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2012.01.11
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カテゴリ: プチ知識

私のように長野県でも南信地方の出身者にとって
『北信流』とは
摩訶不思議な儀式で、
云わば
「堅めの杯(さかずき)」と同じようなものだと
ずっと思っていました。

それがまさか、

北信流発祥地出身者の彼と結婚して、その真っ只中に身を置くことになるとは・・・

おさかな 』(後述)も 酒の肴 の事ではありませんので。
くれぐれも勘違いの無きようお願いします。


北信流 とは、
長野県の北の地域(北信地域)で行われている、宴会の席に於いての、
主に中じめの儀式のことです。

宴席に招かれた側が
主産者に対して感謝とその苦労をねぎらう意味でお酒を差し上げ、
その後に、今度は主催者が返杯をするという形で行われます。

実際どんな風に進むのか、ある宴席を私と一緒に覗いて見ましょう


1. 宴会が中盤になった頃合いを見計らって、参会者(招かれた方)から、

「本日は盛大な宴会を催していただき誠にありがとうございます。
この場をお借りして、本日ご苦労いただきました方々にお杯(おさかずき)を
差し上げたいと存じますが如何でしょうか?」





2. 提案した人が、

「それでは、
差し上げる方などは私にお任せ頂いてもよろしいでしょうか?」

再び問います。

先程と同様に拍手で賛同が得られたら、 杯を差し上げる人、受ける人、
介添役、毒味役、お肴を出す人 を指名します。



3. 指名された人たちは、
座の中央または上座に出て向かい合って並びます。



4. 介添役 毒味役 にお酒を注ぎます。



5. 毒味役 はお酒を飲み干し、
「大変美味しいお酒でございます」 と答えます。

介添役 は杯を受ける側(その会の主催者など)と差し上げる側の
間の脇に控えます。



6. お酒を差し上げる人が、
空の杯を受ける人に手渡し 介添役がお酒を注ぎます。



7. ここで お肴 が登場します。
肴とは本物の酒の肴の意味ではなく、
ここでは先程お肴を出すよう指名された人が、
宴席の主旨に合った謡(うたい)を披露するのです。

お酒を受ける人(主催者)がお酒を干したら、

「重ねて」

などと言い、もう一度お酒を注ぎます。

この間、ずっと謡は続いています。



8. お酒を飲み終わった主催者の代表が、

「皆さま、ただ今はありがとうございました」 と礼を言い、席を辞します。



9. 座を下がった主催者が、

「つきましては、
今頂いた方々に、今度は当方から杯を差し上げ、
皆々様に返杯申し上げた事と致しますのをお許しください」


挨拶をして、
今度は主催者側から、参会者へお返しとして先程と全く同じ事を行います。

以上が済むと宴会は中じめとなります。



謡には種類もあって、

結婚式には「 高砂

地鎮祭・上棟祭・竣工式には「 鶴亀

会合には「 羅生門 」「 竹生島 」「 猩々

送別会には「 鉢の木

仏事には「 誓願寺

などとなっているようです。



北信の人たちは大変ですね!謡が唄えないと宴会にも出られない。
然し、親戚・縁者の中には必ずどなたか謡を習い、
伝承している人がいらっしゃるのです。

もっとも
現在はここまで正当に行われているところは少なく、最近は宴会の中じめに、
招かれた側が万歳三唱を発声し、主催者側がお返しにまた万歳を発声する
という
ように省略した形も見られます。
ちなみに宴会の最後に万歳をするのも長野県独特の習慣のようです。

なぜ信州の北信地方にこの習慣が残ったのでしょう。

『杯事』 と呼ばれる儀式で謡を唄ったり舞を舞ったりするのは、
戦国時代武将が出陣する折、主君の武運を祈って行われたのが始まりと
云われています。

北信流も、松代町が発祥と言われ、別名「真田十万石流」とも呼ばれるように
松代藩(武家)から興ったもののようです。

松代藩は
「二度と徳川家に弓を引かない」ということで武芸よりも学問、芸能が奨励され、
江戸時代は能楽が盛んに行われました。

謡も武家から一般の家にも普及していきました。
その中で、感謝やお礼の意味を表すものとして宴席で謡が「お肴」という
形で出されるようになったと思われます。

このような『杯事』は長野県内でも北信以外の地域では行われていませんし、
全国的にも珍しい風習のようです。

謡(うたい)を肴にする・・・なんて今では貴重な儀式ですね。

参照:
『信州の冠婚葬祭』 (信濃毎日新聞社)



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最終更新日  2012.01.11 18:25:02
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