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大方の予想通り、オバマ大統領は10月9日、米連邦準備理事会(FRB)の次期議長としてイエレンFRB副議長を指名しました。今後上院での承認手続きが順調に進めば来年2月、FRB初の女性議長が誕生する事になります。米株式市場はイエレン氏の指名を既に好意的にとらえていますが、私は、その好影響はさらに中長期にわたって表われてくると考えています。それは彼女の現状の景気認識及びその処方箋としての金融政策の考え方が結果的に、株式市場そして米国経済にとって非常に優しいものであるからです。市場ではイエレン氏は金融緩和に積極的なハト派として知られています。しかし90年代にはインフレ抑制に重点を置いた発言や講演も目立つなど、決して常に金融緩和を推進する立場にいたわけではありません。しかし、アメリカ経済は2008年の金融危機をきっかけに大きな調整を余儀なくされ、同年12月以降は実質的にゼロ金利が続いている状況にあります。このような局面においては、ゼロ金利の世界においても有効な政策決定手段を用いて金融政策を進める事が必要です。そのような観点からイエレン氏が注目しているのが「最適コントロール」と呼ばれるルールです。従来FRBに影響を与えてきた政策金利の決定ルールの一つとして、「テイラー・ルール」が挙げられます。テイラー・ルールとは1993年にアメリカの経済学者、ジョン・テイラー氏によって提唱された政策金利の決定ルールで、以下の通り、比較的単純な式によって求められます。フェデラルファンド金利(FFレート)=インフレ率+均衡実質金利+0.5×(インフレ率-目標インフレ率)+(0.5又は1.0)×(実質GDPの対数-潜在GDPの対数)イエレン氏はテイラー・ルールの有効性を認めながらも、そもそも現在のように、ゼロ金利が比較的長期間続くような状況を想定しておらず、従ってFRBの使命である雇用の最大化目標を達成するには不十分であるとしています。特にテイラー・ルールの中には「均衡実質金利」が入っていますが、これは通常、定数であり、経済情勢に合わせて上下するものではありません。2008年以降の金融危機のような場面でもこれを定数としておく事は、金融政策による経済の調整機能を弱めている可能性があります。この弱点を補強するルールとして、イエレン氏がより重視してきたのが「最適コントロール」です。最適コントロールとは簡潔に言えば、下記によって求められる損失を最小限にするような政策金利の決定ルールです。損失=(インフレ率-目標インフレ率)2 +(失業率-自然失業率)2 +(政策金利の変化)2即ち、インフレ率と失業率の目標値からのブレ、及び政策金利の変化の合計を損失ととらえ、この損失を最小限にするような政策金利を求める、というルールです。イエレン氏の2012年6月の講演で使用されたスライドでは、2012年第2四半期から2025年第4四半期のインフレ率、失業率、金利の予想に基づき、政策目標であるインフレ率2%、失業率5.5%からのブレ、及び四半期毎の政策金利の変化を最小限にするような政策金利を求めています。これによると、2017年末にフェデラルファンド金利が3.5%程度になるという結果はテイラー・ルールと殆ど変わりませんが、テイラー・ルールが最初の利上げを2014年後半と示しているのに対し、最適コントロールでは2015年後半と、1年近く先延ばしになっています。最適コントロールは前述の通り、現在のようなゼロ金利が比較的長期間続く局面において、より有効なルールと言えます。一方でテイラー・ルールに比べて複雑であり、一般の人にとってFRBがどのような判断基準で政策金利を決定しているのか、推し量る事は容易ではありません。また変数にはインフレ率、失業率、金利の予想値が用いられていますが、当然の事ながら、それらの予想値が正確である保証はありません。従ってイエレン氏は、最適コントロールは政策金利決定ルールとして有効であるものの、重点を置きすぎてはいけない、と指摘しています。ただ9月に公表されたFOMCメンバーによる政策金利見通しは最適コントロールにより近くなっています。最適コントロールの考え方が、既にFOMCにより影響を与えている証拠と言えます。最適コントロールは最小限の政策金利の変化で、インフレ率、失業率のブレを出来るだけ少なくする事を目的としています。このため、現在のような景気回復局面にあっても、引き締めを急ぎすぎて失敗するという事態を避けるために、金融引き締めはインフレ率、失業率が目標から離れない事を十分確認してから、という事になります。従って早すぎる金融引き締めが実施される可能性は低く、逆に金融引き締めが実施される頃には、インフレ率も失業率も、十分に改善方向に向かっている事が確認できているという事になります。即ち、金融引き締めが従来よりも遅れ気味に実施されるのが株式市場にとって優しいだけでなく、金融引き締めが実施される時は、アメリカの景気はFRBのお墨付きという事になります。金融引き締めはしばしば株式市場のネガティブ材料とされますが、将来イエレン氏の下で金融引き締めが実施される事になった時、それは逆に確実な景気回復という、株式市場にとってポジティブなサインと受け止めて良い、という事になるのです。(2013年11月5日記)
2013.11.06
「半沢直樹」、原作のストーリーのみならず、俳優さん達の数々の名言や名演技、撮影、制作をはじめ、番組に関わった人達のエネルギーがひしひしと伝わってきた、素晴らしいドラマでしたね。私は去年から講演等で「日本の失われた21年※は2012年で終わった」と申し上げていますが、今月初めには「半沢直樹」が米ウォールストリートジャーナル紙にも取り上げられ、アベノミクス、東京オリンピック招致に続いて、日本の復活を象徴するような出来事だったと思います。個人的にも、ドラマのモデルになったとされる銀行出身である事、自分の父が銀行員現職中に病死した事が職を選ぶにあたって少なからず影響した事、そして何よりも、ドラマの前半の部分は固有名詞以外、自分が銀行で経験したのと全く同じ内容であった事で、とても他人事とは思えず、見入ってしまいました。視聴率が40%を超えたという事なので、学生の方、社会人の方の中には、このドラマが自分の人生を見つめ直すきっかけになったという方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。そしてもしそのような方がいらっしゃたら、このドラマを通して、これだけは誤解しないで欲しい、というのが今号のテーマです。それは金融において、貸す事も重要であるが、実は同時に、貸さないという判断も同じく重要だという事です。経済用語で言えば効率的な資源配分の重要性です。私は常々、この点は日本の金融システムを改善するにあたって非常に大事なポイントだと思っています。ドラマの中では、半沢直樹の父である半沢慎之助さんが銀行に融資を打ち切られ、担保に入れていたと思われる土地を差し押さえられる事を苦に首を吊る、というストーリーになっています。日本の銀行が貸し渋りをして中小企業が苦しむ、という分かりやすい構図であるのに加え、半沢慎之助さんが自殺する事によって、恐らく視聴者の大半が「銀行が悪い」と印象付けられるシーンだと思います。しかしこれで納得してしまっては日本の金融システムはいつまでたっても「失われた21年」のままです。ここでの問題の本質を理解する必要があります。第一に、銀行というのは無限にお金を貸せるわけではありません。貸出の元手は基本的には、当然元本保証だと信じている預金者がいつ引き出すか分からない預金です。返済されるかどうか分からない会社に貸出す事は、預金者や納税者をリスクにさらすだけでなく、その分今後日本の経済成長に貢献してくれる優良企業に貸せたはずのお金が貸せなくなる事になり、延いては社会全体にとっての損失となります。第二に、日本では破綻=終わりというイメージが強過ぎる事です。「ビジネスに貸す」という意識が相対的に小さく、その結果ドラマにあったように自宅を抵当に入れたり、連帯保証人を付けたりする事によって、いざという時に「終わり」になる金融システムになってしまっているからなのです。アメリカで破綻の際に連邦破産法という法律がありますが、これはむしろ「新たなスタート」の意味合いが強く、日本のような暗いイメージとは好対照です。失敗してもまたチャンスは与えられるため、少なくとも経営者が首を吊るなどの事態は考えられません。第三に、金融を銀行に頼り過ぎだという事です。日本は90年代バブル崩壊と共に、とてつもない不良債権問題に見舞われました。この時日本経済にとって痛かったのは、銀行が損を被ったという事実よりもむしろその副作用、即ちそれによって銀行が貸出を実行できなくなってしまった事です。日本の金融は銀行に頼り過ぎなので、銀行が貸出をできなくなれば、日本国がそのまま沈没していくという運命を辿らざるを得なかったのです。結局三井住友銀行に対してはゴールドマンサックスが破格の好条件で増資に応じ、多くの不良債権は海外のファンドが喜んで安値で買い漁っていく結果となりました。そもそも日本では、銀行に代わる資金の出し手が居ない、又は市場が未熟だからこのような美味しい案件を持っていかれてしまうのです。第四に、融資の審査において同情は禁物という事です。確かに長年ビジネスを経営していて融資を打ち切られる事は、当事者にとって、その時は大きなショックに違いありません。しかしそれを避けたいがためにゾンビ企業として存続する事はその企業、従業員、延いては社会全体のためになるでしょうか?その資金が他の成長企業に回っていれば、日本経済はもっと早く立ち直れたのではないでしょうか?その企業に居た人材は、もっと成長分野で活躍できたかもしれない機会を失ったのではないでしょうか?半沢慎之助さんはネジ工場経営者としては不適格だったかもしれませんが、現世では見事、日本を代表する落語家として大成功を収めています。「半沢直樹」原作者の池井戸さんが銀行を辞めていなければ、これほどの大作は生まれていなかったかもしれません。資源(資本も人的資源も含め)がより効率的に再配分される過程においては、一時的な痛みは伴うものです。しかし社会全体がその痛みを避けていては経済の成長は望めません。当然の事ですが、成長が無ければ財政はもちろん、外交も医療も福祉も介護も、現在の水準を維持することすら不可能です。今の日本に必要なのは、そのような一時的な痛みに耐え、「失われた21年」の倍返しをしていく半沢直樹達なのです。※名目GDPが1991年(476.4兆円)から2012年(475.9兆円)までほぼ横這いである事から、失われた「21年」としました。(2013年9月24日記)
2013.09.26
今年の2月から4月にかけて、商品価格が急落する場面がありました。金・銀・銅をはじめ工業金属価格、そして小麦やとうもろこしの価格も大きく下落し、それ以降、いずれも急落前の水準を取り戻せていません。去年9月に始まったQE3はこれまでで最も強力な量的緩和ですし、その時期はまだ緩和を縮小する気配も無かったので、商品価格下落の要因を金融政策に見出すのは困難でした。そして消去法により様々な要因を潰していった結果、残った可能性が中国でした。中国の設備投資が国内総生産に占める比率は2012年時点で50%近くにも上っています。設備というのは少なくとも数年以上、長ければ数十年耐用するするものですから、数年、数十年にわたる需要を先食いしてしまっている事になります。なので人類の歴史上、設備投資ブームが行き過ぎた後にその反動が訪れるというサイクルは、当然のように繰り返されてきました。しかし中国の設備投資ブームは、そのような人類の歴史の中でも最大と言ってよいでしょう。過去、日本や韓国で起こった設備投資ブームのピークでも、国内総生産に占める比率はせいぜい30%台でした。50%というのは前人未到の領域なのです。当然の事ながら、反動から来る影響も前人未到のものになると覚悟しておいた方が良いでしょう。だからこそ、上海総合指数は2009年半ばからほぼ一貫して下落を続け、現在も低迷しているのだと思います。アメリカでも3月、テレビ局CBSの看板番組「60minutes」で、中国の街ごと空っぽのマンション群や、テナントが全く入っていないショッピング・モールの風景が放映されたり、しばしば新聞でもブームの反動に対する記事が掲載されるなど、中国経済に対する警戒感は非常に高まっています。むしろ一部ファンドは既に十分過ぎるくらい、中国の設備投資ブームの反動の準備をしている状態です。その意味で、私は現在の中国の状況は、アメリカの2007年の状況に似ていると考えています。アメリカでは2006年半ばから住宅価格が下落を始めました。しかしその影響はどのようにアメリカ経済に表れてくるのか、2007年初の時点で予測するのは非常に困難でした。というのはアメリカの住宅ローンは、基本的には証券化されて投資家に売却される仕組みとなっています。住宅ローンが焦げ付けば投資家が損失を被るだけで、日本のように、銀行が不良債権を抱えてにっちもさっちもいかなくなる状況というのは考え難かったのです。それでもよく調べていくと、多くの住宅ローン証券は、モノラインという金融保証会社による保証によって支えられており、さらにそのモノラインは財務体質が非常に脆弱にもかかわらず、トリプルAという最上級格付けを付与されてビジネスが成り立っている事が分かりました。こうして住宅価格下落の影響はまずモノラインに表われるとの分析の下、我々のファンドでモノライン大手2社(アムバックとMBIA)の空売りを始めたのは2007年春の事でした。しかし両社の株価は下落するどころか逆に、同年11月にかけてじわじわ上昇していったのです。結局、その後2009年にかけて両社とも実質破綻状態に追い込まれ株価はほぼゼロになったのですが、ブームの反動が表われるタイミングを予測する事が如何に難しい事かを感じさせれた案件でした。また「住宅ローンが焦げ付けば投資家が損失を被るだけ」というのも誤りでした。投資家に売却して残っていないはずの住宅ローン証券の多くが、実際には証券会社、そして銀行のバランスシートに残ったままになってしまっていたのです。証券会社や銀行がどのような証券を保有しているのか、開示されている資料だけで把握する事は今でも困難です。危機が訪れて初めて、巨額の損失計上が必要な証券を保有していた事が次々と判明していったのが2008年でした。開示の進んでいるアメリカでもこのような状況だったので、中国の場合、設備投資ブームの反動に伴う負担はどこに、いつ顕在化するのかを予測する事はまだ、極めて困難な状況と言わざるを得ません。多くの統計の信憑性に疑問符が付く中、当面、一部の統計と商品相場等の市場価格を手掛かりに何が起こっているのかを推測していくしかないでしょう。街ごと空っぽのマンション群も、実は個人投資家が現金で購入しており、例え値下がりしても個人投資家が損失を被るだけで、アメリカのような金融危機には発展しないのかもしれません。中国版住宅ローン証券とも言える「理財」も同様です。しかし中国の設備投資ブームは、山が巨大であった分、今後来たるべき谷も小さくないはずです。私は日米共に株式市場に対しては基本的に強気で良いと思っていますが、ショックが訪れるとすれば、その大きなきっかけの一つは中国と考えています。ですのでこのリスクはヘッジしておかなければなりません。このような考えのもと最近、ここ数年中国の設備投資ブームの恩恵を受けてきた国やセクターの株式の空売りを開始しました。しかし具体的に、反動がいつどのような形で表れるかを予測する事は困難です。今後モノラインのように、本命が頭角を表してくる可能性もあるでしょう。それでも2007年のように、当面相場が逆に向かう可能性も十分あると思います。今年、2013年の中国は、そのような展開も覚悟しながら付き合わなければならなかった、アメリカの2007年の状況にとても似ている感じがしています。(2013年8月12日記)
2013.09.02
ウォール街の格言「5月に売ってどこかへ」の5月が終わりました。残念ながら、少なくとも一旦は、格言通りの高値を見てしまった可能性が高いでしょう。これまでの2010年、11年、12年は、いずれも4月に一旦高値を付けていました。そしていずれも4月に高値を付ける理由がありました。 第一に、アメリカでは4月中旬が個人確定申告の期限となっています。所得に応じて税制上優遇される退職金積立ての金額が決まりますので、やはり確定申告によって所得が確定するこの時期に、積立て金額を決定し、株式投資をする人が多くなります。自ずから株式市場の需給は引き締まり、相場は上昇しやすい時期となります。 第二に、これまでの3年間はいずれもその6月末で、連銀によるQE(量的緩和)が一旦終了する予定となっていました。2010年6月末はQE1(量的緩和第一弾)が、2011年6月末はQE2(同第二弾)が、2012年6月末はオペレーション・ツイスト第一弾が、終了。QEが株式相場に与える影響が大きかった分、その反動に対する懸念が高まっていったと考えられます。 第三に、そのいずれの年も、夏にかけてが欧州債務危機が深刻化、又は再燃していた時期でした。私は、第二、第三の理由は今年には当てはまらないので、これまで3年連続となっていた4月高値という可能性は低いだろうと考えていました。実際、これまでで最も強力とも言えるQE3(量的緩和第一弾)の影響が大きかったのでしょう。5月に入っても、それまで3年間のパターンを払拭するかのような上昇ペースを続けてきました。この結果アメリカの代表的株価指数であるS&P500は7カ月連続で上昇、5月末までで今年の上昇率は14.3%に上っています。しかし5月下旬に差し掛かり、いくつか相場の高値を示唆する兆候が顕在化してきました。まず、今年これまでの株式相場の上昇を牽引してきたのは、実は景気敏感株やハイテクではなく、公共株やREIT(不動産投資信託)などの高配当銘柄群、食品・薬品などのディフェンシブセクターです。いずれも市場平均を上回る20%近くの上昇率となっていました。しかし5月に入ってこれらのセクターが全体の市場に先行する形で下落を始めたのです。そして高値からの下落率は10%近く、実に年初来の上昇の半分近くを吐き出してしまった事になります。言うまでもなく、主な要因はバーナンキFRB議長を含む、連銀関係者によるコメントでしょう。もちろんタカ・ハト派の両方から沢山のコメントが流れましたが、総じて市場は、ハト派による量的緩和縮小を示唆するコメントに反応したようです。4月に1.6%台だった10年物国債利回りは一時2.2%にまで上昇しました。景気敏感株が牽引役である相場ならまだしも、これまでの牽引役となってきた銘柄群の性質からして、長期金利の上昇に耐えられる市場ではありません。ディフェンシブ・セクターから景気敏感セクターへ上手くバトンタッチ出来れば良いのですが、今の景気はまだそのような状況ではありません。また5月中旬から変動率指数がコンスタントに上昇してきているのもネガティブです。月末にかけて相場はそれほど下落しているわけでもないのに、変動率指数の上昇はコンスタントです。連銀による量的緩和の先行きに加え、恐らく日本の株価が乱高下している事も投資家心理に影響を与えているものと思われます。もともと高値を付けやすいタイミングである事に加え、上記のような要因が重なった事もあり、当面株式相場は調整局面を余儀なくされるでしょう。問題はこの後、どのような展開を辿るかです。可能性が高いのは、価格的には比較的小幅の下落にとどまるシナリオ。90年以降のS&P500指数のデータを見てみますと、7カ月以上連続で上昇したのは6回あり、うち7カ月連続が4回、8カ月連続が2回、9カ月連続で上昇した事はありません。その意味では、既に7カ月連続で上昇している相場、いずれにしても近々調整局面入りする事は避けられないという事です。ただ良いニュースは、7カ月以上連続で上昇するような時は市場環境が良いので、その後の調整も比較的小幅にとどまるパターンが多い事です。過去6回の平均下落率は4.8%にとどまっており、しかもその全てのケースでその後、最高値を更新しています。ただ、私が気になっているもう一つのシナリオがあります。それは前号でも記したデフレシナリオです。最近、特に発表される先行指標など大して良くないのに、またインフレ関連指標など連銀の目標を大幅に下回っているのに、連銀関係者も市場も最近は量的緩和縮小の議論ばかりです。金融機関などは、連銀がQE3で債券を買ってくれるのをアテにして、先回りして債券を購入して在庫を抱えているので気になるのは分かりますが、QE1のケースも、QE2のケースも、結局は足りなかったというのが現実です。少し量的緩和が効いてくると、一旦デフレに陥ったらなかなか抜け出せないという怖さを忘れてしまうのが人間の心理なのでしょう。最近の中国、オーストラリア、カナダ等のクレジット環境や商品相場の動向を見ていると、このシナリオの可能性は否定できません。量的緩和が効くのは「景気が良いのに金利が上がらない」という状況であって、一旦デフレに陥ってしまったら効きません。せっかく量的緩和が効き始めてこれからという時、量的緩和縮小の議論が必要以上に先走るようだと、今年の上昇分を吐き出してしまうくらいの下落も覚悟しなければならなくなるでしょう。(2013年6月3日記)
2013.09.01
ウォール街で口にする事がタブーとされている「D」ワードがあります。この言葉が広がってしまうと消費者心理に悪影響を与え、消費を控えたり、借金返済に動いたりという行動に繋がる可能性があります。これが経済全体に広がって経済活動が停滞するようになれば、ますます悪循環を生むという性質を持っています。そう、日本の皆さんにはお馴染みのデフレーションです。特にここ数週間、アメリカでデフレの兆候とも取れる市場の動きが観測されます。まず3月の終わり頃から金や銅、アルミ、ニッケルなどの商品価格が急落を始め、先週時点で1年ぶりの安値を付けています。3月末に97ドル台だったNY原油価格も今月に入って急落、先週85ドル台を付けました。債券市場では3月に2%を超えていた10年物国債利回りが急低下、本稿執筆時点で1.69%となっています。何故今、このようにあちこちの市場でデフレの前兆とも取れる動きが出てきているのでしょうか? 最も影響していると考えられるのはドル高です。金融危機以降、ドルの対主要通貨指数は下落を続けてきましたが、1年半位前から主に欧州危機の影響で、そして半年前からは主にアベノミクス円安の影響で、現在、約2年半ぶりの高値を付けています。ドルは中国をはじめ、多くのアジア諸国と動きが連動していますから、アメリカのみならず、それらアジア諸国にも通貨高によるデフレ圧力が強まっている事になります。例えば先々週財務省から発表された日本居住者による証券売買状況によると、外国株式、外国中長期債ともに、年初からほぼコンスタントにネット(売却額マイナス取得額)で大量売却が続いています。外国証券が円建てで上昇する中、日本の投資家は専ら売り手に回っているようです(長い間円高が続いたので無理も無いのかもしれません)。円安傾向は続いているので、そういった売りは外国通貨建て資産価格に対する下落圧力の形で表れます。商品市場は証券市場に比べて市場規模が小さいので、そのような売り圧力を吸収できずに価格下落の形で表れていると考えられます。私はアメリカ経済は持続的な回復軌道に乗っていると考えていますし、株式相場に対しても強気で良いと思っています。ただ、そのような見方の中、リスクがあるとすれば何かと聞かれれば、デフレを挙げます。アメリカが量的緩和という、いわば実験とも言うべき非伝統的金融政策を採用し始めて4年半が経ちますが、いくつか分かってきている事実があります。第一に、影響が出るのは外国為替市場が最も早い事、第二に、量的緩和が銀行の貸出し増につながるようになるにはかなりの時間がかかる事、第三に、当初想定されたよりもかなり大きな金額が必要になる事等です。このような中、今回もしデフレが訪れるとどうなるでしょうか? 日本も積極的な量的緩和を開始したので、アメリカの量的緩和が外国為替市場に与える影響は相殺されます。銀行貸出し増に与える効果は時間がかかります。最近のFRB関係者の発言は「QE3をいつ終えるか」に集中しており、QE3増額などかなり可能性の低い話でしょう。QE3の効果が出なくなった時に財政で支えられるかというと、ご覧の通り、議会のねじれた今の状態ではとても無理です。なので、本当にデフレが訪れるとなれば、アメリカは今、それを防ぐ有効な手段を持ち合わせておらず、市場にそれを見透かされた時は、スパイラル的にデフレ圧力がかかるリスクがあるのです。現時点で可能性は低いと思いますが、念のため、頭の片隅に置いておく必要はあるでしょう。世界的に財政状況の悪い状況が続く限り、各国は長期的には借金を通貨に置き換える事によって、即ちいずれインフレを起こす事によって解決を図っていくものであり、それは歴史が物語っている所です。これまで例外であった日本も、ようやく他国同様、借金を通貨に置き換えはじめたのであり、いわば世界が協調してデフレを退治し始めたという点では望ましい動きとも言えます。その意味では最近アメリカで見られるデフレの兆候は、日本がこのような世界の動きに歩調を合わせ始めた事に伴う一時的な調整によるもの、と考える事ができます。もっとも元はと言えばこのデフレ、長年続いた円高によって世界各国から日本に輸出され続けてきたものなのです。日本では最近、輸出が伸び悩み、貿易収支の赤字が定着化してきている事に対して懸念する声が出ています。しかし一方で、ポジティブな面を忘れてはなりません。それはこれまで日本が、どんなに優れた日本製品よりも輸出したかった「D」の輸出が着実に伸び始めているという事実です。(2013年4月23日記)
2013.04.25
最近、アベノミクス長者という言葉が聞かれるようになりました。積極的な金融緩和を求める安倍政権の、選挙での勝利を先取りする形で、去年11月からの僅か5カ月で日経平均株価は40%、ドル円は20%もの上昇となっています。このような相場に上手く乗れた人が沢山居ても不思議ではないでしょう。ただ、やはり気になるのがこの「長者」の使われ方です。長者の出現が格差を意味し、それを助長するアベノミクスはけしからん、というような、変な方向に捉えられないかと心配をしてしまうのです。私が講演でよく申し上げる事があります。それは「日本の人は、頑張った人にご褒美が与えられるべきである事はよく理解している。実際、世界の標準的なルールもその通りだ。しかし日本の人があまり理解していない、又は理解を避けているもう一つの世界標準のルールがある。それは、リスクを取った人にもご褒美を与えるという事実だ」です。何故リスクを取った人にご褒美を与えなければならないのか? このコラムでも何度か申し上げましたが、第一に、リスクを取る人が居なければ、世界経済はもっともっと低成長を余儀なくされ、生活水準は低くなってしまう(=外交も、軍事も、年金も、医療も、福祉も低い水準を余儀なくされる)事。第二に、にも拘わらず、世界中にリスクを取れる人、ないしリスクを取れる資金量はそれほど多くないからです。簡単な例は、以前もご紹介した保険会社です。いざという時に保険金でカバーしてくれるという安心感があるから、人々はその時のために多額の貯金を貯めておく必要がなくなり、その分の資金を消費に回す事ができます。銀行も同様です。企業に直接お金を貸すのでなく、銀行に預けているお金は(少なくとも1,000万円までは)保証されているので、貸倒の心配もありません。一方で保険会社はいざという時に保険金を払ったり、銀行は貸倒となった場合に、その損失を負担するという形でリスクを負っているのです。保険会社や銀行がリスクを負ってくれているからこそ、人々はそうでない場合よりも多くのお金を消費に回す事ができ、企業は借り入れた資金で事業を伸ばす事ができるのです。さらに株式会社には株主が居ます。少々業績が悪くなっても、一番リスクの高い資本を拠出してくれている株主が、株価の値下がりという形でリスクを担い、クッションの役割を果たしてくれるからこそ、従業員は職を失わなくて済んでいるのです。リスクを取る主体が無くなったらどうなるかは、金融危機で経験した通りです。AIGという世界最大の保険会社や大手銀行が次々と破綻の危機に直面し、世界経済は一斉にリセッションに陥りました。実際、多くの会社の株主資本が底を付き、大量の失業者が発生しました。あのまま大手保険会社や大手銀行が連鎖的に破綻していたら、我々の生活は今よりもずっと低い水準を余儀なくされていたことでしょう。世界的に、まだあの金融危機の時の恐怖が癒えているわけではありません。だからこそアメリカの株式市場は高値更新にも拘わらずバリュエーションは低いままで、日本の株式市場には純資産倍率が1倍を下回っている会社がゴロゴロしているのでしょう。正にそれほどリスクを取ってくれる人、ないし資金量は、世界中にそれほど潤沢にある訳ではない、という証拠だと思います。しかし上記の理由で、景気を回復させるには、リスクを取る人の存在が必要です。だからこそ世界標準は、リスクを取る人にご褒美を与えるルールになっているのです。むしろ去年までの日本の5年間は異常な状態だったのです。金融危機を受けて、世界各国の中央銀行が積極的に金融を緩和する中、日本のみが消極的で、その結果日本円(現金)に資産保全機能を与え、人々は現金を貯め込み、消費にも投資にも消極的になってしまったのです。現金に資産保全機能を与える事によって、「リスクを取らない事」を推奨する国になってしまっていたのです。リスクを取らない事が推奨されているのですから、経済が成長しないのは当たり前だったのです。ですので「アベノミクス長者」、本質的には「(意識してかどうはは別にして)日本の景気回復のためにリスクを取ってくれた人」であり、この5カ月たまたま相場が良かったために、結果だけを見て「アベノミクス長者」と呼ばれているように見えます。日本では、比較的著名な評論家でさえ市場を「マネーゲーム」と非難したり、結果としての格差のみがクローズアップされる傾向が非常に強いように見えます。しかし私は、そのような意見を嘲笑うかのように、今後アメリカも日本も、ますますリスクを取る人が報われる相場展開になると見ています。特に日本は、去年までの異常な状態からは既に脱却したでしょう。リスクを取らずに将来、結果だけを見て妬むのでなく、少しでもリスクを取ってさらに景気回復に貢献しようではありませんか。(2013年3月21日記)
2013.03.22
年初から数回にわたって講演させていただく機会がありました。そしてあちこちで指摘されたのが、「堀古は金の話をしなくなった」でした(いえ、カネの話はいつもしていますが……ではなくてゴールドの話です)。そこで今回は久しぶりに金(ゴールド)について書かせていただきたいと思います。結論から申し上げると、金は今年、1トロイオンス2,000ドルを超えて上昇していくと見ています。私の金に対する見方は3年以上前にここ(第251回 金への投資(2009年10月9日))に書かせていただいた通りで、基本的に変わっていません。むしろ最近になって、金の上昇材料は増えてきているように見えます。第一に、当時と比べて世界各国の財政状況はさらに悪化しており、改善の兆しは見られていません。日本はもちろんのこと、アメリカもヨーロッパも、金融危機やユーロ危機は脱した感がありますが、それら危機によって膨らんだ財政赤字を取り戻していくのはまだまだ先の話です。財政が厳しい中、量的金融緩和を中心とする金融政策に依存しなければならない状況に変わりはありません。第二に、少々景気が回復してきたからと言って、積極的な金融緩和姿勢が解除されるとは思えません。バーナンキFRB議長は2012年9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でQE3(量的緩和第一弾)に踏み切る事を発表、その後の記者会見で「景気回復のエンジンに欠けているピストン-それは住宅市場だ」と述べました。私は住宅市場については既に先行指標が大幅な改善を示してきており、住宅価格の上昇は時間の問題と見ていますが、住宅価格は常に遅行指標です。FRBがその遅行指標を見ているとすれば、金融緩和姿勢が解除されるのはまだかなり先の事になりそうです。第三に、これまで世界標準から外れていた日本の金融政策が世界標準になった事です。実際、FRBが積極的なQE1を始めた2009年初、我々のファンドでドル現金の代替資産として検討したのは金と日本円でした。しかし日本円とはいえ究極的には人類が発行できるものであり、いくら日銀でも早晩世界標準の金融政策に協調して来るだろうとの考えから、出した結論は金への投資でした(日銀は我々が想像した以上に頑なでしたが、それでもその間の日本円の対ドル上昇率は25%、金の上昇率は75%でしたので、結果的には正しい判断でした)。日本が積極的な量的緩和に加わった事で、自国通貨高による「日本からのデフレ輸出」を避けるため、世界各国はますます金融緩和の手を緩める事ができなくなったのです。第四に、この2月12日(火)からシカゴ先物市場で金先物の証拠金率が引き下げられます。金先物価格は、証拠金が5,001ドルから4,500ドルに引き下げられた2011年6月末頃から急上昇を始めました。同8月22日に1トロイオンス1,892ドルの高値(終値ベース)を付け、同8月25日に証拠金が引き上げられて上昇相場が終わったのは記憶に新しい所です。その後、一時8,500ドルまで引き上げられていた証拠金は順次引き下げられ、今回の引き下げで、その急上昇前の最低水準に戻る事になります。勘定に一定の証拠金額が入っている状況を想定すれば、証拠金率が低いほどより多く金先物が買える=より金先物価格が上昇しやすい、という訳です。私は2010年1月の楽天証券新春講演会で金を、2012年1月にはドル/円をそれぞれ最も有力な投資先として挙げたので、「どこまで上がるのか」「いつどこで利食えばよいのか」というご質問を本当によくいただきます。確かに日本では株価は長い間下落する方が多かったし、ドル/円はここ5年ほど下落する一方だったので、皆さん「利食わないと大変な事になる」という潜在意識が植え付けられてしまっているのではないかと思います。しかしここは発想の転換が必要だと思います。2012年で円高が終わるというのはここ(第288回 日本にとって本当のリスク:円安(2011年11月11日))にも書かせていただいた通りです。これを読んでいただいている殆どの方は日本にお住まいで、資産の殆どを日本円で持っておられると思います。今後はその日本円、即ち資産の価値が下がっていくのをどうやって防いでいくか、の方が重要になります。そのような時、これまでの調子で「利食い」と称して資産防衛策を止めてしまえば、その後貴方の資産は相対的に減っていくばかりです。表面上は利食ったつもりが、実質的には利食いになっていないのです。今、世界標準の金融当局の考えは、現金に資産保全機能を与えない事です。人々が現金に資産保全機能があると思えば消費も投資もしなくなり、経済が停滞してしまうからです。日本もその世界標準になったのです。このような中、人々は何にその資産保全機能を求めて行けば良いのか。引き続き、金はその有力な候補先だと考えています。(2013年2月8日記)
2013.02.12
この12月末、私は中長期的に見ても、短期的に見ても米国株投資の大きなチャンスと考えています。まず中長期的観点からですが、通常、株式投資に好環境なのは大きく以下の3点を満たしている時だと思っています。第一に市場が怖がっている時。これについては異論の余地は無いと思います。2012年12月31日をもって、ここ10年近く続いてきたブッシュ減税が失効します。加えて去年、アメリカの債務が法定上限に達した際に超党派で合意された強制歳出削減が発動する、いわゆる「財政の崖」からアメリカ経済が転げ落ち始めるまであと4日しかありません。市場を怖がらせるには十分の材料でしょう。第二に、中央銀行が緩和姿勢である時です。これについても異論の余地はないでしょう。FRBは世界に先駆けて真っ先に量的金融緩和に踏み切ったほか、金融危機時から株式相場が2倍になっても全く手を緩める気配はありません。「住宅市場が回復して、元に戻らない事が十分確認できるまで」と、歴史的にも極めて株式相場に優しい政策を貫いてくれています。第三に、株式のバリュエーションが低い事です。アメリカの主要株式指数であるS&P500指数採用企業で見ると、2013年予想ベースの株価収益倍率は13倍台に過ぎず、配当利回りは2.25%と、少なくとも過去50年間では初めて10年物国債の利回りを上回っています。株式というのは永久証券ですから、本来長期的観点から投資するべきものだと思っています。しかし市場には流動性を供給してくれる短期の投資家もたくさん参加しています。そして相場はそれら短期投資家のモメンタムによって大きく上下するわけですが、中長期の観点から投資を始めるにあたっては、少なくとも上記の3点をクリアしている現在、大きな損失を被る事はないでしょう。そしてこの12月末、このような中長期的観点に加えて、短期的観点からも米国株投資のチャンスとなっている要因がいくつか挙げられます。第一に、1月効果です。アメリカで個人所得税の会計年度は12月末に終了しますが、それまでに含み損を確定すれば3000ドルまでは通常所得から控除できるほか、キャピタルゲインと相殺できる事から、含み益が出ている銘柄に対しても、含み損が出ている銘柄に対しても、年末までに売り圧力が膨らみやすい傾向があります。しかし年が明ければ一転、そのような売り圧力が退きます。第二に、オバマ再選と共に、来年から特に富裕層に対してはキャピタルゲイン税率上昇が確実になった事で、今年中に低税率のメリットを享受しようという動きが出ていると見られます。実際、今年アメリカの株式相場が調整局面に入ったのは9月半ば以降ですが、これはロムニー氏に致命傷となった「47%失言」が明らかになったタイミングです。投資家のキャピタルゲイン上昇に備えた動きは、既にそこから始まっていたと見て良いでしょう。しかしこのような売り圧力も、年が明ければ消失します。第三に、財政の崖問題です。年末まであと4日となっている今になってもまだ解決の糸口が見えないのは確かに不安材料ですが、逆に1月29日の一般教書演説までにまだ何の合意もなされていないというのは考え難いと思います。やはり現在市場のコンセンサスとなっている1月初旬~中旬の暫定合意というのは妥当なラインであり、これだけ市場が怖がっている以上、合意は株式相場上昇の大きなカタリストになるでしょう。また現在、前面には出てきていませんが、交渉が進むに従って両党とも支持している法人税減税が具体化し、株式相場のサポート要因になると考えられます。このように中長期的要因も短期的要因も米国株投資の好機である事を示唆している中、それではどのような銘柄に注目すれば良いのでしょうか?まず、よりキャピタルゲインの低税率のメリットを受けているのはこれまでの株価上昇率が大きかった銘柄。一方、配当税率はキャピタルゲイン税率よりも高くなる可能性があるので除外。また負債比率の大きい企業は、もともと支払利息の損金算入で既にメリットを受けているため、相対的に法人税引き下げのメリットは小さい。このような考えのもと、S&P500指数採用銘柄の中から、ここ数年間の株価上昇率が大きく、配当利回りが低く、負債比率が低い、という条件でスクリーニングした結果、抽出されたのが以下の銘柄群です(時価総額の大きい順)。 アップル(AAPL) ビザ(V) マスターカード(MA) スターバックス(SBUX) CFインダストリーズ(CF) ダラーツリー(DLTR)さてどうなるか?皆様、良いお年をお迎え下さい!(2012年12月27日記)
2012.12.28
先週発表された11月の米消費者信頼感指数は73.7と、金融危機以来最高の水準を付けました。現在、多くのエコノミストが年末商戦の好調を予測していますが、それを裏付ける強い数字となっています。それでは、その好調が予想される年末商戦、売れる商品は何なのでしょうか? これを占うにあたっては先行指標中の先行指標、株価を見るのが一番です。そこで当社では毎年この時期、株価動向から年末商戦のヒット商品を占うレポートを作成する事にしています。例えば2010年のレポートでは、ムートンブーツ「UGG」を販売するデッカーズ(DECK)という会社をご紹介しました。デッカーズの株価は、ご紹介した11月半ばの時点で既に年初来80%上昇していました。NYマンハッタンの専門店にも行列が出来るほどで、年末商戦でのヒットは確実でした。その後もデッカーズの株価は上昇を続け、翌年の年末商戦に向けてさらに90%の上昇となりました。しかし上昇はそこまで。今年に入って株価はほぼ一貫して値下がりし、同社のムードンブーツ人気は、既に去年がピークであった可能性が高くなっています。今年のレポートで取り上げた2012年年末商戦の予想ヒット商品は以下の通りです。第一に、アパレル・ブランドのマイケル・コース(KORS)。1981年にNYで自らの名を冠したブランドを立ち上げ、昨年12月に株式上場を果たし、株価は現在、公募価格比約2.5倍の高値近辺で取引されています。多くのセレブリティーが愛用していることで知られており、先月の大統領選で再選したオバマ大統領が勝利演説を行った際、ミッシェル夫人が同ブランドのドレスを着用していたことで、認知度はさらに高まることとなりました。日本では2010年8月に東京・表参道に第1号店をオープンし、11月現在、国内13店舗を展開しています。第二に、カプセル式コーヒーメーカーのグリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズ(GMCR)。米国でカプセル式の一杯抽出用マシンでコーヒーを楽しむ習慣が広がりつつあり、同市場規模は前年に比べ倍増すると見込まれています。今年は10月にコーヒー店チェーン最大手のスターバックス(SBUX)も独自のシステム「ベリズモ」を市場投入しましたが、グリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズのシステム「キューリグ」は75%近いシェアを誇っています。同社の株価は、昨年から今年にかけて急落する場面がありました。しかし年末商戦を前に、同社の持つ高いシェアと急拡大する市場規模というファンダメンタルズが見直される形で、株価は7月の安値から2倍以上になっています。第三に、タブレット端末です。米家電協会の「プレゼントとして欲しい家電」調査では、ここ2年連続でタブレット端末がトップに輝きました。今年は特に、アメリカで家電製品の普及価格と言われる200ドル前後を意識した低価格高機能の小型タブレット端末、グーグル(GOOG)の「Nexus 7」とアマゾン・ドット・コム(AMZN)の「Kindle Fire HD」の好調が予想されます。一方で価格帯は上になるものの、アップル(AAPL)の「iPad Mini」は使い勝手や性能、他の同社製品との互換性等の強みは健在と言えるでしょう。またマイクロソフト(MSFT)も新しい基本ソフトWindows 8を搭載した同社初のタブレット端末「Surface」を発売しました。そしてブックリーダーで忘れてはならないのはもちろん、楽天の「kobo」!この業界の競争が激化しつつあるのは確かですが、市場自体が非常に高い成長を遂げている事を忘れてはなりません。バリュエーションさえ妥当であれば十分、株価上昇も期待できるでしょう。最後に個人的に、最近もらったもので一番嬉しかった物~それはイチロー選手のサイン入りヤンキース・ユニフォームでした。日本人として、世界のトップレベルで次々と新記録を打ち立て、今も究極に挑み続ける姿勢。このユニフォームを見ているだけで、自然と元気と勇気が湧いてきます。皆様の、クリスマス・ショッピングの参考にしていただければ幸いです。(2012年12月6日記)
2012.12.07
「忘れていませんか? 法人税減税を」私は今、この質問を投げかけてみたい、全く異なる2つの対象があります。一つはアメリカの株式市場参加者、そしてもう一つは12月16日総選挙の立候補政党に対してです。まずアメリカの株式市場について。アメリカの株式相場は11月6日の大統領・議会選挙結果判明以降、半ばまでほぼ一本調子の下げとなりました。そしてこの大統領選挙後の下落の一因は、来年からのキャピタルゲイン・配当税率上昇を見越した売りによるものと思われます。確かに来年からキャピタルゲインの最高税率は現行の15%から23.8%に上昇する見込みです。そして税率の低いうちに株式を売っておこうと考える投資家は納税のため、キャピタルゲインの15%分は現金化して備えなければなりません。一旦一巡した感はありますが、まだ年末にかけては散発的にこのような売りが出てくる可能性があります。しかしこれは、今年の年末に限った特殊要因である事を忘れてはなりません。というのは、来年は法人税が35%から28%に低下する見込みであり、企業の税引き前利益が一定であれば、キャピタルゲイン税率が8.8%上昇しても、法人税率が7%下がると、理論的には投資家の税引き後利益は殆ど変わらなくなるからです。さらにキャピタルゲイン税率が上昇するのはアメリカ在住の富裕者層のみであり、日本を含む海外の投資家や市場に多く存在する非課税のファンド等は、法人税率低下のメリットをそのまま享受する事ができます。結果的に株式市場全体にとっては恐らく、法人税率低下のメリットの方が大きい状態になるでしょう。大幅に上昇する見込みの配当税率についても、企業の財務担当者は、配当税率がキャピタルゲイン税率を大幅に上回る状態が続くと見れば、配当から自社株買いへの切り替え検討するでしょう。この結果、時間の経過と共に、配当税率上昇の影響もそれほど大きくなくなるなずです。なので、他の理由であればまだしも、キャピタルゲイン等税率の上昇を理由に株式を売っているのであれば、それら市場参加者に一言質問してみたいのです。「忘れていませんか?法人税減税を」と。オバマ大統領が何故、法人税を引き下げようとしているのか? それはアメリカ企業の競争力を取り戻し、アメリカの雇用を回復させ、延いてはアメリカ経済を強くし、財政を再建したり、福祉を充実させたり、外交上交渉を有利にしたりするためでしょう。同様の考えから世界各国が法人税を引き下げる中、日本と並んで最高水準に据え置かれている法人税の水準を是正するためでしょう。これが正に、私が12月16日総選挙の立候補政党に対してこの質問をしてみたい理由なのです。どの政党も景気を良くして失業率を低下させたいと思っているでしょうし、財政は再建しないといけないと考えているでしょう。福祉は充実させたいでしょうし、外交は有利に進めたいでしょう。第一、国民がそれらを願っているはずです。しかしその具体的方策として、どうして法人税の減税が公約の筆頭に挙げられないのでしょうか?景気を良くする一つの方法は金融緩和です。日本がどれだけ金融緩和に積極的かは為替レートを見れば明らかです。そして為替レートが円高に振れているという事は、日本は「相対的に」世界で最も金融緩和に消極的だったという事です。金融緩和に最も消極的だったから景気も良くならなかったし、株式相場も世界で最もパフォーマンスが悪かったのです。「精一杯やっている」というのはちょうど、親に勉強しなさいと言われた子供が、成績の順位が上がらないのに「一生懸命勉強している」と口答えしているのに似ています。他の子供は、海外の国々は、もっともっと頑張っているのです。企業が資金を調達しているのは銀行からばかりではありません。多くの企業にとって、株式は有力な資金調達の手段です。銀行から借りるお金のコストは金融緩和によって下がりますが、株式で調達するコストはどうしたら下げられるのか? (私はこれを「資本の金融緩和」と呼んでいます。第277回 資本の金融緩和(2011年2月4日))一つの方法は法人税率を引き下げる事です。数%の法人税率の引き下げは、金利を0.5%や1%引き下げるのとは比べ物にならない、企業に大きなメリットをもたらす事になるでしょう。さらに日本の法人税率が低いとなれば、海外の企業も日本にビジネスを進出させるようになり、これまでに無かった、または失われていた新たな雇用や税収につながっていくでしょう。逆に法人税がこのまま据え置かれるとどうなるか? 来年アメリカが法人税引き下げを決めた瞬間、日本は最も法人税の高い先進国となり、日本企業はさらに国際競争力を失っていくでしょう。金融緩和同様、世界と横並びで実行してやっとイーブンという状態ですから、何もやらないだけで自然とマイナスになってしまいます。いくら立派な公約を挙げようと、企業が競争力を失うので、雇用は増やせないし、給料は上げられないし、景気は良くならない。税収が上がらないので、素晴らしい公約も実行できなくなるでしょう。そこでやっぱり各政党に聞いてみたいのです。「忘れていませんか? 法人税減税を」と。(2012年11月26日記)
2012.11.27
注目の大統領選挙まであと11日(本稿執筆時点)となりました。今回の選挙は、実質増税と強制歳出削減が同時に起こる、いわゆる「財政の崖」に直面するかどうかだけでなく、27年ぶりとも言われる税制大改革の方向を左右するもので、この先アメリカの経済を考えるにあたっても、投資を考えるにあたっても、非常に重要な選挙と言えます。5月に第297回 2012年大統領選挙と株式市場(2012年5月28日)を書かせていただきましたが、当時とはやや状況が異なってきていますので、アップデートの意味も込めて大統領及び議会選挙、そしてそれらの結果が市場に与える影響をご紹介しておきたいと思います。5月と比べて最も大きな変化は、9月に明らかになったのロムニー候補の失言(「私は税金を払っていない47%の国民の事など気にかけない」)以降、議会上院選挙の構図が逆転し、今や議会上院では民主党が過半数を獲得する可能性が高まってきている事です。一方で5月と比べて変わっていないのは、議会下院選挙では共和党の過半数獲得の可能性が高い事、そして大統領選挙は依然オバマ大統領が有利であるものの、接戦が続いているという事です。この結果、可能性の高い順番に並べると、議会下院→共和党が過半数、議会上院→民主党が過半数、大統領→オバマ(即ち現状維持)が現在の状況となっています。「財政の崖」や税制の方向を占うにあたっては、この大統領と議会の組合せが非常に重要な意味を持ってきます。 大統領:オバマ、 上院:民主党、 下院:共和党 上述の通り、現状最も可能性が高いと共に、最も先が読みにくい組合せです。共和党圧勝となった中間選挙のように、両党ともはっきりとした国民からのメッセージを主張しにくいため、これまで通りねじれ議会の下での折衝に委ねる事になります。選挙が終わってから年末休暇に入るまで交渉の期間は極めて限られているため、税制の抜本的改革はおろか、「財政の崖」を短期的に回避できる措置が取れるかどうかも微妙です。最悪の場合「財政の崖」に直面し、議会予算局が警告しているように2013年前半リセッションの可能性も否定できません。この組合せになった場合、年末にかけて市場はワシントンの動向に一喜一憂する状況が予想されます。 大統領:ロムニー、 上院:共和党、 下院:共和党 現状二番目に可能性が高いのはこの組合せでしょう。3つの選挙の中で最も接戦なのは大統領選挙です。大統領選挙でロムニー氏が勝つような状況であれば、同時に上院も共和党有利と考えられるからです。この場合、共和党は速やかに税制の抜本改革に着手すると見られますが、新議会が召集されるのは年明けであり、短期間での法案成立は到底困難と見られる事から、取り急ぎブッシュ減税をはじめとする多くの減税措置が一定期間延長される事になるでしょう。ただオバマ大統領時代、緊急措置的に実施してきた給与税減税や失業保険延長措置などは失効する可能性が高いため、「財政の崖」とは行かないまでも、GDPで1%程度の財政引き締めは起こりそうです。ただ、この程度の財政引き締めは既に市場は織り込み済みと考えられます。 大統領:ロムニー、 上院:民主党、 下院:共和党 大統領選挙が大接戦になった場合、次にこの組合せが考えられます。ただこの場合注意しなければならないのは、2000年のブッシュ対ゴアの選挙のように、勝者を決定するのに時間がかかると今回、アメリカ経済にとって致命傷になりかねないという事です。というのはもともと年末まで議会の話し合いの時間が短い中、票数で揉めているようではとても「財政の崖」を回避する措置が取れるとは考えられないからです。そのような事態に発展しないという前提の下、上記と同じくGDPで1%程度の財政引き締めが予想されます。最後に、株式等にかかわる税制の影響についてコメントしておきたいと思います。アメリカでも最近、今年末でブッシュ減税が失効するとキャピタルゲイン税率が現行15%から最高23.8%に、配当税率が現行15%から最高43.4%に上昇する、という報道があちこちでされるようになっています。10月末の投資信託決算期と相俟って、最近の株式相場下落の一因と言えるでしょう。一方で市場があまり留意していないと見られるのは以下の3点です。 オバマ大統領もロムニー候補も法人税の引き下げ(それぞれ現行35%→28%、現行35%→25%)を提唱している事。これによって企業の税引き後利益が押し上げられる 米国株式は多くの外国人や金融機関、退職積立金等非課税ファンドによって保有されており、増税の対象となる個人投資家が保有するのは40%弱に過ぎない(但し、この40%弱のうち殆どが最高税率が適用される富裕者層と見られますが)。 配当税率がキャピタルゲイン税率を大幅に上回る状況が続くようだと、企業側が配当を内部留保に(従ってキャピタルゲインに)仕向ける動きが予想される。このように今回、一連の選挙は確かに不透明要因に覆われてはいますが、投資の世界の鉄則はハイリスク=ハイリターン。同時に投資チャンスも豊富に提供されているように見えます。(2012年10月26日記)
2012.10.29
山中教授のノーベル賞受賞、本当に嬉しいですね! 2年ほど前のNHKスペシャルだったと思いますが、山中教授がインタビューの中で次のように述べておられたのを覚えています。「数年前であれば、マラソンに例えるなら我々の研究ははるか後続を引き離していた。しかし今は、振り返ればすぐの所に競争相手が追い上げている状況。競争は我々にとってストレスではあるが、この研究が実用に移され、一刻も早く患者の方々が救われるようになるために必要だ。」競争というのは多くの人にとってストレスです。競争を通じて勝つ者もいれば、負ける者も出てきます。人間というのは本来、リスクを回避したい(Risk Adverse)という性質を持っていますから、かなりの確率で勝つ事が分かっていない限り、出来れば競争は避けたいというのが人情でしょう。しかし好むと好まざるとに拘わらず、世界は資本主義を中心に動いていて、リスクを取った者、競争を勝ち抜いた者にご褒美が与えられる仕組みになっているのです。アメリカで金融危機が深刻化した時、資本主義の終焉を予言したり、期待する論調をよく見たり聞いたりする機会がありました。しかしそれでもまだ何故、世界は今も資本主義を中心に動いているのか? それは人間が本来ストレスを回避したいという性質を持つ中、資本主義は競争を生み出すのに最も有効なシステムであるからでしょう。では何故、人間は競争をしなければならないのか。上記、山中教授がとても分かりやすい例で説明して下さっている通りです。私は毎年、1月下旬の火曜日夜に行われる大統領の一般教書演説をとても楽しみにしています。昨年の一般教書演説でオバマ大統領は「競争」(Compete, Competition, Race)という言葉を20回以上使用、翌日の主要紙の一面には“U.S. Must Compete”(アメリカは競争しなければならない)という見出しがズラリと並びました。「競争」という言葉を多用していたものの、国民の潜在能力に訴える事によって必要以上にストレスを感じさせないよう、上手く工夫がなされている演説でした。アメリカだけではありません。ヨーロッパも昨年のユーロ圏サミットにおいて「競争合意」の成立を目指しています。アジア新興国の工業が日本の水準にどんどん迫りつつある状況は最近始まった話ではありません。好むと好まざるにかかわらず、意識しているしていないに拘わらず、我々は常に世界との競争にさらされていると言っても過言ではないでしょう。上記の山中教授の他にも、日本が誇れるものの多くは、厳しい競争にさらされている人や企業ばかりです。イチロー選手をはじめとする日本人メジャーリーガーやサッカー日本代表は日々戦いの連続ですし、トヨタや本田、キヤノンなど、長年厳しい国際競争にさらされている企業は時価総額でも上位を占めています。金融当局が欧米並みの対応をしてくれていたら、これら企業は世界でもっと有利に競争を勝ち抜いている事でしょう。また私は日本人の勤勉さや日本料理の美味しさは世界でもトップレベルだと思いますので、今後ますます世界での評価が高まっていくと考えています。資産デフレが金融危機につながり、財政危機へと発展するのは古今東西見られるパターンです。むしろ景気回復という出口に向けて、必ず通らなければならないトンネルとも言えるでしょう。そして同時に、この時期にクローズアップされるのが格差の問題です。しかし所得を再分配する事が財政危機の解決になるでしょうか? 財政を再建しようと思えば、リスクを取って、競争に勝ち抜いて、経済を成長させてくれる人を優遇して、少しづつでも全体のパイが大きくなりやすい環境を整えるべきではないでしょうか?外交を有利に進めようと思えば、防衛を強化しようと思えば、セーフティネットを充実させようと思えば、失業者を減らそうと思えば、全体のパイが大きくなる環境を整える事が先決ではないでしょうか?現在、世界各国が同じような問題を抱えていますが、近々その政治的対応が決まる局面がやってきます。アメリカは2週間後、大統領選挙でその答えを出そうとしていますし、日本でも「近いうちに」問われる事になっています。「ストレスは伴ってもいい」「環境を整えてくれるだけでいい」このような選択が出来るかどうかによって、トンネルを抜け出せる時期は大きく変わってくるでしょう。(2012年10月22日記)
2012.10.23
「アメリカ住宅市場の回復はまだまだ」日本でよく、こういうニュースをご覧になる事はありませんか? だとしたら、それはもう1年以上前の話です。日本では経済に関して、ネガティブなニュースが優先して取り上げられる傾向が強いように感じます。確かに、人間の心理としてネガティブなニュースにより反応しやすい、という特性はあります。しかし市場にいる人間としては、アメリカの住宅市場が底打ちするという、10年に一回あるかどうかという重要な節目を見逃してはなりません。アメリカの住宅市場は既に底打ちを終えています。これは様々な指標から確認できる事実です。第一に、私が住宅市場の先行指標として注目している住宅市場指数は2011年6月から9月にかけてが底で、そこからほぼ一貫して上昇、今では金融危機が始まる前の2007年前半の水準を回復しています。第二に、住宅市場指数と並んで注目している住宅建設株の動向です。大手住宅建設会社であるDRホートン(DHI)の株価は2011年9月を底に上昇を始め、この1年間で100%以上の上昇率を示しました。もちろん、他の大手住宅建設株も同様の動きをしています。これら住宅市場の先行指標がいずれも上昇を始め、住宅価格の底打ちも時間の問題となっていた所、アメリカの代表的住宅価格指数であるケースシラー住宅指数も今年1月に最安値を付け、その後上昇を始めました。アメリカの住宅価格は、2006年の最高値からこの最安値まで、34%下落した事になります。そして金融危機やリーマンショックの原因となった住宅価格が6年ぶりに上昇を始めるという、大きな変化が起こっているのです。背景にはいくつかの要因が挙げられます。さすがに住宅価格が高値から34%値下がりし、割安感が出てきた事、歴史的低金利で住宅ローンが借りられる事、雇用情勢が回復局面にあり、アメリカ人の所得が安定してきた事等、全ての要因が住宅購入を促進する方向に向かっているのです。全米不動産協会が発表する「住宅購入余裕指数」は今年2月に最高水準を付けました。この時点ではアメリカの一戸建て住宅価格の中間値が156,100ドル、住宅ローンは4.21%、一世帯当り所得の中間値は60,974ドル。これらの値を元に計算すると、アメリカの中間に近い世帯は、住宅ローン返済コストが所得の12%で済む事になります。私も昨年は、講演やTV出演などで度々、「2012年は住宅市場底打ちの年になる」と申し上げてきました。そして実際に2011年秋からファンドでも住宅関連銘柄への投資を実行し、先月利食い売りを入れた事は先日の「自由の女神運用報告会」でご報告した通りです。即ち、住宅市場が底打ちしたかどうかは既に過去の話であり、それを見込んだ投資を行うタイミングとしては、もう一相場終わった後だという事です。それでは次の一手は何が考えられるのでしょうか?株式市場の特性を想像してみて下さい。例えば相場が高値を付ける時というのは、価格が下がる前に、先に出来高が減少し始めます。価格が上がっているものの、高くて買える人が少なくなっていくからです。次第にその価格で買う人は居なくなり、価格が下落し始めるという順番です。住宅市場も同じです。アメリカの住宅価格も、2006年にはかなり高い水準にまで上昇しましたが、その水準で買える人はそれほど居る訳ではありません。なので時間が経てばその価格で買う人は居なくなります。この時点で住宅建設業者は、株式市場で言う「出来高が減少している」事実に気付きます。住宅を建設するのは通常半年以上かかりますが、先の建設受注が減少している事を最も早く分かる立場にあるからです。住宅市場指数は、これら住宅建設業者のデータを元にしている事から、最も先行性が高いと言える訳です。住宅市場というのは、株式のように頻繁に売ったり買ったり出来る訳ではありませんから、価格に変化が表れるのにも時間がかかります。弊社(Horiko Capital Management LLC)の分析では、その差は1年近くあります。住宅市場指数は2011年秋から本格的に上昇を始めていますので、住宅価格の上昇はこれからが本番、という事になります。そして弊社の分析は、この先1年でアメリカの住宅価格は22%程度の上昇を示しています。この分析結果は、恐らくウォール街の殆どの調査機関の予想を上回るものでしょう。しかし、これは客観的データのみを元に分析した結果であり、決して不自然な数字ではないと考えています。住宅の販売件数が増えるのであれば住宅建設株ですが、住宅価格が上昇するのであれば、もっと手っ取り早い投資対象があります。ヒントは2006年に住宅価格が下落を始め(住宅建設株が真っ先に下落)、2007年に金融危機が始まり、2008年のリーマンショックに至る過程で、どういう順番に株価が下落して行ったか。その逆をやればいいのです。我々が運用するファンドでも先月、このような貴重な機会を有効にとらえるべく、銘柄の入れ替えを実施したところです。(2012年9月12日記)
2012.09.13
先月、楽天証券13周年記念セミナーで、アメリカの代表的株価指数であるS&P500指数は1999年後半と同じ水準である一方、利益はその後の13年間で2.4倍になっているというお話をさせていただきました。確かに1999年後半といえば、S&P500指数が最高値を付ける数カ月前の事であり、当時の株価が単にバブルだったという見方もできるかもしれません。しかし金融危機前後を除いてはアメリカの大半の企業は着実に利益を伸ばし、それが2.4倍にまで積み上がってきたとなっては、さすがに株価の水準を疑い始めても良いでしょう。その典型的な銘柄が世界最大の小売チェーン、ウォルマート(WMT)です。ウォルマートは先月初、創業50周年を迎えました。ウォルマートの創業者は故サム・ウォルトン氏ですが、ウォルトン一族は今も米フォーブス誌の富豪リストに名を連ねています。資産10億ドル以上の「ウォルトン」さんは6人で、その合計1,000億ドル以上。ビル・ゲイツ氏とマイクロソフトの共同創業者であるポール・アレン氏、そしてCEOのスティーブ・ボルマー氏を合わせても900億ドルで、如何に成功を収めている会社かがお分かりいただけると思います。ちなみに5月に上場したフェースブックは4人合わせて250億ドルです。そのウォルマートが、それまで13年近く更新していなかった最高株価を先月、遂に更新しました。13年間、株価が最高値を更新できなかったのは、特にウォルマートの業績に問題があった訳ではありません。それどころか、ウォルマートはこの25年間一度も、売上や利益が前年比で減少した事は無いのです。100年に一度と言われたあの金融危機の前後でさえも、です。この25年間の利益成長率は平均16%。この13年間に限っても平均12%の成長を続けています。それなのに、どうしてウォルマートの株価は13年も最高値を更新できなかったのでしょうか。それは第一に2000年3月以降始まった、いわゆる「ドットコム」バブル崩壊の影響であり、第二に2001年9月に起こった同時多発テロの影響であり、第三に2002年夏にピークに達した不正会計問題の影響であり、第四に2003年3月に始まったイラク戦争の影響であり、第五に2006年後半に始まった住宅バブル崩壊の影響であり、第六に2007年7月に始まった金融危機の影響であり、第七に2008年9月に始まったリーマンショックの影響であり、第八に2010年春に始まった欧州債務危機の影響が挙げられるでしょう。確かにアメリカのこの10年は、他の10年に比べれば特別だったのかもしれません。しかし50年前からずっとアメリカでビジネスをしているウォルマートにとって、少々の景気変動への対応は慣れたものです。むしろ在庫管理がしっかりしており、景気変動に応じたコスト管理で知られるウォルマートの真の腕の見せ所だったとも言えます。何を申し上げたいかというと、結局、ビジネスに大きな変化は無いのに、景気変動に一喜一憂していたのは専ら投資家の方だったという事です。この13年間でアメリカは2回のリセッションを経験しています。リセッションに入ると個人消費が減少するので小売業は厳しい、という論調をどれだけ聞いた事でしょうか? これはマクロばかり見ていて、ミクロレベルでビジネスを理解していない典型の論調です。実際には、ウォルマートの売上も利益も、前年比では減少などしていないのです。今後も「財政の崖が懸念される」「大統領選挙が不透明要因」「ギリシャ離脱懸念」等、マクロのヘッドラインをご覧になる事は多々あるでしょう。しかし懸念材料など、市場には常に存在するものです。投資家がこのようにマクロのヘッドラインを気にしている間に、ウォルマートのような会社は着実に利益を積み上げていっているのです。ウォルマートだけではありません。ここ10数年着実に業績を伸ばしてきた優良企業の株価が、ここに来て次々と最高値を更新しようとしています。そして10数年前との大きな違いは、それが業績という、ファンダメンタルズにしっかり裏付けされたものであるという事です。(2012年8月10日記)
2012.08.13
消費税が引き上げられようとしています。消費税の引き上げはいずれ必要でしょう。しかしその前にやるべき事がある、というのは正にその通りですし、そもそも今回の消費税引き上げに至る経緯は何とも欺瞞に満ちたものだったと言わざるを得ません。私の知る限り、消費税引き上げの議論が本格化したきっかけは東日本大震災だったと思います(第281回 復興増税は人災(2011年4月18日))。震災から1年経ち、今年から復興需要の影響(と言っても反動の範囲)が数字にも表れてきていますが、それを捉えて税を徴収しようという発想には呆れました。先日講演で「日本の名目GDP(国内総生産)は19年前も今も全く同じで475兆円」というお話をしました。日本ではGDPが成長しそうになると必ず、それを押さえつけようとする力が湧き出てくるのは不思議です。そしてその後、消費税引き上げの議論を大きく後押ししたのは「日本がギリシャ化する」でしょう。私は東日本大震災直後に消費税引き上げの話が持ち上がった時同様、「日本がギリシャ化する」の論調には驚きました。というのは、私はギリシャの問題をその発端からフォローしてきたつもりですが、今回ギリシャが債務不履行に至るまでの経緯においては、対GDPの政府債務残高が大きい事以外、日本との共通点は殆ど見出す事ができないからです。第一に、あれだけ財政状況が悪いギリシャがどうしてユーロに加盟できたのか? そもそもギリシャはユーロへの加盟条件を満たすために粉飾「決算」していたのです。アメリカの投資銀行を使って通貨スワップを組み、手前で資金が入ってくるのを税収として計上、あたかも財政状況が良好であるように見せかけていたのです。返済期限が来て化けの皮が剥がれ、問題が一気に顕在化したというのがギリシャ危機のきっかけです。もちろん日本で同様の可能性が無いとは言えませんが、少なくとも「日本がギリシャ化する」というのは、この点では「粉飾が明らかになる」を指し、それは本質とは異なります。第二に、どういう順番に債務危機が訪れているのか? 対GDPの政府債務が大きい順ではありません。これは国債の外国人保有比率の順番です。真っ先に危機が訪れたポルトガルやアイルランドは80%前後、ギリシャは73%です(危機到来時点の数字)。先進国で次に比較的大きいのはアメリカで47%。当コラムでも度々その可能性を指摘してきましたが、案の定、去年8月にアメリカ国債格下げショックが世界を走りました。その次がスペインで44%です。何故今、スペインに危機が波及しているか。ギリシャ危機を当初から見ていれば明らかなのです。そして国債の外国人保有比率が8%に過ぎない日本が「ギリシャ化する」という論調が、如何に本質と外れたものか、お分かりいただけると思います。第三に、通貨発行権の有無です。「政府が財やサービスを得る手段は国債しかない」と考えるのは誤りです。通貨は国債と並んで、政府が財やサービスを得る重要な手段なのです。実際、アメリカは金融危機以降、政府が財政出動する一方、連銀が国債を購入する事によって、財やサービスを得る重要な手段としての通貨を大いに利用しています。これが通貨発行権を保有する政府の大きなメリットであり、重要な無形資産なのです。もちろん日本政府も通貨発行権を有していますし、円高が進行しているという事は、この無形資産の価値がどんどん大きくなっているという事です。そしてもし「日本がギリシャ化する」が国債の債務不履行を意味するのであれば、それは有り得ません。何故なら、日本国債は償還期限に日本円で返済する事を約束する証文であり、日本政府はその日本円を発行する権限を有しているからです。もちろん、ギリシャ政府にユーロを発行する権限は認められていません。ではそれでも、日本がギリシャ化したら実際どうなるのか、考えてみましょう。ギリシャがEU当局に最初に約束させられたのは公務員改革です。公務員改革、これはまさしく日本の多くの方が、「消費税引き上げの前に」と切望されている事ではないでしょうか?次にギリシャは債務不履行を起こしました。しかし日本は債務不履行を起こす前に、日本国債の償還を日本円を印刷して投資家に渡して応じるという手段があります。もちろん、このような行為は円安を招きます。しかし円高やデフレからの脱却は、まさしく日本の多くの方が切望されている事ではないでしょうか?ギリシャは債務不履行やその後の暴動などで、国際社会に多大な迷惑をかけ、更に信頼を失くしつつあります。しかし国債の外国人保有比率が8%の日本で、そのような対外問題は発生するでしょうか?私がファンドマネジャーとして常に重要視しているのは、財務諸表に載っていない、無形資産を含めた真の企業価値です。究極の所、市場に反映されるのはその真の価値であるからです。財務諸表だけを見て対GDPの政府債務が大きいから「日本がギリシャ化する」というのは、如何にも欺瞞に満ちています。日本の財務を分析するのであれば、財務諸表には載っていない、通貨発行権、潜在徴税権、極めて優れた国民の資質等、様々な無形資産をも考慮に入れなければなりません。実際それらが、100bpsを下回るCDS(クレジットデフォルトスワップ)=日本はギリシャ化しない、という形で市場には反映されているからです。
2012.07.23
ユーロという通貨導入に向けて準備が始まったのは1990年、そして実際に導入されたのが1999年、その間私は東京とニューヨークで銀行の為替ディーラーをしていました。そして通貨というものの仕組みを知り、実際に取引をすればするほど、通貨を統合する事が如何に難しいかを実感していました。結局ユーロは統合に9年もの準備期間を要しましたが、それでも私には見切り発車にしか見えませんでした。もちろん物事、やってみなければ分からない事もあります。しかし、通貨は統合するが政治や財政を統合しない、又は厳格に管理して来なかったのは、やはり致命的な欠陥だったと言わざるを得ません。ただこのような心配とは裏腹に、導入後の約10年間、ユーロを巡る環境は順風満帆でした。各国の債券利回りはほぼ同水準に収斂し、これまで市場で高金利でしか資金を調達できなかった国、そしてその国の企業・個人が低い金利で資金を調達できるようになりました。私は到底有り得ないと思いましたが、世間ではユーロの成功を見て「アジアでも共通通貨を」という声が上がるようになっていったのです。何故アジアで共通通貨が有り得ないのか、通貨の仕組みを考えれば分かります。例えばアメリカ合衆国では50全ての州で米ドルが使用されています。アメリカのような大きな国で、これはどうして成り立っているのでしょうか?それは通貨は米ドルで統一する一方、それをサポートする様々な調節機能が備わっているからなのです。例えばカリフォルニアの経済が不調でニューヨークの経済が好調だったとします。するとカリフォルニアで売れ残った物はニューヨークに輸送されて売られるようになり、お金はカリフォルニアに還流されるようになります。カリフォルニアで失業した人はニューヨークに引越しし、この結果カリフォルニアの失業率が改善すると共に、ニューヨークの人手不足が解消します。物価に関しても同様です。このように、米ドルを使用するどの地域で景気変動があったとしても、人、モノ、金が自由に移動する事によってそれを自動的に調節する機能が備わっているのです。そしてそれを可能にする統一した政治機能が存在しています。もしこれをアジア諸国でやろうとしたらどうなるでしょうか?グローバル化の進展によりモノや金の移動は何とかなるようになったとしても、人の移動は極めて困難です。言語や文化の違いはもちろん、各国の移民政策の違いもあり、ほぼ不可能と言っても過言ではないでしょう。もちろん政治も別です。そんな状況で通貨だけ統一したらどうなるか?問題が顕在化するのは時間の問題です。本題をユーロに戻しましょう。それではユーロが何故、アメリカの統一通貨米ドルのように上手くいかないか?政治レベルで協調姿勢が乱れていると共に、人の移動が自由に出来ないからなのです。理論的にはギリシャやスペインで失業している人はドイツに移動すればいいのです。しかし同じユーロ圏とはいえ、あれだけ言語も文化も違う民族の移動は現実的でしょうか?今回の問題は、ユーロ導入の際に当然分かっていたこのような欠陥が、今になってクローズアップされてきているだけなのです。今週末の選挙結果に拘わらず、日に日にギリシャのユーロ離脱の可能性は高まってきています。緊縮財政を受け入れると財政再建はますます厳しくなるし、受け入れないと支援は得られなくなります。短・中期的に大きな痛みを伴う事になるでしょうが、一旦ユーロを離脱して安い自国通貨に戻し、長期的に競争力と信用を取り戻していくという道以外に、残されている方法は無くなりつつあるように見えます。そう、これは2008年のリーマン破綻前夜に似ています。9月第二週の週末、英系、韓国系金融機関による買収や部門売却、政府による支援など様々な道が閉ざされた末があの結果でした。今でこそエコノミスト等から「リーマンを救済しなかったのは失敗だった」という声が聞こえますが、当時金融機関に対して公的資金の注入が議会で承認されたのは、リーマンが実際に破綻してショックが走り「アメリカ経済が大変な事になってしまう」と一般に理解されたからなのです。大変な事になる前はリーマンを救済しようという世論など、殆ど無い状況だったのです。EU当局が、出来るだけお金を使いたくないために、具体策に欠ける割に大袈裟な発表、問題の先送りを続けている現在の状況を打開するには、ギリシャのユーロ離脱というショックも必要なのかもしれません。ギリシャがユーロを離脱した時に、ユーロ圏経済がどのような事になるか、実際に経験してみなければドイツ国民も分からないのかもしれません。しかし今回最も重要なのはその際、加盟国のユーロ離脱がどれだけ大変な事かを早く認識し、「第二のギリシャ」を作らない事です。リーマンショック後数々の大手金融機関が破綻の危機に直面しましたが、何とか落ち着きを取り戻したのは「第二のリーマン」を作らなかったからです。今週末、例えギリシャの選挙結果が良い方に出たとしても、それでEU当局が油断してしまえば、今度こそ本格的な危機の始まりとなってしまうかもしれません。
2012.06.15
市場というのは選挙が嫌いです。特に接戦で結果の読めない選挙は大嫌いです。ですので大接戦と言われる今年の大統領選挙は大嫌いという事になります。ギリシャ問題もさることながら、大統領選挙を控えている事は最近、株式市場が低迷している要因の一つと言えるでしょう。大統領選挙の結果によって何が変わる可能性があるのか、今一度整理しておきたいと思います。今回の選挙結果で、株式市場に最も大きな影響を与えると思われるのは個人所得税、キャピタルゲイン及び配当に対する税率です。というのは2001年及び2003年に始まったいわゆるブッシュ減税は今年2012年12月末で終了する予定となっています。ブッシュ減税がそのまま失効した場合、個人所得税の最高税率が現行の35%から39.6%に、キャピタルゲイン税率が現行の15%から約24%に、配当税率が現行の15%から約43%に、それぞれ上昇します。現状、S&P500指数に採用されているような企業で利益が出ると、法人税で35%、残った利益に対して、それが配当に回されても、内部に留保されてキャピタルゲインの形となっても、15%の税率が課されます。我々の計算では現在、市場はS&P500指数全体に対して約11%の税引き前リターンを求めています。11%のリターンに対して法人税が35%、配当ないしキャピタルゲインに対して15%の税率が課される結果、最終投資家のもとには約6%が残る状態になっています(11%×0.65×0.85=6.08%)。この状態からブッシュ減税が失効するとどうなるでしょうか?投資家というのはいつも税引き後のリターンを考えているので、これまで投資家が得られていた6%から逆算しなければなりません。ブッシュ減税失効後のキャピタルゲイン及び配当税率は24%から43%になりますから、仮にほぼ真ん中の34%とします。一方法人税は民主党、共和党とも減税を提唱していますから、現行の35%から28%程度に低下すると見られます。この状態で現在、投資家が得られている6%を維持しようとすると、S&P500指数採用企業には12.6%の税引き前リターンが必要という事になります(6%÷0.66÷0.72=12.6%)。選挙結果によって、現在市場が求めているリターンがいきなり11%から12.6%に上昇する事になるのです。他の条件を一定とすると、これは株式相場で約13%の下落要因となり、かなり大きな影響を与える事になります。市場は大接戦の大統領選挙を嫌う、と申し上げましたが、結果によってはこのような状態になる可能性があるわけで、市場にとって今年の大きな懸念要因の一つである事に間違いないでしょう。それでは次に、実際このような状態になる確率がどの程度あるのかを考えてみたいと思います。これを占うにあたっては、実は大統領選挙よりも、同時に実施される上・下院の議会選挙が鍵を握っていると言えます。というのは例えオバマ大統領が再選されたとしても、議会で共和党が過半数を握る事になれば、ブッシュ減税が全て失効する可能性はかなり低くなるからです。大統領、上院、下院、と3つの選挙に対して民主党と共和党がありますから、結果の組み合わせは2×2×2=8通り考えられます。但し今回、下院に関しては民主党が過半数を奪還できる可能性は極めて低いでしょう。というのは下院の現在の議席は共和党242に対して民主党190。民主党がかなり有利と言われる選挙ならまだしも、大接戦と言われる選挙で民主党がこの52議席差をひっくり返すのは極めて困難と見られるからです。従って下院は共和党過半数と見てほぼ間違いないと見られますので、組み合わせとしては大統領及び上院選挙の2×2=4通りを考えれば良いという事になります。この4通りの中で、ブッシュ減税が全て失効する可能性があるのは大統領選挙がオバマ勝利、上院選挙で民主党過半数という場合のみです。他のオバマ-共和党、ロムニー-民主党、ロムニー-共和党のいずれのパターンにおいても、ブッシュ減税が全て失効する事は無いと見られます。それではこの、オバマ勝利、上院選挙で民主党過半数となる可能性はどのくらいあるのでしょうか?現在上院では53-47で民主党が過半数を握っているものの、決して有利とは言えません。というのも、今年の上院選挙では民主党の23議席(無所属2議席含む)と共和党10議席が対象となっています。即ち、民主党が少なくとも既存のうち20議席を守らなければならないのに対して、共和党は3議席増やすだけで過半数を取るチャンスが出てくるのです。こちらも、民主党が圧倒的に有利を言われる選挙ならまだしも、今年のように大接戦と言われる選挙においては、数字の上から民主党が不利である事は明らかです。ですので今年の選挙で考えられる組み合わせは4通りありますが、ブッシュ減税が全て失効する可能性があるオバマ勝利、上院選挙で民主党過半数となる可能性は単純計算の4分の1(25%)よりもかなり低いと見て良いと思います。この可能性は現時点で、恐らく10%くらいしか無いのではないでしょうか。ウォール街に「5月に売ってどこかへ行け」という格言があります。例年、5月から10月にかけてのパフォーマンスが悪いからです。しかしこの格言には例外があって、実は大統領選挙の年に限って言えば、むしろ5月から10月のパフォーマンスは良いのです。市場は選挙を嫌うので、大統領選挙の年は前もってそのリスクプレミアムが織り込まれ、大統領選挙に向けてそのリスクプレミアムが剥落していくからと考えられます。今年の大統領選挙も不透明要因に変わりはありませんが、上記のように分析していくと、実は市場に与える影響としては、意外と読みやすい選挙と言えると思います。市場が大接戦が予想される大統領選挙という不透明要因を必要以上に懸念し、その影響が既に相場に織り込まれているとすれば、それは格好の投資機会と言えるでしょう。(2012年5月25日記)
2012.06.03
リーマンショックから1年半近く経った2010年初め、金融規制改革(ドッド・フランク)法の一環として、銀行の自己勘定取引を禁止する通称「ボルカー・ルール」が提唱されました。提唱はされたものの、実は当時、私はその実現性は高くないと考えていました。理由として第一に、本当に導入されるとアメリカの銀行にとって影響が大き過ぎる事、第二に、自己勘定取引は金融危機の本質的な原因ではない事、第三に、ウォール街がカネにモノを言わせて導入に反対する積極的なロビー活動が予想された事、等が挙げられます。実際、最近まで銀行業界は「抜け道」を作る交渉を有利に進めていましたし、当局にも今年7月とされていた決定時期を厳守しようという雰囲気は見られませんでした。しかし先週JPモルガンが発表した自己勘定取引での20億ドルの損失発表を受けて、一気に雰囲気が変わってきています。ここで今一度、2008年を振り返ってみたいと思います。2008年3月証券会社ベアスターンが破綻。この時は当局が仲介に入る形でJPモルガンを使った実質救済の措置を取りました。しかしこのような措置を繰り返すわけにはいきません。「何かあっても救済してもらえる」とモラルハザードが生じれば、金融システムのリスクはどんどん高まっていくからです。覚えている方は少ないかもしれませんが、その後、ポールソン財務長官やバーナンキFRB議長から繰り返し「次の救済は無い」「自己資本を増強しておくように」という警告が発せられていたのです。第221回 次の破綻に連銀救済はない(2008年7月3日)それでも2008年9月初に政府系住宅金融機関を救済せざるを得なくなり、完全に次の救済余力は尽きたと見られた時に起こったのがリーマンショックでした。後から「リーマンを破綻させたのがそもそもの誤り」という声を聞きますが、2008年の経緯を見ていればそんな甘えは到底許されない状況でした。ただ本当の問題はそれからでした。保険会社AIGを政府が救済した事によって取引相手の金融機関は兆円単位の損失を免れ、空売り規制によって株価の下落を止めてもらい、預金保険公社が保証する債券の発行を許され、公的資金注入によって過小資本の問題を一時的に解決し、大手証券会社はあっという間に銀行持ち株会社への移行を認められる事によって銀行同様の流動性を確保するなど、ウォール街の大手金融機関は、アメリカ国民から至れり尽くせりの救済措置を受けたのです。ちなみに去年から格差解消を訴える「ウォール街を占拠せよ」という運動が起こっています。格差解消のチャンスがあったとすれば、リーマンショック後の、この数週間だったでしょう。大手金融機関の救済、そして議会で一度は否決となったTARP(不良資産救済プログラム)を断固阻止しておけば、経済は恐慌入りしたでしょうが、少なくとも大金持ちがそれによって多くの資産を失い、再び同じスタートラインに立つ事ができたかもしれません。損失が出れば公的資金で助けてもらい、生まれた儲けは私物化する。金融危機が去るや否や、公的資金を拠出した国民が雇用情勢に苦しむのを横目に、大手金融機関はボーナス支給を再開しました。金融危機を通じて顕在化したこのようなアンフェアな状況を改善しようとしているのがボルカー・ルールです。即ち、公的資金で守らざるを得ない状況にある者が、自己勘定取引などでリスクをとるのはけしからん、という考え方です。しかし実は、私はこれは本来あるべき解決方法ではないと考えています。今後リーマンショックのような事態を起こさないようにするには、そもそも「大き過ぎて潰せない」規模の金融機関を作らない方が先決であるべきだからです。そうすれば自己のリスクにおいて失敗した金融機関を、金融システムに迷惑をかける事なく退場させられる事ができます。しかし実際には金融危機を通じて大きい金融機関は守られ、中小の地方銀行はどんどん潰れていくという、あるべき姿とは反対の方に向かってしまっています。ボルカールールは、それであれば「大き過ぎる金融機関が潰れないように」しようという次善策に過ぎず、従って副作用は避けられないと考えています。自己勘定取引を禁止する事によって確かにその分のリスクは低くなります。しかし同時に、恐らく大手銀行にとって手数料収入と並んで有力な収益源だったトレーディング収入が無くなってしまいます。金融危機を通じて証券化ビジネスも縮小した今、今後大手米銀は何で収益を上げていくのでしょうか? 自己資本規制が基準の厳しいバーゼル3に移行する中、貸出で3%のスプレッドを取っても税引き後では2%。貸せば貸すほど自己資本比率達成は遠のきます。となれば国債購入という選択肢しかなくなり徐々に邦銀化。米銀もとうとう年貢の納め時となるのでしょうか。ボルカールールは、金融危機の反省としては根本的な解決方法ではない上、アメリカの金融システムに対するリスクを和らげる一方で金融機関の収益力を削ぎ、延いては貸出減少につながる可能性を高めます。アメリカがこのような道を選ぶ可能性は低いと考えてきましたが、ボルカールール決定を2ヵ月後に控えたこのタイミングで突然飛び出したJPモルガン損失のニュース、風向きを一気に変える事になるかもしれません。(2012年5月14日記)
2012.06.02
いつもご紹介している通り、我々の投資方針は「良いビジネスを安く買う」事です。通常、良いビジネスが安く買えるというような、都合の良い機会などそれほどあるものではありません。しかし短期的なネガティブ要因によって株価が下落する典型的な「スペシャルシチュエーション」(特別な機会)に注目しておけば割安株に投資できる事が多い、というのが我々の経験であり、得意とするところです。このような観点で市場を見ている我々のレーダースクリーンにアップル(AAPL)とグーグル(GOOG)が現れたのは昨年の春の事でした。アップルとグーグルにはいくつか財務上の共通点があります。第一に本稿執筆時点で、両社共株価は610ドル前後で取引されています。第二に、2013年ベースの予想利益はいずれも一株50ドル強です。第三に、この先数年予想される利益成長率はいずれも年率20%前後。第四に、いずれも無借金で一株当たり100ドル以上の手元現金を保有しています。第五に、営業利益率はいずれも32%前後です。日本円で示すとこんな感じです。一株利益50円で年率20%で成長している株が610円で、しかもそのうち100円以上は現金。もちろん、これくらい割安な株はアメリカには沢山あります。ただこれまでと違ったのは、アップルやグーグルのような広く知られている超大型ハイテク株であった事です。というのは通常、「良いビジネスを安く」なるのは、一般にはそれほど知られていないか情報を入手しづらい中小型株が、何らかの市場の誤解等によって短期的に売られて割安になるケースです。しかしアップルやグーグルのように、その商品やサービスが広く消費者に利用されている会社で、しかも成長企業の株が割安になるというのは珍しいケースです。通常安い物には必ず理由があります。そしてそれを徹底的に調べ上げ、その理由がビジネスにとって致命的なものではないか、短期的なものか判断する事が出来れば、それは「良いビジネスを安く買う」機会となります。しかしアップルやグーグルの場合、その理由を見出すのはかなり困難でした(投資に踏み切るには良い状況なのですが)。念のため、我々はハイテク大手数十社のバリュエーションを全て調べ上げ、比較する作業をしました。その結果判明したのは、第一に、昔のハイテクのイメージと異なり、今はハイテク=高成長ではなく、従って高い株価収益率が付く訳ではない事、第二に、ハイテク大手数十社と比較してもこの二社の割安は際立っていた、という事です。結論から申し上げれば、この610ドルという株価水準でもこの二社は割安だと思います。そして恐らく、安くなっている理由は市場の誤解によるものでしょう。もちろんいつ、どの水準まで上昇するかはこれから市場が決める事ですが、少なくとも下値不安が限定的な「良いビジネスを買う」機会が提供されている状態である事は確かだと思います。しかし当然の事ながら、いつまでも両社共に同じような株価水準にいる訳はなく、いずれそれぞれの道を辿っていく事になるでしょう。それではどちらに投資する方が有利なのか? 5年後にこの原稿を読まれる方に笑われるのを覚悟の上で、敢えて私の考えを示しておきたいと思います。今後の株価を占うに当たって主に考慮したのは、第一にビジネスの性質、第二に最近発表された株主還元策、第三にこれまで両社の株価が辿ってきた経路です。両社のビジネスのルーツはご存知の通り、アップルはハードウェア中心のデザイン、グーグルは検索サイトです。特に2005年以降のアップルは奇跡とも思える成功に続く成功を収めてきた成長企業です。もちろん今後も成功を続けていく可能性は十分に有りますが、逆に言えばイノベーションにイノベーションを重ねていかなければならない、「しんどい」ビジネスに見えます。一方のグーグルの基本となるのは「金のなる木」に近い楽なビジネスです。この「しんどい」かどうかは両社の粗利益率に表れていて、アップルが40%に対し、グーグルは65%となっています(ただアップルが40%を維持しているのは、それはそれで凄い事だと思います)。次に株主還元策です。手元現金の豊富な両社は株主の要求に応えるため、最近になって異なる株主還元策を発表しました。アップルは配当、グーグルは株式分割です。いずれの策も、それほど短期的には株価に影響のあるイベントだとは考えていませんが、経営陣がより中長期的な成長に自信を持っているケースを想定すれば、株式分割を選ぶ可能性が高いと考えています。第三の、これまで両社の株価が辿ってきた経路ですが、これはアップル株がこの5年で6倍になったのに対して、グーグル株はほぼ横ばいです。要するにアップルの株主はこの5年間大きく報われてきたのに対して、グーグルの株主は全く報われていないのです。長期間報われない株というのは売られやすく、よって割安になる傾向があります。仮定の話ですが、「報われないから売る」というのはビジネスとは関係のない不合理な判断であり、もしそれが起こっているとすれば「良いビジネスを買う」機会となります。前述の通り、2社とも甲乙つけ難い良いビジネスだと思います。手元現金が多い会社でありがちなのは、高い合併・買収等、資本配分の失敗です。本業もさる事ながら、両社の経営陣がどのような資本配分をしていくかによって、今後両社のパフォーマンスは大きく変わってくるでしょう。しかし現時点で得られる情報をもとに、敢えて1社と言われると私の結論はグーグルです。市場の事、最後の1日まで何が起こるか分かりませんので、結果は2017年4月27日にご覧いただければ幸いです。P.S. グーグルは近々株式分割が実施され、株価が半分になる事をお忘れなく。(2012年4月26日記)
2012.06.01
昨年8月NYタイムズ紙に、著名投資家であるウォーレン・バフェット氏の「大金持ちを甘やかすのはやめよう」という寄稿が掲載されました。簡単に内 容を要約すると、バフェット氏個人の所得税率は17.4%で、33-41%である社内の誰よりも低い、議会が10年間で少なくとも1.5兆ドルの財政赤字 を削減しないといけない時に大金持ちを甘やかしている場合ではない、所得100万ドル以上及び1,000万ドル以上の者に対する税率の即時引き上げを提案 する、といった内容です。 この寄稿は多くの反響を呼びました。一見「税金など金持ちに払わせておけばいい」と考える人に対しては政治的に受けが良さそうに見えますが、アメリ カでの反応は複雑です。批判的な内容としては、「世界3位の富豪であるバフェット氏が17%しか納税していないのはけしからん」「そう思うのなら自主的に 追加納税すればいい、他人を巻き込むな」「既に莫大な資産を築いた人が、これから築こうとする人のチャンスを奪おうとしている」といったところでしょう。 一方でオバマ大統領をはじめとする民主党は全面的にこの提案をサポート、所得100万ドル以上の人に最低30%の税率を課す事を選挙の公約に掲げていま す。 バフェット氏の税率は17%なのは、2003年のブッシュ減税で、1年以上保有している証券等に対するキャピタルゲイン税率が15%に引き下げられ た事が影響しています。現在アメリカの連邦最高所得税率は35%ですが、キャピタルゲインが殆どであるバフェット氏の税率はこの15%に限りなく近付いて いるという事です。 ここで一度、2003年にキャピタルゲイン税率が引き下げられた背景を振り返ってみたいと思います。多くの方がご存知ないかもしれませんが、実は当 時のキャピタルゲイン税率が引き下げには、実は2001-2年にかけて大きな問題になった不正会計問題が影響しているのです。2002年以前は、企業が資 金を調達したい場合、社債で調達すればその利子は企業レベルで損金計上、投資家レベルで最高38.6%の税率が課せられていました。一方で株式で調達した 場合、企業の利益は法人税で35%課され、投資家レベルで(キャピタルゲイン又は配当課税の形で)20%課されていたのです。要すれば、社債だと税金は合 計38.6%、株式だと48%(1-0.65X0.8)なので、税勘案後の企業の負担は社債の方が軽かったという事になります。 エンロンやワールドコムのような不正会計問題が多発したのはこのように、株式によりも、借入れによる調達が税制上優遇されていたために、企業が借入 れを積極化させた事が一因と見られました。実際業績が行き詰まり、借金返済に困った挙句不正会計に走った企業が殆どでした。2003年ブッシュ減税でキャ ピタルゲイン税率及び配当税率が引き下げられたのは、この借入れと株式の間の税制上の不公平を緩和し、不正会計のような問題の再発を防止する狙いがあった のです。 なのでバフェット氏の所得税率が17%といっても、それを額面通りに受け取るのは誤りです。バフェット氏が資本を投じる事によってその企業に利益が (もちろん新規の雇用も)生まれ、間接的にバフェット氏は法人税の形で35%を納めているのですから、実質的な税負担は46%(1-0.65X0.83) という事になります。そもそもバフェット氏がそのような投資を行っていなければ、アメリカ政府は法人税の35%も所得税の17%も得られていないのです。 それどころか、その事業に伴う雇用も創出されていなかった事になります。ですので、ここで本当に考えないといけないのは、今後次世代のバフェット氏がこの ような投資を実行するという判断が出来るように、税制上の環境を整備しておかなければならない、という事なのです。 どこの国でも多かれ少なかれ、税収の多寡は経済成長に大きく依存しています。学生さん等から「経済成長が何故必要なのか」という質問をよく受けます が、今日本で問題になっている、年金も医療も介護も経済が成長しないと維持不可能な仕組みになっているのです。メディアが取り上げる財政問題でよくあるの は「お金は要る、しかし財源がない、さてどうしよう」で終わるパターンです。それなら何故、最初から経済成長に焦点を当てないのか、私はいつも疑問に思っ ています。税金の集め方も、より経済成長につながる形である事が重要であると思っています。そのためには資本主義社会において景気が悪い時、又は財政を再 建しないといけない時は、資本の金融緩和第277回 資本の金融緩和(2011年2月4日)は最優先課題でなければならないはずだと思います。 そういう意味では、もしバフェット・ルール(所得100万ドル以上の人に最低30%の税率を課す)を採用し、かつ「次世代のバフェット氏」の投資を 妨げないようにするには、法人税の引き下げが不可欠という事になります。現行の法人税率は35%、キャピタルゲイン税率は15%なので株式に対する合計税 率は45%(1-0.65X0.85)。これを変えないようにするだけで、法人税率は21%(1-0.65X0.85/0.7)に引き下げられなければな らないという事になります。そうでなければバフェット・ルールは資本に対する実質増税になり、税収増を狙ったつもりが、実は投資抑制を通じて雇用や税収減 につながる事になりかねないのです。 11月の大統領選挙に向けては、オバマ大統領、ロムニー候補共に法人税率引き下げを提唱しているので、何らかの税率引き下げは実現しそうです。ただ 法人税率とキャピタルゲイン・配当税率を総合した実質の資本税率は選挙の行方によって大きく異なる事になるでしょう。そしてそれは、その後のアメリカの経 済成長、延いては財政再建の道のりに大きく影響を与える事になりそうです。 (2012年4月13日記)
2012.04.16
これは去る1月28日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2012で講演させていただいた内容を要約したものです。 私が今年最も魅力的と見ている第三の投資対象は金です。我々が運用するファンドでは2009年春、初めて金への投資に踏み切りました。当時、金価格は1,000ドルに乗せる手前でした。当時金への投資に踏み切った理由は当コラムにも書きましたのでご参照下さい。 第251回 金への投資(2009年10月9日) 当時アメリカはデフレを乗り越えるため、ドルを印刷して財政出動していました(具体的には財政出動に伴う国債増発分をFRBが購入し、対価であるド ルを供給)。これによってドルの価値が下落する事は容易に予想できましたが、果たしてどうすればそのリスクをヘッジできるか。我々が考えた選択肢は「ド ル・円を売る」か、「金を買う」か、でした。では何故、「ドル・円を売る」選択肢を選ばなかったか? それは日本の財政状況が悪かったからです。 自国通貨を発行している国は国債の返済に困ったとしても、いざとなったら投資家に自国通貨を渡せば解決します。日本のようにあれだけ中央銀行が頑な な国であっても、最後の最後デフォルトか通貨印刷か、と究極の選択を迫られたら通貨印刷を選ぶでしょう。そこまで行かなくても、円高・デフレがこれだけ日 本経済を傷め、一日100人近くもの自殺者が出ている最も大きな理由が経済状況という中で、いつまでも日本だけ量的緩和に二の足を踏み続けると考えるのは 不自然です(実際この講演から約1カ月後の2月下旬、日本銀行は初めて物価目標の設定を発表しました)。 要するに、状況によって人類が自由に発行できてしまう通貨ではヘッジにならない、というのが我々の出した結論でした。結果的にあれから円はドルに対 して17%上昇、一方で金価格は77%上昇していますから、この選択は正しかったという事になります。それではこの先はどうでしょうか? 引き続き金は魅 力的な投資対象だと考えています。何故なら世界的な財政の悪化(=通貨が印刷されやすい状況)はまだまだ継続中であるからです。 とりわけ注目に値するのは欧州の状況です。これまで欧州はその債務危機に対して、大袈裟な発表、問題先送り、遅い対応、隠蔽体質と、出来るだけカネがかからないように済ませたいという魂胆が見え見えの対応を繰り返してきました(第287回 「大き過ぎて潰せない」再び(2011年9月26日)参照)。メルケル首相とサルコジ大統領が会談というニュースだけでマーケットは反発、大袈裟な声明発表でしばらく時間は稼げるものの、具体性、実現性に欠けるものである事が明らかになるにつれ問題がさらに悪化していく、というサイクルを何度も繰り返してきました。 しかし去年11月、ECBにドラギ総裁が就任した事によって変化が見られるようになりました。私は欧州債務問題は大きく、財政か金融か、又はその組 み合わせで解決するしかないと考えています。これまでECBの姿勢は通貨の信認維持が最優先で、債務問題の解決には極めて消極的でした。しかしドラギ総裁 が就任してからECBはいきなり政策金利を引き下げ。翌月には金利1%で3年物資金を無制限供給という大胆な策を打ち出したのです。この資金供給は2月末 にも実施される予定です。 今後状況が悪化すれば、条件を緩和する事によってさらにこの資金供給を拡大する事も可能です。金利を引き下げる事もできますし、期間や満期を延長す る事もできます。ECBは担保要件をシングルA以上としていますが、これをトリプルBに引き下げる事も可能です。欧州債務危機が改善に向かうまで、この財 政の問題を、金融でサポートしようという訳です。ドラギ総裁就任によって明らかに金融面でのサポートが大きくなったと言えます。 3年とはいえ、この間はユーロが印刷されている状態になります。そう、2009年のアメリカ同様、債務問題解決のために欧州も通貨印刷を積極化し始 めているのです。ただ、欧州債務危機が既にユーロ下落要因でしたから、問題解決のための通貨印刷であればユーロ下落要因にはならないかもしれません。アメ リカもまだQE3(第三弾量的緩和)実施の可能性がありますし、日本もいつまでも何もしない事はないでしょう。こうして考えると、世界的に人類が自由に発 行できてしまう通貨の価値が実質的に下落していく状況に、まだまだ変化はないと考えるのが自然です。 金価格は株価指数や為替と違い、かなり大きな動きをします。1,000ドルから1,900ドルに上昇し、その後1,500ドル台まで下落した後 1,700台ドルという変動に耐えられないという方もいらっしゃるでしょう。しかし金の価格変動というのはそんなものです。金に投資するのであれば予め、 短期間に200-300ドル動いても気にならないくらいの覚悟が必要だと思います。重要なのはそういった目先の値動きではなく、世界的に悪化している財政 状況に改善傾向が見えてくるかどうかという事なのです。 (2012年1月28日横浜にて)
2012.03.01
これは去る1月28日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2012で講演させていただいた内容を要約したものです。金融危機は2007年7月に始まりました。住宅価格の下落をきっかけに証券化商品など様々な資産の価格下落が顕在化してきました。資産の価値は減少しても負債の価値は減少してくれませんから、その差額である自己資本はどんどん減少していったのです。そして資産に対する負債の比率が高い、即ちレバレッジの高い主体ほど自己資本が減少するスピードが速く、破綻が訪れていきました。金融危機が始まって、最も早く破綻、又はそれに近い状態に陥ったのは、2007年にこのコラムでも数回にわたって取り上げたモノライン(金融保証会社)で、レバレッジは100倍以上でした。次に50-60倍の政府系住宅金融機関、リーマンを含む30-40倍の大手証券会社、10-20倍の銀行へ、次々と破綻が連鎖していきました。しかし政府としては、銀行といういわば公的使命をも負っている主体までも放ったらかしにしておくわけにはいきません。そこでようやく政府が重い腰を上げ、大手金融機関に対して、税金負担となる公的資金注入に踏み切ったのです。当然の事ながら、これは負担が政府に移っただけの話なので、今度は政府にリスクが飛び火します。このコラムでも再三にわたってこのリスクを指摘してきましたが、遂に2011年夏、欧州債務危機やアメリカ国債のトリプルA喪失によってこれらの予想が現実のものとなりました。ここまではこれまで私のコラムや講演をお聴きくださった方はご理解いただいていると思います。問題はここから何が起こるか、という事です。実はこの政府のリスク、即ちソブリンリスクが大きな問題になるのは多くの場合、金融危機が最終局面に来ている時なのです。当社(ホリコ・キャピタル)にはこれまで世界で起きた数多くの金融ショックを洗い出し、その後どのような経路で景気が回復してきたかを調査した資料があります。その資料によると、金融ショックが起こった後のパターンは概ね下記の通りです。景気が後退します。すると民間部門が債務圧縮にかかります。それが極限に達すると政府部門が景気対策なり公的資金注入等を行うので、公的債務は増え続け、やがてソブリン危機に発展します。しかし多くの場合、その頃既に景気は回復の兆しを見せ始めており、民間部門も債務圧縮を控えるようになっています。景気回復と共に民間部門はむしろ積極姿勢に転じ、税収も回復する結果公的債務は徐々に減少していきます。このパターンの中で、株式投資に最も望ましいのはどのタイミングでしょう? 景気回復の兆しが見え始めている時、というのは明らかだと思います。(講演の)前日、アメリカの昨年10-12月期のGDPが+2.8%と発表されました。これは1年半ぶりの高水準です。政府部門のマイナス0.9%がなければ+3.7%となり、民間部門は既に景気回復局面に入っていると見て良いと思います。一方でニュースでは連日「ソブリン危機」の報道。これは典型的に、株式投資に踏み切るべきタイミングなのです。即ち、景気回復の初期にソブリン危機が騒がれているのは当然の事であり、株式投資を躊躇う理由になってはいけない、ソブリン危機にだまされてはいけない、という事です。景気回復の証拠は他にも観測できます。今回の金融危機は住宅価格の下落から始まったわけですが、その住宅市場に最近底打ちの兆しが見られます。私は住宅関連指標の中でも最も先行性の高い住宅市場指数を重視しているのですが、この住宅市場指数がここ4カ月連続で上昇、既に2007年夏金融危機が始まる前の水準にまで回復しているのです。先行性が高い分、実際の住宅指標に回復が反映されてくるのは時間がかかると見られますが、今年が住宅市場底打ちの年となる可能性は高まっていると言えます。住宅市場が回復すれば一連の金融危機は終わりです。それでは株価の水準はどうか? アメリカの主要株価指数であるS&P500指数はまだ、12年前とほぼ同じ水準です。その間、利益はほぼ2.5倍になっていますから、バリュエーションは当時よりもずっと割安と言えます。さらにドル・円は当時よりも30%ほど円高になっていますから、日本の人にとってはかなり有利な条件でアメリカ株に投資できる状況が提供されているのです。現在、S&P500指数の配当利回りは10年物国債の利回りをやや上回っています。これは金融危機の時以外には見られなかった現象です。アメリカ企業の業績は堅調なので配当は安泰、FRBは2014年後半まで低金利維持を表明している訳ですから、この現象が解消するには株式が上昇するしかないのです。従って私が今年最も魅力的と見ている投資対象は第一に、最初にお話させていただいたドル・円。そして第二はアメリカ株なのです。(2012年1月28日横浜にて)
2012.02.17
これは去る1月28日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2012で講演させていただいた内容を要約したものです。投資において最も大きなチャンスが提供されるのは相場が転換する時です。株式、債券、為替、商品など様々な金融商品の中で、今年はドル・円に最も大きなチャンスが訪れる、即ち相場の転換点が近付いていると考えています。そこで今回は最初に、ドル・円の見通しについてお話させていただきたいと思います。近年、ドル・円相場は概ね日米の2年物国債の利回り差に連動するような動きをしてきました。しかし金融危機をきっかけにドル金利もほぼゼロに張り付くようになり、以降利回り差という指標が役に立たなくなりました。そこで2年前にこの講演会でご覧いただいたのがマネー供給量の日米欧の比較です。金融危機以降、アメリカやヨーロッパがM1を20%前後増やしてきたのに対し、日本は殆ど増やさなかった。これでは円高が進むのは当然です。金融危機前のドル・円が123円。そこからアメリカはM1を46%増加させた一方、日本はたったの7%。ほぼこの差(39%)分だけ円高が進行しているのです(123×(1-0.39)=75.03)。特に2010年8月末、ジャクソンホールでバーナンキFRB議長がQE2(第二弾量的金融緩和)を表明した時、政府・日銀の関係者一行はその場に居たはずです。QE2施行をきっかけにさらにマネー供給量の差は拡大したわけですが、その後も日本は大胆な円供給策を打たずに円高が進行。円高が日本経済を直撃、今も1日100人近くの自殺者を生む大きな要因になっていますが、これはとても残念な事態です。それではどうして、日米でこれだけ対応が異なるのでしょうか? それはそれぞれの中央銀行の使命に大きな違いがあるからです。日本銀行法第二条には「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展…」と記されています。一方で米連銀法2Aには「雇用の最大化、物価の安定、適正長期金利」が記されています。物価の安定と適正長期金利はほぼ同義ですから、異なるのは「雇用の最大化」の部分という事になります。なので景気(雇用情勢)の良い時は日米の金融政策にそれほど相違はありませんが、一旦雇用情勢が悪化すると、日米の中央銀行のスタンスには大きな差が出てくるのです。80年代以降のアメリカの非農業部門雇用者数の増減を見ると、アメリカの景気サイクルは約10年で一巡している事が分かります。概ね5年が雇用増(景気が良い)、5年が雇用減(景気が悪い)の期間です。雇用が減少している時、アメリカの中央銀行FRBは金利を引き下げる、又は量的に緩和する等によって雇用の最大化を目指す使命を負っています。80年代以降、ドル・円は一度下がり始めると約5年下落する傾向が見られますが、これは日米中央銀行の使命の違いを如実に反映した結果と言えるでしょう。私は特に金融危機以降、テレビや講演等で来るべき円高に備えるよう申し上げてきました。しかし今回の円高は2007年7月に始まっており、既にその5年が経過しようとしています。これまでのアメリカの景気サイクルによると、そろそろ雇用が回復し始める頃、即ちFRBが「雇用の最大化」から「物価の安定」にギアを切り替えるタイミングが近付いていると言えます。(講演の)前日発表された雇用統計では失業率が8.3%と、約3年ぶりの低水準にまで低下しましたが、FRBの政策転換が徐々に近付きつつある事を確認する内容となっています。とはいえ、アメリカが目標とする失業率6%台まではまだまだですし、そのためにQE3を実施してくる可能性もあるでしょう。なので当面、ドル・円で言えばもう一段の円高が進行する可能性の方が高いと見ています。ただ、市場というのはいつも変化を先取りするものです。大きな視点で見た時、ドル・円は恐らく約5年に1回しか見られないような大きな転換点に差し掛かっているとの認識が必要だと思います。第288回 日本にとって本当のリスク:円安(2011年11月11日)で申し上げた通り、日本の方にとっての本当のリスクは円安だと思います。日本は資源に恵まれていないからです。世界的に資源価格は上昇基調にありますが、日本でそれほど感じないのは、これまで円高によって緩和されてきただけです。目先、時間的にも値幅的にもどれだけ続くか分からないような円高を追いかけるよりも、今は本格的な円安局面に備えて保有資産をもう一度見直す、重要なタイミングが近付いてきているように思います。とはいえ、欧州債務問題が心配で、なかなか外貨建て資産に手が出ないとおっしゃる方が多いのではないでしょうか。確かに欧州債務問題の解決に向けては前途多難ですが、少なくとも市場に与える影響としては、それほど気にしなくて良くなる可能性が高いと見ています。その理由をこれからご説明させていただきます。(2012年1月28日横浜にて)
2012.02.07
市場が正常に機能していれば、市場参加者は全て自己の責任においてリスクとリターンを判断し、投資に関わる判断をしている筈です。予めリスクに対する覚悟が出来ていれば、例えそのリスクが現実のものとなったとしてもショックに発展する事はありません。通常は、よりリスク・リターンの関係が改善した状態になるため、新たにリスクを担ってくれる別の投資家が次々と現れてくるからです。しかししばしば、リスクの担い手とリターンを得る主体が一致しない状況が、意図的に、又は意図せざる所で出来上がってしまう事があります。そしてその状況が長引けば長引くほど問題のマグマが大きくなる。それが爆発して起こるのが金融ショックです。例えば2008年9月に破綻した政府系住宅金融機関のケース。政府系住宅金融機関を示す略語GSEのSはSponsored(発起した)という意味です。要するに単に政府が発起して出来たというだけで、政府の機関でも、政府が保証している機関でもないのです。しかし市場は長年誤りを続け、政府系住宅金融機関が発行する債券は、あたかも政府の保証が付いているかのような水準の利回りで取引されていたのです。実際に政府が保証してくれているものではないと市場が気付き始めたのは実質破綻の数ヶ月前。結局アメリカ政府はパニックを抑えるため、債権者に対して元々市場が考えていた通りの扱い、即ち政府の全面保証という形を取らざるを得なくなりました。この結果、これまで政府系住宅金融機関には約12兆円の税金が投入されています。その翌週に破綻したリーマン・ショックのケースで言うと、市場は「大きい金融機関は政府が救済してくれるだろう」という、要するにリスクは政府が担ってくれるという、誤った期待の下にリーマン・ブラザーズと取引していたのです。実際にリーマンが破綻して初めて「大きい金融機関でも救済してもらえないんだ」という認識が市場に広がり、次々に大手金融機関に危機が波及していくに至ったのです。そして2009年3月に財務省が大手19行を保護する、即ち「やっぱり大きい金融機関は救済する」と宣言するまで危機が収まる事はありませんでした。ここ数年、金融ショックの頻度が増加しており、その度に「XXファンドが空売りしたから」「YYがショックを仕掛けた」等の論調が見られます。しかし繰り返しになりますが、金融ショックはそんな事で起こるものではありません。金融ショックはこれまで何年にもわたって積み上げられてきた、上記のような「市場の誤り」がそもそもの原因なのであり、ショックはそのような誤りを正しい方向に修正する動きなのです。XXファンドはむしろ、そのような正しい方向に修正する動きを促したという点で、マグマがさらに大きくなるのを防ぐという、非常に重要な役割を果たしていたと言えます。規制等によりそのような「市場の誤り」を修正する事も必要だったでしょう。政府系住宅金融機関には、政府から保証を受けているようなフリをして低金利で資金を調達するという特権を利用させない、又はそのような状態を放置しない事が必要だったのです。「大手金融機関なら潰れない」という市場の期待を、そもそも持たせないようにしておけば、リーマンショックは起きなかったでしょう。しかし実際には、住宅ローンが低金利で借りられれば誰もがハッピーだし、大手金融機関が安定していれば金融システムを強固な状態に維持できます。政治的に不人気な税金投入もしなくて済みます。要するにこれまで、政治、規制当局を含め多くの主体がこのような「市場の誤り」に気付いていても、ハッピーだから、楽だから、便利だからと言って、そのまま放置してきた結果がこれらの金融ショックなのです。欧州金融危機についても同様の事が言えます。金融危機前まで、ユーロ加盟国の国債の利回りはどこも殆ど同じ水準で取引されていました。要するに市場は「もし何かあっても他のユーロ加盟国が救済するだろう」という期待を持っていた事になります。ギリシャやポルトガルが低金利で資金を調達できれば周辺国の景気浮揚にも貢献します。もともと危機に瀕する国が出てきた際、加盟国が救済するという確約は政治的に不人気で出来なかったけれども、そのような「市場の誤り」を利用する事はユーロ加盟国にとってメリットがあったので、それを修正する動きが出てこなかったのでしょう。しかし実際にギリシャ危機が起こってみると救済案を巡って各国政府の思惑は様々。すったもんだの挙句ようやく救済案で合意に達しても、上限金額が決められているので、これまで市場が当然の如く信じていた「他のユーロ加盟国が救済するだろう」という期待は元には戻りません。リーマンショック同様、市場が「こんな筈じゃなかった」とショックを起こしている訳ですから、これを収めるには市場が期待していた元の状態、即ち「何かあれば他のユーロ加盟国が救済する」に戻すしかないのです。もっとも自国通貨建てで国債を発行できるアメリカや日本に比べるとユーロにはハンディがあります。何故ならアメリカや日本は、いざとなったら通貨を印刷して国債返済を求める投資家に渡せば良いのですが、現状のユーロではそうはいきません。しかし私は、最終的にはECB(ヨーロッパ中央銀行)を利用して、アメリカや日本のように通貨の印刷同然の行為を可能にするのではないかと見ています。そして実質的に「何かあれば他のユーロ加盟国が救済する」という状態に戻していく可能性が高いと考えています。逆にユーロが今の危機を乗り切る道はそれくらいしか残されていないからです。アメリカの金融危機時の例を見る限り、ユーロ加盟国がそういう思い切った決断をするまで、危機やショックが収まる事はないでしょう。(2011年12月27日記)
2012.02.02
皆さんはこんな新聞やTVの市況を見たり聞いたりした事はありませんか?「ヘッジファンドが買ったから上がった」「売りを仕掛けたから下がった」率直に申し上げて、これらは日本でのみ見られる市況の表現で、海外で殆ど見かける事はありません。そして当事者の方には申し訳ないですが、これらはかなり残念な表現と言わざるを得ません。理由として第一に、ヘッジファンドは世界に何千もあります。中には下落相場でも買っているヘッジファンドがある筈です。それでもヘッジファンドの売りが理由で下落していると報道するのであれば、過半数のヘッジファンドをリアルタイムで取材したという根拠がなければならないでしょう。数からしても秘密保持原則からしても、これは明らかに非現実的です。第二に私の経験では、例えば相場が大きく下落するのは、誰かが売りを仕掛けている時というよりも、買う人が殆どいなくなっている時です。相場が大きく下がるとよく投機筋のせいにされますが、殆どの場合、相場下落の本質は買い手が不在である事、即ち「貴方が買わない(何もしない)から」なのです。2008年アメリカの金融危機や、現在進行中の欧州債務危機においても同じです。確かに中には、2008年の金融危機時、住宅ローン証券の空売りで利益を上げたポールソン氏のような、分かりやすい例はあります。しかし当時、そもそも住宅ローン証券を空売りする手段など殆ど無く、ポールソン氏のケースも証券会社にわざわざそのような商品を限られた金額分だけ作ってもらって空売りできたのが実情です。住宅ローン証券全体の相場が急落となったのは、誰かが売りを仕掛けたというよりも、下落の過程で買い手が殆ど現れなかったからなのです。ここ数年続いている円高を例に取ってみましょう。アメリカでは金融危機を受けて2009年初に約70兆円に上るオバマ景気対策と共に、約150兆円に上る第一弾量的金融緩和(QE1)が実施されました。さらに去年は約40兆円に上るブッシュ減税延長と共に、約50兆円に上る第二弾量的金融緩和(QE2)が実施されました。アメリカ政府は国債を発行して財政で国民にお金をばら撒きますが、その国債はFRBが購入したので、結果的にドル札を印刷して配ったのと同じです。恐らくアメリカ国民一人当たり合計50万円ほどのドル札が印刷され、「為替市場で売れるほど」ドルを十分持つに至ったのです。ドルが余ったから売ったとも言えますし、需要と供給の関係でドルが下がったとも言えるでしょう。一方日本はどうでしょう? 日本政府は相変わらず「円高は投機のせい」と勘違いして円売り介入を続けています。この勘違いは外国為替資金特別会計に発生している40兆円もの為替損という巨額の代償となって表れてきています。それでは円高の本当の理由は何なのでしょうか?簡単に言えば、皆さんが為替市場で、上記のドル売りに立ち向かうほど十分な円売りをしないからです。しかしそれは皆さんが、為替市場で売れるほど十分な量の円を持っていないから。だから本来は、日本政府は円高を投機のせいにするのではなく「日本国民が円を売らない(又は何もしない)からだ」と自国民を批判しなければならないのです。そうなれば皆さんは即座に日本政府に反論するべきです。アメリカもヨーロッパも中国も自国民に十分な通貨を与えている中、日本政府だけは通貨を与えてくれないからだ、と。2008年アメリカの金融危機や、現在進行中の欧州債務危機でも、いまだにヘッジファンドが仕掛けたから等の表現が散見されます。欧州債務危機においては、いち早く投機筋の仕掛けが原因と誤解したフランス、イタリア、スペイン等が金融銘柄の空売り規制を実施しました。しかし当然の事ながらそんな事で金融銘柄の下落が止まるはずがありません。何故なら金融銘柄の下落はそもそも、誰かが空売りしているからというよりも金融銘柄を買う人がいなくなっているからであり、それは当該金融機関のファンダメンタルズが問題だからです。ファンダメンタルズを改善しない限り、空売り規制のような小手先の対応をやっても全く問題の解決にならないし、短期的に効果があったように見えて根本的な欧州債務問題の解決が後手後手に回ったという点では、為替介入と同様、むしろ有害なのです。市場が正常に機能している時は、相場が下落しても、実はその相場下落自体が問題の解決につながるケースが殆どです。例えば景気の弱い国の通貨が下落する事によって輸出競争力が高まり、延いては景気回復に貢献します。住宅価格は下落する事によってより多くの人が購入できるようになり、自然に下げ止まります。これが市場の自動調節機能です。しかし中には、相場の下落が他の問題を併発してしまい、金融市場に大きなショックとなって表れてくる事があります。しかしこれは市場というシステムが問題なのではなくて、実は正常な市場の機能を阻害する何かが存在しているからなのです。2008年アメリカの金融危機や、現在進行中の欧州債務危機がこれに当たります。それではこれらの金融ショックは何が問題で市場の自動調節機能が働かなくなってしまったのでしょうか。誰かが売りを仕掛けたから、と勘違いを繰り返し、この市場の本来の機能を阻害する問題の本質を理解しなければ、いつまでたっても金融ショックは繰り返される事でしょう。次号ではその本質について書かせていただきたいと思います。(2011年11月23日記)
2012.02.01
先月、テレビ東京「MプラスEx」に出演させていただく機会がありました。滅多にお邪魔できない番組でもあり、中長期的観点から今後の投資についてお話させていただいたつもりです。番組の時間枠に入りきらなかった内容も含めて、以下ご紹介したいと思います。 アメリカ経済は大まかに見ると10年の景気サイクルで動いています。一番分かりやすいのは非農業部門雇用者数の増減で見た雇用情勢です。当然の事な がら景気の良い時は雇用が増加し、景気の悪い時は雇用が減少します。アメリカの雇用情勢はこの上下動を約10年のサイクルで繰り返しているのが分かりま す。 アメリカ経済が10年サイクルで上下する中、概ねその半分(5年)は景気の拡大期であり、残り半分は景気の収縮期です。歴史的にアメリカは景気の悪 い時には金利を引き下げて=ドルを下落させて景気を浮揚させる傾向があります。なので、これまでドル・円は一度下落を始めると概ね5年間は下落し続ける傾 向があります。これまで講演等で、「トレーディングされる分には構わないが、寝る前にはドル売り・円買いポジションを残す事」「この間は為替介入などなっ ても効果は無い」と度々申し上げてきたのはこのためです。 これは単なるサイクルだけではなく、日本とアメリカで中央銀行の使命が異なる事からも説明が付きます。日本銀行はその使命として「物価の安定」(※ 下落ではない)が課されていますが、アメリカの中央銀行であるFRBには「物価の安定」に加えて「雇用の最大化」が課せられています。景気の悪い時に金利 を下げたり、ドルを供給したりして雇用を回復させようとするのは中央銀行の義務でもあるのです。アメリカの雇用情勢が悪い時にドル・円が下落するのは、両 国の中央銀行の使命の違いを考えれば当然とも言えます。 さて最近再び円高・ドル安がニュースを賑わせていますが、私は来年の今頃もまだ円高で騒いでいるような事はないと思っています。むしろ円安が始まっ ている可能性の方が高いでしょう。というのは2007年7月に始まった円高・ドル安は既に4年3ヶ月続いており、既に終盤に差し掛かっていると言えるから です。また信じられない事に、これだけ景気が悪い時に日本では増税が予定されています。これは日本の景気にとって大きなマイナスになるでしょう。一方でア メリカの雇用情勢は厳しい状況が続いているものの徐々に改善の兆しも見えてきています。もちろんこの先70円台前半をトライするような場面は十分有り得る でしょうが、その後はドル高・円安方向の可能性の方が高いと考えています。 このような中、日本に居る人はこれまでの投資スタンスを今一度考え直す必要があると思います。というのは、日本は資源に恵まれない国であり、本当の リスクは円安にあるからです。例えばドル・円が80円から120円に上昇すると、これまで80円で買えた物が120円でしか買えないという状態になりま す。日本は生活必需品(食品・エネルギー等)の多くを輸入に頼っているため、ある意味、円高よりも深刻なリスクと言えます。このリスクをヘッジするには、 資産の一部を円以外で保有して購買力を確保しておく必要があります。現在のような、既に終盤に差し掛かっていると見られる円高局面は、むしろそのようなア クションを起こすチャンスとも言えます。 私はその投資先として、アメリカ株はその有力候補だと考えています。アメリカの主要株価指数であるS&P500指数は、1999年以来大きな上下動 を繰り返してきたものの、結局は当時と同じ1200近辺です。そして株価収益率を見ると当時の30倍弱に対して、今は12倍にまで低下しています。さらに この間の円高を勘案すると、日本の投資家にとっては更に割安になっているという見方も出来ます。 ただ割安だからと言ってすぐに上昇する訳ではなく、長期で考える事が必要です。というのは、割安にはアメリカの高齢化と税制が関係していると見られ るからです。アメリカでは59.5歳から無税で退職積立金を引き出す事ができます。アメリカの人は金融資産の役40%を株式で運用しており、しかもベビー ブーマーの退職時期に入ってきている事から、この世代による株売り圧力の影響は無視できません。実際、ここ10数年の株価収益率の低下と、退職世代の人口 増加との関係には強い相関関係が見られます。 この退職世代の人口増加はまだ数年続くので、株価収益率の低下もまだ数年続く可能性が高いという事になります。しかしその後低下は止まります。即ち アメリカ株式投資において注意しなければならないのは、昔のように、短期間で株価収益率が大きくなって株価が上昇するというような事を期待してはいけない という事、そして市場全体の株価収益率低下を補って余りあるような好業績企業に投資するべき、という事です。 そのような観点から注目すべきセクターは、第一に好業績で割安が目立ってきているハイテクセクター、第二に欧州危機による懸念から、中長期的観点か ら見れば恐らく売られ過ぎの領域に入っていると見られる金融セクターだと見ています。中長期観点からこのようなセクターへの投資は、円安とも相俟って、良 好なリターンをもたらしてくれると考えています。 (2011年10月24日テレビ東京「MプラスEx」より)
2011.11.11
7月以降、大手欧州銀行株が急落となっています。BNPパリバ、バークレー、RBS、ドイツ銀行など欧州を代表する銀行の株価下落率は軒並み40%以上(現地通貨建)に上っています。そしてこれら全ての銀行に共通するのは資産規模で世界のトップ10に入るメガバンクである事、即ちToo Big To Fail(大き過ぎて潰せない)金融機関である事です。私のギリシャ問題に対する見方は1年以上前にここ第263回 ギリシャ問題は2008年アメリカのデジャ・ヴ(2010年5月6日)に書かせていただいた通りです。要するに、政府というのはオオカミ少年で、大袈裟な声明や流動性供給など、出来るだけカネ(財政)のかからない方法を使って市場を沈静化しようとするものです。ギリシャ問題に関してもこの1年以上、大袈裟な声明や流動性供給など、その場しのぎの策は何度も発表されましたが、ギリシャに資本を注入する、又は債務免除するなど、根本的な解決策はこれまで何一つ示されてきませんでした。当時この根本的な解決策に着手していれば、かかるカネ(財政)は今よりもずっと少なくて済んだ事でしょう。そしてリーマンショック時のように「大き過ぎて潰せない」金融機関に対する対応も必要最小限で済んだと思います。従ってこの1年強の間の状況悪化は、いわばEUによる人災と言っても過言ではありません。【1】大袈裟な発表9月16日、日欧米の中央銀行がドル資金供給で合意、との声明が発表されました。しかし中身を見てみるとこれは金融危機後、一時期を除いてずっと実施されている流動性スワップ協定に他なりません。よくもまあ、新しい声明のように発表するものだと半ば呆れてしまいました。もっと言えばメディアも何故、新しい声明のように報道してしまうのか、不思議でなりません。案の定、一旦は騙されて上昇した市場も、翌週には急落です。【2】問題先送り繰り返しになりますが、ギリシャのような、いわば借金地獄に陥った国にいくらお金を貸しても問題の解決にはなりません。資本を注入するか、一旦債務を再編し、新しいスタートを切れるようにするしか解決方法はないのです。しかしEUはまだ金融支援や資金供給など、お金を貸す、貸さないの議論ばかりをしています。これは2008年のアメリカの例で言うとまだ、リーマンショック前の段階です。確かに公的資金を注入したり、債務を再編するのは誰かの負担になる訳であり、大変な痛みと調整が必要になります。2008年のアメリカでも金融機関への公的資金注入は議会で一旦は否決されるなど、簡単ではありませんでした。しかしこの過程を避ける事は問題の先送りであり、ますます問題が大きくなっていくだけです。【3】遅い対応ユーロ圏は17カ国の集合体であり、それぞれの国で政治事情が異なっています。ユーロとして重大決定をするには各国で調整が必要で、特に今回のギリシャのような問題をどう処理するかのコンセンサスを簡単に得られる訳はありません。だからこそこのような問題はユーロ発足時にきっちり取り決めをしておくべきだったのです。これはユーロ発足当時から指摘されていた問題です。【4】隠蔽体質欧州のストレステストほどオオカミ少年と言われるものは無いでしょう。去年の1回目のストレステストの結果も不信を買うものでしたが、7月に発表された結果はそもそもギリシャ国債の債務不履行を前提にしていない、全く役に立たないものでした。今後、市場は2度と欧州のストレステストを信用する事は無いでしょう。ちなみにこれはドイツ銀行のCEOが今月フランクフルトで行った講演での発言です。「これは公然の秘密だが、銀行が保有するソブリン債を時価で引き直さなければならないのなら、欧州の多くの銀行が破綻に追いやられる事になろう。」欧州危機はリーマンショック、又はそれ以上に発展する可能性がどんどん高まってきています。リーマンショックと似ている点は、欧州の金融機関はソブリン向け与信に関しては規制上追加資本が必要なく、従ってCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を売る事は、あたかも無リスクでお金が入ってくるような取引であった事。これはアメリカで、リスク最上級の格付けAAAを付与されていたサブプライム住宅ローン関連証券を、実際のリスクを勘案せずに、他のAAA証券よりも利回りが高いという理由で金融機関が購入していたのに似ています。異なるのは、アメリカの住宅バブルがせいぜい、2003年から2007年の4年間の現象であったのに対し、欧州危機はユーロという通貨が導入されて以来、12年以上に渡って積み上がってきたシステムの欠陥である事。ソブリンという、通常のAAAよりも信用が高く規模の大きな市場であるという事。そして欧州の金融機関を合わせると、資産規模はアメリカよりもずっと大きい、という事です。とりわけ問題がギリシャを初めとする小国にとどまらず、イタリア、スペイン等に飛び火するような事になれば、莫大な金額に膨れ上がってしまいます。そしてそれを解決する手段があるか、です。2008-9年のアメリカや欧州は今に比べれば財政にも金融にも余裕がありました。しかし今は、連邦債務は法定上限に達し、金利はほぼゼロまで下がって非伝統的金融政策を発動しなければならない状況、欧州は文字通りの財政危機です。さらにオバマ大統領もサルコジ大統領も来年に選挙を控えています。大手金融機関救済によってあれだけ支持率を落とした2人が、今回大手金融機関の「もしも」に対してどのように対応するでしょうか? 例えばFDIC(連邦預金保険公社)は大手金融機関に対して、「もしも」の際に備えて「遺言状」を作成させる決定をしました。「もしも」の際、大手金融機関をこの遺言状に基づいて粛々と清算するためのものです。大手金融機関が救済でなく清算となった場合、そのショックはどのように波及していくでしょうか?今後考えられる最善のシナリオは事前調整型の、比較的小規模国の債務再編でしょう。EUがこれまでのような、大袈裟な発表、問題先送り、遅い対応、隠蔽体質を即座に改め、早期に痛みの伴う公的資金や債務免除の調整に着手する事です。一方最悪のシナリオは、EUの体質が変わらず、結果としてリーマンショック以上の金融危機に発展してしまう事でしょう。(2011年9月23日記)
2011.09.26
7月末に発表されたアメリカの4-6月期国内総生産はショッキングな内容でした。国内総生産の70%を占める個人消費支出の伸びが年率+0.1% (速報値;後に+0.4%に改定)と発表されたのです。これはアメリカでは通常、リセッション(景気後退期)前後にしか見られないような水準です。アメリ カは人口は増加している国なので、人口増加分を除くと実質的にマイナスであったという事になります。 4-6月期は過去の数字だとして、それではこの先はどうでしょうか? 個人消費の先行きを占う消費者信頼感指数は今週、金融危機以来の低水準となる 44.5と、前月の59.2から大幅な落ち込みを見せました。これは2009年リセッション時以来の水準です。中身を見てみますと、落ち込みの殆どが将来 の「期待指数」の低下によって説明が付く状態。要するに、個人消費の不振は今後も続く可能性が高い事を示唆しています。 それでは何故、今になってこのような景気の低迷が顕在化してきているのでしょうか。それは第283回 景気悪化は正常化の過程(2011年6月13日)に 書かせていただいた通りです。即ち、これまで100年に一度と言われる危機を乗り越えるために、財政、金融、為替とあらゆる策が取られてきましたが、その ような緊急時の対応はいつまでも取り続ける訳にはいきません。人工的なサポートによらず、経済が自力で回復軌道に戻れるよう、いずれ解除しなければならな い時が来るのです。それが、’09年オバマ景気対策の効果が薄れ始め、QE2(第二弾量的金融緩和)が終わる、このタイミングだったという事です。 しかし現在アメリカ経済、とりわけ雇用情勢はとても、自力で回復軌道に戻れるような状態ではありません。今日発表された8月雇用統計によると、非農 業部門就業者数の増加は無し、失業率は9.1%で高止まりとなっています。最近この水準の失業率には目が慣れてきた感がありますが、近代では最も厳しい状 況なのです。アメリカで前回、失業率がこの水準にまで上昇したのは30年前の1980年代前半です。当時は8%以上の失業率は2年3カ月続きました。今回 は既に2年7カ月続いており、このままだと3年を超えるのはほぼ確実な情勢です。上記の消費者信頼感指数の中でも、「職を得るのが困難」という項目が大幅 な悪化を示しており、個人消費不振の主因が厳しい雇用情勢にある事が明らかになっています。 しかも、今は80年代前半よりもずっと、雇用を改善させる事は難しいでしょう。第一に、80年代前半は政策金利が15%を超える時代。金利を下げる 事によって景気を刺激し、雇用を創出する事が可能でした。しかし今はゼロ金利時代です。FRBが実質的にマイナス金利に持っていくような努力をしています が、当時と比べたハンディは明らかでしょう。第二に、80年代前半はインターネットなど普及していない時代です。中国やインドへのアウトソーシングが本格 化したのはここ10年ほどの話です。即ち労働市場における競争相手は、今やアメリカ国内だけではないという事です。この点についても、FRBは量的緩和に よってドル安誘導し、アメリカ人の世界の労働市場での競争条件を有利に持っていく努力をしています。しかし、例えば一度出て行ってしまった生産拠点などは その初期投資コストを考えれば、少々の条件改善があってもアメリカに戻ってくる事はないでしょう。こう考えれば、現在アメリカ政府が目標としている失業率 6%というのはかなり高いハードルで、気の遠くなる話のように見えます。 短期的な失業であれば失業保険によってその間の収入減を緩和し、個人消費の落ち込みを防ぐ事ができます。しかし今回のように構造的な失業となってく ると、失業保険の切れ目が個人消費の切れ目となってしまいます。金融危機後、通常最長6カ月の失業保険支給が最長1年4カ月にまで延長されています。それ でも厳しい雇用情勢が3年近く続くとなると、今後失業保険切れが続出し、延いては個人消費の不振に追い討ちをかけていく事になるでしょう。 個人消費の不振の背景には厳しい雇用情勢があり、その雇用情勢を改善させられる策に乏しいとなると、この先覚悟しなければならないものがあります。 それはリセッションです。アメリカでは数年の内に2度景気後退期が訪れる、いわゆるダブル・ディップ・リセッション(Double-Dip Recession)が起こるのは珍しい事です。しかし、その珍しいダブル・ディップ・リセッションが前回起こったのは1980年代前半です。しかも、今 は当時よりも厳しい状況なのです。 アメリカ経済は2007年末から約1年半のリセッションを経験しました。上記の通り、今回2度目のリセッションの前兆はあちこちに表れていますし、 1980年代前半との比較ではほぼ確実です。しかし株式市場はまだ、ダブル・ディップ・リセッションのシナリオは織り込んでいないようです。この認識 ギャップは当然、今後修正されていくはずです。 (2011年9月2日記)
2011.09.05
為替介入がいかに愚策かについては、第254回 為替介入は愚策(2009年11月30日)、第270回 口先介入も、非不胎化介入も、為替介入は愚策(2010年9月2日)、第271回 為替介入(米国債購入)vs 日本国債購入(2010年9月22日)な ど、このコラムでも再三にわたってご説明してきました。同時に2009年以降、円高の主因は日米欧のマネー供給量の差である事は日頃出演させていただいて いるテレビやラジオにおいても図を示して繰り返しご説明してきました。にもかかわらず円高を投機のせいだと勘違いしている一部メディアの評論や新聞の社 説、そして輸出企業を中心とする財界は「為替介入を実施せよ」の大合唱。政府も円高を投機のせいだと勘違いしたのか、又は「何もしないのか」という世論を 気にしたのか、2010年9月、日本はまたもや介入の蟻地獄に突入してしまいました。そして納税者負担となる為替損がどんどん膨らむという、過去と全く同 じ過ちが再び進行中です。 さらに大震災後の円高進行時には経済財政担当相が「投機筋の風評による円高であり大変不見識だ」と発言した、とのニュースが流れました。円高が投機 によるもの、と判断するのは医者が誤診しているのと同じです。確かに本当に円高が投機によるものであれば為替介入は効果があるでしょう。一時の頭痛に鎮痛 剤を処方するようなものですから。しかし繰り返し申し上げてきたように、私の診断では、2007年に始まっている円高に殆ど投機性は見られません。むしろ もっと深刻な病気、日米欧のマネー供給量の差がそのまま円相場に表れてきている事は明らかです。鎮痛剤が一時的に効いたように見えてしまうがために、根本 的な治療がおろそかになってきた点では為替介入は害とも言えます。さらに鎮痛剤も常用していると次第に効かなくなるし、副作用も表れてきます。その副作用 とは外国為替資金特別会計に発生している、40兆円近くに上ると見られる損失です。本来アメリカ国民が負担すべき40兆円分を日本の納税者が肩代わりする 形になっている事を理解している人は、今も多くないのではないでしょうか。 しかし上記経済財政担当相発言の翌日、再び誤診を受けた治療(為替介入)は実施されました。3月18日、日本は為替介入を通じて米国債、欧州国債を購入。日本があれだけ大変な状況にもかかわらず外国政府の赤字をファイナンスするという、非常に違和感のある政策を実行したのです。決定のスピードといい、復興のためにいくら必要でも自国の国債はなかなかファイナンスしようとしないのとは大違いです。 そして今、再び誤診がなされています。日本のニュースでは円高の要因として「アメリカの債務上限引上げが難航しているから」と報じられています。確 かにそれはきっかけの一つだった可能性はあります。しかし、もしそれが円高の要因だとすれば、債務上限引上げが決まったら、ドル・円は上昇しなければなら ない筈ですね。ちょうど本稿執筆の最中に、懸案であった債務上限引上げに関する法案が上院を通過、即日オバマ大統領の署名を経てようやく成立に至りまし た。それなのに私の目の前のスクリーンでは、ドル・円相場はまだ史上最安値に近い77円スレスレで取引されています。従って「アメリカの債務上限引上げが 難航しているから」も誤診であったという事は明らかなのです。 円高が進行する度に、日米欧のマネー供給量の差という本質を避け、その時によって一般の人が納得しそうな理由がメディアで挙げられる。こんな状況だ と、もしかすると財務・金融当局が責任を追及されないために工作している可能性まで考えてしまいます。一方、誤診の代償は小さくありません。既に外国為替 資金特別会計には日本の納税者負担となる40兆円近くの損失が発生しているのです。皆さん、これら誤診の連続にはもう懲り懲りではないですか? (2011年8月2日記)
2011.08.03
(これは7月9日大阪での楽天証券12周年記念セミナーでお話させていただいた内容の一部です。) 「リスクを取る事の大切さ」についてお話させていただきたいと思います。2008年9月に起こったリーマンショック、何故あんな世界経済を一気に冷え込ませる大問題に発展したかはご存知でしょうか? リーマンが破綻した直後、世界最大の保険会社AIGがすぐに危機に陥りました。AIGは生命保険や損害保険に加え、金融の保険とも言えるCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の売り手となっていたのです。要するに、A証券やB銀行が債務不履行を起こすと、巨額の保険金を支払わないといけない立場にあったのです。AIGが危機に陥ると色んな人や会社が加入している保険が支払われなくなるかもしれない、このような連想がパニックに発展したのです。 皆さんはどうして保険に加入するのでしょうか? 一家の大黒柱が亡くなった時家族が困らないように、自動車事故を起こしてしまっても賠償できるように、地震に見舞われても生活を再建できるように、要するに様々なリスクから身を守るためだと思います。月々保険料を支払って保険に加入する事によってそのようなリスクをヘッジしているのです。しかしもし、その保険会社が万一の時にも保険金を支払えない、と分かったらどうなるでしょう。皆さんは一家の大黒柱が亡くなった時に備えて、自動車事故の賠償に備えて、地震に備えて、大金を貯めておく必要に迫られます。すると消費や投資に回せたはずのお金を貯蓄に回さざるを得なくなります。もし世界中で皆が同じような行動を取ったら貯蓄率が上昇、世界経済は一気にリセッション入りしてしまいます。これがリーマンショックが一気に世界経済を冷え込ませた要因です。逆に言えば、それらのリスクを一手に引き受けていた主体というのは、経済の成長において、極めて重要な役割を果たしていたという事です。このような事が起こった時、どのような政策が取られるべきなのでしょうか? これだけ世界中でリスク回避傾向が顕著となり貯蓄率が上昇する中、それでも消費や投資をしてくれる人を優遇しなければなりません。民間の消費や投資だけで足りないならば、代わりに政府がその役割を果たすべきなのです。そしてアメリカ政府はその通りの政策を実行しました。2009年2月に成立したオバマ景気対策においては減税と共に公共投資を中心とする大規模な財政支出が決定されました。さらにアメリカの中央銀行FRBは実質的に現金(貯蓄)の価値を低下させるQE1、QE2(第一弾、第二弾量的金融緩和)によって貯蓄率上昇を防ぐ努力をしてきたのです。アメリカは100年に一度と言われる金融危機に対して、極めて妥当で当然の対応をする事によってこの危機を乗り越えてきたと言えます。一方、日本の場合はどうでしょう? 東北の大地震は日本にとって100年に一度では済まないくらいの危機です。地震は原発、電力不足、食料汚染問題等に発展、政治の不安定とも相俟って、既に多くの外資系企業が海外に拠点を移す措置を取っています。もしかしたら又地震が起こるかもしれない、その時に備えておかなければならない、という考えから、本来消費や投資に回すはずだったお金を貯蓄に回している人も多いでしょう。去年でさえ就職内定率が60%台だったのに、企業を取り巻く先行き不透明感から、今年就職活動をしないといけない大学生はさらに苦労を強いられている事と思います。本来、それでも日本に残って大学生を採用してくれる企業、そしてこのようなリスクを覚悟の上で日本に投資してくれる企業を優遇すべき所、つい先日まで日本政府は法人税減税を見送る方針を固めていたのです。アメリカの中央銀行FRBのような緩和策を取ることもないので、円高が進行するのは当然、まるで現金(貯蓄)保有を優遇しているような金融政策です。その上財政面からは消費税増税。これでは貯蓄優遇政策=反景気対策としか言いようがありません。このような一連の日本の経済政策の共通項は「日本脱出政策」だという事です。世界でダントツトップの実効法人税率33.5%を誇る日本で、さらにビジネスを営む事が難しくなる中、円が史上最高値となれば、当然企業は海外に拠点を移すでしょうし、逆に海外企業が日本に拠点を持ってくる事はなくなるでしょう。日本で消費が不利となり、しかも円高となれば当然、日本製品よりも海外製品を購入する事になるでしょうし、反対に日本製品は売れにくくなるでしょう。先月、ニューヨーク郊外に日本から「不動産購入ツアー」が訪れました。日本に愛想を尽かした投資資金も海外に流出して始めているのかもしれません。リスクが高まっている時は、リスクを取る主体を優遇しなければ、経済は回っていきません。だからこそ、好むと好まざるとに拘わらず、世界のあちこちでリスクを取る主体を優遇する措置が取られているのです。復興増税は正に、このように世界では常識のメカニズムが理解されていない真逆の政策としか言いようがありません。増税して増収を狙っているつもりが、実は納税する主体は既に日本を脱出した後だった、となってしまってからでは遅いのです。 (2011年7月20日記)
2011.07.22
5月以降、アメリカの経済指標が急速に悪化してきています。既に製造業景気指数では5月半ばに発表されていたNY連銀が予想18に対して11.9、 フィラデルフィア連銀が予想18に対して3.9と大幅な落ち込みを示唆していました。そして6月初めに発表された5月ISM製造業指数は予想57.6に対 して53.5、雇用統計では非農業部門就業増加数が17万人に対して5.4万人と、多くのエコノミストにとってサプライズの内容となっています。アメリカ の1-3月期のGDP成長率は1.8%でしたが、これらの指標を元にすると、5月は1%スレスレにまで落ち込んでいる計算になります。一体何が起こってい るのでしょうか? 多くのエコノミストはこれを、一時的要因と見ているようです。そしてよく挙げられるのが第一に食品やエネルギー価格の上昇、第二に日本の大震災の影 響です。しかし食品やエネルギー価格が上昇しているのは去年8月以降ずっとです。また日本で大地震が起こったのは3月上旬です。エコノミストが5月半ば以 降に発表される経済指標の予想に織り込む時間はたっぷりあったと思います。即ち「予想を下回った」事の理由説明には、あまりなっていません。私はむしろ、 現在の景気落ち込みは一時的要因によるものではなく、これまでの景気が比較的長い一時的要因によって持ち上げられていた可能性の方が高いと考えています。 100年に一度と言われる金融危機の後、これまた100年に一度と言ってもよい大胆な財政・金融政策が発動されました。例えば財政では「Cash for Clunkers」(新車買い替え)プログラムによって平均2000ドルが、新規住宅購入者には8000ドルの税控除が与えられました。いずれも一時的効 果は見込めるものの、基本的には需要の先食いです。それでもそのようなオバマ景気対策のかなりの部分は去年まで続き、もう終わりかと思われたタイミングで ブッシュ減税が2年間延長される事になりました。ただ、いずれにせよ今年後半からは、財政はGDP成長のマイナス要因入りしていきます。5月半ばには連邦 債務が法定上限を超えてしまいましたから、もう財政で何かやりたくても、できる状況ではなくなっています。むしろ現在、民主党と共和党で連邦債務上限引き 上げを巡る対立が活発化していますが、上限引き上げ反対派多数の世論調査を見ると、更なる財政引き締めも有り得るかもしれません。 金融政策にしても、去年春に第一弾量的金融緩和(QE1)が終わったと思ったら去年秋にはQE2が発動しました。しかしQE1の購入対象が10年以 上満期の住宅ローン証券が大部分であったのに対して、QE2では購入対象の中心は5-7年物国債です。案の定、短期性の資金は値動きの良いエネルギー・食 料品・銀先物、株式でもこれまで上昇してきたものがさらに買われる展開となりました。一方で長期金利が上昇した事で住宅価格は下落、現在住宅市場は二番底 に向かっています。これだけの財政・金融政策を総動員しても結局、金融危機の発端である住宅市場の下落は止められなかったというのが現実です。 これに加えて、金融危機の原因となった「大き過ぎて潰せない」について、ようやく改善に向けた第一歩が踏み出されようとしています。金融危機を受け て約80年ぶりの大改革として去年7月に成立した新金融規制改革法案(通称ドッド・フランク法)の多くが今夏以降、次々に実施されていきます。政府による 金融機関に対する様々な支援が失効していくほか、大手銀行には2-3%高い自己資本比率が要求される見通しです。ドッド・フランク法の対象は幅広く、最終 的にはデリバティブ取引や証券化、自己資本、投資ファンド、信用格付など387の様々な規制が導入されます。金融危機後のショックを受けて先送りされてき たものの、今後ようやく、金融危機を再発させないための施策が講じられていくという事です。最近金融関連株の下落が目立っていますが、これはドッド・フラ ンク法の施行が近付いてきているのが一因です。 こうして見てみると、最近になって景気が悪化してきたというよりも、むしろ金融危機を受けたこれまでの一連の対策が異常であっただけ、という見方が できます。確かに金融危機のような緊急事態の際には必要な措置だったのでしょうが、金融危機から2年半たった今もこのような措置を継続する事の方が異常で す。そういう意味では、アメリカ経済がいずれ経験しなければならなかった必要な過程であり、それが始まっているという事だと思います。 財政に絶対の制約がある今、景気が落ち込んだ時に取れる政策は金融のみでしょう。そういう意味では金融引き締めなど、一部市場で予想されている今年 末よりもずっとずっと先の話でしょうし、QE3の可能性も十分考えられるでしょう。ただ今月末QE2を終了すると表明している以上、バーナンキさんの舌の 根の乾く期間も考えれば、当面株式やドルは売り圧力、債券は買い圧力がかかりやすい展開になると見ています。 (2011年6月10日記)
2011.06.13
4月18日、アメリカの格付け会社スタンダード&プアーズはアメリカの格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げました。これにより、 この先2年以内に、33%以上の確率でアメリカは最上級格付けであるトリプルAを失う事になりました。これを受けて同日のダウ平均は前日に比べて一時 250ドル近く下げる場面がありました。 それでもテクニカルなデフォルト(債務不履行)を別にすれば、アメリカ国債が実質的にデフォルトするような可能性は限りなくゼロに近いでしょう。し かし「相対的に」考えた場合、アメリカがいまだにトリプルAを付与されているのは不思議です。むしろ私は、とっくにダブルAに引き下げられていて当然だと 思っています。「相対的に」既にトリプルAでない理由としては、いくつかのポイントが挙げられます。 第一に、連邦債務の急増加です。リーマンショックが起こった2008年9月時点の連邦債務は9.6兆ドルで、これはアメリカのGDP(国内総生産) の66%に過ぎませんでした。この時点では90年代以降のアメリカとしては極めて平均値に近い比率であり、全く問題ではありませんでした。しかしその後、 公的資金注入をはじめとした金融機関救済、相次ぐ大規模な景気対策を受けて連邦債務は急増加、現時点で14.3兆ドルでGDPの95%を超えてきていま す。連邦債務がGDPの95%を超えるのはほぼ65年ぶり、戦後初めての事です。しかも3月には民主党と共和党が財政合意に達せず、もう少しで政府機関閉 鎖となる所でした。そして現在、連邦債務額は既に法定上限を超えてきており、ファイナンスは綱渡りの状態が続いています。 第二に、財政危機が問題になっている欧州との比較です。債務のGDPに対する比率を国際比較してみると、日本が225%でダントツの一位。次にギリ シャやイタリアが120%前後、そしてポルトガルやアイルランドと並んでアメリカが100%弱で登場してきます。ちなみにポルトガル、イタリア、アイルラ ンド、ギリシャは欧州の財政危機でよく挙げられるPIIGSの中の4カ国です。さらに去年始まった欧州の財政危機は、国債の外国人保有比率の高い順に訪れ ている事が分かります。2009年末時点の国債の外国人保有比率はポルトガルとアイルランドが85%、ギリシャが70%。そしてアメリカは47%で、「次 の危機」が懸念されたスペインの43%よりも高い比率です。もちろん比率でなく実額で見れば、アメリカの数値はいずれも突出しています。 第三に、日本との比較です。日本国債は現在、AAマイナスで見通しは「ネガティブ」。確かに日本の債務のGDPに対する比率は突出して高くなってい ます。しかし国債の外国人保有比率はせいぜい6%で、しかも為替市場で円が最高値。実際、通貨発行権を持っている日本政府が自国通貨建てで発行している国 債をデフォルトなど、まず有り得ないでしょう。もちろん財政状態が悪い、というのは分かります。しかし欧州危機の例を見れば、債務のGDP比率よりも、国 債の外国人保有比率の方が重要な事は明らかです。しかもアメリカはここ数年、財政のマネタイゼーションをやりまくった結果、ドル指数は最安値近辺にあるの です。 以上から「相対的に」見れば、アメリカ国債はとっくにダブルAに引き下げられていてもおかしくない事が分かります。なのに今更、格付け会社が格付け 見通しを引き下げるという、既に分かり切った事を発表することによって、市場は何故これほど反応してしまうのでしょうか。それは、第264回 格付けの不思議(2010年6月4日)で書かせていただいた通り、トリプルAを妄信している投資家がまだまだ驚くほど多いから、としか言いようがありません。 そしてそうなっている一つの要因はメディアにあるでしょう。格付け変更など、一つの民間会社が判断を変更しただけなのに、その報道の仕方は過剰とし か言いようがありません。第一に、金融危機で問題になった金融保証会社(モノライン)もトリプルAでしたし、リーマンショックを前後して実質破綻となった 政府系住宅金融機関も、世界最大の保険会社も、みなトリプルAでした。デフォルトが相次いだ、住宅ローン証券のシニア部分の多くにもトリプルAが付与され ていました。格付け変更を報道するのであれば、これまでの格付け判断がどれだけアテにならなかったかも同時に報道すべきです。 第二に、そもそも格付け会社は債券の発行体に甘い傾向がある事を念頭に置くべきです。これは通常、格付け会社の収入源が債券の発行体である事から生 じる問題です。なのでこの利益相反を除去するには、格付け会社は本来、発行体ではなく、投資家から手数料を得るべきなのです。実際イーガン・ジョーンズと いう格付け会社はこのモデルで、サブプライム問題の時にも他の格付け会社に先がけて、いち早く格下げを発表していましたし、今回のアメリカ国債にしても、 既に3月に格付け見直しを発表していました。しかし殆どのメディアはイーガン・ジョーンズの格付け見直しは報道していなかったのではないかと思います。 実質的には既にダブルAのアメリカ国債に対して、表面的な「格付け見通し」が過剰に報道される事によって、それまでトリプルAを妄信していた投資家がパニックを起こす。金融危機を通じて学んだ筈だった教訓を、投資家は再び忘れてしまっているようです。 (5月10日記)
2011.05.12
大震災直後に書いた前号 第280回 財政・金融政策総動員を!がんばれ日本(2011年3月16日)で、 「日本はしばしば正解と正反対の経済政策をやってしまう」「増税など正解と正反対の事をやってしまう典型だ」と申し上げました。しかし信じられないこと に、ここ数週間で復興増税の議論が本格化、本当にますますその正反対の方向に突き進んでしまっています。このままだと復興増税という人災によって、日本経 済が二度と立ち直れなくなるかもしれない、危機的状況だと感じています。 問題の第一は、復興増税案です。数百年に一度というショックを目に当たりにし、今後時間の経過と共に消費者心理、投資家心理は冷え込んでいくでしょ う。短期間なら耐えられても、原発処理に少なくとも数カ月かかる、電力供給が不足等の状況では、夏~秋にかけて存続の危機にさらされる会社が続出してくる でしょう。復興に資金が必要なのは当然ですが、だからと言って可能な限り義援金を拠出した国民の、乾いた雑巾から何が絞り取れるというのでしょうか。肺炎 は悪化すると命取りになってしまいます。そうなると、そもそも財政健全化など二度と実現不可能になってしまいます。財政健全化は、まず肺炎をきっちり治 し、十分に元気になったと確認できてからというのが筋でしょう。 第二に、あと一歩で実現の見通しだった法人税減税が見送りとなってしまう方向です。私は法人税減税は「資本の金融緩和」 第277回 資本の金融緩和(2011年2月4日)と して、日本の競争力奪回に欠かせない策だと考えてきました。そして大震災後、法人税減税の必要性はむしろ格段に大きくなったと考えています。というのは、 復興のためにこれだけ株主資本が必要な時はないからです。復興に政府だけをアテにしていて足りるはずがありませんし、第一政府は原則、民間に資本を投入す べきではありません。このような中、リスクを覚悟して、企業に資本を投入してくれる人を優遇する環境作りが必要なのです。日本だけでは足りないでしょうか ら、外国の資本も取り入れるべきです。幸い今、アメリカでもヨーロッパでも、日本に対する支援意欲は旺盛です。これらの資本をスムーズに取り入れるため、 法人税減税は非常に有効な手段なのです。ちなみに全米経済研究所によると、日本の実効法人税率は33.5%でダントツの世界1位。22.5%で世界2位の アメリカを大きく引き離しています。そもそも日本の株主資本利益率は4.83%(TOPIX:直近12カ月)に対し、アメリカは22.09% (S&P500指数:直近12カ月)ですから、いかに日本が資本の調達に不利な国であるかが分かります。 それでは復興にかかる財源はどのようにファイナンスすべきなのでしょうか? 第一に、数百年に一度のショックなのですから、これこそ子供や孫など、数世代にわたって負担させるべき性質のお金です。これまでのような、子供・孫の代ま で残してはいけない借金とは正反対です。ですので国債増発で賄うのが合理的ですし、それも無理に増税をして短期間で返済しなければならないような性質のも のではありません。 第二に、どうしても復興増税をやりたいのであれば、市場原理に逆らわない増税をやるべきです。それは消費したり、投資したり、即ちこれから日本経済の回復 に貢献してくれる人に対して増税するのではなく、反対に貯蓄する人や現金を貯める人に対して増税する事です。例えば、預金利子等の源泉徴収税率を現行の 20%から、40%に引き上げる事などが考えられます。 第三に、日銀による国債購入を大胆に増やす事です。金融危機後、アメリカもヨーロッパも中央銀行が国債を大量に買ってマネー供給を30-40%増やし、一 方で日本は殆ど何もやらずマネー供給が3%しか増えていないから円高が進行しているのです。ご参考までに我々が国際マネー需給から割り出した適正ドル円 レートは3月末時点で80円36銭を示しており、実際のレートと数円の差しかありません。即ち最近のドル円の水準は投機的でも何でもなく、マネー供給を反 映した、極めて適正なレートだという事です。「投機筋が仕掛けている」と誤解して為替介入を繰り返し、外国為替資金特別会計の損失を膨らませている現状は とても愚かに見えます。他国に対抗して日銀が国債購入を増やす事は、(1)復興資金を利払い、償還期限なしにファイナンスできる、(2)為替介入のような 小手先の操作ではなく、マネー供給増加を通じた正攻法の円高対策になる、(3)現金の実質価値低下を通じて貯蓄に対する復興増税に似た効果を生む、など一 石三鳥の効果が期待できます。 ちなみに大震災から一週間後に為替介入が実施されましたが、為替介入資金は今回も結局アメリカ国債や欧州国債を購入。またもやこれだけ日本が大変な時に、外国政府の財政をファイナンスする結果となりました。復興のためにいくら必要でも、自国の財政はなかなかファイナンスしようとしないのとは好対照です。 アメリカが同時多発テロや金融危機という、100年に一度と言われる危機を乗り越える事ができたのは、市場原理に逆らわない政策を実行してきたから です。いくら財源が必要でも一時的に財政を緩和して消費や投資を優遇し、市場の力を味方に付ける事ができたからです。しかし今日本が実行しようとしている のは市場原理とは正反対の方向です。例えば財源が必要だからといって単に増税するのは、大震災という大きなショックを受けて市場の需要曲線が下方シフトす る事を理解していないからではないでしょうか。法人税減税を見送るのは、世界的に見ていかに日本の法人税率が高く、よってこれだけ必要な時にも資本が集め にくい状況にある事を認識していないからではないでしょうか。為替介入がよく実行されるのは、そもそもどうして円高が進んでいるのかを理解しようとせず、 投機のせいだと盲信しているからではないでしょうか。しかし今一度考えてみてください。世界経済が市場メカニズムの上に動いているにもかかわらず、市場原 理に添った政策を実行して来なかった、又は逆らってきた結果がこれまでの「失われたXX年」なのではないでしょうか。 これまでなら、市場音痴だから、で済んだかもしれません。しかし今回は、大震災に屈服して国民の生活水準低下に甘んじるのか、それとも日本経済に奇 跡の大復活を起こさせるのか、の重要な分岐点です。誰かに愛されていたに違いない、尊い3万人近くの命を無駄にしないために日本が目指す方向は、自ずと決 まっていると思います。 (4月15日記)
2011.04.18
東日本大震災において被害に遭われました方、心よりお見舞い申し上げます。また救助活動に関して、これからも数多くの奇跡が起こる事をお祈りしています。私は1993年にNYに来て以来、同時多発テロや金融危機という、100年に一度と言われる大きなショックを目の当たりにしてきました。しかし結果的に、アメリカはそのいずれのショックも乗り越えてきています。大まかに言えばアメリカがそれらのショックを乗り越えてくる事ができたのは第一に、思い切った政策のおかげであり、第二に市場の力を味方に付ける事が出来たから、だと思っています。今回の日本の災害は100年に一度どころのショックではありません。しかも運の悪い事に、財政的にも金融的にも日本に余裕のない時に起こってしまいました。しかしだからと言って日本がこのショックを乗り越えるチャンスがない訳ではありません。ただ、政策的に間違いの許されない状況にある事は確かだと思います。私がNYに居て常に誇りに思うのは、日本人は世界からとても尊敬されている、という事です。阪神淡路大震災という非常事態の際にも暴動や窃盗は起こらないし、計画停電が実行されればきちんとそれが遵守される。アメリカで東日本大震災に対する募金運動が活発化していますが、その冒頭で、「日本はどの国で災害があっても、いつも最も多額の募金をしてくれた。今度は我々が恩返しする番だ。」との文言が並んでいます。このように言われる国は世界中見回しても他には無いでしょう。しかし、率直に申し上げてここ20年、経済、特に金融に関してはかなり遅れを取っていると言わざるを得ません。むしろ正解と正反対の事をやってしまう事もしばしばです。しかし今回は間違いは許されません。好むと好まざるとにかかわらず、世界経済は市場メカニズムの上に動いています。そこで今回は23年市場に携わってきた者として、「市場を味方に付けられる」政策の提言をまとめておきたいと思います。第一に、一時的に財政を大胆に緩和すべきです。国の債務が膨らんでいようと、今は躊躇している場合ではありません。このような大きな危機を目の当たりにし、人々の心理は極端に萎縮してしまっています。消費や投資は控えられ、貯蓄や現金が選好されます。ご存知の通り、リセッションは人々が貯蓄を選好する事から起こります。このような時、どのような政策を取るべきか。誰もが消費を控えたいと思う中、それでも消費してくれる人、そして誰もが投資を控えたいと思う中、それでも投資する人を優遇する政策を取らなければなりません。具体的には一時的な消費税減税、投資優遇という点では法人税減税や投資減税、借入利息の税控除等が考えられるでしょう。民間の消費、投資が不十分であれば、代わりに政府がその役割を担わなければなりません。東日本の復興を目的として、 2009年にオバマ大統領が実施したような公共事業も考えられるでしょう。市場を味方に付けるには、一時的にでも市場にショックを与えるくらい規模を大きくし、非常事態が去って終了しても余韻が残るくらいのものでなければなりません。反対に、やってはならないのは増税です。実際先日、一部マスコミから増税の話が持ち上がっているのを聞いて驚いてしまいました。これこそ正に、「正解と反対の事をやってしまう」典型だと思います。増税などしたら、負のスパイラルが生まれ、立ち直れるものも立ち直れなくなってしまいます。今の日本に、このような間違いをおかしている余裕はありません。第二に財政を緩和しても、円高になってしまったらその効果が相殺されてしまいます。例えば財政政策が効を奏して復興需要が生まれても、人々が輸入車を買ってしまったら効果は半減です。そのために金融も大胆に緩和されるべきです。その意味では、週明けの日銀の迅速な対応は非常に良かったと思います。しかし今回の緊急事態下では、今後も放っておくと勝手に円高が進行してしまうでしょう。そこでもう一歩踏み出し、大胆に国債を買い増す政策が必要だと思います。アメリカは2009年2月、70兆円に上る景気対策を成立させると共に、150兆円に上る国債及び国債に準ずる債券の購入を決定しました。70兆円国債を増発して、それを中央銀行が買ったのですから、ドルを印刷したのと同じです。これがQE1です。次に2010年秋、今度は50兆円に上る国債購入を決定すると共に、40兆円に上るブッシュ減税の延長を決定しました。同じく、ドルが印刷されたのと同じです。これがQE2です。合計100兆円以上ドルが印刷されて、ドルが安くならない訳がありません。裏を返せば、円高が進んできたのは当然なのです。アメリカは金融危機という100年のショックを乗り越えるために為替を利用してきたのです。しかし日本はこの緊急事態を前に、もうドル安を容認しておく余裕はないでしょう。今度は日本が為替を利用させてもらう番です。円高が止まるまで、いやもっと積極的に、リーマンショック前のドル・円120円を目指しても良いと思います。日銀が(米国債でなく)日本国債を購入すべきです。日本には財政的にも金融的にも余裕はなくても、幸い為替には余裕があるのです。そして市場を味方に付けるには、大胆に、大きな規模で実行する事が重要です。上記のアメリカの金額を見れば、現在日銀が実行しているような5兆円とか10兆円という単位ではない事は明らかです。近々日本国債が直面する可能性があるリスクとして、国債の格下げが挙げられます。しかしよく考えてみて下さい。万が一の事があったとしても中央銀行が、保有している国債に関して自国政府に対してデフォルト(債務不履行)を宣言するような事態が有り得るでしょうか?政府には徴税権もありますし、いざとなれば通貨発行権も持っています。テクニカルな面を別にすれば、中央銀行が保有している国債に関しては実質的なデフォルトという事態は考えられません。今回財政を緩和して国債発行額が膨らんでも、その分日銀が購入する限り、それが理由で格下げされる事は考え難いと思います。むしろその場合は格付け会社の判断自体が疑われる事になるでしょう。市場もそのくらいの事は分かっていると思います。神様が苦難を与えるのはそれを乗り越えられると信じる相手にのみです。今回はあまりにも厳しい苦難ですが、皆で知恵を出し合い、誤った政策に陥らなければ、必ずV字型の回復に恵まれると信じています。同時多発テロ後も、そして金融危機後も、実際にアメリカがそうであったように。(3月15日記)
2011.03.16
既に何度もご紹介してきている事ですが、我々の投資方針は「良いビジネスを安く買う」です。通常、良いビジネスが安く買えるというような、都合の良い機会などそれほどあるものではありません。しかし「スペシャルシチュエーション」(特別な機会)に注目しておけば割安株に投資できる事が多い、というのが我々の経験であり、得意とするところです。このような投資スタンスを取る我々のレーダー・スクリーンに、日本株である第一生命(8750)が登場したのは2010年春の事でした。日本株への投資を検討するのは久しぶりの事でした。我々が投資候補に対して第一に分析するのは「良いビジネスか」のチェックです。そもそも、私は保険というのはとても良いビジネスだと思っています。著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェー社の主たるビジネスも保険です。特に平均寿命が年々伸びていく中で、生命保険というビジネスはなおさらです。自分にもしもの事があった時家族が困らないように、と誰もが生命保険の加入を考える事があるでしょう。しかし、そもそも安心を買うために保険に加入するのに、もしもの事があった時に保険金の支払能力に疑問符が付くような会社の保険に加入しても意味がありません。そこで生命保険加入にあたっては、会社の信用力は非常に重要な要素です。その点では業界第3位にある第一生命は非常に有利な位置にいる会社だと思います。第二に分析するのは、「どの水準であれば割安と言えるか」のチェックです。我々は保険会社では多くの場合、これを株価が一株当たり純資産と同じ(=純資産倍率が1倍)になる水準に設定しています。第一生命の場合、我々の計算ではちょうど10万円でした。この水準では第一生命の価値は、保有している純資産の価値のみで取引されている事になります。「純資産の価値のみ」というのは、第一生命が業界第3位であるという事実も、ブランドネームも、あれだけ優秀な経営陣・従業員がいるというビジネスの価値も、一切反映されていない、という事になります。通常、保険会社の株式がこのような水準にまで割安になる事は殆どありません。しかしそれを可能にしたのは、今回第一生命の株式割当条件の特殊性でした。我々が最も注目したのは届出書中、1,000万株のうち、290万株が既存の保険契約者に割り当てられるという、特殊な条件でした。要するに発行される株式のうち約3割が、株式購入コストを気にしなくてよい人達に割り当てられるという条件になっていたのです。このようなケースで、第一生命の株式を割り当てられた保険契約者はどう考えられるでしょうか。殆どの投資家にとって割り当てられた株式は「棚からぼたもち」でしょう。もともと第一生命に投資したくて株式を割り当てられたのではない人が殆どでしょうから、株価に拘わらず、市場で株式を現金化してくる可能性は非常に高いと推測できました。それも発行株式の約3割という、非常に高い割合の株式保有者がそのような行動を取ってくる訳ですから、株価が必要以上に下落する可能性は高かったのです。これは日本では特殊なケースかもしれませんが、実は欧米では「スピンオフ」(企業の分離・独立)の際に同じような事が起こります。第265回 Drペッパーはお好き?(2010年6月16日)の例では、イギリスのキャドバリー・シュウェップス社からDr.ペッパーがスピンオフした際に、キャドバリー・シュウェップス社の株主にDr.ペッパー株が割り当てられました。しかし多くのキャドバリー・シュウェップス社の株主はDr.ペッパー株には興味は無かったでしょうから、市場でDr.ペッパー株が投売りされてくる可能性は高かった訳です。正に「よいビジネスを安く買う」絶好の機会でした。同様に、第一生命株に対してもこのような売りが出たと推測されます。2010年9月にかけて株式公開時に比べて40%下落、買い付け目標の10万円でファンドの5%の資金を投入して投資を実行する事ができました。日本では税制上、純粋なスピンオフの機会に恵まれる事は殆どありません。しかし第一生命株は日本では珍しい、スピンオフに似たスペシャルシチュエーション・バリュー投資機会の一つでした。 (3月7日記)
2011.03.08
2009年4月初(第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日)) ファンドのポジションを大きく買いに傾けた後、考えた事は次の通りでした。2009年2月に成立したオバマ景気対策による財政支出が約70兆円、翌3月か ら始まったFRBによる国債及び国債に準ずる証券の購入(第一弾量的金融緩和:QE1)が約150兆円。国債のやり取りを相殺すれば、要するにドル札を 100兆円近くばら撒くという事だ。この結果、見かけ上ドル表示で株価は上昇するだろうが、結果的に株価が上昇したのではなく、ドルの実質価値が低下した だけ、という事になりかねない。このリスクはヘッジしておかなければならない。しかし通貨のばら撒きは欧州もやっているし、他の国にも広がりそうなので為 替でのヘッジには限界がある。残った手段は何か? こういう考えから踏み切ったのが金への投資でした(第251回 金への投資(2009年10月9日))。 この記事以降、金価格について聞かれる事が非常に多くなりました。しかし実際の所、「金価格が上昇すると思って投資してきた」というのは正確な表現ではあ りません。正確な表現と言われれば、「人類が発行できてしまう通貨というものの価値が全体的に下落すると思ったから」です。供給量が見えていて、高価値で も持ち運びできて、市場に流動性がある等、金に特有の要因はあったにしても、世界的な通貨価値の低下をヘッジできるものであれば他の物でも良かったので す。 多くの人は価値の尺度としての通貨の機能に慣れてしまっていて、あまり逆の考え方をする機会がないのではないかと思います。モノの値段が上がってい る時、なかなか「モノの値段が上がっているのではなくて、通貨の価値が下がっているのだ」という見方をする事はないでしょう。これはまるでコペルニクス前 の天動説のようです。しかしたまには、物価にも地動説的な見方をする事も必要だと思います。 先月末勃発したエジプトでの大規模な反政府デモは、食料価格の高騰に国民の不満がピークに達したのが一つの要因とされています。エジプトのデモに先 立つチュニジアでの暴動も同様の理由でした。確かに昨年夏以降、大豆も小麦も先物価格は30%以上上昇しています。とうもろこしは50%以上です。しかし この間、アメリカの主要株価指数であるS&P500指数は25%上昇していますし、原油価格も20%近く上昇するなど、食料以外の価格も大きく上昇してい るのです。そしてこれらの価格に共通なのは、全てドル建てで表示されているという事です。 ここまで条件が揃ってしまうと当然、「モノの値段が上がっているのではなくて、通貨の価値が下がっている」可能性を疑ってみる事が必要でしょう。そ して昨年8月までおとなしかった食料価格が突然動意付き始めたのと、バーナンキFRB議長がジャクソンホールでQE2(第二弾量的金融緩和)を示唆したタ イミングが一致したのを、単なる偶然と片付けるのは無理があるでしょう。ちなみに約50兆円に上るQE2(第二弾量的金融緩和)も結果的に約70兆円規模 の財政を伴う事になったため、QE1同様、通貨のばら撒きです。これで通貨の価値が下がらない(=モノの価格が上がらない、となりますが)方が不思議で す。 先週末、米ナショナル記者クラブでバーナンキFRB議長は、食料価格の上昇は新興国経済の成長が原因である事を強調しました。もちろん死者まで出て いるエジプトやチュニジアでの大規模デモをバーナンキFRB議長のせいにするのは酷です。一方で前述の通り条件が揃っている中、デモの背景である食料価格 の上昇の一因がQE2にある事は明らかです。もっとも食料価格が上昇しているというよりも、ドルをばら撒いているからドルの実質価値が下がり、結果的にド ル建て表示のモノの価格全般が上昇しているように見えているだけなのですが。 長期的に食糧不足問題が顕在化してくるのは明らかだと思いますが、昨年8月を区切りに始まった問題ではありません。天候不順にしても、新興国の成長 にしても、同様だと思います。QE1を受けて我々が金への投資に踏み切ったように、市場が食料を含む商品への投資を進めている一因がQE2である事は明ら かでしょう。しかし「食料・エネルギーを除く」物価指数を見ているFRB及びバーナンキ議長にとっては、あまり関知したくない問題なのかもしれません。 (2月10日記)
2011.02.14
日本で長年懸案であった法人税減税が、小幅ながらようやく実施される事になりました。モノもお金も情報も世界中を自由に駆け回るようになった今、世界で最も高い水準の法人税率を引き下げないという選択肢は有り得なかったと思います。にもかかわらず、実現にここまで時間がかかってしまったのは聞き慣れたフレーズ、「大企業に減税をして、庶民の消費税を増税するのは反対」のせいでしょう。このフレーズ、一見もっともな主張のように見えてしまうのが厄介な所です。しかしこの主張、少し考えれば法人と個人という次元の違う主体を比較するという、単純な過ちを犯している事が分かります。公平な比較をするなら、ベースを同じ「個人」に合わせるべきでしょう。すると法人税減税の根拠はこのようになります。法人が100円の利益を生むとします。法人税で40円差し引かれ、残った60円が全額配当されたとしても10%の配当税がかかるので、株主としての個人に残るのは54円です。株主としての個人は、法人レベルと個人レベルの2段階で、合計46%の税金を負担している事になります。この46%は世界でも突出して高い水準です。同じく法人税が高い国としてよくアメリカが取り上げられますが、第一にアメリカは殆どの上場企業は別として、かなり大きな会社でもパートナーシップなど、二重課税を避ける形態が認められています。第二に、株主資本利益率が22.09%(S&P500指数:直近12カ月)のアメリカと、4.83%(TOPIX:同)の日本で法人税率が同じ水準というのは、やはり異常です。投資家にとって日本は、魅力的な市場でないのに税金だけ高い、と映ってしまうでしょう。ちなみに個人が同法人の社債を購入したとします。利息は法人レベルでは損金に算入できるので無税、個人レベルで20%の源泉徴収、合計で20%の税金負担です。即ち、日本で個人が法人に株式の形で投資すると、世界的にも突出して高い46%の税率を負担を強いられているし、日本国内でさえ同じ資本調達手段である社債と比べて2倍以上の税率がかかっているというのが現状なのです。このように書けば、株主というのは金持ちだからたくさん取ればいい、という意見も出てくるのかもしれません。しかし株主というのはそもそも「投資しない」という選択肢も持っているのです。世界中の投資家は当然の事ながら、税引き後のリターンを投資前に計算した上で投資しますから、46%を差し引いた後のリターンが低いと思えば、投資してくれません。そうなれば、そもそもこの金持ちから取れる税金はゼロになってしまうのです。そればかりか、投資してくれなければその法人は設備投資や研究開発、優秀な人材を雇うのに必要な資本を集める事ができません。資本不足に陥った時、資本増強に応じてくれる投資家がいなければ命取りになってしまいます。景気が悪くて赤字になった時でさえ、その損失を肩代わりしてくれる株主がいないというのはその法人のみならず、日本全体にとっての損失でしょう。それなら、税率を下げてでも投資を呼び込むべき、というのが普通の考え方だと思います。ここまでで、この46%というのは、要するに資本に対する税金である事がお分かりいただけると思います。例えば投資家が10%のリターンを求めているとしたら、日本では法人は資本に対して18.5%(10÷(1-0.46))もの利益を上げないといけないという事になります。法人税+配当税が25%の国は、資本に対して13.3%(10÷(1-0.25))の利益を上げるだけで良いのです。これでは法人は平等な競争が出来るはずがありません。日本の企業がどんどん海外に進出してしまう、というのはこういう事です。昨年秋、ようやく法人税減税が実施に向けて動き出した時、財務当局から証券優遇税制を廃止する方向の発言がニュースに流れました。上記の仕組みをご覧いただければ、この発言は法人税減税の効果を吹き飛ばしてしまうものである事がお分かりいただけると思います。ようやく法人税が5%引き下げられる見通しになったというのに、配当税率が5%引き上げられたら、元の木阿弥です。法人税減税の必要性を訴える人はたくさんいるのに、財務当局でさえ証券税制とセットで考えられないというのは、非常に残念な事だと思いました。日本は金利がゼロなので、金融政策で出来る事は殆どないとよく言われます。確かに企業にとっての他己資本である貸出しに対して与えられる影響はそうかもしれません。しかし、企業にとっての自己資本である株式などについて「資本の金融緩和」をする余地はたっぷりあります。今回法人税減税もそうですし、証券税制もそうでしょう。この他にも、資本の金融緩和をする方法について、思い付く案は沢山あります。他己資本の金融緩和は日銀の専管事項かもしれませんが、自己資本の金融緩和ができるのは政府に他ならない、という認識が必要だと思います。
2011.02.04
新年明けましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします。 来週、パシフィコ横浜で行われる楽天証券新春講演会の準備をするにあたり、ちょうど1年前に同講演会で講演させていただいた内容を読み返してみました。主な内容は以下の通りでした。 金融危機以降、世界の中央銀行はマネーサプライを積極的に増加させてきている一方、日本は殆ど変わらず。為替相場は需要と供給で決まるのだから、これでは円高が進むのは当たり前だ。今年(2010年)も当然のように円高が進むだろう(当時93円台)。日本では円高が進行すると必ず為替介入という話が出る。しかし相場というものは、結局は需給を反映するもので、需給は上記の通りだ。介入のような小手先の操作は円高解決の手段ではない。為替介入といえば不思議なのは、債務超過のはずの外国為替資金特別会計から3兆円近くが「埋蔵金」と称して一般会計に振り替えられた事。民間企業なら粉飾まがいの会計操作だ。株式相場は2009年は上昇、2010年は下落すると見てきたが、実際2009年は大きく上昇した。そして2010年下落するという見方は変わらない。株式相場が下落すると見る理由は、金融危機を通じてアメリカ政府が先送りした多くの問題はいずれ顕在化してくると見るからだ。2010年はそのきっかけがいくつかある。(1) FRBによる住宅ローン証券の購入が2010年3月をもって終了する。(2) 2010年末には「ブッシュ減税」がサンセット(終了)となる。(3) 2009年2月以降の「オバマ景気対策」は2010年半ばに息切れする。これらの影響は、金融危機を通じて財政を拡大させたアメリカ政府と、一般の住宅ローン保有者に表れてくるだろう。財政拡大によって増発された国債はFRBが買っている。一言で言えばアメリカはドルをバラ撒いているだけだ。このような状況では投資家は、 人間がいくらでも発行できてしまう「通貨」というものに対する信用を無くすだろう。自ずから資金は金に向かうはずだ(当時金は1,120ドル)。 振り返ってみると、為替や金はこの通りの動きとなりました。アメリカの主要株価指数であるS&P500指数も2010年8月末まではマイナス6%でした。しかしその後、上記(1)(2)(3)の全てに変化が生じました。 (1) 2010年8月末、FRBバーナンキ議長が証券購入再開を示唆。(2) 11月の中間選挙に向けて共和党が大躍進、「ブッシュ減税」延長の可能性高まる。(3) 12月、ブッシュ減税延長と共に、失業保険給付延長、社会保障減税等。 この結果S&P500指数は9月以降反発、12%の上昇で2010年を終える事になりました。 このコラムでも何度か書かせていただいた通り、アメリカは金融危機の原因となった問題を先送りしてしまっています。目先は厳しくても、問題と向き 合って解決していけば、自ずから回復は見えてくるはずです。そしてその回復は非常に力強いものとなるはずです。2010年の例で言えば、FRBが証券購入 を再開せずに、ブッシュ減税を延長しなければ、景気は低迷したままだったかもしれませんが、その分住宅市場や不良債権問題の処理はどんどん進んでいった事 でしょう。トンネルの先が見えれば、アメリカの株式相場は自律的な、力強い上昇が見込めたはずです。希望的観測も含めて私はそのようなシナリオを描いてい ました。 しかし2012年に大統領選挙を控えたアメリカにはそのシナリオを受け入れる余裕は無かったのでしょう。最近の長期金利上昇をご覧になって明らかな 通り、FRBが証券を購入しようとしまいと、住宅市場や不良債権の問題は解決しません。リーマンショックの背景となったモラルハザード、「いわゆる大き過 ぎて潰せない」も今や元の木阿弥です。ヨーロッパ各国の救済を見ても分かる通り、今では誤った振舞いでも救済するのは当然のようになってしまっています。 これでは過剰なリスクテイクを助長しているようなものです。このような問題も再び、先送りされてしまいました。 QE1は70兆円に上るオバマ景気対策を伴い、QE2も結果的に70数兆円に上るブッシュ減税延長を伴う事になりました。第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日)に 続く「問題先送り第二弾」でしょうが、いずれも金融政策に財政政策が伴っているため、それなりの景気押し上げ効果が見込めるでしょう。一方でこのような財 政支出によってアメリカの公的債務は早ければ今年3月にもGDPの100%を超える見通しです。さらに上記のような先送りされた問題は残ったままです。今 年は上昇が予想される中、いつ再び顕在化するか分からないこれらの問題と対峙していかなければならない一年になりそうです。そのような中、どのような投資 戦略を取るべきなのか、横浜で皆様にお話しできるのを楽しみにしています。 (2011年1月10日記)
2011.01.11
アメリカの2010年年末商戦は好調な滑り出しとなりました。全米小売業協会の発表によると、11月末感謝祭明け4日間の売上げは前年同期比 9.2%増となっています。実はこの数字、歴史的にはGDP(国内総生産)の個人消費支出の伸びとそれほど相関性の高いものではありません。しかし事前のエコノミスト予想が低かった事や、去年この4日間の売上げがサッパリだった事を考えれば、十分好調なスタートと言えるでしょう。実際最近の株式市場も、小売関連企業が相場の牽引役となっています。株価というのは先行指標ですから、多少流行に疎くても、株価の動きを見ていれば何が売れているのか、どのような企業がヒット商品を出しているのかを教えてくれます。特にこの時期は流行が株価に与える影響が顕著です。そこで今回はアメリカの今年のヒット商品&企業を皆さんにご紹介したいと思います。第一に今年顕著なのは、靴のメーカーや専門店の株価が大きく上昇している事です。靴というのは一応消費財でしょうが、ある程度我慢して修理とかも施せば長く履けない事はない。特に金融危機後は消費者にとって格好の節約対象となってきたのでしょう。しかし金融危機が遠のいた事で、ここに来て一気に買い替えブームが訪れたという事かもしれません。ムートンブーツで有名なUGGを傘下に持つデッカーズ(DECK)の株価は9月以降90%の上昇率となっています。この他合成樹脂サンダルのクロックス(CROX)も同期間40%以上の上昇。靴専門の小売ではシューカーニバル(SCVL)が75%、DSW (DSW)が65%、フットロッカー(FL)が65%と驚きの上昇率となっています。今年の年末商戦No.1ヒット商品は靴と言っても過言ではないでしょう。第二に、全米小売業協会の調査で、身の回り品に次いで買い物が多かったのは家電製品です。家電製品の人気商品は大きく4つに分かれます。(1)体の動きで操作するゲーム機器この分野では任天堂(NTDOY)の「Wii」が先行していますが、今年はマイクロソフト(MSFT)が「Xbox」の周辺機器として、コントローラーを使わずに身ぶりや声などを使ってゲームを操作する「Kinect(キネクト)」の販売が好調です。世界での販売台数は発売から1ヵ月を待たずして250万台を超え、会社目標「年末までに500万台」の達成は時間の問題とみられています。(2)薄型テレビLCDテレビ(液晶テレビ)、LEDテレビ(液晶のバックライトに発光ダイオードを採用したLCDテレビ)の低価格化、インターネット接続や3Dなどの新たな機能の認知が高まることで昨年以上に需要が強まっています。関連銘柄としては、米国での市場占有率(シェア)トップの韓国サムスン電子や家電量販最大手のベストバイ(BBY)、ネット接続機能の付いたテレビ向けにオンラインで映画やテレビ番組を配信できるサービスを強化するネットフリックス(NFLX)などがあげられます。(3)タブレット型端末・電子書籍端末全米家電協会(CEA)が発表した2010年の「米国の成人がクリスマスプレゼントに欲しい家電」ではノート型パソコンに次ぐ商品として選ばれています。今春発売されたアップル(AAPL)の「iPad」が独走状態。グーグル(GOOG)の携帯端末向け基本ソフト「アンドロイド」を搭載した機種はまだ一部にとどまっており、対抗機とされるサムスン電子の「ギャラクシー・タブ」も米国ではまだ未発売となっています。ただ私もiPadを持っているものの、読書が目的であればアマゾン・ドットコム(AMZN)の「キンドル」の方をおすすめします。(4)スマートフォン(高機能携帯電話)世界的なスマートフォン普及の先駆けとなったアップルの「iPhone」の最新機種が販売台数を伸ばしていますが、今年はグーグルの基本ソフト「アンドロイド」を搭載した製品「アンドロイドフォン」の躍進が目立ちます。機種が多く、単一機種の「iPhone」と比べ、利用者のニーズに合った機種が提供できることが普及に繋がっています。なお、主要な「アンドロイドフォン」メーカーとしては、モトローラー(MOT)やサムスン電子、台湾HTC などがあげられます。第三に、全米小売業協会の調査で家電製品に次いで消費が向かっていたのは玩具です。玩具のヒット商品として目立つのは下記2商品です。(1)ダンススター・ミッキー玩具大手マテル(MAT)の子会社が発売する「ダンススター・ミッキー」は既に取扱店で売り切れ店が続出。小売価格は69.99ドルですが、多くのオンライン販売店でプレミアムが付いた100ドル前後で販売されている状況です。(2)レゴ社の新製品プラスチック製の組み立てブロックで世界的に有名なレゴ社が今年から全世界で展開しているボードゲームの一種「レゴゲーム」が、目新しさから度々メディアで取り上げられています。また、大ヒット映画「トイ・ストーリー3」や「ハリーポッター」シリーズに関連した同社のブロック商品の売れ行きも好調です。最後に、近年顕著なのは、本やCD、DVDなどのプレゼントが減少傾向にある事です。「モノ」というよりも「ソフト」として取り扱われるようになっている時代的背景があるのでしょう。そのような中、私からは敢えて、最近読んだ日本の2冊の本をお薦めしておきたいと思います。 * 経済古典は役に立つ (光文社新書・2010年11月) /竹中平蔵著 * マスコミは何を伝えないか-メディア社会の賢い生き方(岩波書店・2010年9月) /下村健一著皆さんのホリデーショッピングの一助になれば幸いです。(2010年12月10日記)
2010.12.13
11月4日付けワシントンポスト紙へのバーナンキFRB議長の寄稿を読んで首をかしげてしまいました。「(QE2が与える効果として)株価の上昇は消費者の資産を増加させ、信頼感の増加を通じて支出を刺激する。支出の増加は所得や利益向上を通じて経済成長を支える。」-実際8月末、ジャクソンホールで同議長がQE2(第二弾量的緩和策)を示唆して以降、その期待から株式相場は上昇してきました。しかし前回書かせていただいた通りQE2は世紀の大実験であり、FRBの使命である「雇用の最大化と物価の安定」に本当に寄与するかどうかは、現時点では誰にも分かりません。ましてや今後の株価上昇を前提にするのは疑問と言わざるを得ません。私はむしろ、ジャクソンホール以降の株価上昇の方がバブル(QE2バブル)だと考えているからです。確かに金融危機後実施されたQE1(第一弾量的緩和策)は景気にも株式にも大きな押上げ効果をもたらしました。しかしQE1が大きな効果を上げた大きな要因は70兆円強に上るオバマ景気対策を伴っていたからである事を忘れてはなりません。国債が増発され、その国債をFRBが購入した(紙幣と入れ替えた)のですから、オバマ景気対策というのは広く国民に紙幣をバラ撒ける政策となったわけです。一方でQE2は財政政策を伴っていませんから、基本的には長年日本が経験して来たのと同じ。要するにその多くが銀行の準備預金としてFRBに積み上がるだけで、国民にお金を回す政策が欠けているのです。また前号で「QE2によって長期金利が下がりにくくなるのは容易に想像が付きます」と申し上げたところですが、早速長期金利が上昇を始めました。 QE2でFRBが購入の対象としているのは9割方が短中期国債です。FRBとしては量的緩和を解除する、いわゆる出口戦略を考えた場合、満期と共に出口をむかえられる短中期国債の方が都合が良いのでしょう。長期国債を保有していて「出口」をむかえるとなると売却損が出る可能性が高くなってしまうからです。一方、市場ではそのようなFRBの事情を見透かす形で長期金利がどんどん上昇してしまっています。この結果、現在QE2が購入の中心としている5年物国債と、長期である30年物国債の利回り差は2.8%に拡大しており、これは1970年代以来最大の水準です。長期金利が何故重要なのか。それはそもそも、QE2が必要となった原因である雇用情勢も、デフレも、住宅をはじめとする不良債権問題が背景にあるからです。住宅市場に影響を与えるのは長期金利です。従ってQE2が最もターゲットとしなければならないのは長期金利である筈なのに、その長期金利は逆に上昇してしまっているのです。QE1において、FRBが買い取る対象の殆どが住宅ローン関連証券であった事、オバマ景気対策の中で住宅市場対策が多く盛り込まれたのとは大きく状況が異なります。さらに長期金利が重要なのは株式市場も同じです。株式というのは満期のない証券なのですから、30年物国債よりも敏感なはずです。前号でも書かせていただいた通り、短期性の資金はともかく、長期金利が上昇していく状況で、株式市場にしっかりした中長期性の資金が流入してくるとは思えません。歴史的に株式相場が大きく上昇するのは、比較的景気が良いのに長期金利が低下しているという状況です。しかもその場合は通常、金融セクターが相場のリード役になるものです。しかし現在は逆に、比較的景気が悪いのに長期金利が上昇している状況。そして相場のリード役であるはずの金融セクターは、今年4月に既に高値を付けた後低迷を続けているのです。相場の格言に「噂で買ってニュースで売れ」というのがあります。8月末のジャクソンホールが「噂」であったとすれば、今月初のQE2発表は分かりやすい「ニュース」です。上記状況とも合わせて考えればこの先、QE2バブルが崩壊していく可能性の方が高いように見えます。(2010年11月15日記)
2010.11.17
先週FOMC(米連邦公開市場委員会)の声明で、2011年6月末までに6000億ドルの国債を購入するという、いわゆる量的金融緩和第二弾(Quantitative Easing 2)が発表されました。8月末、バーナンキFRB議長のジャクソンホールでの講演以降、急速にその可能性が市場に織り込まれてきましたが、今回それが現実のものとなったというわけです。QE2発表以降、FRBに対しては様々な批判や意見が述べられています。しかし中には誤解と見受けられるものもあります。そこで今回は第一にQE2決定に至った背景、第二にその上でどのような投資戦略を取るべきかを書かせていただきたいと思います。同じ中央銀行であるFRBが日本銀行と象徴的に異なるのは、その使命として「雇用の最大化」がうたわれている事でしょう。FRBはその使命として、「物価の安定」と「雇用の最大化」の両方を担っています。それでは現在のアメリカの物価及び雇用状況から、目標とすべき政策金利(FF金利)はいくらなのでしょうか。サンフランシスコ連銀が6月に示した試算によると、FF金利はマイナス5%を示しています。これは過去の物価及び雇用状況からFF金利を回帰分析したもので、式は以下の通りです。2.1+1.3×インフレ率-2.0×失業率ギャップ(現失業率と自然失業率の差)=目標金利2.1+1.3×1.0-2.0×(9.7-5.5)=-5.0%もっともFF金利をマイナス5%にする事はできないので、他の方法によって、FF金利をマイナス5%にしたのと同様の効果が表れる状態にしなければなりません。今回発表されたような国債購入によってFF金利を引き下げたのと同様の効果を得るには、どのくらいの国債を購入すれば良いのでしょうか。これについてはNY連銀のダドリー総裁が10月の講演で示した、「5,000億ドルの国債購入で、FF金利を0.5-0.75%引き下げたのと同様の効果が得られる」とのガイドラインが参考になります。という事は、現在ゼロであるFF金利をマイナス5%にするには、国債をどれだけ購入しなければならないでしょうか。あとは計算するだけですね。 3.3兆~5兆ドルという金額が出て来る筈です。これだけでもとても大きな金額のように見えると思います。しかし適正FF金利を上記の回帰分析とは異なる、(先見性が高いと言われる)テイラールールに基づいて計算すると、実はマイナス7%という数字が出てきます。すると必要国債購入額は4.6兆~7兆ドルに増加します。もちろん量的金融緩和というのは世紀の大実験であり、このような計算通りになるとは限りませんし、大きな副作用を伴う可能性も十分あります。従って FRBとしては、やり過ぎるリスクは避けたい所でしょう。しかし上記金額の半分としても、3兆ドル近い数字が出てきます。今回取り敢えず6,000億ドルという数字が発表されましたが、こう考えると来年7月以降、さらに継続されたり、場合によっては増額されたりする可能性は十分にあるという事です。ちなみに日本でもそうですが、このような非伝統的な事をやろうとすると、必ず批判が続出します。しかしこのまま放っておけば、アメリカの大恐慌後や、日本の「失われた20年」と同様の道を辿る可能性が高い状況です。それならば、やれる事はやってみるべきだ、というのがアメリカのスタンスです。もちろん現時点で大実験の結果は誰にも分かりませんが、少なくともこの行動力の違いがここ数年の円高の一因である事は言うまでもありません。さらに付け加えれば、上記金融政策によって毎月数兆円単位で供給されてくるドルを、為替介入によって購入する日本はお人好しとしか言いようがありません。さてこのような状況を受けて、どのような投資スタンスが有効となるでしょうか。第251回 金への投資(2009年10月9日)、第269回 2010年後半に向けての米国経済・株式相場の見通し(4)(2010年8月27日)でも書かせていただいた通り、引き続き金は有効な投資対象でしょう。例えばQE2を受けて中国政府は何を考えるでしょうか。ドルに対して元相場を固定しようとすると、ジャブジャブ印刷されてくるドルを購入し続けなければなりません。ドルの外貨準備が増えても、ドル自体の価値が怪しい状況です。しかもこれはドルに限った話ではなく、人類が発行できてしまう通貨というもの自体が信頼できない、という事になるでしょう。中国に限らず、資産の保全を考える投資家の資金は金に向かうはずです。株式は短期資金が流入しやすい一方、長期性の資金は入りにくい状況となるでしょう。QE2によって長期金利が下がりにくくなるのは容易に想像が付きます。現在のように、10年債利回りと30年債利回りの差が1.6%にも拡大するのは、1970年代以降初めての事です。アメリカ経済にとってのアキレス腱である住宅市場に与える影響は無視できなくなるでしょうし、満期まで10年の証券より30年の証券の方が売られているのですから、中長期的には、満期のない証券(株式)も楽観視できないはずです。しかし短期性の資金はそういう事もお構い無しに暴れてくる可能性があります。投資家が短期性の資金で何かやりたい時に典型的なのは、最近パフォーマンスの良かった銘柄をさらに追いかける事です。この結果、パフォーマンスの良い銘柄に資金が集中する傾向があります。これは実際、1999年にY2K問題を見越して各国中央銀行が金融緩和を行った際にも起こりました。もちろん、当時の例に照らせば深追いは禁物という事です。(2010年11月7日記)
2010.11.09
今日、世界3位の化学メーカー、ライオンデルバゼル社(LYB)がNY証券取引所に再上場を果たしました。ライオンデルバゼル社は2009年1月、 金融危機の影響を受けて経営破たん。今年5月に約180億ドルの負債を株式に転換する事によって連邦破産法11条から脱出、店頭市場での株式取引が再開さ れていました。我々が運用するファンドでは6月初旬、16ドル台に突入した場面を捉えて投資を実行、本日の上場株価27ドルにて売却する事が出来ました。 第265回 Drペッパーはお好き?(2010年6月16日)で ご紹介した通り、我々が「良いビジネスを安く買う」機会として、スピンオフ(分離・独立)と並んで重視しているのが破綻再生企業への投資です。破綻再生企 業は一般に、以下の理由で株式を割安で購入できる傾向があります。第一に、破綻した企業というのはイメージが良くありません。いくら債務を整理して再生し てきたとはいえ、特に当初はそのような株式は投資家に敬遠されがちです。第二に、再上場して一定期間は証券会社等からの分析レポートなどの情報ソースに乏 しく、一般の投資家が投資に踏み切りにくいという問題があります。 第三に、破綻した企業は通常、その前数年間は赤字を出しています。従って、再生してきて黒字が出ても、過去の累積赤字と相殺できるので、当面法人税 を支払わなくてよい状態になります。同じ利益でも、税引き後利益は30-40%増になるという訳です。第四に、アメリカでは多くの場合、債務整理に債務の 株式化(Debt to Equity Conversion)が利用されます。債権者に株やワラントが支給されるのですが、通常債権者は株式運用が本業ではありませんから、価値に拘わらず市場 で投げてくるケースが散見されます。ライオンデルバゼル社の店頭取引が始まった直後から株価が下落したのも、このような債権者による投げが主因と見られま す。 上記の通り破綻再生企業の株価が割安になる傾向に加え、そもそもライオンデルバゼル社破綻の要因は非常に分かりやすいものでした。もともとライオン デルバゼル社は2007年12月、買収合戦の末バゼル社がライオンデル社を買収してできた会社でした。ご存知の通り、当時はファンドによる企業買収真っ盛 りの時でした。しかし、ビジネスには適正な負債比率というものがあります。負債が多過ぎると万一の際、危機を乗り越えられないし、負債が少なすぎても株主 資本を有効に活用できません。その業界ごとに適正な負債比率があるものですが、ライオンデルバゼル社の場合は2007年の買収によって、負債が到底適正と は言えない水準にまで膨らんでしまっていたのです。 そこに運悪く訪れたのがリーマンショックです。恐らく2007年の無理な買収がなければ乗り越えられたのでしょうが、後の祭りでした。しかし今年に 入って債務の株式化が進んだ事で債務は大幅に圧縮、化学メーカーとしては適正と見られる負債比率を回復する事が出来ました。我々の分析ではライオンデルバ ゼル社の実力はEBIDTA(利息・税金・償却等控除前の利益)35億ドル。業界平均のEBITDA倍率5.5倍から割り出した株価22~28ドルを適正 と算出。真ん中である25ドルで50%の上昇が見込める16ドル台を購入価格と定めていました。我々のファンドでは通常、3~5年で少なくとも50%以上 の上昇が見込める株式に投資する事にしています。しかし通常予定よりも大幅に遅れる事の多い再生、再上場がほぼ予定通りに進み、たった4カ月で株価が 60%近く上昇した今回のようなケースは珍しく、この点は幸運以外の何物でもありません。 2008年の金融危機時にはこのように、少し無理をしただけで破綻に追い込まれる企業が続出しました。そしてその多くは本業には何ら問題はなく、負 債さえ適正水準に戻れば比較的容易に再生できる企業ばかりです。金融危機から2年経った今、市場にはこのような企業が沢山見受けられ、破綻再生企業への投 資は好環境にあると言えます。我々のファンドでも他に数件、破綻再生企業への投資を実行しており、当面パフォーマンス上昇に貢献してくれると見ています。 (2010年10月14日記)
2010.10.15
先日、日本で流れていたニュースを見て驚いてしまいました。「外為特会で評価損30兆円、積立金取り崩し困難に」。もちろんその内容に驚いたのではありません。こんなに古い情報が今ごろNEWSとして取り上げられている事に対してです。そして推測したのは、多くの日本の人は、日本政府がこれまでの為替介入で30兆円の損失を出している事実を知らないのではないか、そしてその30兆円は納税者負担である事を認識していないのではないか、という事です。認識していれば、これほど世論が「為替介入をやれ」と盛り上がる事は考え難いからです。為替介入はタチが悪いことに、巨額の損失が出る頃にはその責任者はとっくに政権を去っていて責任を問えません。国民は後になって借金だけ負わされる事になるのがこれまでのパターンですが、それが広く認識されているかは疑問です。今年1月、横浜での楽天証券新春講演会の冒頭で私は以下のようなお話をさせていただきました。第一に、(M1増加率の国際比較チャートをお見せして)金融危機が始まった2007年以降、アメリカもユーロもイギリスも中国も軒並み積極的にマネーサプライを増やしている。日本は何もやっていないので円高が進むのは当たり前だ。第二に、このような要因で円高になっているにも拘わらず、日本では円高が進むと必ず為替介入という短絡的な話になってしまう。しかし外為特会には過去の為替介入の失敗で20兆円以上の損失が発生している事をよく認識するべきだ。おまけに最近、債務超過のはずの外為特会から「埋蔵金」と称して3兆円近くが一般会計に繰り入れられたのは一体何なのか?フェアに申し上げると、外為特会には20兆円の積立金がありますから、純損失は10兆円です。単純化して示すとこういう事です。ドルが115円の時に、115万円をドルに替えてアメリカの国債を買いました。これまでアメリカ国債から合計1,700ドル(=20万円)の利息を受け取りましたが、今ドル円レートは85円なので30万円の損失が発生しています。よって純損失は10万円です(実際の日本の損失はこの1億倍です)。それではこの10万円は誰の利益なのでしょうか。アメリカの納税者です。アメリカ国債の利息1,700ドルは当然アメリカの納税者の負担ですが、ドルが下落してくれたおかげで借金の元本が減少したのです。この結果アメリカの納税者はお金を借りたのに逆に10万円得をする、即ちマイナス金利でお金を借りる事ができたのです。そしてそれを負担したのは日本の納税者です。これが為替介入の実態です。結局為替介入というのは、為替リスクは日本持ちでアメリカのファイナンスに貢献する事に他ならないのです。何故このような事が繰り返されるのか、それはこのような実態が広く認識されていない事に起因する可能性が高いと感じています。前号で円高対策の第一ステップとして「他国の国債を買うくらいであれば、自国の国債を買えばいい」と申し上げました。日本国債であれば為替リスクは発生しないし、第一、日本国民自身のファイナンスに貢献する事になるのです。この辺があまり理解されていないと思い、先週出演させていただいたテレビ番組でも以下の通り少しご説明させていただきました。政府にとって負債である国債を日銀が買うと日銀の資産に入ります。そして政府・日銀のバランスシートを連結して考えると、日銀が買った分の国債は相殺できる、即ち経済的な効果としては国債という国の借金は減少する事になります。減少した国債はもちろん、日本国民は返済する必要はないし、利息を支払う必要もありません。相殺する作業は国会がねじれていない時にでもやってもらえば良いと思いますが、取り急ぎ経済的には大きな問題ではありません。次に日銀による国債購入が円高対策になるか、という点です。均衡為替レートは以下の通り表されますので、理論的には円安になるはずです。R\=R$+(Ee$\-E1$\)÷E1$\R\:円金利R$:ドル金利Ee$\:1年後の期待ドル円レートE1$\:現在のドル円レート日銀が国債を買うと金利がゼロの日銀券に換わりますから、裁定が働いて左辺の金利が下がります。他の条件が一定であれば、E1$\=現在のドル円レートは上昇しなければなりません。但し理論通りにならないケースも考えられます。特にFRBがさらに量的金融緩和を実施してくるなど、「他の条件が一定」とならないケースです。そこで、それでももし円安にならない場合の対策も考えておきましょう。極端な例として、日銀が国債を700兆円購入しても円安にならなかったとします。すると日本国民は納税者負担なしで国債を完済出来てしまう事になります。要するに、日銀による国債購入は円安要因になるはずですが、ならない場合は納税者負担なしで借金を返済できる、「コインの表が出ても裏が出ても国民の勝ち」という訳です。これは円高だからこそできる、広く日本国民が享受できるメリットなのです。これは考えられる円高対策のほんの一例です。今回始まってしまった為替介入が、日本国民が本来広く享受できるはずのこのようなメリットを奪ってしまわない事を願うばかりです。(2010年9月21日記)
2010.09.22
最初にはっきりさせておきたいと思います。私は金融危機が始まってからのこの3年間に進んだ約30%の円高(ドル120円→85円、ユーロ160円 →110円)は日本人の命を脅かす大問題であり、本当に何とかしないといけないと思っています。特に生産性が急上昇した等の理由もなく、日本人の賃金が実 質的に30%も上昇しているのです。当然日本企業は外国人を雇うでしょうし、外国の企業は日本人を雇わなくなるでしょう。毎日100人近くの人が自ら命を 絶ち、その多くが経済問題である状況は早急に何とかしなければなりません。 先々週、円高対策についてのテレビ番組で私は、「政府・日銀は既存の枠組みにとらわらず、クリエイティブな発想をするべきだ」と申し上げました。人の命に比べれば、既存の枠組みの重要性など二の次でなければならない、という意味です。 だからと言って、多くのメディアも専門家と呼ばれる人達も、その処方箋がなぜ為替介入となるのか、私には到底理解できません。為替介入がいかに愚策かは、去年書かせていただいた通りです(第254回 為替介入は愚策(2009年11月30日))。しかし市場をよく知らない人たちの主張が一般に広がってしまい、世論を気にした政府が仕方なく為替介入を実施してしまうという過去の過ちが再び繰り返されかねない、今はそのような危険な状態だと思っています。 私は1989年から1999年まで、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)の本店とニューヨーク支店のドル・円為替ディーラーでした。当時東京銀行の シェアは東京市場でダントツでしたので、市場の厚みをより正確に知る事が出来る立場にありました。もちろん当局による為替介入も何度も経験しました。その 経験を踏まえて一言で言うと、市場の厚みは、一般の人が考えている何十倍も、何百倍も厚いという事です。もちろん為替介入が一時的に効く事はあります。し かし効かない時はいくら大規模の介入をやっても全く効果はありません。為替市場は毎日フラフラ動くので、いとも簡単に動かせると思っている人が多いかもし れません。しかしそれはとんでもない誤解です。 今の為替市場で効くような介入をやろうと思えば、恐らく数10兆円単位の資金が必要でしょう。またそれは同時に、日本が今回の「戦闘」に使える最大 金額にも近いと思います。即ち、弾倉に入っている銃弾はせいぜい数10兆円です。一方で敵である為替市場の出来高はBISの発表によると1日で350兆円 です。しかも相手は毎日新しい弾倉を補充できるのです。短期的に市場との戦いに勝つ事があっても、時間の経過と共に相手に残りの銃弾数を見透かされ、遅か れ早かれこの戦闘に敗れるのは目に見えています。この戦闘に敗れてきた結果が、現在外国為替資金特別会計に発生している30兆円もの含み損失なのです。 私はよく為替介入を、「勉強もしないで成績表だけ書き換えるようなもの」と例えます。為替相場も成績表も「結果」であって、その場だけインチキをし てしのぐ事ができても、後で必ず痛い目に遭う、という意味です。そもそも即効性のある市場対策など、ロクなものはないのです。既にここまでの説明で、口先 介入に意味がない事はご理解いただけると思います。即ち、「為替介入をやるぞ」と言った所で、市場には「それじゃかかって来いよ」と言われるだけなので す。 それではなぜ非不胎化介入も愚策なのか。私が言いたいのはそもそも、「円を売るのはいいが、何故ドルを買わなければならないのか」という事です。特 にアメリカやユーロが、これだけ通貨を印刷してきている時に、です。日本は介入して得たドルで米国債を購入します。するとアメリカの中長期金利が低下し て、アメリカ国民が本来負担すべき利払い負担が減少します。これは実際に2003-4年、日本が大量のドル買い・円売り介入を実施して起こった出来事で す。しかし日本がこれだけ苦しい時に、何故また他国の国債を購入して、本来アメリカ国民が負担すべき利払いの一部を日本人が負担しなければならないので しょうか? 他国の国債を買うくらいであれば、自国の国債を買えばいいのです。前出のテレビ番組で具体策を聞かれ、私は「まず、日銀による国債購入を大胆に増やすべきだ」と答えました。思い付く円高対策はたくさんありますが、これはまず最初のステップです。 ここからが「既存の枠組みにとらわれないクリエイティブな発想」です。それは、そもそも政府と日銀は夫婦のようなものだという事です。夫が債券を発 行して、妻がその債券を買っている限り、その家計の借金はチャラです。少なくともそれで、将来その家計が他人に迷惑をかけるような心配はありません。あと は夫婦喧嘩でも何でもして、又はお互いの機嫌の良い時を見計らって解決してくれれば良いのです。本当、いつでも結構です。最近よく政治家による日銀批判を 目にします(日銀も政府に言いたい事は山ほどあるでしょう)。しかし日本国民はそのような夫婦喧嘩に付き合う必要は全くないのです。夫婦喧嘩は後にして、 取り敢えずやらなければならない事だけ今やってもらえれば良いのです。 日銀が国債を購入する事は、市場に流通している国債を通貨に入れ替える事を意味します。国債は満期も利子も付くのに対し、通貨には満期がないので返 済する必要はないし、もちろん国民は利子も負担する必要もありません(夫婦間で利子のやり取りはされると思いますが、国民には関係ありません)。国の借金 増加が気になる昨今、通貨ってとても便利なものだと思いませんか?ただ余計な通貨が世の中に流通してしまうので、現金を持っている人にとっては実質的に価 値が下がり、マイナス金利と同じような効果になります。そんな事をしたら為替市場で円が売られてしまう、とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。し かしそのような方に今一度お聞きします。「円高で困っているとおっしゃっていたのではないのですか」と。 (2010年9月1日記)
2010.09.01
これは去る7月4日及び10日に東京で大阪で開催された、楽天証券サービス開始11周年セミナーでの講演を要約したものです。今回は四回目(最終回)です。 これまでの米国経済・株式相場の見通しを踏まえて、まずこの先2-3年有効と見られる投資戦略を考えてみたいと思います。 第一に、金への投資です(第251回 金への投資(2009年10月9日)参 照)。前述の通り、当面資産デフレが続く可能性が高い一方、世界の各国政府は財政政策も金融政策も使い切ってしまった感があります。今後取れる手段という のは非伝統的金融政策、いわゆる量的緩和くらいしかないというのが実情でしょう。金というのは歴史的にインフレ時に上昇する傾向の強い商品でした。しかし 今後は、景気が悪くなったり、デフレ圧力が強くなればなるほど各国政府は積極的に量的緩和を実施してくるでしょう。この結果、貨幣の貯蔵手段としての機能 が薄れ、投資家は金のような代替資産にシフトしていかざるを得なくなると考えています。このような考えから我々が運用するファンドでも、2009年春から ドル建て金ETFに投資しています。 金に関してよく聞かれるのが次の2つの質問です。 1つは金はバブルではないのか、というもの。これに対して私は、「金がバブルなのではなく、(日本を除く)各国の通貨供給量がバブルなのです。金は悪くありませんよ。」とお答えしています。 2つ目は金は実需がないから上昇しないのでは、という質問です。これに対して私は、「金は実需の割合が低いから良いのです。この先景気減速が予想される中、実需の割合が高い商品は、需要減少で価格が下がってしまうではないですか。」とお答えしています。 この先2-3年有効と見られる第二の投資戦略は、空売りです。我々が運用するファンドでは今年初、株価変動率が低下した場面を捉えてアメリカの代表 的株価指数であるS&P500指数の中長期プットオプション(売る権利)を購入し、相場全体の下落に備えています。今に限らず、相場というものは上がる時 もあれば下がる時もあるものです。「空売りはやった事がない」という方も、当面の相場に備えて、一度空売りの練習をやってみるに越した事はないと思いま す。 第三の戦略は市場中立ポジションです。最近になって株式相場の変動率が高くなってきた事で、様々な所に株価の歪みが生まれてきています。例えば我々 が保有しているポジションの例を申し上げると、某欧州株の買い、某日本株の売りです。この2社は親子関係にあり、欧州の会社が日本の会社の株を保有してい るのですが、この保有株の価値が欧州の会社の価値を上回るという、いわゆる「ねじれ」が起こっています。我々はこの2社の株価関係をずっと見てきました が、ねじれが生じるのは数年ぶりの事です。恐らくギリシャ危機をきっかけにユーロや欧州株が必要以上に売られ、理論値以上に行き過ぎてしまったのが要因と 見ています。このポジションは買いと売りを組み合わせているので、株式相場全体がどうなろうと、時間が経てばあるべき理論値にサヤ寄せされていくはずで す。このような「ねじれ」を捉えたポジションは我々が得意とする戦略の一つでもあります。 このように、この先2-3年を見据えた時、単なる株の買い以外の戦略を考える必要があると見ています。 しかし、その後はどうでしょう。実は私はこの2-3年内にアメリカ株の格好の買い場が訪れると考えています。その大きな理由は、アメリカは今回、金融危機後初めて問題を先送りしていないからです。私は2009年4月、アメリカ株の上昇を予想しました(第240回 「問題先送り」で相場は上昇へ(2009年4月9日)参 照)。しかし、これはアメリカが当面の問題を先送りした結果の、人工的な株価上昇と分かった上での事です。根本的な問題(不良債権や資産デフレの問題)を 解決しないまま、大規模な財政出動やFRBによる証券買取、時価会計凍結などその場しのぎの政策によって、株価だけが吊り上げられてきた事を忘れてはなら ないのです。 そして今、その逆が起ころうとしています。オバマ景気対策の効果は今年後半にかけて剥落していきます。新金融規制も導入され、新規住宅購入者が70 万円もらえるようなバラ撒きも終了しました。この先時間をかけてアメリカは借り過ぎ、過剰消費体質を改善していく事になるでしょう。その結果、株価も調整 を余儀なくされるはずです。時間はかかるかもしれませんが、このような根本的な問題の調整が終わったアメリカはこれまで以上に強くなると見ています。その 時まだ株価が調整局面にあれば、それは格好のアメリカ株の買い場になるでしょう。 株式というのは満期のない証券。投資はそもそも長期で考えなければならないはずです。我々の投資スタンスからすれば、2-3年というのはむしろ短期 に属します。アメリカのファンダメンタルズが改善し、しかも株価が安い。長期で考える投資家にとっては、この先2-3年内に、アメリカ株を安く拾う格好の チャンスが訪れる事になるでしょう。 (2010年8月25日記)
2010.08.27
これは去る7月4日及び10日に東京、大阪で開催された、楽天証券サービス開始11周年セミナーでの講演を要約したものです。今回は三回目です。アメリカが経験した1940年代の低迷相場……今後の相場がこれを辿るには2つのマクロ環境が満たされるのが条件と考えてきました。第一に財政均衡への動きです。アメリカでは、ルーズベルト大統領が1937年に打ち出した財政均衡策がその後の景気低迷につながったと言われています。2009年2月以降オバマ大統領は70兆円に上る景気対策を打ち、また今年6月のG20前まではむしろ財政政策継続の必要性を各国に呼びかける立場を取っていました。しかしG20を前後してスペインやイギリスが相次いで増税を実施、G20でも財政均衡が声明にうたわれる結果となりました。しかもアメリカは2010年後半からオバマ景気対策の反動が表れ始め、2010年末にはブッシュ減税の多くが失効する予定です。「景気回復がまだ脆弱な中、時期尚早な財政均衡策を取ってしまった」1937年の状況に類似してきてしまっているのです。第二に金融規制強化への動きです。1930年代のアメリカは、1929年株価大暴落の教訓から金融規制が次々と導入された時期でした。1933年グラススティーガル法、1934年証券取引法、1940年投資顧問法など、いずれもそれまでの行き過ぎを是正する規制とはいえ、金融機関への負担は免れません。それは法令順守コストの増加や貸し渋り等の形で、結局は消費者にコストが転嫁される性質の強いものです。そうなるとお金が回りにくくなり、結局は景気低迷の形で影響が表れてきます。さらに今回の金融規制では、「(金融機関)大き過ぎても潰す」「公的資金は一切投入しない」と、正に金融危機を脱出できた要因である「大手19行は守る」(財務省)やTARP(不良資産救済プログラム)資金などの対策が真っ向から否定されています。リスクは低下するとは言え、再びリーマンショックのような事態に陥った時に何が出来るのか、この不安は市場に反映されてくるはずです。この2つの条件が満たされた事で、この先2-3年、相場は低迷する可能性が高まってしまったように見えます。しかし私はその、今後2-3年予想される調整相場をむしろ楽観的に受け止めたいと思っています。何故なら、アメリカは金融危機後初めて、問題を先送りしない道を選択しているからです。そもそも身分不相応な借金を消費をしてきたのが問題なわけですから、一時的なショックを和らげるための財政出動は必要としても、中長期的には、借金や消費を身分相応な水準に戻していくべきなのです。金融システムにしても、これまでの緩い規制を利用した過剰なリスクテイクが問題だったわけですから、規制を強化してリスクを抑えていくしかないのです。金融機関の収益力は低下するでしょうが、それは必要な調整過程なのです。ここで過去20年間のアメリカの住宅価格の推移をご覧いただきたいと思います。2002年までは概ね年4.5%のペースで上昇して来た事が分かります。それが2003年以降、この4.5%上昇線を上放れ、いわばバブルが生じている状態がご覧いただけます。しかし2008年9月以降、今度は住宅価格が 4.5%上昇線を下回る状態が続いています。このように幸い、アメリカで住宅価格のバブルが観測されたのはせいぜい5年間だけの話なのです。既にこの2年間は「逆バブル」が起こる事によって調整が進んできていますから、あと3年も経てば住宅バブルの調整も終了する可能性が高いと言えます。このように住宅市場を見ても、ここ2-3年の調整はアメリカの復活に向けてむしろ必要な、ポジティブな調整と呼べるのではないでしょうか。それではこのような環境の下で、どのような投資戦略を取るのが有効なのでしょうか。ここ2-3年の投資戦略と、それ以降に向けた投資戦略を分けて考えてみたいと思います。(2010年8月5日記、次号に続く)
2010.08.09
これは去る7月4日及び10日に東京、大阪で開催された、楽天証券サービス開始11周年セミナーでの講演を要約したものです。前回に続き、今回は二回目です。今年前半まで、皆さんはよく「アメリカの住宅市場回復」などとするニュースをご覧になっていたのではないでしょうか? それでは本当に回復してきたのか見てみましょう。アメリカの代表的な住宅価格指数であるケースシラー住宅指数は2006年5月に206.11の最高値を付けた後、3年後の2009年 5月に140.77の安値を付けました。そして最新である2010年4月の値は146.45となっています。高値32%下落した後、約1年かかって僅か 4%上昇したものを、市場の回復と言えるでしょうか? 私には底這いにしか見えません。しかもその約1年間は政府が全力を挙げて住宅市場をサポートしてきた期間でした。住宅ローン条件変更プログラム(HAMP)によって問題が先送りされ、連銀は住宅ローン金利の押し下げを狙って住宅ローン等の証券化商品を1.25兆ドル購入してきました。さらにオバマ景気対策の一環として、新規住宅購入者には8,000ドルの税務控除が与えられてきました。しかしここに来て、金利の低下によってHAMPの対象となるような住宅ローンは急減、連銀は今年 3月末をもって住宅ローン等の証券化商品の購入を終了しました。新規住宅購入者に対する税務控除も今年4月末まで延長されましたが、遂に終了しました。これら、政府が全力を挙げて住宅市場をサポートした結果が、2009年5月から2010年4月にかけてのケースシラー住宅指数4%上昇だったのです。今後サポート策が無くなって、住宅市場がどうなるかは明らかだと思います。さらに今後、厄介な住宅ローンが条件変更をむかえる時期に入ります。これはオプションARM(変動金利)型住宅ローンと呼ばれるものです。どんな住宅ローンかというと、以下の通りです。通常の住宅ローンでは月々、ひと月の利息分+元本の一部を返済します。しかしオプションARMにおいては当初5年間、元本どころか、ひと月の利息分以下の返済金額で良い、というものです。例えば5,000万円の通常の住宅ローンで、月々利息20万円+元本相当分1万円分の合計21万円を返済しなければならない所、当初の5年は月々10万円以上の好きな金額を返済すれば良い(オプション)、とするものです。最低返済額の10万円を返済していくとすると、利息分の支払が10万円足りないわけですから、当然翌月には元本が5,000万円から5,010万円に増加しています。5年後には元本は5,600万円に膨れ上がっています。好きな金額を返済すれば良いのは当初の5年だけですから、5年後には通常の返済金額に戻ります。これをリキャストといいます。すると5年後に返済金額はどうなるか。まず元本が5,000万円から5,600万円に増加していますから、利息は12%増加、即ち20万円から22.4万円になります。加えて元本相当分は12%増加しているばかりでなく、既に5年間経過している分、例えば1万円から1.15万円に増加しているはずです。すると合計返済金額は 23.55万円。それまで月々10万円しか返済していなかったのに、5年経ったリキャストの時点でいきなり返済金額が倍以上になってしまうという図式です。どうしてこのような住宅ローンが人気だったのでしょうか? 当初の返済額が低いという点で、住宅購入者にとっての利点はすぐに分かると思います。しかしこの住宅ローンは銀行にとっても好都合でした。というのは当初の5年間、勝手に元本が増えていく部分について銀行は会計上、新規の貸出として処理できたのです。実質的には返済の延滞に近い性質であるにも拘わらず、です。貸借双方の利害が一致する形で、この住宅ローンは2005年夏から急速に伸び、 2006年後半にピークをむかえました。という事は当初の5年間が終わる時期、即ちリキャストの時期は正に今頃(2010年7月)から本格化し、2011 年後半にピークをむかえる事になります。当初、オプションARM住宅ローンのリキャストは、住宅市場にとっての核爆弾とも言われるくらい恐れられていました。推計で住宅バブル崩壊の初期に問題となったサブプライム・ローンと同規模の残高があるのが一つの理由です。しかしここに来て住宅ローン金利が再び急低下してきた事で、当初懸念されていたほどの影響はないのではないかとも言われています。実際の所、リキャストが本格化してみないと何とも言えませんが、程度の差はあれ、今後新たな住宅市場へのマイナス要因である事は間違いありません。2007年以降、アメリカの資産デフレは住宅にバトンタッチされましたが、このように考えていくと、残念乍ら資産デフレはまだ続いていくと考えざるを得ません。アメリカの歴史上、2000年3月以降のナスダック暴落に始まる資産デフレに匹敵するのは1929年の株価大暴落に始まった大恐慌の時くらいしかありません。その当時と株価推移を比べてみると、3年弱の暴落の後、5年近く反発し、その後1年強下落した後1年半反発するというパターンは非常に良く似ており、これは市場でもよく取り上げられる話題になっています。そして今後もそのパターンを辿るとすると、この先下落相場に入り、今後2-3年は再び下値トライという事になります。私はこのパターンに嵌まるには、当時このような相場環境に追いやった、2つのマクロ環境が満たされる事が条件と考えていました。むしろこの1年ほどは、アメリカ経済は当時とは異なる環境下にありました。しかしここに来て、マクロ環境は急速に当時の2条件を満たす方向に動いているのです。(2010年7月22日記、次号に続く)
2010.07.23
先日の東京・大阪でのセミナーには非常に多くの方にお越しいただき有難うございまし た。セミナー後、今年は他の沢山の方が抽選に漏れ、お越しになれなかったと伺いました。そこでお越しになれなかった方のために、数回にわたって講演の要点 を記したいと思いますので、参考にしていただければと思います。 最初に皆さんに認識いただかなければならないのは、大きな視点で申し上げると、世界経済は先進国を中心に、いまだ資産デフレの真っ只中にあるという 現実です。そしてアメリカの場合、それは既に2000年から始まっていて、今も継続中だという事です。実際、世界的に株価は年初来マイナスの国が殆どで す。ここで今一度、この2000年から始まっている資産デフレの流れを振り返ってみたいと思います。 スライド:資産デフレの流れ 2000年3月 ITバブルピーク 2001年9月 同時多発テロ 2002年7月 不正会計問題 2003年3月 イラク戦争、住宅バブルの始まり 2006年8月 住宅バブルピーク 2007年7月 金融危機の始まり 2008年9月 リーマンショック 2000年3月から2002年10月にかけて、ナスダック総合指数は79%下落しました。アメリカの株式市場でこれほどの大暴落があったのは、 1929年以来の事です。他にも同時多発テロ、不正会計問題、イラク戦争など、アメリカ経済に次々と襲いかかるショックを和らげるため、当時のブッシュ大 統領は持ち家促進策を積極的に推進しました。同時に日本が大量のドル買い・円売り介入を実施(私には愚策としか思えませんでしたが)、そのドルで中国も一 緒になって米国債を大量購入したものだから、「景気は回復しているのに長期金利が上昇しない」という現象が起こり、住宅バブルに発展していったのです。 ご存知の通り、株式の投資家というのは、もともとリスクを覚悟していて、殆どの人は借金で株式投資をする事はありません。従って資産バブルが株式だ けの時はまだマシでした。しかし資産バブルが住宅となると話は違います。住宅は銀行貸出の担保をなり得るし、アメリカでは住宅保有者の約70%が住宅ロー ンを借りています。従って住宅バブルが崩壊すると、金融機関の不良債権問題が深刻化する。金融機関が貸し出せなくなると経済全体が弱ってしまうという、悪 循環に陥ってしまうのです。 ここで資産バブル崩壊の中でも、特に2007年7月以降住宅バブル崩壊に伴って起こってきた出来事をクローズアップして振り返ってみたいと思いま す。レバレッジの高い(自己資本に対して借入れの大きい)順番に破綻の危機が訪れていた事がご覧いただけます。 スライド:バブル崩壊の順序、倍率はレバレッジ 100倍 モノライン(金融保証会社) 2007年末~危機到来 50-60倍 政府系住宅金融機関 2008年9月初実質破綻 30-40倍 証券会社 リーマン2008年9月中破綻 10-20倍 銀行 2008年10月~危機到来、自動車大手 2009年5-6月破綻 銀行という公的インフラは潰すわけにいかない、という事でさすがに10-20倍になったところで政府が救済に乗り出しました。しかし普通に考えれ ば、リスクが民間の金融機関から政府にシフトしただけで、もともとの資産デフレが収まらない限り、問題が解決するはずはありません。唯一問題が解決するの は、政府に財政の余裕がたっぷりある時でしょうが、世界中で財政の余裕がたっぷりある国など殆どありません。当然、今度は政府部門のリスクが顕在化するは ずで、それが今年に入ってクローズアップされてきている、ギリシャ問題やソブリン・リスクです。 その資産デフレ、これまでどのように株式相場に反映されているかをご覧いただきたいと思います。アメリカの主要株式指数であるS&P500指数で見 てみると、資産デフレというのは、緩やかな長期にわたる右肩下がりのトレンドとして表れています。これに対して、いわゆる「リーマンショック」というのは かなり急激な短期の株価下落として表れています。重要なのは、この資産デフレがもたらしている緩やかな長期の右肩下がりのトレンドと、「リーマンショッ ク」による短期の株価急落は、性質が全く違う、という事です。というのは「リーマンショック」というのは「大き過ぎて潰せない、の前提が崩れたショック」 ですから、「大き過ぎてもやっぱり潰さない」という事になれば、相場は元に戻るはずです(2009年3月、米財務省は大手19行は守ると宣言)。即ち、こ の分はV字型に戻るはずでした。ちょうど一年前の、この両国国技館での講演で「ダウは11,000ドルを目指す」(当時ダウは8,100ドル)と申し上 げ、その通りになりましたが、このように考えていたので自然な成り行きだったと思います(このように、私はいつも弱気な訳ではありませんので念の為)。一 方で注意しなければならないのは、この「リーマンショック」とは別の、資産デフレの長く緩やかに続く右肩下がりのトレンドは、今も継続中だという事です。 リーマンショック後、アメリカ政府はありとあらゆる対策を打ちましたが、その殆どが問題を先送りするだけの政策でした(当コラム2009年4月以降 参照)。金融機関に対する時価会計凍結の緊急措置、すぐに財政支出を要しない「保証」の乱発、住宅ローン保有者に対する条件変更プログラム(半年以内に半 数以上が債務再不履行)等々。アメリカの金融システムが麻痺している状況で、資産デフレまで解決するような余裕が無かったのは理解できます。しかしその 分、資産デフレがもたらす長期にわたる緩やかな右肩下がりのトレンドが再び表れるのは時間の問題でした。「リーマンショック後」のV字は、ダウで見て、 2008年9月12日リーマンショック前夜の11,400ドルに対して、今年4月26日に11,300ドルまで回復した事で「完了」です。という事は、こ こからは資産デフレがもたらす緩やかな右肩下がりが再開するはずです。資産デフレが続く限りは…… (2010年7月15日記、次号に続く)
2010.07.20
最近「米国株の魅力というサブタイトルから遠ざかってきた」というご指摘をいただきました(笑)。そこで今回は我々がファンドで投資してきた株式についてのお話をしたいと思います。皆さん、Drペッパーという炭酸飲料はご存知だと思います。アメリカでは現存する最も古い炭酸飲料として親しまれており、リーマンショック後の連日の会議中バーナンキFRB議長が好んで飲んでいたとされています。ただ日本では簡単にどこでも手に入るような飲み物ではないでしょう。アメリカでもかなり好き嫌いが分かれ、決して万人受けする飲み物ではありません。我々が運用するファンドで、このDrペッパー(DPS)への投資を開始したのはリーマンショックの2カ月前、2008年7月の事でした。我々の運用基本方針は「良いビジネスを安く買う」事です。これだけだと多くのバリュー系ファンドが採用している方針だと思います。しかし我々はその先を重視しています。それは第一に、市場はそれほど甘くなく「良いビジネスが安く買える」機会など、通常の状況では殆ど存在しないと認識する事です。第二に、それなら通常ではない「良いビジネスが安く買える」機会を狙い撃ちすべきだという事です。その意味で、このDrペッパーは我々が「良いビジネスを安く買う」条件を多く揃えていた典型的な銘柄でした。「良いビジネスを安く買」えた理由は以下の通りです。第一に、上記の通りDrペッパー自体は決して万人受けする飲み物ではありません。例えば、今では多くの方がiPhoneを利用していますから、アップル(APPL)の株価には人気による上昇分も既に織り込まれていると見るのが自然でしょう(=アップルは「良いビジネスだけど安くない」)。一方でDrペッパーは恐らくその反対ですから、株価が人気によって割高になっている可能性は低いと見込んでいました。実際、同期間の株価上昇率はアップル50%に対して、Drペッパーは80%となっています。また社名こそDrペッパーになっていますが、実際には7UP、サンキスト、カナダドライ、モッツなど、清涼飲料水の各部門でトップクラスの優良ブランドを保有していたのです。第二に、我々が「良いビジネスを安く買う」機会として注目しているスピンオフ(分離・独立)会社でした。Drペッパーは2008年5月にイギリスのキャドバリー・シュウェップス社からスピンオフした会社です。スピンオフした会社が如何に「良いビジネスを安く買う」機会となるかは、「第61回 スピンオフは買い」や「第252回より良いビジネスをより安く買う」など、これまで幾度となくご説明させていただいてきた通りです。しかし今回はイギリスの会社がスピンオフしてアメリカに上場するという点で、特殊な案件でした。スピンオフが魅力的な理由の一つとして、機関投資家等がスピンオフされた会社の株式を投売りする傾向があります。イギリスの会社に投資していた投資家が、アメリカで上場する会社の株式に興味はあるでしょうか?普通に考えれば、通常の場合よりも投売りが多く出て、従って株価が割安になる可能性は高かったのです。最後に、このように「良いビジネスが安く」なる典型的な条件は整っているが、本当に「良いビジネスが安い」かのチェックです。そもそもDrペッパーは、コカコーラ(KO)やペプシ(PEP)など角砂糖だけを販売する利益率の高い部門と、コカコーラ・エンタープライズ(CCE)やペプシ・ボトリング(旧PBG)など利益率の低いボトリング部門を複合したような会社でした。両部門を勘案して我々が算出した目標株価は36ドル。にもかかわらず、Drペッパーは2008年5月にNY証券取引所に上場してから2カ月余りで20%以上の株価下落となり、20ドルという株価で我々が投資する機会を提供してくれたのです。結局ファンドの約10%という比較的大きなポジションを取るに至りました(その後「リーマンショック」でさらに下落する場面もありましたが)。目標株価に到達した事もあり今月に入ってDrペッパー株は利食いを実行。その資金を最近、我々がスピンオフと並んで「良いビジネスを安く買う」機会と位置付けている破綻再生株への投資に回したところです。(2010年6月15日記)堀古 英司Horiko Capital Management LLC
2010.06.16
約1年前、一連の金融危機の原因を探るため、アメリカ議会は金融危機調査委員会を設置する事を決めました。そして今日、その調査の一環として、格付け会社ムーディーズのCEOと著名投資家のウォーレン・バフェット氏が、格付け会社の役割についての質問を受けるため公聴会に召喚されました。以前このコラムでも書かせていただきましたが、そもそも今回の住宅バブルの始まりは2003-4年以降の日本や中国による米国債の大量購入だったと思います。日本や中国が大量に米国債を購入するものだから、必要以上に長期金利が低下する。リスクを取れない多くの機関投資家は、トリプルAの中でも少しでも利回りの良い債券を求める。このニーズを満たすために開発されたのが住宅ローン証券等から組成されたCDO(債務担保証券)です。 トリプルAなのに国債よりも利回りが高いという事で飛ぶように売れ、売れるのでさらに組成、という循環に陥っていったのです(第207回 「トリプルA債券、実はジャンク債」参照)。いくらでも貸したいというものだから過剰な貸出が起こり、住宅価格が上昇していったというバブルの典型です。この過程では様々な業者がこの構図に入っていましたが、既にバブル崩壊の過程で、その多くが何らかの形で責任を負わされました。多くの住宅ローン業者が破綻に追いやられ、モノライン(金融保証会社)も破綻スレスレの状態になりました。ベアスターンズ、リーマン、政府系住宅金融機関など、証券会社や銀行もその度合いに応じて責任を取らされました。その中でまだ十分責任を取っていないと見られているのが、直接・間接的に公的救済を受けた大手金融機関と格付け会社でしょう。格付け会社が最高格付けであるトリプルAを付与するというのは、投資家に信用を供与していたのと同義です。その意味では銀行等が行っていた貸出と何ら変わりはありません。そのくせ貸出が焦げ付いたからといって、これまで大した責任を取る必要がなかったわけです。格付け会社の言い分は明らかです。「自分達は債券に対する意見を述べているだけだ」。一方で、利益相反の疑いが濃厚な状況証拠はかなり残っています。第一に、格付け料を支払うのは債券を発行する企業であり、投資家ではありません。格付け会社にとってのお客さんは発行体であり、そもそも発行体に不利となる厳しい格付けをするのは難しい立場にあります。第二に、格付け会社は民間企業であり、利潤の最大化という大きな目的があります。特に格付け料が社債の何倍もするCDOのような商品の格付けに力を入れるインセンティブは十分にあったと思われます。恐らく投資家がこのような格付け会社の利益相反を法的に立証していくのはかなり難しいでしょう。しかし上記の状況証拠からするとビジネスを優先するあまり、多かれ少なかれ格付けが甘くなっていたのは明らかだと思います。それはその後トリプルAを付与された多くのCDOが比較的短期間の間に格下げになっていった事実からも推測できます。また近年起こってきた事を思い出してみて下さい。もともとモノラインもトリプルAを付与されていましたし、2008年9月に実質破綻した政府系住宅金融機関もAIGもトリプルAでした。このような事象が続いた事で、世界の投資家は既に、格付けはアテにしてはいけないものだと十分過ぎるほど学習していなければならないはずです。にも拘わらず、欧州でギリシャ国債が格下げされて、それにいちいち市場が大きくショックを受けるのは一体何なのでしょうか?スペイン国債に至っては既にシングルA以下の市場価格で取引されているにも拘わらず、格付け会社フィッチがトリプルAからダブルAに下げただけで、欧州のみならず米国株式まで急落するのは一体何なのでしょうか?答えは、ここ数年の出来事から学習していない、格付けを盲信している投資家が、まだまだ驚くほど多いからだとしか考えられません。金融危機調査委員会や証券取引委員会が今後、格付け会社の責任を法的にどう問えるのかは分かりません。また今後格付け会社に対する監督・規制を強化しようとしても、格付け会社が民間企業である限り、利益相反を完全に排除する事は不可能でしょう。結局の所格付けを巡る最大の問題は、格付けを盲信している投資家が、この世の中には多過ぎるという事だと思います。この状況が改善されない限り、将来予想される、アメリカ国債がトリプルAを失う時のショックは計り知れないものとなりかねません。(2010年6月2日記)堀古 英司Horiko Capital Management LLC
2010.06.04
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