九月号歌評(同人誌「賀茂短歌」) 下書き 後藤瑞義
原 明男
(評)作者はウォーキングを趣味と実益をかねて行っているようです。突然
の夕立ちに、「追はれ追はれて追ひつかれ」た作者。オ音のくりかえしが、「老
い」までつづき、一首にリズムを与えています。夕立ちが遠くから速度を上げ
て作者に迫ってくる様子がうかがえます。と同時に、夕立に追いつかれてび
しょびしょになった作者。それは、雨に濡れたのではなく、びしょびしょの風に
濡れたんだと感じるところが新鮮です。ずぶ濡れになったのを風のせいにし
て文句を言っているところに少しユーモアがあります。さりげなく老いにも触
れています。
この猛暑いつまでつづく空の青万物なえてあぎとう如く
鈴木菊江
(評)まったく今年の暑さは異常です。「この猛暑いつまでつづく」は、まさにこ
の通りです。「空の青」、雲ひとつない青い空、そこに燃えるような太陽が照り
輝いているのです。「万物なえてあぎとう如く」、まるで池の鯉が餌を求めてあ
ぎとうように、万物が涼を求めて口をパクパクしているイメージです。スケール
の大きな歌になりました。作者は百歳になります。
登りきてやつぱり暑い墓どころ小さな草がぎつしり茂る
黒田幸子
(評)「登りきてやつぱり暑い墓どころ」、墓地のイメージは涼しい感じがします。
それに、「登りきて」ですから高いところにある墓です、それでもやっぱり暑かっ
たということでしょう。期待外れの作者の思いを感じます。そのうえ、きれいに草
取りをしたにも関わらず、もう小さな草がぎっしり茂っている、やれやれといった
感じでしょう。今年の夏の異常な暑さ、せめてお墓くらいは涼しくあってほしいと
いう願望もあるでしょうか。草の生命力と墓の中の死者との対比もあるかもしれ
ません。
凌霄花 は短き命をおしむがに 強風 に煽られ健気に泳ぐ
小池美恵子
(評)
凌霄花(のうぜんかずら)の花
は、毎日のようにすぐ散ります。「短き命」がそれ
です。そんな
凌霄花に
無慈悲にも強風が吹き付けます。しかし、
凌霄花は
強風に煽
られても健気に泳ぐようにゆれているというのです。
凌霄花が短い命をおしむようだ
と見ているところに作者の思い、感情移入がうかがえます。揺れているようすを
泳ぐようにと表現したのが新鮮でした。困難な世間をすいすいと泳ぐイメージも
あるでしょうか。
三日月のほほえむごとき身姿に薄雲そっと寄りそいて見ゆ
鈴木きみ
(評)「三日月のほほえむごとき」、ここで小休止となるのでしょう。三日月がほほえむと
見るところは、注目しました。もっとも花王石鹸のマークを思い出したりもしたのですが。
欠けた月、三日月を人の横顔とイメージした花王のマークも感心します。さて、「身姿」
は「みすがた」と読みますか、「みなり」と読むのが一般的のようですが。「御姿」のミス
プリントでしょうか。それとも造語でしょうか。「ほほえむごとき」に続けるとしましたら、「ほ
ほえむごとき横顔に薄雲そっと寄りそいて見ゆ」といった表現が、私なりにはしっくりする
のですが。どちらにしましても、相手は横向きのようです。おだやかに横を向いてほほ笑
んでいる人に薄雲がそっとよりそうように見えるといったことでしょう。薄雲に自分の思い
を托した、作者の憧れのようなものを感じました。
見はるかす雪のアルプス青空にすっきり見ゆる渋峠に立つ
土屋文恵
(評)群馬県へ旅行した作者の連作の一首です。「見はるかす雪のアルプス青空に」、
すがすがしい、広々とした景色の中に雪を被いたアルプスの雄姿が浮かびます。遠くあ
こがれのような心持で見上げているであろう作者の姿が浮かびました。作者の立つ場所
が渋峠というのも、見上げるアルプスとの対比とし面白く読みました。現実とあこがれとい
った対比、「渋」の文字がきいているように思ったのです。
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