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先日 大切な知人のお父上がお亡くなりになった病院で亡くなるのは嫌だと全ての加療を拒否し自宅へ戻られたそして最後の夜は家族や親族が集まりお父様の横で賑やかに宴会が始まった賑やかなのがお好きな方だったのでお子様や親族が集まられてのお見送りだった春には大好きだったお孫さんの結婚式に車椅子で参加されて満面の笑みを浮かべておられたニューヨークからご子息やお孫さんも参加され宴会は続いた賑やかにそして宴会が終わりに近づいた時にお父様も永眠されたとのことだった病院の先生もご自宅まで付き添われた素敵な先生だったとご遺族が語られたそしてお葬式は葬祭会館を利用されたけれど僧侶も呼ばずに家族と親族だけで一晩過ごされたお父様は山がお好きだった今年お父様の遺品を持ってお好きだった北アルプスへ私がご家族を案内することになったお墓はおつくりにならない新しいお見送りの形供養の形が進んでいる葬儀のあり方を論じることもなく人々は故人や自分たちの価値観で送り方を考える業界が消費者の価値観に追いつけないでいるように思うありきたりでなく自分らしさを求めている消費者は多いお葬式の形は千差万別であるさてどのように建物も対応していくのか私達が考えなければならないことは山ほどある
2012.06.12
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精神的に少し落ち着きましたので家族葬のあり方について考えました 5月連休中に大切な肉親を亡くしましたまだ20代の今からって大切な愛する姪っ子を急な発病で病名が解った日に天に召されました 家族葬の声も上がりましたが多くの友人やたくさんお世話になった方々に来ていただこうとあっちこっち連絡をしました 通夜式当日はほどほど大きな教会には入りきれない人々が彼女の最後のお別れに来て下さいました そしてお葬式の日に彼女の友人達は骨上げまで手伝ってくれ最後のお別れには大学の詩を皆で歌ってくれました 家族全員突然の別れに深い悲しみに打ちひしがれていましたがいいお別れが出来たのではと思っています 人はみんな独りでは生きていません 社会に関わり地域に育まれ多くの皆様にお世話になっているのです 今の日本は様々な関わりが希薄になています肉親でさえも お葬式はそんな関係性を見直す秤です 遺体を処理するような風潮は如何なものかと感じます お葬式の規模を大きくしましょうって言っているのではありません お別れのスタイルは人それぞれですが関わった人々との最後のお別れは家族にとっても亡くした肉親の家庭では見れなかった違った社会の顔を見る事ができるのです 素晴らしい人生を歩んできたのだな 素敵な友達に支えられてきたのだな 沢山諸先輩にお世話になったんだな と感謝の気持ちで一杯になります 悲しい気持ちも少し和らぐ感じがしました いいお別れのスタイルを業界も社会も考えなければいけない時期です 日本人の心の為にも
2011.05.14
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お葬式はいらない!葬儀社はぼったくりだ!葬儀は火葬のみでよい!お墓も仏壇もいらない!生きてきた存在をなくせ!は少し言い過ぎかもしれないがなんだかそんな時代になってしまったのだろうか?今自分がいるのは先祖がいるから先祖崇拝主義者ではないけれど感謝はしなければならないどんな理由であれ「今」私は存在しているからそして私が亡くなっても子供達がまた命を紡いで行くはずだからお葬式の形態そのものの現在迄のビジネスモデルは崩れて行くだろう白木の祭壇をまつっているビジネスモデルはでも心のありようは何処へいってしまったのだろうか?葬儀代金云々の議論も大切だけれども消費者業界共々「心」のありようにもっともっと議論する気はないのだろうか?地域に感謝、家族に感謝、親族に感謝、社会に感謝、そして先祖に感謝する場としてのお葬式があったように思うのは私だけ?にほんブログ村
2010.04.13
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週刊ダイアモンド臨時増刊号葬儀・寺・墓・相続大辞典が書店に並んでいた自分らしさを遺す「終活」便利ツール!うまい!「しゅうかつ」とは今迄の安心できる葬儀、寺と墓の秘密、寺、墓、葬儀にかかる金、もめない相続賢い贈与の集大成エンディングノートも付いてなかなかいい内容はともかくとしてもっともっと沢山のノウハウ本が出てくる事を望みますそしてもっと沢山の消費者が真剣に「死」の後始末について考える事をにほんブログ村
2010.03.30
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業界内での週刊ダイアモンド誌「安心できる葬儀社」の反響は凄いですね まあ業界の周りですけれど 葬儀社の皆様はどのようにお考えなのでしょうか?あまり声が聞こえてきません 抗議する?納得?無視? どちらにしてもメディアの力は恐ろしいものです でも消費者はメディアに踊らされます 様々な事件での誤報も然り誤報の後の訂正は紙面尾端っこに小さく書かれます 消費者も読者も誤報であろうと情報は流れて行きますお葬式に関する記事はもっともっと出てくるでしょう そしてその記事に協力する業界コンサルタントも沢山登場されるのでしょうメディアもコンサルタントの皆様を批判するつもりは毛頭ありません そのように書かれたり面白可笑しく取り上げられる業界側に問題があるのかもしれませんね 人間は必ず「死」を迎えますしかし生きている人々は「死」を意識して生活している人々は少ないはずです 「死」は他山の石 お葬式のあり方に付いても様々な形式があります 宗教の教えにのっとった送り方無宗教での送り方 大きくは二つでしょうけれど「直葬」や「家族葬」の言葉を入れると千差万別になるはずなんですが地域や風土、風習そして宗教によって。 葬儀社の皆様のお手伝いをし始めて20年近くたちますが近頃「お葬式」っていったい何?なんて考える事が多くなりました お恥ずかしい話ですが 肉親を立て続けに送って お金をかけたくないとお考えの人々も多いでしょうし沢山のお金をかける事が故人の供養に繋がるとお考えの方々もおられます 人の考えは様々 その様々な考えや生活環境に果たして葬儀社はついてこれたのでしょうか? なんだか消費者の考え方の方が先に行き葬儀社が後追いをしているような気がしてなりません お葬式に関するプロフェッショナルだからこそもっともっと「お葬式」について地域の皆様に語りかける必要があるのではないのでしょうか?業界内での週刊ダイアモンド誌「安心できる葬儀社」の反響は凄いですね まあ業界の周りですけれど 葬儀社の皆様はどのようにお考えなのでしょうか?あまり声が聞こえてきません 抗議する?納得?無視? どちらにしてもメディアの力は恐ろしいものです でも消費者はメディアに踊らされます 様々な事件での誤報も然り誤報の後の訂正は紙面尾端っこに小さく書かれます 消費者も読者も誤報であろうと情報は流れて行きますお葬式に関する記事はもっともっと出てくるでしょう そしてその記事に協力する業界コンサルタントも沢山登場されるのでしょうメディアもコンサルタントの皆様を批判するつもりは毛頭ありません そのように書かれたり面白可笑しく取り上げられる業界側に問題があるのかもしれませんね 人間は必ず「死」を迎えますしかし生きている人々は「死」を意識して生活している人々は少ないはずです 「死」は他山の石 お葬式のあり方に付いても様々な形式があります 宗教の教えにのっとった送り方無宗教での送り方 大きくは二つでしょうけれど「直葬」や「家族葬」の言葉を入れると千差万別になるはずなんですが地域や風土、風習そして宗教によって。 葬儀社の皆様のお手伝いをし始めて20年近くたちますが近頃「お葬式」っていったい何?なんて考える事が多くなりました お恥ずかしい話ですが 肉親を立て続けに送って お金をかけたくないとお考えの人々も多いでしょうし沢山のお金をかける事が故人の供養に繋がるとお考えの方々もおられます 人の考えは様々 その様々な考えや生活環境に果たして葬儀社はついてこれたのでしょうか? なんだか消費者の考え方の方が先に行き葬儀社が後追いをしているような気がしてなりません お葬式に関するプロフェッショナルだからこそもっともっと「お葬式」について地域の皆様に語りかける必要があるのではないのでしょうか?にほんブログ村
2010.02.15
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昨日友人の講演会に参加してきましたキーパーズという遺品整理の会社を経営されている吉田太一氏遺品整理という言葉を創り天国へのお引っ越し なんて素敵なフレーズを考えだし遺品整理という分野で沢山の会社が出来た事に対しても寛容でとても素敵なお話を伺う事が出来ましたその懇親会での出来事全く違った業界の皆様の集まりだと理解していたのですがお一人葬祭業界の経営者の方が参加しておられ短い時間でしたが充実した情報交換をさせていただく事が出来ました。その経営者の方はとても勉強熱心な方で会社の発展に役立てようと業界外のセミナーや講演会に積極的に参加しておられるとの事業界外から学ぶ事は沢山あると私も思います学んだ事はスタッフにフィードバックされ地域に還元される地域とのコミュニケーションが深くなり地域で一番支持される会社になる最後に会社が発展する簡単な事ですがなかなか続ける事は難しい同業者同士で業界内のセミナーで盛り上がるよりはしらない世界業界の人々と出逢い、語り合う大切な事ですが避ける人が多いのも事実異業種の皆様からお葬式に関する情報を集める事はとても大切な事です昨夜の出会いを大切に出会った皆様ありがとうございましたにほんブログ村
2010.01.21
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イオンのお葬式が9月より本格的に始まりました イオンにお勤めの皆様にも周知徹底されているようでイオンに勤務している私の知人から逆質問を受けました ゴールデンタイムでのテレビコマーシャルも始まりどんどん消費者に浸透して行くのでしょう そして葬儀業界全体に様々な風が吹いてくる事でしょう 今年はインフルエンザとイオン風?なんて冗談はお叱りを受けそうですが今後の動向がとても気になります そして他のライバル流通業も虎視眈々とイオンの動向を見ながら準備を進めているのではと思われます 全国を廻っていて弊社のお客様はまだイオンのお葬式取扱店に加盟しておられるところがありませんが今後はどうなる事やら 地域密着度が低い葬儀社は加盟した方がいいのでしょう きっと お葬式の質が云々言われていますがその辺りはどうなんでしょうか?初年度目標3万件一気にトップ3に入りますすごい数ですね さて 葬祭業の勢力図は塗り変わるのでしょうかそして利益構造も変わるのでしょうか? とてもとても気になるイオンのお葬式です
2009.09.09
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いよいよ流通業最大手イオンが葬祭業を本格的に立ち上げた 当初は社員、その家族、カード会員やその家族を対象にコールセンターを開設し 地域の既存葬儀社に仕事を依頼する手法だそうだ。ただ地域等により価格の差があったり風習や文化が違うと思われるがその辺をどのように解決されているのか興味あるところだ イオンというブランドを期待して葬儀を発注した消費者の満足度も興味ある葬儀の質を全国統一するのはなかなか困難なように思われるがとても興味深いニュースであるそしてそのニュースでも葬祭業の事を「ブラックボックス」と揶揄されている悲しい事であるけれど真実として消費者が「ぼったくられた」なんて事を思っている事もあるようだしそのような業者もあるみたいだ。ただ消費者も全く葬儀に対する知識を持たずしてやみくもに「高い」「ぼったくり」と言うのはいかがと思うのだけれども。イオンのお葬式に参加した葬祭業の皆様の繁栄をお祈りするとともにニュースでこのような書かれ方がないような業界になる事を祈るばかりです
2009.08.25
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葬祭ビジネスは限定されたエリアから集客します火葬場を中心としたマーケットであったり行政単位であったりどちらにしても遠方から集客する事はとても難しい業種ですすばらしい葬祭会館が新築されたから結婚式場のようにわざわざ足を運んでくださる事はとても稀ですだから自社の戦略的エリアの中には沢山の競合他社がひしめきますそしてほとんどの経営者の皆様は「差別化」をお考えになられますさて「利用者の立場」にたった考え方ではたして「差別化」を理解できる利用者はいかほどいらっしゃるのでしょうか?先月のフューネラルビジネスフェア2009において葬儀社、葬祭業界が「同質化」しているとお話し致しました利用者の目線では「葬儀社」「葬儀屋さん」「葬祭会館」の呼称ですべてが済まされます差別化や価値は比較検討する物があって初めて理解できる物です一生に何度も無い喪主や世話役としてのお葬式に果たして差別化戦略が成り立つのでしょうか?価値は契約する前の価値観と利用し清算した後の価値観の違いがあると「価値が無い」「価値があった」の判断が下されますその判断される「価値」を理解していただく事も実はとても難しい事なのです全く違った視点から「お葬式」を眺めてみる事が業界人にとって大切な事なのです毎度お話しておりますが 葬儀のプロフェッショナル、そして消費のプロフェッショナルであるにも関わらず「消費のプロ」を戦略策定時に忘れてしまうのですそし葬儀のプロとしての目線のみで すべてを判断するだから消費者と若干の「ズレ」が生じてくるのでしょう差別化を唱える前にまずは地域の皆様に自社を理解していただく手法を考える事が差別化に繋がるのです他社の真似をしていても差別化にはなり得ません他社に先んじて 消費者、利用者の目線考え方行動を理解しそして「ズレ」を修正しお葬式のありかたを理解していただく手法をとり日々地域に根ざしたコミュニケーションを取り自社の「人の価値」を上げる事が自社のブランド力を向上させ強いては施行力の向上受託力の向上につながると思うのですが
2009.07.23
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忌野清志郎さんのお葬式風景がインターネットはじめテレビ、新聞で数多く掲載されていました。http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/090509/msc09050斎場で行われたお葬式は故人の音楽が流れロック葬とでも表現したらいいのか故人らしい?お葬式でした。そして一般のお葬式は数万人の会葬者が訪問され盛大に執り行われましたが形式を重んずるよりも「故人とのお別れ」を大切にしようとする最近のニーズがとても現れていたと思います。お葬式が宗教儀式からイベントへどんどん変化してきました。「ケとハレ」 「日常と非日常」 非日常のハレもともとお葬式もイベントといえばイベントです。宗教が絡み複雑になっていた「儀式」が「故人を中心」に生きし者と逝く者との「別れる」が大切になってきました。だから「お別れの会」や「無宗教葬」なども違和感なく受け入れられているのでしょう。小規模化してきたお葬式業界ですが有名人のお葬式は未だにとんでもない会葬者が訪れます。お別れしたい人々は沢山いるのだけれども喪家がそれを良しとしない。正直長年介護してきた家族が逝った時には寂しさと安堵感が入り交じった複雑な精神状況になります。近隣との付き合いや親戚との付き合いも減り社会との関わりが無くなった人々のお葬式はこじんまりと家族だけで となるのは至極当然の流れと思います。でも故人と別れを言いたい人々は沢山いるのかもしれません。そんな風にも思えた今回のお葬式でした。私事ですが昨日 母の親戚の方が亡くなったとの連絡が入り高齢の母に「別段近い親族でもないから無理しなくてもいいよ」と連絡したら「故人とのお別れは大切だよ!一度でもお世話になったらその人の旅立ちに立ち会う、お別れの言葉を伝えてくるのが 人としての努めだよ」と諭されました。友人、知人、お世話になった人、尊敬する人、ファンその関係は様々ですが「お別れをしたい」気持ちはみな同じ。お葬式は「しっかりとお別れできる場」「故人の跡を継ぐ人々の社会への紹介」そして宗教的には「神のもと、仏のもとへ旅立つ儀式」等の意味合いがあるのでしょう。でも現代は日本古来の素敵な風趣が忘れ去られてなんでも効率的にが優先されています。定年退職したり自治会や管理組合に参加せず近隣との付き合いも薄くなり親族/家族という「族」という単位で繋がっていた日本人の「族」の関係も稀薄になりますますお葬式は小さくなってきます。小規模斎場のリクエストがとても増えています。社会的意義をもつお葬式今の流れを「良し」としてそのまま受け流していると最後には「直葬」というより「処理葬」みたいになってしまわないかと不安でしたが今回の忌野清志郎さんのお葬式でまだまだ日本人の心の隅には大切な遺伝子が残っているのだと安心しました。生けるものすべて「死する」事は間違いのない事です。だからこそ「お別れ」の場はしっかりと持ちたいものだと考えさせられた忌野清志郎さんのお葬式でした。
2009.05.13
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知人が書いているブログ良い事が書いてあった。http://blog.goo.ne.jp/keepers_real/e/c4047f98943165fae3420c84fc33402cお葬式は故人のご縁をつなぐもの素晴らしい考え方でありこの考え方を消費者に普及していくと『直葬』のような終わり方はしなくてすむ。お葬式がどんどん簡素化し家族葬という聞こえのよい言葉の「直葬」も増えていると東京の葬儀社経営者が嘆いていた。故人が歩んできた歴史を故人か関係してきた人々を繋ぐ事なく「焼却」してしまう。人間は一人1人生きてきた歴史が有る。そして歴史をつくる時には関係した人々が沢山おられるはずである。故人がお世話になったお礼とそして故人と共に歴史をつくられた人々に対して故人が残した大切な家族を紹介する「儀式」としてのお葬式なんて考えるととてもお葬式って素晴らしいものに思えてくる。お葬式の本質をそんなふうに考えると確かに業界はバラ色だ安くさっさと済ましてしまいたいという考え方は時代の流れなのだろうか?故人がいるから自分が在るのを忘れて。先祖崇拝ではないけれど敬わなければならない事は確かであり教育である。それがなわれれば 「悲惨な事件」は起こらないのではないだろうか?業界としてお葬式の意義・教育が普及が必要な時期に来ているのではないのでしょうか?
2009.01.26
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先日のシンポジウムでお会いした経営者。キーパーズという会社を経営されている。とにかくお話が上手。面白い。引き込まれる。これは事業を起上げ、成功した人々に共通した資質なのかもしれない。そのキーパーズhttp://www.keepers.jp/という会社。もともとは運送会社だったのが 発展し遺品の処理などを行う会社に。そして今では孤独死された人々の処置までを請け負っておられる。全国でニーズがあり当然同業者も出てくる。でも次から次へ手を打ってでるのでなかなか後発組は追い付く事が出来ないのだろう。しかし 誰に見取られる事なく一人死を迎える人々も辛い事だろうけれど、その後、発見されたご遺体は見るに堪えない状況になっているのだろう。そしてその処置をされる人々、生業にされているキーパーズという会社のスタッフの皆様にも頭が下がる思いだ。葬儀業界とひと括りにいっても 様々な業種がある。すべてが花形のように輝いているわけではない。とてもとても辛い仕事をしている人々がほとんどだ。だからもっと業界の事を理解して頂くために情報発信が必要なのだろう。そうしたら良い人材がもっともっと集まってくるように思える。絶対に必要な業界なのだから。
2007.07.09
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先日のフェア前、クライアントの父君が急逝された。ちょうど搬入日がお通夜、セミナー当日がお葬式。思い出せばお客様が葬祭会館の必要性を訴えられて弊社と取引をしてくださったころから、必要性は解るけれどもまだ必要ないと反対されていた父君だった。お客様はその頃専務。でもくじけずに、日々の自宅葬のバーションアップを図り、会社を充実させ会館建設をあきらめる事なく、じっと時期を待っていた。そして昨年、やっと父君も納得の葬祭会館をオープンするに至ったのだ。新しい会館も地域の指示をうけ安定的になってきた時の急逝だ。今でも会館オープン時の父君の笑顔が忘れられない。地方には珍しい(失礼)粋なお父様だった。じっとじっと時が熟すのを待っておられたのだろう。ご子息が(現社長)がしっかりと地域に根差し葬儀社としての地盤を築くのを。そして新しい会館も地域のみなさまに指示され始めた時なにか安心されたかのように逝かれた。祭壇には新しい祭壇が飾られたそうだ。お花だけの祭壇。クライアントが飾りたかった真新しい、地域では初めての祭壇。そのお披露目が父君のお葬式。お話を伺った時にとても複雑な気持ちだったけれどどこまでも応援されている亡くなられたお父様のお気持ちだったのかもしれないと思った。お通夜、お葬式と伺えなかった事はとても心残りだったけれどオープンイベントの時の笑顔をずっとずっと脳裏に焼き付けておこう。父君の始めてみた笑顔を。お父上のご冥福をお祈り申し上げます。
2007.06.18
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葬祭会館はいわずと知れた葬儀をする場である。葬儀とは死者を弔う儀式である。葬儀社はその葬儀を滞りなく進行する裏方であった。はずであるが今は違う。葬祭会館が出現してから葬儀社は絶対的に表舞台に立っている。それは悪いことではない。けれど儀式の主役は故人でも喪家でも会葬者でもない。実は僧侶などの宗教者なのだ。無宗教葬は別として宗教者がこないと儀式は進まない。だから主役なのだ。葬儀会館の出現によりサービス業としての要求がとても高くなってきた葬儀社。今は迷っているのかもしれない。しかしどうしても人的サービスよりも物のサービスに偏りがちであり儀式でのサプライズを追及し祭壇舞台の照明やその祭壇のしつらえ、ビデオ映写舞台の装飾などにとても勢力をつぎ込む葬儀社の経営者やスタッフが多い。当然、葬祭会館のリニューアルや新築デザインを生業とする私においてはすべてを否定するものではない。葬祭会館は多額の資金をつぎ込んだ施設である。資金をつぎ込んだら回収しなければならないし回収できなければ倒産ということもありえる。舞台装飾や照明も大切だしビデオの放映も大切だ。けれどそれだけで葬儀の受注が増える事はありえない。葬祭会館イコール葬儀をする場所と地域の皆様が認知しているならば葬儀に関する情報や、死に対する情報、その周辺情報をもっともっと流すべきでは無いだろうか。死は生きている限り避けられない。けれど意識の中では避けている。死をいつかは迎えるのだから、自分の死について、葬儀について真剣に考えなければならないし、考えてくださいとのメッセージを送ってもいいのではないのか?またNPOや消費者団体にそのような場所を葬儀社としては提供すべきではないのだろうか?寺社の敷居よりも葬祭会館の敷居の方がひょっとしたら低いのかもしれない。葬祭会館のデザインが美しく街に溶け込むようになってきた今だからこそできる最大の販売促進ではないのだろうか?葬儀のときだけお寺さんを紹介してくれる親切な葬儀社が多い。なんだか虚しい。それならば地域の寺社の皆様と葬儀の情報を共有する、勉強会や説法会を葬祭会館で開催してもらう事もできる。まあそのときだけ仏教徒には難しいかもしれないけれど。葬祭会館は街の「死」や「お葬式」に対する情報館であり街の「新しいコミュニティー」を司る館であってもいいような気がする。多額の宣伝広告費を使ったり祭壇周りを豪華絢爛にするような狩猟型の販売促進からコミュニティーを作り、遺族のネットワークを作り、死についての勉強会や宗教家の話を聞いてもらう。料理教室があってもいいじゃない。いけばな教室があってもいいじゃない。両方とも常日頃から生業としているプロでしょ。いろいろなことを地域の皆様とともに考えそして自社を理解していただく。お葬式を考えていただく。そのような耕作方の販売促進に変わってきたように思うけれど、それは私の独りよがりかな?日本人は農耕民族だから耕作方販促には双方がなれているように思うのだけれど。
2007.04.01
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先日お伺いした葬儀会社でのこと。社長他スタッフがぴりぴりしている。おまけに表情がみな悲しそう。忙しいの?と声をかけると幼い子供さんが亡くなられ自社の葬儀会館でお葬式が執り行われる。卒園式の日に亡くなられたとのこと。新しいランドセルもご自宅にあったとか。ご家族や親族の悲しみが尋常ではなく(それは当然だ)葬儀社全体にもその悲しみが広がっていた。予防のために薬を飲んだ後から様態が急変しお亡くなりになったとか。悲しい出来事だ。葬儀社ではどのようにして お子様のお葬式をしようかと全員で右往左往。これでいいのか?子供さんの好きだったものは?お友達はどれくらいくるの?テレビゲームやぬいぐるみ、幼稚園での友達との写真楽しかった日々の写真などなどお亡くなりになったお子様の大好きだったものが運んでこられる。見ていて目頭が熱くなった。いつものように淡々とお葬式という仕事をこなしておられるのだろうと考えていたが、スタッフの話を聞いていると経営者はひとつひとつのお葬式にすごく思いを込めて、真剣にそして家族以上に心配し、ひとつのお葬式が終わればぐったりとしているとか。地域一番の意味が分かった。数多くのお葬式を日々たんたんとこなしているのではなくご家族の思いを大切に、その時できる最善の式を考える。そしていつもこれでよかったのだろうかと自問自答している。だから「もしもの時は頼んだよ!」なんて街角でも声をかけられる経営者になるのだろう。この会社も後継者を育てなければならない時期に来ている。後継者も同じ思いで仕事に取り組まなければならないのだけれども新しい時代。いろんな最先端のことを考えておられる。最先端のことをするにしても基本中の基本。ご遺族のために、最善を尽くす。一緒になって考える。当たり前のことができて初めて最先端も活用できるのだ。今頃 お亡くなりになったお子様のお葬式が執り行われている時刻だ。ご冥福をお祈りする。合掌。
2007.03.24
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葬祭会館の設計・デザインを生業としている弊社デザイナーの親族のお葬式は自宅で行なわれた。親族との思い出が沢山沢山詰まった場所での最後のお別れ。そのようなことを考えなければ葬祭会館でのお葬式のほうが喪家も会葬者も肉体的な負担は少なくてすむ。しかし精神的なことを考えると自宅から送る、そして送られることは幸せなのかもしれない。故人との最後のお別れや出棺、霊柩車前での喪主の挨拶などは交通事情や自宅前の道路関係で葬祭会館でのようにスムーズ、そして演出はできない。でもとてもとても喪主や家族の気持ちが伝わったやわらかな お葬式であった。スタッフの心の傷はまだまだ癒えないであろうけれど時を重ね、お葬式を思い出したときに天候であったり、そのときの家の雰囲気であったり不便であったこと、言い争ったこと、そしてずっとずっと傍らにいることができたこと。など等がきっと大切な人の思い出とともに思い出されることだろう。きっと小さなときにつけてもらった成長の証、柱のしるしと共に。葬祭会館でのお葬式は演出が過多になりつつある。全国で葬祭会館の設計や葬祭会館の活性化を御手伝いしている私としてはもう一度お葬式、お別れの場としての葬祭会館のありかたを考えさせられる2日間であった。
2007.01.18
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1月17日神戸出身者にとって特別の日。もう12年もたつ。早朝の信じられない大きな縦ゆれ。そしてテレビに映し出される悲劇。あの時は冬晴れだったように思う。昨夜 スタッフの父君のお通夜に伺った。スタッフはまだ30代前半。急逝されたお父様はまだまだ働き盛り。お葬式は旧家であるご自宅で執り行われることになった。昨今、都心部も郡部も葬儀会館でのお葬式があたりまえ。お父様を亡くし若くして喪主となったスタッフは全国で数多くの葬儀会館を設計デザインしている。ご実家の周辺には葬儀会館がなく昔ながらの自宅での通夜が施行されていた。夕方までの暖かい天気が嘘のように通夜が始まる前から シトシトと冷たい雨が。お父様が生まれ育った家でそしてスタッフがお父様と多くの時間を過ごした家でそのお父様の最後をお見送りする。読経が続く中、弔問客が列をなす。子供として、家族として。そして喪主として。一緒に育った自宅で最後のお別れをする。そこにはいつものスタッフではない凛とした喪主である彼が立礼していた。お父様と通ったであろう道を歩きお父様と遊んだであろう庭を見、そして祭壇で微笑んでおられるスタッフのお父様にお別れを。葬祭会館でのお葬式が当たり前の昨今、自宅でのお葬式には賛否両論だろう。葬祭会館の開発、設計、活性化などのお手伝いをしている私たちが言うのもなんだけれども自宅から送るお葬式は 自宅でできるであるならば 大変だけれども今はやりの演出も何もなくても 大変心に残るものである。今朝も朝から涙雨。スタッフは一まわりも二まわりも大きくなって会社に戻ってくるだろう。お葬式の今日も朝から涙雨。お父様のご冥福をお祈り申しあげます。合掌
2007.01.17
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真宗王国北陸でも無宗教葬なんとなんと 浄土真宗王国といわれる北陸の顧問先で無宗教でのお葬式が執り行われた。その担当者が僧侶の資格を持つ営業マン。ちょっと困ったようだけれど 施主(喪主)の意向を最大限生かして滞りなく執り行われたとか。ただし 真宗王国ゆえ 親族の反発もあったけれどそこは僧侶、上手に分けて対応したとか。家族葬や無宗教葬が増えつつある。そのための施設も計画されていたり建設されたり。新しい施設があってもその中でのお葬式は以前と同じものが多く執り行われている。業界の反応ほどまだまだ普及はしていないようだ。ただ来年からの団塊世代の大量退職により確実に会社関係の会葬者が減ったり自由葬というか 自分たちの考えをしっかりと出したお葬式が増加することは間違いない。そのときにあわてているよりは、日ごろからプロデュースの学習をしておいたほうがお客様に喜んでもらえる。きっとお葬式に携わっているほとんどの人達が、自分たちの理想のお葬式像をもっているはず。素晴らしい施設と、素晴らしいサービス。その二つがあって初めて一流の葬儀会館を言える。箱物行政では無いけれど、こけおどしの施設を作って、錯誤を招くような会員制度によって顧客を囲いこむような手法は、どんどん通用しなくなってくるだろう。お客様の本当のためになる会員制度や施設、サービスが求められ、そしてそのような事柄をしっかりとしている会社が勝ち組に必ずなる。兵庫県西部の大手葬儀社が上場している大手葬儀社に買収された。ブランドの重要性。そして葬儀会館を今後建設するための資金調達や運営資金などを考えても大手と大手の合併などが今後頻繁に起こってくることだろう。当然上場させてから売り払うこともできるけれど。まあIT産業の一部の若手経営者のようなことはないだろう。お葬式はとても大変なビジネスだから。IT化は愛低下。愛の無いお葬式は支持されないものね。
2006.10.16
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葬儀会館開設や葬儀会館の活性化などで全国のお客様とお話しをさせていただく事が多い。葬儀会館の設計も然りだけれど、すべて地域によってその形や使われ方が違ってくる。風習も然り。ただ全国展開をされている冠婚葬祭互助会等はその地域差を縮め、統一感を出しうまくブランディングをしている。関西を軸に全国に展開している大手冠婚葬祭互助会の♪かんこんそうさい○○○♪♪のテレビコマーショルでかかる音楽のフレーズはどこへ行っても同じで、地方でその音楽を聴くとなぜか口ずさんでしまう。関西の人ならたいていの人は知っているだろう。知らず知らずのうちに刷込まれて行くフレーズ。それもブランディングの一つだろう。地域差があるようにそのエリアでどのような価値観、ブランドを構築して行くかが今後葬儀社に必要な仕事だ。いいお葬式なら○○がいいよ・・・と言い伝えられるように。地域風習の上にあぐらをかいていると、異文化から来た会社にそのシェアを取られる事がある。ある一瞬消費者は新しいものに興味を持つ。その興味とその会社の思惑が一致すると、消費者の指示を得る事ができるのである。そのような競合に勝つには地域文化、風習を大切に守りそして自社の盤石のブランドを構築する。そのためには立ち止まらないサービス、メニュー、スタッフスキルの向上が必要だ。日々同じ事を繰り返してくるとそれが当たり前、自社のスタンダードになってしまう。消費者は日々進歩し、多方面からの情報を収集している、その情報がその地域に合ってようが合っていまいが情報として蓄積される。化石のようになる前に、常に前進、新しい!を芯に考えなければならない。前に前に!
2006.08.24
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お葬式業界フェアは大盛況です。私のセミナーは今朝の10時 一番手だったのですが不安をよそに お話を聞いてくださる方々がお見えでした。嬉しい限りです。専業者よりも新規参入業者の方が熱心に聞いておられます。新しいお客様とお話しをさせていただくとこちらもとても新鮮で刺激になります。いくつも出会いに感謝。会場内には葬儀業界の人々やニュービジネスとして葬祭業に参入しようとされている人々で熱気にみちています。セミナー会場も満席のようです。会館の運営にはリスクが付き物です。そのリスクをいかに上手に利益に変えて行くかが経営者の手腕。既存の業者にも頑張っていただかなければ。なんて わが社のブースに立ち寄ってくださるお客様にはっぱをかけているところです。いまさらながら会意館建設ですが まだまだ市場はありそうです。頑張るぞー そして新しい市場も開拓だー てね。立ちっぱなしで足がむくんできました。ちょっとさぼりに行ってこよっと
2006.06.27
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大切な人が急逝した。まだ49歳の友人の妻であり私たち家族の昔からの仲間。今の仕事の原点にも少しかかわっているとてもとても素晴らしい奥様であった。昨年の夏に急に倒れて6ヶ月の闘病生活だった。今日、友人が最後の挨拶で「最初のうちは奇跡を信じていた。不治の病とは納得もいかなかった。しかし最後の2ヶ月はずっとずっと傍らでありがとうと言い続けた。」倒れてすぐに余命を告げられ、退院のない入院生活が始まった。私たちも故人の友人たちも会いに行くことができなかった。就職が決まったばかりの子息も会社を辞めて、母親の傍らに居続けた。後悔なんてしたくなかったからと。お互いに自慢の母親、子供だった。久々にあう友人たち。みんなつらい顔をして会場に集まった。葬儀の形態は「無宗教の形態」祭壇には生花が飾られて、幕もとても美しくしつらえてある。そして真ん中にはお写真。左右には趣味であったテニスの道具や写真、ウエアそして手芸の作品などが飾ってある。真ん中に置かれた「洋風」の棺のなかにはとても美しい故人が眠るように横たわっていた。「眠るように」だ。そう。友人が6ヶ月間闘病中に誰にも会えなかったので、きちっとしたお別れをしたいと、「エンバーミング」をしてもらったといっていた。生前の面影をしっかりと残し、そして微笑んでいるように眠っている。美しいの一言だ。通夜でも手を添えて私たち家族も語りかけていた。友人の子息もねえ、今にも起きてきそうでしょ。どうしたのって。読経もなく故人が好きだった楽曲が流れ、そして献花のもとお別れが続く。私の息子もずっといろいろ幼いころのことを思い出し棺から離れずに語り続け涙していた。参列者のみんなが同じ状況で しっかりとお別れをしていた。そして今日の本葬。同じように今度は棺の中にお花を入れていく。そしてお別れをする。つらいつらい作業であるけれど、故人との楽しかった思い出をつむぎ、そしてお別れをする。友人が最後に棺の中の婦人に口づけをしていたように見えた。そうできる状況なのだ。美しいまま友人の奥様は天国へ行かれた。クライアントのところでお別れの会やエンバーミングについて語ったり、その施設の建築計画に携わったりしていたが、肉親に近い人のお葬式でそのものを経験したのは初めて。とてもとても感動した。新しいお葬式、お別れの儀式。参加した人々が口々に表現こそ悪いけれど美しい故人とあえてよかった。ゆっくりお別れできた。いい思い出だ、ありがとう。と口々に友人に伝えていた。ありがとうと。このようなお別れの方法がそしてエンバーミングが普及し、しっかりとしたお別れができる「お葬式」が増えることを望み、そして皆様に勧めなくてはと冷静になって感じ始めてきた。伝統的なご葬儀もしかり、新しい形態のお葬式もしかり、施設とそこを運営するスタッフにかかるウエートはとても大きい。駐車場のスタッフにいたるまで。最後に上場している「公益社」はさすがにリーディングカンパニーだと感心しきりだった。ありがとう。いい思い出を。やすらかに。ありがとう。
2006.02.24
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大胆なタイトルになってしまいました。「上手なお葬式屋さんの選び方」全国各地でいろいろな規模、経営形態、経営者の方々とご一緒に仕事をしたり、お話を伺ったりして、自分自身の考え方により述べていきたいと思っています。万が一の時に慌てて葬儀社を選ぶのは愚の骨頂。そんなときはメディアで面白おかしく取り上げられている「悪徳葬儀社」にキャッチされてしまうようです。っていうかそんなに「悪徳葬儀社」っているのでしょうか?私の周りではまだ出会っていません。これは発注者の無知と、お任せ主義、事なかれ主義の賜物であり、作り上げられた事かと思ってしまうのですがね?たしかに「喪家の家造りや喪主の勤め先」なんかをそれとなく観察したり、聞き出したりして葬儀の規模を決める(価格ですがね)事が多いとは伺いましたが、これも善意に考えると、喪主に恥をかかせない為なんだそうです。そう、事前に準備していない、もちろん突発的な事故等でお亡くなりになった場合はその関係者は大変でしょうが、いつか必ず必要になる「お葬式」を調べておいても損はありません。本題です。「上手なお葬式屋さんの選び方」5つ1、きちっと料金表示がしてある所。 葬儀一式○○○円て、何が入っていて、なにが別途必要なのかを明示していないのはパスしましょう。もちろん見積書を書いてもらえないところは論外ですね。2、宣伝広告物がきっちりとしているところ。 チラシやパンフレットを集めておくのもいいでしょう。もちろんホームページもチェックしておくことです。その会社の葬儀に対する姿勢が伺われます。見積依頼なんかできるとグットですね。質問等をしてしっかりとした返事が来る所も大丈夫。3、訳の判らない割引がないところ。 なんか会員になるといろいろ割引がついてきて一見安いように思うのですが、なぜ安くなるのでしょうね? 他社との比較も同じです。互助会組織、任意の会員制度、共済会etc、いろいろあるので近隣の会社は必ずチェックして、比較検討しておきましょう。 祭壇料や葬儀基本料金、会館使用料などが値引きの対象になっているのが多いのですが、すべての上代はその会社の希望小売り価格?です。料理やお返しなどの商品もチェックしておきましょう。4、会館の見学ができるところ お葬式をする場所「葬儀会館」の見学ができるところ、しっかりと説明していただけるところ、その会社の会員システムや価格、値引きなどについて誰に尋ねてもしっかりと答えて頂ける所がいいですね。5、会員のための会報誌などがあるところ 会員制度をとっていて、そこの会員になってもほったらかしの所が沢山あります。そんなところは「あきません!!」しっかりと会員のための情報を提供している所とおつきあいすべきです。手作りでもなんでもいいのです。 初回はこの程度、でもこの5つさえ、突然ではチェックできませんよね。事前準備が大切なのです。「まいったなー、くっそーっ」なんて思わない為に。次回は少し掘りさげてみたいと思います。(葬儀社の本音も混じる?)梅雨空の下、今日も準備に大変な業界の皆様、お疲れさまです。会館での立ち居振舞いは、けっこうチェックされていますよ。頑張って下さい。失敗しない会館建設の為の専門書http://www.sogo-unicom.co.jp/data/book/0520050601/index.html葬祭会館プロジェクトのページへ アルファ・ネット コンサルティング
2005.07.04
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青山斎場で二子山親方の葬儀が執り行われました。雨の中、しめやかに。美しい花祭壇に、笑顔の親方の写真。業界で言えば普通のお葬式。土俵や相撲にちなんだ装飾は見受けられませんでした。ゆっくりと流れていく時間のなかで、整然とすすめられていくお葬式。これも一つ。傘を差し出す、セレモニーレディーの姿を「頑張ったはるなー、どこの人やろ?」なんて業界人ポク考えながら。会葬にお見えになった人々を伺い、在りし日を思い出し、記憶にとどめておく。大切な大切な儀式。マスコミではいろいろ言われている家族ですが、送るときぐらい静かにしてあげてほしいものです。相撲甚句なんかないんやーと。あんまりにも普通?なんで、協会葬でそんなことをするんやろなと。あくまでも花田家の葬儀やったんやと納得しながら、そして僕の中での天敵、北の湖をやぶってくれた英雄を思い出しながら、故人のご冥福をお祈りしました。 合掌
2005.06.03
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死は突然やってくるものです。妹が嫁いだ先の父が急逝しました。今日その近くの会館で通夜が執り行なわれます。妹にどうしてその葬儀社を選択したのか、会館を選択したのかを問うと、自治会の方で紹介があり決まったのだとか。そのエリアの業者は自治会とのタッグが上手く? 殆どが自治会長やその関係の紹介で決まっているようです。突然やってくる死。そりゃあたふたしますよね。準備なんてしてませんよ。誰だって。だから価格ややり方等に終わった後で不満がでてくるのです。 2月8日の産経新聞一面に、「公正取引委員会が葬儀トラブル防止へ実態調査をする」と大きく載っておりました。やはり多いのですね。価格等のトラブルが。葬儀費用をどれくらいにするかのアンケートで、親族25.4%社会的地位22.7%葬儀社の助言22.7%となっていましたが、親族だってそれほど葬儀価格等を知っている人は少ないと思います。社会的地位や無責任な親族の助言、そして歩合給などで高額の葬儀をとらなければならない葬儀社社員の助言により解りにくく、そして、無責任な葬儀価格になってしまうのです。未来にわたって消費者の指示を受けるには解り易い葬儀、価格を目指さなければならないのです。京都で有名な料亭「菊乃井」の御主人が言っておられます。「料亭の原点は飯屋」やと。美味しい御飯をいかに食べてもらえるかを日々考えていると、バブルの頃に絢爛豪華、高額な料金をとっていた料亭やレストランが数多く無くなっています。葬儀業界も4000社を超える規模になっています。ブームにのったいい加減な一部の業者がトラブルを起しているものと思いますが、消費者からしたらまだまだ全体的に解りにくい業界のようです。解り易い「お葬式」を目指すためにがんばりましょう。では 通夜の為地域で有名な葬儀社探訪へ行ってきます。
2005.02.10
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人の死は突然やってきます。私と一緒に各地を廻り、会館のデザインを担当しているスタッフのもとへも突然その悲報はやってきました。久々にいろいろなデザイナーと食事をしているところに電話があり、その後の連絡で祖母を亡くされたことが解りました。その日から今日で四日め。今日がお別れの日と聞きました。友引を挟んでいたので今日になった模様です。最愛の人と別れるのはひじょうに辛いものです。その場の進行を手伝われる葬儀関係者の皆様の苦労も大変なものです。実際に肉身の葬儀を体験し、彼はひとまわりもふた周りも大きなそして遺族の事を考えられるデザイナーになることでしょう。お亡くなりになった方の御冥福をお祈り申し上げます。 合掌
2005.01.25
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あけましておめでとうございます。インドネシアでの津波被害には驚きました。12万人を超える被害。平和な日本にいては想像もつきません。10年前の神戸の震災を思い出しました。神戸方面や北摂方面が大変なときに淀川を一本隔てた大阪市内では若者達がバーゲンなどで賑わっていました。私も神戸方面だったので「おまえれ浮かれてんと神戸に助けに行けやー」と心で叫んでいました。しかし今は私も同じ身。海を隔てた遠くの事と正月を楽しんでいます。不謹慎ですが。私のお手伝いしている葬祭業界も同じです。当事者達は大変ですが第3者は当然のように人事。葬祭業界に携わる人々は365日24時間気の休まることもありません。消費者が葬儀についいて無知なだけに疑義も生まれてきます。双方もっともっと人事でなく、日ごろからいろいろと考えたり、コミュニケーションをとったりしていると、「ひとごと」が無くなってくるのでしょうね。いい格好ではなく、本心でボランティアに行けるように考えなければと。いろいろ考える2005年新年です。葬祭業界お話をオープンにもっともっと発信できるようにがんばります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2005.01.01
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昨年立ちあげをお手伝いした東京のお別れの会専用の葬儀会館へ訪問してきました。いままでの施行例を拝見していると、ご遺族や関係者の表情がどこか穏やか。他の葬儀ではあまり見受けられない表情でした。もちろん大切な人との惜別の日ですから悲しみの表情は当然ですが、どこかが違うのです。そんなお話をしている時に、前日お亡くなりになられたご家族が式のことでご相談にこられました。そのご家族の方もどこか方の力が抜けていると言うか、穏やかな表情をされているのです。故人を送る儀式の方法は時分達で故人の意志や、ご家族の意志でどのようにでもできる。フリースタンディングのお葬式だからなのでしょうか?納得のいくお葬式ができることにより、より故人の思い出を深く刻むことができ、送る日に穏やかな表情になるのかもしれません。このような施設が全国に拡がり、自分達で納得の行く送り方をできる「お葬式」が増えることを願っています。また私達も広げなければと思っています。
2004.12.23
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昨夜は遅く迄法要イベントの準備でした。その法要とは葬儀会館を利用された3年間の皆様大法要です。その準備の最中、3年間にお亡くなりになった人々のお名前が貼り出されるのですがスタッフがふと、「あー思い出すなー」ともらしたので、なにを?と。そうするとスタッフは葬儀を準備していたときの喪主やご家族の顔が次々と浮かんでくると言うのです。そしてスタッフ全員がその前で、しばし黙って亡くなられた故人の名前を見ていました。そこの会社のスタッフは3年間に沢山の故人をお送りするお手伝いをしているにも関わらず1つ一つ覚えているんだなー_とすごく嬉しくなり、そしてこのような葬儀に関わるスタッフの皆様が増え、葬儀後もコミュニケーションがとれれば、もっともっと、消費者の葬儀というお仕事にもそして葬儀にも理解が深まるのではないのでしょうか?今から大法要本番です。スタッフ一人一人が玄関で3年間にお亡くなりになった人のご家族をお出迎えします。
2004.11.28
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葬儀社の数は3000社を上回ると言われています。きっとその数だけ値段があるのだと思います。一概に葬儀一式○○万円なんて広告がありますがこれは自社での価格で他社と比べる事は出来ないと思います。サービス内容を確認するのにも実際は経験が少ないので判断のしようがありません。(ほとんどの人が実際に葬儀式を中心になって経験するのは30年位に一回と言われています)葬儀一式の内容を比較したい会社のホームページやパンフレット、展示場、サテライト店舗などから調べておくのがいいでしょう。見積書を出せない、価格表がない、ななんてとことはお付き合いしないことだし、そのような会社があるのならすぐにでも「子供でも解る価格表」を作って下さい。車を購入するのにお店で「2000CCの車一台下さい」と言っているのと同じですよ。今日の富山地方は低気圧の通過でとても風が強くなりそうです。北陸地方の葬祭市場は葬祭会館の建設が相次ぎ各行政区に複数の会館が、しのぎを削るようになりました。今迄は会館があれば葬儀が受注できましたが、今後は消費者の目が厳しくなり選別が始まるのでしょうね。しっかりと消費者とコミュニケーションとって下さいね。自己満足でないコミュニケーションを。北陸の業者様。全国の業者様。
2004.11.26
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あるクライアントのパンフレットを制作するときに価格を載せようと提案したら「それはダメです。ライバルと比べられるから」と言われました。インターネット上でもカカクコムで葬儀費用比較を展開していますが、お葬式って価格だけで決めて良いものなのでしょうか?先日の地味葬のお話でも派手に、またはお金をかけてしっかりとしたいというご意見も結構ありました。葬儀社の数だけ商品があり価格があるのが「お葬式」という商品。だからいつもしっかりと、どの葬儀社が自分の意に添ったお葬式をしてくれるか情報を収集しておくのがよいのでしょう。また葬儀社もショウルームなどを展開し、自社のアピールと理解を求めています。そんな葬儀ショウルームに一度足を運んでみてはいかがでしょうか?
2004.11.25
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奈良県で卑劣な手にかかった少女の告別式が執り行われました。ニュースによると音楽がかかり少女の踊る姿が映し出されたようです。ご遺族が少女が好きだった音楽で送ってあげたかったとか。故人が好きだった音楽を流すのが増えてきました。ジャズであったりロックであったり。葬儀会館が整備されビデオや音楽もそして生演奏もなに不自由なく演出できるようになり、選択肢が増えてきました。だからこそ真剣に葬儀につい考える必要性が出てきたのではないのでしょうか?自分らしく、○○らしく。おし着せでない。オリジナルな葬儀を。山梨から長野を経由して岐阜に入りました。今年は雪が遅くアルプスも雪がまばらです。気圧配置が変わると葬儀社のかたがたが忙しくなる。人は自然と一体で生きているのだなーと考えさせられる季節です。
2004.11.21
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日本消費者協会の調査で葬儀一式の全国平均。飲食接待費38万6000円寺院費用48万6000円朝日新聞2004.0617「おいくらですか」より一律には、割り切れない数字。満足度も不明解。高いと思いますか?安いと感じますか?産婦人科で生まれて、人間は死を迎えるために食べ続けます。今晩のメニューを考えるようにとはいきませんが、時間はあるようでない。最後のサービスをどう、受けるか、できれば考えてみて下さい。親身になってくれる葬儀業者に出会うためにも
2004.11.18
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お葬式って宗教儀式? 故人としっかりと別れるための儀式。その昔、遺体は花に囲まれて埋葬してあったとか。近年、お葬式の祭壇も白木から生花祭壇に、そして光り輝くいろいろな祭壇に変化してきました。全国を周っていると川ひとつ、山ひとつ超えるとお葬式の形が変わります。都会はお別れの会といった無宗教のお葬式が増えています。お葬式イコール宗教儀式と考える人は年々減ってくるのでしょうが、郡部ではしっかりと宗教儀式として文化? として残っていくのでしょう。私は親しい友達に飲み食いしながら見送られるのが一番と考えていますが、残された家族の思いが一番にとも思っています。故人の意思か?それから生きていく喪主や家族の意思が大切か? 問題ですね。
2004.11.16
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葬儀社のスタッフにとっては葬儀式は日常。施主や会葬者にとっては非日常。このギャップが実は葬儀に対する消費者の誤解を招いていると思います。葬儀の施主になるのは30年に一回あるかないかの経験とよく言われます。葬儀社の皆様は毎日のお仕事。プロとアマチュア。一生懸命してもらっても喪家に不満は残る。当たり前の日々が当たり前でない。施主の疑問に1つ一つ応えてあげたいのだがその疑問すらも湧かない施主や関係者が多い。葬儀はコミュニティーの中で行うもの。日々の地域とのコミュニケーションが大切だとつくづく感じています。葬儀社のスタッフの皆様、理解してもらうための努力を惜しまないことが、地域一番店への近道です。人は30年も経つと詳しい事は忘れちゃいますから。
2004.11.15
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お葬式をしてほしくない人がこんなにいます。8月14日の朝日新聞より自分の葬儀をしてほしいですか2834人の回答。してほしくないと思っていても、なかなかそうはいかないのがお葬式。自分の意志をちゃんと伝えるのは、難しい。家族の葬儀はどうしたい? の質問には、こじんまり52%人並み 38%大規模 1%しない 4%その他 5%との答え。心から見送ってくれる人に参列してほしいという願いのあらわれ。
2004.11.09
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高齢化社会がどんどんすすみ、葬儀のマーケットも拡大し続けています。業界も活性化し葬儀に関する記事やテレビ番組を数多く目にするようになりました。私が業界のお手伝いをした10年以上前には考えられないことでした。家族葬やお別れの会、散骨や宇宙葬、近頃は遺灰をダイヤモンドや宝石にする事もできるようになりました。しかし真剣に自分のお葬式を考える人々がどれくらいあるでしょうか?葬儀社に値段が高いとか、対応が悪かったとか文句を言う前に、自分のお葬式のありかたを考え、その思いを実現していただける葬儀社を探すとことが、今後必要になってくるのではないのでしょうか?葬儀社にお勤めの皆様も、どれくらいの人々が自分自身や大切な人のお葬式のありかたを考えているのでしょうか?私もよく考えるのですが、なかなか結論がでません。難しい問題です。いろいろな勉強会も開催されていますので、また探しておきます。
2004.10.26
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季節の変わり目は体調をくずしやすいので気を付けて下さい。葬儀場の繁忙期は、暑さ寒さのピークと連動しています。出張の合間によく書店をのぞきます。目に付くのはどーしてもお葬式関連の記述最近では「文藝春秋」の新冠婚葬祭入門。黒木昭雄氏の「葬儀のお値段」はなかなか辛辣「毎日が発見」の10月号の広告にも「自分らしいお葬式」の特集が。葬儀の値段はいくらかかるではなく、いくらかけるかです。そのための情報収集にはおすすめです。いいものはお高くつきます。
2004.10.14
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今日から価格比較サイト「カカクコム」が葬儀料金の見積もりサービスをはじめた。エリアは神奈川と東京。商品だけでなくサービスも含めた葬儀の価値比較への挑戦は画期的!今まで、いざという時にしか目にできなかった葬儀の見積もり項目を事前にチェックできる。地域ごとの慣習が異なるお葬式、価格の標準化は難しいと思われるが「もやもやとした部分」が少しでも見えるようになれば喪主の安心感も深まるに違いない。新しい顧客満足に繋がる動きであってほしい。
2004.10.12
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