2011年07月10日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


ダイヤモンドと金のどちらが資産価値があるのか?
みなさんからの質問が多かった資産運用について、細かい事までは説明できないが、できる限り教えます。
ダイヤモンドって、両親が経営してた会社で取り扱いした経験があり、ダイヤモンドについての知識は多少ございます。
ダイヤモンドは大変難しいです。
ダイヤモンドを扱う宝石屋さんが偉そうに小生にダイヤモンドのことを話すことがあるが、小生は長年ダイヤモンドに関するビジネスを両親が経営してた会社で手伝ってきただけに知識があり、ええ加減にせいと心の中で思う時がたくさんありますし、腹が立つ時がありますよ。
こっちはダイヤモンドのプロだぞと言いたいが、もうね。
ばかばかしくて相手にしたくないですね。
今は資金力がないので、両親の引退で終わっております。
もちろん、偽物が出回っており、昨今のリーマンショックによるダイヤモンド購入が大幅に減ったようです。
しかし、欧州の大金持ちの購買力は相変わらず健在のようです。
以前、プルサンがダイヤモンドに関する記事を何回も載せている。
アフリカで獲れたダイヤモンドは欧米などダイヤモンド市場を通じて世界に販売されております。
小生は「血に染められたダイヤモンド」だと何回もカキコしたはずです。
アフリカで戦争の中でダイヤモンドを発見して、欧米の市場で売られ、そこから世界へ販売していく。
欧米の宝石屋や宝飾店などまばゆい展示でダイヤモンドがあまりにも美しい。
※言葉の意味
 ま‐ばゆ・い【目映ゆい/眩い】=[形][文]まばゆ・し[ク]1 光が明るすぎて、まともに見られない。
まぶしい。
 「―・い朝の光」2 まともに見られないほどきらびやかで美しい。
「―・いばかりの宮殿」3 恥ずかしい。てれくさい。
 言葉の意味の説明終わり。
ダイヤモンド市場はNY、アンドワープ(ベルギー)、イスラエル、ロンドン、アムステルダムの5大市場です。
一般の人はは見学できません。
5大市場の共通点はユダヤ系の拠点です。
ダイヤモンドのオークションはほとんどロンドンが多いでしょう。
ダイヤモンドと金は、資産価値があるのはどっちだろうか?
ダイヤモンドと金は、どちらも甲乙つけがたい高価な貴金属であるが、実際のところ資産価値で考えるとどちらのほうが価値があるのだろうか?
ダイヤモンドの場合には、売値と買値はだいぶ変わってきますよ。
何百万円ものダイヤモンドの指輪をプレゼントされて、質屋に持っていったら、半額以下に叩かれたという話はいくらでもある。
小生の両親が経営してた会社でも質流れの物もたくさん扱っておりました。
偽物が出てきた時は、激怒した事もありますよ。
というのも日本にはダイヤモンドの換金市場もなく、価格には流通コストを上乗せしているのが一般的である。
だから、本来の価格よりも買う時の方が高価な値段がついてしまうのだ。
世界でも希少価値のあるダイヤモンドとなれば話は別だが、一般庶民の手に入る程度のものには期待しない方がいいです。
サラリーマンの3カ月分の給料で買うようなダイヤモンドも期待しない方がいいですね。
その本物であれば、おなごや嫁や奥さんや恋人の心を満足させるだけで十分であろう。
逆に金(Gold=ゴールド)の場合には、市場の動きによって価値が日々変化する。
いってみれば株と同じで、相場によって大儲けが可能なのである。
金はもともと通貨として用いられていたため、換金性がよく、世界市場で公正な価格が形成されるのが特徴である。
また、金はいつの時代においても、世界に通用する安定した価値を持つ唯一の実物資産といわれています。
資産価値からいえば、金のほうに軍配があがることは間違いない。
ただし、株と同じように大損の可能性もあるので要注意!
騙されて、本物の金を買ったとしても大損した人をたくさん見てきています。
ご注意ください。
小生は金(Gold=ゴールド)が大好きで、金を買いたいが重くて保管場所がないのであきらめております。
その代わり、金のネックレスやプレスレットや指輪なら大好きだw
中国人が好んで着けるのは、中国人の慣習からくるおまじないによるものらしい。
特に香港にみられる金持ちの中国人が大量の金を使って風呂を作ったり、ロールスロイスのエンブレムにわざわざ作り替えたりしています。
多分、中国人は風水が好きだろうね。
ただ、中国人はダイヤモンドをつけるのはあまり聞かない。
ダイヤモンドはユダヤ系が好んでつけるそうです。
中国人とユダヤ人の違いですね。

注 中国人を華僑と読み替えた場合にも 果たして児玉機関があつめられるほど 東アジアで ダイヤモンドがあったのか またダイヤモンドをもっていたのは誰か

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hb/a6fhb100.html
1939年夏までに、約2万人のユダヤ難民が上海の「日本租界」にあふれるに至った。
(※ ちなみに、上海のスファラディ系ユダヤ人たちの中には、金のない貧乏なアシュケナジー系ユダヤ難民の受け入れを嫌がる者が多くいたという)。
※ 上海のユダヤ人社会に、ドイツ・オーストリア系ユダヤ人が流入
したのは、ナチスがオーストリアを合併した1938年秋、イタリア商船コンテ・ビオレ号から上海に吐き出されたのが最初である。上海へは世界で唯一「入国ビザ」の必要がなかったので、その後、欧州からユダヤ人が続々と流れ込んだ。1939年夏までに、約2万人の
ユダヤ難民が上海の「日本租界」にあふれるに至った。

注 ロシア革命からナチスのホロコーストの間にユダヤ人の上海流入が進行して それに連動して 東アジアにダイヤモンドの流通市場が誕生したんだろうと思います






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年07月10日 13時59分21秒
コメント(1) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

くれど

くれど

コメント新着

aki@ Re:ザコン館跡地利用のことなど(11/26) 日本有事と急がれる改憲、大変恐縮とは存…

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: