2002.08.26
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バッファロースプリング時代から付き合っている人も大勢いると思うけど、僕は「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」
かん高い声に最初なじめなくて、なんかちょっとゲテモノぽいなっと言うのが最初の印象。好きと嫌いが二律背反だと気が付いたのはそんなに時間を要しなかった。CSN&Y結成から30年経った再結成アルバム「ルッキング・フォーワード」の表題作をオンタイムで
聴いているのだけどこの曲は詩も素晴らしい。
「フォークが廃れたって?」
「二ール・ヤングを聴いてよ!」
ボブ・ディランが好きで好きでどうしようもない時代があった。
しかし「ストリート・リーガル」あたりから宗教的な詩を押し付けるようになって冷めてしまった。二ール・ヤングは歳をとっても、詩を魂を押し付けることがなかった。個人的にそう感じていただけなのかも知れないが、ライブで二ール・ヤングが出ると圧倒的な拍手で聴衆が迎えてくれる。詩の奥深さを理解するという点では外人には到底かなわないが、何を音楽で語ろうとしているのかは解かる。この人はいつも飾らない服装で人々の前に現れ、変わらない声で、歌ってくれる。素朴なのだけど深い。現在進行形で、良いなあと呼べるシンガ-の一人だ。
「太陽の光の筋とともに朝が訪れた。窓ガラスの林の中から光線が差し込んでいる。歌が空気を満たす。でも歌い手の姿はそこには見えない。年代物の木製ギターだけがただ調べを奏でているだけ」
「ルッキング・フォーワード」の詩はこうして始まる。
「サザン・マン」の頃と変わらないニールがそこにいる。





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最終更新日  2002.08.26 22:05:18
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