仏界に遊ぶ
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日々精進を重ねて、やっと悟りが開けたとします。すると、その後の生き方はどのように変わるのでしょうか。それを仏教の開祖お釈迦様の場合を参考に見てみましょう。 お釈迦様が悟りを求めて修行に入ったのは29歳からで、悟りを開いたのが35歳の時だと云われているので、苦行時代は6年間続いたことになります。その頃の姿が、痩せて肋骨がクッキリと浮かび上がった肖像画によっても想像できるように、食事も殆ど摂らない生活だったことが偲ばれます。なので、これは生き方と云うより、むしろ死に方と云いたいような生活だったのですね。 では、悟りを開いた後は、どのような生き方に変わったのでしょうか。それを食生活の面から見てみます。 経典が伝えるところによると、ある日のお釈迦様は、托鉢には出たものの、どの家の門口も閉ざされていて、少しの食べ物も得られなかったので諦めて、「天の神々のように、光を食べて楽しく生きて行こう」と呟いたという記事があります。つまり食生活は托鉢に依存していたということですね。 これに対し、私たちが生きている社会構造から見れば、托鉢生活という道は選択肢にありませんから、日々の食費が得られる何らかの仕事などを持たなくてはならないでしょう。しかしこの件は、悟りを開くか開いていないかということには関わりありません。では悟りを開く前と後とでは、何が異なるのでしょうか。 それはお釈迦さまが、托鉢によっても食事が得られなかったとき、「天の神々のように、光を食べて楽しく生きて行こう」と呟いて、食事が得られなかったときにも、それを苦にすることがなかったところにあるのですね。だから私たちの場合も、事業に失敗したり、病に見舞われて思うように仕事の成果が上がらなかった時などにも、少しも落ち込むことなく、平常心で楽しく生きて行けるかどうかという違いになって、悟りの前と後との違いが現れてくるということが分かるでしょう。つまり悟った人は生死をも超越しているということですね。
2019年12月23日
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