も真っ二つと言って良いでしょう。例えばピケティ氏はデータの収集方法やその定義についてはかなり慎重に前置きをしているのに対して、そこから導かれる結論や主張はややデータを離れ、時に感情的と見られる部分も散見されます。またそもそも、なぜ格差が問題なのか、について「このまま格差が広がると革命が起こってしまう」等以外に、特に突っ込んだ問題点を列挙しているわけではありません。さらに現在、格差が拡大傾向にある中で、それが経済に与えてきたメリットもあるはずですが、それらのメリットが殆ど語られないまま格差だけが問題視される内容になっています。具体的には特に金融危機を通じて、リスクを取る人を優遇しなければアメリカ経済は立ち直れない状況にあったからリスクテイカーが優遇されたわけですが、その結果として格差が生まれている経緯については語られていません。さらにピケティ氏が最後に提唱している、世界が協調した富裕税の導入や累進課税の強化などの解決策を見るにつけ、格差問題の解決は非常に難しく、実現したとしても遠い遠い先の話と考えざるを得ませんでした。そのような世界協調が実現するには、多くの国で財政状態がかなり改善している事が条件になりますが、現状を見るにつけ、そのような状態は少なくともこの先10年や20年で想定できるものではないからです。しかし今回、社会主義に近いフランスの経済学者の本が、資本主義の最先端、アメリカに一石を投じ、格差問題を再考する大きなきっかけとなった事は確かです。将来に向け、皆さんの投資方針を考える上でも参考になる本だと思いますので、是非ご一読をお薦めします。(2014年5月26日記)
2014.05.28
この1年半ほどで、アメリカの株式相場は5回のマイナーな調整局面を経験しました(マイナーな調整は、概ね5~7%の下落となります)。1回目は2012年末にかけて、いわゆる「財政の崖」に直面した場面、2回目は2013年5月、当時のバーナンキFRB議長が議会証言で量的緩和の縮小に言及した後、3回目は実際に量的緩和縮小が開始されると市場が見ていた9月のFOMC前、そして4回目は議会で財政協議が難航し、米国債がデフォルトするかもしれない、と大騒ぎになった10月でした。いずれの局面も、S&P500指数で見て5~7%下落した後、前の安値を下回らないまま上昇するという、典型的な上昇相場の形となっています。即ち、上記の材料をもって売るのは誤りだった、という事になります。上記4つの局面を大きく分類すれば、1回目と4回目は財政政策、2回目と3回目は金融政策が要因である事が分かります。要するに市場は、財政政策も金融政策も、引き締めになるのを必要以上に嫌がっていた、という事です。それでは何故、このような材料をもって売る事が誤りになってしまうのでしょうか。ここで簡単に、ここ十数年のアメリカ経済を振り返る必要があります。ここ十数年は、アメリカ経済にとっては非常に厳しい期間でした。2000年のハイテクバブル崩壊に始まり、2001年9月には同時多発テロ、2002年にはエンロンやワールドコムに代表される不正会計問題が市場を覆い、2003年3月にはイラク戦争が始まりました。アメリカ経済はその後数年かけて回復したものの、2007年7月に金融危機が始まり、2008年9月のリーマンショックに至りました。中でも同時多発テロや金融危機は間違いなく「100年に1度」級の大ショックであり、それがこの10年ほどの間に2回も訪れるという、大変な時期だったのです。このような状況をそのままにしておけばアメリカ経済は恐慌に陥り、人々の生活水準は大きく低下、場合によっては命を脅かされる事態になるかもしれません。当然の事ながらアメリカ政府は、これらのショックを乗り越えるための措置を打ち出しました。財政においては同時多発テロを受けて2001年と2003年、いわゆるブッシュ減税が施行されました。また金融危機のショックを乗り越えるために2009年2月には、いわゆるオバマ景気対策が打ち出されました。また現在FRBが実施している、いわゆる量的金融緩和策が、金融危機をきっかけに始まった事は言うまでもありません。このように、この十数年の間に実施された財政政策や金融政策は、あくまでも「100年に1度」級の大ショックを乗り越えるための緊急措置であったのです。ですので当然の事ながら、ショックが和らいでくれば解除していかなければなりません。人間に例えるとこういう事です。2001年と2008年、危篤状態で救急病棟に運ばれたものの、次第に体が回復してきた。ICUから一般病棟に移され、薬の量も次第に減らしても大丈夫になってきた。このまま行けば退院もそれほど先の話ではない-。アメリカ経済は着実に回復してきている。本来はまず、この事実を喜ばなければなりません。アメリカは金融危機以降、870万もの雇用を失いました。しかし2010年以降、着実に回復し、このまま行けば今年5月頃には金融危機以降に失われた雇用を全て取り戻す事になります。特に2011年以降の回復ペースは月平均18万人であり、過去のアメリカの雇用増加ペースと比べても、何の遜色も無い状況です。ブッシュ減税はもともと2010年末までの時限立法でしたが、オバマ大統領の下で2012年末まで延長されていました。金融危機に対応する形で実施されたオバマ景気対策は前倒し型であったため、2012年で殆どの効果が無くなる内容でした。そして、これら大型の財政政策が同時に失効するタイミングで訪れたのが2012年末の「財政の崖」であり、解決が一部先延ばしになって訪れたのが2013年10月の米国債デフォルト騒ぎだったのです。景気が悪ければ延長された可能性もあったでしょうが、それは必要ない状況です。金融政策も同様です。2013年春時点では既に、金融危機で失われた雇用の8割近くを取り戻し、しかも毎月着実に雇用が伸びている時期でした。量的緩和が金融危機という大きなショックをきっかけに導入された以上、継続していく意義が徐々に乏しくなっていたのです。しかし市場は、薬の量が減る事、即ち緊急措置としての財政政策や金融政策が解除されていく事ばかりに目が行ってしまっているのです。実際、皆さんもメディアで目にされるのは、そういうニュースが圧倒的に多いと思います。言うまでもなく、財政政策や金融政策が解除されつつあるのは景気が回復しているからです。財政政策や金融政策の解除ばかりに目が行って、景気が回復している、という本質を見誤っていると、それを反映する株式相場の上昇に付いていけない事になるでしょう。(2014年4月15日記)
2014.04.18
これはさる1月13日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2014で講演させていただいた内容を要約したものです。「米国債がデフォルトすればリーマンショック以上」2013年10月初旬、インターネットでこのようなニュースの見出しを目にする事がありました。もちろん米国債がデフォルトしたからといって、金融市場にリーマンショック以上のショックが走る事など有り得ません。米国債というのは、米国政府が満期の際に米ドルで返済する事を約束する証文であって、その米ドルを印刷する権限を持っているのは米国政府に他なりません。なのでまず、米国政府の返済能力については疑う余地はありません。とはいえ当時、法定債務上限の引き上げを巡って議会での協議が難航していたので、実務的な要因で短期的に利払いが遅れる、という意味でのデフォルトの可能性はあったかもしれません。ちなみに元金を全て返済できないのも、短期的に利払いが遅れるのも、デフォルトはデフォルトです。我々は最悪の場合でも考えられるのは、1週間程度の利払いの遅れと考えていました。そしてその場合でも、米国政府は間違いなく、1週間利払いが遅れた分の利息も投資家に返していた事でしょう。なのでもし、利払いの遅れが理由で米国債や米国株式が売られるようであればそれは絶好の買い場であり、実際に我々のファンドでも、その場合の買いのプランを周到に準備していました。実際には10月中旬に債務上限が引き上げられる事になり、米国債のデフォルトは回避されました。そして上記の「米国債がデフォルトすればリーマンショック以上」のニュースが出た数日後にS&P500指数は史上最高値を更新していったのです。もしこのニュースを妄信してしまって不安になって、10月の安値でアメリカ株を売ってしまった人がいたとしたら、それは気の毒というほかありません。しかしそもそも「米国債がデフォルトすればリーマンショック以上」という、有り得ないニュースが、どうして流れてしまうのでしょうか?それにはここ数年急速に起こっているメディア業界の変化を理解しておかなければなりません。一昔前であれば、皆さんがアメリカ経済や株式に関する情報を得る先は、新聞・雑誌・テレビ・ラジオが殆どだったと思います。しかしインターネットが普及するにつれて、それら既存のメディアから情報を得る割合が減少し、インターネットから情報を得るという方が多くなったのではないかと思います。さらにここ数年はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて情報を得る機会も多くなっていると思います。要するに、これまでほぼ新聞・雑誌・テレビ・ラジオに限定されていたメディア業界に、インターネット、SNSという新しいメディアがどんどん参入し、メディア間の競争が激しくなってきているのです。メディアの大きな収入源は広告収入です。広告主としては、より発行部数の多い新聞や雑誌に広告を出したいし、より視聴率の高い番組のスポンサーになりたいでしょう。同様にインターネットではクリック数の多さが重視されます。それでは、どうすればより多くの人がクリックしてくれるようになるでしょうか。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授の研究等でも明らかですが、人々は悲観的な情報により反応します。即ち、インターネットでクリック数が増えるのは悲観的な情報なのです。その意味で、情報の正確性はともかく「米国債がデフォルトすればリーマンショック以上」は、クリック数を稼ぐという点では成功だったと言えます。これは日本だけで起こった現象ではありません。米国債がデフォルトするかもしれないというニュースが最も盛り上がったのは2013年10月8日でしたが、その日の5年物CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のスプレッドは、ギリシャが971、イタリアが240、スペインが215、フランスが67、日本が63。先進国の中では、アメリカはイギリスに次いで低い42でした。要するに、米国債がデフォルトする確率は低いし、万一デフォルトしても投資家が被る損失など殆ど無かったのです。しかしこのような市場の状況に対し、アメリカの有力紙であるNYタイムズでさえ、「市場は油断している」との一面記事を掲載してしまいました。こうして、新しいメディアが悲観的な情報でクリック数を稼ごうとする動きに対抗するため、既存のメディアも悲観的な情報で競争せざるを得なくなってきています。メディア間の競争が激化する結果、より悲観的なニュースが見出しを飾るようになってしまいます。そして皆さんのもとにはより悲観的なニュースが多く届けられるようになります。特にこの数年、私はこの傾向が強くなっているのを感じています。検索サイト米グーグルによると、10月前半の2週間で「米国債デフォルト」のニュースは6百万件の該当がありました。10月後半はほぼ毎日、S&P500指数は史上最高値を更新しましたが、10月後半の2週間で「S&P500指数最高値更新」のニュースは僅か80万件でした。如何に人々が悲観的な情報に反応しやすいかが「利用」されているのが分かります。しかし実際には2013年、アメリカの株式相場は30%上昇しています。メディアの情報(=総じて悲観的な情報)を目にしていると、そのような上昇を完全に逃してしまう事になってしまいます。このような事態を避けるために、投資家としてはどのような事に気を付ければ良いのでしょうか?それは今の時代、そもそも皆さんのもとに入ってくるニュースというのは、より悲観的な方向に偏っている事を認識し、自身で本質を見極める目が必要だという事です。それではアメリカの株式相場を見る上で、その本質とは何なのか?次号でご説明したいと思います。~続く(2014年3月12日記)
2014.03.12
これは去る1月13日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2014で講演させていただいた内容を要約したものです。「何もしない≠ゼロ。何もしない=マイナスの時代」これは1年前の2013年1月、同じ横浜での楽天証券新春講演会で最初にご覧いただいたスライドです。日本では長い間円高が続いてきたので、資産を日本円で保有している皆さんにとってはこれまで「何もしない」事が、資産を守る有効な手段でもありました。私の講演会にお越しいただいた方には何度もお話させていただきましたが、私はここ数年講演等で「円高は一旦始まると5年間続く。今回の円高は金融危機の起点である2007年7月に始まったので、2012年で終了する可能性が高い。」と申し上げてきました(第288回 日本にとって本当のリスク:円安(2011年11月11日)等参照)。大きな要因は、概ね10年サイクルで動いているアメリカの景気であり、5年拡大、5年縮小を繰り返す中で、「物価の安定」と「雇用の最大化」の2つの使命を持つFRBが、それに応じて金融引き締め・緩和を行っているからです。アメリカの非農業部門雇用者数(総数)を見ると、金融危機以降失われた870万人の雇用は、これまでに90%回復しています。毎月初発表される雇用統計では前月比の増減を見て「予想より数万人上回った、下回った」と市場は一喜一憂していますが、総数の傾向を見ると、いかにそれがナンセンスであるかという事が分かります。というのは総数は1億4,000万人近い数字であり、数万人というのは、総数から見ると殆ど誤差の範囲の数字に過ぎないからです。月々ではこのように、ほんの少しの凹凸はありますが、総数で見るとかなり着実で右肩上がりの回復を示しているのです。このペースで行くと、今年の秋には金融危機以降失われた雇用を全て回復する事になります。そもそも量的緩和というのは、金融危機という100年に一回のショックに対応する形で取られた緊急措置なのですから、金融危機で失われた雇用が全て回復する以上、続けていく意味はありません。FRBは昨年12月から量的緩和の縮小を開始、今年の秋には量的緩和を終了する方針を示しています。その意味で現在のFRBの方針は極めて適切と言えます。一方、日本では4月から消費税が引き上げられます。先進国の中でも日本は、今年財政が引き締められる珍しい国の一つです。財政が引き締めに入る以上、その分金融政策には負担がかかる事になるでしょう。既に追加緩和期待も出てきていますが、追加緩和が実施されなくても、日本は比較的長期間に渡って緩和を維持しなければならない時期が続くでしょう。この結果日米金利差が拡大し、為替市場では中長期的にドル高円安が進行しやすい状況が続くと見ています。金融危機後、アメリカが積極的に金融緩和を実施する一方で日本が金融緩和に消極的であった結果ドル安円高が進行しましたが、今は正に、その全く逆の状況が起こっているのです。日本円を持っている人にとって、これまでは「何もしない」事が資産の保全手段になってきましたが、これからはそうはいきません。むしろ「何もしない=マイナスの時代」に入っていると言えます。実際1年前、このようなお話をさせていただきましたが、それからドル円は25%上昇しています。去年持っていた100万円は、見かけは同じ100万円かもしれませんが、去年80円で買えたドルは100円以上でしか買えなくなっています。実質的に100万円の価値は既に下がっているのです。そして前述の通り、アメリカと日本の景気の状況を考えると、これからますます円の実質的価値が低下していく可能性が高まっていると言えます。さらに去年、アメリカの株式相場は30%上昇しました。円をドルに換えてアメリカ株を買っていた人の資金は50%以上増えています。「何もしない」人の資金は100万円のままかもしれませんが、そういう人と比べると相対的にはマイナスという事になります。それではこのようなマイナスを防ぐにはどうすれば良いのでしょうか?少なくとも、資産の一部は円以外で持つべきです。これまでアメリカ株に投資するというのはリスクが高いとか、積極的な投資のように見られたかもしれませんが、これからはむしろ、資産のマイナスを防ぐための防御策と考えなければならない時代に入っているのです。去年は「堀古もそう言ってたし、アメリカ株投資を始めようかと考えたけど、ニュースを見て躊躇してしまった」という方もいらっしゃったのではないかと思います。そして躊躇した理由の一つは、アメリカ経済や株式に関してネガティブなニュースを見てしまったからではないでしょうか。これに関し近年、そのニュースを流す側のメディア業界に大きな変化が起こっている事に触れないわけにはいきません。 ~続く(2014年3月4日記)
2014.03.04
我々が運用しているファンドでは毎月初、運用報告会を行っています。2ヶ月前、その運用報告会で、お勧めの読み物を挙げてほしい、というリクエストをいただきました。昨年来、日本でも株式相場が大きく上昇しているので、株式投資を始めるために勉強されている方も多いのではないかと思います。そこで改めて私が挙げさせていただいたのが、”The Superinvestors of Graham-and-Doddsville”(グレアム・ドッド村のスーパー投資家たち)です。これは著名投資家ウォーレン・バフェット氏が1984年にNYのコロンビア・ビジネススクールで行った講演をまとめたものです。15ページの短い読み物ですし、オンラインでも簡単に入手いただけると思いますので年末年始にでも一読されることをお勧めします。アメリカでも一時、ランダムウォーク理論や「猿のダーツ投げ」がもてはやされた時期がありましたが、それは昔の話です。しかし日本には、いまだにその昔話を信奉している人達が多い事に驚かされます。そして投資家のパフォーマンスが株価指数を上回ると都合が悪いかのように、運が良かっただけ等の理由を挙げようとします。確かに投資家のパフォーマンスを全て平均するとそうなのかもしれません。しかし我々のファンドを含め長期間にわたって株価指数のパフォーマンスを上回っている投資家が実在するのは確かです。”Superinvestors…”を読んでいただければ、それは運ではなく、そもそもランダムウォーク理論の前提(効率的市場仮説等)が非現実的である事に起因しているのがお分かりいただけると思います。実際ウォーレン・バフェット氏は自らが世界トップクラスの富裕者として君臨し続ける事によって証明していると言えるでしょう。実際の市場においては、多くの場面で非効率性が散見されます。このうち、我々が運用するファンドの中で今年目立ったパフォーマンスを示したのが、会社名と実際のビジネスのギャップに着目した投資でした。●Eトレード(ETFC)2年あまり前、我々は住宅市場の先行指標によって底打ちを示唆したのを確認し、住宅市場の回復のメリットを最も効率的に享受できる銘柄を探していました。そこで有力候補に挙がったのがEトレードでした。Eトレードは楽天証券同様、オンライン証券会社と考えている投資家が殆どだったと思います。しかし実際には、2011年秋時点で330億ドルもの住宅ローン及び住宅ローン証券をバランスシートに抱えていたのです。その多くは金融危機前に顧客向けに提供した、いわゆるサブプライム・ローンで、金融危機によって大きな打撃を受けた後でした。2011年末当時、時価総額が23億ドルしかないEトレードにとって、それは大きな重荷だったに違いありません。しかし大きく業績の足を引っ張ってきた住宅ローンも、住宅市場が回復してくれば、今度は逆に大きな業績の回復要因となります。我々が目を付けたのは、オンライン証券会社の部分ではなく、この大量の住宅ローン及び住宅ローン証券だったのです。我々の目論見通り、全米の住宅価格は2012年1月に底打ち、その後今年秋までに20%近く上昇しています。そしてその間、Eトレードの株価は120%の上昇を示したのです。●ボーダフォン(VOD)ボーダフォンへの投資については、これまで講演等でも幾度かご説明した通りです。ボーダフォンは多くの投資家がイギリスの携帯電話会社と考えているか、又はもう少しご存知の方でも世界30カ国近くで展開している携帯電話会社、という捉え方が多かったのではないかと思います。しかしボーダフォンが持つ資産で最も価値が高いのは、アメリカで最大の携帯電話会社、ベライゾン・ワイアレスに出資している45%の株式でした。残りの55%はダウ構成銘柄でもあるベライゾン・コミュニケーションが保有していましたが、同社は固定電話が斜陽産業となる中、配当を維持するために残りのベライゾン・ワイアレスを入手したい事は明らかでした。安く手に入れたい気持は分かるのですが、待てば待つほど価格交渉はボーダフォンにとって有利となり、結局EBIDTA倍率8.5倍という、ボーダフォンの言い値とも言える金額で合意に至りました。この買収は来年初にも完了する予定です。これらは投資家が実際のビジネスを正当に評価しておらず、あたかも会社名やイメージで株価評価していた事から起こった割安な投資機会だったと言えます。しかし市場では逆に、会社名のみを見て投資家が株価を割高に評価してしまうケースも多々あります。2000年に向けてのドットコム・ブームでは、社名に「ドットコム」が付いていれば何でも買われましたし、2003年以上、社名に「チャイナ」が付いていれば株価が上昇する時代もありました。しかし社名だけを見てビジネスを分析していない投資が上手く行くはずがありません。そんな事は分かっていても、社名だけを見てビジネスを分析せずに判断をする投資家は、これからも市場に存在し続ける事でしょう。なのでランダムウォーク理論は現実を反映していないし、ウォーレン・バフェット氏の言う通り、今後もスーパー投資家は勝ち続けると思います。そしてそれらを、たまたま運が良かっただけ、と信じたい人達も、これからも存在し続けるのでしょう。今年もお世話になりました。皆様、良いお年をお迎え下さい!(2013年12月27日記)
2013.12.30
今年もあっという間にこの時期になりました。アメリカでは明日が感謝祭の祝日。明後日の「ブラックフライデー」を皮切りに年末商戦が始まります。今年は特に夏季、個人消費関連の経済指標が良くなかった事や、10月の一部政府機関閉鎖の影響で、年末商戦の動向が懸念されてきました。しかし今年はこれまでS&P500指数が26%の上昇と、10年ぶりの高い上昇率となっている事もあり、ここにきて資産効果から、特に高額商品の売れ行きが絶好調の兆しを見せています。このような中、今年の年末商戦はどんな商品がヒットするのでしょうか?ホリコ・キャピタルでは毎年この時期、株価動向から年末商戦のヒット商品を占うレポートを作成していますので、その一部をご紹介したいと思います。(ヒット商品、会社名、過去1年間の株価上昇率、の順)1. テスラ・モデルS(テスラモーターズ TSLA +292%)資産効果の恩恵を最も受ける会社の一つとして電気自動車のテスラモーターズが挙げられます。今年1-3月期は同価格帯(7万ドル前後)で、メルセデスやBMWを上回る販売台数を記録しました。人気のセダンタイプ「テスラ・モデルS」は最近出火事故で問題になったものの、引き渡しは約1年待ちの状況。同社の株価はここ1年で4倍近くになっています。2. 次世代ゲーム機(ゲームストップ GME +84%)ソニーが約7年ぶりに次世代家庭用ゲーム機「プレイステーション4」を米国で11月15日に、マイクロソフトがその翌週に約8年ぶりとなる新型機「Xbox One」を発売、いずれも既に品切れ状態という人気です。次世代ゲーム機の市場投入をきっかけに、買い替え需要やゲームソフトの売上も盛り上がりを見せる見通しです。中古品のハードウェアやソフトウェアの販売を手掛けるゲームストップの株価はこの1年で84%の上昇となりました。3. フューエルバンドSE(ナイキ NKE +67%)ナイキが11月に発売。スマートフォンの普及と健康志向の高まりを受けて、リストバンド型の活動量計がヒット商品になりそうです。スマートフォンと連携し、万歩計や日々の運動カロリー消費量を表示させる機能を有しています。価格は100-150ドルと手頃で、アプリの機能も拡充してきていることから、現状においてはこのリストバンド型が優勢と言えます。スマートウォッチ型も発売されつつありますが、現状においてはスマホ機能付き時計の域を出ず、端末価格の高さや対応アプリの少なさから需要は限られると見られます。4.ハンドバッグ(マイケル・コース KORS +59%)去年もこのコーナーでご紹介したアパレル・ブランドのマイケル・コース。今年はハンドバッグの売上が絶好調です。高級ハンドバッグ市場におけるマイケル・コースの市場シェアは今年15%に上昇。この市場で長年トップのシェアを維持してきたコーチ(COH)を追い上げています。株価も、コーチの株価がこの1年ほぼ変わらずなのに対して、マイケル・コースの株価は59%の上昇となっています。5. スターウォーズ・グッズ(ディズニー DIS +47%)子供向けには例年、キャラクター玩具が人気です。去年末、ディズニーはスターウォーズのライセンスを有するルーカスフィルムを買収しましたが、相乗効果が既に表れてきている形で、この1年間で株価は47%の上昇となりました。ディズニーは今月上旬、映画「スター・ウォーズ」シリーズの最新作の劇場公開が2年後の2015年12月18日になると発表しました。年末商戦に向けての関連商品プロモーションの一環と見られます。6.アクションカメラ(ガーミン GRMN +35%) 携帯端末以外で急成長が期待できる分野に、モータースポーツやサーフィンなどのアクティブスポーツを楽しむ人々にターゲットを絞った小型・防水・高画質のアクションカメラがあります。GPS端末メーカーの老舗、ガーミンがこの分野に参入し、今年9月から製品の発売を始めました。業績への寄与は来年以降となるものの、アクションカメラ市場は近年急成長を遂げており、同社株は業績期待を織り込むかのように上昇しています。これらヒット商品を出してくる会社がある一方で、年末商戦の先行きが明るくない会社もあります。例えばアパレルのアバクロンビー&フィッチ。一時NY5番街の旗艦店には、年末商戦でなくても行列が出来るほどの人気でしたが、ここ1年で株価は20%以上の下落となっています。CEOの度重なる問題発言も顧客離れの原因となっているようです。最後に私個人のイチオシ商品、それは先日発売された「iPad mini Retinaディスプレイ」です。私は日頃読み物が多い事もあり、アマゾンのキンドル発売以降、これまでキンドル3台、iPad4台を買い替えてきましたが、今回が最も満足度の高いアップグレードでした。iPadの高機能を備えつつ、より持ち運びが便利なサイズにもかかわらず、画面が非常にクリアで読みやすいという、携帯端末の集大成と言えるのではないでしょうか。アップルの株価は今年ほぼ横這いですが、商品に対する満足度が高く、財務体質が強固でバリュエーションが低い中、見直される日もそれほど遠くないと見ています。(2013年11月27日記)
2013.11.28
大方の予想通り、オバマ大統領は10月9日、米連邦準備理事会(FRB)の次期議長としてイエレンFRB副議長を指名しました。今後上院での承認手続きが順調に進めば来年2月、FRB初の女性議長が誕生する事になります。米株式市場はイエレン氏の指名を既に好意的にとらえていますが、私は、その好影響はさらに中長期にわたって表われてくると考えています。それは彼女の現状の景気認識及びその処方箋としての金融政策の考え方が結果的に、株式市場そして米国経済にとって非常に優しいものであるからです。市場ではイエレン氏は金融緩和に積極的なハト派として知られています。しかし90年代にはインフレ抑制に重点を置いた発言や講演も目立つなど、決して常に金融緩和を推進する立場にいたわけではありません。しかし、アメリカ経済は2008年の金融危機をきっかけに大きな調整を余儀なくされ、同年12月以降は実質的にゼロ金利が続いている状況にあります。このような局面においては、ゼロ金利の世界においても有効な政策決定手段を用いて金融政策を進める事が必要です。そのような観点からイエレン氏が注目しているのが「最適コントロール」と呼ばれるルールです。従来FRBに影響を与えてきた政策金利の決定ルールの一つとして、「テイラー・ルール」が挙げられます。テイラー・ルールとは1993年にアメリカの経済学者、ジョン・テイラー氏によって提唱された政策金利の決定ルールで、以下の通り、比較的単純な式によって求められます。フェデラルファンド金利(FFレート)=インフレ率+均衡実質金利+0.5×(インフレ率-目標インフレ率)+(0.5又は1.0)×(実質GDPの対数-潜在GDPの対数)イエレン氏はテイラー・ルールの有効性を認めながらも、そもそも現在のように、ゼロ金利が比較的長期間続くような状況を想定しておらず、従ってFRBの使命である雇用の最大化目標を達成するには不十分であるとしています。特にテイラー・ルールの中には「均衡実質金利」が入っていますが、これは通常、定数であり、経済情勢に合わせて上下するものではありません。2008年以降の金融危機のような場面でもこれを定数としておく事は、金融政策による経済の調整機能を弱めている可能性があります。この弱点を補強するルールとして、イエレン氏がより重視してきたのが「最適コントロール」です。最適コントロールとは簡潔に言えば、下記によって求められる損失を最小限にするような政策金利の決定ルールです。損失=(インフレ率-目標インフレ率)2 +(失業率-自然失業率)2 +(政策金利の変化)2即ち、インフレ率と失業率の目標値からのブレ、及び政策金利の変化の合計を損失ととらえ、この損失を最小限にするような政策金利を求める、というルールです。イエレン氏の2012年6月の講演で使用されたスライドでは、2012年第2四半期から2025年第4四半期のインフレ率、失業率、金利の予想に基づき、政策目標であるインフレ率2%、失業率5.5%からのブレ、及び四半期毎の政策金利の変化を最小限にするような政策金利を求めています。これによると、2017年末にフェデラルファンド金利が3.5%程度になるという結果はテイラー・ルールと殆ど変わりませんが、テイラー・ルールが最初の利上げを2014年後半と示しているのに対し、最適コントロールでは2015年後半と、1年近く先延ばしになっています。最適コントロールは前述の通り、現在のようなゼロ金利が比較的長期間続く局面において、より有効なルールと言えます。一方でテイラー・ルールに比べて複雑であり、一般の人にとってFRBがどのような判断基準で政策金利を決定しているのか、推し量る事は容易ではありません。また変数にはインフレ率、失業率、金利の予想値が用いられていますが、当然の事ながら、それらの予想値が正確である保証はありません。従ってイエレン氏は、最適コントロールは政策金利決定ルールとして有効であるものの、重点を置きすぎてはいけない、と指摘しています。ただ9月に公表されたFOMCメンバーによる政策金利見通しは最適コントロールにより近くなっています。最適コントロールの考え方が、既にFOMCにより影響を与えている証拠と言えます。最適コントロールは最小限の政策金利の変化で、インフレ率、失業率のブレを出来るだけ少なくする事を目的としています。このため、現在のような景気回復局面にあっても、引き締めを急ぎすぎて失敗するという事態を避けるために、金融引き締めはインフレ率、失業率が目標から離れない事を十分確認してから、という事になります。従って早すぎる金融引き締めが実施される可能性は低く、逆に金融引き締めが実施される頃には、インフレ率も失業率も、十分に改善方向に向かっている事が確認できているという事になります。即ち、金融引き締めが従来よりも遅れ気味に実施されるのが株式市場にとって優しいだけでなく、金融引き締めが実施される時は、アメリカの景気はFRBのお墨付きという事になります。金融引き締めはしばしば株式市場のネガティブ材料とされますが、将来イエレン氏の下で金融引き締めが実施される事になった時、それは逆に確実な景気回復という、株式市場にとってポジティブなサインと受け止めて良い、という事になるのです。(2013年11月5日記)
2013.11.06
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