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私は老いていく主のみふところに幾たびか寄りかかったこの頭は 白く霜をいただき主のお供をして歩んだこの足は もはや歩む力すらない。私はすでに老いてしまい 親しい友の顔さえも思い出せないほど 全く老い果てた。しかし、唯一つなつかしい御顔 語り給うた御ことばの一つ一つが他のすべてが失せゆくにつれ いよいよ鮮やかに浮かびくる生きている人々よりも 去りてまた生き給いし御者と共に 私は親しく交わっているのだ70年ばかり前であった 私はガリラヤ湖で漁夫をしていたある夕暮れのこと あの御方が来られ私を呼ばれたあの神々しい御顔を私は仰ぎ見た永遠のロゴス受肉せる愛が 完全に私をとらえ 私は彼のものとなった彼と共に歩みし日の 何と聖かりしことよ されど主よ、今私は老い衰え弱りました。御腕もて強く抱き給え! 黄昏は近づきました。わが子たちよ、今一度私を教会に運んでくれ 主の愛を今一度私は語りたい神はその独り子を賜うほどに世を愛し給うた 神は愛なり。このゆえに汝らも互いに相愛せよ私がのこす形見はこれだけだ 私の使命は終わったと感ずる人は私のことを何と呼んでいる 「聖ヨハネ」 否とよ「イエス・キリストに愛された者」と言ってくれ また「子供らを愛する者」と。私を横にしてくれ 東の窓を開けてほしい 視よ、光が差し込んでくる。きこえる! 羔をたたえる歌声があの輝く道から来る一群は ああ歓喜! 11人だ。ペテロが先頭だ。 皆の顔に微笑が輝いている。過越の羔の食卓はこれで揃った 私の席は主のみそば おお 私の主よ 私の神よああ何と輝いておられることよ しかしガリラヤの昔と同じ愛の主この至福を味わう瞬間 おお私は満ち足る愛する主よ、今こそ 御身のふところに私を抱き給え!私はいついつまでもそこにおります (BYヨハネ)
December 31, 2019
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主よ、私の自由、記憶、理解、意思のすべてを手に取り、受け取って下さい。私のすべてと私の持つすべては、あなたが下さったものです。そのすべてをあなたに明け渡します。どうか、御旨のままになさって下さい。ただあなたの愛と恵みを下さい。それがありさえすれば私は豊かであり、それ以上は何も望みません。 アーメン。(ロヨラのイグナチオの祈り)
December 30, 2019
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イエス・キリストの愛に信頼をおくなら、わたしたちは苦難のさなかでその愛と助け、また驚くべき守りを今までになく体験するに違いありません。 (フィンランドの教会にて)
December 29, 2019
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ニューマンの祈りイエスさま、私がどこにいても、あなたのかおりをはなつことができますように、私を助けてください。私の心をあなたの霊といのちであふれさせてください。私の存在に浸み通り私を捕らえつくすことによって私の生活のすべてが、ひたすらあなたの光をかがやかすものとなりますように。私をあなたの光をかがやかせるものとしてお使いください。私が出合うあらゆる人々が、私の中にあなたのみ姿を感じることができますように、私のうちでかがやいてください。主よ、人々がもはや私でなく、あなただけを見ますように。私の中におとどまりください。そうすれば私があなたの光でかがやき、私の光で他の人々もかがやくことができるのです。主よ、光はすべてあなたからのもの、ごく僅かの光でさえ、私のものではありません。あなたが私を通して人々を照らしておられるのです。私の周囲にいる人々を照らすあなたへの賛美を私の唇にのぼらせてください。言葉でよりも行動で、私の生き方、あなたから与えられる私のあなたへの愛が、目に見える光となって、あなたを人々にのべ伝えることができますように。
December 28, 2019
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キリストキリストが十字架にかかって死んで蘇って天に昇ったので私も救われるのだと聖書に書いてあるキリストが代わって苦しんだので私は信じさえすればいいと書いてある私はキリストがすきだいちばん好きだキリストの云った事は本当だとおもう キリストには何もかも分かっていたとおもうキリストは神の子だったにちがいないキリストは天に昇ってからも絶えず此の世に働きかけているとおもうポーロの言葉 使徒の言葉すぐれたる信徒の言葉それ等はキリストが云わせたのだと信ずるそう云うことの出来ぬほどキリストが無能な者だとはおもわれぬ再びキリストが来るキリスト自身がそう云っているキリストが嘘を云う筈がないそのとき私自身は完全に悪るい人間だけれどただキリストを信じている故にのみ天国に入れてもらえると信ずる (八木重吉)
December 27, 2019
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”暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。(イザヤ9:2)”イエス・キリストがなければ、世界は地獄のようになるだろう。イエス・キリストを離れては、ただ、悪徳、惨めさ、誤り、暗黒、死、絶望だけしかない。わたしは、彼から離れていた。ああ、もうどんなことがあっても、彼から離れることがありませんように。神様、どうかわたしを見捨てないでください。(パスカルの祈り)
December 26, 2019
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今あなたは壁でとりまかれている。敵はわれわれを攻め囲み、つえをもってイスラエルのつかさのほおを撃つ。しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。それゆえ、産婦の産みおとす時まで、主は彼らを渡しおかれる。その後その兄弟たちの残れる者はイスラエルの子らのもとに帰る。彼は主の力により、その神、主の名の威光により、立ってその群れを養い、彼らを安らかにおらせる。今、彼は大いなる者となって、地の果にまで及ぶからである。
December 25, 2019
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「ダビデの家よ、聞け。あなたがたは人を煩わすことを小さい事とし、またわが神をも煩わそうとするのか。 それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。 その子が悪を捨て、善を選ぶことを知るころになって、凝乳と、蜂蜜とを食べる。それはこの子が悪を捨て、善を選ぶことを知る前に、あなたが恐れているふたりの王の地は捨てられるからである。 主はエフライムがユダから分れた時からこのかた、臨んだことのないような日をあなたと、あなたの民と、あなたの父の家とに臨ませられる。それはアッスリヤの王である」。
December 24, 2019
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主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う。 その日ユダは救を得、イスラエルは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。
December 23, 2019
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エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。彼は主を恐れることを楽しみとし、その目の見るところによって、さばきをなさず、その耳の聞くところによって、定めをなさず、正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。正義はその腰の帯となり、忠信はその身の帯となる。おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。
December 22, 2019
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暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。あなたが国民を増し、その喜びを大きくされたので、彼らは刈入れ時に喜ぶように、獲物を分かつ時に楽しむように、あなたの前に喜んだ。これはあなたが彼らの負っているくびきと、その肩のつえと、しえたげる者のむちとを、ミデアンの日になされたように折られたからだ。すべて戦場で、歩兵のはいたくつと、血にまみれた衣とは、火の燃えくさとなって焼かれる。ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。
December 21, 2019
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キリストは何も持たずに来た。借りた家畜小屋の飼い葉桶でお生まれになり、借りた小舟の上で神の国を語り、借りたロバの子に乗ってエルサレムに入城し、借りた墓に葬られた。全世界、全宇宙を所有される方が・・・そのキリストがあなたを自分のものとするためにあなたの十字架だけはご自分のものと主張されたのだ。キリストは十字架の上で、自分ではないもの(罪人)になられた。それは、私たちが自分ではないもの(義人)となるためであった。(マルティン・ルターの詩)
December 20, 2019
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さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、 「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。 そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。 しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、 ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。
December 17, 2019
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彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。 そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、 ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。 こうして、預言者エレミヤによって言われたことが、成就したのである。「叫び泣く大いなる悲しみの声がラマで聞えた。ラケルはその子らのためになげいた。子らがもはやいないので、慰められることさえ願わなかった」。
December 16, 2019
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イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。 ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。 そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。 彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、 彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。 彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。 彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。 そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。 そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。
December 15, 2019
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イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。 夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。 すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。 ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。 しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。
December 14, 2019
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