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主人の実家は
長野県の中でも昔からの生活習慣を大切に守って来た地域の中にあります。
特に、
真田氏所縁の城下町でもあり、所作法にはこだわりがあり、
南信地方生まれの私には今だに戸惑うことが多いのです。
主人は私と同年生まれなのに
聞いていると、その食生活などはまるで私の父の世代と同じようです。
一人ひとりお膳での食事。そして目上の者から上席に座るので、
末っ子の主人は殆んど板の間に正座するような状態だったそうです。
私が
一番最初にお邪魔させて頂いた時には、
まだお付き合いしているだけの状態だったので、
本当にご挨拶だけのつもりでした。
すると、
まずは玄関からは家に入れてもらえず、縁側の方から中へと招かれました。
一間10畳ほどある和室が3部屋ずつ南北に2列在り、
全部の戸を取り外せば60畳以上の大広間になります。
ここで結婚式も仏義も執り行われて来たようですね。
そして
どの部屋も唐紙で囲まれており
仏師の手書きの習字が一面に記されており、
その迫力に圧倒させられた記憶があります。
取りあえずご挨拶して、手土産をお渡しし
中の間に通された私は、広い部屋の中でただ心細く待つのみでした。
どの位の時間が経ったか・・・
当時60歳位のお義母さまが、
長盆にご飯、吸い物、香の物や副菜などを乗せて運んで来てくださいました。
そして、長盆はそのまま私の目の前に置かれました。
???普通はお盆から降ろして台の上に置くのでは・・・
私はいったいこの状態から何をどうしたら良いのかしら・・・
すると
「悪いねぇ、何もなくて。今日はこのまま食べておくれや」
お盆の中に置かれたお料理をそのまま戴くというのは人生初の体験。
頂戴している間中、お義母さま以外の方は誰も顔を出してくれません。
後から聞いた話ですが・・・
私とまだ何の約束もしていない当時の主人は席を共にすることを許されず
別室で、
ただ私がこの試練を無事乗り越えるよう見守るしかなかったようです。
ひっそりとした空気の中
食べ物をのどに引っ掛けそうな気持ちをぐっと抑えながら
ご飯の一粒までも慎重に戴いたのを覚えています。
礼法の講師の資格を持っていた私ですが、
流石にこの事態に対処する方法は解らず途方にくれていると、
また、
違うお盆にお茶とお菓子を乗せてお義母さまがいらしたので
お礼の言葉を言おうと口を開きかけた途端に
「この家の当主が顔を出すからさ、挨拶してくだされな」と言われ
今度こそ
経験したことの無い程、思いっきり緊張しまくりました。
お盆のままお料理を頂戴したのはその時だけで、
要は
何処の馬の骨か分からないお初の娘は歓迎されなかったんだなぁと
今になってみると懐かしい思い出なのですが、
随分年月が経った今でも、主人の実家だけは独特なので
くれぐれも作法に失礼が無いようには気を遣います。
例えば、宴席に着く時でも、
末っ子の妻である私は皆さんがお座りになるまで待って
何処どこに座ってくれと指示されてからシズシズと席に着きます。
会話も出しゃばり過ぎず、黙り過ぎず、
ホドホドに愛想よく、合いの手を入れながら・・・なんですよ
それに、
少しでも手を付けたお料理を残しては大の失礼。切腹ものです
。
そして、その中でも
最も驚くべき慣習(儀式)は
おめでたい時や折々の宴席で行われる 『北信流』
です
ああっ
と思われた方は信州通ですね・・・
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詳しくは次回にいたします。お楽しみに
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畳を押えて耐えた思い出 2014.10.12
♪ひと夏の恋♪(BGM思い出の九十九里浜) 2012.07.07 コメント(14)