二月号歌評(同人誌「賀茂短歌」より)
後藤瑞義(人徳)
原 明男
をさならの声の弾めり年用意「ヨイショ ヨイショ」を搗くキネの音
(評)下の句『「ヨイショヨイショ』を搗くキネの音』が良いと思います。確かに、「ヨイショ」の掛け声の後「ペッタン」と搗くわけです、まさに「ヨイショを搗く」ということになります。上の句の「をさならの声の弾めり」もよく雰囲気が出ていると思います。今は珍しくなりました餅つき風景が目に浮かびます。
渡辺つぎ
かえりみれば長く短い一世なり精一杯に生きてきたから
(評)百五歳の作者、三月で満百六歳になります。その作者の言葉「かえりみれば」は重く響きます。「長く短い一世なり」、確かに長い人生だったことでしょう。と同時に人間は今を生きるしかありません、この一瞬にしか生きられないのです。そんなことから短いという言葉が浮かんでくるように思います。下の句「精一杯に生きてきたから」、ご自分の百五年の人生をかえりみるとき、作者は長かったようでもあり、短いようにも思える、しかしながら「精一杯に生きてきたから」、悔いはありません、そんな感慨を述べているようです。
鈴木菊江
水仙の香りほんのり漂ひて祖先の墓は静かに灯る
(評)祖先の墓が出て来ます。墓参りに出掛けたのでしょうか。水仙を持って行って供えたように思います。「祖先の墓は静かに灯る」は水仙の花が明りのように見えたのでしょうか。それが、「静かに灯る」となったのではないでしょうか。水仙の香りと静かな灯りが一首のなかによく溶け込んでいる感じがします。
黒田幸子
切れそうな鎌の形の三日月が下界見下す正月の空
(評)上の句の「切れそうな鎌の形」と鋭い表現になっています。三日月を鎌にたとえる比喩はそう珍しくはないのですが、「正月の空」となるとちょっと違ってくるように思います。正月の空に鋭い三日月の姿、なにか作者の心の一面を見せているようにも思ったのです。それは、読者の私自身の心であるのかもしれません。
後藤早苗
子供らに野菜を作りて送るのもいつまで続くか心もとない
(評)都会に住んでいるであろう子供たちに野菜を送っている作者です。ここで注意したいのは、単に子供たちに「野菜を送る」のではなく、「野菜を作りて送る」ということです。「作りて」が重く響きます。野菜は種からあるいは苗から育てて何か月もかかるわけです。その大変さが「いつまで続くか心もとない」というつぶやきに変ったのだと思います。この作品を作ったあと十日も経たずに亡くなった不運を思うとき、なんともいえない作者の心持ちを感じるのです。
藤井美智子
朝風 を止め富士を写せる芦ノ湖をあっという間に過ぐる健脚
(評)箱根駅伝の一コマを切り取っています。特に芦ノ湖の描写が秀逸でした。芦ノ湖がまるで自分が主役でもあるように、風を止め富士の雄姿を湖面に写しているわけです、さもわたしをよく見てくださいと言わんばかりに…。それなのに、選手はあっという間に走り去っていったのです。選手のみならず応援の人も、見物人も湖面に写る風景を見ている人はなさそうです。それにしても、作者はよくこの風景を切り取って歌にしました、お手柄でした。
小池美恵子
門前を列なし歩む幼児等の声高らかに静寂の町
(評)家の前を整列して歩く幼児等がいます。小学校低学年でしょうか、幼稚園児でしょうか、甲高いにぎやかな声が聞こえます。しかし、この歌はこの子供たちのにぎやかさを詠っているのではないのです。静寂な町を詠っているのです。住宅地なのでしょう、子供たちの声が響けばひびくほど、町の静寂さが際立ってゆくそんな感じでしょうか。なかなか味わいのある歌と思いました。
鈴木きみ
先祖から引き継ぎ置きし石臼のどかんと家を守りおわする
(評)作者の家には、先祖から引き継いでいる石臼があるようです。「引き継ぎ置きし石臼」としてありますので、ただ引き継いでいるのではなく、その石臼には役割があり、定位置ががあってそこに置かれている感じがします。そして、その石臼の役割が、「どかんと家を守りおわする」なのでしょう。「おわする」という古風な言い方が、祖先などという言葉とあいまって独特な味わいをだしているようです。
土屋文恵
わが家のお節の味は格別と娘はいそいそとパックに詰める
(評)娘さんが正月に帰省なさった。そして、再び都会に帰られるとき、「わが家のお節の味は格別おいしい」と言ってパックにつめているのを見ての一首です。一首は状況の描写だけで止めてあります。それが、よかったと思います。作者の気持ちとしては、嬉しい気持ち、あるいは誇らしい気持ちもあったかもしれません。そうしたいっさいの気持ちを抑えて娘さんの姿をただ描写しているのです。その沈黙のなかに滲み出るものがあります、それが歌の深みになるのでしょう。
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