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本日二つ目の日記です。今日ムックのラジオの公開録音に行ったことは一つ目の日記に書きましたが本当は一人ではなく、友達かもしくは妹と行く予定だったんです。けれども二人ともバイトが入ってしまい結局一人で行くことになりました。開店と同時に入ったけれど、なんと昨日の夜から並んでいた人もいたらしく整理番号は293番。立ち見だったけれど近くで見ることができました。整理券をもらって並んでいるときに前には私と同じく一人でならんでいる女の子がいました。今日の公開録音はムックだけでなくHYなども出演しましたがその子は服の感じからムックファンだな、なんて考えていました。そうしたら急にその子が「今日は誰の目的で来たんですか?」と話しかけてくれたんです。「ムックです」と答えたら「私も!」って喜んでいましたが私の服装と言えばナチュラル、ガーリー風。どう見てもビジュアル系のムックファンには見えそうにないと思います。話が合うかもわからないのに、特に話しかけようか悩んだ様子もなく気軽に話しかけてくれた彼女。それから公開録音が始まるまでの3時間と公開録音が始まってからも少し一緒にお話していました。話しているうちに彼女は2個下ですが偶然私の彼の家の付近に以前住んでいて彼と同じ中学校、そして今、彼が通っていた高校と同じ学校に通っていることがわかりました。始めは、「一人で寂しいから一緒にいよう?」と言われて「私の苦手なベタベタタイプかな…?」なんて内心思ってしまいましたが話してみると意外と楽しくて人に出会うって素敵だなと思いました。実は私はその子が通っている高校に偏見を持っていたのが正直なところでした。私の友人がその高校に通っていて、いじめにあって学校を辞めざるを得なくなってしまったこともありましたしあまりにもその高校の生徒のマナーが悪いのでその高校の生徒だけ立ち入り禁止になってしまったコンビニもあります。文化祭も、一般公開をすると危ない人たちが集まってきてしまうから一般公開はしないんだと彼から聞きました。そのほかにもその高校の生徒に関する嫌な話はいくつか聞いたことがあってその学校に通っている人は、きっと私と考え方が根本的に違うんだな、と思っていました。けれども今日のあの彼女からは、ちっとも嫌な感じはしませんでした。彼女の口からは、学校が面倒になったから学校に行くフリをしてそのままどっかへ行って、彼女の母親が仕事に出た時間を見計らって帰ってきた、なんて話もでました。「学校が面倒だからサボる」と聞くとなんとなくだらしない感じもしますが彼女は学校へ行くフリをして家をでてから帰宅するまでの間に市内を自転車でぐるぐると回っていたそうです。そのとき、私の住んでいる○○台というところに偶然来て「ここが○○台かぁ」と発見したそう。私のように「学校は休まずきっちりいかなければならない」というルールに囚われて精神的に不安定なのに無理して行ってさらに悪化して帰ってくるよりも彼女のように自由奔放に気ままに生きた方がのびのび生きれるんじゃないかな、と思いました。私なんかより彼女のほうがずっと生き方上手なのかもしれません。たとえ評判の悪い学校に通っていたとしてもその人たちはその人たちなりに頑張って生きてるんですよね。偏見なんて持たないでもっと広い心を持って世の中を見渡さなければならないなと彼女に教えられたような気がします。
2005年04月30日
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少しヘビーなサウンドに心に突き刺さる歌詞ボーカルさんの叫びが拍車を加えますそう、ここでも何度か紹介した「ムック」というバンドのことです。今日地元のデパートでムックがラジオの公開録音をするというので行ってきました。ムックは私にとって特別なバンドです。高校の時、ひどく落ち込んでいた私にとってムックは唯一の理解者だと、思っていました。あの頃の私の頭の中は常にどんより曇っていていろんな嫌な言葉が頭をかけめぐって整理できないで爆発、そして撃沈の繰り返し。登下校などでは首や足に力が入らなくなって首はがくんと落ちて、でも目だけ前をみて、足をひきずりながら歩いていた覚えがあります。別にわざとやっていた訳ではなくすっと顔をあげて歩く気にもなれず頭では常に嫌なことを考えていてゆっくりあるくのに精一杯という感じでした。そんな私に、ムックの歌詞は肩を貸してくれました。決して前向きな歌詞ではありません。曲を聴いていてさらに落ち込んでしまったことも多々ありました。けれども私のごちゃごちゃな頭の中のことを忠実に歌詞に再現してくれて頭の整理がつきました。そんな中、アルバムに唯一1曲だけ、前向きな歌詞の歌がありました。それまでいろんな人にいろんなアドバイスをもらったけれど正直言うと、ほとんど信じていませんでした。普通の人になにか言われても、現実感がなかったんです。けれどもムックは私の心の中を読んでいるかのように詩を書いていた。そんなムックが私に届けてくれた前向きなメッセージはすんなりと心の中に入ってきました。それからはどんなときもずっとムックの曲を聴いて生きてきたようなものです。それくらい私にとって特別なバンドなんです。今まで、一度だけムックのライブにいったことはありましたがライブにはやっぱりライブ特有の雰囲気があります。大きな音が苦手な私にとってライブのあの轟音はちょっと辛いしファンが押し合い圧し合い、落ち着いて聴いてられません。けれども今日はラジオの公開録音だったのでゆっくりじっくり聴くことができました。その演奏内容ですが、この間リリースした新曲とアルバムの中の1曲を演奏してくれました。しかも今日は特別、アコースティックバージョンでした。もともとアコースティックなサウンドは大好きなので本当に素敵でした。両方とも私の大好きな曲ですがさらに、さらに好きになりました。ムックが私たちに直接メッセージを伝えてくれてるんです。感激です。朝の10時から夕方4時まで屋外にいたので日焼けがちょっと気になりますが今日は思い出の一日となりました。
2005年04月30日
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最近疲れているので一日の出来事をただ書いて誤魔化してます…。余裕がでてきたらまたしっかり日記を書きたいなと思いますが。今日は約1週間ぶりに彼に会いました。元気になった彼にはまだ会ってなかったので少し心配でしたが精神面ではすっかり立ち直っていました。よかった。咳の方はというと…最近は鼻まででるらしく鼻声でした。原因がわからないので明日大きな病院に行くそう。今日はゆっくりまったりしたかったのでお部屋にそのへんで摘んできた野草を飾ったりしてみました。そして今までお菓子作りなんかでたまってしまったデコペンやトッピング用チョコがあったので二人でホットケーキを焼いていろいろトッピングして食べました。チョコレート、ジャム、メープルシロップ、バニラアイス、バナナなど…豪華豪華♪ところで、今日彼と話していたとき、彼がさり気なくさらっと結構大事なことを言いました。「俺、ハタチになったら父親に会いに行ってくる」彼は赤ちゃんの時に両親が離婚してしまってお父さんの顔を覚えていないとか。それから彼のお母さんは再婚してさらに二人の男の子ができたけれどまた離婚してしまって今は一人で三人を育てています。けれども2番目のお父さんとは今でもよく交流があって彼の部屋に彼と弟二人と彼にとって実の親でない2番目の父親と一緒にとった写真が飾ってあって見るたびに少し複雑な心境になります。今まで、彼の本当のお父さんについてはあまり話題としてふれたことはなかったけれどやっぱり彼の心の中では常に会いたいという気持ちがあったんでしょうね。ハタチというきりのいい歳に、大人になった自分を見せたいという気持ちもあって決心したのではないかなと思います。そんな彼を応援してあげたいと思うし生涯そばにいたいと改めて思った一日でした。
2005年04月29日
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とりあえず今日で今週のバイトは終わりました。ゴールデンウィークに入ってしまうのでブランクが仇にならないよう勉強は怠らずに。今日はポケットにペンと紙を忍ばせ事あるごとにメモメモしていました。やっぱり器具の名前などは一度聞いただけでは忘れてしまう。ところでゴールデンウィークの予定はと言いますと、なんとお部屋移動です。生まれて初めて一人部屋をもらえる予定です。両親がしっかりやってくれれば…。自宅の二階には部屋が3つあります。小さめの部屋が2つに大きい部屋が1つ。今までは2つの小さい部屋に父親の書斎と両親の寝室、そして大きい部屋を妹と私が共有していました。けれども最近の妹の趣味はエレキベース(以前私がやっていて妹が引き継ぎました…汗)。あまり近所迷惑にならないよう音を小さめにして弾いてもアンプから出る低音はかなり大きく聞こえます。私が机の前でくつろいでいても(私は机の前がお気に入りスペース♪)横でベースがボンボンいっていたらちょっと落ち着きません。私も秋から通信大学に行く予定だし来年は妹も受験生ってことで個室をもらうことになりました。ところが少し問題が…。今の父の書斎を妹の部屋、両親の寝室を私の部屋にする予定ですが書斎は父がヘビースモーカーなので壁にヤニが染み付いて部屋全体がタバコくさい、寝室は母親の洋服があちらこちらに積み上げられて大変なことになっています汗。壁紙もなるべく張り替えたいし、ベッドなどもあるので移動がかなり大変そうです。なので両親がその現状を目の前にして面倒になって部屋移動が中止になってしまうような気がして両親に「しっかりやってよ…?」と内心思っているのです。もちろん私も手伝いますが。けれども個室がとても楽しみ。私は今までの日記からも分かるように手作りが好き。最近ではナチュラルな雑貨やインテリアの載った雑誌を読みながら自分ならこうするな、と頭の中に「my room」を作るのが一番のリラックス法だったかも。今までは頭の中だけのものだったけれどもしかしたら現実になるかもしれない。なんだか気合が入ります。もし本当に個室がもらえたら木材や塗料も買ってきて本格的にインテリアを工夫したいです。最近はナチュラル系の雑貨屋さんも増えてきたので個性も出せたらなと思っています。あぁ、楽しみ。
2005年04月28日
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今日は英会話の後、直行でバイトに向かって4時間丸まる器具の洗い方、機械の使い方、型の練り方、器具のしまう場所、機械を動かす時間など覚えなければならないことをたくさん一気に言われて少しあくせくしました。帰ってから今日教えてもらったことを忘れないようにメモしていたらこんな時間になってしまって眠いです。某CMで言っていましたが、やっぱり仕事を覚えていく自分が好きです。余談ですが今日、ちょっとしたハプニングがありました。衛生士さんが私に歯型を取る粘土のようなもの(印象と言います)のやり方を説明してくれていた時に歯医者さんによくある歯の模型で仮に歯形をとってみました。そして印象が固まったので取り外してみてと言われはずしたらなんとその模型の歯が半分くらい抜けて印象にくっついて取れてしまいました。別に失敗でもなんでもなく、模型は歯が取れるようになっているのでそうなってしまったのは仕方のないことなのですがその状況が面白くて面白くて、衛生士さんと笑ってしまいました。仕事中なのであまり笑ったらいけないと思うんですけれどそう思うと余計おかしく思えてしまうんですよね。仕事中なんども思い出し笑いをしそうになりました。こう見えても私、実は笑い上戸なんですよね。
2005年04月27日
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今日から本格的にバイトが始まりました。社員さんの紹介をしてもらったのですがみんなとても優しく親切そうで素敵な職場だと思いました。今日いろいろと教えてくれた衛生士さんも話しやすくて安心しました。今日は現像機の使い方と器具の洗い方などを教えてもらいました。現像室は真っ暗な中手探りでやらなきゃいけない上にミスもできないので少し戸惑いましたがなんとか機械を動かせるようになりました。他にも歯医者さんはいろんな機械や器具、先の細いものなども多々あるので取り扱いが少し難しそうですがやっていて楽しかったです。早く覚えられるように予習復習はしっかりやらないと。何をやるにも大雑把にできずつい細部まで気を使ってしまう私の性格、普通よりも時間がかかるし、普通の人ならぱっと終わらせてしまうところを無駄に一生懸命やって疲れちゃったりしてどっちかというと欠点だと思っていましたが清潔感や慎重な取り扱いが求められる歯医者さんではなんだか私にぴったりなような気がして嬉しかったです。ただあまり時間をかけずてきぱきやらなければなりませんが…。今まで不安でしたが今日実際仕事をしてみてこれからもしっかり続けられそうだと思いました。滑り出しは順調です。
2005年04月26日
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昨晩の事故から一晩経ちました。昨晩は彼がひどく落ち込んでしまっていて風邪から約1ヶ月たっても引きずっていた咳もひどくなってしまってだいぶ辛そうでした。私ってここでは一生懸命いろんな言葉を使って上手に意思や思想を伝えようと心がけていますが直接話すとなると全く言葉が浮かばず落ち込んでる友人や彼の前では助けてあげたい気持ちは溢れるほどあるのにいい言葉をかけてあげられなくていつももどかしくなります。今回もそうでした。昨晩も彼が寝てしまっても私は落ち込んでる彼を放ってのんきに寝ていられなくてネットサーフィンしながら、とりあえず咳に効くハーブや食べ物なんかを調べていました。咳に効くアロマや心を落ち着かせるアロマなどを買って朝、彼が学校に出掛ける前に彼の家にいって内緒で自転車のかごにでも置いていこうかとも考えましたがすでにそのときはもう夜中の1時。お店はもうとっくに閉まっています。どうにか家にあるもので代用できないかと探したところ母が風邪の時に買っていた、かりん湯を見つけました。喉に効く、と書いてあったけれど確かかりんは咳止めにもなるはず。ちょうどよかった、と思いましたがそれだけでは物足りない。そう思ってしまったらもう私の定番、手作りのものをプレゼントしようと思いました。私は秘策にいつも手作りのものを用意します。記念日、お祝い、彼が落ち込んでしまったとき、など毎回何か作っては秘密にして驚かすのが好きでした。言葉にできないこの私の気持ちを伝えるにはこの方法がベストなんです。今回は彼が大学の授業の一環で幼稚園に実習に行くときのエプロンにつけるマスコットを作ろうと思いました。ついこの間その幼稚園の実習で使うフェルト生地の名札を作ってあげたばっかりなのでそのオプションとしてぴったりです。その名札にはアンパンマンをくっつけたので今回はバイキンマンのマスコットを作ることにしました。まずバイキンマンの顔がどんな風だか詳しく調べるところから始まって完成したのは午前6時15分、それから彼の家に届ける時間も含めたらギリギリでした。ラッピングの袋の中に、一生懸命作ったバイキンマンとかりん湯とちょっとした手紙を入れて途中コンビニによって喉を乾燥させないためののど飴を買って追加して急いで彼の家に行きました。着くと彼はもう起きていて支度をしているようだったのでどうせなら、と思い彼に今彼の家の前にいることを伝えました。彼はまだ元気のない様子。いつもなら突然私がなにかあげるとびっくりして中身をその場で見てくれるのですが今日は中身も見ずに「ありがとう」と低い声で言っただけでした。驚きもしなかった様子。もうこのパターンは見透かされちゃってるかな。朝のバタバタしている時間でもあったのでその後はちょこっと彼と話してすぐ帰りました。それからお風呂に入って夕方からはバイトの説明があるので少しは寝なきゃと思いベッドに入りました。それが確か8時頃。うとうととしていたら彼からメールが入りました。おそらくその時間は彼は電車に乗っているか大学にいるかくらいだと思いますが中をあけて思わず感動して泣いてしまったそう。もしかして私の気持ちちゃんと伝わった!?メールなので詳しくは彼の状態がわからないけれどそれからは少し口調が明るくなった気がします。寝ないで頑張った甲斐はあったようです。少し安心したのでそれからは少し寝て昼に起きました。そして夕方バイト先の歯医者に向かいました。歯医者さんに着くとまず着替えるよう指示されました。目の前に出されたのはピンクのスカートタイプの制服。え、ちょっと待って、案内してくれたアルバイトさんらしき人は水色のパンツタイプの制服じゃないですか。新前はピンクのスカートタイプなのですか?汗と、複雑な心境の中、一応言われたとおり着替えました。着替えた感想…ものすごい違和感です。まだ物置兼更衣室の中で一人でいるだけなのに顔から火が出そうでした。この格好で院長先生に説明聞くの…?というかこの格好で仕事するんですよね、当たり前ですよね…。制服がここまで違和感があるとは思いませんでした。それからぎこちなく更衣室を出て先生に説明を聞き最終的な制服のサイズを決めて終わりました。なにか詳しい仕事内容を説明してくれるのかと思っていたらそれは明日以降にやっていただけるらしく今日はあっさり終わりました。そして帰宅。明日からは本格的な仕事が始まります。人生で初めてのアルバイトなのでわからないことだらけですがなるべくいろんなことを吸収して一生懸命やっていきたいです。頑張ります。
2005年04月25日
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事故りました。運転していたのは彼。コンビニの駐車場から出ようとしたところ駐車場入り口から車が入ってきたのでバックしたら駐車していた車にぶつかってしまいました。入ってきた車に気を取られて後ろを良く見ていなかったそう。結構勢いよくぶつかったので本当にびっくりしました。駐車していた車にはちょうど男性の方が後ろのドアをあけて物を整理していたのでもう少し左によっていたら車と車の間に挟まれてしまったところでした。ただぶつかった反動で体が前のめりになりひざを少し打っただけだったそうです。本当に、本当によかった。実はこの前の2月にも、私は友達の車に乗っていて事故ってしまったことがありました。そのときは精神的にかなりダメージを受けて発作がおきてしまい周りに迷惑をかけてしまったので今回は私がここでくずれたら警察を巻き込んで大騒動になってしまうし事故を起こしてしまって落ち込んでる彼にもさらにストレスをかけてしまうと思い必死でこらえました。手はがくがく震えるし涙は出そうになるし本当大変で家に返ってすぐに友達に事情を吐き出しました。一応は落ち着いて今日記を書いています。明日はバイトの説明を聞きに行く日。ここで崩れるわけにはいかないのです。彼が心配で心配で心が破裂しそうですがとりあえず彼を信じて私は今日ゆっくり休みます。結構精神的にダメージを受けているけれど今はそんなこといってられません。頑張ります。
2005年04月24日
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う、う。う!う?う…受かりました!アルバイト、採用です!おめでとう自分!この嬉しさをビタミンCで表したらレモン100個分のビタミンCくらい嬉しい笑。採用してくれたということは私の中に何か採用につながる「良いところ」があったってことですよね?一時は自分の価値を一つも見出せなくて価値どころか自分は生きてるだけで周りに悪い影響を与えてしまうとまで考えてたのにそんな私を社会が認めてくれた…。嬉しい限りです。あと、実は歯医者の先生が私のこと覚えててくださったんです。もう10年も前のことなのに。おそらく来週から勤務することになると思います。私の新しい生活が始まります。
2005年04月22日
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今から36年前、アポロ11号は人類史上初の月面着陸に成功した。何十億年、何百億年と夜の地球を見守ってきた月。人類にとって重要な存在のひとつとも言える月に降り立つということは全世界の人々が夢に見てきたことだろう。それが現実になったのだ。そしてその月の様子はというともちろん森もない、海もない、一面、岩石と土壌に覆われたモノクロの世界だった。決してそれは残念なことではないけれどしんと静まり返りただ冷たく光るその場所は夢の場所でありながら寂寥たる眺めだと思う。月と言えば今日私は小さな月の街に降り立った。先日求人情報誌で、私が生まれてから11年間過ごしたある団地の歯医者さんの名前を見つけた。私の家庭の雰囲気が大きく変わったのは今の住まいに引越してから。今までどれだけあの団地での生活を惜しみ懐かしく思ったか。そこは私にとっての夢の場所でもあった。そんな思い出あふれる街の歯医者さん。あの場所で働けたらどんなに幸せだろうか。私を育ててくれたあの街に恩返しがしたくてどうしてもそこで働きたいと思いすぐに電話をしたけれどもその気持ちの裏にはまたあの頃のような家庭に戻れるのではないか、と叶うはずのない夢を抱いていた。そして面接日の今日、期待と緊張が入り混じる中私はバスを降りた。そこはいつもと変わらないだろう風景。ただ平日のお昼だというのにそこは静まり返っていた。念のため1本早いバスで来たので辺りを散歩する時間はあった。ところが商店街を通っても保育園の脇を通っても、声一つ聞こえなかった。商店街も半分くらいのお店はシャッターが閉まっている。ふいに落ちてきた枯れ葉のように、目の前を若いカップルがくるくると回りながら楽しそうに、しかし寂しい影を残しながら走り去っていった。小学生の時、立ち並ぶ団地を見て「団地がずんずんとこっちに向かって行進しているようだ」と言って先生に褒められたことがある。けれどもその団地も今ではまるでもの言わぬ岩のようにずんと重たい腰を下ろしてうずくまっていた。そこは光り輝く夢の場所だけれどそう呼ぶには少し静かすぎた。そう、それはあの月のようだった。面接の合否は明日の夜連絡がくる。受かれば私は晴れてあの地で新たな一歩を踏み出すことになる。あのモノクロ土壌の上にくっきりと残ったアームストロング船長の足跡のように。
2005年04月21日
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近頃だんだん毎日が忙しくなってきました。日記に何を書こうか考える時間があまりないです。けれどその日の出来事をただ箇条書きに書いたってつまらない。1日いち日いろんなことをいい表現でみなさんに伝えられたらなって思います。明日は面接なのでこれまで。面接を終えた未来の自分へ。「お疲れ様でした。自分の気持ちを十分に伝えられたかな?あなたの頑張りが実ることを祈っています。」
2005年04月20日
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突然ですが…。アルバイトを始めようと思って今日電話をしました。別に急に思い立った訳ではなくて1、2週間前くらいから考えていたんです。私立の高校に通っている妹が今年度から特進コースになりました。1日7時間授業とハードな時間割。さらに勉強も難しくなります。妹も不安になったのか塾に通いたいと言い始めたんです。妹も理数が苦手なようで数学とあと理数系の科目を習いたいとか。私も、もちろん母もそんな妹を応援したいのですが習いたい科目が増えるごとに塾の授業料も2倍、3倍と増えていく…。学費も私が通っていた公立高校の倍らしいので母親も喜んで「塾に通っていいよ」と言えないそうなのです。そんな中で私はというと通信制大学への入学を希望している。いくらなんでも両親への負担が大きいと感じたんです。それで社会勉強になるしこの辺りで私も一歩踏み出してみようと思いバイト先を探し始めました。駅前に置いてある無料の求人情報誌をパラパラとめくっているとぱっとある文字が目に入りました。「アルバイトさん募集 ○○歯科」どっかで聞いたことあるなと思い住所を見てみると以前私が住んでいた団地の中の歯医者さんでした。もちろん私も小さいときお世話になりました。そこは私が生まれてから11年間過ごした思い出の場所。今では小学生なんかはかわいらしい洋服をきれいに着こなしてその辺をすまして歩いてるけれどあの時の私はそんなことより泥だらけになって裸足で走り回ることの方が楽しかった。木に登ったり、砂場を日が暮れるまでひたすら掘っていたりとにかくたくさんの思い出がつまった場所。そこへ通って働けるなんてなんて素敵なんだろう、と思いました。そこに行くには電車とバスを使うので少し不便ですがそんなことよりそこで働きたい気持ちが大きくてすぐに母に相談して電話しました。今まで3回アルバイトをしようとして3回面接に落ちているので今回も不安ですがとにかくこの熱意を主張してきたいと思います。面接はあさって。あいにくの雨だけれど頑張ります。
2005年04月19日
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最近の極度のコーヒー好きが高じてカフェが私のお気に入りの場所になりました。ブラックのエスプレッソに適度な甘さのスコーン。軽い昼食がてら行くときは同じくブラックのエスプレッソにホットサンド、など。何か考え事をする時に最適です。独りではないので悲観的にもならないしね。でも今日は英会話の先生とショッピングの合間に行きました。もうちょっとゆっくりしたかったけれど時間が、ね。それにしても私の英語は全くダメですね。一生懸命考えて言葉にだしても後になってこっちの言い回しのほうがよかったなんて多々思ったり、単語のど忘れもしばしば…。それなのに店員さんと先生の間に入って通訳をしたりと大忙しの一日でした。でも楽しかった。先生が買ってくれた輸入物のピンクレモネード、色がすごくて飲むのに勇気がいるけれどビンがかわいい、取っておいてなにかに使おう。***コメントくれた方々へ***お返事できなくてすみません。必ずしますから。
2005年04月18日
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今日は疲れたのでメモ程度に書きます。今日は彼の幼稚園実習で使う名札(保育の短大へ通っているため幼稚園の先生のようなかわいくてキャラクターのアップリケなどがついた名札が必要)の材料を買いに某巨大手芸店へ彼と一緒に行く。デザインを考えてなかったのでカフェでお昼を食べながら考えて再び買出しへ。某巨大手芸店およびその周辺のデパート何軒かを歩き回り休憩を含めて計6時間の買い物終了。その後彼の家族と一緒にお夕食を食べに行く。そして帰宅。彼と会っていなかった約10日間に私に何らかの変化があったのかもしれない。今日は初めて彼の前で素の自分をだすことができた気がする。(今までも素の自分でいたつもりだったけれどどこかで気を使っていたような、彼に意見を合わせていたような感じがしていた)久しぶりにたくさん笑い、いい一日だったと一息ついたのもつかの間長時間のバイトで心身ともに疲れた様子の妹にしつこくつきまとい妹が泣きそうな声でやめてと言ってるのにやめない母親の姿に腹が立ちやめろって言ってるんだからやめればいいでしょ!と怒る。親に対して大声を出すことなんて滅多にないのだけれどやめてと言う妹の声の中に精神的な苦痛(母親の行動だけでなくバイトや学校などのことも含め)が読み取れて見ていられなかったからつい怒鳴ってしまった。私の妹なので私と同じように高校になってから崩れてしまうのではないかという不安をあおるような妹の声と私が怒鳴った後の母親の悲しそうな表情にショックを受けた。その後落ち込んでしまうが今日行ったカフェの心やすらぐ雰囲気を思い出して沈んだ気分を明日にひびかせないようにクラッシックを流しインテリア雑誌を読む。そして今に至る。
2005年04月17日
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その男性は言いました。「歩いて回った方がいろんな人と話せるからいいよ、車だとただ通り過ぎるだけだからね。」これはある国のある仕事をしている人の言葉です。どんな職業だか分かりますか?それは後半に述べるとして私は今、不ぞろいのボタンを一生懸命積み上げようとしてます。凹凸を組み合わせながら、バランスを考えながら、崩れては積み直し崩れては積み直し、夢中で一つにしようと頑張っています。そばに針と糸があることにも全く気づかずに…。これが私の悪いところなんです。世間の目や悲観的な考えなどに囚われてその中で一生懸命もがいて何か作り上げたとしても臆病な心は変わらないままで、ちょっとしたことで崩れ落ちてしまう。一度目を閉じて深呼吸をし、心を開いて周りをながめてみればいろんな世界が広がっていて私の足の鎖を取る方法が見つかるはず、針と糸も見つかると思います。そしてボタンに糸を通して積み上げれば簡単に一つになるでしょう。私がこんなことを思ったのはテレビを見ていて、改めて私のちっぽけさに気づかされたからです。世界は広く、地球にはたくさんの人がいてそれぞれ素敵な考えを持っている。人だけではなく、動物や植物にだって大事な事を学ばされることだってある。それなのに私はこのわずか3m四方の部屋に閉じこもって一人の世界を作っている…。自分はすごくもったいないことをしているなと思ったんです。せっかく生きているんだからいろんな場所へ行っていろんなものに出会おうと、お得な生活をしようと思いました。私の談話でお待たせしてしまいましたが冒頭の彼の職業、実はイタリアのごみ収集やさんなんです。ベネチアは細い路地が迷路のように入り組んでる所。車では通れないらしいんです。なのでごみ収集は大きなワゴンを押しながら一つ一つ回っていくそう。日本ではごみ収集なんてちっとも魅力のないお仕事だと思われがちですよね。そんな中でも楽しさを見出して堂々と笑顔で仕事っぷりを語っていた彼。素敵な人ですよね。
2005年04月16日
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今日届いた大学のパンフレットを前にして複雑な心持の私。奥底から渦巻状にこみ上げてくる不安に飲み込まれそうになりながらも踏ん張っている。抵抗できてるだけでも成長したと思う。不安は誰にでもあることなんて解ってる。ただ私の場合失敗したときのリスクは高い。これは人生に関わる一種の賭けでもある。
2005年04月15日
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私は幼い頃よく未来の自分にメッセージを送って遊んでいたことを思い出した。例えば学校に行きたくないなと思いながら登校している時に学校が終わり下校している未来の自分に「お疲れ様、よく頑張ったね」とメッセージを送る。いざ学校に行くとメッセージを送ったことなんて忘れてしまうのだけれど下校するときになるとふと思い出すのだ。そしてメッセージをくれた過去の自分に「ありがとう、あなたは頑張れるよ、未来の私が言ってるんだから間違いないよ」などとメッセージを送り返す。たいていはこれから嫌なことをしなければならない時にメッセージを送っていたっけな。当時は特に深く考えず過去から届くメッセージという不思議な遊びを素直に楽しんでいた。今思えばあの当時の自分は嫌なこと辛いことなどを思い悩まずに無意識に単純な遊びに変えて克服していたんだろう。幼い頃の自分が少しいとおしく思えた。
2005年04月14日
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おとといの夜と昨日はひどく落ち込んで誰にも言えなかった私の心情を煙に変えてここに吐き出しました。吐き出したとはいえ、自分の日記を読み返しては思い出して悩み落ち込んでいました。けれど、みなさんからたくさんのあたたかいコメントが届いて元気がないながらにも前向きになってきました。みなさんからのコメントが本当に有難くてまずはお礼を言いたい次第です。ありがとうございます。昨晩は、とりあえず大学受験にチャレンジするために予備校生になるのか、それとも書類審査で入学することができる通信制大学に通うのか、それとも英語塾などで英語を身につけて知り合いが営んでいる海外の日本語学校へ手伝いに行くのか、など大まかな方向を決めようと、考えていました。知り合いの方に間接的ではありますが「手伝わないか」と誘われていたので中学生の時から夢だった「海外で働く」ことをある程度楽に叶えられるチャンスだとは思ったのですが学士を取得したいこともあるし、日本でたくさんの知識や経験を得てから海外に行きたいと思ったので通信制の大学に行こうと決めました。普通の大学に行くにはまずは予備校へ行かなければならないし、お金もかかります。それに比べて通信制の大学は学費も普通の大学より安いし、なにより通信制大学の主となるレポート提出がとても魅力的な勉強方法だと思いました。私、実は昔から調べごとが大好きなんです。自分でも忘れていたのですが…。小学校のときの「自分でテーマを決めてそれについての新聞を作りましょう」とか中学校のときの「ある歴史上の出来事について調べてみんなの前で発表しましょう」とか大好きでした。高校のときに初めてレポートと言うものを作成したのですが意外に上手にまとめることができて楽しかった覚えがあります。大学のレポート作成はまだ経験したことがないので大学生に言わせればそんな甘いものじゃないかもしれませんが昨日レポート作成の仕方が書かれたサイトを見ていて実際やってみたくなりました。そうと決まればあとはどの通信制大学にするかを決めるだけです。学びたい分野はだいたい決まっていたのでだいたいそれに近い学部がある大学をしぼって資料請求をしました。届いたら先生や両親に相談して最終的な決断は自分でするつもりです。早ければ今春の学生になれるかもしれません。無職の肩書きを捨てて学生になれるんです。自分の興味のあることを勉強できて、それを評価までしてくれるんです。こんな嬉しいことはありません。でも辛くなってしまうかもしれない、挫折してしまうかもしれない、けれどそんなことより少しの希望が持てたことが嬉しくて小さな私の心はいっぱいです。
2005年04月13日
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昨日の夜は眠くなって早めにベッドにはいったのに眠れなくなった。電気を消して目をつぶるととたんに嫌な声が私の頭のなかに響いた。「お前は進学なんてできるのか?」「どうせまた途中で投げ出すんだろ?」「挫折して落ち込んで終わりだよ」「だったら今のうち死んでおいたほうがいいんじゃないの?」「というか死ねよ」「死ね」「死ね」「死ね」誰の声でもない、自分の声。自分が自分を追い込もうとしている。声が聞こえるたびに体がきつく縛り上げられた。ろっ骨が食い込む。食いしばっても口から言葉にならない声がもれる。無駄に足でなにかを蹴っていた。振り払おうと思って頭を横に振っても涙が枕に落ちるだけだった。抵抗すれば苦しいだけ。さからうのをやめて一緒になって自分を追い詰めていったら楽になった。10時半に布団に入って寝たのはおそらく4時近くだと思う。昨晩の時点ではこのまま結局なにも成功しなくてボロボロになって死んでいくんだと思った。そして起きたのが昼の1時半。もっと前に何度も起きたけれど憂鬱でベッドからでられなかった。彼からメールがはいっていたので今起きたと返したらなにか察知したのか気分はどうかと聞いてきた。言葉を考えたけれどどれも甘えにしか聞こえないように思えた。「まぁまぁ」とニッコリした顔文字をつけて送っておいた。そしてすぐに話題を変えた。最低限の身だしなみを整えて昼食を終えて一息ついた今これから先がまた真っ暗になっていることに気がついて呆然とした。せっかく昨日先生に会って相談してきたのに。少しは明るい未来に近づいたと思ったのに。ここから見えるベランダの手すりにぶら下がった重たいしずくのように心がぶら下がっている。周りの景色をすべて逆さまに映し出し、ちょっとした反動で滴り落ちてしまいそうだ。
2005年04月12日
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行ってきました母校。先生に進学の相談をしてきました。大学や通信制大学、専門学校、短大などのメリット、デメリットなど聞いてきました。なんとなく現実に一歩近づいた気がします。とりあえずいいのではないかなと思われる学校をしぼったのでその学校のパンフレットを取り寄せようというところで話は終わりました。ただ今日思ったのは、学校に通うにしろ通わないにしろまずは私の精神的なものを改善しなければならなさそうです。…こんなこと初めからわかっていましたけどね。というか簡単に精神的なものを改善できるのならばもう今頃とっくに学校いったりバイトしたりしてます。なんかまだ精神的にしっかりしていないのに大学やらなにやら考えてると先走りしているようでなりません。また失敗するのではないか…。まあこんなこと考えててもなにもはじまりませんけどね。
2005年04月11日
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まず今日は高校の時の同級生に会いに行った。こないだ日記に書いたサバサバした女の子だ。その子は私と同じロートーンで無理やりにテンションあげなくても済む話しやすい子。いつものようにぼそぼそ(私たちにとっては普通なのだけれど)話して私たちなりに盛り上がって借りてきた映画を一緒に見てまったりとした時間を過ごした。天気もよかったし桜が満開なので片道40分ほどかけてサイクリングしながら行った。友達とあんなふうに過ごすのは私の理想。私は友達少ないし連絡もあまりとらないからみんなにとっては普通なことが私は少し憧れる。そしてなんとなく友達っていいなって思って友達が恋しくなって今度は中学のときの友達とパソコンで話した。”中学のときの友達”とか言いながら実は以前彼氏だった人なのだけれど。今はきっぱり友達としてベストな関係を保っていると思う。それで大学の話を聞いたりして「友達」と言うことを再確認できた。それからまた今度は別の中学の時の友達にメールをした。友達ということを考えてるうちにいろいろな疑問がわいてきて誰かに答えを求めたくなったから。数少ない友達。私の大切な存在。
2005年04月10日
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今日は用事があって父親とちょっと遠出。車は母親が使うのでバイクで行こうってことになって父親の後ろ乗って行きました。あ、いや時たま父親のバイクには乗っていたんですがね特に日記に書いてなかっただけです。それで、乗りました、「高速」道路交通法改正で4月1日から高速道路のバイク二人乗りがOKになったじゃないですか。行くまではちょっと緊張してたんですがとっても楽しかったです高速走行。気持ちいし、なんか目立つのか車の人がちらっとこっちよく見てました。親子仲が自慢できて嬉しかったです。こんなこと思ったってことはやっぱり私は家族で仲良くしたいのが本音なんでしょうね。父親の背中にちょっとあたたかみを感じてみちゃったり…。いろんな意味で楽しい一日でした。
2005年04月09日
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きっと誰も知らないと思うけれど実は私、隠れマリーンズファンだったりする。父親が野球好きなのだけれど家族に理解者がいなくて可哀想だったのでとりあえず一緒に中継を見てあげたのがきっかけ。初めはルールがちっともわからなかったけれど最近やっとわかるようになって楽しくなってきた。それから好きな選手とかもできて応援歌も覚えたりしてすっかりはまっている。けれどからかわれるのが嫌なので誰にもそんなそぶりを見せていない。…というかココ「楽天」じゃん!だいぶお世話になっている楽天さんが敵になってしまってなんか複雑な思いがするのだけれど…。開幕戦、楽天に負けたし。。。悔し(/x;)でも今日の日ハム戦で勝ってとうとう1位タイ。素敵だ~!!
2005年04月08日
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今日、私にしてはとんでもなく珍しいことを思った。「新しい友達がほしいな」人間関係がとても苦手な私。特に女の子はべたべたというイメージが強くて一度仲良くなってしまったらずっとつきまとわれると思っていた。私も私で悪いところがある。いつのまにか周りに合わせる人間になってしまっていた。小学校、中学校の時は自分というものをしっかりもっていて周りがどう言おうと自分の意思を貫く性格だったのになぜか高校になってからすっかり変わってしまった。周りが笑ったら私も笑わなければいけない、周りがYESと言ったら私もYESと言わなければいけない、そんな固定観念を持つようになってしまった。自分を押し殺さなければならない環境にストレスがたまってすっかり人間関係を持つことを嫌いになってしまったのだ。今では友達はサバサバしていて一緒にいることを強要しない性格の女の子一人と中学校の同級生二人に絞っていてそれでもその友達とはあまり連絡をとらない。ほとんどを家で過ごす私にとって情報や刺激は家族や彼が外から持ってくるものとパソコンに限られている。もっといろんなことを知って体験したいと思うけれどまた新しく人間関係をきづいて誰かにつきまとわれるよりは今の状態でいたほうがましだ、と思ってしまう。これが今までの状況だった。けれど今日私が新しい友達がほしいなとつい思ってしまったのは妹の姿を見たからだ。妹は先週くらいからある飲食店でアルバイトを始めた。飲食店といってもデパートのある一角などで真ん中にテーブルとイスがたくさんあってその周りをいろんな種類のお店が囲んでいるいわゆるカウンターのお店でキッチンなどがある程度のぞきやすい。今日母親と、妹の様子を見に行ってみようということになってそこへ行った。平日でまだお夕飯には早い時間だったのでお店にはちらちらとお客さんが見える程度で妹はお客さんが来ていない間、レジの隅の方で新しく知り合ったと思われる女の子と楽しそうにおしゃべりをして笑っていた。そんな妹の姿を見て、なんとなく自分が寂しく思えた。そういえば彼も短大生生活が始まって早速友達を作ってメンズの洋服が売っているお店なんかを聞いていたりしていたっけな。10人いれば10通りの考え方がある。たくさん知り合いがいれば自分では考えられないようないろんな発想にたくさん出会えるんだろうな。そう思うと人間関係をきづくのも悪くないなと思った。自分が周りに合わせてしまうからいけないんだ。同じところで笑って、意見も同じだったら、そりゃ相手も気が合うと思い込んでついてくるだろう。つきまとわれるのを嫌っていたけれど、つきまとわせているのは自分だったということに今気づいた。おそらく心が弱って自己嫌悪に陥ったから堂々と自分というものが周りに出せなくなったのだろう。自分を責めたりさげすむのはほどほどにしてこんな私でも少しくらいは自分に自信を持ったっていいよね?
2005年04月08日
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フリーページのMEのところ更新しました。たいしたことないですが一応お知らせ。今日は普段あんまり書かない私生活を少し細かく日記に書いてみた。でも書き終わった後思った。人からみれば毎日こんなことしてすごしてるなんて幸せだなって思うと思う。確かに楽かもしれないけれど幸せではない。こんな生活から一秒でも早く抜け出したい、有意義な生活がしたいと思っているのは嘘なんかじゃない。だから消そうかなと思ったけれどせっかく時間を割いて書いたのだからなんとなくもったいない気もする。なのでちょっと隠して載せました。ちゃんと理解してくれて、なおかつこんな私なんかの私生活ちょっと見てみたいかなーとか思った人は面倒ですが反転させて読んでください↓↓今日はなんとかすんなり起きることができた。気分もそこまで憂鬱じゃない。ひとまず安心。リビングに行くとテーブルの上には妹が急いで学校に行ったとみられる痕跡が。特に空腹でもなかったのでその残り物を食べて朝食は終了。それからなんとなく外にでてみようかと思って着替えて、髪セットして、軽くお化粧して強風の中、自転車を一生懸命こぎこぎ。DVDの返却期日も明日だったのでちょうどいい、返却しに行った。風が強すぎて前に進めない+砂がばちばち飛んできて痛い。けれど桜が満開できれいだったのでよしとする。お店に着き返却したあとまた映画を1本借りる。常備しているタブレットがなくなったのでコンビニに買いにいく。そこでコーヒーゼリーに誘惑されてそれもお買い上げ。帰り際、気になっていたけれどいつも通り過ぎていた「近道」と思われる細道に好奇心がわきそっちのルートを行ってみる。けれどいつもの道とたいして変わらないことが判明する。家に帰って映画を見ながらお昼。お昼は映画見たさに押されて、チゲスープを作ってその中にお餅を入れたチゲ鍋もどきで手軽に済ます。簡単だけどヘルシーでおいしい。素敵。その後コーヒーゼリー。チゲ鍋にコーヒーゼリー??…ほっといてよ両方好きなんだもん(・x・;)映画もだんだんクライマックスに、というところで母親帰宅。以前アルマゲドンのクライマックスで号泣していたときにも母親が帰宅してきた。タイミングが悪い。しかたなく母親と一緒にクライマックスをむかえる。悲しい結末。本当はもっとひたりたかったのに隣の母親が気になって複雑な後味。けれど久しぶりにアタリの映画に出会えて満足。その後少しネットサーフィンをする。そして夕食。ちなみにメニューはご飯、シジミのお味噌汁、焼き魚、煮物、ほうれん草の炒め物、キムチ、納豆。健康的。素敵。私の家庭ではお夕飯はおばあちゃんが作ってそれに母親が1品加えるという形なのでだいたいいつもこんな感じのメニュー。そしてその後またネットして今に至る。
2005年04月07日
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今日英会話をサボった。朝目を覚ましたはいいけど何もかもが億劫だった。顔を洗わなきゃいけないこと、髪をセットしなきゃいけないこと、着替えなきゃいけないこと、英会話の予習をしなければいけないこと…昨晩落ち込んだせいか、変な夢を見たせいか今朝はものすごく沈んでいた。急に寂しくなってうめいた。何もしたくなくてまた寝た。何回も起きてだんだんと英会話の時間がせまってきたけれど考えるだけでも嫌になってすぐ寝た。専ら先生と楽しくおしゃべりなんかしてるような気分ではない。午後になってからはさすがに寝付けなくなったけれど無理やり寝ようとした。ずるずる引きずって結局4時半くらいまで布団でうずくまっていた。母親もパートから帰ってきてうるさく私を起こすので仕方なく起きた。起きたのはいいけれど気分は沈んだままだし英会話をサボったのと夕方まで寝ていた情けなさが追い討ちをかける。私が布団にうずくまっていたときに母親と妹の会話を聞いた。私は学校へ行っているわけではないので自分から進んでなにかをやらなければいけない、だから今唯一やっている英会話で自分に自信を持たせなきゃダメだ、みたいなことをしゃべっていた。そういえば母親はいろいろと英会話の話を私に聞いては私をほめていた。あれは全部私に自信を持たせるために大げさにほめていたのか。最近は学校へ行くことを考えていたけれどさらに自信がなくなった。人ひとりとたった1時間話すことでこんなにも億劫で憂鬱になるのに学校なんか行ける訳がない。アルバイトだって教習所だって無理だ。少しでも希望が持ちたいと思って心の病から立ち直って学校へ行きなおしたり就職したりした人のブログを探したけれど全く見つからない上に精神病歴7、8年とか10年以上精神病に悩まされている人が結構いて逆にひどく落ち込んだ。今まで私の悩みを聞いてくれていろいろとアドバイスをくれた友達も最近ではいつまでも後ろ向きな考え方が直らない私にさすがに嫌気がさしてきたのかそんなこと考えてたってしょうがないじゃん!みたいな事を言われる。私だって好きでマイナス思考なわけじゃない。前向きでいられるならいたい、楽天家でいられるならこんなに辛い思いをしなくたって済むだろうに。完ぺき主義や真面目な人が心の病になりやすいと言う。私もその中の一人。少しぐらいは「まあいっか」思考が必要なのだろうけれどどうしてもできない性分なのだ。「ゆっくり、焦らず、自分のペースで」というのも私にとっては難しい。…先は長いのかもしれない。
2005年04月06日
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私は何か…根本的に間違っている気がする。なんだろう、よくわからないんだけど。とりあえず私は暇さえあればなにやらかにやらあれこれそれこれ考え事をしているのだけれど「考える頭が病んでいる」そう、それなの。これはあるメンヘル系の映画のセリフのひとつなんだけど。病んでる頭で一生懸命考えたって病んでるんだから正しい答えなんかだせやしない。毎日たいしたことしてないのにストレスを感じるのはこれのせいなのかな。うーんまた考えすぎて今書いたことさえよくわからなくなってきた。どうにかならないのかね、私の頭。
2005年04月05日
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今日、思い切って高校のときの担任の先生に連絡をとりました。一応親と進学の話をしてみたものの親も大学やその他の教育機関にはとても詳しいわけでもないのでだったら先生に相談したほうがよりよい情報を得られると判断したからです。来週の月曜、久しぶりに高校へ出向いて先生に会ってきます。わずかでもいい、これが一歩になりますように。
2005年04月04日
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4月。彼は入学式を経て晴れて短大生になった。友達は大学2年生になった、もう一人暮らしに慣れただろう。妹は高校2年になった、アルバイトを始めた。同学年の友達はつい先日二十歳=成人になった。新たな一歩を踏み出す重要な季節だ。そんな中、私は漠然としているけれどとても力の強いプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。私も変わらなきゃいけない、一歩を踏み出さなければいけない…無意識にそう自分を追い詰めていた。頭の中はもう飽和状態。「無職」「大学」「教習所」「バイト」「甘え」「弱い」「ゆっくり」「焦り」「ニート」「自立」「勉強」こんな言葉が飛び回る。落ち着いていられない。むやみやたらに頭の中をぐるぐるするので全然整理がつかない、訳がわからない。今もそう。休憩する?いや、1分1秒でも早くこの状況から抜け出したい、休んでる暇はない。いやでも一度休憩して考え直したほうがいい。いや…なんてことの繰り返し。そのうち立ってることすら辛くなって座り込んでうずくまって泣いて、おかしくなって、頭からっぽになってようやくおさまる。おさまったと思ったらまた今度は違うことが頭をぐるぐる…疲れた。文章もなんかまとまらなくなっちゃったし夜も遅いし。もう寝ます。おやすみなさい。※昨晩はパソコンの調子が悪かったので更新は今日の昼にしています。
2005年04月04日
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私には今一緒になって考えてくれる人が必要。進学について真剣に考えているけれど一般のように自分の進みたい方向を考えて、場所を考えて…なんていう訳にはいかない。まだ精神的なエネルギーが足りてない私でも無理なく続けられるかとか大卒の学位取得を目標にしたほうがいいのかとか根本的なことから考えなければいけないしどうしていいかよくわからない。だから母親に手紙を書いて一緒に考えてほしいとお願いしたのに自分でも調べたの?だとかパパに言えって言ったでしょとかなんか人事のようだし話し合わなきゃね…とか言いながらずっと後回しになっている。私がうるさいほど何度もお願いすればいいのかもしれないけれどここ何年と親を避けて心情も隠してきた。私にとっては母親に手紙を書いたことだけで結構精一杯だった。きっと母親も父親も忙しいのだろう。今日も休日だっていうのに父親は部屋で仕事をしているらしい。私のことなんて考えている暇はないのだろう。私も私で19なんだから自分のことは自分で考えなければならない。でも以前、精神的にボロボロにメチャクチャになって病院に行かせてくださいと言ったのも私。その前に手首を切ったりして異常をアピールしたのに病院には連れて行ってくれなかった。今回だって私が手紙を書くことなんて滅多にないことだってわかっているはず。それだけ真剣に考えているということをアピールした。でもこの状況。少しくらいは私の送っている信号に気づいてくれてもいいのに。こうして私はまた通信大学や心の病患者支援のHPを見てまわる。ちっとも現実感がないまま時間はどんどん過ぎていって不安はどんどん増す、絶望的な将来が頭をよぎる。少しでいいから私に希望をください。
2005年04月03日
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