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五月三日、第一日曜日のミサにワイフと我が教会に行った。時間ギリギリだった。満席状態だった。すごいですね満席。折りたたみ椅子を出して座ってる。若い人ばかり。老人がつっ立っていても椅子を持ってくる若者はいない。期待もしていない。一時間、立ってミサに与った。第一日曜日は日本語ミサ。変な言い方だが。第二日曜は英語が入る、第三と第四はスペイン語とベトナム語が使われる。なんなんでしょうねぇ~郷に入っては郷に、じゃないのかなぁ~日本の信徒は高齢者が中心。英語で聖書朗読や説教があって、讃美歌もにぎやかなお国柄の歌が楽しそうに歌われる。これでイイのかなぁ~月に一度の第一日曜は日本語ミサだから教会に与りたいが、この状態が続くのであれば、行けない年齢です。そうして、その結果、高齢者は教会に行かなくなった現実があるのに、司祭も教会役員も何も感じていない。今年から、神父さんは韓国人。(復活前まあでベトナム人神父で、これを頼ってベトナム人信徒が教会を占めるようになった)韓国からの「派遣社員的」意識にみえる。神父さんと話がしたくてもおそらく「派遣」意識のようだから絶望的。「宣教」意識とは別次元に感じる。教会が遠く感じるところであります。「司祭不在ミサ」というのがある。司祭がいない時のミサだから、聖変化・聖体拝領・説教などは勿論ない。いや、これで充分だ。昔、神父のいない時代を経験して来た日本なのだから。
2026.05.04
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同年のカトリックの絵描きさんの個展を観て来た。地元の小さな会場で毎年開いている。カトリックだからと言って宗教的題材はみじんも無い。そのうち、その辺の考えを聞いてみようと思っている。彼の親は大正前から、奥さんはもっと古くからの信者だと言う。子どもの話しになると、我等に共通するのは戦後生まれの教育にある気がする。つまり、個人の考えを尊重するあまり伝統を軽んじる傾向が自然に身についた事だ。子供に対して、教会は自分の意志で行きなさい的で。その結果、信仰のノウハウも信心も薄れたということか。農耕民族の狭い土地柄の陰湿地形で生きる日本人は、草原砂漠の考えは受け入れられないのかもしれない。台所にも、トイレにも、玄関にも、いたる所に八百万の神さんがいる、そんな考えからみると肉を食らい血をすする考えは到底受け入れられないのかもしれない。敗戦後の自由主義が強制的に日本に入った時、キリスト教の立ち位置はどうだったのだろうか。控え目でごり押ししない、天皇意識を刺激しない、本来ならばキリスト教が日本を塗り替えたはずなのに不思議に感じる。そうは言っても、バチカン公会議前のカトリックは厳しかった気がする。1965年の後は、世間を気にしながらの受け身的おだやかな紳士的で厳しい言葉も行動もなくなった気がする。その結果、子供は自由ほんぽう、日曜日は自由行動好きにする、教会は他人事、そんな気がしてならない。心して今一度原点に戻って考え、出発点にしないと。教会に行き神父さんとひざを交え話をする機会はあるだろうか?ノー。絶対的にノー。それは絶望的な望み。それじゃ―どうするベェ~。自分らで道を開くしかない。神父さんに相談できなければ、今はAIがある。同じ心の仲間がいる。ザビエルの時代を経験して来たのだから。司祭がいなくても乗り越えられる。そんな話しに希望を見いだしてますか
2026.04.28
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ピーポーピーポーと聞こえるとドキッとする。これが毎日つづく。音がピタッと止まった。近くだ! どこだ? 外に出た近所だ。隣家。人の話しでは、奥さんと息子さんとの大きな話し声が聞こえたと。85才か。彼の病気も心配だが、彼は今年「班長」を拝命。85で班長なんて出来るはずがないのに。「自治会制度」その存立を考える時代ですね。
2026.04.28
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トランプ大統領に目が離せない。地球上全ての人類の明日がトランプの手のひらの中に情けなく貧者としてただ立っている。地球上の人類の頂点に立つ王様は、子供のまま大人になり、まるでピーターパンかのように振る舞っている。それを善しと思わぬ少数の人が確実にいる。傲慢な大統領は油断をしてる。我が身は安全だと。アメリカは銃社会。男女問わず銃を所持することが出来る。それにアメリカ軍で優秀な元軍人も大勢いる。常日頃、誰かの眼が狙っていることを。今回、とうぜんの如く起こった。これは初歩的アクションに過ぎないと思う。米国を軍隊を良く思わぬ元米兵がいないとは言えないだろう。日本でも青年将校の決起があった。我等は忘れていない。
2026.04.26
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携帯カーナビで初めての地に到着。家族とごくわずかな友人だろうか。ほとんどが楽器ケース持参。バイオリン、チェロ、クラリネット、小さな電子ピアノ、歌が三人、ビオラもいた。みなさんリタイヤ前後だろうか。楽譜を渡され相談された。どこをどう弾くのか、やっつけで決めて、職員が楽譜コピーしてくれた。三十分後には本番なり。葬儀ミサなんて一生に何度か経験するだけだから、方法論を知る由もない。こういう時だけですか僕の存在が重宝されるかも。祈祷文(主の祈り)を、リベラメ、インパラなどをグレゴリオで、チェロで旋律をなぞってもらうが、とにかく8分音符一拍でと。長い演奏経験者だけに見事に弾ける、歌もたいしたものだ。こんな光景は教会ではできないかも。歌も全員でラテン語聖歌を初見で歌った。グレゴリオ聖歌の旋律を知らない演者がかもし出す音色は実に新鮮。新しい発見と気が付きを得た。昨日の出来事、今も耳に残ってる。 長くクラシック演奏活動をしてリタイヤしたような演奏家が「目からウロコ」だったようで質問を受けた。クラシック音楽の元祖であるグレゴリオ聖歌を実際に演奏し感じるところが多かったようだ。中には、学生時代に教わっていれば良かったとくやしがっていた。ラテン語が死語になったと同じく、グレゴリオ聖歌も同じですね、残念なことですが。彼との思い出は長い時間。分野は違ったが何故か共通があった。僕の朝の祈りの死者の名簿に新しく加えられた。
2026.04.24
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いやぁーな世の中になったもんだ。これが現実かも。「祈り文」も変わり、「聖歌」も変わり、神父さんも少なくなり、ミサ典礼の書式も所作も変わり、「おらが教会の神父さん」意識が無くなった昨今。日本人神父さんの傾向は小神学校出身者ではなく、普通の大学や就職をしてからの「転職的?」神父さんか。おまけにアジア人神父さんに頼っている現在、民族的考えが大きな壁になるのを日々感じるのは僕だけだろうか。 司祭のいない時代を日本人はいま経験しているかも。幸いにも、途方に暮れることなく「AI」を手に入れた。頼れるのは自分だけ。分らん事はAIに聞けばイイ。仕事が在宅でできる世の中。教会も行かない世の中かも。御聖体とか、聖体訪問・聖体拝領とか、そんな言葉も意識もうすれた。足腰が弱り歳をとると教会には行けなくなり、自然消滅の時代なり。これってとても重大な問題なのにスルーされている。信徒の奉仕で、教会への送迎の意識があるとイイのだが、自分第一、そんな配慮も認識も持ち合わせていない。今は、信徒の現実を知らない神父さんに葬儀の司式をお願いする気にもなれない。教会に何の期待もせず、我が死者ミサは司祭なしの葬儀を執り行う、これが信徒の智恵か。これが時代の流れですか。さみしい話しですね。今日はこれから黒い背広を着て外出します。今、公では唱えない歌えない祈りと歌のオンパレードです今日は。 新しい「主の祈り」は2000年2月15日、日本カトリック司教協議会認可。ただし非公式な個人的集会や葬儀などでは、古い「主祷文」を唱えることはできる。「アヴェ・マリアの祈り」は2011年6月14日、定例司教総会にて承認。(天使祝詞) を唱え歌えまあす。今日は個人的集会葬儀ですからOK。へんな世の中に感じます。
2026.04.23
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この歳になると、突然の訃報を耳にする。人ごとではない。自分だけは「別」と自己愛が優先するのが人間というものか、我が身も同じなり。先延ばし。考えたくない話しだから・・・ワイフに、我々の死のあと始末をせっつかれ、今月と来月で二人して休みが一緒なのは19日の日曜日だけ!と言われ急きょ我が家の墓に行って来た。我が家から2時間半。川越から八王子の山の中の五日市カトリック霊園。この歳になると二時間半の車移動は疲れると・・・ 事務所で「墓じまい」と「合葬(合祀)」について聞いてきた。この霊園は東京教区の霊園で、府中霊園がいっぱいになった後に五日市に作られた。教区の霊園だから、僕ら埼玉教区の信徒は利用できなかったが、今ではそうではないらしい。空いているのだから規則がゆるくなったようだ。イイのかワルイのか別として、時代に対応しているんですね。なぜそういうかと言うと、1088年、母が亡くなり墓問題で神父経由でなんとか許可が下りた経由があった。 質問:「墓じまい」と「合葬合祀」の現状は?回答:数十家族。毎月あり年々増えている。新規の墓は年に一軒位。合葬が増えているしその傾向にある、とのこと。質問:墓じまい、合祀にさいし、神父さんが来るのか?回答:ほとんどいない。(予想はしてたが驚きだった。納骨の時に神父さん抜きだなんて、これ以上は言わぬが無難)墓じまいし、合葬するのに一人40万円弱なり。(高いか安いか分かりませんが)合葬だと、これで管理費など全てなし、を確認した。 「遺骨」について、カトリックはどう教えているのだろうか?ミステリー。遺骨とはタダの骨だけか。それともタブー?、自分で判断しなさいよ、大人なんだからと言うことでしょうか。 納骨するのに神父さんのお祈りがあって当然だと思っていたのは勘違いなのかなぁ~~~<神父様はお忙しいから・・・と回答した事務員、この人信者さんなのかなぁ~?> 信徒は、死ぬ前は教会に献金するが、死ねば献金をしない。「金の切れ目が縁の切れ目」って言葉を思い出す。 僕らが使っていた「公教会祈祷文」には、「死者の為の祈り」が当然あって、司祭の唱え文まで書いてあるのに。ちなみに僕の両親の埋葬の時は、川越のフランス人神父さんが来て下さった。それが普通だと思っていたのだが、どうも今はそうじゃないらしい。本当かなぁ~~~神父さんなしで埋葬するなんて!?いやぁーな世の中になったもんだ。
2026.04.20
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11才で召された。言葉がないですね。人はそれぞれの道を精一杯に生きるのみ。ただそれだけですか。高校野球で甲子園に行けなくてもギブアップするまで、ゲヌークを感ずるまで、この部活をするように、自分の人生を過ごすだけですか。77にもなると棺桶に片足どころかを突っ込んだ状態だが、残り少ない人生を高校野球の選手のように精一杯やるっきゃない。これが、人が生きてる証だから。11才で殺された。生きるってどんなことなのだろうか・・・ 庭にエサを求めてスズメが来る。丸々とした太り気味か。スズメらしくない。だが最近、小さなスズメが見かける。世代交代なんでしょうねぇ~
2026.04.16
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