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自己責任の時代
やシャ・モンク著 那須 耕介、栗村 亜寿香 訳
哲学者・山口大学教授 小川 仁志評
概念の見直しから公共政策へ
「自己責任の時代」というタイトルは邦訳であって、原題は The age of Responsiditit となっている。つまり「責任の時代」だ。著者の政治学者ヤシャ・モンクは、序論の冒頭で「自己責任」というのは奇妙な言葉だと断言する。実はそれが著書の主張の根幹でもある。人生は自分で責任を取るのが当たり前という昨今の風潮に疑義を呈しているのだ。
その著書の意図を組んで、訳者はあえて放題を「自己責任の時代」としたようである。まさにモンクは、今責任という概念が懲罰的に使われている点を非難しているのだ。
いわゆる右派は、肥大化する福祉国家を批判するための常套句として、自己責任という概念を金科玉条の如く振りかざす。財源が限られているのだから、基本的には自分の生活には自分で責任を負うべきだと。これは相互扶助を訴えるはずの左派にしても同じである。まじめに働いてきた人には福祉を与えるという言い方をするようになっているからだ。
そこでこうした懲罰的責任論に対して、責任否定論が出てくる。すべては運なのだから、本人の責めにかかわらず福祉を施すべきであると。理想を唱える哲学者たちもこうした結論になびきがちであると。しかしモンクの議論が精彩を放つのは、この責任否定論さえも間違っていると喝破する点である。なぜなら、それは本人の主体性を奪うからだという。
では、どうすればいいのか?
ここでモンクは責任の概念そのものを根底から問い直そうとする。そもそも責任とは何なのかと。そうして肯定的な責任の概念を導きだすのである。責任とは、誰もが主体的に自分の生活を選び取っていくことにほかならないと。
その新しい責任概念を前提に、民主的討議を通じて、互いに課し合う責任の範囲や中身を決めていく。その先に初めて理想の福祉国家像を展望することができるというわけである。概念の見直しから公共政策にまでつなげる見事な思考プロセス。哲学を超える哲学がここにある。(みすず書房 3600 円)
◇
ヤシャ・モンク 1982 年ドイツ生まれ。ジョンズ・ホブキンズ大学准教授。
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