今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

今日の気持ちを短歌におよび短歌鑑賞

2017.11.11
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カテゴリ: 短歌


鑑賞:歌集「悲しき玩具」(五十五)下書き
           後藤瑞義


 (
) 歌の順序は歌集の順序によります。

  家に帰る時間となるを、 
 
  ただ一つの待つことにして、 
 

今日も働けり。

「家に帰る時間となるを、」、この一行目では、「家に帰る時間」がクローズアップされていま

す。ただ、これだけですと、「帰る時間を忘れていた」のか、「帰る時間を気にしている」のか、

「帰る時間を待っている」のか分かりません。二行目でやっとはっきりします。つまり、「ただ一

つの待つことにして、」です。家に帰る時間となるのを、ただ一つの待つことにしているので

す。「ただ一つ」という言葉が重く心に迫ります。


 「待つ」にも色々あります。「春を待つ」「人を待つ」「便りを待つ」「時を待つ」といろいろ待つ

ことがあります。そのなかで、「家に帰る時間となるのを」待つのです、それも「ただ一つ」その

ことだけを待つというのです。そして、三行目に続くわけです。


 「今日も働けり。」これで、作者の現在の置かれている状況が分かります。作者は、仕事を

しているのです、それも自分の意に介していないような、たぶん苦痛を伴うような、肉体的な

のか精神的なのか不明ですが、そうした仕事に従事しているのでしょう。



 結句でわたしが注意したのは、「今日も」です。ただ「働けり」「働いており」ではないところで

す。


 短歌は一行詩、瞬間の文芸、短歌に時間(期間)を入れてはいけない、そう教えられてきま

した。そういう観点から言えば、結句は「働いており」くらいになるのだと思います。「今日も」と

いうことは、「昨日も」あるいは、「一昨日も」、一か月も、あるいは半年も、一年もかもしれま

せが、時間(期間)が入って来るのです。それだけ、重くなるように思われます。この歌では時

間を入れたのは、成功しているように思います。ただ、安易に時間をいれると散文的になり、

説明的になり、だらけてしまうと言われます。


 啄木は作家志望でした、やはり、短歌にストーリーを導入したかったのでしょう。短歌を三行

に分け、間(ま)を入れる、これ自体も時間を入れていることなのでしょう。そして、一つのス

トーリーを作りたかったのかもしれません。

  
家に帰る時間となるを、
  ただ一つの待つことにして、 
 

今日も働けり。









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最終更新日  2017.11.11 20:15:59
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